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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】窒化部品粗形材、および窒化部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230508BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230508BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230508BHJP
   C21D 9/30 20060101ALN20230508BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20230508BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D8/06 A
C21D9/30 A
C21D1/06 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020553937
(86)(22)【出願日】2019-10-29
(86)【国際出願番号】 JP2019042374
(87)【国際公開番号】W WO2020090816
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-04-22
(31)【優先権主張番号】P 2018202914
(32)【優先日】2018-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
(72)【発明者】
【氏名】多比良 裕章
(72)【発明者】
【氏名】西原 基成
(72)【発明者】
【氏名】大川 暁
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/056896(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/035519(WO,A1)
【文献】特開2012-036495(JP,A)
【文献】国際公開第2017/119224(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/101451(WO,A1)
【文献】特開2018-141218(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第01700925(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
C23C 8/00-12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
径が60~130mmの範囲の部位を有する窒化部品粗形材であって、
質量%で、
C :0.35~0.45%、
Si:0.10~0.50%、
Mn:1.5~2.5%、
P :0.05%以下、
S :0.005~0.100%、
Cr:0.15~0.60%、
Al:0.001~0.080%、
N :0.003~0.025%、
Mo:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Ti:0~0.050%、
Nb:0~0.050%、
Ca:0~0.005%、
Bi:0~0.30%、および
V :0~0.05%
を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記窒化部品粗形材の直径が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ14.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
前記窒化部品粗形材の直径が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである、
窒化部品粗形材。
【請求項2】
質量%で、Mo:0超え~0.50%、Cu:0超え~0.50%、およびNi:0超え~0.50%の1種又は2種以上を含有する請求項1に記載の窒化部品粗形材。
【請求項3】
質量%で、Ti:0超え~0.050%、およびNb:0超え~0.050%の1種又は2種を含有する請求項1又は請求項2に記載の窒化部品粗形材。
【請求項4】
質量%で、Ca:0超え~0.005%、Bi:0超え~0.30%、およびV:0~0.05%の1種又は2種以上を含有する請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の窒化部品粗形材。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の窒化部品粗形材を素材とした窒化部品であって、
窒化部品の直径が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
窒化部品の直径が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
窒化部品の直径が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さが350~550HVである、
窒化部品。
【請求項6】
窒化部品の直径が60~130mmの範囲の部位に、深さLと直径Dとの比であるL/Dが8以上で、深さLが60mm以上である単数または複数の孔を有し、
当該孔の深さ方向の総長さの50%以上が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである組織を有する部位を通っている請求項5に記載の窒化部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は,窒化部品粗形材、および窒化部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車、船舶、産業機械等に用いられる機械部品には、疲労強度を向上させるために窒化処理を施すことがある。窒化部品には、高い疲労強度に加えて、窒化時の変形を矯正するための矯正性が求められる場合がある。疲労強度は表層硬さが高いほど優れ、矯正性は表層部の硬さが低いほど優れる傾向にあり、両特性はトレードオフの関係となっている。疲労強度と矯正性を両立させるための技術としては、例えば、特許文献1に開示されている。
【0003】
具体的には、特許文献1には、鋼成分を最適化し、窒化処理後の窒化層の硬さ分布と、窒化の影響の及ばない芯部の硬さを制御することで、疲労強度と矯正性の両立を図った技術が開示されている。
一般的に、窒化処理の前に鋼に焼入れ焼戻しや焼ならしといった前熱処理を施すことで、窒化処理後の矯正性、疲労強度は向上する。特に、窒化前に焼入れ焼戻し処理を施してから窒化処理を施すと、熱間鍛造ままの鋼に窒化処理を施した場合と比較して、矯正性と疲労強度が向上する。
窒化前に焼入れ焼戻し処理を施すことで、窒化処理後の疲労強度と矯正性を両立させる技術が、特許文献2に開示されている。具体的には、特許文献2では、鋼の組織を焼戻しマルテンサイトとベイナイトの混合組織が主体となるように制御することで、疲労強度と矯正性を両立させることができている。
【0004】
特許文献1:特開2004-162161号公報
特許文献2:WO2017-056896号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述の特許文献1に記載の技術は、鋼成分を最適化することで、窒化処理後の窒化層の硬さ分布と、窒化の影響の及ばない芯部の硬さを制御している。しかし、鋼組織の最適化がなされていないため、十分に高いレベルで疲労強度と矯正性を両立できているとは言い難い。
【0006】
また、特許文献2に記載の技術は、疲労強度と矯正性を高いレベルで両立させている。一方で、機械部品の製造性という観点からは、特許文献2に記載の効果に加え、窒化処理前の粗形材において被削性が良好であれば、さらに望ましい。
特許文献2に記載の窒化部品である窒化クランク軸は、クランクジャーナル径が小さいクランク軸を想定しており、部品全体が焼戻し組織を主体とし、表層部組織と内部組織とに差異がないため、窒化処理前の粗形材において被削性に改善の余地がある。
