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特許7274121硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性および耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具
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  • 特許-硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性および耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-08
(45)【発行日】2023-05-16
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性および耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230509BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20230509BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019039220
(22)【出願日】2019-03-05
(65)【公開番号】P2020142314
(43)【公開日】2020-09-10
【審査請求日】2021-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】奥出 正樹
(72)【発明者】
【氏名】村上 晃浩
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-064485(JP,A)
【文献】国際公開第2017/179221(WO,A1)
【文献】特開2018-043326(JP,A)
【文献】特開2010-099769(JP,A)
【文献】国際公開第2017/152196(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に硬質被覆層が形成されてなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の表面側から下部層および上部層を有してなり、
(b)前記下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1~3.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を有し、
(c)前記上部層は、1.0~15.0μmの平均層厚を有する立方晶Ti1-xTa1-y(但し、xおよびyはいずれも原子比であって、xは、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める平均含有割合を表し、0.30≦x≦0.90であり、yは、C量がNとCとの合量に対して占める平均含有割合を表し、0<y≦0.60である。)からなる層を有し、
(d)前記Ti1-xTa1-y層は、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める含有割合、および、C量がNとCとの合量に対して占める含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有し、
(d-1)縦断面観察において、前記組成変動組織が工具基体の法線に対して0~10°の方向に存在しており、また、前記組成変動組織は平均粒子幅が2~100nmの柱状構造組織であり、
(d-2)前記組成変動組織における前記Ta量が前記TiとTaとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すTa最高含有点と最低含有割合xminを示すTa最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するTa最高含有点とTa最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が2~20nmであり、前記Ta最高含有点の最高含有割合xmaxと前記Ta最低含有点の最低含有割合xminとの差Δxの絶対値の平均値が0.04以上であり、
(d-3)前記組成変動組織におけるC量が前記NとCとの合量に対して占める含有割合について、C量の最高含有割合ymaxを示すC最高含有点とC量の最低含有割合yminを示すC最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するC最高含有点とC最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が2~20nmであり、前記C最高含有点の最高含有割合ymaxと前記C最低含有点の最低含有割合yminとの差Δyの絶対値の平均値が0.04以上であり、
(d-4)前記組成変動組織におけるTa量が前記TiとTaとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すTa最高含有点と最低含有割合xminを示すTa最低含有点とのそれぞれの周期および位置と、C量が前記NとCとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合ymaxを示すC最高含有点と、最低含有割合yminを示すC最低含有点とのそれぞれの周期および位置とはそれぞれに対応して同期しており、前記それぞれに対応して同期するTa最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値が、前記Ta最高含有点とその隣接するTa最低含有点との平均間隔の1/5以下であること、
