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  • 特許-侵入防止装置 図1
  • 特許-侵入防止装置 図2
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  • 特許-侵入防止装置 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】侵入防止装置
(51)【国際特許分類】
   A01K 47/06 20060101AFI20230427BHJP
【FI】
A01K47/06
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019144253
(22)【出願日】2019-08-06
(65)【公開番号】P2021023216
(43)【公開日】2021-02-22
【審査請求日】2022-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】517245589
【氏名又は名称】株式会社KINP
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金 哲史
(72)【発明者】
【氏名】市川 俊英
(72)【発明者】
【氏名】中島 修平
【審査官】吉原 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-055231(JP,A)
【文献】特開2017-088548(JP,A)
【文献】登録実用新案第3068995(JP,U)
【文献】登録実用新案第3192877(JP,U)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0087162(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 47/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミツバチ科ハチの巣箱に取り付けられる侵入防止装置であって、有機部材により画定される通路と、前記通路内に配置される揮散部材と仕切部材とを備え、前記揮散部材は前記仕切部材より巣箱側に位置し、前記揮散部材からスズメバチ科ハチを防除対象とする忌避剤を揮散することを特徴とする侵入防止装置。
【請求項2】
前記通路の幅方向に延在するように仕切部材を備えている請求項1に記載の侵入防止装置。
【請求項3】
溶液を収容可能な収容部を備えている請求項1又は2に記載の侵入防止装置。
【請求項4】
前記溶液はスズメバチ科ハチが忌避する成分を含む請求項に記載の侵入防止装置。
【請求項5】
管を介して前記収容部に接続された溶液補充装置を備えている請求項又はに記載の侵入防止装置。
【請求項6】
前記揮散部材の巣穴側に揮散抑制部材を備えている請求項1~のいずれか1項に記載の侵入防止装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はミツバチ科ハチの巣箱に取り付けられる侵入防止装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ミツバチ科に属するハチ(以下、ミツバチ科ハチという)は、蜂蜜を製造するために利用される益虫として知られている。一方、8月から11月までの長期間にわたってスズメバチ科(Vespidae)に属するハチ(以下、スズメバチ科ハチという)がミツバチ科ハチの幼虫や蛹を餌とするために巣を襲い、養蜂業に打撃を与えることも知られている。
【0003】
スズメバチ科ハチは飼養しているミツバチ科ハチの捕食性天敵として最も重要である。非特許文献1には、和歌山県吉備町内の養蜂場にスズメバチ捕殺器を設置して10年間にわたって行なわれた調査結果が記載されており、毎年捕殺個体数が最も多かったオオスズメバチは捕殺個体総数の88.2%を占めていた。残りの11.8%の捕殺個体の中にはオオスズメバチ以外の4種のスズメバチ科ハチ(キイロスズメバチ、コガタスズメバチ、モンスズメバチおよびヒメスズメバチ)が含まれていたが、そのほとんど(10.0%)はキイロスズメバチであった。このようにオオスズメバチの飛来が特に多く、飼養しているミツバチ科ハチの捕食被害の大半はオオスズメバチによるものである。
【0004】
