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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230502BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230502BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20230502BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20230502BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D119:00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019175766
(22)【出願日】2019-09-26
(65)【公開番号】P2021049941
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】都甲 高広
(72)【発明者】
【氏名】片岡 伸文
(72)【発明者】
【氏名】山口 恭史
(72)【発明者】
【氏名】江崎 之進
【審査官】飯島 尚郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-104476(JP,A)
【文献】特開2016-155519(JP,A)
【文献】特開2009-029285(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00-137/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸を往復動させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、
前記転舵軸に連結される転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、
前記転舵軸の左右いずれか一方への移動が規制されているか否かを判定し、前記転舵軸の移動が規制されていると判定した際の前記絶対舵角に応じた規制位置判定角を取得する規制位置判定角取得部と、
前記規制位置判定角に基づいて、前記転舵軸が左側又は右側のエンド位置にあることを示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角を設定するエンド位置対応角設定部とを備え、
前記規制位置判定角取得部は、動的規制判定を行い、該動的規制判定が成立する場合に、前記転舵軸の移動が規制されていると判定するものであり、
一方向に前記転舵軸を移動させる操舵トルクの符号及び前記モータの回転方向の符号をそれぞれ正、前記一方向と反対方向に前記転舵軸を移動させる前記操舵トルクの符号及び前記モータの回転方向の符号をそれぞれ負とするとき、
前記動的規制判定が成立する条件には、前記操舵トルクの絶対値が第1操舵トルク閾値以上であること、及び前記モータの角速度の変化量である角速度変化量の符号が前記操舵トルクの符号と反対であって、該角速度変化量の絶対値が第1角速度変化量閾値よりも大きいことが含まれる操舵制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の操舵制御装置において、
前記動的規制判定が成立する条件には、前記モータの角速度の符号が前記操舵トルクの符号と同一であって、該モータの角速度の絶対値が第1角速度閾値よりも大きいことが含まれる操舵制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の操舵制御装置において、
前記規制位置判定角取得部は、前記動的規制判定に加え、静的規制判定を行い、前記動的規制判定及び前記静的規制判定のいずれか一方の判定が成立する場合に、前記転舵軸の移動が規制されていると判定するものであり、
前記静的規制判定が成立する条件には、前記操舵トルクの絶対値が前記第1操舵トルク閾値よりも大きな第2操舵トルク閾値以上であること、及び前記角速度変化量の絶対値が前記第1角速度変化量閾値よりも小さな第2角速度変化量閾値以下であることが含まれる操舵制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の操舵制御装置において、
前記静的規制判定が成立する条件には、前記モータの角速度の符号が前記操舵トルクの符号と同一であって、該モータの角速度の絶対値が第1角速度閾値よりも大きく、かつ第2角速度閾値以下であることが含まれる操舵制御装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の操舵制御装置において、
前記規制位置判定角取得部は、前記転舵軸の移動が規制されていると判定した際の前記絶対舵角に対して、前記操舵装置に付与されたトルクにより生じる該操舵装置の機械的な弾性変形に基づいて剛性補償を行った値を前記規制位置判定角として取得する操舵制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の操舵制御装置において、
前記規制位置判定角取得部は、前記操舵トルク、前記モータトルク、及び前記角速度変化量に基づく慣性トルクを用いて、前記操舵装置に付与されたトルクを演算する操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用操舵装置として、モータを駆動源とするアクチュエータを備えた電動パワーステアリング装置(EPS)が知られている。こうしたEPSには、ステアリングホイールの操舵角を360°を超える範囲を含む絶対角で取得し、該操舵角に基づいて各種制御を行うものがある。こうした制御の一例として、例えば特許文献1には、ラック軸の端部であるラックエンドがラックハウジングに当たる、所謂エンド当ての衝撃を緩和するためのエンド当て緩和制御を実行するものが開示されている。
【0003】
特許文献1のEPSでは、エンド当てによりラック軸の移動が物理的に規制されるラックエンド位置が操舵角と対応付けられており、同角度がエンド位置対応角として記憶されている。そして、操舵角のエンド位置対応角からの距離に応じてモータが出力するモータトルクの目標値を小さくすることで、エンド当ての衝撃を緩和する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-155519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1の構成では、ラック軸がラックハウジングに当接したと判定される状態での操舵角に基づいてエンド位置対応角を設定する。同構成において、ラック軸がラックハウジングに当接していると判定する条件には、EPSに操舵トルクが入力されているにもかかわらず、操舵角の変化量が所定値以下の状態が継続することが含まれている。
【0006】
ところで、エンド当てが生じる状況の一として、例えば運転者が素早く切り込み操舵を行い、ラックエンドがラックハウジングに衝突した直後に切り戻し操舵を行う場合が想定される。こうした瞬間的なエンド当てでは操舵角の変化量が所定値以下の状態が継続しないため、上記特許文献1の構成では、ラック軸がラックハウジングに当接したと判定しないおそれがあり、エンド位置対応角を設定できない。
【0007】
本発明の目的は、瞬間的なエンド当てに基づいてエンド位置対応角を設定できる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する操舵制御装置は、ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸を往復動させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、前記転舵軸に連結される転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、前記転舵軸の左右いずれか一方への移動が規制されているか否かを判定し、前記転舵軸の移動が規制されていると判定した際の前記絶対舵角に応じた規制位置判定角を取得する規制位置判定角取得部と、前記規制位置判定角に基づいて、前記転舵軸が左側又は右側のエンド位置にあることを示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角を設定するエンド位置対応角設定部とを備え、前記規制位置判定角取得部は、動的規制判定を行い、該動的規制判定が成立する場合に、前記転舵軸の移動が規制されていると判定するものであり、一方向に前記転舵軸を移動させる操舵トルクの符号及び前記モータの回転方向の符号をそれぞれ正、前記一方向と反対方向に前記転舵軸を移動させる前記操舵トルクの符号及び前記モータの回転方向の符号をそれぞれ負とするとき、前記動的規制判定が成立する条件には、前記操舵トルクの絶対値が第1操舵トルク閾値以上であること、及び前記モータの角速度の変化量である角速度変化量の符号が前記操舵トルクの符号と反対であって、該角速度変化量の絶対値が第1角速度変化量閾値よりも大きいことが含まれる。
【0009】