特に、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位は、切削(特に深穴加工)を施される部位であるため、被削性が求められる。
【0007】
そこで、本開示の課題は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、被削性(特に深穴加工性)と共に、窒化処理後の疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品が得られる窒化部品粗形材、及びその窒化部品粗形材を窒化処理した、疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は、以下の手段により解決される。
<1>
直径又は幅が60~130mmの範囲の部位を有する窒化部品粗形材であって、
質量%で、
C :0.35~0.45%、
Si:0.10~0.50%、
Mn:1.5~2.5%、
P :0.05%以下、
S :0.005~0.100%、
Cr:0.15~0.60%、
Al:0.001~0.080%、
N :0.003~0.025%、
Mo:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Ti:0~0.050%、
Nb:0~0.050%、
Ca:0~0.005%、
Bi:0~0.30%、および
V :0~0.05%
を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
前記窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ14.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
前記窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである、
窒化部品粗形材。
<2>
質量%で、Mo:0超え~0.50%、Cu:0超え~0.50%、およびNi:0超え~0.50%の1種又は2種以上を含有する<1>に記載の窒化部品粗形材。
<3>
質量%で、Ti:0超え~0.050%、およびNb:0超え~0.050%の1種又は2種を含有する<1>又は<2>に記載の窒化部品粗形材。
<4>
質量%で、Ca:0超え~0.005%、Bi:0超え~0.30%、およびV:0~0.05%の1種又は2種以上を含有する<1>~<3>のいずれか1項に記載の窒化部品粗形材。
<5>
<1>~<4>のいずれか1項に記載の窒化部品粗形材を素材とした窒化部品であって、
窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さが350~550HVである、
窒化部品。
<6>
窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位に、深さLと直径Dとの比であるL/Dが8以上で、深さLが60mm以上である単数または複数の孔を有し、
当該孔の深さ方向の総長さの50%以上が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである組織を有する部位を通っている<5>に記載の窒化部品。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、被削性(特に深穴加工性)と共に、窒化処理後の疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品が得られる窒化部品粗形材、及びその窒化部品粗形材を窒化処理した、疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施例で作製した丸棒から採取した小野式回転曲げ疲労試験片を示す模式図である。
図2図2は、実施例で作製した丸棒から採取した4点曲げ試験片を示す模式図である。
図3図3は、孔の特性の評価における、丸棒の径が55mm、または65mmの場合の丸棒断面と孔と評価部の位置関係を示す模式図である。
図4図4は、孔の特性の評価における、丸棒の径が80mmの場合の丸棒断面と孔と評価部の位置関係を示す模式図である。
図5図5は、孔の特性の評価における、丸棒の径が100mmの場合の丸棒断面と孔と評価部の位置関係を示す模式図である。
図6図6は、孔の特性の評価における、丸棒の径が140mmの場合の丸棒断面と孔と評価部の位置関係を示す模式図である。
図7図7は、クランク軸(クランクシャフト)の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の一例である実施形態について詳細に説明する。
【0012】
なお、本明細書中において、化学組成の各元素の含有量の「%」表示は、「質量%」を意味する。
化学組成の各元素の含有量を「元素量」と表記することがある。例えば、Cの含有量は、C量と表記することがある。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
「~」の前後に記載される数値に「超え」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0013】
「窒化部品粗形材の表面から深さ14.5mmの位置」を窒化部品粗形材の表層部とも称する。
「窒化部品粗形材又は窒化部品の表面から深さ15mm以上の位置」を内部とも称する。
「窒化部品の表面から深さ0.5mmの位置」を窒化部品の表層部とも称する。
【0014】
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、
直径又は幅が60~130mmの範囲の部位を有する窒化部品粗形材であって、
所定の化学組成を有し、
窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ14.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトであり、
窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである。
【0015】
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、上記構成により、直径(最大径)又は幅が60~130mmの範囲の部位における、被削性(特に深穴加工性)と共に、窒化処理後の疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品が得られる窒化部品粗形材となる。そして、この本実施形態に係る窒化部品粗形材は、窒化処理することで、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、疲労強度と矯正性に優れた窒化部品が得られる。
このような本実施形態に係る窒化部品粗形材は、次の知見により見出された。
【0016】
窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位に、窒化処理後の疲労強度及び矯正性を両立させつつ、さらに高いレベルの被削性(特に深穴加工性)を具備させるためには、疲労強度及び矯正性に最も寄与する表層部近傍の組織とすればよい。また、疲労強度及び矯正性には影響しないが、深穴加工時の被削性に影響する内部の組織を異なる組織とすればよい。
例えば、特許文献2に記載の技術において、窒化部品の組織は、焼戻しマルテンサイトと及び焼戻しベイナイト(以下、「焼入れ組織」とも称する)が主体であり、表層部組織と内部組織とに差異がない。一方で、内部組織において、被削性に優れたフェライト及びパーライト(以下、「非焼入れ組織」とも称する)を利用することで、特に深穴加工時の切り屑処理性に優れた部品とすることが可能となる。
【0017】
そこで、本発明者らは、通常の窒化部品の生産工程で行われる焼入れ焼戻し工程を施した場合に、窒化部品の表層部近傍が、疲労強度及び矯正性に優れる組織となり、かつ、窒化部品の内部が被削性(特に深穴加工性)に優れる組織となる技術について検討した。その結果、発明者らは、下記(a)~(c)の知見を得た。
【0018】