また、オオスズメバチによる捕食被害が特に大きい原因は養蜂場への飛来個体数の多さだけによるものではない。キイロスズメバチなどのオオスズメバチ以外のスズメバチ科ハチは巣箱周辺を飛んでいるミツバチの成虫を1匹ずつ単独で捕獲するだけで被害は軽微であるが、オオスズメバチは集団で襲撃して巣箱入口を咬み広げ、ミツバチ科ハチの成虫を咬み殺しながら巣箱内に侵入して幼虫、蛹をすべて略奪し、巣を壊滅させてしまう。このため、オオスズメバチが生息する地域ではオオスズメバチを適切に防除しない限り養蜂を行うことは不可能である。
【0005】
スズメバチ科ハチへの対策として、従来、養蜂場では8月から11月までの長期間にわたって飛来するスズメバチワーカーの捕殺を続けたり、金属製や段ボール紙製の防護器具を巣箱に装着したりするという物理的な方法でスズメバチ科ハチによる被害を防ぐ方法が知られている。しかし、上記の方法では、監視の合間を縫ってオオスズメバチをはじめとするスズメバチ科ハチが巣箱内に侵入してしまい、被害を完全に防ぐことができない。
【0006】
スズメバチ科ハチへの対策にかかる養蜂家の労力を軽減するため、従来から種々の装置が用いられている。例えば、特許文献1には、プラスチックなどの透明板で作製された箱に針金柵や通電装置が取り付けられた装置が開示されており、感電や柵によってスズメバチ科ハチの侵入を防止することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第3760320号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】松浦誠・山根正気著、「スズメバチ類の比較行動学」、北海道大学図書刊行会、1984年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、スズメバチ科ハチの侵入を防止する方法や装置は種々提案されているが、更なる改善が求められている。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、スズメバチ科ハチの侵入を防止する侵入防止装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、有機部材により画定される通路と、前記通路内に配置される揮散部材とを備えるところに要旨を有する。
【0012】
本発明は、以下の発明を含む。
[1]ミツバチ科ハチの巣箱に取り付けられる侵入防止装置であって、有機部材により画定される通路と、前記通路内に配置される揮散部材とを備えることを特徴とする侵入防止装置。
[2]前記通路の幅方向に延在するように仕切部材を備えている[1]に記載の侵入防止装置。
[3]前記揮散部材は前記仕切部材より巣箱側に位置する[2]に記載の侵入防止装置。
[4]溶液を収容可能な収容部を備えている[1]~[3]のいずれかに記載の侵入防止装置。
[5]前記溶液はスズメバチ科ハチが忌避する成分を含む[4]に記載の侵入防止装置。
[6]管を介して前記収容部に接続された溶液補充装置を備えている[4]又は[5]に記載の侵入防止装置。
[7]前記揮散部材の巣穴側に揮散抑制部材を備えている[1]~[6]のいずれかに記載の侵入防止装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明の侵入防止装置を用いることにより、ミツバチ科ハチの巣箱へのスズメバチ科ハチの侵入を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施の形態に係る侵入防止装置の一例を示した図である。
図2】9月6日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を示した図である。
図3】9月7日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を示した図である。
図4】10月12日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ミツバチ科ハチの巣箱に取り付けられる侵入防止装置に関する発明である。本発明の侵入防止装置は、ミツバチ科ハチの巣箱に取り付けて用いることができ、前記巣箱へのスズメバチ科ハチの侵入を防止することができる。
【0016】
