(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】六フッ化タングステンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 41/04 20060101AFI20230508BHJP
C01G 41/02 20060101ALI20230508BHJP
【FI】
C01G41/04
C01G41/02
(21)【出願番号】P 2020537384
(86)(22)【出願日】2019-07-12
(86)【国際出願番号】 JP2019027628
(87)【国際公開番号】W WO2020036026
(87)【国際公開日】2020-02-20
【審査請求日】2022-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2018153509
(32)【優先日】2018-08-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】菊池 亜紀応
(72)【発明者】
【氏名】武田 雄太
(72)【発明者】
【氏名】長友 真聖
(72)【発明者】
【氏名】八尾 章史
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第10-1376827(KR,B1)
【文献】特開2010-105910(JP,A)
【文献】特開平09-249975(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0148670(US,A1)
【文献】米国特許第3995011(US,A)
【文献】中国特許出願公開第103526052(CN,A)
【文献】国際公開第2019/044601(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/123771(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 41/00-41/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素を50体積ppm以上50体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、反応器内で接触させ、酸化被膜が除去されたタングステンを得る、第1の工程と、
第1の工程で酸化被膜が除去されたタングステンと、フッ素含有ガスと、を、反応器内で接触させて、六フッ化タングステンを得る第2の工程と、
を含む、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項2】
前記第1の工程において、酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素を50体積ppm以上50体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、請求項1に記載の六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項3】
前記第2の工程に用いるフッ素含有ガスがフッ素ガス、三フッ化窒素ガス、またはこれらの混合ガスである、請求項1または請求項2に記載の六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項4】
前記第2の工程において、酸化被膜を除去したタングステンと、フッ素含有ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項5】
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素ガスを50体積ppm以上50体積%以下含むフッ素ガスまたは不活性ガスを接触させる、タングステンの酸化被膜の除去方法。
【請求項6】
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素ガスを50体積ppm以上50体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、請求項5に記載のタングステンの酸化被膜の除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、六フッ化タングステンの製造方法に関する。六フッ化タングステンは、半導体製造用ガスとして、半導体基板の金属配線(回路)の形成等に用いられている。
【背景技術】
【0002】