(a)鋼の表層部を焼入れ組織とし、かつ内部の組織を非焼入れ組織とすれば疲労強度及び矯正性と被削性(特に深穴加工性)とがいずれも優れた窒化部品を得ることができる。
(b)鋼の表層部を焼入れ組織とし、かつ内部の組織を非焼入れ組織とするために必要な要件の一つは、深孔加工が施される部位の径及び厚さを一定の範囲内に制御することである。
(c)鋼の表層部を焼入れ組織とし、かつ内部の組織を非焼入れ組織とするために必要な要件のもう一つは、窒化部品粗形材の焼入れ性を一定の範囲内に制御することである。
【0019】
次に、発明者らは、鋼の表層部と内部で組織に差を生じさせた種々の鋼を用いて、窒化特性と深孔加工性が向上する条件について検討した。その結果、発明者らは、下記(d)~(e)の知見を得た。
(d)鋼の表層部組織を焼入れ組織主体とするだけでは、疲労強度及び矯正性が十分に向上しない場合がある。疲労強度及び矯正性を十分に高めるためには、Mn量を増やすとともにCr量を適切な範囲に抑制する必要がある。
(e)鋼の内部組織を非焼入れ組織主体とするだけでは、切屑処理性は向上するものの、粗大なセメンタイトが生成することで切削抵抗が下がらない場合がある。内部組織を非焼入れ組織主体としたうえで、切削抵抗を効果的に低減させるためには、セメンタイトの体積率を減らすべく、C量を一定量以下とする必要がある。
【0020】
以上の知見から、本実施形態に係る窒化部品粗形材は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、被削性(特に深穴加工性)と共に、窒化処理後、疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品粗形材となることが見出された。そして、この本実施形態に係る窒化部品粗形材は、窒化処理することで、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、疲労強度と矯正性に優れた窒化部品が得られることが見出された。
得られる窒化部材は、自動車、産業機械および建設機械などの機械部品として用いるのに好適となる。
【0021】
以下、本実施形態に係る窒化部品粗形材の詳細について説明する。
【0022】
[化学組成]
本実施形態に係る窒化部品粗形材の化学組成は、次の元素を含有する。なお、化学組成の説明において、窒化部品粗形材および窒化部品を「鋼材」とも称する。
【0023】
(必須元素)
C:0.35~0.45%
炭素(C)は、鋼材の硬さ、および疲労強度を高める。C量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、C量が高すぎれば、非焼入れ組織の切削抵抗が上昇し、被削性が低下する。したがって、C量は0.35~0.45%である。C量の下限は、好ましくは0.36%であり、より好ましくは0.38%である。C量の上限は、好ましくは0.43%、より好ましくは0.42%であり、さらに好ましくは0.41%であり、特に好ましくは0.40%である。
【0024】
Si:0.10~0.50%
シリコン(Si)は、フェライトに固溶して鋼材を強化する(固溶強化する)。Si量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Si量が高すぎると、焼戻し時の軟化が過度に抑制され、被削性が劣化する。したがって、Si量は0.10~0.50%である。Si量の下限は、好ましくは0.13%であり、より好ましくは0.15%、さらに好ましくは0.27%以上である。Si量の上限は、好ましくは0.45%であり、より好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0025】
Mn:1.5~2.5%
マンガン(Mn)は、組織の焼入れ性を高め、表層部の組織を焼入れ組織とする。それにより、窒化部品の窒化層(表層部)の硬度、および疲労強度を高める。Mn量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Mn量が高すぎれば、鋼の焼入れ性が過度に高まるために内部が焼入れ組織となり、被削性および矯正性が劣化する。したがって、Mn量は1.5~2.5%である。Mn量の下限は、好ましくは1.60%であり、より好ましくは1.70%であり、さらに好ましくは1.75%である。Mn量の上限は、好ましくは2.4%であり、より好ましくは2.3%であり、より好ましくは2.2%である。
【0026】
P:0.05%以下
燐(P)は、不純物である。Pは結晶粒界に偏析し、粒界脆化割れを引き起こす。したがって、P量はなるべく低い方が好ましい。したがって、P量の上限は0.05%以下である。P含有量の上限は、好ましくは0.02%以下である。
なお、Pは含有しなくてもよい元素であり、P量の下限は、0%である。ただし、脱Pコストの増加を抑制する点から、P量の下限は、例えば、0%超え(好ましくは0.003%)とすることがよい。
【0027】
S:0.005~0.100%
硫黄(S)は、鋼材中でMnと結合してMnSを形成し、鋼材の被削性を高める。S量が低すぎれば上記効果が得られない。一方、S量が高すぎれば、粗大なMnSが形成され、鋼材の疲労強度が低下する。したがって、S量は0.005~0.100%である。S量の下限は、好ましくは0.010%であり、より好ましくは0.015%であり、より好ましくは0.020%である。S量の上限は、好ましくは0.080%であり、より好ましくは0.070%であり、より好ましくは0.060%である。
【0028】
Cr:0.15~0.60%
クロム(Cr)は、窒化処理により鋼材内に導入されたNと結合して窒化層中にCrNを形成し、窒化層を強化する。Cr量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Cr量が高すぎれば、窒化層が過度に硬化し、矯正性が劣化する。また、被削性も劣化する。したがって、Cr量は0.15~0.60%である。Cr量の下限は、好ましくは0.20%であり、より好ましくは0.25%であり、より好ましくは0.30%である。Cr量の上限は、好ましくは0.55%であり、より好ましくは0.50%である。
【0029】
Al:0.001~0.080%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸元素である。一方、Al量が高すぎれば、微細な窒化物が形成され、鋼を過度に硬化し、矯正性を劣化させる。したがって、Al量は0.001~0.080%であるである。Al量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%である。Al量の上限は、好ましくは0.060%であり、より好ましくは0.050%であり、より好ましくは0.040%である。
【0030】
N:0.003~0.025%
窒素(N)は、鋼材に固溶して鋼材の強度を高める。N量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、N量が高すぎれば、鋼材中に気泡が生成される。気泡が欠陥となるため気泡の発生は抑制される方が好ましい。したがって、N量は0.003~0.025%である。N量の下限は、好ましくは0.005である。N含有量の上限は、好ましくは0.020%であり、より好ましくは0.018%である。
【0031】
残部:Feおよび不純物
不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態に係る窒化部品粗形材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。具体的には、不純物として、次の元素が許容される。
Pb:0.09%以下
W:0.1%以下
Co:0.1%以下
Ta:0.1%以下
Sb:0.005%以下
Mg:0.005%以下
REM:0.005%以下
【0032】
(任意元素)
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、Mo、Cu及びNiの1種又は2種以上を含んでもよい。Mo、Cu及びNiからなる群は、窒化部品の強度を高める作用がある。なお、Mo、Cu及びNiの含有量の下限は、0%である。
【0033】
Mo:0~0.50%
