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特許7275016スペクトル測定装置およびスペクトル測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-09
(45)【発行日】2023-05-17
(54)【発明の名称】スペクトル測定装置およびスペクトル測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20230510BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20230510BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
C12M1/34 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019223796
(22)【出願日】2019-12-11
(65)【公開番号】P2021092470
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000006666
【氏名又は名称】アズビル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 倫男
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-183088(JP,A)
【文献】特開2015-108549(JP,A)
【文献】特開昭63-094136(JP,A)
【文献】特表2017-529344(JP,A)
【文献】特開2018-186764(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/74
C12M 1/00 - C12M 1/42
C12Q 1/00 - C12Q 1/70
G01N 33/48 - G01N 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地と細胞とを含む培養液を収容する空間を有する収容部と、
前記空間の第1の面に励起光を照射する光源装置と、
前記第1の面から生ずる蛍光を受光する受光装置と、
前記受光装置によって受光された蛍光をスペクトル解析する演算装置と、
を具備し、
前記空間内の、前記励起光が入射して前記励起光により蛍光が生ずる蛍光領域の前記第1の面からの深さは、前記蛍光領域内における内部遮蔽が所定のレベル以下となる値であり、
前記演算装置は、前記受光装置で得られた前記培養液の前記蛍光に関するスペクトルから前記培地の蛍光スペクトルを差し引くことで、前記細胞に関する蛍光スペクトルを計算する、
スペクトル測定装置。
【請求項2】
前記蛍光領域の前記第1の面からの深さは、前記細胞の直径の8倍以上10倍以下のいずれかの値である、請求項1のスペクトル測定装置。
【請求項3】
前記蛍光領域の深さは、前記第1の面から前記第1の面と対向する第2の面までの距離よりも小さく、
前記光源装置と前記第1の面との間、および前記受光装置と前記第1の面との間に焦点調節機構を備えた、請求項1または2のスペクトル測定装置。
【請求項4】
前記第1の面から前記第1の面と対向する第2の面までの距離は、前記細胞の直径の8倍以上10倍以下のいずれかの値である、請求項1または2のスペクトル測定装置。
【請求項5】
前記距離は、80μm以上100μm以下のいずれかの値である、請求項4のスペクトル測定装置。
【請求項6】
前記受光装置で得られたスペクトルは、前記培養液に関する複数の蛍光波長ごとの蛍光強度を含み、
前記培地のスペクトルは、前記培地に関する前記複数の蛍光波長ごとの蛍光強度を含み、
前記細胞に関するスペクトルは、前記複数の蛍光波長ごとに、前記培養液に関する蛍光強度から前記培地に関する蛍光強度を引いた値である、
請求項1ないし請求項5のいずれか1項のスペクトル測定装置。
【請求項7】
培地と細胞とを含む培養液において、前記細胞の蛍光スペクトルを測定する方法であって、
第1の面を有する空間に前記培養液を収容する工程、
前記第1の面に励起光を照射する工程、
前記第1の面から生ずる蛍光を受光し、前記培養液の蛍光スペクトルを得る工程、および
前記培養液の蛍光スペクトルから、前記培地の蛍光スペクトルを差し引くことで、前記細胞の蛍光スペクトルを算出する工程
を含み、
