IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社やまびこの特許一覧 ▶ 追浜工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図1
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図2
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図3
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図4
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図5
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図6
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図7
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図8
  • 特許-作業機用エンジンの制御装置 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】作業機用エンジンの制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 29/00 20060101AFI20230508BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20230508BHJP
   F02D 29/02 20060101ALI20230508BHJP
   F02P 9/00 20060101ALI20230508BHJP
   F02P 5/15 20060101ALI20230508BHJP
【FI】
F02D29/00 G
F02D45/00 362
F02D29/02 321C
F02D29/00 B
F02D29/02 K
F02D29/02 331Z
F02P9/00 304D
F02P5/15 L
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019147610
(22)【出願日】2019-08-09
(65)【公開番号】P2021028481
(43)【公開日】2021-02-25
【審査請求日】2022-03-04
(73)【特許権者】
【識別番号】509264132
【氏名又は名称】株式会社やまびこ
(73)【特許権者】
【識別番号】000215187
【氏名又は名称】追浜工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】老松 章斗
(72)【発明者】
【氏名】岡田 宏高
(72)【発明者】
【氏名】称原 祐介
(72)【発明者】
【氏名】松原 泰司
(72)【発明者】
【氏名】川原 直人
(72)【発明者】
【氏名】露木 雄一
【審査官】家喜 健太
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第04148173(US,A)
【文献】特開昭62-188826(JP,A)
【文献】特開2000-337200(JP,A)
【文献】実公平03-006189(JP,Y2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 13/00 - 45/00
F02B 63/00
F16D 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
作業用刃物に至る動力伝達経路に遠心クラッチが介装されるとともに、作業用回転数を一定に保つべく吸気系に機械式ガバナーが付設されている作業機用エンジンの制御装置であって、
前記遠心クラッチのストール時には、膨張行程における回転速度と他の行程における回転速度との差が非ストール時より大きくなることを利用して、前記遠心クラッチがストールしたか否かを判定する制御部を備え
前記制御部は、実質的に膨張行程と排気行程からなる1回転に要した時間長と、実質的に吸気行程と圧縮行程からなる1回転に要した時間長とを交互に計測するとともに、それらの時間長の差を順次求め、該時間長の差の絶対値が所定しきい値以上となることが連続して所定回数以上続いたとき、又は、前記時間長の差の絶対値が所定しきい値以上となることが所定時間以上継続したとき、前記遠心クラッチがストールしたと判定し、