タングステンは高融点で電気抵抗の小さい金属であり、各種電子材料用素材として金属単体あるいはそのシリサイドの形で広く使用されている。電子材料分野、特に半導体分野では、タングステンによる回路が、六フッ化タングステン(以下、WF6と呼ぶことがある)を原料ガスとし、化学気相蒸着法(Chemical Vapor Deposition、以下、CVD法と呼ぶことがある)にて、回路上に蒸着することで形成されている。WF6は、通常、金属タングステン単体(以下、単にタングステンと呼ぶことがある)とフッ素ガス(以下、F2ガスと呼ぶことがある)との反応により製造されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、単体金属とフッ素ガスとを反応させてガス状金属フッ化物を製造する方法において、該金属単体に予め成型助剤としてフッ素と反応しない固体金属フッ化物を添加または混合し、これを加圧成形した後、この成形体を加熱した状態でフッ素ガスと接触させて反応させる、ガス状金属フッ化物の製造方法が開示されている。特許文献1において、ガス状金属フッ化物としてWF6が例示され、該文献の表1に、WF6を得る場合の反応温度が250~500℃であることが記載されている。その実施例においては、タングステン粉末とフッ化ナトリウム粉末を質量比1対1で混合した後、円柱状に成形し、380~400℃に加熱した状態でフッ素ガスと接触させて得られたWF6ガスを-80℃の冷却トラップで液化して捕集したことが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、三フッ化窒素ガス(以下、NF3と呼ぶことがある)中の水分の濃度が、1容量ppm以下であり、該NF3ガスを用い、反応器内でタングステンと200~400℃で接触させる高純度WF6の製造方法が開示されており、WF6を安定的に高純度に精製する方法について鋭意検討を重ねた結果、洗浄処理された後のNF3ガス中に微量の水分が含まれていることに着目し、この水分を限界まで除去することで、純度の高いWF6が得られることを見いだしたことが記載されている。
【0005】
特許文献3には、タングステン粉とF2ガスを用いて、WF6を合成する際に金属フッ化物であるCoF3またはAgF2を触媒として使用するWF6合成方法が開示されており、WF6の合成時の温度は270~350℃であることが記載されている。
【0006】
特許文献4には、タングステンとフッ素化剤とを接触反応させてWF6を製造する方法において、密閉した反応器内にタングステン粉末を投入し、ここに加圧された不活性ガスを噴射してタングステン粉末を流動化させた後、ここに加圧されたガス状フッ素化剤とタングステン粉末を連続的に供給して流動化状態で接触反応させる、流動化反応器を用いるWF6の製造方法が開示され、その際の反応温度を230℃~300℃に維持することが記載されている。
【0007】
タングステンとF
2ガスからWF
6を生成する際の以下の反応(1)において、標準生成熱ΔHは、-1722kJ/WF
6mol(298K、1atm)であり、タングステンとNF
3ガスからWF
6を生成する、以下の反応式(2)の標準生成熱ΔHは、-1458kJ/WF
6mol(298K、1atm)である。
【化1】
前記反応(1)および反応(2)の反応速度は極めて速く、WF
6の生成熱量も大きいため、WF
6の製造工程において、反応系の温度は急激に上昇する。反応系の温度が高温になると、金属製の反応器の内壁(以下、単に反応器壁と呼ばれることがある)がフッ素含有ガスにより侵される(腐食する)ことが知られている。
【0008】
本来、タングステンは金属光沢を示す銀白色の金属であるが、大気中の酸素、または水分により、表面が酸化(腐食)され、タングステンの酸化物からなる酸化被膜が生成し徐々に光沢を失うことが知られている。しかしながら、この酸化はごく薄いもので内部までは進行しないことも知られている。タングステンの表面は、湿度の高い環境下では、ごく薄いタングステンの酸化物からなる自然酸化被膜(以下、単に酸化被膜と呼ぶことがある)が生じやすく、光沢を失いやすい。このようなタングステンの酸化物には、酸化タングステン(W2O3)、二酸化タングステン(WO2)、三酸化タングステン(WO3)が存在する。
【0009】
また、特許文献5には、タングステン粉体に形成されている自然酸化被膜は、アルカリ水溶液との接触で化学的に除去できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平1-234301号公報
【文献】特開2000-119024号公報
【文献】中国公開106976913号公報
【文献】特開2010-105910号公報
【文献】再表2014-097698号公報
【発明の概要】
【0011】
従来技術(特許文献1~4)において、タングステンとF2ガスを接触させてWF6を製造する際、200℃を超える反応温度を採用することが、奨励されている。しかしながら、前述のようにタングステンとF2ガスを反応させてWF6を得る際の反応速度は、極めて速く、生成熱量も大きいことから反応の熱暴走が懸念される。このような異常反応、金属製の反応器壁がフッ素含有ガスに侵食されること等を抑制するには、反応器のジャケットに冷媒を流通させるなどの冷却機構を設け、反応中の反応器壁の温度を400℃以下に抑える必要があった。このため、WF6の製造においては、反応開始時は加熱を必要とし、反応中は反応熱の除去のために冷却を必要とする。よって、反応器に加熱器と冷却器をともに付設することが多い。加熱器と冷却器の両方を設けた場合、反応時に加熱と冷却の切換操作も煩雑であり、加熱と冷却の切換のタイミングを間違えると、前述の通り、反応器壁の温度が上昇し過ぎて反応器が損傷する虞があった。
