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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】エレクトロクロミック表示素子
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/155 20060101AFI20230508BHJP
   G02F 1/1523 20190101ALI20230508BHJP
   G02F 1/15 20190101ALI20230508BHJP
   G09F 9/30 20060101ALI20230508BHJP
【FI】
G02F1/155
G02F1/1523
G02F1/15 508
G09F9/30 380
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019560848
(86)(22)【出願日】2018-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2018040249
(87)【国際公開番号】W WO2019123846
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2021-08-12
(31)【優先権主張番号】P 2017244376
(32)【優先日】2017-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000877
【氏名又は名称】弁理士法人RYUKA国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 範久
(72)【発明者】
【氏名】木村 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 一希
【審査官】井亀 諭
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-042138(JP,A)
【文献】特開2010-139541(JP,A)
【文献】特開昭61-228423(JP,A)
【文献】特開2011-164256(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/155
G02F 1/1523
G02F 1/15
G09F 9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と、前記一対の電極の間に保持される電解液と、前記一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、前記電解液は、溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、前記一対の電極の一方の電極上にプルシアンホワイト又はプルシアンホワイト誘導体を含有する電気化学反応層を有するエレクトロクロミック表示素子。
【請求項2】
前記電圧印加手段が前記一対の電極間に電圧を印加した後、前記電圧印加手段の回路を開放した時点から60分経過時に、前記エレクトロクロミック表示素子の透過率が30%以下であることを特徴とする請求項1に記載のエレクトロクロミック表示素子。
【請求項3】
第1電極上にプルシアンブルー又はプルシアンブルー誘導体を含有する電気化学反応層を設ける段階と、
前記第1電極とともに一対の電極をなす第2電極を、前記第1電極の前記電気化学反応層が設けられた面に対向するように設ける段階と、
前記一対の電極により溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有する、電解質層を挟んで保持する段階と、
前記電気化学反応層が設けられた前記第1電極に、参照電極に対してマイナスの電圧を印加して前記プルシアンブルー又は前記プルシアンブルー誘導体を還元する段階と、を備える、
エレクトロクロミック表示素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロクロミック表示素子及びそれを含む製品に関し、より詳細には、エレクトロクロミック材料を含み、エレクトロクロミック材料の光物性を変化させることで調光するエレクトロクロミック表示素子及びこれを用いた製品、例えばディスプレイなどの表示装置、外部から入射する光量を調節する調光フィルタ、防眩ミラー等に好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
透過する光量を調節する素子は、例えば表示装置、調光フィルタ等として現在市販されている。テレビやパソコンモニタ、携帯電話ディスプレイを始めとした情報を表示するための装置(表示装置)は、近年の情報化社会において欠かすことのできない装置である。また、外部から入射する光量を調節する調光フィルタ、防眩ミラー等は、屋内、車、航空機等の空間において、外部からの光を調節することができるためカーテン等と同様の効果を有し、生活において非常に役立つものである。
【0003】
上記のうち、表示装置の表示方式は、一般に反射型、透過型、発光型の3つに大きく分けることができる。表示装置を製造する者は、表示装置の製造において、表示装置の置かれる環境を想定して好ましい表示方式を選択するのが一般的である。
【0004】
