(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】シリルホスフィン化合物、シリルホスフィン化合物の製造方法及びInP量子ドットの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 9/06 20060101AFI20230502BHJP
C07F 7/08 20060101ALI20230502BHJP
C01B 25/08 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
C07F9/06 CSP
C07F7/08 Z
C01B25/08 A
(21)【出願番号】P 2020510790
(86)(22)【出願日】2019-03-20
(86)【国際出願番号】 JP2019011760
(87)【国際公開番号】W WO2019188680
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2022-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2018060922
(32)【優先日】2018-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000230593
【氏名又は名称】日本化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田久保 洋介
(72)【発明者】
【氏名】田村 健
(72)【発明者】
【氏名】中對 一博
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-538662(JP,A)
【文献】東ドイツ国経済特許第274626(DD,A1)
【文献】国際公開第2017/074897(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/037314(US,A1)
【文献】UHLIG, W. et al.,Eine neue Methode zur Darstellung von Organosilylphosphinen,Z. anorg. allg. Chem.,1989年,Vol.576,pp.281-283
【文献】Sang-Wook Kim et al.,Engineering InAsxP1-x/InP/ZnSe III-V Alloyed Core/Shell Quantum Dots for the Near-Infrared,J. AM. CHEM. SOC.,2005年,Vol.125,pp.10526-10532
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F、C01B、H01L
CAplus/REGISTRY(STN)
CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるシリルホスフィン化合物であって、ヒ素含量が質量基準で1ppm以下である、シリルホスフィン化合物。
【化1】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【請求項2】
InP量子ドットの原料に用いられる、請求項1に記載のシリルホスフィン化合物。
【請求項3】
請求項1に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法であって
塩基性化合物と、下記式(I)で表されるシリル化剤と、ホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得る第一工程、
シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒を除去してシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程、及び、
シリルホスフィン化合物の濃縮液を蒸留することによりシリルホスフィン化合物を得る第三工程、を有し、ホスフィンとしてヒ素含量
を体積基準においてアルシン換算で1ppm以下
に低減させる工程を経たホスフィンを用いる、シリルホスフィン化合物の製造方法。
【化2】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基であり、Xはフルオロスルホン酸基、フルオロアルカンスルホン酸基及び過塩素酸基から選ばれる少なくとも1つの基である。)
【請求項4】
前記塩基性化合物がメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、アニリン、トルイジン、ピリジン及びピペリジンから選ばれる1種又は2種以上である、請求項3に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項5】
前記シリル化剤がトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリエチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリブチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリイソプロピルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリフェニルシリル及びトリフルオロメタンスルホン酸tert-ブチルジメチルシリルから選ばれる1種又は2種以上である、請求項3又は4に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項6】
前記第一工程において、ホスフィンに対して3倍モル以上6倍モル以下の量の塩基性化合物をホスフィンと混合させる、請求項3~5の何れか一項に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項7】
前記第一工程において、ホスフィンに対して3倍モル以上6倍モル以下の量のシリル化剤をホスフィンと混合させる、請求項3~6の何れか一項に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項8】
前記シリルホスフィン化合物がトリス(トリメチルシリル)ホスフィンである請求項3~7の何れか一項に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項9】
前記第一工程を、不活性雰囲気下で行う、請求項3~8の何れか一項に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項10】
第三工程により得られたシリルホスフィン化合物を脱水後の有機溶媒と混合して、有機溶媒に分散された状態のシリルホスフィン化合物を得る、請求項3~9の何れか一項に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法。
【請求項11】
リン源とインジウム源とを反応させてInP量子ドットを製造する方法であって、前記リン源として、ヒ素の含有量が質量基準で1ppm以下である下記式(1)で表されるシリルホスフィン化合物を用いるInP量子ドットの製造方法。
【化3】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【請求項12】
前記インジウム源として、酢酸インジウム、ラウリル酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、パルミチン酸インジウム、ステアリン酸インジウム及びオレイン酸インジウムからなる群より選ばれる少なくとも一つを用いる請求項11に記載のInP量子ドットの製造方法。
【請求項13】
リン源とインジウム源との反応を250℃以上350℃以下の温度で行う請求項11又は12に記載のInP量子ドットの製造方法。
【請求項14】
リン源とインジウム源との反応を、有機溶媒中で行う請求項11~13の何れか一項に記載のInP量子ドットの製造方法。
【請求項15】
リン及びインジウム以外の元素Mとして、Be、Mg、Zn、B、Al、Ga、S、Se及びNの群から選ばれる少なくとも一種を加えて、InとPとMの複合量子ドットを得る請求項11~14の何れか一項に記載のInP量子ドットの製造方法。
【請求項16】
請求項11~15の何れか一項に記載の製造方法で得られたInP量子ドットをコアとし、このコアにInP以外の被覆化合物を被覆させる、コアシェル構造の量子ドットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインジウムリン量子ドットのリン成分原料として有用なシリルホスフィン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、発光材料として量子ドットの開発が進んでいる。代表的な量子ドットとしては、優れた光学特性などからCdSe、CdTe、CdS等のカドミウム系量子ドットの開発が進められている。しかし、カドミウムの毒性及び環境負荷が高いことからカドミウムフリーの量子ドットの開発が期待されている。
【0003】
