(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-09
(45)【発行日】2023-05-17
(54)【発明の名称】摺動部材及びこれを用いる軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20230510BHJP
G01N 23/2273 20180101ALI20230510BHJP
G01N 23/207 20180101ALI20230510BHJP
G01N 23/2055 20180101ALI20230510BHJP
【FI】
F16C33/12 A
G01N23/2273
G01N23/207
G01N23/2055 320
(21)【出願番号】P 2018198406
(22)【出願日】2018-10-22
【審査請求日】2021-07-19
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 祐磨
(72)【発明者】
【氏名】泉田 学
(72)【発明者】
【氏名】安田 絵里奈
(72)【発明者】
【氏名】城谷 友保
【審査官】日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-37178(JP,A)
【文献】特開平8-13072(JP,A)
【文献】特開平10-204652(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/12
G01N 23/2273,23/207,23/2055
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受合金層と、
前記軸受合金層の摺動面側に設けられ、金属硫化物で形成されている固体潤滑剤の粒子が厚さ方向へ複数重なった状態で前記軸受合金層に被着されている固体潤滑剤層と、を備える摺動部材であって、
前記固体潤滑剤層で重なっている前記粒子のうち、前記摺動面側に位置する前記粒子の最表面に設けられ、前記粒子を構成する金属元素と同一の金属元素からなる金属酸化物で形成されている被覆部、
を備え
、
前記固体潤滑剤層の前記摺動面側の面を、X線光電分光法、及びX線回折法によって測定したとき、
前記X線光電分光法による前記金属硫化物に対する前記金属酸化物のピーク高さの比は、0.10~0.50であり、
前記X線回折法による前記金属硫化物に対する前記金属酸化物のピーク高さの比は、0.10以下である摺動部材。
【請求項2】
前記金属元素は、Mo、W、Sn、Ti、Zrから選択される少なくとも一種以上である請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
表面粗さRzが0.8μm以上の軸部材と、
前記軸部材と摺動し、前記軸部材を支持する請求項1から2のいずれか一項記載の摺動部材と、
を備える軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材及びこれを用いる軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軸受合金層の摺動面側に固体潤滑剤層を備える摺動部材が公知である(特許文献1)。このような摺動部材は、例えば金属硫化物などの固体潤滑剤によって摩擦係数の低減が図られ、非焼付性が向上する。ところで、近年、内燃機関のクランクシャフトは、コストの低減を目的として鋳鉄製の採用が拡大している。鋳鉄製の軸部材は、加工性に優れるという利点を有する反面、加工時に微細なバリ状の凸部が形成されやすいという欠点を有している。この凸部は、軸部材を支持する摺動部材との摺動時に、摺動部材の摺動面を傷つけ、摺動部材の異常摩耗の原因となる。