モリブデン(Mo)は、含有される場合、鋼の焼入れ性を高めることで鋼材の強度を高める。その結果、鋼材の疲労強度が高くなる。しかしながら、Mo量が過度に多くなれば、その効果が飽和する上に鋼材のコストが高くなる。したがって、Mo量は0(又は0超え)~0.50%である。Mo量の下限は、好ましくは0.03%であり、より好ましくは0.05%である。Mo量の上限は、好ましくは0.40%であり、より好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0034】
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は、含有される場合、フェライトに固溶して鋼材の強度を高める。そのため、鋼材の疲労強度が高まる。しかしながら、Cu量が過度に多くなると、熱間鍛造時に鋼の粒界に偏析して熱間割れを誘起する。したがって、Cu量は0(又は0超え)~0.50%である。Cu量の下限は、好ましくは0.05%であり、より好ましくは0.10%である。Cu量の上限は、好ましくは0.30%であり、より好ましくは0.20%である。
【0035】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は、含有される場合、フェライトに固溶して鋼材の強度を高める。そのため、鋼材の疲労強度が高まる。Niはさらに、鋼材がCuを含有する場合に、Cuに起因する熱間割れを抑制する。しかしながら、Ni量が多すぎれば、その効果が飽和し、製造コストが高くなる。したがって、Ni量は0(又は0超え)~0.50%である。Ni量の下限は、好ましくは0.05%であり、より好ましくは0.10%である。Ni量の上限は、好ましくは0.30%であり、より好ましくは0.20%である。
【0036】
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、Ti、及びNbの1種又は2種を含んでもよい。Ti、及びNbからなる群は、オーステナイト結晶粒の粗大化防止作用がある。なお、Mo、Ti、及びNbの含有量の下限は、0%である。
【0037】
Ti:0~0.050%
チタン(Ti)は、Nと結合してTiNを形成し、熱間鍛造時、焼入れ焼戻し時の結晶粒の粗大化を抑制する。しかしながら、Ti量が高すぎれば、TiCが生成して鋼材の硬さのばらつきが大きくなる。したがって、Ti量は0(又は0超え)~0.05%である。Ti量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%である。Ti量の上限は、好ましくは0.04%であり、より好ましくは0.03%である。
【0038】
Nb:0~0.050%
ニオブ(Nb)は、Nと結合してNbNを形成し、熱間鍛造時、焼入れ焼戻し時の結晶粒の粗大化を抑制する。Nbはさらに、熱間鍛造時、焼入れ焼戻し時の再結晶を遅らせ、結晶粒の粗大化を抑制する。しかしながら、Nb量が高すぎれば,NbCが生成して鋼材の硬さのばらつきが大きくなる。したがって、Nb量は0(又は0超え)~0.050%である。Nbの下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%である。Nb量の上限は、好ましくは0.040%であり、より好ましくは0.030%である。
【0039】
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、Ca、Bi及びVの1種又は2種以上を含んでもよい。なお、Ca、Bi及びVの含有量の下限は、0%である。
【0040】
Ca:0~0.005%
カルシウム(Ca)は、含有される場合、鋼材の被削性を高める。しかしながら、Ca量が高すぎれば、粗大なCa酸化物が生成し、鋼材の疲労強度が低下する。したがって、Ca量は0(又は0超え)~0.005%である。上記効果を安定して得るためのCa量の下限は、好ましくは0.0001%であり、より好ましくは0.0003%である。Ca量の上限は、好ましくは0.003%以下であり、より好ましくは0.002%である。
【0041】
Bi:0~0.30%
ビスマス(B)は、含有される場合、鋼材の被削性を高める。しかしながら、Bi量が高すぎれば、熱間加工性が劣化する。したがって、Bi量は0(又は0超え)~0.30%である。上記効果を安定して得るためのBi量の下限は、好ましくは0.05%であり、より好ましくは0.10%である。Bi量の上限は、好ましくは0.25%以下であり、より好ましくは0.20%である。
【0042】
V:0~0.05%
バナジウム(V)は、鋼が拡散変態する際にフェライトとオーステナイトの界面で析出する。さらに、鋼を焼入れ後に焼き戻す際にも析出が進行するため、非焼入れ組織が硬化し、被削性を劣化させる。したがって、V量は0(又は0超え)~0.05%以下に制限する必要がある。V量の上限は、好ましくは0.03%であり、より好ましくは0.02%である。
なお、実用的な窒化部品粗形材(及び窒化部品)に含まれることが多いVは、その含有量を低減する必要がある。ただし、製造コスト低減の加点から、V量の下限は、0%超え(又は0.001%)とすることがよい。
【0043】
[窒化部品粗形材の表層部の組織]
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、鋼素材を熱間鍛造で窒化部品形状に粗成形した後、焼入れ焼戻しした部材である。本実施形態に係る窒化部品粗形材は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、窒化処理後の疲労特性及び矯正性を向上させるために、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、窒化の影響が及ぶ表層部の組織を焼入れ焼戻し組織とする。窒化部品粗形材の表面から15mm深さまでの組織を制御すれば、切削加工後の表層部にも狙いの組織が表れる。
【0044】
具体的には、窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ14.5mmの位置における組織を、面積率で、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトとする。窒化後の窒化部品の疲労特性と矯正性が向上する。
【0045】
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、好ましくは80%であり、より好ましくは85%である。
一方、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の上限は、いくら高くてもよく、100%であってもよい。
【0046】
残留オーステナイトの面積率は、0%でもよく、5%以下であれば窒化処理後の窒化部品の疲労特性と矯正性に影響しない。
残留オーステナイトの面積率の下限は、0%超え又は1%であってもよい。
残留オーステナイトの面積率の上限は、好ましくは3%であり、より好ましくは2%である。
【0047】
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率は、0%であってもよく、30%以下であれば窒化処理後の窒化部品の疲労特性と矯正性に影響し難いため好ましい。
【0048】
[窒化部品粗形材の内部の組織]
本実施形態に係る窒化部品粗形材は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における。窒化処理後の窒化部品の被削性を向上させるために、窒化処理の影響が及ばない内部の組織の過半を非焼入れ組織とすることが必要である。
【0049】
具体的には、窒化部品粗形材の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織を、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトとする。それにより、窒化処理後の窒化部品の被削性(特に深穴加工性)が向上する。
【0050】
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、0%でもよく、50%未満であれば窒化処理後の窒化部品の被削性(特に深穴加工性)に影響し難い。