を特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
請求項1に記載された表面被覆切削工具において、前記上部層であるTi1-xTa1-y層のナノインデンテーション押込み硬さ(押込み荷重200mgf)が4500kgf/mm以上であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された表面被覆切削工具において、前記上部層である前記Ti1-xTa1-y層の上層として、0.5~5.0μmの平均層厚を有するα型もしくはκ型のAl層を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載された表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、合金鋼やステンレス鋼等の高速切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性および耐剥離性を備えることにより、長期の使用に亘り、すぐれた切削性能を有する表面被覆切削工具(以下、「被覆工具」という。)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、各種鋼の切削加工においては、炭化タングステン基等の超硬合金基体表面に、下部層として化学蒸着形成されたTiの窒化物(TiN)や炭窒化物(TiCN)層等のTi化合物層を有し、上部層としてTa、NbやMo等の窒化物を化学蒸着により形成された硬質被覆層を有する被覆工具が用いられている。
しかしながら、近年、各種鋼の切削加工における高能率化が求められており、合金鋼やステンレス鋼の切削加工においては、高速切削化が求められる中、従来の表面被覆切削工具では、例えば、二層構造の皮膜に対し、切削時に基材の表面に平行な方向の力が皮膜に加わると、皮膜を構成する各層の間にて剥離が生じ、さらに皮膜が摩耗するというような問題を有していた。
【0003】
そこで、例えば、特許文献1では、表面被覆切削工具の基材上に2以上の層を含み、少なくとも一層は、TaNからなる第1化合物層であり、該第1化合物層は、基材側から厚み方向に非晶質からなる非晶質領域と六方晶構造からなる結晶質領域とを順に有し、他の一層は、第1化合物層の直下の第2化合物層であり、該第2化合物層は、立方晶構造を含む結晶構造からなる層であり、MTaN(ここで、Mは、Ti、TiAlまたはTiHfからなる)からなる層とすることにより、耐摩耗性と潤滑性を高いレベルで両立する被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5640243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工における省力化および省エネ化への要求は強く、これに伴い、被覆工具は一段と過酷な条件下にて使用されるようになってきており、たとえば、合金鋼やステンレス鋼等の高速切削加工において、すぐれた耐摩耗性およびすぐれた耐剥離性を発揮することが求められている。
しかしながら、前記特許文献1において提案されている、表面被覆切削工具を用い、被覆工具を合金鋼やステンレス鋼等の高速切削加工に用いることによっても、従来のPVD-TaNやTiTaN皮膜では、六方晶構造の皮膜を含んでいるため、皮膜硬さが低く、また、刃先の温度が高温になる加工では、相変態が生じ皮膜の耐チッピング性が劣化するため、溶着チッピングが頻発し、耐摩耗性および耐剥離性を発揮するには、不向きであるという問題点を有していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、前記被覆工具を合金鋼やステンレス鋼等の高速切削加工に用いた場合においても、長期の使用にわたり、すぐれた耐摩耗性および耐剥離性を兼ね備え、工具寿命の向上をもたらす、被覆工具について、鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
すなわち、本発明者らは、限定された条件にて、TiTaNCからなる炭窒化物層(以下、「TiTa複合炭窒化物層」ともいう。)を成膜することにより、工具基体のほぼ法線方向に形成された、超微粒組織を有する立方晶柱状組織が得られ、前記TiTa複合炭窒化物層の硬さが向上することにより、切削試験時における摩耗脱離単位が小さく、異常摩耗が抑制される結果、合金鋼やステンレス鋼の高速切削加工に際し、耐摩耗性および耐剥離性にすぐれた切削特性を有する硬質被覆層が得られることを見出した。
さらには、前記TiTa複合炭窒化物層では、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める含有割合(以後、「Ta含有割合」ともいう)、および、C量がNとCとの合量に占める含有割合(以後、「C含有割合」ともいう)が、周期的に変化する組成変動組織を有するとともに、前記組成変動組織は、特に、Ta含有割合について、最高含有割合を示すTa最高含有点および最低含有割合を示すTa最低含有点の周期および位置と、C含有割合について、最高含有割合を示すC最高含有点および最低含有割合を示すC最低含有点の周期および位置とがそれぞれ同期した組織とすることにより、高硬度の微細結晶粒を含有する耐摩耗性および耐剥離性にすぐれた硬質被覆層が得られることを知見した。
そして、かかるTiTa複合炭窒化物層を硬質被覆層として有する被覆切削工具は、従来の被覆切削工具に対して、すぐれた耐摩耗性および耐剥離性を発揮することから、合金鋼やステンレス鋼の高速切削加工用として、長期の使用にわたり、すぐれた工具寿命を有することを見出したものである。