カドミウムフリーの量子ドットの一つとしてインジウムリン(InP)が挙げられる。インジウムリンの製造においては、そのリン成分にトリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物が原料として用いられることが多い。また、トリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物は、固体状又は溶媒に溶かした液相状で使用できることから、ガス状のリン源(ホスフィンなど)が使用できない状況下での有機合成のリン源としても用いられている。トリス(トリメチルシリル)ホスフィン等のシリルホスフィン化合物の製造方法として、いくつかのものが提案されている(例えば特許文献1及び非特許文献1~3)。
【0004】
シリルホスフィン化合物の製造方法のうち、特許文献1及び非特許文献1に記載された、ホスフィン、トリメチルシリルトリフラート等のシリル化剤及び塩基性化合物を使用した製法は、反応率、生成物の純度等の観点から工業的な生産を行うのに特に有用であると考えられる。
【0005】
また、特許文献2には、ホスフィンが半導体原料として用いられること、及び、ホスフィンからヒ素量を低減する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】DD274626A1
【文献】特開昭59-45913号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Z. anorg. Allg. Chem. 576 (1989) 281-283
【文献】Acta Crystallographica Section C, (1995), C51, 1152~1155
【文献】J. Am. Chem. Soc., 1959, 81 (23), 6273-6275
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1及び非特許文献1に記載のシリルホスフィン化合物の製造方法には、純度及び収率の点で課題があるほか、得られるシリルホスフィン化合物を用いてInP量子ドットを製造しても、量子ドットの量子収率が低いという課題が存在した。
また特許文献2には、シリルホスフィン化合物及びそれを用いて得られる量子ドットについて何ら記載されておらず、それらの課題について何ら検討されていない。
従って、本発明の目的は、上記従来技術の有する課題を解決できる、シリルホスフィン化合物、及び当該シリルホスフィン化合物が得られるシリルホスフィン化合物の製造方法並びに、当該シリルホスフィン化合物を用いたInP量子ドットの製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、驚くべきことに、ヒ素量を低減したシリルホスフィン化合物は、これをInP量子ドットの原料に用いることで、得られるInP量子ドットの量子収率を高めることができること、及び、ホスフィン、シリル化剤及び塩基性化合物を使用した製法においてホスフィンのヒ素量を低減することで、ヒ素量が少なくInP量子ドットの原料に好適な高純度シリルホスフィン化合物が得られることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0010】
すなわち本発明は、下記式(1)で表されるシリルホスフィン化合物であって、ヒ素含量が質量基準で1ppm以下である、シリルホスフィン化合物を提供するものである。
【化1】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【0011】
また本発明は、前記シリルホスフィン化合物を製造する方法であって、
塩基性化合物と、下記式(I)で表されるシリル化剤と、ホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得る第一工程、
シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒を除去してシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程、及び、
シリルホスフィン化合物の濃縮液を蒸留することによりシリルホスフィン化合物を得る第三工程、を有し、ホスフィンとしてヒ素量が体積基準のアルシン換算で1ppm以下であるホスフィンを用いる、シリルホスフィン化合物の製造方法を提供するものである。
【0012】
また本発明は、リン源とインジウム源からInP量子ドットを製造する方法であって、前記リン源として、ヒ素の含有量が質量基準で1ppm以下である前記式(1)で表されるシリルホスフィン化合物を用いるInP量子ドットの製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のシリルホスフィン化合物の好ましい実施形態を説明する。本発明のシリルホスフィン化合物は3級、つまり、リン原子に3つのシリル基が結合した化合物であり、好ましくは下記式(1)で表される化合物である。
【0014】
【化2】
(Rはそれぞれ独立に、炭素数1以上5以下のアルキル基又は炭素数6以上10以下のアリール基である。)
【0015】
Rで表される炭素数1以上5以下のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、iso-ブチル基、n-アミル基、iso-アミル基、tert-アミル基等が挙げられる。
Rで表される炭素数6以上10以下のアリール基としては、フェニル基、トリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、iso-プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、sec-ブチルフェニル基、tert-ブチルフェニル基、iso-ブチルフェニル基、メチルエチルフェニル基、トリメチルフェニル基等が挙げられる。
これらのアルキル基及びアリール基は1又は2以上の置換基を有していてもよく、アルキル基の置換基としては、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、アミノ基等が挙げられ、アリール基の置換基としては、炭素数1以上5以下のアルキル基、炭素数1以上5以下のアルコキシ基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、アミノ基等が挙げられる。アリール基がアルキル基やアルコキシ基で置換されていた場合、アリール基の炭素数に、これらアルキル基やアルコキシ基の炭素数を含めることとする。
【0016】
式(1)における複数のRは同一であっても異なっていてもよい(後述する式(I)及び式(2)~(7)の各式においても同様)。また、式(1)に3つ存在するシリル基(-SiR3)も、同一であってもよく、異なっていてもよい。式(1)で表されるシリルホスフィン化合物としては、Rが炭素数1以上4以下のアルキル基又は無置換若しくは炭素数1以上4以下のアルキル基に置換されたフェニル基であるものが合成反応時のリン源として他分子との反応性に優れる点から好ましく、とりわけトリメチルシリル基が好ましい。
【0017】
式(1)のシリルホスフィン化合物はヒ素含量が少ないものである。本発明者は、式(1)のシリルホスフィン化合物を原料として得られるInP量子ドットの量子収率を向上させる方法を鋭意検討した。その結果、シリルホスフィン化合物のヒ素量を低下させることで、これを原料として製造された有機合成品や量子ドットの物性が損なわれる弊害を効果的に防止することができること、特にInP量子ドットの量子収率を向上できることを見出した。
【0018】
式(1)のシリルホスフィン化合物中のヒ素含量は、質量基準で1ppm以下であり、0.8ppm以下であることがより好ましく、0.5ppm以下であることが特に好ましい。ヒ素含量を上記上限以下とするためには、後述する好適な製造方法でシリルホスフィン化合物を製造すればよい。
式(1)のシリルホスフィン化合物のヒ素含量はICP-MS検量線分析法にて測定し、具体的には後述する実施例に記載の方法にて測定できる。
【0019】
ヒ素含量が上記上限以下の式(1)のシリルホスフィン化合物は、インジウムリン(InP)の製造に用いることが好ましい。InPは、リン化インジウム(indium(III) phosphide)ともいい、化合物半導体である。また、式(1)のシリルホスフィン化合物は、InP量子ドットの原料として用いられることが好ましい。InP量子ドットは、In及びPを含有し、量子閉じ込め効果(quantum confinement effect)を有する半導体ナノ粒子を指す。量子閉じ込め効果とは、物質の大きさがボーア半径程度となると、その中の電子が自由に運動できなくなり、このような状態においては電子のエネルギーが任意でなく特定の値しか取り得なくなることである。量子ドット(半導体ナノ粒子)の粒径は、一般的に数nm~数十nmの範囲にある。InP量子ドットにおけるInPは、In及びPを含むことを意味し、In及びPがモル比1:1であることまで要しない。InP量子ドットは量子閉じ込め効果を利用して単電子トランジスタ、テレポーテーション、レーザー、太陽電池、量子コンピュータなどへの応用が期待されている。また、InP量子ドットは、蛍光体として用いることが提案されており、バイオマーカー、発光ダイオードなどへ応用が提案されている。量子収率は、InP量子ドットに係る励起光と蛍光の変換効率として、φ = 放出された光子数/ 吸収された光子数として求められる。また、InP量子ドットは、In及びPからなる量子ドットである場合、UV-VISにおける極大吸収波長が450~550nmであることが好ましく、460~540nmであることがより好ましい。UV-VIS測定時におけるサンプル液中のIn量及びP量は、サンプル液100gに対して、リン原子及びインジウム原子でそれぞれ0.01mmol~1mmolの範囲であることが好ましく、0.02mmol~0.3mmolの範囲であることがより好ましい。