ミツバチ科ハチとは養蜂に用いられるハチのことであり、例えば、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)、トウヨウミツバチ(Apis cerana)、ニホンミツバチ(Apis cerana japonica)、オオミツバチ(Apis dorsata)、ヒマラヤオオミツバチ(Apis laboriosa)、サバミツバチ(Apis koschevnikovi)、コミツバチ(Apis florea)、クロコミツバチ(Apis andreniformis)、キナバルヤマミツバチ(Apis nuluensis)、クロオビミツバチ(Apis nigrocincta)などを挙げることができる。
【0017】
スズメバチ科ハチとしては、スズメバチ亜科(Vespinae)およびアシナガバチ亜科(Polistinae)に属するハチを挙げることができる。
【0018】
スズメバチ亜科に属するハチとしては、例えば、オオスズメバチ(Vespa mandarinia)、キイロスズメバチ(Vespa simillima xanthoptera)、ヒメスズメバチ(Vespa ducalis)、コガタスズメバチ(Vespa analis)、モンスズメバチ(Vespa crabro flavofasciata)、チャイロスズメバチ(Vespa dybowskii)、クロスズメバチ(Vespula flaviceps)、シダクロスズメバチ(Vespula shidai)、ヤドリスズメバチ(Vespula austriaca)などを挙げることができる。
【0019】
アシナガバチ亜科に属するハチとしては、例えば、キアシナガバチ(Polistes rothneyi)、セグロアシナガバチ(Polistes jokahamae)、フタモンアシナガバチ(Polistes chinensis)、ヤマトアシナガバチ(Polistes japonicus japonicus)、キボシアシナガバチ(Polistes mandarinus)、コアシナガバチ(Polistes snelleni)、ヤエヤマアシナガバチ(Polistes rothneyi yayeyamae)、ムモンホソアシナガバチ(Parapolybia indica)、ヒメホソアシナガバチ(Parapolybia varia)などの土着種を挙げることができる。これら土着種に加えて、主にインドネシアに分布するツマアカスズメバチ(Vespa velutina)や、ごく最近、対馬や北九州市に侵入したツマアカスズメバチの亜種(Vespa velutina nigrithorax)も挙げることができる。
【0020】
本発明の侵入防止装置は、ミツバチ科ハチの巣箱に取り付けられる装置であり、有機部材により画定される通路と、前記通路内に配置される揮散部材とを備えることを特徴とする。なお、本明細書において、出入方向とは前記通路の出口側と入口側とを結ぶ方向のことであり、幅方向とは前記出入方向及び高さ方向に直交する方向である。
【0021】
前記有機部材は、特に限定されないが、木、プラスチックなどが挙げられ、木であることが好ましい。前記通路は、筒状であることが好ましく、角筒状であっても丸筒状であってもよいが、角筒状であることが好ましい。前記通路が角筒状である場合、通常、巣箱の巣門は幅方向に長い形状の穴であるため、前記通路は出入方向に延びている形状であることが好ましく、高さ方向より幅方向に長い形状であることが好ましい。
【0022】
スズメバチ科ハチに対する物理的障害物として前記通路内に仕切部材を備えていることが好ましい。体が比較的小さいミツバチ科ハチは前記仕切部材により前記通路内の移動を妨げられない一方で、体が比較的大きいスズメバチ科ハチは前記仕切部材より前記通路の出口側(巣箱側)へと侵入できないように設けられていることが好ましく、例えば、前記通路の高さ方向の略中間に設けられている。
【0023】
前記仕切部材は、一方向に延びた形状であることが好ましく、前記仕切部材は前記通路の幅方向に延在するように設けられていてもよく、前記通路の高さ方向に延在するように設けられていてもよい。ただし、前記通路が高さ方向より幅方向に長い角筒状であるときには、前記通路の高さ方向に延在した仕切部材を設けた場合、複数の仕切部材を設けないと物理的障害物としての効果が発揮されないので、前記通路の幅方向に延在するように仕切部材を設けることが好ましい。
【0024】
前記揮散部材の形状は特に限定されておらず、例えば、直方体状、円柱状などが挙げられる。前記揮散部材の素材は、溶液が揮散するものであれば特に限定されず、例えば、紙、不織布等が挙げられる。前記通路内に揮散した気体を充満させるために前記揮散部材の少なくとも一部が前記通路内にあることが好ましい。
【0025】
