(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】油脂分解能が減少し、且つ油脂生産性が増加した緑藻変異体及びその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230427BHJP
C12N 1/13 20060101ALI20230427BHJP
C12P 7/64 20220101ALI20230427BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20230427BHJP
C07K 14/405 20060101ALN20230427BHJP
【FI】
C12N1/12 C ZNA
C12N1/13
C12P7/64
C12N15/31
C07K14/405
(21)【出願番号】P 2018209336
(22)【出願日】2018-11-07
【審査請求日】2021-10-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)(1)農林水産省、平成25年度、地域資源を活用した再生可能エネルギーの生産・利用のためのプロジェクト、微細藻類を利用した石油代替燃料等の製造技術の開発委託事業(2)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、平成23年度、バイオマスエネルギー技術研究開発/戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業(次世代技術開発)/油分生産性の優れた微細藻類の育種・改良技術の研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-10484
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-22179
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-22254
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原山 重明
(72)【発明者】
【氏名】早川 准平
(72)【発明者】
【氏名】井出 曜子
【審査官】幸田 俊希
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-046645(JP,A)
【文献】MOELLERING, Eric R, et al.,Eukaryotic Cell,2010年,Vol. 9, No. 1,pp. 97-106
【文献】Accession No. EIE27302, Definition: hypothetical protein COCSUDRAFT_52125 [Coccomyxa subellipsoidea C-169],Database GenBank [online],2012年04月13日,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/EIE27302,[retrieved on 24-Oct-2022]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号7又は配列番号8に示す
アミノ酸配列と少なくとも
90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有
するタンパク質であって、油滴の膜表面に局在する
、前記タンパク質の機能が低下した真核微細藻類変異体であって、親株と比較して、細胞内の油脂蓄積量及び油脂生産性が増加し、且つ油脂分解能が減少した、前記真核微細藻類変異体。
【請求項2】
前記タンパク質をコードする遺伝子を破壊した、請求項1記載の真核微細藻類変異体。
【請求項3】
前記タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させた、請求項1記載の真核微細藻類変異体。
【請求項4】
前記タンパク質をコードする遺伝子の翻訳効率を低下させた、請求項1記載の真核微細藻類変異体。
【請求項5】
緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、請求項1~4のいずれか1項記載の真核微細藻類変異体。
【請求項6】
トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、請求項5記載の真核微細藻類変異体。
【請求項7】
コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、請求項6記載の真核微細藻類変異体。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油滴タンパク質遺伝子の変異によって油脂分解能が減少し、油脂蓄積量及び油脂生産性が増加した緑藻変異体及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
単細胞性の真核光合成生物(以下、「真核微細藻類」と呼ぶ)が生産するトリアシルグリセロール(以下「TAG」と呼ぶ)等を原料として、バイオディーゼル・バイオジェット燃料等の製品を生産する研究が、広く世界的に行われているが、現状では生産コストが高く、商業ベースでの生産は困難である(非特許文献1)。そのため更なる技術開発が続けられており、その1つに藻類の油脂生産性の改良がある。
【0003】
