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  • 特許-ホットスタンプ用鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/02 20060101AFI20230427BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 2/12 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 2/26 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 14/16 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20230427BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20230427BHJP
   C25D 5/30 20060101ALI20230427BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20230427BHJP
【FI】
C23C28/02
C21D1/18 C
C21D9/00 A
C21D9/46 J
C22C19/05 B
C22C21/02
C22C38/00 301T
C22C38/60
C23C2/12
C23C2/26
C23C14/16 A
C23C14/58 A
C23C28/00 B
C25D5/30
C25D5/50
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022522190
(86)(22)【出願日】2021-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2021018160
(87)【国際公開番号】W WO2021230311
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2020084585
(32)【優先日】2020-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】原野 貴幸
(72)【発明者】
【氏名】崎山 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】小林 亜暢
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-532442(JP,A)
【文献】特開2011-152589(JP,A)
【文献】特表2020-509200(JP,A)
【文献】特表2019-518136(JP,A)
【文献】特表2018-513909(JP,A)
【文献】国際公開第2017/182382(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第3489386(EP,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0075682(KR,A)
【文献】国際公開第2019/097440(WO,A1)
【文献】特開平8-60326(JP,A)
【文献】特開平4-246182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
C21D 1/18
C21D 9/00
C21D 9/46
C22C 38/00
C22C 38/60
C23C 2/12
C23C 2/26
C23C 4/06
C23C 4/18
C23C 14/16
C23C 14/58
C25D 5/30
C25D 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項2】
前記母材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.005~1.00%、
Ni:0.005~1.00%、
V:0.01~1.00%、
Ti:0.010~0.150%、
Mo:0.005~1.000%、
Cr:0.050~1.000%、
B :0.0005~0.0100%、
Ca:0.001~0.010%、
および
REM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする、請求項1に記載のホットスタンプ用鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用鋼板に関する。本願は、2020年5月13日に、日本に出願された特願2020-084585号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び省資源化の観点から自動車車体の軽量化が求められており、自動車用部材への高強度鋼板の適用が加速している。自動車用部材はプレス成形によって製造されるが、鋼板の高強度化に伴い成形荷重が増加するだけでなく、成形性が低下するため、高強度鋼板においては、複雑な形状の部材への成形性が課題となる。このような課題を解決するため、鋼板が軟質化するオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するホットスタンプ技術の適用が進められている。ホットスタンプは、プレス加工と同時に、金型内において焼入れ処理を実施することで、自動車用部材への成形性と自動車用部材の強度確保とを両立する技術として注目されている。
【0003】
めっきなどを施していない裸材の鋼板に対してホットスタンプを行う場合、加熱時のスケールの形成及び表層脱炭を抑制するために、非酸化雰囲気でホットスタンプを行う必要がある。しかし、非酸化雰囲気でホットスタンプを行っても、加熱炉からプレス機までは、大気雰囲気であるので、ホットスタンプ後の鋼板の表面にはスケールが形成される。この鋼板の表面のスケールは、密着性が悪く、簡単に剥離してしまうため、他工程への悪影響が懸念される。そのため、ショットブラストなどを用いて除去する必要がある。ショットブラストは、鋼板の形状への影響があるという問題がある。また、スケール除去工程によって、ホットスタンプ工程の生産性が低下するという問題がある。
【0004】
鋼板表面のスケールの密着性を改善するために、鋼板の表面にめっきを形成する方法がある。めっきを形成することで、ホットスタンプを行っても鋼板の表面に密着性のよいスケールが形成されるため、スケール除去の工程が不要となる。そのため、ホットスタンプ工程の生産性が改善される。
【0005】
鋼板表面にめっきを形成する方法としては、Znめっき又はAlめっきを形成する方法が考えられるが、Znめっきを用いた場合、液体金属脆性(Liquid Metal Embrittlement、以下、LMEと称する)の問題がある。LMEとは、固体金属表面に液体金属が接触した状態で引張応力を付与すると、本来延性を示す固体金属が脆化する現象をいう。Znは融点が低く、ホットスタンプ時に、溶けたZnがFeの旧オーステナイト粒界に沿って入り込み、鋼板にマイクロクラックが生じてしまう。
【0006】
Alめっきを鋼板に施す場合、上記のLMEの問題は発生しないが、ホットスタンプ時にAlめっきの表面において、Alと水との反応が起こり、水素が発生する。そのため、鋼板への侵入水素量が多いという問題がある。この鋼板への水素の侵入量が多いと、ホットスタンプ後に応力を負荷すると鋼板が割れてしまう(水素脆化)。