また、前記揮散部材は前記仕切部材より巣箱側に位置することが好ましい。風が吹いたりして一時的に前記通路内に揮散した気体が存在しない状態が生じたときでも前記揮散部材より前方に前記仕切部材を設けることによりスズメバチ科ハチが容易に前記揮散部材に近づけず、スズメバチ科ハチによって前記揮散部材が破壊されることを防ぐことができる。
【0026】
前記揮散部材の出口側(巣箱側)や幅方向に揮散抑制部材を備えることが好ましい。前記揮散部材の巣箱側や幅方向に揮散抑制部材を備えることにより、前記揮散部材から溶液が揮散する量を低減することができる。また、前記通路の前端部(前記通路の入口側(反巣箱側)の端部から出入方向の中間地点までの空間)に前記揮散部材から揮散した気体が充満すればよく、前記通路の後端部(前記通路の出口側(巣箱側)の端部から出入方向の中間地点までの空間)には前記揮散部材から揮散した気体が充満していても充満していなくてもよいという観点からも、前記揮散部材の巣箱側や幅方向に揮散抑制部材を備えることが好ましい。
【0027】
スズメバチ科ハチの前記通路への侵入を防止するために、侵入防止装置に前記揮散部材を1つだけ設置すればよいが、例えば、前記通路が幅方向に非常に長い構造である場合には前記揮散部材から揮散した気体が前記通路の前端部全体に充満しないおそれがあるため、前記揮散部材を複数設置してもよい。
【0028】
本発明の侵入防止装置は、溶液を収容可能な収容部を備えていることが好ましい。前記溶液はスズメバチ科ハチが忌避する成分を含むことが好ましく、後述の忌避剤であることがより好ましい。前記収容部に前記揮散部材の一部が収容されていることが好ましく、前記収容部に収容された溶液を余すことなく前記揮散部材に吸い上げるという観点から、前記揮散部材の下端は前記収容部の底面に位置することがより好ましい。また、前記収容部に収容された溶液を前記揮散部材に吸い上げるようにするため、前記収容部は前記揮散部材の下方に設けられていることが好ましい。
【0029】
前記揮散部材から長期間溶液を揮散し続けるようにするために、プラスチック管などの管を介して前記収容部に接続された溶液補充装置をさらに備えてもよいし、容量の大きい前記収容部を備えた侵入防止装置としてもよい。前記溶液補充装置から前記収容部に安定して溶液が補充されるようにするため、前記溶液補充装置は前記収容部よりも上方に設けられていることが好ましい。
【0030】
以下では、本発明の侵入防止装置の実施形態の一例を、図1を参照しつつ説明するが、本発明はこうした例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の形態で実施し得る。
【0031】
侵入防止装置1は、木製枠材により画定される通路2と、通路2内に配置される揮散部材3とを備える。上記木製枠材は上面、底面、左右の両側面の4つの木製部材で構成されており、通路2の前後両端については開放状態としている。前記木製枠材は、高さ6cm、幅17.5cm、奥行12cmである。前記木製枠材の後端は開放状態としているが、侵入防止装置1を巣箱の巣門に装着すると前記木製枠材の後端は巣箱と密着した状態となり、通路2を通過しないと外界から巣門に到達することができなくなる。
【0032】
通路2を構成する底面の木製部材の下方には、直方体状の収容部9が取り付けられている。収容部9は、プラスチックで形成された容器であり、高さ2.5mm、奥行5.5cm、幅11cmであり、容量は約70mlである。なお、容量が約70mlである収容部9に忌避剤としてベンジルアルコールが充填されている場合、約1か月間半にわたりベンジルアルコールが揮散し続ける。
【0033】
板状硬質の紙からなる直方体状の揮散部材3は、通路2を構成する底面の木製部材の前端から約5cm後方に設けられている。揮散部材3の下端部は、収容部9の底面近傍に位置しており、揮散部材3の上端部は、通路2を構成する底面の木製部材よりも上方に位置する。収容部9に収容されている液体は、揮散部材3に毛管現象で吸い上げられて揮散部材3全体に浸潤し、揮散部材3の上端部から揮散し、その結果、通路2は揮散した気体で充満することとなる。
【0034】
通路2内には高さ3mm、奥行2cm、幅10cmである仕切部材4を備えており、仕切部材4は揮散部材3の前方に設けられている。具体的には、仕切部材4は、通路2を構成する上面の木製部材と底面の木製部材との略中間の高さに設けられており、通路2を構成する底面の木製部材の前端から3cm後方に設けられている。体が比較的小さいミツバチ科ハチは仕切部材4を通過できるが、体が比較的大きいスズメバチ科ハチは仕切部材4を通過できない。