真核微細藻類は、窒素、リン、あるいは硫黄欠乏等のストレス条件下で、細胞内に炭水化物や脂質を蓄積することが知られている。蓄積された油脂(主にTAG)は、油滴(Lipid droplet)と呼ばれるリン脂質一重膜に包まれた細胞内小器官に蓄積される。細胞内の油滴のリン脂質一重膜には油滴タンパク質(Lipid droplet protein:以下、「LDP」と称する)と呼ばれるタンパク質が多数存在する。動物や菌類、植物等、生物種によって様々なタイプのLDPが存在し、油滴の形成や脂質の代謝に関連した機能を持つことが明らかとなりつつあるが、藻類のLDPについては未解明の部分が多い(非特許文献2)。
【0004】
藻類では、緑色植物亜界(Viridiplantae)・緑藻植物門(Chlorophyta)・緑藻綱(Chlorophyceae)に属する、クラミドモナス(Chlamydomonas)やドナリエラ(Dunaliella)、ヘマトコッカス(Haematococcus)で、Major lipid droplet protein(MLDP)や、Oil globule protein(OGP)等と呼ばれるLDPが見つかっている(非特許文献3、4、5)。これら緑藻のLDPは配列相同性があり、窒素欠乏時に油脂の蓄積が増加するのと同時に遺伝子発現が増加し、油滴の膜に局在することが示されている(非特許文献3、4、5)。クラミドモナスで同定されたMLDP(CHLREDRAFT_192823; NCBI accession number XP_001697668)の遺伝子発現を抑制すると油滴径が大きくなることが示されたが、油脂の蓄積量に変化はなかった(非特許文献3)。
【0005】
緑色植物亜界(Viridiplantae)・緑藻植物門(Chlorophyta)・トレボキシア藻綱(Trebouxiophyceae)・コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する株として、Coccomyxa sp. Obi株、及びCoccomyxa sp. KJ株(以下Obi株及びKJ株と呼ぶ)が知られている。同じトレボキシア藻綱(Trebouxiophyceae)に属する藻類ロボスファエラ(Lobosphaera)においても、油滴タンパク質としてMLDPに配列類似性のあるタンパク質(Oil globule protein)が見つかっている(非特許文献6)。
【0006】
Obi株は、特許文献1に記載された単細胞性緑藻Pseudochoricystis ellipsoidea MBIC11204株と同一の株で、受託番号FERM BP-10484として寄託されている。KJ株は、Obi株に近縁であるがObi株の約2倍の油脂生産性(培養液容量当たりの油脂生産速度)を有し、特許文献2にシュードココミクサ(Pseudococcomyxa)属KJ株として記載されている。この株は、受託番号FERM BP-22254として寄託されている。Obi株及びKJ株は、pH3.5以下の培地でも生育がよく、特許文献3に示された開放系培養システムで培養でき、特許文献4に示された方法で連続的に屋外において油脂生産を行うことができる。
【0007】
本発明者等は、Obi株及びKJ株のゲノム配列を解読し、これらの育種と培養技術の改良に取り組んできた。油脂生産性が向上した株の育種のためには、例えば光合成の光利用効率を向上させる方法(特許文献5)、油脂生産に関わる酵素の活性を促進させる方法(特許文献6)、あるいは、油脂分解を抑制する方法(特許文献7)等が考えられる。これまで、突然変異誘起剤の処理により、高等植物のSugar-dependent 1(SDP1)に配列類似性を持つTAGリパーゼ遺伝子に変異を持つ株が、Obi株及びKJ株から複数単離されている(特許文献7)。KJ株におけるSDP1変異体では、油脂の分解は抑制されたが、窒素欠乏時における油脂生産性の増加は見られなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4748154号公報
【文献】特許第6088375号公報
【文献】特許第6235210号公報
【文献】特許第5810831号公報
【文献】特開2013-102715号公報
【文献】特開2017-046643号公報
【文献】特開2017-046645号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Chisti Y. (2013) Constraints to commercialization of algal fuels. J. Biotechnol. 167: 201-214.
【文献】Huang AHC. (2018) Plant lipid droplets and their associated proteins: potential for rapid advances. Plant Physiol. 176: 1894-1918.
【文献】Moellering ER, Benning C. (2010) RNA Interference silencing of a major lipid droplet protein affects lipid droplet size in Chlamydomonas reinhardtii. Eukaryot Cell. 9: 97-106.
【文献】Davidi L, Katz A, Pick U. (2012) Characterization of major lipid droplet proteins from Dunaliella. Planta. 236: 19-33.
【文献】Peled E, Leu S, Zarka A, Weiss M, Pick U, Khozin-Goldberg I, Boussiba S. (2011) Isolation of a novel oil globule protein from the green alga Haematococcus pluvialis (Chlorophyceae). Lipids. 46: 851-861.
