(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-28
(45)【発行日】2023-05-11
(54)【発明の名称】窒化物半導体エピ基板
(51)【国際特許分類】
H01L 21/338 20060101AFI20230501BHJP
H01L 29/778 20060101ALI20230501BHJP
H01L 29/812 20060101ALI20230501BHJP
H01L 21/205 20060101ALI20230501BHJP
【FI】
H01L29/80 H
H01L21/205
(21)【出願番号】P 2018138174
(22)【出願日】2018-07-24
【審査請求日】2021-06-07
【審判番号】
【審判請求日】2022-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2017171226
(32)【優先日】2017-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【氏名又は名称】木下 茂
(72)【発明者】
【氏名】大石 浩司
(72)【発明者】
【氏名】大森 典子
(72)【発明者】
【氏名】阿部 芳久
【合議体】
【審判長】瀧内 健夫
【審判官】河本 充雄
【審判官】棚田 一也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/022453(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0357454(US,A1)
【文献】特開2014-072431(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L29/778
H01L29/812
H01L21/338
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャネル層、スペーサー層、及び電子供給層がこの順に積層され
た窒化物半導体エピ基板において、
前記チャネル層がGaN、前記スペーサー層がAl
aGa
1-aN(0<a<0.5)、前記電子供給層がAl
xIn
yGa
1-x-yN(0<x+y≦1
かつxが0.1~0.3)であり、
かつ、前記スペーサー層の層厚は2分子層以
下の層構造を備え
、前記aは前記xより大きいことを特徴とする窒化物半導体エピ基板。
【請求項2】
請求項1に記載の窒化物半導体エピ基板を用いた窒化物半導体HEMT。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波化、高出力化が可能なパワーデバイス用途の窒化物半導体エピ基板における、同デバイス特性を向上するための基板構造に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化物半導体、特に窒化ガリウム系化合物半導体基板を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT)では、電子走行層と電子供給層との間に、いわゆるスペーサー層を介在させることで電気特性を向上させる技術が知られている。
【0003】
特許文献1には、ヘテロ構造を有する窒化物系III-V族化合物半導体装置において、チャネル層を構成する第1の二元化合物半導体層と、バリア層を構成し、AlおよびGaの組成比が一定であるAlGaNからなる三元混晶半導体層と、前記第1の二元化合物半導体層と前記三元混晶半導体層との間に介在される第2の二元化合物半導体層とを含み、前記第1の二元化合物半導体層は、GaNであり、前記第2の二元化合物半導体層は、層厚が1分子層以上4分子層以下のAlNである、という技術の開示がある。
【0004】
特許文献2には、各々Gaを必須とするIII族元素の窒化物からなる電子供給層と、スペーサー層と、チャネル層とがこの順序にて格子整合形態で接合された構造を有し、前記スペーサー層がAlGaN層からなるとともに、当該スペーサー層の前記チャネル層と接する領域のAlN混晶比を、残余の領域よりも高くした化合物半導体素子の開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-200711号公報