【0007】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の表面に硬質被覆層が形成されてなる表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、前記工具基体の表面側から下部層および上部層を有してなり、
(b)前記下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1~3.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を有し、
(c)前記上部層は、1.0~15.0μmの平均層厚を有する立方晶Ti1-xTa1-y(但し、xおよびyはいずれも原子比であって、xは、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める平均含有割合を表し、0.30≦x≦0.90であり、yは、C量がNとCとの合量に対して占める平均含有割合を表し、0<y≦0.60である。)からなる層を有し、
(d)前記Ti1-xTa1-y層は、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める含有割合、および、C量がNとCとの合量に対して占める含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有し、
(d-1)縦断面観察において、前記組成変動組織が工具基体の法線に対して0~10°の方向に存在しており、また、前記組成変動組織は平均粒子幅が2~100nmの柱状構造組織であり、
(d-2)前記組成変動組織における前記Ta量が前記TiとTaとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すTa最高含有点と最低含有割合xminを示すTa最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するTa最高含有点とTa最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が2~20nmであり、前記Ta最高含有点の最高含有割合xmaxと前記Ta最低含有点の最低含有割合xminとの差Δxの絶対値の平均値が0.04以上であり、
(d-3)前記組成変動組織におけるC量が前記NとCとの合量に対して占める含有割合について、C量の最高含有割合ymaxを示すC最高含有点とC量の最低含有割合yminを示すC最低含有点とが繰り返され、前記繰り返される隣接するC最高含有点とC最低含有点の間隔の平均値である平均間隔が2~20nmであり、前記C最高含有点の最高含有割合ymaxと前記C最低含有点の最低含有割合yminとの差Δyの絶対値の平均値が0.04以上であり、
(d-4)前記組成変動組織におけるTa量が前記TiとTaとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合xmaxを示すTa最高含有点と最低含有割合xminを示すTa最低含有点とのそれぞれの周期および位置と、C量が前記NとCとの合量に対して占める含有割合について、最高含有割合ymaxを示すC最高含有点と、最低含有割合yminを示すC最低含有点とのそれぞれの周期および位置とはそれぞれに対応して同期しており、前記それぞれに対応して同期するTa最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値が、前記Ta最高含有点とその隣接するTa最低含有点との平均間隔の1/5以下であること、
を特徴とする表面被覆切削工具。
(2) (1)に記載された表面被覆切削工具において、前記上部層であるTi1-xTa1-y層のナノインデンテーション押込み硬さ(押込み荷重200mgf)が4500kgf/mm以上であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) (1)または(2)に記載された表面被覆切削工具において、前記上部層である前記Ti1-xTa1-y層の上層として、0.5~5.0μmの平均層厚を有するα型もしくはκ型のAl層を有することを特徴とする(1)または(2)に記載された表面被覆切削工具。」を特徴とするものである。
【0008】
つぎに、本発明の被覆工具について、詳細に説明する。
【0009】
硬質被覆層;
本発明に係る硬質被覆層は、工具基体側より、1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層と、TiTa複合炭窒化物層からなる上部層とを有するものであり、さらに必要に応じて、上部層の上層(最上層)として、α型もしくはκ型の酸化アルミニウム層(Al層)を有するものである。
硬質被覆層が下部層と上部層とからなる場合、硬質被覆層の合計平均層厚は、1.1μm未満では、長期にわたり耐摩耗性を発揮することができず、一方、18.0μmを超えると欠損やチッピングが発生し易くなるため、1.1~18.0μmとすることが望ましく、
また、最上層を含む場合においては、硬質被覆層の合計平均膜厚は、1.6~23.0μmとすることが望ましい。
硬質被覆層における各層および全体の平均層厚は、例えば、工具基体に対し垂直方向断面において、SEM(走査型電子顕微鏡)、TEM(透過型電子顕微鏡)、または、HAADF-STEM(高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡)を用いて測定することができる。
【0010】
下部層;
