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特許7270419高温高サイクル疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-27
(45)【発行日】2023-05-10
(54)【発明の名称】高温高サイクル疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法ならびに排気部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230428BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230428BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230428BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230428BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 Q
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019043973
(22)【出願日】2019-03-11
(65)【公開番号】P2020147770
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(72)【発明者】
【氏名】吉井 睦子
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-088928(JP,A)
【文献】特開2017-014538(JP,A)
【文献】特開2013-209730(JP,A)
【文献】特開2018-115385(JP,A)
【文献】特開2019-002030(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157655(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/159011(WO,A1)
【文献】特開2011-202237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C22C 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.002~0.300%、
Si:0.010~4.000%、
Mn:0.05~10.00%、
P:0.001~0.050%、
S:0.0001~0.0100%、
Ni:2.00~25.00%、
Cr:15.00~30.00%、
N:0.002~0.500%、
Al:0.001~1.000%、
Cu:0.01~4.00%、
Mo:0.010~3.000%、
V:0.010~1.000%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、かつ
1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。
【請求項2】
さらに、質量%で
Nb:0.005~0.300%、
Ti:0.005~0.300%、
B:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0005~0.0100%、
W:0.05~3.00%、
Zr:0.05~0.30%、
Sn:0.01~0.50%、
Co:0.03~0.30%
Mg:0.0002~0.0100%、
Sb:0.005~0.500%、
REM:0.001~0.200%、
Ga:0.0002~0.3000%、
Ta:0.001~1.000%、
Hf:0.001~1.000%、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、冷延板の焼鈍温度を1150~1250℃、保持時間を1~120sec、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上とすることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