前記制御部は、前記遠心クラッチがストールしたと判定された後、作業者に前記遠心クラッチがストールしたことを知らせるため、点火制御により通常とは異なる運転音を連続して発生させることを特徴とする作業機用エンジンの制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、実質的に膨張行程と排気行程からなる1回転に要した時間長から該1回転時における回転速度を換算するとともに、実質的に吸気行程と圧縮行程からなる1回転に要した時間長から該1回転時における回転速度を換算し、それら交互に換算された回転速度の差を順次求め、該回転速度の差の絶対値が所定しきい値以上となることが連続して所定回数以上続いたとき、又は、前記回転速度の差の絶対値が所定しきい値以上となることが所定時間以上継続したとき、前記遠心クラッチがストールしたと判定することを特徴とする請求項に記載の作業機用エンジンの制御装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記遠心クラッチがストールしたと判定された後、前記通常とは異なる運転音を連続して発生させるべく、混合気の点火を所定割合で行わない間引き運転を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の作業機用エンジンの制御装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記間引き運転として、前記作業機用エンジンが4回転する間に混合気の点火を一度だけ行う間引きモードセットを所定回数繰り返し行うことを特徴とする請求項に記載の作業機用エンジンの制御装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記間引き運転を所定回数分又は所定時間分行っても、アイドル運転モードへの切換動作が行われていないとみなせる場合には、前記作業機用エンジンを強制的に停止させることを特徴とする請求項又はに記載の作業機用エンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、草刈機や刈払機等に搭載される作業機用エンジンの制御装置に係り、特に、作業用刃物に至る動力伝達経路に介装されている遠心クラッチのストール(刃物のロック、過負荷等による不所望なすべり)対策が採られたものに関する。
【背景技術】
【0002】
草刈機や刈払機等の作業機においては、通常、特許文献1等に見られるように、作業機用エンジン(以下、単にエンジンと称することがある)から作業用刃物(以下、単に刃物と称することがある)に至る動力伝達経路に遠心クラッチが介装されている。
【0003】
遠心クラッチは、作業時において、刃物に草が絡まったり、地面の凹凸で刈刃と地面が接触したり、針金や石等の異物を噛み込んだりした際に、刃物がロック状態あるいは過負荷状態となり、遠心クラッチにおけるエンジン側のクラッチシュー等のドライビングユニットと刃物側のクラッチドラムとの間に不所望なすべり(ストール)が生じる。
【0004】
上記のように、遠心クラッチにストール(以下、クラッチストールと称することがある)が発生すると、摩擦熱で損傷が生じたり、シューやドラムが磨耗したりする等して動力伝達に支障を来すことになるとともに、製品寿命が短くなる等の問題を生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4644573号公報
【文献】特開2003-56438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、従来においても、作業機用エンジンの分野ではクラッチストール対策が採られている。例えば、前記特許文献1には、クラッチストールの発生を、エンジン回転数が所定範囲内に所定時間以上入っていること等に基づいて検知し、クラッチストールが検知されると、エンジン回転数を下げる等して、クラッチストールの発生を作業者に警告する技術が提案されている。
【0007】
しかしながら、かかる提案技術は、機械式ガバナーが付設されていないチェーンソー等の手で持ち上げて操作される携帯型動力作業機用2ストロークエンジンに適用されるもので、その適用範囲が狭いとともに、スロットル開度センサ等も必要となり、クラッチストールを常時正確に検知できるとは言い難い。また、上記のように警告を行ってもクラッチストールが発生したことを作業者が気づかないことが多く、警告にはならないと思われる。
【0008】