前記空間内の、前記励起光が入射して前記励起光により蛍光が生ずる蛍光領域の前記第1の面からの深さは、前記蛍光領域内における内部遮蔽が所定のレベル以下となる値である、
スペクトル測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の蛍光スペクトルを測定するスペクトル測定装置およびスペクトル測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオプロセスにおける細胞の代謝状態を良好に維持するために、サンプリングによる培養液の成分などの分析により細胞の代謝状態を測定する方法がある。
【0003】
また、インラインで培養液のラマンスペクトル、近赤外スペクトル、または蛍光スペクトルの測定を行うプロセス管理方法がある。このプロセス管理方法では、スペクトルの変化などを細胞の代謝状態に回帰させて、培養条件の制御を行う。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Walter Beyeler et al.、「On-line measurements of culture fluorescence:Method and application」、European journal of applied microbiology and biotechnology、September 1981、Volume 13、Issue 1、pp 10-14
【文献】Saskia M. Faassen and Bernd Hitzmann、「Fluorescence Spectroscopy and Chemometric Modeling for Bioprocess Monitoring」、Sensors 2015、15、10271-10291
【文献】「高濃度試料(オリーブオイル)の測定 3次元蛍光スペクトル」、日立ハイテクノロジーズ、[令和1年11月12日検索]<URL: https://www.hitachi-hightech.com/file/hhs/pdf/products/apli/ana/fl/fl130002.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のサンプリングによる測定方法では、サンプリング時のコンタミネーションのリスクがあり、かつ測定結果を得るまでに時間がかかる。また、人による作業を必要とするため、作業労力の軽減が困難である。
【0006】
また、上記のサンプリングによる測定方法およびプロセス管理方法のいずれであっても、得られる結果は基本的に培地と細胞とを含む培養液全体の結果であり、細胞からの直接の結果ではない。例えば、培養液中でグルコースのような炭素源を細胞の育成に十分な濃度に保ったとしても、細胞が炭素源をエネルギーとして利用したか否かの確証を得ることが困難である。したがって、培養液から得られる間接的な指標ではなく、細胞の代謝状態を直接測定したいという要望は強い。
【0007】
一方で、可視光域の細胞の自家蛍光は、主にNADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)またはフラビンによるものであり、炭素代謝または酸素呼吸と密接に関係している。したがって、細胞の自家蛍光を測定することにより、細胞の代謝状態を把握することが可能である。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、バイオプロセスにおいて、細胞に由来する蛍光スペクトルを正確に測定するスペクトル測定装置およびスペクトル測定方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るスペクトル測定装置は、培地と細胞とを含む培養液を収容する空間を有する収容部と、空間の第1の面に励起光を照射する光源装置と、第1の面から生ずる蛍光を受光する受光装置と、受光装置によって受光された蛍光をスペクトル解析する演算装置とを具備する。空間内の、励起光が入射して励起光により蛍光が生ずる蛍光領域の第1の面からの深さは、蛍光領域内における内部遮蔽が所定のレベル以下となる値である。また、演算装置は、受光装置で得られた培養液の蛍光に関するスペクトルから培地の蛍光スペクトルを差し引くことで、細胞に関する蛍光スペクトルを計算する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、細胞に由来する蛍光スペクトルを測定し、細胞の代謝状態を示す精度のよい情報を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施形態のスペクトル測定方法を示すフローチャートである。