【0020】
InP量子ドットは、InとPに加えて、リンとインジウム以外の元素Mを有する複合化合物からなる量子ドット(複合量子ドットともいう)であってもよい。
元素Mとしては、Be、Mg、Zn、B、Al、Ga、S、Se及びNの群から選ばれる少なくとも一種であることが、量子収率向上の観点から好ましい。元素Mを含むInP量子ドットの代表例としては、例えば、InGaP、InZnP、InAlP、InGaAlP、InNP等が挙げられる。
【0021】
InP量子ドットは、InとPや、これに元素Mを含むInMPに加えて、他の半導体化合物との混合物であってもよい。そのような半導体化合物としては、InPと同じIII族-V族半導体であることが量子収率向上の観点から好ましく、具体的にはGaP、AlP、GaAs、AlN、AlAs、InN、BP、GaN、GaSb、InAs等が挙げられる。
【0022】
InP量子ドットは、InP量子ドット材料を核(コア)とし、当該コアを被覆化合物で覆ったコアシェル構造を有していてもよい。被覆化合物としては、ZnS、ZnSe、ZnTe、GaP、GaN等が挙げられる。本発明においては、このようなコアシェル構造を有するものもInP量子ドットに含まれるものとする。
【0023】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(1)で表される化合物の含有量が99.3モル%以上であることがより好ましく、99.5モル%以上であることが特に好ましい。式(1)で表される化合物の量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0024】
本発明のシリルホスフィン化合物は、得られる量子ドットの粒径分布をシャープにする点から、不純物である式(2)~(7)で表される化合物の少なくとも一種の量が少ないことが好ましく、全ての量が少ないことがより好ましい。具体的には本発明のシリルホスフィン化合物は、式(2)で表される化合物の含有量が0.3モル%以下であることがより好ましく、0.2モル%以下であることが更に好ましい。
【0025】
【0026】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(3)で表される化合物の含有量が0.1モル%以下であることが好ましく、0.08モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。
【0027】
【0028】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(4)で表されるシリルエーテル化合物の含有量が0.50モル%以下であることが好ましく、0.30モル%以下であることがより好ましく、0.15モル%以下であることが更に好ましい。
【0029】
【0030】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(5)で表される化合物の含有量が0.30モル%以下であることが好ましく、0.15モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。
【0031】
【0032】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(6)で表される化合物の含有量が0.30モル%以下であることが好ましく、0.15モル%以下であることがより好ましく、0.05モル%以下であることが特に好ましい。
【0033】
【0034】
本発明のシリルホスフィン化合物は式(7)で表される化合物の含有量が1.0モル%以下であることが好ましく、0.5モル%以下であることがより好ましく、0.2モル%以下であることが特に好ましい。
【0035】
【0036】
式(2)~(7)で表される化合物のいずれか1種又は2種以上若しくはすべてが上記上限以下であるシリルホスフィン化合物は、有機合成等の原料に用いられた場合に高品質のものが得られる。特に量子ドットの合成に用いられた場合に、粒子形成が良好となる。式(2)~(7)で表される化合物の含有量は、式(1)で表される化合物に対する割合である。
【0037】
式(2)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)で表される化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において、溶媒として特定の比誘電率のものを用いたり、シリル化剤とホスフィンとの量比を調整すればよい。式(2)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
式(3)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)で表される化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において、溶媒として特定の比誘電率のものを用いたり、シリル化剤とホスフィンとの量比を調整すればよい。式(3)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
式(4)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)で表される化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において、溶媒として特定の比誘電率のものを用いればよい。式(4)で表される化合物の含有量は、ガスクロマトグラフィーによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
式(5)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)の化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において第一工程ないし第三工程を不活性雰囲気下にて行えばよい。式(5)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
式(6)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)の化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において第一工程ないし第三工程を不活性雰囲気下にて行えばよい。式(6)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
式(7)で表される化合物を前記の上限以下とするためには、後述する式(1)の化合物の好適な製造方法を採用し、同製造方法において高沸点成分を分離すればよい。式(7)で表される化合物の含有量は、31P-NMRによる分析により例えば後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0038】
上記のヒ素含量は、シリルホスフィン化合物が粉末等の固形状として存在している場合にも、溶媒中に分散して存在している場合にも当てはまる。つまり、前者の場合、上記で挙げたヒ素含量はシリルホスフィン化合物からなる粉末等の固体中における好ましい量を表し、後者の場合、上記の好ましいモル比は、シリルホスフィン化合物が分散している分散液におけるシリルホスフィン化合物に対するヒ素含量を表す。
【0039】
同様に、上述した式(2)~(7)で表される化合物量は、シリルホスフィン化合物が粉末等の固形状として存在している場合にも、溶媒中に分散して存在している場合にも当てはまる。つまり、前者の場合、上記で挙げた式(2)~(7)で表される化合物の好ましいモル比は、シリルホスフィン化合物からなる粉末等の固体中における、式(2)~(7)で表される化合物の式(1)の化合物に対するモル比を意味する。後者の場合、上記の好ましいモル比は、シリルホスフィン化合物が分散している分散液における、式(2)~(7)で表される化合物の式(1)の化合物に対するモル比を意味する。
【0040】
次いで、上記のようにヒ素含量の少ないシリルホスフィン化合物を製造するのに好適なシリルホスフィン化合物の製造方法について説明する。本発明者は特定の製法において、ホスフィン中のヒ素量を低減することでヒ素含量が少なく、量子ドットの原料に好適な高純度シリルホスフィン化合物が得られることを知見し、本製造方法を見出した。
本製造方法は、塩基性化合物と、下記式(I)で表されるシリル化剤と、ホスフィン(PH3)とを混合して前記シリルホスフィン化合物を含む溶液を得る第一工程、
シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒を除去してシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程、及び、
シリルホスフィン化合物の濃縮液を蒸留することによりシリルホスフィン化合物を得る第三工程、を有するシリルホスフィン化合物の製造方法であって、ホスフィンとしてヒ素量が体積基準のアルシン換算で1ppm以下であるホスフィンを用いるものである。