【0007】
特許文献1には、鋼板の表面領域においてニッケルを富化することで、高温における鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0008】
特許文献2には、鋼板をニッケル及びクロムを含み、重量比Ni/Crが1.5~9の間であるバリアプレコートで被覆することで、鋼材への侵入水素を抑制する技術が開示されている。
【0009】
しかし、特許文献1及び2の方法では、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体において、Feがホットスタンプ成形体の表面まで拡散していることから、ホットスタンプ成形体の腐食を十分に抑制できないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開2016/016707号
【文献】国際公開2017/187255号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた発明であり、耐食性に優れるホットスタンプ成形体を製造可能なホットスタンプ用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らが鋭意検討した結果、Al-Si合金めっき層を備えるホットスタンプ用鋼板が、Al-Si合金めっき層上に、所望の平均層厚(厚さ)のNiめっき層を備え、かつ、ホットスタンプ用鋼板の基材である鋼板中に所望量の固溶Nbを含有することで、ホットスタンプ成形体の腐食を十分に抑制できることを知見した。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を進めてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ用鋼板は、
母材と、
Al含有量が75質量%以上であり、Si含有量が3質量%以上であり、かつ、前記Al含有量と前記Si含有量との合計が95質量%以上であるAl-Si合金めっき層と、
Ni含有量が90質量%超であるNiめっき層と、
をこの順で備え、
前記母材の化学組成が、質量%で、
C :0.01%以上、0.70%未満、
Si:0.005~1.000%、
Mn:0.40~3.00%、
Nb:0.010~0.200%、
固溶Nb:0.010~0.150%、
sol.Al:0.00020~0.50000%、
P :0.100%以下、
S :0.1000%以下、
N :0.0100%以下、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
V:0~1.00%、
Ti:0~0.150%、
Mo:0~1.000%、
Cr:0~1.000%、
B :0~0.0100%、
Ca:0~0.010%、
REM:0~0.300%、および
残部:Fe及び不純物、
であり、
前記Al-Si合金めっき層の厚さが7~148μmであり、
前記Niめっき層の厚さが200nm超、2500nm以下である。
(2) 上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記母材の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.005~1.00%、
Ni:0.005~1.00%、
V:0.01~1.00%、
Ti:0.010~0.150%、
Mo:0.005~1.000%、
Cr:0.050~1.000%、
B :0.0005~0.0100%、
Ca:0.001~0.010%、
および
REM:0.001~0.300%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る上記態様によれば、耐食性に優れるホットスタンプ成形体を製造可能なホットスタンプ用鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<ホットスタンプ用鋼板>
本発明者らが鋭意検討した結果、Alめっき鋼板をホットスタンプした場合、表面にFeが拡散し、耐食性が低下することが分かった。
【0017】
本発明者らが、さらに鋭意検討したところ、下記の知見を得た。
(A)Niめっき層の平均層厚(厚さ)が200nm超であると、ホットスタンプ成形体の表面へのFeの拡散を抑制することができる。
(B)ホットスタンプ用鋼板の基材となる鋼板中に、十分な量の固溶Nbが存在することにより、鋼板とAlめっき層との界面からホットスタンプ成形体の表面側へのFeの合金化速度(拡散速度)が低下し、Fe拡散をより抑制することができる。
【0018】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板では、上述の知見に基づいて、ホットスタンプ用鋼板の構成を決定した。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、各めっき構成の相乗効果により、本発明の目的とする効果が得られる。ホットスタンプ用鋼板10は、図1に示すように、鋼板(母材)1、Al-Si合金めっき層2、及びNiめっき層3を備える。以下、各構成について説明する。なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての%は全て質量%を示す。
【0019】
(鋼板(母材))
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の鋼板(母材)1となる鋼板(母材)は、化学組成が、質量%で、C:0.01%以上、0.70%未満、Si:0.005~1.000%、Mn:0.40%~3.00%、sol.Al:0.00020~0.50000%、Nb:0.010~0.200%、固溶Nb:0.010~0.150%、P:0.100%以下、S:0.1000%以下、及びN:0.0100%以下、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、V:0~1.00%、Ti:0~0.150%、Mo:0~1.000%、Cr:0~1.000%、B:0~0.0100%、Ca:0~0.010%、REM:0~0.300%および残部:Fe及び不純物である。
【0020】
「C:0.01%以上、0.70%未満」
Cは、焼入れ性を確保するために重要な元素である。C含有量が0.01%未満では、十分な焼入れ性を得ることが困難となり、引張強さが低下する。そのため、C含有量は0.01%以上、0.08%以上、0.18%以上または0.25%以上であってもよい。一方、C含有量が0.70%以上では、粗大な炭化物が生成して脆性破壊が生じやすくなる。そのため、C含有量は0.70%未満とすることが好ましい。C含有量は、好ましくは0.38%以下である。
【0021】
「Si:0.005~1.000%」
