(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】電動機の冷却装置
(51)【国際特許分類】
B60K 11/04 20060101AFI20230502BHJP
B60K 1/02 20060101ALI20230502BHJP
B60L 3/00 20190101ALI20230502BHJP
H02K 9/19 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
B60K11/04 Z
B60K1/02
B60L3/00 H
H02K9/19 Z
(21)【出願番号】P 2019066141
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2022-02-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】寺尾 公伸
【審査官】福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-198019(JP,A)
【文献】特開2019-043243(JP,A)
【文献】特開2017-114210(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0178615(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 11/04
B60K 1/02
B60L 3/00
H02K 9/19
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載された二つの電動機に冷媒を供給すべく冷媒通路に介装され、前記冷媒の吐出量が変更可能に形成されたポンプと、
前記冷媒を前記電動機の各々に分配すべく前記冷媒通路に介装され、前記冷媒の分配率が変更可能に形成されたバルブと、
前記電動機の各々に要求される出力に基づいて二つの前記電動機の発熱量差を算出する算出部と、
前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御する制御部と、
前記電動機の各々の温度を検出する温度センサーと、を備え、
前記算出部が、二つの前記電動機の温度差を算出するとともに、
前記制御部が、前記温度差及び前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御する
ことを特徴とする、電動機の冷却装置。
【請求項2】
前記制御部が、
前記温度差が所定範囲内にある場合には
、発熱量の大きい一方の前記電動機に供給される前記冷媒が増加するように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を設定し、
前記温度差が所定範囲外にある場合には、前記温度差が所定範囲内にある場合と比較して高温な前記電動機に供給される前記冷媒が増加するように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を変更する
ことを特徴とする、請求項
1記載の電動機の冷却装置。
【請求項3】
前記冷媒の温度を検出する冷媒温度センサーを備え、
前記制御部が、前記冷媒の温度及び前記温度差及び前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御する
ことを特徴とする、請求項
1または
2記載の電動機の冷却装置。
【請求項4】
前記制御部が、前記冷媒の温度が高温であるほど、前記発熱量差に対する前記分配率の調整幅が大きくなるように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を変更する
ことを特徴とする、請求項
3記載の電動機の冷却装置。
【請求項5】
前記算出部が、二つの前記電動機の総発熱量を算出し、
前記制御部が、前記総発熱量に基づいて前記ポンプの前記吐出量を制御する
ことを特徴とする請求項1~
4のいずれか1項に記載の電動機の冷却装置。
【請求項6】
前記算出部が、前記電動機の各々の通電電流値が同一であるときの出力差を算出し、
前記制御部が、前記出力差に基づいて前記発熱量差と前記分配率との対応関係を更新する
ことを特徴とする、請求項1~
5のいずれか1項に記載の電動機の冷却装置。
【請求項7】
二つの前記電動機は、前記車両の左右輪の各々を駆動する
ことを特徴とする、請求項1~