また、例えば特許文献2には、クラッチストールに関連して、スクーター等の小型車両において、遠心クラッチ接続時に生じるジャダ現象を防止すべく、クランク軸の回転変動の度合いに基づいて、クラッチ振動の発生を検出して、点火時期を遅らせる技術が提案されている。しかし、かかる提案技術は、遠心クラッチ接続時特有のものであり、本発明の対象である草刈り作業等を行っている際のクラッチストールの検知や対策に適用することはできない。
【0009】
なお、クラッチストールは、例えば、クランク角センサ等のセンサ類を遠心クラッチのエンジン側だけでなく刃物側にも付設して常時両方の回転数を監視すれば検出することができるが、草刈機等に用いられる作業機用エンジンに、クランク角センサ等のセンサ類を付設することは、コストの面からも難しい。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、追加部品や改造をほとんど必要とすることなく既存の作業機用エンジンをそのまま用いて、作業用刃物に至る動力伝達経路に介装された遠心クラッチのストールの発生を確実に検知することのできる、費用対効果に優れた作業機用エンジンの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成すべく、本発明者等は、鋭意研究を重ねた結果、「遠心クラッチのストール時には、膨張行程における回転速度と他の行程における回転速度との差が非ストール時より大きくなる」という知見を得た。これは、膨張行程では、混合気が一気に燃焼して膨張するのでピストンの押し下げ力が強く回転速度が速くなるのに対し、膨張行程に続く排気行程、吸気行程、圧縮行程では惰性で回転しているので回転速度は遅くなるが、刃物に草が絡まる等したクラッチストール発生時においては、その影響を、膨張行程よりそれに続く惰性で回転している排気行程、吸気行程、圧縮行程の方が受けやすいからと考えられる。
【0012】
本発明に係る作業機用エンジンの制御装置は、上記知見及びそれに基づく考察に立脚してなされたもので、作業用刃物に至る動力伝達経路に遠心クラッチが介装されるとともに、作業用回転数を一定に保つべく吸気系に機械式ガバナーが付設され、前記遠心クラッチのストール時には、膨張行程における回転速度と他の行程における回転速度との差が非ストール時より大きくなることを利用して、前記遠心クラッチがストールしたか否かを判定する制御部を備えることを特徴としている。
【0013】
好ましい態様では、前記制御部は、実質的に膨張行程と排気行程からなる1回転に要した時間長と、実質的に吸気行程と圧縮行程からなる1回転に要した時間長とを交互に計測するとともに、それらの時間長の差を順次求め、該時間長の差の絶対値が所定しきい値以上となることが連続して所定回数以上続いたとき、又は、前記時間長の差の絶対値が所定しきい値以上となることが所定時間以上継続したとき、前記遠心クラッチがストールしたと判定するようにされる。
【0014】
他の好ましい態様では、前記制御部は、実質的に膨張行程と排気行程からなる1回転に要した時間長から該1回転時における回転速度を換算するとともに、実質的に吸気行程と圧縮行程からなる1回転に要した時間長から該1回転時における回転速度を換算し、それら交互に換算された回転速度の差を順次求め、該回転速度の差の絶対値が所定しきい値以上となることが連続して所定回数以上続いたとき、又は、前記回転速度の差の絶対値が所定しきい値以上となることが所定時間以上継続したとき、前記遠心クラッチがストールしたと判定するようにされる。
【0015】
他の好ましい態様では、前記制御部は、前記遠心クラッチがストールしたと判定された後、作業者に前記遠心クラッチがストールしたことを知らせるため、点火制御により通常とは異なる運転音を連続して発生させるようにされる。
【0016】
更に好ましい態様では、前記制御部は、前記遠心クラッチがストールしたと判定された後、前記通常とは異なる運転音を連続して発生させるべく、混合気の点火を所定割合で行わない間引き運転を行うようにされる。
【0017】
更に好ましい態様では、前記制御部は、前記間引き運転として、前記作業機用エンジンが4回転する間に混合気の点火を一度だけ行う間引きモードセットを所定回数繰り返し行うようにされる。
【0018】
