(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-08
(45)【発行日】2023-05-16
(54)【発明の名称】黄精の急速繁殖方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/04 20060101AFI20230509BHJP
A01H 4/00 20060101ALI20230509BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20230509BHJP
A01G 2/00 20180101ALI20230509BHJP
【FI】
C12N5/04
A01H4/00
A01H5/00 Z
A01G2/00
(21)【出願番号】P 2021064612
(22)【出願日】2021-04-06
【審査請求日】2021-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】521145417
【氏名又は名称】懐化学院
【氏名又は名称原語表記】Huaihua University
【住所又は居所原語表記】No.180,Huaidongt Road,Hecheng District,Huaihua City,Hunan Province, P.R.China.
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179316
【氏名又は名称】市川 寛奈
(72)【発明者】
【氏名】伍賢進
(72)【発明者】
【氏名】胡▲メイ▼
(72)【発明者】
【氏名】宋松泉
(72)【発明者】
【氏名】李勝華
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第109258478(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110972938(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H
C12N
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄精の急速繁殖方法であって、
(1)黄精の胚を採取して
滅菌ガーゼで包んだ前記胚を塩化水銀(II)溶液中で滅菌し、
(2)前記滅菌した胚をカルス誘導培地に移植し、5~15日間培養してカルスを形成し、
(3)前記カルスをカルス増殖培地に移植し、12~15日間培養して膨張したカルスを取得し、
(4)前記膨張したカルスを小片に分割し、発芽培地に移植して15~20日間培養することで不定芽を形成し、
(5)前記不定芽を健苗培地に移植し、25~30日間培養してから、芽長が10~12cmの単体の群生芽を選別して発根培地に移植し、30~45日間培養して得た組織培養苗を2~4d順化し、
(6)ステップ(5)で得た前記組織培養苗を基質に移植し、28~32日間馴化して黄精のウイルスフリー苗を取得する、
とのステップを含むことを特徴とする黄精の急速繁殖方法
であって、前記カルス誘導培地は、MS+4mg/L 6-BA +0.2~2.0mg/L NAAである、黄精の急速繁殖方法。
【請求項2】
前記
塩化水銀(II)溶液中での滅菌では、0.1%の塩化水銀(II)溶液を用いて2~10min浸漬し
、前記カルス増殖培地はMS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAであり、前記発芽培地はMS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAであり、前記健苗培地はMS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAであり、前記発根培地は1/2 MS+0.6~0.7mg/L IBAであることを特徴とする請求項1に記載の黄精の急速繁殖方法。
【請求項3】
前記ステップ(2)、(3)、(4)、(5)、(6)では光照射培養を用い、前記ステップ(2)、(3)、(4)の光強度は別々の250lux~370luxとし、前記ステップ(5)、(6)の光強度は別々の2500lux~3500luxとし、前記ステップ(2)では全般にわたり光照射条件下で培養し、前記ステップ(3)、(4)、(5)、(6)ではいずれも明暗交代下で培養し、且つ光照射時間を別々の11~13h/dとすることを特徴とする請求項1に記載の黄精の急速繁殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は農業の育種分野に属し、特に、黄精(オウセイ)の急速繁殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多花黄精(Polygonatum cyrtonema Hua)はアマドコロ属の多年生草本植物であり、根茎が分厚く、円柱状のものは少ない。