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特許7273375接着接合部の劣化計測装置及び劣化計測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】接着接合部の劣化計測装置及び劣化計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/48 20060101AFI20230508BHJP
   G01N 29/11 20060101ALI20230508BHJP
   G01N 29/265 20060101ALI20230508BHJP
   G01N 29/27 20060101ALI20230508BHJP
【FI】
G01N29/48
G01N29/11
G01N29/265
G01N29/27
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021042730
(22)【出願日】2021-03-16
(65)【公開番号】P2022142527
(43)【公開日】2022-09-30
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 雄平
(72)【発明者】
【氏名】北原 学
(72)【発明者】
【氏名】高谷 恭弘
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 康元
(72)【発明者】
【氏名】尼子 龍幸
(72)【発明者】
【氏名】光岡 拓哉
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0340858(US,A1)
【文献】特開昭64-091055(JP,A)
【文献】国際公開第2020/130150(WO,A1)
【文献】特開平11-201950(JP,A)
【文献】特開昭58-160864(JP,A)
【文献】特開昭61-283863(JP,A)
【文献】特開昭60-259954(JP,A)
【文献】特開2009-282005(JP,A)
【文献】特開平06-324023(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104820017(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103278567(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101846655(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00 - G01N 29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための装置であって、
前記接着接合部に3波以上の超音波を照射する超音波送信手段と、
前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を計測する超音波受信手段と、
前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出する解析手段と、
を備えることを特徴とする接着接合部の劣化計測装置。
【請求項2】
前記超音波送信手段及び前記超音波受信手段と前記計測対象物とを相対的に移動させることにより、前記接着接合部の領域内において前記超音波送信手段と前記超音波受信手段とを走査する走査手段を更に備えることを特徴とする請求項1に記載の接着接合部の劣化計測装置。
【請求項3】
2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための方法であって、
前記接着接合部に3波以上の超音波を照射し、
前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を超音波受信手段により計測し、
前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出し、
前記接着接合部における接着剤のヤング率に基づいて、前記接着接合部の劣化状態を評価する、
ことを特徴とする接着接合部の劣化計測方法。
【請求項4】
前記接着接合部の全域において、前記接着剤のヤング率を算出し、前記接着接合部における接着剤のヤング率の分布に基づいて、前記接着接合部の劣化状態を評価する、
ことを特徴とする請求項3に記載の接着接合部の劣化計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着接合部の劣化計測装置及び劣化計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、2つの被着体を接着剤で接合した積層体の接着接合部の接着状態を、超音波を利用して計測する方法が知られている。例えば、特開昭62-56144号公報(特許文献1)には、鋼板を熱可塑性樹脂で接合した積層板の接着接合部に超音波を照射し、接着接合部を透過した超音波を計測して、接着接合部の接着状態を検出する方法が開示されている。この方法は、超音波の伝搬経路に空隙などの障害物が存在すると、超音波が反射されやすくなるという性質を利用した方法であり、この方法を利用することによって、接着接合部における空隙の検出やその存在位置の把握が可能となる。