【0041】
まず、第一工程について説明する。
(第一工程)
本工程は、シリル化剤と塩基性化合物と溶媒とホスフィンとを混合して、シリルホスフィン化合物を含む溶液を得る。特に、シリル化剤と塩基性化合物と溶媒とを有する混合溶液と、ホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得ることが各成分の混和のしやすさや作業性、安全性の点で好ましい。とりわけ、当該混合溶液にホスフィンを導入することで、当該混合溶液とホスフィンとを混合してシリルホスフィン化合物を含む溶液を得ることがより好ましい。
【0042】
シリル化剤としては例えば、下記式(I)で表される化合物がホスフィンとの反応性の点から好ましい。
【化9】
(Rは式(1)と同じであり、Xはフルオロスルホン酸基、フルオロアルカンスルホン酸基、アルカンスルホン酸基及び過塩素酸基から選ばれる少なくとも1種である。)
【0043】
シリル化剤が式(I)で表される化合物である場合における本実施態様の反応の一例を下記の反応式として示す。
【0044】
【化10】
(前記式中、R及びXは式(I)と同じであり、B
Aは1価の塩基である。)
【0045】
Xで表されるフルオロスルホン酸基は、「-OSO2F」とも表される。Xで表されるフルオロアルカンスルホン酸基としてはパーフルオロアルカンスルホン酸基が挙げられる。例えば、トリフルオロメタンスルホン酸基(-OSO2CF3)、ペンタフルオロエタンスルホン酸基(-OSO2C2F5)、ヘプタフルオロプロパンスルホン酸基(-OSO2C3F7)、ノナフルオロブタンスルホン酸基(-OSO2C4F9)、ウンデカフルオロペンタンスルホン酸基(-OSO2C5F11)などが挙げられる。Xで表されるアルカンスルホン酸基としてはメタンスルホン酸基(-OSO2CH3)、エタンスルホン酸基(-OSO2C2H5)、プロパンスルホン酸基(-OSO2C3H7)、ブタンスルホン酸基(-OSO2C4H9)、ペンタンスルホン酸(-OSO2C5H11)などが挙げられる。Xで表される過塩素酸基は「-OClO3」とも表される。これらの式中「-」は結合手を示す。
【0046】
シリル化剤としては、Rが炭素数1以上5以下のアルキル基、又は、無置換若しくは炭素数1以上5以下のアルキル基に置換されたフェニル基であるものが、反応性に優れる点から好ましい。またXがパーフルオロアルカンスルホン酸基、特にトリフルオロメタンスルホン酸基であるシリル化剤も、シリル基からの離脱性に優れるため好ましい。これらの点から、シリル化剤として、とりわけ、トリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリエチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリブチルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリイソプロピルシリル、トリフルオロメタンスルホン酸トリフェニルシリル及びトリフルオロメタンスルホン酸tert-ブチルジメチルシリルから選ばれる1種又は2種以上を用いることが好ましい。
【0047】
混合溶液中のシリル化剤は特定量であることが、後述の特定の溶媒を使用することと併せて、不純物、特に式(2)の化合物等の2級のシリルホスフィン化合物や式(3)の化合物である1級のシリルホスフィンの生成を効果的に抑制する観点から好ましい。シリル化剤は混合溶液に導入するホスフィンに対する割合が反応当量以上、つまりホスフィンに対し3倍モル以上であることが好ましく、3倍モル超、更には3.01倍モル以上、特に3.05倍モル以上であることがより好ましい。混合溶液中のシリル化剤は、ホスフィンとの反応当量よりは多いものの過剰とまでいえない程度の量であることが、余剰のシリル化剤の残留量を低減して純度を高める点や、製造コスト低減の点から好ましい。この観点から混合溶液中のシリル化剤は、混合溶液に導入するホスフィンに対して反応当量の2倍以下、つまり6倍モル以下であることが好ましく、4倍モル以下であることが特に好ましく、3.5倍モル以下であることが最も好ましい。
【0048】
塩基性化合物は水に溶けたときに水酸化物イオンを与える狭義の塩基のみならず、プロトンを受け取る物質や電子対を与える物質などの広義の塩基も包含する。塩基性化合物は特に、アミン類であることがホスフィンとの副反応を抑制できる点で好ましい。アミン類としては、1級、2級若しくは3級のアルキルアミン;アニリン類;トルイジン;ピペリジン;ピリジン類等が挙げられる。1級、2級若しくは3級のアルキルアミンとしては、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジイソプロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、ジブチルアミン、トリブチルアミン、ペンチルアミン、ジペンチルアミン、トリペンチルアミン、2-エチルヘキシルアミン等が挙げられる。アニリン類としては、アニリン、N-メチルアニリン、N,N-ジメチルアニリン、N,N-ジエチルアニリンなどが挙げられる。ピリジン類としては、ピリジン、2,6-ジ(t-ブチル)ピリジン等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
これらの中でも、とりわけ、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、アニリン、トルイジン、ピリジン及びピペリジンから選ばれる1種又は2種以上を用いると、効率的に反応が進む点から好ましい。
【0049】
塩基性化合物は、特定量であることが、特定の溶媒を使用することと併せて、不純物、特に2級や1級のシリルホスフィンの生成を効果的に抑制する観点から好ましい。例えば混合溶液の塩基性化合物は、混合溶液に導入するホスフィンに対する割合が反応当量以上、例えば、塩基性化合物が1価の塩基である場合、ホスフィンに対し3倍モル以上であることが好ましく、3倍モル超、更には3.3倍モル以上、特に3.5倍モル以上であることがより好ましい。混合溶液中の塩基性化合物は、過剰になりすぎない、好ましくは過剰とまでいえない程度に多い量であることが目的物の純度を高める点や製造コスト低減の点から好ましい。この観点から混合溶液中の塩基性化合物は、混合溶液に導入するホスフィンに対して反応当量の2倍以下であることが好ましく、例えば6倍モル以下の量であることが好ましく、5倍モル以下であることが特に好ましく、4倍モル以下であることが最も好ましい。
【0050】
また混合溶液中、塩基性化合物のモル数は、シリル化剤のモル数以上であることが好ましく、例えばシリル化剤1モルに対して1.01モル以上2モル以下であることが好ましく、1.05モル以上1.5モル以下であることがより好ましい。
【0051】
溶媒は、比誘電率が4以下のものを用いると、目的とするシリルホスフィン化合物の加水分解を抑制して(2)~(4)の式で表される不純物の生成を抑制できるため好ましい。
比誘電率とは、その物質の誘電率の真空の誘電率に対する比をいう。一般に溶媒の極性が大きくなるに従い比誘電率は大きくなる。本実施態様における溶媒の比誘電率として"化学便覧 基礎編 改訂5版"(社団法人日本化学会編、平成16年2月20日出版、II-620~II-622頁)記載の値を用いることができる。
【0052】
溶媒は有機溶媒であることが好ましく、炭化水素が好ましく挙げられ、特に塩素原子非含有の炭化水素が好ましく、とりわけハロゲン原子非含有の炭化水素が好ましい。溶媒の具体例としては非環式若しくは環式の脂肪族炭化水素化合物、及び、芳香族炭化水素化合物が挙げられる。非環式脂肪族炭化水素化合物としては、炭素数5以上10以下のものが好ましく挙げられ、例えばペンタン(比誘電率1.8371)、n-ヘキサン(比誘電率1.8865)、n-ヘプタン(比誘電率1.9209)、n-オクタン(比誘電率1.948)、n-ノナン(比誘電率1.9722)、n-デカン(比誘電率1.9853)が特に好ましいものとして挙げられる。また環式脂肪族炭化水素化合物としては、炭素数5以上8以下のものが好ましく挙げられ、例えばシクロヘキサン(比誘電率2.0243)、シクロペンタン(比誘電率1.9687)が特に好ましいものとして挙げられる。芳香族炭化水素化合物としては炭素数6以上10以下のものが好ましく挙げられ、ベンゼン(比誘電率2.2825)、トルエン(比誘電率2.379)及びp-キシレン(比誘電率2.2735)が特に好ましいものとして挙げられる。
【0053】
溶媒における比誘電率は、下限としては、0.5以上であることが前記反応式による反応が進みやすい点から好ましく、1以上であることがより好ましい。また上限としては3.5以下であることがより好ましく、3以下であることが更に一層好ましい。
【0054】
後述する第二工程及び第三工程において溶媒を目的物から容易に除去するために、溶媒の沸点は、200℃以下であることが好ましく、更には40℃以上120℃以下であることがより好ましい。
【0055】
溶媒、塩基性化合物と、シリル化剤との混合溶液の調製方法は限定されず、反応容器に3つの材料を同時に仕込んでもよいし、何れか1又は2つを先に仕込み、残りを後に仕込んでもよい。好ましくは、予め仕込んだ溶媒中にシリル化剤及び塩基性化合物を混合させると、シリル化剤と塩基性化合物との混和性を高めやすいために好ましい。
