(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-28
(45)【発行日】2023-05-11
(54)【発明の名称】蓄電池の劣化診断装置及び劣化診断方法
(51)【国際特許分類】
G01R 31/392 20190101AFI20230501BHJP
G01R 31/367 20190101ALI20230501BHJP
G01R 31/389 20190101ALI20230501BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20230501BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20230501BHJP
【FI】
G01R31/392
G01R31/367
G01R31/389
H01M10/48 P
H02J7/00 Y
(21)【出願番号】P 2019071270
(22)【出願日】2019-04-03
【審査請求日】2021-12-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】390021577
【氏名又は名称】東海旅客鉄道株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000958
【氏名又は名称】弁理士法人インテクト国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100120237
【氏名又は名称】石橋 良規
(72)【発明者】
【氏名】田口 義晃
(72)【発明者】
【氏名】小笠 正道
(72)【発明者】
【氏名】門脇 悟志
(72)【発明者】
【氏名】吉川 岳
(72)【発明者】
【氏名】加藤 宏和
(72)【発明者】
【氏名】丸野 雄也
(72)【発明者】
【氏名】関野 正宏
(72)【発明者】
【氏名】吉川 賢一
【審査官】島▲崎▼ 純一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-071703(JP,A)
【文献】特開2017-096851(JP,A)
【文献】特開2010-093875(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/392
G01R 31/367
G01R 31/389
H01M 10/48
H02J 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄電池が電力変換装置を介さずに接続された制御回路と、
前記制御回路および前記蓄電池に電力を供給する主回路の充電装置部と、
前記充電装置部に電力を供給する主回路の主電源部を備えた鉄道車両の蓄電池の劣化診断方法において、
装置起動後所定の時間の電池電圧及び電池電流を記録する記録工程と、
前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の前記電池電圧及び前記電池電流の波形から直流誤差と微分容量を演算する容量演算工程と、
前記電池電流に前記直流誤差を減算して電池電流の補正値を求める補正工程と、
前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の前記電池電圧及び前記補正値の波形から直流内部抵抗を演算する内部抵抗演算工程と、を備え、
前記微分容量及び前記直流内部抵抗を用いて劣化診断を行う診断工程を備えることを特徴とする蓄電池の劣化診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の蓄電池の劣化診断方法において、
前記容量演算工程は、放電から充電に切り替わる切替時間から起算して充電期間における所定の時間間隔の充電側間隔と、放電から充電に切り替わる切替時間から起算して放電時間における所定の時間間隔の放電側間隔を用いて前記直流誤差及び前記微分容量を演算することを特徴とする蓄電池の劣化診断方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の蓄電池の劣化診断方法において、
前記内部抵抗演算工程は、前記補正値を積算した電荷量が放電から充電に切り替わる前後において略等しくなるように充電側時間及び放電側時間を定め、該充電側時間及び前記放電側時間におけるそれぞれの電圧値及び電流の補正値を用いて前記直流内部抵抗を演算することを特徴とする蓄電池の劣化診断方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の蓄電池の劣化診断方法において、
前記容量演算工程及び前記内部抵抗演算工程は、前記記録工程において記録されたデータの過渡応答が収束している時刻のデータのみを使用することを特徴とする蓄電池の劣化診断方法。
【請求項5】
蓄電池が電力変換装置を介さずに接続された制御回路と、
前記制御回路および前記蓄電池に電力を供給する主回路の充電装置部と、
前記充電装置部に電力を供給する主回路の主電源部を備えた鉄道車両の蓄電池の劣化診断装置において、
