(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-28
(45)【発行日】2023-05-11
(54)【発明の名称】コンクリート構造物の塩分除去方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20230501BHJP
C04B 41/65 20060101ALI20230501BHJP
【FI】
E04G23/02 A
C04B41/65
(21)【出願番号】P 2019185656
(22)【出願日】2019-10-09
【審査請求日】2021-05-26
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591211917
【氏名又は名称】川田建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107375
【氏名又は名称】武田 明広
(72)【発明者】
【氏名】北野 勇一
(72)【発明者】
【氏名】陳内 真央
(72)【発明者】
【氏名】尾上 薫
【審査官】山口 敦司
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-144313(JP,A)
【文献】特開昭62-265189(JP,A)
【文献】特開2009-107910(JP,A)
【文献】特開昭60-204683(JP,A)
【文献】特開平05-214818(JP,A)
【文献】特開平04-317448(JP,A)
【文献】特開平09-142959(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第00962432(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
C04B 41/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象となるコンクリートの内部を湿度98%以上の湿潤状態とし、
平衡相対湿度が95%以下である吸湿性を有する水溶液を前記コンクリートの表面に接触させて静置し、前記コンクリート内部の塩化物イオンを前記コンクリートの外部へ移動させることを特徴とし、
前記水溶液として、亜硝酸リチウム水溶液を使用することを特徴とする、コンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項2】
前記亜硝酸リチウム水溶液における亜硝酸リチウムの濃度を16%以上とすることを特徴とする、請求項1に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項3】
前記コンクリートの表面に、前記水溶液を含ませた保水性材料を付着させることにより、又は、前記コンクリートの表面に付着させた保水性材料に、前記水溶液を含ませることにより、前記水溶液を前記コンクリートの表面に接触させることを特徴とする、請求項1又は2に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項4】
前記保水性材料として、前記水溶液を1000g/m
2以上保水できるものを使用することを特徴とする、請求項3に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項5】
前記保水性材料として、保水性を有する繊維状物質をシート状に成形したもの、又は、保水性を有する多孔質材料をボード状に成形したものを使用することを特徴とする、請求項4に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項6】
前記保水性材料として、保水性を有する有機高分子材料を、通水性を有する袋内に収容して、シート状に成形したものを使用することを特徴とする、請求項4に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項7】
前記保水性材料として、保水性を有する多孔質材料、又は、保水性を有する有機高分子材料を使用し、それらを前記コンクリートの表面に吹き付けて付着させ、保水層を形成することを特徴とする、請求項4に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項8】
前記水溶液を使用した場合において保水性能が低下しないものを、前記保水性材料として使用することを特徴とする、請求項4に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項9】
