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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-09
(45)【発行日】2023-05-17
(54)【発明の名称】グルタミン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 13/14 20060101AFI20230510BHJP
   C12N 1/12 20060101ALN20230510BHJP
【FI】
C12P13/14 E
C12N1/12 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018201244
(22)【出願日】2018-10-25
(65)【公開番号】P2019110894
(43)【公開日】2019-07-11
【審査請求日】2021-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2017245440
(32)【優先日】2017-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術戦略機構、戦略的創造研究推進事業「ラン藻代謝改変株の構築とコハク酸増産株の創出」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(73)【特許権者】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【氏名又は名称】城田 百合子
(72)【発明者】
【氏名】冨田 結芙子
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 和政
(72)【発明者】
【氏名】小山内 崇
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-010054(JP,A)
【文献】国際公開第2016/181902(WO,A1)
【文献】特開昭61-254193(JP,A)
【文献】特開2012-023977(JP,A)
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem.,2011年,Vol. 75, No. 11,pp. 2253-2256
【文献】Frontires in Microbiology,2016年,Vol. 7, Article 2050 (pp. 1-8)
【文献】Folia Microbiol.,2001年,Vol. 46, No. 6,pp. 549-554
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーグレナを好気条件下で培養する好気培養工程と、
前記好気培養工程で得られた培養産物をpHが7以上の培地を用いて嫌気条件下で培養する嫌気培養工程と、
を行うことを特徴とするグルタミン酸の製造方法。
【請求項2】
前記嫌気培養工程では、緩衝液を用いて前記培地のpHを7以上に維持することを特徴とする請求項1に記載のグルタミン酸の製造方法。
【請求項3】
前記嫌気培養工程では、(NHHPO、NaHPO、KHPOを含む群より選択される少なくとも一種以上を用いて前記培地のpHを7以上に調整することを特徴とする請求項1に記載のグルタミン酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸の製造方法及びユーグレナの培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマスを原料とする有用物質、例えば、生分解性バイオマスプラスチックの原料となる各種有機酸や、栄養源等として利用可能なアミノ酸、その他機能性物質の生産が注目されている。
【0003】
これらの有用物質の原料として、トウモロコシやサトウキビなどに由来する糖質を用い、従属栄養細菌の発酵を利用した生産も行われている。例えば、L-グルタミン酸や、L-リジン(リシン)等のL-アミノ酸は、これらのアミノ酸を生産するアミノ酸生産菌を用いて発酵法により工業的に生産されている。
【0004】
発酵法によるL-アミノ酸の工業的生産において、グルコース、フルクトース、スクロース等の糖類が炭素源として用いられている。炭素源としての糖類は、サトウキビなどの植物に由来するものが用いられている。しかし、食料系植物を原料として用いた場合、食料および飼料用需要との競合が生じ、安定供給面での問題を伴う。そのため、既存の食料生産と競合しないバイオマスを原料として有用物質を生産することが好ましい。
【0005】
当該バイオマスとしては、近年では藻類が注目されている。藻類の中でもユーグレナは、光合成により様々な化合物を生産する能力を有し、燃料生産にも利用できることが知られている。例えば特許文献1には、バイオ燃料の原料となるワックスエステルを高含有するユーグレナの生産方法が開示されている。
【0006】
藻類を利用して、アミノ酸などの有用物質を安定的に供給可能な生産系を確立できれば、培養時に二酸化炭素を吸収することで温室効果ガスの削減に寄与できるとともに、原料となる食糧系植物などの使用量の削減が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-153730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、ユーグレナを用いたアミノ酸の製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、有用物質であるアミノ酸の産出が増加する培地を用いて、ユーグレナを培養する工程を含むユーグレナの培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究した結果、ユーグレナを好気条件下で培養した後に、所定のpHの培地を用いて嫌気条件下で培養することにより、ユーグレナが産出するアミノ酸の産出が促進されることを見出した。
【0010】
従って、前記課題は、本発明によれば、ユーグレナを好気条件下で培養する好気培養工程と、前記好気培養工程で得られた培養産物をpHが7以上の培地を用いて嫌気条件下で培養する嫌気培養工程と、を行うことを特徴とするグルタミン酸の製造方法により解決される。