図2図2は、実施形態の収容部の使用時の様子を示す斜視図および断面図である。
図3図3は、実施形態の収容部の内部空間の使用時の様子を示す斜視図および断面図である。
図4図4は、実施形態のスペクトル測定方法によって得られる蛍光スペクトルの一例を示すグラフである。
図5図5は、実施形態のスペクトル測定方法によって得られる蛍光スペクトルの一例を示すグラフである。
図6図6は、実施形態のスペクトル測定方法を示すフローチャートである。
図7図7は、実施形態のスペクトル測定装置を示すブロック図である。
図8図8は、実施形態の収容部の内部空間の使用時の様子を示す斜視図および断面図である。
図9図9は、実施例1の結果を示す蛍光スペクトルである。
図10図10は、比較例1の結果を示す蛍光スペクトルである。
図11図11は、実施例2の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら各実施形態について説明する。以下の説明において、略または実質的に同一の機能および構成要素については、同一符号を付し、説明を省略するか、または、必要に応じて説明を行う。
【0013】
(第1の実施形態)
・スペクトル測定方法
第1実施形態に従うスペクトル測定方法は、培地と細胞とを含む培養液において、細胞の蛍光スペクトルを測定する方法である。
【0014】
本明細書において「細胞」とは、限定されるものではないが、ヒトまたはチンパンジーなどの霊長類、あるいはマウス、ラット、モルモットまたはハムスターなどの齧歯類などの哺乳動物由来の細胞であることが好ましい。特に、細胞はCHO細胞であることが好ましい。他には、NS0細胞またはSp1/2細胞などのマウス骨髄腫細胞など、物質生産に一般的に使用されている細胞であることが好ましい。細胞は、上記に限定されるものではなく、植物細胞、細菌、酵母または菌類などであってもよい。
【0015】
本明細書において「培地」は、流動性のある培地、例えば、液体培地である。培地の種類は、用いられる細胞の種類に応じて選択される細胞の生存および増殖に適切な組成を有するものであればよく、限定されるものではない。培地は、例えば、アミノ酸、ビタミン、糖質および/または塩類などの栄養分を含む。培地は、細胞の足場としてゲルなどを含んでもよい。培地は、限定されるものではないが、例えば、MEM培地、DMEM培地、Ham’s F-12培地またはRPMI1640培地、あるいはこれらの培地を改変したものなどを用いることができる。細胞がCHO細胞である場合、CD OptiCHO Medium(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)などの無血清合成培地を用いることが好ましい。培地は、フェノールレッドなどの自家蛍光を生じる色素を含むものであってもよい。
【0016】
本明細書において「培養液」とは、培地と細胞とを含むものをいう。培養液は、例えば、培地に細胞を添加し、培養を行っている途中のものであってもよいし、単に培地と細胞とを混合したものであってもよい。
【0017】
実施形態に従うスペクトル測定方法は、図1に示すように、次の工程を含む:
培養液を第1の面を有する空間に収容する工程(S1)、
第1の面に励起光を照射する工程(S2)、
第1の面から生ずる蛍光を受光し、培養液の蛍光スペクトルを得る工程(S3)、および
培養液の蛍光スペクトルから、培地の蛍光スペクトルを差し引くことで、細胞の蛍光スペクトルを算出する工程(S4)。
【0018】
以下、第1実施形態のスペクトル測定方法の一例について詳細に説明する。
【0019】
まず、第1の面を有する空間を備える収容部(容器)を用意する。図2の(a)は収容部1の一例の斜視図を示す。図2の(b)は、図2の(a)のB-B’に沿って切断した断面図である。収容部1は、例えば、角筒状の容器であり、薄い板状の直方体の内部空間1aを有する。以下、内部空間1aを単に空間1aとも称する。
【0020】
空間1aは、最も広い面積を有する第1の面2、および第1の面2に対向する第2の面3を有する。収容部1は、4つ側壁部、即ち、第1の面2側に備えられる第1側壁部4と、第2の面3側に備えられる第2側壁部5と、第1側壁部4と第2側壁部5とに直角に隣接する、第3側壁部6および第4側壁部7と、天面部8と、底面部9とを備える。即ち、「第1の面2」とは第1側壁部4の内側面でもあり、「第2の面3」とは収容部1の第2側壁部5の内側面でもある。
