(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230508BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230508BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230508BHJP
C22C 18/00 20060101ALN20230508BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/00 302A
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 J
C21D9/46 P
C22C18/00
(21)【出願番号】P 2022508625
(86)(22)【出願日】2020-03-16
(86)【国際出願番号】 JP2020011540
(87)【国際公開番号】W WO2021186510
(87)【国際公開日】2021-09-23
【審査請求日】2022-08-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】中野 克哉
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕也
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-111675(JP,A)
【文献】特開平10-130782(JP,A)
【文献】特開2005-273002(JP,A)
【文献】国際公開第2016/113781(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/151322(WO,A1)
【文献】特開2009-233708(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
C22C 18/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚中心部と、前記板厚中心部の片面側又は両面側に形成される表層軟質部と、を含む鋼板であって、
前記板厚中心部の金属組織は、体積率で60%以上の焼戻しマルテンサイトと、それぞれ30%未満のフェライト、ベイナイト、パーライトおよび残留オーステナイトと、5%未満の焼入れままマルテンサイトと、からなり、
前記表層軟質部の厚さは、片面あたり、10μm超、前記板厚中心部の厚さの15%以下であり、
前記表層軟質部の平均硬さは前記板厚中心部の平均硬さに対して0.90倍以下であり、
前記表層軟質部は炭化物を個数密度1×10
4/mm
2以上で含み、前記炭化物の平均粒子径は0.250μm以下、粒子径の対数の標準偏差は0.05以下であり、
引張強度が1180MPa以上であり、
前記板厚中心部の成分組成が、質量%で、
C :0.10%以上、0.30%以下、
Si:0.10%以上、2.50%以下、
Mn:0.10%以上、10.00%以下、
P :0.10%以下、
S :0.050%以下、
Al:0%以上、2.500%以下、
N :0.0100%以下、
O :0.0060%以下、
Cr:0%以上、5.000%以下、
Mo:0%以上、1.000%以下、
B :0%以上、0.0100%以下、
Ti:0%以上、0.300%以下、
Nb:0%以上、0.300%以下、
V :0%以上、0.50%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
Ni:0%以上、1.0%以下、
Mg:0%以上、0.04%以下、
Ca:0%以上、0.04%以下、及び
REM:0%以上、0.04%以下
を含有し、残部がFe及び不純物である
ことを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記板厚中心部の成分組成が、質量%で、
Cr:0.010%以上、5.000%以下、
Mo:0.010%以上、1.000%以下、
B :0.0001%以上、0.0100%以下、
Ti:0.010%以上、0.300%以下、
Nb:0.010%以上、0.300%以下、
V :0.01%以上、0.50%以下、
Cu:0.01%以上、1.00%以下、
Ni:0.1%以上、1.0%以下、
Mg:0.01%以上、0.04%以下、
Ca:0.01%以上、0.04%以下、及び
REM:0.01%以上、0.04%以下
から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記表層軟質部のC含有量が前記板厚中心部のC含有量の0.9倍以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記表層軟質部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層を更に有することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全につながる自動車の燃費向上等の観点から、自動車用鋼板を高強度化して薄くし、車体を軽量化することが求められている。また、自動車用鋼板は、複雑な形状に加工されるため、加工性も求められている。しかし、一般的に、鋼板は強度が向上すると延性や伸びフランジ性が低下して加工性が劣化する。そのため、鋼板の強度と加工性とを両立することは難しい。また、高強度の鋼板の加工は曲げ成形が主体となり、曲げ加工性および延性が重要となる。
【0003】
これまでに、鋼板の曲げ加工性を改善しようとする試みがなされてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼板とめっき層との界面から鋼板側に向って順に、Siおよび/またはMnの酸化物を含む内部酸化層と、前記内部酸化層を含む軟質層と、マルテンサイトとベイナイトを主体とする組織で構成される硬質層とを有し、前記軟質層の平均深さTが20μm以上、および前記内部酸化層の平均深さtが4μm以上、前記T未満を満足することを特徴とする高強度めっき鋼板およびその製造方法が記載されている。
【0005】
特許文献2には、鋼板表面から100μmの位置のビッカース硬度から、鋼板表面から深さ20μm位置のビッカース硬度を差し引いた値(△Hv)が30以上であることを特徴とする高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が記載されている。
【0006】