この異常摩耗は、軸部材と摺動部材との摺動の初期において固体潤滑剤層の摩滅につながり、所望の摩擦係数の維持が困難になるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、固体潤滑剤層の摩滅が低減され、摩擦係数が維持されるとともに、耐摩耗性が向上する摺動部材及びこれを用いる軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために本実施形態の摺動部材は、軸受合金層と、前記軸受合金層の摺動面側に設けられ、前記軸受合金層に被着されている固体潤滑剤層と、を備える。本実施形態の摺動部材は、前記固体潤滑剤層を形成し、金属硫化物で形成されている固体潤滑剤の粒子と、前記粒子の前記摺動面側の最表面に設けられ、前記粒子を構成する金属元素と同一の金属元素からなる金属酸化物で形成されている被覆部と、を備える。
【0006】
このように、固体潤滑剤層を構成する粒子は、摺動面側の最表面に被覆部を有している。この被覆部は、金属硫化物を構成する金属元素と同一の金属元素からなる金属酸化物である。これにより、相手材は、摺動の初期のなじみ期において、固体潤滑剤層に含まれる被覆部に接する。この被覆部は、硬質の金属酸化物であることから、相手材の摺動面を研磨する。すなわち、相手材の摺動面に存在するバリなどの微小な凸部は、硬質の金属酸化物との接触によって除去される。これとともに、金属酸化物からなる被覆部は、相手材との初期的な摺動によって除去される。そのため、被覆部が消失して摺動面に露出した粒子は、凸部が除去された滑らかな相手材と摺動する。その結果、固体潤滑剤層は、摩滅が低減される。また、初期的な摺動によって相手材とのなじみが生じた後、相手材及び摺動部材はともに摺動の相手側を傷つけにくくなる。これにより、相手材と摺動部材との間には均質な厚さの油膜が形成される。したがって、摩擦係数を維持することができ、耐摩耗性を向上することができる。
【0007】
また、本実施形態の摺動部材は、前記固体潤滑剤層の前記摺動面側の面を、X線光電分光法、及びX線回折法によって測定したとき、前記X線光電分光法による前記金属硫化物に対する前記金属酸化物のピーク高さの比の値は、0.10~0.50であり、前記X線回折法による前記金属硫化物に対する前記金属酸化物のピーク高さの比の値は、0.10以下である。
【0008】
このように、X線光電分光法及びX線回折法により、金属酸化物からなる被覆部は、固体潤滑剤層に含まれる固体潤滑剤粒子の摺動面側のわずかな領域に存在していることが確認される。すなわち、金属酸化物からなる被覆部は、固体潤滑剤層の摺動面側のわずかな厚さの領域に形成されている。これにより、相手材との初期なじみによって、被覆部は相手材の凸部を除去しつつ、自身も除去される。固体潤滑剤層は、初期なじみが生じた後に、相手材を傷つけることなく、金属硫化物からなる固体潤滑剤粒子が露出する。したがって、摩擦係数を維持することができ、耐摩耗性を向上することができる。
【0009】
本実施形態では、金属元素は、Mo、W、Sn、Ti、Zrから選択される少なくとも一種以上である。
【0010】
本実施形態の軸受装置は、表面粗さRzが0.8μm以上の軸部材と、前記軸部材と摺動し、前記軸部材を支持する摺動部材と、を備える。
これにより、軸部材は、摺動部材とのなじみが生じた後、摺動部材の摩耗につながる凸部が除去され、被覆部が除去された粒子と接する。したがって、摩擦係数を維持することができ、耐摩耗性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】一実施形態による摺動部材を適用した軸受装置の断面を示す模式図
【
図3】一実施形態による摺動部材の要部を拡大した模式図
【
図4】一実施形態による摺動部材の軸部材とのなじみの過程を示す模式図
【
図5】一実施形態による摺動部材のXPS分析結果の一例を示す概略図
【
図6】一実施形態による摺動部材のXRD分析結果の一例を示す概略図
【
図7】一実施形態による摺動部材の試験条件を示す概略図
【
図8】一実施形態による摺動部材のXPS分析の条件を示す概略図
【
図9】一実施形態による摺動部材のXRD分析の条件を示す概略図
【
図10】一実施形態による摺動部材の実施例及び比較例の試験結果を示す概略図
【
