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特許7276155細胞外液量算出装置及び細胞外液量算出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-10
(45)【発行日】2023-05-18
(54)【発明の名称】細胞外液量算出装置及び細胞外液量算出方法
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/16 20060101AFI20230511BHJP
【FI】
A61M1/16 111
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019564643
(86)(22)【出願日】2018-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2018048346
(87)【国際公開番号】W WO2019138917
(87)【国際公開日】2019-07-18
【審査請求日】2021-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2018002171
(32)【優先日】2018-01-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新里 徹
(72)【発明者】
【氏名】三輪 真幹
【審査官】中尾 麗
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-183855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 1/00-1/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透析前の血漿尿酸濃度と、透析後の血漿尿酸濃度と、透析による尿酸除去量と、透析による除水量と、を取得可能に構成される第一の取得部と、
該第一の取得部で取得した該透析前の血漿尿酸濃度と該透析後の血漿尿酸濃度と該尿酸除去量と該除水量とに基づいて特定される、尿酸の透析前後の収支に基づいて、細胞外液量を算出する第一の演算部と、を備える、細胞外液量算出装置。
【請求項2】
ダイアライザの尿酸総括物質移動-面積係数と、ダイアライザの血液流通速度と、ダイアライザの透析液流通速度と、ヘマトクリット値と、を取得可能に構成される第二の取得部と、
該第二の取得部で取得した該尿酸総括物質移動-面積係数と、該血液流通速度と、該透析液流通速度と、該ヘマトクリット値に基づいて、尿酸クリアランスを算出する第二の演算部と、
前記第二の演算部により算出された前記尿酸クリアランスと、前記第一の取得部で取得した前記透析前の血漿尿酸濃度と前記透析後の血漿尿酸濃度に基づいて、前記尿酸除去量を算出する第三の演算部と、を備える、請求項1に記載の細胞外液量算出装置。
【請求項3】
透析前の血漿尿素濃度と、透析後の血漿尿素濃度と、透析による尿素除去量と、を取得可能に構成される第三の取得部と、
該第三の取得部で取得した該透析前の血漿尿素濃度と、該透析後の血漿尿素濃度と、該尿素除去量と、前記第一の取得部で取得した前記透析による除水量とに基づいて、体内総体液量を算出する第四の演算部と、を備える、請求項1又は2に記載の細胞外液量算出装置。
【請求項4】
前記第四の演算部において算出された体内総体液量から、前記第一の演算部において算出された細胞外液量を差し引いて、細胞内液量を算出する第五の演算部と、を備える、請求項3に記載の細胞外液量算出装置。
【請求項5】
前記第五の演算部により算出された細胞内液量を用いて細胞外液量を補正する第六の演算部と、を備える、請求項4に記載の細胞外液量算出装置。
【請求項6】
細胞膜を通過不能であると共に毛細血管膜を通過可能な物質の透析前の血漿中の濃度である透析前物質濃度と、前記物質の透析後の血漿中の濃度である透析後物質濃度と、透析によって除去された前記物質の量である物質除去量と、透析による除水量と、を取得可能に構成される第一の取得部と、
該第一の取得部で取得した該透析前物質濃度と該透析後物質濃度と該物質除去量と該除水量とに基づいて特定される、前記物質の透析前後の収支に基づいて、細胞外液量を算出する第一の演算部と、を備える、細胞外液量算出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示する技術は、細胞外液量を算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
透析患者では、腎機能が廃絶しているため、摂取した水はすべて体内に蓄積する。体内に蓄積した水は透析療法によって除去するが、その際、除水は、理論的には細胞外区画の水の量(以下、細胞外液量ともいう)が、腎機能が正常な人の細胞外液量と等しくなるまで行う。しかし、実際には、細胞外液量を計測する方法は確立されていない。そこで、現時点では、患者の細胞外液量が正常腎機能の人の細胞外液量と等しいと推測されるときの患者の体重をドライウエイトと定義し、患者の体重がドライウエイトになるまで除水する(Luik A, et al: Blood pressure control and fluid state in patients on long treatment time dialysis. J Am Soc Nephrol 5: 521, 1994.)。ドライウエイトは、浮腫の有無、血圧レベル、透析中の血圧低下の有無、透析終了後の倦怠感の有無、透析後半から透析後にかけての筋肉のこむら返りの有無等の臨床症状に基づいて、試行錯誤を繰り返しながら決定する(Jaeger JQ and Mehta RL: Assessment of Dry Weight in Hemodialysis: An Overview. J Am Soc Nephrol 10: 392-403, 1999.)。しかし、実際には、臨床症状の評価結果は不正確であり(Charra B, et al: Clinical assessment of dry weight. Nephrol Dial Transplant 11(Suppl 2): 16-19, 1996.)、また、ある程度の時間が経過すると、体脂肪量や筋肉量が変化するので、一旦、ドライウエイトを決定しても、これを長期間使用することはできない(Jaeger JQ and Mehta RL: Assessment of Dry Weight in Hemodialysis: An Overview. J Am Soc Nephrol 10: 392-403, 1999.)。
【0003】
現時点において、患者の透析後体重がドライウエイトに一致しているか否かを評価する方法のひとつは、浮腫の有無を調べることである。患者の細胞外液量が腎機能が正常な人のそれよりも3~5kg以上多いときに、浮腫が生じるとされている(Gunal AI: How to determine ‘dry weight’? Kidney Int 3: 377-379, 2013.)。これは、仮に、設定したドライウエイトにおける患者の細胞外液量が正常腎機能の人の細胞外液量よりも高かったとしても、その程度が3~5kg以下でしかないような場合には、浮腫は生じないことを意味する。したがって、浮腫の有無を指標にしてドライウエイトが低すぎるか否かを判断しようとすると、ドライウエイトが高めに設定されてしまうことがある。また、体内に水が過剰に蓄積されると細胞外液の一部である血液の量も増加し、以て、心臓が押し広げられる。そこで、胸部レントゲン写真上の胸郭に対する心臓の大きさ(心胸郭比)を指標として、ドライウエイトが正しいかどうか評価する方法もある。血液透析終了後に撮影した胸部レントゲン写真上の心胸郭比が50%程度である場合に細胞外液量は適正であると判定する(Gunal AI: How to determine ‘dry weight’? Kidney Int 3: 377-379, 2013.)。一方、心房性ナトリウム利尿ペプチド(以後、hANPと呼ぶ)は、心臓に負担がかかると多く分泌されることが知られている。そこで、透析後の血液中のhANP濃度を測定し、これが適正な濃度(40~60pg/mL)となっていた場合にドライウエイトは適正であると判定する(石井恵理子、他:血液透析(HD)患者の血中心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)値によるドライウエイト(DW)の判断基準に関する検討、日本透析医学会雑誌、37:1417-1422, 2004.)。しかし、心不全や心臓弁膜症を合併する患者では、たとえ細胞外液量が適正であってもhANP濃度が上昇し、あるいは心胸郭比が増大することが知られている(Brandt RR,et al: Atrial natriuretic peptide in heart failure. J Am Coll Cardiol. 22 (4 Suppl A): 86A-92A, 1993.)。そして、透析患者には高い頻度で心不全や心臓弁膜症が合併する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