工具基体上に形成する下部層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、工具基体と上部層である、TiTa複合炭窒化物層との密着性を高めることができるため、欠損、剥離等の異常損傷の発生を抑制することができる。
Ti化合物層からなる下部層の合計平均膜厚は、0.1μm未満では、下部層の効果が十分発揮されず、一方、3.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるため、0.1μm~3.0μmとすることが望ましい。
【0011】
上部層(複合炭窒化物層);
(1)成分組成、平均層厚
本発明に係る複合炭窒化物は、TiTa複合炭窒化物層からなるものであって、前記複合炭窒化物層を構成するTiTa複合炭窒化物は、組成式(Ti1-xTa1-y)にて表した場合、0.30≦x≦0.90、0<y≦0.60をそれぞれ満足する。
ここで、xは、Ta量がTiとTaとの合量に対して占める平均含有割合を表し、yは、C量がNとCとの合量に対して占める平均含有割合を表す。ただし、xおよびyはいずれも原子比である。
Taの平均含有割合xは、0.30より小さい場合には十分な格子ひずみが導入されず、またxが0.90よりも大きい場合には結晶組織中に六方晶形の結晶が形成され、十分な硬さを確保できないために、0.30≦x≦0.90と規定した。
また、本発明に係る前記TiTa複合炭窒化物層においては、耐溶着性向上元素であるNと、硬度向上元素であるCについて、それぞれの含有割合を調整し、Cの平均含有割合を0<y≦0.60とすることにより、耐溶着性と硬度の両特性を備えた硬質被覆層を得ることができる。
また、上部層の平均層厚は、1.0μm未満では、長期にわたる耐摩耗性を発揮することができず、一方、15.0μmを超えると、欠損やチッピングが発生しやすくなるため、硬度および耐摩耗性の観点から優れた効果を発揮する、1.0~15.0μmと規定した。
【0012】
(2)組成変動組織
本発明に係る前記複合炭窒化物(TiTaNC)層は、Ta含有割合、Ti含有割合、C含有割合およびN含有割合が、周期的に変化する組成変動組織、すなわち、TaがTiとTaとの合量に対して占める含有割合、および、CがNとCとの合量に対して占める含有割合が同期して周期的に変化する組成変動組織を有するものである。
【0013】
(2-1)組成変動組織を構成する結晶粒
前記組成変動組織を構成する結晶粒は、縦断面観察において、工具基体の法線に対して0~10°の方向に存在しており、水平方向における平均粒子幅が2~100nmである柱状構造結晶により形成された組織である。
前記結晶粒が、縦断面観察において、工具基体の法線に対して10°より大きい方向に存在している場合、合金鋼やステンレス鋼の切削加工時に被削材表面と硬質被覆層最表面とが接触する際に、柱状構造結晶粒が角度を持って被削材表面に接することにより、摩耗時の結晶粒の脱落単位が大きくなることでの異常摩耗の進行や、柱状構造結晶粒の塑性変形による組織の脱落が生じるため、前記組成変動組織を構成する結晶粒は、縦断面観察において、工具基体の法線に対して0~10°の方向に存在するものとした。
また、前記結晶粒の水平方向における平均粒子幅については、水平方向における平均粒子幅が2~100nmと小さいため、転位運動の障害として作用する結晶粒界長が大きくなり、結晶粒界のすべりに対する抵抗が大きくなる結果、皮膜硬さが向上する。水平方向における平均粒子幅が100nmより大きい場合には、従来の表面被覆切削工具の硬質被覆層にあるように、上記の皮膜硬さ向上の効果が小さくなる。
なお、ここでいう柱状構造結晶により形成された組織とは、例えば、前記複合炭窒化物層の縦断面を観察した際に、個々の結晶粒について、層厚方向の結晶粒の高さ(長辺)にて、最も大きい値を最大粒子長さ(L)とし、層厚方向に垂直な方向の結晶粒の幅(短辺)にて、最も大きい値を最大粒子幅(W)としたとき、L/Wにて定義されるアスペクト比が、2.0以上である結晶粒が、前記の複合窒化物層の縦断面において占める面積割合が、50%以上である組織をいう。
具体的な測定法としては、例えば、SEM-EBSD法(走査型電子顕微鏡を用いた電子線後方散乱回折法)を用いることにより、測定することができる。
【0014】
(2-2)組成変動組織における各含有成分の最高含有点、最低含有点、含有割合等について
以下では、(ア)~(エ)にて、組成変動組織における各成分Ta、Ti、CおよびNにおける最高含有点、最高含有割合、最低含有点および最低含有割合の定義を示し、(オ)Ta最高含有点およびC最高含有点の位置、および、それぞれの最高含有点の周期と最低含有点の周期とを同期させ、さらに、Ta最高含有割合とTa最低含有割合の差を所定値以上、同じく、C最高含有割合とC最低含有割合の差を前記所定値以上の組成変動組織とすることにより、組織の立方晶化が進み、硬さの向上が図られること、(カ)隣接するTa最高含有点とTa最低含有点の平均間隔を所定範囲とすることにより、硬さ向上効果が発揮できること、また、(キ)Ta最高含有点と、Ta最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値を所定値以下とすることにより、硬さ向上効果が得られることについて説明する。
【0015】
(ア)Ta最高含有点、Ta最高含有割合(xmax)、Ta最低含有点およびTa最低含有割合(xmin)の定義;
前記組成変動組織において、Ta含有割合は、例えば、Ta最高含有割合-Ta最低含有割合-Ta最高含有割合-Ta最低含有割合・・・というように所定の間隔を保ち、周期的な含有割合の変化を示す。