Siは、焼入れ性を確保するために含有させる元素である。Si含有量が0.005%未満では上記効果が得られない。そのため、Si含有量は0.005%以上とする。より好ましいSi含有量は、0.100%以上である。Cuを含有する場合は、Cuの熱間脆性を抑制するために、Si含有量は、0.350%以上であることが好ましい。1.000%超のSiを含有させると、オーステナイト変態温度(Ac等)が非常に高くなり、ホットスタンプのための加熱に要するコストが上昇したり、ホットスタンプ加熱時にフェライトが残留してホットスタンプ成形体の引張強さが低下したりする場合がある。このため、Si含有量は1.000%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.800%以下である。uを含有する場合は、オーステナイト変態温度の温度が高くなるので、Si含有量は、0.600%以下であることが好ましい。Si含有量は、0.400%以下または250%以下であってもよい。
【0022】
「Mn:0.40~3.00%」
Mnは、固溶Nbを確保するために必要な元素である。Mn含有量が0.40%未満では、Nb炭窒化物の析出が抑制できず、所望の固溶Nb量を得ることが困難である。そのため、Mn含有量は0.40%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.80%以上である。一方、Mn含有量を3.00%超とすると、鋼中に粗大な介在物が生成して破壊が生じやすくなるので、Mn含有量は、3.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは2.00%以下である。
【0023】
「sol.Al:0.00020~0.50000%」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.00020%未満では、脱酸が十分に行われず上記効果が得られないため、sol.Al含有量は0.00020%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.00100%以上、または0.00200%以上である。一方、sol.Al含有量が0.50000%を超えると、鋼中に粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体が脆性破壊しやすくなる。そのため、sol.Al含有量は0.50000%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.40000%以下、または0.30000%以下である。なお、sol.Alとは、酸可溶性Alを意味し、固溶状態で鋼中に存在する固溶Alと、AlN等の酸可溶性析出物として鋼中に存在するAlとの総量のことをいう。
【0024】
「固溶Nb:0.010~0.150%」
固溶Nbは、Feの拡散速度を低下させる。固溶Nbの含有量が0.010%未満の場合、上記の効果が得られない。そのため、固溶Nbの含有量は、0.010%以上である。より好ましい固溶Nb含有量は、0.030%以上である。さらに好ましい固溶Nb含有量は、0.050%以上である。一方、0.150%を超えて固溶Nbを含有させても上記効果は飽和するので、固溶Nbの含有量は0.150%以下とする。固溶Nb含有量は、より好ましくは0.100%以下である。固溶Nbは、固溶状態で鋼中に存在するNbのことをいう。
【0025】
「Nb:0.010~0.200%」
Nbの含有量が0.010%未満の場合、固溶Nbの含有量が0.010%以上とすることができない。そのため、Nbの含有量は、0.010%以上である。より好ましいNb含有量は、0.030%以上である。さらに好ましいNb含有量は、0.050%以上である。一方、0.200%を超えても、Nbが固溶できず炭化物を粗大化させるので、Nb含有量は0.200%以下とする。Nb含有量は、より好ましくは0.100%以下である。
【0026】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体が脆性破壊しやすくなる。そのため、P含有量は0.100%以下とすることが好ましい。P含有量は、好ましくは0.050%以下である。より好ましいP含有量は、0.010%以下である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0005%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、P含有量の下限は0.0005%としてもよい。
【0027】
「S:0.1000%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.1000%を超えると、鋼中に多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体が脆性破壊しやすくなる。そのため、S含有量は0.1000%以下とすることが好ましい。S含有量は、好ましくは0.0050%以下である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、S含有量の下限は0.00015%としてもよい。
【0028】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の靱性および引張強度を劣化させる元素である。N含有量が0.0100%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ成形体が脆性破壊しやすくなる。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0050%以下である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくないため、実操業上、0.0001%を下限としてもよい。
【0029】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する鋼板は、Feの一部に代えて、任意元素として、Cu、Ni、V、Ti、Mo、Cr、B、Ca及びREMからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0030】
「Cu:0~1.00%」
Cuは、ホットスタンプ時にホットスタンプ部材のめっき層まで拡散して、ホットスタンプ部材の製造における、加熱時に侵入する水素を低減する作用を有する。そのため、必要に応じてCuを含有させてもよい。また、Cuは鋼の焼入れ性を高め、焼入れ後のホットスタンプ成形体の強度を安定して確保するために有効な元素である。Cuを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cu含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.150%以上である。一方、1.00%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cu含有量は1.00%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.350%以下である。
【0031】
「Ni:0~1.00%」
Niは、鋼板製造時のCuによる熱間脆性を抑制し、安定した生産を確保するために、重要な元素であるので、Niを含有させてもよい。Ni含有量が0.005%未満では、上記の効果を十分に得られない場合がある。したがって、Ni含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Ni含有量は0.05%以上が好ましい。一方、Ni含有量が1.00%を超えると、ホットスタンプ用鋼板の限界水素量が低下する。したがって、Ni含有量は1.00%以下とする。Ni含有量は0.60%以下が好ましい。