【0012】
本発明は、これらを解決し、従来技術に比べて、低温でWF6を得ることのできるWF6の製造方法を提供することを目的とする。さらに、本発明は、反応器を傷めることのない低温でWF6を得ることのできる、WF6の製造方法、および低温で酸化被膜を除去することのできるタングステンの酸化被膜の除去方法を提供することを目的とする。
【0013】
上記問題を解決するために、本発明者らが鋭意検討したところ、F2ガスに対し、体積百万分率で表してフッ化水素(以下、HFと呼ぶことがある)を濃度50体積ppm以上含むF2ガスを、あるいは、N2ガスに対し、体積百万分率で表してHFを濃度50体積ppm以上含むF2ガスを、酸化被膜を有する原料タングステンに予め接触させる前処理を行うことで、意外なことに、タングステンの表面の酸化被膜が除去され、その後、200℃以下の低温でも、タングステンがF2ガスと速やかに反応しWF6が生成することがわかり、本発明を完成するに至った(後述の実施例の[表1]参照)。
【0014】
本発明は、以下の態様1~6を含む。
[態様1]
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素を50体積ppm以上50体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、反応器内で接触させ、酸化被膜を除去したタングステンを得る、第1の工程と、第1の工程で酸化被膜が除去されたタングステンと、フッ素含有ガスと、を、反応器内で接触させて、六フッ化タングステンを得る第2の工程と、を含む、六フッ化タングステンの製造方法。
[態様2]
前記第1の工程において、酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素を50体積ppm以上50体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、態様1の六フッ化タングステンの製造方法。
[態様3]
前記第2の工程に用いるフッ素含有ガスがフッ素ガス、三フッ化窒素ガス、またはこれらの混合ガスである、態様1または態様2の六フッ化タングステンの製造方法。
[態様4]
前記第2の工程において、酸化被膜を除去したタングステンと、フッ素含有ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、態様1~3の六フッ化タングステンの製造方法。
[態様5]
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素ガスを50体積ppm以上1体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスを接触させる、タングステンの酸化被膜の除去方法。
[態様6]
酸化被膜を有するタングステンと、フッ化水素ガスを50体積ppm以上1体積%以下含む、フッ素ガスまたは不活性ガスとを、25℃以上200℃以下で接触させる、態様5のタングステンの酸化被膜の除去方法。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】
図2は、X線光電子分光分析における、原料タングステンおよび第1工程(前処理工程)後のタングステンの測定結果のスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態を、詳細に説明する。しかしながら、本発明は、以下に示す実施の形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明の第一の実施形態に係るWF6の製造方法は、酸化被膜を有するタングステンと、HFを50体積ppm以上50体積%以下含む、F2ガスまたは不活性ガスとを、反応器内で接触させ、酸化被膜を除去したタングステンを得る、第1の工程(以下、前処理工程ということがある)と、第1の工程で酸化被膜が除去されたタングステンと、フッ素含有ガスと接触させて、WF6を得る第2の工程と、を含む。
尚、第1の工程は、後述する本発明の第二の実施形態に係るタングステンの酸化被膜の除去方法に相当する。
【0018】
1.原料タングステン
なお、六フッ化タングステンの製造方法の原料である金属タングステン(以下、原料タングステンと呼ぶことがある)は市販されており、インゴットまたは粉体状に加工されたものを購入することができる。空気中でタングステン粉の最表面はごく薄く酸化され、市販の粉は、この自然酸化被膜の形成により、光沢を失い褐色を呈する。六フッ化タングステンの製造方法において、原料タングステンは、「酸化被膜を有するタングステン」と呼び変えることができる。
【0019】