排気部品に使用される請求項1~3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板から成る排気部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温環境で振動を起因とする高サイクル疲労を受ける耐熱部品の素材となるオーステナイト系ステンレス鋼板に関するものである。特に、本発明は、自動車のエキゾーストマニホールド、ターボ、エキゾーストパイプ、コンバーター、フレキシブルチューブ、排熱回収機、DPF(Diezel Particulate Filter)、GPF(Gasoline Particulate Filter)、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)、ガスケット、マフラー部品等の一部に適用されるオーステナイト系ステンレス鋼板に関する。また、それらの部品の中でも特に500℃程度に加熱され、かつ振動による負荷を繰り返し受ける部品に好適な材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の各種廃棄部品には高温の排気ガスを安定的に通気させるために、耐酸化性、高温強度、熱疲労特性等の耐熱性に優れた材料が使用される。また、車体の振動に起因して繰り返し荷重が作用するため、高サイクル疲労特性も重要となる。更に、凝縮水腐食環境でもあることから耐食性に優れることも要求される。排気ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化等の観点からもこれらの部品にはステンレス鋼が多く使用されている。
【0003】
近年では、排気ガス規制の強化が更に強まる他、燃費性能の向上、ダウンサイジング、ライトサイジング等の動きから、特にエンジン直下のエキゾーストマニホールドを通気する排気ガス温度は上昇傾向にある。加えて、ターボチャージャーの様な過給機を搭載するケースも多くなっており、従来のエキゾーストマニホールドをターボエキゾーストパイプで代替する動きもある。このため、エキゾーストマニホールドやターボエキゾーストパイプに使用されるステンレス鋼には耐熱性の一層の向上が求められる。排気ガス温度の上昇に関しては、従来900℃程度であった排気ガス温度が、1000℃程度まで上昇することも見込まれている。
【0004】
また、触媒による排ガス浄化効率の上昇のため、エキゾーストマニホールドやエキゾーストパイプを二重管構造にして断熱し、排気ガス温度の低下を抑制している。二重管構造の場合、内管は高温の排気ガスと接触するために900℃以上の高温となるが、外管は400℃~600℃までしか上昇しない。しかしながら、外管はエンジンや路面からの振動の影響が大きくなるため、制振するためのベローズ加工(パイプに蛇腹のような山谷をつける加工)を施すこともあり、高温疲労特性が必要な部品である。特に近年では乗車性の観点から振動を極力抑えるために各部品の構造が複雑になってきており、各部品への負荷応力は高くなりつつある。加えて部品軽量化の観点から、材料の薄肉化が志向されており、高温環境下での振動対策として高疲労強度材の適用が必要である。この状況は二重管構造を有するエキゾーストマニホールドやエキゾーストパイプのみならず、上記に示した他排気部品でも部分的にベローズ加工を施して500℃程度の温度域でも制振性向上を図りつつある。
【0005】
従来、エンジンや路面からの振動を抑制するためにベローズ加工を施したフレキシブルチューブが使用されてきた例として、特許文献1および2には、フレキシブルチューブ用途として高温疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
特許文献1によれば、NbとNを添加することで400℃での高温疲労強度を向上することが可能である。特許文献2によれば、NbとSiを添加することで600℃での高温疲労強度を向上させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平5-98395号公報
【文献】特開平5-339682号公報
【文献】特開2001-59141号公報
【文献】国際公開第2017/164344号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の様な高温に晒される制振部材では、高温強度、耐酸化性、高温高サイクル疲労特性、熱疲労特性といった耐熱性が求められる。最近では500℃程度の温度まで材料温度が上昇し、かつ振動の負荷応力が従来よりも増加傾向にあることから、特に500℃近傍における高サイクル疲労強度の向上が求められる。
【0008】
特許文献1では、0.05~0.3%Nおよび0.05~0.3%Nbを添加し、かつNb+N≧0.15%を満たすオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。開示鋼は400℃の1×10回疲労強度が25kgf/mm以上になると記載している。しかしながら、500℃における疲労強度の記載はなく、この温度域での疲労特性が優れるかどうか不明である。また、Nbは高価な元素であるため、コスト面の課題もある。
【0009】
特許文献2では、1~4%Siおよび0.05~0.5%Nbを添加し、かつ6≧Si%+10Nb%≧4を満たすオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。開示鋼は600℃の1×10回疲労強度が27.5kgf/mm以上になると記載している。しかしながら、500℃における疲労強度の記載はなく、この温度域での疲労特性が優れるかどうか不明である。また、Nbは高価な元素であるため、コスト面の課題もある。
【0010】