ここでいうTa最高含有割合、Ta最低含有割合について説明すると、Ta最高含有割合とは、各測定点におけるTa含有割合が、層全体の組成式(Ti1-xTa1-y)におけるTa量がTiとTaとの合量に対して占める平均含有割合xの値以上の連続した部分におけるTa含有割合の最大値をいう。連続してxの値以上となる部分が複数ある場合は、それぞれの部分におけるTa含有割合の最大値をTa最高含有割合と定義し、それぞれの部分におけるTa含有割合が最大値をとる位置をそれぞれの部分におけるTa最高含有点と定義する。以後、Ta最高含有割合についてはxmaxと記すこともある。
同様に、Ta最低含有割合とは、各測定点におけるTa含有割合が、層全体の組成式(Ti1-xTa1-y)におけるTa量がTiとTaとの合量に対して占める平均含有割合xの値以下となる連続した部分におけるTa含有割合の最小値をいう。連続してxの値以下となる部分が複数ある場合は、それぞれの部分におけるTa含有割合の最小値をTa最低含有割合と定義し、それぞれの部分におけるTa含有割合が最小値をとる位置をそれぞれの部分におけるTa最低含有点と定義する。以後、Ta最低含有割合についてはxminと記すこともある。
この定義によれば、xの値近傍での周期的な変化が存在する場合、Ta最高含有点とTa最低含有点が交互に出現する。
以下、各成分の平均含有割合の値以上の連続した部分における最大値をとる位置をそれぞれの部分における最高含有点といい、各成分の平均含有割合の値以下の連続した部分における最小値をとる位置をそれぞれの部分における最低含有点という。
【0016】
(イ)Ti最高含有点、Ti最高含有割合αmax、Ti最低含有点、Ti最低含有割合αminの定義;
前記組成変動組織において、Ti量がTaとTiとの合量に対して占める含有割合(以後、Ti含有割合とも記す)は、Ta含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、Ta最高含有点では、Ti最低含有割合αmin(=1-xmax)を示し、Ta最低含有点では、Ti最高含有割合αmax(=1-xmin)を示す。なお、αは原子比である。
すなわち、Ti含有割合は、前記Ta含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、同周期にて、Ti最低含有割合-Ti最高含有割合-Ti最低含有割合-Ti最高含有割合・・・という含有割合の変化を示す。ここでいう、Ti最高含有点、Ti最高含有割合、Ti最低含有点、Ti最低含有割合の定義は、前記TaをTiに置き換え同様の定義である。
【0017】
(ウ)C最高含有点、C最高含有割合(ymax)、C最低含有点、C最低含有割合(ymin)の定義;
前記組成変動組織において、C含有割合は、前記TiとTaの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、C最高含有割合-C最低含有割合-C最高含有割合-C最低含有割合・・・というように所定の間隔を保ち、周期的な含有割合の変化を示す。
ここでいうC最高含有割合、C最低含有割合について説明すると、C最高含有割合とは、各測定点におけるC含有割合が、層全体の組成式(Ti1-xTa1-y)におけるNとCとの合量に対してC量が占める平均含有割合yの値以上の連続した部分におけるC含有割合の最大値をいう。連続してyの値以上となる部分が複数ある場合は、それぞれの部分におけるC含有割合の最大値をC最高含有割合と定義し、それぞれの部分におけるC含有割合が最大値をとる位置をそれぞれの部分におけるC最高含有点と定義する。以後、C最高含有割合についてはymaxと記すこともある。
同様に、C最低含有点とは、各測定点におけるC含有割合が、層全体の組成式(Ti1-xTa1-y)におけるC量がNとCとの合量に対して占める平均含有割合yの値以下となる連続した部分におけるC含有割合の最小値をいう。連続してyの値以下となる部分が複数ある場合は、それぞれの部分におけるC含有割合の最小値をC最低含有割合と定義し、それぞれの部分におけるC含有割合が最小値をとる位置をそれぞれの部分におけるC最低含有点と定義する。以後、C最低含有割合についてはyminと記すこともある。
この定義によれば、yの値近傍での周期的な変化が存在する場合、最高含有点と最低含有点が交互に出現する。
【0018】
(エ)N最高含有点、N最高含有割合βmax、N最低含有点、N最低含有割合βminの定義;
前記組成変動組織において、N量が、NとCとの合量に対して占める含有割合(以後、N含有割合とも記す)は、C含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、C最高含有点では、N最低含有割合βmin(=1-ymax)を示し、C最低含有点では、N最高含有割合βmax(=1-ymin)示す。なお、βは原子比である。
すなわち、N含有割合は、前記C含有割合の周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向に沿って、同周期にて、N最低含有割合-N最高含有割合-N最低含有割合-N最高含有割合・・・という含有割合の変化を示す。ここでいう、N最高含有点、N最高含有割合、N最低含有点、N最低含有割合の定義は、前記CをNに置き換えたと同様の定義である。
【0019】
(オ)Ta最高含有点およびTa最低含有点におけるTa含有割合差(xmax-xmin)ならびにC最高含有点およびC最低含有点におけるC含有割合差(ymax-ymin);
Ta最高含有点およびC最高含有点の位置、および、それぞれの最高含有点と最低含有点の周期は、後述する成膜方法において、同期させることができる。
さらに、Ta最高含有割合xmaxとTa最低含有割合xminの差が0.04以上、かつ、C最高含有割合ymaxとC最低含有割合yminの差が0.04以上の組成変動組織とすることにより、硬さが向上する。
【0020】
(カ)隣接するTa最高含有点とTa最低含有点の間隔(平均値);
