(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】鋼材の鍛造装置および鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21J 5/00 20060101AFI20230502BHJP
【FI】
B21J5/00 A
(21)【出願番号】P 2019188271
(22)【出願日】2019-10-14
【審査請求日】2022-01-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】栗木 健
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼尾 智紀
(72)【発明者】
【氏名】西井 清明
(72)【発明者】
【氏名】上路 林太郎
(72)【発明者】
【氏名】井上 忠信
【審査官】永井 友子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-036698(JP,A)
【文献】特開2000-042675(JP,A)
【文献】特開2017-177119(JP,A)
【文献】特開2016-113671(JP,A)
【文献】特開2017-001074(JP,A)
【文献】特開2015-155112(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21J 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のひずみ量および第1ひずみ速度で鋼材(100)を圧縮して塑性変形させる第1プレス機(20)と、
前記第1プレス機により塑性変形した前記鋼材を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて搬送する搬送部(30)と、
前記搬送部により搬送された前記鋼材を第2ひずみ速度で圧縮して塑性変形させる第2プレス機(40)と、
前記所定のひずみ量をε、前記第1ひずみ速度をεドット、前記所定工程間時間をδ、前記所定鋼材温度をTとする変数とし、Rを気体定数、A、Q’、C1、C2、pを前記鋼材の材質によって決定される定数としたとき、
【数1】
【数2】
数式1~数式2で算出される軟化率(X)が0.9以上となるよう前記所定のひずみ量、前記第1ひずみ速度、前記所定工程間時間および前記所定鋼材温度を制御する制御部(50)と、を備えた鋼材の鍛造装置。
【請求項2】
前記搬送部は、前記第1プレス機により塑性変形した前記鋼材を、前記鋼材の変態点以上の前記所定鋼材温度以上に保温する請求項1に記載の鋼材の鍛造装置。
【請求項3】
前記第2ひずみ速度は、前記第1ひずみ速度よりも低速である請求項1または2に記載の鋼材の鍛造装置。
【請求項4】
第1プレス機(20)により所定のひずみ量および第1ひずみ速度で鋼材を圧縮して塑性変形させることと、
前記塑性変形させることにより塑性変形した前記鋼材を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて第2プレス機(40)に搬送することと、
前記搬送された前記鋼材を前記第2プレス機により第2ひずみ速度で圧縮して塑性変形させることと、を含み、
前記所定のひずみ量をε、前記第1ひずみ速度をεドット、前記所定工程間時間をδ、前記所定鋼材温度をTとする変数とし、Rを気体定数、A、Q’、C1、C2、pを前記鋼材の材質によって決定される定数としたとき、
【数1】
【数2】
数式1~数式2で算出される軟化率(X)が0.9以上となるよう前記所定のひずみ量、前記第1ひずみ速度、前記所定工程間時間および前記所定鋼材温度が制御される鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の鍛造装置および鋼材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題への対応や動力システムの多様化に伴い、自動車の動力系等を構成する鍛造製品に要求される機械的性質がより厳しくなっている。優れた機械的性質を得るためには、新たに開発された新規合金を採用する必要も生じている。そこで、従来から用いられている鋼材から新たに開発された新規合金に至る種々の素形材を所望の形状に鍛造する工程が必須となっている。
