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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20230427BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 2/12 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 2/26 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 14/16 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 28/02 20060101ALI20230427BHJP
   C25D 5/30 20060101ALI20230427BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20230427BHJP
【FI】
C23C28/00 B
C21D1/18 C
C21D9/00 A
C21D9/46 J
C22C38/00 301T
C22C38/00 301W
C22C38/60
C23C2/12
C23C2/26
C23C14/16 A
C23C14/58 A
C23C28/02
C25D5/30
C25D5/50
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022522189
(86)(22)【出願日】2021-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2021018158
(87)【国際公開番号】W WO2021230309
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-08-05
(31)【優先権主張番号】P 2020084584
(32)【優先日】2020-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】小林 亜暢
(72)【発明者】
【氏名】原野 貴幸
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-532442(JP,A)
【文献】特開2011-152589(JP,A)
【文献】特表2020-509200(JP,A)
【文献】特表2019-518136(JP,A)
【文献】特表2018-513909(JP,A)
【文献】国際公開第2017/182382(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第3489386(EP,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0075682(KR,A)
【文献】国際公開第2019/097440(WO,A1)
【文献】特開平8-60326(JP,A)
【文献】特開平4-246182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
C21D 1/18
C21D 9/00
C21D 9/46
C22C 38/00
C22C 38/60
C23C 2/12
C23C 2/26
C23C 4/06
C23C 4/18
C23C 14/16
C23C 14/58
C25D 5/30
C25D 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、
Al含有量が75質量%以上であり、Si含有量が3質量%以上であり、かつ、前記Al含有量と前記Si含有量との合計が95質量%以上であるAl-Si合金めっき層と、
厚さ が0~20nmである酸化Al被膜と、
Ni含有量が90質量%超であるNiめっき層と、
をこの順で備え、
前記母材の化学組成が、質量%で、
C :0.01%以上、0.70%未満、
Si:0.001~1.000% 、
Mn:0.40~3.00%、
sol.Al:0.0002%~0.5000%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Nb:0~0.150%、
V:0~1.000%、
Ti:0~0.150%、
Mo:0~1.000%、
Cr:0~1.000%下、
B :0~0.0100%、
Ca:0~0.010%、
REM:0%~0.300%、および
残部:Fe及び不純物
であり、
前記Al-Si合金めっき層の厚さが7~148μmであり、
前記Niめっき層の厚さが200nm超、2500nm以下である
ことを特徴とするホットスタンプ用鋼板。
【請求項2】
前記Niめっき層が前記Al-Si合金めっき層の上層として、前記Al-Si合金めっき層に直接接して設けられる、請求項1に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項3】
前記酸化Al被膜の厚さが2~20nmである、請求項1に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項4】
前記母材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.005~1.000%、
Ni:0.005~1.000%、
Nb:0.010~0.150%、
V:0.005~1.000%、
Ti:0.010~0.150%、
Mo:0.005~1.000%、
Cr:0.050~1.000%、
B :0.0005~0.0100%、
Ca:0.001~0.010%
REM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項5】
前記母材の表面から深さ100μmにおける転位密度が5×1013m/m以上であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のホットスタンプ用鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用鋼板に関する。本願は、2020年5月13日に、日本に出願された特願2020-084584号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。自動車用部材はプレス成形によって製造されるが、鋼板の高強度化に伴い成形荷重が増加するだけでなく、成形性が低下するため、高強度鋼板においては、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形性と自動車用部材の強度確保とを両立する技術として注目されている。
【0003】
めっきなどを施していない裸材の鋼板に対してホットスタンプを行う場合、加熱時のスケールの形成及び表層脱炭を抑制するために、非酸化雰囲気でホットスタンプを行う必要がある。しかし、非酸化雰囲気でホットスタンプを行っても、加熱炉からプレス機までは、大気雰囲気であるので、ホットスタンプ後の鋼板の表面にはスケールが形成される。この鋼板の表面のスケールは、密着性が悪く、簡単に剥離してしまうため、他工程への悪影響が懸念される。そのため、ショットブラストなどを用いて除去する必要がある。ショットブラストは、鋼板の形状への影響があるという問題がある。また、スケール除去工程によって、ホットスタンプ工程の生産性が低下するという問題がある。
【0004】
鋼板表面のスケールの密着性を改善するために、鋼板の表面にめっきを形成する方法がある。めっきを形成することで、ホットスタンプを行っても鋼板の表面に密着性のよいスケールが形成されるため、スケール除去の工程が不要となる。そのため、ホットスタンプ工程の生産性が改善される。
【0005】
鋼板表面にめっきを形成する方法としては、Znめっき又はAlめっきを形成する方法が考えられるが、Znめっきを用いた場合、液体金属脆性(Liquid Metal Embrittlement、以下、LMEと称する)の問題がある。LMEとは、固体金属表面に液体金属が接触した状態で引張応力を付与すると、本来延性を示す固体金属が脆化する現象をいう。Znは融点が低く、ホットスタンプ時に、溶けたZnがFeの旧オーステナイト粒界に沿って入り込み、鋼板にマイクロクラックが生じてしまう。
【0006】
Alめっきを鋼板に施す場合、上記のLMEの問題は発生しないが、ホットスタンプ時にAlめっきの表面において、Alと水との反応が起こり、水素が発生する。そのため、鋼板への侵入水素量が多いという問題がある。この鋼板への水素の侵入量が多いと、ホットスタンプ後に応力を負荷すると鋼板が割れてしまう(水素脆化)。