運転者の操舵により転舵軸が一方向に素早く移動し、モータが素早く回転している状態でエンド当てが生じると、モータは急停止しようとする。そのため、こうした態様で転舵軸の移動が規制される場合には、例えば第1操舵トルク閾値以上の正の操舵トルクが入力される状態で、モータの角速度変化量は負の第1角速度変化量閾値未満となる。つまり、瞬間的なエンド当てが生じると、動的規制判定が成立し得る。したがって、上記構成によれば、例えば素早く切り込み操舵を行い瞬間的なエンド当てが生じる場合に、転舵軸の移動が規制されたと判定でき、規制位置判定角を取得してエンド位置対応角を設定できる。
【0010】
上記操舵制御装置において、前記動的規制判定が成立する条件には、前記モータの角速度の符号が前記操舵トルクの符号と同一であって、該モータの角速度の絶対値が第1角速度閾値よりも大きいことが含まれることが好ましい。
【0011】
上記のように、運転者の操舵により転舵軸が一方向に移動し、瞬間的なエンド当てが生じてからモータが急停止するまでの間、モータは転舵軸を一方向に移動させる方向に回転する。そのため、上記構成のように、動的規制判定が成立する条件に、モータの角速度が操舵トルクと同一の符号の第1角速度閾値よりも大きいことを含むことで、瞬間的なエンド当てが生じたか否かを的確に判定できる。
【0012】
上記操舵制御装置において、前記規制位置判定角取得部は、前記動的規制判定に加え、静的規制判定を行い、前記動的規制判定及び前記静的規制判定のいずれか一方の判定が成立する場合に、前記転舵軸の移動が規制されていると判定するものであり、前記静的規制判定が成立する条件には、前記操舵トルクの絶対値が前記第1操舵トルク閾値よりも大きな第2操舵トルク閾値以上であること、及び前記角速度変化量の絶対値が前記第1角速度変化量閾値よりも小さな第2角速度変化量閾値以下であることが含まれることが好ましい。
【0013】
運転者の操舵により転舵軸が一方向に移動してエンド当てが生じた場合、切り込み操舵を継続しても、モータはほとんど回転しない。そのため、こうした態様で転舵軸の移動が規制される場合には、例えば第2操舵トルク閾値以上の正の操舵トルクが入力される状態で、モータの角速度変化量の絶対値は第2角速度変化量閾値以下となる。つまり、エンド当てが生じてから保舵するような操舵が行われると、静的規制判定が成立し得る。したがって、上記構成によれば、例えばエンド当てが生じてから保舵するような操舵が行われる場合に、転舵軸の移動が規制されたと判定でき、規制位置判定角を取得してエンド位置対応角を設定できる。
【0014】
そして、上記構成では、動的規制判定及び静的規制判定のいずれか一方の判定が成立する場合に、転舵軸の移動が規制されていると判定し、規制位置判定角を取得する。したがって、種々の態様で転舵軸の移動が規制される際に、規制位置判定角を取得でき、早期にエンド位置対応角を設定できる。
【0015】
上記操舵制御装置において、前記静的規制判定が成立する条件には、前記モータの角速度の符号が前記操舵トルクの符号と同一であって、該モータの角速度の絶対値が第1角速度閾値よりも大きく、かつ第2角速度閾値以下であることが含まれることが好ましい。
【0016】
上記のように、エンド当てが生じてからも切り込み操舵を継続すると、操舵装置の弾性変形を伴うことで、厳密にはモータが僅かながら回転する。そのため、上記構成のように、静的規制判定が成立する条件に、モータの角速度が操舵トルクと同一の符号の第1角速度閾値よりも大きく、かつ第2角速度閾値以下であることを含むことで、継続的なエンド当てが生じたか否かを的確に判定できる。
【0017】
上記操舵制御装置において、前記規制位置判定角取得部は、前記転舵軸の移動が規制されていると判定した際の前記絶対舵角に対して、前記操舵装置に付与されたトルクにより生じる該操舵装置の機械的な弾性変形に基づいて剛性補償を行った値を前記規制位置判定角として取得することが好ましい。
【0018】
上記構成によれば、転舵軸の移動が規制されたと判定されたときの操舵装置の弾性変形を考慮して正確な規制位置判定角を取得できる。
上記操舵制御装置において、前記規制位置判定角取得部は、前記操舵トルク、前記モータトルク、及び前記角速度変化量に基づく慣性トルクを用いて、前記操舵装置に付与されたトルクを演算することが好ましい。
【0019】
上記構成によれば、操舵装置に付与されたトルクとして、操舵トルク、モータトルク及び慣性トルクを考慮するため、転舵軸の移動が規制されたと判定されたときの操舵装置の弾性変形量を正確に演算でき、より正確な規制位置判定角を取得できる。特に動的規制判定では、モータが急停止することで慣性トルクが大きくなるため、その効果は大である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、瞬間的なエンド当てに基づいてエンド位置対応角を設定できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図2】操舵制御装置のブロック図。
図3】制限値設定部のブロック図。
図4】エンド位置対応角管理部のブロック図。
図5】絶対舵角とピニオン軸トルクとの関係を示す模式図。
図6】規制位置判定角取得部による規制位置判定角の取得に係る処理手順を示すフローチャート。
図7】規制位置判定角取得部による動的規制判定の処理手順を示すフローチャート。
図8】規制位置判定角取得部による静的規制判定の処理手順を示すフローチャート。
図9】規制位置判定角取得部による周辺環境変化判定の処理手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、操舵制御装置の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、操舵制御装置1の制御対象となる操舵装置としての電動パワーステアリング装置(EPS)2は、運転者によるステアリングホイール3の操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5を備えている。また、EPS2は、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するアクチュエータとしてのEPSアクチュエータ6を備えている。
【0023】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11に連結された転舵軸としてのラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通されるハウジングとしてのラックハウジング13と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸12に変換するラックアンドピニオン機構14とを備えている。なお、ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16、及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0024】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に形成されたラック歯12aとピニオン軸17に形成されたピニオン歯17aとが噛合されることで構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイントからなるラックエンド18を介してタイロッド19がそれぞれ回動自在に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、EPS2では、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0025】
なお、ラックエンド18がラックハウジング13の左端に当接するラック軸12の位置が右方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が右側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。また、ラックエンド18がラックハウジング13の右端に当接するラック軸12の位置が左方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が左側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。
【0026】
EPSアクチュエータ6は、駆動源であるモータ21と、ウォームアンドホイール等の減速機構22とを備えている。モータ21は減速機構22を介してコラム軸15に連結されている。そして、EPSアクチュエータ6は、モータ21の回転を減速機構22により減速してコラム軸15に伝達することによって、モータトルクをアシスト力として操舵機構5に付与する。なお、本実施形態のモータ21には、三相のブラシレスモータが採用されている。
【0027】
操舵制御装置1は、モータ21に接続されており、その作動を制御する。なお、操舵制御装置1は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の制御が実行される。
【0028】