六フッ化タングステンの製造方法において、原料タングステンには、粉体、塊、インゴット等の種々の形状の物を用いることが可能である。六フッ化タングステンの製造方法に用いる、原料タングステンは、100nm以下の粉体、10cm以上のインゴット等の様々な形状から選択することが可能であるが、反応容器へ原料タングステンを充填する際の容易さ、およびタングステンの粉体および塊に対するF2ガスまたは不活性ガスの流通のし易さから、粒度1μm以上10cm以下の粉体または塊を使用することが好ましい。また、粒度0.5μm~1500μmの範囲で種々の粒度の粉状および粒状タングステンが市販され、これら市販品の中から任意に選択して用いることも好ましい。なお、本発明において、タングステン粉の粒度はFisher Sub-Sieve Sizer法による平均粒子径である。
【0020】
タングステンの酸化被膜の除去方法においても、上記の原料タングステンを任意に選択して用いることができる。
【0021】
2.第1の工程(前処理工程)
本実施形態のWF6の製造方法の第1の工程は、酸化被膜を有するタングステン(原料タングステン)と、HFを50体積ppm以上50体積%以下含む、F2ガスまたは不活性ガス(以下、「HF含有ガス」とも称する)とを、反応器内で接触させ酸化被膜を除去したタングステンを得る工程である。不活性ガスとしては、窒素(N2)、ヘリウム(He)、またはアルゴン(Ar)を挙げることができるが、入手の容易および価格より、好ましくはN2である。
【0022】
前述のように、タングステンは、大気中では常温常湿においても表面が腐食され酸化被膜を生成し、最表面が酸化被膜で覆われることが知られている。最表面が酸化被膜で覆われたタングステンはF2との反応性に劣るため、特許文献1~4に記載の様に、200℃を超える高温下でF2ガスを接触させて反応させ、WF6を製造しなければならないこととなる。
【0023】
しかしながら、本発明者が鋭意検討した所、体積百万分率で表して、F2ガスまたは不活性ガスに対し、HFを濃度50体積ppm以上50体積%以下含む、F2ガスまたは不活性ガスを、予め原料タングステンに接触させておく前処理工程(第1の工程)を加えることで、意外なことに、別途、特許文献5に記載のアルカリ処理等行うことなく、原料タングステンの表面は酸化被膜が除去され活性化し、150℃以下の低温でもタングステンがF2ガスと速やかに反応し、WF6が速やかに生成することが分かった([表1]の実施例1~5参照)。
後述の通り、実施例において、酸化被膜を除去するためのアルカリ処理等は、原料タングステンに対し何ら行っていない。前記WF6を合成する前の前処理において、F2ガスに、低濃度であってもHFが含まれることで、HFは反応器壁を腐食させることなく、タングステン最表面の酸化被膜を除去することが可能であり、タングステン表面の酸化被膜を除去することで、タングステンの表面がF2ガスと速やかに反応する様に活性化し、WF6がより低温で速やかに生成することを可能としたと推測される。
【0024】
本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法において、原料タングステンとHF含有ガスが接触した第1の工程後の反応系には、WOF
4またはWF
6が検出される。このことから、原料タングステンとHF含有ガスが接触することで、原料タングステンから酸化被膜が除去される機構として、以下の反応を推測することができる。
例えば、三酸化タングステン(WO
3)と、HFは、以下の反応(3)~(6)の様に反応し、WO
3よりWOF
4が生成されたと推測される。
【化2】
F
2ガスの存在下では、反応(5)で生成したWF
3(OH)
3と、F
2ガスが、以下の式(7)のように反応し、結果として、WO
3よりWF
6が生成されたと推測される。
【化3】
反応(6)より得られたWOF
4、反応(7)より得られたWF
6は気化することにより反応系に留まる。このようにして、タングステンの酸化被膜は気体(WOF
4またはWF
6)となり、タングステン表面から除去されたものと推測される。
【0025】
本実施形態のWF6の製造方法の第1の工程におけるF2ガスまたは不活性ガス中のHFの濃度は、F2ガスとHFを合わせた体積、または不活性ガスとHFを合わせた体積を基準とする体積百万分率または百分率で表して、50体積ppm以上50体積%以下である。HFの濃度が50体積ppmより少ないと、原料タングステン表面の酸化被膜を除去する効果が少なく、50体積%より多いと、HFにより反応器壁が腐食する懸念がある。好ましくは、100体積ppm以上1体積%(10,000体積ppm)以下である。
【0026】
[接触温度]
本発明のWF6の製造方法の第1の工程における原料タングステンとHF含有ガスとの接触温度は、25℃以上200℃以下であることが好ましい。上記の接触の際の温度が室温(25℃)であっても、原料タングステンの表面は酸化被膜が除去され充分に活性化する。より好ましくは40℃以上である。本発明のWF6の製造方法の目的は、反応器、特に反応器壁を傷めないよう、200℃を超える反応温度を用いることなくWF6の製造することなので、タングステンとHF含有ガスとを接触させる際の温度を200℃より高くする必要はなく、より好ましくは150℃以下である。特に好ましくは、70℃以下である。