透析患者では透析前には細胞外区画に水が過剰に蓄積している。そこで、透析中には患者の細胞外液量が正常腎機能の人の細胞外液量と等しくなるまで除水が行われる。すなわち、透析中には患者の体重がドライウエイトになるまで除水が行われる。
【0005】
ドライウエイトを決定する際の基礎となる細胞外液量は、臨床症状に基づいて推定される。ところが、臨床症状の評価結果はしばしば不正確である。したがって、透析中、患者の体重がドライウエイトに一致するまで除水しても、透析後の細胞外液量が、実際に適正な量となっているとはかぎらないという問題がある。
【0006】
また、個々の透析患者において、脂肪量や筋肉量は栄養状態の変化に伴って増減する。この時、ドライウエイトを固定していると、脂肪量や筋肉量の変化に伴って、細胞外液量が変化する。これを防ぐためには、ドライウエイトを定期的に見直す必要がある。しかしながら、従来のドライウエイト決定法には精度の問題があると共に、細胞外液量を適正に保つために、頻繁にドライウエイトの再設定を行うのには適していないという問題がある。例えば、浮腫の有無から細胞外液量を評価する方法では、透析患者の外見から細胞外液量を推定するため、皮膚の状態によっては推定が難しい。また、適正な細胞外液量よりも3~5kg以上、細胞外液量が増えなければ浮腫は生じないので(Gunal AI: How to determine ‘dry weight’? Kidney Int 3: 377-379, 2013.)、浮腫の有無に着目する場合には、細胞外液量が著しく増加している時にしか、細胞外液量の異常を検出できない。更には、判定者(例えば医師)の技量により判定が異なることもあり、確実に判定できるとは言えない。また、胸部レントゲン写真から細胞外液量を評価する方法では、胸部レントゲン写真を撮影するのに手間や時間がかかるという問題と共に、レントゲン写真を撮影するための設備が必要であるという問題が存在する。更に、心機能が低下している患者、すなわち心不全を合併している患者や心臓弁膜症を合併する患者では、たとえドライウエイトが適正であっても、すなわち細胞外液量が適正でも、心胸郭比は大きいという問題がある。すなわち、心不全や心臓弁膜症があると心胸郭比は信頼性を失う。また、hANP濃度から細胞外液量を評価する方法では、hANP濃度の測定のために高額な費用がかかり、これを頻繁に行うことに適していないという問題がある。さらに、心機能が低下している患者、すなわち心不全を合併している患者、あるいは心臓弁膜症のある患者では、たとえ細胞外液量が適正でもhANP濃度は高値を示すという問題がある。したがって、心疾患を合併している患者では、胸部レントゲン写真やhANP濃度に基づいて細胞外液量が適正であるか否かを正確に判断することはできない。
【0007】
本明細書は、透析患者の細胞外液量を正確かつ容易に評価する技術を開示するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書に開示する第一の細胞外液量算出装置は、透析前の血漿尿酸濃度と、透析後の血漿尿酸濃度と、透析による尿酸除去量と、透析による除水量と、を取得可能に構成される第一の取得部と、第一の取得部で取得した透析前の血漿尿酸濃度と透析後の血漿尿酸濃度と尿酸除去量と除水量とに基づいて特定される、尿酸の透析前後の収支に基づいて、細胞外液量を算出する第一の演算部と、を備える。
【0009】
上記の細胞外液量算出装置では、細胞外区画における透析前後の尿酸の収支に着目することで、透析後の細胞外液量を算出する。そして、透析後の細胞外液量を推定するのではなく、実測の諸要素に基づいて透析後の細胞外液量を算出するのであるから、透析後の細胞外液量が適正であるか否かを正しく評価することができる。また、透析前後の血漿尿酸濃度と、透析による除水量とは、追加の特別な処置等をほとんど発生させることなく容易に取得できるので、透析後の細胞外液量を容易に評価することができる。
【0010】
細胞外液量を算出する方法であって、透析前の血漿尿酸濃度を取得する第一取得工程と、透析後の血漿尿酸濃度を取得する第二取得工程と、透析による尿酸除去量と、透析による除水量とを取得する第三取得工程と、前記第一取得工程、前記第二取得工程及び前記第三取得工程によって取得した前記透析前の血漿尿酸濃度と前記透析後の血漿尿酸濃度と前記尿酸除去量と前記除水量とに基づいて特定される、細胞外区画における尿酸の透析前後の収支に基づいて細胞外液量を算出する算出工程と、を備える。
【0011】
上記の細胞外液量算出方法では、尿酸の収支に着目して、透析後の細胞外液量を算出する。このため、透析後に適切な量の細胞外液が体内に残されているか否かを正確かつ容易に評価することができる。
【0012】
また、本明細書に開示する第二の細胞外液量算出装置は、細胞膜を通過不能であると共に毛細血管膜を通過可能な物質の透析前の血漿濃度である透析前物質濃度と、その物質の透析後の血漿濃度である透析後物質濃度と、透析によって除去されたその物質の量である物質除去量と、透析による除水量と、を取得可能に構成される第一の取得部と、第一の取得部で取得した透析前物質濃度と透析後物質濃度と物質除去量と除水量とに基づいて特定される、その物質の透析前後の収支に基づいて、細胞外液量を算出する第一の演算部と、を備える。
【0013】
上記の細胞外液量算出装置では、細胞膜を通過不能であると共に毛細血管膜を通過可能で、かつ透析によって除去されるという3つの条件を満たす物質に着目して、透析後の細胞外液量を算出する。したがって、第一の細胞外液量算出装置と同様の作用効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例に係る細胞外液量算出装置のシステム構成を示す図。
図2】細胞内区画と細胞外区画に分布する物質を示す模式図。
図3】演算装置が細胞外液量を算出する処理の一例を示すフローチャート。
図4】標準化細胞内液量と標準化細胞外液量の関係を示す図。
図5】透析後の標準化細胞外液量の補正値(補正nECVe)を示す図であり、(a)は、適正水分量群の補正nECVeと、水分過剰群の補正nECVeを示し、(b)は、適正水分量群の補正nECVeと、脱水群の補正nECVeを示す。
図6】糖尿病を発症している透析患者における透析後の標準化細胞内液量の1ヶ月毎の推移を示す図。
図7】算出した透析後のヘマトクリット値と実測の透析後のヘマトクリット値との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に説明する実施例の主要な特徴を列記しておく。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0016】
(特徴1)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、透析前後に透析患者の血液を採取することによって、透析前血漿尿酸濃度と透析後血漿尿酸濃度を容易に取得することができる。このため、追加の特別な処置や高額な費用負担等をほんど発生させることなく、細胞外液量を容易に算出することができる。
【0017】
(特徴2)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、取得部は、透析前のヘマトクリット値と、透析後のヘマトクリット値と、透析時間と、透析中にダイアライザを通過する血液流通速度と、透析中にダイアライザを通過する透析液流通速度と、透析に用いたダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数と、をさらに取得可能に構成されていてもよい。演算部は、取得部で取得した透析前のヘマトクリット値と透析後のヘマトクリット値と血液流通速度とに基づいて、血漿流通速度を算出し、取得部で取得した尿酸に関する総括物質移動-面積係数及び透析中にダイアライザを通過する透析液流通速度と、算出された血漿流通速度とに基づいて、透析に用いたダイアライザの尿酸クリアランスを算出し、取得部で取得した透析前血漿尿酸濃度、透析後血漿尿酸濃度及び透析時間と、算出した尿酸クリアランスとに基づいて、前記尿酸除去量を算出してもよい。このような構成によると、透析前後の透析患者の血液から容易に採取可能な数値と、容易に取得可能な透析に関する各種数値から、尿酸除去量を算出できる。したがって、追加の特別な処置や高額な費用負担等を発生させることなく、透析後の細胞外液量を容易に算出することができる。
【0018】
(特徴3)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、取得部は透析前の体重と透析後の体重をさらに取得可能に構成されていてもよい。演算部は、取得部で取得した透析前の体重と透析後の体重から、除水量を算出してもよい。このような構成によると、追加の特別な処置や高額な費用負担等を発生させることなく、透析後の細胞外液量を容易に算出することができる。
【0019】
(特徴4)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、取得部は身長をさらに取得可能に構成されていてもよい。演算部は、取得部で取得した身長から標準体重を算出し、算出された細胞外液量と細胞内液量を前記標準体重1kgあたりの量に変換してもよい。このような構成によると、細胞外液量を標準体重1kgあたりの量として評価することができるため、透析患者の脂肪量等の違いに基づく体型の違いの影響を低減することができ、細胞外液量が適正であるか否かをより正確に評価することができる。