特許文献3では、2.5~4.5%Siおよび0~0.25%Nbを含有するオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。Nbは任意添加元素であるが、高温疲労強度向上の観点からNbの添加は重要であると記載しており、コスト面の課題がある。実施例において500℃、600℃の疲労限界値を開示してあるのは、NおよびNbを両方添加した鋼のみである。そのためNbを添加しなかった場合の疲労強度は不明である。
【0011】
特許文献4では0.005~0.2%C、0.1~4%Si、0.02~3%Mo、0.01~0.4%未満Nを含有するオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。焼鈍双晶の頻度を増加することで900℃高温耐力を向上できると記載してあるが、疲労強度についての記載は無い。そのため500℃程度の疲労特性に優れるかは不明である。製造方法について冷延板焼鈍時の冷却速度の記載は無く、C、Si、Mo、Nの固溶量は不明である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
排気ガス温度が高温化し、部品形状の複雑化や薄肉軽量化が進んでいる。500℃近傍における高サイクル疲労による疲労破壊という課題を解決するために、本発明者らはオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関して、鋼成分、高温疲労特性の見地から詳細な研究を行なった。その結果、500℃の温度下で振動を与えられる部品用途の素材に対して、鋼成分と比較的安価な固溶元素の調整により高温高サイクル疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板が得られることを知見した。
【0013】
(1)質量%で、
C:0.002~0.300%、
Si:0.010~4.000%、
Mn:0.05~10.00%、
P:0.001~0.050%、
S:0.0001~0.0100%、
Ni:2.00~25.00%、
Cr:15.00~30.00%、
N:0.002~0.500%、
Al:0.001~1.000%、
Cu:0.01~4.00%、
Mo:0.010~3.000%、
V:0.010~1.000%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、かつ
1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200を満足することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板。
ここで括弧内は各元素の固溶量である。
(2)さらに、質量%で
Nb:0.005~0.300%、
Ti:0.005~0.300%、
B:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0005~0.0100%、
W:0.05~3.00%、
Zr:0.05~0.30%、
Sn:0.01~0.50%、
Co:0.03~0.30%
Mg:0.0002~0.0100%、
Sb:0.005~0.500%、
REM:0.001~0.2%、
Ga:0.0002~0.3000%、
Ta:0.001~1.000%、
Hf:0.001~1.000%、
から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(3)500℃における平面曲げ疲労試験の疲労限界値が200MPa以上であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(4)前記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、冷延板の焼鈍温度を1150~1250℃、保持時間を1~120sec、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上とすることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
(5)排気部品に使用される前記(1)~(3)のいずれか1つに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
(6)前記(1)~(3)のいずれか1つに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板から成る排気部品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼成分と固溶量の調整によって、従来よりも500℃の高サイクル疲労強度が高く、部品の薄肉・軽量化にも寄与できる自動車排気部品用オーステナイト系ステンレス鋼を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)と、500℃の疲労限界値の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の構成要素の限定理由について説明する。耐熱用途として使用されるオーステナイト系ステンレス鋼板の特性として重要なのは高温強度であるが、特に上記の様に高温で振動を繰り返し受ける部材の場合、高温疲労が重要となる。高温疲労は高サイクル疲労(破断寿命が約10サイクル以上)と低サイクル疲労(破断寿命が約10サイクル未満)に分類されるが、本発明で対象となる疲労は前者の高サイクル疲労である。排気ガス経路部材に使用される材料の高サイクル疲労特性が劣ると、走行中の繰り返し振動によって疲労亀裂が発生し、亀裂が板厚貫通した場合に排気ガスの漏れが生じて、部品性能の信頼性低下に繋がる。