【文献】特開2003-229439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の発明では、スペーサー層、すなわち、前述の第2の二元化合物半導体層にAlNを用いた場合、AlNが6.2eVという極めて大きなバンドギャップを有するので、その層厚が厚くなり過ぎるとバリア層からチャネル層への電流注入が阻害されヘテロ構造として機能しなくなることを考慮して、膜厚を1分子層以上4分子層以下とすることで、接合界面の急峻性を維持しつつ、トンネル効果によって充分なキャリア輸送を行えるようにしている。
【0007】
特許文献2の発明では、AlGaNスペーサー層全体ではなく、2DEG層に対するピエゾ電界効果が最も顕著に期待できる、チャネル層との境界領域のAlN混晶比を、残余の領域に対し選択的に高くすることで、この問題の解決を図っている。すなわち、スペーサー層の全体ではなく、境界領域についてのみAlN混晶比を高めること、具体的には、スペーサー層の厚さを格子緩和が生じない程度に留めつつ、AlN混晶比を高めることにより、チャネル層に対するピエゾ電界印加効果を大幅に増加させている。また、境界領域のAlN混晶比を高くすることで、スペーサー層側の伝導帯底エネルギーレベルEcが上昇し、伝導帯不連続値をより大きくすることができ、自発分極効果も高められる。これらのことにより、スペーサー層を一様な組成で構成する構造と比較して、チャネル層側に三角ポテンシャルをより深くかつ狭く形成することができ、2DEG層中の電子濃度の増大ひいては素子の高出力化を図っている。
【0008】
このように、上記いずれの発明も、HEMT構造において有用な技術といえるが、特に、スペーサー層をより薄くすることに関しては、十分に検討が尽くされてきたとは言い難く、さらなる改良の余地があると考えられる。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑み、薄いスペーサー層を有する構造でありながら、さらに高性能な窒化物半導体装置に適した窒化物半導体エピ基板の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の窒化物半導体エピ基板は、チャネル層、スペーサー層、電子供給層がこの順に積層され、前記チャネル層がGaN、前記スペーサー層がAlaGa1-aN(0<a<0.5)、前記電子供給層がAlxInyGa1-x-yN(0<x+y≦1)、前記スペーサー層の層厚は2分子層以下、の層構造を備えることを特徴とする。
【0011】
かかる構成を有することで、従来は、スペーサー層が存在することにより電流コラプス抑制効果が十分得られなかったという問題点があったが、これが有意に改善された窒化物半導体エピ基板とすることができる。
【0012】
また、このような窒化物半導体エピ基板を用いた窒化物半導体HEMTは、より優れた電気特性を有するものとなり、好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スペーサー層が存在するために電流コラプス抑制効果が十分得られなかったという問題点が有意に改善された窒化物半導体エピ基板を提供することができ、これを用いた窒化物半導体HEMTは、優れた電気特性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の窒化物半導体エピ基板の一態様を示す断面概略図。
【
図2】比較例1および実施例1に係る、電子供給層4/スペーサー層S/チャネル層3付近をSTEM観察した断面図とSTEM-EDS分析して得た元素比の結果を表す図。
【
図3】実施例1に係る、電子供給層4/スペーサー層S/チャネル層3付近を、
図2より低倍率で断面STEM観察した場合における明視野STEM像(左)、HAADF-STEM像(右)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を図面も参照して詳細に説明する。本発明の窒化物半導体エピ基板は、チャネル層3、スペーサー層S、電子供給層4がこの順に積層され、前記チャネル層3がGaN、前記スペーサー層がAlaGa1-aN(0<a<0.5)、前記電子供給層4がAlxInyGa1-x-yN(0<x+y≦1)、前記スペーサー層Sの層厚は2分子層以下、の層構造を備える。
【0016】
図1は、本発明の窒化物半導体エピ基板の一態様を示す断面概略図である。なお、本発明で示す図はすべて、説明のために形状を模式的に簡素化かつ強調したものであり、細部の形状、寸法、および比率は実際と異なる。
【0017】
図1に示す窒化物半導体基板Zは、下地基板1上に、バッファ層2、チャネル層3、スペーサー層S、電子供給層4が順次形成されたものである。なお、図示しないが、さらに電極、必要に応じてキャップ層を付与することで、HEMTとすることができる。
【0018】