【0027】
[接触時間]
本実施形態のWF6の製造方法の第1の工程における原料タングステンとHF含有ガスとを接触させる際の接触時間は、例えば、原料タングステン表面の酸化の進行の程度、第2の工程後のWF6の収率等により、任意に定めることができる。
【0028】
[接触圧力]
本実施形態のWF6の製造方法の第1の工程における反応器内の圧力が絶対圧で0.01kPa以上300kPa以下であることが好ましく、絶対圧で0.01kPa以上100kPa以下であることがより好ましい。絶対圧の値が0.01kPa未満では、圧力を保持するための設備の負荷が大きくなるため、好ましくない。300kPa以上では、WF6が液化する可能性がある上に、装置からWF6が漏えいする虞があるため好ましくない。
【0029】
3.第2の工程(以下、反応工程ということがある)
第2の工程は、第1の工程で酸化被膜を除去したタングステンとF2ガスを接触させ、WF6を得る工程である。
【0030】
[フッ素含有ガス]
第2の工程において使用するフッ素含有ガスは、F2ガス、NF3ガス、またはこれらの混合ガスを例示することができ、N2、HeおよびArからなる群から選ばれる不活性ガスで希釈されていてもよい。好ましくは、F2ガスである。
【0031】
[反応]
第2の工程では、フッ素含有ガスがF2ガスである場合、前記反応式(1)のように、第1の工程後の(酸化被膜が除去された)タングステンと、F2ガスとが反応して、WF6が生成され、フッ素含有ガスがNF3ガスである場合、前記反応式(2)のように、第1の工程後の(酸化被膜が除去された)タングステンと、NF3ガスとが反応して、WF6が生成される。
【0032】
[接触温度]
第2の工程において、第1の工程で酸化被膜が除去されたタングステンとフッ素含有ガスとを接触させる際の温度は、25℃以上200℃以下であることが好ましい。上記の接触の際の温度が室温(25℃)であっても、酸化被膜が除去されたタングステンは、フッ素含有ガスと反応する。より好ましくは40℃以上である。本発明のWF6の製造方法の目的は、200℃以下の低温でWF6を製造することなので、酸化被膜が除去されたタングステンとフッ素含有ガスとの接触温度を200℃より高くする必要はなく、より好ましくは150℃以下である。特に好ましくは、70℃以下である。
【0033】
[接触時間]
第2の工程において、酸化被膜が除去されたタングステンとフッ素含有ガスとを接触させる際の接触時間は、例えば、WF6の収率等により任意に定めることができる。
【0034】
[接触圧力]
本実施形態のWF6の製造方法の第2の工程における反応器内の好ましい圧力範囲は、上記の第1の工程における反応器内の圧力範囲と同じである。
【0035】
4.WF6の製造
[反応器]
本実施形態のWF6の製造方法に用いる反応器はタングステンを充填することができればよく、バッチ式反応器でも連続式でもよい。反応器の材質はF2、WF6およびHFに耐性のあるものから選ぶことができ、ニッケル、ニッケル合金およびステンレス鋼を挙げることができる。ニッケル合金としては、主にニッケルと銅からなり、他に鉄、マンガンまたは硫黄等を含むモネル(登録商標)を例示することができ、ステンレス鋼としては、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼を例示することができる。
【0036】
本実施形態のWF6の製造方法において、第1の工程におけるHF含有ガスと原料タングステン、第2の工程おけるF2ガスとタングステンの接触効率を向上させるためには、タングステン内にガスを流通させるための循環機構を設けることが好ましい。しかしながら、第1の工程においては、循環機構を設けずともタングステンの酸化被膜の除去は可能である。
【0037】
[第1の工程から第2の工程への移行]
本実施形態のWF6の製造方法における、「第1の工程」(前処理工程)から「第2の工程」(反応工程)の移行について説明する。
【0038】
上記第1の工程および第2の工程は別の反応器で行ってもよいが、同じ反応器を用い連続的に行う方が簡便であり、経済的である。第1の工程から第2の工程への移行において、第1の工程後のガス中のHFの濃度が高い場合は、第1の工程後のガスを反応器から除去することが好ましい。第1の工程後のガス中のHFの濃度が低い、または第1の工程でHFが完全に消費され存在しない場合は、第1の工程後のガスを除去することなく反応器にF2ガスを供給し、第2の工程を開始してもよい。
【0039】
第1の工程は、反応器に原料タングステンとHF含有ガスを充填後、密閉して行うことが好ましく、その方が簡便である。原料タングステン表面の酸化被膜を除去し活性化させるためには、反応器内部のガスを循環させ流動させておくことが好ましい。
【0040】
第2の工程は、F2ガスを供給しつつ、反応器内に充填したタングステンを通過させるように流通させタングステンに接触させ、接触後のガスを採取することが簡便である。
【0041】
