(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-27
(45)【発行日】2023-05-10
(54)【発明の名称】被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのデータの取得方法、および、その利用
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230428BHJP
C12N 9/02 20060101ALN20230428BHJP
【FI】
G01N33/68
C12N9/02
(21)【出願番号】P 2020509805
(86)(22)【出願日】2019-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2019009522
(87)【国際公開番号】W WO2019188151
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2018066043
(32)【優先日】2018-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(73)【特許権者】
【識別番号】517139820
【氏名又は名称】特定非営利活動法人日本バイオストレス研究振興アライアンス
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】糟野 健司
(72)【発明者】
【氏名】岩野 正之
(72)【発明者】
【氏名】淀井 淳司
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0339012(US,A1)
【文献】KASUNO, K. et al.,Renal redox dysregulation in AKI: application for oxidative stress marker of AKI,American Journal of Physiology-Renal Physiology,2014年10月01日,Vol. 307,pp. F1342-F1351
【文献】XU, Z.-M. et al.,Serum and urinary thioredoxin concentrations are associated with severity of children hydronephrosis,Clinica Chimica Acta,2017年01月19日,Vol. 466,pp. 127-132
【文献】飛野杏子ほか,慢性腎臓病(CKD)における尿中チオレドキシンの検討,日本腎臓学会誌,2010年,Vol. 52, No. 3,p. 371, P-178
【文献】VOGT, A. et al.,Antitumor Imidazolyl Disulfide IV-2 Causes Irreversible G2/M Cell Cycle Arrest without Hyperphosphor,The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics,2000年09月,Vol. 294, No. 3,pp. 1070-1075
【文献】YANG, L. et al.,Epithelial cell cycle arrest in G2/M mediates kidney fibrosis after injury,nature medicine,2010年05月,Vol. 16, No. 5,pp. 535-544
【文献】TOBINO, K. et al.,Gender- and disease-specific urinary thioredoxin in chronic kidney disease patients with or without,NEPHROLOGY,2015年,Vol. 20,pp. 368-374
【文献】糟野健司ほか,レドックス制御因子 チオレドキシン研究の臨床展開,臨床病理,2011年,Vol. 59, No. 2,pp. 189-195
【文献】KASUNO, K. et al.,Intracellular thioredoxin depletion triggers tubular epithelial cell cycle arrest at G2/M after acut,日本腎臓学会誌,2018年04月30日,Vol. 60, No. 3,p. 327, E-O-40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C12N 9/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体から採取した尿中の
酸化型チオレドキシンを検出する工程を含む、被検体における腎由来細胞のG
2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのデータの取得方法。
【請求項2】
被検体から採取した尿中の
酸化型チオレドキシンを検出するための部材を備えている、被検体における腎由来細胞におけるG
2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのキット。
【請求項3】
被検体から採取した尿中の
酸化型チオレドキシンを検出する工程を含む、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのデータの取得方法
であって、
上記慢性化は、腎由来細胞におけるG
2
期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化である、データの取得方法。
【請求項4】
被検体から採取した尿中の
酸化型チオレドキシンを検出するための部材を備えている、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのキット
であって、
上記慢性化は、腎由来細胞におけるG
2
期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化である、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行(換言すれば、G2/M期での細胞周期の停止(G2/M cell cycle arrest))の有無を診断するためのデータの取得方法、および、その利用に関する。