特許文献3には、表層から板厚方向へ5μm位置の硬度が板厚方向の1/2位置の硬度の80%以下であり、表層から板厚方向へ15μm位置の硬度が板厚方向の1/2位置の硬度の90%以上であることを特徴とする高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が記載されている。
【0007】
また、鋼板を高強度化すると水素脆化が起こりやすくなる。水素脆化とは、環境から鋼板内部に水素が侵入し、鋼板の高い応力が付与された箇所において、引張応力以下の負荷応力で破壊する現象である。
【0008】
これまでに、耐水素脆性を改善しようとする試みがなされてきた。
【0009】
特許文献4には、表層は脱炭処理によってフェライト分率が増加した軟質層とされ、鋼板内部はフェライトを主体として微細なブロックを有する少量のマルテンサイトが分散した組織とされることで、高強度と耐水素脆性とを両立した鋼板が記載されている。
【0010】
特許文献5には、鋼板組織をマルテンサイト主体組織とし、Nb、Ti、Cr、VおよびMoなどの炭化物を析出させて当該炭化物を水素のトラップサイトとすることで、耐水素脆性を改善した高強度亜鉛めっき鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2015-34334号公報
【文献】特開2015-117403号公報
【文献】国際公開第2016/013145号
【文献】国際公開第2011/065591号
【文献】特開2004-323951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1~5には、曲げ加工性および耐水素脆性の両立を目的とした鋼板に関する記載がない。そこで、本発明は、曲げ加工性および耐水素脆性を共に有する鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋼板の曲げ加工性および耐水素脆性について検討を行った。まず、本発明者らは従来の知見を参考とし、表層に軟質部を有する鋼板を製造して曲げ加工性を調査した。表層軟質部を有する鋼板は、表層軟質部を有さない鋼板に比べて、いずれも曲げ加工性の改善がみられた。このとき、表層軟質部の平均硬さをより低くすることと表層軟質部の厚さをより厚くすることとは、おおよそ鋼板の曲げ加工性が改善する方向に寄与することがわかった。さらに、本発明者らは多種多様な方法で表層の軟質化を行い、より詳細な調査を続けた。その結果、本発明者らは、表層軟質部の平均硬さや厚さの調整に他の手段を追加することにより、鋼板の曲げ加工性を改善できる余地があることを見出した。
【0014】
そこで、本発明者らはさらに詳細な検討を行った。その結果、所定の鋼板を母材の両面に接合し、特定の条件で熱間圧延または焼鈍することで得られる後述する特徴を持つ複層鋼板は、最も曲げ加工性が改善されるということを見出した。ただし、後述するように本発明の鋼板はこのような複層鋼板に限定されない。例えば、単層鋼板を脱炭処理してその表層部分を軟化することにより、後述する特徴を有する表層軟質部と板厚中心部とを含む本発明の鋼板を製造することも可能である。
【0015】
次に、耐水素脆性に関して調査した。水素脆化は、鋼板の表面から内部に水素が侵入し、高い応力が付与された領域に水素が集まることで発生する。そのため、内部に水素が侵入しにくい鋼板とすることを検討した。その結果、鋼板の表層部分に炭化物を分散させ、それらの炭化物に水素をトラップすることで、高強度の板厚中心部に侵入する水素を低減し、耐水素脆性を向上できることを明らかにした。しかしながら、鋼板表面に炭化物を分散させることは、鋼板の曲げ加工性の低下を招く場合がある。そこで、良好な耐水素脆性と高い曲げ加工性とを両立させるために、本発明者らはさらに調査を続けた。その結果、表層軟質部に含まれる炭化物の粒子径分布と個数密度とが所定の範囲となるように制御されることにより、良好な耐水素脆性と高い曲げ加工性とが両立した鋼板となり得ることを見出した。
【0016】
このようにして得られた本発明の要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)板厚中心部と、前記板厚中心部の片面側又は両面側に形成される表層軟質部と、を含む鋼板であって、前記板厚中心部の金属組織は、体積率で60%以上の焼戻しマルテンサイトと、それぞれ30%未満のフェライト、ベイナイト、パーライトおよび残留オーステナイトと、5%未満の焼入れままマルテンサイトと、からなり、前記表層軟質部の厚さは、片面あたり、10μm超、前記板厚中心部の厚さの15%以下であり、前記表層軟質部の平均硬さは前記板厚中心部の平均硬さに対して0.90倍以下であり、前記表層軟質部は炭化物を個数密度1×104/mm2以上で含み、前記炭化物の平均粒子径は0.250μm以下、粒子径の対数の標準偏差は0.05以下であり、引張強度が1180MPa以上であり、前記板厚中心部の成分組成が、質量%で、C:0.10%以上、0.30%以下、Si:0.10%以上、2.50%以下、Mn:0.10%以上、10.00%以下、P:0.10%以下、S:0.050%以下、Al:0%以上、2.500%以下、N:0.0100%以下、O:0.0060%以下、Cr:0%以上、5.000%以下、Mo:0%以上、1.000%以下、B:0%以上、0.0100%以下、Ti:0%以上、0.300%以下、Nb:0%以上、0.300%以下、V:0%以上、0.50%以下、Cu:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.0%以下、Mg:0%以上、0.04%以下、Ca:0%以上、0.04%以下、及びREM:0%以上、0.04%以下を含有し、残部がFe及び不純物である鋼板。
【0018】
(2)前記板厚中心部の成分組成が、質量%で、Cr:0.010%以上、5.000%以下、Mo:0.010%以上、1.000%以下、B:0.0001%以上、0.0100%以下、Ti:0.010%以上、0.300%以下、Nb:0.010%以上、0.300%以下、V:0.01%以上、0.50%以下、Cu:0.01%以上、1.00%以下、Ni:0.1%以上、1.0%以下、Mg:0.01%以上、0.04%以下、Ca:0.01%以上、0.04%以下、及びREM:0.01%以上、0.04%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする前記(1)の鋼板。
【0019】
(3)前記表層軟質部のC含有量が前記板厚中心部のC含有量の0.9倍以下であることを特徴とする、前記(1)又は(2)の鋼板。
【0020】