【0032】
「V:0~1.00%」
Vは、微細な炭化物を形成し、その細粒化効果や水素トラップ効果により鋼材の限界水素量を向上させる元素である。そのため、Vを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Vを0.01%以上含有させることが好ましく、0.05%以上含有させることがより好ましい。しかしながら、V含有量が1.00%を超えると、上記の効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のV含有量は1.00%以下とする。
【0033】
「Ti:0~0.150%」
Tiは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Tiを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Ti含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Ti含有量は、好ましくは0.020%以上である。一方、0.150%を超えて含有させても上記効果は飽和するので、Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.120%以下である。
【0034】
「Mo:0~1.000%」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Moを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Mo含有量は0.005%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.010%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Mo含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0035】
「Cr:0~1.000%」
Crは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Crを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、Cr含有量は0.050%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.100%以上である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Cr含有量は1.000%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.800%以下である。
【0036】
「B:0~0.0100%」
Bは、粒界に偏析して粒界の強度を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させても良い。Bを含有させる場合、上記効果を確実に発揮させるために、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。B含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、0.0100%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0075%以下である。
【0037】
「Ca:0~0.010%」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、Ca含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。
【0038】
「REM:0~0.300%」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この作用を確実に発揮させるためには、REM含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、0.300%を超えて含有させても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.300%以下とすることが好ましい。なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量とはこれらの元素の含有量の合計を指す。
【0039】
「残部がFe及び不純物」
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、あるいは、意図的に添加されたものであって本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10をホットスタンプした後のホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0040】
上述した母材1の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic
Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。表面のめっき層は機械研削により除去してから化学組成の分析を行えばよい。sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定すればよい。
【0041】
固溶Nbの含有量は以下の方法で測定する。電解抽出(電解液:10vol%アセチルアセトン-1mass%テトラアンモニウムクロライド-メタノール)残渣を分離した後、その残渣のみを硫リン酸白煙処理によって溶解し、その溶液をICP-AESで分析し、析出したNb量(insol.Nb)を定量する。母材1のTotal.Nb量からinsol.Nbを引くことで固溶Nb(sol.Nb)を定量する。この時、insol.Nbの小数第4位(質量%)は切り捨てとする。母材1のTotal.Nb量は、JIS G 1258-4(2007)に従って定量する。
【0042】
「金属組織」
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10を構成する母材1の金属組織について説明する。ホットスタンプ用鋼板10の母材1の金属組織は、断面の面積率において、フェライトの面積率は10%以上が好ましい。より好ましいフェライトの面積率は、20%以上である。断面の面積率において、フェライトの面積率は、40%以下が好ましい。より好ましいフェライトの面積率は30%以下である。断面の面積率において、パーライトの面積率は10%以上が好ましい。より好ましいパーライトの面積率は20%以上である。パーライトの面積率は、40%以下が好ましい。より好ましいパーライトの面積率は30%以下である。断面の面積率において、ベイナイトの面積率は20%以上が好ましい。より好ましいベイナイトの面積率は30%以上である。パーライトの面積率は80%以下であることが好ましい。より好ましいパーライトの面積率は70%以下である。残部は、マルテンサイトまたは残留オーステナイトであってもよい。残部組織の面積率は5%未満であってもよい。
【0043】
(フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率の測定方法)
フェライトおよびパーライトの面積率の測定は、以下の方法で行う。板幅方向中央位置における、圧延方向に平行な断面を鏡面に仕上げ、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。サンプル断面の長手方向の任意の位置において、表面から板厚の1/4深さを分析できるように、長さ50μm、表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSP検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。さらに、同一視野において反射電子像を撮影する。
まず、反射電子像からフェライトとセメンタイトが層状に析出した結晶粒を特定し、当該結晶粒の面積率を算出することで、パーライトの面積率を得る。その後、パーライトと判別された結晶粒を除く結晶粒に対し、得られた結晶方位情報をEBSP解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて、Grain Average Misorientation値が1.0°以下の領域をフェライトと判定する。フェライトと判定された領域の面積率を求めることで、フェライトの面積率を得る。
上記機能を用いて、Grain Average Misorientation値が1.0°を超えて5.0°以下の領域をベイナイトと判定する。ベイナイトと判定された領域の面積率を求めることで、ベイナイトの面積率を得る。
【0044】
(残部の面積率の決定方法)
本実施形態における残部の面積率は、100%から、フェライト、パーライト及びベイナイトの合計面積を差し引いた値とする。
【0045】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10の母材1の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.4mm以上であることが好ましい。母材1の板厚は、0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上であることがより好ましい。母材1の板厚は、6.0mm以下とすることが好ましい。母材1の板厚は、5.0mm以下、4.0mm以下、3.2mm以下又は2.8mm以下であることがより好ましい。
【0046】
(Al-Si合金めっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2は、母材1の上層として設けられている。Al-Si合金めっき層2は、Al及びSiを主成分とするめっきである。ここで、Al及びSiを主成分とするとは、少なくともAl含有量が75質量%以上であり、Si含有量が3質量%以上であり、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上であることをいう。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は、80質量%以上が好ましい。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量は95質量%以下であることが好ましい。Al-Si合金めっき層2中のAl含有量がこの範囲であれば、ホットスタンプ時に鋼板の表面にスケールが形成されることを防止することができる。
【0047】
Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、3質量%以上である。より好ましくは、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は6質量%以上である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量は、20質量%以下である。より好ましくはSi含有量は、12質量%以下である。Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が3質量%以上であれば、Fe-Alの合金化を抑制することができる。また、Al-Si合金めっき層2中のSi含有量が20質量%以下であれば、良好なスケールの密着性を得ることができる。Alの含有量とSiの含有量との合計は、97質量%以上、98質量%以上又は99質量%以上であってもよい。Al-Si合金めっき層2中の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、Al-Si合金めっき層2の製造中に不可避的に混入する成分や母材1中の成分等が挙げられる。
【0048】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のAl-Si合金めっき層2の平均層厚(厚さ)は7μm以上である。何故なら、Al-Si合金めっき層2の厚さが7μm未満であると、ホットスタンプ時のスケールの形成を十分に抑制できないためである。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは12μm以上、15μm以上、18μm以上又は22μm以上である。Al-Si合金めっき層2の厚さが148μm超であると、上記の効果が飽和することに加え、コストが高くなるため、Al-Si合金めっき層2の厚さは148μm以下である。より好ましいAl-Si合金めっき層2の厚さは100μm以下、60μm以下、45μm以下、37μm以下である。
【0049】
Al-Si合金めっき層2の厚さは以下のように測定する。ホットスタンプ用鋼板10の板厚方向に切断を行った後、ホットスタンプ用鋼板10の断面を研磨する。研磨したホットスタンプ用鋼板10の断面を、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyser:FE-EPMA)により、ホットスタンプ用鋼板10の表面から母材1までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度及びSi濃度を測定する。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとすればよい。Si濃度が3質量%以上、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層2と判定する。Al-Si合金めっき層2の層厚は、上記の領域の板厚方向の長さとする。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層2の層厚を測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層2の厚さとする。
【0050】
Al-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2005)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層2の全厚の1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層2中のAl含有量及びSi含有量を得ることができる。
【0051】
(Niめっき層)