図11】一実施形態による摺動部材の実施例及び比較例において、摩擦係数の経時的な変化を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、一実施形態による摺動部材を図面に基づいて説明する。
図1及び
図2に示すように、一実施形態による摺動部材10は、軸受合金層11及び固体潤滑剤層12を備える。摺動部材10は、例えば裏金層13と積層してもよい。摺動部材10は、
図2に示すように相手材である軸部材14とともに軸受装置15を構成する。摺動部材10は、軸部材14と摺動することにより、軸部材14を支持する。摺動部材10は、固体潤滑剤層12側の表面に軸部材14と摺動する摺動面16を形成している。摺動部材10は、軸受合金層11と裏金層13との間に図示しない中間層などを備えていてもよい。軸受合金層11は、AlやCuなどの金属、又はAl基若しくはCu基の合金などで形成されている。固体潤滑剤層12は、この軸受合金層11の表面に被着されている。すなわち、固体潤滑剤層12は、軸受合金層11の軸部材14との摺動側の面に設けられ、軸部材14と摺動する摺動面16を有している。固体潤滑剤層12の厚さは、任意に設定することができるが、本実施形態では固体潤滑剤層12の厚さは、0.01μm~5.0μm程度に設定している。軸部材14は、例えば鋳鉄などで形成されており、表面粗さRzが0.8μm以上と比較的粗い表面を有している。
【0013】
摺動部材10は、
図3に示すように固体潤滑剤層12を形成する粒子20を備えている。粒子20は、金属Mの硫化物によって形成されている。金属硫化物からなる粒子20は、軸部材14との摺動において摺動部材10と軸部材14との間を潤滑する固体潤滑剤である。粒子20を構成する金属Mは、Mo、W、Sn、Ti、Zrから選択される少なくとも一種以上である。例えば金属MをMoとする場合、固体潤滑剤層12を構成する金属硫化物の粒子20は硫化モリブデン(MoS
2)である。
【0014】
摺動部材10は、被覆部21を備えている。被覆部21は、固体潤滑剤層12を構成する粒子20のうち、摺動面16側に設けられている。具体的には、粒子20は、
図3に示すように重なった状態で固体潤滑剤層12を形成している。この重なっている粒子20のうち最も摺動面16側に位置する粒子20は、摺動面16側に被覆部21を有している。被覆部21は、金属Mの酸化物によって形成されている。被覆部21を形成する酸化物となる金属Mは、粒子20を形成する硫化物となる金属Mと同一である。すなわち、粒子20が硫化モリブデン(MoS
2)である場合、被覆部21は酸化モリブデン(MoO
3)である。このように、摺動面16側の最表面に位置する粒子20は、摺動面16側に酸化物からなる被覆部21を有している。
【0015】
被覆部21を形成する金属Mの酸化物は、粒子20を形成する金属Mの硫化物よりも硬い。
図4(A)に示すように摺動部材10と軸部材14との摺動の初期であるなじみ期において、軸部材14は固体潤滑剤層12に含まれる粒子20の被覆部21に接する。この被覆部21は、上述のように硬い金属酸化物である。そのため、例えば軸部材14にバリなどの攻撃的な微小な凸部23が生じていても、摺動部材10と軸部材14との摺動の際に、
図4(B)及び
図4(C)に示すようにこの微小な凸部23は被覆部21によって除去される。一方、被覆部21は、なじみ期において凸部23への研磨とともに自身も摩耗する。そのため、
図4(C)に示すようになじみ期が完了すると、被覆部21が除去され、軸部材14は固体潤滑剤層12を構成する粒子20と接する。これにより、軸部材14は、粒子20を構成する金属硫化物と接し、硬い被覆部21から攻撃を受けることがない。このように、被覆部21は、軸部材14とのなじみ期において、軸部材14に形成されている微小な凸部23を除去するとともに、自身も除去される。その結果、摺動部材10と軸部材14とは、なじみ期の後において固体潤滑剤層12による潤滑が図られる。これとともに、摺動部材10から軸部材14、及び軸部材14から摺動部材10への攻撃が低減され、低い摩擦係数及び高い耐摩耗性が維持される。