【0017】
[成分]
次に、成分範囲について説明する。成分含有量に関する%は、特に断りの無い限り質量%を示す。
【0018】
Cはオーステナイト組織形成と高温強度および高温疲労強度の確保のために0.002%を下限とする。一方、過度な添加は加工硬化が過大に大きくなる他、Cr炭化物形成により耐食性、特に溶接部の粒界腐食性が劣化する。また、本発明の場合、固溶C量を確保することで動的ひずみ時効および疲労過程の加工硬化が発現して高サイクル疲労強度を向上させるため、製品板での炭化物形成を抑制するために上限を0.300%とする。更に、熱間加工性、500℃における固溶C量確保を考慮すると、Cの含有量の下限は0.005%、上限は0.250%であることが望ましい。更に精錬コスト、耐酸化性を考慮すると下限は0.010%,上限は0.100%であることが望ましい。
【0019】
Siは脱酸元素として添加される場合がある他、Siの内部酸化によりスケール剥離性、高温強度および高温疲労強度の向上に寄与する元素である。また本発明では、500℃における固溶Siによる動的ひずみ時効および加工硬化が、高温高サイクル疲労強度上昇に有効であることを知見し、0.010%以上添加する。一方、4.000%超の添加により酸洗性が著しく劣化するため、上限を4.000%とした。更に、加工硬化特性や溶接性を考慮すると、1.000~3.500%が望ましい。更に、高温強度や耐酸化性を考慮するとSiの下限は1.500%にすることが望ましく、熱間加工性を考慮すると上限は2.500%が望ましい。
【0020】
Mnは脱酸元素として利用する他、オーステナイト組織形成およびスケール密着性を確保するために0.05%以上添加する。一方、10.00%超の添加によりMnS等の生成によって介在物清浄度が悪くなり、疲労強度と耐食性が著しく低下する他、酸洗性が悪くなるため上限を10.00%とする。更に、製造コストを考慮するとMn含有量の下限は0.10%が望ましい。更にスケール密着性、加工硬化性を考慮するとMn含有量の上限は8.00%が望ましい。更に、下限は0.50%、上限は1.50%が望ましい。
【0021】
Pは製造時の熱間加工性や凝固割れを助長する元素である。また、P化合物が生成すると疲労起点となり疲労強度が低下するため、上限を0.050%とする。一方、過度な提言は精錬コストの増加を招くため下限を0.001%とする。さらに製造コストを考慮すると、P含有量の上限は0.040%、下限は0.010%とすることが望ましい。
【0022】
Sは製造時の熱間加工を低下させるほか、耐食性を劣化させる元素である。また、粗大な硫化物(MnS)が形成されると介在物清浄度が著しく悪化するため、上限を0.0100とする。一方、過度な低減は精錬コストの増加に繋がることから、下限を0.0001%とする。更に、製造コストや耐酸化性を考慮すると、S含有量の上限は0.0050%、下限は0.0003%にすることが望ましい。更に上限は0.0020%、下限は0.0005%にすることが望ましい。
【0023】
Niはオーステナイト組織形成元素であるとともに、耐食性や耐酸化性を確保する元素である。また、2.00%未満ではオーステナイト組織の安定度が低下して疲労強度が低下する他、結晶粒の粗大化が顕著に生じてしまうため、2.00%以上添加する。一方、過度な添加はコスト上昇と硬質化を招くことから上限を25.00%とする。更に、製造性、高温強度および耐食性を考慮すると、Ni含有量の下限は5%、上限は13.00%にすることが望ましい。更に、下限は8.00%、上限は10.00%にすることが望ましい。
【0024】
Crは耐食性、耐酸化性を向上させる必須元素である。15.00%未満の添加では排気ガスによる異常酸化やスケール剥離が生じて疲労強度が著しく低下するため15%.00以上の添加が必要である。一方、過度な添加は、硬質となる他、コストアップに繋がることから上限を30.00%とする。更に製造コスト、鋼板製造性、加工性を考慮すると、Cr含有量の下限は16.00%、上限は25.00%にすることが望ましい。更に、下限は17.00%、上限は24.00%にすることが望ましい。
【0025】
