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特許7272353超硬合金、切削工具および超硬合金の製造方法
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  • 特許-超硬合金、切削工具および超硬合金の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】超硬合金、切削工具および超硬合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20230502BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
C22C29/08
B23B27/14 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020512898
(86)(22)【出願日】2019-09-20
(86)【国際出願番号】 JP2019036928
(87)【国際公開番号】W WO2020090280
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2018206545
(32)【優先日】2018-11-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山西 貴翔
(72)【発明者】
【氏名】津田 圭一
【審査官】清水 研吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-142947(JP,A)
【文献】特開平07-278719(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C
B23B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1硬質相および結合相を含む超硬合金であって、
前記第1硬質相はWCからなり、
前記結合相は、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素から構成され、
前記超硬合金中のCoの含有量をM1、前記超硬合金中のCrおよびMoの合計含有量をM2、前記超硬合金中のNi、CrおよびMoの合計含有量をM3、および前記超硬合金中のCo、Ni、CrおよびMoの合計含有量をM4と表したとき、
M4に対するM1の割合が15%以上50%以下であり、
M3に対するM2の割合が15%以上40%以下であり、
前記超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満であり、
前記Cr/Moリッチ粒子は、前記超硬合金の断面の元素マッピングにおいて、CrおよびMoの少なくとも1つの濃度がM4に対するM2の割合よりも高い領域の構成粒子である、超硬合金。
【請求項2】
周期表の第4族元素および第5族元素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第1元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の第2元素と、の化合物からなる第2硬質相をさらに含む、請求項1に記載の超硬合金。
【請求項3】
前記化合物は、炭化物である、請求項2に記載の超硬合金。
【請求項4】
前記炭化物は、TiC、NbC、TaC、TaNbCおよびTiNbCから選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の超硬合金。
【請求項5】
前記第2硬質相を構成する前記化合物の平均粒子径は、0.1μm以上5μm以下である、請求項2から4のいずれか1項に記載の超硬合金。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の超硬合金からなる基材を備える切削工具。
【請求項7】
前記基材の表面の少なくとも一部に被膜を備える、請求項6に記載の切削工具。
【請求項8】
第1硬質相の原料粉末および結合相の原料粉末を混合して、混合粉末を調製する工程と、
前記混合粉末を加圧成形して成形体を調製する工程と、
前記成形体を焼結して超硬合金を作製する工程と、を備え、
前記第1硬質相の原料粉末はWC粉末であり、
前記結合相の原料粉末はCo粉末と合金粉末とを含み、
前記合金粉末は、NiとCrとからなる合金粉末およびNiとCrとMoとからなる合金粉末の少なくとも一方であり、
前記結合相の原料粉末において、Coの含有量をW1、CrおよびMoの合計含有量をW2、Ni、CrおよびMoの合計含有量をW3、Co、Ni、CrおよびMoの合計含有量をW4と表したとき、
W4に対するW1の割合が15%以上50%以下であり、
W3に対するW2の割合が15%以上40%以下である、超硬合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、超硬合金、切削工具および超硬合金の製造方法に関する。本出願は、2018年11月1日に出願した日本特許出願である特願2018-206545号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
切削工具の基材として、高い硬度を有する超硬合金が用いられている。近年、切削工具に対し、耐熱合金などの難削材への加工ニーズが高まっている。このような難削材の切削加工時には、切削工具の刃先が高温となる傾向があり、これに伴う工具寿命の低下が問題となっている。
【0003】
上述のような工具寿命の低下を抑制すべく、たとえば特許文献1(特開2014-208889号公報)には、Al、Alを含む金属間化合物などの高温耐性に優れた材料を含む超硬合金(焼結体)が開示されている。また、たとえば特許文献2(特表2013-544963号公報)には、超硬合金の耐熱性を向上させるにあたって、超硬合金の結合相にCrおよびMoを含ませることが効果的であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-208889号公報