Ta最高含有点とTa最低含有点の間隔については「複合炭窒化物層の縦断面観察において、周期的な組成変化の周期が最小になる方向で測定される平均間隔が2~20nmであること」が、硬さ向上のために必要である。
前記硬さ向上効果を発揮させるためには、平均間隔は小さい方が望ましく、20nm以下であることが必要である。一方、平均間隔が2nm未満では、それぞれを明確に区別して形成することが困難となるため、所望の硬度が得られず、耐摩耗性を確保することができない。
【0021】
キ)Ta最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値;
前記硬さ向上効果を発揮させるためには、「Ta最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔の平均値」は、小さい方が好ましく、隣接するTa最高含有点とTa最低含有点の平均間隔の1/5以下であることが必要である。
【0022】
(2-3)硬度
TiTa複合炭窒化物層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、その平均層厚が1.0~15.0μmにて、かつナノインデンテーション押込硬さ(押込荷重200mgf)が4500kgf/mm以上の場合、よりすぐれた効果を発揮することができる。
なお、TiTa複合炭窒化物層の平均層厚は、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて、工具基体に垂直な方向の断面の観察視野内の5点の層厚を測り、これらを平均して平均層厚を求めることができ、また、ナノインデンテーション硬さについては、ナノインデンテーション試験法(ISO 14577)に基づき、前記TiTa複合炭窒化物層の表面を研磨し、ダイヤモンド製のBerkovich圧子を用いて、押込荷重200mgfで測定を行なった。
【0023】
最上層;
本発明では、上部層(複合炭窒化物層)の上に、さらに最上層として酸化アルミニウム層を成膜することができる。
酸化アルミニウム層は、通常の化学蒸着法によって、0.5~5.0μmの平均層厚を有するα型Al層もしくはκ型Al層を形成することとした。
上部層に対し、最上層として、α型Al層もしくはκ型Al層を形成することにより、さらに、硬質被覆層の高温硬さおよび耐熱性の向上を図ることができる。
かかる酸化アルミニウム層の平均層厚について、0.5μm未満では、耐摩耗性向上による寿命延長効果が少なく、また、その平均層厚が、5.0μmを超えると、酸化アルミニウムの結晶粒が粗大化し易くなり、高温硬さ、高温強度の低下や、溶着チッピングや剥離等が発生するおそれがあるため、上記のとおり、その平均層厚は、0.5~5.0μmとすることが望ましい。
【0024】
硬質被覆層の成膜方法;
本発明に係る硬質被覆層は、下部層、上部層(TiTa複合炭窒化物層)の順に、例えば、以下に示す成膜法を用いて形成することができる。
また、必要に応じ、上部層であるTiTa複合炭窒化物層の最上層として、酸化アルミニウム層を成膜することができる。
(1)下部層の成膜方法
硬質被覆層の下部層は、工具基体上に形成される、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、通常の化学蒸着法を用い、成膜する化合物層ごとに反応ガス組成、および、圧力、温度等の反応雰囲気を適正範囲に調整することにより、成膜することができる。(後述する表3等参照。)
【0025】
(2)複合炭窒化物層(上部層;TiTaNC層)の成膜方法
本発明において規定する成分組成を有し、特定の組成変動組織を有するTiTaNC層は、一例として、工具基体に対し、化学蒸着法を用いて、以下に示す条件にて成膜を行なうことにより、形成することができる。
すなわち、TiTaNC層の成膜条件は、原料として、TiClガス、TaClガス、HClガス、CHガス、Nガス、Arガス、Hガスを用い、成膜温度は、900℃以上1070℃未満、圧力条件は、15kPa以上40kPa未満にて、CVD装置にて成膜を行った。
【0026】
[成膜条件]
1)反応ガス組成(容量%):
TiCl:0.5~2.5%、
TaCl:0.3~2.5%、
HCl:0.1~0.5%、
CH:0.5~5.0%、
:15.0~50.0%、
Ar:10.0~30.0%
:残、
2)反応雰囲気温度:900℃以上1070℃未満
反応雰囲気温度については、900℃未満では、十分な成膜速度が得られず、TiTaNC層の塩素含有量が多くなり易い傾向がある。一方1070℃以上では、超硬合金母材からC等の元素が皮膜中に拡散し、十分な付着強度が得られないことがある。よって、反応雰囲気温度については900℃以上1070℃未満が好ましい。なお、より好ましくは1000℃以上1050℃以下が望ましい。
3)反応雰囲気圧力:15kPa以上40kPa未満
15kPa未満では十分な膜厚が得られず、40kPa以上では、皮膜中にポアが含まれやすくなる。よって、反応雰囲気圧力については15kPa以上40kPa未満が好ましい。
【0027】
(3)最上層の成膜方法
本発明被覆工具では、上部層である複合炭窒化物層(TiTaNC層)の上に、例えば、通常の化学蒸着法を用い、最上層として、α型Al層もしくはκ型Al層を成膜することができる。(後述する表5等参照。)
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る表面被覆切削工具は、工具基体の表面に形成されている硬質被覆層が、TiTa複合炭窒化物層を有し、前記TiTa複合炭窒化物層が、超微細組織を備えた柱状構造であることにより、TiTa複合炭窒化物層の硬度が向上するとともに、切削試験時の摩耗脱離単位が小さいことから、異常摩耗を抑制し、合金鋼、ステンレス鋼の高速切削加工に用いた場合に、耐摩耗性にすぐれた切削特性を示すとともに、さらには、異常摩耗による膜剥離を抑制するものである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明被覆工具1の表面被覆層の断面組織SEM写真を示す。