操舵制御装置1には、車両の車速SPDを検出する車速センサ31、及び運転者の操舵によりステアリングシャフト11に付与された操舵トルクThを検出するトルクセンサ32が接続されている。また、操舵制御装置1には、モータ21の回転角θmを360°の範囲内の相対角で検出する回転センサ33が接続されている。なお、操舵トルクTh及び回転角θmは、例えば右方向に操舵した場合に正の値、左方向に操舵した場合に負の値として検出する。つまり、本実施形態では、一方向に相当する右方向にラック軸12を移動させる操舵トルクThの符号及びモータ21の回転方向の符号がそれぞれ正とされ、一方向と反対方向に相当する左方向にラック軸12を移動させる操舵トルクThの符号及びモータ21の回転方向の符号がそれぞれ負とされている。そして、操舵制御装置1は、これら各センサから入力される各状態量を示す信号に基づいて、モータ21に駆動電力を供給することにより、EPSアクチュエータ6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するアシスト力を制御する。
【0029】
次に、操舵制御装置1の構成について説明する。
図2に示すように、操舵制御装置1は、モータ制御信号Smを出力するマイコン41と、モータ制御信号Smに基づいてモータ21に駆動電力を供給する駆動回路42とを備えている。なお、本実施形態の駆動回路42には、FET等の複数のスイッチング素子を有する周知のPWMインバータが採用されている。そして、マイコン41の出力するモータ制御信号Smは、各スイッチング素子のオンオフ状態を規定するものとなっている。これにより、モータ制御信号Smに応答して各スイッチング素子がオンオフし、各相のモータコイルへの通電パターンが切り替わることにより、車載電源43の直流電力が三相の駆動電力に変換されてモータ21へと出力される。
【0030】
なお、以下に示す各制御ブロックは、マイコン41が実行するコンピュータプログラムにより実現されるものであり、所定のサンプリング周期で各状態量を検出し、所定の演算周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理が実行される。
【0031】
マイコン41には、上記車速SPD、操舵トルクTh、及びモータ21の回転角θmが入力される。また、マイコン41には、電流センサ44により検出されるモータ21の各相電流値Iu,Iv,Iw、及び電圧センサ45により検出される車載電源43の電源電圧Vbが入力される。電流センサ44は、駆動回路42と各相のモータコイルとの間の接続線46に設けられている。電圧センサ45は、車載電源43と駆動回路42との間の接続線47に設けられている。なお、図2では、説明の便宜上、各相の電流センサ44及び各相の接続線46をそれぞれ1つにまとめて図示している。そして、マイコン41は、これら各状態量に基づいてモータ制御信号Smを出力する。
【0032】
詳しくは、マイコン41は、電流指令値Id*,Iq*を演算する電流指令値演算部51と、電流指令値Id*,Iq*に基づいてモータ制御信号Smを出力するモータ制御信号生成部52と、絶対舵角θsを検出する絶対舵角検出部53とを備えている。
【0033】
電流指令値演算部51には、操舵トルクTh、車速SPD及び絶対舵角θsが入力される。電流指令値演算部51は、これらの状態量に基づいて電流指令値Id*,Iq*を演算する。電流指令値Id*,Iq*は、モータ21に供給すべき電流の目標値であり、d/q座標系におけるd軸上の電流指令値及びq軸上の電流指令値をそれぞれ示す。このうち、q軸電流指令値Iq*は、モータ21が出力するモータトルクの目標値を示す。なお、本実施形態では、d軸電流指令値Id*は、基本的にゼロに固定されている。電流指令値Id*,Iq*は、例えば右方向への操舵をアシストする場合に正の値、左方向への操舵をアシストする場合に負の値とする。
【0034】
モータ制御信号生成部52には、電流指令値Id*,Iq*、各相電流値Iu,Iv,Iw、及びモータ21の回転角θmが入力される。モータ制御信号生成部52は、これらの状態量に基づいてd/q座標系における電流フィードバック制御を実行することにより、モータ制御信号Smを生成する。
【0035】
具体的には、モータ制御信号生成部52は、回転角θmに基づいて各相電流値Iu,Iv,Iwをd/q座標上に写像することにより、d/q座標系におけるモータ21の実電流値であるd軸電流値Id及びq軸電流値Iqを演算する。そして、モータ制御信号生成部52は、d軸電流値Idをd軸電流指令値Id*に追従させるべく、またq軸電流値Iqをq軸電流指令値Iq*に追従させるべく、それぞれ電流フィードバック制御を行うことによりモータ制御信号Smを生成する。なお、モータ制御信号Smを生成する過程で演算したq軸電流値Iqは、電流指令値演算部51に出力される。
【0036】
モータ制御信号生成部52は、このように生成したモータ制御信号Smを駆動回路42に出力する。これにより、モータ21には、モータ制御信号Smに応じた駆動電力が供給され、モータ21からq軸電流指令値Iq*に対応したモータトルクが出力されることで、操舵機構5にアシスト力が付与される。
【0037】
絶対舵角検出部53には、回転角θmが入力される。絶対舵角検出部53は、回転角θmに基づいて、360°を超える範囲を含む絶対角で表されるモータ絶対角を検出する。本実施形態の絶対舵角検出部53は、例えば車載電源43の交換後、イグニッションスイッチ等の起動スイッチが初めてオンされた時の回転角θmを原点としてモータ21の回転数を積算し、この回転数及び回転角θmに基づいてモータ絶対角を検出する。そして、絶対舵角検出部53は、モータ絶対角に減速機構22の減速比に基づく換算係数を乗算することにより、ステアリングシャフト11の操舵角を示す絶対舵角θsを検出する。本実施形態の操舵制御装置1では、起動スイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視しており、モータ21の回転数が常時積算されている。これにより、車載電源43が交換されてから2回目以降、起動スイッチがオンされた時でも、絶対舵角θsの原点は、起動スイッチが初めてオンされた時に設定された原点と同じになる。
【0038】
なお、上記のようにステアリングシャフト11の回転により転舵輪4の転舵角が変更されることから、絶対舵角θsは、転舵輪4の転舵角に換算可能な回転軸の回転角を示す。また、モータ絶対角及び絶対舵角θsは、例えば原点から右方向の回転角である場合に正の値、左方向の回転角である場合に負の値とする。
【0039】
次に、電流指令値演算部51の構成について詳細に説明する。
電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の基礎成分であるアシスト指令値Ias*を演算するアシスト指令値演算部61と、q軸電流指令値Iq*の絶対値の上限となる制限値Igを設定する制限値設定部62と、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Ig以下に制限するガード処理部63とを備えている。また、電流指令値演算部51は、メモリ64に記憶される左右のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsであるエンド位置対応角θs_le,θs_reを管理するエンド位置対応角管理部65を備えている。
【0040】
アシスト指令値演算部61には、操舵トルクTh及び車速SPDが入力される。アシスト指令値演算部61は、操舵トルクTh及び車速SPDに基づいてアシスト指令値Ias*を演算する。具体的には、アシスト指令値演算部61は、操舵トルクThの絶対値が大きいほど、また車速SPDが遅いほど、より大きな絶対値を有するアシスト指令値Ias*を演算する。このように演算されたアシスト指令値Ias*は、ガード処理部63に出力される。
【0041】
ガード処理部63には、アシスト指令値Ias*に加え、後述するように制限値設定部62において設定される制限値Igが入力される。ガード処理部63は、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Ig以下の場合には、アシスト指令値Ias*の値をそのままq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。一方、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Igよりも大きい場合には、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Igの値に制限した値をq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。
【0042】
メモリ64には、モータ21が出力可能なモータトルクとして予め設定されたトルクに対応する最大電流としての定格電流Ir、及びエンド位置対応角θs_le,θs_re等が記憶されている。左側のエンド位置対応角θs_leは、左側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsであり、右側のエンド位置対応角θs_reは、右側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsである。エンド位置対応角θs_le,θs_reは、後述するようにエンド位置対応角管理部65によってその設定が管理される。なお、本実施形態のメモリ64は、例えば車載電源43を取り外さない限り、エンド位置対応角θs_le,θs_reを保持するタイプのものが用いられている。
【0043】
次に、制限値設定部62の構成について説明する。