【0016】
次に、上記の構成による固体潤滑剤層12における粒子20及び被覆部21の特定について説明する。
一実施形態では、固体潤滑剤層12の端面つまり摺動面16をX線光電分光法及びX線回折法によって測定している。X線光電分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)は、ESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)とも称される表面分析法の一種である。XPSでは、超高真空下において固体の試料の表面に軟X線を照射すると、試料の表面に束縛されている電子は光電効果によって真空中へ放出される。このとき、試料に照射されるX線は、MgKα線やAlKα線である。光電効果によって放出された電子は、光電子である。この光電子の放射における束縛エネルギーは、元素に固有のエネルギーである。そのため、束縛エネルギーに基づいて、元素を定性的に分析することができる。一方、光電子が散乱や衝突などの妨害を受けることなく進むことができる距離である平均自由工程は、数nm程度である。そのため、XPSの検出器は、試料の表面から数nm以上の深い位置にある光電子を検出することができない。本実施形態では、このようなXPSの特性を利用して、試料の表面から数nmまでの範囲におけるごく浅い範囲で元素を分析している。
【0017】
これに対し、X線回折法(XRD)では、試料にX線を照射したとき、X線が原子の周囲にある電子によって散乱又は干渉した結果として生じる回折を解析する。この回折を解析することにより、試料の構成成分の同定及び定量が可能となる。X線の物質に対する透過能力つまり侵入可能な深さは、試料の組成やX線の波長によって異なるものの、概ね50μm~100μmである。そのため、XRDでは、上記のXPSに比較してより深い領域における分析が可能となる。本実施形態では、このようなXRDの特性を利用して、XPSよりも深い、試料の表面から50μm~100μmまでの範囲における元素を分析している。
【0018】
本実施形態の摺動部材10は、上記のようなXPS及びXRDを用いて固体潤滑剤層12の端面である摺動面16を測定したとき、次の条件を満たしている。
(1)XPSによる分析の結果、金属硫化物に対する金属酸化物のピーク高さの比R1は、0.10~0.50である。
(2)XRDによる分析の結果、金属硫化物に対する金属酸化物のピーク高さの比R2は、0.10以下である。
【0019】
XPS及びXRDは、いずれも摺動部材10における固体潤滑剤層12の端面である摺動面16について分析する。すなわち、XPS及びXRDにおいて、いずれも摺動部材10の摺動面16側から分析を実行する。これにより、XPSでは、摺動部材10の端面から数nmの範囲の最表面に極めて近い領域が分析される。これとともに、XRDでは、摺動部材10の端面から50μm~100μmまでの範囲が分析される。このとき、XRDでは、固体潤滑剤層12及び軸受合金層11の厚さによっては、固体潤滑剤層12に限らず、軸受合金層11又は裏金層13まで分析されることがある。このような場合、測定される金属硫化物及び金属酸化物の強度の絶対値は低下する。しかし、強度の絶対値が低下しても、算出される比R2は影響を受けない。
【0020】
図5に示すようにXPSによる分析では、束縛エネルギーと強度との関係が得られる。このとき、金属硫化物と金属酸化物とは、束縛エネルギーが異なるため、強度のピークが異なる。
図5は、金属硫化物としてMoS
2、金属酸化物としてMoO
3を例としている。金属硫化物及び金属酸化物のピークは、最大のメインピーク又は次に大きなサブメインピークを用いる。例えば金属硫化物と金属酸化物とでピークが重なり、分離が困難な場合、メインピークに限らず、次に大きなサブメインピークを用いる。メインピークを選択した場合、金属硫化物及び金属酸化物ともにメインピークを用いる。一方、サブメインピークを選択した場合、金属硫化物及び金属酸化物ともにサブメインピークを用いる。