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、0%超え、5%又は10%であってもよい。
一方、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の上限は、好ましくは40%であり、より好ましくは35%であり、さらに好ましくは30%であり、特に好ましくは20%である。
【0051】
残留オーステナイトの面積率は、0%でもよく、5%以下であれば窒化処理後の窒化部品の被削性(特に深穴加工性)に影響しない。
残留オーステナイトの面積率の下限は、0%超え又は1%であってもよい。
残留オーステナイトの面積率の上限は、好ましくは3%であり、より好ましくは2%である。
【0052】
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率は、50超え~100%である。
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率の下限は、好ましくは60%であり、より好ましくは65%であり、さらに好ましくは70%であり、特に好ましくは80%である。
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率の上限は、いくら高くてもよく、100%であってもよい。
【0053】
なお、窒化処理は鋼のA1点以下の温度域で行うものであり、窒化部品粗形材の内部組織は、そのまま窒化部品の内部組織に引き継がれる。
【0054】
<窒化部品>
本実施形態に係る窒化部品は、上記本実施形態に係る窒化部品粗形材を素材とした窒化部品である。具体的には、窒化部品粗形材に所定の形状とする切削加工が施された後、窒化処理した窒化部品である。
そして、本実施形態に係る窒化部品は、下記(1)~(3)特性を満たす。
(1)窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.5mmの位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである。
(2)窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである。
(3)窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さが350HV以上550HV未満である。
【0055】
本実施形態に係る窒化部品は、上述したように、被削性(特に深穴加工性)と共に、疲労強度及び矯正性に優れた窒化部品となる。
【0056】
[窒化部品の表層部の組織]
本実施形態に係る窒化部品は、窒化部品粗形材に窒化処理が施されるため、表層に窒化層が形成されている。窒化層の厚さは、例えば、0.1~1.0mmである。
そして、本実施形態に係る窒化部品は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における疲労特性及び矯正性を向上させるために、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、窒化層の組織が焼入れ組織であることが好ましい。
具体的には、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.5mmの位置における組織を、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:70~100%、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトとする。
【0057】
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、好ましくは80%であり、より好ましくは85%である。
一方、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の上限は、いくら高くてもよく、100%であってもよい。
【0058】
残留オーステナイトの面積率は、0%でもよく、5%以下であれば窒化部品の疲労特性と矯正性に影響しない。
残留オーステナイトの面積率の下限は、0%超え又は1%であってもよい。
残留オーステナイトの面積率の上限は、好ましくは3%であり、より好ましくは2%である。
【0059】
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率は、0%であってもよく、30%以下であれば窒化部品の疲労特性と矯正性に影響し難いため好ましい。
【0060】
なお、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.5mmに位置する組織の面積率が上記規定を満たせば、それよりも表面に近い部位は、より焼きが入りやすいため、その組織はおのずと上記規定を満たす。
【0061】
[窒化部品の内部組織]
本実施形態に係る窒化部品は、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、被削性を向上させるために、窒化処理の影響が及ばない内部の組織の過半を非焼入れ組織とすることが必要である。
具体的には、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ15mm以上の位置における組織の面積率を、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトとする。それにより、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、被削性(特に深穴加工性)が向上する。
【0062】
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、0%でもよく、50%未満であれば窒化部品の被削性(特に深穴加工性)に影響し難い。
焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の下限は、0%超え、5%又は10%であってもよい。
一方、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計の面積率の上限は、好ましくは40%であり、より好ましくは35%であり、さらに好ましくは30%であり、特に好ましくは20%である。
【0063】
残留オーステナイトの面積率は、0%でもよく、5%以下であれば窒化部品の被削性(特に深穴加工性)に影響しない。
残留オーステナイトの面積率の下限は、0%超え又は1%であってもよい。
残留オーステナイトの面積率の上限は、好ましくは3%であり、より好ましくは2%である。
【0064】
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率は、50超え~100%である。
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率の下限は、好ましくは60%であり、より好ましくは65%であり、さらに好ましくは70%であり、特に好ましくは80%である。
残部の「フェライト及びパーライト」の合計の面積率の上限は、いくら高くてもよく、100%であってもよい。
【0065】
[窒化部品の表層部のビッカース硬さ]
本実施形態に係る窒化部品は、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位における、疲労特性及び矯正性を向上させるために、窒化部品の表層部のビッカース硬さが適切である必要がある。表面近傍の硬さが低いと十分に高い疲労強度が得られない。一方、表面近傍の硬さが高すぎれば、矯正性が劣化する。したがって、窒化部品の表層部のビッカース硬さを350~550HVとする。
具体的には、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位において、表面から深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さを350~550HVとする。
窒化部品の表層部のビッカース硬さの下限は、好ましくは370HVであり、より好ましくは380HVである。
窒化部品の表層部のビッカース硬さの上限は、好ましくは520HVであり、より好ましくは500HVである。