制限値設定部62には、絶対舵角θs、車速SPD、電源電圧Vb、定格電流Ir及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。そして、制限値設定部62は、これらの状態量に基づいて制限値Igを設定する。
【0044】
詳しくは、図3に示すように、制限値設定部62は、絶対舵角θsに基づく舵角制限値Ienを演算する舵角制限値演算部71と、電源電圧Vbに基づく他の制限値としての電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72と、舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を選択する最小値選択部73とを備えている。
【0045】
舵角制限値演算部71には、絶対舵角θs、車速SPD、定格電流Ir、エンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。舵角制限値演算部71は、これらの状態量に基づいて、後述するように絶対舵角θsの左右のエンド位置対応角θs_le,θs_reからの最小距離を示すエンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいて小さくなる舵角制限値Ienを演算する。このように演算された舵角制限値Ienは、最小値選択部73に出力される。なお、舵角制限値演算部71は、メモリ64に左右のエンド位置対応角θs_le,θs_reのいずれもが設定されていない場合には、舵角制限値Ienを演算しない。
【0046】
電圧制限値演算部72には、電源電圧Vbが入力される。電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が予め設定された電圧閾値Vth以下になった場合に、定格電流Irを供給するための定格電圧よりも小さな電圧制限値Ivbを演算する。具体的には、電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下になった場合、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてより小さな絶対値を有する電圧制限値Ivbを演算する。このように演算された電圧制限値Ivbは、最小値選択部73に出力される。
【0047】
最小値選択部73は、入力される舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を制限値Igとして選択し、ガード処理部63に出力する。
そして、舵角制限値Ienが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が舵角制限値Ienに制限される。これにより、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくすることで、ラックエンド18がラックハウジング13に当たるエンド当ての衝撃を緩和するエンド当て緩和制御が実行される。なお、後述するようにメモリ64に左右両方のエンド位置対応角θs_le,θs_reが記憶されている場合が正規のエンド当て緩和制御となり、メモリ64に左右いずれか一方のエンド位置対応角θs_le,θs_reが記憶されている場合が暫定のエンド当て緩和制御となる。
【0048】
また、電圧制限値Ivbが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が電圧制限値Ivbに制限される。これにより、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下となる場合に、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくする電源保護制御が実行される。
【0049】
次に、舵角制限値演算部71の構成について説明する。
舵角制限値演算部71は、エンド離間角Δθを演算するエンド離間角演算部81と、エンド離間角Δθに応じて定まる電流制限量である角度制限成分Igaを演算する角度制限成分演算部82とを備えている。そして、舵角制限値演算部71は、定格電流Irから角度制限成分Igaを減算することにより、舵角制限値Ienを演算する。
【0050】
詳しくは、エンド離間角演算部81には、絶対舵角θs、及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。エンド離間角演算部81は、メモリ64に左右両方のエンド位置対応角θs_le,θs_reが記憶されている場合には、最新の演算周期での絶対舵角θsと左側のエンド位置対応角θs_leとの間の差分、及び最新の演算周期での絶対舵角θsと右側のエンド位置対応角θs_reとの間の差分を演算する。そして、エンド離間角演算部81は、演算した差分のうちの絶対値が小さい方をエンド離間角Δθとして角度制限成分演算部82に出力する。一方、エンド離間角演算部81は、メモリ64に左右いずれか一方のみのエンド位置対応角θs_le,θs_reが記憶されている場合には、最新の演算周期での絶対舵角θsとエンド位置対応角θs_le又はエンド位置対応角θs_reとの間の差分を演算する。そして、エンド離間角演算部81は、この差分をエンド離間角Δθとして角度制限成分演算部82に出力する。
【0051】
なお、エンド離間角演算部81は、メモリ64に左右のエンド位置対応角θs_le,θs_reがいずれも記憶されていない場合には、エンド離間角Δθを演算しない。これにより、後述する角度制限成分演算部82において、角度制限成分Igaが演算されず、舵角制限値Ienが演算されない。
【0052】
角度制限成分演算部82には、エンド離間角Δθ及び車速SPDが入力される。角度制限成分演算部82は、エンド離間角Δθ及び車速SPDと角度制限成分Igaとの関係を定めたマップを備えており、同マップを参照することによりエンド離間角Δθ及び車速SPDに応じた角度制限成分Igaを演算する。
【0053】
このマップでは、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロの状態からその増大に比例して減少し、エンド離間角Δθが所定角度θ1でゼロに達し、エンド離間角Δθが所定角度θ1よりも大きくなると、ゼロになるように設定されている。また、このマップでは、エンド離間角Δθが負の領域も設定されており、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロよりも小さくなると、その減少に比例して増大し、定格電流Irと同じ値になった以降は一定となる。マップにおける負の領域は、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した状態からさらに切り込み操舵を行うことにより、EPS2が弾性変形してモータ21が回転する分を想定している。なお、所定角度θ1は、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍の範囲を示す小さな角度に設定されている。すなわち、角度制限成分Igaは、絶対舵角θsがエンド位置対応角θs_le,θs_reからステアリング中立側に向かうにつれて小さくなり、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍よりもステアリング中立位置側にある場合には、ゼロになるように設定されている。
【0054】
また、このマップは、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下の領域では、車速SPDの増大に基づいて、角度制限成分Igaが小さくなるように設定されている。具体的には、車速SPDが低速域である場合は角度制限成分Igaがゼロよりも大きくなるが、車速SPDが中高速域である場合は角度制限成分Igaがゼロとなるように設定されている。このように演算された角度制限成分Igaは、減算器83に出力される。
【0055】
減算器83には、角度制限成分Igaに加え、定格電流Irが入力される。舵角制限値演算部71は、減算器83において定格電流Irから角度制限成分Igaを差し引いた値を舵角制限値Ienとして上記最小値選択部73に出力する。
【0056】
次に、エンド位置対応角管理部65の構成について説明する。
図2示すように、エンド位置対応角管理部65には、車速SPD、操舵トルクTh、絶対舵角θs、q軸電流値Iq、及び回転角θmを微分することにより得られるモータ角速度ωmが入力される。エンド位置対応角管理部65は、これらの状態量に基づいて、ラック軸12が左右いずれか一方への移動が規制されているか否かを判定し、ラック軸12の移動が規制されていると判定された際の絶対舵角θsに応じた規制位置判定角θiを複数取得する。そして、エンド位置対応角管理部65は、複数の規制位置判定角θiに基づいてエンド位置対応角θs_le,θs_reをメモリ64に記憶させる。なお、エンド位置対応角管理部65は、エンド位置対応角θs_le,θs_reをメモリ64に一旦記憶させた後は、これらが消失するまではエンド位置対応角θs_le,θs_reの設定に係る処理を実行しない。
【0057】
詳しくは、図4に示すように、エンド位置対応角管理部65は、角速度変化量演算部91と、規制位置判定角取得部92と、エンド位置対応角設定部93とを備えている。