【0003】
また、特開平11-133007号公報(特許文献2)には、2以上のプラスチック部品を接着又は融着して作製されたプラスチック部材の接着面又は融着面に超音波ビームを照射して反射信号を受信する超音波探触子と、前記プラスチック部材の超音波入射表面からの超音波反射信号と前記プラスチック部材の接着部又は融着部からの超音波反射信号又は前記プラスチック部材の底面からの超音波反射信号とから被検査物の良否を判定する手段とを備えるプラスチック部材の接着面等の超音波検査装置が開示されている。この装置も、超音波の伝搬経路に空隙などの障害物が存在すると、超音波が反射されやすくなるという性質を利用した装置であり、この装置を用いることによって、前記プラスチック部材の接着面等における空隙の検出が可能となる。
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の方法や特許文献2に記載の装置においては、接着接合部における空隙等の欠陥の検出は行っているが、接着接合部における接着剤の特性に関する情報は取得しておらず、接着剤の劣化状態は計測されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭62-56144号公報
【文献】特開平11-133007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部における接着剤の劣化状態の計測を可能とする接着接合部の劣化計測装置及び劣化計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部に超音波を照射し、前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を計測し、この透過波振幅から、予め作製した検量線に基づいて、前記接着接合部における接着率のヤング率を算出することによって、非破壊検査で前記接着接合部における接着剤の劣化状態を計測できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の接着接合部の劣化計測装置は、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための装置であって、前記接着接合部に3波以上の超音波を照射する超音波送信手段と、前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を計測する超音波受信手段と、前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出する解析手段と、を備えることを特徴とするものである。
【0009】
本発明の接着接合部の劣化計測装置においては、前記超音波送信手段及び前記超音波受信手段と前記計測対象物とを相対的に移動させることにより、前記接着接合部の領域内において前記超音波送信手段と前記超音波受信手段とを走査する走査手段を更に備えることが好ましい。
【0010】
また、本発明の接着接合部の劣化計測方法は、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための方法であって、前記接着接合部に3波以上の超音波を照射し、前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を超音波受信手段により計測し、前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出し、前記接着接合部における接着剤のヤング率に基づいて、前記接着接合部の劣化状態を評価する、ことを特徴とする方法である。
【0011】
本発明の接着接合部の劣化計測方法においては、前記接着接合部の全域において、前記接着剤のヤング率を算出し、前記接着接合部における接着剤のヤング率の分布に基づいて、前記接着接合部の劣化状態を評価することが好ましい。
【0012】
なお、本発明によって、接着接合部の劣化状態を評価できる理由は、以下のとおりである。すなわち、劣化によって接着接合部が剥離している場合には透過波振幅が極端に小さくなる。また、接着接合部が劣化(例えば吸水劣化)すると、それに伴って様々な物性(例えば、接着剤のヤング率)が変化する。例えば、接着剤のヤング率が変化すると、超音波の伝搬特性が変化するため、接着接合部内で多重反射した超音波の干渉状態が変化し、計測される超音波の透過波振幅も変化する。そのため、接着接合部は剥離していないが、接着剤のヤング率が劣化によって変化した場合であっても、透過波振幅の変化から接着剤のヤング率の変化の有無やその程度を検出することができる。また、多重反射した超音波の干渉を考慮した数値解析によって接着剤のヤング率と透過波振幅(振幅透過率)との関係式を求め、この関係式に基づいて、計測した透過波振幅を用いて接着接合部における接着剤のヤング率を算出することができ、接着接合部の劣化状態をより具体的に評価することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部における接着剤の劣化状態を計測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の接着接合部の劣化計測装置の一実施態様を示す模式図である。
