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特許7272528セラミック体およびその製造方法、ならびに示温性物品
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  • 特許-セラミック体およびその製造方法、ならびに示温性物品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】セラミック体およびその製造方法、ならびに示温性物品
(51)【国際特許分類】
   C09K 9/00 20060101AFI20230502BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20230502BHJP
   C04B 35/26 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
C09K9/00 E
C09K3/00 Y
C04B35/26
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019039192
(22)【出願日】2019-03-05
(65)【公開番号】P2020143196
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2022-02-23
(73)【特許権者】
【識別番号】594156880
【氏名又は名称】三重県
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 ▲隆▼
(72)【発明者】
【氏名】新島 聖治
(72)【発明者】
【氏名】谷口 弘明
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-527652(JP,A)
【文献】LIU, Huanhuan et al.,RSC Advances,2017年,7,37765-37770,DOI: 10.1039/c7ra05803a
【文献】SERIER-BRAULT, Helene et al.,Inorganic Chemistry,2014年,53,12378-12383,DOI: 10.1021/ic501708b
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 9/
C04B 35/
G01K 11/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系化合物からなり、25℃から300℃への温度上昇に伴い可逆的に色が変化するサーモクロミック性を有するセラミック体であって、
前記フェライト系化合物がスピネル型の結晶構造を有する化合物およびペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物から選ばれた少なくとも1つを含むフェライト系化合物であり、
前記サーモクロミック性は、200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および300℃以上で色差(ΔE)6.0以上に色が変化することを特徴とするセラミック体。
【請求項2】
前記スピネル型の結晶構造を有する化合物がMFe(ただし、MはLi、Zn、およびMgから選ばれた少なくとも1つの元素)であり、前記ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物がNFeO(ただし、NはLa、Y、Gd、およびNdから選ばれた少なくとも1つの元素)であることを特徴とする請求項1記載のセラミック体。
【請求項3】
前記MFeにおけるFeの一部がAlで置換されたM(Fe1-xAl(ただし、x=0~0.2モル)であることを特徴とする請求項2記載のセラミック体。
【請求項4】
請求項記載のセラミック体の製造方法であって、
酸化物、水酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた鉄の化合物と、酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた前記Mまたは前記Nの化合物とを混合する工程と、
この混合物を、空気中、900~1300℃で焼成する工程とを備えることを特徴とするセラミック体の製造方法。
【請求項5】
温度変化に伴い可逆的に色が変化する可逆的示温性を有するセラミック体を含む示温性物品であって、
前記セラミック体が請求項1から請求項3のいずれか1項記載のセラミック体であることを特徴とする示温性物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーモクロミック性を有するセラミック体(セラミック製サーモクロミック体ともいう)およびその製造方法、ならびにこのセラミック体を含有する示温性物品に関する。
【背景技術】
【0002】