【文献】Siegler H, Valerius O, Ischebeck T, Popko J, Tourasse NJ, Vallon O, Khozin-Goldberg I, Braus GH, Feussner I. (2017) Analysis of the lipid body proteome of the oleaginous alga Lobosphaera incisa. BMC Plant Biol. 17: 98.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
バイオ燃料生産の実用化に必要なコスト削減の有力な手段として真核微細藻類の油脂生産性の増加が考えられる。細胞内では油脂の合成と同時に分解も起こるが、油脂を分解する能力(油脂分解能)が低下した真核微細藻類変異体では、油脂蓄積量(藻体乾燥重量あたりの油脂重量)が増加し、その結果油脂生産性が増大する可能性がある。また、そのような真核微細藻類変異体を培養することにより、バイオ燃料等に供する油脂生産コストを削減することが可能となる。
【0011】
そこで、本発明は、油脂分解能が低下し、油脂蓄積量及び油脂生産性が向上した真核微細藻類を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、特定のLDP(LDP1)をコードする遺伝子が変異した真核微細藻類では、油脂分解能が低下し、油脂蓄積量及び油脂生産性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)配列番号7又は配列番号8に示すLDPの保存領域と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質の機能が低下した真核微細藻類変異体であって、親株と比較して、細胞内の油脂蓄積量及び油脂生産性が増加し、且つ油脂分解能が減少した、前記真核微細藻類変異体。
(2)前記タンパク質をコードする遺伝子を破壊した、(1)記載の真核微細藻類変異体。
(3)前記タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させた、(1)記載の真核微細藻類変異体。
(4)前記タンパク質をコードする遺伝子の翻訳効率を低下させた、(1)記載の真核微細藻類変異体。
(5)緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、(1)~(4)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(6)トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、(5)記載の真核微細藻類変異体。
(7)コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、(6)記載の真核微細藻類変異体。
(8)(1)~(7)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、細胞内の油脂蓄積量及び油脂生産性が増加し、且つ油脂分解能が減少した真核微細藻類変異体を作出することが可能となる。また、本発明に係る真核微細藻類変異体を培養することにより、バイオ燃料等に供する油脂の生産コストを削減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】Obi株由来のアンテナクロロフィル減少変異体(5P株)と、5P株由来のLDP1遺伝子突然変異体(ldp1-1)を窒素欠乏(1/2A7)培地、連続光条件下、試験管で14日間培養後、窒素十分(MA5)培地に移して暗所で3日間培養し、油脂蓄積量を24時間ごとに測定した結果を示す。グラフにおいて、縦軸は油脂蓄積量を示し、横軸は窒素十分培地に移し、暗所で移してからの時間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明は、LDP1と命名したLDPタンパク質の機能を低化させることにより、親株と比較して、細胞内の油脂蓄積量及び油脂生産性が増加し、且つ油脂分解能が減少した真核微細藻類変異体に関する。
【0018】
突然変異誘起剤であるN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)を処理して得られたObi株由来の変異体は、配列番号2に示すLDP1遺伝子(ゲノム配列)に変異を有していた。
【0019】
クラミドモナスのLDPで油滴の大きさに関わることが示されているmajor lipid droplet protein(MLDP)(非特許文献3)や、同じく緑藻綱のドナリエラ(非特許文献4)、ヘマトコッカス(非特許文献5)のLDPとアミノ酸配列において約20~30%の同一性を持つタンパク質が、Obi株及びKJ株においてそれぞれ2つ見出されており、それらをLDP1タンパク質及びLDP2タンパク質と命名した。KJ株のLDP1タンパク質及びLDP2タンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号5及び配列番号9に示す。また、Obi株のLDP1タンパク質及びLDP2タンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号6及び配列番号10に示す。