【0003】
例えば、より高耐熱性を有するニッケル基合金を比較的低い温度で鍛造する方法として、特許文献1に記載された鍛造方法が開示されている。この方法は、ニッケル基合金を挟圧する2つのアンビルを変位させてニッケル基合金に巨大ひずみを付与することによりニッケル基合金の結晶粒を微細化させ、このニッケル基合金の温度を800℃以下に保持すると共に、ひずみ速度を制御して超塑性鍛造を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、鍛造製品に変形抵抗の高い合金を採用した場合、鍛造荷重が増大するとともに金型に作用する応力が増加し、金型が短命化したり、複雑な形状の製品を加工できないなどの問題が生じる。
【0006】
したがって、自動車に用いられる鍛造部品等においては、鍛造荷重を軽減することが重要となっている。しかし、荷重軽減を鋼種によらず適用できる鍛造方法はこれまでに提案されていない。
【0007】
本発明は上記点に鑑みたもので、鍛造に要する鍛造荷重を、種々の鋼種で軽減できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明は、所定のひずみ量および第1ひずみ速度で鋼材(100)を圧縮して塑性変形させる第1プレス機(20)と、第1プレス機により塑性変形した鋼材を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて搬送する搬送部(30)と、搬送部により搬送された鋼材を第2ひずみ速度で圧縮して塑性変形させる第2プレス機(40)と、所定のひずみ量をε、第1ひずみ速度をεドット、所定工程間時間をδ、所定鋼材温度をTとする変数とし、Rを気体定数、A、Q’、C1、C2、pを鋼材の材質によって決定される定数としたとき、
【0009】
【0010】
【数2】
数式1~数式2で算出される軟化率(X)が0.9以上となるよう所定のひずみ量、第1ひずみ速度、所定工程間時間および所定鋼材温度を制御する制御部(50)と、を備えた鋼材の鍛造装置。
【0011】
これによれば、制御部は、数式1~数式2で算出される軟化率(X)が0.9以上となるよう所定のひずみ量、第1ひずみ速度、所定工程間時間および所定鋼材温度を制御するので、鍛造に要する鍛造荷重を、種々の鋼種で軽減することができる。
【0012】
また、請求項4に記載の発明のように、請求項1に記載の鋼材の鍛造装置を、鋼材の製造方法として捉えることもできる。
【0013】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施
形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】鋼材の鍛造装置の全体構成を示した図である。
【
図3】プレス加工によって鋼材の組織に転位が蓄積された形態に変化した様子を表した図である。
【
図4】鋼材の組織に蓄積された転位が回復して再結晶が生じた様子を表した図である。
【
図5】第1鍛造工程におけるひずみ速度を変化させたときの変形抵抗とひずみ量の関係を示した図である。
【
図6】第1鍛造工程の圧縮率を10%とし、所定工程間時間δを30秒としたときの試験片の第1および第2鍛造工程における変形抵抗の測定結果を表した図である。
【
図7】第1鍛造工程の圧縮率を30%とし、所定工程間時間δを30秒としたときの試験片の第1および第2鍛造工程における変形抵抗の測定結果を表した図である。
【
図8】第1鍛造工程の圧縮率を50%とし、所定工程間時間δを30秒としたときの試験片の第1および第2鍛造工程における変形抵抗の測定結果を表した図である。
【
図9】第1鍛造工程の圧縮率を45%とし、所定工程間時間δを0.1秒としたときの第1および第2鍛造工程の抵抗の測定結果を表した図である。
【
図10】所定工程間時間δを1秒としたときの変形抵抗の測定結果を表した図である。
【
図11】所定工程間時間δを10秒としたときの変形抵抗の測定結果を表した図である。
【
図12】所定工程間時間を変化させて試験片の軟化率をプロットした図である。
【
図13】1台のプレス機で第1鍛造工程と第2鍛造工程を実施する構成を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本実施形態に係る鋼材の鍛造装置について