【0035】
仕切部材4の前方には直径5mmの棒状部材5が設けられている。通路2を構成する底面の木製部材の前端から1cm後方の幅方向中央部には直径5mmの丸い穴が形成されており、収容部9にも通路2を構成する底面の木製部材に形成された穴に対応するように直径5mmの丸い穴が形成されており、棒状部材5はこれらの穴を貫通して直立している。
【0036】
棒状部材5は取り外し可能であり、棒状部材5を取り外してプラスチック管を介して溶液補充装置(図示なし)を取り付けることができる。具体的には、棒状部材5を取り外した後、プラスチック管の一端が収容部9内に位置するように、通路2を構成する底面の木製部材及び収容部9に形成された直径5mmの丸い穴に外径5mmのプラスチック管を通した状態とすることができる。溶液補充装置を取り付けた場合、収容部9内の溶液が揮散し、収容部9内に溶液が完全には充填されていない状態になるとプラスチック管の他端に取り付けられた溶液補充装置から収容部9に溶液が自動的に補充される。
【0037】
揮散部材3の左右に四角板状の揮散抑制部材6、7が、揮散部材3の後方に四角板状の揮散抑制部材8が設けられている。揮散抑制部材6、7は通路2を構成する底面の前端から約5cm後方に設けられており、揮散抑制部材8は通路2を構成する底面の前端から約7cm後方に設けられており、揮散部材3は揮散抑制部材6~8で後方と左右を囲まれている。
【0038】
<忌避剤>
収容部に収容される前記忌避剤は、ミツバチ科ハチを防除対象とせず、かつ、スズメバチ科ハチを防除対象とする忌避剤であれば特に限定されないが、攻撃性が強く危険なスズメバチ亜科ハチを防除対象とする忌避剤であることが好ましく、オオスズメバチを防除対象とする忌避剤であることがより好ましい。具体的には、前記忌避剤は、下記一般式(I)で表される化合物(以下、「化合物(I)」と略記する)を有効成分として含むことが好ましい。なお、オスバチは毒針を有さないので、上記忌避剤の防除対象は、メスバチであるワーカー(働きバチ)と、ワーカーが羽化する前の初夏に巣外活動することが多い女王バチである。
【0039】
【化1】

[式中、
1は、水素原子、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基βを有していてもよいC2-4アルケニル基、または、置換基βを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基を示し;
Xは、置換基γを有していてもよいC1-4アルキレン基、または、置換基γを有していてもよいC2-4アルケニレン基を示し;
αは、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル基、置換基δを有していてもよいC2-4アルケニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルコキシ基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニル基、置換基δを有していてもよいC1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基から選択される1以上の置換基を示し;
置換基β、γおよびδは、独立して、C1-4アルコキシ基、C1-4アルキル-カルボニル基、C1-4アルキル-カルボニルオキシ基、ハロゲノ基および水酸基からなる群より選択される1以上の置換基を示し;
nは、0以上、5以下の整数を示す。]
【0040】
本明細書において「C1-4アルキル」および「C1-4アルキル基」は、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチルを挙げることができ、好ましくはC1-3アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、最も好ましくはメチルである。
【0041】
「C2-4アルケニル基」は、炭素数が2以上、4以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニル(ビニル)、1-プロペニル、2-プロペニル(アリル)、イソプロペニル、2-ブテニル、3-ブテニル、イソブテニルなどを挙げることができ、好ましくはエテニル(ビニル)または2-プロペニル(アリル)である。
【0042】