6のいずれか1項に記載の電動機の冷却装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載された電動機を冷却する冷却装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両に搭載される電動機を冷却油の循環経路上に配置して、電動機の冷却性と潤滑性とを両立させる技術が知られている。冷却油は、吐出量や吐出圧が変更可能な電動オイルポンプや機械式オイルポンプから供給される。冷却油を冷媒とすることで、電動機の冷却回路と電動機の周囲に配置される油圧ブレーキ,クラッチ,ギヤなどの潤滑回路とを一体に形成することができ、装置構成の簡素化が容易となる(特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5449279号公報
【文献】特開2017-100700号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
既存の技術では、二つの電動機が車両に搭載されている場合に、同量の冷却油が各々の電動機に供給されるように冷却回路が形成される。一方、各々の電動機の温度は、出力に応じて発熱量が変動することから、必ずしも同一の温度にはならない。そのため、二つの電動機の出力特性が不均一となり、車体挙動が不安定化になることがある。例えば、左輪を駆動する左モーターと右輪を駆動する右モーターとが搭載された車両において、左右のモーター出力を相違させることで旋回動作を安定させる制御を実施するものが知られている。このような車両では、左右のモーター温度のばらつきによって所望のモーター出力が得られず、旋回時に発生するヨーモーメントや車両駆動力が減少しうる。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に鑑みて創案されたものであり、車両に搭載された二つの電動機の冷却装置に関し、電動機の温度のばらつきを抑制することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)開示の電動機の冷却装置は、車両に搭載された二つの電動機に冷媒を供給すべく冷媒通路に介装され、前記冷媒の吐出量が変更可能に形成されたポンプと、前記冷媒を前記電動機の各々に分配すべく前記冷媒通路に介装され、前記冷媒の分配率が変更可能に形成されたバルブとを備える。また、前記電動機の各々に要求される出力に基づいて二つの前記電動機の発熱量差を算出する算出部と、前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御する制御部とを備える。
【0007】
また、前記電動機の各々の温度を検出する温度センサーを備え、前記算出部が、二つの前記電動機の温度差を算出するとともに、前記制御部が、前記温度差及び前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御する。
(2)前記制御部が、前記温度差が所定範囲内にある場合には、発熱量の大きい一方の前記電動機に供給される前記冷媒が増加するように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を設定することが好ましい。また、前記温度差が所定範囲外にある場合には、前記温度差が所定範囲内にある場合と比較して高温な前記電動機に供給される前記冷媒が増加するように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を変更することが好ましい。
【0008】
(3)前記冷媒の温度を検出する冷媒温度センサーを備えることが好ましい。また、前記制御部が、前記冷媒の温度及び前記温度差及び前記発熱量差に基づいて前記分配率を制御することが好ましい。
(4)前記制御部が、前記冷媒の温度が高温であるほど、前記発熱量差に対する前記分配率の調整幅が大きくなるように、前記発熱量差と前記分配率との対応関係を変更することが好ましい。
【0009】
(5)前記算出部が、二つの前記電動機の総発熱量を算出し、前記制御部が、前記総発熱量に基づいて前記ポンプの前記吐出量を制御することが好ましい。
(6)前記算出部が、前記電動機の各々の通電電流値が同一であるときの出力差を算出し、前記制御部が、前記出力差に基づいて前記発熱量差と前記分配率との対応関係を更新することが好ましい。
(7)二つの前記電動機は、前記車両の左右輪の各々を駆動することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