(4)前記表層軟質部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層を更に有することを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかの鋼板。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、優れた曲げ加工性および耐水素脆性を共に有する鋼板を提供し得る。このような本発明の鋼板は自動車部品用素材等に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施形態に係る鋼板のそれぞれの板厚方向位置における平均ビッカース硬さを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0024】
本発明の鋼板は、板厚中心部と、当該板厚中心部の片面側又は両面側に形成される表層軟質部と、を有する。
【0025】
板厚中心部の金属組織は、体積率で、60%以上の焼戻しマルテンサイトと、それぞれ30%未満のフェライト、ベイナイト、パーライトおよび残留オーステナイトと、5%未満の焼入れままマルテンサイトと、からなる。なお、表層軟質部の金属組織については、表層軟質部が後述する特徴を満たす限りにおいて、特に限定されない。
【0026】
板厚中心部において、焼戻しマルテンサイトの体積率を60%以上とすることにより、鋼板の引張強度を1180MPa以上とし得る。また、板厚中心部において、フェライト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイトの体積率をそれぞれ30%未満とすることにより、鋼板が過度に軟質になることを抑制し、鋼板の引張強度を1180MPa以上とし得る。また、板厚中心部において、焼入れままマルテンサイトの体積率を5%未満とすることにより、十分な曲げ加工性を有する鋼板とし得る。
【0027】
本発明において、金属組織の体積率は以下のように求められる。
【0028】
板厚中心部の金属組織の体積率は、以下のように求められる。
【0029】
「フェライト」
まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取し、当該断面を観察面とする。この観察面のうち、鋼板表面から板厚の1/4の位置を中心する100μm×100μmの領域を観察領域とする。この観察領域を走査型電子顕微鏡によって1000~50000倍にして観察することで見られる電子チャンネリングコントラスト像は、結晶粒の結晶方位差をコントラストの差として表示する像である。この電子チャンネリングコントラスト像において均一なコントラストの部分がフェライトである。そして、このようにして同定されるフェライトの面積率をポイントカウンティング法(ASTM E562準拠)によって算出し、そのフェライトの面積率をフェライトの体積率と見なす。
【0030】
「パーライト」
まず、上記観察面をナイタール試薬で腐食する。腐食された観察面のうち、鋼板表面から板厚の1/4の位置を中心とする100μm×100μmの領域を観察領域とする。この観察領域を光学顕微鏡で1000~50000倍にして観察し、観察像において暗いコントラストの領域をパーライトとする。そして、このようにして同定されるパーライトの面積率をポイントカウンティング法によって算出し、そのパーライトの面積率をパーライトの体積率と見なす。
【0031】
「ベイナイト及び焼戻しマルテンサイト」
上記のようにナイタール試薬で腐食された観察領域を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)によって1000~50000倍にして観察する。この観察領域において、組織内部に含まれるセメンタイトの位置およびセメンタイトの配列から、以下のようにベイナイト及び焼戻しマルテンサイトを同定する。
【0032】
ベイナイトの存在状態としては、ラス状のベイニティックフェライトの界面にセメンタイト又は残留オーステナイトが存在している場合や、ラス状のベイニティックフェライトの内部にセメンタイトが存在している場合ある。ラス状のベイニティックフェライトの界面にセメンタイト又は残留オーステナイトが存在している場合は、ベイニティックフェライトの界面がわかるため、ベイナイトを同定することができる。また、ラス状のベイニティックフェライトの内部にセメンタイトが存在している場合、ベイニティックフェライトとセメンタイトの結晶方位関係が1種類であり、セメンタイトが同一のバリアントを持つことから、ベイナイトを同定することができる。このようにして同定されるベイナイトの面積率をポイントカウンティング法によって算出し、そのベイナイトの面積率をベイナイトの体積率と見なす。
【0033】
焼戻しマルテンサイトでは、マルテンサイトラスの内部にセメンタイトが存在するが、マルテンサイトラスとセメンタイトの結晶方位が2種類以上あり、セメンタイトが複数のバリアントを持つことから、焼戻しマルテンサイトを同定することができる。このようにして同定される焼戻しマルテンサイトの面積率をポイントカウンティング法によって算出し、その焼戻しマルテンサイトの面積率を焼戻しマルテンサイトの体積率と見なす。
【0034】
「焼入れままマルテンサイト」
まず、上記フェライトの同定に用いた観察面と同様の観察面をレペラ液でエッチングし、上記フェライトの同定と同様の領域を観察領域とする。レペラ液による腐食では、マルテンサイトおよび残留オーステナイトは腐食されない。そのため、レペラ液によって腐食された観察領域をFE-SEMで観察し、腐食されていない領域をマルテンサイトおよび残留オーステナイトとする。そして、このようにして同定されるマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積率をポイントカウンティング法によって算出し、その面積率をマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計体積率と見なす。次に、以下のようにして算出される残留オーステナイトの体積率を上記合計体積率から差し引くことにより、焼入れままマルテンサイトの体積率を算出することができる。
【0035】
「残留オーステナイト」
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法で求めることができる。まず、上記のように採取した試料のうち鋼板の表面から板厚の1/4の位置までを機械研磨及び化学研磨により除去し、鋼板の表面から板厚の1/4の位置の面を露出させる。そして、このようにして露出した面にMoKα線を照射し、bcc相の(200)面、(211)面、及び、fcc相の(200)面、(220)面、(311)面の回折ピークの積分強度比を求める。この回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの体積率を算出できる。この算出方法としては、一般的な5ピーク法を用いることができる。