【文献】特表2013-544963号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示の一態様に係る超硬合金は、第1硬質相および結合相を含む超硬合金であって、第1硬質相はWCからなり、結合相は、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素から構成され、超硬合金中のCoの含有量をM1、超硬合金中のCrおよびMoの合計含有量をM2、超硬合金中のNi、CrおよびMoの合計含有量をM3、および超硬合金中のCo、Ni、CrおよびMoの合計含有量をM4と表したとき、M4に対するM1の割合(M1/M4)が15%以上50%以下であり、M3に対するM2の割合(M2/M3)が15%以上40%以下であり、超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満である。
【0006】
本開示の一態様に係る切削工具は、上記超硬合金からなる基材を備える切削工具である。
【0007】
本開示の一態様に係る超硬合金の製造方法は、第1硬質相の原料粉末および結合相の原料粉末を混合して混合粉末を調製する工程と、混合粉末を加圧成形して成形体を調製する工程と、成形体を焼結して超硬合金を作製する工程と、を備え、第1硬質相の原料粉末はWC粉末であり、結合相の原料粉末はCo粉末と合金粉末とを含み、合金粉末は、NiとCrとからなる合金粉末およびNiとCrとMoとからなる合金粉末の少なくとも一方であり、結合相の原料粉末において、Coの含有量をW1、CrおよびMoの合計含有量をW2、Ni、CrおよびMoの合計含有量のW3、Co、Ni、CrおよびMoの合計含有量をW4と表したとき、W4に対するW1の割合(W1/W4)が15%以上50%以下であり、W3に対するW2の割合(W2/W3)が15%以上40%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、実施例1~17および比較例1~12の各試験結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
しかしながら、AlおよびAlを含む金属間化合物は脆性物質である。このため、AlおよびAlを含む金属間化合物を含む超硬合金においては、市場要求レベルを満たすほどの高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立させることが難しい。またCrおよびMoを超硬合金に添加する技術は、切削工具への適用が困難なのが実情である。切削工具に求められる耐熱性を確保すべく、超硬合金へのCrおよびMoの添加量を増やしても、期待されるような耐熱性の向上が見られないばかりか、硬度までもが低下する傾向にあるためである。
【0010】
このように、従来の技術では、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立する超硬合金を提供するには至っていない。本開示では、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立する超硬合金、切削工具および超硬合金の製造方法を提供することを目的とする。
【0011】
[本開示の効果]
本開示によれば、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立する超硬合金および切削工具を提供することができる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0013】
〔1〕本開示の一態様に係る超硬合金は、第1硬質相および結合相を含む超硬合金であって、第1硬質相はWCからなり、結合相は、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素から構成され、超硬合金中のCoの含有量をM1、超硬合金中のCrおよびMoの合計含有量をM2、超硬合金中のNi、CrおよびMoの合計含有量をM3、および超硬合金中のCo、Ni、CrおよびMoの合計含有量をM4と表したとき、M4に対するM1の割合(M1/M4)が15%以上50%以下であり、M3に対するM2の割合(M2/M3)が15%以上40%以下であり、超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満である。Cr/Moリッチ粒子は、前記超硬合金の断面の元素マッピングにおいて、CrおよびMoの少なくとも1つの濃度がM4に対するM1の割合よりも高い領域の構成粒子である。
【0014】
上記超硬合金によれば、割合M1/M4が15%以上50%以下であるため、結合相中におけるCoの含有量(質量%)が適切となる。これにより、超硬合金の焼結性が高まり、もって、超硬合金の耐欠損性を向上させることができる。また上記超硬合金によれば、上記に加え、さらに割合M2/M3が15%以上40%以下であるため、結合相中におけるCrおよびMoの合計含有量(質量%)が適切となる。これにより、超硬合金の耐熱性を向上させることができる。なおCrとMoとの合計含有量に関し、Moの含有量は0質量%の場合も含む。
【0015】
一方、M1/M4が15%未満の場合、Coの含有量(質量%)が不十分であるために、超硬合金の耐欠損性が低下する。M1/M4が50%超の場合、相対的にM2の割合が減少することによる耐熱性の低下が引き起こされる。またM2/M3が15%未満の場合、CrおよびMoの合計含有量(質量%)が不十分であるために、超硬合金の耐熱性が低下する。M2/M3が40%を超える場合、CrおよびMoの少なくとも1つがNiおよびCoに固溶しきれずに、炭化物、金属間化合物といった状態で超硬合金内に存在してしまい、結果的に、耐熱性が低下および耐欠損性の低下が引き起こされる。