NはCと同様にオーステナイト組織形成、高温強度、高温疲労強度の確保に有効な元素である。そのため下限を0.002%とする。一方、0.500%超の添加により常温材質が著しく硬質化し、鋼板製造段階の冷間加工性が悪くなる他、パイプなどの部品製造性が悪くなる。また、本発明の場合、固溶N量を確保することで動的ひずみ時効および疲労過程の加工硬化が発現して高サイクル疲労強度を向上させるため、製品板での窒化物形成を抑制するために、上限を0.500%とする。更に、精錬コスト、溶接時のピンホール抑制、溶接部の粒界腐食抑制の観点から、N含有量の下限は0.020%、上限は0.350%にすることが望ましい。更に、下限は0.040%、上限は0.230%にすることが望ましい。
【0026】
Alは、脱酸元素として添加し、介在物清浄度を良くする。このため、疲労起点の低減に寄与することから0.001%以上添加する。一方、過度の添加は熱間加工性の悪化、酸洗性の低下による表面疵の発生を起こりやすくする。特に表面疵は疲労亀裂の起点となるため、Al含有量の上限は1.000%に規定する。また、製造性やスケール密着性の観点から、下限は0.010%、上限は0.200%が望ましい。更に、上限は0.200%が望ましい。
【0027】
Cuはオーステナイト組織安定化や耐酸化性向上に有効な元素であるため、0.01%以上添加する。また、500℃でε-Cu析出により高温疲労強度が向上する。一方、過度な添加は耐酸化性の劣化や製造性の悪化に繋がる他、ε-Cuが粗大化しすぎて疲労強度が低下するため、上限を4.00%とする。更に、耐食性や製造性を考慮すると、Cu含有量の下限は0.10%、上限は2.00%にすることが望ましい。更に、下限は0.20%、上限は1.50%にすることが望ましい。
【0028】
Moは耐食性を向上させる元素であるとともに、高温強度および高温疲労強度の向上に寄与する元素である。特に本発明では、500℃における固Moのひずみ時効および加工硬化が、高温疲労強度上昇に有効であることを知見し、0.010%以上添加する。一方、Moは高価な元素であるとともに過度な添加は耐酸化性や製造性を劣化させるため、上限を3.000%とする。また、高温強度や熱疲労特性を考慮すると下限は0.500%、製造性やコストを考慮すると上限は1.500%が望ましい。更に、耐食性と熱間加工性を考慮すると0.600~1.200%が望ましい。
【0029】
Vは耐食性を向上させる元素であるとともに、V炭化物を形成し高温強度を向上させることで高疲労強度が得られる0.010%以上添加する。一方、過度な添加は合金コストの増加や異常酸化限界温度の低下を招くことから、上限を1.000%とする。更に、製造性や介在物清浄度を考慮するとV含有量の下限は0.050%、上限は0.800%にすることが望ましい。更に下限は0.090%、上限は0.500%にすることが好ましい。
【0030】
以上が、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板の主要元素である。残部は、Feおよび不可避的不純物からなるが、残部Feの一部の代替として以下の元素の1種または2種以上を含有することができる。
【0031】
Nbは、C、Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させる他、高温強度や疲労強度を向上させる元素である。C、N固定作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%とした。また、0.300%超の添加は、鋼板製造段階での熱間加工性が著しく劣化することから、上限を0.300%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Nb含有量の下限は0.010%、上限は0.150%未満にすることが望ましい。加えて、Nbは再結晶を鈍化させる元素である。十分な高温疲労強度を得るとともに結晶粒径の調整を短時間で完了させる必要があるため、Nb含有量の上限は0.050%未満にすることが望ましい。
【0032】
Tiは、Nbと同様にC、Nと結合して耐食性、耐粒界腐食性を向上させるために添加する元素である。C、N固定作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%とした。また、0.300%超の添加は鋳造段階でのノズル詰まりが生じ易くなり、製造性を著しく劣化させることから、上限を0.300%とする。更に、高温強度、溶接部の粒界腐食性および合金コストを考慮すると、Ti含有量の下限は0.010%、上限は0.100%にすることが望ましい。
【0033】
Bは、鋼板製造段階での熱間加工性を向上させる元素であるとともに、常温での加工硬化を抑制する効果があるため、0.0002%以上とする。但し、過度な添加はホウ炭化物の形成により清浄度の低下、粒界腐食性の劣化をもたらすため、上限を0.0050%とした。更に、精錬コストや延性低下を考慮すると、B含有量の下限は0.0016%、上限は0.0020%にすることが望ましい。
【0034】
Caは、脱硫のために必要に応じて添加される他、介在物の清浄度を向上させて疲労強度が向上する。この作用は0.0005%未満では発現しないため、下限を0.0005%とする。また、0.0100%超添加すると水溶性の介在物CaSが生成して清浄度の低下および耐食性の著しい低下を招くため、上限を0.0100%とする。更に、製造性、表面品質の観点から、Ca含有量の下限は0.0040%、上限は0.0030%にすることが望ましい。