【0011】
のとき、前記嫌気培養工程では、緩衝液を用いて前記培地のpHを7以上に維持するとよい。
このとき、前記嫌気培養工程では、(NHHPO、NaHPO、KHPOを含む群より選択される少なくとも一種以上を用いて前記培地のpHを7以上に調整するとよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のアミノ酸の製造方法及びユーグレナの培養方法によれば、藻類バイオマスであるユーグレナを利用して、有用物質であるアミノ酸を効率よく製造することが可能となる。また、アミノ酸を増加させるためにpHを調整する際に用いる物質は、無機物であってもよいため、糖類や植物由来の有機物ではないという利点を有する。さらに、アミノ酸の生産と同時に、種々の用途において有用なユーグレナ細胞も得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本実施形態のアミノ酸の製造方法及びユーグレナの培養方法を示すフロー図である。
図2】試験1において検討を行った、(NHHPOを用いて異なる塩濃度(pH)の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図3】試験1において検討を行った、(NHSOを用いて異なる塩濃度の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである。
図4】試験1において検討を行った、NHClを用いて異なる塩濃度の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである。
図5】試験1において検討を行った、KHPOを用いて異なる塩濃度の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである(p<0.1)。
図6】試験1において検討を行った、NaHPOを用いて異なる塩濃度(pH)の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである(**p<0.05)。
図7】試験1において検討を行った、KHPOを用いて異なる塩濃度(pH)の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)グルタミンの量を示すグラフである(**p<0.05)。
図8】試験2において検討を行った、(a)pH=6.5又は(b)pH=7.5に維持をして、異なる塩濃度(pH)の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれるグルタミン酸の量を示すグラフである。
図9】試験2において検討を行った、(a)pH=6.5又は(b)pH=7.5に維持をして、異なる塩濃度(pH)の培地で嫌気培養した後の培養液に含まれるグルタミンの量を示すグラフである。
図10】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン酸及び(b)アスパラギンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図11】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれるγ-アミノ酪酸(GABA)の量を示すグラフである(**p<0.05)。
図12】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)オルニチン及び(b)アスパラギン酸の量を示すグラフである(**p<0.05)。
図13】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)アラニン、(b)α-アミノ酪酸(α-ARA)及び(c)シスタチオニンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図14】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)シトルリン、(b)β-アラニン、(c)シスチン、(d)ヒスチジン、(e)カルニチン及び(f)トリプトファンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図15】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)グルタミン、(b)メチオニン、(c)スレオニン、(d)セリン、(e)イソロイシン及び(f)チロシンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図16】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)フェニルアラニン、(b)尿素、(c)バリン、(d)アルギニン、(e)ロイシン及び(f)リジンの量を示すグラフである(**p<0.05、p<0.1)。
図17】試験3において検討を行った、ユーグレナを、異なる塩濃度(pH)の培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる(a)ホスフォエタノールアミン、(b)エタノールアミン、(c)ホスフォセリン及び(d)プロリンの量を示すグラフである(**p<0.05)。
図18】試験4において検討を行った、ユーグレナを、異なるpHに維持をした培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を示すグラフである。
図19】試験4において検討を行った、ユーグレナを、異なるpHに維持をした培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を示すグラフである。
図20】試験4において検討を行った、ユーグレナを、異なるpHに維持をした培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を示すグラフである。
図21】試験4において検討を行った、ユーグレナを、異なるpHに維持をした培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を示すグラフである。