【背景技術】
【0002】
腎障害は、死亡率が高く、かつ、予後不良な疾患であり、特に、重症の急性腎障害(acute kidney injury:AKI)では、死亡率が50%を上回る。
【0003】
従来から、腎障害(例えば、急性腎障害)の診断は、血清クレアチニン量の変化、および/または、尿量の変化に基づいて行われている。しかしながら、血清クレアチニンは、腎障害が生じてから2~3日後に量の変化が生じるバイオマーカーであるため、血清クレアチニン量の変化に基づいて腎障害の診断を行うと、腎障害の治療開始が遅れ、その結果、予後が不良になる傾向がある。
【0004】
そこで、腎障害が生じてから早期に量の変化が生じるバイオマーカーである、L-FABP(L type fatty acid binding protein)、NGAL(neutrophil gelatinase associated lipocalin)、TIMP-2(tissue inhibitor of metalloproteinase-2)、および、IGFBP7(insulin-like growth factor-binding protein 7)が、腎障害(例えば、急性腎障害)の診断に用いられている(非特許文献1および2参照)。TIMP-2、および、IGFBP7は、腎由来細胞におけるG1期からS期への細胞周期の進行の有無を検出することができるバイオマーカーである。
【0005】
ところで、近年、急性腎障害から慢性腎臓病への移行には、腎臓上皮細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止と、腎臓上皮細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止に伴う尿細管間質の線維化と、が関係していることが示唆されている(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】HUI-MIAO JIA et al., “Prognostic value of cell cycle arrest biomarkers in patients at high risk for acute kidney injury: A systematic review and meta-analysis” Nephrology 22(2017) p831-837
【文献】Anitha Vijayan, MD et al., “Clinical Use of Urine Biomarker [TIMP-2]×[IGFBP7] for acute Kidney Injury Risk Assessment”, Am J Kidney Dis. 2016 July, 68(1), p19-28
【文献】Li Yang et al., “Epithelial cell cycle arrest in G2/M mediates kidney fibrosis after injury” nature medicine, Vol.16, No.5, May 2010, p535-543
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記非特許文献3では、腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を検出する際に、(i)免疫組織化学法により、腎組織にてリン酸化されたヒストンH3の染色像を観察する、または、(ii)In vitroにて培養した細胞の核内DNAをPropidium Iodideを用いて染色し、当該細胞をFACS(Fluorescence activated cell sorting)にて解析する、などの方法によって細胞周期を観察していた。つまり、従来、腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を簡便かつ非侵襲的に検出する技術が存在しなかった。
【0008】
そこで、本発明の一態様は、臨床尿検体を用いて、腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を、簡便かつ非侵襲的に検出する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る、被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのデータの取得方法は、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出する工程を含むことを特徴としている。
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る、被検体における腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのキットは、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出するための部材を備えていることを特徴としている。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのデータの取得方法は、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出する工程を含むことを特徴としている。
【0012】
本発明の一態様に係る、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのデータの取得方法では、上記慢性化は、腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化であってもよい。
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのキットは、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出するための部材を備えていることを特徴としている。
【0014】
本発明の一態様に係る、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのキットでは、上記慢性化は、腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断することができる。
【0016】