電動機の発熱量差に応じて冷媒の分配率を制御することで、発熱量の大きい電動機を効率よく冷却することができ、温度のばらつきを抑制することができる。これにより、電動機の総合的な性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態としての冷却装置の構成を説明するための模式図である。
【
図2】バルブの開度と冷却油の分配率との関係を示すグラフである。
【
図3】(A)~(B)は電動機の回転数と出力との関係を示すグラフである。
【
図4】温度差及び冷却油温に応じたマップの選択を説明するための図である。
【
図5】総発熱量とポンプ回転数との関係を例示するグラフである。
【
図6】(A)~(B)は発熱量差と開度との関係を例示するグラフである。
【
図7】冷却装置による制御内容を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[1.構成]
以下、図面を参照して実施形態としての電動機の冷却装置を説明する。この冷却装置は、
図1に示す車両のAYC装置20に適用される。このAYC装置20は、AYC(アクティブヨーコントロール)機能を持った車両用のディファレンシャル装置であり、左右輪の間に介装される。AYC機能とは、左右駆動輪における駆動力(駆動トルク)の分担割合を主体的に制御することでヨーモーメントの大きさを調節し、これを以て車両のヨー方向の姿勢を安定させる機能である。本実施形態のAYC装置20は、AYC機能だけでなく、回転力を左右輪に伝達して車両を走行させる機能と、車両旋回時に発生する左右輪の回転数差を受動的に吸収する機能とを併せ持つ。
【0013】
AYC装置20の内部には、第一モーター1及び第二モーター2(二つの電動機)が内蔵される。第一モーター1は車両の左側に配置され、第二モーター2は右側に配置される。これらの第一モーター1,第二モーター2は、図示しないバッテリーの電力で駆動される交流モーターであり、好ましくは出力特性がほぼ同一とされる。左右駆動輪のトルクは可変であり、第一モーター1,第二モーター2のそれぞれのトルクに応じた大きさに制御される。二つのモーター1,2は、車両の左右輪の各々を駆動する。
【0014】
本実施形態では、第一モーター1,第二モーター2のそれぞれが歯車機構(差動機構や遊星歯車機構など)を介して左車軸と右車軸とに接続される。第一モーター1,左車軸,右車軸,第二モーター2の四者は、回転力を相互に伝達可能とされる。各々の回転速度は、共線図上で「第一モーター1、左車軸、右車軸、第二モーター2」の順序で直線状に配置される。したがって、左右駆動輪の回転数差は、第一モーター1及び第二モーター2の回転数差に比例した大きさとなる。また、第一モーター1及び第二モーター2の回転数が同一であるときに、左右駆動輪の回転数も同一となる。なお、左右駆動輪の負荷が同一であるとすれば、第一モーター1及び第二モーター2のトルクの大小関係が、そのまま左右駆動輪のトルクの大小関係に反映されることになる。
【0015】
第一モーター1には、その温度を検出する第一温度センサー5が取り付けられ、第二モーター2にもその温度を検出する第二温度センサー6が取り付けられる。第一温度センサー5,第二温度センサー6は、第一モーター1,第二モーター2のステータ内部やケーシング表面などに取り付けられ、それぞれの温度(第一モーター温度T1,第二モーター温度T2)を検出する。ここで検出された温度の情報は、後述する制御装置10に伝達される。
【0016】
図1に示すように、第一モーター1は第一冷却油通路3に介装され、第二モーター2は第二冷却油通路4に介装される。これらの冷却油通路3,4は、第一モーター1,第二モーター2を冷却しつつ潤滑する冷却油が循環する冷媒通路である。
図1中において、冷却油は第一冷却油通路3の内部を時計回りに循環し、第二冷却油通路4の内部を反時計回りに循環する。また、第一冷却油通路3及び第二冷却油通路4のうち、第一モーター1,第二モーター2からの戻り油が流通する区間は一本に合流している。
【0017】
第一冷却油通路3及び第二冷却油通路4の合流区間には、第一モーター1,第二モーター2に冷却油を供給するためのポンプ8が介装される。このポンプ8は、冷却油の吐出量が可変とされる。例えば、ポンプ回転数に比例して冷却油の吐出量(吐出流量)が増大するような特性を持ったポンプ8が用いられる。また、この合流区間には、冷却油の温度を検出する油温センサー7(冷媒温度センサー)が介装される。ここで検出された冷却油温Z(冷媒の温度)の情報は、制御装置10に伝達される。