角速度変化量演算部91には、モータ角速度ωmが入力される。角速度変化量演算部91は、入力されるモータ角速度ωmに基づいてその変化量である角速度変化量Δωmを演算する。そして、角速度変化量演算部91は、角速度変化量Δωmを規制位置判定角取得部92に出力する。なお、本実施形態の角速度変化量演算部91は、角速度変化量Δωmにローパスフィルタ処理を施したものを規制位置判定角取得部92に出力する。
【0058】
規制位置判定角取得部92には、車速SPD、操舵トルクTh、q軸電流値Iq、モータ角速度ωm、角速度変化量Δωm及び絶対舵角θsが入力される。規制位置判定角取得部92は、後述するように、これらの状態量に基づいてラック軸12の左右いずれか一方への移動が規制されているか否かを判定し、ラック軸12の移動が規制されていると判定した際の絶対舵角θsに応じた規制位置判定角θiを取得する。
【0059】
エンド位置対応角設定部93には、規制位置判定角取得部92から複数の規制位置判定角θiが入力される。エンド位置対応角設定部93は、左側及び右側の規制位置判定角θiをそれぞれ取得した場合には、これら左右両側の規制位置判定角θiに基づいてエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定する。なお、エンド位置対応角設定部93は、規制位置判定角θiの符号に基づいて、該規制位置判定角θiが左側及び右側のいずれか一方側のものであるかを判定する。
【0060】
具体的には、エンド位置対応角設定部93は、左右両側の規制位置判定角θiを取得すると、まず左側の規制位置判定角θiの絶対値と右側の規制位置判定角θiの絶対値との和であるストローク幅Wmaを演算する。そして、エンド位置対応角設定部93は、ストローク幅Wmaがストローク閾値Wthよりも大きい場合には、取得した左右の規制位置判定角θiをそのままエンド位置対応角θs_le,θs_reとしてそれぞれ設定する。なお、ストローク閾値Wthは、絶対舵角θsで示される角度範囲であって、ラック軸12の全ストローク範囲に対応する角度範囲よりも若干小さな範囲に設定されている。エンド位置対応角設定部93は、ストローク幅Wmaがストローク閾値Wth以下の場合には、エンド位置対応角θs_le,θs_reを設定せず、入力された規制位置判定角θiを破棄し、左右両側の規制位置判定角θiを再度取得すると、同様の処理を行う。
【0061】
一方、エンド位置対応角設定部93は、左側及び右側のいずれか一方側のみの規制位置判定角θiを複数取得すると、これら規制位置判定角θiに基づいて対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reのみを設定する。具体的には、エンド位置対応角設定部93は、複数の規制位置判定角θiの平均値を左側のエンド位置対応角θs_le又は右側のエンド位置対応角θs_reとして設定する。
【0062】
次に、規制位置判定角取得部92による規制位置判定角θiの取得について説明する。
規制位置判定角取得部92は、車速センサ31から入力される車速SPDを示す信号が正常であり、かつ車速SPDが低速閾値Sloよりも大きい場合には、ラック軸12の移動が規制されているか否かの判定を行わない。これは、車速SPDがある程度大きい場合には、ラックエンド位置までステアリングホイール3を操舵しようとすると、車両がスピン等することで、エンド当てが生じないためである。なお、規制位置判定角取得部92は、例えば車速SPDが取り得ない値となった場合や、前回値からの変化量が予め設定される閾値を超える場合等に車速SPDを示す信号が異常であると判定する。低速閾値Sloは、車両が低速で走行していることを示す車速であり、予め設定されている。
【0063】
規制位置判定角取得部92は、車速SPDを示す信号が異常である、又は車速SPDが低速閾値Slo以下の場合には、動的規制判定を行う。そして、規制位置判定角取得部92は、動的規制判定が第1所定時間継続して成立する場合に、同判定が第1所定時間継続して成立した際の絶対舵角θsに応じた規制位置判定角θiを取得する。一方、規制位置判定角取得部92は、動的規制判定が成立しない場合には、静的規制判定を行う。そして、規制位置判定角取得部92は、静的規制判定が第2所定時間継続して成立する場合に、同判定が第2所定時間継続して成立した際の絶対舵角θsに応じた規制位置判定角θiを取得する。
【0064】
なお、静的規制判定は、ラック軸12の移動が規制されたまま保舵されているような状態、及びゆっくりと切り込み操舵を行ってラック軸12の移動が規制される状態を検出する判定である。動的規制判定は、比較的速い速度で切り込み操舵を行い、ラック軸12の移動が規制された直後に切り返し操舵が行われるような状態を検出する判定である。
【0065】
本実施形態の規制位置判定角取得部92は、動的規制判定又は静的規制判定の結果、ラック軸12の移動が規制されていると判定した際の絶対舵角θsに対して、EPS2に付与されたトルクにより生じるEPS2の機械的な弾性変形に基づいて補正する剛性補償を行い、剛性補償後の角度を規制位置判定角θiとして取得する。
【0066】
また、規制位置判定角取得部92は、一の規制位置判定角θiを取得してから、車両の周辺環境が変化したか否かの周辺環境変化判定が成立するまでは、他の規制位置判定角θiを取得しない。
【0067】
以下、規制位置判定角取得部92の行う処理について、動的規制判定、静的規制判定、剛性補償及び周辺環境変化判定の順に詳細に説明する。
(動的規制判定)
規制位置判定角取得部92は、次の3つの条件が成立する場合に、動的規制判定が成立し、ラック軸12の移動が規制されたと判定する。
【0068】
(a1)操舵トルクThの絶対値が第1操舵トルク閾値Tth1以上である。
(a2)モータ角速度ωmの符号が操舵トルクThの符号と同一であって、モータ角速度ωmの絶対値が第1角速度閾値ωth1よりも大きい。
【0069】
(a3)角速度変化量Δωmの符号が操舵トルクThの符号と反対であって、角速度変化量Δωmの絶対値が第1角速度変化量閾値Δωth1よりも大きい。
なお、第1操舵トルク閾値Tth1は、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した直後に切り戻し操舵を行う際の操舵トルクであり、ゼロよりも大きな適宜の値に設定されている。第1角速度閾値ωth1は、モータ21が停止していることを示す角速度であり、略ゼロに設定されている。第1角速度変化量閾値Δωth1は、モータ21が急速に減速していることを示す角速度変化量であり、比較的大きな値に設定されている。
【0070】
(静的規制判定)
規制位置判定角取得部92は、次の3つの条件が成立する場合に、静的規制判定が成立し、ラック軸12の移動が規制されたと判定する。
【0071】
(b1)操舵トルクThの絶対値が第2操舵トルク閾値Tth2以上である。
(b2)モータ角速度ωmの符号が操舵トルクThの符号と同一であって、モータ角速度ωmの絶対値が第1角速度閾値ωth1よりも大きく、かつ第2角速度閾値ωth2以下である。
【0072】
(b3)角速度変化量Δωmの絶対値が第2角速度変化量閾値Δωth2未満である。
なお、第2操舵トルク閾値Tth2は、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した状態で車両を旋回走行させる際にステアリングホイール3を保舵するために必要な操舵トルクであり、第1操舵トルク閾値Tth1よりも大きな適宜の値に設定されている。第2角速度閾値ωth2は、モータ21が低速で回転していることを示す角速度であり、ゼロよりも大きな適宜の値に設定されている。第2角速度変化量閾値Δωth2は、モータ21が略加減速していないことを示す角速度変化量であり、第1角速度変化量閾値Δωth1よりも小さく、かつゼロよりも僅かに大きな値に設定されている。
【0073】
(剛性補償)
規制位置判定角取得部92は、ラック軸12の移動が規制されていると判定した際の絶対舵角θsから、EPS2に生じている機械的な弾性変形を差し引いた値を規制位置判定角θiとして取得する。
【0074】
詳しくは、規制位置判定角取得部92は、ラック軸12の移動が規制されていると判定された際にEPS2に付与されたトルクの合計値であるピニオン軸トルクTpを演算する。ピニオン軸トルクTpは、ラック軸12に作用する軸力に相当する。本実施形態の規制位置判定角取得部92は、下記(1)式に示すように、運転者に付与される操舵トルクThと、q軸電流値Iqに基づくモータトルクと、モータ21の角速度変化量Δωmに基づく慣性トルクとを用いてピニオン軸トルクTpを演算する。
【0075】
Tp=Th+Iq×Km+Δωm×Kω…(1)
なお、「Km」は、モータ21のモータ定数、減速機構22の減速比及び効率等によって決まる係数を示す。「Kω」は、モータ21の慣性モーメント、減速機構22の減速比及び効率等によって決まる係数を示す。
【0076】
ここで、図5に示すように、通常、運転者によりステアリング操作が行われると、EPS2に付与されたピニオン軸トルクTpに応じて転舵輪4が転舵し、絶対舵角θsが増加する。そして、実際のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsを若干超えたところから、ピニオン軸トルクTpが増加しても絶対舵角θsがほとんど増加しなくなる。これは、エンド当てによりラック軸12の移動が規制されるため、ピニオン軸トルクTpが増加することで、EPS2を構成するステアリングシャフト11の捻れやラック軸12の圧縮等の機械的な弾性変形によってモータ21が僅かに回転するのみとなるからである。そして、絶対舵角θsに対するピニオン軸トルクTpの傾きはEPS2の弾性係数Keに比例することから、絶対舵角θsを基点に当該傾きに従ってピニオン軸トルクTpがゼロとなる位置での絶対舵角θsが、実際のラックエンド位置と略一致する。
