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  • 特許-細胞興奮毒性評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-08
(45)【発行日】2023-05-16
(54)【発明の名称】細胞興奮毒性評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20230509BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20230509BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/10
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019557314
(86)(22)【出願日】2018-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2018043917
(87)【国際公開番号】W WO2019107481
(87)【国際公開日】2019-06-06
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2017230610
(32)【優先日】2017-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実用化研究事業」「難治性疾患創薬シーズの探索と薬剤安全性評価法開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】井上 治久
(72)【発明者】
【氏名】近藤 孝之
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-533835(JP,A)
【文献】国際公開第2016/076435(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/148646(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法であって、
(1)多能性幹細胞を分化誘導して製造されたヒト神経細胞と被験物質とを接触させる工程、
(2)前記ヒト神経細胞に刺激を与える工程、
(3)前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程、及び
(4)被験物質存在下で、前記ヒト神経細胞の興奮が増強した場合、該被験物質はヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価する工程
を含み、
前記ヒト神経細胞が、多能性幹細胞を神経細胞に分化誘導した後、一度継代した細胞であり、前記継代において、単細胞単位にまで単離浮遊させ、5~40×10個/cmの細胞密度で播種したものであり、
前記ヒト神経細胞への刺激が電気刺激であり、
前記電気刺激を、電圧10~15V、刺激頻度8~30Hzで行う、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法。
【請求項2】
前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程が、前記ヒト神経細胞内のカルシウム動態の測定である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ヒト神経細胞が、大脳皮質神経細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法に関する。
本願は、2017年11月30日に、日本に出願された特願2017-230610号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
治療薬候補物質の臨床適応までには、その多くが予期せぬ副作用で開発中止となる。なかでも、ヒトとは全く異なり、神経症状を評価しづらいモデル動物を用いた前臨床試験では副作用が見過ごされることが多い。そこで、ヒト第I相あるいは第II相臨床試験に進んで初めて発露することが多い神経系副作用を予測し、治療薬開発スキームに組み込むことが求められている。
【0003】
しかしながら、神経系副作用のインビトロ副作用予測は、使用する細胞資源の不安定性と適切な評価方法の欠如から殆ど行われてこなかった。
【0004】
神経系副作用のインビトロ副作用予測方法として、ラットやモルモットから調製した神経細胞を用い、細胞内カルシウム濃度の上昇を測定することで、神経細胞の興奮性を評価することが知られている(非特許文献1、非特許文献2)。また、特許文献1には、多能性幹細胞から神経細胞へ迅速且つ同調して分化させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/148646号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Duflo F., et al., Electrical field stimulation to study inhibitory mechanisms in individual sensory neurons in culture., Anesthesiology., 100 (3), 740-743, 2004.