【0018】
二つの冷却油通路3,4の合流区間のうち、第一モーター1側と第二モーター2側とに分岐する箇所には、バルブ9が設けられる。このバルブ9は、冷却油の分配率が変更可能に形成された三方弁であり、弁体の開度を調整することで、第一モーター1に供給される作動油の流量と第二モーター2に供給される作動油の流量との比率が変更される。本実施形態の分配率とは、第一モーター1側に流通する流量の総流量に対する割合を意味する。
【0019】
図2は、バルブ9の開度特性を例示するグラフである。バルブ9の開度と分配率との関係は、少なくとも一意に定まるように設定され、好ましくは開度が50%のときに分配率が0.5(第一モーター1側への流量:第二モーター2側への流量=50:50)となるように設定される。バルブ9の開度特性は、少なくとも開度が0%から100%まで増大する間に、分配率が常に減少する(あるいは常に増加する)ような特性に設定される。
【0020】
本実施形態のバルブ9は、開度が最小のときに分配率が最大となる特性を持ち、すなわち開度が最小のときに第一モーター1に供給される冷却油量が最大となる。同様に、開度が最大のときには分配率が最小となる特性を持ち、第一モーター1に供給される冷却油量が最小となる。なお、開度変化に対して分配率がリニアに変動する開度特性(
図2中の太実線)としてもよいし、曲線的な開度特性(
図2中の破線)としてもよい。また、
図2中に二点鎖線で示すように、分配率の変動範囲から0及び1を除外してもよい。これにより、第一モーター1,第二モーター2のいずれか一方のみに冷却油が供給される状態が確実に排除される。
【0021】
ポンプ8及びバルブ9の作動状態は、制御装置10によって制御される。制御装置10は、第一モーター1,第二モーター2の温度のばらつきを抑えるための制御を実施する電子制御装置(コンピューター)である。制御装置10には、プロセッサー(中央処理装置),メモリー(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、これらが内部バスを介して接続される。また、制御装置10には、第一温度センサー5,第二温度センサー6,油温センサー7,ポンプ8,バルブ9,アクセル開度センサー21,車速センサー22,操舵角センサー23が接続される。
【0022】
アクセル開度センサー21は、アクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を検出するセンサーである。また、車速センサー22は車両の走行速度(車速)を検出するセンサーであり、操舵角センサー23はステアリングの操舵角を検出するセンサーである。これらのセンサー21~23で検出された情報は、第一モーター1,第二モーター2の各々に要求されるモーター出力の大きさを算出するのに用いられる。なお、AYC機能を制御するための電子制御装置(AYC-ECU)が車両に搭載されている場合には、この電子制御装置から左右駆動輪の総トルク,トルク差,各モーター1,2の回転数などの情報を取得することで、各モーター出力の大きさを算出することも可能である。この場合、上記のセンサー21~23を省略することができる。
【0023】
本実施形態の制御装置10は、第一モーター温度T1,第二モーター温度T2,冷却油温Z,第一モーター1の要求出力,第二モーター2の要求出力などに基づいて、第一モーター1,第二モーター2の各々に供給される冷却油の流量を制御する。冷却油の分配率は、バルブ9の開度を調節することで制御可能であり、冷却油の総流量はポンプ8のポンプ回転数を調節することで制御可能である。
【0024】
第一モーター1,第二モーター2の出力特性は、各々のモーター温度T
1,T
2が上昇するにつれて低下する。
図3(A)中の実線は適温時の出力特性を示し、破線は温度上昇時の出力特性を示す。モーター温度の上昇により銅線の抵抗値が上昇し、同一の回転数で得られる出力が低下する。あるいは、インバーターの温度特性の変化によって、同一の回転数で得られる出力が低下する。また、第一モーター1と第二モーター2とが同一規格であったとしても、
図3(B)に示すように、製造誤差のばらつきによって同一の回転数で得られる出力が変化することもある。
【0025】
これらの出力特性の悪化を是正すべく、制御装置10は、第一モーター1の出力特性と第二モーター2の出力特性とが一致するように冷却油の流量を調節する。制御装置10の内部には、