図1~
図13を用いて説明する。本実施形態に係の鍛造装置によって加工される鋼材は、自動車の動力系等を構成する製品等に用いられる。
【0016】
図1に示すように鋼材の鍛造装置は、誘導加熱炉10、第1プレス機20、搬送部30および第2プレス機40および制御部50を備えている。本実施形態では、2回の鍛造工程に分けて鋼材100を変形させる。本実施形態の鋼材100は、炭素とマンガンを含む鉄鋼により構成されている。
【0017】
誘導加熱炉10は、鋼材100を非接触で加熱するための加熱用コイルを有している。加熱用コイルに高周波の交流電流を流すことにより鋼材100を非接触で加熱する。鋼材100を加熱することにより鋼材100の変形抵抗を小さくし変形を容易にする。誘導加熱炉10により加熱された鋼材はコンベアによって第1プレス機20に搬送される。
【0018】
第1プレス機20は、鋼材100を成形するための金型を有し、この金型で鋼材100に圧力を加え鋼材100を所望の形状に成形する。第1プレス機20は、所定のひずみ量、所定のひずみ速度で鋼材に圧力を加え塑性変形させる。ひずみ量、ひずみ速度等は、制御部50からの信号によって調整可能となっている。第1プレス機20で圧縮された鋼材100は搬送部30によって第2プレス機40に搬送される。
【0019】
搬送部30は、第1プレス機20から搬送された鋼材100を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて搬送する。また、搬送部30は、第1プレス機20により塑性変形した鋼材100を、鋼材100の変態点以上の温度で加熱することが可能となっている。搬送部30の加熱温度、所定工程間時間等は、制御部50からの信号によって調整可能となっている。
【0020】
第2プレス機40は、搬送部30によって搬送された鋼材100を成形するための金型を有し、この金型で鋼材100に圧縮を加え鋼材100を所望の形状に成形する。第2プレス機40は、所定のひずみ量、所定のひずみ速度で鋼材に圧縮を加え塑性変形させる。ひずみ量、ひずみ速度等は、制御部50からの信号によって調整可能となっている。
【0021】
制御部50は、CPU、メモリ、I/O等を備えたコンピュータとして構成されており、CPUはメモリに機構されたプログラムに従って各種処理を実施する。
【0022】
次に、本実施形態の鋼材100の鍛造工程について
図2を用いて説明する。本実施形態では、まず、S100にて鋼材100の誘導加熱工程を実施する。この誘導加熱工程では、誘導加熱炉10によりS100を高温で加熱する。
【0023】
次に、S200にて第1鍛造工程を実施する。この第1鍛造工程では、S100の誘導加熱工程により加熱された鋼材100に対し、第1プレス機20を用いて圧縮を加え鋼材100を所望の形状に成形する。
【0024】
次に、S300にて搬送工程を実施する。この搬送工程では、第1プレス機20から取り出された鋼材100を搬送部30により所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて第2プレス機40へ搬送する。
【0025】
次に、S400にて第2鍛造工程を実施する。この第2鍛造工程では、搬送部30により搬送された鋼材100に対し、第2プレス機40を用いて圧力を加え鋼材100を所望の形状に成形する。上記した工程が完了すると、本鍛造工程を終了する。
【0026】
本発明者らは、鋼材100を鍛造により成形するにあたって、1回のプレス加工のみで鋼材100を成形するのではなく、上記したように複数の工程に分けて鋼材100を形成することに着目した。すなわち、誘導加熱炉10で鋼材100を加熱した後、第1鍛造工程にて第1プレス機20で鋼材100をプレス加工し、搬送工程にてプレス加工した鋼材100を搬送部30で第2プレス機40に搬送する。そして、第2鍛造工程にて搬送部30により搬送された鋼材100を第2プレス機40でプレス加工する。
【0027】
ところで、鋼材100をプレス加工する際には、鋼材100を構成している金属組織が塑性変形し転位と呼ばれる結晶格子欠陥が生じる。転位が蓄積されると加工硬化と呼ばれる現象により鋼材100の変形抵抗が大きくなる。
【0028】