「C1-4アルキレン基」は、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチレン、メチルメチレン、ジメチルメチレン、エチレン、1-メチルエチレン、2-メチルエチレン、直鎖プロピレン、1-メチルプロピレン、2-メチルプロピレン、3-メチルプロピレン、直鎖ブチレンを挙げることができる。好ましくは直鎖C1-3アルキレン基または直鎖部分が直鎖C1-3アルキレン基である分枝鎖C1-4アルキレン基であり、より好ましくは直鎖C1-3アルキレン基または直鎖部分が直鎖C1-2アルキレン基であり、側鎖置換基としてメチル基を有する分枝鎖C1-3アルキレン基であり、最も好ましくはメチレンである。
【0043】
「C2-4アルケニレン基」は、炭素数2以上、4以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニレン(ビニレン)、1-メチルエテニレン、2-メチルエテニレン、1-プロペニレン、2-プロペニレン、1-ブテニレン、2-ブテニレン、3-ブテニレンを挙げることができる。好ましくはC2-3アルケニレン基であり、より好ましくは1-プロペニレンまたは2-プロペニレンである。
【0044】
「C1-4アルコキシ基」とは、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素オキシ基をいう。例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、n-ヘキソキシなどであり、好ましくはC1-2アルコキシ基であり、より好ましくはメトキシである。
【0045】
「ハロゲノ基」としては、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基およびヨード基を挙げることができ、クロロ基、ブロモ基またはヨード基が好ましい。
【0046】
上記一般式(I)におけるフェニル基は、1以上、5以下の置換基αにより置換されていてもよい。当該置換基αの数、即ちnとしては、3以下または2以下の整数が好ましく、0または1がより好ましく、0がよりさらに好ましい。nが2以上の整数である場合、複数の置換基αは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0047】
アルキル基などの置換基である置換基β、γ、δの数は、置換可能である限り特に制限されないが、例えば、1以上、5以下とすることができ、4以下または3以下が好ましく、1または2がより好ましく、1がさらに好ましい。置換基数が2以上である場合、複数の置換基β、γ、δは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0048】
化合物(I)は、比較的シンプルな化学構造を有するため、市販のものがあればそれを利用すればよいし、或いは、当業者であれば市販化合物から容易に合成することが可能である。化合物(I)はベンジルアルコール等の人間やミツバチ科ハチに対して害のない化合物であることが好ましい。
【0049】
スズメバチ科ハチの忌避剤は化合物(I)のみからなることが好ましいが、スズメバチ科ハチに対する忌避作用を示す限り、化合物(I)以外の成分を含んでいてもよい。
【0050】
例えば、化合物(I)は基本的に常温常圧で液状であり、高濃度であるほど効果は高いと考えられることから、化合物(I)をそのままスズメバチ科ハチに対する忌避剤として用いることができる。但し、化合物(I)単独では低温で固化する場合や、粘度が高い場合には、溶媒に溶解して溶液としてもよい。溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン系溶媒;ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒;エチレングリコール、グリセリンなどの多価アルコール系溶媒;オレガノ油、ニーム油、タイム油、クローブ油、シナモン油、ゼラニウム油、ペパーミント油、ラベンダー油、アニス油、ライム油などの液状天然油脂を挙げることができる。
【0051】
また、上記忌避剤には、防腐剤、酸化防止剤、着色剤など、一般的な添加剤を配合してもよい。
【0052】
上記忌避剤における化合物(I)の濃度は、スズメバチ科ハチに対する忌避作用が発揮される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、1質量%以上とすることが好ましい。当該濃度が1質量%以上であれば、スズメバチ科ハチに対する忌避作用がより確実に発揮される。当該濃度としては、5質量%以上がより好ましく、10質量%以上がさらに好ましい。一方、当該濃度の上限は特に制限されず、100質量%であってもよい。