図1に示すように、算出部11と制御部12とが設けられる。これらの要素は、制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものであり、個々の要素を独立したプログラムとして記述してもよいし、複数の機能を兼ね備えた複合プログラムとして記述してもよい。
【0026】
算出部11は、好ましくは以下の機能1~6を有し、少なくとも機能4を有する。
機能1.モーター1,2の温度差Yを算出する。
機能2.各モーター1,2に要求される要求出力を算出する。
機能3.要求出力に対応する発熱量G1,G2を推定する。
機能4.モーター1,2の発熱量差Pを算出する。
機能5.モーター1,2の総発熱量Qを算出する。
機能6.モーター1,2の通電電流値が同一であるときの出力差Rを算出する。
【0027】
機能1について、温度差Yは第一モーター温度T1から第二モーター温度T2を減じることで算出される(Y=T1-T2)。
機能2について、要求出力は、アクセル開度,車速,操舵角などに基づいて算出される。あるいは、AYC-ECUから伝達される左右駆動輪の総トルク,トルク差,各モーター1,2の回転数などの情報に基づいて算出される。また、その他の公知の手法を利用して要求出力を求めてもよい。
【0028】
機能3について、各モーター1,2の発熱量G1,G2は、各モーター1,2に供給される電力(要求出力に対応する電力)から各モーター1,2の仕事率(単位時間あたりの仕事量)を減じることで算出される。
機能4,5に関して、発熱量差Pは第一モーター1の発熱量G1から第二モーター2の発熱量G2を減じることで算出される(P=G1-G2)。一方、総発熱量Qは第一モーター1の発熱量G1と第二モーター2の発熱量G2との和として算出される(Q=G1+G2)。
機能6に関して、出力差Rは、第一モーター1及び第二モーター2の各々の要求出力が同一であるとき(例えば、車両が直進しているとき)の回転数差に基づいて算出される。
【0029】
なお、温度差Yは、その時点(現時点)における「モーター温度の偏り」を表すパラメーターである。また、発熱量差Pは、現時点から近い将来にかけての「モーター温度の変化の偏り」を表すパラメーターである。一方、総発熱量Qは、現時点から近い将来にかけての「トータルのモーター温度の変化」を表すパラメーターである。これらのパラメーターを算出することで、モーター温度の挙動が把握しやすくなり、制御装置10による制御精度が向上する。
【0030】
制御部12は、少なくとも発熱量差Pに基づいて、冷却油の分配率を制御する。好ましくは、総発熱量Qに基づいて、ポンプ吐出量も制御する。なお、冷却油の分配率を、温度差Y及び発熱量差Pに基づいて制御してもよい。あるいは、冷却油温Z,温度差Y,発熱量差Pの三者に基づいて制御してもよい。本実施形態の制御部12は、
図4~
図6に示すような特性に基づいてポンプ吐出量と冷却油の分配率とをともに制御する。ポンプ吐出量の設定にはポンプマップが用いられ、冷却油の分配率の設定にはバルブマップが用いられる。これらのポンプマップ,バルブマップは、あらかじめ複数用意されており、温度差Yや冷却油温Zに応じたものが一つずつ選択される。
【0031】
図4は、温度差Yと冷却油温Zとポンプマップ及びバルブマップとの対応関係を表す図である。ここでは、ポンプマップ及びバルブマップが12種類(A~L)ずつ用意されている。温度差Yが負の閾値Y
1未満(第一モーター1よりも第二モーター2が高温)である場合、ポンプマップ及びバルブマップは、冷却油温Zに応じてA~Dのいずれか一つが選択される。反対に、温度差Yが正の閾値Y
2以上(第二モーター2よりも第一モーター1が高温)である場合、ポンプマップ及びバルブマップは、冷却油温Zに応じてI~Lのいずれか一つが選択される。また、温度差Yが負の閾値Y
1以上かつ正の閾値Y
2未満(温度差が所定範囲内)である場合、ポンプマップ及びバルブマップは、冷却油温Zに応じてE~Hのいずれか一つが選択される。
【0032】
図5は、総発熱量Qとポンプ回転数との対応関係を規定するポンプマップの具体例(ポンプマップA~L)である。いずれのポンプマップにおいても、総発熱量Qが増大するにつれて、ポンプ回転数が上昇するように設定される。また、温度差Yを一定としたときに、冷却油温Zが低いほど、同一の総発熱量Qに対するポンプ回転数が低く設定され、冷却油温Zが高いほど、同一の総発熱量Qに対するポンプ回転数が高く設定される。さらに、温度差Yが所定範囲内(Y
