(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 115/08 20060101AFI20230508BHJP
C10M 169/02 20060101ALI20230508BHJP
C10M 107/02 20060101ALN20230508BHJP
C10N 20/02 20060101ALN20230508BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20230508BHJP
C10N 40/00 20060101ALN20230508BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20230508BHJP
【FI】
C10M115/08
C10M169/02
C10M107/02
C10N20:02
C10N30:00 Z
C10N40:00 G
C10N50:10
(21)【出願番号】P 2019074100
(22)【出願日】2019-04-09
【審査請求日】2022-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000162423
【氏名又は名称】協同油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【氏名又は名称】松田 七重
(72)【発明者】
【氏名】河内 健
(72)【発明者】
【氏名】董 大明
(72)【発明者】
【氏名】野木 高
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0195880(US,A1)
【文献】国際公開第2016/104812(WO,A1)
【文献】特開2005-132879(JP,A)
【文献】特開2006-306275(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
増ちょう剤及び基油を含有するラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物であって、
ボールねじを構成する要素はいずれも鋼であり、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり、
R
1-NHCONH-R
2-NHCONH-R
3 (I)
(式中、R
1およびR
3は、互いに独立して、炭素数8~20の直鎖アルキル基であり、R
2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm
2/sであり、
混和ちょう度が265~385であり、
但し、不飽和又は飽和脂肪酸のアミン塩、及び重量平均分子量が2万~30万の鎖状の炭化水素系ポリマーのいずれも含まない、前記グリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤が、式中、R
1およびR
3が互いに異なる炭素数の直鎖アルキル基であるジウレア化合物である、請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記増ちょう剤が、式中、R
1およびR
3のいずれか一方がオクチル基であり、他方がステアリル基である、請求項1又は2記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記基油が、ポリαオレフィンを含有する、請求項1~3のいずれか1項記載のグリース組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置の操舵時の応答性や静粛性を向上させるため、トルク変動を抑制し、かつ、広い速度範囲域でも低いトルクを両立させた、ラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の運転快適性の向上として、操舵時の応答性や静粛性へのニーズから、電動パワーステアリングが広く適用されている。電動パワーステアリングには、コラムアシスト式、ピニオンアシスト式、ラックアシスト式といったタイプに分かれるが、ラックアシスト式は、その応答性や出力が高いことから、今後、電動パワーステアリング市場での需要拡大が予想されている。それに伴い、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置内のボールねじ部に使用されるグリースにも、長寿命化や、広い速度域に亘る低トルク化、更には、音や振動の低減といった様々な要求への対応が求められており、特に、トルク変動の抑制は、運転者の操舵時の応答性や静粛性向上のため、重要な技術課題となっている。
ラックアシスト式電動パワーステアリング装置内のボールねじ部に適用できるグリース組成物の先行技術として、特許文献1、2が挙げられる。
特許文献1には、増ちょう剤として、脂肪族部分が不飽和成分を有するジウレア化合物を、脂肪酸金属塩及びアミド化合物と所定の割合で併用し、基油として、流動点が-25℃以下の、合成炭化水素油を主成分とする潤滑基油を用い、所定の添加剤を所定量含有することを特徴とするグリース組成物が記載されており、このグリースは、不整な摩擦変動を大幅に縮減でき、広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、高温でも十分な油膜を維持できる長寿命のグリースであると報告されている。