図3は、鋼材100をプレス加工する前の鋼材100の組織の形態からプレス加工によって鋼材100の組織に転位Dが蓄積された形態に変化した様子を表している。(a)は、鋼材100をプレス加工する前の鋼材100の組織である多結晶体を表している。線は粒界を意味している。(b)は、プレス加工によって鋼材100の組織に転位Dが蓄積された様子を表している図に示すように、プレス加工によって鋼材100を構成している結晶粒が塑性変形して伸長し、新たに転位Dが生じている。
【0029】
このようにして変形抵抗の大きくなった鋼材100を第2プレス機40でプレス加工する際、金型に作用する応力が増加し、金型が短命化したり、加工精度が悪化する等の問題が生じる。
【0030】
本発明者らは、第1プレス機20で鋼材100をプレス加工する際の条件および搬送部30で鋼材100を搬送する際の条件を適切に制御すれば、鋼材100に蓄積された転位の回復と再結晶が促進され、鋼材100を軟化させることが可能であることに着目した。このように鋼材100を軟化させることができれば、第2プレス機40で鋼材100をプレス加工する際に鋼材100を精度よく可能することが可能となる。
【0031】
図4は、鋼材100の組織に蓄積された転位Dが回復し、再結晶が生じた様子を模式的に表している。(a)は、鋼材100の組織に蓄積された一部の転位Dが回復し、内部に転位を含まない再結晶粒Rが新たに生じて成長している様子を表している。(b)は、鋼材100の組織に蓄積されたほぼ全ての転位Dが回復して多数の再結晶粒Rが成長した様子を表している。このような再結晶の進行速度は、塑性変形により鋼材に与えられた転位の量などにより変化することが知られている。したがって、第1プレス機20でプレス加工された鋼材100を第2プレス機40に搬送する期間を、その工程に応じて適切に設けることができれば、再結晶により転位密度が減少し鋼材100を軟化させることが可能となる。
【0032】
本発明者らは、鍛造による荷重軽減の可能性を検証するため、0.3%の炭素と1.5%のマンガンを含む鋼製の試験片を用いて第1プレス機20でプレス加工する際のひずみ速度εドットを変化させたときの変形抵抗とひずみ量εの関係を測定した。本明細書では、εの上にドットがついた記号をひずみ速度εドットとして表記する。なお、ひずみ速度εドットの単位は1/秒である。また、試験片は、直径8ミリメートル、高さ12ミリメートルの小型円柱形状のものを用いた。
【0033】
まず、試験片を900℃に加熱した上で、ひずみ速度εドットを50/s、10/s、1/s、0.1/sに変化させたときの変形抵抗とひずみ量εの関係を測定した。
【0034】
図5に、第1鍛造工程におけるひずみ速度εドットを変化させたときの変形抵抗とひずみ量の関係を示す。ひずみ速度εドットが小さくなるほど、すなわち試験片をプレス加工する速度が遅いほど変形抵抗が小さくなることが確認できた。
【0035】
また、本発明者らは、鍛造による荷重軽減の可能性を検証するため、第1鍛造工程のひずみ量εを種々変化させたときの試験片の変形抵抗の変化を測定した。ここでは、搬送部30が第1プレス機20から第2プレス機40へ鋼材100を搬送する所定搬送時間を30秒間、ひずみ速度εドットを1/sとして第1鍛造工程における第1プレス機20のひずみ量εを10%、30%、50%に変化させた。この測定結果を
図6~
図8に示す。
【0036】
図6は、第1プレス機20による1回目の鍛造で圧縮率10%まで変形させ、その後所定搬送時間30秒間保持した上で、第2プレス機40による2回目の鍛造で圧縮率55%まで変形させた場合の変形抵抗の変化を表している。
図6には、「10%→30sec→55%」と記してある。
【0037】
図7は、第1プレス機20による1回目の鍛造で圧縮率30%まで変形させ、その後所定搬送時間30秒間保持した上で、第2プレス機40による2回目の鍛造で圧縮率55%まで変形させた場合の変形抵抗の変化を表している。
図7には、「30%→30sec→55%」と記してある。
【0038】
図8は、第1プレス機20による1回目の鍛造で圧縮率50%まで変形させ、その後所定搬送時間30秒間保持した上で、第2プレス機40による2回目の鍛造で圧縮率55%まで変形させた場合の変形抵抗の変化を表している。
図8には、「50%→30sec→55%」と記してある。