【0007】
特許文献1には、鋼板の表面領域においてニッケルを富化することで、高温における鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0008】
特許文献2には、鋼板をニッケル及びクロムを含み、重量比Ni/Crが1.5~9の間であるバリアプレコートで被覆することで、鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0009】
しかし、特許文献1の方法では、Alめっきを施した場合に発生する水素の侵入を十分に抑制することはできない場合があった。また、特許文献2の方法では、露点制御をおこなわない環境(例えば30℃のような高露点環境下)では、鋼板への水素の侵入を十分に抑制できない場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開2016/016707号
【文献】国際公開2017/187255号
【非特許文献】
【0011】
【文献】T.Ungar、外3名、Journal of Applied Crystallography、1999年、第32巻、第992頁~第1002頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた発明であり、Alめっきが施された鋼板をホットスタンプする場合においても、高露点環境下でも鋼板への水素の侵入を抑制することで優れた耐水素脆化特性を有するホットスタンプ用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが鋭意検討した結果、Al-Si合金めっき層を備えるホットスタンプ用鋼板が、所望の平均層厚(厚さ)及び所望量のNiを含むNiめっき層を備え、Al-Si合金めっき層上の酸化Al被膜を所定の膜厚(厚さ)以下に制限することで、露点を制御しない環境下においてホットスタンプを行っても、ホットスタンプ用鋼板への水素の侵入量を十分に抑制できることを知見した。
【0014】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ用鋼板は、
母材と、
Al含有量が75質量%以上であり 、Si含有量が3質量%以上であり、かつ、前記Al含有量と前記Si含有量との合計が95質量%以上であるAl-Si合金めっき層と、
厚さ が0~20nmである酸化Al被膜と、
Ni含有量が90質量%超であるNiめっき層と、
をこの順で備え、
前記母材の化学組成が、質量%で、
C :0.01%以上、0.70%未満、
Si:0.001~1.000%、
Mn:0.40~3.00%、
sol.Al:0.0002%~0.5000%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Nb:0~0.150%、
V:0~1.000%、
Ti:0~0.150%、
Mo:0~1.000%、
Cr:0~1.000%下、
B :0~0.0100%、
Ca:0~0.010%、
REM:0%~0.300%、および
残部:Fe及び不純物
であり、
前記Al-Si合金めっき層の厚さが7~148μmであり、
前記Niめっき層の厚さが200nm超、2500nm以下である。
(2) 上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記Niめっき層が前記Al-Si合金めっき層の上層として、前記Al-Si合金めっき層に直接接して設けられてもよい。
(3) 上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記酸化Al被膜の厚さが2~20nmであってもよい。
(4) 上記(1)~(3)のいずれか1つに記載のホットスタンプ用鋼板は、前記母材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.005~1.000%、
Ni:0.005~1.000%、
Nb:0.010~0.150%、
V:0.005~1.000%、
Ti:0.010~0.150%、
Mo:0.005~1.000%、
Cr:0.050~1.000%、
B :0.0005~0.0100%、
Ca:0.001~0.010%
REM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
(5) 上記(1)~(4)のいずれか1つに記載のホットスタンプ用鋼板は、前記母材の表面から深さ100μmにおける転位密度が5×1013m/m以上であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る上記態様によれば、Alめっきを施されたホットスタンプ用鋼板であっても、高露点環境下でのホットスタンプにおいて、鋼板への水素の侵入を抑制することで優れた耐水素脆化特性を有するホットスタンプ用鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の断面模式図である。
図2】本発明の別の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<ホットスタンプ用鋼板>
本発明者らが鋭意検討した結果、露点を制御しない環境においては、Alめっきを形成した鋼板をホットスタンプすると、Alめっき表面のAlと大気中の水とが反応することで、多量の水素が発生し、かつ、鋼板に水素が多く侵入することが分かった。
【0018】
本発明者らが、さらに鋭意検討したところ、下記の知見を得た。
(A)Niの含有量が90質量%超であるNiめっき層を用いると高露点下でのホットスタンプにおける鋼板への水素の侵入を抑制できる。
(B)Niめっき層の層厚(厚さ)が200nm超であると、大気中の水との反応が十分に抑制され、また、鋼板に侵入する水素の量を低減できる。
(C)Al-Si合金めっき層上の酸化Al被膜の膜厚(厚さ)を低減することで、Niめっき層が形成されていないNiめっき層の欠陥領域の面積を低減することができ、その結果、大気と接触するAl-Si合金めっき層表面のAlを低減することができる。
(D)Alめっきの上に電気めっきなどでNiめっき層を形成した場合、ホットスタンプ用鋼板としてはNiめっき層の密着性が不十分であったが、酸化Al被膜の厚さを0~20nmとすることで、ホットスタンプ用鋼板として使用できる程度に十分なNiめっき層の密着性が得られる。
【0019】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板では、上述の知見に基づいて、ホットスタンプ用鋼板の構成を決定した。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、各めっき構成の相乗効果により、本発明の目的とする効果が得られる。ホットスタンプ用鋼板10は、図1に示すように、鋼板(母材)1、Al-Si合金めっき層2、酸化Al被膜3、及びNiめっき層4を備える。酸化Al被膜3が無い場合は、図2のように、ホットスタンプ用鋼板10Aは、母材1、Al-Si合金めっき層2、及びNiめっき層4を備える。以下、各構成について説明する。なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は全て質量%を示す。
【0020】
(鋼板)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の母材1となる鋼板(母材)は、化学組成が、質量%で、C:0.01%以上、0.70%未満、Si:0.001%~1.000%、Mn:0.40%~3.00%、sol.Al:0.0002%~0.5000%、P:0.100%以下、S:0.1000%以下、N:0.0100%以下、および残部:Fe及び不純物である。
【0021】
「C:0.01%以上、0.70%未満」
Cは、焼入れ性を確保するために重要な元素である。母材のC含有量が0.01%未満では、十分な焼入れ性を得ることが困難となり、引張強さが低下する。そのため、母材のC含有量は0.01%以上とすることが好ましい。C含有量が0.25%以上の場合、1600MPa以上の引張強さを得られるので、好ましい。C含有量は、より好ましくは0.28%以上である。一方、C含有量が0.70%以上では、粗大な炭化物が生成して破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下する。そのため、C含有量は0.70%未満とする。C含有量は、好ましくは0.36%以下である。