他の好ましい態様では、前記制御部は、前記間引き運転を所定回数分又は所定時間分行っても、アイドル運転モードへの切換動作が行われていないとみなせる場合には、前記作業機用エンジンを強制的に停止させるようにされる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る作業機用エンジンの制御装置では、既存の作業機用エンジンに追加部品や改造をほとんど必要とすることなく、また、既存の制御プログラムを若干改変しただけの極めて簡素な構成のもとで、遠心クラッチがストールしたことを確実に検出することができ、費用対効果に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る作業機用エンジンの制御装置の一実施形態が適用された畔草刈機の外観を示す図。
図2図1に示される畔草刈機における、車体下部に配在された作業用刃物を、車体を裏返して示す図。
図3図1に示される畔草刈機における、棹状ハンドルの上部に設けられた矩形枠状ハンドルにスロットルレバーを握り込んだ状態を示す図。
図4図1に示される畔草刈機におけるエンジン等の主要部を模式的に示す概略図。
図5図4に示されるエンジンの点火系の構成を概念的に示す機能ブロック図。
図6】エンジンの回転速度を検出する際の説明に供される図。
図7図5に示されるコントローラのクラッチストール判定部が実行するクラッチストール判定ルーチン(処理内容)の一例を示すフローチャート。
図8図5に示されるコントローラの点火制御部が実行するクラッチストール解除ルーチン(処理内容)の一例を示すフローチャート。
図9】クラッチストール判定に供されるエンジン回転数差ΔNの変化としきい値を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態の一例を図面を参照しながら説明する。
【0022】
図1は、本発明に係る作業機用エンジンの制御装置の一実施形態が適用された畔草刈機の外観を示す図である。また、図2は、図1に示される畔草刈機における、車体下部に配在された作業用刃物を、車体を裏返して示す図、図3は、図1に示される畔草刈機における、棹状ハンドルの上部に設けられた矩形枠状ハンドルにスロットルレバーを握り込んだ状態を示す図である。また、図4は、図1に示される畔草刈機におけるエンジン等の主要部を模式的に示す概略図である。
【0023】
図示実施形態の作業機としての畔草刈機1は、車体2の前後左右に車輪5を備えた自走式で、車体2に対して、棹状ハンドル11とその上部に設けられた矩形枠状ハンドル12とからなる操作ハンドル10が左右に旋回可能とされ、走行しながら平面に加えて斜面の草刈りも行えるようになっている。車体2の中央部の下側には、回転する左右一対の刃物(ナイフ、カッター等とも呼ばれる)7(図2)を覆うように幅広のカバー6が設けられ、車体2の中央部の上側には、リコイルスタータ24付きエンジン(図示例では、空冷4ストロークエンジン)20が縦置きで搭載されている。なお、左右一対の刃物7は草を相互に内方に巻き込むように刈り込んで、進行方向後側にはき出すようになっている。
【0024】
エンジン20の下側には、その動力を減速などして車輪5や刃物7に伝達及び遮断するための動伝機構部3(図2及び図4)が設けられている。動伝機構部3の上部には、図4に模式的に示されているように遠心クラッチ4が配在されている。遠心クラッチ4は、エンジン20から刃物7に至る動力伝達経路に介装されており、エンジン20側のクラッチシュー等のドライビングユニットと刃物7側のクラッチドラムとで構成されている。動伝機構部3内には、遠心クラッチ4のクラッチドラム側に、所定の配列態様で、減速ギア、シフトフォーク、車輪5(走行)用クラッチ、刃物7用ベルトテンションクラッチ等が配在されている。
【0025】
動伝機構部3内のクラッチ等を操作するため、棹状ハンドル11の上部にはパネル13が設けられている。該パネル13や棹状ハンドル11の上部等には、刃物7への動力伝達を断接するための刃物用レバー14等のワイヤ引張式のレバー類が設けられるとともに、エンジン停止スイッチ18が設けられている。このエンジン停止スイッチ18がONにされると、その情報が後述するコントローラ50に入力され、コントローラ50は、点火コイルの一次側(一次コイル31)を短絡させるなどして点火(火花放電)させないようにする。これにより、エンジン20が停止する。
【0026】
また、矩形枠状ハンドル12には、エンジン20の気化器25のスロットル弁26(図4)を開閉操作するためのスロットルレバー15(主クラッチレバーとも呼ばれる)が回動可能に設けられている。このスロットルレバー15を図3に示される如くに作業者が手指で矩形枠状ハンドル12(の上辺部)に合わせるように握り込むと、スロットル弁26が作業用開度(略全開)まで開かれ、作業者が手指を離すと根元に設けられた復元ばねにより元の矩形枠状ハンドル12(の上辺部)から離れた位置に戻り、このときは、スロットル弁26がアイドル開度(略全閉)に戻される。
