(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-28
(45)【発行日】2023-05-11
(54)【発明の名称】長距離輸送後の牛の枝肉成績向上方法
(51)【国際特許分類】
A23K 20/174 20160101AFI20230501BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20230501BHJP
【FI】
A23K20/174
A23K50/10
(21)【出願番号】P 2021146243
(22)【出願日】2021-09-08
【審査請求日】2021-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】平野 和夫
【審査官】小笠原 かれん
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第06022566(US,A)
【文献】HAJILOU, M. et al.,The effects of dietary L-carnitine and rumen protected choline on growth performance, carcass characteristics and blood and rumen metabolites of Holstein Young bulls,Journal of Applied Animal Research,2014年,Vol. 42, No. 1,pp. 89-96
【文献】武本智嗣ほか,第一胃内保護コリン補給が絶食および絶水を伴う長距離輸送した黒毛和種去勢育成牛における増体量に及ぼす影響,日本畜産學會報,2019年02月,Vol. 90, No. 1,pp. 23-29
【文献】ALFARO, G.F. et al.,Preconditioning beef cattle for long-duration transportation stress with rumen-protected methionine supplementation: A nutrigenetics study,PLOS ONE,2020年07月02日,pp. 1-26
【文献】PACHECO, L.A. et al.,Effects of prepartum ruminally protected choline supplementation on performance of beef cows and calves,Kansas Agricultural Experiment Station Research Reports,2011年,Vol. 0, No. 1,pp. 62-64
【文献】KAWAS, J.R. et al.,Effects of Rumen-Protected Choline on Growth Performance, Carcass Characteristics and Blood Lipid Metabolites of Feedlot Lambs,Animals,2020年09月04日,Vol. 10,No. 1580, pp.1-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00 - 50/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長距離輸送された4か月齢~10か月齢の育成期の肉牛に、バイパス加工したコリンを輸送前1日から輸送後5日までの期間を含む30日以内の期間給与することを含む、該肉牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法であって、前記長距離輸送が、絶食かつ絶水条件下で行われる8時間超~60時間の輸送であり、バイパス加工したコリンの給与量が、コリン換算で1日当り10g~200gである、方法。
【請求項2】
枝肉の成績の向上が、背脂肪の厚さの低下、又は枝肉の歩留基準値の向上である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
バイパス加工したコリンの給与量が、コリン換算で1日当り25g~200gである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
バイパス加工したコリンを、輸送前1日から輸送後7日までの期間を含む30日以内の期間給与する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記育成期の肉牛が7か月齢~10か月齢である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長距離輸送後の牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、素牛の商業的な輸送が常態化し、輸送に伴うストレスの増大が素牛の体重を減耗させることが経験的に知られている。輸送条件も多様であり、本州-九州もしくは北海道間を輸送する長距離型、各地域の農家、公共牧場および家畜市場の間を輸送する短距離型等がある。輸送は絶食および絶水で行われることが多い。絶食および絶水を伴う輸送により体重の低下や生理学的変化が生じるが、部分的に輸送距離により生じる変化が異なる。例えば、(1)輸送は甲状腺と副腎機能の活性化を引き起こし、この活性化は短距離輸送よりも長距離輸送のほうが大きい、(2)短距離輸送のほうが長距離輸送よりもストレスと関連しているホルモンであるコルチゾールの血液中濃度が増加する、などがある。
【0003】
一方、反すう動物のルーメン(第一胃)で分解されないように、ルーメンをバイパスする加工(バイパス加工)を施した飼料添加物が種々利用されており(例えば、特許文献1)、コリンをバイパス加工したもの(以下、バイパスコリンということがある)も牛の飼料添加物として公知である。乳牛に対しては、従来より、脂肪肝を防止し乳生産を向上する等の目的で移行期(分娩前後の数週間)の乳牛にバイパスコリン補給が行われている(非特許文献1)。肉牛に対するバイパスコリンの効果としては、若雄牛に対する5 g/日の90日間のバイパスコリン補給が背脂肪の厚さを薄くしたとの報告や(非特許文献2)、去勢肥育牛に乾物ベースで0、0.25、0.5、1.0%バイパスコリンを100日間以上給与することで枝肉歩留がコリン補給量の増加に伴い線形に増加したとの報告がある(非特許文献3)。また、輸送ストレスに対するバイパスコリンの効果として、長距離輸送による増体抑制及び血清中メチオニン濃度低下という悪影響を低減させる可能性があるとの報告もなされている(非特許文献4)。しかしながら、育成牛におけるバイパスコリン補給や、30日以下、例えば1~2週間程度の短期間のバイパスコリン補給が枝肉成績に与える影響は全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Jayaprakash et al., Vet World. 2016 Aug; 9(8): 837-841.