【0021】
収容部1の使用時、空間1aには培地10および細胞11を含む培養液12が収容される。天面部8には、例えば、空間1aに培養液12を流入させる第1流路13が設けられている。第1流路13は、例えば、細胞11の培養を行っている培養槽と連通している。底面部9には、例えば、収容部1から培養液12を排出する第2流路14が設けられている。例えば、第2流路14もまた培養槽と連通している。
【0022】
詳しくは後述するが、第1側壁部4を介して第1の面2に励起光を照射することにより、培養液12の蛍光スペクトルを得る。したがって、少なくとも第1側壁部4は、光透過性の材料からなる。光透過性の材料は、例えば石英ガラスなどである。
【0023】
第2側壁部5、第3側壁部6、第4側壁部7、天面部8および底面部9の材料および厚さは、第1側壁部4と同様であってもよい。または、容器に適した異なる材料や厚さであってもよい。
【0024】
第1の面2の長軸方向および短軸方向の長さは限定されるものではなく、励起光が照射される領域よりも第1の面2が大きくなる長さであればよい。
【0025】
第1の面2と第2の面3との間の距離D1は、内部遮蔽を所定のレベル以下とすることができる範囲に設定される。内部遮蔽とは、励起光Exが細胞11に当たって散乱し、励起光Exが弱まり、それに伴って生じる蛍光Emの強度も弱まることをいう。「所定のレベル以下」とは、内部遮蔽による蛍光強度の低減率、即ち、遮蔽量が無視できる程度に低い範囲であることをいう。
【0026】
内部遮蔽を所定がレベル以下となる距離D1は、細胞や培地の種類などに応じて変化するため限定されるものではなく、予備的な実験結果を元に決定することができる。
【0027】
例えば距離D1は、細胞11の直径の約10倍以下であることが好ましい。細胞11の直径とは、細胞11を球状と仮定したときの直径であればよく、例えば、細胞11の長径と短径の平均値であってもよい。細胞11の直径は、例えば用いられる細胞集団全体の平均値であってもよい。細胞11の直径は、例えば、フローサイトメトリー、または顕微鏡画像解析などにより測定することができる。または細胞11の直径に関する過去の知見を使用してもよい。
【0028】
距離D1の下限値は、収容部1の空間1a内に細胞11が入り込むことができる値であればよいが、例えば、細胞11の直径の約8倍とすることが好ましい。
【0029】
距離D1の長さは、限定されるものではないが、例えば、100μm以下とすることが好ましく、80μm以上100μm以下の範囲とすることが更に好ましい。
【0030】
上記のような収容部1を用意した後、例えば、培養槽から第1流路13を介して培養液12を送液することによって収容部1内に培養液12を収容し(工程(S1))、第1の面2に励起光Exを照射する(工程(S2))。
【0031】
工程(S2)について図3を用いて説明する。図3の(a)は、収容部1の内部空間1aを示す斜視図であり、収容部1の第1側壁部4、第2側壁部5、第3側壁部6、第4側壁部7、天面部8、底面部9、第1流路13および第2流路14を省略している。図3の(b)は、図3の(a)のB-B’に沿って切断した断面図である。なお、図3の(a)では、光源装置15、受光装置17を省略している。
【0032】
工程(S2)においては、例えば、光源装置15を用いて励起光Exが第1の面2に対して照射される。光源装置15は、例えば、LEDライトなどの光源を備える。光源装置15は、例えば、励起光Exの波長を変更するフィルタを備えてもよい。
【0033】
励起光Exの照射によって、励起光Exが当たった培養液12の培地10および細胞11中の蛍光物質が励起されて蛍光Emが生じる。蛍光Emは、励起光Exの入射角によらず全方向に発せられ得る。蛍光Emは、蛍光Emを受光できる位置に配置された受光装置17によって受光される。受光装置17は、励起光Exが入射角と対称な角度で反射して生じる反射光が検出されるのを避ける位置に配置されることが好ましい。例えば、第1の面2に対して励起光Exの入射角を60°に設定し、受光装置を30°の位置に配置することなどにより反射光が検出されるのを防止することができる。励起光Exは、例えば図示しない第1側壁部4を介して照射されるが、第1側壁部4を介した場合に上記の入射角が得られるように照射の角度が調節され得る。あるいは、第1側壁部4の厚さを励起光Exの入射角に実質的に影響がない程度に薄くしてもよい。
【0034】