多花黄精は、中国の湖南省、四川省、貴州省、湖北省、河南省(南部及び西部)、江西省、安徽省、江蘇省(南部)、浙江省、福建省、広東省(中部及び北部)、広西省(北部)等に分布している。また、多花黄精は、主に、海抜500~2100メートルの林地や灌木地、或いは山腹斜面の日陰に生育している。多花黄精は、中国で伝統的に数多く使用されている貴重な薬食両用の漢方薬材であって、健脾・潤肺、補気・養陰、益腎等の効果を有している。また、中国が林地経済・産業を発展させる上での重要な経済植物となっており、薬品、食品、健康食品の工場化による大規模生産にとっても重要な原料とされている。多花黄精は根茎を薬として使用し、化学成分として、黄精多糖(polygonatum polysaccharide)、粘液、デンプン、ステロイドサポニン(Steroidal saponins)、アントラキノン系化合物、アルカロイド、強心配糖体、リグナン、ビタミン、脂肪、タンパク質、及び人体にとって有用な複数のアミノ酸等を主に有している。このうち、黄精多糖は、アマドコロ属植物において最も薬用効果を有する成分である。臨床において、多花黄精は、冠状動脈疾患、高脂血症、肺結核、リンパ性結核、白血球減少、不眠等の疾病の治療に用いられている。近年は、市場需要の高まりを受けて、野生の黄精(オウセイ)が大量に採取されており、野生資源の深刻な破壊と急激な減少によって、黄精産業の持続可能な発展が阻まれている。そのため、黄精の人工栽培によって市場需要を満たし、野生黄精の生存ストレスを緩和するとともに、野生黄精の生殖質資源の多様性を保持することには重要な意義がある。
【0003】
多花黄精の繁殖方式は、種子繁殖、根茎繁殖及び組織培養技術による繁殖に分けられる。このうち、種子繁殖の場合には育苗時の発芽率が低く、総合的休眠現象が発生する。また、育苗コストがかかり、成長周期が長く、大面積での生産に不向きである。一方、根茎繁殖は周期が短く、技術的にも簡単であるが、大量の茎を使用するため繁殖率が低い。また、病虫害の発生が多く、生殖質の性状が退化しやすい。よって、これら2つの方法はいずれも黄精の大規模栽培には不向きである。
【0004】
現代の組織培養技術では、母本の優良な性質を安定的に遺伝させることができる。また、人為的な制御下で、季節や環境、材料選択等の要因に制約されることなく、比較的短期間のうちに性状が安定した大量の優良苗を得ることもできる。よって、これによれば、多花黄精の大規模栽培における苗需要の問題を効果的に解決可能である。多花黄精の未成熟部分には、発芽根茎、葉、葯、種子等が含まれており、いずれも外植体とすることができる。しかし、これらから育成される組織培養苗は後期に枯死しやすく、後期の増殖培養及び発根培養がいずれも影響を受けることから、増殖率と発根率が低い。そのため、黄精の苗の増殖率と生育率を向上させることが、工場化による黄精の育苗を実現し、優良品種の普及と応用を迅速化する上での鍵となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の発明の目的を実現するために、本発明は以下の技術方案を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、黄精のウイルスフリー苗の急速繁殖方法を提供する。当該方法は、以下のステップを含む。
【0007】
(1)黄精の胚を採取して滅菌する。
【0008】
(2)滅菌した胚をカルス誘導培地に移植し、5~15日間培養してカルスを形成する。
【0009】
(3)カルスをカルス増殖培地に移植し、12~15日間培養して膨張したカルスを取得する。
【0010】
(4)膨張したカルスを小片に分割し、発芽培地に移植して15~20日間培養することで不定芽を形成する。
【0011】
(5)不定芽を健苗培地に移植し、25~30日間培養する。そして、芽長が10~12cmの単体の群生芽を選別して発根培地に移植し、30~45日間培養して得た組織培養苗を2~4d順化する。
【0012】
(6)ステップ(5)で得た組織培養苗を基質に移植し、28~32日間馴化して黄精のウイルスフリー苗を取得する。
【0013】
好ましくは、前記滅菌では、0.1%の塩化水銀(II)溶液を用いて2~10min浸漬する。前記カルス誘導培地は、MS+2.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~2.0mg/L NAAである。前記カルス増殖培地は、MS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAである。前記発芽培地は、MS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAである。前記健苗培地は、MS+1.0~4.0mg/L 6-BA+0.2~1.0mg/L NAAである。前記発根培地は、1/2 MS+0.6~0.7mg/L IBAである。