【文献】Vanden Berghe P. and Klingauf J., Spatial organization and dynamic properties of neurotransmitter release sites in the enteric nervous system., Neuroscience., 145 (1), 88-99, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1及び2の評価方法では、神経細胞を動物から調製するため、ヒト神経細胞を用いた評価方法ではない。また、当該評価方法は、細胞の安定供給にも問題があり、高スループットの評価には適していない。また、特許文献1に記載の方法により分化誘導した神経細胞を、神経細胞の興奮毒性の評価に適用できるか否かは検討されていない。このような背景のもと、安定的かつ高スループット評価に対応できる、インビトロ神経系副作用を予測可能な、被験物質の神経細胞に対する興奮毒性評価方法が求められている。そこで、本発明は、安定的かつ高スループット評価に対応できる、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の態様を含む。
[1]被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法であって、
(1)多能性幹細胞を分化誘導して製造されたヒト神経細胞と被験物質とを接触させる工程、
(2)前記ヒト神経細胞に刺激を与える工程、
(3)前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程、及び
(4)被験物質存在下で、前記ヒト神経細胞の興奮が増強した場合、該被験物質はヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価する工程
を含む、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法。
[2]前記ヒト神経細胞が、多能性幹細胞を神経細胞に分化誘導した後、一度継代した細胞である、[1]に記載の方法。
[3]前記ヒト神経細胞への刺激が電気刺激である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記電気刺激を、電圧10~15V、刺激頻度8~30Hzで行う、[3]に記載の方法。
[5]前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程が、前記ヒト神経細胞内のカルシウム動態の測定である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]前記ヒト神経細胞が、大脳皮質神経細胞である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安定的かつ高スループット評価に対応できるインビトロ神経系副作用を予測可能な、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1において、Bepridil添加時の細胞内カルシウムの変化を示した図である。
図2】実施例2において、Amoxapin、Chlorpromazine及びLinopirdinをそれぞれ添加した時の細胞内カルシウムの変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1実施形態において、本発明は、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法であって、
(1)多能性幹細胞を分化誘導して製造されたヒト神経細胞と被験物質とを接触させる工程、
(2)前記ヒト神経細胞に刺激を与える工程、
(3)前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程、及び
(4)被験物質存在下で、前記ヒト神経細胞の興奮が増強した場合、該被験物質はヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価する工程
を含む、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性評価方法を提供する。
以下に、本実施形態について詳細に説明する。
【0012】
本実施形態の興奮毒性の評価方法に用いるヒト神経細胞は、多能性幹細胞から、特許文献1に記載された方法に従って、分化誘導することにより製造することができる。具体的には、以下のようにして、多能性幹細胞からヒト神経細胞を調製することができる。なお、以降の記載では、本発明の興奮毒性評価方法に用いられる神経細胞を、本来の(すなわち、生来の)神経細胞と区別するために、iNと呼ぶ場合がある。また、Ngn2遺伝子を神経細胞化因子(又は、N化因子)と呼ぶ場合がある。
【0013】
<多能性幹細胞から神経細胞を製造する方法>
多能性幹細胞に、Ngn2をコードする核酸を、トランスポゾンを用いて導入し、該遺伝子の発現を3日間以上維持することで、神経細胞へと迅速且つ同調して分化させることができる。前記Ngn2遺伝子の発現誘導は、培養下、又は動物体内のいずれでも行うことができる。
以下に、これらの方法を構成する技術について詳述する。
【0014】
<多能性幹細胞>
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる、多能性幹細胞とは、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞のことである。例として、以下に限定するものではないが、胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。これらのうち、本実施形態の興奮毒性評価方法に用いるのに好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、及びiPS細胞である。以下、各幹細胞について説明する。
【0015】
(A)胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。
ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。
【0016】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)及びWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0017】
(B)精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる。
【0018】
(C)胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる。
【0019】
(D)人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3又はGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。
【0020】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例えば、HDAC1 siRNA Smartpool(商標)(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist(例えば、Bayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えば、p53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えば、soluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0021】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0022】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。
【0023】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridineを取り込ませたRNAを用いても良い。
【0024】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)又は市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTESR、Stemcell Technology社)]などが含まれる。
【0025】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4~7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30~約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0026】
あるいは、37℃、5% CO存在下にて、フィーダー細胞(例えば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25~約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin-5及びマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0027】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い。
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cmあたり約5×10~約5×10細胞の範囲である。
【0028】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0029】
なお、本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、及び株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞及び脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0030】
また、病態のモデル細胞を作製するという観点から、疾患性の体細胞を用いてもよい。ここで疾患とは、神経変性疾患が例示される。上述した神経細胞を製造する方法を用いて病態のモデル細胞を作製する場合、神経変性疾患の患者由来の体細胞を用いてiPS細胞を製造してもよい。ここで、「神経変性疾患」とは、神経細胞の変性又は欠損により起きる病気のことであり、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、レビー小体型認知症、ハンチントン病、及び脊髄小脳変性症などが例示される。例えば、アルツハイマー型認知症の患者の体細胞とは、プレセニリン1遺伝子又はプレセリニン2遺伝子に変異がある体細胞が例示され、プレセニリン1の変異はこれまで30以上の変異が報告されており、例えば、D257又はD385をアラニン、又はグルタミン酸に置換した変異が挙げられるが、特にこれらへ限定されない。
【0031】
(E)核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0032】
(F)Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、線維芽細胞又は骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間又は16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3及びCD105が陽性である。