図22】試験4において検討を行った、ユーグレナを、異なるpHに維持をした培地を用いて嫌気培養した後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、図1乃至図22を参照しながら説明する。
本実施形態は、pHが7以上又は7未満の培地を用いて嫌気条件下でユーグレナを培養する工程を行うアミノ酸の製造方法及びユーグレナの培養方法に関するものである。
【0018】
目的化合物であるアミノ酸は、嫌気培養工程で得られる培養産物中に含まれる。本明細書において「培養産物」とは、ユーグレナを培養して得られる全ての産物を包含する概念である。より具体的には、ユーグレナを培養槽に入れた培養液中で培養した場合には、ユーグレナ細胞およびユーグレナが産出した物質を含む培養液の全て、すなわち培養槽の内容物全てを包含する概念である。
【0019】
<ユーグレナ>
実施形態において、「ユーグレナ」とは、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種及びユーグレナ科(Euglenaceae)の近縁種を含む。
ここで、ユーグレナ属(Euglena)とは、真核生物のうち、エクスカバータ、ユーグレノゾア門、ユーグレナ藻綱、ユーグレナ目、ユーグレナ科に属する生物の一群である。
【0020】
ユーグレナ属に含まれる種として、具体的には、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridisなどが挙げられる。
ユーグレナとして、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis),特に、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株を用いることができるが、そのほか、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株の変異株SM-ZK株(葉緑体欠損株)や変種のE. gracilis var. bacillaris、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株、Astasia longa等のその他のユーグレナ類であってもよい。
【0021】
ユーグレナ属は、池や沼などの淡水中に広く分布しており、これらから分離した野生型のユーグレナを使用しても良く、また、既に単離されている任意のユーグレナ属を使用してもよい。遺伝子組み換えを行っていない野生型ユーグレナを用いると、培養に際して自然界との遺伝子交雑などに配慮する必要がないため、屋外でも培養することができ、培養にかかるコストを抑制することができるため好ましい。
【0022】
ユーグレナ属は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。例えば、アミノ酸などの有用物質を多く産出するよう遺伝子組み換えを行ったユーグレナを用いてもよい。
【0023】
<アミノ酸の製造方法>
本実施形態のアミノ酸の製造方法は、ユーグレナを好気条件下で培養する好気培養工程と、前記好気培養工程で得られた培養産物をpHが7以上又は7未満の培地を用いて嫌気条件下で培養する嫌気培養工程と、を行うことを特徴とする。
以下、各工程について図1を参照して詳細に説明する。
【0024】
(好気培養工程)
好気培養工程では、ユーグレナを好気条件下で培養する(ステップS1)。
ユーグレナの好気培養の条件は、従来のユーグレナの培養法において知られたものを用いることができる。培養温度は、通常20~34℃の範囲内とするのが効率的な生育のために好ましい。また、培地には空気をバブリングすることが好ましく、特にユーグレナはCOを資化するため、1~5%のCOを含む空気を培地中にバブリングすることがより好ましい。好気的培養は光照射下(明条件下)で行うことが好ましく、明暗サイクル、特に概日リズムに準じた明暗サイクル条件下(例えば12時間明暗サイクル)で行うことがより好ましい。明条件下における光強度は、30~200μmol m-2 -1の範囲とすることが好ましい。培地のpHは3~8の範囲とすることが好ましい。培養期間は3日間以上であり、特に5日間以上、さらに10日間以上とすると好ましい。
【0025】
好気培養工程では、例えばCramer-Myers培地(CM培地)、Hutner培地、およびKoren-Hutner培地、AY培地などの公知の培地の一部組成を変更した改変培地を用いることができる。
【0026】
好気培養工程では、窒素欠乏条件下、例えば窒素欠乏培地を用いて、ユーグレナを好気的に培養してもよい。窒素欠乏条件とするために、培地の改変、つまり窒素源の除去を行う。例えば、CM培地であれば、組成からリン酸水素アンモニウム((NHHPO)を除外することにより窒素欠乏条件とすることができる。ここで、窒素欠乏条件とは、培地中の窒素濃度がN原子換算で0.1mmol/L以下、特に0.01mmol/L以下である状態を意味する。
【0027】
窒素欠乏条件下で培養すると、当初はユーグレナ細胞中に蓄積された窒素源が利用されるが、それを全て資化してしまった後は、ユーグレナは窒素欠乏状態に陥る。ユーグレナはそのストレスに応じて特定のアミノ酸を産出し細胞体内に蓄積するものと考えられる。窒素欠乏培養期間は3日間以上であり、特に5日間以上、さらに10日間以上とすると、特定のアミノ酸をより多く蓄積すると考えられるため好ましい。
【0028】
好気培養工程で用いる培地の改変は、ユーグレナの増殖を促進する栄養源、あるいはアミノ酸の生合成原料となるような炭素源の追加も含まれ得る。ユーグレナの培養は、炭素源が追加された培地を用いて、完全従属栄養条件下で、あるいは光合成と培地に追加された炭素源を併用可能な条件下(本明細書において、このような光合成を併用する条件も従属栄養条件の概念に包含されるものとする)で行ってもよい。従属栄養条件下でユーグレナの培養を行うことにより、独立栄養条件下で培養を行った場合と比較して、特定のアミノ酸をより多く蓄積するようになる。
【0029】