【0016】
また本開示の一態様に係る上記超硬合金は、さらにCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満である。なお、Cr/Moリッチ粒子は、CrおよびMoの少なくとも1つを高い比率で含む粒子であるが、詳細については後述する。以下、Cr/Moリッチ粒子を構成する化合物を総称して、「Cr/Mo化合物」ともいう。
【0017】
CrおよびMoは、超硬合金中において、金属として存在することができる一方で、Cr/Mo化合物として存在することもできる。CrおよびMoは、超硬合金中に金属として存在する場合に、超硬合金の耐熱性の向上に寄与することができるが、Cr/Mo化合物として存在する場合には、これに寄与することはできない。そればかりか、Cr/Mo化合物は超硬合金の破壊靱性の低下を引き起こしてしまう。Cr/Mo化合物自体が脆性物質だからである。
【0018】
なお「金属として存在する」とは、超硬合金中において、他の金属元素と合金を形成した状態で存在することを意味する。CrおよびMoと合金を形成する他の金属元素としては、CoおよびNiが挙げられる。
【0019】
本開示の一態様に係る上記超硬合金によれば、Cr/Mo化合物により構成されるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満であることから、CrおよびMoの少なくとも1つがCr/Mo化合物として存在する割合は十分に低く、CrおよびMoの少なくとも1つのほとんどが金属として存在している。このため、この超硬合金においては、Cr/Moリッチ粒子に起因する、耐熱性の低下および破壊靱性の低下を十分に抑制することができる。
【0020】
したがって、本開示の一態様に係る超硬合金によれば、市場要求レベルを満たし得る、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立することができる。
【0021】
〔2〕上記超硬合金は、周期表の第4族元素(Ti、Zr、Hfなど)および第5族元素(V、Nb、Taなど)からなる群より選ばれる少なくとも1種の第1元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の第2元素と、の化合物からなる第2硬質相をさらに含む。これにより、上記超硬合金は、さらに第2硬質相に起因する特性をも発揮することができる。
【0022】
〔3〕上記化合物は、炭化物である。この場合、耐酸化性、耐反応性等に優れる。
【0023】
〔4〕上記炭化物は、TiC、NbC、TaC、TaNbCおよびTiNbCから選択される少なくとも1種である。この場合、耐酸化性、耐反応性等に優れる。
【0024】
〔5〕上記第2硬質相を構成する上記化合物の平均粒子径は、0.1μm以上5μm以下である。この場合、第2硬質相は、十分に高い硬度を有することができる。化合物の平均粒子径が5.0μmを超える場合、第2硬質相の構造が疎となり、十分な硬度が維持できない場合がある。
【0025】
〔6〕本開示の一態様に係る切削工具は、上記超硬合金からなる基材を備える。当該切削工具によれば、上記超硬合金を基材として備えるため、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立することができ、もって切削寿命に優れることができる。
【0026】
〔7〕上記切削工具は、基材の表面の少なくとも一部に被膜を備える。これにより、上記切削工具は、さらに被膜の特性をも発揮することができる。
【0027】
〔8〕本開示の一態様に係る超硬合金の製造方法は、第1硬質相の原料粉末および結合相の原料粉末を混合して混合粉末を調製する工程と、混合粉末を加圧成形して成形体を調製する工程と、成形体を焼結して超硬合金を作製する工程と、を備える。第1硬質相の原料粉末はWC粉末であり、結合相の原料粉末は、Co粉末と合金粉末とを含み、合金粉末は、NiとCrとからなる合金粉末(NiCr粉末)およびNiとCrとMoとからなる合金粉末(NiCrMo粉末)の少なくとも一方である。結合相の原料粉末において、Coの含有量をW1、CrおよびMoの合計含有量をW2、Ni、CrおよびMoの合計含有量のW3、Co、Ni、CrおよびMoの合計含有量をW4と表したとき、W4に対するW1の割合(W1/W4)が15%以上50%以下であり、W3に対するW2の割合(W2/W3)が15%以上40%以下である。
【0028】
本開示の一態様に係る製造方法によれば、結合相の原料粉末として、NiCr粉末およびNiCrMo粉末の少なくとも一方を含む粉末が用いられる。仮に、CrまたはMoを、単一の金属元素の状態、すなわちCr粉末またはMo粉末の状態で用いた場合、または炭化物の状態、すなわちCr32粉末またはMo2C粉末の状態で用いた場合、Cr/Mo化合物の析出が顕著となってしまう。
【0029】
これに対し、本開示の一態様に係る製造方法によれば、CrおよびMoを、NiCrおよびNiCrMoといった合金の状態で用いる。NiCrおよびNiCrMoは、炭素や他の元素と反応するために必要とされるエネルギー(反応エネルギー)が大きい。このため、焼結工程においてCr/Mo化合物を形成し難く、超硬合金内においても、合金の状態で存在することができる。したがって、合金の状態で添加されたCrおよびMoは、最終製造物である超硬合金内においても、耐熱性の向上に寄与することができる。
【0030】
ここで、NiCrおよびNiCrMoは焼結性に劣る傾向がある。このため、原料粉末として単にこれら合金粉末を用いただけでは、超硬合金の焼結性は低下してしまい、結果的に、十分な耐欠損性を有することができない。これに対し、本開示の一態様に係る製造方法によれば、これらの合金粉末とともに、Co粉末が用いられる。Co粉末は、焼結時の液相出現温度が合金粉末よりも低い。このためCoは、NiCrおよびNiCrMoに先んじてWCに対して濡れることができ、これによって、超硬合金の焼結性が高く維持されることとなる。すなわち、本開示の一態様に係る製造方法によれば、合金粉末を用いることに起因する焼結性の低下を抑制することができる。