熱エネルギーにより色が変化することをサーモクロミック現象と呼び、温度変化を視覚による色変化から直感的に感じることができるため、多くの分野で研究されている。これまでにサーモクロミック現象を示す材料は、有機系材料が多く100℃以下での使用に限定されており、耐熱性の高いものでも200℃以上での利用は不可能であり、高温耐久性や高温変色温度域において制約があった。例えば、土鍋、フライパンなどの加熱用調理器具は加熱開始から短時間で200~300℃に達することから、この程度の温度領域で強いサーモクロミック性を示す材料が望まれている。
【0003】
耐熱性が期待される無機系サーモクロミック材料としては、酸化第二鉄を用いた材料が知られており(特許文献1)、温度変化に伴い、赤色から赤黒色へ可逆的に変化するが、この色変化に限られている。また、酸化ビスマス系化合物を用いた材料が知られている(特許文献2)。さらに、チタン酸バリウム系化合物を用いた材料が本出願人により出願されている(特許文献3)。酸化バナジウムを用いた板ガラスが試験販売の段階であるが、強い毒性が問題である。酸化テルル等の材料も報告されているが、研究段階で毒性の問題もあり、いまだに実用には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2015-508106号公報
【文献】特許第5027983号公報
【文献】特開2018-141112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、酸化ビスマス系化合物、酸化バナジウム系化合物等は毒性を有するなどの問題もあり、家庭用土鍋等の加熱用陶磁器製品、熱による危険を視覚的に察知できる工場等における高温配管類用途などには、使用することが困難であった。特に、1000℃以上の加熱に耐え、25℃から500℃程度の雰囲気温度の変化に伴い、色が可逆的に変化する特性を有するサーモクロミック性を有するセラミック体は知られていない。
【0006】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、ビスマスやバナジウムに比較して安価であると共に、毒性も殆どないセラミック製サーモクロミック体およびその製造方法ならびにこのセラミック体を含有する示温性物品の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のセラミック体は、フェライト系化合物からなり、25℃から300℃への温度上昇に伴い可逆的に色が変化するサーモクロミック性を有するセラミック体である。
上記フェライト系化合物がスピネル型の結晶構造を有する化合物、ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物およびガーネット型の結晶構造を有する化合物から選ばれた少なくとも1つを含むフェライト系化合物であり、
上記サーモクロミック性は、温度200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および温度300℃以上で色差(ΔE)6.0以上に色が変化することを特徴とする。
【0008】
本発明のフェライト系化合物からなるセラミック体の中で、(1)上記スピネル型の結晶構造を有する化合物がMFe(ただし、MはLi、Zn、およびMgから選ばれた少なくとも1つの元素)であり、(2)上記ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物がNFeO(ただし、NはLa、Y、Gd、およびNdから選ばれた少なくとも1つの元素)であり、(3)上記ガーネット型の結晶構造を有する化合物がLFe12(ただし、LはY、Sm、Gd、およびErから選ばれた少なくとも1つの元素)であることを特徴とする。
また、上記MFeにおけるFeの一部がAlで置換されたM(Fe1-xAl(ただし、x=0~0.2モル)であることを特徴とする。
【0009】
上記本発明のセラミック体の製造方法は、酸化物、水酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた鉄の化合物と、酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた上記M、上記Nまたは上記Lの化合物とを混合する工程と、この混合物を、空気中、900~1300℃で焼成する工程とを備えることを特徴とする。
【0010】
本発明の示温性物品は、温度変化に伴い可逆的に色が変化する可逆的示温性を有する上記セラミック体を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明のセラミック体は、温度200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および温度300℃以上で色差(ΔE)6.0以上を示すフェライト系化合物であるので、1000℃以上の加熱に耐え、25℃~500℃の温度域において、温度の変化に伴い可逆的に色が変化する。このため、温度の変化を視覚的に検知することが容易にできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】フェライトのサーモクロミック性を示す図である。
図2】スピネル型フェライトのサーモクロミック性を示す図である。
図3】置換スピネル型フェライトのサーモクロミック性を示す図である。