【0027】
一方、エンジン20は、図4に示される如くに、その上部に、エアクリーナ23、スロットル弁26を内蔵した気化器25が設けられ、気化器25におけるスロットル弁26の下側(換言すれば、吸気系)には、作業用回転数及びアイドル回転数を一定に保つべく機械式ガバナー27が設けられている。
【0028】
この機械式ガバナー27は、その仕組みはよく知られたもので、気化器25のスロットル弁26をガバナースプリングで開く方向に付勢するとともに、エンジン20の回転によって生じるガバナーウエイトの遠心力をスロットル弁26を閉じる方向に働かせ、これをバランスさせることにより、任意の回転数(作業用回転数、アイドル回転数)に安定させようとするものである。なお、本実施形態のエンジン20では、一例として、作業用回転数が6000(rpm)前後、アイドル回転数が2300(rpm)前後、遠心クラッチ4のクラッチイン回転数が3500(rpm)前後となっている。
【0029】
一方、本実施形態のエンジン20には、フライホイールマグネト方式の点火系が設けられている。この点火系は、フライホイール28に配設されたマグネット29と、シリンダ21に配設された点火コイルユニット30と、シリンダ21の頂部に設けられた点火プラグ37とを備えている。詳細には、フライホイール28の外周部の所定位置には、扇形のマグネット29がその外周側端面を露出させた状態で嵌め込まれて固定され、シリンダ21におけるフライホイール28の外周には、前記マグネット29と対面し得るように、点火コイルユニット30が配設されている。
【0030】
点火コイルユニット30は、その構成自体はよく知られたもので、シリンダ21とは反対側の面に絶縁体を介して取着された制御装置としての制御回路基板40を備えている。制御回路基板40は、CPU、ROM、RAM、入出力回路等で構成されたマイクロコンピュータが搭載されるとともに、スイッチング素子、小型小容量のバッテリ(電源)として機能するコンデンサ、ダイオード、抵抗器、端子等の他の必要な電子部品が実装されている。この制御回路基板40は、図5に機能ブロックで示される如くの、点火制御等を行う、制御部としてのコントローラ50と、点火コイルとして一次コイル31(発電コイル)及び二次コイル32を有する点火出力部35を含んで構成されている。
【0031】
このような構成の点火系では、図5に示される如くに、フライホイール28に設けられたマグネット29が点火コイルユニット30を横切る際に一次コイル31にパルス電圧が誘起される。誘起されたパルス電圧は、コントローラ50の誘起電圧処理部51で点火用の主電圧分と回転速度計測等に用いられる副電圧分とに分圧される。主電圧分は点火出力部35(のコンデンサ)に供給され、副電圧分は回転信号として波形整形部53に供給される。点火出力部35に供給された電圧(電力)は、点火用だけでなく、制御回路基板40のCPU等の駆動用電源としても利用される。
【0032】
前記主電圧分が供給される点火出力部35では、エンジン回転速度に対応した時期(基準点火時期)に、コンデンサに放電させて二次コイル32に瞬間的に高電圧を発生させ、この高電圧をケーブルを介して点火プラグ37に印加することによりプラグギャップ間で火花放電させて、クランク軸22の回転に同期した点火を行うようになっている。
【0033】
そして、本実施形態では、前記コントローラ50は、前述したように、「遠心クラッチ4のストール時には、膨張行程における回転速度と他の行程における回転速度との差が非ストール時より大きくなる」ことを利用して、遠心クラッチ4がストールしたか否かを判定するようにされる。また、前記コントローラ50は、クラッチストール発生(判定)後は、該クラッチストール状態から速やかに脱するようにすべく、前記基準点火時期から進角・遅角させる点火時期の制御の他、点火コイルの一次側を短絡させるなどして点火(火花放電)させないようにする失火制御や間引き制御等の点火制御を行うようになっている。
【0034】
以下、制御回路基板(作業機用エンジンの制御装置)40の主要部を構成するコントローラ(制御部)50の制御処理内容を図5図9を参照しながら説明する。
【0035】
前記コントローラ50は、図5に示される如くの、誘起電圧処理部51、波形整形部53、パルス間隔(周期)計測部54、エンジン回転数算出部55、クラッチストール判定部56、点火制御部57で構成されている。
【0036】
誘起電圧処理部51から前記副電圧分(パルス電圧信号)が供給される波形整形部53では、パルス電圧信号を図6に示される如くの矩形パルス信号(回転信号)に整形してパルス間隔(周期)計測部54に送る。