【0077】
このことを踏まえ、規制位置判定角取得部92は、EPS2の弾性係数Keに対してピニオン軸トルクTpを乗算することにより、EPS2の弾性変形量に基づくモータ21の回転角を演算する。そして、規制位置判定角取得部92は、ラック軸12の移動が規制されていると判定された際の絶対舵角θsから上記回転角を減算した値を規制位置判定角θiとして取得する。
【0078】
(周辺環境変化判定)
規制位置判定角取得部92は、次の2つの条件が成立する場合に、周辺環境変化判定が成立し、車両の周辺環境が変化したと判定する。ただし、車速SPDを示す信号が異常である場合には、規制位置判定角取得部92は、(c2)の条件が成立するか否かを判定せず、(c1)の条件が成立する場合に、周辺環境変化判定が成立したと判定する。
【0079】
(c1)切り戻し操舵量θbaが切り戻し判定閾値θth以上である。
(c2)車速センサ31から入力される車速SPDを示す信号が正常である場合に、車速SPDが走行閾値Smin以上である。
【0080】
なお、切り戻し操舵量θbaは、直近の規制位置判定角θiと絶対舵角θsとの差分である。切り戻し判定閾値θthは、運転者が切り戻し操舵を行ったと考えられる角度であり、例えば100°程度の比較的大きな値に予め設定されている。走行閾値Sminは、車両が停止せずに走行していることを示す最低限の車速であり、ゼロよりも大きくかつ低速閾値Sloよりも小さな値に予め設定されている。
【0081】
(フローチャート)
次に、図6図9に示すフローチャートにしたがって、規制位置判定角取得部92による処理手順の一例を説明する。なお、以下では、説明の便宜上、ラック軸12が右方向へ移動し、右側の規制位置判定角θiを取得する場合について説明するが、ラック軸12が左側へ移動し、左側の規制位置判定角θiを取得する場合も、同様の処理が行われる。
【0082】
図6に示すように、規制位置判定角取得部92は、規制位置判定角θiを取得する際において、各種状態量を取得すると(ステップ101)、規制位置判定角θiの取得が許可されていることを示す許可フラグがセットされているか否かを判定する(ステップ102)。なお、許可フラグは、初期状態ではセットされており、規制位置判定角θiを取得するとリセットされる。許可フラグは、リセットされた状態で、周辺環境変化判定が成立すると、再度セットされる。
【0083】
規制位置判定角取得部92は、許可フラグがセットされていない場合には(ステップ102:NO)、それ以降の処理を実行せず、同演算周期において規制位置判定角θiを取得しない。これに対し、許可フラグがセットされている場合には(ステップ102:YES)、車速SPDを示す信号が正常であるか否かを判定する(ステップ103)。車速SPDを示す信号が正常である場合には(ステップ103:YES)、車速SPDが低速閾値Sloよりも大きいか否かを判定する(ステップ104)。そして、車速SPDが低速閾値Sloよりも大きい場合には(ステップ104:YES)、それ以降の処理を実行せず、同演算周期において規制位置判定角θiを取得しない。一方、車速SPDを示す信号が正常でない場合(ステップ103:NO)、及び車速SPDが低速閾値Slo以下の場合には(ステップ104:NO)、動的規制判定を行う(ステップ105)。
【0084】
図7に示すように、動的規制判定において、規制位置判定角取得部92は、操舵トルクThが第1操舵トルク閾値Tth1以上であるか否かを判定する(ステップ201)。操舵トルクThが第1操舵トルク閾値Tth1以上である場合には(ステップ201:YES)、モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1よりも大きいか否かを判定する(ステップ202)。すなわち、ステップ202では、モータ角速度ωmの符号が操舵トルクThの符号と同一であって、モータ角速度ωmの絶対値が第1角速度閾値ωth1よりも大きいか否かを判定する。モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1よりも大きい場合には(ステップ202:YES)、角速度変化量Δωmが負の第1角速度変化量閾値Δωth1未満であるか否かを判定する(ステップ203)。すなわち、ステップ203では、角速度変化量Δωmの符号が操舵トルクThの符号と反対であって、角速度変化量Δωmの絶対値が第1角速度変化量閾値Δωth1よりも大きいか否かを判定する。そして、角速度変化量Δωmが負の第1角速度変化量閾値Δωth1未満である場合には(ステップ203:YES)、動的規制判定が成立し、ラック軸12の移動が規制されていると判定する(ステップ204)。
【0085】
一方、操舵トルクThが第1操舵トルク閾値Tth1未満である場合(ステップ201:NO)、モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1以下の場合(ステップ202:NO)、角速度変化量Δωmが負の第1角速度変化量閾値Δωth1以上の場合には(ステップ203:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0086】
図6に示すように、規制位置判定角取得部92は、ステップ105において動的規制判定を行った後、同判定が成立したか否かを判定する(ステップ106)。動的規制判定が成立した場合には(ステップ106:YES)、動的規制判定が成立した回数を示す動的カウンタのカウント値Cdyをインクリメントし(ステップ107)、静的規制判定が成立した回数を示す静的カウンタのカウント値Cstをクリアする(ステップ108)。続いて、動的カウンタのカウント値Cdyが第1所定時間に対応する所定カウント値Cth1以上であるか否かを判定し(ステップ109)、カウント値Cdyが所定カウント値Cth1未満である場合には(ステップ109:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0087】
一方、規制位置判定角取得部92は、カウント値Cdyが所定カウント値Cth1以上である場合には(ステップ109:YES)、動的カウンタのカウント値Cdyをクリアする(ステップ110)。そして、同演算周期において取得した絶対舵角θsに対して剛性補償を行って規制位置判定角θiを取得し(ステップ111)、周辺環境変化判定が成立するまで規制位置判定角θiの取得を中止する中止フラグをセットする(ステップ112)。
【0088】
規制位置判定角取得部92は、動的規制判定が成立しない場合には(ステップ106:NO)、静的規制判定を行う(ステップ113)。
図8に示すように、静的規制判定において、規制位置判定角取得部92は、操舵トルクThが第2操舵トルク閾値Tth2以上であるか否かを判定する(ステップ301)。操舵トルクThが第2操舵トルク閾値Tth2以上である場合には(ステップ301:YES)、モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1よりも大きく、かつ第2角速度閾値ωth2以下であるか否かを判定する(ステップ302)。すなわち、ステップ302では、モータ角速度ωmの符号が操舵トルクThの符号と同一であって、モータ角速度ωmの絶対値が第1角速度閾値ωth1よりも大きく、かつ第2角速度閾値ωth2以下であるか否かを判定する。モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1よりも大きく、かつ第2角速度閾値ωth2以下である場合、すなわちモータ21が極低速で回転している場合には(ステップ302:YES)、角速度変化量Δωmの絶対値が第2角速度変化量閾値Δωth2未満であるか否かを判定する(ステップ303)。そして、角速度変化量Δωmの絶対値が第2角速度変化量閾値Δωth2未満である場合には(ステップ303:YES)、静的規制判定が成立し、ラック軸12の移動が規制されていると判定する(ステップ304)。
【0089】
一方、操舵トルクThが第2操舵トルク閾値Tth2未満である場合(ステップ301:NO)、モータ角速度ωmが第1角速度閾値ωth1以下である、又は第2角速度閾値ωth2よりも大きい場合(ステップ302:NO)、角速度変化量Δωmの絶対値が第2角速度変化量閾値Δωth2以上の場合には(ステップ303:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0090】
図6に示すように、規制位置判定角取得部92は、ステップ113において静的規制判定を行った後、同判定が成立したか否かを判定する(ステップ114)。静的規制判定が成立した場合には(ステップ114:YES)、静的カウンタのカウント値Cstをインクリメントし(ステップ115)、動的カウンタのカウント値Cdyをクリアする(ステップ116)。続いて、静的カウンタのカウント値Cstが第2所定時間に対応する所定カウント値Cth2以上であるか否かを判定し(ステップ117)、カウント値Cstが所定カウント値Cth2未満である場合には(ステップ117:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0091】