本発明は、ヘテロ界面を有し、その界面近傍に発生する二次元電子ガス(2DEG)を電流経路として用いるHEMTにおいて、特に好適な特性を発揮するものである。従って、下地基板1とバッファ層2は、その素材や、物性、構造、製造方法に格別の制限はなく、広く公知の手法が適用できる。
【0019】
下地基板1としては、シリコン単結晶、炭化ケイ素、サファイア、及び窒化ガリウム(GaN)等が挙げられる。ところで、これらの材料において、絶縁性がより高い炭化ケイ素、サファイア等と比べて、シリコン単結晶は、縦方向の耐圧の点で不利になりがちであるが、大口径化が容易で低コスト化できる点では好適といえるので、本発明では、シリコン単結晶を用いた窒化物半導体基板を例示する。
【0020】
バッファ層2としては、例えば、特許第5159858号公報または特許第5188545号公報に開示のあるバッファ層構造が適用できる。具体的には、第一層が厚さ50~200nmのAlN、第二層が厚さ100~300nmのAlGaNで構成される層や、AlxGa1-xN単結晶層(0.6≦x≦1.0)及びAlyGa1-yN単結晶層(0≦y≦0.5)が基板側からこの順に交互に繰り返し積層され、該AlxGa1-xN単結晶層(0.6≦x≦1.0)には、炭素が1×1018~1×1021atoms/cm3含まれ、該AlyGa1-yN単結晶層(0≦y≦0.5)には、炭素が1×1017~1×1021atoms/cm3含まれる多層バッファ層が適用できる。さらには、チャネル層3に接するように、高抵抗のバッファ層、一例として、炭素濃度1×1018~3×1018atoms/cm3、厚さ100~200nm程度のGaN層があると、このGaN層による縦方向の耐圧向上効果が発揮され、特に好ましい。
【0021】
本発明において、チャネル層3は第1の13族元素の窒化物半導体からなり、電子供給層4は第1の13族元素及び第2の13族元素の窒化物半導体からなる。13族元素は、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)及びインジウム(In)等である。本発明において、第1の13族元素は、Ga、Al及びInのいずれか一つの元素であり、第2の13族元素は、Ga、Al及びInのいずれか一つの元素であって、第1の13族元素以外の元素である。第1の13族元素がGa、第2の13族元素がAlである組み合わせが、基板設計の自由度の高さの点で好適である。
【0022】
チャネル層3及び電子供給層4は、その層厚について格別の制限はなく、概ねチャネル層3については0.3~3.0μm、電子供給層4については10~100nmである。また、電子供給層4には、各種の元素がドープされていてもよい。各種の元素として、例えば、炭素、リン、マグネシウム、ケイ素、鉄、酸素、及び水素等が挙げられる。
【0023】
そして本発明では、チャネル層3と電子供給層4との間に、スペーサー層Sを有している。このスペーサー層Sも、基本的には、従来技術におけるスペーサー層と同じ機能を得るためのものであり、HEMTにおける二次元電子ガス濃度の増大による高出力化と電子移動度の向上との両立を目的としている。
【0024】
本発明では、スペーサー層SがAlaGa1-aN(0<a<0.5)、電子供給層4がAlxInyGa1-x-yN(0<x+y≦1)、スペーサー層Sの層厚は2分子層以下、特にスペーサー層Sの層厚は2分子層以下、という形態に特徴がある。
【0025】
このような形態は、窒化物半導体基板Zの断面を走査透過電子顕微鏡(STEM)により観察し、エネルギー分散型X線分光法(EDS)で元素分析することで特定される。
図2に、比較例1及び実施例1に係る、電子供給層4/スペーサー層S/チャネル層3付近をSTEM観察した断面図、電子供給層4/スペーサー層S/チャネル層3付近をSTEM-EDS分析して得た結果を示す。なお、EDSはSTEM装置に付属するEDS測定装置により測定される。
【0026】
なお、EDSで得られた値は、その測定原理上、数値はあくまで参考値であるが、異なる元素同士の存在比率は正確に反映されており、本発明においても、対象とする元素のAlがどのような分布をしているかを、概ね正確に知ることができる。
【0027】
スペーサー層Sは、AlaGa1-aN(0<a<0.5)の組成を有する。スペーサー層として機能させること、すなわち、移動度を向上させるには、Alがある程度存在している必要がある。本発明のように、チャネル層3がGaNであれば、Al組成aは0.1程度から移動度向上効果が発現され、aが大きいほどその効果は高くなる。
【0028】