本発明の一態様によれば、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施例において、尿中のチオレドキシン量と、腎由来細胞の細胞周期との相関関係を示す図である。
【
図2】本発明の実施例において、チオレドキシン還元酵素阻害剤が、サイクリンBの発現に及ぼす影響を示す図である。
【
図3】本発明の実施例において、チオレドキシン還元酵素阻害剤が、Cdc25Cのリン酸化に及ぼす影響を示す図である。
【
図4】本発明の実施例において、チオレドキシン還元酵素阻害剤が、サイクリンDの発現に及ぼす影響を示す図である。
【
図5】本発明の実施例において、チオレドキシン還元酵素阻害剤が、細胞周期に及ぼす影響を示す図である。
【
図6】(a)および(b)は、本発明の実施例において、チオレドキシンの発現の阻害が、サイクリンBおよびリン酸化ヒストンH3の発現に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態及び実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態及び実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。本明細書中、数値範囲に関して「A~B」と記載した場合、当該記載は「A以上B以下」を意図する。
【0019】
〔1.被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのデータの取得方法、および、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのデータの取得方法〕
本実施の形態の被検体における腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのデータの取得方法は、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出する工程を含む。
【0020】
被検体の尿中に多量のチオレドキシンが含まれている場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が停止していると判定することができる。例えば、健常者の尿中、または、慢性腎臓病を発症している患者の尿中に存在するチオレドキシンの量Aと比較して、被検体の尿中に存在するチオレドキシンの量Bが多い場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が停止していると判定することができる。量Aおよび量Bの量比は、特に限定されず、例えば、「B>A」であってもよく、「B≧2×A」であってもよく、「B≧5×A」であってもよく、「B≧10×A」であってもよく、「B≧50×A」であってもよく、「B≧100×A」であってもよい。
【0021】
一方、被検体の尿中にチオレドキシンが含まれていない、または少量含まれている場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が促進されていると判定することができる。例えば、健常者の尿中、または、慢性腎臓病を発症している患者の尿中に存在するチオレドキシンの量Aと比較して、被検体の尿中に存在するチオレドキシンの量Bが少ない場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が促進されていると判定することができる。量Aおよび量Bの量比は、特に限定されず、例えば、「B<A」であってもよく、「B≦0.5×A」であってもよく、「B≦0.2×A」であってもよく、「B≦0.1×A」であってもよく、「B≦0.5×A」であってもよく、「B≦0.01×A」であってもよい。
【0022】
本実施の形態の被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのデータの取得方法は、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出する工程を含む。
【0023】
非特許文献3には、急性腎障害から慢性腎臓病への移行には、腎臓上皮細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止と、腎臓上皮細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止に伴う尿細管間質の線維化と、が関係していることが示唆されている。当該知見と、本願の実施例とに基づけば、被検体におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止のみならず、尿細管間質の線維化を伴う腎障害の慢性化を予測することができる。それ故に、上記慢性化は、腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化であってもよい。また、本実施の形態のデータの取得方法は、被検体における尿細管間質の線維化を予測するためのデータの取得方法であってもよい。
【0024】
上述したように、被検体の尿中に多量のチオレドキシンが含まれている場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が停止していると判定することができる。そして、この場合、当該被検体は、発症している腎障害が、将来、慢性化する可能性がある(または、慢性化する可能性が高い)、と判定することができる。
【0025】
一方、被検体の尿中にチオレドキシンが含まれていない、または少量含まれている場合、当該被検体の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)では、G2期からM期への細胞周期の進行が促進されていると判定することができる。この場合、当該被検体は、発症している腎障害が、将来、回復する可能性がある(または、回復する可能性が高い)、と判定することができる。
【0026】
上記腎由来細胞としては、非ヒト哺乳動物(例えば、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタなどの哺乳動物)、および、ヒトなどの腎由来細胞を挙げることができる。
【0027】
上記腎由来細胞としては、例えば、尿細管細胞、近位尿細管細胞、遠位尿細管細胞、または、集合管細胞を挙げることができる。
【0028】