【0037】
ここで、一次コイル31から誘起されるパルス電圧は、もともと点火用の信号なので、上死点の少し手前で発生するようにされており、パルス間隔(周期)計測部54に送られる矩形パルス信号の後端縁のクランク角度位置は、上死点前の例えば30°程度とされる。なお、本実施形態のエンジン20は、4ストロークエンジンであるので、吸気、圧縮、膨張、排気の4行程、つまりエンジン(クランク軸)2回転で一燃焼サイクルを構成し、矩形パルス信号は、一燃焼サイクル中において圧縮上死点前と排気上死点前の2回、相互に360°(1回転分)離れて出現する。そのため、該矩形パルス信号により、一燃焼サイクル(2回転)を、実質的に膨張行程と排気行程とからなる1回転と、実質的に吸気行程と圧縮行程とからなる1回転とに分けることができ、これをクラッチストールの検出判定に用いる。
【0038】
なお、本実施形態のエンジン20では、上記説明からもわかるように、点火出力部35には、一次コイル31に誘起されたパルス電圧が圧縮上死点前と排気上死点前の2回供給され、混合気の点火が行われる圧縮上死点前だけでなく、排気上死点前でも二次コイル32に瞬間的に高電圧を発生させて点火プラグ37に火花放電させるようになっている。
【0039】
一方、波形整形部53から矩形パルス信号が送られるパルス間隔(周期)計測部54では、パルス信号のパルス間隔(時間的間隔)を周期Ta(実質的に膨張行程と排気行程からなる1回転に要した時間長)、Tb(実質的に吸気行程と圧縮行程からなる1回転に要した時間長)として計測してエンジン回転数算出部55及びクラッチストール判定部56に順次送る。エンジン回転数算出部55は、パルス間隔(周期)計測部54から送られてくる周期Ta、Tbの複数回分(例えば4回分)の平均値を算出して、それをエンジン回転数に換算して点火制御部57に送る。
【0040】
パルス間隔(周期)計測部54から周期Ta、Tbが送られてくるクラッチストール判定部56では、時間的に隣り合う前回周期と今回周期との時間長差(Ta-Tb、Tb-Ta)の絶対値|Ta-Tb|、|Tb-Ta|を順次求める。
【0041】
ここで、前述したように、周期Taは、混合気が一気に燃焼して膨張する膨張行程を含んでいるので周期Tbより短くなり、それらの時間長差の絶対値|Ta-Tb|、|Tb-Ta|は、クラッチのストール時の方が、非ストール時より大きくなる。これを利用して、クラッチストール判定部56は、クラッチストールが発生したか否かを判定する。
【0042】
かかるクラッチストール判定部56が実行するクラッチストール判定ルーチン(処理内容)の一例を図7のフローチャートを参照しながらより詳しく説明する。
【0043】
このクラッチストール判定ルーチンは、リコイルスタータ24によりエンジン20が回転し始めたときにスタートし、所定周期で繰り返し実行される。スタート後、ステップS71において、前述したパルス間隔(周期)計測部54において説明した如くにして、パルス信号のパルス間隔(時間的間隔)を計測し、続くステップS72において、時間的に隣り合う前回周期Tn-1と今回周期Tとの時間長差(Tn-1-T)の絶対値ΔT(=|Tn-1-T|)を順次求める。
【0044】
続くステップS73では、時間長差の絶対値ΔTがしきい値Tth以上か否かを判断する。ΔTがしきい値Tth以上である場合には(S73:Yes)、ΔTがしきい値Tth以上となった回数をカウントすべく、続くステップS74において、前回のカウント値Kに1を加算して今回のカウント値Kとする。
【0045】
続くステップS75では、カウント値Kがしきい値Kth(例えば200)以上か否かを判断する。カウント値Kがしきい値Kth未満の場合は(S75:No)、元に戻り、カウント値Kがしきい値Kth以上の場合には(S75:Yes)、クラッチストールが発生したと判定し、ステップS80のクラッチストール発生後制御(図5の点火制御部57による、図8のフローチャートに示されるクラッチストール解除ルーチン)に移行してこのルーチンを終了する。
【0046】
また、ステップS73で時間長差の絶対値ΔTがしきい値Tth以上ではないと判断された場合には(S73:No)、ステップS77でカウント値Kが1以上か否かを判断する。カウント値Kが1以上である場合には(S77:Yes)、カウント値Kがしきい値Kth(例えば200)に達する前にΔTがしきい値Tth未満になったので、クラッチストールは発生してないと判断して、ステップS78でカウント値Kをリセットして元に戻る。
【0047】