【0066】
[窒化部品の貫通穴]
本実施形態に係る窒化部材は、窒化部品の直径又は幅が60~130mmの範囲の部位に、単数または複数の孔を有していてもよい。孔は、例えば、ドリル切削によって設けられる。
孔は、例えば、深さLと直径Dの比であるL/Dが8以上(好ましくは8~50)で、深さLが60mm以上(好ましくは60~250mm)である貫通穴とする。
この形状の孔のドリル切削加工は、難切削加工であり、ドリル切削される部分の組織は被削性に劣る焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトが比較的少なく、被削性に優れたフェライト及びパーライト組織が多く存在することが有利である。
そのため、この形状の孔の深さ方向の総長さの50%以上(好ましくは60%、より好ましくは70%)が、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである組織を有する部位を通っていることがよい。
つまり、例えば、ドリルが貫通する部分の組織のうち、孔の深さ方向の総長さの50%以上の組織が、上記フェライト及びパーライトを主体とする組織であるとよい。
なお、上記フェライト及びパーライトを主体とする組織の好適な態様は、窒化部品の表面から深さ15mm以上の位置における組織の好適な態様と同様である。
【0067】
ここで、孔の組織は、孔の周囲の組織で評価する。具体的には、以下のような方法で評価する。
まず、孔の深さを深さ方向に十等分し、10個の領域を規定する。各領域において、孔を深さ方向に沿って縦断し、縦断面上において、孔の表面(壁面)から深さ200μm以内のランダムな位置にとった視野を被検視野とする。
一つ、または複数の被検視野から、各領域ごとの被検面積が0.2mm以上となるように視野を選択し、組織が観察できる適当な倍率で写真を撮影する。撮影した写真から、各領域ごとの組織の面積率を求める。その孔における、組織の面積率の規定を満たす長さ(孔の深さ方向の長さ)は、その孔の表面(壁面)の各領域の内、上述した組織の面積率の規定を満たす領域の数に、孔の長さの1/10をかけた値となる。このような評価をすべての穴に対して行い、孔の深さ方向の総長さに対する、組織の面積率の規定を満たす長さの和の割合を求める。
【0068】
なお、窒化部品が複数の貫通穴を有し、かつ、その孔、および孔を有する部位が対称的な形状を持っていたり、同一形状の繰り返しで構成される部位に同一形状の孔を有している場合など、孔の周囲の組織が同一であると合理的に推定可能な複数の孔に対しては、それらの内、一つの穴に対してのみ孔の周囲の組織を評価し、他の孔の周囲の組織の面積率は、その評価結果と同一であると見なしてもよい。
【0069】
[組織の面積率、およびビッカース硬さ]
本実施形態に係る窒化部品粗形材および窒化部品における、組織の面積率、およびビッカース硬さは、後述する実施例に記載された方法に準じて測定される。
【0070】
[製造方法]
以下、本実施形態に係る窒化部品粗形材および窒化部品の製造方法の一例を説明する。
【0071】
本実施形態に係る窒化部品の製造方法は、鋼素材準備工程と、成型工程と、焼入れ焼戻し工程と、切削加工工程と、窒化処理工程と、を含む。なお、本実施形態に係る窒化部品粗形材は、鋼素材準備工程と、成型工程と、焼入れ焼戻し工程と、を含む。
以下、それぞれの工程を説明する。
【0072】
[鋼素材準備工程]
本実施形態に係る窒化部品粗形材の鋼の化学組成を満たす溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、一般的な連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム)にする。又は、溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットにする。鋳片又はインゴットを熱間加工して、ビレットを製造する。熱間加工は、熱間圧延でもよいし、熱間鍛造でもよい。さらに、ビレットを一般的な条件で加熱、圧延、冷却して棒鋼を製造し、これを窒化部品の素材とする。
【0073】
[成型工程]
製造された上記棒鋼を熱間鍛造で、直径又は幅が60~130mmの範囲の部位を有する窒化部品粗形材に成型する。熱間鍛造の加熱温度が低すぎれば、鍛造装置に過度の負荷が掛かる。一方、加熱温度が高すぎれば、スケールロスが大きい。したがって、好ましい加熱温度は1000~1300℃である。
【0074】
熱間鍛造の好ましい仕上げ温度は900℃以上である。仕上げ温度が低すぎれば、金型への負担が大きくなるためである。一方、仕上げ温度の好ましい上限は、1250℃である。
【0075】
[焼入れ焼戻し処理]
熱間鍛造後の窒化部品粗形材に対して、焼入れ焼戻し処理を実施する。このとき、焼入れ温度は、(1)式で表されるA3点以上で、かつ、1000℃以下である。また、焼戻し温度は、570℃以上で、かつ(2)式で表されるA1点以下である。焼戻し時間は30分以上であることが好ましい。
A3=910-203C+44.7Si-30Mn-11Cr (1)
A1=723-10.7Mn+29.1Si-16.9Ni+16.9Cr (2)
なお、(1)式および(2)式中、元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0076】
焼入れ直前の組織をオーステナイト単相とするため、焼入れ温度はA3点以上とする必要がある。焼入れ温度が高すぎると、焼入れ性が高まり、内部まで焼きが入り被削性が劣化する場合がある。従って、焼入れ温度は950℃以下が好ましい。焼入れ温度は920℃以下がより好ましく、900℃以下がさらに好ましい。
焼入れによって粗形材の表層部組織はマルテンサイト及びベイナイトを主体としたものとなる。このような組織をそのまま窒化すると、合金窒化物の析出が促進され、表層部が過度に硬化して、矯正性が劣化する。焼戻し処理によって、マルテンサイト及びベイナイト中の合金窒化物の析出を抑制するためには、570℃以上の温度で焼戻しすることが好ましい。焼戻し温度は590℃以上がより好ましく、600℃以上がさらに好ましい。一方、焼戻し時の逆変態を抑制するために、焼戻し温度はA1点以下とする必要がある。
【0077】
以上の工程を経て、本実施形態に係る窒化部品粗形材が得られる。
【0078】
[切削加工工程]
得られた窒化部品粗形材に対して、切削加工を実施して所定の窒化部品形状にする。
【0079】
[窒化処理]
切削加工された窒化部品に対して、窒化処理を実施する。本実施形態では、周知の窒化処理が採用される。窒化処理は、例えば、ガス窒化、塩浴窒化、イオン窒化等である。窒化中に炉内に導入するガスは、NHのみであってもよいし、NHとN及び/又はHとを含有する混合気であってもよい。また、これらのガスに、浸炭性のガスを含有して、軟窒化処理を実施してもよい。したがって、本明細書にいう「窒化」とは「軟窒化」も含む。
【0080】
ガス軟窒化処理を実施する場合、たとえば、吸熱型変成ガス(RXガス)とアンモニアガスとを1:1に混合した雰囲気中で、均熱温度を550~630℃にして1~3時間均熱すればよい。
【0081】
以上の製造工程により製造された窒化部品は、被削性(特に深穴加工性)と共に、疲労強度及び矯正性に優れた特性を有する。
【0082】
[窒化部品の用途]
窒化部品は、クランク軸、各種機械摺動部品(カムシャフト、ベアリング等)、鋼材製品の成形用金型(プレス成形用ダイス、製管用プラグ等)等の部品に好適に適用できる。
窒化部品がクランク軸である場合、具体的には、上記表層部及び内部の組織を得る観点から、クランクジャーナル直径(最大径)60~130mm(好ましくは60~120mm、より好ましくは65~100mm)を有するクランク軸(図7参照)が好ましい。
クランクジャーナル直径が小さすぎるクランク軸であると、表層部及び内部ともに焼戻し組織主体(焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトが主体)の組織となり、表層部及び内部とで差異がない組織となる傾向がある。一方、クランクジャーナル直径が大きすぎるクランク軸であると、表層部及び内部ともフェライト及びパーライトが主体の組織となり、表層部及び内部とで差異がない組織となる傾向がある。