【0031】
したがって、上記超硬合金の製造方法によれば、市場要求レベルを満たし得る、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立することができる超硬合金を製造することができる。
【0032】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)について説明する。ただし、本実施形態はこれらに限定されるものではない。また、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味しており、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。また本明細書において、「TaC」、「NbC」などの化学式において特に原子比を特定していないものは、各元素の原子比が「1」のみであることを示すものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。
【0033】
〈超硬合金の製造方法〉
本実施形態に係る超硬合金の理解を容易とするために、まず、超硬合金の製造方法について説明する。本実施形態に係る超硬合金は、以下の各工程を経ることにより製造することができる。
【0034】
《混合粉末を調製する工程》
本工程では、第1硬質相の原料粉末および結合相の原料粉末を混合して、混合粉末を調製する。なお、第2硬質相をさらに備える超硬合金を製造する場合には、さらに第2硬質相の原料粉末を混合すればよい。各粉末の平均粒子径は、0.1~50μmの範囲であればよい。本願明細書において、各粉末の平均粒子径はフィッシャー法により算出される値である。
【0035】
(第1硬質相の原料粉末)
第1硬質相の原料粉末はWC粉末である。WC粉末の平均粒子径は、好ましくは0.1~10μmである。この場合、最終製造物である超硬合金における第1硬質相は、十分に高い硬度を有することができ、もって超硬合金の硬度を高めることができる。WC粉末の平均粒子径が10μmを超える場合、第1硬質相の構造が疎となり、十分な硬度が維持できない場合がある。WC粉末の平均粒子径は、より好ましくは0.5~3μmであり、さらに好ましくは1.1~1.5μmである。
【0036】
(結合相の原料粉末)
結合相の原料粉末は、Co粉末と合金粉末とを含む。合金粉末は、NiCr粉末およびNiCrMo粉末の少なくとも一方である。結合相の原料粉末は、結合相の元素比を制御する目的で、さらにNi粉末を混合させてもよい。
【0037】
結合相の原料粉末がMoを含む場合、すなわち、結合相の原料粉末としてNiCrMo粉末を用いる場合、NiCrMoの合金中におけるCrの含有量(質量%)は、該合金中におけるMoの含有量(質量%)以上であることが好ましい。Crの含有量がMoの含有量よりも少ない場合、結合相の耐酸化性が低下してしまい、結果的に超硬合金の切削寿命が低下する場合がある。
【0038】
(第2硬質相の原料粉末)
第2硬質相の原料粉末は、周期表の第4族元素(Ti、Zr、Hfなど)および第5族元素(V、Nb、Taなど)からなる群より選ばれる少なくとも1種の第1元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の第2元素と、の化合物からなる粉末である。特に、第1元素はTi、Nb、Taのいずれか1種以上を含むことが好ましく、第2元素はCが好ましい。この場合、第2硬質相はTiC、NbC、TaC、TaNbC、TiNbCといった炭化物となることができる。このような炭化物は、耐酸化性および耐反応性に優れる。たとえばTiCおよびNbCからなる第2硬質相を備える超硬合金を製造する場合には、TiC粉末およびNbC粉末からなる混合粉末が、第2硬質相の原料粉末となる。
【0039】
第2硬質相の原料粉末の平均粒子径は、好ましくは0.1~5μmである。この場合、最終製造物である超硬合金における第2硬質相は、十分に高い硬度を有することができ、もって超硬合金の硬度を高めることができる。第2硬質相の原料粉末の平均粒子径が5μmを超える場合、第2硬質相の構造が疎となり、十分な硬度が維持できない場合がある。第2硬質相の原料粉末の平均粒子径は、より好ましくは0.3~1μmであり、さらに好ましくは0.5~0.8μmである。
【0040】
(各原料粉末を混合する方法)
次に、準備された各原料粉末を混合する。混合方法は特に制限されず、たとえばアトライター、ボールミル、ビーズミル、ジェットミル、乳鉢などを用いて各原料粉末を混合することができる。混合時間は混合に用いる機器によって異なるが、0.1~48時間の任意の時間とすることができる。均一な混合粉末を効率よく作製する観点からは、混合時間は好ましくは2~15時間である。
【0041】
(各原料粉末の配合割合)
WC粉末、結合相の原料粉末および第2硬質相の原料粉末の配合割合は、以下のように調製されることが好ましい。
WC粉末:30~95質量%;
結合相の原料粉末:1~30質量%;
第2硬質相の原料粉末:0~65質量%。
【0042】
上記の配合量であれば、超硬合金を切削工具に利用するに際し、切削工具の性能として求められる硬度と緻密性とを十分に確保することができる。各原料粉末の配合割合はより好ましくは、WC粉末が80~95質量%、結合相の原料粉末が1~15質量%、第2硬質相の原料粉末が0~15質量%である。この場合、超硬合金の硬度と靱性とのバランスをより良好に維持することができる。
【0043】