【0036】
また、本発明の鋼板の表層軟質部の厚さは、片面あたり、10μm超、板厚中心部の厚さの15%以下である。片面あたりの表層軟質部の厚さが10μm超であることにより、鋼板の曲げ加工性を高めやすくなる。一方、片面あたりの表層軟質部の厚さが板厚中心部の厚さの15%以下であることにより、鋼板の引張強度を高めやすくなる。
【0037】
また、本発明の表層軟質部の平均硬さは、板厚中心部の平均硬さに対して、0.90倍以下である。表層軟質部の平均硬さを板厚中心部の平均硬さの0.90倍以下とすることにより、鋼板の曲げ加工性を高めやすくなる。表層軟質部の平均硬さは、板厚中心部の平均硬さに対して、好ましくは0.80倍以下、さらに好ましくは0.60倍以下である。
【0038】
板厚中心部の平均硬さに対する表層軟質部の平均硬さの比の下限は特に限定されないが、表層軟質部の平均硬さが板厚中心部の平均硬さに対して0.50倍超であることが好ましい。表層軟質部の平均硬さが板厚中心部の平均硬さに対して0.50倍超とされることにより、鋼板の引張強度が不足することを抑制し得る。なお、鋼板の引張強度は、板厚中心部および表層軟質部のそれぞれの材質等によって決まるため、板厚中心部と表層軟質部の平均硬さの比のみで決まるものではない。
【0039】
なお、本発明において、板厚中心部の平均硬さは板厚中心部の平均ビッカース硬さを意味し、表層軟質部の平均硬さは表層軟質部の平均ビッカース硬さを意味する。そして、板厚中心部の平均ビッカース硬さおよび表層軟質部の平均ビッカース硬さは、以下のようにして押し込み荷重100g重(0.98N)でJIS Z 2244(2009)に準拠した方法によりビッカース硬度計を用いて測定して決定される。まず、鋼板の表面から1/2厚の位置を起点として表面に向かって板厚の2%の間隔で、板厚方向に垂直且つ圧延方向に平行な線上において、5点ずつビッカース硬さを測定する。そして、このように測定されるそれぞれの板厚方向位置の5点のビッカース硬さの平均値を求め、その平均値をそれぞれの板厚方向位置での平均ビッカース硬さとする。そして、鋼板の表面から1/2厚の位置における平均ビッカース硬さを板厚中心部の平均ビッカース硬さとする。次に、鋼板の表面から1/2厚の位置における平均ビッカース硬さに対して平均ビッカース硬さが0.9倍以下となる板厚方向位置よりも表面側を、表層軟質部と定義する。このようにして定義される表層軟質部において、ランダムに10点のビッカース硬さを測定し、それらの10点のビッカース硬さの平均値を表層軟質部の平均ビッカース硬さとする。
【0040】
図1は、本発明の鋼板のそれぞれの板厚方向位置における平均ビッカース硬さ示す図である。
図1には、板厚1mmの鋼板の表面から1/2厚の位置までの硬さ分布が示されている。
図1の横軸は板厚方向の位置(μm)であり、鋼板の表面は0μm、鋼板の表面から1/2厚の位置は500μmである。
図1の縦軸はそれぞれの板厚方向位置での平均ビッカース硬さを示す。
図1に示す例において、鋼板の表面から1/2厚の位置での平均ビッカース硬さは480Hvである。よって、この例では、480Hv×0.9=432Hv以下となる位置よりも表面側が表層軟質部である。
【0041】
また、本発明の鋼板の表層軟質部は炭化物を含む。
【0042】
上記炭化物として、鉄基炭化物および合金炭化物が挙げられる。鉄基炭化物とは、主にFe及びCからなる炭化物の総称である。例えば、結晶構造の異なるε炭化物、χ炭化物、セメンタイト(θ炭化物)が鉄基炭化物に属する。合金炭化物とは、Fe以外の金属元素及びCからなる炭化物の総称である。例えば、TiC、NbC、VC等が合金炭化物に属する。
【0043】
鋼板の曲げ加工性の劣化を抑制しつつ耐水素脆性を高めるためには、表層軟質部において、鋼板の割れに寄与し難い炭化物の個数密度を高める必要がある。そこで、本発明の鋼板の表層軟質部は、平均粒子径が0.250μm以下、粒子径の対数の標準偏差が0.05以下の上記炭化物を個数密度1×104/mm2以上で含む。表層軟質部に含まれる炭化物がこのように制御されるとによって、炭化物が鋼板の割れに寄与し難くなるとともに、鋼板表面から侵入する水素を炭化物でトラップしやすくなる。表層軟質部の炭化物で水素がトラップされることにより、板厚中心部への水素の侵入が抑制され、鋼板の耐水素脆性が向上し得る。
【0044】
炭化物の平均粒子径が大きい程、炭化物と素地組織との界面が鋼板の曲げ変形時に割れ発生の起点となりやすい。炭化物の平均粒子径を0.250μm以下とすることにより、炭化物と素地組織との界面が鋼板の曲げ変形時における割れ発生の起点となることが抑制され、鋼板の曲げ加工性の劣化が抑制され得る。炭化物の平均粒子径の下限は、特に限定されないが、例えば0.05μm以上である。
【0045】
炭化物の粒子径の対数の標準偏差を0.05以下とすることにより、粗大な炭化物が含まれる可能性が低くなる。このため、炭化物と素地組織との界面が鋼板の曲げ変形時における割れ発生の起点となることが抑制され、鋼板の曲げ加工性の劣化が抑制され得る。炭化物の粒子径の対数の標準偏差の下限は、特に限定されない。ただし、炭化物の粒子径の対数の標準偏差を0.01未満とすることは困難であるため、炭化物の粒子径の対数の標準偏差は0.01以上とされてもよい。
【0046】
炭化物の個数密度を1×104/mm2以上とすることにより、表層軟質部において水素が炭化物にトラップされ易くなり、鋼板の耐水素脆性を高め易くなる。炭化物の個数密度の上限は、鋼板の曲げ加工性の劣化を抑制する観点から、1×105/mm2以下であることが好ましい。
【0047】
本発明において、表層軟質部の炭化物の個数密度、平均粒子径および粒子径の対数の標準偏差は以下のように求められる。まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を有する試料を採取する。当該断面を観察面とし、エメリー紙による湿式研磨及び1μmの平均粒子サイズをもつダイヤモンド砥粒による研磨を行って観察面を鏡面に仕上げる。その後、3%硝酸アルコール溶液にて観察面の組織をエッチングする。
【0048】
次いで、観察面のうち上記のようにして表層軟質部と判断される領域において、合計で2.0×10-9m2以上の領域を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)にて10000倍の倍率で観察する。
【0049】