【0020】
(特徴5)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、取得部は、全体液中に分布し、かつ細胞膜を通過する物質である尿素の透析前血漿濃度と、尿素の透析後血漿濃度と、透析によって除去された尿素量と、をさらに取得可能に構成されていてもよい。演算部は、取得部で取得した透析前の血漿尿素濃度と透析後の血漿尿素濃度と尿素除去量と除水量とに基づいて特定される、全体液中における尿素の透析前後の収支に基づいて、総体液量を算出し、算出された総体液量と細胞外液量とから細胞内液量を算出し、算出された細胞内液量で細胞外液量を補正してもよい。このような構成によると、尿素は全体液中に分布するため、透析前後の尿素の収支に着目することによって、総体液量を算出することができる。また、算出された総体液量と細胞外液量から、細胞内液量を算出できる。細胞内液量は、筋肉量に伴って変化することが知られている。筋肉量が変化すると、筋肉量の変化分に対応する分だけ、細胞外液量も変化する。しかし、筋肉量の変化分に対応する細胞外液量の変化分は、循環器系臓器に対しては影響を与えない。したがって、細胞内液量で細胞外液量を補正すれば、筋肉量の変化に伴って変化した細胞外液量から循環器系臓器に対して影響を与えない分を打ち消すことができる。このため、細胞外液量を細胞内液量で補正することによって、筋肉量の違いの影響を低減することができ、細胞外液量が循環器系臓器へ過剰な負荷となるレベルであるか否かをより正確に評価することができる。
【0021】
(特徴6)本明細書が開示する細胞外液量算出装置では、総体液量の算出に用いる物質は尿素である。このような構成によると、尿素に関するダイアライザの総括物質移動-面積係数や、透析前の血漿尿素濃度及び透析後の血漿尿素濃度は容易に取得することができるため、総体液量を容易に算出することができる。
【実施例
【0022】
以下、実施例に係る細胞外液量算出装置10について説明する。細胞外液量算出装置10は、透析患者の体内の細胞外液量を算出する。透析患者の体内水分量が過剰になっても(すなわち、患者が溢水状態になっても)、また体内の水分量が不足しても(すなわち、患者が脱水状態に陥っても)、細胞内区画40の水の量はほとんど変化せず、細胞外区画50の水の量だけが増加しあるいは減少することが知られている。したがって、透析による除水で調整する必要があるのは、透析後の細胞外液量である。そこで、透析後に透析患者の細胞外液量が適正量となっているか否かを評価するため、本実施例の細胞外液量算出装置10は、透析後における透析患者の細胞外液量を算出する。
【0023】
図1に示すように、細胞外液量算出装置10は、演算装置12と、インターフェース装置30によって構成されている。演算装置12は、例えば、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータによって構成することができる。コンピュータがプログラムを実行することで、演算装置12は、図1に示す算出部20等として機能する。算出部20の処理については、後で詳述する。なお、算出部20は、「演算部」の一例である。
【0024】
また、図1に示すように、演算装置12は、患者情報記憶部14と透析情報記憶部16と算出方法記憶部18を備えている。患者情報記憶部14は、透析患者に関する各種情報を記憶する。患者情報記憶部14は、インターフェース装置30を介して入力される透析患者の情報や、算出部20で算出される透析患者の情報を記憶する。インターフェース装置30を介して入力される透析患者の情報は、例えば、透析患者の透析前後の血漿尿酸濃度、血漿尿素濃度、血清ナトリウム濃度、ヘマトクリット値、透析患者の身長等である。算出部20で算出される透析患者の情報は、例えば、インターフェース装置30を介して入力された情報に基づいて算出される透析後の細胞外液量、総体液量、細胞内液量等である。
【0025】
透析情報記憶部16は、透析に関する各種情報を記憶する。透析情報記憶部16は、インターフェース装置30を介して入力される透析に関する情報や、算出部20で算出される透析に関する情報を記憶する。インターフェース装置30を介して入力される透析に関する情報は、例えば、透析による除水量、透析時間、透析中にダイアライザを通過する血液流通速度及び透析液流通速度、透析に用いたダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値等である。算出部20で算出される透析に関する情報は、例えば、インターフェース装置30を介して入力された情報に基づいて算出される尿酸除去量等である。
【0026】
算出方法記憶部18は、透析後の細胞外液量を算出するために用いる各種の数式を記憶している。例えば、算出方法記憶部18は、以下で詳細に説明する、数3、12、14、20、23~26、28、30、38~41、43等で表す式を記憶する。算出部20は、算出方法記憶部18に記憶される数式に、患者情報記憶部14及び透析情報記憶部16に記憶される各種の数値を代入することによって、透析後の細胞外液量や透析後の細胞内液量等を算出するために用いる各種の数値を算出する。
【0027】
インターフェース装置30は、作業者に細胞外液量算出装置10で算出される各種の情報を提供(出力)する表示装置であると共に、作業者からの指示や情報を受け付ける入力装置である。例えば、インターフェース装置30は、算出した透析後の細胞外液量、透析後の細胞内液量、標準体重で標準化した透析後の細胞内液量や透析後の細胞内液量等で補正した透析後の標準化細胞外液量等を、作業者に対して表示することができる。また、インターフェース装置30は、透析患者に関する各種情報(透析前後の血漿尿酸濃度、血漿尿素濃度、血清ナトリウム濃度、ヘマトクリット値、身長等)や透析に関する各種情報(除水量、透析時間、ダイアライザを通過する血液流通速度、ダイアライザを通過する透析液流通速度、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値等)等の入力を受け付けることができる。なお、インターフェース装置30は、「取得部」の一例である。
【0028】
ここで、インターフェース装置30から入力された各種情報を用いて、透析後の細胞外液量を算出する方法について説明する。本実施例の細胞外液量算出装置10は、細胞外区画50における透析前後の尿酸の収支に着目して、透析後の細胞外液量を算出する。図2に示すように、体内の水分区画は、細胞内区画40と細胞外区画50に分けられ、細胞外区画50は、さらに間質区画52と血管区画54に分けられる。尿酸は、細胞内区画40と細胞外区画50の両方に分布するが、透析時間である4時間程度では、実質細胞膜を通過しない。したがって、尿酸は、透析中において細胞膜42を通過せず、一方毛細血管膜56を通過するため、細胞外区画50における透析前と透析後の尿酸の収支に着目することによって透析後の細胞外液量を算出できる。
【0029】
細胞外区画50における透析前後の尿酸の収支に基づいて透析後の細胞外液量を算出する方法について、さらに詳細に説明する。透析によって細胞外区画50から除去された尿酸量(以下、「尿酸除去量」ともいう)は、透析前に細胞外区画50に分布する尿酸量と、透析後に細胞外区画50に分布する尿酸量の差と一致する。ところで、細胞外区画50に分布する尿酸量は、細胞外液量と細胞外区画50における尿酸濃度との積として算出できる。したがって、以下の数1で表す式が成立する。なお、acidEは尿酸除去量を示し、ecfVsは透析前の細胞外液量を示し、ecfVeは透析後の細胞外液量を示し、acidCsは細胞外区画50における透析前の尿酸濃度を示し、acidCeは細胞外区画50における透析後の尿酸濃度を示す。なお、尿酸は毛細血管膜56を通過するので、血管区画54における尿酸濃度は間質区画52における尿酸濃度に等しい。また、細胞外区画50は、血管区画54と間質区画52を合わせた区画であるので、細胞外区画50における尿酸濃度は血管区画54における尿酸濃度でもある。したがって、細胞外区画50における尿酸濃度は血漿尿酸濃度でもある。
【数1】
【0030】
次に、細胞外区画50における透析中の水の収支について説明する。透析前の細胞外液量と透析後の細胞外液量の差は、透析中に細胞外区画50から細胞外区画50外に移動した水の量に一致する。また、透析中に細胞外区画50から細胞外区画50外に移動した水の量は、透析によって体外に除去された水の量(以下、単に「除水量」ともいう)と、透析中に細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水の量(以下、「細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量」ともいう)の和と一致する。したがって、以下の数2で表す式が成立する。なお、dialEWは除水量を示し、cellEWは細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量を示す。
【数2】
上記の数1、2で表す式からは、以下の数3で表す式が得られる。
【数3】
【0031】