ところで近年の表示装置の小型化、薄膜化により表示装置の携帯性が向上し、様々な明るさの環境に携帯移動して表示装置を使用する機会が非常に多くなってきており、ユーザーのニーズも多様化してきている。表示装置のモードとして、例えば、明暗の表示だけでなく、表示画面を鏡面状態にするニーズ等も求められてきている。この点は、調光フィルタ等においても同様である。
【0005】
特許文献1には、銀を透明電極上に析出させることで、透明状態から鏡状態又は黒状態への可逆的な色変化を可能にする素子が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2012/118188
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された発明では、電圧の印加をしている状態で素子の回路を開放すると、発色状態が維持されず消色状態に戻ってしまうため、発色状態を維持するためには電圧を印加し続けなければならないため、発色状態を維持するために電力を消費してしまうという課題があった。
【0008】
そこで、本発明は上記課題に鑑み、素子の回路を開放した状態でも一定時間発色状態を維持することができるエレクトロクロミック表示素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの観点によれば、上記課題を解決するために、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、一対の電極の間に保持される電解液と、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、電解液は、溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、一対の電極の一方の電極上にプルシアンブルー又はプルシアンブルー誘導体を含有する電気化学反応層を有し、電気化学反応層をプルシアンホワイト又はプルシアンホワイト誘導体に還元したものとした。
本発明の他の観点によれば、上記課題を解決するために、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、前記一対の電極の間に保持される電解液と、前記一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、前記電解液は、溶媒、銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、前記一対の電極の少なくともいずれか一方の電極上に電気化学反応層を有するものとした。
【0010】
また、本発明の他の観点によれば、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、前記一対の電極の間に保持される電解液と、前記一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、前記電解液は、溶媒、銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、前記一対の電極の少なくともいずれか一方の電極上にプルシアンブルー、プルシアンブルー誘導体、酸化イリジウム、酸化ニッケル、酸化バナジウム、酸化タングステン、酸化モリブデンの少なくともいずれかを含有する電気化学反応層を有するものとした。前記電圧印加手段が前記一対の電極に電圧を印加した後、前記電圧印加手段の回路を開放した時点から60分経過時に、前記エレクトロクロミック表示素子の透過率が30%以下となるようにすると望ましい。
また、本発明の他の観点によれば、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、一対の電極の間に保持される電解液と、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、電解液は、溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、一対の電極の一方の電極上に電気化学反応層を有し、電気化学反応層を還元したものとした。
また、本発明の他の観点によれば、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、一対の電極の間に保持される電解液と、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、電解液は、溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、一対の電極の一方の電極上に電気化学反応層を有し、前記電気化学反応層を有する電極に参照電極に対してマイナスの電圧を印加して還元したものとした。
また、本発明の他の観点によれば、エレクトロクロミック表示素子を、一対の電極と、一対の電極の間に保持される電解液と、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段とを備え、電解液は、溶媒及び銀イオンを含有するエレクトロクロミック材料を含有し、一対の電極の一方の電極上にプルシアンホワイト又はプルシアンホワイト誘導体を含有する電気化学反応層を有するものとした。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、エレクトロクロミック表示素子において、素子の回路を開放した状態でも一定時間発色状態を維持することができ、電力消費量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態の表示装置の概略断面図を示す図である。