一方、規制位置判定角取得部92は、カウント値Cstが所定カウント値Cth2以上である場合には(ステップ117:YES)、静的カウンタのカウント値Cstをクリアする(ステップ118)。そして、同演算周期において取得した絶対舵角θsに対して剛性補償を行って規制位置判定角θiを取得し(ステップ119)、中止フラグをセットする(ステップ120)。
【0092】
なお、規制位置判定角取得部92は、静的規制判定が成立しない場合(ステップ114:NO)、すなわちラック軸12の移動が規制されていない場合には、動的カウンタ及び静的カウンタのカウント値Cdy,Cstをそれぞれクリアする(ステップ121,122)。
【0093】
図9に示すように、周辺環境変化判定において、規制位置判定角取得部92は、各種状態量を取得すると(ステップ401)、中止フラグがセットされているか否かを判定する(ステップ402)。中止フラグがセットされていない場合(ステップ402:NO)、すなわち規制位置判定角θiを取得しておらず、車両の周辺環境が変化するか否かを判定する必要がない場合には、それ以降の処理を実行しない。
【0094】
一方、規制位置判定角取得部92は、中止フラグがセットされている場合には(ステップ402:YES)、切り戻し操舵量θbaを演算し(ステップ403)、切り戻し操舵量θbaが切り戻し判定閾値θthよりも大きいか否かを判定する(ステップ404)。切り戻し操舵量θbaが切り戻し判定閾値θthよりも大きい場合には(ステップ404:YES)、車速SPDを示す信号が正常であるか否かを判定する(ステップ405)。車速SPDを示す信号が正常である場合には(ステップ405:YES)、車速SPDが走行閾値Smin以上であるか否かを判定する(ステップ406)。そして、車速SPDが走行閾値Smin以上である場合には(ステップ406:YES)、許可フラグをセットし(ステップ407)、中止フラグをリセットする(ステップ408)。
【0095】
規制位置判定角取得部92は、車速SPDが正常でない場合には(ステップ405:NO)、ステップ406をとばしてステップ407,408に移行し、許可フラグのセット及び中止フラグのリセットを行う。また、切り戻し操舵量θbaが切り戻し判定閾値θth以下の場合(ステップ404:NO)、及び車速SPDが走行閾値Smin未満である場合には(ステップ406:NO)、許可フラグをリセットする(ステップ409)。
【0096】
次に、本実施形態の作用及び効果について説明する。
(1)規制位置判定角取得部92は、動的規制判定を行い、該動的規制判定が成立する場合に、ラック軸12の移動が規制されていると判定する。動的規制判定が成立する条件には、操舵トルクThの絶対値が第1操舵トルク閾値Tth1以上であること、及び角速度変化量Δωmの符号が操舵トルクThの符号と反対であって、該角速度変化量Δωmの絶対値が第1角速度変化量閾値Δωth1よりも大きいことが含まれる。
【0097】
ここで、例えば運転者の操舵によりラック軸12が右方向に素早く移動し、モータ21が素早く回転している状態でエンド当てが生じると、モータ21は急停止しようとする。そのため、こうした態様でラック軸12の移動が規制される場合には、例えば第1操舵トルク閾値Tth1以上の正の操舵トルクThが入力される状態で、モータ21の角速度変化量Δωmは負の第1角速度変化量閾値Δωth1未満となる。つまり、瞬間的なエンド当てが生じると、動的規制判定が成立し得る。したがって、本実施形態では、例えば素早く切り込み操舵を行い瞬間的なエンド当てが生じる場合に、ラック軸12の移動が規制されたと判定でき、規制位置判定角θiを取得してエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定できる。
【0098】
(2)上記のように、例えば運転者の操舵によりラック軸12が右方向に移動し、瞬間的なエンド当てが生じてからモータ21が急停止するまでの間、モータ21はラック軸12を右方向に移動させる方向に回転する。そのため、本実施形態のように、動的規制判定が成立する条件に、モータ角速度ωmが操舵トルクThと同一の符号の第1角速度閾値ωth1よりも大きいことを含むことで、瞬間的なエンド当てが生じたか否かを的確に判定できる。
【0099】
(3)規制位置判定角取得部92は、静的規制判定を行い、該静的規制判定が成立する場合に、ラック軸12の移動が規制されていると判定する。静的規制判定が成立する条件には、操舵トルクThの絶対値が第1操舵トルク閾値Tth1よりも大きな第2操舵トルク閾値Tth2以上であること、及び角速度変化量Δωmの絶対値が第1角速度変化量閾値Δωth1よりも小さな第2角速度変化量閾値Δωth2以下であることが含まれる。
【0100】
ここで、例えば運転者の操舵によりラック軸12が右方向に移動してエンド当てが生じた場合、切り込み操舵を継続しても、モータ21はほとんど回転しない。そのため、こうした態様でラック軸12の移動が規制される場合には、例えば第2操舵トルク閾値Tth2以上の正の操舵トルクが入力される状態で、モータ21の角速度変化量Δωmの絶対値は第2角速度変化量閾値Δωth2以下となる。つまり、エンド当てが生じてから保舵するような操舵が行われると、静的規制判定が成立し得る。したがって、本実施形態では、例えばエンド当てが生じてから保舵するような操舵が行われる場合に、ラック軸12の移動が規制されたと判定でき、規制位置判定角θiを取得してエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定できる。
【0101】
(4)上記のように、エンド当てが生じてからも切り込み操舵を継続すると、EPS2の弾性変形を伴うことで、厳密にはモータ21が僅かながら回転する。そのため、上記構成のように、静的規制判定が成立する条件に、モータ角速度ωmが操舵トルクThと同一の符号の第1角速度閾値ωth1よりも大きく、かつ第2角速度閾値ωth2以下であることを含むことで、継続的なエンド当てが生じたか否かを的確に判定できる。
【0102】
(5)規制位置判定角取得部92は、ラック軸12の移動が規制されていると判定した際の絶対舵角θsに対して、EPS2に付与されたピニオン軸トルクTpにより生じるEPS2の機械的な弾性変形に基づいて剛性補償を行った値を規制位置判定角θiとして取得する。そのため、ラック軸12の移動が規制されたと判定されたときのEPS2の弾性変形を考慮して正確な規制位置判定角θiを取得できる。
【0103】
(6)規制位置判定角取得部92は、操舵トルクTh、モータトルク及び慣性トルクに基づいてピニオン軸トルクTpを演算するため、ラック軸12の移動が規制されたと判定されたときのEPS2の弾性変形量を正確に演算でき、より正確な規制位置判定角θiを設定できる。特に動的規制判定では、モータ21が急停止することで慣性トルクが大きくなるため、その効果は大である。
【0104】
(7)例えば転舵輪4が縁石に当たることでラック軸12の移動が規制されると、この際に取得される規制位置判定角θiは、実際にエンド当てが生じる実エンド角としての実ラックエンド角から乖離した角度となる。そのため、単一の規制位置判定角θiのみに基づいて対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定すると、当該エンド位置対応角θs_le,θs_reが実ラックエンド角から乖離した角度となりやすい。そこで、左側及び右側のいずれか一方側の複数の規制位置判定角θiに基づいて対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定することが考えられる。これにより、例えば複数のうちの一の規制位置判定角θiが縁石当て時に取得したものであっても、他の規制位置判定角θiがエンド当て時に取得したものであれば、設定されるエンド位置対応角θs_le,θs_reが実ラックエンド角から乖離した角度となることを抑制できる。しかし、例えば複数の規制位置判定角θiがそれぞれ縁石当て時に取得したものである場合には、左側及び右側のいずれか一方側の複数の規制位置判定角θiに基づいて対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定しても、当該エンド位置対応角θs_le,θs_reが実ラックエンド角から乖離した角度となるおそれがある。
【0105】
この点、規制位置判定角取得部92は、他の規制位置判定角θiは、一の規制位置判定角θiを設定した後に車両の周辺環境が変化してから取得する。そのため、複数の規制位置判定角θiのいずれもが、縁石等に当たることでラック軸12の移動が規制された際に取得されたデータとなることを抑制できる。これにより、実ラックエンド角と精度よく対応するエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定できる。
【0106】
(8)周辺環境変化判定が成立する条件には、切り戻し操舵量θbaが切り戻し判定閾値θth以上となること、及び車速SPDが走行閾値Smin以上となることが含まれるため、好適に周辺環境が変化したか否かを判定できる。
【0107】