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板10のNiめっき層3は、Al-Si合金めっき層2の上層として、Al-Si合金めっき層2に設けられている。Al-Si合金めっき層2とNiめっき層3との間には、Al-Si合金めっき層の表面が酸化して形成されたAl酸化被膜が存在していてもよい。
【0052】
本実施形態に係るNiめっき層3の平均層厚(厚さ)は、200nm超である。より好ましいNiめっき層3の厚さは、280nm以上、350nm以上、450nm以上、560nm以上又は650nm以上である。Niめっき層3の厚さが200nm以下であると、ホットスタンプ成形体の表面へのFeの拡散を十分に抑制できない。また、Fe拡散抑制の観点からは、Niめっき層3の厚さは厚ければ厚いほど望ましい。一方、コストの観点からNiめっき層3の厚さは2500nm以下である。好ましいNiめっき層3の厚さは、1500nm以下、1200nm以下又は1000nm以下であり、さらに好ましくは900nm以下又は730nm以下である。Niめっき層3の厚さが2500nm超であると、Feの拡散を抑制する効果が飽和する。
【0053】
Niめっき層4中のNi含有量が90質量%以下であると、ホットスタンプ用鋼板10への水素の侵入量を抑制する効果が得られない場合がある。このため、Niめっき層3中のNi含有量は、90質量%超である。好ましいNi含有量は、92質量%以上である。より好ましいNi含有量は、93質量%以上又は94質量%である。さらにより好ましいNi含有量は、95質量%以上、98質量%以上又は99質量%以上である。Niめっき層3の残部は、Ni含有量が90質量%超であれば、特に限定されない。Niめっき層3中にCrを含有してもよいが、Ni/Crの比が9よりも大きいことが好ましく、この比が15以上または30以上であることがより好ましい。Niめっき層3中のCr含有量は6.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下または3.0%質量%以下であることがより好ましい。さらに好ましくはNiめっき層3中のCr含有量は、2.0質量%以下である。
【0054】
Niめっき層3の厚さは、ArスパッタリングエッチングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、測定する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定でNiの2p軌道の結合エネルギー852.5eV~852.9eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。Niめっき層3の層厚は、スパッタリングを開始して初めてNiの含有量が10atomic%以上となる位置から、Niの含有量が10atomic%未満となる位置までのスパッタリングエッチング時間とスパッタエッチングレートとから算出する。スパッタエッチングレートはSiO換算で行う。Niめっき層3の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。
【0055】
Niめっき層3中のNi含有量は、上記のNiめっき層の厚さの測定において得られるNiめっき層3の板厚方向の中心位置におけるNi含有量をNiめっき層のNi含有量とする。
【0056】
(厚さ)
ホットスタンプ用鋼板10の厚さは、特に限定されないが、例えば、0.4mm以上であってもよい。より好ましい鋼板の厚みは、0.8mm以上、1.0mm以上又は1.2mm以上である。ホットスタンプ用鋼の厚さは6.0mm以下であってもよい。より好ましい鋼板の厚みは5.0mm以下、4.0mm以下、3.2mm以下又は2.8mm以下である。
【0057】
<ホットスタンプ用鋼板の製造方法>
次に、ホットスタンプ用鋼板10の好適な製造方法について説明する。熱間圧延に供するスラブは、常法で製造したスラブであればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造したスラブであればよい。
【0058】
スラブ中のNb含有量が、0.010%未満の場合、スラブ中のNbの全てが固溶Nbとなっても、十分な固溶Nbを得ることができない。そのため、スラブ中のNb含有量は、0.010%以上である。スラブ中のNb含有量が0.200%超の場合、炭化物が粗大化する。そのため、スラブ中のNb含有量は、0.200%以下である。
【0059】
スラブは熱間圧延前に、1200℃以上で加熱する。スラブの加熱温度が1200℃未満の場合、スラブ中のNb炭化物が溶解せず、固溶Nbの含有量が低下するので、好ましくない。そのため、スラブの加熱温度は1200℃以上とする。
【0060】
スラブを加熱後の熱間圧延は一般的な方法で行えばよく、特に限定しない。
【0061】
熱間圧延後、室温~500℃の温度域まで冷却して鋼板を巻き取る。巻取り開始温度が500℃超では、ホットスタンプ用鋼板10中の固溶Nb量が低下するので、好ましくない。ここで、室温は23℃~28℃の温度域をいう。圧延後の500℃までの冷却速度は、30℃/秒以上であることが好ましい。
【0062】
鋼板は500℃以下の温度域まで冷却された後に、巻取りを行う。巻取り後、必要に応じて、さらに冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延における累積圧下率は特に限定しないが、鋼板の形状安定性の観点から、40~60%とすることが好ましい。
【0063】
ホットスタンプ用鋼板の製造工程のうち、上記の巻取り後の工程(めっき前焼鈍からめっき後巻取りまでの)において、鋼板の温度が500℃以上となる時間の合計(500℃以上滞在時間)が180秒超の場合、ホットスタンプ用鋼板10中の固溶Nbの含有量が低くなる。このため、鋼板の温度が500℃以上となる時間の合計(500℃以上滞在時間)を180秒以下とする。以下、500℃以上滞在時間を180秒以下にする製造条件の一例を説明するが、本発明は、以下の方法に限定されない。
【0064】
Al-Si合金めっきを鋼板に施す前に、めっき前焼鈍を行う。具体的には、鋼板の巻取り後、昇温速度10℃/秒~100℃/秒で、780℃~810℃の温度域まで昇温し、当該温度域で90s~110sの間保温することが好ましい。昇温速度が10℃/秒未満の場合、500℃以上滞在時間が180秒を超える場合がある。通常のめっき前焼鈍時の昇温速度は3℃/秒~6℃/秒であり、500℃以上滞在時間が180秒を超える場合がある。そのため、昇温測度を10℃/秒以上とするために、通電加熱などで急速に加熱することが好ましい。
【0065】
保温が終わった後、660℃~680℃の温度域まで冷却速度12℃/秒~20℃/秒で急速空冷する(めっき前冷却)。冷却速度が12℃/秒未満の場合、500℃以上滞在時間が180秒超となる場合がある。
【0066】
「Al-Si合金めっき」
上記の鋼板にAl-Si合金めっきを施す。Al-Si合金めっき層2の方法は、特に限定されるものではなく、溶融めっき法、電気めっき法、真空蒸着法、クラッド法、溶射法等を用いることができる。特に好ましくは、溶融めっき法である。溶融めっき法の場合、前記のめっき前冷却後、溶融めっきを行う。
【0067】