培地に追加する炭素源としては、例えば、グルコースやフルクトースなどの糖類、エタノールなどのアルコール類、酢酸やリンゴ酸などのカルボン酸や、グルタミン酸などのアミノ酸といった有機酸またはその塩等、および炭酸水素ナトリウムなどの無機炭素化合物が挙げられる。例えば、培地中にエタノールを0.5~1.0容量%加えると、ユーグレナの生育促進につながる。なお、炭素源以外の栄養源として、塩化カリウムや塩化マグネシウムなどのアルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩を培地に加えてもよい。培地に追加する炭素源としては、糖類および有機酸が好ましく、なかでもグルコースならびに酢酸およびその塩が特に好ましい。培地に追加する炭素源は、培地の他の成分とのバランスの観点から、1~200mM、特に1~100mM、とりわけ1~20mMの範囲の濃度で添加することが好ましい。
【0030】
好気培養工程に用いるユーグレナは、予め前培養されているものを用いる。好ましくは1日以上、より好ましくは2日以上、特に好ましくは3日以上前培養したユーグレナが分散した培養液を採取して遠心分離し、必要に応じて脱イオン水で洗浄した後、培地に加えるなどして、好気条件下に置く。培養工程の開始時におけるユーグレナ細胞の濃度は10~20g/L、培養工程の完了時におけるユーグレナ細胞の濃度は20~50g/Lとすると、ユーグレナの生育効率、さらにはアミノ酸の産出効率の面から好ましい。
【0031】
なお、本明細書において、ユーグレナ細胞の重量は、特に言及しない場合には乾燥重量を意味する。ユーグレナ細胞体の乾燥重量は、ユーグレナが分散した培養液の所定量をサンプリングし、遠心分離、洗浄および凍結乾燥などの工程を経て水分を除去した後のユーグレナ細胞を測定して得られる重量である。従って、g/Lの単位で表されるユーグレナ細胞の濃度とは、培養液1リットルあたりに含まれるユーグレナ細胞の乾燥重量を意味する。
【0032】
(細胞濃縮工程)
細胞濃縮工程では、前記好気培養工程の後、前記嫌気培養工程の前に、前記好気培養工程で得られた培養産物に含まれるユーグレナ細胞を濃縮する(ステップS2)。
【0033】
ユーグレナ細胞の濃縮は、好気培養工程で得られた好気培養産物を遠心分離した後に上清を廃棄し、沈殿したユーグレナ細胞を少量の新たな培地に分散させるなどして、ユーグレナ細胞を濃縮することで行われる。このように、ユーグレナ細胞を濃縮するとユーグレナ細胞が培養液中にアミノ酸を放出しやすくなり、嫌気培養工程後の培養液におけるアミノ酸含有量が高くなるため好ましい。濃縮は、培養産物の容量に対する、嫌気培養工程に付されるユーグレナ細胞体分散液の容量が好ましくは1/10以下、より好ましくは1/20以下、更に好ましくは1/50以下、特に好ましくは1/75以下となるように行うと、嫌気培養工程後の培養液におけるアミノ酸含有量がより高くなるため好ましい。なお、濃縮のための方法は遠心分離に限られるものではなく、他の公知の方法、例えばフィルター濾過により分散質を集積するなどの方法で行ってもよい。
【0034】
細胞濃縮工程は、波長730nmにおけるOD(Optical Density:光学密度、光学濃度)が5以上、より好ましくは、10以上、特に好ましくは20以上となるように行うとよい。
【0035】
(嫌気培養工程)
嫌気培養工程では、製造するアミノ酸の種類に応じて、前記好気培養工程で得られた培養産物をpHが7以上又はpHが7未満の培地を用いて嫌気条件下で培養する(ステップS3)。
【0036】
本工程における「嫌気培養」とは、嫌気発酵ともいえる工程であり、ユーグレナが嫌気条件下でエネルギーを獲得するために、嫌気呼吸により有機物を酸化して、アミノ酸と二酸化炭素を生産する異化代謝を意味する。また、「嫌気条件」とは、ユーグレナが好気呼吸を行うことができる最低酸素量を下回る、実質的に酸素が存在しない条件であり、酸素濃度が、通常では1%以下、好ましくは0.5%以下、特に0.2%以下、さらに完全に無酸素(酸素量が検出限界以下)の条件を意味する。ユーグレナは、好気条件下で培養すると細胞内に特定のアミノ酸を蓄積するが、それをさらに嫌気条件で培養すると、アミノ酸の生合成がさらに促進され、またアミノ酸を細胞外に放出するようになると考えられる。嫌気条件は、培養槽内の気相中における酸素濃度を上記範囲内に調整することで達成できる。例えば、気相中の気体を、窒素やアルゴンなどの不活性ガスで置換することにより達成することができる。
【0037】
嫌気培養工程は、例えば、以下に示す培養条件で行うことが出来るが、以下の条件に限定されるものではない。
【0038】
・培地のpH
培地のpHは、製造するアミノ酸の産出に適した任意のpHを選択すればよく、pH調整には、適当な無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、例えば、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等を使用することができる。
【0039】
製造するアミノ酸の種類に応じて、適宜培地のpHを7以上(又は7より高く)、7.2以上(又は7.2より高く)、7.5以上(又は7.5より高く)、8以上(又は8より高く)としたり、pHを7未満、6.8未満(又は6.8以下)、6.5未満(又は6.5以下)、6未満(又は6以下)、5未満(又は5以下)、4未満(又は4以下)、3未満(又は3以下)としたりすればよい。
このとき、培地のpHの上限値は12以下であればよく、好ましくは11以下、より好ましくは10以下、特に好ましくは9以下であるとよい。また、培地のpHの下限値は1以上であればよく、好ましくは2以上、より好ましくは3以上であるとよい。
【0040】
このとき、特定の塩を用いて、培地のpH(初期pH)を7以上、より好ましくはpHを7.2以上に調整してもよく、例えば、(NHHPO、NaHPO、KHPOなどのリン酸塩を適宜所定の量で組み合わせて用いることが可能である。
【0041】
また、嫌気培養工程における培地として、緩衝液をベースとして用いてpHを所定の値に維持すると好適である。ベースとなる緩衝液としては、グリシン-HClバッファー、酢酸ナトリウムバッファー、クエン酸ナトリウムバッファー、HEPES-KOHバッファー、HEPESバッファー、Trisバッファー、PBSバッファー、MOPSバッファー、MESバッファーなどが挙げられる。
【0042】