前記保水性材料を、前記水溶液を新たに含ませた保水性材料と定期的に交換し、又は、定期的に、前記保水性材料を新しいものに交換するとともに、前記水溶液を新たに含ませることを特徴とする、請求項3~8のいずれかに記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項10】
前記コンクリートの表面を覆うように貯水槽を設置し、
前記水溶液を、前記貯水槽内に貯留することにより、前記コンクリートの表面に接触させることを特徴とする、請求項1又は2に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項11】
前記貯水槽内の前記水溶液を、定期的に交換することを特徴とする、請求項
10に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項12】
乾燥防止手段として、フィルム又はカバーを、前記保水性材料の外側を覆うように取り付けることを特徴とする、請求項3~
9のいずれかに記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項13】
請求項1~12のいずれかに記載のコンクリート構造物の塩分除去方法を実施した後、コンクリートの表面に対して塗装を施すことを特徴とする、コンクリート構造物の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩害を受けたコンクリート構造物において、塩害による損傷(鋼材の腐食等)が顕在化する前に、躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法(塩分除去方法)に関し、特に、省労力かつ省エネルギーで実施することができるコンクリート構造物の塩分除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩害等によってコンクリート構造物の躯体内に塩化物イオン(Cl-)が一定量以上侵入してしまった場合、鋼材(内部に埋設されている鉄筋、PC鋼材等)の表面に形成されている緻密な不動態被膜が破壊されて、鋼材が腐食してしまう危険性が高くなる。躯体内において鋼材が腐食すると、鋼材の体積が腐食部で数倍に膨張し、鋼材に沿ったコンクリートのひび割れを引き起こすおそれがある。ひび割れが生じると、酸素と水の供給が容易となり、腐食が加速度的に進行し、その結果、コンクリートが剥落したり、鋼材断面積の減少による部材耐力の低下に至る場合がある。
【0003】
塩害等によってコンクリート構造物の躯体内に塩化物イオンが侵入してしまった場合の対応策の一つとして、躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法(コンクリート構造物の塩分除去方法)が実施されている。コンクリート構造物の塩分除去方法としては、種々の方法が提案されており、例えば、コンクリート構造物の外側表面に電解質溶液を保持させるとともに、電極(陽極)を設置し、躯体内の鋼材を陰極として直流電流を通電し、電気泳動の原理によってコンクリート中に侵入した塩化物イオンを、コンクリートの外部(電解質溶液側)へ移動させるという方法(電気泳動を利用した電気化学的脱塩方法)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-199596号公報
【文献】特開2018-124286号公報
【文献】特開2009-126728号公報
【文献】特開2000-303700号公報
【文献】特開平7-89773号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電気泳動を利用した電気化学的脱塩方法は、設備が大掛かりとなるため、準備作業及び撤収作業において相当の労力と時間を要するほか、大量の電気エネルギーを消費することになり、施工コストも高額となってしまうという問題がある。また、陰極として使用する内部の鋼材へアクセスするための削孔作業等が必要となり、コンクリート構造物に負担を与えてしまう可能性がある。
【0006】
本発明は、上記のような従来技術における課題を解決しようとするものであって、簡易に施工でき、省労力、省エネルギー、かつ、低コストで実施することができ、十分な塩分除去効果を期待することができるコンクリート構造物の塩分除去方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るコンクリート構造物の塩分除去方法は、対象となるコンクリートの内部を湿度98%以上の湿潤状態とし、平衡相対湿度が95%以下である吸湿性を有する水溶液を、コンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴としている。
【0008】