図4】ペロブスカイト型フェライトのサーモクロミック性を示す図である。
図5】置換ペロブスカイト型フェライトのサーモクロミック性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
フェライト系材料は、一般に磁性材料であることから、電子部品としての記憶媒体、電気製品としてのモーターなどに広く使われているが、サーモクロミック材料として利用されているものはなく、ほとんど研究されていない。しかしながら、遷移金属含有チタン酸バリウム、β‐ユークリプタイト、β-スポジュメンなど、耐熱性の高い無機系サーモクロミック材料の開発を研究する中で、フェライト系の結晶を析出したものが優れたサーモクロミック性を示すことを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0014】
フェライトには、基本的にその結晶構造によってスピネル型(MFeで表す組成)、ペロブスカイト型(NFeOで表す組成)、ガーネット型(LFe12で表す組成)およびマグネトプランバイト型(RFe19で表す組成)の4種類がある。これらの各フェライトには、さらにその組成によって様々な種類のものがある。
【0015】
上記フェライトの中で、本発明に使用できるフェライトは、スピネル型の結晶構造を有する化合物、ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物およびガーネット型の結晶構造を有する化合物から選ばれた少なくとも1つを含むフェライト系化合物である。これらのフェライト系化合物の中でも、サーモクロミック性が温度200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および温度300℃以上で色差(ΔE)6.0以上に色が変化するフェラトである。好ましくは、25℃を基準として、200℃で色差(ΔE)4.0以上および温度300℃で色差(ΔE)6.0以上である。200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および300℃以上で色差(ΔE)6.0以上であるので、温度変化に対してフェライトの色の変化が著しく、または極めて著しく色が変化する。
【0016】
サーモクロミック性はCIE-Lを算出することで温度による色変化を数値化した(JIS Z 8781)。サーモクロミック性の測定は、ミノルタ(株)製CR-300色彩色差計を用い、Yxy値を測定し、それより一般的な表色系であるCIE-L表色系へ変換した。変換式および色差ΔEの計算式を数1に示す。
【0017】
【数1】
【0018】
表色系において、Lは明るさを表しており、L=0が黒を、L=100が白を表している。aおよびbは色の方向を示しており、+aは赤方向、-aは緑方向を示しており、+bは黄方向、-bは青方向を示している。また、それぞれ数値の絶対値が大きくなるに従って色あざやかになり、小さくなるに従ってくすんだ色になる。
【0019】
色差ΔEの値に対する色の変化を右側に示すと以下のようになる。
0 ~0.5未満 :目視により極めて僅かに異なる
0.5~1.5未満 :僅かに異なる
1.5~3.0未満 :感知し得るほどに異なる
3.0~6.0未満 :著しく異なる
6.0~12.0未満:極めて著しく異なる
12.0以上 :別の色系になる
【0020】
サーモクロミック性を測定するための試料は、以下の方法で作製した。鉄の酸化物とフェライトを形成する他の必要な成分の所定量を湿式ボールミルにより混合する。例えば調合物が20gの場合、水40mlを加えて、8時間程度ボールミルにより混合する。混合物を約100℃で乾燥後、乳鉢で粉砕し、900~1300℃で約1時間程度焼成することにより、各種フェライトを合成した。これを湿式ボールミルで粉砕、乾燥後、プレス成形し、循環式オーブンで加熱して、色彩色差計測定試料とした。測定温度は25℃~300℃とした。CIE-Lにおいて25℃を基準として所定温度での値を測定し、色差(ΔE)を計算することによりサーモクロミック性を調べた。
【0021】
フェライトの代表的な組成として、スピネル型はMgフェライト(MgFe)、ペロブスカイト型はLaフェライト(LaFeO)、ガーネット型はYフェライト(YFe12)、マグネトプランバイト型はSrフェライト(SrFe19)を選択し、表1に示す調合割合で調合を行なった。この混合物を用いて上記方法によりサーモクロミック性を測定するための試料を作製し、サーモクロミック性を調べた。焼成条件は温度が1200℃、時間が1時間である。結果を図1に示す。また、25℃から300℃における色差(ΔE)の測定結果を表1に示す。
【0022】
【表1】
【0023】
表1および図1に示すように、スピネル型フェライト(MgFe)、ペロブスカイト型フェライト(LaFeO)、ガーネット型フェライト(YFe12)は、優れたサーモクロミック性を示した。特にスピネル型フェライトおよびペロブスカイト型フェライトが優れていた。また、図1の結果より、温度200℃以上で色差(ΔE)4.0以上および温度300℃以上で色差(ΔE)6.0以上に色が変化するとサーモクロミック性に優れていることが分かった。色の変化がこの範囲以下であるマグネトプランバイト型フェライト(SrFe19)はスピネル型等に比較してサーモクロミック性に劣っていた。