【0033】
本実施形態の興奮毒性評価方法においては、病態のモデル細胞を作製するという観点から、疾患の原因となる遺伝子を導入した多能性幹細胞を用いることができる。変異遺伝子を有する多能性幹細胞として、アルツハイマー型認知症の患者の体細胞を単離して製造されたiPS細胞等が挙げられる。
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる多能性幹細胞において、アルツハイマー型認知症モデル細胞とは、当該多能性幹細胞から上述した方法によって得られる、神経細胞を含む。本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる多能性幹細胞において、好ましい病態のモデル細胞は、ヒト細胞である。
【0034】
<神経細胞>
本実施形態の興奮毒性評価方法において、神経細胞とは、β-III tubulin、NCAM、MAP2等の神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起を有する細胞と定義される。よって、本発明に係る方法で製造された神経細胞(すなわち、iN)の判定基準もこれに従う。さらに、本発明において製造される神経細胞は、グルタミン酸作動性であることが好ましい。そして、本発明において神経細胞を製造するとは、上記定義を満たす細胞を含有する細胞集団を得ることを意味し、好ましくは、該細胞を50%、60%、70%、80%、又は90%以上含有する細胞集団を得ることである。
なお、Tuj1は抗β-III tubulinであることから、前記β-III tubulinを発現している細胞を、Tuj1陽性細胞と呼ぶ場合がある。
【0035】
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる多能性幹細胞において、Ngn2をコードする核酸は、DNAであっても、RNAであっても、DNA/RNAキメラであってもよい。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合、二本鎖DNA、二本鎖RNAもしくはDNA:RNAハイブリッドのいずれであってもよい。好ましくは、二本鎖DNA又は一本鎖RNAである。例えば、Ngn2をコードする核酸が二本鎖DNAの場合(本明細書においてNgn2遺伝子という場合もある)は、該核酸は適当な発現ベクターに挿入された形態で、多能性幹細胞に導入され得る。一方、Ngn2をコードする核酸が一本鎖RNAの場合、当該RNAは、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridineを取り込ませたRNAを用いても良く、フォスファターゼ処理による修飾RNAであってもよい。なお、本明細書では、Ngn2をコードするRNA及びNgn2タンパク質を包括してNgn2遺伝子産物という場合がある。
【0036】
本発明の興奮毒性評価方法に用いる神経細胞を製造する方法では、前記N化因子による神経細胞誘導を阻害しない限り、他の神経発生に関わる転写因子をコードする核酸を、N化因子とともに多能性幹細胞に導入してもよい。そのような転写因子として、例えば、Ascl1をコードする核酸、Brn2をコードする核酸、Myt1lをコードする核酸、及びHB9をコードする核酸等が挙げられる。
【0037】
<核酸の導入方法>
Ngn2をコードする核酸を多能性幹細胞に導入する方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法を用いることができる。
【0038】
前記核酸がDNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターに導入した形態で、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入することができる。
ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが例示される。また、プラスミドベクターとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用することができる。そして、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが挙げられる。このうち、プラスミドベクター、及び人工染色体ベクターが好ましく、最も好ましくはプラスミドベクターである。
【0039】
これらのベクターには、Ngn2遺伝子が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができ、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、蛍光タンパク質、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。
【0040】
他の態様として、上記ベクターには、前記遺伝子をコードする核酸を染色体内に挿入するため、又は染色体に挿入された該核酸を必要に応じて切除するために、この発現カセット(プロモーター、遺伝子配列及びターミネーターを含む遺伝子発現単位)の前後にトランスポゾン配列を有していてもよい。トランスポゾン配列として特に限定されないが、piggyBacが例示される。トランスポゾンを用いて染色体内に発現カセットを導入するためには、トランスポゼースを当該発現カセットを有するベクターと供に同細胞へ導入することが望ましい。本発明において、トランスポゼースを導入するためには、前述のベクターに当該トランスポゼースをコードする核酸を含有させてもよく、また、他のベクターに当該トランスポゼースをコードする核酸を含有させ、同時に細胞へ導入しても良い。さらに、当該トランスポゼースをコードする遺伝子産物を直接導入しても良い。本発明において、好ましいトランスポゼースは、上述のトランスポゾン配列へ対応するトランスポゼースであり、好ましくはpiggyBacトランスポゼースである。