尚、吸湿性を有する水溶液として、濃度16%以上の亜硝酸リチウム水溶液を使用することが好ましい。また、水溶液をコンクリートの表面に接触させるために、水溶液を含ませた保水性材料をコンクリートの表面に付着させること、又は、コンクリートの表面に付着させた保水性材料に水溶液を含ませることが好ましく、保水性材料としては、水溶液を1000g/m2以上保水できるものを使用することが好ましい。
【0009】
更に、保水性材料としては、保水性を有する繊維状物質(例えば、パルプ、布、又は、不織布等)をシート状に成形したもの、又は、保水性を有する多孔質材料(例えば、ゼオライト、シラスバルーン、又は、発泡ビーズ等)をボード状(板状)に成形したもの、又は、保水性を有する有機高分子材料(例えば、ポリアクリル酸系の吸水性高分子材料)を、通水性を有する袋内に収容してシート状に成形したものを使用することが好ましい。
【0010】
また、保水性材料として、保水性を有する多孔質材料(例えば、ゼオライト、シラスバルーン、又は、発泡ビーズ等)、又は、保水性を有する有機高分子材料(例えば、ポリアクリル酸系の吸水性高分子材料等)を使用し、それらをコンクリートの表面に吹き付けて付着させ、保水層を形成するようにしてもよい。更に、保水性材料として、亜硝酸リチウム水溶液を使用した場合において保水性能が低下しないものを使用することが好ましい。
【0011】
また、水溶液をコンクリートの表面に接触させるために、コンクリートの表面を覆うように貯水槽を設置し、その中に水溶液を貯水することによって、コンクリートの表面に水溶液を接触させることもできる。尚、コンクリート表面に付着させた保水性材料、又は、貯水槽内に貯水した水溶液は、定期的に交換することが好ましい。また、保水性材料又は貯水槽の外側を覆うように、フィルム又はカバー(乾燥防止手段)を取り付けることが好ましい。
【0012】
また、上記のような塩分除去方法を実施した後、コンクリートの表面に対して塗装を施した場合には、塩分の再侵入による劣化のリスクを好適に回避することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るコンクリート構造物の塩分除去方法は、極めて簡易に施工でき、省労力、省エネルギー、かつ、低コストで実施することができるにも拘わらず、十分な塩分除去効果を期待することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例1の実験で使用した容器1、試験体2等の説明図である。
【
図2】
図2は、実施例1の実験で使用した容器1、試験体2’等の説明図である。
【
図3】
図3は、実施例1の実験で使用した試験体2から試料を採取する方法の説明図である。
【
図4】
図4は、実施例1の実験で得た試料における塩化物イオン濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例1の試験体IC16(16%亜硝酸リチウム水溶液に浸漬した試験体)の外側部2dと内側部2eの塩化物イオン濃度の相関を示すグラフである。
【
図6】
図6は、本発明の一実施形態の説明図であって、貯水槽12を使用して、水溶液3をコンクリート構造物11の表面に接触させる方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る「コンクリート構造物の塩分除去方法」は、コンクリート構造物の躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法であって、コンクリートの表面から水を与えてコンクリート内部を湿潤状態(湿度98%以上)とし、平衡相対湿度が95%以下である吸湿性を有する水溶液を、コンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴とするものである。
【0016】
水溶液をコンクリートの表面に接触させる具体的な方法としては、保水性材料を使用する方法や、貯水槽を使用する方法等を採用することができる。保水性材料を使用する場合、例えば、保水性を有する繊維状物質(パルプ、布、又は、不織布等)をシート状に成形したもの(保水性シート)、或いは、保水性を有する有機高分子材料(ポリアクリル酸系の吸水性高分子材料)を、通水性を有する袋内に収容してシート状に成形したもの(保水性シート)に水溶液を含浸させ、これをコンクリートの表面に貼り付けてもよいし、保水性を有する多孔質材料(ゼオライト、シラスバルーン、又は、発泡ビーズ等)をボード状(板状)に成形したもの(保水性ボード)に水溶液を含浸させ、これをコンクリートの表面に密着させるようにしてもよい。また、保水性を有する多孔質材料、又は、保水性を有する有機高分子材料を、コンクリートの表面に吹き付けて付着させ、保水性材料による保水層を形成し、この保水層に水溶液を含ませるようにしてもよい。
【0017】