【文献】Hajilou et al., Journal of Applied Animal Research, 2014, Vol. 42, No. 1, pp. 89-96
【文献】Bryant et al., Journal of Animal Science, 1999, Vol. 77, Issue 11, pp. 2893-2903
【文献】武本及び松井、日本畜産学会報, 2019, 90(1), pp.23-29
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
長距離輸送後の牛は、長距離輸送していない牛と比較して枝肉成績が劣るという問題が見出された。本願発明の目的は、長距離輸送後の牛の枝肉成績を向上させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、長距離輸送後の肉牛にバイパス加工したコリンを給与することにより、該肉牛から得られる枝肉の成績を向上させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、長距離輸送された肉牛にバイパス加工したコリンを給与することにより、該肉牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法であり、以下の態様を包含する。
(1) 長距離輸送された4か月齢~10か月齢の育成期の肉牛に、バイパス加工したコリンを輸送前1日から輸送後5日までの期間を含む30日以内の期間給与することを含む、該肉牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法であって、前記長距離輸送が、絶食かつ絶水条件下で行われる8時間超~60時間の輸送であり、バイパス加工したコリンの給与量が、コリン換算で1日当り10g~200gである、方法。
(2) 枝肉の成績の向上が、背脂肪の厚さの低下、又は枝肉の歩留基準値の向上である、(1)記載の方法。
(3) バイパス加工したコリンの給与量が、コリン換算で1日当り25g~200gである、(1)m又は(2)記載の方法。
(4) バイパス加工したコリンを、輸送前1日から輸送後7日までの期間を含む30日以内の期間給与する、(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 前記育成期の肉牛が7か月齢~10か月齢である、(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、長距離輸送後の肉牛を肥育して得られる枝肉の成績を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、長距離輸送とは、輸送時間が8時間を超える輸送を意味する。陸路を車両で輸送する場合、概ね500km程度以上の輸送であり、例えば、九州又は北海道と関東圏との間の輸送が長距離輸送に該当する。長距離輸送の上限は特に限定されないが、一般には60時間程度以内である。8時間以内の輸送は「短距離輸送」という。
【0011】
本発明の方法が適用される牛は食肉用の牛(肉牛)である。「肉牛」という語には、黒毛和種のような食肉用の品種の牛の他、ホルスタイン種やジャージー種のような乳牛品種の牛で食肉用とされるものも包含される。後者の例として、乳牛品種の雄牛や、雌の乳牛の廃用牛で食肉用とされるものが挙げられる。本発明の方法が適用される牛の性別は制限されず、雄でも雌でもよい。月齢も特に限定されず、例えば育成期の牛(育成牛)であってよい。本発明の実施の一態様として、例えば、繁殖農場から肥育農場への育成牛の長距離輸送に対して本発明の方法を適用する場合、対象とする肉牛の月齢は一般に7か月齢~10か月齢程度であるが、これよりも若齢又は高齢の肉牛の長距離輸送に対して本発明の方法を適用してよい。なお、一般に4か月齢~10か月齢までの肉牛を「育成牛(育成期)」、11か月齢から出荷される約30か月齢までの肉牛を「肥育牛(肥育期)」と呼ぶ。
【0012】