図2図1に示す本発明被覆工具1の表面被覆層の断面組織SEM写真の白線枠に囲まれたTiTa複合炭窒化物層の領域を拡大し、そのHAADF-STEM像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例
【0031】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cをそれぞれ製造した。
【0032】
また、原料粉末として、いずれも0.5~2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体D、Eを作製した。
【0033】
ついで、これらの工具基体A~Eのそれぞれを、化学蒸着装置に装入し、TiTa複合炭窒化物層を成膜することにより、本発明被覆工具1~12をそれぞれ製造した。
(a)下部層は、表6に示される目標層厚にて、表3に示される形成条件にて、蒸着形成した。
(b)次に、表4に基づいて、工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、本発明成膜工程のTiTaNC層の形成記号の成膜条件により成膜を行い、得られた、本発明被覆工具1~12に係る下部層(Ti化合物層)における目標合計平均層厚、上部層(TiTaNC層)の平均組成、組成変動組織の工具基体の法線に対する傾斜角度(°)、組成変動組織の柱状構造の平均粒子幅、Ta最高含有割合(平均値)、Ta最低含有割合(平均値)、C最高含有割合(平均値)、C最低含有割合(平均値)、Ta最高含有点とTa最低含有点の間隔(平均値)、C最高含有点とC最低含有点の間隔(平均値)、および、Ta最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔(平均値)、目標平均膜厚、押込荷重200mgfにおけるナノインデンテーション硬さ値、および、最上層(酸化アルミニウム層)における目標平均層厚を表6に示す。
【0034】
また、比較の目的で、本発明被覆工具1~12と同様の手順で比較例被覆工具1~8をそれぞれ製造した。すなわち、
(a)工具基体に表3に示される条件にて、表7に示される目標層厚の下部層を蒸着形成した。
(b)次に、表4に基づいて、工具基体記号に示される表1もしくは表2の工具基体に対し、比較例成膜工程のTiTaNC層の形成記号の成膜条件により成膜を行い、得られた、比較例被覆工具1~8に係る下部層(Ti化合物層)における目標合計平均層厚、上部層(TiTaNC層)の平均組成、組成変動組織の工具基体の法線に対する傾斜角度(°)、組成変動組織の柱状構造の平均粒子幅、Ta最高含有割合(平均値)、Ta最低含有割合(平均値)、C最高含有割合(平均値)、C最低含有割合(平均値)、Ta最高含有点とTa最低含有点の間隔(平均値)、C最高含有点とC最低含有点の間隔(平均値)、および、Ta最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔(平均値)、目標平均膜厚、押込荷重200mgfにおけるナノインデンテーション硬さ値、および、最上層(酸化アルミニウム層)における目標平均層厚を表7に示す。
【0035】
ここで、本発明被覆工具1~12、および、比較例被覆工具1~8の分析方法について述べる。
膜厚の測定は、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いた。まず、刃先近傍のすくい面のうち、刃先から100μm離れた位置において、工具基体に垂直な方向の断面が露出するように研磨を施した。次に刃先近傍のすくい面の刃先から100μm離れた位置を含むように、5000倍の視野でTiTaNC層を観察し、観察視野内の5点の層厚を測定し、平均値を平均層厚とした。
【0036】
次に、収束イオンビーム(FIB)を用いて工具基体表面に垂直な縦断面を切り出し、TiTaNC層の組成を、その層厚方向に沿って、工具基体表面に平行な方向の幅が10μmであり、硬質被覆層の厚み領域が全て含まれるように設定された視野について、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(HAADF-STEM)およびエネルギー分散型X線分析法(EDS)を用いて1.0μm×1.0μmの視野(TiTaNC層の膜厚が1.0μm以下の場合は、TiTaNC層の膜厚×1.0μmの視野)にて異なる5箇所にて組成分析を行い、その平均値からTiTaNC層全体の平均組成を求めた。
【0037】
また、TiTaNC層の平均粒子幅については、上部層であるTiTaNC層の縦断面について、透過型電子顕微鏡(TEM)にて、200nm×200nmの視野で観察を行い、観察像の横方向に線分を引いた際に、結晶粒界をまたいだ回数で線分長(200nm)を除したときの値を粒子幅とし、5視野での平均値をTiTaNC層の平均粒子幅とした。
【0038】
次に、HAADF-STEMを用いて組成変動組織の工具基体の法線に対する傾斜角度を求めた。具体的には、1.0μm×1.0μmの視野(TiTaNC層の膜厚が1.0μm以下の場合は、TiTaNC層の膜厚×1.0μmの視野)において、HAADF-STEM像を異なる5視野で観察し、工具基体の法線に対する組成変動組織の傾斜角度の平均値として求めた。
HAADF-STEM像では構成元素の原子量差に起因するコントラストが強いため、ここで観察された、「HAADF-STEM像で周期的な明暗がある組織」は「TiとTaとの周期的な組成変化を有する組織」であることを推定することができる。