【0041】
神経誘導因子がRNAの形態の場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入しても良い。
【0042】
神経誘導因子がタンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって多能性幹細胞内に導入してもよい。
【0043】
<Ngn2の発現誘導>
Ngn2をコードする核酸は、誘導可能なプロモーターに機能的に接合させることで、所望の時期に、Ngn2の発現を誘導することができる。そのような誘導可能なプロモーターとしては、薬剤応答性プロモーターを挙げることができ、その好適な例として、テトラサイクリン応答性プロモーター(tetO配列が7回連続したテトラサイクリン応答配列(TRE)を有するCMV最小プロモーター)が挙げられる。該プロモーターは、リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA;reverse tetR(rTetR)とVP16ADから構成される融合タンパク質)の発現下において、テトラサイクリン又はその誘導体が供給されることにより活性化されるプロモーターである。よって、テトラサイクリン応答性プロモーターを用いて前記遺伝子の発現誘導を行う場合には、前記活性化因子を発現する様式を併せ持つベクターを用いるとさらに好適である。前記テトラサイクリンの誘導体としては、ドキシサイクリン(doxycycline、本願では以降、DOXと略記する)を好適に用いることができる。
【0044】
また、上記以外の薬剤応答性プロモーターを用いた発現誘導系としては、エストロゲン応答性プロモーターを用いた発現誘導システム、RSL1によって誘導されるプロモーターを用いたRheoSwitch哺乳類誘導性発現システム(New England Biolabs社)、cumateによって誘導されるプロモーターを用いたQ-mateシステム(Krackeler Scientific社)又はCumate誘導性発現システム(National Research Council(NRC)社)、及びエクジソン応答性配列を有するプロモーターを用いたGenoStat誘導性発現システム(Upstate cell signaling solutions社)等が挙げられる。
【0045】
上記に示されるような薬剤応答性プロモーターに基づく発現誘導システムを備えた発現ベクター(すなわち、薬剤応答性誘導ベクター)を用いる場合、当該プロモーターの活性化を誘導し得る薬剤(例えば、前記テトラサイクリン応答性プロモーターを含むベクターの場合には、テトラサイクリン又はDOX)を培地に所望の期間添加し続けることで、Ngn2の発現を維持することができる。そして、培地から当該薬剤を除去する(例えば、該薬剤を含まない培地に置換する)ことで、前記遺伝子の発現を停止させることが可能である。
【0046】
さらに、Ngn2の発現誘導は、当該遺伝子を構成的プロモーターに機能的でない形で接合させておき、所望の時期に当該接合状態を機能的な接合状態に変換することで誘導してもよい。このような例としては、前記構成的プロモーターと前記遺伝子をコードする配列の間に、LoxP配列で挟まれた特定の配列(例えば、薬剤耐性遺伝子をコードする配列や転写終結を誘導する配列)を配しておき、所望の時期にCreを作用させて前記LoxP配列で挟まれた配列を除去することで、前記接合状態を機能的な接合状態に変換する方法等が挙げられる。さらに、前記LoxP配列の代わりにFRT配列又はトランスポゾン配列を、前記Creの代わりにFLP(flipase)又は当該トランスポゾンを用いてもよい。なお、この目的で好適に用いることができるトランスポゾンとして、piggyBacトランスポゾンが挙げられる。
【0047】
上記目的で用いることができる構成的プロモーターとしては、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、RSV(Rous sarcoma virus)プロモーター、MoMuLV(Moloney mouse leukemia virus) LTR、HSV-TK(herpes simplex virus thymidine kinase)プロモーター、EF-αプロモーター、及びCAGプロモーター等が挙げられる。
【0048】
上記のようにCre、FLP、トランスポゾンを用いて接合状態を変換することで発現誘導を行った場合には、所望の期間経過後に再度Cre、FLP、トランスポゾンを作用させて前記配列(LoxP配列、FRT配列、又はトランスポゾン配列)で挟まれた配列を除去することで、前記遺伝子の発現を停止させることもできる。
【0049】
また、別の態様として、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターやプラスミド、エピソーマルベクターなどの、容易に細胞内から消失させ得るベクターを用いることで前記遺伝子の発現期間を制御することも可能である。
【0050】
神経細胞の製造において、導入したNgn2の発現は、3日間、4日間、5日間、6日間、7日間のいずれにおいても本発明の効果を奏することができ、長期になることで神経細胞の製造に不利益を生じることはないが、好ましくは3日以上14日以下、特に好ましくは7日以上14日以下である。
【0051】
<培養条件>