前記蓄電池の電圧及び電流を取得する電池状態取得部と、
前記充電装置部の起動状態又は前記主電源部の起動状態を取得する車両状態取得部と、
前記電池状態取得部と前記車両状態取得部で得られた波形を記録する波形記録部と、
前記波形記録部で記録した波形のうち、前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後であって、前記蓄電池の電圧の過渡応答が収束している期間を抽出する波形抽出部と、
前記波形抽出部による抽出波形から直流誤差と微分容量を演算する微分容量演算部と、
前記蓄電池の電流から前記直流誤差を減算して前記蓄電池の電流の補正値を求める補正部と、
前記抽出波形のうち、前記蓄電池の電流を前記補正値に変換した補正波形から直流内部抵抗を演算する内部抵抗演算部と、を備え、
前記微分容量及び前記直流内部抵抗を用いて劣化診断を行う診断部を備えることを特徴とする蓄電池の劣化診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、鉄道車両や無停電電源などに搭載される蓄電池の劣化診断装置及び劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や鉄道車両に従来の鉛電池の代わりにリチウムイオン電池などの蓄電池が採用され始めている。この蓄電池は、鉛電池に比べて格段に長寿命であることが期待されているが、例えば実際に鉄道車両に使用した場合の寿命については、これまでの実績がないため不明であった。
【0003】
このような蓄電池は、充放電を繰り返すことで、容量の低下や内部抵抗の増加によって使用時間の短縮や出力の低下などをもたらすことが知られており、長期間の使用によって劣化した蓄電池は交換する必要がある。したがって、車両搭載後の定期的な劣化診断を行って、適切なタイミングでの電池交換を計画する必要があった。
【0004】
これまでの蓄電池の劣化診断方法は、例えば特許文献1に記載されているように、二次電池の充電または放電中の電池温度、電流、および電圧を測定する測定ステップと、前記測定された電池温度、電流、および電圧データと、予め保持している正極活物質および負極活物質の開回路電圧と充電量との関係を示すデータとを用いて、前記電池の内部抵抗値を推算する推算ステップと、前記推算された内部抵抗から反応抵抗成分、オーミック抵抗成分、および拡散抵抗成分を算出する算出ステップと、前記内部抵抗値を、前記反応抵抗成分、オーミック抵抗成分、および拡散抵抗成分をそれぞれ温度補正して合算した値に補正する補正ステップと、を有する電池性能推定方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来の蓄電池の評価方法は、電気自動車やハイブリッド自動車、ハイブリッド二輪車などでの使用を想定してなされており、使用時の電池温度の影響を考慮して正確な劣化診断を可能とするのであった。しかし、近年、鉄道車両に蓄電池を搭載した車両の実用化が進められており、従来の電気自動車などに用いられる蓄電池の劣化診断方法は鉄道車両に搭載した蓄電池の劣化診断方法としては不適な場合があった。
【0007】
これは鉄道車両の制御回路における蓄電池の使用環境に起因している。具体的には、鉄道車両の制御回路における蓄電池の使用環境は、以下の通りとなっている。(1)車両のデータ記録システムが起動する前から電池が放電を開始するため、放電開始前のデータが記録されない、(2)車両起動後は架線から給電されて常時充放電されるため、無通電状態を含まない、(3)通常は10%程度の浅い放電のみが行われ、架線停電時などの異常時を除いて数10%オーダーの深い放電は行われない、(4)制御回路負荷への放電波形や車両整流器からの充電波形は、波形が単調であり変動が乏しい、(5)電池電流センサの直流誤差が無視できない。ここで、従来の蓄電池の劣化診断方法では、無通電状態を含み、充放電サイクルも使用状況に応じて複雑であって単純に従来の診断方法を鉄道車両に採用することができないという問題もあった。さらに、従来の蓄電池の劣化診断方法は、充放電曲線を求めるために蓄電池を深く放電する必要があり、(3)に示したように通常は浅い放電のみが行われて深く放電された状態となることが少ない鉄道車両の制御回路の場合は従来の劣化診断方法では診断をすることができないという問題があった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、上述した課題を解決するためになされたものであり、上述したような使用環境においても蓄電池の内部状態を推定して劣化診断を可能とする蓄電池の劣化診断装置及び劣化診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る蓄電池の劣化診断方法は、蓄電池が電力変換装置を介さずに接続された制御回路と、前記制御回路および前記蓄電池に電力を供給する主回路の充電装置部と、前記充電装置部に電力を供給する主回路の主電源部を備えた鉄道車両の蓄電池の劣化診断方法において、装置起