図2】本実施形態の表示原理を説明する図である。
図3】実施例1の表示装置の概略を示す図である。
図4】素子印加電圧と透過率、電流の関係を示す図である。
図5】発色電圧印加後、回路を開放した場合の透過率の時間的変化を示す図である。
図6】実施例2の模式図を示す図である。
図7】素子への印加電圧を変化させた場合の透過率及び電流密度の変化を示す図である。
図8】素子への印加電圧を変化させた場合の透過率の変化を示す図である。
図9】素子の発色と消色の応答時間を示す図である。
図10】発色保持特性を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は多くの異なる態様で実施することが可能であり、以下に示す実施形態に限定されるものではない。
【0014】
図1は、本発明の調光素子の一例である本実施形態に係る表示装置(エレクトロクロミック表示素子ともいう。以下「本表示装置」という。)1の概略断面を示す図である。図1で示すように、本表示装置1は、一対の基板2、3と、一対の基板の対向する面に形成される一対の電極21、31と、一対の電極21、31の間に挟持され、銀又は銀イオンを含むエレクトロクロミック材料及びメディエータを含む電解質層4と、を有する。21が作用極であり、31が対極である。
【0015】
本実施形態において一対の基板2、3は、電解質層(電解液)4を挟み保持するために用いられるものであって、基板2、3の少なくとも一方が透明であればよいが、双方透明であれば、透過型の表示装置を実現することができる。本実施形態では説明のため双方透明な場合で説明する。なお、基板の材料としては、ある程度の硬さ、化学的安定性を有し、安定的に材料層を保持することができる限りにおいて限定されるわけではないが、ガラス、プラスチック、金属、半導体等を採用することができ、透明な基板として用いる場合はガラスやプラスチックを用いることができる。
【0016】
また本実施形態において、一対の基板2、3のそれぞれには、対向する面側(内側)に電極21、31が形成されている。この電極は一対の基板2、3によって挟持される材料層に電圧を印加するために用いられるものである。電極の材料としては、好適な導電性を有する限りにおいて限定されるわけではないが、例えば基板の材質が透明な基板である場合はITO、IZO、SnO、ZnO等の少なくともいずれかを含む透明電極であることが好ましい。なお、一対の基板2、3を省略して、一対の電極21、31によって電解質層4を保持してもかまわない。
【0017】
また本実施形態に係る電極は、基板上に、表示したい文字などのパターンにあわせた形状として形成してもよく、また、同じ複数の領域毎に区分された電極パターンを複数基板上に並べて形成したものであってもよい。複数の領域毎に区分すると、この各領域を画素とし、画素毎に表示を制御し、複雑な形状の表示にも対応できるといった利点がある。
【0018】
電極間の距離としては、後に詳述するエレクトロクロミック材料における銀が微粒子として十分析出し、消失する電界を印加することができる限りにおいて限定されるわけではないが、1μm以上10mm以下が可能であり、望ましくは1μm以上1mm以下の範囲である。
【0019】
なお本実施形態に係る電極は、それぞれ導電性を有する配線を介して電源に接続されており、この電源のON、OFFにより材料層に電圧の印加、印加の解除を制御することができる。
また本実施形態に係る電解質層(電解液)4は、支持塩としての電解質を含むとともに、銀イオンを含むエレクトロクロミック材料及びメディエータを含んでいる。また本実施形態に係る電解質層4は、上記銀を含むエレクトロクロミック材料41のほか、これら材料を保持するための溶媒を含んでいる。
【0020】
支持電解質は、プルシアンブルーの構造中へ脱挿入できるカチオンとして、リチウムイオン、カリウムイオン、ナトリウムイオンを含むことが好ましく、例えばLiCl、KCl、NaCl、LiBr、KBr等を例示することができる。なお、支持電解質の濃度としては、限定されるわけではないが、モル濃度でエレクトロクロミック材料の5倍程度、具体的には3倍以上6倍以下含んでいることが好ましく、例えば300 mM以上600 mM以下であることが好ましい。
【0021】
また本実施形態において溶媒は、上記エレクトロクロミック材料及び電解質を安定的に保持することができる限りにおいて限定されるわけではないが、水等の極性溶媒であってもよいし、極性のない有機溶媒等一般的なものも用いることができる。溶媒としては、限定されるわけではないが、例えばジメチルスルホキシド(DMSO)を用いることができる。
【0022】
本実施形態においてエレクトロクロミック材料とは、直流電圧を印加することによって酸化還元反応を起こす材料であり、銀イオンを含む塩であることが好ましい。このエレクトロクロミック材料は酸化還元反応によって銀微粒子を析出、又は消失させ、これに基づく色の変化を生じさせ表示を行なうことができる。銀を含むエレクトロクロミック材料としては限定されるわけではないが、AgNO3、AgClO、AgBr、CH3COOAgを挙げることができる。なお、エレクトロクロミック材料の濃度については、上記機能を有する限りにおいて特に限定されるわけではなく、材料によって適宜調整が可能であるが、1 M以下であることが望ましく、より望ましくは10mM以上1M以下、さらに望ましくは5mM以上100mM以下である。
【0023】