1≦Y<Y
2)にある場合には、そうでない場合と比較して、同一の総発熱量Qに対するポンプ回転数が低く設定される。
【0033】
図6(A),(B)は、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係を規定するバルブマップの具体例(バルブマップA, E, I, D, H, L)である。いずれのバルブマップにおいても、発熱量差Pが増大する(第二モーター2よりも第一モーター1の発熱量が大きくなる)につれて、バルブ開度が減少する(第二モーター2よりも第一モーター1への流量が増加する)ように設定される。ここで、温度差Yが所定範囲内(Y
1≦Y<Y
2)にある場合のバルブマップを、図中に太実線で示す。また、温度差Yが負の閾値Y
1未満(第一モーター1よりも第二モーター2が高温)である場合のバルブマップは、図中に二点鎖線で示す。温度差Yが正の閾値Y
2以上(第二モーター2よりも第一モーター1が高温)である場合のバルブマップは、図中に破線で示す。
【0034】
温度差Yが所定範囲内にある場合のバルブマップは、発熱量差Pが0であるときのバルブ開度が50%になるように設定される。例えば、
図6(A)中のバルブマップE(実線グラフ)は、点W
0を通るグラフとして設定される。
図6(B)中のバルブマップHも、点W
0を通るグラフとして設定される。図示しないバルブマップF,Gについても同様である。つまり、温度差Yが所定範囲内にある場合には、発熱量の大きい一方のモーター1,2に供給される冷却油が増加するように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。
【0035】
一方、温度差Yが所定範囲外にある場合のバルブマップは、
図6(A)中のバルブマップA(二点鎖線グラフ)やバルブマップI(破線グラフ)に示すように、バルブマップEを縦軸方向に平行移動させたグラフとして設定される。このときの移動方向は、モーター温度が高い一方のモーター1,2に供給される冷却油が増加する方向とされる。つまり、温度差Yが所定範囲外にある場合には、温度差Yが所定範囲内にある場合と比較して、高温なモーター1,2に供給される冷却油が増加するように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。
【0036】
また、温度差Yを一定としたときに、冷却油温Zが高いほど、発熱量差Pに対するバルブ開度の調整幅が大きくなるように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。例えば、
図6(A)中のバルブマップEにおけるバルブ開度の調整幅X
1と比較して、
図6(B)中のバルブマップHにおけるバルブ開度の調整幅X
2との方が大きくなるように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。また、バルブマップA~DやバルブマップI~Lにおいても同様であり、冷却油温Zが高いほど、バルブ開度の調整幅が拡大される。
【0037】
なお、温度差Yが所定範囲外にある場合のバルブマップにおいて、発熱量差Pが0であるときのバルブ開度は、冷却油温Zが高いほど、モーター温度が高い一方のモーター1,2に供給される冷却油が増加するように調節してもよい。例えば、
図6(B)中の点W
4が
図6(A)中の点W
1よりも上に配置されるように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係を設定してもよい。同様に、
図6(B)中の点W
5が
図6(A)中の点W
2よりも下に配置されるように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係を設定してもよい。
【0038】
さらに、制御部12は、モーター1,2の出力差Rに基づいてポンプマップ及びバルブマップを更新する学習制御の機能を持つ。この学習制御では、例えばポンプマップにおいて、出力差Rが大きいほど総発熱量Qに対するポンプ回転数が上昇する方向に補正される。あるいは、バルブマップにおいて、出力差Rが大きいほど発熱量差Pに対するバルブ開度が開放される方向に補正される。学習制御を実施することで、
図3(B)に示すような製造誤差のばらつきによる、モーター特性の相違を小さくすることができ、制御装置10による制御が安定する。
【0039】