図5に示す本実施形態の場合、金属酸化物であるMoO
3のメインピークの分離が困難であるため、金属硫化物及び金属酸化物ともにサブメインピークを用いている。つまり、本実施形態では、
図5に示す金属硫化物のサブメインピークp1及び金属酸化物のサブメインピークp2を用いている。このように、得られた金属硫化物の強度のピーク高さh1及び金属酸化物の強度のピーク高さh2から、これらの比R1がR1=h2/h1として算出される。強度のピークの測定は数回実施し、得られた結果を平均して比R1を算出する。本実施形態では、この比R1は、0.10~0.50の範囲にある。これは、固体潤滑剤層12の摺動面16側の最表面である数nmの範囲において、被覆部21となる金属酸化物の存在頻度が高いことを示している。
【0021】
XRDによる分析では、
図6に示すような回折パターンが得られる。このとき、金属硫化物と金属酸化物とは、回折パターンが異なる。
図6は、金属硫化物としてMoS
2、金属酸化物としてMoO
3を例としている。金属硫化物及び金属酸化物のピークは、XRDの解析結果から強度が一番大きな角度を用いている。つまり、本実施形態では、
図6に示す金属硫化物のピークp3及び金属酸化物のピークp4を用いている。このように、得られた金属硫化物の強度のピーク高さh3及び金属酸化物の強度のピーク高さh4から、これらの比の値R2がR2=h4/h3として算出される。本実施形態では、この比の値R2は、0.10以下である。これは、固体潤滑剤層12の摺動面16側の最表面から50μm~100μmまでの範囲において、被覆部21となる金属酸化物の存在頻度が低いことを示している。
【0022】
これらの結果から、比R1の条件及び比R2の条件を満たす本実施形態の摺動部材10は、固体潤滑剤層12の摺動面16側の最表面に金属酸化物からなる被覆部21が優位に存在するのに対し、これよりも深い領域には固体潤滑剤の粒子20を構成する金属硫化物が優位に存在する。すなわち、上記の条件を満たす本実施形態の摺動部材10は、金属硫化物からなる粒子20において、摺動面16側の最表面に位置する粒子20に金属酸化物からなる被覆部21が形成されていることを示している。
【0023】
次に、上記の構成による本実施形態の摺動部材10の製造方法について説明する。
摺動部材10は、
図3に示すように軸受合金層11の表面つまり摺動面16側に固体潤滑剤層12を形成する固体潤滑剤の粒子20が被着されている。固体潤滑剤の粒子20は、例えばショットピーニングなどによって軸受合金層11に被着される。粒子20が被着された摺動部材10は、熱処理を施すことによって被覆部21となる酸化物が生成する。すなわち、粒子20は、熱処理によって表面が酸化され、粒子20を構成する金属硫化物の一部が金属酸化物へ酸化される。この場合、熱処理は、例えば電子ビームによる加熱、あるいは赤外線ヒータによる加熱などを用いることができる。特に、本実施形態の場合、赤外線ヒータによる加熱を用いることが好ましい。一般的な加熱炉による加熱などを用いる場合、温度の上昇に時間を要するとともに軸受合金層11などの下地も温度が上昇する。そのため、固体潤滑剤の粒子20は、摺動面16に近い側だけでなく、摺動面16から遠い深い位置も加熱される。その結果、固体潤滑剤層12の全体で粒子20を構成する金属硫化物の酸化が進行しやすくなる。これに対し、赤外線ヒータによる加熱を用いることにより、固体潤滑剤層12に含まれる粒子20は摺動面16に近いごく最表面だけが瞬時に加熱される。そのため、赤外線ヒータで加熱することにより、本実施形態のように固体潤滑剤層12に含まれる粒子20は、摺動面16に近い表面だけが酸化され、被覆部21が形成される。
【0024】
以下、本実施形態の実施例及び比較例について説明する。