そして、Media Cybernet社製の画像解析ソフト(Image Pro Plus)を用いて、円相当直径が10nm以上10μm以下の炭化物について、炭化物の個数およびそれぞれの炭化物の円相当直径を求める。このようにして求められる炭化物の個数を観察領域の面積[mm2]で割った値を炭化物の個数密度とする。また、上記のようにして求められるそれぞれの炭化物の円相当直径の平均を炭化物の平均粒子径とする。さらに、それぞれの炭化物の円相当直径の対数を横軸、頻度を縦軸としたグラフにおける標準偏差を炭化物の粒子径の対数の標準偏差とする。本発明において、測定対象とされる炭化物は、粒子径が0.003μm以上の炭化物とする。
【0050】
従来技術のように鋼板全体にVCなどの合金炭化物を分散させる場合、鋼板全体の合金元素の添加量が増加することでコストアップにつながる。しかし、本発明では、鋼板全体ではなく表層軟質部に含まれる炭化物のみを上記のように制御すれば良いので、大きなコストアップなく、鋼板の耐水素脆性を向上し得る。
【0051】
本発明の鋼板は、以上の構成を有することにより、1180MPa以上の引張強度に加えて優れた曲げ加工性および耐水素脆性を備える。
【0052】
本発明の鋼板の引張強度は、引張試験により求められる。具体的には、JIS Z 2241(2011)に準拠し、鋼板の圧延方向に直角に採取したJIS5号試験片を用いて引張試験を行い、測定される引張最大強度(TS)を鋼板の引張強度とする。
【0053】
本発明の鋼板の曲げ加工性は、下記金属材料曲げ試験方法で得られる限界曲げ半径Rを板厚tで割った限界曲げ変形比R/tにより評価することができる。限界曲げ半径比R/tは、以下のように求められる。
【0054】
JIS Z 2248(2014)に準じてVブロック法による金属材料曲げ試験を行う。まず、この試験に用いる試験片として、圧延方向に対して垂直な方向が長手方向(曲げ稜線が圧延方向と一致)となる1号試験片を作製する。この試験において、表層軟質部を片面のみに持つ試験片に対しては、表層軟質部が曲げ外側になるように曲げる。VブロックのV字溝の頂角は60°とする。押金具の先端半径を0.5mm単位で変えて、繰り返し試験を行う。そして、亀裂が発生することなく試験片を曲げることができる押金具の先端半径を限界曲げ半径Rとし、この限界曲げ半径Rを試験片の板厚tで割った値R/tを、限界曲げ半径比とする。限界曲げ半径比R/tが1.0以下の鋼板を曲げ加工性に優れた鋼板と判断する。
【0055】
本発明の鋼板の耐水素脆性は、以下のように評価する。100mm×30mmの短冊試験片に曲げ加工によって応力を付与した状態で、当該短冊試験片をチオシアン酸アンモニウム溶液に浸漬し、割れ発生の有無によって耐水素脆性を評価する。具体的には、以下のように割れ発生の有無を確認する。
【0056】
短冊試験片の長手方向が鋼板の圧延方向に垂直となるように短冊試験片を切り出し、端面を機械加工する。短冊試験片には、後に曲げ加工で応力を付与するため、機械加工で丸穴をあける。曲げ稜線が圧延方向に平行となるように短冊試験片を3点曲げし、曲げ頂点にひずみゲージを張る。曲げ頂点部の応力が、予め引張試験により求めた降伏強度もしくは0.2%耐力となるように丸穴にボルト締めし、固定する。次いで応力を付与した試験片を10%のチオシアン酸アンモニウム溶液に浸漬し、浸漬開始からの時間と割れ発生を調査する。浸漬時間は最大で48時間とし、48時間後に溶液から取り出して割れが発生していない鋼板を耐水素脆性に優れた鋼板と判断する。
【0057】
続いて、本発明の上記効果を得るために望ましい板厚中心部の化学組成について述べる。なお、元素の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。本発明において板厚中心部の化学組成とは、鋼板の表面から板厚の1/4の位置で測定される化学組成をいうものとする。
【0058】
以下に示す板厚中心部の化学組成は好ましい例である。本発明の鋼板の特徴は、金属組織、硬さ、炭化物の大きさや個数等が上述の条件を満たすことであり、上述の条件を満たしていれば、板厚中心部の化学組成は必ずしも以下の要件をすべて満足する必要はない。
【0059】
「C:0.10%以上、0.30%以下」
Cは、鋼板の強度を高める元素である。Cによって鋼板の強度を十分に高めためには、Cの含有量を0.10%以上とすることが好ましい。また、良好な靭性および曲げ加工性を得るためには、Cの含有量を0.30%以下とすることが好ましい。
【0060】
「Si:0.10%以上、2.50%以下」
Siは、鋼板の強度を高める元素である。さらに、Siは、炭化物の粗大化を抑制する作用があるため、粒子径の制御に対しても重要な元素である。これらの効果を得るためには、Siの含有量を0.10%以上とすることが好ましい。ただし、Siの含有量が多すぎると、板厚中心部の脆化による曲げ加工性の劣化が懸念されるので、Siの含有量は2.50%以下であることが好ましい。
【0061】
「Mn:0.10%以上、10.00%以下」
Mnは、高強度鋼板の焼入れ性を上げることで強度を高める元素である。この効果を得るためには、Mnの含有量を0.10%以上とすることが好ましい。ただし、Mnの含有量が多すぎると積層体や熱延鋼板の強度が過度に上昇することによる鋼板の製造性の劣化が懸念される。このため、Mnの含有量は、10.00%以下であることが好ましく、5.00%以下であることがより好ましく、3.00%以下であることがさらに好ましい。
【0062】
「P:0.10%以下」
Pは、不純物として鋼板に含有され、鋼板の板厚中心部に偏析する傾向があり、溶接部を脆化させる。溶接部の脆化を抑制するためには、Pの含有量は0.10%以下であることが好ましい。Pの含有量は少ないほど好ましいが、Pの含有量を0.00010%未満とすることは経済的に不利であるので、Pの含有量は0.00010%以上であってもよい。
【0063】
「S:0.050%以下」
Sは、不純物として鋼板に含有され、溶接性ならびに鋳造時および熱延時の製造性に悪影響を及ぼす。このため、Sの含有量を0.050%以下とすることが好ましい。Sの含有量は少ないほど好ましいが、Sの含有量を0.00010%未満とすることは経済的に不利であるので、Sの含有量は0.00010%以上であってもよい。
【0064】
「Al:0%以上、2.500%以下」
Alは、脱酸剤として作用するため、必要に応じて脱酸工程で添加されることが好ましい。Alが最終製造物の鋼板に含有される必要はないが、脱酸剤としての効果を得るためにAlを添加すると、最終製造物の鋼板にAlが0.001%以上含有されことがある。Alの含有量が多すぎると連続鋳造時に積層体が割れる危険性が高まるので、最終製造物の鋼板に含有されるAlの量を2.500%以下とすることが好ましい。