上述したように、細胞外区画50における透析前の尿酸濃度acidCsは、透析前の血漿尿酸濃度と等しく、細胞外区画50における透析後の尿酸濃度acidCeは、透析後の血漿尿酸濃度に等しい。そして、透析前の血漿尿酸濃度acidCsと透析後の血漿尿酸濃度acidCeは、実測値として取得可能である。また、除水量dialEWも、実測値として取得可能である。したがって、細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量cellEWと尿酸除去量acidEを取得又は算出できれば、上記の数3で表す式を用いて透析後の細胞外液量ecfVeを算出できる。
【0032】
また、細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量cellEWは、細胞外区画50におけるナトリウム濃度の変動に基づいて算出できる。ナトリウムは細胞膜42を実質的に通過しないが、水は細胞膜42を通過する(図2参照)。一方、ナトリウム濃度の細胞内外の比率は常に一定に保たれる。そこで、細胞外区画50におけるナトリウム濃度が変動すると、それに伴って、細胞内外のナトリウム濃度の比率が変動しないように、細胞膜42を通って、細胞外区画50から細胞内区画40へ、あるいは細胞内区画40から細胞外区画50へ水が移動する。そして、細胞外区画50におけるナトリウム濃度の変動に伴って、水が細胞外区画50から細胞内区画40へ移動する時には、細胞内区画40のナトリウムは希釈される。一方、細胞外区画50におけるナトリウム濃度の変動に伴って、水が細胞内区画40から細胞外区画50へ移動する時には、細胞内区画40のナトリウムは濃縮される。
【0033】
ナトリウム濃度の細胞内外の比率は常に一定に保たれるので、以下の数4、数5で表す式が成立する。なお、naRは細胞内外のナトリウム濃度の比率を示し、(icf)naCsは細胞内区画40における透析前のナトリウム濃度を示し、(ecf)naCsは細胞外区画50における透析前のナトリウム濃度を示し、(icf)naCeは細胞内区画40における透析後のナトリウム濃度を示し、(ecf)naCeは細胞外区画50における透析後のナトリウム濃度を示す。なお、ナトリウムは毛細血管膜56を通過するので、細胞外区画50におけるナトリウム濃度は血清ナトリウム濃度に等しい。
【数4】
【数5】
【0034】
また、ナトリウムは実質的に細胞膜42を通過しないため、細胞内区画40に分布するナトリウム量は、透析前後において変化しない。したがって、以下の数6で表す式が成立する。なお、icfVsは透析前の細胞内液量を示し、icfVeは透析後の細胞内液量を示す。
【数6】
上記の数4~6で表す式からは、以下の数7で表す式が得られる。
【数7】
【0035】
また、細胞内区画40に移動した水量cellEWは、透析後に増加した細胞内液量と一致する。したがって、以下の数8で表す式が成立する。
【数8】
上記の数7、8で表す式から、以下の数9で表す式が得られる。
【数9】
【0036】
また、透析後の総体液量は、透析後の細胞内液量icfVeと透析後の細胞外液量ecfVeの和と一致する。したがって、以下の数10で表す式が成立する。なお、wbVeは透析後の総体液量を示す。
【数10】
上記の数9、10で表す式から、以下の数11で表す式が得られる。
【数11】
したがって、上記の数3で表す式は、数11を代入することによって、以下の数12で表す式に書き換えることができる。
【数12】
【0037】
上述したように、細胞外区画50における透析前のナトリウム濃度(ecf)naCsは、透析前の血清ナトリウム濃度と一致し、細胞外区画50における透析後のナトリウム濃度(ecf)naCeは、透析後の血清ナトリウム濃度と一致する。このため、細胞外区画50における透析後のナトリウム濃度(ecf)naCeと細胞外区画50における透析前のナトリウム濃度(ecf)naCsは、実測値として取得可能である。また、上述したように、除水量dialEWと、細胞外区画50における透析前の尿酸濃度acidCsと、細胞外区画50における透析後の尿酸濃度acidCeは、実測値として取得可能である。したがって、透析後の総体液量wbVeと、尿酸除去量acidEを取得又は算出できれば、上記の数12で表す式を用いて透析後の細胞外液量ecfVeを算出できる。以下に、透析後の総体液量wbVeと尿酸除去量acidEの算出方法について説明する。
【0038】
まず、透析後の総体液量wbVeの算出方法について説明する。尿素は細胞膜42を通過するため(図2参照)、体内の水分区画全域に分布する。このため、尿素の分布に着目して、透析後の総体液量wbVeを算出する。
【0039】
透析によって除去される尿素量(以下、「尿素除去量」ともいう)は、透析前に水分区画全域に分布する尿素量と、透析後に水分区画全域に分布する尿素量の差と一致する。また、透析前の総体液量は、透析後の総体液量wbVeと除水量dialEWの和と一致する。したがって、以下の数13で表す式が成立する。なお、ureaEは尿素除去量を示し、ureaCsは水分区画全域における透析前の尿素濃度を示し、ureaCeは水分区画全域における透析後の尿素濃度を示す。
【数13】
上記の数13で表す式を書き換えると、以下の数14で表す式が得られる。
【数14】
【0040】
水分区画全域における透析前の尿素濃度ureaCsは、透析前の血漿尿素濃度と一致し、水分区画全域における透析後の尿素濃度ureaCeは、透析後の血漿尿素濃度と一致する。このため、水分区画全域における透析前の尿素濃度ureaCsと水分区画全域における透析後の尿素濃度ureaCeは、実測値として取得可能である。また、上述したように、除水量dialEWは実測値として取得可能である。したがって、尿素除去量ureaEを取得又は算出できれば、透析後の総体液量wbVeを算出できる。
【0041】
尿素除去量ureaEは、例えば、透析液に除去された尿素量を測定することによって取得してもよいし、透析に用いたダイアライザの尿素クリアランスに基づいて算出してもよい。以下に、ダイアライザの尿素クリアランスから尿素除去量ureaEを算出する方法について説明する。
【0042】
透析中において、血漿尿素濃度は指数関数的に低下することが知られている。このため、以下の数15で表す式が成立する。なお、ureaC(t)は透析中の時間tにおける血漿尿素濃度を示す。また、ureaAは係数とし、以下の数16で表す式を用いて算出する。Tdは透析時間を示す。
【数15】
【数16】
上記の数15、16で表す式から、以下の数17で表す式が得られる。
【数17】
【0043】
また、透析中の時間tにおける尿素除去速度は、ダイアライザの尿素クリアランスと、時間tにおける血漿尿素濃度ureaC(t)との積として算出できる。したがって、以下の数18で表す式が成立する。なお、ureaF(t)は透析中の時間tにおける尿素除去速度を示し、ureaKはダイアライザの尿素クリアランスを示す。
【数18】
【0044】
ダイアライザの尿素のクリアランスは、ダイアライザに添付のカタログに記載されている当該ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数(以下、「ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値」ともいう)と、透析中にダイアライザを通過する血液流通速度と、透析中にダイアライザを通過する透析液流通速度から、既知の公式を用いて算出できることが知られている。尿素は血漿及び血球内のいずれの分画にも分布する。すなわち、尿素は血液中の全区画に分布する。このため、ダイアライザの尿素クリアランスを算出する際にはダイアライザを通過する血液流通速度を用いる。ダイアライザを通過する血液流通速度は透析中において略一定となるため、ダイアライザの尿素クリアランスureaKは時間tに依存しない定数となる。このため、上記の数18で表す式をt=0からt=Tdまで積分すると、尿素除去量ureaEを算出できる。したがって、以下の数19で表す式を用いて、尿素除去量ureaEが算出される。
【数19】
上記の数17、19で表す式から、以下の数20で表す式が得られる。
【数20】
透析時間Tdは、実測値として取得可能である。また、上述したように、透析前の血漿尿素濃度ureaCsと透析後の血漿尿素濃度ureaCeは、実測値として取得可能である。
【0045】
以上から、上記の数20で表す式に、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値と、透析中にダイアライザを通過する血液流通速度と、透析中にダイアライザを通過する透析液流通速度とから算出したダイアライザの尿素クリアランスureaKと共に、取得した透析時間Td、透析前の血漿尿素濃度ureaCs及び透析後の血漿尿素濃度ureaCeを代入することによって、尿素除去量ureaEを算出できる。そして、上記の数14で表す式に、算出した尿素除去量ureaEと、取得した透析前の血漿尿素濃度ureaCs、透析後の血漿尿素濃度ureaCe及び除水量dialEWを代入することによって、透析後の総体液量wbVeを算出できる。すなわち、透析前の血漿尿素濃度ureaCsと、透析後の血漿尿素濃度ureaCeと、除水量dialEWと、透析時間Tdと、尿素クリアランスureaKとから、透析後の総体液量wbVeを算出できる。
【0046】