制御部12に実装されうる機能7~22を以下に列挙する。制御部12は、少なくとも機能7を有し、好ましくは機能7~22を有する。
=分配率の制御=
機能7.発熱量差Pに基づいて冷却油の分配率を制御する。
機能8.発熱量差Pが大きいほど発熱量の大きい一方への流量を増加させる。
機能9.温度差Yに基づいて冷却油の分配率を制御する。
機能10.温度差Yが所定範囲外にあるならば、温度差Yが所定範囲内にある場
合と比較して、高温な一方への流量を増加させる。
機能11.冷却油温Zに基づいて冷却油の分配率を制御する。
機能12.冷却油温Zが高温なほど、バルブ開度の調整幅を拡大する。
【0040】
=ポンプ吐出量の制御=
機能13.総発熱量Qに基づいてポンプ吐出量を制御する。
機能14.総発熱量Qが多いほどポンプ吐出量を増大させる。
機能15.温度差Yに基づいてポンプ吐出量を制御する。
機能16.温度差Yが所定範囲外にあるならば、温度差Yが所定範囲内にある場
合と比較して、ポンプ吐出量を増大させる。
機能17.冷却油温Zに基づいてポンプ吐出量を制御する。
機能18.冷却油温Zが高温であるほどポンプ吐出量を増大させる。
【0041】
=マップの学習制御=
機能19.出力差Rに基づいてポンプマップを更新する。
機能20.出力差Rが大きいほどバルブ開度を開放する。
機能21.出力差Rに基づいてバルブマップを更新する。
機能22.出力差Rが大きいほどポンプ吐出量を増大させる。
【0042】
[2.フローチャート]
図7は、制御装置10による制御内容を説明するためのフローチャートである。まず、第一モーター温度T
1,第二モーター温度T
2,冷却油温Zの各温度情報が制御装置10で取得される(ステップA1)。第一モーター温度T
1,第二モーター温度T
2は第一温度センサー5,第二温度センサー6で検出され、冷却油温Zは油温センサー7で検出される。また、各モーター1,2に要求されている要求出力を算出するための各種パラメーター(アクセル開度,車速,操舵角など)も取得される(ステップA2)。
【0043】
算出部11では、第一モーター温度T1から第二モーター温度T2を減じた温度差Yが算出されるとともに、各モーター1,2の要求出力に対応する発熱量G1,G2が算出される(ステップA3~A4)。温度差Yは、第一モーター1の方が高温なときに正となり、第二モーター2の方が高温なときに負となる。また、各モーター1,2の発熱量G1,G2の差が発熱量差Pとして算出され、和が総発熱量Qとして算出される(ステップA5)。本実施例では、第一モーター1の発熱量G1から第二モーター2の発熱量G2を減じたものが発熱量差Pとされる。したがって、第一モーター1の発熱量が大きい状況では発熱量差Pが正となり、第二モーター2の発熱量が大きい状況では発熱量差Pが負となる。
【0044】
制御部12では、温度差Yと冷却油温Zとに基づき、
図4に示す対応関係に従ってポンプマップ,バルブマップのそれぞれが選択される(ステップA6)。ここで選択されたバルブマップに基づいて発熱量差Pに対応するバルブ開度が設定され、そのバルブ開度が実現するようにバルブ9が制御される(ステップA7)。また、ステップA6で選択されたポンプマップに基づいて総発熱量Qに対応するポンプ回転数が設定され、そのポンプ回転数が実現するようにポンプ8が制御される(ステップA8)。
【0045】
ステップA7,A8の制御により、冷却油の分配率がバルブ開度に応じた割合となり、冷却油の吐出量(吐出流量)がポンプ回転数に応じた量となる。ここで、発熱量G1,G2の大きいモーター1,2への冷却油量が増大するように(あるいは、温度の高いモーター1,2への冷却油量が増大するように)第一モーター1,第二モーター2のそれぞれに供給される冷却油量が適正化される。これにより、モーター1,2の温度差Yが減少し、モーター1,2の総合的な性能が向上する。
【0046】
ステップA9では、学習制御の開始条件が成立するか否かが判定される。開始条件は、例えば第一モーター1及び第二モーター2の各々の要求出力が同一であることや、車両が直進走行していることである。これらのいずれかの条件が成立しない場合には、そのまま本フローを終了する。一方、開始条件が成立する場合には、算出部11において、第一モーター1及び第二モーター2の回転数差に基づいて出力差Rが算出される(ステップA10)とともに、出力差Rに基づいてポンプマップ,バルブマップのそれぞれが更新される(ステップA11)。
【0047】
[3.効果]