【0035】
Wは、耐食性と高温強度の向上に寄与する他、Moと同様に疲労強度向上に寄与するため、必要に応じて0.05%以上添加する。3.00%超の添加により硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため、上限を3.00%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、W含有量の下限は0.10%、上限は2.00%にすることが望ましい。
【0036】
Zrは、CやNと結合して溶接部の粒界腐食性や耐酸化性を向上させるため、必要に応じて0.05%以上添加する。但し、0.30%超の添加によりコスト増になる他、製造性を著しく劣化させるため、上限を0.30%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Zr含有量の下限は0.05%、上限は0.10%にすることが望ましい。
【0037】
Snは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.01%以上添加する。0.03%以上で効果が顕著になり、更に0.05%以上でより顕著となる。0.50%超の添加により鋼板製造時のスラブ割れが生じる場合があるため上限を0.50%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、上限は0.30%にすることが望ましい。
【0038】
Coは、高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.03%以上添加する。0.30%超の添加により、硬質化、鋼板製造時の靭性劣化やコスト増につながるため、上限を0.30%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、Co含有量の下限は0.03%、上限は0.10%にすることが望ましい。
【0039】
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を酸化物の微細化分散化により介在物清浄度の向上や組織微細化に寄与する元素である。これは、0.0002%以上から発現するため、下限を0.0002%とした。但し、過度な添加は、溶接性や耐食性の劣化、粗大介在物による部品加工性の低下につながるため、上限を0.0100%とした。精錬コストを考慮すると、Mg含有量の下限は0.0003%、上限は0.0050%にすることが望ましい。
【0040】
Sbは、粒界に偏析して高温強度を上げる作用をなす元素である。添加効果を得るため、0.005%以上とする。但し、0.500%を超えると、Sb偏析が生じて、溶接時に割れが生じるので、上限を0.500%とする。高温特性と製造コスト及び靭性を考慮すると、Sb含有量の下限は0.030%、上限は0.300%にすることが望ましい。更に望ましくはSb含有量の下限は0.050%、上限は0.200%にすることが望ましい。
【0041】
REM(希土類元素)は、耐酸化性の向上に有効な元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。また、0.200%を超えて添加してもその効果は飽和し、REMの硫化物による耐食性低下を生じるため、0.001~0.200%の範囲で添加する。製造コストを考慮すると、下限を0.002%とし、上限を0.100%とすることが望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従う。スカンジウム (Sc)、イットリウム (Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu) までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加しても良いし、混合物であっても良い。
【0042】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.3000%以下で添加しても良いが、0.3000%超の添加により粗大硫化物が生成しr値が劣化する。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とする。更に、製造性やコストの観点から0.0020%以上が更に好ましい。
【0043】
Ta、Hfは高温強度向上のために各0.001~1.000%添加しても良い。0.001%以上で効果があり、0.010%以上でさらに高強度が得られる。また、Biを必要に応じて0.001~0.020%含有してもかまわない。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが望ましい。
【0044】
[1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200]