ここで、HEPESは、4-(2-HydroxyEthyl)-1-PiperazineEthaneSulfonic acid(CAS登録番号、7365-45-9)であり、Trisはトリスヒドロキシメチルアミノメタン(CAS登録番号、77-86-1)であり、PBSバッファーはリン酸緩衝生理食塩水であり、MOPSは3-モルホリノプロパンスルホン酸(CAS登録番号、1132-61-2)であり、MESは2-モルホリノエタンスルホン酸(CAS登録番号、4432-31-9)である。
【0043】
嫌気培養工程で用いる培地のベースとして、栄養源としてグルコースなどの有機炭素源を含まないCM培地などの独立栄養培地を用いることが好ましいがこれに限定されるものではない。例えば、窒素源、リン源、ミネラルなどの栄養塩類を添加した培養液、例えば、Cramer-Myers培地や、改変Cramer-Myers培地を用いることができる。
【0044】
また、嫌気培養工程で用いる培地には、リン酸アンモニウム((NHPO)、リン酸水素二アンモニウム((NHHPO)、リン酸二水素アンモニウム(NHPO)などのリン酸塩や、硫酸アンモニウム((NHSO)、硝酸アンモニウム(NHNO)などの硫酸塩や、炭酸アンモニウム((NHCO)、炭酸水素アンモニウム((NH)HCO)などの炭酸塩や、塩化アンモニウム(NHCl)などの塩酸塩を添加してもよい。
【0045】
・培養温度
培養温度は、アミノ酸の産出に適した温度、例えば、通常15~40℃であり、20~34℃であることが好ましく、特に23~28℃であることが好適である。
【0046】
・培養期間
培養期間は、アミノ酸が十分に産出される期間であれば特に限定されず、例えば、2~30日、好ましくは3~14日、特に好ましくは3~5日であればよい。
【0047】
・暗・嫌気培養
嫌気培養工程では、暗・嫌気培養を行うことが好ましい。
暗条件とは、光照射を行うことなく、光を遮った条件のことをいい、具体的には、光強度が1μmol m-2-1以下の弱光条件または光のない暗黒条件をいう。
嫌気条件とするために、窒素ガス等の不活性ガスを供給して培養を行う、またはCOなどの不活性ガスを通気しながら培養を行う等の方法を用いることができる。なお、嫌気条件とするために用いる窒素ガスは、培養系から酸素を除くために用いられるものであり、ユーグレナが窒素源として資化するために用いられるものではない。
【0048】
・培養方式及び培養装置
嫌気培養は、例えば供給バッチ法を用いて行われ得るが、フラスコ培養や発酵槽を用いた培養、回分培養法、半回分培養法(流加培養法)、連続培養法(灌流培養法)等、いずれの液体培養法により行ってもよい。
培養は、レースウェイ型、チューブ型等の公知の培養装置や、坂口フラスコ、三角フラスコ、試薬ビンなどの実験用の培養容器を用いて行うことができる。
嫌気培養は、静置培養法、振盪培養法のいずれの方法によって行ってもよいが、振盪培養とすると、嫌気培養工程後の培養液におけるアミノ酸含有量がより高くなるため好ましい。
各種培養の条件は、培養を通じて一定であってもよいが、アミノ酸の産出量を向上させるために、培養期間に応じて各種培養条件を変化させることも可能である。
【0049】
嫌気培養工程を行うことで、ユーグレナはアミノ酸を培養液中に放出する。嫌気培養後の培養液中には、培養終了直後の非濃縮状態で100mg/L以上、好ましくは200mg/L以上、特に好ましくは300mg/L以上のアミノ酸が含まれる。嫌気培養後の培養液中のアミノ酸含有量は、培養条件を最適化することにより、800mg/L以上、1000mg/L以上、さらには1500mg/L以上とすることも可能である。従って、嫌気培養後の培養液中には、培養終了直後の非濃縮状態で、100mg/L以上、200mg/L以上、300mg/L以上、800mg/L以上、1000mg/L以上、または1500mg/L以上のアミノ酸が含まれ得る。
【0050】
嫌気培養後の培養液中のアミノ酸含有量は、嫌気培養産物を遠心分離して採取した上清を乾燥させて得られたサンプルを、例えばHPLCなどにより分析することにより求めることができる。嫌気培養後のユーグレナ細胞体の乾燥重量に対する、上清に含まれるアミノ酸の重量比率は0.5重量%以上であることが好ましく、特に1重量%以上、さらに1.5重量%以上であることがより好ましい。
【0051】
嫌気培養後の培養液中には、アミノ酸以外にも有機酸が含まれる。アミノ酸以外の有機酸の含有量は、アミノ酸に比較して極めて少なくなることが多い。嫌気培養後の培養液中に含まれるアミノ酸以外の有機酸の量は、アミノ酸含有量の1/5以下、1/6以下、特に1/7、さらに1/10以下であってもよい。アミノ酸以外の有機酸の量が少ないことは、アミノ酸の分離精製の観点から好ましい。また、嫌気培養後の培養液中には、その他の下記のような有用な化合物が含まれ得る:3-ヒドロキシプロピオン酸、マロン酸、プロピオン酸、アセトイン、フマル酸、3-ヒドロキシブチロラクトン、アラビニトール、フルフラール、イタコン酸、レブリン酸、プロリン、キシリトール、キシロン酸、アコニット酸、クエン酸、2,5-フランジカルボン酸、グルカル酸、レボグルコサン、ソルビトール。これらの有用な化合物の含有量は、アミノ酸含有量の1/5以下、特に1/6以下、とりわけ1/7、さらに1/10以下であってもよい。
【0052】
また、上述のとおり、本実施形態の方法において嫌気培養工程後の培養液中には、培養終了直後の非濃縮状態で100mg/L以上、好ましくは200mg/L以上、特に好ましくは300mg/L以上のアミノ酸が含まれる。より好ましくは、嫌気培養工程後の培養液中には、培養終了直後の非濃縮状態で100mg/L以上、好ましくは200mg/L以上、特に好ましくは300mg/L以上のアミノ酸が含まれる。従って、本実施形態はさらに別の側面において、ユーグレナが産出したアミノ酸を100mg/L以上の濃度で含有する、ユーグレナを培養して得られる培養産物、特に培養液に関する。
【0053】
さらに、嫌気培養工程を行った後の嫌気培養産物には、培養液中のみならず、ユーグレナ細胞中にもアミノ酸が含まれる。ユーグレナ細胞中に含まれるアミノ酸は、水または有機溶媒で抽出することにより取り出すことができる。その際、超音波破砕装置などにより機械的な力を加えるか、あるいはリゾチームなどの酵素を添加するなどして細胞膜を破壊してもよい。なお、ユーグレナ細胞中にも、アミノ酸のみならず、上記に述べたような有用な化合物が含まれ得る。