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる神経細胞の製造方法において、前記Ngn2をコードする核酸が導入された多能性幹細胞を、培養下で神経細胞に分化誘導する際に用いる培地としては、基本培地のみ、又は、神経栄養因子を添加した基本培地を用いることができる。そのような基本培地としては、例えば、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium(EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)及びこれらの混合培地などが包含される。基本培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。
【0052】
必要に応じて、培地は、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、アルブミン、トランスフェリン、アポトランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよく、また、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンなどの1つ以上の物質も含有してもよい。
【0053】
このうち、B27サプリメントを含有するNeurobasal Medium、又は、インスリン、アポトランスフェリン、セレン酸、プロゲステロン及びプトレシンを含有するDMEM及びF12の混合培地を基本培地として好適に用いることができる。
【0054】
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる神経細胞の製造方法においては、神経細胞の分化誘導の際に、マウス細胞、特に、マウスのグリア細胞と共培養しなくとも神経細胞に誘導可能である。よって、夾雑物を混入させないことを目的として、マウス細胞との共培養を行わないことが望ましい。
【0055】
本実施形態の興奮毒性評価方法に用いる神経細胞の製造方法において、神経細胞の分化誘導を行う際の培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0056】
Ngn2をコードする外来性の核酸は誘導可能なプロモーターの制御下にあることが好ましく、より好ましくは、薬剤応答性プロモーターの制御下である。これらの外来性核酸が染色体内に挿入された多能性幹細胞は、未分化能と高い増殖能を維持しており、前記形質を保持したまま増殖させることできる。さらに凍結保存を行っても前記形質が失われないことから、細胞株として安定に維持することが可能である。また、前記プロモーターが応答する薬剤と接触させることにより、迅速且つ同調して神経細胞へと分化し得る細胞である。
【0057】
<ヒト神経細胞に対する興奮毒性評価方法>
本発明は、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法を提供する。本発明の被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法は、以下の工程を含む。
(1)多能性幹細胞を分化誘導して製造されたヒト神経細胞と被験物質とを接触させる工程、
(2)前記ヒト神経細胞に刺激を与える工程、
(3)前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する工程、及び
(4)被験物質存在下で、前記ヒト神経細胞の興奮が増強した場合、該被験物質はヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価する工程
【0058】
本発明の被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法に用いられる、ヒト神経細胞としては、多能性幹細胞を分化誘導して製造したヒト神経細胞であれば、いずれでもよいが、例えば、前記の多能性幹細胞を分化誘導して製造したヒト神経細胞等が挙げられる。多能性幹細胞を分化誘導して製造したヒト神経細胞としては、例えば、大脳皮質神経細胞等が挙げられる。
【0059】
神経細胞は、多能性幹細胞から分化誘導した後、一度継代した細胞であることが好ましい。実施例において後述するように、一度継代することにより、ウェル間の細胞数差、ウェル内での神経細胞の位置の偏りを最小限とし、興奮毒性の評価をより正確に測定することが可能となる。
【0060】
継代は、ヒト神経細胞を酵素処理し、単細胞単位にまで単離浮遊させ、40、70、又は100μmのメッシュポアサイズ、好ましくは70μmのメッシュポアサイズのセルストレイナー処理の後、5~40×10個/cm、好ましくは、15×10個/cmの細胞密度で、Neurobasal medium(Thermofisher社製)に、B27 supplement without vitamin A(Thermofisher社製)0.5%、Glutamax1%、ペニシリン100units/ml、ストレプトマイシン100μg/mlを添加した培地等に播種することにより行うことが好ましい。
【0061】
また、前記ヒト神経細胞は、96穴透明底プレート等の培養器にコート液でコートした培養器に播種するのが好ましい。該コート液としては、0.5~4%、好ましくは2%のマトリゲル(Mコート)、0.002~0.005%、好ましくは0.003%Poly-L-lysineと、0.5~4%、好ましくは1%合成ヒトビトロネクチン基質(Synthemax(商標)II-SC Substrate等)との混合物(PSコート)、0.002~0.005% w/v、好ましくは0.003% w/v Poly-L-lysineと、0.5~4%、好ましくは1%合成ヒトビトロネクチン基質(Synthemax(商標)II-SC Substrate等)と、0.5~4%、好ましくは2%マトリゲルと、の混合物(PSMコート)、0.002~0.005%、好ましくは0.003%Poly-L-lysineと、0.5%~4%、好ましくは1%合成ヒトビトロネクチン基質(Synthemax(商標)II-SC Substrate等)と、0.5%~4%、好ましくは2%マトリゲルと、0.002~0.005% w/v、好ましくは0.003%ヒトI型コラーゲン様リコンビナントペプチド(Cellnest等)と、の混合物(PSMCコート)等が用いられる。