本実施形態において、特徴的な点は、対極31上に電気化学反応層32が形成されている点である。作用極における銀の還元析出、酸化溶解(消色)反応に必要な電荷量を対極で補償するために、電気化学反応層の酸化還元反応を用いて電荷量を補償する。電気化学反応層の材料は、電荷量の補償機能を有する限り限定されないが、例えばプルシアンブルー又はプルシアンブルー誘導体、酸化イリジウム(IrOx)、酸化ニッケル(NiOx)、酸化バナジウム(V2O5)、酸化タングステン(WO3)や酸化モリブデン(MoO3)等を用いることができる。
【0024】
プルシアンブルーはFe4[Fe(CN)6]3で表され、混合原子価化合物であること、フレームワーク構造を有することが特徴である。フレームワーク構造へのカチオンの脱挿入と鉄イオンの価数変化に伴って酸化還元反応を下記化学式1に示す。下にプルシアンブルーの酸化還元による半反応式を示す。また、イオンの脱挿入における構造変化が小さいことから、繰り返しの充放電にも耐えることができる。プルシアンブルーは、素子を構築する前に還元し無色透明状態にすることが望ましい。
【0025】
【化1】
また、本実施形態においては、上記構成要件のほか、例えば増粘剤を加えることができる。増粘剤を加えることでエレクトロクロミック素子のメモリ性を向上させることができる。なお増粘剤の例としては、特に限定されるわけではないが、例えばポリビニルアルコールを例示することができる。なお増粘剤の濃度としては、特に限定されるわけではないが、例えば電解質層の総重量に対し5重量%以上20重量%以下の範囲で含ませておくことが好ましい。
【0026】
本表示装置は、例えば電圧を印加した状態で反射状態を実現することができる。本実施形態に係る素子の状態の概念図を図2に示しておく。図2は、鏡状態を示している。
【0027】
本表示装置では、電極間に電圧を印加すると、一方の電極ではエレクトロクロミック中の銀イオンが還元されて銀として析出する。この場合において、銀が平滑な電極状に形成されれば鏡状態となる。なお、この直流電圧印加の際の電圧の強度としては、一対の基板間の距離、一対の電極間の距離によって適宜調整が可能であり、限定されるものではなく、電界強度として例えば1.0×10V/m以上1.0×10V/m以下の範囲にあることが好ましく、より好ましくは1.0×10V/m以下の範囲内である。
【0028】
従来技術のエレクトロクロミック素子では電解液に塩化銅(II)の添加を行なっている。塩化銅(II)には二つの役割があり、一つ目は発色状態の銀の溶解を補助するメディエーション剤としての役割である。二つ目は対極における酸化還元反応の材料としての役割であり、作用極における銀の酸化還元反応に必要な電荷量を補償する。
【0029】
塩化銅(II)を添加した素子には発色保持特性がないことが課題となる。素子の回路を開放し電極間に印加される電圧を解除する、すなわち電力の供給を行っていない場合においては、塩化銅(II)の影響で直ちに銀の溶解が起こってしまうためである。
【0030】
イオン交換性の高分子を用いてメディエーション剤が析出銀への接近を防ぐことで、発色保持特性を向上させる手法も考えられる。しかしながらイオン交換性の高分子が十分に堅牢でなく、くり返し耐久性が低い。駆動には従来技術よりも高い電圧が必要である上に色変化の応答性も著しく遅い課題が存在した。
【0031】
そこで、本実施形態ではメディエーション材や、対極における酸化還元に必要な化学種を電解液に添加する必要のない素子を構築した。作用極における銀の還元析出(発色)、酸化溶解(消色)反応に必要な電荷量を対極で補償するために、従来技術では塩化銅(II)を電解液に添加し銅イオンの酸化還元反応を利用していた。本実施形態においては、銅イオンの酸化還元反応の代わりとして、電極上に修飾したプルシアンブルー膜の酸化還元反応を用いて電荷量を補償する。
【0032】
本実施形態によれば、発色保持特性を大きく高めることが可能となり、イオンの脱挿入における構造変化が小さいことから、繰り返しの充放電にも耐えることができる。
【実施例1】
【0033】
ここで、実際に表示装置を作成し、その効果の確認を行った。図3は、本実施例の表示装置の概略を示す図である。電解液4には、溶媒DMSOにAgNO3 100 mM及びLiCl 500 mMを溶解している。プルシアンブルー修飾電極42は、ITO電極にプルシアンブルーを用いて電着させることで得た。電着液の組成は溶媒を水として、K3Fe(CN)6(フェリシアン化カリウム)10mM、FeCl3・6H2O(塩化鉄(III))10mM、KCl(塩化カリウム)50mMの濃度で溶解させたものである。ITO電極を電着液に浸漬し、一定のカソード電流(0.05 mA/cm2)が200 s流れるように電圧を印加することで、電極上にプルシアンブルー膜を電着した。プルシアンブルー修飾電極は、溶媒DMSOにLiCl 500 mMを溶解した電解液中で還元し無色透明状態にした。
【0034】
対極に修飾する膜はプルシアンブルー以外にも酸化還元反応により作用極での反応電荷量を補償することができ、かつ透明状態になる材料であれば良いと考えられる。このような例として酸化イリジウム(IrOx)、酸化ニッケル(NiOx)、酸化バナジウム(V2O5)、酸化タングステン(WO3)や酸化モリブデン(MoO3)が挙げられる。また、反応電荷量の補償には、酸化還元反応を伴わない電気二重層キャパシタを利用することも可能であると考えられる。このような例として、酸化物系導電性ナノ粒子である酸化イリジウムスズ(ITO)の微粒子や導電性高分子、単層グラフェンなどの炭素系材料、イオン液体が挙げられる。