【0022】
「Si:0.001%~1.000%」
Siは、焼入れ性を確保するために含有させる元素である。Si含有量が0.001%未満では上記効果が得られない。そのため、Si含有量は0.001%以上とする。より好ましいSi含有量は、0.005%以上である。さらに好ましいSi含有量は、0.100%以上である。Cuを含有する場合は、Cuの熱間脆性を抑制するために、Si含有量は、0.350%以上であることが好ましい。1.000%超のSiを含有させると、オーステナイト変態温度(Ac等)が非常に高くなり、ホットスタンプのための加熱に要するコストが上昇したり、ホットスタンプ加熱時にフェライトが残留してホットスタンプ成形体の引張強さが低下したりする場合がある。このため、Si含有量は1.000%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.8000%以下である。Cuを含有する場合は、オーステナイト変態温度の温度が高くなるので、Si含有量は、0.600%以下であることが好ましい。Si含有量は、0.400%以下または0.250%以下であってもよい。
【0023】
「Mn:0.40%~3.00%」
Mnは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の引張強さの向上に寄与する元素である。Mn含有量が0.40%未満では、ホットスタンプ成形体が水素脆化割れで破断する場合がある。そのため、Mn含有量は0.40%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.80%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなることに加え、耐水素脆化特性が低下するので、Mn含有量は、3.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは2.00%以下である。
【0024】
「sol.Al:0.0002%~0.5000%」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.0002%未満では、脱酸が十分に行われず上記効果が得られないことに加え、ホットスタンプ成形体の水素脆化割れが起きる場合がある。そのため、sol.Al含有量は0.0002%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.0010%以上、または0.0020%以上である。一方、sol.Al含有量が0.5000%を超えると、鋼中に粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体の水素脆化割れが起きる場合がある。そのため、sol.Al含有量は0.5000%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.4000%以下、または0.3000%以下である。なお、sol.Alとは、酸可溶性Alを意味し、固溶状態で鋼中に存在する固溶Alと、AlN等の酸可溶性析出物として鋼中に存在するAlとの総量のことをいう。
【0025】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体の水素脆化割れが起こる場合がある。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.050%以下である。より好ましいP含有量は、0.010%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0005%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0005%を下限としてもよい。
【0026】
「S:0.1000%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.1000%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体の耐水素脆化特性が低下し、ホットスタンプ成形体の水素脆化割れが起こる場合がある。そのため、S含有量は0.1000%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0050%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.00015%を下限としてもよい。
【0027】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の靱性および耐水素脆化特性を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ成形体の水素脆化割れが起こる場合がある。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0001%を下限としてもよい。
【0028】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する鋼板(母材)は、Feの一部に代えて、任意元素として、Cu、Ni、Nb、V、Ti、Mo、Cr、B、Ca及びREMからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0029】
「Cu:0~1.00%」
Cuは、ホットスタンプ時にホットスタンプ部材のめっき層まで拡散して、ホットスタンプ部材の製造における、加熱時に侵入する水素を低減する作用を有する。そのため、必要に応じてCuを含有させてもよい。また、Cuは鋼の焼入れ性を高め、焼入れ後のホットスタンプ成形体の引張強さを安定して確保するために有効な元素である。Cuを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cu含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.150%以上である。一方、1.00%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cu含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.350%以下である。
【0030】
「Ni:0~1.00%」
Niは、鋼板製造時のCuによる熱間脆性を抑制し、安定した生産を確保するために、重要な元素であるので、Niを含有させてもよい。Ni含有量が0.005%未満では、上記の効果を十分に得られない場合がある。したがって、Ni含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Ni含有量は0.05%以上が好ましい。一方、Ni含有量が1.00%を超えると、ホットスタンプ用鋼板の限界水素量が低下する。したがって、Ni含有量は1.00%以下とする。Ni含有量は0.60%以下が好ましい。
【0031】
「Nb:0~0.150%」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Nbを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.030%以上である。一方、0.150%を超えてNbを含有させても上記効果は飽和するので、Nb含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.100%以下である。
【0032】
「V:0~1.000%」
Vは、微細な炭化物を形成し、その細粒化効果や水素トラップ効果により鋼材の限界水素量を向上させる元素である。そのため、Vを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Vを0.005%以上含有させることが好ましく、0.05%以上含有させることがより好ましい。しかしながら、V含有量が1.000%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のV含有量は1.000%以下とする。
【0033】
「Ti:0~0.150%」
Tiは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Tiを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Ti含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、0.150%を超えて含有させても上記効果は飽和するので、Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0034】