チオレドキシンには、酸化型チオレドキシンと還元型チオレドキシンとが存在し、尿細管細胞(腎尿細管細胞)が放出するチオレドキシンは、酸化型チオレドキシンである。
【0029】
本実施の形態では、公知の方法を用いて、チオレドキシンを検出することができる。当該方法としては、例えば、化学発光酵素免疫測定法(Chemiluminescent Enzyme Immunoassay:CLEIA)、化学発光免疫測定法(Chemiluminescent Immunoassay:CLIA)、ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)、および、ウエスタンブロット法を挙げることができる。チオレドキシンを迅速かつ高感度にて検出するという観点から、当該方法は、化学発光酵素免疫測定法、または、化学発光免疫測定法であることが好ましい。
【0030】
以下では、チオレドキシンの検出方法の一例について説明するが、本発明は、当該検出方法に限定されない。
【0031】
検出方法は、(I)検体(具体的には、尿)を緩衝液にて希釈し、当該検体のpHを所望の範囲内(例えば、pH6~pH9)に維持する前処理工程と、(II)前処理した検体に含まれるチオレドキシンを検出する工程と、を含む。チオレドキシンの検出は、免疫学的反応を利用して行われることが好ましく、特に、化学発光免疫測定法、または、化学発光酵素免疫測定法が好適に用いられ得る。
【0032】
前処理工程に用いられる検体は、被検体から採取されたものをそのまま用いてもよいし、被検体から採取されたものを所望の溶媒(例えば、水、または、緩衝液)にて希釈したものを用いてもよい。
【0033】
前処理工程では、緩衝液にて希釈された検体のpHを、好ましくは6~9の範囲、より好ましくは6.5~8の範囲に維持する。上記構成であれば、より正確にチオレドキシンを検出することができる。特に、尿は、様々なpHであり得る。それ故に、検体として尿を用いる場合には、前処理工程においてpHを調整することが好ましい。
【0034】
pHの調整には、アルカリ剤(例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、グリシン-NaOH緩衝液、トリシン-NaOH緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液)を用いることができる。
【0035】
前処理工程では、検体を緩衝液にて希釈する。これによって、検体の塩濃度をチオレドキシンの検出に好適な濃度に調整でき、その結果、より正確にチオレドキシンを検出することができる。
【0036】
上記緩衝液としては、例えば、動物の血清が混合された緩衝液を用いることができる。当該構成であれば、抗体抗原反応を安定化させることによって、より正確にチオレドキシンを検出することができる。動物の血清が混合された緩衝液としては、例えば、東洋紡(株)製のピオキューブFluAB検体前処理液を挙げることができる。
【0037】
検体と緩衝液との混合比は、特に限定されないが、例えば、検体の体積または質量を「1」とした時に、当該検体に対して、体積または質量が「5~10」の緩衝液を混合することが好ましい。当該構成であれば、より正確にチオレドキシンを検出することができる。
【0038】
チオレドキシンを検出する工程は、CLEIA法、CLIA法、ELISA法、または、ウエスタンブロット法などによって行うことが可能である。迅速にチオレドキシンを検出するという観点からは、CLEIA法にしたがって、チオレドキシンを検出することが好ましい。なお、CLEIA法は、特開2001-235471号公報などによって公知であり当該文献は、本明細書中において参考文献として援用される。
【0039】
チオレドキシンを検出する工程は、より具体的に、以下のように行うことも可能である。
【0040】
一態様において、チオレドキシンを検出する工程は、以下の工程を含み得る:
(a)前処理工程にて処理された検体と、当該検体に含まれるチオレドキシンに特異的に結合し、かつ、リガンドが結合している第一の抗体と、を接触させて、チオレドキシンと第一の抗体との複合体を形成する工程(第一免疫反応)、
(b)上記複合体を、上記リガンドの捕捉剤が結合している多孔質フィルタに滴下して、上記リガンドを、上記捕捉剤に結合させる工程、
(c)上記多孔質フィルタに、上記チオレドキシンに特異的に結合する、標識された第二の抗体を滴下して、第二の抗体を上記複合体に結合させる工程(第二免疫反応)、
(d)上記多孔質フィルタを洗浄する工程、および、
(e)上記多孔質フィルタに結合している上記標識の活性(例えば、蛍光)を検出する工程。
【0041】
別の態様において、チオレドキシンを検出する工程は、以下の工程を含み得る:
(a)前処理工程にて処理された検体と、当該検体に含まれるチオレドキシンに特異的に結合し、かつ、リガンドが結合している第一の抗体と、上記第一の抗体とは異なる箇所にて上記チオレドキシンに特異的に結合し、かつ、標識された第二の抗体と、を接触させて、チオレドキシンと第一の抗体と第二の抗体との複合体を形成する工程、
(b)上記複合体を、上記リガンドの捕捉剤が結合している多孔質フィルタに滴下して、上記リガンドを、上記捕捉剤に結合させる工程、
(c)上記多孔質フィルタを洗浄する工程、および、
(d)上記多孔質フィルタに結合している上記標識の活性(例えば、蛍光)を検出する工程。
【0042】
第一の抗体としては、例えば、ビオチンにて標識された抗体を挙げることができる。多孔質フィルタとしては、例えば、ガラス繊維フィルタを挙げることができる。第二の抗体としては、酵素(例えば、蛍光タンパク質、Horse Radish Peroxidase(HRP)、または、Alkaline Phosphatase(AP))にて標識された抗体を挙げることができる。CLEIA法に使用できる装置としては、例えば、東洋紡(株)製の小型化学発光免疫自動分析装置POCube(登録商標)を挙げることができる。
【0043】
〔2.被検体における腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのキット、および、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのキット〕
本実施の形態の被検体における腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのキットは、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出するための部材を備えている。