本発明では、500℃の疲労強度向上のために、各元素の添加量を制御するだけで無く、疲労強度向上に有効な元素の固溶量を制御することが重要であることを知見した。C、Si、MoおよびNは、炭化物、窒化物、SiおよびMo化合物を形成すると固溶量が減少する。これらの化合物は形態によっては疲労破壊の起点になる場合がある。加えて、本発明では、上記固溶元素が高温での繰り返し負荷中に、動的ひずみ時効ならびに加工硬化を促進し、疲労強度向上に有効であること見出し、1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200と規定する。ここで括弧内は各元素の固溶量(質量%)である。固溶Cや固溶Nは高強度化に有効であることは知られている。固溶Cや固溶Nは、高温で繰り返し負荷を与えた場合、疲労亀裂の発生を抑制するとともに、繰り返し負荷によって導入された転位周辺に、侵入型元素である固溶Cや固溶Nが集まり、時効強化を発現する。また、亀裂前方の転位に集まったCやNは加工硬化を発現することから、亀裂進展が抑制される。
【0045】
また、固溶Cや固溶Nを確保する方法としては、後述する様に炭化物や窒化物の析出を抑制することが重要となる。また、固溶Siについても500℃における繰り返し硬化を促進して亀裂前方の転位の移動を抑制するため、亀裂進展が遅れて高疲労強化につながる。同様にMoも、500℃における繰り返し加工硬化を促進して亀裂前方の転位の移動を抑制するため、亀裂進展が遅れて高疲労強化につながる。500℃の疲労強度に及ぼす固溶C、固溶N、固溶Siおよび固溶Moのそれぞれの作用効果は異なる可能性があるが、これは、高温強度向上以外に高温下での繰り返し負荷に伴う動的ひずみ時効ならびに加工硬化促進が要因として考えられる。
【0046】
図1に、19.00%Cr-13.00%Ni-0.80%Mn-0.020%P-0.0005%S-0.030%Al-0.10%Cu-0.200%V添加鋼鋼(板厚2mm)に対して、鋼成分と製造方法を調整することによって、固溶C、固溶N、固溶Siおよび固溶Moを変化させた場合の500℃の疲労特性と[1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)]の値とのを示す。ここで、高温平面曲げ疲労試験は、板厚2mmのJIS1号試験片を用いて行った。温度500℃、繰り返し速度1700cpm、完全両振り、試験停止回数1×10サイクルの条件とした。疲労限界値は1×10サイクルに到達しても破断しなかった最大の振幅応力と、破断した最小の振幅応力の平均値とした。また、自動車排気系部品に作用する負荷応力として、500℃で最大で200MPaが作用することから、疲労限界値を200MPaとして合否判定した。
【0047】
また、本発明においては、固溶元素量の測定は抽出残渣分析を用いて行った。40mm×50mmサイズの板状サンプルを#600で研磨した後に定電流電解して1gの抽出残渣を得て、この抽出残渣を定量分析することにより求めることができる。抽出残渣分析は、テトラメチルアンモニウムクロライド溶液および0.2μm径のフィルターを用いて行なった。続いて、抽出された鋼中の析出物をICPで分析して、C、N、Si、Mo元素の析出量を測定し、添加量との差分を求めて固溶量とした。図1は疲労限界値に対して固溶元素で回帰分析した結果であるが、1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)≧200の場合に500℃の疲労限界値が200MPa以上となり、極めて優れた疲労特性を有することが分かる。
【0048】
[製造方法]
次に製造方法について説明する。本発明の鋼板の製造方法は、製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗、あるいは製鋼-熱間圧延-焼鈍・酸洗-冷間圧延-焼鈍・酸洗よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、電気炉溶製あるいは転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造など)に従って鋼スラブとする。鋼スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。熱間圧延後の鋼板は、一般的には熱延板焼鈍と酸洗処理が施されるが、熱延板焼鈍を省略しても構わない。
【0049】
熱間圧延焼鈍板は所定の板厚に冷間圧延された後、焼鈍・酸洗が施される。本発明では所定の固溶量を確保するために、冷間圧延された後の焼鈍において加熱温度、保持時間、500℃までの冷却速度を規定する。具体的には冷延板の焼鈍温度は1150~1250℃とする。本発明では500℃での疲労強度を確保するために固溶量が重要となる。1150℃以下で焼鈍すると炭化物((Fe,Cr)23)や窒化物(CrN、CrN)、CrNiSi(C,N)、σ相、G相、Laves相(FeMo)等が析出し、各種元素の固溶量が十分に確保出来ないとともにこれらの化合物が疲労起点になって疲労強度を低下させるため、下限を1150℃とした。一方、1250℃超に加熱すると結晶粒が過度に粗大化し、加工時にオレンジピール等の不具合が生じることから、上限を1250℃とした。また、延性や穴拡げ性を考慮すると下限は1180℃が良く、酸洗性を考慮すると上限は1230℃が望ましい。