【0054】
(アミノ酸回収工程)
アミノ酸回収工程では、前記嫌気培養工程で得られた培養産物からアミノ酸を回収する(ステップS4)。
ここで、本工程における培養産物は、培地、ユーグレナ細胞アミノ酸、その他成分等の産出物を含む概念である。従って、培養産物からアミノ酸を回収するとは、ユーグレナ細胞を除去した培地からアミノ酸を回収することや、ユーグレナ細胞を含む培地からアミノ酸を回収すること、培養後のユーグレナ細胞からアミノ酸を回収することを含む概念である。
回収されるアミノ酸は、グルタミン酸、γ-アミノ酪酸、オルニチン、アスパラギン酸、アスパラギン、アラニン、α-アミノ酪酸、スレオニン、セリン、バリン、シスチン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、リジン、アルギニン及びシスタチオニンを含む群より選択される一種以上である。
【0055】
アミノ酸回収工程には、適当な分離方法(例えば、遠心分離や、濾過、有機溶剤による抽出工程、高速液体クロマトグラフィーなどの組み合わせ)によりアミノ酸を分離して得る分離工程や、適切な分離カラムや再結晶によって所望のアミノ酸を精製する精製工程が含まれる。
【0056】
<ユーグレナの培養方法>
上述のアミノ酸の製造方法において、嫌気培養工程後に得られた嫌気培養産物中のユーグレナ細胞は、細胞内に含有されるアミノ酸のみならず、細胞それ自体も有用性を有する。ユーグレナ細胞は、数多くのビタミン、ミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸などを含有することが知られており、食品もしくは栄養補助食品または飼料として有用である。また、本実施形態の方法で嫌気培養工程後に得られるユーグレナ細胞では、嫌気培養の間に細胞に含有される糖質が減少しているため、従来よりも高付加価値である低糖質のユーグレナ細胞を提供することが可能となる。
【0057】
従って、本実施形態は別の側面において、上述の好気培養工程と嫌気培養工程とを行うことを特徴とするユーグレナの培養方法にも関する。
具体的には、ユーグレナを好気条件下で培養する好気培養工程と、前記好気培養工程で得られた培養産物をpHが7以上(又はpHが7未満)の培地を用いて嫌気条件下で培養する嫌気培養工程と、を行うことを特徴とするユーグレナの培養方法に関する。
また、ユーグレナを好気条件下で培養する好気培養工程と、前記好気培養工程で得られた培養産物を、緩衝液を含む培地を用いてpHを7以上(又は7未満)に維持して嫌気条件下で培養する嫌気培養工程と、を行うことを特徴とするユーグレナの培養方法であると好適である。
【実施例
【0058】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の試験例では、ユーグレナを好気的に培養した後に、様々な培地を用いてユーグレナの嫌気培養を行い、ユーグレナの各種アミノ酸産出に対する影響の検討を行った。
【0059】
<試験1 グルタミン及びグルタミン酸産出における塩の種類の検討>
(試験方法)
試験1では、独立栄養培地であるCM培地をベースとして、アンモニウムイオン濃度又はリン酸イオン濃度を、アンモニウム塩又はリン酸塩で調整した培養液を用いて嫌気培養工程を行い、嫌気培養工程後の培養液に含まれるグルタミン及びグルタミン酸の量を測定した。
【0060】
(1)好気培養工程
ユーグレナ・グラシリスZ株(NIES-48株、窒素充足下の通常の培養環境で1~2週間程度の前培養を行ったもの)は、CM培地をベースとして、pHを3.5に調整した。具体的には、脱イオン水(DW)を用いて、表1に示す組成の改変CM培地を作製し、硫酸を用いてpH3.5に調整してからオートクレーブで滅菌した。
【0061】
【表1】
【0062】
調製した培地1Lを1L容量のメジューム瓶に入れた後、初期濃度がOD730=0.01になるようにユーグレナ・グラシリスの種藻体を接種し、添加した。
【0063】
1vol%濃度でCOを混合した空気を30~50ml/分の流量で通気し、光源として白色蛍光灯(三菱電機照明株式会社製、ネオルミスーパー、FLR40SW)を用い、培養液水面に注ぐ光が50~80μE/m・秒の強度となるように調節し、培養を行った。光の照射時間は、屋外の昼夜条件に近づけるため、12時間点灯後に12時間消灯する明暗サイクルとした。
培養温度25℃で14日間以上、18日間以内で培養を行った。
【0064】
(2)濃縮工程及び嫌気培養工程
好気培養工程で得られた培養液を所定量50mLプラスチックチューブに採取して遠心分離(8000rpm×2分)し、上清を捨てた。得られたユーグレナ細胞体を10mLの所定の培養液に加え、濁度がOD730=20となるように、細胞を濃縮、懸濁し、ガスクロマトグラフィー用のバイアル瓶に移した。バイアル瓶内の懸濁液に窒素ガスを1~10分間導入して酸素を除去し、ブチルゴムで蓋をして、バイアル瓶中を嫌気状態にした。バイアル瓶をアルミホイルで包んで暗条件とし、25℃で3日間振盪培養した。
【0065】
そして、表1に記載のCM培地をベースとして、アンモニウムイオン濃度又はリン酸イオン濃度を、アンモニウム塩又はリン酸塩で調整した培養液を用いて嫌気培養工程を行った。
アンモニウム塩としては、(NHHPO、(NHSO、NHClを用い、リン酸塩としては、KHPO、NaHPO、KHPOを用いた。
また、コントロール(control)として、CM培地を用いて嫌気培養工程を行った。
【0066】
(3)グルタミン酸及びグルタミンの定量
グルタミン酸及びグルタミンは、バイオセンサ(BF-7D/王子計測機器社製)を用いて定量した。定量は、酵素法を用いた。培養液を遠心分離にかけることで細胞を分離し、0.45μmフィルターで濾過をした上清300μLを用いた。
【0067】
(試験1の結果)
試験1の結果を図2乃至7に示す。
図2乃至4は、アンモニウム塩を用いた場合の結果であり、図5乃至7は、リン酸塩を用いた場合の結果である。
【0068】
図2は、(NHHPOを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸の生産量がコントロールと比較して(NHHPOが18~37mMの場合で減少していた。(NHHPO濃度が37mMから濃度が高くになるにつれてグルタミン酸の生産量が増加し、(NHHPO濃度が75mMと98mMの場合、コントロールに対して有意にグルタミン酸の生産量が増加した。