【0044】
本実施の形態の被検体における腎障害の回復または慢性化を予測するためのキットは、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出するための部材を備えている。
【0045】
上記部材は、例えば、チオレドキシン結合タンパク質、または、抗チオレドキシン抗体であり得る。
【0046】
チオレドキシン結合タンパク質としては、周知の、チオレドキシン結合タンパク質(例えば、Thioredoxin-interacting protein(TXNIP)、Thioredoxin binding protein2(TBP-2)、Vitamin D3 up-regulated protein 1(VDUP-1)、Apoptosis signal-regulating kinase 1(ASK1)、および、Mitogen-activated protein kinase kinase kinase 5(MAP3K5))を用いることができる。
【0047】
抗チオレドキシン抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。また、上記抗体の抗体は、あらゆるタイプのイムノグロブリンであり得る。具体的には、IgG、IgM、IgA、IgDまたはIgEであり得る。また、上記抗体は、Fabフラグメント、F(ab’)2フラグメントまたはFcフラグメントであってもよい。
【0048】
上記抗体は、種々の公知の方法(例えば、HarLowら、「Antibodies:A laboratory manual,Cold Spring Harbor Laboratory,New York(1988)」、岩崎ら、「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」)に従って作製され得る。また、上記抗体は、市販の抗体であってもよい。
【0049】
モノクローナル抗体は、当該分野において周知の方法(例えば、ハイブリドーマ法(Kohler,G.およびMilstein,C., Nature 256,495-497(1975))、トリオーマ法、ヒトB細胞ハイブリドーマ法(Kozbor,Immunology Today 4,72(1983))およびEBV-ハイブリドーマ法(Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R Liss,Inc.,77-96(1985))などを参照)を用いて作製され得る。
【0050】
Fabフラグメント、F(ab’)2フラグメントおよびFcフラグメントは、パパイン(Fabフラグメントを生じる)、または、ペプシン(F(ab’)2フラグメントを生じる)のような酵素を用いて抗体を切断することによって、作製され得る。
【0051】
上記部材には、リガンド、または、標識が結合されていてもよい。当該構成であれば、より容易に、かつ、より正確にチオレドキシンを検出することができる。
【0052】
本実施の形態のキットには、チオレドキシンを検出するための部材以外(例えば、洗浄液、および/または、リガンドの捕捉剤が結合している多孔質フィルタ)が備えられていてもよい。
【0053】
上記慢性化は、腎由来細胞におけるG2期からM期への細胞周期の停止に伴う尿細管間質の線維化を介した慢性化であってもよい。また、本実施の形態のキットは、被検体における尿細管間質の線維化を予測するためのキットであってもよい。
【0054】
〔3.その他〕
本発明は、以下のように構成することもできる。
【0055】
本発明の一態様は、尿中(例えば、被検体から採取した尿中)のチオレドキシンを検出する工程を含む、被検体における腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)のG2期からM期への細胞周期の進行の有無の診断方法である。
【0056】
本発明の一態様は、尿中(被検体から採取した尿中)のチオレドキシンを検出する工程を含む、被検体における腎障害の回復または慢性化の予測方法である。
【0057】
本発明の一態様は、チオレドキシン還元酵素の阻害剤を投与する工程を有する、G2期からM期への細胞周期の停止方法である。
【実施例】
【0058】
<1.急性腎障害におけるG2期からM期への細胞周期の停止の指標としての、尿中のチオレドキシン>
ELISA法、および、免疫組織化学的手法にしたがって、腎虚血再潅流障害(renal ischemia reperfusion injury)によって引き起こされる急性腎障害のモデルマウスから採取した腎臓および尿を用いて、尿中のチオレドキシン1(TRX)と細胞周期との関係を調べた。なお、ELISA法、および、免疫組織化学的手法は、公知の方法にしたがった。
【0059】
図1の上部に示すように、ELISA法による試験から、急性腎障害のモデルマウスでは、腎臓(具体的には、尿細管細胞)にてチオレドキシン1が減少し、これに伴って、尿中のチオレドキシン1が増加することが明らかになった。具体的に、尿中のチオレドキシン1の量は、急性腎障害を引き起こしてから12時間後にピークに達した。その後、尿中のチオレドキシン1の量は、徐々に減少した。
【0060】
図1の下部に示すように、腎臓では、急性腎障害を引き起こしてから12時間後に、G
2/M期での細胞周期の停止マーカーであるリン酸化ヒストンH3を発現している尿細管細胞の数がピークに達した。その後、G
2/M期での細胞周期の停止マーカーであるリン酸化ヒストンH3を発現している尿細管細胞の数は、尿中のチオレドキシン1の量の減少に伴って、徐々に減少した(例えば、急性腎障害を引き起こしてから72時間後の試験結果を参照)。
【0061】
本試験から、急性腎障害によって腎臓(具体的には、尿細管細胞)内のチオレドキシン1は減少または喪失して腎臓(具体的には、尿細管細胞)のレドックスに破綻が起こり、尿中のチオレドキシンが増加し、これに伴って、腎臓において、G2期からM期への細胞周期の進行が停止している細胞の数が増加することが明らかになった。つまり、本試験から、尿中のチオレドキシンが、腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断するためのバイオマーカーとなることが明らかになった。
【0062】
<2.チオレドキシン還元酵素阻害剤が、サイクリンBの発現に及ぼす影響>