(1)上述の実施形態では、発熱量差Pに基づいて冷却油の分配率が制御される。発熱量差Pを分配率に反映させることで、発熱量の大きいモーター1,2を効率よく冷却することができ、温度のばらつきを減少させることができる。したがって、モーター1,2の総合的な性能を向上させることができる。
【0048】
(2)上述の実施形態では、モーター1,2の温度差Yに基づいて冷却油の分配率が制御される。温度差Yを分配率に反映させることで、高温なモーター1,2を効率よく冷却することができ、温度のばらつきを減少させることができる。したがって、モーター1,2の総合的な性能を向上させることができる。
【0049】
(3)
図6(A),(B)中のグラフE, Hに示すように、温度差Yが所定範囲内(Y
1≦Y<Y
2)にある場合には、発熱量の大きい一方のモーター1,2に供給される冷却油が増加するように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。このような設定により、発熱量の大きいモーター1,2を迅速に冷却することができ、温度のばらつきを短時間で減少させることができる。
【0050】
一方、
図6(A),(B)中のグラフA, I, D, Lに示すように、温度差Yが所定範囲外にある場合には、グラフE, Hと比較して高温なモーター1,2に供給される冷却油が増加するように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。このような設定により、より温度の高いモーター1,2を迅速に冷却することができ、温度のばらつきを短時間で減少させることができる。したがって、モーター1,2の総合的な性能を向上させることができる。
【0051】
(4)上述の実施形態においては油温センサー7が設けられ、冷却油温Zに基づいて冷却油の分配率が制御される。このように、冷却油温Zを分配率に反映させることで、冷却能力に応じた量の冷却油を各々のモーター1,2に供給することができ、冷却効率を向上させることができる。
【0052】
(5)上述の実施形態では、
図6(A),(B)に示すように、冷却油温Zが高温であるほど、発熱量差Pに対するバルブ開度の調整幅が大きくなるように、発熱量差Pとバルブ開度との対応関係が設定される。逆にいえば、冷却油温Zが低温であるほど、発熱量差Pに対するバルブ開度の調整幅が狭められる。このような設定により、モーター1,2が冷却油に奪われる単位時間あたりの熱量を調節することができ、モーター1,2を効率よく冷却することができる。したがって、モーター1,2の総合的な性能を向上させることができる。
【0053】
(6)上述の実施形態では、
図5に示すように、総発熱量Qに基づいてポンプ8の吐出量が制御される。これにより、想定される発熱量に見合った量の冷却油を供給して循環させることができ、モーター1,2を効率よく冷却することができる。
(7)上述の実施形態では、モーター1,2の出力差Rに基づく学習制御が実施されて、ポンプマップ及びバルブマップが更新される。これにより、例えば
図3(B)に示すような製造誤差によるモーター1,2の特性のばらつきを小さくすることができる。したがって、モーター1,2の総合的な性能を向上させることができる。
【0054】
[4.変形例]
上記の実施形態はあくまでも例示に過ぎず、本実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。例えば上述の実施形態では、冷却油を冷媒として冷却装置を説明したが、冷媒の種類は不問である。例えば、冷却油の代わりに冷却水を用いた構成としてもよい。また、ポンプ8やバルブ9の個数についても不問であり、複数のポンプ8,バルブ9を設けてもよい。
【0055】
また、上述の実施形態では、第一モーター1,第二モーター2がAYC装置20に内蔵される一対の電動機として設けられているが、これらのモーター1,2の機能や配置は変更可能である。したがって、例えば前輪を駆動する第一電動機と後輪を駆動する第二電動機とを備えた車両に上述の実施形態の冷却装置を適用することも可能である。少なくとも電動機の発熱量差に基づいて冷媒の分配率を変更することで、上述の実施形態と同様の効果を奏するものとなる。
【符号の説明】
【0056】
1 第一モーター
2 第二モーター
3 第一冷却油通路(冷媒通路)
4 第二冷却油通路(冷媒通路)
5 第一温度センサー
6 第二温度センサー
7 油温センサー(冷媒温度センサー)
8 ポンプ
9 バルブ
10 制御装置
11 算出部
12 制御部
P 発熱量差
Q 総発熱量
Y 温度差
Z 冷却油温
R 出力差