そのため、窒化部品は、上記クランクジャーナル直径(最大径)60~130mm(好ましくは60~120mm、より好ましくは65~100mm)を有するクランク軸であることが好ましい。
同様に、窒化部品粗形材も、クランクジャーナルに相当する部位の直径(最大径)60~130mm(好ましくは60~120mm、より好ましくは65~100mm)を有するクランク軸粗形材が好ましい。
ここで、図7中、10は、クランク軸(クランクシャフト)、12はクランクジャーナル、14はクランクピン、16はクランクアーム、18はバランスウエイトを示す。
なお、クランク軸において、「直径又は幅が60~130mmの範囲の部位」の一例として、クランクジャーナルがに該当する。
【実施例
【0083】
以下、本開示を、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本開示を制限するものではない。
【0084】
まず、真空溶解炉を用いて表1に示す化学組成を有する鋼C、E、Hの300kgのインゴット、および、A、B、D、F、G、I~Uの50kgのインゴットを製造した。
【0085】
【表1】
【0086】
表1中の「A1」、「A3」欄には、それぞれ、式(1)で定義されるA1点(℃)、式(2)で定義されるA3点(℃)が記載されている。
【0087】
各マークのインゴットを1250℃に加熱した。加熱されたインゴットを熱間鍛造して、表2に示す直径φを有する棒鋼を製造した。棒鋼を素材として、窒化部品粗形材の製造を模擬する熱処理を施した。始めに、熱間鍛造工程を再現する1200℃加熱、空冷を施した。続いて、空冷された丸棒に対して、表2中の一段目の熱処理欄に記載の条件で熱処理(焼入れ処理)を行い、150℃以下まで冷却した後に、表2中の二段目の熱処理欄に記載の条件で熱処理(焼戻し処理)を行った。
以上の工程を経て、窒化部品粗形材としての丸棒を作製した。
【0088】
<評価試験>
各試験番号の丸棒を用いて、次の試験を実施した。
【0089】
[組織の面積率およびビッカース硬さの測定]
試験番号1~30の二段階の熱処理後の丸棒の横断面(丸棒の長手方向と直交方向に切断した断面)を被検面とするサンプルを採取した。採取されたサンプルの、丸棒の表面(外周面)から深さ14.5mmの位置(表層部)における任意の7点で、JIS Z 2244(2009)に基づくビッカース硬さ(HV)を測定した。試験力は9.8Nとした。得られた7つのビッカース硬度の平均値を、表層部のビッカース硬さと定義した。
【0090】
表層部のビッカース硬さ測定後のサンプルは、3質量%の硝酸を含むナイタールで腐食し組織を現出させた。その後、硬さを測定した位置(表層部)を中心として倍率200倍の光学顕微鏡写真を7箇所撮影し、画像解析から、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、フェライトおよびパーライトの面積率を求めた。
【0091】
同じサンプルに対して、XRD(X線回折装置)を用いて残留オーステナイトの体積分率を測定した。丸棒の表面(外周面)から深さ14.5mmの位置を中心としてφ1.0mmのスポットサイズのX線を照射し、得られた残留オーステナイトの体積分率を表層部の残留オーステナイトの面積率と定義した。
【0092】
残留オーステナイトは、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト中に含まれる。よって、光学顕微鏡写真から測定された焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの面積率の合計からXRDで測定された残留オーステナイトの面積率を差し引いた値を、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの真の合計の面積率とした。
【0093】
同じ方法で、丸棒の表面(外周面)から深さ15mm以上の位置(内部)のビッカース硬さと組織の面積率も測定した。具体的には、次の通り測定した。
【0094】
丸棒の半径をR(mm)とした場合に、丸棒の表面(外周面)から、深さ15(mm)、深さ15+(R-15)/4×1(mm)、深さ15+(R-15)/4×2(mm)、15+(R-15)/4×3(mm)および深さR(mm)となる5つの位置付近において、各3点のビッカース硬さ(HV)を測定した。試験力は9.8Nとした。得られた15点のビッカース硬さの平均値を、内部の硬さと定義した。
【0095】
内部のビッカース硬さ測定後のサンプルは、3質量%の硝酸を含むナイタールで腐食し組織を現出させた。その後、硬さを測定した位置を中心として倍率200倍の光顕写真を撮影し、画像解析から各深さ位置における、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、フェライトおよびパーライトの面積率を求めた。
【0096】
さらに、ビッカース硬さを測定したサンプルに対して、XRDを用いて残留オーステナイトの体積率を測定した。硬さを測定した位置を中心としてφ1.0mmのスポットサイズのX線を照射し、得られた残留オーステナイトの体積率を内部の残留オーステナイトの面積率と定義した。
光学顕微鏡写真から測定された焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの面積率の合計からXRDで測定された残留オーステナイトの面積分率を差し引いた値を、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計の面積率とした。
そして、得られた15点の、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計の面積率、並びに、残留オーステナイトの面積率の平均値を、内部の硬さと定義した。
【0097】
[小野式回転曲げ疲労試験片及び4点曲げ試験の試験片の作製]
各試験番号の丸棒から、図1に示す小野式回転曲げ疲労試験片を複数採取した。図中の長さL1は80mmであり、直径D1はφ12mmであった。試験片中央部の切り欠き部の曲率半径R1は3mmであり、切り欠き底での試験片横断面の直径R3はφ8mmであった。このとき、小野式回転曲げ疲労試験片の中心が、丸棒の表面から10mm深さとなるようにした。すなわち、小野式回転曲げ疲労試験片の切り欠き底は、丸棒の表面から6~14mm深さに相当することになる。
【0098】
さらに、各試験番号の丸棒から、図2に示す4点曲げ試験片を採取した。4点曲げ試験片の長さL2は180mmであり、直径D2はφ12mmであった。試験片中央部の切り欠き部の曲率半径R2は3mmであり、切り欠き底での試験片横断面の直径R4はφ8mmであった。このとき、4点曲げ試験片の中心が、丸棒の表面から10mm深さとなるようにした。すなわち、4点曲げ試験片の切り欠き底は、丸棒の表面から6~14mm深さに相当することになる。
【0099】
採取された小野式回転曲げ疲労試験片及び4点曲げ試験片に対して、580℃×2.5hの軟窒化処理を実施した。処理ガスとして、アンモニアガスとRXガスを流量が1:1になるようにして炉内に導入した。そして、2.5h経過後、試験片を熱処理炉から取り出し、100℃の油で急冷した。
【0100】
以上の工程を経て、窒化部品としての小野式回転曲げ疲労試験片及び4点曲げ試験片を作製した。
【0101】
[窒化層(表層部)および内部の組織の面積率の測定]
各試験番号の窒化後の小野式回転曲げ疲労試験片の内の一部を用いて、疲労試験片の窒化層(表層部)近傍の組織の面積率を求めた。疲労試験片の切欠き底の横断面を観察できるように組織観察用のサンプルを作製し、ナイタールで腐食し組織を現出させたのち、組織観察に供した。横断面の円の表面の任意の点を0°と置いた場合の、0°位置、90°位置、180°位置、270°位置の4か所において、表面から深さ0.5mmの位置を中心とした組織の面積率を、上述と同様にして測定した。4か所の組織の面積率の平均値を窒化層の組織の面積率と定義した。
【0102】
一方、疲労試験片の内部の組織の面積率は、窒化処理の影響を受けないので、窒化部材粗形材としての丸棒の内部の組織の面積率と同じであるため、測定は省略した。
【0103】
[窒化層(表層部)のビッカース硬さ測定]