距離D1が細胞11の直径の約8倍以上約10倍以下に設定されていることによって、空間1a内の、励起光Exが入射して蛍光Emが生じる領域(以下、「蛍光領域16」と称する)の深さを細胞11の直径の約8倍以上約10倍以下とすることができる。ここで、蛍光領域16は、第1の面2の励起光Exが当たった略円状の領域を底面16aとし、励起光Exが届く範囲の深さ(この例においては距離D1)を高さとする円柱状の三次元的領域である。ここで、「深さ」とは、第1の面2と垂直に第2の面3へ向かう方向における、第1の面2からの距離をいう。
【0035】
蛍光領域16の底面16aの大きさは、細胞11が蛍光領域16内に存在できる大きさに設定され、細胞11の濃度、培地10と細胞11との蛍光強度差などに応じて決定される。底面16aの位置は、第1の面2上の何れかの位置であればよいが、第1の面2の端と重ならないように中ほどとすることが好ましい。
【0036】
例えば、工程(S2)において、波長300nm~500nmの範囲の異なる励起光Exを照射し、工程(S3)においては波長ごとに蛍光Emを受光することが好ましい。または、一定の励起光Exで受光を行ってもよい。受光装置17例えば、一般的な蛍光センサなどであればよい。受光装置17は、例えば受光した蛍光Emの波長および強度を検出することができる。
【0037】
このようにして得られた蛍光Emの波長および強度(受光データ)から、培養液12の蛍光スペクトルを作成する。一定の励起光Ex波長における蛍光スペクトルの一例を図4の(a)に示す。このグラフの縦軸は蛍光Emの強度であり、横軸は蛍光Emの波長であり、複数の蛍光Em波長ごとの蛍光Em強度を示している。このグラフは培養液12全体の蛍光スペクトルを示すものであり、培地10に関する蛍光スペクトルと、細胞11に関する蛍光スペクトルとが混在したものである。
【0038】
次に、培養液12の蛍光スペクトル(図4の(a))から、培地10の蛍光スペクトル(図4の(b))を差し引き、細胞11の蛍光スぺクトル(図4の(c))を得る(工程(S4))。例えば、細胞11の蛍光スペクトルは、複数の蛍光Em波長ごとに、培養液12に関する蛍光Em強度から培地10に関する蛍光Em強度を引いた値である。
【0039】
培地10の蛍光スペクトルは、予め測定されたものであり、例えば、細胞11を含まない培地10を同じ収容部1に収容し、上記工程(S2)と同様に励起光Exを照射し、同じ受光装置17を用いて得られた蛍光Emの波長および強度を測定することにより得ることができる。
【0040】
工程(S3)および(S4)においては、複数の励起光Exにおける蛍光Em波長および強度の結果を含む蛍光スペクトルを作成して用いてもよい。このような蛍光スペクトルは、励起光Ex波長、蛍光Em波長、および蛍光強度を三次元のグラフで示すものであってもよい。例えば、図5に示すように、縦軸を励起光Ex波長とし、横軸を蛍光Em波長とし、蛍光強度を等高線または色で示したものであってもよい。
【0041】
以上の工程により、培地10のスペクトルを除いた細胞11のスペクトルを得ることができる。
【0042】
上記の方法に使用した培養液12は、第2流路14を介して再び培養槽に戻すことが可能である。
【0043】
実施形態のスペクトル測定方法によれば、培地10のスペクトルを除いた細胞11のスペクトルを正確に得ることができる。特に、本方法によれば、たとえ色素を含む培地を用いたとしても正確に細胞11のスペクトルを得ることができる。その理由の一つについて、以下に説明する。
【0044】
従来の測定方法では、特に色素を含む培地を用いる場合など、細胞の蛍光が相対的に弱い場合には細胞のスペクトルが培地のスペクトルに埋もれ、培養液の蛍光スペクトルから培地の蛍光スペクトルを差し引くと細胞の蛍光スペクトルがマイナスとなり、正しい細胞の蛍光スペクトルを得られない場合があった。また、培養液内に細胞のような粒子が存在する場合など内部遮蔽が生じやすい場合においても、内部遮蔽により正しい細胞のスペクトルを得られない場合があった。内部遮蔽を避けるために表面測定法を用いた場合であっても、励起光が深く入り込み、特に粒子が存在するサンプルにおいては内部遮蔽が結果に大きな影響を及ぼす場合があった。
【0045】
内部遮蔽の影響が大きい場合、以下の式(1)および(2)に示すように、細胞の蛍光は、細胞密度に依存する遮蔽量と、細胞の蛍光強度との2つのパラメータに依存するため、定量的な取り扱いが困難である。
【0046】
cell=Isus(Ex)-Ibroth(Ex) …(1)
Ex=Ex×B …(2)