【0020】
一方、KJ株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号1及び配列番号3に示す。また、Obi株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号2及び配列番号4に示す。
【0021】
Obi株とKJ株のLDP1のアミノ酸配列は、お互いに約98%の配列同一性を示す。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質のN末端9アミノ酸残基及びC末端24アミノ酸残基は、他のLDPのアミノ酸配列との類似性が全く認められない。そこで、これらN末端及びC末端部分を除いた中央部分を、LDP1タンパク質の保存領域と定義する。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号7及び配列番号8に示す。配列番号7及び配列番号8に示すアミノ酸配列とObi株又はKJ株のLDP2のアミノ酸配列とでは、約44%(119/268)の同一性を示す。トレボキシア藻綱に属する藻類ロボスファエラのLDPであるOil globule protein(非特許文献6)と比較して、LDP2タンパク質の保存領域は約52%(139/266)、LDP1タンパク質の保存領域は約45%(121/268)の配列同一性を示す。
【0022】
クラミドモナス、ドナリエラ及びロボスファエラのLDP遺伝子は、油脂の蓄積時に発現量が増加することが示されていた(非特許文献3~6)。これら既知のLDP遺伝子と同様にLDP2遺伝子は窒素欠乏時に発現が増加したが、LDP1遺伝子は窒素欠乏時に発現の増加が見られなかった。
【0023】
上記Obi株由来の変異株及びLDP1遺伝子を破壊したKJ株由来の遺伝子破壊株は、親株と比較して細胞内の油脂蓄積量が増加し、また油脂生産性が増加した。さらに、これらのLDP1遺伝子破壊株では油脂分解が抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0024】
本発明において、真核微細藻類としては、緑藻、珪藻(diatomあるいはBacillariophyceae)、真正眼点藻綱(Eustigmatophyceae)等に属する真核微細藻類を挙げることができる。
【0025】
緑藻としては、例えばトレボキシア藻網に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する緑藻としては、例えば、トレボキシア(Trebouxia)属、クロレラ(Chlorella)属、ボトリオコッカス(Botryococcus)属、コリシスチス(Choricystis)属、コッコミクサ(Coccomyxa)属、シュードコッコミクサ(Pseudococcomyxa)属に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する具体的な株としては、Obi株(受託番号FERM BP-10484)及びその変異株P. ellipsoidea 5P株(受託番号FERM BP-22179;以下、「5P株」と呼ぶ場合がある)並びにKJ株(受託番号FERM BP-22254)が挙げられる。Obi株は、平成17年(2005年)2月15日付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P-20401として寄託され、さらに受託番号FERM BP-10484としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。Obi株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)から入手可能である。5P株は、平成23年(2011年)10月21日付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P-22179として寄託され、さらに独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM BP-22179としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。KJ株は、平成25年(2013年)6月4日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-22254として寄託され、さらに受託番号FERM BP-22254としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。なお、Obi株と5P株とは、同一のLDP1タンパク質をコードする遺伝子(ゲノムDNA塩基配列:配列番号2、CDS塩基配列:配列番号4、全長アミノ酸配列:配列番号6、保存領域のアミノ酸配列:配列番号8)を有する。
【0026】
トレボキシア藻網に属する緑藻以外の緑藻としては、例えばテトラセルミス(Tetraselmis)属、アンキストロデスムス(Ankistrodesmus)属、ドラニエラ(Dunalliella)属、ネオクロリス(Neochloris)属、クラミドモナス属、イカダモ(=セネデスムス:Scenedesmus)属等に属する緑藻が挙げられる。