採取したガスをフーリエ変換赤外光分光光度計で分析することにより、接触後のガス中の生成したWF6の濃度を測定することができる。
【0042】
[WF
6の合成装置]
本実施形態のWF
6の製造方法に用いる、WF
6の合成装置を
図1に例示する。本実施形態のWF
6の製造方法に用いる、WF
6の合成装置は
図1に示す装置に限定されるものではない。
【0043】
図1に示す様に、WF
6合成装置100は、原料タングステン18を充填した反応容器(反応器)16、フッ化水素ガス(HF)供給器13、およびフッ素含有ガス供給器14、および図示しない不活性ガス(N
2)供給器により構成される。
【0044】
反応容器16は、図示しないジャケットまたは電気ヒーターを備え、ジャケット内には温調した水を流通させ、反応容器16内の温度を調整することができる。電気ヒーターは、反応容器16内を加熱することができる。
【0045】
HFガス供給器13およびフッ素含有ガス供給器14は、図示しないマスフローコントローラーを備える。HFガス供給器13およびフッ素含有ガス供給器14は、これらのガスの流量をマスフローコントローラーにより調整しつつ、反応容器16内に供給することができる。反応後のガスは、反応容器16の後段に設置された生成物取出口17より取り出すことができる。
【0046】
また、反応容器16は、タングステンを通して流通させるように、HFを含む、F2ガスまたは不活性ガス、またはF2ガスを循環させる循環機構を設けてもよい。
【0047】
5.タングステンの酸化被膜の除去方法
本発明の第二の実施形態に係るタングステンの酸化被膜の除去方法は、酸化被膜を有するタングステンと、HFを50体積ppm以上50体積%以下含む、F2ガスまたは不活性ガスとを接触させる方法である。
【0048】
前述のように、タングステンは、大気中では常温常湿においても表面が酸化(腐食)され酸化被膜を生成し、最表面が酸化被膜で覆われることが知られている。しかしながら、本発明者が鋭意検討した所、体積百万分率で表して、F2ガスまたは不活性ガスに対し、HFを濃度100体積ppm以上1体積%以下含むF2ガスを、予め酸化膜を有するタングステンに接触させておく前処理工程(第1の工程)を加えることで、タングステン表面の酸化被膜が除去され、F2ガスに対して活性になり、150℃以下の低温でもタングステンがF2ガスと速やかに反応し、WF6が速やかに生成することが分かった([表1]の実施例1~4参照)。すなわち、接触温度150℃以下の温和な条件で、タングステンの最表面に生成した酸化被膜を除去することができた。
【0049】
本実施形態のタングステンの酸化被膜の除去方法におけるF2ガスまたは不活性ガス中のHFの濃度は、F2ガスまたは不活性ガスと、HFを合わせた体積を基準とする体積百万分率または百分率で表して、50体積ppm以上50体積%以下である。HFの濃度が50体積ppmより少ないと、タングステン表面の酸化被膜を除去する効果が少なく、50体積%より多いと、HFの強い酸化力により反応器が腐食する懸念がある。好ましくは、100体積ppm以上1体積%以下である。
【0050】
[接触温度]
本実施形態のタングステンの酸化被膜の除去方法において、タングステンとHFガスとの接触温度は、25℃以上200℃以下であることが好ましい。上記の接触の際の温度が室温(25℃)であっても、タングステンの表面の酸化被膜は除去され、タングステンは充分に活性化する。より好ましくは、40℃以上である。接触温度を200℃より高くすると反応器を傷める虞があり、より好ましくは150℃以下である。
【0051】
[反応器]
反応器はタングステンを充填することができればよく、バッチ式反応器でも連続式でもよい。反応器の材質はF2、WF6およびHFに耐性のあるものから選ぶことができ、ニッケル、ニッケル合金およびステンレス鋼を挙げることができる。ニッケル合金としては、主にニッケルと銅からなり、他に鉄、マンガンまたは硫黄等を含むモネル(登録商標)を例示することができ、ステンレス鋼としては、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼を例示することができる。
【実施例】
【0052】
具体的な実施例により、本発明のWF6の製造方法を説明する。しかしながら、本発明のWF6の製造方法は、以下の実施例により限定されるものではない。
【0053】
[WF
6合成装置]
以下の実施例では、上記
図1に示したWF
6合成装置100を用いてWF
6の合成を行った。反応容器16は、Ni製の大きさ、内径55mm、外径60mm、長さ300mmのバッチ式反応容器16であり、反応容器16のジャケット内には温調した水を流量0.5L/minで流通させ、反応容器16内の温度を調整した。
【0054】
[WF6の濃度測定]
生成物取出口17より取り出したガス中のWF6の濃度は、フーリエ変換赤外光分光光度計(株式会社島津製作所製、型式IRPrestage21)により、測定した。
【0055】
[実施例1]
[第1の工程(前処理工程)]