【0024】
スピネル型フェライトの調合割合を表2に示す。表1に示すフェライトの例と同様に試料を作製し、サーモクロミック性を測定した。ただし、焼成温度はZnフェライト、Liフェライトが1000℃、それ以外が1200℃とした。サーモクロミック性測定結果を図2に示す。また、25℃から300℃における色差(ΔE)の測定結果を表2に示す。
【0025】
【表2】
【0026】
表2および図2に示すように、スピネル型フェライトの中でLiフェライト、Znフェライト、Mgフェライトが優れたサーモクロミック性を示した。これらに比較して、Mnフェライト、Niフェライト、Cuフェライトのサーモクロミック性は小さかった。
【0027】
優れたサーモクロミック性を示したZnフェライトおよびMgフェライトのFeの一部をAlで置換したフェライトのサーモクロミック性を測定した。置換フェライトの調合割合を表3に示す。表1に示すフェライトの例と同様に試料を作製した。ただし、焼成温度は置換Znフェライトが1000℃、置換Mgフェライトが1200℃とした。サーモクロミック性測定結果を図3に示す。また、25℃から300℃における色差(ΔE)の測定結果を表3に示す。
【0028】
【表3】
【0029】
表3および図3に示すように、ZnフェライトおよびMgフェライトのFeの一部をAlで置換することにより、特にFeの一部を0~0.2モルAlで置換することにより、サーモクロミック性が向上することが明らかになった。
【0030】
ペロブスカイト型フェライトの調合割合を表4に示す。表1に示すフェライトの例と同様に試料を作製し、サーモクロミック性を測定した。ただし、焼成温度はYフェライト、Laフェライトは1300℃、Ndフェライト、Gdフェライトは1200℃とした。サーモクロミック性測定結果を図4に示す。また、25℃から300℃における色差(ΔE)の測定結果を表4に示す。
【0031】
【表4】
【0032】
表4および図4に示すように、Yフェライト、Laフェライト、Ndフェライト、およびGdフェライトは優れたサーモクロミック性を示すことが明らかになった。
【0033】
優れたサーモクロミック性を示したペロブスカイト型フェライトのFeの一部をAlで置換したフェライトのサーモクロミック性を測定した。置換フェライトの調合割合を表5に示す。表1に示すフェライトの例と同様に試料を作製した。ただし、焼成温度は1300℃とした。サーモクロミック性測定結果を図5に示す。また、25℃から300℃における色差(ΔE)の測定結果を表5に示す。
【0034】
【表5】
【0035】
表5および図5に示すように、YフェライトおよびLaフェライトのFeの一部をAlで置換することにより、サーモクロミック性が低下することが分かった。ただし、置換割合が0.5モル程度までは300℃以上で色差(ΔE)6.0以上のサーモクロミック性を示した。
【0036】
本発明のセラミック体の製造方法は、(1)フェライトを形成するセラミック原材料を均一に混合する工程と、(2)この混合物を空気中、900~1300℃で焼成する工程とを含む。原材料としては、酸化物、水酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた鉄の化合物と、酸化物および炭酸塩の少なくとも1つから選ばれた上記M、上記Nまたは上記Lの化合物とが挙げられる。混合工程としては粉砕および混合に用いられる公知の方法、例えばボールミルなどが採用できる。ボールミルは焼成後の粉砕にも用いることができる。
【0037】
上記セラミック体は、温度の変化に伴い可逆的に色が変化することから、これを単体でまたは他の材料と組み合わせて、粉体、成形体、焼結体、薄膜体、または釉薬として使用することができる。このセラミック体は、有機物系サーモクロミック体と異なり、200℃以上の高温であっても可逆的に色が変化できる無機系サーモクロミック体となる。このため、本発明のセラミック体は、食器や調理用器具の表面(釉薬等)に使用することによる温度の視覚化(土鍋、天ぷら鍋、フライパン等)、焼成炉等のレンガやタイル等の外壁材の高温部位への塗布による危険箇所の可視化、化学工場等における高温配管等など高温部位への塗布による危険箇所の可視化に利用できる。
【0038】
本発明の示温性物品は上記セラミック体を含む。例えば、釉薬とする場合、釉薬の母材となる組成物(陶磁器用フリット95質量%、蛙目粘土5質量%)に、上記セラミック体の粉末を固形分全体に対して10~400質量%程度、好ましくは10~100質量%程度配合し、60%程度の水溶液とすることでスラリー状の釉薬を作製できる。この釉薬を下地となる焼成体(陶磁器素地)に施釉して、乾燥後、焼成することにより、表面に釉層が形成された示温性物品が作製できる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明のセラミック体は、高温度域において可逆的に色が変化するので、高温部位への設置などによる危険箇所の可視化に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5