ここで、Icellは細胞の蛍光であり、Isus(Ex)は励起光強度Exにおける培養液の蛍光であり、Ibroth(Ex)は励起光強度Exにおける培地の蛍光であり、Exは細胞による遮蔽後の励起光強度であり、Exは照射した励起光強度であり、Bは遮蔽量である。
【0047】
しかしながら、第1の実施形態に係る方法においては、蛍光領域16の深さが従来よりも薄く設定されている。それにより蛍光領域16に入る細胞数、細胞密度をより少なく制限することができ、内部遮蔽を細胞11の蛍光に影響しないレベルまで弱めることができる。その結果、上記式(2)を考慮する必要が無く、式(1)で細胞11由来の蛍光を抽出することができる。
【0048】
また、実施形態の方法によれば蛍光領域16に入る培地10の量もより少なく制限することができ、培地10からの蛍光を減らすことができる。それによって細胞11の蛍光が培地10の蛍光に埋もれることを防止することができる。
【0049】
また、実施形態に係る収容部1を用いれば、細胞培養装置から培養液をサンプリングすることなく、インラインで細胞の蛍光スペクトルを得ることができる。それにより、サンプリングの手間が削減され、またコンタミネーションが防止される。加えて分析を行った培養液を培養槽に戻せば培養液のロスも最小限にすることができる。
【0050】
更なる実施形態においては、スペクトル測定方法は、図6に示すように、工程(S4)で得られた細胞11の蛍光スぺクトルから、細胞11の代謝状態を決定する工程(S5)を更に含んでもよい。細胞11の代謝状態は、例えば、次のように決定することができる。
【0051】
細胞11の蛍光スペクトルは、例えば、細胞11のエネルギー生産(酸素呼吸、炭素代謝)に用いられるNADHまたはフラビンなどに主に由来する細胞11の自家蛍光のスペクトルを表す。したがって、例えば、蛍光スペクトルから励起光Exおよび蛍光Emのピーク波長などの情報を細胞11の代謝状態と結びつけることができる。例えば、ピーク波長に閾値を設け、閾値以下の時は壊死状態、閾値以上の時は生存状態などと判定することなどが可能である。
【0052】
工程(S1)~(S4)によれば、細胞に由来する蛍光スペクトルを正確に測定し、細胞の代謝状態を示す精度のよい情報を取得することができるため、工程(S5)の細胞の代謝状態をより精度よく判定することができる。
【0053】
更に、細胞培養において、上記の方法で得られた細胞11の蛍光スペクトルおよび/または細胞の代謝状態に基づいて、培養槽の温度、pH、栄養量、溶存酸素量などを変更することにより、細胞11の代謝状態を良好な状態で維持することが可能である。例えば、細胞11を用いて物質生産を行う場合は、効率的な物質生産を安定して行うことが可能である。
【0054】
更なる実施形態においては第1の面2および第2の面3は、平面でなくともよい。例えば、収容部1は管状の流路などの形状の容器であってもよい。その場合、流路の直径が上記蛍光領域16の深さと同様に設定されていてもよい。
【0055】
更なる実施形態においては、収容部1は、培養槽と連通せず、培養装置と別体として提供されてもよい。その場合、培養槽から培養液12をピペットやシリンジなどを用いて一部採取し、収容部1に収容して上記方法を行うことも可能である。
【0056】
・スペクトル測定装置
第1の実施形態に係るスペクトル測定装置は、定量的な取り扱いを容易にする。以下で、第1の実施形態に係るスペクトル測定装置を具体的に説明する。
【0057】
図7は、第1の実施形態に係るスペクトル測定装置100の構成の一例を示すブロック図である。
【0058】
スペクトル測定装置100は、培養槽101、送液部102、送液制御部103、光源部104、光源制御部105、測定部106、受光部107、記憶部108、演算装置109、表示部110、出力部111および培養コントローラ112を具備する。
【0059】
培養槽101は、培養対象の細胞11と培地10とを含む培養液12を内部に蓄え、そこで細胞11の培養が行われている。培養槽101は、例えば、通気、攪拌、各種材料の継ぎ足しなどの機能を備える。また、培養槽101内には、温度センサ、pHセンサおよび溶存酸素センサなどの槽内の環境条件を検知するセンサ、また、培養槽101に試薬(例えば、消泡剤、pH調整剤など)を添加する試薬ポッドなどが備えられている。
【0060】
送液部102は、培養槽101から、例えば流路を介して測定部106へ培養液12を送る。
【0061】
送液制御部103は、送液部102による培養液12の送液を制御する。