実施例1~実施例4及び比較例2~比較例4は、試料にいずれも固体潤滑剤層12を被着した後、赤外線ヒータによって加熱した。比較例1は、固体潤滑剤層12が加熱されていない。赤外線ヒータによる加熱は、一定の昇温速度で温度を上げている。すなわち、金属硫化物の酸化が促進される酸化促進温度をT(℃)としたとき、昇温速度はT×2(℃/分)と設定している。そして、試料の表面温度が金属硫化物の酸化促進温度Tの所定範囲に到達すると、試料の加熱は停止した。この場合、所定範囲は、酸化促進温度Tの80%~90%に設定している。すなわち、試料の表面温度が酸化促進温度Tの80%~90%に到達すると、試料の加熱は停止した。試料の表面温度は、接触式温度計を用いてセンサで直接検出した。ここで、試料の酸化促進温度Tとは、固体潤滑剤となる金属硫化物の粉末を大気中で72時間加熱し、徐々に冷却したとき、全体の30wt%が酸化物となる温度である。本実施形態では、この酸化物の重量比の測定は、炭素硫黄分析装置(堀場製作所製EMIA-810)を用いて行なった。
【0025】
上記によって作成した試料は、XPSによる比R1及びXRDによる比R2を算出するとともに、
図7に示す試験条件を用いて試験を行ない固体潤滑剤層12の摩耗量及びなじみ後の摩擦係数を測定した。XPSは、Kratos社製のAXIS ULTRAを用いて行なった。X線のスポットサイズは1mmに設定し、帯電中和銃はオンに設定した。XPSの測定条件は、
図8に示すように設定した。XRDは、リガク社製のRINT2200を用いて行なった。XRDの測定条件は、
図9に示すように設定した。
【0026】
図10に示すように、実施例1~実施例4は、加熱を停止する温度、昇温速度、金属元素をそれぞれ設定している。これら実施例1~実施例4は、設定した条件にかかわらず、摩耗量及びなじみ後の摩擦係数が良好な結果を示した。実施例1~実施例4の場合、摩擦係数は、
図11に示すようになじみ期において増加するもののその後に低下する。そして、実施例1~実施例4の場合、なじみ期が完了した後、固体潤滑剤層12による潤滑が図られることから、摩擦係数は長期にわたり小さな値となる。
【0027】
これに対し、比較例1及び比較例2は、摩耗量が大きく、なじみ後の摩擦係数が高いという結果を示した。比較例1は、被着した固体潤滑剤層12を加熱していない例である。そのため、比較例1は、金属酸化物からなる被覆部21が形成されていない。また、比較例2は、加熱を停止する温度を酸化促進温度Tの75%に設定した例である。そのため、比較例2は、加熱時の昇温が不足し、金属硫化物の酸化が不十分となり被覆部21が十分に形成されていないと考えられる。これらにより、比較例1及び比較例2の場合、固体潤滑剤層12は、なじみ期の後、軸部材14からの攻撃によって摩滅すると考えられる。その結果、比較例1及び比較例2の場合、
図11に示すようになじみ期の後、摩擦係数は漸増することになったと考えられる。
【0028】
また、比較例3及び比較例4は、固体潤滑剤層12の摩耗量が良好であるのに対し、なじみ後の摩擦係数が高いという結果を示した。比較例3は、加熱を停止する温度を酸化促進温度Tの95%に設定した例であり、比較例4は、加熱を停止する温度を酸化促進温度Tの200%に設定した例である。これら比較例3及び比較例4は、加熱時の昇温が過剰となり、固体潤滑剤層12の粒子を構成する金属硫化物のより多くが被覆部21となる金属酸化物に酸化されたことを示している。被覆部21となる金属酸化物が過剰に生成されることにより、固体潤滑剤層12の硬度が増大するとともに、金属硫化物による潤滑の作用が低減すると考えられる。これらにより、比較例3及び比較例4の場合、固体潤滑剤層12は、なじみ期において軸部材14を研磨するものの、その後も軸部材14に対して高い攻撃性を有している。その結果、比較例3及び比較例4の場合、
図11に示すように摩擦係数は低下しにくくなると考えられる。
図10に示す結果から、本実施形態の条件を満たす摺動部材10の実施例は、摩耗の低減及びなじみ後の摩擦係数の低減に寄与することが明らかである。
【0029】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
【符号の説明】
【0030】
図面中、10は摺動部材、11は軸受合金層、12は固体潤滑剤層、14は軸部材、15は軸受装置、16は摺動面、20は粒子、21は被覆部を示す。