図2】接着剤のヤング率と接着接合部における振幅透過率比との関係を表す検量線の作成方法を示すフローチャートである。
図3】振幅透過率の算出の際に使用する分布定数回路モデルを示す図である。
図4】接着剤のヤング率と接着接合部における振幅透過率比との関係を表すグラフである。
図5】接着剤のヤング率と接着接合部における振幅透過率との関係を表すグラフである。
図6】本発明の計測方法を示すフローチャートである。
図7】実施例1で使用した、アルミ板と鋼板とを接着剤を接合した計測対象物を示す模式図である。
図8A】実施例1で計測した接着接合部(劣化0日目)における透過波振幅の分布を示す図である。
図8B】実施例1で計測した接着接合部(劣化10日目)における透過波振幅の分布を示す図である。
図8C】実施例1で計測した接着接合部(劣化20日目)における透過波振幅の分布を示す図である。
図8D】実施例1で計測した接着接合部(劣化30日目)における透過波振幅の分布を示す図である。
図9】実施例1で計測した接着接合部(劣化30日目)における接着剤のヤング率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明するが、本発明は前記図面に限定されるものではない。なお、以下の説明及び図面中、同一又は相当する要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する場合もある。
【0016】
〔劣化計測装置〕
先ず、本発明の接着接合部の劣化計測装置について説明する。図1に示すように、本発明の劣化計測装置は、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための装置であって、前記接着接合部に3波以上の超音波を照射する超音波送信手段1と、前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を計測する超音波受信手段2と、前記超音波送信手段1に信号を発信し、前記超音波受信手段2から信号を受信する超音波送受信源3と、前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出する解析手段4とを備えている。また、本発明の劣化計測装置によって劣化状態を計測する計測対象物5は、材質Aの被着体6と材質Bの被着体とを接着剤8で接合したものである。
【0017】
超音波送信手段1は、計測対象物の接着接合部に超音波を照射するためのものであり、例えば、超音波送信センサ等が挙げられる。このような超音波送信センサは、接触式超音波センサであっても、水浸型超音波センサであっても、空中超音波センサであってもよい。この超音波送信手段1は、超音波送受信源3から発信された信号を超音波に変換するための変換手段(例えば、圧電素子)を備えている。また、超音波送信手段1は、計測対象物5内で超音波の干渉が起きるように、3波以上の超音波を送信できることが必要であり、5~100波の超音波を送信できることが好ましい。超音波送信手段1において、送信可能な超音波の数が前記下限未満になると、計測対象物5内で超音波の干渉が起きず、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、超音波送信手段1と超音波受信手段2との間で生じる多重反射波が接着剤を透過した超音波と干渉し、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にある。さらに、超音波送信手段1は、中心周波数が50kHz~50MHzの範囲内にある超音波を送信できることが好ましい。超音波送信手段1において、送信可能な超音波の中心周波数が前記下限未満になると、接着剤のヤング率変化による干渉の変化が小さくなり、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、超音波の減衰が大きくなり、透過波を十分な大きさで計測できなくなる傾向にある。
【0018】
超音波受信手段2は、超音波送信手段1から送信され、計測対象物の接着接合部を透過した超音波を受信するためのものであり、例えば、超音波受信センサ等が挙げられる。このような超音波受信センサは、接触式超音波センサであっても、水浸型超音波センサであっても、空中超音波センサであってもよい。この超音波受信手段2は、受信した超音波の透過波振幅を電圧値に変換するための変換手段(例えば、圧電素子)を備えており、透過波振幅を電圧値の形で超音波送受信源3に送信する。
【0019】
超音波送受信源3は、超音波送信手段1に制御信号を発信するとともに、超音波受信手段2から電圧値の形で送信された透過波振幅を解析手段4に送信するためのものでる。
【0020】
解析手段4は、予め決定した、接着剤のヤング率と接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、超音波送受信源3から電圧値の形で送信された透過波振幅から、接着接合部における接着剤のヤング率を算出するためのものである。