溶融めっき法で、Al-Si合金めっき層2を形成する場合は、少なくともSiの含有量が3質量%以上で、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となるように成分を調整しためっき浴に上記の母材1を浸漬することでAl-Si合金めっき鋼板を得る。この場合、Al-Si合金めっき層2は、溶融Al-Si合金めっき層となる。めっき浴の温度は660℃~680℃の温度域が好ましい。溶融めっき後、15℃/秒~40℃/秒で500℃以下まで冷却することが好ましい(めっき後冷却)。冷却速度が、15℃/秒未満の場合、500℃以上滞在時間が180秒を超える場合がある。通常、溶融めっき後の冷却速度は、8~12℃/秒であるので、冷却速度を15℃/秒以上とするために、ミスト冷却などで冷却することが好ましい。
【0068】
また、溶融めっきを行う場合、めっき浴にはAlやSiの他に不純物としてFeが混入している場合がある。また、Siの含有量が3質量%以上、かつ、Alの含有量とSiの含有量との合計が95質量%以上となる限り、さらにめっき浴にはNi、Mg、Ti、Zn、Sb、Sn、Cu、Co、In、Bi、Ca、ミッシュメタル等を含有していてもよい。
【0069】
「Niめっき」
Al-Si合金めっき鋼板に対してNiめっきを施してNiめっき層3を形成することでホットスタンプ用鋼板を得る。Niめっき層3の形成は、電気めっき法、真空蒸着法などで形成してもよい。Niめっきを施す前に、Al-Si合金めっき層2の酸化膜を除去してもよい。
電気めっきでNiめっき層3を形成する場合は、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸からなるめっき浴にAl-Si合金めっき鋼板を浸漬し、アノードに可溶性のNiを用い、電流密度及び通電時間を適宜制御して、厚さが200nm超となるようにNiめっき層3を形成することができる。
めっき原板が冷間圧延された鋼板である場合などでは、Niめっきの後、累積圧下率で0.5~2%程度の調質圧延を行ってもよい)。
【0070】
<ホットスタンプ工程>
上記で製造したホットスタンプ用鋼板をホットスタンプすることで、ホットスタンプ成形体を得る。以下、ホットスタンプの条件の一例を説明するが、ホットスタンプ条件はこの条件に限定されない。
【0071】
上述のホットスタンプ用鋼板を加熱炉に入れて、加熱速度2.0℃/秒~10.0℃/秒で、Ac点以上の温度(到達温度)まで加熱することが好ましい。加熱温度が2.0℃/秒~10.0℃/秒であれば、Feの表面拡散を防止することができるので好ましい。到達温度がAc点以上であれば、スプリングバックを抑制することができるので、好ましい。なお、Ac点(℃)は下記(1)式で表される。
Ac=912-230.5×C+31.6×Si-20.4×Mn-14.8×Cr-18.1×Ni+16.8×Mo-39.8×Cu・・・(1)
なお、上記式中の元素記号は、当該元素の質量%での含有量であり、含有しない場合は0を代入する。
【0072】
到達温度になった後の保持時間は、5秒以上、300秒以下とすることが好ましい。保持時間が5秒以上、300秒以下であれば、Feのホットスタンプ成形体の表面への拡散を抑制することができるので、好ましい。
【0073】
保持後の鋼板をホットスタンプし、室温まで冷却してホットスタンプ成形体を得る。ホットスタンプ後から室温までの冷却速度は、5℃/秒以上が好ましい。冷却速度が5℃/秒以上であれば、Feのホットスタンプ成形体の表面への拡散を抑制することができる。
【0074】
450℃以上の温度域での滞留時間(加熱-保持-冷却の間に、450℃以上に滞留する時間)は、7.0分以内が好ましい。より好ましくは、3.5分以内、さらに好ましくは、2.1分以内である。450℃以上の温度域での滞留時間が7.0分超の場合、Feがホットスタンプ成形体の表面まで拡散する場合があるので、好ましくない。
【0075】
(引張強さ)
ホットスタンプ成形体の引張強さを特に規定する必要はないが、引張強さを1200MPa以上としてもよい。必要に応じて、引張強さの下限を、1300MPa、1400MPa、1500MPa、1550MPa、1600MPa、1650MPa、1700MPa、1750MPa又は1800MPaとしてもよく、その上限を2500MPa、2400MPa、2300MPa又は2220MPaとしてもよい。
【実施例
【0076】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0077】
(鋼板の製造)
表1A及び表1Bに示す化学組成の溶鋼を鋳造して製造したスラブに、表2A及び表2Bに記載の温度条件で加熱を行った後、熱間圧延を行い、表2A及び表2Bに記載の冷却条件で冷却し、表2A及び表2Bに記載の巻取り開始温度で巻取ることにより、熱延鋼板(鋼板)を得た。実験No.66~80については、熱延後3.2mmから厚さ1.6mmに冷間圧延を行い、冷延鋼板を得た。その他の鋼板は、熱間圧延で厚さ1.6mmまで圧延した。
【0078】
【表1A】
【0079】
【表1B】
【0080】
【表2A】
【0081】
【表2B】
【0082】
【表3A】
【0083】
【表3B】
【0084】
(Al-Siめっき)
上記で製造した鋼板に対し、Al-Si合金めっきを施した。Al-Si合金の溶融めっき浴は、表2A及び表2Bに記載のAl含有量及びSi含有量となるように、めっき浴の成分を調整した。成分を調整しためっき浴に上記の方法により製造した鋼板を浸漬し、表2A及び表2Bに記載のAl-Si合金めっき鋼板を得た。また、巻取り後のめっき前焼鈍、めっき前冷却、溶融めっき、めっき後冷却において、500℃以上となる時間の合計(500℃以上滞在時間)について、表2Aおよび表2Bに示す。
【0085】
(Niめっき)
次に、Al-Si合金めっき鋼板に対し、Niめっきを施した。Niめっき浴には、硫酸ニッケル200~400g/L、塩化ニッケル20~100g/L、ほう酸5~50g/Lを含むWatt浴を用いた。表2A及び表2Bに記載のNi含有量となるように、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、及びホウ酸の比率を調整し、pH=1.5~2.5、浴温45℃~55℃に調整した。アノードは可溶性のNiを用い、電流密度2A/dmとし、表2A及び表2Bに記載の厚さとなるように、通電時間を制御して、ホットスタンプ用鋼板を得た。なお、表2A及び表2B中の蒸着と記載があるものは電気めっきではなく、蒸着でNiめっき層を形成した。蒸着めっきは、蒸着中の真空度5.0×10-3~2.0×10-5Paで実施し、蒸着のための熱源には電子線(電圧10V、電流1.0A)を用いた。得られたホットスタンプ用鋼板の各組織を上述の方法で確認したところ、断面の面積率において、フェライト:10~40%、パーライト:10~40%、ベイナイト:20~80、残部:5%未満であった。
【0086】
(ホットスタンプ)
次に、表3A及び表3Bに記載の通りの条件でホットスタンプ用鋼板をホットスタンプし、ホットスタンプ成形体を得た。
【0087】
(Al-Si合金めっき層の厚さ)