また結合相の原料粉末に関し、結合相の原料粉末全体を100質量%とし、Coの含有量(質量%)をW1、CrおよびMoの合計含有量(質量%)をW2、Ni、CrおよびMoの合計含有量(質量%)をW3、Co、Ni、CrおよびMoの合計含有量(質量%)をW4と表したとき、割合W1/W4が15~50%であり、W2/W3が15~40%である。したがってたとえば、結合相の原料粉末に関し、Co粉末、Ni粉末、Cr粉末およびMo粉末の総量(100質量%)に対する各元素の割合は、以下のように調製することができる。
Co粉末 :15~50質量%
Ni粉末 :30~70質量%
Cr粉末およびMo粉末(合計):7.5~20質量%。
【0044】
なお第1硬質相の原料粉末の平均粒子径は、超硬合金における第1硬質相を構成するWC粒子の平均粒子径に略一致する。同様に第2硬質相の原料粉末の平均粒子径は、超硬合金における第2硬質相を構成する各粒子の平均粒子径に略一致する。したがって、それぞれの原料粉末の平均粒子径を調製することにより、所望の平均粒子径を有する超硬合金を製造することが可能である。
【0045】
《成形体を調製する工程》
本工程では、混合粉末を加圧成形して成形体を調製する。加圧成形する方法は特に制限されず、一般的に用いられている焼結体の加圧成形方法を利用することができる。たとえば、Taカプセルなどの硬合金製の金型内に混合粉末を入れ、これをプレスすることにより、成形体を得ることができる。プレスの圧力は10MPa~16GPaであり、たとえば100MPaである。
【0046】
《超硬合金を調製する工程》
本工程では、成形体を焼結して超硬合金を作製する。焼結は、結合相の液相が出現してから十分な時間をかけて焼結することが好ましい。焼結の最高温度は好ましくは1400~1600℃である。最高温度でのキープ時間は、好ましくは0.5~2時間である。最高温度でのガス分圧は、好ましくは0.1~10kPaである。最高温度から室温までの冷却速度は、好ましくは2~50℃/minである。また焼結時の雰囲気は、真空、アルゴン雰囲気、窒素雰囲気、または水素雰囲気とすることが好ましい。
【0047】
《作用効果》
上述の本実施形態に係る超硬合金の製造方法は、結合相の原料粉末として、Co粉末のほかに、NiCr粉末およびNiCrMo粉末といった合金粉末を用いることを特徴とする。これにより、Cr、Moのそれぞれの単一元素からなる粉末、または各元素と炭素との炭化物からなる粉末を用いた場合には製造できなかった、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立する超硬合金を製造することが可能となる。
【0048】
ここで、合金粉末を用いることによって上記のような優れた超硬合金が製造される理由を明確にすべく、結合相の原料粉末として、Co粉末、Ni粉末およびCr粉末を用いて製造する場合について説明する。
【0049】
この場合、焼結に供される成形体には、WC粉末、Co粉末、Ni粉末およびCr粉末が含まれることになる。この成形体において、Co、NiおよびCrは、結合相中に金属として存在させることを目的に添加されるものである。特にCrは、結合相中に金属として存在することにより、耐熱性の向上が期待される元素である。
【0050】
しかしこのような成形体が焼結される際、Crは、超硬合金内において金属として存在することができる一方で、炭化物または金属間化合物としても存在することもできる。Crは、炭化物の状態でも金属間化合物の状態でも安定な元素だからである。たとえば、超硬合金中の炭素の含有量が多い場合には、炭化物(Cr32など)として存在する傾向にあり、超硬合金中の炭素の含有量が少ない場合には、金属間化合物(NiCrなど)として存在する傾向にある。なお炭化物の炭素は、第1硬質相を構成する原料に含まれるCのほか、混合時のメディア、焼結時のカーボン治具などに由来する。
【0051】
このため、結合相中において、十分な量のCrを金属の状態で存在させることが難しく、結果的に、Crを添加することによって期待された耐熱性が得られないこととなる。さらに、Crの炭化物およびCrの金属間化合物は、脆性物質であるため、超硬合金の破壊靱性を低下させ、耐欠損性の低下を引き起こす要因となる。つまり、結合相の原料粉末として、Co粉末、Ni粉末およびCr粉末を用いた場合、所望される耐熱性が発揮されないばかりか、耐欠損性までもが不十分となってしまう。
【0052】
結合相の原料粉末としてMo粉末を含む場合にも同様のことが言える。すなわち、Moもまた、結合相中に金属として存在することによる耐熱性の向上が期待される元素であるが、やはり、炭化物(Mo2Cなど)または金属間化合物として超硬合金内に析出し易い傾向がある。特に、CrとMoとの両元素を添加する場合には、CrおよびMoの合計含有量の増加に伴い、上記の炭化物および金属間化合物の析出頻度が増大してしまう。
【0053】
このように、結合相中にCrおよびMoの少なくとも1つを金属として存在させることを目的に、Cr粉末およびMo粉末の少なくとも1つを用いた場合、CrおよびMoの少なくとも1つは、超硬合金中にCr/Mo化合物として存在してしまい、耐熱性の向上に寄与しないばかりか、耐欠損性の低下を引き起こしてしまうこととなる。これは、Cr炭化物粉末(たとえばCr32)およびMo炭化物粉末(たとえばMo2C)を用いた場合にも同様である。
【0054】
これに対し、本実施形態に係る製造方法によれば、成形体中において、CrおよびMoは、Niとの合金粉末(NiCrまたはNiCrMo)として存在する。これらの合金粉末は、Cr粉末、Mo粉末、およびこれらの炭化物粉末と比べて反応エネルギーが大きい。このため焼結時において、これらの合金がCr/Mo化合物へと変化することは難しく、結果的に、金属として超硬合金内に存在することができる。
【0055】