【0039】
なお、
図6~
図8における各変形抵抗T2eの値は、2回目の鍛造における圧縮率が55%、ひずみ量が0.8のときの変形抵抗の値である。この各変形抵抗T2eの値が小さいほど2回目の鍛造の荷重負荷が小さくなる。
【0040】
図8に示した結果の方が
図6に示した結果の方よりも変形抵抗T2eの値が小さくなっている。すなわち、1回目の鍛造の圧縮率、すなわち、第1プレス機20でプレス加工する際のひずみ量εが小さいほど、搬送中に再結晶が進行し、2回目の鍛造の荷重が小さくなることが分かった。
【0041】
さらに、発明者らは、鍛造による荷重軽減の可能性を検証するため、第1鍛造工程におけるひずみ量ε、ひずみ速度εドットおよび搬送部30における所定鋼材温度Tを一定とし、所定工程間時間δを変化させたときの試験片の変形抵抗の変化を測定した。
【0042】
なお、第1鍛造工程におけるひずみ量εは45%、ひずみ速度は1/sとなっている。また、搬送工程における所定鋼材温度Tは、900℃とした。また、第2鍛造工程では、ひずみ量εを45%から75%に変化させた。また、第2鍛造工程におけるひずみ速度は1/sとなっている。
【0043】
図9~
図11は、それぞれ所定工程間時間δを0.1秒、1秒、10秒としたときの変形抵抗の変化を示している。
【0044】
ここで、軟化率をX=(σm-σ0.2)/(σm-σ0)として定義する。ただし、σ0は、第1鍛造工程における降伏応力であり、σmは第1鍛造工程における最後の変形抵抗をσmであり、σ0.2は第2鍛造工程における降伏応力である。なお、降伏応力とは、鋼材100の塑性変形が開始する応力のことである。
【0045】
図9~
図11に示されたデータに基づいて軟化率Xを計算すると、所定工程間時間δ=0.1秒の場合、X=0.12となり、所定工程間時間δ=1秒の場合、X=0.68となり、所定工程間時間δ=10秒の場合、X=0.95となった。
【0046】
図12は、所定工程間時間δを変化させて算出した軟化率Xをプロットしたものである。所定工程間時間δが長くなるほどが大きくなり1に近づいている。軟化率X=1は、第1鍛造工程で生じた転位が回復して完全再結晶組織となったことを意味する。
【0047】
ここで、鋼材100の再結晶率が0.5となる所定工程間時間をδ0.5を求める。δ0.5は一般に再結晶時間と称される。ここに示す実施例では、所定のひずみ量をε、第1ひずみ速度をεドット、所定鋼材温度をTとするとき、所定工程間時間δ0.5は、数式1を用いて表すことができるとした。
【0048】
【数1】
なお、Rは気体定数(8.314[J/(mol・K)])、A、Q’、C1、C2は鋼材100の材料によって決まる定数である。所定工程間時間δ
0.5を用いてJMAK(Johnson-Mehl-Avrami-Kolmogorov)の式に回帰させると、鋼材100の軟化率Xは、数式2のように表すことができる。JMAKの式とは温度や時間と再結晶率の相関に関する実験データを整理する際にしばしば用いられる式である。
【0049】
【数2】
ただし、所定工程間時間δは変数であり、pは鋼材100の材料によって決まる定数である。
【0050】
上記数式1~数式2を用いることで、種々の材質の鋼材100の軟化率を算出することができる。なお、本実施形態の鋼材100は、A=9.7E-07[sec]、Q’=141[kJ/mol]、C1=1.91[単位なし]、C2=-0.27[単位なし]、p=0.7[単位なし]となった。
【0051】
なお、鋼材100の材料によって決まる定数A、Q’、C1、C2、pは、変数である所定のひずみ量ε、第1ひずみ速度εドット、所定鋼材温度T、所定工程間時間δを変化させた際の実験結果から決定することができる。
【0052】
発明者らは、材料によって決まる定数が実験により予め決定されていれば、数式1~数式2を用いれば、所望の軟化率X以上の軟化率を得るために必要な所定工程時間δおよび最低限必要な所定工程温度を算出することができることに気づいた。本実施形態では、第1鍛造工程の際に生じた加工硬化がほぼすべて除去され、再結晶により達成でいる限界まで変形抵抗が軟化されたと判断する基準として、軟化率Xが0.9以上となるよう所定のひずみ量ε、第1ひずみ速度εドット、所定工程間時間δおよび所定鋼材温度Tを制御する。
【0053】