特許文献2には、増ちょう剤に脂肪族ジウレア、脂肪酸金属塩、アミド化合物を含む混合増ちょう剤を使用し、基油に合成炭化水素油、添加剤として有機モリブデン錯体、ジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物からなる混合物を含有したグリース組成物が記載されており、これは、耐久性、低トルク性及び不整な摩擦変動の抑制に優れていると報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-306275号公報
【文献】特開2006-307023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置の操舵時の応答性や静粛性を向上させるようトルク変動を抑制し、かつ、広い速度範囲域でも低トルクである、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記ラックアシスト式電動パワーステアリング装置のトルク変動の抑制と、広い速度域に亘る低トルクを両立するため、増ちょう剤として、直鎖飽和脂肪族基を有する脂肪族ジウレアを用い、混和ちょう度を265~385に設定することにより、これを改善した。すなわち、本発明により、以下のグリース組成物を提供する:
1.増ちょう剤及び基油を含有するラックアシストタイプ電動パワーステアリングのボールねじ部用グリース組成物であって、
前記増ちょう剤が、下記式(I)で表されるジウレア化合物であり、
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
(式中、R1およびR3は、互いに独立して、炭素数8~20の直鎖アルキル基であり、R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基である。)
前記基油の40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、
混和ちょう度が265~385である、前記グリース組成物。
2.前記増ちょう剤が、式中、R1およびR3が互いに異なる炭素数の直鎖アルキル基であるジウレア化合物である、前記1項記載のグリース組成物。
3.前記増ちょう剤が、式中、R1およびR3のいずれか一方がオクチル基であり、他方がステアリル基である、前記1又は2項記載のグリース組成物。
4.前記基油が、ポリαオレフィンを含有する、前記1~3のいずれか1項記載のグリース組成物。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部におけるトルク変動を抑制し、かつ、広い速度域に亘って低トルクを実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
〔脂肪族ジウレア〕
本発明のグリース組成物に使用される増ちょう剤は、式(I)で示される脂肪族ジウレア化合物である。
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3 (I)
式中、R1およびR3は、互いに独立して、炭素数8~20の直鎖アルキル基であり、好ましくは、炭素数8~18の直鎖アルキル基である。R2は、炭素数6~15の2価の芳香族炭化水素基であり、トリレンジイソシアネート又はジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート由来の基が好ましく、ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート由来の基がより好ましい。
【0008】
前記増ちょう剤が、式中、R1およびR3が互いに異なる炭素数の直鎖アルキル基であるジウレア化合物であるのが好ましい。このとき、R1およびR3のモル比が、R1:R3=3:7~7:3であるのがより好ましく、4:6~6:4であるのがさらに好ましい。
前記増ちょう剤が、式中、R1およびR3のいずれか一方がオクチル基であり、他方がステアリル基であるのがより好ましい。このとき、R1およびR3のモル比が、R1:R3=3:7~7:3であるのがさらに好ましく、4:6~6:4であるのがさらに特に好ましい。
本発明のグリース組成物に含まれる増ちょう剤が、式(I)で表される脂肪族ジウレア化合物のみであると、低トルクおよびトルク変動の低減性に優れるので好ましい。
【0009】
式(I)の脂肪族ジウレア化合物は、定法により、すなわち、例えば、基油中で、所定のジイソシアネートと所定のモノアミンとを反応させることにより得ることができる。
本発明の組成物における増ちょう剤の含有量は、本発明のグリース組成物の混和ちょう度を265~385の範囲に調整できる量であり、通常、組成物の全質量を基準として、6~15質量%である。
【0010】
〔基油〕
本発明のグリース組成物の基油の種類は、特に限定されない。鉱油でもよく、合成油でもよい。基油は、単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
鉱油としては、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油、これらの混合物を使用することができる。
合成油としては、ジエステル、ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油;ポリ-α-オレフィン(PAO)、ポリブテンに代表される合成炭化水素油;アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油;シリコーン油、フッ素化油など各種合成油が使用できる。