ただし、単に上記の合金粉末を用いるだけでは、超硬合金の破壊靱性は不十分となり、超硬合金の耐欠損性が低下してしまう。上記の合金粉末が焼結性に劣るためである。これを抑制すべく、本実施形態に係る製造方法においては、合金粉末とともにCo粉末が適切な配合量で用いられている。これにより、合金粉末による焼結性の低下を抑制することができる。これは、合金の液相出現温度がCoよりも高いために、焼結工程において、WCとの濡れ性に優れるCoがWCと先に濡れることができ、結果的に、超硬合金の焼結性を向上させるためである。
【0056】
なお、特許文献2では、WCからなる第1硬質相と、Niを含む結合相とからなる超硬合金に対し、耐熱性を向上させるべく、CrおよびMoの少なくとも1つを添加する技術が開示されるが、このような超硬合金は切削工具の用途に用いることはできない。Niの焼結性は、Coと比べて顕著に低いためである。
【0057】
〈超硬合金〉
本実施形態に係る超硬合金は、上述の製造方法により製造される超硬合金である。具体的には、第1硬質相および結合相を含む超硬合金であって、第1硬質相はWCからなり、結合相は、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素から構成される。また、超硬合金中のCoの含有量をM1、超硬合金中のCrおよびMoの合計含有量をM2、超硬合金中のNi、CrおよびMoの合計含有量をM3、および超硬合金中のCo、Ni、CrおよびMoの合計含有量をM4と表したとき、割合M1/M4が15~50%であり、割合M2/M3が15~40%であり、超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満である。
【0058】
《第1硬質相》
本実施形態に係る超硬合金は、WCからなる第1硬質相を含む。超硬合金における第1硬質相の割合は、好ましくは30~95質量%である。この場合、切削工具の性能として求められる硬度を十分に確保することができる。超硬合金における第1硬質相の割合は、より好ましくは80~95質量%である。この場合、超硬合金の硬度と靱性とのバランスをより良好に維持することができる。
【0059】
第1硬質相を構成するWCの平均粒子径は特に制限されないが、好ましくは0.1~10μmである。この場合、第1硬質相は十分に高い硬度を有することができる。WCの平均粒子径が10μmを超える場合、第1硬質相の構造が疎となり、十分な硬度が維持できない場合がある。WCの平均粒子径は、より好ましくは0.5~3μmであり、さらに好ましくは1.1~1.5μmである。
【0060】
超硬合金における第1硬質相の割合は、たとえばICP(高周波誘導プラズマ)発光分光分析法により求めることができる。具体的には、超硬合金を粉砕し、ICP発光分光分析法により、粉砕物における各元素の含有割合を求め、これに基づいて各成分の組成比を試算することにより、WCの割合が求められる。以下の結合相、および第2硬質相の含有割合、およびCo、Ni、CrおよびMoの各元素の含有割合も同様にして求められる。
【0061】
《結合相》
本実施形態に係る超硬合金は、さらに結合相を含む。結合相は、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素から構成される。超硬合金における結合相の割合は、好ましくは1~30質量%である。この場合、切削工具の性能として求められる耐欠損性を十分に確保しつつ、結合相に含まれる元素に起因する耐熱性を十分に発揮することができる。超硬合金における結合相の割合は、より好ましくは1~15質量%である。この場合、耐欠損性と耐熱性とのバランスをより良好に維持することができる。
【0062】
《第2硬質相》
本実施形態に係る超硬合金は、さらに第2硬質相を含んでもよい。第2硬質相は、周期表の第4族元素および第5族元素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第1元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の第2元素と、の化合物からなる。該化合物は、TiC、NbC、TaC、TaNbC、TiNbCなどの炭化物であることが好ましい。この場合、耐酸化性、耐反応性等に優れる。
【0063】
第2硬質相を構成する化合物の平均粒子径は、好ましくは0.1~5μmである。この場合、第2硬質相は、十分に高い硬度を有することができる。化合物の平均粒子径が5.0μmを超える場合、第2硬質相の構造が疎となり、十分な硬度が維持できない場合がある。化合物の平均粒子径は、より好ましくは0.3~1μmであり、さらに好ましくは0.5~0.8μmである。
【0064】
《割合M1/M4》
本実施形態に係る超硬合金は、割合M1/M4が15~50%である。割合M1/M4が15~50%であることにより、結合相中のCoの含有量(質量)が適切となり、もって超硬合金の耐欠損性と耐熱性との両特性が優れることとなる。一方、割合M1/M4が15%未満の場合、Coの含有量(質量%)が低いことに起因して超硬合金の焼結性が低くなるため、結果的に十分な耐欠損性が得られない。また割合M1/M4が50%を超える場合、耐熱性を向上させるためのCrおよびMoの合計含有量(質量%)が相対的に少なくなるため、十分な耐熱性が得られない。
【0065】
《割合M2/M3》
本実施形態に係る超硬合金は、割合M2/M3が15~40%である。これにより、耐熱性を発揮する元素であるCrおよびMoの合計含有量(質量%)が適切となるため、超硬合金は高い耐熱性を有することができる。一方、割合M2/M3が15%未満の場合、CrおよびMoの合計含有量(質量%)が不十分となり、十分な耐熱性が得られない。また割合M2/M3が40%を超える場合、CrおよびMoの少なくとも1つがNiに固溶しきれずに、脆性物質であるCr/Mo化合物として、超硬合金内に析出してしまう。このため、耐熱性が低下および耐欠損性の低下が引き起こされる。
【0066】
なお、M1~M4の各単位は質量%であり、上述のICP発光分光分析法により求められる。また超硬合金の表面に被膜などが設けられている場合には、予め研削加工を行って、被膜を除去した後に、ICP発光分光分析法を実施することが好ましい。