【0062】
培養器のコートは室温あるいは37℃で30分間~4時間、好ましくは2時間行い、その後コート液は吸引除去する。培養器は、乾燥して、その後ヒト神経細胞を播種するか、又は直ちにヒト神経細胞を播種する。培養器に播種したヒト神経細胞は、3~7日後に、本実施形態の興奮毒性評価方法に供する。
【0063】
本実施形態の興奮毒性評価方法において、前記ヒト神経細胞に刺激を与える方法としては、ヒト神経細胞に刺激を与え、脱分極させることができる方法であれば特に制限はないが、例えば、電気刺激による方法、グルタミン酸等の興奮性神経シナプストランスミッター等を添加する方法等が挙げられる。
【0064】
本実施形態の興奮毒性評価方法において、ヒト神経細胞の興奮の程度を測定する方法としては、神経細胞の興奮の程度を測定できる方法であれば、特に制限はないが、例えば、神経細胞内のカルシウム動態を測定する方法、細胞内電位の変化に反応して蛍光強度が変化する化合物を添加した際の蛍光強度の変化を測定する方法等が挙げられる。
【0065】
前記カルシウムイオン動態の測定方法としては、細胞内カルシウムイオン動態が測定できれば、特に制限はなく、公知の測定方法等を用いることができる。公知の測定方法としては、例えば、Fluo-8、Fluo-4、fura-2、indo-1等のカルシウムインジケーター色素を用いる方法、カルシウム二価イオン感受性微少電極を用いる方法、蛍光共鳴エネルギー移動(fluorescence resonance energy transfer;FRET)を利用する方法、カルシウムイオン感受性発光タンパク質エクオリンを用いる方法、GFP遺伝子改変体にカルモジュリンタンパク質を遺伝的に結合させたカルシウムセンサータンパク質(例えば、緑色蛍光タンパク(EGFP)、カルモジュリン(CaM)、ミオシン軽鎖フラグメント(M13)を遺伝子工学的に結合させたGCaMP)を発現させ用いる方法等が挙げられる。カルシウムインジケーター色素は、ヒト神経細胞に添加後、必要に応じ、PBS、HESS緩衝液等で洗浄した後に、細胞に移行した色素濃度を測定する。Pluronic acid F-127(シグマアルドリッチ社製)等を用いて、カルシウムインジケーター色素の細胞内への移行を促進してもよい。
【0066】
ヒト神経細胞への刺激として電気刺激を用い、前記ヒト神経細胞の興奮の程度を、細胞内カルシウム動態を測定する、本実施形態の興奮毒性評価方法の具体例を以下に示す。
【0067】
細胞内カルシウム動態は、FDSS/μCell(浜松ホトニクス社製)を用いて測定することができる。記録はExcitation 480nm/Emission 540nmを使用し、サンプリングインターバルは30~1000msec、好ましくは100msecとする。FDSS装置の刺激電極を用いて、細胞外フィールド電気刺激(Electricalfield stimulation: EFS)後の、細胞内カルシウム動態を経時的にモニタリングする。EFS刺激電極には、電気刺激機能がついた96電極アレイ刺激装置を用いる。
【0068】
神経細胞の電気刺激(EFS刺激)は、通常、単相刺激、電圧は20V、パルス幅3msec、刺激頻度50Hzの条件で行われる。これに対し、本実施形態の興奮毒性評価方法では、単相刺激、電圧は10~15V、好ましくは12.5V、パルス幅は1~6msec、好ましくは4msec、刺激頻度は8~30Hz、好ましくは10Hzの条件で電気刺激を行うことが好ましい。このように、より弱い細胞外電気刺激を用いた薬剤検討を行うことにより、強すぎる電気刺激ではマスクされる可能性がある微小な変化を見出すことができる。
【0069】
EFS刺激の30秒前からモニタリングを開始し、EFS刺激前の基線が安定した状態でEFS刺激を加え、以後合計600秒程度の細胞内カルシウム動態を、蛍光強度の変化として記録する。
【0070】
得られた蛍光強度変化の実波形を、ΔF(変化強度)/F0(基線強度)=(100% peak height-bottom height)/bottom height)として経時的にモニタリングし、ΔF/F0が最大変化を示したピークを数値化し、被験物質存在下でのΔF/F0の変化を測定する。
【0071】
本発明の被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法において、被験物質存在下、被験物質非存在下それぞれで、前記ヒト神経細胞の興奮の程度を測定し、被験物質非存在下での前記ヒト神経細胞の興奮の程度よりも、被験物質存在下での、前記ヒト神経細胞の興奮の程度が増強した場合、該被験物質はヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価することができる。
【0072】
例えば、被験物質存在下で電気刺激したときの細胞内のカルシウム濃度が、被験物質非存在下で電気刺激したときの細胞内カルシウム濃度よりも増加した場合、当該被験物質は、ヒト神経細胞に対して興奮毒性があると評価することができる。
【実施例
【0073】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0074】
[実施例1]
(神経細胞の調製)