また、グルタミンの生産量は、コントロールに対して減少する傾向があった。
【0069】
図3は、(NHSOを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸及びグルタミンの生産量は、コントロールと比較して変化しなかった。
【0070】
図4は、NHClを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸及びグルタミンの生産量は、コントロールと比較して変化しなかった。
【0071】
図5は、KHPOを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸及びグルタミンの生産量は、コントロールと比較して変化しなかった。
【0072】
図6は、NaHPOを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸の生産量がコントロールと比較してNaHPO濃度が11~22mMの場合で減少していた。NaHPO濃度が44~88mMの場合、コントロールに対してグルタミン酸の生産量が増加した。
また、グルタミンの生産量は、コントロールと比較して変化しなかった。
【0073】
図7は、KHPOを用いた場合の結果を示すグラフであり、グルタミン酸の生産量がコントロールと比較してKHPO濃度が11~22mMの場合で減少していた。KHPO濃度が44mM~88mMの場合、コントロールに対してグルタミン酸の生産量が有意に増加した。
また、グルタミンの生産量は、コントロールと比較して変化しなかった。
【0074】
(試験1の考察)
試験1の結果から、(NHHPO、NaHPO、KHPOを用いた場合、グルタミン酸の生産量が増加したが、(NHSO、NHCl、KHPOを用いた場合、グルタミン酸の生産量が増加しなかったことが示された。
【0075】
ここで、嫌気培養に用いた培地に各種塩を添加した際のpH(嫌気培養開始時のpH,以下初期pHという)を測定した。結果を表2に示す。表2における濃度は、アンモニウム塩濃度又はリン酸塩濃度を示している。なお、KHPOについては、元の培地にも含まれており、表2に記載の数値は追加分に相当するため、+を付して表示している。
【0076】
【表2】
【0077】
表2に示すように、(NHHPO、NaHPO、KHPOを用いた場合、グルタミン酸生産量が増加した濃度領域において、初期pHが7以上であることがわかった。
一方、グルタミン酸の生産量が増加しなかった(NHSO、NHCl、KHPOを用いた場合、いずれの濃度においてもpHが7未満であった。
したがって、嫌気培養工程における培養液の初期pHを7以上とした場合に、グルタミン酸の生産量が増加することが示唆された。
【0078】
<試験2 グルタミン及びグルタミン酸産出におけるpHの検討>
(試験方法)
試験2では、200mMのMOPS-KOHバッファーを用いて、pHを6.5または7.5に維持した培養液を用いて嫌気培養工程を行った以外は試験1の試験方法に従って、嫌気培養工程後の培養液に含まれるグルタミン及びグルタミン酸の量を測定した。
具体的には、pHを6.5に維持することで(NHHPO低濃度の状態を模倣し、pHを7.5に維持することで(NHHPO高濃度の状態を模倣した。
また、コントロールとして、MOPS-KOHバッファーを含まないCM培地を用いて嫌気培養工程を行った。
【0079】
(試験2の結果と考察)
試験2の結果を図8及び9に示す。
図8はグルタミン酸生産量を示し、図9はグルタミン生産量を示す。
【0080】
グルタミン酸に関し、pH7.5の場合、全ての(NHHPO濃度において、グルタミン酸の生産量がコントロールに対して増加していた。pH6.5の場合、グルタミン酸の生産量はコントロールに対して減少していた。
つまり、コントロールに含まれている(NHHPOに依存せず、pH=7.5ではグルタミン酸の生産量が増加し、pH=6.5ではグルタミン酸の生産量が低下することがわかった。
したがって、ユーグレナのグルタミン酸生産には、嫌気培養時の培養液のpHが重要な因子であり、培養液のpHを7より高い塩基性条件とすると、ユーグレナのグルタミン酸生産量がpH7未満の場合と比較して増加することが示された。
【0081】
グルタミンに関し、pHに依存せず(NHHPOを添加することでグルタミンの生産量が低下する傾向があった。pH=6.5とpH=7.5でグルタミンの生産量の差異はそれほどなく、バッファーが含まれないコントロールと比べて減少傾向にあった。
【0082】
<試験3 各種アミノ酸産出における(NHHPO濃度(pH)依存性の検討>
(試験方法)
試験3では、試験1の試験方法に従い、嫌気培養工程を、CM培地をベースとして、(NHHPO濃度が30mM(CM培地の3倍、pH=6.77)または98mM(CM培地の12倍、pH=7.30)である培養液を用いて行い、嫌気培養工程後の培養液に含まれる各種アミノ酸の量を測定した。
また、コントロールとして、CM培地((NHHPO濃度7.6mM)を用いて嫌気培養工程を行った。
【0083】
アミノ酸は、Amino Acid Analyzer L-8900(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて分析した。定量は、ニンヒドリン発色溶液キットを用いた。培養液を遠心分離にかけることで細胞を分離し、0.45 μmフィルターで濾過した上清200 μLを真空乾燥によって内容物を固化させた。これを3%トリクロロ酢酸によって除タンパクを行い、遠心分離後の上清を用いた。
【0084】
(試験3の結果)
試験3の結果を図10乃至17に示す。
図10に示すように、グルタミン酸やアスパラギンの量は、(NHHPO濃度が30mM(pH=6.77)において、コントロールよりも減少するが、(NHHPO濃度が98mM(pH=7.30)では、コントロールよりも増加することがわかった。
【0085】
図11に示すように、γ-アミノ酪酸(GABA)の量は、(NHHPO濃度が30mM(pH=6.77)において、コントロールよりも増加するが、(NHHPO濃度が98mM(pH=7.30)では、コントロールよりも減少することがわかった。