尚、保水性材料としては、なるべく保水性が高いもの(水溶液を1000g/m2以上保水できるもの)を使用することが好ましい。例えば、厚さ6mm、吸水量5000g/m2程度のものを2枚重ねた状態で使用した場合、十分な保水性を得ることができる。
【0018】
一方、貯水槽を使用する場合、例えば
図6に示すように、コンクリート構造物11の表面を覆うように貯水槽12を設置し、水溶液3を貯水槽12内に貯留することによって、コンクリートの表面に接触させる。
【0019】
また、保水性材料及び貯水槽に対しては、乾燥対策を行うことが好ましい。例えば、コンクリートの表面に貼り付けた保水性シート、或いは、保水性ボード、又は、コンクリートの表面に吹き付けて形成した保水層、又は、貯水槽の外側を覆うように、気密性が高い(透気度が低い)プラスチック製のフィルムや、金属製又は合成樹脂製のカバー等(乾燥防止手段)を取り付ける。尚、乾燥防止手段は、貼り付けた保水性シート等の周囲のコンクリートの表面に対して密着できるように構成することが必要である。
【0020】
また、保水性材料に含ませ、或いは、貯水槽内に貯留する水溶液としては、濃度16%(或いは16%以上)の亜硝酸リチウム水溶液(濃度16%:平衡相対湿度90%)を用いることができる。尚、亜硝酸リチウム水溶液を保水性材料に含ませる場合、当然のことながら、保水性材料としては、亜硝酸リチウム水溶液と接触することによって変質せず、保水性能が低下しないものを使用する。
【0021】
水溶液をコンクリートの表面に接触させる期間は、対象となるコンクリート構造物における塩害の程度(侵入した塩化物イオンの多寡)に応じて適宜決定することができる。更に、保水性材料、及び、水溶液は、定期的に(例えば、4週間毎に)新しいものと交換することが好ましい。
【0022】
具体的には、水溶液をコンクリートの表面に接触させる保水性材料として、保水性シート、又は、保水性ボードを使用した(コンクリート表面に貼り付けた)場合には、それらをコンクリート表面から剥がして除去し、水溶液を新たに含浸させた新しい保水性シート、又は、保水性ボードと交換する。また、多孔質材料等の保水性材料を吹き付けることによって、コンクリート表面に保水層を形成した場合には、この保水層を剥がして除去し、保水性材料の吹きつけを再度行って保水層を新たに形成し、水溶液を新たに含ませる。また、貯水槽を使用した場合には、内部に貯留した水溶液3(
図6参照)を、新しいものと交換する。
【0023】
また、上述の塩分除去処理が終了した後、コンクリートの表面に対して塗装を施すことが好ましく、この場合、塩分の再侵入による劣化を好適に回避することができる。
【0024】
以下、本発明に係る方法の効果等に関し、発明者らが行った各種の実験の結果を、実施例1~4として説明する。
【実施例1】
【0025】
亜硝酸リチウム水溶液等の塩分除去効果を確認するための実験を行った。この実験では、塩化物イオンを一定量含有させた試験体(モルタル塊)を製作し、それらの試験体を亜硝酸リチウム水溶液、及び、その他の水溶液の中に一定期間浸漬し、その後、各試験体の内部の塩化物イオン濃度を測定し、分析を行った。また、同一条件で製作した試験体に対して電気化学的脱塩処理を行い、効果を比較した。
【0026】
試験体は、水セメント比(w/c)40%の1:2モルタルに、塩化ナトリウムを練り混ぜて、直径50mm、高さ100mmの円柱状に成型して製作した。そして、外側表面から水を与えて各試験体を湿潤状態(湿度98%以上)とし、
図1に示すように、水溶液3を満たした容器1の中に試験体2を収容して浸漬し、容器1の上部を密封して、直射日光が当たらない室内にて26週間静置した。
【0027】
尚、試験体2を浸漬する水溶液3として、濃度16%の亜硝酸リチウム水溶液(溶媒:石灰水(水酸化カルシウム飽和水溶液、pH12以上))を使用した。また、比較例として、石灰水と、石灰水に対して十分な量(試験体中に含まれる塩化物イオンの全量を吸着できる量)の陰イオン交換樹脂(強塩基性OH-型)を添加した水溶液とを用意し、同一の条件で試験体の浸漬処理を行った。
【0028】
更に、上記浸漬処理と並行して、電気化学的脱塩処理を行った。具体的には、中心位置に直径5mmの空洞部を有する円筒状の試験体2’(配合及び塩化物イオン濃度等の条件は、
図1の試験体2と同一)を製作し、
図2に示すように、空洞部に直径5mmの炭素棒4を挿入して、容器1内に収容するとともに、チタン製のメッシュ材5を、試験体2’の周囲を取り囲むように配置し、容器1内に電解質溶液3’を投入して、試験体2’及びメッシュ材5を浸漬させた。そして、炭素棒4とメッシュ材5をそれぞれ電源部6に接続し、炭素棒4を陰極、メッシュ材5を陽極として、電源部6から直流電流1A/m