【0021】
解析手段4において使用する検量線は、例えば、図2に示すフローチャートに従って、数値解析により作成することができる。以下、超音波送信手段1及び超音波受信手段2として空中超音波センサを使用する場合を例に検量線の作成方法を説明する。すなわち、先ず、計測対象物の接着接合部における振幅透過率Γを解析するときの、接着剤のヤング率の範囲を入力する(Step1)。次に、入力したヤング率の範囲から、劣化していない接着剤のヤング率を読み込む(Step2)。次に、表1に示した解析条件及び超音波の周波数fを読み込む(Step3)。
【0022】
【表1】
【0023】
ここで、接着剤の音響インピーダンスZadhesive及び縦波音速Vadhesiveとしては、Step2で読み込んだ劣化していない接着剤のヤング率を用いて、下記式(1)及び(2):
【0024】
【数1】
【0025】
〔前記式中、ρadhesiveは接着剤の密度を表し、νadhesiveは接着剤のポアソン比を表し、Eadhesiveは接着剤のヤング率を表す。〕
により算出した値を使用する。
【0026】
次に、Step3で読み込んだ解析条件及び超音波の周波数fにおいて、読み込んだヤング率における振幅透過率Γを算出する(Step4)。ここで、振幅透過率Γは、図3に示す分布定数回路モデルに基づいて導かれる解析式により算出する。分布定数回路モデルとは、電磁波の伝搬解析でしばしば用いられるものであり、ある回路素子での入出力信号の関係を、その回路素子の反射・透過・伝搬特性を表現したSパラメータと呼ばれる下記式(3):
【0027】
【数2】
【0028】
に示す行列で表したモデルである。これを、本発明にかかる超音波の伝搬に適用すると、図3に示す計測対象物の各層及び界面(回路素子に相当)の反射・透過・伝搬特性を表すSパラメータは、それぞれ下記式(4)及び(5):
【0029】
【数3】
【0030】
〔前記式中、jは虚数単位を表し、fは超音波の周波数を表し、Vは層nにおける超音波の縦波音速を表し、tは層nの厚さを表し、Γ(n+1)n及びTr(n+1)nは層nから層n+1に向かって超音波が伝搬したときの反射率及び透過率であり、下記式(6)及び(7):
【0031】
【数4】
【0032】
(前記式中、Zは層nの材料の音響インピーダンスを表す。)
で表される。〕
で表される。このようにして求められる計測対象物の各層及び界面のSパラメータを下記式(8):
【0033】
【数5】
【0034】
により、Tパラメータに変換し、それらを用いて下記式(9):
【0035】
【数6】
【0036】
〔前記式中、Tは層nのTパラメータを表し、T(n+1)nは層nと層n+1との界面のTパラメータを表す。〕
により計測対象物のTパラメータTallを求める。このTallを下記式(10):
【0037】
【数7】
【0038】
により、再びSパラメータに変換したときのSall21の絶対値が計測対象物の接着接合部における超音波の振幅透過率Γである。
【0039】
次に、このようにして求めた振幅透過率Γが、劣化していない接着剤のヤング率から算出したものである場合(Step5)には、これを振幅透過率Γとして保存する(Step6)。その後、読み込むヤング率を変更し(Step7)、このヤング率を用いて上述したStep3~Step5を実施する。
【0040】
一方、求めた振幅透過率Γが劣化していない接着剤のヤング率から算出したものではない場合(Step5)には、入力したヤング率の全範囲における振幅透過率Γが求まっているかを判定し(Step8)、求まっていない場合には、上述したStep3~Step5及びStep7を繰返す。求まっている場合には、各ヤング率において、求めた振幅透過率Γと劣化していない接着剤のヤング率から算出した振幅透過率Γとの比Γ/Γを算出し(Step9)、接着剤のヤング率と振幅透過率比Γ/Γとの関係を示すグラフ(検量線)を作成する。
【0041】
図4は、材質Aの被着体を厚さ1mmのアルミ板、材質Bの被着体を厚さ0.8mmの鋼板、超音波の中心周波数を330kHz、接着剤の厚さを0.1mm、接着剤のポアソン比を0.36、劣化していない接着剤のヤング率を2GPa、振幅透過率比Γ/Γを求めるヤング率の範囲を1~2GPaとして、図2に示すフローチャートに従って数値解析により作成した、接着剤のヤング率と振幅透過率比Γ/Γとの関係を示すグラフ(検量線)である。なお、図4の右側の縦軸は、計測対象物の接着接合部における振幅透過率Γである。図4のグラフから、上記のような被着体及び接着剤を用いた場合には、接着剤のヤング率が劣化によって低下するほど、振幅透過率Γ(すなわち、透過波振幅A)は増加する傾向にあることがわかる。
【0042】
例えば、ある計測位置において、解析手段4に電圧値の形で送信された透過波振幅Aが、劣化していない接着接合部における透過波振幅Aに対して1.2倍(すなわち、A/A=1.2)であった場合、透過波振幅が入射波の大きさと振幅透過率との積であり、透過波振幅A及びAの計測に使用した入射波の大きさが同じであれば、透過波振幅比A/Aは振幅透過率比Γ/Γに等しくなることから、前記計測位置における接着接合部の振幅透過率比Γ/Γも1.2倍となる。これを、図4に示した検量線に当てはめると、前記計測位置における接着剤のヤング率は、1.34GPaとなる。