「Mo:0~1.000%」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.010%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Mo含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0035】
「Cr:0~1.000%」
Crは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Crを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cr含有量は0.050%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cr含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0036】
「B:0~0.0100%」
Bは、粒界に偏析して粒界の強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Bを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。B含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0075%以下である。
【0037】
「Ca:0~0.010%」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、Ca含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。
【0038】
「REM:0~0.300%」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、REM含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.300%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.300%以下とすることが好ましい。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量とはこれらの元素の含有量の合計を指す。
【0039】
「残部がFe及び不純物」
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、あるいは、意図的に添加されたものであって本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプした後の、ホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0040】
上述した母材1の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。表面のめっき層は機械研削により除去してから化学組成の分析を行えばよい。sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定すればよい。
【0041】
「金属組織」
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の金属組織について説明する。ホットスタンプ用鋼板10の母材1の金属組織は、断面の面積率において、フェライトの面積率は20%以上が好ましい。より好ましいフェライトの面積率は30%以上である。フェライトの面積率は80%以下が好ましい。より好ましいフェライトの面積率は70%以下である。断面の面積率においてパーライトの面積率は20%以上であることが好ましい。パーライトの面積率は80%以下であることが好ましい。より好ましいパーライトの面積率は70%以下である。残部がベイナイト、マルテンサイトまたは残留オーステナイトであってもよい。残部組織の面積率は5%未満であってもよい。
【0042】
(フェライト及びパーライトの面積率の測定方法)
フェライトおよびパーライトの面積率の測定は、以下の方法で行う。板幅方向中央位置における、圧延方向に平行な断面を鏡面に仕上げ、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。サンプル断面の長手方向の任意の位置において、表面から板厚の1/4深さを分析できるように、長さ50μm、表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSP検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。さらに、同一視野において反射電子像を撮影する。
まず、反射電子像からフェライトとセメンタイトが層状に析出した結晶粒を特定し、当該結晶粒の面積率を算出することで、パーライトの面積率を得る。その後、パーライトと判別された結晶粒を除く結晶粒に対し、得られた結晶方位情報をEBSP解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて、Grain Average Misorientation値が1.0°以下の領域をフェライトと判定する。フェライトと判定された領域の面積率を求めることで、フェライトの面積率を得る。
【0043】
(残部組織の面積率の決定方法)
本実施形態における残部の面積率は、100%から、フェライトとパーライトの面積率を差し引いた値とする。
【0044】
「表面から深さ100μmにおける転位密度が5×1013m/m以上」
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の転位密度について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の表面から深さ100μmにおける転位密度が5×1013m/m以上であることが好ましい。より好ましい転位密度は、50×1013m/m以上である。母材11の表面から100μmにおける転位密度が5×1013m/m以上であると、Al-Si合金めっき層2中のAlが母材1側に移行しやすくなる。そのため、ホットスタンプ時の加熱によって、Al-Si合金めっき層2中のAlがホットスタンプ用鋼板10のNiめっき層4の最表面にまで移動することを抑制することができる。転位密度は、1000×1013m/m以下であることが好ましい。より好ましい転位密度は、150×1013m/m以下である。
【0045】
「転位密度の測定」
次に、母材1の表面から深さ100μmにおける転位密度の測定方法について説明する。転位密度は、X線回折法あるいは透過型電子顕微鏡観察によって測定することができるが、本実施形態ではX線回折法を用いて測定する。
【0046】
まず、ホットスタンプ用鋼板10に用いる母材1の端面から50mm以上離れた任意の位置から、サンプルを切り出す。サンプルの大きさは、測定装置にもよるが、20mm角程度の大きさとする。蒸留水48質量%、過酸化水素水48質量%、フッ化水素酸4質量%の混合溶液を用いて、サンプルを200μm減厚する。この時、サンプルの表面と裏面とは100μmずつ減厚され、減圧前のサンプル表面から100μmの領域が露出する。この露出した表面についてX線回折測定を行い、体心立方格子の複数の回折ピークを特定する。これらの回折ピークの半値幅から転位密度を解析することで、表面から深さ100μmにおける転位密度を得る。解析法については、非特許文献1に記載のmodified Williamson-Hall法を使用する。なお、Al-Si合金めっき層2及びNiめっき層4を備えるホットスタンプ用鋼板10の上記転位密度を測定する場合は、Al-Si合金めっき層2及びNiめっき層4を除去した後に、転位密度を測定する。Al-Si合金めっき層2及びNiめっき層4を除去する方法としては、例えば、NaOH水溶液にホットスタンプ用鋼板10を浸漬する方法が挙げられる。
【0047】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の母材1の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.4mm以上が好ましい。より好ましい母材1の板厚は0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上である。母材1の板厚は6.0mm以下とすることが好ましい。より好ましい母材1の板厚は、5.0mm以下、4.0mm以下、3.2mm以下又は2.8mm以下である。