本発明では、バイパス加工したコリン(バイパスコリン)が給与される。ルーメンをバイパスするバイパス加工自体は、この分野において周知である。例えば、バイパス加工は、硬化油などのバイパス加工に使用される原料を加工する原料に対してスプレーコーティングやパンコーティングをすることにより行うことができる。バイパスコリンは市販されているので、市販品を用いて本発明を実施することもできる。
【0013】
本発明の方法におけるバイパスコリンの給与量は特に限定されないが、通常、コリン換算で1日当たり10g~200g程度であり、例えば、15g~200g、20g~200g、25g~200g、30g~200g、35g~200g、15g~180g、20g~180g、25g~180g、30g~180g、35g~180g、15g~150g、20g~150g、25g~150g、30g~150g、35g~150g、10g~40g、50g~100g、100g~150g、又は150g~200gであってよい。
【0014】
本発明の方法において、バイパスコリンを給与する期間は、30日間程度以内の短期間でよい。具体的には、輸送前1日から輸送後5日までの期間、例えば輸送後7日までの期間を含む30日以内の期間でよい。給与開始時期は、例えば輸送前2日、又は輸送前3日であってもよい。給与期間は例えば25日以内、20日以内、14日以内、12日以内、10日以内、8日以内、又は7日以内としてもよい。バイパスコリンは、比較的多めの給与量とすることで、短期間の給与で枝肉成績を向上する効果を得ることができる。
【0015】
本発明の方法において、枝肉成績の向上とは、背脂肪の厚さの低下、又は枝肉の歩留基準値の向上である。
【0016】
バイパスコリンは、飼料又は飲料水に添加して給与することができる。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0018】
[試験方法]
平均月齢約9ヶ月の黒毛和種去勢育成牛10頭(各区5頭)を試験に供した。各区とも、絶食、絶水条件下で、約1.5日間(約1,500km)の長距離輸送(陸路を車両で)を行った。輸送前日の15:00に給餌し、輸送終了日の16:00まで絶食であった。対照区は、長距離輸送の前後とも、それぞれの農場の給与体系通りに飼育した。コリン区は、対照区の飼養管理に加えて長距離輸送の前1日より計8日間、バイパスコリンを原物100g/頭/日(コリン換算で50g/頭/日)で給与した。輸送前はバイパスコリンを水と共に経口摂取させ、輸送後は配合飼料にトップドレスで給与した。
【0019】
[調査項目]
体重:
導入時体重、出荷時体重を測定した。その間の1日平均増体量(ADG)を計算した。
枝肉成績:
長距離輸送から約23か月後(約30か月齢時)に屠殺し、社団法人日本食肉格付協会の評価基準に従い枝肉成績を評価した。
【0020】
[統計解析]
全てのデータは、JMP Ver. 15.0.0を使用し、モデルあてはめによりStudent t-testを行なった。p<0.05を有意差ありとした。
【0021】
[結果]
体重:
コリン区の肥育期間中のADGは、対照区のADGと同等であった(データ省略)。過去の検討の結果、輸送した育成牛におけるバイパスコリン補給は輸送後30日間のADGを改善したが、肥育期間中ADGはその増加を維持しなかった。したがって、体重における長距離輸送の悪影響に対するバイパスコリン補給は長期間持続せず、一時的である可能性がある。
【0022】
枝肉成績:
評価結果を表1に示す。バイパスコリンを給与することにより、枝肉重量は同等であったが、コリン区の背脂肪の厚さは対照区の背脂肪の厚さに比べ有意に薄く、結果として歩留基準値は有意に高かった。
【0023】
Hajilouら(非特許文献1)は、若雄牛に対する5 g/日の90日間のバイパスコリン補給が背脂肪の厚さを薄くしたことを報告している。また、Bryantら(非特許文献2)は、去勢肥育牛に乾物ベースで0、0.25、0.5、1.0%バイパスコリンを100日間以上給与することで枝肉歩留がコリン補給量の増加に伴い線形に増加したことを報告している。しかしながら、育成牛におけるバイパスコリン補給や、1~2週間程度のごく短期間のバイパスコリン補給が枝肉成績に与える影響についてはこれまでに報告がない。本試験の結果は、輸送前後の短期間のバイパスコリン補給により、背脂肪の厚さを薄くし、歩留を改善させる効果が得られることを示唆している。
【0024】