反応容器16内に、市販の原料タングステン18(605.5g、粒度1μm)を充填し、反応容器16内を脱気し、次いで、温水を図示しないジャケットに流通させて、反応容器16内を70℃に加温した。反応容器16内を70℃に保った状態で、F
2ガスに対し、HFガスの濃度が、100体積ppm(0.01体積%)、且つ、反応容器16の内圧が80kPaになるように、HFガス供給器13およびフッ素含有ガス供給器14からHFガスとF
2ガスを供給した。供給後、反応容器16内を70℃に保った状態で、原料タングステン18を通過するように、循環機構を用いて、反応器内16のガスを循環させつつ、24時間経過させた。反応容器16内のガスを抜き出し、不活性ガス(N
2)で置換した後、反応容器16内のタングステンの一部を抜出しXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy:X線電子分光法)分析を行った。
図2にXPS分析の結果を示す。W-O結合のピークA、Bを有する原料タングステンに対し、第1の工程後のタングステンはW-O結合を示すピークA、Bが消失していることから、酸化被膜が除去されていることを確認した。
[第2の工程(反応工程)]
続いて、反応容器16内を70℃に保った状態で、反応容器16内にF
2ガスを、フッ素含有ガス供給器14より、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量、0.5slm(0℃、1atmにおける1分間辺りのリットルで表される流量)で供給しつつ、反応容器16の内圧80kPaにて、F
2ガスのみを、反応容器16に充填した酸化被膜を除去したタングステン18を通過するように、反応容器16に流通させた。流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から反応ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF
6ガスが濃度99%以上含まれていた。
【0056】
[実施例2]
第1の工程において、反応容器16に充填するF2ガス中のHFの濃度を、1,000体積ppm(0.1体積%)に変えた以外は、実施例1と同じ、原料タングステン18を用い、同様の条件および手順で、第1の工程、次いで第2の工程を行った。第2工程において、流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から反応ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスが濃度99%以上含まれていた。
【0057】
[実施例3]
第1の工程において、反応容器16に充填するF2ガス中のHFの濃度を、10,000体積ppm(1体積%)に変えた以外は、実施例1と同じ、原料タングステン18を用い、同様の条件および手順で、第1の工程、次いで第2の工程を行った。第2工程において、流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から反応ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスが濃度99%以上含まれていた。
【0058】
[実施例4]
[第1の工程(前処理工程)]
反応容器16内に、実施例1で用いたのと同じ原料タングステン18を充填し、反応容器16内を脱気し、次いで、温水を図示しないジャケットに流通させて、反応容器16内を40℃に加温した。反応容器16内を40℃に保った状態で、F2ガスに対するHFの濃度が、体積百分率で表して100体積ppm(0.01体積%)、且つ、反応容器16の内圧が80kPaになるように、HFガス供給器13およびフッ素含有ガス供給器14からHFガスとF2ガスを供給した。供給後、原料タングステン18を通過するように、反応容器内16のガスを循環させつつ、反応容器16内を40℃に保った状態で24時間経過させた。
[第2の工程(反応工程)]
続いて、反応容器16内を40℃に保った状態で、反応容器16内にF2ガスを、フッ素含有ガス供給器14より、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量、0.5slmで供給しつつ、反応容器16の内圧80kPaにて、F2ガスのみを、反応容器16に充填した酸化被膜を除去したタングステン18を通過するように、反応容器16に流通させた。流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から反応ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスが濃度99%以上含まれていた。
【0059】
[実施例5]
[第1の工程(前処理工程)]
反応容器16内に、実施例1で用いたのと同じ原料タングステン18を充填し、反応容器16内を脱気し、次いで、温水を図示しないジャケットに流通させて、反応容器16内を40℃に加温した。反応容器16内を40℃に保った状態で、N2ガスに対するHFの濃度が、体積百分率で表して100体積ppm(0.01体積%)、且つ、反応容器16の内圧が80kPaになるように、HFガス供給器13および図示しないN2ガス供給器からHFガスとN2ガスを供給した。供給後、原料タングステン18を通過するように、反応容器内16のガスを循環させつつ、反応容器16内を40℃に保った状態で24時間経過させた。