【0048】
(Al-Si合金めっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2は、母材1の上層として設けられている。Al-Si合金めっき層2は、Al及びSiを主成分とするめっきである。ここで、Al及びSiを主成分とするとは、少なくとも、Al含有量が75質量%以上であり、Si含有量が3質量%以上であり、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上であることをいう。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は、80質量%以上であることが好ましい。Al-Si合金めっき層中のAl含有量は95質量%以下であることが好ましい。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量がこの範囲であれば、ホットスタンプ時に鋼板の表面に密着性の良いスケールが形成される。
【0049】
Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、3質量%以上であることが好ましい。より好ましくは、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は6質量%以上である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、20質量%以下であることが好ましい。より好ましくはSi含有量は、12質量%以下である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が3質量%以上であれば、Fe-Alの合金化を抑制することができる。また、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が20質量%以下であれば、Al-Si合金めっき層2の融点の上昇を抑制でき、溶融めっき浴の温度を低くすることができる。そのため、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が20質量%以下であれば、生産コストを下げることができる。Alの含有量とSiの含有量との合計は、97質量%以上、98質量%以上又は99質量%以上であってもよい。Al-Si合金めっき層2中の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、Al-Si合金めっき層2の製造中に不可避的に混入する成分や母材1中の成分等が挙げられる。
【0050】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2の平均層厚(厚さ)は7μm以上である。何故なら、Al-Si合金めっき層2の厚さが7μm未満であると、ホットスタンプ時に密着性のよいスケールを形成することができない場合があるためである。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは12μm以上、15μm以上、18μm以上又は22μm以上である。Al-Si合金めっき層2の厚さは148μm以下である。何故なら、Al-Si合金めっき層2の厚さが148μm超であると、上記の効果が飽和することに加え、コストが高くなるためである。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは100μm以下、60μm以下、45μm以下、37μm以下である。
【0051】
Al-Si合金めっき層2の厚さは以下のように測定する。ホットスタンプ用鋼板10の板厚方向に切断を行った後、ホットスタンプ用鋼板10の断面を研磨する。研磨したホットスタンプ用鋼板10の断面を、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyser:FE-EPMA)により、ホットスタンプ用鋼板10の表面から母材1までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度(含有量)及びSi濃度(含有量)を測定する。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとすればよい。Al濃度が75質量%以上、Si濃度が3質量%以上、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層2と判定する。Al-Si合金めっき層2の層の厚さは、上記の領域の板厚方向の長さとする。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層2の層の厚さを測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層2の厚さとする。
【0052】
Al-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2005)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層2の厚さの1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量を得ることができる。
【0053】
(酸化Al被膜)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の酸化Al被膜3は、Al-Si合金めっき層2の上層として、Al-Si合金めっき層2に接して設けられている。酸化Al被膜は、Oの含有量が20atomic%以上である領域とする。
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の酸化Al被膜3の厚さが20nm超の場合、Al-Si合金めっき層2の上に設けられるNiめっき層4との密着性が低下して、ホットスタンプ成形などのハンドリング時に上層めっきが剥離してしまう可能性がある。このめっき剥離は、ホットスタンプ行うことに対しては問題とならない程度ではあるが、耐水素脆化特性が低下する。また、酸化Al被膜3の厚さが20nm超の場合、酸化Al被膜3の上層として設けられるNiめっき層4の被覆率が90%未満となる。このため、酸化Al被膜3の厚さは、0~20nm以下である。より好ましくは、酸化Al被膜3の厚さは、10nm以下である。酸化Al被膜3の厚さは、2nm以上であってもよい。酸化Al被膜3は無くてもよいので、酸化Al被膜3の下限は0nmである。その場合、Al-Si合金めっき層2に接するように、Niめっき層4が形成される。
【0054】
酸化Al被膜3の厚さは、ArスパッタリングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、評価する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定で酸化したAlの2p軌道の結合エネルギー73.8eV~74.5eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。酸化Al被膜3の厚さは、スパッタリングを開始して初めてOの含有量が20atomic%以上となる位置から、Oの含有量が20atomic%未満となる位置までのスパッタリング時間とスパッタレートとから算出する。スパッタレートはSiO換算で行う。酸化Al被膜3の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。
【0055】
(Niめっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のNiめっき層4は、酸化Al被膜3の上層として酸化Al被膜3に接して設けられている。酸化Al被膜3が無い場合は、Niめっき層4は、Al-Si合金めっき層2の上層として、Al-Si合金めっき層2に接して設けられている。Niは酸化しづらく、高温で水による酸化が抑制されることにより水素を発生しにくい上、水素が発生し表面に吸着しても、水素原子同士が結合し水素ガスとなって脱離するTafel反応を促進させるため、鋼板中に水素が侵入しづらくなる効果を有する。そのため、Niめっき層4を形成することで、ホットスタンプする際のホットスタンプ用鋼板10への水素の侵入量を抑制することができる。
【0056】