基油がポリ-α-オレフィンを含有するのが好ましい。基油がポリ-α-オレフィン以外の基油を含む場合、基油の全質量を基準にして、ポリ-α-オレフィンを50質量%以上含有するのが好ましく、80質量%以上含有するのがより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、100質量%含有するのが最も好ましい。基油中のポリ-α-オレフィンの割合が既述のとおりであると、低温性に優れるので好ましい。
本発明における基油の動粘度は、低温性および高速域のトルクの観点から、40℃における動粘度が4~100mm2/sであり、10~80mm2/sであるのが好ましく、15~70mm2/sであるのがさらに好ましい。
本発明のグリース組成物中の基油の含有量は、グリースを製造するのに通常用いられる量であり、例えば50~95質量%であり、ちょう度の観点から、60~95質量%が好ましく、80~95質量%がより好ましい。
【0011】
〔添加剤〕
本発明のグリース組成物は、グリースに通常使用される添加剤を必要に応じて含むことができる。これらの添加剤の含有量は、グリース組成物の全量を基準として、通常0.5~35質量%、好ましくは5~25質量%である。このような添加剤としては、例えば、酸化防止剤、無機不働態化剤、防錆剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤があげられる。耐酸化性、防錆性、境界潤滑性、耐久性の観点から、酸化防止剤、防錆剤、油性剤、及び極圧剤の少なくとも1種を含むのが好ましい。
【0012】
〔混和ちょう度〕
本明細書において、用語「混和ちょう度」は60回混和ちょう度を指し、JIS K2220 7.に従って測定することができる。本発明の混和ちょう度は265~385であり、285~340が好ましい。混和ちょう度が265以上であると、トルクの点で優れる。混和ちょう度が385以下であると、耐飛散性・耐垂れ落ち性の点で優れる。
【0013】
本発明のグリース組成物は、ラックアシスト式電動パワーステアリングのボールねじ部に適用する。ボールねじを構成する要素はいずれも鋼である。
【実施例】
【0014】
<試験グリースの調製>
実施例1~5,比較例1~5
ポリαオレフィン(PAO)中で、4',4-ジフェニルメタンジイソシアネート1モルと所定のアミン2モル(2種のアミンを用いる場合、アミンのモル比は、R1:R2の比が表1又は表2に記載の割合となるようにした)とを反応させ、昇温、冷却した後、3本ロールミルで混練し、実施例1~5及び比較例1~5のグリース組成物を得た。
【0015】
比較例6
エステル油中で、ステアリン酸リチウムを混合加熱溶解し、冷却した後、3本ロールミルで混練し、比較例6のグリース組成物を得た。
【0016】
なお、基油の40℃における動粘度は、JIS K2220 23.に従って測定した。グリース組成物の混和ちょう度は、JIS K2220 7.に従って測定した。
上で調製した試験グリースを、下記の試験方法により評価した。
【0017】
<試験方法>
〔種々の速度におけるトルクの評価〕
鋼製のボールねじのねじ溝部に試験グリースを10g塗布し、雰囲気温度を25℃に設定した恒温槽内に設置した。ねじ軸を10mm/sの速度でストローク50mmの範囲で10往復させた。その後1,2,4,5,10,20mm/sの各速度で、低速から順に3往復させた。これを1サイクルとし、全部で5サイクル行った。ボールねじのねじ軸を所定の速度で往復運動させたときに生ずる力(「操作荷重」)を所定間隔でサンプリングし、1サイクル当たりの操作荷重の合計をデータのサンプリング数で除すことにより、1サイクル当たりの操作荷重の平均値を求めた。5サイクル目の、1mm/sおよび20mm/sで3往復させたときの平均値を下記基準により評価した。
【0018】
[判定基準]
1mm/sのとき、平均値が55未満 ◎
55以上70未満 ○
70以上100未満 △
100以上 ×
【0019】
20mm/sのとき、平均値が130未満 ◎
130以上140未満 ○
140以上150未満 △
150以上 ×
【0020】
〔トルク変動の評価〕
上記のトルクの評価において、5サイクル目に1mm/sで3往復したときの、操作荷重の平均値、操作荷重データのサンプリング数、及びi回目の操作荷重データから下記式により尖度を算出し、平均値を求めた。設定した速度のうちで最低速度での尖度を求めたのは、トルク変動に影響するハンドルの引っ掛かりの影響が、高速よりも低速の方が出やすいからである。
なお、「尖度」は統計学的に公知の用語であり、分布の尖り度合いを示し、以下の数式で定義される。尖度が小さいほど、尖りが丸く、緩やかな山の形をした分布を示すことから、尖度が小さいほどトルク変動が小さいと評価できる。
【0021】
【0022】
[判定基準]
尖度の値が3未満 〇
3以上6未満 △
6以上 ×
【0023】
【0024】
C8(飽和):オクチルアミン由来の基
C18(飽和):ステアリルアミン由来の基
質量%は、グリース組成物の全質量を基準とする。
【0025】
【0026】
C8(飽和):オクチルアミン由来の基
C18(飽和):ステアリルアミン由来の基
C8(不飽和):炭素数8の飽和アルキル基を主体(90%以上)とする平均分子量130の直鎖状一級アミン(工業用カプリルアミン)
C18(不飽和):炭素数18の不飽和アルキル基が約50%ならびに炭素数18から炭素数14の飽和もしくは不飽和アルキル基を含有する平均分子量255の直鎖状一級アミン(工業用牛脂アミン)
CHA:シクロヘキシル由来の基
P-tol:パラ-トルイジン由来の基
質量%は、グリース組成物の全質量を基準とする。