【0027】
更に珪藻としては、フィストゥリフェラ(Fistulifera)属、フェオダクチラム属、タラシオシラ(Thalassiosira)属、シクロテラ(Cyclotella)属、シリンドロティカ(Cylindrotheca)属、スケレトネマ(Skeletonema)属等に属する真核微細藻類を挙げることができる。また、真正眼点藻綱としては、ナンノクロロプシス属が挙げられる。
【0028】
本発明に係る真核微細藻類変異体は、上述の真核微細藻類を親株として、LDP1タンパク質の機能を低下させる方法に供することで得られた真核微細藻類変異体である。ここで、LDP1タンパク質の機能とは、油滴の膜表面に局在し、例えば油滴同士の結合を防ぐこと、及び/又はSDP1リパーゼ(特許文献7)等の脂質分解酵素による油滴中のTAG分解を促進することを意味する。
【0029】
本発明において、LDP1タンパク質としては、配列番号7又は配列番号8に示すアミノ酸配列(すなわち、LDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0030】
また、LDP1タンパク質としては、配列番号5又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0031】
LDP1遺伝子としては、上記LDP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、LDP1遺伝子としては、配列番号3又は配列番号4に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0032】
多くの真核微細藻類においては、複数のLDP1遺伝子、例えば対立遺伝子、同義遺伝子等が存在する場合があるが、本発明においては、これらのうち少なくとも1つ又は複数のLDP1遺伝子を意味する。
【0033】
本発明においては、以上に説明したLDP1遺伝子を有する真核微細藻類に対して、LDP1タンパク質の機能を低下させる方法に供することで、本発明に係る真核微細藻類変異体を得ることができる。
【0034】
具体的に、本発明に係るLDP1タンパク質の機能を低下させる方法としては、薬剤や放射線、紫外線等でランダムに変異を導入し、LDP1遺伝子に変異を持つ株を表現型で選抜する方法等が挙げられる。またLDP1遺伝子を選択的に破壊する方法としては、ゲノム編集による遺伝子破壊法等が挙げられる。
【0035】
さらに、LDP1タンパク質の機能を低下させる方法としては、例えば
(1) LDP1遺伝子をターゲットとして変異を導入し、当該遺伝子を破壊する;
(2) LDP1遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる;
(3) LDP1遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる;
方法が挙げられる。
【0036】
(1) LDP1遺伝子をターゲットとして変異を導入する方法
LDP1遺伝子をターゲットとして変異を導入する方法としては、ZFN、TALENあるいはCRISPR/Casと呼ばれる遺伝子ノックアウト法(Gaj T, Gersbach CA, Barbas CF 3rd. (2013) ZFN, TALEN, and CRISPR/Cas-based methods for genome engineering. Trends Biotechnol. 31:397-405.)を用いることにより、その遺伝子が欠損した変異体を作出できる。
【0037】
(2) LDP1遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる方法
LDP1遺伝子の転写を抑制する方法としては、対象となる真核微細藻類における該遺伝子のプロモーター領域に変異を導入する方法が挙げられる。
【0038】
また、該遺伝子の正の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、それらの機能を低下させる方法が挙げられる。
【0039】
あるいは、該遺伝子の負の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、負の発現制御が常時働くようにする方法が挙げられる。
【0040】
(3) LDP1遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる方法
LDP1遺伝子の翻訳を抑制する方法としては、いわゆるRNA干渉法(Cerutti H et al., 2011, Eukaryot Cell, 10, 1164)やアンチセンス法が挙げられる。
【0041】
さらに、本発明は、以上に説明した本発明に係る真核微細藻類変異体を大量培養し、TAGを含む油脂を生産する方法を含む。大量培養法としては、特許文献3に示された開放系培養システムや、特許文献4に示された連続的な培養方法等が挙げられる。培養後、例えば培養物からヘキサン抽出等によって、TAGを含む油脂を得ることができる。
【0042】