なお、本実施例では、ダイアライザの尿素クリアランスureaKは、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値を用いて算出しているが、このような構成に限定されない。例えば、ダイアライザに添付のカタログには、当該ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数に代わり、所定の血液流通速度と所定の透析液流通速度における尿素クリアランスが記載されている場合がある。このような場合には、カタログに記載の血液流通速度、透析液流通速度及び尿素クリアランスから尿素に関する総括物質移動-面積係数を算出し、算出した尿素に関する総括物質移動-面積係数と、透析中にダイアライザを通過する血液流通速度と、透析中にダイアライザを通過する透析液流通速度から、ダイアライザの尿素のクリアランスを算出してもよい。
【0047】
次に、尿酸除去量acidEについて説明する。尿酸除去量acidEは、例えば、透析液に除去された尿酸量を測定することによって取得してもよいし、血漿尿酸濃度と透析に用いたダイアライザの尿酸クリアランスに基づいて算出してもよい。以下に、血漿尿酸濃度と透析に用いたダイアライザの尿酸クリアランスから尿酸除去量acidEを算出する方法について説明する。
【0048】
透析中において、血漿尿酸濃度は指数関数的に低下することが知られている。このため、以下の数21で表す式が成立する。なお、acidC(t)は透析中の時間tにおける血漿尿酸濃度を示す。また、acidAは係数とし、以下の数22で表す式を用いて算出する。
【数21】
【数22】
上記の数21、22で表す式から、以下の数23で表す式が得られる。
【数23】
【0049】
また、透析中の時間tにおける尿酸除去速度は、時間tにおけるダイアライザの尿酸クリアランスと、時間tにおける血漿尿酸濃度acidC(t)との積により算出できる。したがって、以下の数24で表す式が成立する。なお、acidF(t)は透析中の時間tにおける尿酸除去速度を示し、acidK(t)は透析中の時間tにおける尿酸クリアランスを示す。
【数24】
【0050】
なお、ダイアライザの尿素クリアランスureaKは定数となる一方で、ダイアライザの尿酸クリアランスacidK(t)は時間tに依存する変数となる。尿素は、血管区画54において血漿中及び血球内のいずれにも分布し、かつ細胞膜である赤血球膜を通過する。一方、尿酸は、尿素と同様に、血管区画54において血漿中及び血球内のいずれにも分布するが(Nagendra S, et al: A comparative study of plasma uric acid, erythrocyte uric acid and urine uric acid levels in type 2 diabetic subjects. Merit Research Journal 3: 571-574, 2015)、細胞膜である赤血球膜を透過しない。このため、尿酸は、透析中、血漿区画のみから除去される(Eric Descombes, et al: Diffusion kinetics of urea, creatinine and uric acid in blood during hemodialysis. Clinical implications. Clinical Nephrology 40: 286-295, 1993)。したがって、ダイアライザの尿酸クリアランスacidK(t)を算出する際には、ダイアライザを通過する血液流通速度ではなく、ダイアライザを通過する血漿流通速度を用いる。ところで、透析中の除水によって血液が濃縮されることに伴い、透析中においてヘマトクリット値が経時的に上昇する。したがって、血漿流通速度は透析中において一定にはならない。このため、ダイアライザを通過する血漿流通速度を用いて算出されるダイアライザの尿酸クリアランスacidK(t)も、ダイアライザを通過する血漿流通速度の経時的な変化に伴い変化する。すなわち、ダイアライザの尿酸クリアランスacidK(t)は、時間tに依存した変数となる。
【0051】
また、ダイアライザの尿素クリアランスureaKは定数となるため、尿素除去量ureaEを算出する際には、上記の数19で示すように、数18で表す式をt=0からt=Tdまで積分した。これに対し、ダイアライザの尿酸クリアランスacidK(t)は時間tに依存する変数となるため、尿酸除去量acidEを算出する際には、数24で表す式を用いて算出された時間tにおける尿酸除去速度をt=0からt=Tdまで一定間隔(例えば、0.1分間隔)で積算する。すなわち、以下の数25で表す式を用いて、尿酸除去量acidEを算出する。
【数25】
【0052】
透析時間Tdは、実測値として取得可能である。また、時間tにおける血漿尿酸濃度acidC(t)は、上記の数23で表す式を用いて算出可能である。したがって、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を取得又は算出できれば、上記の数25で表す式を用いて尿酸除去量acidEを算出できる。
【0053】
時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)は、ダイアライザの溶質のクリアランスを算出する既知の公式を用いて算出することができる。すなわち、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)は、以下の数26で表す式を用いて算出できる。なお、acidKоAはダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数を示し、QPtは透析中の時間tにおけるダイアライザを通過する血漿流通速度を示し、QDはダイアライザを通過する透析液流通速度を示す。
【数26】
【0054】
ダイアライザを通過する透析液流通速度QDは、実測値として取得可能である。したがって、ダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数acidKоAと、時間tにおけるダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを取得又は算出できれば、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を算出できる。
【0055】
透析中の時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を算出するために用いる、ダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数acidKоAと、時間tにおいてダイアライザを通過する血漿流通速度QPtの算出方法について説明する。まず、ダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数acidKоAの算出方法について説明する。
【0056】
溶質の総括物質移動-面積係数は、拡散係数に比例する。したがって、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数と、尿素の拡散係数と、ダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数と、尿酸の拡散係数の間には、以下の数27で表す式が存在する。なお、acidDは尿酸の拡散係数を示し、ureaDは尿素の拡散係数を示し、ureaKоAは尿素の総括物質移動-面積係数を示す。
【数27】
尿酸の拡散係数acidDは1.4×10cm/secあり、尿素の拡散係数ureaDは2.6×10cm/secであることが知られている。これらの数値を数27で表す式に代入すると、以下の数28で表す式が得られる。
【数28】
【0057】
ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAは、ダイアライザに添付のカタログに記載されている。そこで、数28で表す式のダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAに、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数のカタログ値を代入することによって、尿酸に関する総括物質移動-面積係数acidKоAを算出できる。
【0058】
次に、時間tにおいて、ダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを算出する方法について説明する。血漿とは、血液から血球成分を除いた区画の名称である。したがって、血液中の血漿区画の量は、以下の数29により示される。なお、PVは血漿量、BVは血液量、Htはヘマトクリット値を示す。
【数29】
【0059】
数29で表す式を、透析中の時間tにおいてダイアライザを通過する血液流通速度と血漿流通速度との関係に書き換えると、数30により示す式が得られる。なお、Ht(t)は透析中の時間tにおけるヘマトクリット値(%)を示し、QBは透析中の時間tにおいてダイアライザを通過する血液流通速度を示し、QPtは透析中の時間tにおいてダイアライザを通過する血漿流通速度を示す。ダイアライザを通過する血液流通速度QBは、透析中、一定である。
【数30】