【0014】
好ましくは、前記滅菌時には、滅菌ガーゼで胚を包んでから塩化水銀(II)溶液中で滅菌することで、胚の完全性を保証する。
【0015】
好ましくは、前記カルス誘導培地に6.0~7.0g/Lの寒天と20~30g/Lのショ糖を更に添加することで、胚の移植に有利とする。
【0016】
好ましくは、前記健苗培地には更にバナナペーストが含まれる。前記バナナペーストの添加量は5%とする。
【0017】
好ましくは、ステップ(2)、(3)、(4)、(5)、(6)では光照射培養を用いる。ステップ(2)、(3)、(4)の光強度は別々の250lux~370luxとし、ステップ(5)、(6)の光強度は別々の2500lux~3500luxとする。ステップ(2)では全般にわたり光照射条件下で培養する。また、ステップ(3)、(4)、(5)、(6)ではいずれも明暗交代下で培養し、且つ光照射時間を別々の11~13h/dとする。
【発明の効果】
【0018】
本発明では、黄精の胚を外植体として採取し、誘導培養するとともに、ホルモンの配合比率を最適化し、脱分化、増殖・分化、健苗及び移植、苗の馴化を通じて完全な株に発育させる。これにより、黄精の組織培養のために新たな技術を提供することで、ウイルスフリーの黄精培養苗の急速繁殖を実現する。よって、効率的且つ大規模化された黄精組織培養苗の生産体系が構築され、黄精産業に大量且つ高品質の苗を提供可能となるため、黄精苗市場における供給不足の問題が解消される。本発明では、黄精の胚から誘導したカルスをカルス増殖培地に移植して継代培養する。胚の分裂能力が大変優れているところに最適なホルモン配合比率を組み合わせることで、カルスの継代回数は増加する。これにより、同時増殖、繁殖及び発根が実現され、黄精の繁殖速度が上昇するほか、組織培養コストの節約にもなる。よって、短期間のうちに大量且つ高品質の黄精苗を提供するための堅固な基礎が形成される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、多花黄精の胚で誘導したカルス(callus)である。
【
図3】
図3は、多花黄精のカルスから分化した不定芽である。
【
図6】
図6は、多花黄精の組織培養苗の移植成功後の苗である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本実施例は、以下のステップを含む黄精の急速繁殖方法を提供する。
【0021】
(1)多花黄精の9~10月の新鮮で成熟した果実を採取する。収集後に、1週間の渥堆(Pile Fermentation)を行い、成熟し膨張した種子を収集して、浄水内に24h浸漬する。この間には水を4回交換する。次に、胚を取り出し、滅菌水で胚を3回洗浄する。続いて、クリーンベンチ上で滅菌ガーゼを用いて胚を包み、0.1%の塩化水銀(II)溶液に浸漬することで6min滅菌したあと、滅菌水で8回洗浄する。胚の最適滅菌時間についての実験結果は表1に示す通りである。
【0022】
【0023】
表1から明らかなように、多花黄精の胚の最適滅菌時間は6minであった。この場合には、胚のコンタミ数が最も低く、且つ生存率が最高となり、それぞれ6.0%及び40%であった。
【0024】
本発明では、外植体として多花黄精の胚を選択する。これは、胚が種子の内部に存在し、無菌状態であることから、自然な状態で胚を取り出す場合でも表面の滅菌が極めて容易なためである。これに対し、例えば茎や葉柄或いは塊茎といったその他の外植体は、一般的に病原菌を含んでおり、土壌にも相対的に近い。そのため、雑菌による汚染が比較的深刻であり、滅菌が容易でない。且つ、胚は分裂能力が強いため、継代培養の期間を短縮可能である。表2は、異なる外植体によるカルス(callus)誘導実験の結果である。
【0025】
【0026】
表2から明らかなように、成熟胚を外植体としてカルスを誘導することが最適であり、誘導率は40%であった。
【0027】
本発明では、多花黄精の胚を外植体としているが、これは、胚が未成熟なほど分化能に優れ、後期のカルス誘導及び増殖、分化速度を加速可能なためである。しかし、多花黄精の胚は体積が小さい。且つ、外植体が未成熟であるほど滅菌は容易でなくなる。そこで、胚の完全性を保証しつつ、実験操作の速度を早め、時間を節約するために、あえて滅菌ガーゼで胚を包んでから塩化水銀(II)溶液に浸漬し、滅菌を行う。
【0028】