【0086】
図12に示すように、オルニチンやアスパラギン酸の量は、(NHHPO濃度が30mM(pH=6.77)および98mM(pH=7.30)において、コントロールよりも増加しており、(NHHPO濃度(pH)が高くなるにつれて、その量が増加する傾向があることがわかった。
【0087】
図13に示すように、アラニン、α-アミノ酪酸(α-ARA)、シスタチオニンの量は、(NHHPO濃度が30mM(pH=6.77)および98mM(pH=7.30)において、コントロールよりも増加しているが、(NHHPO濃度(pH)が高くなると、その量が減少する傾向があることがわかった。
【0088】
図14乃至16に示すように、シトルリン、β-アラニン、シスチン、ヒスチジン、カルニチン、トリプトファン、グルタミン、メチオニン、スレオニン、セリン、イソロイシン、チロシン、フェニルアラニン、尿素、バリン、アルギニン、ロイシン、リジンの量は、(NHHPO濃度が30mM(pH=6.77)および98mM(pH=7.30)において、コントロールよりも減少していた。
【0089】
図17に示すように、ホスフォエタノールアミン、エタノールアミン、ホスフォセリン、プロリンは、(NHHPO濃度(pH)によってそれほど変化しないか、濃度(pH)に依存しない不規則な傾向を示した。
【0090】
<試験4 各種アミノ酸産出及び有機酸産出におけるpH依存性の検討>
(試験方法)
試験4では、嫌気培養時のpHを各種バッファーにて一定に維持して、各種アミノ酸産出及び有機酸産出に与える影響を検討した。
【0091】
(1)好気培養工程
ユーグレナ・グラシリスZ株(NIES-48株、窒素充足下の通常の培養環境で1~2週間程度の前培養を行ったもの)は、独立栄養培地であるCM培地をベースとして、pHを3.5に調整した。具体的には、脱イオン水(DW)を用いて、表1に示す組成の改変CM培地を作製し、硫酸を用いてpH3.5に調整してからオートクレーブで滅菌した。
【0092】
調製した培地1Lを1L容量のメジューム瓶に入れた後、初期濃度がOD730=0.01になるようにユーグレナ・グラシリスの種藻体を接種し、添加した。
【0093】
1vol%濃度でCOを混合した空気を30~50ml/分の流量で通気し、光源として白色蛍光灯(三菱電機照明株式会社製、ネオルミスーパー、FLR40SW)を用い、培養液水面に注ぐ光が50~80μE/m・秒の強度となるように調節し、培養を行った。光の照射時間は、屋外の昼夜条件に近づけるため、12時間点灯後に12時間消灯する明暗サイクルとした。
培養温度25℃で15日間培養を行った。
【0094】
(2)濃縮工程及び嫌気培養工程
好気培養工程で得られた培養液を所定量50mLプラスチックチューブに採取して遠心分離(8000rpm×2分)し、上清を捨てた。得られたユーグレナ細胞体を10mLの各pH(バッファーで調整)の培養液に加え、濁度がOD730=20となるように、細胞を濃縮、懸濁し、ガスクロマトグラフィー用のバイアル瓶に移した。バイアル瓶内の懸濁液に窒素ガスを1~10分間導入して酸素を除去し、ブチルゴムで蓋をして、バイアル瓶中を嫌気状態にした。バイアル瓶をアルミホイルで包んで暗条件とし、25℃で3日間振盪培養した。
【0095】
培養液に添加したバッファーは、以下のとおりである(pH3,pH6~8のバッファー濃度は20mM,pH4、5のバッファー濃度は350mM)。
pH3:グリシン-HClバッファー
pH4:酢酸ナトリウムバッファー
pH5:酢酸ナトリウムバッファー
pH6:クエン酸ナトリウムバッファー
pH7:HEPES-KOHバッファー
pH8:HEPES-KOHバッファー
【0096】
(3)アミノ酸及び有機酸の定量
アミノ酸は、Amino Acid Analyzer L-8900(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて分析した。定量は、ニンヒドリン発色溶液キットを用いた。培養液を遠心分離にかけることで細胞を分離し、0.45μmフィルターで濾過した上清200μLを真空乾燥によって内容物を固化させた。これを3%トリクロロ酢酸によって除タンパクを行い、遠心分離後の上清を用いた。
【0097】
(試験4の結果)
試験4の結果を図18乃至22に示す。
【0098】
なお、図18乃至22における成分名の略称は以下のとおりである。
フォスフォセリン(P-Ser)、タウリン(Tau)、ホスフォエタノールアミン(PEA)、尿素(Urea)、アスパラギン酸(Asp)、スレオニン(Thr)、セリン(Ser)、アスパラギン(AspNH2)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(GluNH2)、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、シトルリン(Cit)、α-アミノ-n-酪酸(α-ABA)、バリン(Val)、シスチン(Cystine)、メチオニン(Met)、シスタチオニン(Cysta)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、チロシン(Tyr)、フェニルアラニン(Phe)、β-アラニン(β-Ala)、β-アミノイソ酪酸(β-AiBA)、γ-アミノ酪酸(γ-ABA)、トリプトファン(Trp)、エタノールアミン(EOHNH2)、アンモニア(NH3)、(5-)ヒドロキシ-L-リジン(Hylys)、オルニチン(Orn)、リジン(Lys)、ヒスチジン(His)、カルノシン(Car)、アルギニン(Arg)。
【0099】
図18至22に示すように、嫌気培養工程における培地のpHを7未満に維持したとき、特にpHを6未満(pHを5以下)に維持したときに、スレオニン、セリン、グルタミン酸、グリシン、アラニン、バリン、シスチン、メチオニン、シスタチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、オルニチン、リジン及びアルギニンが増加する傾向にあることがわかった。
【0100】
また、嫌気培養工程における培地のpHを7以上に維持したときに、アラニン、ロイシン、オルニチンが増加する傾向にあることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22