【0056】
溶媒は、使用前に脱水しておくことが、水と反応することによるシリルホスフィン化合物の分解及びそれによる不純物の生成を防止するために好ましい。当該溶媒中の水分量は、質量基準で20ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることが好ましい。水分量は後述する実施例に記載の方法にて測定できる。また溶媒は使用前に脱気し、酸素を除去しておくことも好ましい。脱気は反応器内の不活性雰囲気への置換等の任意の方法にて可能である。
【0057】
溶媒の量は限定されないが、シリル化剤の100質量部に対し、例えば100質量部以上300質量部以下、特に120質量部以上200質量部以下とすることが効率的に反応が進む点から好ましい。
【0058】
溶媒、塩基性化合物及びシリル化剤と混合させるホスフィンとしてはヒ素量が体積基準のアルシン換算で1ppm以下、好ましくは0.5ppm以下であるものを用いる。
一般に、ホスフィンの製造方法としては、黄リンにアルカリを作用させる方法、黄リンを高温で加水分解したり電解還元する方法、リン化カルシウムなどの金属リン化合物に酸又はアルカリを作用させる方法が挙げられる。これらは黄リンを出発原料としているために、黄リンに含まれるヒ素がアルシン(AsH3)の形態で10~400ppmほどホスフィンに混在している。
ヒ素量がアルシン換算における体積基準で1ppm以下であるホスフィンの入手方法としては、活性炭を用いる方法が挙げられる。例えば、活性炭1質量部当たり粗製ホスフィンガスを、流量0.05質量部/時間~3.5質量部/時間、導入圧力0~6MPaで導入することにより、効率よくヒ素含量が体積基準で1ppm以下となったホスフィンガスを得ることができる。活性炭は、使用前のものか、使用済みであっても真空脱気により再生したものを用いる。
【0059】
ホスフィン中のヒ素量の測定方法は、原子吸光分析法によるものであり、例えば後述する実施例に記載の方法で求めることができる。原子吸光分析法で求められるホスフィンガス中におけるヒ素量(ヒ素の割合)から、アルシン換算の体積基準のヒ素量(ヒ素の割合)を算出して求める。
【0060】
用いるホスフィンガスの純度は99.9995体積%以上であることが好ましく、99.9997体積%以上であることがより好ましく、99.9999体積%以上であることが特に好ましい。
【0061】
ホスフィンと、シリル化剤及び塩基性化合物とを反応させる反応系内は不活性雰囲気とすることが、酸素の混入を防ぎ、酸素とシリルホスフィン化合物との反応により式(5)で表される化合物及び式(6)で表される化合物が生じることを防止するために好ましい。不活性ガスとしては、例えば、窒素ガスや、ヘリウムガス、アルゴンガス等の希ガス等が挙げられる。
【0062】
ホスフィンを導入する際の混合溶液の液温は20℃以上であることが、反応率や収率の向上の点から好ましく、85℃以下であることが目的物の分解を防止する点から好ましい。これらの点から、混合溶液の液温は、25℃以上70℃以下であることがより好ましい。
【0063】
得られた溶液は、第二工程における溶媒除去に供する前に、熟成することが好ましい。この熟成は、反応率や収率の向上の点から20℃以上60℃以下の温度で行うことが好ましく、20℃以上50℃以下の温度で行うことがより好ましい。熟成の時間は1時間以上48時間以下が好ましく、2時間以上24時間以下がより好ましい。この熟成は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
以上の第一工程によりシリルホスフィン化合物を含む溶液を得る。
【0064】
更に、シリルホスフィン化合物を含む溶液から溶媒の少なくとも一部を除去(分離)して式(1)のシリルホスフィン化合物の濃縮液を得る第二工程を行う。このように蒸留前に第二工程で濃縮により溶媒を除去することで、後述する第三工程における溶媒留去量を低減し、蒸留時に溶媒留去に伴いシリルホスフィン化合物の収率が低減することを防止でき、且つ、目的物である式(1)のシリルホスフィン化合物の熱的な変質や分解を防止できる。
【0065】
第一工程後、好ましくは前記の熟成処理後、第二工程に先立ち副生物の塩HBA
+X-を除去する処理を行うことが好ましい。
具体的には、第一工程(好ましくは前記の熟成処理を含む工程)で得られた式(1)のシリルホスフィン化合物を含む溶液を静置することにより、式(1)のシリルホスフィン化合物を含む層と、HBA
+X-を含む層とを分離させ、分液により後者を除去することで、HBA
+X-を除去することができる。なお、静置時間は0.5時間以上48時間以下が好ましく、1時間以上24時間以下がより好ましい。分液は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0066】
(第二工程)
第二工程における溶媒の除去方法としては、式(1)のシリルホスフィン化合物を含む溶液を、目的とするシリルホスフィン化合物がほとんど残留する条件下に減圧下に加熱して溶媒を蒸発させる方法が挙げられる。この処理は例えばロータリーエバポレーター等、溶媒を除去するための任意の蒸留器で行うことができる。第二工程において式(1)のシリルホスフィン化合物を含む溶液を減圧下に加熱する際の液温は、効率的に溶媒除去する観点及び、シリルホスフィン化合物の分解や変質を防止する観点から、最高液温が20℃以上140℃以下であることが好ましく、25℃以上90℃以下であることがより好ましい。同様の観点から、減圧時の圧力(最低圧力)は、絶対圧基準で2kPa以上20kPa以下が好ましく、5kPa以上10kPa以下がより好ましい。濃縮は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0067】
第二工程後のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第二工程の開始時点の前記溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が好ましくは5質量%以下である。この量は31P-NMRにて測定できる。第二工程で得られる濃縮液の質量は、第一工程で得られるシリルホスフィン化合物を含む溶液の質量の10%以上であることが収率向上の点から好ましく、50%以下であることが、次の第三工程において残存する溶媒量を低減させて純度を高める点で好ましい。
【0068】
(第三工程)
次いで、第二工程で得られた濃縮液を蒸留する第三工程を行う。蒸留の条件は、シリルホスフィン化合物が気化する条件であり、蒸留温度(塔頂温度)が50℃以上であることが、目的化合物の分離性に優れる点で好ましい。蒸留温度は150℃以下であることが、目的化合物の分解抑制や品質維持の点で好ましい。これらの点から、蒸留温度は、50℃以上150℃以下であることが好ましく、70℃以上120℃以下であることがより好ましい。
【0069】
蒸留の際の圧力は絶対圧基準で0.01kPa以上であることが効率よく純度の高い目的化合物が回収できる点で好ましい。また蒸留の際の圧力は絶対圧基準で5kPa以下であることが、シリルホスフィン化合物の分解や変質を抑制でき、シリルホスフィン化合物を高純度及び高収率で得やすい観点で好ましい。これらの点から、蒸留の際の圧力は0.01kPa以上5kPa以下が好ましく、0.1kPa以上4kPa以下がより好ましい。蒸留は不活性雰囲気下で行われることが好ましい。
【0070】
初留分は溶媒、塩基性化合物、シリル化剤、又は各成分の微量の分解物等が含まれるため、これを除去することで、純度を向上させることができる。
【0071】
第三工程後、シリルホスフィン化合物を気化した後の蒸留残液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第三工程の開始時点のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が好ましくは90質量%以上である。この量は31P-NMRにて測定できる。
【0072】
以上の第三工程により、目的とする式(1)のシリルホスフィン化合物が得られる。得られるシリルホスフィン化合物は酸素、水分等との接触を極力排除した環境下、液体もしくは固体状で保管されるか、或いは、適切な溶媒に分散された分散液状として保管される。分散液には溶液も含まれる。
【0073】
シリルホスフィン化合物を分散させる溶媒は、有機溶媒であり、特に非極性溶媒であることが、水の混入を防止して、シリルホスフィン化合物の分解を防止する点から好ましい。例えば、非極性溶媒としては、飽和脂肪族炭化水素、不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素化合物、トリアルキルホスフィン等が挙げられる。飽和脂肪族炭化水素としては、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ドデカン、n-ヘキサデカン、n-オクタデカンが挙げられる。不飽和脂肪族炭化水素としては、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン等が挙げられる。芳香族炭化水素としてはベンゼン、トルエン、キシレン、スチレン等が挙げられる。トリアルキルホスフィンとしては、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリデシルホスフィン、トリヘキシルホスフィン、トリオクチルホスフィン、トリドデシルホスフィン等が挙げられる。シリルホスフィン化合物を分散させる有機溶媒は沸点が高いことが、自然発火性を有するシリルホスフィン化合物を安定に保管及び運搬等の取り扱いができるため好ましい。有機溶媒の好ましい沸点は、50℃以上であり、より好ましくは60℃以上である。有機溶媒の沸点の上限としては、270℃以下(絶対圧0.1kPa)であることが、これを原料として製造される有機合成品や量子ドットの物性への影響の観点から好ましい。