(2)滅菌した胚を当日中にカルス誘導培地(組成:MS+4.0mg/L 6-BA+0.2mg/L NAA+6.5 g/L 寒天+25g/L ショ糖)に移植し、300luxの弱光下で10日間培養してカルスを形成する。表3は、カルス誘導培地の最適化結果である。
【0029】
【0030】
表3から明らかなように、多花黄精のカルス誘導培地の最適な組成は、MS+4.0mg/L 6-BA+0.2mg/L NAAであり、カルスの誘導率は40%に達した。また、本実施例では、更に、胚を採取した当日中に胚をカルス培地に移植することで、胚の鮮度を保証して、胚の誘導率を向上させる。
【0031】
(3)取得したカルスをカルス増殖培地(組成:MS+4.0mg/L 6-BA+1.0mg/L NAA)に移植し、350luxの弱光下で明暗交代しながら15日間培養して(光照射時間を12h/dとする)、カルスを膨張させる。表4は、カルス増殖培地の最適化結果である。
【0032】
【0033】
表4から明らかなように、カルス増殖培地の最適な組成はMS+4.0mg/L 6-BA+1.0mg/L NAAであった。このとき、カルスの増殖率及びカルスの増大量は最高となり、それぞれ100%及び400%であった。胚の分裂能力が大変優れているところに最適なホルモン配合比率を組み合わせることで、カルスの継代回数は増加する。継代回数の増加はカルス数の増加を意味し、カルス数の増加によって誘導される不定芽の数が増加するため、最終的に得られるウイルスフリー苗の数も増加する。且つ、カルスの継代培養回数の増加は、増殖時間が延びることも意味する。これにより、カルスの大量増殖が実現されるだけでなく、カルスの増殖に伴って不定芽の同時誘導及び繁殖が実現され、ひいては、60~90日後の同時発根も実現される。これにより、黄精の急速繁殖速度が更に上昇するため、短期間のうちに大量且つ高品質の黄精苗を提供するための堅固な基礎が形成される。
【0034】
(4)ステップ(3)により増殖培養して膨張させたカルスを0.5cm×0.5cmの小片に切断し、発芽培地(組成:MS+4.0mg/L 6-BA+1.0mg/L NAA)に移植する。そして、250luxの弱光下で明暗交代しつつ、15日間培養することで(光照射時間を12h/dとする)不定芽を誘導形成し、引き続き45dまで培養して芽長を測定する。表5は、発芽培地の最適化結果である。
【0035】
【0036】
表5から明らかなように、発芽培地の最適な組成はMS+4.0mg/L 6-BA+1.0mg/L NAAであり、分化率は83.33%に達した。また、45d時の芽長は12cmに達し、生育状態は「+++」であった。
【0037】
(5)不定芽を健苗培地(組成:MS+4.0mg/L 6-BA+1.0mg/L NAA)に移植し、健苗を培養する。本実施例では、更に、前記健苗培地に質量分率5%のバナナペーストを加え、温度25℃で明暗交代しつつ30日間培養する。また、光強度を3000lux、光照射時間を12h/dに制御する。その後、壮健で芽長が10cmの単体の群生芽を選択して発根培地(組成:1/2 MS+0.6mg/L IBA)に移植し、45日間培養して組織培養苗を取得する。そして、組織培養苗の培養瓶の口を開放して苗の順化を3d行う。表6は、発根培地の最適化実験の結果である。
【0038】
【0039】
表6から明らかなように、発根培地の最適な組成は1/2 MS+0.6mg/L IBAであり、発根率は69.29%に達した。また、生育状態が最良であり、「+++++」であった。
【0040】
(6)ステップ(5)で3本以上の壮健な根を有していた組織培養苗を選択し、水道水で寒天を洗い流してから基質鉢に移植する。基質は、栄養土:ヤシガラ=1:3の質量比で配合する。そして、温度25℃で明暗交代しつつ1ヶ月間培養する。また、光強度を3000lux、光照射時間を12h/dに制御する。この期間は水やり管理と施肥管理を行う。水やり管理では、幼苗の移植を完了した当日に鉢底から流れるまで水をやり、80%の相対湿度を維持する。そして、1週間後、土が乾いたら鉢底から流れるまで水をやる。また、朝夕に水道水を鉢に撒き、葉を新鮮に保ちつつ、いち早く環境に適応させる。施肥管理では、移植から7日後にMS培地を散布する。そして、7日ごとに1回MS培地を散布する。
【0041】
本実施例を観察したところ、カルスは増殖から12~15日で不定芽が出始め、不定芽を15~20日間培養し続けることで健苗及び発根培養を行うことができた。また、60~90日後には不定芽から不定根を発生させることができた。この期間、カルスは引き続きカルス増殖培地内で繁殖し得た。以上により、カルスの同時増殖、同時誘導・繁殖及び同時発根が実現された。よって、黄精の急速繁殖速度が更に上昇するだけでなく、発根・健苗過程が省略されるため、組織培養コストの節約となる。これにより、短期間のうちに大量且つ高品質の黄精苗を提供するための堅固な基礎が形成される。