ここで、ダイアライザを通過する血液流通速度QBは経時的に変化せず、かつ実測値として取得可能である。したがって、時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)を算出できれば、ダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを算出できる。そこで、時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)の算出方法について説明する。
【0060】
除水速度が一定であれば、透析中の体内の血液量は略直線的に低下する。これは、本発明者がBV計(ブラッドボリューム計)の測定結果を観察することによっても確認している。したがって、透析中の時間tにおける血液量をBV(t)とし、t=0のときの血液量をBVsと定義すると、透析中の時間tにおける血液量BV(t)は、以下の数31で表す式で示される。ただし、通常、αは負の値をとる。
【数31】
透析終了時の血液量をBVeと定義し、数31で表す式にt=Tdを代入することによってα値を算出できる。
【数32】
上記の数32を書き換えると、以下の数33が得られる。
【数33】
上記の数31で表す式に数33で表す式で算出したαを代入すると、以下の数34で表す式が得られる。
【数34】
【0061】
一方、体内の赤血球の総数は一定であって経時的に変化しない。これは、赤血球容積の総和も一定であって経時的に変化しないことを意味する。ところで、体内の赤血球容積の総和は、体内の血液量とヘマトクリット値の1/100との積として求められる。したがって、以下の数35~数37で表す式が得られる。なお、TEは体内の赤血球容積の総和を示す。
【数35】
【数36】
【数37】
上記の数34で表す式と数35~数37で表す式から、以下の数38で表す式が得られる。
【数38】
【0062】
透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteは、実測値として取得可能である。また、上述したように、透析時間Tdは、実測値として取得可能である。このため、上記の数38で表す式に、透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteと、透析時間Tdを代入することによって、透析中の時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)を算出できる。そして、数30で表す式に、数38で表す式を用いて算出した時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)と、取得したダイアライザを通過する血液流通速度QBを代入することによって、時間tにおいてダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを算出できる。すなわち、透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteと、透析時間Tdと、血液流通速度QBから、時間tにおいてダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを算出できる。
【0063】
数26で表す式に、数28で表す式を用いて算出した尿酸の総括物質移動-面積係数acidKоA及び数30、38で表す式を用いて算出した時間tにおいてダイアライザを通過する血漿流通速度QPtと、取得したダイアライザを通過する透析液流通速度QDとを代入することによって、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を算出できる。すなわち、透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteと、透析時間Tdと、ダイアライザを通過する血液流通速度QBと、ダイアライザを通過する透析液流通速度QDと、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値から、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を算出できる。
【0064】
また、数25で表す式に、数26で表す式を用いて算出した時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)と、数23で表す式を用いて算出した時間tにおける血漿尿酸濃度acidC(t)を代入することによって、尿酸除去量acidEを算出できる。すなわち、透析前の血漿尿酸濃度acidCsと、透析後の血漿尿酸濃度acidCeと、透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteと、透析時間Tdと、ダイアライザを通過する血液流通速度QBと、ダイアライザを通過する透析液流通速度QDと、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値から、尿酸除去量acidEを算出できる。
【0065】
さらに、数12で表す式に、数14で表す式を用いて算出した透析後の総体液量wbVe及び数25で表す式を用いて算出した尿酸除去量acidEと、取得した透析前の血漿尿酸濃度acidCs、透析後の血漿尿酸濃度acidCe、透析前の血清ナトリウム濃度(ecf)naCs、透析後の血清ナトリウム濃度(ecf)naCe及び除水量dialEWを代入することによって、透析後の細胞外液量ecfVeを算出できる。
【0066】
以上から、本実施例において透析後の細胞外液量ecfVeは、透析前の血漿尿酸濃度acidCsと、透析後の血漿尿酸濃度acidCeと、透析前の血漿尿素濃度ureaCsと、透析後の血漿尿素濃度ureaCeと、透析前の血清ナトリウム濃度(ecf)naCsと、透析後の血清ナトリウム濃度(ecf)naCeと、透析前のヘマトクリット値Htsと、透析後のヘマトクリット値Hteと、除水量dialEWと、透析時間Tdと、ダイアライザを通過する血液流通速度QBと、ダイアライザを通過する透析液流通速度QDと、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値から算出することができる。
【0067】
次に、細胞外液量算出装置10が透析後の細胞外液量ecfVeを算出する処理について説明する。図3は、細胞外液量算出装置10が透析後の細胞外液量ecfVeを算出する処理の一例を示すフローチャートである。図3で示す処理において、ステップS12~ステップS20の処理は、透析後の細胞外液量ecfVeを算出するための処理であり、ステップS12~ステップS22の処理は、透析後の細胞内液量icfVeを算出するための処理であり、ステップS24の処理は、透析後の細胞外液量ecfVeと透析後の細胞内液量icfVeを標準体重で標準化するための処理であり、ステップS26の処理は、標準化細胞内液量で標準化細胞外液量を補正して、透析後の標準化細胞外液量の補正値(補正nECVe)を算出するための処理である。
【0068】
図3に示すように、まず、演算装置12は、透析患者に関する各種情報を取得する(S12)。透析患者に関する各種情報は、例えば、透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCeと、透析前後の血漿尿素濃度ureaCs、ureaCeと、透析前後の血清ナトリウム濃度(ecf)naCs、(ecf)naCeと、透析前後のヘマトクリット値Hts、Hteと、透析患者の身長等である。透析患者に関する各種情報は、例えば、以下の手順で取得する。透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCeの取得方法を例に説明する。まず、透析前と透析後に透析患者の血液をそれぞれ採取する。そして、採取した透析前の血液を血球と血漿に遠心分離し、分離された血漿中の尿酸濃度acidCsを測定し、更に、採取した透析後の血液を血球と血漿に遠心分離し、分離された血漿中の尿酸濃度acidCeを測定する。血漿中の尿酸濃度の測定方法は特に限定しない。作業者は、測定した透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCeをインターフェース装置30に入力する。入力された透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCeは、インターフェース装置30から演算装置12に出力され、患者情報記憶部14に記憶される。同様に、透析前後の血漿尿素濃度ureaCs、ureaCeと、透析前後の血清ナトリウム濃度(ecf)naCs、(ecf)naCeが測定される。更に、透析前後のヘマトクリット値Hts、Hteが、透析患者から採取された透析前後の血液からそれぞれ測定される。これらの測定値は、インターフェース装置30を介して患者情報記憶部14に記憶される。また、透析患者の身長についても、インターフェース装置30を介して患者情報記憶部14に記憶される。
【0069】