【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0044】
〔実施例1〕LDP1遺伝子変異株の単離と油脂生産性評価
Obi株由来のアンテナクロロフィル量が減少した突然変異体である5P株(特許文献5、受託番号FERM BP-22179)を親株にして、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)による突然変異誘起処理を行い、窒素欠乏時の油脂蓄積量を指標としたスクリーニングにより油脂蓄積量が増加した変異体を複数取得した。このスクリーニングでは、Nile RedまたはBODIPYを用いて細胞内に蓄積した油脂を蛍光染色し、セルソーターを用いて蛍光強度が高い細胞を選抜した。そのうち油脂生産性が高かった株のゲノム配列を親株である5P株と比較解析した結果、LDP1遺伝子(ゲノム配列:配列番号2、CDS配列:配列番号4、全長アミノ酸配列:配列番号6、保存領域のアミノ酸配列:配列番号8)前半に一塩基欠損があり、15番目のフェニルアラニン残基以降にフレームシフト変異が起こることから、この変異をldp1-1と名付けた。また、当該変異を有する株をldp1-1変異体と名付けた。
【0045】
5P株とldp1-1変異体を、試験管で連続光条件下、酸性(pH3.5)の窒素欠乏培地(1/2A7: Takahashi et al., 2017, Algal Res, 32, 300)で13日間培養し、油脂生産性を比較したところ、表1に示すように、ldp1-1変異体において油脂蓄積量が親株の約1.3倍に増加し、培養13日間での油脂生産性は親株の約1.6倍に増加した。
【0046】
ldp1-1変異体において油脂生産性が増加した理由をさらに探るため、両株での油脂分解能を調べた。まず、窒素欠乏培地で生育させることで油脂を蓄積させた。この株を窒素十分培地に移し暗所に置くと、光合成によるエネルギー獲得が出来ないため、野生株では蓄積された油脂が分解される。そこで5P株とldp1-1変異体とを窒素十分培地(MA5: Imamura et al., 2012, J Gen Appl Microbiol, 58, 1)に移して暗所で3日間連続培養を行ったところ、5P株では速やかな油脂分解が観察されたが、ldp1-1変異体では油脂分解が抑制されていた(
図1)。この結果から、LDP1タンパク質は暗所での油脂の分解に必要であり、これが欠損することにより油脂の分解が抑制されることによって、油脂生産性が向上すると推察した。
【0047】
【0048】
〔実施例2〕LDP1遺伝子破壊株の単離と油脂生産性評価
実施例1に示したldp1-1変異体はldp1-1変異以外にも約35個の遺伝子に変異が存在したため、その変異体が示す表現型の原因遺伝子変異がldp1-1であることを確定できなかった。そこで、ゲノム編集技術の一つであるCRISPR/Cas9システムを用いて、LDP1遺伝子の破壊を試みた。
【0049】
先ず、KJ株(受託番号FERM BP-22254)のLDP1遺伝子(ゲノム配列:配列番号1、CDS配列:配列番号3、全長アミノ酸配列:配列番号5、保存領域のアミノ酸配列:配列番号7)を特異的に切断するためのgRNA標的配列を設計し、gRNAを合成した。このgRNAと精製したCas9タンパク質との複合体を形成させた後、この複合体をエレクトロポレーション法で親株の細胞に導入した。次にエレクトロポレーション処理を受けた細胞群を窒素欠乏培地で生育させ、細胞内に油脂を蓄積させた。その後、油脂を蓄積した細胞群を窒素十分培地に移して暗所で培養した。暗所で培養することによって親株では油脂分解が速やかに起こるが、LDP1遺伝子破壊株では油脂分解が起こらないことが実施例1の結果から予想された。このことから、暗所培養後においても油脂蓄積量が高い細胞を、暗所で培養された上記細胞群よりセルソーターで選抜し、選抜された細胞をプレートに播種し、コロニーを多数得た。
【0050】
これらのコロニーから由来した株それぞれについてDNA抽出を行い、gRNA標的配列を含む遺伝子領域をPCR増幅した。表2に示すように、gRNA標的配列内には、PAM配列から1塩基離れた位置から制限酵素HinfIの認識配列が存在する。そこで、得られたPCR断片を制限酵素HinfIで処理後に電気泳動を行い、PCR断片が切断されない変異型DNAを持つコロニーを選抜した。その結果、LDP1遺伝子の標的配列中に変異を持つ株(kjldp1-1~1-4)が複数得られ、その変異の種類は4種類だった(表2)。これらの株は全てLDP1遺伝子にフレームシフト変異が起こっていた。
【0051】
これらの株を試験管で連続光条件下、酸性の窒素欠乏培地で14日間培養し、油脂生産性を比較したところ、表3に示すように、全てのLDP1遺伝子破壊株において油脂蓄積量及び油脂生産性が親株より増加した。さらに窒素十分培地に移して暗所で4日間連続培養を行ったところ、KJ株(KJ-WT)では油脂蓄積量が52.6%から28.4%にまで減少したが、LDP1遺伝子破壊株では4日後の油脂蓄積量が約60%となり、油脂分解が抑制されていた(表3)。
【0052】
【0053】
【受託番号】
【0054】
FERM BP-10484
FERM BP-22179
FERM BP-22254
【配列表】