【0043】
また、図4に示した検量線を作成したときの解析条件のうち、超音波の中心周波数を300kHz、600kHz、900kHzに変更し、振幅透過率Γを求めるヤング率の範囲を0.1~5GPaに変更して、上記と同様に、接着剤のヤング率と接着接合部における振幅透過率Γとの関係を求めると、図5に示すグラフが得られる。図5のグラフから、いずれの周波数の超音波を用いた場合も、接着接合部における振幅透過率Γはピーク値が存在することがわかる。また、そのピーク位置は超音波の周波数によって変化することもわかる。また、この振幅透過率Γのピーク位置は、計測対象物の各層の厚さ、音響インピーダンス、縦波音速にも依存する。そのため、接着剤のヤング率を高感度で計測するためには、計測対象物の条件や計測するヤング率の範囲に応じて超音波の周波数を適切に設定する必要がある。
【0044】
本発明の劣化計測装置においては、超音波送信手段1及び超音波受信手段2と計測対象物5とを相対的に移動させることにより、接着接合部の領域内において超音波送信手段1と超音波受信手段2とを走査する走査手段を更に備えていることが好ましい。これにより、接着接合部の領域内における接着剤のヤング率の分布を求めることが可能となり、計測対象物の接着接合部全体で接着剤の劣化状態を評価することができる。超音波送信手段1及び超音波受信手段2と計測対象物5とを相対的に移動させる方法としては、固定された計測対象物5に対して超音波送信手段1及び超音波受信手段2を移動させる方法、固定された超音波送信手段1及び超音波受信手段2に対して計測対象物5を移動させる方法等が挙げられる。
【0045】
〔劣化計測方法〕
次に、本発明の劣化計測方法について説明する。本発明の劣化計測方法は、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部の劣化状態を計測するための方法であって、前記接着接合部に3波以上の超音波を照射し、前記接着接合部を透過した超音波の透過波振幅を超音波受信手段により計測し、前記接着剤のヤング率と前記接着接合部における振幅透過率との関係を示す検量線に基づいて、前記超音波受信手段により計測した前記透過波振幅から、前記接着接合部における接着剤のヤング率を算出し、前記接着接合部における接着剤のヤング率に基づいて、前記接着接合部の劣化状態を評価する方法である。
【0046】
このような接着接合部の劣化計測方法は、例えば、図1に示した接着接合部の劣化計測装置を用いて、図6に示すフローチャートに従って実施することができる。すなわち、先ず、超音波の周波数f、波数、電圧、超音波センサの走査範囲等の計測条件を入力し(Step1)、さらに、予め測定した、劣化していない接着接合部における透過波振幅Aを入力する(Step2)。次に、計測対象物5の接着接合部の領域内の最初の計測位置に、超音波送信手段1及び超音波受信手段2を移動させる(Step3)。使用する超音波送信手段及び超音波受信手段は、接触式超音波センサであっても、水浸型超音波センサであっても、空中超音波センサであってもよい。
【0047】
次に、超音波送信手段1から、計測対象物5の接着接合部の領域内の所定の計測位置に、3波以上の超音波を照射する(Step4)。照射する超音波の数は、計測対象物5内で超音波の干渉が起きるように、3波以上であることが必要であり、5~100波であることが好ましい。照射する超音波の数が前記下限未満になると、計測対象物5内で超音波の干渉が起きず、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、超音波送信手段1と超音波受信手段2との間で生じる多重反射波が接着剤を透過した超音波と干渉し、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にある。また、照射する超音波の中心周波数は、50kHz~50MHzの範囲内にあることが好ましい。照射する超音波の中心周波数が前記下限未満になると、接着剤のヤング率変化による干渉の変化が小さくなり、接着剤のヤング率を感度よく計測できない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、超音波の減衰が大きくなり、透過波を十分な大きさで計測できなくなる傾向にある。
【0048】
次に、超音波受信手段2により、計測対象物5の接着接合部を透過した超音波の透過波振幅Aを計測し(Step5)、この透過波振幅Aと劣化していない接着接合部における透過波振幅Aとの比A/Aを算出する(Step6)。上述したように、この透過波振幅比A/Aは、透過波振幅A及びAの計測に使用した入射波の大きさが同じ場合には、振幅透過率比Γ/Γに等しいことから、図2に示したフローチャートに従って数値解析により作成した、接着剤のヤング率と振幅透過率比Γ/Γとの関係を示すグラフ(検量線)に基づいて、透過波振幅比A/Aから、計測対象物5の接着接合部における接着剤のヤング率を求める(Step7)。
【0049】
次に、計測対象物5の接着接合部の入力した走査範囲全体において接着剤のヤング率が求まっているかを判定し(Step8)、求まっていない場合には、計測対象物5の接着接合部の領域内の次の計測位置に、超音波送信手段1及び超音波受信手段2を移動させた(Step9)後、上述したStep4~Step7を繰返す。求まっている場合には、計測対象物5の接着接合部における透過波振幅及び接着剤のヤング率の分布を出力する(Step10)。