Al-Si合金めっき層の厚さは以下のように測定した。上記の製造方法で得られたホットスタンプ用鋼板を板厚方向に切断した。その後、ホットスタンプ用鋼板の断面を研磨し、研磨したホットスタンプ用鋼板の断面を、FE-EPMAにより、ホットスタンプ用鋼板の表面から鋼板までをZAF法を用いて線分析し、検出された成分中のAl濃度及びSi濃度を測定した。測定条件は、加速電圧15kV、ビーム径100nm程度、1点あたりの照射時間1000ms、測定ピッチ60nmとした。Niめっき層、Al-Si合金めっき層及び鋼板が含まれる範囲で測定を行った。Si濃度が3質量%以上、かつ、Al濃度とSi濃度との合計が95質量%以上である領域をAl-Si合金めっき層と判定し、Al-Si合金めっき層の層厚は、上記の領域の板厚方向の長さとした。5μm間隔ずつ離れた5箇所の位置でAl-Si合金めっき層の層厚を測定し、求めた値の算術平均をAl-Si合金めっき層の厚さとした。評価結果を表2A及び表2Bに示す。
【0088】
(Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量測定)
Al-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量は、JIS K 0150(2005)に記載の試験方法に従って、試験片を採取し、Al-Si合金めっき層の全厚の1/2位置のAl含有量及びSi含有量を測定することで、ホットスタンプ用鋼板10におけるAl-Si合金めっき層中のAl含有量及びSi含有量を得た。得られた結果を表2A及び表2Bに示す。
【0089】
(Niめっき層の厚さ)
Niめっき層の厚さは、ArスパッタリングエッチングとX線光電子分光法(XPS)測定とを交互に繰り返すことで、測定する。具体的には、Arスパッタリング(加速電圧20kV、スパッタレート1.0nm/min)でホットスタンプ用鋼板10のスパッタリングエッチングを行った後に、XPS測定を行う。このArスパッタリングエッチングとXPS測定とは交互に行い、XPS測定でNiの2p軌道の結合エネルギー852.5eV~852.9eVのピークが現れてからなくなるまで、これらの測定を繰り返す。Niめっき層の層厚は、スパッタリングを開始して初めてNiの含有量が10atomic%以上となる位置から、Niの含有量が10atomic%未満となる位置までのスパッタリングエッチング時間とスパッタエッチングレートとから算出する。スパッタエッチングレートはSiO換算で行う。Niめっき層の厚さは、2箇所で測定した算術平均値とする。得られた結果を表2A及び表2Bに示す。
【0090】
(Niめっき層のNi含有量)
Niめっき層中のNi含有量は、Niめっき層の厚さの測定において得られたNiめっき層の板厚方向の中心位置におけるNi含有量をNiめっき層のNi含有量とした。具体的には、板厚方向のNiめっき層の中心位置で測定して得られた値の算術平均(N=2)をNi含有量とした。得られた結果を表2A及び表2Bに示す。
【0091】
(固溶Nb含有量)
固溶Nb含有量は次の方法で測定した。電解抽出(電解液:10vol%アセチルアセトン-1mass%テトラアンモニウムクロライド-メタノール)残渣を分離した後、その残渣のみを硫リン酸白煙処理によって溶解し、その溶液をICP-AESで分析して、析出したNb量(insol.Nb)を測定した。次に、鋼板のTotal.Nb量からinsol.Nbを引くことで固溶Nb(sol.Nb)を得た。この時、insol.Nbの小数第4位(質量%)は切り捨てとする。鋼板のTotal.Nb量は、表1A及び表1BのNbの数値である。得られた固溶Nbの含有量を表3A及び表3Bに示す。
【0092】
(耐食性)
ホットスタンプ成形体の耐食性はJIS H 8502:1999の8.1に基づいて中性塩水噴霧サイクル試験(CCT)で評価した。ただし、前記規格の8.1.2 b)については、塩化ナトリウムが試験液1リッター当たり70gになるように溶解させることに変更した。具体的には、CCT2サイクル、CCT5サイクル、CCT10サイクルでホットスタンプ成形体を取り出し、下地の金属光沢の維持率を評価した。CCT10サイクルまで下地の金属光沢を50%以上維持する場合をMagnificent、CCT5サイクルまで下地の金属光沢を50%以上維持する場合をExcellent、CCT2サイクルまで下地の金属光沢を60%以上維持する場合をGreat、下地の金属光沢を60-30%維持している場合はGood、CCT2サイクルまで下地の金属光沢が30%を維持できない場合をBadとした。Magnificent~Goodを合格、Badを不合格とした。結果を表3A及び表3Bに示す。
【0093】
表3A及び表3Bに示す通り、本発明の範囲を満足する鋼板No.2~12、14~19、21~48、51、53,54、56,57、59、61、及び65~73、75~77,80は耐食性に優れていた。
【0094】
鋼板No.1は、Niめっき層のNi含有量が75%であったので、耐食性が劣位であった。
【0095】
鋼板No.13は、鋼板中のMnの含有量が0.16%であったので、鋼板中の固溶Nbの含有量が0.010%未満であった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0096】
鋼板No.20は、鋼板中の全Nbの含有量が0.008%であったので、板中の固溶Nbの含有量が0.010%未満となった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0097】
鋼板No.50は、加熱温度が1200℃未満であったので、鋼板中の固溶Nbの含有量が0.010%未満であった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0098】
鋼板No.52は、巻取温度が500℃超であったので、鋼板中の固溶Nbの含有量が0.010%未満であった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0099】
鋼板No.55は、Al-Si合金めっき層中のSi含有量が3%未満であったので、スケールの密着性が悪かった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0100】
鋼板No.58は、Al-Si合金めっき層中のSi含有量が20%超であったので、スケールの密着性が悪かった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0101】
鋼板No.60は、Al-Si合金めっき層中の厚みが7μm未満であったので、スケールの密着性が悪かった。そのため、耐食性が劣位であった。
【0102】
鋼板No.62は、Niめっき層のNi含有量が85質量%であったので、耐食性が劣位であった。
【0103】
鋼板No.63は、Niめっき層がなかったので、耐食性が劣位であった。
【0104】
鋼板No.64は、Niめっき層の厚みが200nm以下であったので、耐食性が劣位であった。
【0105】
鋼板No.74は、Niめっき層のNi含有量が90質量%であったので、耐食性が劣位であった。
【0106】
鋼板No.78は、500℃以上滞在時間が180s超であったので、耐食性が劣位であった。
【0107】
鋼板No.79、500℃以上滞在時間が180s超であったので、耐食性が劣位であった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明によれば、ホットスタンプ後に優れた耐食性を有するので、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0109】
1 母材
2 Al-Si合金めっき層
3 Niめっき層
10 ホットスタンプ用鋼板
図1