マウス近位尿細管細胞(mProx細胞)またはヒト腎上皮細胞(HEK293細胞)を、公知の培地の中で、培養プレート上にて培養した。細胞が培養プレートの底面の略50%を覆った時点にて、最終濃度が1μM、5μM、または、10μMになるように、チオレドキシン還元酵素阻害剤(2,4-Dinitrochlorobenzene:DNCB)を培地に添加した。なお、本試験では、DNCBの原液として、DNCBの濃度が30μMとなるように、DMSO(dimethylsulfoxide)中にDNCBを溶解したものを準備し、培地の1/1000量の当該原液を、培地に添加した。一方、Vehicle(コントロール)では、培地の1/1000量のDMSOを、培地に添加した。
【0063】
DNCB、または、DMSOを培地に添加してから8時間後、または、24時間後に、培養プレート中の培地を除き、培養プレート上の細胞に2mM dithiothreitol、1mM NaVO3、Complete protease inhibitor(Roche Applied Science)が添加されたRIPA(radioimmune precipitation assay)バッファーを加えた。次いで、RIPAバッファー中に細胞が溶解しているWhole cell lysateを回収した。
【0064】
回収したWhole cell lysateのタンパク濃度を、Lowry法、Bradford法、または、BCA法にて測定した。タンパク量として20μgに相当するWhole cell lysateを、SDS-PAGEゲル電気泳動に供し、サイズに基づいてタンパク質を分離した。
【0065】
次いで、ウエスタンブロッティング法によって、サイクリンB1およびβ-アクチンを検出した。
【0066】
具体的に、電気泳動後のSDS-PAGEゲルと、ニトロセルロースメンブレンとを密着させ、当該SDS-PAGEゲル中のタンパク質に電圧を印加し、SDS-PAGEゲル中のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写した。
【0067】
タンパク質が転写されたニトロセルロースメンブレンを、抗サイクリンB1抗体および抗β-アクチン抗体を含む溶液に浸した。
【0068】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、当該ニトロセルロースメンブレンを、HRP(horseradish peroxidase)にて標識された二次抗体を含む溶液に浸した。
【0069】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、化学発光法に基づいて、サイクリンB1およびβ-アクチンを検出した。
【0070】
更に、サイクリンB1に相当するバンドの濃さを、β-アクチンに相当するバンドの濃さで割った値を算出した。
【0071】
試験結果を、
図2に示す。
図2から明らかなように、チオレドキシン還元酵素阻害剤によって、G
2期からM期への細胞周期の進行に必要なサイクリンBの発現量が、著しく低下した。より具体的に、チオレドキシン還元酵素阻害剤の最終濃度が10μMであって、かつ、DNCBを培地に添加してから24時間後にWhole cell lysateを回収した試験におけるサイクリンBの発現量は、Vehicle(コントロール)におけるサイクリンBの発現量の1%にまで低下していた。
【0072】
<3.チオレドキシン還元酵素阻害剤が、Cdc25Cのリン酸化に及ぼす影響>
マウス近位尿細管細胞(mProx細胞)またはヒト腎上皮細胞(HEK293細胞)を、公知の培地の中で、培養プレート上にて培養した。細胞が培養プレートの底面の略50%を覆った時点にて、最終濃度が1μM、5μM、または、10μMになるように、チオレドキシン還元酵素阻害剤(DNCB)を培地に添加した。なお、本試験では、DNCBの原液として、DNCBの濃度が30μMとなるように、DMSO中にDNCBを溶解したものを準備し、培地の1/1000量の当該原液を、培地に添加した。一方、Vehicle(コントロール)では、培地の1/1000量のDMSOを、培地に添加した。
【0073】
DNCB、または、DMSOを培地に添加してから24時間後に、培養プレート中の培地を除き、培養プレート上の細胞に2mM dithiothreitol、1mM NaVO3、Complete protease inhibitor(Roche Applied Science)が添加されたRIPAバッファーを加えた。次いで、RIPAバッファー中に細胞が溶解しているWhole cell lysateを回収した。
【0074】
回収したWhole cell lysateのタンパク濃度を、Lowry法、Bradford法、または、BCA法にて測定した。タンパク量として20μgに相当するWhole cell lysateを、SDS-PAGEゲル電気泳動に供し、サイズに基づいてタンパク質を分離した。
【0075】
次いで、ウエスタンブロッティング法によって、Cdc25Cを検出した。
【0076】
具体的に、電気泳動後のSDS-PAGEゲルと、ニトロセルロースメンブレンとを密着させ、当該SDS-PAGEゲル中のタンパク質に電圧を印加し、SDS-PAGEゲル中のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写した。
【0077】
タンパク質が転写されたニトロセルロースメンブレンを、抗Cdc25C抗体を含む溶液に浸した。
【0078】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、当該ニトロセルロースメンブレンを、HRPにて標識された二次抗体を含む溶液に浸した。
【0079】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、化学発光法に基づいて、Cdc25C(より具体的には、リン酸化された2種類のCdc25C)を検出した。
【0080】
更に、高度にリン酸化されたCdc25C(
図3中のHyper-P)に相当するバンドの濃さを、低度にリン酸化されたCdc25C(
図3中のHypo-P)に相当するバンドの濃さで割った値を算出した。
【0081】
試験結果を、
図3に示す。
図3から明らかなように、チオレドキシン還元酵素阻害剤によって、G
2期からM期への細胞周期の進行に必要な高度にリン酸化されたCdc25Cの発現量が、著しく低下した。
【0082】
<4.チオレドキシン還元酵素阻害剤が、サイクリンDの発現に及ぼす影響>