【0067】
《Cr/Moリッチ粒子》
Cr/Moリッチ粒子は、CrおよびMoの少なくとも1つを高い比率で含む粒子であるが、具体的には、超硬合金の断面の元素マッピングにおいて、CrおよびMoの少なくとも1つの濃度(原子%)が、超硬合金全体における割合M2/M4〔M4(超硬合金中のCo、Ni、CrおよびMoの合計含有量)に対するM2(超硬合金中のCrおよびMoの合計含有量)の比率〕(質量%)よりも高い領域の構成粒子である。
【0068】
本実施形態に係る超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合は、1%未満である。Cr/Moリッチ粒子の占める面積の割合は次のようにして求められる。
【0069】
まず、超硬合金の任意の断面を作製する。断面の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置などを用いることができる。次に、作製された断面をSEM(Scanning Electron Microscope)にて5000倍で撮像して、10視野分の電子画像を得る。次に、付属のEPMA(Electron Probe Micro-Analysis)、EDX(Energy Dispersive X-ray spectrometry)またはEDS(Energy Dispersive Spectrometer)を用いて、各電子画像中の所定領域(12μm×9μm)について、元素マッピングを行う。
【0070】
得られた元素マッピングに基づいて、WCを含む領域を第1硬質相とする。WCを含まず、Co、NiおよびCrの3種の元素、またはCo、Ni、CrおよびMoの4種の元素を含む領域を結合相とする。WCを含まず、上述の第2硬質相を構成する化合物を含む領域を第2硬質相とする。なお、焼結条件によっては、第1硬質相、結合相、第2硬質相以外に、空孔が存在することがある。
【0071】
次に、元素マッピングにおいて、まず、CrおよびMoの少なくとも1つの濃度(%)が他の領域と比べて高く検出された各領域を抽出する。抽出された各領域が占める面積の中心付近で点分析を行い、各領域におけるCrおよびMoの合計含有率(%)を「CrおよびMoの少なくとも1つの濃度」として算出する。各領域におけるCrおよびMoの少なくとも1つの濃度(%)が、ICP発光分光分析法に基づいて算出される超硬合金全体における割合M2/M4(%)よりも大きい場合、その領域を構成する粒子をCr/Moリッチ粒子とみなす。
【0072】
上記のようにして決定されたCr/Moリッチ粒子に関し、たとえば画像解析ソフト(「Mac-View I」、株式会社マウンテック製)を用いて、超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合を算出する。この面積の割合は、超硬合金の断面において、SEMで撮影した任意の1視野の全面積中に占めるCr/Moリッチ粒子の面積の割合であり、10視野について求めた割合の平均値である。本実施形態に係る超硬合金は、求められる面積の割合が1%未満である。
【0073】
Cr/Moリッチ粒子としては、例えば、Crの炭化物、Moの炭化物、Crを含む金属間化合物、およびMoを含む金属間化合物の少なくとも1種からなる粒子が挙げられる。Crの炭化物としてはCr32、Cr、Cr3Cなどが挙げられる。Moの炭化物としてはMo2Cが挙げられる。Crを含む金属間化合物としては、CoCr、NiCrなどが挙げられる。Moを含む金属間化合物としては、MoCoC、NiMoなどが挙げられる。
【0074】
《作用効果》
本実施形態に係る超硬合金は、上述の構成、とりわけ、下記の特徴1~特徴3の全てを具備することによって、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立することができる。
特徴1:割合M1/M4が15~50%
特徴2:割合M2/M4が15~40%
特徴3:超硬合金中におけるCr/Moリッチ粒子の占める面積の割合が1%未満。
【0075】
これに対し、たとえば超硬合金が特徴1、特徴2を具備するものの、特徴3を具備しない場合、超硬合金中に存在するCrおよびMoの多くが、Cr/Mo化合物として存在する、すなわちCr/Moリッチ粒子を構成していることとなる。このため、このような超硬合金は、金属として存在するCrおよびMoに起因する耐熱性の向上が叶わないばかりか、Cr/Mo化合物に由来して、耐欠損性が低下することとなる。
【0076】
またたとえば超硬合金が特徴3を具備するものの、特徴1および特徴2の少なくとも1つを具備しない場合にも、特徴1および特徴2の少なくとも1つを具備しないことに起因する耐熱性の低下および耐欠損性の低下の少なくとも1つが引き起こされることとなる。なお特徴3に関し、下限値は0%である。
【0077】
本実施形態の超硬合金において、Crの含有量(質量%)は、Moの含有量(質量%)以上であることが好ましい。Crの含有量(質量%)がMoの含有量(質量%)よりも少ない場合、結合相の耐酸化性が低下してしまい、結果的に超硬合金の切削寿命が低下する場合がある。
【0078】
また本実施形態の超硬合金は、さらに上記の第2硬質相を含むことが好ましい。第2硬質相の特性をも発揮することができるためである。第2硬質相としては、TaC、NbC、TiCの少なくとも1つからなる硬質相が挙げられ、この場合、第2硬質相は、超硬合金の耐酸化性、耐反応性などを向上させることができる。
【0079】
〈切削工具〉
本実施形態に係る切削工具は、上記超硬合金からなる基材を備える。また本実施形態に係る切削工具は、基材の表面の少なくとも一部に被膜を有していてもよい。
【0080】