次いで、前記周期的な明暗のある組織について、EDSによるライン分析法を用いて、TiとTaとの周期的な組成変化を有するものであるか確認を行った。
図2に本発明被覆工具1のTiTaNC層の断面HAADF-STEM像を示す。
【0039】
図2のHAADF-STEM像において、積層構造の組成変動組織について、EDSライン分析を行った。
初めに、HAADF-STEM像から「TiとTaとの周期的な組成変化の周期が最小となる方向(すなわち、HAADF-STEM像における明暗のコントラストの周期幅が最小となる方向)」を求めた。図2では本発明被覆工具1のTiTa複合炭窒化物層の断面HAADF-STEM像において、TiとTaとの組成変化の周期が最小となる方向(例えば、結晶粒内に形成される組成変動組織が、積層構造の組織であった場合には、積層組織を構成する層の層厚が最小となる方向をいう。)を求めた結果を示す。
なお、前述の通り、HAADF-STEM像では構成元素の原子量差に起因するコントラストが強く、図2のHAADF-STEM像において、明るい部分ほどTaが多く含有されている。なお、HAADF-STEMによって粒界が明瞭に観察できない場合は、同じ個所について、電子回折パターンによる結晶方位マッピングを10nm間隔で測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し隣接する測定点(以下、「ピクセル」ともいう)間での方位差を測定し、5度以上の方位差がある場合、そこを粒界と定義する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。(ただし、隣接するピクセルすべてと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱った。)
そして、前記「TiとTaとの周期的な組成変化の周期幅が最小となる方向」にEDSによるライン分析を行うことにより、Ta最高含有割合、Ta最低含有割合、C最高含有割合、C最低含有割合、Ta最高含有点とTa最低含有点の間隔、C最高含有点とC最低含有点の間隔、および、前記Ta最高含有点と、そのTa最高含有点から最も近い位置にあるC最高含有点との間隔を測定した。
これらは、いずれも5個の積層構造の組成変動組織に対してEDSライン分析を行い、各々の積層構造の組成変動組織における測定値(各積層構造毎に10点)の平均値として求めたものである。
表6および表7に測定および算出したそれぞれの値を示す。
【0040】
【表1】


【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
【表4】



【0044】
【表5】

【0045】
【表6】
【0046】
【表7】
【0047】
つぎに、前記各種の被覆工具を工具鋼製バイト先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1~8および比較例工具1~5について、以下に示す、合金鋼の高速連続切削試験を実施し、本発明被覆工具9~12および比較例工具6~8については、以下に示す、ステンレス鋼の高速連続切削試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに溶着の発生等の有無について観察を行い、結果を表8、表9に示す。
【0048】
≪切削条件A≫
切削試験:合金鋼丸棒の湿式高速切削加工試験(ターニング)
被削材: JIS・SCM420
切削速度:180m/min、
切り込み:2.0mm、
一刃送り量:0.4mm/刃、
切削時間:5.0分、
≪切削条件B≫
切削試験:ステンレス鋼丸棒の湿式高速切削加工試験(ターニング)
被削材: JIS・SUS316
切削速度:200m/min、
切り込み:1.5mm、
一刃送り量:0.3mm/刃、
切削時間:5.0分
【0049】
【表8】

【0050】
【表9】

【0051】
表8および表9の切削加工試験結果からも明らかなように、本発明被覆工具1~12では、表6において示すTa含有割合およびC含有割合が周期的に変化し、Ta最高含有点とC最高含有点の周期および位置がそれぞれ同期した積層構造の組成変動組織を含有したTiTa複合炭窒化物層とすることにより、本発明被覆工具1~8については、合金鋼の高速切削加工において、本発明被覆工具9~12については、析出硬化型ステンレス鋼の高速切削加工において、剥離、チッピングの発生はなく、逃げ面最大摩耗幅も小さく、すぐれた耐溶着性、耐塑性変形性および耐異常損傷性を発揮する。
これに対し、比較例被覆工具1~8では、硬質被覆層として含まれる複合炭窒化物層が、所望の平均組成を満たしていない、あるいは、所望の平均組成を満たしている場合であっても、Ta含有割合およびC含有割合が周期的に変化する組成変動組織を有していないことにより、合金鋼の高速切削加工、あるいは、析出硬化型ステンレス鋼の高速切削加工において、所望の特性を発揮することができず、摩耗の進展、溶着の発生、チッピングの発生等により、短時間で寿命に至るものであった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
前述のとおり、本発明の被覆工具は、硬質被覆層として含まれる複合炭窒化物層において、各成分の含有割合が周期的に変化する、所望の組成変動組織を有することにより、合金鋼の高速切削加工、および、析出硬化型ステンレス鋼の高速切削加工において、すぐれた耐摩耗性、耐剥離性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに、低コスト化に十分満足するものである。
図1
図2