例えば、
図12に示すように、所定工程間時間δを3秒以上にすることにより鋼材100の軟化率Xを0.9以上にすることが可能である。
【0054】
本実施形態の鋼材の鍛造装置の制御部50は、
図2に示した誘導加熱工程S100にて、鋼材100の材質を特定する。具体的には、作業者が不図示の操作部を操作して鋼材100の材質を入力すると、操作部から制御部50に鋼材100の材質を示す情報が通知される。制御部50は、この情報に基づいて鋼材100の材質を特定する。
【0055】
また、制御部50は、鋼材100の材質に基づいて定数A、Q’、C1、C2、pを特定する。制御部50のメモリには、鋼材100の材質に対応させて、定数A、Q’、C1、C2、pの値が記憶されている。制御部50は、メモリに記憶された各値を読みだして定数A、Q’、C1、C2、pを特定する。
【0056】
さらに、制御部50は、数式1~数式2を用いて軟化率Xが0.9以上となるよう所定のひずみ量ε、第1ひずみ速度εドット、所定工程間時間δおよび所定鋼材温度Tを特定する。
【0057】
制御部50は、第1鍛造工程S200にて、第1プレス機20に対し、S100の誘導加熱工程により加熱された鋼材100を、所定のひずみ量ε、第1ひずみ速度εドットでプレス加工するよう指示する。ここで、第1ひずみ速度εドット=V1とする。第1プレス機20は、所定のひずみ量ε、第1ひずみ速度εドットで鋼材100をプレス加工する。
【0058】
また、制御部50は、搬送工程S300にて、第1プレス機20から取り出された鋼材100を所定鋼材温度Tで加熱しながら所定工程間時間δをかけて第2プレス機40へ搬送するよう搬送部30に指示する。搬送部30は、第1プレス機20から取り出された鋼材100を所定鋼材温度Tで加熱しながら所定工程間時間δをかけて第2プレス機40へ搬送する。
【0059】
また、制御部50は、第2鍛造工程S400にて、第2プレス機40に対し、搬送部30により搬送された鋼材100を、所定のひずみ量で、かつ、第1ひずみ速度εドットよりも低速である第2ひずみ速度でプレス加工するよう指示する。ここで、第2ひずみ速度εドット=V2<V1とすることが好ましく、第2鍛造工程における変形抵抗をさらに減少させることが可能である。これは、加工硬化の有無や再結晶の進行度にかかわらず、金属材料一般において変形抵抗とひずみ速度の間には、正の相関があるためである。第2鍛造工程におけるひずみ速度軽減による変形抵抗軽減策をとることができるのも、工程間の再結晶の利用をする本発明の特徴である。第2プレス機40は、所定のひずみ量、第2ひずみ速度で鋼材100をプレス加工する。上記した工程が完了すると、本鍛造工程を終了する。
【0060】
上記したように本実施形態では、2回の鍛造に分けて鋼材100を形成する。鋼材100は、誘導加熱炉10で加熱された後、第1プレス機20でプレス加工され、第1プレス機20でプレス加工された鋼材100は、第2プレス機40に搬送されるまでの間、鋼材100は高温の状態で保持される。この間の所定工程間時間δを十分に設けることで、鋼材100において転位が回復し再結晶が促進され、第2プレス機40を用いた第2鍛造工程において鋼材100を軟化させることができる。
【0061】
また、搬送部30は、第1プレス機20により塑性変形した鋼材100を、鋼材100の変態点以上の温度で加熱する。すなわち、搬送部30は、所定鋼材温度Tを、鋼材100の変態点以上の温度で加熱する。
【0062】
ところで、従来は、
図13に示すように、第1鍛造工程と第2鍛造工程を1つのプレス機で実施するようにしていた。しかし、このような構成では、第1鍛造工程と第2鍛造工程の各ひずみ速度を異ならせることができない。
【0063】
しかし、本実施形態の鋼材の鍛造装置は、第1プレス機20と第2プレス機40を備えている。したがって、鋼材100を鍛造する際のひずみ速度を別々に制御することができる。
【0064】
本実施形態では、第2プレス機40で鋼材100を鍛造する際のひずみ速度を、第1プレス機20で鋼材100を鍛造する際のひずみ速度よりも低速とする。これにより、鋼材100の変形抵抗を小さくすることができ、第2鍛造工程時における鋼材100の変形を容易にすることができる。
【0065】