【0053】
上記忌避剤は、スズメバチ科ハチに対して忌避作用を示す。具体的には、触角で匂いとして感知した上記化合物(I)を回避するためのものと考えられる羽ばたき行動に引き続く飛翔逃亡、或いは即座の飛翔逃亡を発現する。一方で上記忌避剤は、ミツバチ科ハチに対しては無害であることが実験的に確認されている。
【実施例
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0055】
女王と一群のワーカーとを含み、健全な状態で飼養されてきたセイヨウミツバチの巣箱12箱を兵庫県内の養蜂場から購入した。購入した12箱の巣箱を8月8日に試験養蜂場内に定置した。そして同日中に全ての巣箱の巣門に図1の侵入防止装置を取り付けた。次に、ベンジルアルコールを充填したプラスチックボトル1本(容量250ml)をプラスチック管を介して収容部9に取り付けた。具体的には、プラスチック管の一端が収容部9内に位置するように、通路2を構成する底面を構成する木枠及び収容部9に形成された直径5mmの丸い穴に外径5mmのプラスチック管を通した状態とし、すなわち、上記プラスチックボトルの蓋の部分にプラスチック管の他端を連結して、ベンジルアルコールが上記プラスチックボトルからプラスチック管を通じて収容部9へと移動できる状態とした。上記プラスチックボトルは通路2の上面を構成する木枠の上方かつ巣箱の前面に逆さ吊り状態で固定した。
【0056】
上述の状態を維持すると、収容部9内のベンジルアルコールが揮散して減少しても上記プラスチックボトルからベンジルアルコールが自動的に補充され続けるため、オオスズメバチワーカーの飛来襲撃期間(8月上旬から11月中旬までの期間)を通じてベンジルアルコールの補充は不要であった。なお、侵入防止装置の取り付け完了後は、侵入防止装置において通路の巣箱側と反巣箱側(出口側)とを常時開放状態にして各巣箱内にいるミツバチワーカーが自由に巣外活動できるようにした。またスズメバチ科ハチの巣箱への飛来・侵入を妨げるための手段として上記侵入防止装置以外のいかなる手段も行使しなかった。
【0057】
巣箱定置の翌日(8月9日)から朝(9時頃)と夕方(17時頃)にミツバチワーカーの活動状況、スズメバチ科ハチの飛来状況、および飛来したスズメバチ科ハチのミツバチワーカーに対する攻撃状況を監視した。土日を除いて上記監視を11月15日まで続けた結果、巣箱への飛来接近や巣箱又は防護装置への着地が観察されたのはオオスズメバチワーカーだけであり、養蜂場内へのオオスズメバチワーカーの飛来が朝夕に及んでいることもわかった。しかし、養蜂場内に飛来したオオスズメバチワーカーがミツバチワーカーを大量殺戮して巣箱内まで侵入し、養育中のミツバチの幼虫や蛹を略奪する状況や略奪の痕跡が認められる状況は11月15日までの調査期間中に一度も確認されず、上記調査期間中に壊滅状態になった巣箱もなかった。この結果から、上記の侵入防止装置を装着することによりスズメバチ科ハチに対する忌避及び防除の効果が3ヶ月を超える長期に亘って持続されることがわかった。また、飛来襲撃期間中、上記の侵入防止装置に対する維持作業や管理作業が不要であることもわかった。
【0058】
9月6日、9月7日、および10月12日の3日間は、各日において、6時から18時まで1時間間隔で5分間の調査を13回実施し、試験養蜂場内へのスズメバチ類の飛来・侵入状況、飛来・侵入したスズメバチ類の着地場所を記録した。その結果、飛来・侵入が確認されたのはオオスズメバチワーカーだけであった。またオオスズメバチワーカーの侵入が確認されなかったのは合計39回の調査の中で、9月6日18時、9月7日11時、10月12日8時、10月12日18時のわずかに4回であった。9月6日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を図2に、9月7日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を図3に、10月12日のスズメバチ類の飛来・侵入状況を図4に示した。9月6日18時と9月7日11時はいずれも短時間の降雨中であったため、オオスズメバチワーカーの侵入が確認されなかったと考えられる。一方、10月12日は晴天が続いたが、終日飛来侵入個体数が少なかったため、8時と18時にはオオスズメバチワーカーの侵入が確認されなかったと考えられる。通常の監視日に観察されてきた上記の結果も含めると、試験養蜂場へのオオスズメバチワーカーの飛来及び試験養蜂場内への侵入は3ヶ月を超える試験期間を通じて毎日早朝から夕刻までほとんど間断なく行われていたものと考えられる。