2を印加して、8週間にわたって継続的に通電し、電気泳動の原理を利用して脱塩処理を行った。尚、電解質溶液3’としては、石灰水(pH12以上)を使用した。
【0029】
次に、浸漬実験を行った試験体2(
図1参照)を容器1から取り出し、
図3に示すように、上端から25mm下方の位置、及び、下端から25mm上方の位置(
図3において破線で示す位置)で水平方向に切断し、上部2a及び下部2cを取り除いて中間部2bを抽出し、更に、中間部2bを、外側部2d(外周面から中心に向かって7mmの深さまでの部分)と、内側部2e(
図3において斜線で示す部分)とに分離して、試料を採取した。また、電気化学的脱塩処理を行った試験体2’(
図2参照)についても、同じ方法で外側部と内側部とに分離し、試料を採取した。そして、それらの試料を個別に微粉砕し、JIS A 1154「硬化コンクリート中に含まれる塩化物イオンの試験方法」に準拠して、各試料の塩化物イオン濃度を測定した。それらの結果を
図4に示す。
【0030】
図4のグラフにおいて、「IA」は、石灰水に浸漬した試験体、「IB」は、陰イオン交換樹脂を添加した水溶液に浸漬した試験体、「IC16」は、16%亜硝酸リチウム水溶液に浸漬した試験体、「ID」は、電気化学的脱塩処理を行った試験体、「R」は、浸漬等を行うことなく、製作後そのままの状態で保管した試験体である。また、
図4に示す破線(C
lim)は、鋼材の腐食が発生する塩化物イオン濃度をモルタル換算(骨材を除く容積0.6m
3/m
3と仮定)した値(2.86kg/m
3)である。
【0031】
図4に示すように、電気化学的脱塩処理を行った試験体IDでは、外側部及び内側部のいずれにおいても、塩化物イオン濃度が大幅に低下した。一方、浸漬処理を行った試験体IA,IB,IC16では、外側部2dについては塩化物イオン濃度の低下が確認されたが、内側部2eについては、顕著な濃度低下は認められなかった。
【0032】
また、この実験結果から、亜硝酸リチウム水溶液等を用いて浸漬処理を行うことによって期待できる塩分除去効果(塩化物イオン濃度の低減効果)は、試験体の外側表面から少なくとも7mm程度の深さまで有効であることが判明した。更に、外側部(外側表面から7mmの深さまでの部分)に限定して考察すると、浸漬処理を行った試験体IA,IB,IC16の中で塩化物イオン濃度が最も低くなったのは、試験体IC16(16%亜硝酸リチウム水溶液に浸漬した試験体)であり(より詳細には、IC16<IB<IA)、従って、16%亜硝酸リチウム水溶液を使用した場合、石灰水、及び、陰イオン交換樹脂を添加した水溶液を使用する場合よりも、高い塩分除去効果を期待できることが確認された。
【実施例2】
【0033】
次に、亜硝酸リチウム水溶液を含浸させた保水性シート(保水性材料)を貼り付けた場合の塩分除去効果を確認するための実験を行った。この実験では、上記浸漬実験(実施例1)で使用した試験体と同一の試験体を使用した。
【0034】
まず、外側表面から水を与えて各試験体を湿潤状態(湿度98%以上)とし、それらの外側表面に、亜硝酸リチウム水溶液を含浸させた保水性シートを貼り付け、容器内に収容して密封し、直射日光が当たらない室内にて26週間静置し、その後、各試験体の内部の塩化物イオン濃度を測定した。
【0035】
保水性シートとしては、厚さ6mm、吸水量5000g/m2のものを2枚重ねた状態で使用した。また、保水性シートに含浸させる水溶液として、濃度16%の亜硝酸リチウム水溶液(溶媒:石灰水(pH12以上))を使用した。
【0036】
また、試験体のうち、一つのグループ(試験体S)に対しては、亜硝酸リチウム水溶液を含浸させた保水性シートを、4週間毎に新しいもの(亜硝酸リチウム水溶液を新たに含浸させた新しい保水性シート)と交換しながら実施し、他のグループ(試験体N)に対しては、保水性シートの交換を行わずに実施した。
【0037】
各試験体S,Nを容器から取り出して、実施例1と同じ要領で、試験体の中間部2bを外側部2dと内側部2e(
図3参照)とに分離して試料を採取し、塩化物イオン濃度の測定を行った。保水性シートの交換を行った試験体Sの外側部2dの塩化物イオン濃度の値は、実施例1の試験体IC16(16%亜硝酸リチウム水溶液に浸漬した試験体)の外側部2dの値(2.77kg/m
3、
図4参照)よりも低くなった(S<IC16)。一方、保水性シートの交換を行わなかった試験体Nの外側部2dの塩化物イオン濃度の値は、実施例1の試験体IC16の外側部2dの値よりも高くなった(S<IC16<N)。
【0038】
従って、16%亜硝酸リチウム水溶液を含浸した保水性シートを試験体の外側表面に貼り付けるとともに、保水性シートを定期的に交換した場合、16%亜硝酸リチウム水溶液に試験体を浸漬する場合よりも、高い塩分除去効果を期待できることが確認された。
【0039】