【0062】
測定部106は、収容部1を備える。収容部1は、上記の何れかのものである。測定部106は、例えば測定対象の培養液12を、培養槽101から送液部102経由で受け、収容部1に収容する。
【0063】
光源部104は、異なる波長の励起光Exを照射できる光源装置15を備え、光源装置15から測定部106に対して励起光を照射する。
【0064】
光源制御部105は、光源部104による励起光の照射を制御する。
【0065】
受光部107は、測定部106の収容部1から生じる蛍光を受光する受光装置17を含む。受光部107は、受光結果を示す受光データ113を記憶部108に記憶させる。
【0066】
記憶部108は、例えば不揮発性の記憶デバイスである。
【0067】
記憶部108は、上記の受光データ113を記憶する。
【0068】
記憶部108は、演算装置109によって生成された測定データ114を記憶する。測定データ114は、受光データ113に対してスペクトル解析を実行した結果を含み、具体的には、波長ごとの測定された蛍光スペクトルを含む。
【0069】
記憶部108は、培地のスペクトルを含む培地データ115をあらかじめ記憶している。培地データ115は、波長ごとの培地の蛍光スペクトルを含む。
【0070】
記憶部108は、後述のように演算装置109によって生成された結果データ116を記憶する。この結果データ116は、波長ごとの細胞の蛍光スペクトルを含む。
【0071】
演算装置109は、記憶部108から受光データ113を読み出し、受光データ113に対するスペクトル解析を実行する。演算装置109は、スペクトル解析により、波長ごとの測定された蛍光スペクトルを求め、波長ごとの測定された蛍光スペクトルを含む測定データ114を生成し、測定データ114を記憶部108に記憶させる。
【0072】
演算装置109は、記憶部108に記憶されている培地データ115と測定データ114とに基づいて、細胞の蛍光スペクトルの解析結果である結果データ116を計算する。より具体的には、演算装置109は、波長ごとに、測定された蛍光スペクトルから培地の蛍光スペクトルを引き算し、波長ごとの細胞の蛍光スペクトルを計算し、結果データ116を生成する。そして、計算部は、結果データ116を記憶部108に記憶する。
【0073】
また、演算装置109は、記憶部108に記憶されている各種のデータに関する表示制御、出力制御を実行する。
【0074】
表示部110は、演算装置109による制御にしたがって、各種データを表示する。
【0075】
出力部111は、演算装置109による制御にしたがって、各種データまたは制御信号を培養コントローラ112へ出力する。
【0076】
培養コントローラ112は、出力部111から受けた各種データ(特に、結果データ116)または制御信号に基づいて、培養槽101の通気、攪拌、各種材料の継ぎ足し、バルブの開閉などの制御を実行する。
【0077】
上記のようなスペクトル測定装置によって生成された結果データ116は、バイオプロセスにおける細胞の代謝状態の把握とプロセス制御とに使用することができる。
【0078】
更なる実施形態においては、演算装置109で、結果データ116から細胞11の代謝状態を判定して結果を記憶部に格納し、代謝状態の結果に基づいて培養コントローラ112による培養槽101の制御を行ってもよい。細胞11の代謝状態は、表示部110に表示されてもよい。
【0079】
(第2の実施形態)
第2の実施形態について図8の(a)、および図8の(a)のB-B’に沿って切断した断面図である図8の(b)を用いて説明する。第2の実施形態において用いられる収容部は、第1の面2と第2の面3との距離D2が内部遮蔽が所定のレベル以下となる長さを超える空間10aを有する。
【0080】
このような収容部を用いた場合、工程(S2)で空間1aの第1の面2から内部遮蔽が所定のレベル以下となる深さまでの領域内の蛍光Emを検出するように、励起光Exおよび受光装置17の焦点深度を調整することで、蛍光領域16の深さ(距離D3)を内部遮蔽が所定のレベル以下となるように設定することができる。それによって、内部遮蔽効果を得ることができる。
【0081】
例えば、それは上記深さの蛍光領域16内で励起光Exの焦点が結ばれるように焦点深度を調節することによって実行することができる。焦点深度は、例えば、第1の面2と光源装置15との間に備えられた第1の焦点調節機構により調節できる。例えば、第1の焦点調節機構は、例えば、図8の(b)に示すようなピンホール18aを設けた板19aである。例えば、板19の光源装置15からの位置またはピンホール18aの大きさなどを変更することによって焦点深度を調節することができる。