【0035】
作用極をITO電極、対極をプルシアンブルー修飾電極として対向に配置し、電解液を電極で挟み込むことで素子を構築した。電極間の距離は、テフロン(登録商標。一般名称:ポリテトラフルオロエチレン。)製のスペーサーを用いて500μmとした。電解液には、溶媒をDMSO(ジメチルスルホキシド)として、エレクトロクロミック材料としてAgNO3(硝酸銀)100mM、支持電解質としてLiCl(塩化リチウム)500mMを溶解させ、増粘剤としてPVB(ポリビニルブチラール)を10wt%添加したものを用いた。エレクトロクロミック材料として用いる銀塩として、CH3COOAg(酢酸銀)やAgBr(臭化銀)も考えられる。また、銀以外の金属を用いたエレクトロクロミック材料では、銅やビスマスを用いたものも考えられる。
【0036】
作用極における銀の還元析出(発色)、酸化溶解(消色)反応に必要な電荷量は対極上に修飾したプルシアンブルーの酸化還元反応のみを用いて補償した。従って電解液は、エレクトロクロミック材料としての銀塩と支持電解質のみが溶解した簡単な組成である。塩化銅(II)を添加した電解液の場合は銅イオンの錯体由来の黄色から橙色に着色している一方で、本実施例の素子に用いた電解液は無色透明である。
【0037】
本素子の印加電圧と透過率の関係を図4上に示す。また、本素子の印加電圧と電流の関係を図4下に示す。電圧を負方向に掃引すると、-0.5Vより銀の析出によって還元電流が流れ、透過率が減少した。次いで正方向に折り返すと、0.5Vより銀の溶解によって酸化電流が流れ透過率は初期状態まで上昇した。
【0038】
発色電圧印加後、回路を開放した場合の透過率の変化を図5に示す。発色電圧印加後、回路を開放した際、従来技術の素子では約3分で初期透過率へと戻る。一方、本研究で発明した素子は電圧印加後、約110分が経過して際に10%ほどの上昇に留まった。実用上は、回路開放後60分経過時に透過率を30%以下に抑えれば、十分な省エネルギー効果があると考えられる。回路開放後60分経過時に透過率を20%以下に抑えれば、さらに望ましい。銅のメディエーションに起因する銀の溶解が起きないために、従来技術に比べて発色保持特性が向上した。また、約110分経過後において-1.0V、1,0Vを繰り返し印加することで応答速度が低下することなく、可逆的に発消色をするため、発消色の可逆性も十分に維持しているといえる。
【0039】
本実施例の特徴を以下まとめる。本エレクトロクロミック素子は、それぞれ電極が形成された第一の基板及び第二の基板との間に、エレクトロクロミック材料としての金属イオンと支持電解質のみを含む無色透明な電解液が存在し、第二の電極上には、電気化学反応層が修飾されているものである。上記において、電解液には、例えばエレクトロクロミック材料として銀塩を含む。上記において、電気化学反応層には、例えばITO電極に修飾したプルシアンブルー膜を用いる。作用極における金属の還元析出・酸化溶解の反応に必要な電荷量は、対極上の電気化学反応層が補償する。上記において、対極上の電気化学反応層による電荷量の補償とは酸化還元反応、若しくは電気二重層キャパシタの充放電である。上記において、酸化還元反応とは、例えばプルシアンブルー膜へのカチオンの脱挿入によるものである。上記において、電気二重層キャパシタの充放電とは、例えば酸化イリジウムスズ(ITO)へのイオンの吸脱着である。
【実施例2】
【0040】
図6は、本実施例の表示装置の模式図である。61は、作用極(ITO電極)であり、62は、対極であり、対極の表面に電気化学層63が形成されている。電気化学層63は、最初はプルシアンブルー又はプルシアンブルー誘導体を含有している。64は電解液であり、溶媒DMSOに、EC材料AgNO3 100mM、支持塩LiCl 500mM、ゲル化剤PVB10wt.%を溶解させている。参照電極は、Ag/Ag+である。
本表示装置に、参照電極に対して-1.2Vを60s印加し、プルシアンブルー又はプルシアンブルー誘導体を還元し、プルシアンホワイト又はプルシアンホワイト誘導体で修飾された電極を形成する。
図7は、素子への印加電圧を変化させた場合の素子の波長600nmの光の透過率と電流密度の変化を示す図である。
また、図8は、-1.0V(発色電圧)、-1.0V(消色電圧)を印加した際の、波長600nmの光の透過率変化を示す図である。消色電圧を印加し、回路を解放して印加電圧が0Vとなった後も、消色状態(透明な状態)が持続し、維持され、また、発色電圧を印加し、回路を解放して印加電圧が0Vとなった後も、発色状態が持続し、維持されていることが確認できた。
図9は、発色と消色の応答時間を示す図である。消色電圧を印加してから2.5sで消色し、発色電圧を印加してから1.2sで発色している。
図10は、発色電圧を印加した後に、回路を解放し、印加電圧が0Vとなった後の波長600nmの光の透過率の変化(発色保持特性)を示す図である。回路を解放した後も、約2時間発色状態が維持されていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、エレクトロクロミック表示素子として産業上の利用可能である。
【符号の説明】
【0042】
1 表示装置
2、3 基板
21 電極(作用極)
31 電極(対極)
32 電気化学反応層
4 電解質層(電解液)
41 エレクトロクロミック材料
61 作用極(ITO電極)
62 対極
63 電気化学層
64 電解液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10