本実施形態に係る切削工具の形状および用途は特に制限されない。たとえばドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、クランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
【0081】
本実施形態に係る切削工具によれば、高い耐熱性および高い耐欠損性の両特性を有する超硬合金を基材として備えることにより、特に、切削時に工具刃先の温度が高くなりやすい難削材を切削するための切削工具に好適に利用することができる。また、切削工具が被膜を備える場合、被膜に由来する高い耐摩耗性を有することができる。
【実施例
【0082】
以下、実施例を挙げて本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されるものではない。
【0083】
〈実施例1~17および比較例1~12〉
《超硬合金の作製》
表1の「原料粉末」欄を参照し、第1硬質相の原料粉末として、「第1硬質相」の「D50(μm)」に示す平均粒子径を有するWC粉末を準備した。第2硬質相の原料粉末として、「第2硬質相」の「組成」および「D50(μm)」の平均粒子径を有する化合物粉末を準備した。結合相の原料粉末として、「結合相」の「粉末種類」に示す各粉末を混合して、各元素が「配合割合(質量%)」となるように調製したものを準備した。
【0084】
準備した第1硬質相の原料粉末、第2硬質相の原料粉末、および結合相の原料粉末を、「各原料粉末の配合割合」欄に記載の割合となるように混合し、アトライターを用いて12時間処理した。これにより、混合粉末が調製された。
【0085】
次に、調製された混合粉末をTa製のカプセルに充填し、プレス機を用いて100MPaの圧力でプレスした。これにより成形体が調製された。次に、成形体を以下の焼結条件で焼結し、超硬合金を作製した。
最高温度 :1450℃
ガス分圧 :Ar雰囲気下で0.5kPa
キープ時間:0.5時間
冷却速度 :20℃/min.。
【0086】
《切削工具の作製》
作製された各超硬合金に対し、平面研磨処理を実施して、SNG432形状のスローアウェイチップ(切削工具)を作製した。
【0087】
《特性評価》
(割合M1/M4(%)および割合M2/M3(%)の算出)
各超硬合金における割合M1/M4(%)および割合M2/M3(%)を、表1の「特性評価」欄の「割合M1/M4(%)」および「割合M2/M3(%)」に示す。各値は、結合相の原料粉末における各粉末の混合割合から算出した。なお本発明者らは、このようにして算出された値が、超硬合金に対してICP発光分光分析法を実施して得られる値と略一致することを確認している。
【0088】
(Cr/Moリッチ粒子の面積の割合)
各超硬合金に対し、集束イオンビーム装置を用いて断面を作製し、該断面に対し、SEM-EDXを用いて上述の方法により元素マッピングを行い、上述の方法に従って、Cr/Moリッチ粒子を決定した。Cr/Mo粒子と決定された領域に関し、上記画像解析ソフトを用いて、画像中における該領域の占める面積の割合を算出した。各超硬合金において、10視野分の画像において同様の操作を行い、その平均値を表1の「Cr/Moリッチ粒子割合(%)」欄に記した。
【0089】
(耐欠損性の評価試験)
各超硬合金から作製された切削工具を用いて、旋削加工における試験1および試験2を実施した。各試験の切削条件を以下に示す。試験1に関し、切削時間が長いほど、高温での耐摩耗性に優れる、すなわち耐熱性に優れることを示す。試験2に関し、衝撃回数が多いほど、破壊靱性に優れる、すなわち耐欠損性に優れることを示す。各試験結果を表1に示す。また試験1の結果を横軸とし、試験2の結果を縦軸としたグラフを図1に示す。図1中の黒四角のプロットが実施例1~17の結果を示しており、白抜き菱形のプロットが比較例1~12の結果を示している。
【0090】
(試験1の切削条件)
被削材:インコネル(登録商標)718
切削速度(Vc):75m/分
送り量(f):0.3mm/rev.
切削環境:WET
評価法:逃げ面摩耗量0.2mmまでの切削時間(分)。
【0091】
(試験2の切削条件)
被削材:SCM435溝材(溝数:4)
切削速度(Vc):100m/分
送り量(f):0.4mm/rev.
切削環境:DRY
評価法:刃先欠損までの衝撃回数(n=4)の平均値。
【0092】
【表1】
【0093】
図1および表1を参照し、実施例1~17は、上述の特徴1~3の全てを具備する超硬合金である。試験1および試験2の結果から、これらの超硬合金が、高い耐熱性と高い耐欠損性とを両立することが確認された。また実施例3~5を比較することにより、Crの含有量(質量%)がMoの含有量(質量%)以上である場合に、より上記バランスに優れることが確認された。
【0094】
また実施例1、11、12を比較することにより、WCの平均粒子径が0.5~3μmの場合に、耐熱性と耐欠損性とのバランスに優れることが確認された。また実施例13~17の超硬合金は、第1硬質相および結合相に加え、第2硬質相を含む超硬合金である。これらを比較することにより、第2硬質相を構成する粒子の平均粒子径が0.3~1.0μmの場合、上記バランスに優れることが確認された。
【0095】
一方、比較例1~3を参照し、結合相がCoのみからなる場合、または結合相がCoを含まない場合には、高い耐熱性および高い耐欠損性は両立されないことが確認された。また、上記(3)を満たさない比較例4~7は、耐熱性が低かった。これは、結合相の原料として、Cr粉末、Mo粉末、Cr炭化物粉末、またはMo炭化物粉末を用いたために、CrおよびMoの少なくとも1つの多くがCr/Mo化合物として存在しているためと考えられた。また上記(1)を満たさない比較例8、12は、耐熱性および耐欠損性の一方が大きく低下していた。また上記(2)を満たさない比較例9~11もまた、耐熱性および耐欠損性の一方が大きく低下していた。
【0096】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
図1