本実施形態に係るNiめっき層4の平均層厚(厚さ)は、200nm超である。より好ましいNiめっき層4の厚さは、280nm以上、350nm以上、450nm以上、560nm以上又は650nm以上である。Niめっき層4の厚さが200nm以下であると、ホットスタンプ時の母材1への水素の侵入を十分に抑制できない。また、Niめっき層4の厚さは2500nm以下である。より好ましいNiめっき層4の厚さは、1500nm以下、1200nm以下又は1000nm以下である。Niめっき層4の厚さが2500nm超であると、母材1への水素の侵入量を抑制する効果が飽和し、コストが高くなる。
【0057】
Niめっき層4中のNi含有量が90質量%以下であると、ホットスタンプ用鋼板10への水素の侵入量を抑制する効果が得られない場合がある。このため、Niめっき層4中のNi含有量は、90質量%超である。より好ましいNi含有量は、92質量%以上である。より好ましいNi含有量は、93質量%以上又は94質量%である。さらに好ましいNi含有量は、96質量%以上、98質量%以上又は99質量%以上である。Niめっき層の(Niを除く)残部の化学組成は、特に限定されない。Niめっき層中にCrを含有してもよいが、Ni/Crの比が9よりも大きいことが好ましく、この比が15以上または30以上であることがより好ましい。より好ましくはNiめっき層中のCr含有量は6.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下または3.0%質量%以下であることがより好ましい。さらに好ましくはNiめっき層3中のCr含有量は、2.0質量%以下である。Cr含有量を低減することで、水素の侵入量を低減することができる。
【0058】
酸化Al被膜3に対するNiめっき層4の被覆率(酸化Al被膜3がない場合は、Al-Si合金めっき層2に対するNiめっき層4の被覆率)が90%以上であることが好ましい。より好ましくは、Niめっき層4の被覆率が95%以上である。Niめっき層4の被覆率が90%未満であると、ホットスタンプ時のAl-Si合金めっき層2表面で水蒸気とAlとの反応を十分に抑制できない。Niめっき層4の被覆率は、100%以下であってもよく、99%以下であってもよい。
【0059】
Niめっき層の被覆率は、XPSの測定で評価する。具体的には、XPS測定は、アルバック・ファイ社製のQuantum2000型を用い、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ用鋼板10を全エネルギー範囲で走査して測定し、アルバック・ファイ社製の解析ソフトMultiPak V.8.0を用いて解析し、検出された金属成分におけるNiの含有量(atomic%)、Alの含有量(atomic%)、及び他の成分の含有量を(atomic%)を得る。得られた含有量(atomic%)を含有量(質量%)に換算することで、Ni含有量(質量%)及びAl含有量(質量%)を得ることができる。次にNiの含有量とAlの含有量との合計に対するNi含有量の割合(%)を計算する。得られた割合をNiめっきの被覆率(%)とする。
【0060】
Niめっき層4の厚さは、ArスパッタリングエッチングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、測定する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定でNiの2p軌道の結合エネルギー852.5eV~852.9eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。Niめっき層4の層厚は、スパッタリングを開始して初めてNiの含有量が10atomic%以上となる位置から、Niの含有量が10atomic%未満となる位置までの上記の範囲のピークが現れてからなくなるまでのスパッタリングエッチング時間とスパッタエッチングレートとから算出する。スパッタエッチングレートはSiO換算で行う。Niめっき層4の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。
【0061】
Niめっき層4中のNi含有量は、上記のNiめっき層の厚さの測定において得られるNiめっき層4の板厚方向の中心位置におけるNi濃度をNi含有量とする。
【0062】
(厚さ)
ホットスタンプ用鋼板10の厚さは、特に限定されないが、例えば、0.4mm以上であってもよい。よりこのましい鋼板の厚みは、0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上である。ホットスタンプ用鋼の厚さは6.0mm以下であってもよい。より好ましい鋼板の厚みは5.0mm以下、4.0mm以下、3.2mm以下又は2.8mm以下である。
【0063】
<ホットスタンプ用鋼板の製造方法>
次に、ホットスタンプ用鋼板10の好適な製造方法について説明する。熱間圧延に供するスラブは、常法で製造したスラブであればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造したスラブであればよい。熱間圧延も一般的な方法で行えばよく、特に限定しない。
【0064】
「冷却開始温度」
熱間圧延後の冷却の開始温度(冷却開始温度)は、Ac点~1400℃であることが好ましい。この範囲で冷却を開始することで、ホットスタンプ用鋼板10の母材1の表面から深さ100μmにおける転位密度を5×1013m/m以上にすることができる。より好ましい冷却開始温度は、1000~1150℃である。なお、Ac点(℃)は下記(1)式で表される。
Ac=912-230.5×C+31.6×Si-20.4×Mn-14.8×Cr-18.1×Ni+16.8×Mo-39.8×Cu・・・(1)
なお、上記式中の元素記号は、当該元素の質量%での含有量であり、含有しない場合は0を代入する。
【0065】
「冷却速度」
熱間圧延後の冷却における平均冷却速度が30℃/秒以上であることが好ましい。より好ましい平均冷却速度は50℃/秒以上である。平均冷却速度が30℃/秒未満であると、ホットスタンプ用鋼板の母材1の表面から深さ100μmにおける転位密度を5×1013m/m以上にすることができない場合がある。平均冷却速度は、200℃/秒以下とするのが好ましい。より好ましい平均冷却速度は、100℃/秒以下である。平均冷却速度が200℃/秒超となると、過度に転位密度が高くなる。この時の平均冷却速度は、鋼板の表面の温度変化から算出するものであり、熱間圧延終了後から巻取り開始までの平均冷却速度を示す。
【0066】
冷却開始後、400℃~600℃の温度域まで冷却して鋼板を巻き取る。巻取り開始温度が400℃未満では、ホットスタンプ用鋼板10の母材1の表面から深さ100μmにおける転位密度が過度に高くなるので、好ましくない。巻取り開始温度が600℃超では、転位密度を5×1013m/m以上にすることができない。
【0067】
巻取り後、必要に応じて、さらに冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延における累積圧下率は特に限定しないが、鋼板の形状安定性の観点から、40~60%とすることが好ましい。
【0068】
「Al-Si合金めっき」
上記の熱延鋼板をそのまま、もしくは冷間圧延を施した後、Al-Si合金めっきを施す。Al-Si合金めっき層2の形成方法は、特に限定されるものではなく、溶融めっき法、電気めっき法、真空蒸着法、クラッド法、溶射法等を用いることができる。特に好ましくは、溶融めっき法である。
【0069】
溶融めっき法で、Al-Si合金めっき層2を形成する場合は、少なくともSiの含有量が3質量%以上で、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となるように成分を調整しためっき浴に上記の母材1を浸漬することでAl-Si合金めっき鋼板を得る。めっき浴の温度は660℃~690℃の温度域が好ましい。Al-Si合金めっき層2を施す前に、めっき浴温度650℃~780℃の近傍まで熱延鋼板を昇温してからめっきを行ってもよい。
【0070】
また、溶融めっきを行う場合、めっき浴にはAlやSiの他に不純物としてFeが混入している場合がある。また、Siの含有量が3質量%以上、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となる限り、さらにめっき浴にはNi、Mg、Ti、Zn、Sb、Sn、Cu、Co、In、Bi、Ca、ミッシュメタル等を含有していてもよい。
【0071】
「酸化Al被膜除去」