マウス近位尿細管細胞(mProx細胞)またはヒト腎上皮細胞(HEK293細胞)を、公知の培地の中で、培養プレート上にて培養した。細胞が培養プレートの底面の略50%を覆った時点にて、最終濃度が1μM、5μM、または、10μMになるように、チオレドキシン還元酵素阻害剤(DNCB)を培地に添加した。なお、本試験では、DNCBの原液として、DNCBの濃度が30μMとなるように、DMSO中にDNCBを溶解したものを準備し、培地の1/1000量の当該原液を、培地に添加した。一方、Vehicle(コントロール)では、培地の1/1000量のDMSOを、培地に添加した。
【0083】
DNCB、または、DMSOを培地に添加してから8時間後、または、24時間後に、培養プレート中の培地を除き、培養プレート上のヒト胎児腎細胞に2mM dithiothreitol、1mM NaVO3、Complete protease inhibitor(Roche Applied Science)が添加されたRIPAバッファーを加えた。次いで、RIPAバッファー中にヒト胎児腎細胞が溶解しているWhole cell lysateを回収した。
【0084】
回収したWhole cell lysateのタンパク濃度を、Lowry法、Bradford法、または、BCA法にて測定した。タンパク量として20μgに相当するWhole cell lysateを、SDS-PAGEゲル電気泳動に供し、サイズに基づいてタンパク質を分離した。
【0085】
次いで、ウエスタンブロッティング法によって、サイクリンD1およびβ-アクチンを検出した。
【0086】
具体的に、電気泳動後のSDS-PAGEゲルと、ニトロセルロースメンブレンとを密着させ、当該SDS-PAGEゲル中のタンパク質に電圧を印加し、SDS-PAGEゲル中のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写した。
【0087】
タンパク質が転写されたニトロセルロースメンブレンを、抗サイクリンD1抗体および抗β-アクチン抗体を含む溶液に浸した。
【0088】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、当該ニトロセルロースメンブレンを、HRPにて標識された二次抗体を含む溶液に浸した。
【0089】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、化学発光法に基づいて、サイクリンD1およびβ-アクチンを検出した。
【0090】
試験結果を、
図4に示す。
図4から明らかなように、チオレドキシン還元酵素阻害剤は、G
2期からM期への細胞周期の進行とは関係のないサイクリンDの発現量に対して、影響を与えなかった。なお、サイクリンDは、G
1期での細胞周期の停止に関係している。
【0091】
<5.チオレドキシン還元酵素阻害剤が、細胞周期に及ぼす影響>
マウス近位尿細管細胞(mProx細胞)を、公知の培地の中で、培養プレート上にて培養した。マウス近位尿細管細胞が培養プレートの底面の略50%を覆った時点にて、最終濃度が30μMになるように、チオレドキシン還元酵素阻害剤(DNCB)を培地に添加した。なお、本試験では、DNCBの原液として、DNCBの濃度が30μMとなるように、DMSO中にDNCBを溶解したものを準備し、培地の1/1000量の当該原液を、培地に添加した。一方、Vehicle(コントロール)では、培地の1/1000量のDMSOを、培地に添加した。
【0092】
DNCB、または、DMSOを培地に添加してから24時間後に、培養プレート中の培地を除き、培養プレート上のマウス近位尿細管細胞にトリプシン溶液を加えることによって、マウス近位尿細管細胞を回収した。
【0093】
マウス近位尿細管細胞を含むトリプシン溶液を、1.5mLのチューブに移した。複数の細胞が凝集していると、フローサイトメーターによって個々の細胞を検出できなくなるため、ピペットを用いて、マウス近位尿細管細胞を個々の細胞へ分離した。
【0094】
マウス近位尿細管細胞を含むトリプシン溶液を、600×gにて5分間、遠心分離した。上清を捨て、マウス近位尿細管細胞に対して1mLのPBS(phosphate buffered saline)を加え、当該PBS中にマウス近位尿細管細胞を懸濁させた。
【0095】
マウス近位尿細管細胞を含むPBSを、600×gにて5分間、遠心分離した。上清を捨て、マウス近位尿細管細胞に対して150μLのPBSを加え、当該PBS中にマウス近位尿細管細胞を懸濁させた。
【0096】
マウス近位尿細管細胞を含むPBSを緩やかに撹拌しながら、当該PBSに対して、350μLの100%エタノールを徐々に加え、エタノールの最終濃度を70%にした。更に、500μLの70%エタノールを加えた。
【0097】
マウス近位尿細管細胞を含む70%エタノールを-20℃にて一晩放置し、これによって、マウス近位尿細管細胞をエタノール固定した。
【0098】
マウス近位尿細管細胞を含む70%エタノールを、3,000×gにて2分間、遠心分離した。上清を捨て、マウス近位尿細管細胞に対して1mLの、0.01%のBSA(bovine serum albumin)を含有するPBSを加え、当該PBS中にマウス近位尿細管細胞を懸濁させた。マウス近位尿細管細胞を含むPBSを、3,000×gにて2分間、遠心分離した。上清を捨て、マウス近位尿細管細胞に対して1mLの、0.01%のBSAを含有するPBSを加え、当該PBS中にマウス近位尿細管細胞を懸濁させた。マウス近位尿細管細胞を含むPBSを、3,000×gにて2分間、遠心分離した。上清を捨て、マウス近位尿細管細胞に対して0.5mLの、0.01%のBSAを含有するPBSを加え、当該PBS中にマウス近位尿細管細胞を懸濁させた。
【0099】
マウス近位尿細管細胞を含むPBSに対して、Propidium Iodide(最終濃度20μg/mL)およびRNase(最終濃度20μg/mL)が添加された、0.01%のBSAを含有するPBSを0.5mL加え、ピペットを用いて、マウス近位尿細管細胞を個々の細胞へ分離した。これによって、マウス近位尿細管細胞の核内のDNAを染色した。
【0100】
染色されたマウス近位尿細管細胞の蛍光強度を、フローサイトメーターを用いて測定し、公知の方法にしたがって、マウス近位尿細管細胞の各々が、細胞周期の何れの時期にあるのか、調べた。
【0101】
試験結果を、
図5に示す。
図5から明らかなように、チオレドキシン還元酵素阻害剤は、G
2期からM期への細胞周期の進行が停止している細胞の数を増加させた。