【0050】
本発明の接着接合部の劣化計測方法においては、このようにして求めた計測対象物の接着接合部における接着剤のヤング率の分布に基づいて、接着接合部の劣化状態を評価することができる。
【実施例
【0051】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
(実施例1)
先ず、図7に示すように、アルミ板11(30mm×100mm×1mm厚)と鋼板12(30mm×100mm×0.8mm厚)とを、エポキシ系熱硬化型接着剤からなる接着剤層13(30mm×30mm×0.1mm厚)を介して貼り合わせて、試験片を作製した。次に、この試験片を、温度80℃、湿度95%の加速試験環境下で、0日間、10日間、20日間、30日間保存し、劣化の程度が異なる4枚の計測対象物を作製した。
【0053】
次に、前記4枚の計測対象物について、図1に示した劣化計測装置を用い、図6に示すフローチャートに従い、超音波送信手段1及び超音波受信手段2として空中超音波センサを用いた空中超音波法により、接着接合部(30mm×30mm)の中央を中心とする32mm×32mmの領域を走査範囲として、中心周波数が330kHzの10波の超音波を照射して各計測位置での透過波振幅Aを計測した。その結果を図8A図8Dに示す。
【0054】
図8A図8Dに示したように、加速試験環境下での保存期間によって(すなわち、接着接合部の劣化の程度によって)、透過波振幅の分布が変化することがわかった。このことから、接着接合部の劣化の違いを、透過波振幅の分布から計測できることがわかった。また、図8A図8Dにおいて、透過波振幅が約0.7Vの領域21(灰色の領域)は接着接合部が劣化していない領域であり、透過波振幅が小さい領域23(白色の領域)は接着接合部が劣化によって剥離した領域であり、透過波振幅が大きい領域24(黒色の領域(ただし、x方向の両端部の領域22を除く))は接着接合部の剥離は生じていないが、劣化によって接着剤のヤング率が低下した領域である。
【0055】
以上の結果から、本発明によって、「接着接合部が劣化していない領域」、「接着接合部が剥離した領域」、「接着接合部は剥離していないが、接着剤のヤング率が低下した領域」の3つの領域を判別できることがわかった。
【0056】
次に、図4に示した接着剤のヤング率と振幅透過率比Γ/Γとの関係を示すグラフ(検量線)に基づいて、上述した加速試験環境下での30日間の保存後の計測対象物の接着接合部において、接着接合部は剥離していないが、接着剤のヤング率が低下した領域(図8Dの領域24)の接着剤のヤング率を求めた。すなわち、図8Aに示した結果から、接着接合部が劣化していない領域21の透過波振幅Aは約0.7Vであり、図8Dに示した結果から前記領域24の透過波振幅Aは約1Vであった。したがって、図8Dの領域24の透過波振幅Aは接着接合部が劣化していない領域21の透過波振幅Aの約1.4倍であった。これを、図4に示した検量線に当てはめると、図9に示したように、図8Dの領域24における接着剤のヤング率は、1.09GPaであることがわかった。
【0057】
したがって、計測対象物の接着接合部における透過波振幅を計測することによって、接着接合部における接着剤のヤング率を算出することができ、これを、劣化していない接着剤のヤング率と比較することによって、接着接合部の劣化状態を評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
以上説明したように、本発明によれば、2つの被着体を接着剤で接合した計測対象物の接着接合部における超音波の透過波振幅を計測することによって、接着剤の劣化状態を可視化することができる。また、数値解析等により接着接合部における透過波振幅と接着剤のヤング率等の物性との関係を示す検量線を用いることによって、計測した透過波振幅から、接着剤のヤング率等の物性を算出することが可能となる。したがって、本発明は、製品の寿命予測等の、信頼性保証技術として有用である。
【0059】
また、本発明によれば、接着接合部の領域内全体で透過波振幅を計測することができることから、接着接合部の領域内の透過波振幅の分布や接着剤のヤング率の分布を計測することが可能である。したがって、このような接着接合部の劣化に関する分布情報を取得することによって、接着接合部において耐劣化性の改善が必要な個所を局所的に知ることができ、製品全体の耐劣化性向上を効率的に図ることが可能となり、接着接合製品の開発速度や信頼性を更に向上させることができる。
【符号の説明】
【0060】
1:超音波送信手段
2:超音波受信手段
3:超音波送受信源
4:解析手段
5:計測対象物
6:材質Aの被着体
7:材質Bの被着体
8:接着剤
11:アルミ板
12:鋼板
13:接着剤層
14:接着接合部
21:接着接合部が劣化していない領域
22:回折波による計測不可領域
23:接着接合部が剥離した領域
24:接着剤のヤング率が低下した領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図9