【0074】
溶媒は、シリルホスフィン化合物を分散させる前に十分に脱水しておくことが、水と反応することによるシリルホスフィン化合物の分解及びそれによる不純物の生成を防止するために好ましい。当該溶媒中の水分量は、質量基準で20ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることがより好ましい。水分量は後述する実施例に記載の方法にて測定できる。
このような条件とするために、例えば、溶媒は、減圧下又は真空条件下で加熱しながら、脱気及び脱水した後に、窒素ガス雰囲気下、シリルホスフィン化合物と混合するとともに気密な容器に充填する。
これらの処理により、不純物が十分に低減されたシリルホスフィン化合物の分散液を容易に得ることができる。
シリルホスフィン化合物の分散液中、シリルホスフィン化合物の割合は、3質量%以上50質量%以下が好ましく、8質量%以上30質量%以下がより好ましい。
【0075】
以上の通り本発明の製造方法で得られたシリルホスフィン化合物及び本発明のシリルホスフィン化合物は、ヒ素含量が低く、不純物の混入が極力抑制され、着色や分解が防止されている。これにより、当該シリルホスフィン化合物を有機合成(例えばホスフィニン等の製造)やインジウムリンの製造原料として使用した場合に、製造反応の阻害や収率低下、得られる有機化合物やインジウムリンの物性低下等の悪影響を効果的に防止することができ、特にInP量子ドットの量子収率の高いものを得ることができる。
【0076】
本発明において好適なInP量子ドットの製造方法としては、リン源とインジウム源からInP量子ドットを製造する方法であって、リン源として、ヒ素含量が上記の上限以下である式(1)のシリルホスフィン化合物を用いるものが挙げられる。
【0077】
前記インジウム源としては、InPナノ結晶を得やすい観点や入手容易性、粒径分布制御の観点から、有機カルボン酸インジウムが好適に挙げられ、例えば、酢酸インジウム、ラウリル酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、パルミチン酸インジウム、ギ酸インジウム、プロピオン酸インジウム、酪酸インジウム、吉草酸インジウム、カプロン酸インジウム、エナント酸インジウム、カプリル酸インジウム、ペラルゴン酸インジウム、カプリン酸インジウム、ラウリン酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、パルミチン酸インジウム、マルガリン酸インジウム、ステアリン酸インジウム、オレイン酸インジウム、2-エチルヘキサン酸インジウムなどの飽和脂肪族インジウムカルボキシレート;オレイン酸インジウム、リノール酸インジウムなどの不飽和インジウムカルボキシレートなどを好適に用いることができ、特に入手容易性、粒径分布制御の観点から、酢酸インジウム、ラウリル酸インジウム、ミリスチン酸インジウム、パルミチン酸インジウム、ステアリン酸インジウム、オレイン酸インジウムからなる群より選ばれる少なくとも一種を用いることが好ましい。特に好ましくは炭素数12以上18以下の長鎖脂肪酸のインジウム塩が好ましい。
【0078】
リン及びインジウム以外の元素Mを含む複合化合物の量子ドットを得る場合は、リン源、インジウム源に加えて元素M源も反応混合物に含有させる。そのような元素M源は、例えば金属元素であれば、有機カルボン酸塩、特に炭素数12以上18以下の長鎖脂肪酸塩の形態のほか、塩化物、臭化物、ヨウ化物の形態で添加することが好ましい。
【0079】
反応混合物において、リン及びインジウムのモル比は、首尾よく量子ドットを得る点から、P:Inが1:0.5以上10以下であることが好ましく、1:1以上5以下であることがより好ましい。元素Mを用いる場合、反応混合物において、P:Mのモル比が1:0.5以上10以下であることが好ましく、1:1以上5以下であることがより好ましい。
【0080】
リン源、インジウム源及び必要に応じて添加する上述の元素M源との反応は、有機溶媒中で行うことが粒径制御、粒径分布制御、量子収率向上の観点から好ましい。有機溶媒としては、リン源、インジウム源等の安定性の点から非極性溶媒が挙げられ、粒径制御の点や量子収率向上の点で脂肪族炭化水素、不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、トリアルキルホスフィン、トリアルキルホスフィンオキシド等が好ましく挙げられる。脂肪族炭化水素としては、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、n-ドデカン、n-ヘキサデカン、n-オクタデカンが挙げられる。不飽和脂肪族炭化水素としては、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン等が挙げられる。芳香族炭化水素としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、スチレン等が挙げられる。トリアルキルホスフィンとしては、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリデシルホスフィン、トリヘキシルホスフィン、トリオクチルホスフィン、トリドデシルホスフィン等が挙げられる。トリアルキルホスフィンオキシドとしては、トリエチルホスフィンオキシド、トリブチルホスフィンオキシド、トリデシルホスフィンオキシド、トリヘキシルホスフィンオキシド、トリオクチルホスフィンオキシド、トリドデシルホスフィンオキシド等が挙げられる。
【0081】
リン源、インジウム源及び必要に応じて添加する上述の元素M源を混合した反応液におけるリン源、インジウム源、M源の各濃度は、例えば溶液100gに対して、リン源、インジウム源、M源がそれぞれ0.1mmol~10mmolの範囲であることが、粒径制御の点や粒径分布制御の点で好ましい。
【0082】
リン源、インジウム源及び必要に応じて添加する上述の元素M源を混合する方法としては、リン源、インジウム源及び元素M源をそれぞれ有機溶媒に溶解させ、リン源を有機溶媒に溶解させた溶液と、インジウム源を有機溶媒に溶解させた溶液とを混合することが、ナノ粒子を生成しやすい点で好ましい。元素M源を用いる場合はインジウム源とともに一つの溶液に溶解させることができる。リン源を溶解させる溶媒と、インジウム源を溶解させる溶媒は、同じ種類であってもよく、異なる種類であってもよい。
【0083】
リン源を有機溶媒に溶解させた溶液と、インジウム源を有機溶媒に溶解させた溶液とは、混合前に後述する好ましい反応温度又はそれよりも低温若しくは高温に予備的に加熱してもよく、混合後に、後述する好ましい反応温度に加熱してもよい。
【0084】
例えば、InP又はInとPと元素Mとの複合化合物に加えて他のIII族金属とリンとの半導体化合物材料を混合させた量子ドットを得る場合には、インジウム源とリン源とを混合させる前に、インジウム源と他の量子ドットの原料を混合した溶液とし、この溶液とリン源を含む溶液とを混合することで、InP又はInとPと元素Mとの複合化合物と、他のIII族金属とリンとの半導体化合物材料とを同時に生成させてもよい。例えば、当該III族金属源としては、III族金属の塩化物、臭化物、ヨウ化物、長鎖脂肪酸塩等が挙げられる。
【0085】
リン源とインジウム源と、必要に応じて元素M源とは、混合後、所定温度に維持して反応させることが好ましく、粒径制御や粒径分布制御の観点から反応温度は、250℃以上350℃以下が好ましく、270℃以上330℃以下がより好ましい。粒径制御や粒径分布制御の観点から反応時間は1分以上180分以下が好ましく、2分以上60分以下がより好ましい。
以上の工程により、InP量子ドット材料を含む反応液が得られる。
【0086】
InP量子ドットを、InP量子ドット材料をコアとし、これを被覆化合物で被覆するコアシェル構造とする場合、被覆の形成方法としては、上記のInP量子ドット材料を含む反応液と、被覆化合物原料とを混合し、200℃以上330℃以下の温度にて反応させる方法が挙げられる。この際、予めInP量子ドット材料を含む反応液を、150℃以上350℃以下、好ましくは200℃以上330℃以下に加熱しておくことが好ましい。或いは、被覆化合物の一部(例えば、Zn等の金属源等)を同様の温度に加熱して、これを他の被覆化合物の添加前、もしくは添加後にInP量子ドット材料を含む反応液に添加混合してInP量子ドット材料を含む反応液を加温してもよい。
被覆化合物原料としては、Zn等の金属の場合は、その有機カルボン酸塩、特に炭素数12以上18以下の長鎖脂肪酸塩を用いることが粒径制御や粒径分布制御、量子収率向上の点で好ましい。また、硫黄源としては、ドデカンチオール等の炭素数8以上18以下の長鎖アルカンチオールが好ましく挙げられ、セレン源としてはトリオクチルホスフィンセレニド等の炭素数4以上12以下のトリアルキルホスフィンセレニド化合物が挙げられる。これらの被覆化合物原料は、そのままInP量子ドット材料を含む反応液に混合してもよく、予め溶媒に溶解してからInP量子ドット材料を含む反応液と混合してもよい。予め溶媒に溶解してから混合する場合、この溶媒としては、リン源、インジウム源及び必要に応じて添加する上述の元素M源との反応液に用いる溶媒として同様のものを用いることができる。被覆化合物原料を溶解させる溶媒と、InP量子ドット材料を含む反応液中の溶媒は、同じものであってもよく、異なっていてもよい。