ここで、図9に、時間長差の絶対値ΔTをエンジン回転数(回転速度)差ΔNに換算して、作業時において遠心クラッチ4が非ストール状態にあるときからストール状態になったときの回転数差ΔNの変化の一例が示されているように、回転数差ΔNは、非ストール時には50~100(rpm)であるのに対し、ストール時には150(rpm)を超えるので、本例では、しきい値Nth(しきい値Tthから換算)を125(rpm)に設定している。本例では、回転数差ΔN(=|Nn-1-N|)がこのしきい値Nthを超えて(時点t1)からカウント値Kがしきい値Kth(例えば200)以上となってクラッチストールが発生したと判定される(時点t2)までの時間は、約2~3秒程度とされる。
【0048】
次に、図5のクラッチストール判定部56において、クラッチストールが発生したと判定された場合には、その旨を点火制御部57に送る。点火制御部57では、クラッチストール発生後に速やかにクラッチストール状態を解除するべく、図8のフローチャートで示される如くの処理内容のクラッチストール解除ルーチンを行う。
【0049】
すなわち、図8に示される点火制御部57が実行するクラッチストール解除ルーチンは、エンジン20が起動したときにスタートし、所定周期で繰り返し実行される。スタート後、ステップS81において、前述したエンジン回転数算出部55で算出されたエンジン回転数(実回転数)を読み込み、続くステップS82で、実回転数がアイドル回転数より若干高い2400(rpm)から4500(rpm)の範囲内にあるか否かを判断する。実回転数が2400~4500(rpm)の範囲内にある場合には(S82:Yes)、クラッチストール状態にあるので、ステップS83に進む。
【0050】
ステップS83では、前記したエンジン回転速度に対応した基準点火時期より10°CA程度遅角させて、2回転連続で点火を行い、続く2回転連続で点火コイルの一次側を短絡させるなどして失火させる間引き運転(間欠点火)を行い、出力を低下させて実回転数を下げる制御を行う。なお、前述したように本実施形態のエンジン20では、圧縮上死点前だけでなく、排気上死点前でも点火プラグ37に火花放電(空点火)させるようになっているので、実際に混合気に点火されるのは4回転に1回だけである。この4回転に1回の点火を1セット(間引きモードセットと称する)として、条件(a)実回転数が2400~4500(rpm)の範囲外となる(S82:No)、及び、条件(b)エンジン停止スイッチ18がONされる(S85:Yes)、ことを満たさない限り、予め設定したセット数しきい値Mth(例えば32セット)完了するまで間引き運転を行う(ステップS84~S86、S81~S83)。
【0051】
ここで、上記のような間引き運転を行うと、エンジン20に通常時とは異なる運転音、具体的には物をたたく打音のような音が連続して発生するので、前記した間引きモードセットを何セットか(換言すれば、所定回数)行えば(通常は8セット程度行えば)、作業者がクラッチストールが発生したことに気づくと思われる。作業者がクラッチストールが発生していることに気づき、スロットルレバー15を握っている状態から解放すれば、スロットル弁26がアイドル開度(略全閉)に戻され、実回転数がアイドル回転数の2300(rpm)前後に戻されるので、クラッチストール状態が解除される。
【0052】
また、作業者がスロットルレバー15を握ったまま、刃物用レバー14を操作して刃物7への動力伝達を絶つと、刃物7側がエンジン20側から切り離されるので、クラッチストール状態が解除され、実回転数が前記4500(rpm)を超えるものとなる。
【0053】
図8のフローチャートのステップS82において、クラッチストール発生後に、前記のようにスロットルレバー15や刃物用レバー14が操作されて実回転数が2400~4500(rpm)の範囲外となった場合には(S82:No)、クラッチストールが解除されたとみなして、エンジン20を停止させることなく、ステップS91に進み、後述するステップS84でセットされる間引きモードセット実行回数Mが1以上か否かを判断する。間引きモードセット実行回数Mが1以上でない場合には(S91:No)、そのままこのルーチンを終了し、間引きモードセット実行回数Mが1以上である場合には(S91:Yes)、Mがセット数しきい値Mth(例えば32)以上となる前にクラッチストールが解除されたとみなして、ステップS92でMをリセットして、ステップS95に進む。
【0054】
ステップS95では、前記したエンジン回転速度に対応した基準点火時期より10°CA程度進角させて4回転連続で点火を行い、その後、通常の制御に移行する(ステップS99)。
【0055】