次に、Al-Si合金めっき層2を形成後の鋼板(以下、Alめっき鋼板)の酸化Al被膜3を除去して、酸化Al被膜除去鋼板を得る。酸化Al被膜3の除去は、Alめっき鋼板を酸性又は塩基性の除去液に浸漬することで行う。酸性の除去液としては、希塩酸(HCl 0.1mol/L)などが挙げられる。塩基性の除去液としては、水酸化ナトリウム水溶液(NaOH 0.1mol/L)などが挙げられる。浸漬時間は、Niめっき層4形成後の酸化Al被膜3の厚さが20nm以下になるように、調整する。例えば、浴温40℃の場合、1分間浸漬することで、酸化Al被膜3を除去する。
【0072】
「Niめっき」
酸化Al被膜3の厚さが20nm以下になるように酸化Al被膜3を除去後、1分以内に酸化Al被膜除去鋼板に対してNiめっきを施してNiめっき層4を形成することでホットスタンプ用鋼板を得ることが好ましい。Niめっき層4の形成は、電気めっき法、真空蒸着法などで形成してもよい。
電気めっきでNiめっき層4を形成する場合は、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸からなるめっき浴に酸化Al被膜3を除去後の鋼板を浸漬し、アノードに可溶性のNiを用い、電流密度及び通電時間を適宜制御して、厚さが200nm超、2500nm以下となるようにNiめっき層4を形成することができる。
Niめっきの後、累積圧下率で0.5~2%程度の調質圧延を行ってもよい(特に、上記のめっき原板が冷間圧延された鋼板である場合)。
【0073】
<ホットスタンプ工程>
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を用いた、ホットスタンプの条件の一例を説明するが、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のホットスタンプ条件はこの条件に限定されない。
上述のホットスタンプ用鋼板10を加熱炉に入れ、加熱速度は2.0℃/秒~10.0℃/秒で、Ac点以上の温度(到達温度)まで加熱する。到達温度になった後は、5秒~300秒ほど保持し、ホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプし、室温まで冷却する。これにより、ホットスタンプ成形体を得る。
【0074】
(ホットスタンプ成形体の引張強さ)
ホットスタンプ成形体の引張強さを1600MPa以上としてもよい。必要に応じて、引張強さの下限を、1650MPa、1700MPa、1750MPa又は1800MPaとしてもよく、その上限を2500MPa、2400MPa、2300MPa又は2220MPaとしてもよい。ホットスタンプ成形体の引張強さは、ホットスタンプ成形体の任意の位置からJIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法により測定することができる。
【実施例
【0075】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0076】
(鋼板の製造)
表1-1及び1-2に示す化学組成の溶鋼を鋳造して製造したスラブに、Ac~1400℃の温度まで加熱して熱間圧延を行い、表2-1及び2-2に記載の冷却条件で冷却し、表2-1及び2-2に記載の巻取り開始温度で巻取ることにより、熱延鋼板(鋼板)を得た。実験No.73~82については、熱延後3.2mmから厚さ1.6mmに冷間圧延を行い、冷延鋼板を得た。その他の鋼板は、熱間圧延で厚さ1.6mmまで圧延した。
【0077】
【表1-1】
【0078】
【表1-2】
【0079】
【表2-1】
【0080】
【表2-2】
【0081】
(Al-Siめっき)
上記で製造した鋼板に対し、Al-Si合金めっきを施した。Al-Si合金の溶融めっき浴は、表2-1及び2-2に記載のAl含有量及びSi含有量となるように、めっき浴の成分を調整した。成分を調整しためっき浴に上記の方法により製造した鋼板を浸漬し、表2-1及び2-2に記載のAl-Si合金めっき鋼板を得た。
【0082】
(酸化Al被膜除去)
Al-Siめっき鋼板の表面の酸化Al被膜を表2-1及び2-2に記載の方法で除去した。表2-1及び2-2にアルカリと記載されている場合は、除去液として0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用いた。表2-1及び2-2に酸と記載されている場合は、除去液として0.1mol/Lの希塩酸を用いた。上記で得たAl-Siめっき鋼板を除去液に浸漬し、酸化Al被膜除去鋼板を得た。
【0083】
(Niめっき)
次に、酸化Al被膜除去鋼板に対し、Niめっきを施した。Niめっき浴には、硫酸ニッケル200~400g/L、塩化ニッケル20~100g/L、ほう酸5~50g/Lを含むWatt浴を用いた。表2-1及び2-2に記載のNi含有量となるように、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸の比率を調整し、pH=1.5~2.5、浴温45℃~55℃に調整した。アノードは可溶性のNiを用い、電流密度2A/dmとし、表2-1及び2-2に記載の厚さとなるように、通電時間を制御して、ホットスタンプ用鋼板を得た。なお、表2-1及び2-2中の蒸着と記載があるものは電気めっきではなく、蒸着でNiめっき層を形成した。蒸着めっきは、蒸着中の真空度5.0×10-3~2.0×10-5Paで実施し、蒸着のための熱源には電子線(電圧10V、電流1.0A)を用いた。得られたホットスタンプ用鋼板の母材の各組織を上述の方法で確認したところ、断面の面積率において、フェライト:20~80%、パーライト:20~80%、残部:5%未満であった。
【0084】
(ホットスタンプ)
次に、高露点環境下(露点:30℃)で、表3-1及び3-2に記載の通りの条件でホットスタンプ用鋼板をホットスタンプし、ホットスタンプ成形体を得た。
【0085】
(転位密度測定)
上記で製造した鋼板の端面から50mm以上離れた任意の位置から、サンプルを切り出した。サンプルの大きさは、20mm角とした。蒸留水48質量%、過酸化水素水48質量%、フッ化水素酸4質量%の混合溶液を用いて、サンプルを200μm減厚した。この時、サンプルの表面と裏面とは100μmずつ減厚され、減圧前のサンプル表面から100μmの領域が露出した。この露出した表面についてX線回折測定を行い、体心立方格子の複数の回折ピークを特定した。これらの回折ピークの半値幅から転位密度を解析し、表面から深さ100μmにおける転位密度を得た。解析法については、非特許文献1に記載のmodified Williamson-Hall法を使用した。得られた結果を表3-1及び3-2に示す。なお、上記で製造したホットスタンプ用鋼板のNiめっき層及びAl-Si合金めっき層をNaOH水溶液を用いて除去した後に、転位密度を測定したところ、表3-1及び表3-2と同様の結果であった。
【0086】
(Al-Si合金めっき層の厚さ)
Al-Si合金めっき層の厚さは以下のように測定した。上記の製造方法で得られたホットスタンプ用鋼板を板厚方向に切断した。その後、ホットスタンプ用鋼板の断面を研磨し、研磨したホットスタンプ用鋼板の断面を、FE-EPMAにより、ホットスタンプ用鋼板の表面から鋼板までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度及びSi濃度を測定した。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとした。Niめっき層、Al-Si合金めっき層及び鋼板が含まれる範囲で測定を行った。Al含有量が75質量%以上であり、Si濃度が3質量%以上であり、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層と判定し、Al-Si合金めっき層の厚さは、上記の領域の板厚方向の長さとした。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層の厚さを測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層の厚さとした。評価結果を表2-1及び2-2に示す。
【0087】
(Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量測定)
Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2005)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層の全厚の1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量を得た。得られた結果を表2-1及び2-2に示す。