(9)規制位置判定角取得部92は、車速センサ31から入力される車速SPDを示す信号が正常であるか否かに関わらず、車速SPDが低速閾値Slo以下の場合には、ラック軸12の移動が規制されているか否かの判定を行う。したがって、車速SPDを示す信号に異常が生じても、規制位置判定角θiを取得できるため、早期にエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定できる。また、規制位置判定角取得部92は、車速SPDを示す信号が異常である場合には、周辺環境変化判定に車速SPDと走行閾値Sminとの大小比較を含めないため、車速SPDを示す信号の異常に起因して周辺環境変化判定が成立しなくなることを防止できる。
【0108】
(10)規制位置判定角取得部92は、動的規制判定及び静的規制判定を行い、動的規制判定及び静的規制判定のいずれか一方の判定が成立する場合に、ラック軸12の移動が規制されていると判定する。したがって、種々の態様でラック軸12の移動が規制される際に、規制位置判定角θiを取得でき、早期にエンド位置対応角θs_le,θs_reを設定できる。
【0109】
ここで、例えば素早く切り込み操舵を行い、転舵輪4が縁石等に当たってラック軸12の移動が規制された後、そのまま継続して切り込み操舵を行う場合を想定する。この場合には、動的規制判定及び静的規制判定のそれぞれが成立し得るため、各判定が成立した際に規制位置判定角θiを取得したと仮定すると、2つの規制位置判定角θiのいずれもが同一の縁石に当たることでラック軸12の移動が規制された際のデータとなる。したがって、動的規制判定及び静的規制判定の各判定を行う構成において、本実施形態のように一の規制位置判定角θiを設定した後に車両の周辺環境が変化してから他の規制位置判定角θiを取得する効果は大である。
【0110】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変形例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態において、車速SPDを示す信号が正常であり、かつ車速SPDが低速閾値Sloよりも大きい場合にも、ラック軸12の移動が規制されているか否かの判定を行ってもよい。また、車速センサ31から入力される車速SPDを示す信号が異常である場合には、ラック軸12の移動が規制されているか否かの判定を行わなくてもよい。
【0111】
・上記実施形態において、車速SPDを示す信号が異常である場合にも、周辺環境変化判定に車速SPDと走行閾値Sminとの大小比較を含めてもよい。
・上記実施形態では、規制位置判定角取得部92が動的規制判定及び静的規制判定を行うことで、ラック軸12の移動が規制されているか否かを判定したが、これに限らず、静的規制判定を行わず、動的規制判定のみを行うことで、ラック軸12の移動が規制されているか否かを判定してもよい。
【0112】
・上記実施形態では、周辺環境変化判定が成立する条件を上記(c1),(c2)が成立することとしたが、これに限らず、車両の周辺環境が変化したと判定できればよく、例えば(c1)の条件を判定しなくてもよい。また、例えば上記(c2)の条件に加えて又は代えて、カメラ等の撮影機器により車両の周辺を撮影し、撮影した映像が変化したか否かを含めてもよい。さらに、例えばGPS(Global Positioning System)用の人工衛星からの測位信号を受信し、当該受信される測位信号に基づいて車両の位置が所定距離以上変化したか否かを判定してもよい。さらにまた、例えば数分間程度の時間が経過することを持って車両の周辺環境が変化したと判定してもよく、周辺環境変化判定の判定条件は適宜変更可能である。
【0113】
・上記実施形態において、上記(a1)及び(a3)が成立すれば、(a2)が成立しなくても、動的規制判定が成立したと判定してもよい。また、動的規制判定が第1所定時間継続して成立するか否かによらず、一演算周期だけでも成立すれば、規制位置判定角θiを取得するようにしてもよい。
【0114】
・上記実施形態において、上記(b1)及び(b3)が成立すれば、(b2)が成立しなくても、静的規制判定が成立したと判定してもよい。また、静的規制判定が第2所定時間継続して成立するか否かによらず、一演算周期だけでも成立すれば、規制位置判定角θiを取得するようにしてもよい。
【0115】
・上記実施形態では、ピニオン軸トルクTpを操舵トルクTh、モータトルク及び慣性トルクに基づいて演算したが、これに限らず、演算負荷の軽減等を目的として、例えば操舵トルクTh及びモータトルクに基づいてピニオン軸トルクTpを演算してもよい。また、動的規制判定の結果、取得する絶対舵角θsに対して行う剛性補償で用いるピニオン軸トルクTpと、静的規制判定の結果、取得する絶対舵角θsに対して行う剛性補償で用いるピニオン軸トルクTpとが異なっていてもよい。
【0116】
・上記実施形態において、ラック軸12の移動が規制されていると判定した際に取得する絶対舵角θsをそのまま規制位置判定角θiとして取得し、剛性補償を行わなくてもよい。
【0117】
・上記実施形態では、左側及び右側のいずれか一方側のみの規制位置判定角θiを複数取得すると、これらの平均値を対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reとして設定した。しかし、これに限らず、例えば複数の規制位置判定角θiのうち、最も絶対角の大きい規制位置判定角θiを対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reとして設定してもよい。また、規制位置判定角θiを1つだけ取得した場合に、当該規制位置判定角θiを対応する側のエンド位置対応角θs_le,θs_reとして設定してもよい。
【0118】
・上記実施形態において、一の規制位置判定角θiを取得した後、車両の周辺環境が変化したか否かの周辺環境変化判定が成立しなくても、ラック軸12の移動が規制されたと判定されれば、他の規制位置判定角θiを取得してもよい。
【0119】
・上記実施形態では、イグニッションスイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視することで、原点からのモータ21の回転数を常時積算し、モータ絶対角及び絶対舵角θsを検出した。しかし、これに限らず、例えば操舵角を絶対角で検出するステアリングセンサを設け、該ステアリングセンサにより検出される操舵角及び減速機構22の減速比に基づいて、原点からのモータ21の回転数を積算し、モータ絶対角及び絶対舵角θsを検出してもよい。
【0120】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*を舵角制限値Ienに制限することで、エンド当て緩和制御を実行したが、これに限らず、例えばアシスト指令値Ias*に対し、ラックエンド位置に近づくほど大きくなる操舵反力成分、すなわちアシスト指令値Ias*と符号が反対の成分を加算することにより、エンド当て緩和制御を実行してもよい。
【0121】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*に対してガード処理を行ったが、これに限らず、例えば操舵トルクThを微分したトルク微分値に基づく補償量によってアシスト指令値Ias*を補正した値に対してガード処理を行ってもよい。
【0122】
・上記実施形態では、制限値設定部62は、電源電圧Vbに基づいて電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72を備えたが、これに限らず、電圧制限値演算部72に加えて又は代えて、他の状態量に基づく他の制限値を演算する他の演算部を備えてもよい。また、制限値設定部62が電圧制限値演算部72を備えず、舵角制限値Ienをそのまま制限値Igとして設定する構成としてもよい。
【0123】
・上記実施形態では、定格電流Irから角度制限成分Igaを減算した値を舵角制限値Ienとしたが、これに限らず、定格電流Irから角度制限成分Iga、及びモータ角速度に応じて定まる電流制限量を減算した値を舵角制限値Ienとしてもよい。
【0124】
・上記実施形態では、操舵制御装置1は、EPSアクチュエータ6がコラム軸15にモータトルクを付与する形式のEPS2を制御対象としたが、これに限らず、例えばボール螺子ナットを介してラック軸12にモータトルクを付与する形式の操舵装置を制御対象としてもよい。また、EPSに限らず、操舵制御装置1は、運転者により操作される操舵部と、転舵輪を転舵させる転舵部との間の動力伝達が分離されたステアバイワイヤ式の操舵装置を制御対象とし、転舵部に設けられる転舵アクチュエータのモータのトルク指令値又はq軸電流指令値について、本実施形態のようにエンド当て緩和制御を実行してもよい。
【符号の説明】
【0125】
1…操舵制御装置、2…電動パワーステアリング装置、4…転舵輪、6…EPSアクチュエータ、11…ステアリングシャフト、12…ラック軸、13…ラックハウジング、18…ラックエンド、21…モータ、31…車速センサ、41…マイコン、53…絶対舵角検出部、65…エンド位置対応角管理部、92…規制位置判定角取得部、93…エンド位置対応角設定部、Th…操舵トルク、Tth1…第1操舵トルク閾値、Tth2…第2操舵トルク閾値、Tp…ピニオン軸トルク、θm…回転角、θs…絶対舵角、θi…規制位置判定角、θs_le,θs_re…エンド位置対応角、ωm…モータ角速度、ωth1…第1角速度閾値、ωth2…第2角速度閾値、Δωm…角速度変化量、Δωth1…第1角速度変化量閾値、Δωth2…第2角速度変化量閾値。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9