動後所定の時間の電池電圧及び電池電流を記録する記録工程と、前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の前記電池電圧及び前記電池電流の波形から直流誤差と微分容量を演算する容量演算工程と、前記電池電流に前記直流誤差を減算して電池電流の補正値を求める補正工程と、前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の前記電池電圧及び前記補正値の波形から直流内部抵抗を演算する内部抵抗演算工程と、を備え、前記微分容量及び前記直流内部抵抗を用いて劣化診断を行う診断工程を備えることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る蓄電池の劣化診断方法において、前記容量演算工程は、放電から充電に切り替わる切替時間から起算して充電期間における所定の時間間隔の充電側間隔と、放電から充電に切り替わる切替時間から起算して放電時間における所定の時間間隔の放電側間隔を用いて前記直流誤差及び前記微分容量を演算すると好適である。
【0011】
また、本発明に係る蓄電池の劣化診断方法において、前記内部抵抗演算工程は、前記補正値を積算した電荷量が放電から充電に切り替わる前後において略等しくなるように充電側時間及び放電側時間を定め、該充電側時間及び前記放電側時間におけるそれぞれの電圧値及び電流の補正値を用いて前記直流内部抵抗を演算すると好適である。
【0012】
また、本発明に係る蓄電池の劣化診断方法において、前記容量演算工程及び前記内部抵抗演算工程は、前記記録工程において記録されたデータの過渡応答が収束している時刻のデータのみを使用すると好適である。
【0013】
また、本発明に係る蓄電池の劣化診断装置は、蓄電池が電力変換装置を介さずに接続された制御回路と、前記制御回路および前記蓄電池に電力を供給する主回路の充電装置部と、前記充電装置部に電力を供給する主回路の主電源部を備えた鉄道車両の蓄電池の劣化診断装置において、前記蓄電池の電圧及び電流を取得する電池状態取得部と、前記充電装置部の起動状態又は前記主電源部の起動状態を取得する車両状態取得部と、前記電池状態取得部と前記車両状態取得部で得られた波形を記録する波形記録部と、前記波形記録部で記録した波形のうち、前記蓄電池が放電から充電に切り替わる前後であって、前記蓄電池の電圧の過渡応答が収束している期間を抽出する波形抽出部と、前記波形抽出部による抽出波形から直流誤差と微分容量を演算する微分容量演算部と、前記蓄電池の電流から前記直流誤差を減算して前記蓄電池の電流の補正値を求める補正部と、前記抽出波形のうち、前記蓄電池の電流を前記補正値に変換した補正波形から直流内部抵抗を演算する内部抵抗演算部と、を備え、前記微分容量及び前記直流内部抵抗を用いて劣化診断を行う診断部を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の特徴によれば、鉄道車両の制御回路や無停電電源などの装置に用いられる蓄電池の劣化診断を、データ記録システムや演算システムによって行うことができるので、劣化診断のための特別な試験や装置が不要となり、また劣化診断のために直流誤差の少ない高価な電流センサを搭載することなくコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施形態に係る蓄電池を搭載した鉄道車両の回路構成の概要図。
【
図2】本発明の実施形態に係る蓄電池の劣化診断方法を示すフローチャート。
【
図3】容量演算工程で用いる電流電圧波形のグラフ。
【
図4】本発明の実施形態に係る蓄電池の等価回路を示す図。
【
図5】過渡応答収束判断用の電池等価回路の一例を示す図。
【
図6】内部抵抗演算工程で用いる電流電圧波形のグラフ。
【
図7】本実施形態に係る劣化診断装置の構成例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための好適な実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0017】
図1は、本発明の実施形態に係る蓄電池を搭載した鉄道車両の回路構成の概要図であり、
図2は、本発明の実施形態に係る蓄電池の劣化診断方法を示すフローチャートであり、
図3は、容量演算工程で用いる電流電圧波形のグラフであり、
図4は、本発明の実施形態に係る蓄電池の等価回路を示す図であり、
図5は、過渡応答収束判断用の電池等価回路の一例を示す図であり、
図6は、内部抵抗演算工程で用いる電流電圧波形のグラフであり、
図7は、本実施形態に係る劣化診断装置の構成例を示す図である。
【0018】
図1に示すように、本実施形態に係る蓄電池を搭載した鉄道車両の擬略回路構成は、架線又は発電機を含む主回路と、補助電源装置の充電装置部から分岐した制御回路及びサービス機器補助回路から構成される。蓄電池は、制御回路に対してバックアップ用として接続されており、通常DC100V又はDC24Vで構成される。
【0019】