被覆化合物原料の使用量は、例えば、被覆化合物として亜鉛等の金属を用いる場合、InP量子ドット材料を含む反応液中のインジウム1molに対して0.5~50molが好ましく、1~10molがより好ましい。硫黄源やセレン源としては、上記の金属量に対応する量を使用することが好ましい。
【0087】
以上の方法で得られたInP量子ドットは、ヒ素量が十分に低減されたリン源を用いることで、量子収率が優れたものであり、単電子トランジスタ、セキュリティインク、量子テレポーテーション、レーザー、太陽電池、量子コンピュータ、バイオマーカー、発光ダイオード、ディスプレイ用バックライト、カラーフィルターに好適に用いることができる。
【実施例】
【0088】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、以下では、各溶媒として、水分含量が質量基準で10ppm以下に低減させたものを用いた。水分量はカール フィッシャー水分計(京都電子製MKC610)を用いて測定した。
【0089】
<実施例1>
反応容器にトルエン189.8kgを仕込んだのち、トリエチルアミン82kgとトリフルオロメタンスルホン酸トリメチルシリル149.5kgを仕込み、反応容器内を窒素置換した後、液温を30℃に調整した。
内径25cm、長さ2mのステンレス製耐圧カラムに粒状活性炭(株式会社ツルミコール社製)8.5kgを充填した吸着塔を用意した。この吸着塔に、ヒ素含有量が表1に示す通りの粗製ホスフィンガス(日本化学工業株式会社製)7.5kgを流量750g/hr、導入圧2MPaの条件で導入して、ヒ素含有量が表1に示す通りの含有量まで低減した高純度ホスフィンガス(純度99.9999体積%)を得た(表1に示す値はアルシン換算の体積基準値である)。
得られた高純度ホスフィンガスを反応容器内に3時間かけて7.4kg仕込み、液温を35℃に調整した後、4時間の熟成を行った。
得られた反応溶液424.9kgは二層に分離しており、上層を用いるために12時間静置後、下層を分液した。上層は、低沸分を取り除くために濃縮缶により、減圧下、最終的な圧力が絶対圧基準で6.3kPa、液温が70℃となるまで濃縮して60.1kgの濃縮液を得た。第二工程後のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量の、第二工程の開始時点の前記溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合は3.2質量%であった。
得られた濃縮液を0.5kPaの減圧下、塔頂温度85℃で蒸留し、初留分を除去後、本留分を49.1kg回収し、回収物を得た。第三工程後、シリルホスフィン化合物を気化した後の蒸留残液におけるシリルホスフィン化合物の量は、第三工程の開始時点のシリルホスフィン化合物を含む溶液におけるシリルホスフィン化合物の量に対する減少割合が93質量%であった。
下記条件の31P-NMRによる分析により、回収物(液体)がトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(TMSP)であることを確認し、その純度及び収率を測定した。結果を下記表2に示す。
また、下記の分析によりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン中のヒ素含有量を測定した。結果を下記表2に示す。表2に示すppmは質量基準である。
31P-NMRによる分析によりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン中の前記式(2)で表される化合物の含量を測定したところ0.15モル%であり、前記式(3)で表される化合物の含量を測定したところ0.05モル%未満(検出限界以下)、式(5)で表される化合物の含量を測定したところ0.05モル%未満(検出限界以下)であり、式(6)で表される化合物の含量を測定したところ0.05モル%未満(検出限界以下)及び式(7)で表される化合物の含量を測定したところ0.10モル%であった。
またガスクロマトグラフィー分析によりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン中の式(4)で表される化合物(Rはメチル)の含量を測定したところ0.08モル%であった。
【0090】
ホスフィンガス中のヒ素量の測定方法:
原子吸光分析装置として、VARIAN―AA240(アジレント・テクノロジー社製)を使用した。検量線に使用する標準液はヒ素標準液原子吸光用標準液(和光純薬工業(株)社製、1000ppm)を使用した。サンプルは100mlのホスフィンガスを、1規定の過マンガン酸カリウム水溶液50mlに完全に吸収させ、得られた吸収液をヒ素量について原子吸光法絶対検量線法で分析した。測定したヒ素量からアルシンとしてのmol数を算出して、ホスフィン中のアルシン換算の体積基準濃度を算出した。
【0091】
式(1)で表されるシリルホスフィン化合物中のヒ素量の測定方法:
ICP-MS絶対検量線法を用いて測定した。ICP-MS装置はAgilent7500CS型(アジレント・テクノロジー社製)、検量線に使う標準液は同社製のCertiPrep XSTC-13を使用した。サンプルはシリルホスフィン化合物2.5gをジエチレングリコールジメチルエーテル97.5gで希釈し、それを更に100倍希釈したものを試料液として分析し、検量線からヒ素量を算出した。
【0092】
ホスフィンの純度の測定方法:
前記したホスフィンガス中のヒ素量及びガスクロマトグラフィー(株式会社島津製作所製、GC-7A)により分析した不純物ガス成分(H2、Ar、N2、CO、CO2、CH4、C2H6等)の分析値を差し引いた数値をホスフィンの純度とした。
ガスクロマトグラフィーの測定条件:
測定試料を不活性ガス雰囲気下でセプタムキャップ付きの容器に小分けし、シリンジで測定試料0.2μLをガスクロマトグラフィー(株式会社島津製作所製、「GC-7A」)に打ち込み、下記条件にて測定した。
・カラム:Porapak T 50~80メッシュ(ジーエルサイエンス(株)製)
・カラム温度:60℃
・検出器:TCD、キャリアガス:He(100kPa圧)
【0093】
トリス(トリメチルシリル)ホスフィン、式(2)、(3)、(5)、(6)及び(7)で表される化合物の量の測定方法:
31P-NMRによりトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(式(1))、(2)、(3)、(5)、(6)及び(7)(Rはメチル)のそれぞれで表される化合物に由来するピーク面積を求めた。化合物の量は、検出したピーク総面積を100%として、それに対するピークの比率を計算する面積百分率法により求めた。
31P-NMRの測定条件:
測定する試料を重ベンゼンに20質量%となるように溶解した。得られた溶液を、日本電子株式会社製JNM-ECA500で下記条件にて測定した。
観測周波数:202.4MHz、パルス:45度、捕捉時間:5秒、積算回数:256回、測定温度:22℃、標準物質:85質量%リン酸
【0094】
式(4)で表される化合物の量の測定方法
ガスクロマトグラフィーにより式(4)(Rはメチル)で表される化合物に由来するピーク面積を求めた。化合物の量は、検出したピーク総面積を100%として、それに対するピークの比率を計算する面積百分率法により求めた。
ガスクロマトグラフィーの測定条件:
測定試料を不活性ガス雰囲気下でセプタムキャップ付きの容器に小分けし、シリンジで測定試料0.2μLをガスクロマトグラフィー(株式会社島津製作所製、「GC-2010」)に打ち込み、下記条件にて測定した。
・カラム:Agilent J&W社製、「DB1」(内径0.25mm、長さ30m)
・インジェクション温度:250℃、ディテクタ温度:300℃
・検出器:FID、キャリアガス:He(100kPa圧)
・スプリット比:1:100
・昇温条件:50℃×3分間維持→昇温速度10℃/分で200℃まで昇温→昇温速度50℃/分で300℃まで昇温→300℃×10分間維持
【0095】
【0096】
<比較例1>
ホスフィンガスとして、ヒ素含量を低減する前の精製前ホスフィンガスを用いた。その点以外は実施例1と同様にして、トリス(トリメチルシリル)ホスフィンを得た。得られたトリス(トリメチルシリル)ホスフィンの純度、収率、ヒ素含量を表2に示す。
【0097】
【0098】
以下、実施例2~4並びに比較例2~4において、量子ドットの合成、UV-VISスペクトル測定、及び極大蛍光波長・量子収率の測定に係る各処理は、いずれも窒素ガス雰囲気下で行った。
<実施例2>
(InP量子ドットの合成)
ミリスチン酸インジウム0.375mmolを、1-オクタデセン17.8gに加えて、減圧下、撹拌しながら120℃に加熱して90分間脱気した。脱気後、70℃まで冷却してミリスチン酸インジウムの1-オクタデセン溶液を得た。これとは別に、実施例1で得られたトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(TMSP)0.25mmolを、1-オクタデセン0.6gに加えてTMSPの1-オクタデセン溶液を得た。得られたTMSPの1-オクタデセン溶液を70℃まで加熱した後、ミリスチン酸インジウムの1-オクタデセン溶液に加えて、撹拌しながら300℃まで昇温後2分間保持して、InP量子ドットを含む赤色の液を得た。