【0065】
「N:0.0100%以下」
Nは、不純物として鋼板に含有される。Nは、粗大な窒化物を形成し、鋼板の曲げ加工性を劣化させる場合がある。このため、Nの含有量を0.0100%以下とすることが好ましい。加えて、Nは、溶接時のブローホール発生の原因になるので、Nの含有量は少ない方がよい。ただし、Nの含有量を0.0005%未満とすることは製造コストの大幅な増加を招くため、Nの含有量は0.0005%以上であってもよい。
【0066】
「O:0.0060%以下」
Oは、不純物として鋼板に含有される。Oは、酸化物を形成し、鋼板の成形性を阻害する元素である。このため、Oの含有量を0.0060%以下とすることが好ましい。Oの含有量は少ないほど好ましいが、Oの含有量を0.0005%未満とすることは過度なコスト高を招くため、Oの含有量は0.0005%以上であってもよい。
【0067】
以上が主要な元素であるが、本発明に鋼板は、必要に応じて以下の元素を更に含有してもよい。
【0068】
「Cr:0%以上、5.000%以下、Mo:0%以上、1.000%以下、B:0%以上、0.0100%以下」
Cr、MoおよびBは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Cr、MoおよびBの少なくともいずれか一種を含有することによるこの効果は、Cr、MoおよびBのそれぞれの含有量が微量であっても得ることができる。Cr、MoおよびBの含有量は、それぞれ0%でも良いが、上記効果を顕著に得るためには、Crの含有量は0.010%以上、Moの含有量は0.010%以上、Bの含有量は0.0001%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量が多すぎると、酸洗性や溶接性、熱間加工性の劣化が懸念される。このため、Crの含有量は5.000%以下、Moの含有量は1.000%以下、Bの含有量は0.0100%以下であることが好ましい。
【0069】
「Ti:0%以上、0.300%以下、Nb:0%以上、0.300%以下、V:0%以上、0.50%以下」
Ti、NbおよびVは、析出物強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化にて、鋼板の強度上昇に寄与する。Ti、NbおよびVの少なくともいずれか一種を含有することによるこの効果は、Ti、NbおよびVのそれぞれの含有量が微量であっても得ることができる。Ti、NbおよびVの含有量は、それぞれ0%でも良いが、上記効果を顕著に得るためには、Ti、Nbの含有量を0.010%以上、Vの含有量を0.01%以上とすることが好ましい。これらの元素の含有量が多すぎると、炭化物の析出が多くなって鋼板の曲げ加工性が劣化することが懸念される。このため、Tiの含有量は0.300%以下、Nbの含有量は0.300%以下、Vの含有量は0.50%以下であることが好ましい。
【0070】
「Cu:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.0%以下」
CuおよびNiは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。この効果は微量の添加であっても得ることができる。CuおよびNiの含有量は0%でも良いが、上記効果を顕著に得るためには、Cuの含有量は0.01%以上、Niの含有量は0.1%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量が多すぎると、酸洗性や溶接性、熱間加工性などの劣化が懸念される。このため、Cuの含有量は1.00%以下、Niの含有量は1.0%以下であることが好ましい。
【0071】
「Mg:0%以上、0.04%以下、Ca:0%以上、0.04%以下」
MgおよびCaは硫化物や酸化物の形態を制御し、鋼板の曲げ加工性の向上に寄与する。この効果は微量の添加であっても得ることができる。MgおよびCaの含有量は0%でも良いが、上記効果を顕著に得るためには、MgおよびCaの少なくとも一方の含有量が0.01%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量が多すぎると、鋳造性の劣化が懸念される。このため、MgおよびCaの含有量は、それぞれ0.04%以下であることが好ましい。
【0072】
「REM:0%以上、0.04%以下」
REM(希土類金属:Rare-Earth Metal)は、CaやMgと同様に微量添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、必要に応じて添加される。本発明の鋼板が含むREMとしては、W,Ta,Sn,Sb,As,Zr,Y,La,Ceが例示される。REMの含有量は0%でも良いが、REMによって硫化物の形態を制御する効果を得るためには、REMの含有量は0.01%以上であることが好ましい。一方、REMの含有量が過剰であると、粗大な介在物の形成によって鋼板の加工性が低下する場合がある。このため、REMの含有量は0.04%以下であることが好ましい。REMは、ミッシュメタルとして添加される場合が多いが、LaやCeの他にランタノイド系列の元素を複合して添加される場合もある。
【0073】
なお、板厚中心部の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから不可避的に混入する元素又は製鋼過程で不可避的に混入する元素であって、本発明の高強度鋼板が上記本発明の効果を奏し得る範囲で含有が許容される元素を例示することができる。
【0074】
次に、表層軟質部の成分組成について説明する。本発明の効果を得るために望ましい表層軟質部の化学組成は、C以外は板厚中心部と、含有量の範囲、その理由とも同様である。本発明の高強度鋼板においては、表層軟質部のC以外の含有量は、板厚中心部とほとんど違いはない。
【0075】
なお、以下に示す表層軟質部の化学組成は好ましい例である。本発明の鋼板の特徴は、金属組織、硬さ、炭化物の大きさや個数が上述の条件を満たすことであり、上述の条件を満たしていれば、表層軟質部の化学組成は必ずしも好ましい範囲である必要はない。表層軟質部のCの好ましい含有量は以下のとおりである。
【0076】
「C:板厚中心部の炭素量の0.9倍以下」
Cは、鋼板の強度を高める元素であると同時に、炭化物を形成するために添加される。表層軟質部を板厚中心部よりも軟質にする観点から、表層軟質部に含まれるCの含有量は、板厚中心部のCの含有量の0.9倍以下とされることが好ましい。また、表層軟質部に十分な炭化物を形成し、十分な耐水素脆性が得るためには、Cの含有量は0.010%以上とされることが好ましい。一方、Cの含有量が多すぎると炭化物の個数密度が過度になり、表層軟質部の硬さが過度に上昇し、鋼板の曲げ加工性が劣化することが懸念される。このため、Cの含有量は0.15%以下とされることが好ましい。