次に、本実施形態に係る蓄電池を搭載した鉄道車両の蓄電池の劣化診断方法について説明を行う。
図2に示すように、本実施形態に係る蓄電池を搭載した鉄道車両の蓄電池の劣化診断方法は、鉄道車両の起動後所定の時間(例えば30分程度)の電池電流及び電池電圧の波形を測定する記録工程(S101)と、蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の電池電圧及び電池電流の波形から直流誤差と微分容量を演算する容量演算工程(S102)と、電池電流に容量演算工程(S102)で算出した直流電流誤差を減算して電池電流の補正値を求める補正工程(S103)と、蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の電池電圧及び補正工程(S103)で求めた補正値の波形から直流内部抵抗を演算する内部抵抗演算工程(S104)と、容量演算工程(S102)で求めた微分容量及び内部抵抗演算工程(S104)で求めた直流内部抵抗を用いて蓄電池の劣化診断を行う診断工程(S105)とを備えている。
【0020】
記録工程(S101)では、鉄道車両の起動後所定の時間(例えば30分程度)の電流及び電圧の波形を記録する。記録工程(S101)では、従来周知の種々の記録手段を採用することができ、例えば、コンピュータのハードディスクやSSDなどが好適に用いられる。また、蓄電池の電流値及び電圧値は、種々の電流計及び電圧計を用いて経時的に測定される。また、記録工程(S101)における記録時間は、30分程度に限られず、軌道直後のデータ記録のない期間以外の期間を十分に記録することができ、かつ後述する過渡応答が適切に排除できる時間であれば適宜設定を変更することができる。
【0021】
容量演算工程(S102)では、
図3に示すように、電池電流値から放電から充電に切り替わる切替時間tcを特定する。次に、該切替時間tcから起算して充電期間における所定の時間間隔の充電側間隔tb1,tb2と、該切替時間tcから起算して放電期間における所定の時間間隔の放電側間隔ta1,ta2を定める。ここで、充電側間隔tb1,tb2と放電側間隔ta1,ta2は、過渡応答が収束している時刻のデータを用い、それ以外は棄却する。その後、充電側間隔tb1,tb2及び放電側間隔ta1,ta2に対応した充電側電圧差ΔV
b,充電側時間差Δt
b,放電側電圧差ΔV
a及び放電側時間差Δt
aを
図3における電流電圧波形のグラフから読み取る。さらに、充電側間隔tb1,tb2と放電側間隔ta1,ta2におけるそれぞれの電荷を積算して充電側電荷差Δq
b及び放電側電荷差Δq
aを求める。
【0022】
容量演算工程(S102)では、
図4に示すような電池等価回路を用いて直流誤差及び微分容量を演算すると好適である。具体的には、直流誤差I
ofsは、以下の数式1を用いて演算を行い、微分容量Cは以下の数式2を用いて演算を行う。
【数1】
【数2】
【0023】
ここで過渡応答が収束したことを判定することの判断手法としては、種々の判断手法を適用することができるが、例えば
図5に示す電池等価回路を用いると好適である。具体的には、
図5では、説明のために2段直列(i=2)としているが、C
iとR
i(i=1,2,3,・・・)の直列段数は電池種別に適するように変更してよい。この回路でC
iを開放(静電容量ゼロ)とすれば
図4の構成と一致する。すなわち,R=R
0+R
1+R
2である。なお、R
iとC
iはパラメータ同定の対象ではなく,予め算定しておいた数値(演算中は固定値)で構わない。これにより,R
iとC
i全てを同定する手法より簡略化が可能となる。
【0024】
次に、電流値Iが十分長く継続した場合の過渡応答推定電圧の定常値は、(R
0+R
1+R
2)×Iであるので、これと現在値との比率γを用いて過渡応答の収束判定を行う。各並列回路の電圧V
riの関係式は以下の数式3で表される。
【数3】
【0025】
この数式3をサンプル時間T(s)にて離散化し、次に数式4を得る。なお、この数式4は、簡単なオイラー法を適用して得たが、従来周知の種々の手法を適用しても構わない。
【数4】
【0026】
ここで、数式4でnは時刻t=nTにおける値を表しており、t=0におけるV
riの初期値は0として計算を開始し、現在時刻t=nTにおける値V
ri(n)を得る。ここから、比率γは、以下の数式5となる。
【数5】
【0027】
この比率γが以下の数式6の条件を満たす際に過渡応答が収束したと判定することができる。
【数6】
【0028】
ここで、Δγが小さいほど精密な収束判定を行うことが可能となるが、収束までに時間を要することとなるため、新規蓄電池に対して最初に演算する際にΔγを調整しておくと好適である。
【0029】
補正工程(S103)では、電池電流の観測値Iは、補正値I´と直流誤差Iofsの和であるから、観測値Iに直流誤差Iofsを減算して電流の補正値I´を求める。
【0030】
内部抵抗演算工程(S104)では、
図6に示すように、この補正値I´と電池電圧を用いて蓄電池が放電から充電に切り替わる前後の電池電圧及び補正値の波形から直流内部抵抗を演算すると好適である。