ところで、スペーサー層Sは、GaNからなるチャネル層3に直接接しているため、aに比例して大きくなるGaNとの格子定数の差により、その界面に発生する歪に起因して転位密度が増加する。この増加した転位密度が、電流コラプス悪化の一因と考えられる。
【0029】
また、有機金属気相成長法(MOCVD法)で層形成する場合、AlaGa1-aN(0<a<0.5)の組成を有するスペーサー層Sは、GaNに比べて炭素をより多く含み、電流コラプスを悪化させているといえる。
【0030】
さらに、AlaGa1-aN(0<a<0.5)の組成を有するスペーサー層Sの厚さが薄い方が、チャネル層3のGaNとより格子整合するため、欠陥が入りにくく、電流コラプスの抑制に効果がある。しかし、同じ厚さであれば、aが大きいと、GaNとの格子定数差が拡大するので、GaNからなるチャネル層3中に発生する欠陥量は多くなる。
【0031】
以上まとめると、スペーサー層SがAlaGa1-aN(0<a<0.5)からなる場合、電流コラプス抑制効果の観点からは、厚さは薄いほど、aは小さいほど好ましいが、aは所定の値以上でないと、移動度向上が図れない、といえる。
【0032】
上記の観点に基づいて、以下、従来技術との相違について、詳しく説明する。
【0033】
特許文献1では、層厚が1分子層以上4分子層以下のAlNであるスペーサー層を例示している。すなわち、AlNであることによる欠点である、バリア層からチャネル層への電流注入阻害を、層厚を薄くすることで対応しようとするものである。しかし、AlNとGaNが直接接すると、界面での転位発生、AlN層の高炭素濃度は、スペーサー層がAlGaNの場合と比較すると、どうしても特性が劣る方向に進むことは否めない。
【0034】
特許文献2では、チャネル層と接するスペーサー層のAl原子比率を残余より高くする、さらには、合金散乱の抑制効果を高めるため、チャネル層と接する箇所はAlNとすることが好ましく、そのAlNの層厚は、数原子層が好ましい、としている。すなわち、特許文献2においても、チャネル層と接する箇所はAlNが好ましく、AlNであることによるデメリットを、層厚を小さくすることで対処する技術思想があるといえる。
【0035】
これに対して、本発明は、チャネル層3と接する箇所のスペーサー層SのAl原子比率、及び、スペーサー層Sの層厚、という2つのパラメータについて、さらに検討を行い、スペーサー層Sを薄くすることを基調としながら、スペーサー層SのAl原子比率との関係が、HEMTに対してどのような影響があるかを、新たな視点から検討したものである。
【0036】
すなわち、スペーサー層Sの存在が電流コラプスの悪化に寄与していることに重点を置き、特許文献1及び2に記載のスペーサー層に比べて、AlGaNからなるスペーサー層SのAl原子比率を低くし、かつ、厚さを薄くすることで、AlGaNと、チャネル層3を構成するGaNとより格子整合するので欠陥が入りにくくコラプスの抑制に効果があること、前記効果を有しつつ、本来スペーサー層が有する移動度向上効果が大きく損なわれない最適値が存在する、という現象を見出し、本発明に至ったものである。
【0037】
本発明は、スペーサー層Sの層厚が2分子層以下、という構成により、上記の作用効果が得られることを見出したものである。スペーサー層Sは必ず存在しないといけないので、下限は1分子層である。一方、スペーサー層Sは、やはり厚いと電流コラプス悪化の点で不利であることがわかってきたので、層厚は2分子以下が好ましいといえる。
【0038】
本発明では、スペーサー層S中のAl原子比率は、好適にはSTEM-EDSで評価する。ただし、1~2分子の厚さでAl原子比率を正確に評価することは、現状では極めて困難である。よって、STEM-EDSを用いても、高精度な定量化は望めないものの、例えば、電子供給層4とスペーサー層Sとを区別することと、それぞれの層のおおよそのAl原子比率を得ることは可能である。
【0039】
図2では、比較例1と実施例1を対比している。スペーサー層Sが厚い比較例1では、スペーサー層Sの存在が写真からはっきり確認できる。これに対して、層厚が薄く、また解像度の関係で明瞭ではないものの、実施例1でもなんとか識別できる程度の濃淡は確認できている。また、実施例1では、
図2のEDSグラフでは、スペーサー層Sと電子供給層4とのAl原子比率に差がないように見えるが、数値データの解析結果からは、スペーサー層SのAl原子比率は20%、電子供給層4のAl原子比率は15%であった。
【0040】
図3は、
図2に示した実施例1の断面図のスペーサー層Sと電子供給層4との界面付近の境界をより鮮明に見えるように、
図2よりさらに低倍率で観察した際の明視野STEM像(左)とHAADF-STEM像(右)である。HAADF像はZコントラストとなるため、分析領域に軽い原子が多いほど(ここではAlGaNのAl組成が高いほど)暗く映る。