(InP/ZnSe/ZnS量子ドットの合成)
ミリスチン酸亜鉛4.5mmolを、1-オクタデセン18.6gに加えて減圧下、撹拌しながら120℃に加熱して90分間脱気して、ミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液を得た。得られたミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液のうち、2.2mlを260℃に加熱してInP量子ドットを含む液に加えた。得られた液を更に加熱して300℃にて10分間撹拌した後、トリオクチルホスフィンセレニド0.75mmolを加えて、撹拌しながら300℃で15分保持した。得られた液に対し、再度、上記のミリスチン酸亜鉛溶液2.2mlを260℃に加熱して添加し、300℃にて10分間撹拌した後、トリオクチルホスフィンセレニド0.75mmolを加えて、撹拌しながら300℃で15分保持した。得られた液に、ミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液15.4mlを300℃に加熱して加え、210℃まで冷却した後、30分間撹拌した。さらに、得られた液に1-ドデカンチオール12.5mmolを加えて、260℃に昇温後撹拌しながら2時間保持した。室温まで冷却後、遠心分離により不純物を除去して、上澄み液にコアにInP、シェルにZnSe及びZnSとなるInP/ZnSe/ZnS量子ドットの1-オクタデセン分散液を得た。この分散液にアセトンを加えて撹拌後、遠心分離によりInP/ZnSe/ZnS量子ドットを沈殿物として回収した。回収したInP/ZnSe/ZnS量子ドットを、ヘキサンに懸濁して精製InP/ZnSe/ZnS量子ドットのヘキサン分散液を得た。得られたInP/ZnSe/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を以下の方法で測定した。その結果を表3に示す。
【0099】
(極大蛍光波長)
分光蛍光光度計((株)日立ハイテクサイエンス製、F-7000)にて、励起波長450nm、測定波長400~800nmの測定条件で、得られたヘキサン分散液を測定した。
【0100】
(量子収率)
絶対PL量子収率測定装置(浜松ホトニクス(株)製、C11347-01)にて、励起波長450nmの測定条件で、得られたヘキサン分散液を測定した。
【0101】
<比較例2>
比較例1で得られたTMSPを用いたこと以外は、実施例2と同じ方法でInP/ZnSe/ZnS量子ドットを得た。得られたInP/ZnSe/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を測定した。その結果を表3に示す。
【0102】
<実施例3>
(InZnP量子ドットの合成)
ミリスチン酸インジウム2.4mmolと、ミリスチン酸亜鉛1.6mmolを、1-オクタデセン63.4gに加えて、減圧下、撹拌しながら110℃に加熱して90分間脱気した。脱気後、300℃に昇温して、ミリスチン酸インジウムとミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液を得た。これとは別に、実施例1で得られたトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(TMSP)1.0mmolを、1-オクタデセン2.25gに加えてTMSPの1-オクタデセン溶液を得た。得られたTMSPの1-オクタデセン溶液(室温)を、ミリスチン酸インジウムとミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液に加えて、撹拌しながら300℃で30分間保持して、InZnP量子ドットを含む濃赤色の液を得た。
(InZnP/ZnSe/ZnS量子ドットの合成)
InZnP量子ドットを含む液を220℃として、トリオクチルホスフィンセレニド22.0mmolを加えた後、260℃に加熱した。これとは別に、ミリスチン酸亜鉛12.0mmolを、1-オクタデセン49.2gに加えてミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液を得た。得られたミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液の4分の1と、ドデカンチオール30.0mmolを、InZnP量子ドットを含む液に加えて撹拌しながら260℃で1時間保持した。得られた液に対し、上記のミリスチン酸亜鉛溶液の4分の1及びドデカンチオール30.0mmolを添加し、撹拌しながら260℃で1時間保持する操作を更に3回繰り返して室温まで冷却した。その後、遠心分離により不純物を除去して、上澄み液にコアにInZnP、シェルにZnSe/ZnSとなるInZnP/ZnSe/ZnS量子ドットの1-オクタデセン分散液を得た。この分散液にアセトンを加えて撹拌後、遠心分離によりInZnP/ZnSe/ZnS量子ドットを沈殿物として回収した。回収したInZnP/ZnSe/ZnS量子ドットを、ヘキサンに懸濁して精製InZnP/ZnSe/ZnS量子ドットのヘキサン分散液を得た。得られたInZnP/ZnSe/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を測定した。その結果を表3に示す。
【0103】
<比較例3>
比較例1で得られたTMSPを用いたこと以外は、実施例3と同じ方法で行った。得られたInZnP/ZnSe/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を測定した。その結果を表3に示す。
【0104】
<実施例4>
(InZnP/GaP量子ドットの合成)
ミリスチン酸インジウム1.5mmolと、ミリスチン酸亜鉛3.0mmolを、1-オクタデセン69.0gに加えて、減圧下、撹拌しながら110℃に加熱して90分間脱気した。脱気後、塩化ガリウム0.4mmolを100℃で加えた後、300℃に昇温して、ミリスチン酸インジウムと、ミリスチン酸亜鉛と、塩化ガリウムの1-オクタデセン溶液を得た。これとは別に、実施例1で得られたトリス(トリメチルシリル)ホスフィン(TMSP)1.0mmolを、1-オクタデセン2.25gに加えてTMSPの1-オクタデセン溶液を得た。得られたTMSPの1-オクタデセン溶液を、ミリスチン酸インジウムと、ミリスチン酸亜鉛と、塩化ガリウムの1-オクタデセン溶液に加えて、撹拌しながら300℃で20分間保持して、InZnP/GaP量子ドットを含む橙色の液を得た。
(InZnP/GaP/ZnS量子ドットの合成)
ミリスチン酸亜鉛9.0mmolを、1-オクタデセン50.5gに加えて減圧下、撹拌しながら120℃に加熱して90分間脱気して、ミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液を得た。得られたミリスチン酸亜鉛の1-オクタデセン溶液16ml(120℃)と、ドデカンチオール4.0mmolを、230℃としたInZnP/GaP量子ドットを含む液に加えて、撹拌しながら230℃で1時間保持した。得られた液に対し、上記のミリスチン酸亜鉛溶液16ml及びドデカンチオール4.0mmolを添加し、撹拌しながら230℃で1時間保持する操作を更に4回繰り返して室温まで冷却した。その後、遠心分離により不純物を除去して、上澄み液にコアにInZnP/GaP、シェルにZnSとなるInZnP/GaP/ZnS量子ドットの1-オクタデセン分散液を得た。この分散液にアセトンを加えて撹拌後、遠心分離によりInZnP/GaP/ZnS量子ドットを沈殿物として回収した。回収したInZnP/GaP/ZnS量子ドットを、ヘキサンに懸濁して精製InZnP/GaP/ZnS量子ドットのヘキサン分散液を得た。得られたInZnP/GaP/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を測定した。その結果を表3に示す。
【0105】
<比較例4>
比較例1で得られたTMSPを用いたこと以外は、実施例4と同じ方法で行った。得られたInZnP/GaP/ZnS量子ドットの極大蛍光波長及び量子収率を測定した。その結果を表3に示す。
【0106】
【0107】
表3における実施例2と比較例2との比較、実施例3と比較例3との比較、実施例4と比較例4との比較から明らかな通り、InP量子ドットの製造に用いる式(1)のシリルホスフィン化合物のヒ素含量を低減することで、得られるInP量子ドットの量子収率が高くなることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明のシリルホスフィン化合物は、InP量子ドットの化学合成の原料として用いると、得られるInP量子ドットの量子収率を向上させることができる。本発明のシリルホスフィン化合物の製造方法は、ヒ素含量が少なく、InP量子ドットの原料として好適な高純度シリルホスフィン化合物を工業的に有利な方法で製造することができる。また、本発明のInP量子ドットの製造方法は、得られるInP量子ドットの量子収率が高いものである。