【0077】
本発明の効果、すなわち優れた曲げ加工性および耐水素脆性は、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき等の表面処理が施される場合にも、同様に達成される。よって、本発明の鋼板は、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、または電気亜鉛めっきを表面に有する鋼板を含む。
【0078】
次に、本発明の鋼板を得るための製法の形態を説明する。以下の説明は、本発明の鋼板を得るための製法の単なる例示であって、本発明の鋼板を以下に説明するような2つの鋼板を積層した複層鋼板に限定するものではない。たとえば、脱炭により表層の炭素量を低下させることによっても、本発明の鋼板を得ることができる。
【0079】
はじめに、板厚中心部を構成する母材鋼板の片面側又は両面側に表層軟質部を構成する表層用鋼板を積層して積層体を形成する。
【0080】
次に、上記の積層体(複層鋼板)に熱間圧延、冷間圧延、および連続焼鈍などの処理を施すことによって、本発明の鋼板を得ることができる。また、本発明の鋼板をめっき鋼板とする場合には、連続溶融めっきなどの処理も行う。
【0081】
熱間圧延に供される上記複層鋼板は、1080℃以上1350℃以下の温度で加熱し、60分以上300分以下保持されることが好ましい。複層鋼板の加熱温度を1080℃以上とすることにより、鋳造に起因する結晶方位の異方性を抑制し得る。一方、複層鋼板の加熱温度を1350℃以下とすることにより、製造コストの大幅な増加を抑制し得る。また、当該工程おける加熱時間は、鋼板に含まれる合金元素を十分に固溶させる観点から、1時間以上とすることが好ましい。本発明の鋼板は引張強度が1180MPa以上であり、合金元素を比較的多く含有している。このように複層鋼板を加熱した後、通常の条件で熱間圧延を行って熱延鋼板を得る。熱間圧延の条件として、例えば、熱間圧延の完了温度(仕上げ温度)が800℃以上980℃以下、巻取り温度が20℃以上700℃以下などの条件が挙げられる。
【0082】
次に、上記熱延鋼板を酸洗する。この酸洗工程は、熱延鋼板の表面の酸化物を除去することに加えて、後工程の焼鈍工程後の表層軟質部に含まれる炭化物を制御するうえで重要な工程である。酸洗により冷延前の鋼板表面のピークカウント数(PPc)を60(/mm)以上にすることで、冷延により導入される表層せん断歪を制御できる。ピークカウント数(PPc)は、JIS B 0601(2013)に準拠して触針式表面粗さ測定機を用いて測定される。表層せん断ひずみは熱処理時に炭化物の核生成サイトとなる。表層せん断ひずみが高いほど核生成サイトが増加し、微細な炭化物を多量に分散することができる。そして、このように表層せん断ひずみを制御することにより、表層軟質部に含まれる炭化物の個数、平均粒子径、および粒子径の対数の標準偏差を上述した範囲に制御することができる。
【0083】
酸洗に用いる溶液は、通常の酸洗に用いる溶液であればよく、たとえば5vol.%以上の塩酸や硫酸が挙げられる。酸洗浴温度が高いほど、または酸洗時間が長いほど、酸洗後の鋼板の表面粗度は大きくなる。酸洗は1回でもよく複数回でもよい。よって、上記酸洗時間は、酸洗を1回だけ行う場合は当該酸洗の時間を意味し、酸洗を複数回行う場合はこれらの酸洗の合計時間を意味する。酸洗条件としては、たとえば85~95℃で、400~800秒の時間酸洗を行うことができる。なお、酸洗後の鋼板の表面のPPcが上記範囲となる条件が選択されれば、酸洗の条件は上記例に限定されない。ただし、酸洗温度の実質的な上限は、水の沸点である100℃である。
【0084】
次に、酸洗後の鋼板に冷間圧延を施す。冷間圧延では、鋼板の延性が失われて破断することを抑制するため、圧下率の合計を85%以下とすることが好ましい。一方、後工程の焼鈍工程において表層軟質部の再結晶を十分に進め、表層軟質部における炭化物の核生成サイトを十分に得るためには、冷間圧延における圧下率の合計を20%以上とすることが好ましく、30%以上とすることがより好ましい。なお、冷延前に冷延荷重を低下させる目的で、上記酸洗工程より前に700℃以下の温度で鋼板を焼鈍してもよい。
【0085】
続いて、冷間圧延後の焼鈍について説明する。表層軟質部を構成する表層用鋼板に含まれる炭素量が板厚中心部を構成する母材鋼板の含まれる炭素量より少ない場合、表層軟質部は板厚中心部より焼入れ性が低い。そのため、表層軟質部において焼鈍時に低温変態組織が生成することはほとんどない。よって、焼鈍後の表層軟質部の組織は、一度オーステナイト変態した部分が変態フェライトもしくはパーライトおよび炭化物となる。
【0086】
焼鈍は、例えば、冷間圧延された複層鋼板(冷延鋼板)を連続焼鈍ラインに通板することによって行われる。連続焼鈍ラインでの焼鈍では、まず、冷延鋼板を下記の式1で算出した母材鋼板のA3点-50℃以上かつ700℃以上、900℃以下の加熱温度で5秒以上保持する加熱工程が行われる。この加熱中にオーステナイト分率が高められ、焼鈍後の金属組織を制御することができる。加熱温度がA3点-50℃未満もしくは700℃未満では、60%以上の焼戻しマルテンサイトを得ることが難しい。加熱温度を900℃超とすることは、組織分率に大きな影響を与えないが、経済的に不利である。保持時間が5秒未満では、オーステナイト変態が不十分となって60%以上の焼戻しマルテンサイトを得られない場合がある。
【0087】
A3(℃)=910-203√C+44.7Si-30Mn-20Cu-15.2Ni-11Cr+31.5Mo-400Ti+104V+400Al・・(式1)
ここで、式1中のC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Ti、VおよびAlは各元素の含有量[質量%]である。
【0088】
前記加熱工程に続いて、冷延鋼板をさらに下記の式2で算出したMs点未満の冷却停止温度まで10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する冷却工程を行う。この冷却工程ではマルテンサイトを得ることができる。冷却停止温度が低いほど得られるマルテンサイト量が多くなる。冷却工程の平均冷却速度が10℃/s未満では、冷却中にフェライト、パーライト、ベイナイトが生成し、所望のマルテンサイト量を得ることが困難となる。冷却停止温度がMs点以上であると、マルテンサイトを得ることができず、次の停留工程で最終的に得られる焼戻しマルテンサイト量が60%未満となり、冷延鋼板の強度を十分に高めることが難しくなる。