健常人より樹立した人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)に、piggyBacベクターを用いてヒトNgn2遺伝子をドキシサイクリン制御下に発現するコンストラクトを導入した。なお、遺伝子のゲノム挿入位置や導入量により、成熟した神経細胞以外にNESTINタンパク質陽性の幼弱な神経幹細胞が混在し、培養期間を延長すると段階的に神経細胞と入れ換わる現象が見られた。そこで、ベクター導入時のiPS細胞の播種密度を1800個/cmに下げ、G418による薬剤耐性セレクションを、播種48時間後から開始することで、コンストラクトを導入したiPS細胞のシングルセル由来のコロニーを形成させ、コロニーを単離、株化した。この株化したiPS細胞を48~120株程度神経細胞へ分化させ、その様子を観察して、幼弱な神経幹細胞が混ざることがない株を選択して以下の実験に用いた。
【0075】
上記で得られた細胞株を5日間、ドキシサイクリンを添加した培地で培養し、神経細胞に分化誘導した。続いて、分化誘導した神経細胞を一度継代した。具体的には、分化誘導した神経細胞をTrypLE(Gibco,Themo Fisher Scientific社製)により酵素処理し、単細胞単位にまで単離、浮遊させ、40μmのメッシュポアサイズのセルストレイナー処理の後、3.3×10個/cmの細胞密度で播種した。神経細胞培地には、Neurobasal medium(Thermo Fisher Scientific社製)に、B27 supplement without vitamin A(Thermofisher Scientific社製)0.5%、Glutamax1%、ペニシリン100units/ml、ストレプトマイシン100μg/mlを添加したものを用いた。
【0076】
播種する培養器は、SBS規格の96穴透明底プレートを用いた。上記で調製した神経細胞は、0.003% w/v Poly-L-lysine、1%合成ヒトビトロネクチン基質(Synthemax(商標)II-SC Substrate;Corning社製)、2%マトリゲル及び0.003%ヒトI型コラーゲン様リコンビナントペプチド(Cellnest社製)の混合物を用いてコートした培養器に播種した。培養器のコートは37℃で2時間行った。コート液は吸引除去し、直ちに細胞を播種した。
【0077】
[実施例2]
(細胞内カルシウム動態のモニタリング)
細胞播種後7日目に、細胞内カルシウムインジケーター色素である2μM Fluo-8を添加し、添付文書に従ってインキュベートし、HESS緩衝液で洗浄を行った。色素の細胞内移行を促進するため、0.001% w/v Pluronic acid F-127(シグマアルドリッチ社製)をインキュベート液に添加した。
【0078】
N型カルシウムチャネル阻害薬であるBepridil(Bourguignon etal.1989)を、25μMを最大濃度として、5倍の希釈系列を、1.6、8、40、200nM、5、25μMの7段階調整し、細胞内カルシウム動態に与える影響を以下のようにして評価した。
【0079】
細胞内カルシウムの測定には、FDSS/μCell(浜松ホトニクス社製)を用いた。測定波長には、Excitation 480nm/Emission 540nmを使用し、サンプリングインターバルは、100msecとした。
FDSS装置の刺激電極を用いて、細胞外フィールド電気刺激(Electricalfield stimulation: EFS)後の、細胞内カルシウム動態を経時的にモニタリングした。EFS刺激電極には、電気刺激機能がついた96電極アレイ刺激装置を用いた。
【0080】
電気刺激は、単相刺激、電圧12.5V、パルス幅4msec、刺激頻度10Hzの条件で行った。EFS刺激の30秒前からモニタリングを開始し、EFS刺激前の基線が安定した状態でEFS刺激を加え、以後合計600秒の細胞内カルシウム動態を、蛍光強度の変化として記録した。
【0081】
なお、神経細胞の分化誘導において、上記の通り、細胞株を5日間培養し、分化誘導した神経細胞を、一度継代することにより、ウェル間の細胞数差を最小化でき、またFDSSによる細胞内カルシウム動態のモニタリングにおいてノイズ原因となるウェル内での神経細胞の位置により生じ得る偏りを最小限とすることができた。これにより、電気刺激の際、電圧12.5V、パルス幅4msec、刺激頻度10Hzという、弱い電気刺激で細胞内カルシウムの測定を行うことが可能となり、強すぎる電気刺激ではマスクされる可能性がある微小な蛍光強度の変化を見出すことができた。
【0082】
陰性コントロールとして、DMSO溶媒を用いた。その結果を図1に示す。図1に示したように、陰性コントロールであるDMSO溶媒の場合は、ΔF/F0に変化はなかったが、Bepridilでは細胞内カルシウムの変化が阻害された。
【0083】
[実施例3]
(興奮毒性を有する化合物添加時の細胞内カルシウム動態)
被験物質として、Bepridilの代わりに、米国を始めとする統一毒性評価系の検討部会(HESI)でも使用される薬剤である、Amoxapin、Chlorpromazine及びLinopirdinをそれぞれ用い、実施例2と同様にして細胞内カルシウム動態を測定した。
【0084】
その結果を図2に示す。図2に示したように、神経興奮毒性があることが知られているAmoxapin、Chlorpromazine及びLinopirdinのそれぞれについて、本発明の興奮毒性評価方法において、Bell-shape型の用量依存的な興奮毒性が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、被験物質のヒト神経細胞に対する興奮毒性の評価方法を提供することができる。本発明の興奮毒性評価方法は、96ウェルフォーマットのハイスループットスクリーニング系に応用することも可能であり、治療薬シーズの導出段階、あるいは開発候補物質の前臨床インビトロ神経興奮毒性評価系としても適応でき、治療薬開発に有用である。
図1
図2