図3からは、下から順に最も明るい(GaN層)、最も暗い(スペーサー層)、前記2つの中間の明るさ(AlGaN電子供給層)のコントラストが異なる3つの層が確認できる。このように本発明のチャネル層3部分には、AlGaN電子供給層よりもAl組成比の高いスペーサー層の存在を明確に確認できる。
【0041】
本発明では、スペーサー層SのAl原子比率が電子供給層4のAl原子比率より高いと、スペーサー層SのAl原子比率と電子供給層4のAl原子比率に差が無い場合との比較において、本来スペーサー層が持つ移動度向上効果をより保持できる、いう点で好ましいといえる。
【0042】
なお、電子供給層4のAl原子比率は、10%以上30%以下の間が好ましい。すなわち、AlxInyGa1-x-yN(0<x+y≦1)において、xが0.1~0.3、yが0~0.9でx+y≦1であることが好ましい。電子供給層4の厚さも、特に制限はないが、10nmから60nmの間で適時設計される。
【0043】
スペーサー層S中のAl原子比率によるプロファイル形状は、MOCVD法により、チャネル層3を形成した直後からの各種原料ガス、キャリアガスの流量、反応炉内圧力の調整に加えて、Al原料ガスの供給タイミング等を最適化することで、適切に得られる。
【0044】
本発明に係るスペーサー層S及び電子供給層4を、MOCVD法で得るための好適な一態様は、気相成長装置の反応炉内で、Ga原料ガス及びN原料ガスを用いてGaNからなるチャネル層3を形成した後、スペーサー層及び電子供給層を形成するにあたり、前記Ga原料ガス、前記N原料ガス及びAl原料ガスを用いて、炉内圧力200~300hPaで5~10秒間かけてスペーサー層Sを形成した後、前記スペーサー層形成時の成膜温度を保持したまま、速やかに原料ガスの供給比率を変えて前記電子供給層を形成する、というものである。
【0045】
このような方法によれば、分子蒸着のような手法でなくても、MOCVD法で1~2分子厚の窒化物半導体層を形成することができる。
【0046】
以上の通り、本発明の窒化物半導体エピ基板は、従来のスペーサー層を有するものと同様に、二次元電子ガスの移動度を向上させ、トランジスタを高速化できる効果を備えると同時に、スペーサー層導入による電流コラプス特性の悪化を抑制しつつ、AlGaN/GaN-HEMT素子のオン抵抗低減を図れる構造である。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、下記実施例により制限されるものではない。
【0048】
[共通の実験条件]
直径6インチ、厚さ1000μm、p型で比抵抗0.01Ωcm、面方位(111)のシリコン単結晶基板を下地基板1として準備した。これを公知の基板洗浄方法で清浄化した後、MOCVD装置内にセットして、昇温及びガス置換後に、成長温度1000℃で15分間、水素100%雰囲気、炉内圧力135hPaの条件で熱処理を行い、下地基板1の表面の自然酸化膜を除去し、表面にシリコンの原子ステップを発現させた。
【0049】
続けて、原料ガスとしてトリメチルアルミニウム(TMAl)、アンモニア(NH3)を用い、厚さ70nmのAlN単結晶を形成した。次に、成長温度1000℃、炉内圧力を60hPaに調整して、原料ガスとしてトリメチルガリウム(TMG)、TMAl、NH3を用いて、厚さ300nmのAl0.1Ga0.9N単結晶層を形成した。次に、原料ガスとしてTMG、TMAl、NH3を用いて、厚さ5nmのAlN単結晶層、及び厚さ30nmのAl0.1Ga0.9N単結晶層を交互に積層し、層厚約2450nmの多層構造を形成した。以上のようにして、前記下地基板1の上にバッファ層2を形成した。
【0050】
前記バッファ層2の上に、チャネル層3として、成長温度1030℃、炉内圧力200hPaに調整して、厚さ3000nmのGaN単結晶層を積層した。
【0051】
前記チャネル層3の上に、後述する実施例1及び比較例1に記載の条件で、それぞれスペーサー層S(AlaGa1-aN)を形成した。
【0052】
そして、スペーサー層Sの上に、電子供給層4として、成長温度1000℃、炉内圧力200hPaに調整して、厚さ24nmのAl0.18Ga0.82N単結晶層を形成し、さらに、キャップ層として4nmのGaN層を形成した。以上の通りの工程を経て、評価用の窒化物半導体エピ基板を得た。なお、気相成長により形成した各層の厚さや炭素濃度の制御は、原料ガスの流量及び供給時間、基板温度、その他公知の成長条件の調整により行った。
【0053】
[実施例1]