【0059】
上記の通り、早朝から夕刻まで1時間間隔で調査を行った9月6日、9月7日、および10月12日の調査時間帯に試験養蜂場内に飛来していたオオスズメバチワーカーの中で延べ6体のオオスズメバチワーカーが地面に着地したが、それ以外のオオスズメバチワーカーは巣箱又は侵入防止装置に着地した。試験養蜂場内に飛来していたオオスズメバチワーカーの着地箇所については表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
着地個体数が特に多かったのは侵入防止装置であったが、表1に示すように、いずれのオオスズメバチワーカーも侵入防止装置の外面に着地したに過ぎず、通路2の内部に侵入した個体は皆無であった。中空部分である通路2には、第1段階の木製物理的障害物として、オオスズメバチワーカーの侵入を阻むように設置した仕切部材4が設けられており、さらに、第2段階の紙製化学的障害物として、ベンジルアルコールが常時揮発する揮散部材3が設けられている。5分間という短い調査時間の間にも中空部分である通路2に入り込もうとするオオスズメバチワーカーが時々見られたが、第1段階の木製物理的障害物である仕切部材4や第2段階の紙製化学的障害物である揮散部材3などの障害物の存在により、いずれも頭部を通路2に入れた直後、通路2に入り込むことなく外に出てしまった。一方、ミツバチワーカーに対しては上記障害物の影響がなく、出巣時も帰巣時も侵入防止装置に形成された通路2を通過して巣箱と外界とを往復した。このような観察結果は、通路2内に配置された揮散部材3から揮発するベンジルアルコールがミツバチワーカーの行動には影響を及ぼさない反面、オオスズメバチワーカーの巣箱への侵入を強く阻害していることを示していた。
【0062】
巣門に侵入防止装置を装着した12箱の巣箱ではオオスズメバチワーカーの巣箱内侵入が防がれたため、巣が壊滅することはなかった。ただし、毎日、早朝から夕刻まで飛来侵入してくるオオスズメバチワーカーによって巣箱外に出ていたミツバチワーカーが咬み殺されるという被害は発生していた。通常であれば、巣箱に飛来したオオスズメバチワーカーは集団で対抗するミツバチワーカーを咬み殺しながら巣内に侵入してミツバチの幼虫等を略奪する一方で、捕食の対象は巣内のミツバチの幼虫等であるため、咬み殺したミツバチワーカーはその場に放置される。以下では、上記のように巣箱に飛来したオオスズメバチワーカーが巣内に侵入できなかった場合(幼虫等を略奪できなかった場合)、咬み殺したミツバチワーカーをその場に放置するか否かを調べた。
【0063】
9月6日の7時~9時、10月12日の13~14時と15~16時に試験養蜂場内を巡回しながら各試験巣箱とその周辺で発生していたミツバチワーカーが咬み殺された被害についての状況を調査し、その調査結果を表2に示した。
【0064】
【表2】
【0065】
上記調査の結果、咬み殺したミツバチワーカーをその場で遺棄してしまう場合と肉団子にして養蜂場外に持ち去る場合が確認された。咬み殺したミツバチワーカーをその場で遺棄するという行動は、巣内で幼虫等を食物として略奪する場合において、防御するミツバチワーカーを殺戮するオオスズメバチワーカー独自の集団捕食活動の行動パターンの一部であると考えられる。また、咬み殺したミツバチワーカーを肉団子にして養蜂場外に持ち去るという行動は、捕獲した個々の獲物を食物として処理するための行動パターンであることが明らかである。このような行動は、巣箱をかじるほどの強力な大顎を持たないキイロスズメバチなどが発現する行動と同様であり、オオスズメバチ独自の効率的な略奪ができない状況下で発現された代替行動と考えられる。9月6日と10月12日の両日共にこのような代替行動が多かったのは、侵入防止装置の存在によって、オオスズメバチが独自に発達させてきた効率的な集団捕食活動を阻止され続けたため、咬み殺したミツバチワーカーを肉団子にして養蜂場外に持ち去るという非効率な代替行動に頼らざるを得なくなったものと考えられる。
【符号の説明】
【0066】
1 侵入防止装置
2 通路
3 揮散部材
4 仕切部材
5 棒状部材
6~8 揮散抑制部材
9 収容部
図1
図2
図3
図4