【0088】
(酸化Al被膜の厚さ)
酸化Al被膜の厚さは、ArスパッタリングとX線光電子分光法(XPS)測定を交互に繰り返すことで、評価した。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧0.5kV、SiOを基準としたスパッタレート0.5nm/min)でホットスタンプ用鋼板のスパッタリングを行った後に、XPS測定を行った。XPS測定は、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、全エネルギー範囲0~1300eVで行った。ArスパッタリングとXPS測定は交互に行い、XPS測定でAlの2p軌道の結合エネルギー73.8eV~74.5eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返した。酸化Al被膜の厚さは、スパッタリングを開始して初めてOの含有量が20atomic%以上となる位置から、Oの含有量が20atomic%未満となる位置までのスパッタリング時間とスパッタリングレートから算出する。スパッタリングレートはSiO換算で行う。酸化Al被膜の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とした。得られた結果を表2-1及び2-2に示す。
【0089】
(Niめっき層の厚さ)
Niめっき層4の厚さは、ArスパッタリングエッチングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、測定する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定でNiの2p軌道の結合エネルギー852.5eV~852.9eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。Niめっき層4の層厚は、スパッタリングを開始して初めてNiの含有量が10atomic%以上となる位置から、Niの含有量が10atomic%未満となる位置までの上記の範囲のピークが現れてからなくなるまでのスパッタリングエッチング時間とスパッタエッチングレートとから算出する。スパッタエッチングレートはSiO換算で行う。Niめっき層4の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。
【0090】
(Niめっき層のNi含有量)
Niめっき層中のNi含有量は、Niめっき層の厚さの測定において得られたNiめっき層の板厚方向の中心位置におけるNi濃度をNi含有量とした。具体的には、板厚方向のNiめっき層の中心位置で測定して得られた値の算術平均(N=2)をNi含有量とした。得られた結果を表2-1及び2-2に示す。
【0091】
(Niめっき層の被覆率)
Niめっき層の被覆率は、XPS測定で評価した。XPS測定は、線源Al Kα線を用い、出力15kV、25W、スポットサイズ100μm、スキャン回数10回、ホットスタンプ用鋼板10を全エネルギー範囲0~1300eVで走査して測定し、Niの含有量(atomic%)とAlの含有量(atomic%)を算出した。次にNiの含有量とAlの含有量との合計に対するNi含有量の割合(%)を計算し、得られた割合をNiめっきの被覆率(%)とした。得られた結果を表2-1及び2-2に示す。
【0092】
(引張強さ)
ホットスタンプ成形体の引張強さは、ホットスタンプ成形体の任意の位置からJIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求めた。なお、スケールの状態が劣悪であった実験No.63は評価しなかった。測定した測定結果を表3-1及び3-2に示す。表3-1および3-2において、早期破断とあるのは、降伏点を有さず、数値が上昇中に破断した試験であり、引張強さの測定範囲の破断時の変位が、引張強さの最大値となる試験(つまり、最大荷重後の伸びがなく、破断した試験)であったことを意味する。
【0093】
(加熱炉で侵入した水素量)
ホットスタンプ成形体に対し、昇温水素分析を行い、加熱炉で侵入した侵入水素量を測定した。ホットスタンプ成形体は、ホットスタンプの金型による冷却で200℃以下となったら、ただちに液体窒素で-10℃以下に冷却して凍結し、昇温水素分析にて300℃までに放出される拡散性水素量を用いて、ホットスタンプ成形体の侵入水素量(質量ppm)を評価した。侵入水素量が0.350質量ppm以下の場合を高露点環境下でも侵入水素量を抑制できると判断し合格とした。侵入水素量が0.350質量ppm超の場合を不合格とした。なお、スケールの状態が劣悪であった実験No.63は水素量を測定しなかった。また、早期破断した実験No.8、13、22、26、27、31、34についても水素量を測定しなかった。測定結果を表3-1及び3-2に示す。
【0094】
【表3-1】
【0095】
【表3-2】
【0096】
表3-1及び3-2に示す通り、本発明の範囲を満足する実験No.2~7、9~12、14~21、23~25、28~30、32、33、35~62、64、65、67、71~73、75~82は加熱炉での侵入水素量も少なかった。
【0097】
実験No.1は、Niめっき層のNi含有量が75%であったので、多量の水素が鋼板に侵入した。
【0098】
実験No.8は、鋼板のC含有量が0.70%以上であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0099】
実験No.13は、鋼板のMn含有量が0.40%未満であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0100】
実験No.22は、鋼板のP含有量が0.100%超であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0101】
実験No.26は、鋼板のS含有量が0.1000%超であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0102】
実験No.27は、鋼板のsol.Al含有量が0.0002%未満であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0103】
実験No.31は、鋼板のsol.Al含有量が0.5000%超であったので、水素脆化破壊で早期に破断した。
【0104】
実験No.34は、鋼板のN含有量が0.0100%超であったので、水素脆化割れで早期に破断した。
【0105】
実験No.54は、引張強度及び侵入水素量は合格基準を満足したが、冷却開始温度がAc点未満であったので、平均転位密度が低く、侵入水素量が他の発明例よりも高かった。
【0106】
実験No.56は、引張強度及び侵入水素量は合格基準を満足したが、冷却速度が30℃/秒未満であったので、平均転位密度が低く、侵入水素量が他の発明例よりも高かった。
【0107】
実験No.59は、引張強度及び侵入水素量は合格基準を満足したが、巻取り開始温度が600℃超であったので、平均転位密度が低く、侵入水素量が他の発明例よりも高かった。
【0108】
実験No.63は、Al-Si合金めっき層の厚さが7μm未満であったので、スケールの状態が劣悪であった。
【0109】
実験No.66は、酸化Al被膜が20nm超であったので、多量の水素が鋼板に侵入した。
【0110】
実験No.68は、Niめっき層のNi含有量が85%であったので、多量の水素が鋼板に侵入した。
【0111】
実験No.69は、Niめっき層がなかったので、多量の水素が鋼板に侵入した。
【0112】
実験No.70は、Niめっき層の厚さが200nm以下であったので、多量の水素が鋼板に侵入した。
【0113】
実験No.74は、酸化Al被膜が21nmであったので、上層めっき被膜(Niめっき層)が剥離し、多量の水素が鋼板に侵入した。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明によれば、Alめっきを施されたホットスタンプ用鋼板であっても、高露点環境下でのホットスタンプにおいても、侵入水素量を低減することで優れた耐水素脆化特性を有するので、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0115】
1 母材
2 Al-Si合金めっき層
3 酸化Al被膜
4 Niめっき層
10 ホットスタンプ用鋼板
図1
図2