以上、説明したように、本実施形態の鋼材の鍛造装置は、所定のひずみ量および第1ひずみ速度で鋼材100を圧縮して塑性変形させる第1プレス機20を備えている。また、第1プレス機により塑性変形した鋼材を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて搬送する搬送部30備えている。また、搬送部により搬送された鋼材を第2ひずみ速度で圧縮して塑性変形させる第2プレス機40を備えている。ここで、所定のひずみ量をε、第1ひずみ速度をεドット、所定工程間時間をδ、所定鋼材温度をTとする変数とし、A、Q’、C1、C2、pを鋼材の材質によって決定される定数とする。
【0066】
鋼材の鍛造装置は、上記した数式1~数式2で算出される軟化率Xが0.9以上となるよう所定のひずみ量、第1ひずみ速度、所定工程間時間および所定鋼材温度を制御する制御部50を備えている。
【0067】
これによれば、制御部は、数式1~数式2で算出される軟化率Xが0.9以上となるよう所定のひずみ量、第1ひずみ速度、所定工程間時間および所定鋼材温度を制御するので、鍛造に要する鍛造荷重を、種々の鋼種で軽減することができる。
【0068】
また、搬送部30は、第1プレス機20により塑性変形した鋼材100を、鋼材100の変態点以上の所定鋼材温度以上に保温する。これにより、所定鋼材温度Tを、鋼材100の変態点未満の温度で加熱する場合と比較して、短時間で再結晶を生じさせることが可能である。
【0069】
また、第2ひずみ速度は、第1ひずみ速度よりも低速となっている。これにより、鋼材100の変形抵抗を小さくすることができ、第2鍛造工程時における鋼材100の変形を容易にすることができる。
【0070】
また、上記したように、鋼材100の製造方法として捉えることができる。すなわち、
第1プレス機20により所定のひずみ量および第1ひずみ速度で鋼材を圧縮して塑性変形させることを含んでいる。
【0071】
また、塑性変形させることにより塑性変形した鋼材を所定鋼材温度以上に保温しながら所定工程間時間をかけて第2プレス機40に搬送することを含んでいる。
【0072】
また、搬送された鋼材を第2プレス機により第2ひずみ速度で圧縮して塑性変形させることを含んでいる。
【0073】
ここで、所定のひずみ量をε、第1ひずみ速度をεドット、所定工程間時間をδ、所定鋼材温度をTとする変数とし、A、Q’、C1、C2、pを鋼材の材質によって決定される定数とする。
【0074】
鋼材100の製造方法では、上記した数式1~数式2で算出される軟化率Xが0.9以上となるよう所定のひずみ量、第1ひずみ速度、所定工程間時間および所定鋼材温度が制御される。
【0075】
(他の実施形態)
(1)上記実施形態では、2回の鍛造工程に分けて鋼材100を変形させるようにしたが、3回以上の鍛造工程に分けて鋼材100を変形させるようにしてもよい。
【0076】
(2)上記実施形態では、炭素とマンガンを含む鉄鋼により構成された鋼材100をプレス加工する例を示したが、このような材質の鋼材100に限定されるものではなく、例えば、新たに開発された新規合金により構成された鋼材100のプレス加工に適用することもできる。
【0077】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能である。また、上記各実施形態は、互いに無関係なものではなく、組み合わせが明らかに不可な場合を除き、適宜組み合わせが可能である。また、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、上記各実施形態において、実施形態の構成要素の個数、数値、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数に限定される場合等を除き、その特定の数に限定されるものではない。また、上記各実施形態において、構成要素等の材質、形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合および原理的に特定の材質、形状、位置関係等に限定される場合等を除き、その材質、形状、位置関係等に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0078】
10 誘導加熱炉
20 第1プレス機
30 搬送部
40 第2プレス機
50 制御部
100 鋼材