【0082】
また、受光装置17と第1の面2との間にもピンホール18bを設けた板19bの第2の焦点調節機構を配置することが好ましい。受光装置17側に第2の焦点調節機構を配置することによって、所望の焦点深度における焦点平面から発する蛍光Emを検出することができ、且つ望まれない深度から発する蛍光Emの検出を防止することが可能である。
【0083】
距離D3は、細胞11の直径の8倍以上10倍以下の範囲の何れかの値であることが好ましい。また、距離D3は好ましくは100μm以下であり、80μm以上100μm以下の範囲のいずれかの値とすることがより好ましい。
【0084】
工程(S1)、工程(S3)および工程(S4)、ならびに必要に応じて工程(S5)は、第1実施形態と同様に行うことができる。また、第2の実施形態の方法は、スペクトル測定装置を用いて行うことができる。この例におけるスペクトル測定装置は、収容部の第1の面2と第2の面3との距離が内部遮蔽が所定のレベル以下となる長さを超えること、焦点調節機構を備えること、光源制御部105が励起光および蛍光受光装置の焦点深度を制御することができることなどを除いて、第1実施形態と同様である。
【0085】
第2の実施形態によれば、第1の面2と第2の面3との距離が内部遮蔽が所定のレベル以下となる長さを超える容器を用いた場合も、内部遮蔽を防止して、細胞のスペクトルを正確に測定することができる。
【0086】
なお、第1実施形態においても蛍光領域16内で蛍光受光装置の焦点が結ばれるように焦点深度を調節してもよい。
【0087】
[例]
以下に、実施形態のスペクトル測定方法を用いた例について説明する。
【0088】
(実施例1)
実施例1は、第1実施形態の収容部を用いて酵母の蛍光スペクトルを得た例を示す。乾燥パン酵母(Saccharomyces cerevisiae、平均直径約10μm)を純水を用いて一回遠心して洗浄した後、培地または純水に懸濁し培養液を調製した。セルカウンター(商品名:TC-20、バイオラッド・ラボラトリーズ製)で粒子数を測定し、酵母が同じ密度で含まれるように調整した。懸濁液を幅100μmの厚みのチャンバーを備えるセルカウンター用スライドのチャンバー内に収容して、蛍光分光光度計(商品名:FP8500、日本分光製)で表面測光を行い、蛍光スペクトルを得た。励起光Exは、半径約2mmの略円状でチャンバー表面に照射された。また、培地のみの蛍光スペクトルを上記と同様に測定した。
【0089】
得られた蛍光スペクトルを、培地のみの蛍光スペクトルから差し引いた。結果を図9に示す。図9に示すグラフの縦軸は励起光Exの波長、横軸は鰓得た蛍光Emの波長を示す。図9(a)は、培養液の蛍光スペクトルを示す。図9の(b)は、培養液の蛍光スペクトルから、培地の蛍光スペクトルを差し引いた細胞の蛍光スペクトルを示す。
【0090】
図9(b)において、細胞の自家蛍光のピーク波長を示す、励起光340nm、蛍光460nmの位置において、70~80程度の強度の蛍光が観察された。この強度は、酵母を純水に懸濁した場合の蛍光とほぼ一致する位置に蛍光ピークがあり、正確に細胞の蛍光スペクトルが得られたことが明らかとなった。
【0091】
(比較例1)
厚みが3mmであるチャンバーを用いて実施例1と同様の方法で培養液の蛍光スペクトルを得て、そこから培地の蛍光スペクトルを差し引いた。結果を図10に示す。細胞の自家蛍光のピーク波長を示す、励起光340nm、蛍光460nmの位置において、-50程度の強度の蛍光が観察された。この結果は、細胞よりも培地の蛍光強度が大きく、細胞の蛍光スペクトルが埋もれて正確に測定できなかったことを示す。
【0092】
(実施例2)
実施例2は、第1実施形態の収容部(流路)を用いて酵母の蛍光スペクトルを得た例を示す。上記酵母を培地に懸濁し、80μmの厚みの流路に流し、顕微鏡で撮影した。顕微鏡写真を図11に示す。図11に示される通り、酵母が培地の蛍光に埋もれず、明確に観察することができた。
【符号の説明】
【0093】
1…収容部、1a、10a…空間、2…第1の面、3…第2の面、
10…培地、11…細胞、12…培養液、15…光源装置、
16…蛍光領域、17…受光装置、
100…スペクトル測定装置、101…培養槽、109…演算装置
Ex…励起光、Em…蛍光
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