次に、演算装置12は、透析に関する各種情報を取得する(S14)。透析に関する各種情報は、例えば、除水量dialEW、透析時間Td、ダイアライザを通過する血液流通速度QB、ダイアライザを通過する透析液流通速度QD、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値等である。除水量dialEW、透析時間Td、ダイアライザを通過する血液流通速度QB、ダイアライザを通過する透析液流通速度QD、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値は、作業者によってインターフェース装置30に入力される。そして、除水量dialEW、透析時間Td、ダイアライザを通過する血液流通速度QB、ダイアライザを通過する透析液流通速度QD、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値は、インターフェース装置30から演算装置12に出力され、透析情報記憶部16に記憶される。
【0070】
なお、本実施例では、ステップS12、ステップS14の順に実施されているが、このような構成に限定されない。例えば、ステップS14を先に実施し、その後ステップS12を実施してもよい。また、ステップS12で取得する複数の情報と、ステップS14で取得する複数の情報の取得順序についても、特に限定されない。ステップS12及びステップS14の全ての項目を取得できればよく、例えば、ステップS12で取得する複数の情報を全て取得する前に、ステップS14で取得する情報を取得してもよい。
【0071】
次に、算出部20は、ステップS12で取得した透析患者に関する情報と、ステップS14で取得した透析に関する情報を用いて、透析後の総体液量wbVeを算出する(S16)。透析後の総体液量wbVeは、算出方法記憶部18に記憶される上記の数14及び数20で表す式を用いて算出される。具体的には、算出部20は、まず、数20で表す式に、患者情報記憶部14に記憶される透析前後の血漿尿素濃度ureaCs、ureaCeと、透析情報記憶部16に記憶される透析時間Tdと、ダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値を代入して、尿素除去量ureaEを算出する。次いで、算出部20は、数14で表す式に、数20で表す式を用いて算出した尿素除去量ureaEと、患者情報記憶部14に記憶される透析前後の血漿尿素濃度ureaCs、ureaCeと、透析情報記憶部16に記憶される除水量dialEWを代入して、透析後の総体液量wbVeを算出する。算出された透析後の総体液量wbVeは、患者情報記憶部14に記憶される。
【0072】
なお、本実施例では、尿素除去量ureaEは算出部20によって算出されるが、このような構成に限定されない。例えば、尿素除去量ureaEは、透析液に除去された尿素量を測定することによって取得してもよい。この場合、作業者は、測定により取得した尿素除去量をインターフェース装置30に入力し、インターフェース装置30から出力された尿素除去量が、透析情報記憶部16に記憶される。
【0073】
次に、算出部20は、ステップS12で取得した透析患者に関する情報と、ステップS14で取得した透析に関する情報を用いて、尿酸除去量acidEを算出する(S18)。尿酸除去量acidEは、算出方法記憶部18に記憶される上記の数23~数26、数28、数30及び数38で表す式を用いて算出される。
【0074】
具体的には、算出部20は、まず、数38で表す式に、患者情報記憶部14に記憶される透析前後のヘマトクリット値Hts、Hteと、透析情報記憶部16に記憶される透析時間Tdを代入して、時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)を算出する。次いで、算出部20は、数30で表す式に、数38で表す式を用いて算出した時間tにおけるヘマトクリット値Ht(t)と、透析情報記憶部16に記憶されるダイアライザを通過する血液流通速度QBを代入して、時間tにおけるダイアライザを通過する血漿流通速度QPtを算出する。次いで、算出部20は、透析情報記憶部16に記憶されるダイアライザの尿素に関する総括物質移動-面積係数ureaKоAのカタログ値を数28で表す式に代入して、ダイアライザの尿酸に関する総括物質移動-面積係数acidKоAを算出する。更に、算出部20は、数26で表す式に、数30で表す式を用いて算出した時間tにおけるダイアライザを通過する血漿流通速度QPt、透析情報記憶部16に記憶されるダイアライザを通過する透析液流通速度QD及び数28で表す式を用いて算出したダイアライザの尿酸の総括物質移動-面積係数acidKоAを代入して、時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を算出する。次いで、算出部20は、数23で表す式に、患者情報記憶部14に記憶される透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCeと、透析情報記憶部16に記憶される透析時間Tdを代入して、時間tにおける血漿尿酸濃度acidC(t)を算出する。次に、算出部20は、数24で表す式に、数23で表す式を用いて算出した時間tにおける血漿尿酸濃度acidC(t)と、数26で表す式を用いて算出した時間tにおける尿酸クリアランスacidK(t)を代入して、時間tにおける尿酸除去速度acidF(t)を算出する。最後に、算出部20は、数24で表す式により算出した時間tにおける尿酸除去速度acidF(t)を、数25で表す式にしたがってt=0からt=Tdまで一定時間おきに積算することにより、尿酸除去量acidEを算出する。算出された尿酸除去量acidEは、透析情報記憶部16に記憶される。
【0075】
なお、本実施例では、尿酸除去量acidEは算出部20によって算出されるが、このような構成に限定されない。例えば、尿酸除去量acidEは、透析液に除去された尿酸量を測定することによって取得してもよい。この場合、作業者は、測定により取得した尿酸除去量をインターフェース装置30に入力し、インターフェース装置30から出力された尿酸除去量が、透析情報記憶部16に記憶される。また、本実施例では、ステップS16、ステップS18の順に実施されているが、このような構成に限定されない。例えば、ステップS18を先に実施し、その後ステップS16を実施してもよい。
【0076】
次に、算出部20は、透析後の細胞外液量ecfVeを算出する(S20)。透析後の細胞外液量ecfVeは、上記の数12で表す式を用いて算出される。具体的には、算出部20は、数12で表す式に、ステップS16で算出された透析後の総体液量wbVeと、ステップS18で算出された尿酸除去量acidEと、患者情報記憶部14に記憶される透析前後の血漿尿酸濃度acidCs、acidCe及び透析前後の血清ナトリウム濃度(ecf)naCs、(ecf)naCeと、透析情報記憶部16に記憶される除水量dialEWを代入して、透析後の細胞外液量ecfVeを算出する。このように、透析前後の透析患者の血液から容易に採取可能な各種数値と、容易に取得可能な透析に関する各種数値から、透析後の細胞外液量ecfVeを具体的な数値として算出することができる。
【0077】
次に、算出部20は、透析後の細胞内液量icfVeを算出する(S22)。透析後の細胞内液量は、透析後の総体液量wbVeから透析後の細胞外液量ecfVeを除くことによって算出できる。したがって、以下の数39で表す式が成立する。なお、icfVeは透析後の細胞内液量を示す。
【数39】
算出部20は、数39で表す式に、ステップS16で算出した透析後の総体液量wbVeと、ステップS20で算出した透析後の細胞外液量ecfVeを代入して、透析後の細胞内液量icfVeを算出する。
【0078】
次に、算出部20は、ステップS20で算出した透析後の細胞外液量ecfVeから標準体重1kgあたりの透析後の細胞外液量を算出すると共に、ステップS22で算出した透析後の細胞内液量icfVeから標準体重1kgあたりの透析後の細胞内液量を算出する(S24)。標準的な体型の正常人の場合、細胞外液量は、実測体重1kgあたり、おおよそ200mLであり、また細胞内液量は実測体重1kgあたり、おおよそ400mLであることが知られている。しかしながら、透析患者の体脂肪量は標準的な体形の正常人の体脂肪量とは異なることが多く、また患者ごとにも異なる。したがって、たとえ細胞外液量や総体液量が等しい患者間にあっても、体脂肪量が異なれば実測体重は異なる。そして、たとえ細胞外液量や細胞内液量が等しくても、体脂肪量の違いのために実測体重が異なれば、体重1kgあたりの細胞外液量や細胞内液量は異なる。すなわち、患者の細胞外液量や細胞内液量が標準的な体型の正常人の細胞外液量や細胞内液量と等しくても、体脂肪量が異なれば、実測体重1kgあたりの患者の細胞外液量は必ずしも200mLにはならず、また体重1kgあたりの患者の細胞内液量も必ずしも400mLにはならない。
【0079】
本実施例では、このような標準的な体形の正常人と患者との体脂肪量の違い、あるいは患者間の体脂肪量のバラつきを考慮して、算出した透析後の細胞外液量ecfVeを実測体重ではなく標準体重で割って、標準体重1kgあたりの透析後細胞外液量を算出し、また算出した透析後の細胞内液量icfVeを標準体重で割って、標準体重1kgあたりの透析後細胞内液量を算出する。
【0080】
標準体重は、身長(m)の二乗と22の積として算出できる。したがって、算出部20は、以下の数40で表す式を用いて、標準体重1kgあたりの透析後の細胞外液量(以下、「透析後の標準化細胞外液量」ともいう)を算出する。なお、nECVeは透析後の標準化細胞外液量(mL/kg)を示し、IBWは標準体重(kg)を示す。