成長温度1030℃、炉内圧力200hPaで、原料ガスとしてTMG、TMAl、NH
3を1.5秒間導入して、前記チャネル層3の上にスペーサー層Sを形成し、実施例1とした。
図2から評価した結果、その層厚は約0.25nm(1分子層)であった。
【0054】
[比較例1]
成長温度1030℃、炉内圧力50hPaで、原料ガスとしてTMG、TMAl、NH3を10秒間導入して、前記チャネル層3の上にスペーサー層Sを形成し、比較例1とした。この場合は、スペーサー層S中のAl含有量が実施例1よりも相当高くなり、厚さ方向にAl組成比が50%を超える高Al濃度の領域が形成される。その層厚は約1nm(4分子層)であった。
【0055】
得られた実施例1及び比較例1の窒化物半導体エピ基板について、スペーサー層S、およびこれに隣接するチャネル層3と電子供給層4の一部について、断面観察と元素分析を行った。その条件を以下に示す。
【0056】
[評価1~STEM観察]
それぞれの窒化物半導体エピ基板を直径方向に劈開し、主面中央付近から破片をサンプリングし、FIB(Focused Ion Beam;集束イオンビーム)法により薄片化して、測定用の試料を得た。この試料を、STEM(走査透過電子顕微鏡)により観察した。使用した装置は、日本電子(株)製JEM-ARM200Fであり、加速電圧を200kVとした。また、元素分析は、用いたSTEMに付属のEDS測定器(エネルギー分散型X線分光器)(JED-2300T)で行い、測定条件は、加速電圧200kV、ビーム径0.1nmφ、エネルギー分解能約140eVとした。
【0057】
[評価2~EDS分析]
上記のSTEM観察後、電子供給層4/スペーサー層S/チャネル層3付近について、幅20nmの範囲を、ライン上に100点ビーム照射することでEDS測定した。ビーム間隔は0.2nm、1点当たりの測定時間は1秒とした。
【0058】
ここでは、スペーサー層Sの形態を特定するのに、窒化物半導体エピ基板の主面中央付近1点をサンプリングした。MOCVD法による成膜は、成膜の精度が高いので、これでも充分といえるが、必要に応じて、さらにサンプリング数を増やしてもよく、例えば、外周10mm内側を2箇所追加して、計3点からサンプリングしてもよい。
【0059】
[評価3~電子移動度]
次に、STEM観察およびEDS分析したのと同じ窒化物半導体エピ基板について、vanDer Pauw法によるホール効果測定を行い、電子移動度を評価した。はじめに基板を7mm角のチップにダイシングし、個々のチップの電子供給層4上の四隅に、径0.25mmのTi/Al電極を、真空蒸着により形成した。次にN2雰囲気で600℃、5分間の合金化熱処理を行った。そして、ACCENT製HL5500PCを用いて、ホール効果測定を行った。
【0060】
[評価4~電流コラプス]
電流コラプス特性の評価は、次のようにして行った。まず、上記において作製したそれぞれの評価用窒化物半導体エピ基板に対して、リセスゲート領域及び素子分離領域の溝をドライエッチングにより形成し、電子供給層4側にゲート電極としてAu電極を、ソース電極及びドレイン電極としてAl電極を、また、下地基板の裏面側に裏面電極としてAl電極を、それぞれ真空蒸着により形成した。そして、HEMT素子を作製したオフ状態でソース-ドレイン電極間にある一定のストレス電圧を印加し、その印加前後のオン状態の導通電流量の比からコラプスファクターと呼ばれる定数を算出することにより評価した。コラプスファクターは、値が1.0に近いほど、素子の通電損失が小さいことを示す。コラプスファクターが0.7~1.0の場合:○、0.5~0.7未満の場合:△、0.5未満の場合:×とした。
【0061】
その結果、実施例1の電子移動度は、比較例1との比較で90%前後の低下にとどまったが、これは、実用上大きな問題にならない程度の差といえるものである。一方、電流コラプスは、実施例1は〇、比較例1は△であった。
【0062】
上記結果より、実施例1では、電子移動度向上効果と電流コラプス抑制効果とが両立されて得られているといえる。一方、比較例1は、実施例1と比べて、電子移動度はおおむね同等以上であるが、電流コラプス抑制効果では劣るものであった。
【0063】
このことから、本発明の窒化物半導体エピ基板は、電子移動度を大幅に損なうことなく、電流コラプス抑制効果を有意に得ることができるので、特に、スペーサー層の挿入による悪影響は極力避けたいが、スペーサー層挿入効果はある程度ほしい、というような、個別の要求に合わせた最適な設計をも可能とするものといえる。
【符号の説明】
【0064】
Z 窒化物半導体基板
1 下地基板
2 バッファ層
3 チャネル層
S スペーサー層
4 電子供給層