【0102】
チオレドキシンは、細胞内にて、酸化型チオレドキシン、または、還元型チオレドキシンとして存在している。定常状態では、酸化型チオレドキシンは、チオレドキシン還元酵素により還元型チオレドキシンに還元され、再利用されている。
【0103】
チオレドキシン還元酵素の還元能力を超えるような酸化ストレス、または、チオレドキシン還元酵素の阻害剤を細胞に与えると、細胞内において酸化型チオレドキシンが過剰となり、当該酸化型チオレドキシンが細胞外へ放出される。当該現象が生体内の腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)にて生じると、腎由来細胞内の酸化型チオレドキシンが尿中へ放出されることになる(参考文献:Kasuno et al., AJP Renal Physiol, 2014, Vol.307, No.12, p1342-51)。
【0104】
また、チオレドキシン還元酵素の活性を阻害すると、腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行が停止する(上述した実施例を参照)。
【0105】
これらの事実は、腎由来細胞内のチオレドキシンの尿中への放出と、腎由来細胞のG2期からM期への細胞周期の進行の停止とが、同時に生じることを示している。本発明では、当該新たな知見を利用して、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出することによって、被検体における腎由来細胞(例えば、尿細管細胞)のG2期からM期への細胞周期の進行の有無を診断することを可能にしている。
【0106】
更に、急性腎障害から慢性腎臓病への移行には、腎臓上皮細胞におけるG2期からM期への細胞周期の進行の停止が関係していることが示唆されている(非特許文献3参照)。よって、被検体から採取した尿中のチオレドキシンを検出することによって、被検体における腎障害の回復または慢性化を予測することができるといえる。
【0107】
<6.チオレドキシン1の発現阻害が、サイクリンB、および、リン酸化ヒストンH3の発現に及ぼす影響>
マウス近位尿細管細胞(mProx細胞)またはヒト腎上皮細胞(HEK293細胞)を、公知の培地の中で、培養プレート上にて培養した。細胞が培養プレートの底面の略50%を覆った時点にて、最終濃度が4pmol/mL、12pmol/mL、または40pmol/mLになるようにTRX1の発現を阻害するsiRNA(TRX siRNA:TRX small interfering RNA、Sigma-Aldrich社製のMISSION(登録商標) esiRNA human TXN)、または、最終濃度が12pmol/mLになるようにTRX1の発現を阻害しないsiRNA(Negative siRNA:Negative small interfering RNA、Sigma-Aldrich社製のMISSION(登録商標) siRNA Universal Negative Control #1、製品番号SIC001)を、培地に添加した。
【0108】
細胞への、TRX siRNA、および、Negative siRNAの導入は、Thermofisher社製のLipofectamine RNAiMAX Transfection Reagentキットを用い、当該キットに添付のプロトコールにしたがって行った。
【0109】
細胞へ、TRX siRNA、または、Negative siRNAを導入してから72時間後に、培養プレート中の培地を除き、培養プレート上の細胞に2mM dithiothreitol、1mM NaVO3、Complete protease inhibitor(Roche Applied Science)が添加されたRIPA(radioimmune precipitation assay)バッファーを加えた。次いで、RIPAバッファー中に細胞が溶解しているWhole cell lysateを回収した。
【0110】
回収したWhole cell lysateのタンパク濃度を、Lowry法、Bradford法、または、BCA法にて測定した。タンパク量として20μgに相当するWhole cell lysateを、SDS-PAGEゲル電気泳動に供し、サイズに基づいてタンパク質を分離した。
【0111】
次いで、ウエスタンブロッティング法によって、チオレドキシン1、サイクリンB1、リン酸化ヒストンH3、およびβ-アクチンを検出した。
【0112】
具体的に、電気泳動後のSDS-PAGEゲルと、ニトロセルロースメンブレンとを密着させ、当該SDS-PAGEゲル中のタンパク質に電圧を印加し、SDS-PAGEゲル中のタンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写した。
【0113】
タンパク質が転写されたニトロセルロースメンブレンを、抗チオレドキシン1抗体、抗サイクリンB1抗体、抗ヒストンH3抗体、および抗β-アクチン抗体を含む溶液に浸した。
【0114】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、当該ニトロセルロースメンブレンを、HRP(horseradish peroxidase)にて標識された二次抗体を含む溶液に浸した。
【0115】
次いで、上記ニトロセルロースメンブレンを0.05%TBS-Tを用いて洗浄した後、化学発光法に基づいて、チオレドキシン1、サイクリンB1、リン酸化ヒストンH3、およびβ-アクチンを検出した。
【0116】
更に、チオレドキシン1、サイクリンB1、およびリン酸化ヒストンH3に相当するバンドの濃さを、β-アクチンに相当するバンドの濃さで割った値を算出した。
【0117】
試験結果を、
図6(a)および
図6(b)に示す。
図6(a)および
図6(b)から明らかなように、チオレドキシン1の発現を阻害すると、G
2期からM期への細胞周期の進行に必要なサイクリンBの発現量が低下した。また、チオレドキシン1の発現を阻害すると、G
2/M期での細胞周期の停止マーカーであるリン酸化ヒストンH3の発現量が増加した。なお、サイクリンBの発現量の低下、および、リン酸化ヒストンH3の発現量の増加の程度は、試験に用いたTRX siRNAの量に依存していた。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明の一態様は、細胞周期、および、腎障害と関連する分野に、広く利用することができる。