各窒化層の組織の面積率測定に用いた試験片を用いて、窒化層の表層部のビッカース硬さを求めた。具体的には、表面から深さ0.05mmの位置付近の任意の5点で、JIS Z 2244(2009)に基づくビッカース硬度(HV)を測定した。試験力は2.9Nとした。得られた5つのビッカース硬度の平均値を、窒化層(表層部)のビッカース硬さと定義した。
【0104】
[小野式回転曲げ疲労試験(疲労強度(MPa))]
上述の窒化処理がされた小野式回転曲げ疲労試験片を用いて、小野式回転曲げ疲労試験を実施した。JIS Z2274(1978)に準拠した回転曲げ疲労試験を室温(25℃)の大気雰囲気中において実施した。試験は、回転数3000rpmの両振り条件で実施した。繰り返し数1.0×10回まで破断しなかった試験片のうち、最も高い応力を、その試験番号の疲労強度(MPa)と定義した。疲労強度が550MPa以上である場合、疲労強度に優れると判断した。
【0105】
[4点曲げ試験(曲げ矯正性(矯正可能ひずみ量(με)))]
上述の窒化処理がされた4点曲げ試験片を用いて、4点曲げ試験を室温、大気中で実施した。支点間距離(試験片の最も端部に近い支点と、その支点から最も近い支点との間の、試験片の軸方向の距離)は51mmとした。押し込み速度は0.5mm/分とした。試験片の切り欠き底のひずみ量を測定するため、切り欠き底の中央に試験片の軸方向と平行にひずみゲージを貼付した。上記押し込み速度で押し込みストロークを増加し、押し込みストロークが0.01mm増えた際のひずみゲージの値の増分が2400με以上となった時に試験片にき裂が発生したとして、その直前のひずみ量を、矯正可能ひずみ量(με)と定義した。矯正可能ひずみ量が15000με以上である場合、曲げ矯正性に優れると評価した。
【0106】
[ドリル寿命評価試験]
各試験番号の焼入れ焼戻し後の丸棒を長さ100mmに切断した。切断した丸棒のうち、径が65mmよりも大きいものは、ある側面とその面の反対側の側面を幅(丸棒の径方向の長さ)10mmずつ切削除去する面出し加工を施し、丸棒の底面と垂直で互いに平行な二つの面を持ち、横断面の高さ(平行な二つの面間の長さ)が60mm、80mm、または120mmの樽形状となる試験片を作製した(図3図6参照)。
切断した丸棒のうち、径が55mm、または65mmのものは、切削除去する幅を5mmとして、横断面の高さが45mm、または55mmの試験片を作製した(図3図6参照)。
そして、面出し加工を行った試験片の面に対して、被削性を評価した。
使用したドリルは高速度鋼製φ5mmのドリルを使用し、切削時の送りは0.15mm/rev、回転数は1000rpmとした。また、切削時には、外部給油により、10L/minで水溶性エマルジョンを給油した。この条件で、横断面の高さが60mm以上の試験片には深さ50mmの穴を穿孔し、穿孔不可となるまでの穿孔数を穿孔可能数とした。横断面の高さが55mm以下の試験片には深さ40mmの穴を穿孔し、穿孔不可となるまでの穿孔数に0.8をかけた値の小数点以下を四捨五入した値を穿孔可能数とした。総穿孔数は216穴で打ち切りとした。ドリルの折損、異音、または、電流値の上昇(2穴目の平均値の2倍以上)のいずれかが発生した場合、穿孔不可と判断した。
【0107】
[孔の特性評価(ドリル貫通部組織)]
孔が通過する組織の判定については、以下のように行った。以下では、面積率で、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの合計:0~50%未満、残留オーステナイト:0~5%、残部:フェライト及びパーライトである組織を非焼入れ組織と記載する。孔の深さ方向の総長さの50%が非焼入れ組織を通過するためには、孔の総長さが40mmの場合は、その内の20mmが非焼入れ組織を通過していればよい。非焼入れ組織は、丸棒の中心から離れるほど多くなる。
したがって、丸棒の中心から10mm離れた位置が非焼入れ組織であれば、その孔の総長さの50%以上が非焼入れ組織を通っていることになる。つまり、丸棒の径が55mmのものであれば、表面から17.5mm位置、丸棒の径が65mmのものであれば、表面から22.5mm位置の組織を評価した。丸棒の径が55mm、または65mmの場合の試験片断面と孔と評価部(つまり組織判定位置)の位置関係を図3に示す。
同様に、孔の総長さが50mmの場合は、孔の内、25mmが非焼入れ組織を通ればよいことになる。したがって、丸棒の径が80mmであれば、表面から27.5mm位置、丸棒の径が100mm、または140mmの場合は、35mm位置の組織が非焼入れ組織かを評価した。丸棒の径が80mm、100mm、または140mmの場合の試験片断面と孔と評価部(つまり組織判定位置)の位置関係をそれぞれ図4~6に示す。
各試験番号に対して、上記の位置の組織を解析し、孔の深さ方向の総長さの50%以上が非焼入れ組織を通っているか否かを判定した。そして、通ってる場合、Yと評価し、通っていない場合をNと評価した。
なお、図3中、Dは、丸棒の直径(55mm、または65mm)を示す。図3図6中、Hは孔を示し、SJPは組織判定位置を示し、NQSは、組織判定位置が非焼入れ組織であった場合に、非焼入れ組織であると見なせる領域を示す。
【0108】
以下、表2~表3に試験結果を示す。表3中の「組織分率」は鋼を構成する各組織の分率を意味する。「疲労強度」は小野式回転曲げ試験で得られた疲労強度(MPa)を意味し、「ひずみ量」は矯正可能ひずみ量(με)を意味し、「ドリル穿孔数」はドリル寿命評価試験で得られ穿孔数とする。
なお、表2~表3中の略表記は、次の通りである。
・φ:丸棒の直径(mm)
・TMA+TBA+残留γ:焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトと残留オーステナイトの合計の面積率(%)
・α+PA:フェライト及びパーライトの合計の面積率(%)
・残留γ:残留オーステナイトの面積率(%)
・硬さ:ビッカース硬さ(Hv)
・窒化層 硬さ:窒化部品の窒化層(表層部)のビッカース硬さ(Hv)
【0109】
【表2】

【0110】
【表3】
【0111】
[試験結果]
表3を参照して、試験番号1~試験番号17では、化学組成と鋼の微細組織が本開示の範囲内である。これらの試験番号のものは、疲労強度が550MPa以上、矯正可能ひずみ量が16558με以上、ドリル穿孔数160穴以上で、疲労強度と矯正性と被削性を兼ね備えていることが分かる。
【0112】
これに対して、本開示の規定から外れた試験番号18~30の「比較例」の場合には、化学組成と鋼の組織が本開示の範囲外であり、目標とする性能が得られていない。具体的には、次の通りである。
試験番号18では、C量が過剰な例であり、ドリル穿孔数が少なく、被削性が劣化した。
試験番号19では、V量が過剰な例であり、曲げ矯正性が劣化した。
試験番号20では、C量が低い例であり、疲労強度が劣化した。
試験番号21では、Mnが少ない例であり、粗形材及び窒化部の表層部及び内部のいずれの組織も、非焼入れ組織(フェライト及びパーライトが主体の組織)となり、窒化層の硬さ及び疲労強度が劣化した。
試験番号22では、Mn量が過剰な例であり、矯正性が劣化すると共に、ドリル穿孔数が少なく、被削性が劣化した。
試験番号23では、Cr量が過剰な例であり、矯正性が劣化すると共に、ドリル穿孔数が少なく、被削性が劣化した。
試験番号24では、Mnが少ない例であり、粗形材及び窒化部の表層部及び内部のいずれの組織も、非焼入れ組織(フェライト及びパーライトが主体の組織)となり、窒化層の硬さ及び疲労強度が劣化した。
【0113】
試験番号25、27及び29では、試験片(丸棒)の直径が小さく、粗形材及び窒化部の表層部及び内部のいずれの組織も、焼入れ組織(焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトが主体の組織)となり、ドリル穿孔数が少なく、被削性が劣化した。
試験番号26、28及び30では、試験片(丸棒)の直径が大きく、粗形材及び窒化部の表層部及び内部のいずれの組織も、非焼入れ組織(フェライト及びパーライトが主体の組織)となり、疲労強度が劣化した。
【0114】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【0115】
なお、日本国特許出願第2018-202914号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7