【0089】
Ms(℃)=541-474C-15Si-35Mn-17Cr-17Ni+19Al(式2)
ここで、式2中のC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Ti、VおよびAlは各元素の含有量[質量%]である。
【0090】
次いで、200℃以上500℃以下の温度域で5秒以上600秒以下、鋼板を停留させる。この停留工程では、上記冷却工程で生成するマルテンサイトが焼戻され、焼戻しマルテンサイトとなる。停留温度が200℃未満では、焼戻しが進行しにくい。一方、停留温度が500℃超では、過度に焼戻しが進行して鋼板の強度を十分に高めることが難しくなる。また、停留時間が5秒未満では、焼戻しが十分に進行しにくい。一方、停留時間が600秒超では、過度に焼戻しが進行して鋼板の強度を十分に高めることが難しくなる。
【0091】
上記加熱工程と冷却工程との間に、予備冷却工程を必要に応じて設けてもよい。
【0092】
予備冷却工程では、加熱工程における保持温度から下記式3で算出したBs点以上の予備冷却停止温度まで、5秒以上400秒以下、冷延鋼板を停留する。予備冷却停止温度は、好ましくは、Bs点以上、A3点-20℃以下、さらに好ましくは、Bs点+50℃以上、A3点-50℃以下である。この予備冷却停止温度により、フェライト分率を制御することができるので、必要なフェライト分率に応じて予備冷却工程を実施する。予備冷却停止温度がBs点未満の温度では、ベイナイトの変態が顕著になり、フェライト分率を所望の範囲とすることが難しい。一方、予備冷却停止温度がA3点-20℃以上では、フェライトが生成しにくい。また、停留時間が5秒未満では、フェライトが生成しにくい。一方、停留時間が400秒超では、過度にフェライトが生成することがある。
【0093】
Bs(℃)=732-202C+216Si-85Mn-37Ni-47Cr-39Mo(式3)
ここで、式3中のC、Si、Mn、Ni、Cr、およびMoは各元素の含有量[質量%]である。
【0094】
また、マルテンサイトの焼戻しとして、焼鈍工程が完了した後に別途焼戻し処理を行ってもよい。たとえば、200℃以上500℃以下の温度で5秒以上焼戻し処理を行えばよい。
【0095】
また、電気めっき処理、蒸着めっき処理等のめっき処理を上記冷延鋼板に施してもよく、更に、当該めっき処理後に合金化処理を行ってもよい。また、有機皮膜の形成、フィルムラミネート、有機塩類または無機塩類処理、ノンクロム処理等の表面処理を上記冷延鋼板に施してもよい。
【0096】
めっき処理として冷延鋼板に溶融亜鉛めっき処理を行う場合、上記停留工程に続いて、例えば、亜鉛めっき浴の温度より40℃低い温度以上かつ亜鉛めっき浴の温度より50℃高い温度以下の温度に冷延鋼板を加熱又は冷却し、当該冷延鋼板を亜鉛めっき浴に通す。このような溶融亜鉛めっき処理により、表面に溶融亜鉛めっき層を備えた冷延鋼板、すなわち溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。溶融亜鉛めっき層は、例えば、Fe:7質量%以上15質量%以下、並びに残部:Zn、Al及び不純物で表される化学組成を有する。また、溶融亜鉛めっき層は、亜鉛合金であってもよい。
【0097】
溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行う場合、例えば、溶融亜鉛めっき鋼板を460℃以上600℃以下の温度に加熱する。この温度が460℃未満では、合金化が不足することがある。この温度が600℃超では、合金化が過剰となって耐食性が劣化することがある。合金化処理により、表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備えた鋼板、すなわち合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。
【0098】
なお、焼鈍後もしくはめっき処理後は、必要に応じて調質圧延を行ってもよい。
【0099】
上記実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、又はその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【実施例】
【0100】
板厚中心部となる母材鋼板および表層軟質部となる表層用鋼板を用意し、母材鋼板の片面側又は両面側に表層用鋼板を積層して積層体を形成した。このような積層体に後述する処理を施して得られる鋼板の板厚中心部の成分を表1および表2に示し、表層軟質部の成分を表3および表4に示す。表層軟質部を板厚中心部の片面、両面のいずれに形成したかは、後述する表11~表13に記載する。
【0101】
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
作製した積層体に、表5~7に記載の条件で、熱間圧延、酸洗、冷間圧延を施した。また、酸洗後の鋼板表面のピークカウント数(PPc)を表11~13に示す。続いて、冷間圧延後の鋼板に、表8~10に記載の条件で、焼鈍処理を施した。
【0106】
【0107】
【0108】
【0109】
【0110】
【0111】
【0112】
得られた鋼板の表層軟質部の位置、表層軟質部及び表層中心部の厚さ、表層軟質部及び表層中心部の硬さ、表層軟質部の硬さと表層中心部の硬さの比、板厚中心部の厚さに対する表層軟質部の厚さの割合を表11~13に示す。
【0113】
【0114】
【0115】
【0116】
また、板厚中心部の金属組織、表層軟質部の炭化物特性、引張強度、曲げ加工性、耐水素脆化特性を、表14~16に示す。曲げ加工性は、前述したとおり、V曲げ試験で得られる限界曲げ半径比R/tで評価した。耐水素脆性は、前述したように、短冊試験片に曲げ加工によって応力を付与した状態で、短冊試験片をチオシアン酸アンモニウム溶液に浸漬し、割れ発生の有無によって評価した。なお、チオシアン酸アンモニウム溶液浸漬に供する曲げ加工時に割れたものについては、耐水素脆性の評価には使用せず、耐水素脆化特性の欄に、「曲げ性×」と記載した。
【0117】
【0118】
【0119】
【0120】
本発明によれば、優れた曲げ加工性および耐水素脆性を共に有する鋼板が得られることを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明によれば、優れた曲げ加工性および耐水素脆性を共に有する鋼板を提供することができる。このような本発明の鋼板は、例えば、自動車等の輸送機器の分野において構造材に好適である。