[第2の工程(反応工程)]
続いて、反応容器16内を40℃に保った状態で、反応容器16内にF2ガスを、フッ素含有ガス供給器14より、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量、0.5slmで供給しつつ、反応容器16の内圧80kPaにて、F2ガスのみを、反応容器16に充填した酸化被膜を除去したタングステン18を通過するように、反応容器16に流通させた。流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から反応ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスが濃度99%以上含まれていた。
【0060】
[比較例1]
第1の工程において、反応容器16に充填するF2ガス中のHFの濃度を、10体積ppm(0.001体積%)に変えた以外は、実施例1と同じ、原料タングステン18を用い、実施例1と同様の条件および手順で、第1の工程、次いで第2の工程を行った。生成物取出口17からガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6の濃度は5%であった。
【0061】
[比較例2]
第1の工程を行うことなしに、実施例1と同じ、原料タングステン18を用い、実施例1と同様の手順で第2の工程を行った。
反応容器16内に原料タングステン18、605.5gを封入し、脱気した後、ジャケットに70℃の水を流通させて、反応容器16内を70℃に保った状態で、反応容器16内にF2ガスを、フッ素含有ガス供給器14より、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量、0.5slmで供給しつつ、反応容器16の内圧80kPaにて、F2ガスのみを、反応容器16に充填した原料タングステン18を通過するように、反応容器16に流通させた。流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から生成ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスの濃度は3%であった。
【0062】
[参考例1]
第1の工程を行うことなしに、実施例1と同じ、原料タングステン18を用い、WF6を製造した。
電気ヒーターを用い反応容器16内を250℃に加温した状態で、反応容器16内にF2ガスを、フッ素含有ガス供給器14より、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量、0.5slm(0℃、1atmにおける1分間辺りのリットルで表される流量)で供給しつつ、反応容器16の内圧80kPaにて、F2ガスのみを反応容器16に流通させた。流通開始後、20分経過した後、生成物取出口17から生成ガスの一部を取り出し、前記フーリエ変換赤外分光光度計で測定したところ、WF6ガスが濃度99%以上で含まれていた。
【0063】
表1に、実施例1~4、比較例1~2について、第1の工程における、原料タングステン18とHFを含むF
2ガスとの接触温度、F
2中のHF濃度、第2の工程における、酸化被膜が除去されたタングステンとF
2ガスの接触温度、生成物取出口17における生成ガス中のWF
6の濃度を示す。
【表1】
【0064】
本発明のWF6の製造方法に属する実施例1~4は、第2の工程において、従来よりも低い接触温度である40℃または70℃であるにもかかわらず、最終的に99%以上の高い濃度でWF6が得られた。
【0065】
F2ガス中のHF濃度が薄く、本発明のWF6の製造方法の範疇にない、比較例1は、WF6濃度は5%であり、低い濃度であった。本発明のWF6の製造方法における第1工程を行わなかった、比較例2は、最終的にWF6濃度は最終的に3%であり、低い濃度であった。
【0066】
従来法による参考例1は、最終的に99%以上の高い濃度でWF6が得られた。しかしながら、タングステンとF2ガスの接触温度は250℃である。
【0067】
上述の通り、本発明の態様に係るWF6の製造方法を用いれば、従来技術より低温でタングステンとフッ素含有ガスを接触させて、WF6を得ることができる。また、本発明の態様に係るWF6の製造方法またはタングステンの酸化被膜の除去方法を用いれば、タングステン表面の酸化被膜を除去することで、F2ガスと速やかに反応することができる様に活性化し、従来技術に示されるWF6の製造方法より、低温でタングステンとフッ素含有ガスを接触させて、WF6を得ることができ、反応器を傷めることがない。
【符号の説明】
【0068】
100: WF6合成装置
13: フッ化水素ガス供給器(HFガス供給器)
14: フッ素含有ガス供給器
16: 反応容器(反応器)
17: 生成物取出口
18: 原料タングステン