前記ステップS83に続いてステップS84では、前記した間引きモードセットを行った回数をカウントすべく、前回の間引きモードセット実行回数Mに1を加算して今回の間引きモードセット実行回数Mとする。
【0056】
また、ステップS85において、エンジン停止スイッチ18がONか否かを判断し、エンジン停止スイッチ18がONである場合には(S85:Yes)、ステップS90に進む。また、エンジン停止スイッチ18がONでない場合には(S85:No)、ステップS86で、間引きモードセット実行回数Mがセット数しきい値Mth(例えば32)以上か否かを判断する。Mがセット数しきい値Mth(例えば32)以上でない場合には(S86:No)、元に戻り、Mがセット数しきい値Mth(例えば32)以上になった場合には(S86:Yes)、アイドル運転モードへの切換動作が行われていないとみなせるので、ステップS90に進んで、点火コイルの一次側を短絡させるなどして点火(火花放電)させないようにして、エンジン20を強制的に停止させる。
【0057】
以上で説明したように、本実施形態の制御回路基板(作業機用エンジンの制御装置)40(のコントローラ(制御部)50)では、追加部品や改造をほとんど必要とすることなく既存の作業機用エンジン20に通常備えられるフライホイールマグネト方式の点火系から得られる点火用のパルス電圧信号を回転信号として用いて、既存の制御プログラムを若干改変しただけの極めて簡素な構成のもとで、遠心クラッチ4がストールしたことを確実に検出することができ、費用対効果に優れる。
【0058】
また、クラッチストールが発生したことを、警告ランプや警報器等を用いることなく、混合気の点火を所定割合で行わない間引き運転を行って、通常とは異なる打音等の運転音を連続して発生させることによって作業者に知らせるようにされるので、この点からも追加部品や改造を必要せず、費用対効果に優れる。
【0059】
上記のように、クラッチストールを確実に検出することができるとともに、クラッチストールが発生したことを作業者に知らせることができるので、クラッチストール状態から速やかに脱出することができるとともに、保守点検も容易となり、さらに、クラッチシューやクラッチドラムの磨耗が低減されて動力伝達に支障を来すことがないようにでき、その結果、信頼性が向上するとともに、遠心クラッチ、ひいては作業機の製品寿命を長くすることができる。
【0060】
なお、上記実施形態においては、クラッチストールが発生したか否かを、前回周期と今回周期との時間長差(Ta-Tb、Tb-Ta)の絶対値|Ta-Tb|、|Tb-Ta|に基づいて判定するようにされているが、周期Ta、Tbから回転速度を算出・換算して、この回転速度の差の絶対値に基づいて判定するようにしてもよい。
【0061】
また、上記実施形態においては、周期の時間長差(回転速度差)の絶対値が所定しきい値以上となることが連続して所定回数以上続いたとき、遠心クラッチ4がストールしたと判定するようにされているが、それに限られることはなく、周期の時間長差(回転速度差)の絶対値が所定しきい値以上となることが所定時間以上継続したとき、前記遠心クラッチ4がストールしたと判定するようにしてもよい。
【0062】
また、上記実施形態においては、クラッチストールが発生したか否かを、周期の時間長差(回転速度差)に基づいて判定するようにされているが、例えば回転速度の差を利用して比率等に置き換えて判定するようにしてもよい。
【0063】
また、上記実施形態においては、作業機として畔草刈機を例示したが、作業機は、それに限られることはなく、芝刈り機や刈払機等であってもよい。
【符号の説明】
【0064】
1 畔草刈機(作業機)
2 車体
3 動伝機構部
4 遠心クラッチ
5 車輪
6 カバー
7 作業用刃物
10 操作ハンドル
11 棹状ハンドル
12 矩形枠状ハンドル
13 パネル
14 刃物用レバー
15 スロットルレバー
18 エンジン停止スイッチ
20 作業機用エンジン
21 シリンダ
22 クランク軸
23 エアクリーナ
24 リコイルスタータ
25 気化器
26 スロットル弁
27 機械式ガバナー
28 フライホイール
29 マグネット
30 点火コイルユニット
31 一次コイル
32 二次コイル
35 点火出力部
37 点火プラグ
40 制御回路基板(作業機用エンジンの制御装置)
50 コントローラ(制御部)
51 誘起電圧処理部
53 波形整形部
54 パルス間隔(周期)計測部
55 エンジン回転数算出部
56 クラッチストール判定部
57 点火制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9