【0050】
保持時間については、1~120secとする。保持時間が1sec未満の場合、再結晶および粒成長が不十分となり延性が低下することによって疲労強度が低下するため下限を1secとした。一方、120sec超保持した場合、結晶粒が過度に粗大化し、加工時にオレンジピール等の不具合が生じ疲労破壊の起点になることから、上限を120secとした。また、延性や穴拡げ性を考慮すると下限は5secが良く、酸洗性を考慮すると上限は30secが望ましい。
【0051】
加熱・保持後の冷却については、冷却過程の炭化物((Fe,Cr)23)や窒化物(CrN、CrN)、CrNiSi(C,N)、σ相、G相、Laves相(FeMo)等の析出による固溶量の減少を抑制するために、1150℃から500℃までの冷却速度を30℃/sec以上に規定する。一方、過度な高速冷却は板形状の不良を招くことから、100℃/sec以下が望ましい。また、生産性の観点から50℃/sec以上が望ましい。尚、冷却方法については、水やAr、Heガス等を用い用いることができ、所定の冷却速度になるように適宜選択することができる。
【0052】
なお、製造工程における他の条件は適宜選択することができる。例えば、スラブ厚さ、熱間圧延板厚などは適宜設計することができる。冷間圧延においては、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択することができる。冷間圧延の途中に中間焼鈍を入れても構わず、バッチ式焼鈍でも連続式焼鈍でも良い。また、酸洗工程は、硝酸、硝酸電解酸洗の他、硫酸や塩酸を用いた処理を行っても良い。冷延板の焼鈍・酸洗後にテンションレベラー等により形状および材質調整を行っても良い。加えて、プレス成形を向上させる目的で、潤滑皮膜を製品板に付与することも可能である。更に、本発明で規定する固溶量が確保できるのであれば冷延、冷延板焼鈍を省略し、熱延あるいは熱延板焼鈍後の製品に適用することも可能である。
【0053】
上述の方法で製造されたオーステナイト系ステンレス鋼板を、自動車、二輪車に限らず、各種ボイラー、燃料電池システム、プラント等の500℃近傍に曝されながら振動を受ける排気・吸気部品に適用可能である。本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板は、特に排気部品として、産業上極めて有益である。
【実施例
【0054】
表1に示す成分組成の鋼を溶製した後、熱延、熱延板焼鈍・酸洗、冷延、最終焼鈍・酸洗を施して2.0mm厚の鋼板を得た。ここで、冷延板の焼鈍条件は、再結晶組織が得られる様に、加熱温度1180℃、保持時間10sec、1150℃から500℃までの冷却速度50℃/secとした。高温平面曲げ疲労試験および固溶量の測定は上述した方法で行った。これより、1140(C)+48(Si)+58(Mo)+711(N)の値、500℃における疲労限界値を得た。本発明鋼は全ての場合において、500℃における疲労限界値が200MPa以上であり、500℃という高温環境下で振動による負荷を受ける部品素材としての満足するものであった。
【0055】
【表1】
【0056】
表2に、冷延板焼鈍条件を変更して製造した場合の結果を示す。これより、本発明の方法で製造された例は全ての場合において、500℃における疲労限界値が200MPa以上であり、500℃という高温環境下で振動による負荷を受ける部品素材としての満足するものであった。
【0057】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、特に自動車のエキゾーストマニホールド、ターボ、エキゾーストパイプ、コンバーター、フレキシブルチューブ、排熱回収機、DPF(Diezel Particulate Filter)、GPF(Gasoline Particulate Filter)、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)、ガスケット、マフラー部品等の一部に適用されるものである。また、それらの部品の中でも特に500℃程度に加熱され、かつ振動による負荷を繰り返し受ける部品に使用することにより、従来のオーステナイト系ステンレス鋼よりも薄肉化できるため軽量化が図られるほか排ガス規制、燃費向上につなげることが可能である。エキゾーストマニホールドならば、ターボ搭載による高振動対策としてベローズ加工を施すようなターボエキゾーストパイプや板プレス品、パイプ品、二重管品のいずれでもかまわない。更に、自動車、二輪車に限らず、各種ボイラー、燃料電池システム、プラント等の500℃近傍に曝されながら振動を受ける排気・吸気部品に適用可能であり、本発明は産業上極めて有益である。
図1