尚、保水性シートに含浸させる水溶液として、濃度16%の亜硝酸リチウム水溶液のほかに、濃度4%、及び、濃度8%の亜硝酸リチウム水溶液を使用して、同じ実験を行ったところ、亜硝酸リチウムの濃度が高いほど、高い塩分除去効果を期待できることが確認された。
【実施例3】
【0040】
亜硝酸リチウムの塩分除去メカニズムを検証するために、亜硝酸リチウム水溶液の平衡相対湿度を測定し、また、予防保全対策としての有効性を確認するために、実施例1の試験体IC中に浸透した亜硝酸イオンの分析を行った。
【0041】
本発明の発明者らは、コンクリートの内部と外部との湿度差によって塩分除去が促進される(湿度が高いコンクリートの内部から、湿度が低い外部へ、塩化物イオンが移動する)と仮定して、上記実験(実施例1及び実施例2)を行ったところ、一定の塩分除去効果が得られることを確認することができた。そして、表1に示す通り、実験に使用した濃度16%の亜硝酸リチウム水溶液の平衡相対湿度が、温度20℃の環境において、90%であることが確認された。この事実は、上記仮定と符合する。但し、平衡相対湿度と塩分除去率の間には他の影響も確認された。
【0042】
【0043】
図5は、実施例1と実施例2の試験体(ただし、試験体IBと試験体IDを除く)の外側部2dと内側部2eの塩化物イオン濃度の相関を示すグラフである。このグラフに示されるように、両者の塩化物イオン濃度は、負の相関性を示した。つまり、外側部2dの塩化物イオン濃度が低下するほど、内側部2eの塩化物イオン濃度は、初期(
図4の試験体R参照)の塩化物イオン濃度から増加する傾向があることが判明した。
【0044】
試験体に接触させる水溶液中の亜硝酸イオンが、試験体の内部(外側部2d及び内側部2e)に浸透する段階で、試験体の外側部2dに存在していた塩化物イオンの一部が、試験体の外部へ移動した一方で、他の一部が、試験体の内側部2eへ移動した可能性があると考えられる。つまり、亜硝酸イオンと塩化物イオンの共存が塩化物イオンの移動速度に影響を与えた要因は、「平衡論」と「速度論」の両者が関与したものと推察される。
【0045】
【0046】
実施例1の試験体IC中の亜硝酸イオンの分析結果は、上表の通りである。試験体IC中のNO2
-/Cl-モル比は、外側部2dで2.39、内側部2eで0.50であった。亜硝酸イオンは、塩化物イオンによって破壊された鋼材の不動態被膜を修復して、腐食反応を抑制する効果がある。既往研究によると、コンクリート内部にある塩化物イオンに対し、亜硝酸イオンのモル比が0.6以上であれば腐食抑制効果が高いと報告されている。
【0047】
直径50mmの試験体IC16において、内側部2eまで亜硝酸イオンが浸透していることが確認されたため、亜硝酸リチウム水溶液を用いて本発明に係る塩分除去方法を実施した場合、コンクリートの外側表面から概ね25mmの深さの範囲において、亜硝酸イオンによる腐食抑制効果を期待することができると考えられ、従って、予防保全対策として有効となり得ることが確認された。
【実施例4】
【0048】
外側表面から水を与えてコンクリートの内部を湿潤状態とさせる方法について実験を行って確認した。この実験では、試験体として、塩害を受けて撤去されたコンクリート部材(長さ3.7m、高さ1.7m)を用意し、ひび割れ等の損傷がなく、健全な外側表面(試験対象面、面積:30×30cm)を4箇所選定し、各試験対象面に対し、以下の4方法を個別に(1つの試験対象面に対し1つの方法を)実施して水(水道水)を与え、乾燥防止のためにラップを被せた状態で1日間静置した。
方法ア 散水(水量500g/m2をスプレーで散布)
方法イ 保水性シート(厚さ2mm、水量1500g/m2)の貼り付け
方法ウ 保水性シート(厚さ4mm、水量3000g/m2)の貼り付け
方法エ 保水性シート(厚さ6mm、水量5000g/m2)の貼り付け
【0049】
その後(1日経過後)、ラップ(方法イ~エにおいては、ラップ及び保水性シート)を撤去した。そして、各試験対象面から内部に向かって削孔を行い、約20mmの深さの位置に湿度センサを固定し、削孔を密封した状態で内部の湿度を測定した。尚、実験は室内で実施し、測定時の気温は24℃、湿度は65%であった。
【0050】
測定の結果、方法アを実施した試験対象面内部の湿度は88%、方法イ~エを実施した試験対象面内部の湿度はいずれも98%以上となった。この実験結果により、水1500g/m2以上を1日以上保水できる手段を用いることにより、コンクリートの内部を湿潤状態(湿度98%以上)とできることが確認された。
【符号の説明】
【0051】
1:容器、
2、2’:試験体、
2a:上部、
2b:中間部、
2c:下部、
2d:外側部、
2e:内側部、
3:水溶液、
3’:電解質溶液、
4:炭素棒、
5:メッシュ材、
6:電源部、
11:コンクリート構造物、
12:貯水槽