【0031】
具体的には、上述した容量演算工程(S102)と同様の手法によって過渡応答が収束している期間を求め、該過渡応答が収束している期間から、電流補正値を積算した電荷量が切替時間tcの前後で略等しくなる充電側時間tb及び放電側時間taを求める。その後、充電側時間tb及び放電側時間taに対応した充電側電圧値V
b,充電側電流値I´
b,放電側電圧値V
a及び放電側電流値I´
aを
図6における電流電圧波形のグラフから読み取る。
【0032】
次に、これらの値を用いて数式7によって直流内部抵抗Rを演算する。
【数7】
【0033】
その後、時刻tbでの開回路電圧を数式8から得れば、それ以降は電流I´の積算に基づき開回路電圧を連続的に推定可能となり、ここから電池容量の推定も可能となる。
【数8】
【0034】
次に、診断工程(S105)では、求められた微分容量C及び直流内部抵抗Rが所定の閾値を越えていないか否かを判断する。この閾値については、使用される蓄電池の状況に応じて適宜決定することが可能である。例えば、微分容量Cや直流内部抵抗Rは、蓄電池の充電率や温度の影響を受けるため、劣化診断においては充電率や温度毎に異なる判定閾値を予め決定して保持しておき、これを用いることで実用的な劣化判定が可能となる。
【0035】
このように、蓄電池の劣化診断を行うことで、蓄電池の使用環境が、(1)車両のデータ記録システムが起動する前から電池が放電を開始するため、放電開始前のデータが記録されない、(2)車両起動後は架線から給電されて常時充放電されるため、無通電状態を含まない、(3)通常は10%程度の浅い放電のみが行われ、架線停電時などの異常時を除いて数10%オーダーの深い放電は行われない、(4)制御回路負荷への放電波形や車両整流器からの充電波形は、波形が単調であり変動が乏しい、(5)電池電流センサの直流誤差が無視できないといった場合であっても適切に蓄電池の劣化診断を行うことが可能となる。また、これらの劣化診断を鉄道車両が備えているデータ記録システムや演算システムによって行うことができる場合には、劣化診断のための特別な試験や装置が不要となり、また劣化診断のために直流誤差の少ない高価な電流センサを搭載することなくコストを抑えることができる。
【0036】
また、本実施形態に係る蓄電池の劣化診断方法は、
図7に示すように、蓄電池の劣化診断装置を用いて実現することができる。具体的には、蓄電池が電力変換装置を介さずに接続された制御回路と、前記制御回路および前記蓄電池に電力を供給する主回路の充電装置部と、前記充電装置部に電力を供給する主回路の主電源部を備えた鉄道車両の蓄電池の劣化診断装置を用いると好適である。
【0037】
ここで、電池状態取得部は、蓄電池の電圧及び電流を取得し、車両状態取得部は、充電装置部の起動状態又は主電源部の起動状態を取得し、波形記録部は、電池状態取得部と車両状態取得部で得られた波形を記録し、波形抽出部は、波形記録部で記録した波形のうち、蓄電池が放電から充電に切り替わる前後であって、蓄電池の電圧の過渡応答が収束している期間を抽出し、微分容量演算部は、波形抽出部による抽出波形から直流誤差と微分容量を演算し、補正部は、蓄電池の電流から直流誤差を減算して蓄電池の電流の補正値を求め、内部抵抗演算部は、抽出波形のうち、蓄電池の電流を補正値に変換した補正波形から直流内部抵抗を演算し、診断部は、この演算された微分容量及び直流内部抵抗を用いて劣化診断を行う。
【0038】
このように、本実施形態に係る蓄電池の劣化診断装置は、特に鉄道状態取得部を有しているので、蓄電池が放電から充電に切り替わるタイミングをより正確に判別可能となる。即ち、主電源部及び/又は充電装置部が動作開始したタイミングをもって、蓄電池が放電から充電に切り替わることを判別することができる。これにより、誤ったタイミングのデータを使用して微分容量Cや直流内部抵抗Rを誤って推定する可能性を軽減することができる。
【0039】
なお、上述した実施形態において、蓄電池は、鉄道車両に用いられる場合について説明を行ったが、本発明は鉄道車両に用いられる場合に限られず、例えば、無停電電源のような用途にも適用することが可能である。また、蓄電池は、電池を充放電した際のクーロン効率が高く、充放電において開回路電圧カーブが放電時と充電時で異なるというヒステリシス性は無視できることが前提となるため、リチウムイオン電池が好適である。ただし、この前提が成り立つ電池であればリチウムイオン電池に限らず種々の電池に適用可能である。
【符号の説明】
【0040】
tc 切替時間
tb1,tb2 充電側間隔
ta1,ta2 放電側間隔
ΔVb 充電側電圧差
Δtb 充電側時間差
ΔVa 放電側電圧差
Δta 放電側時間差
Δqb 充電側電荷差
Δqa 放電側電荷差
Iofs 直流誤差
C 微分容量
I 観測値
I´ 補正値
tb 充電側時間
ta 放電側時間
Vb 充電側電圧値
I´b 充電側電流値
Va 放電側電圧値
I´a 放電側電流値
S101 記録工程
S102 容量演算工程
S103 補正工程
S104 内部抵抗演算工程
S105 診断工程