【数40】
【0081】
更に、算出部20は、以下の数41で表す式を用いて、標準体重1kgあたりの透析後の細胞内液量(以下、「透析後の標準化細胞内液量」ともいう)を算出する。なお、nICVeは透析後の標準化細胞内液量(mL/kg)を示す。
【数41】
【0082】
透析患者の体型は、体脂肪量の違いだけでなく、筋肉量の違いにおいても標準的な正常人の体型とは異なることが多い。筋肉量は、個々の筋肉細胞の肥大あるいは萎縮によって変化する。そして、筋肉細胞が肥大すると、必然的に、筋肉細胞の肥大分だけ、細胞内液量が増加するが、同時に、筋肉細胞を囲む細胞外液量も増加する。一方、筋肉細胞が萎縮すると、必然的に、筋肉細胞の萎縮分だけ、細胞内液量が減少するが、同時に、筋肉細胞を囲む細胞外液量も減少する。したがって、標準的な体型の正常人よりも筋肉量が多い患者では、透析後の標準化細胞内液量nICVeは、標準的な体型の正常人の細胞内液量である400mL/kgよりも多く、透析後の標準化細胞外液量nECVeも、標準的な体型の正常人の細胞外液量である200mL/kgよりも多い。一方、標準的な体型の正常人よりも筋肉量が少ない患者では、透析後の標準化細胞内液量nICVeは、標準的な体型の正常人の細胞内液量である400mL/kgよりも少なく、透析後の標準化細胞外液量nECVeも、標準的な体型の正常人の細胞外液量である200mL/kgよりも少ない。
【0083】
透析患者の細胞外液量は、筋肉量が増加した場合だけでなく、患者の体内に過剰に水分が蓄積した場合にも増加し、また、筋肉量が減少した場合だけでなく、患者の体内の水分が不足した場合にも減少する。しかし、細胞内液量は細胞外液量の過不足による影響を受けないため、筋肉量が変化した場合にのみ増減する。
【0084】
透析患者の細胞外液量は、筋肉量が増加した場合にも、飲水が過大であった場合にも増加するが、過大な飲水に伴って増加した分のみが、血圧を上昇させ、心臓への負荷となる。同様に、透析患者の細胞外液量は、筋肉量が減少した場合にも、透析による除水が過剰であった場合等にも減少するが、透析による過剰な除水等に伴って減少した分のみが、血圧を低下させ、各臓器への血液の供給を減少さる。そこで、算出部20は、ステップS24で算出した透析後の標準化細胞内液量nICVeに基づいて、ステップS24で算出した透析後の標準化細胞外液量nECVeを補正する(S26)。透析後の標準化細胞内液量nICVeに基づいて補正された透析後の標準化細胞外液量nECVeは、理論的に導くこともできるし、実験的に求めることもできる。以下に、透析後の標準化細胞内液量nICVeに基づいて透析後の標準化細胞外液量nECVeを補正する方法の一例として、補正された透析後の標準化細胞外液量nECVeを実験的に求める方法について説明する。
【0085】
担当医師が、臨床症状を基づいて、ドライウエイトは適正であると判断した227名の透析患者における調査で、図4に示すように、透析後の標準化細胞内液量nICVeと透析後の標準化細胞外液量nECVeとの間には、以下の数42で表す式で示される、有意な相関関係が認められた。
【数42】
【0086】
この結果は、透析後の標準化細胞内液量nICVeが1mL/kg増減すると、透析後の標準化細胞外液量nECVeは0.15mL/kg増減することを示している。ところで、標準的な体型の正常人の場合、細胞内液量は体重1kgあたり約400mLである。そこで、標準的な体型の正常人の細胞内液量である400mL/kgと透析患者の実際の透析後標準化細胞内液量nICVeとの差に0.15mL/kgを掛け合わせた値を当該患者の透析後の標準化細胞外液量nECVeに合算すれば、仮に、当該患者の筋肉量が標準的な体型の正常人の筋肉量と等しかったとした場合の透析後標準化細胞外液量、すなわち透析後の標準化細胞外液量の補正値が算出される。したがって、以下の数43で表す式が成立する。なお、補正nECVeは、透析後の標準化細胞外液量の補正値を示す。
【数43】
【0087】
補正nECVeは、仮に、当該患者の筋肉量が標準的な体型の正常人の筋肉量と等しかったとした場合の透析後標準化細胞外液量である。したがって、筋肉量の大小にかかわらず、補正nECVeが約200mL/kgである場合には、透析後における透析患者の細胞外液量は適正であると判定することができる。一方、補正nECVeが200mL/kgから離れている場合には、透析後における透析患者の細胞外液量は適正でないと判定することができる。
【0088】
(実験例1)
なお、本発明者らが行なった臨床実験により、上記の細胞外液量算出装置10で採用している細胞外液量算出方法により算出された透析後の標準化細胞外液量を用いれば、患者の細胞外液量が適正であるか否かを評価することが可能であることが確認されている。
【0089】
多くの患者の体重は、担当医の試行錯誤の末、非透析時に浮腫や高血圧が生じたり、透析中に血圧が低下したり、あるいは透析終了後に倦怠感や筋肉のこむら返り等の臨床症状が生じない体重に調整されている。しかし、稀に、体内に過剰な水分が蓄積したために、特に透析前の細胞外液量が著しく増加して肺水腫を生じる患者も存在する。一方、透析中の血圧低下、透析終了後の倦怠感や筋肉のこむら返り等の脱水を示唆する臨床症状が生じており、担当医がドライウエイトの上方修正を提案しているのにもかかわらず、解離性動脈瘤の既往、脳動脈瘤の存在、過去の担当医が低いドライウエイトのメリットを強調したこと、書物で低いドライウエイトのメリットを読んだこと等の理由で、ドライウエイトの上方修正を拒否している患者も存在する。
【0090】
実験では、肺水腫を生じた患者を水分過剰群、担当医が適正な体重に調整していると認識している患者群を適正水分量群、そして脱水症状がみられるにもかかわらず、ドライウエイトの上方修正を拒否している患者群を脱水群とし、上記の細胞外液量算出装置10で採用している細胞外液量算出方法を用いて、これらの患者の標準化細胞外液量を算出した。すなわち、上記のステップS12~ステップS20の処理を実行して、透析後の細胞外液量ecfVeを算出し、次に上記のステップS22~ステップS24の処理を実行して、この細胞外液量ecfVeを標準体重1kgあたりの細胞外液量(標準化細胞外液量;nECVe)に変換し、続いて、ステップS26の処理を実行することにより、この標準化細胞外液量を標準化細胞内液量で補正して、標準化細胞外液量の補正値(補正nECVe)を算出した。カルテによると、過去3年間に4名の患者が肺水腫を生じていた。そこで、肺水腫を生じた時点におけるこれらの患者を水分過剰群とみなした。一方、本発明を完成させた時点で、10名の患者が脱水状態にあるとみなされており(脱水群)、227名の患者が適正水分状態にあるとみなされていた(適正水分量群)。
【0091】
図5は、脱水群の補正nECVeと、適正水分量群の補正nECVeと、水分過剰群の補正nECVeの比較結果を示している。図5に示すように、適正水分量群の補正nECVeは220.1±39.3mL/kgであった(補正していないnECVe(すなわち、ステップS12~ステップS24の処理を実行し、ステップS26を実行していない標準化細胞外液量nECVe)は215.0±40.6mL/kg(図示省略))。すなわち、適正水分量群では、透析後の標準化細胞外液量(nECVe)は、補正の有無に関わらず、文献に記載されている正常人の体重1kgあたりの細胞外液量である200mL/kg(Hall, John (2011). Guyton and Hall textbook of medical physiology (12th ed.). Philadelphia, Pa.: Saunders/Elsevier. pp. 286-287.)に近いことが確認された。
【0092】
これに対し、同様に、図5に示すように、脱水群の補正nECVeは167.3±13.4mL/kgであった(補正していないnECVeは187.3±19.7mL/kg(図示省略))。さらに、水分過剰群の補正nECVeは295.1±22.0mL/kgであった(補正していないnECVeは297.5±30.8mL/kg(図示省略))。すなわち、脱水群では、透析後の標準化細胞外液量の補正値(補正nECVe)は、文献に記載されている正常人の体重1kgあたりの細胞外液量である200mL/kgより少なくなっており、水分過剰群では、標準化細胞外液量(nECVe)は、補正の有無に関わらず、文献に記載されている正常人の体重1kgあたりの細胞外液量である200mL/kgより多くなっていた。以上から、上記の細胞外液量算出装置10で採用している細胞外液量算出方法により算出された透析後の標準化細胞外液量を用いれば、患者の細胞外液量が適正であるか否かを評価することが可能であることが確認できた。
【0093】
(実験例2)
また、本発明者らが行なった実験では、細胞内液量を算出することによって、透析患者の筋肉量を評価可能であることが確認されている。上述したように、細胞内液量は、筋肉量の増減を反映して増減する。そこで、透析患者の体重が変化していない場合であっても、細胞内液量が減少している場合には、透析患者の筋肉量が減少していると推定することができる。すなわち、細胞内液量を算出することによって、透析患者がサルコペニア(葛谷雅文:超高齢社会におけるサルコペニアとフレイル. 日内会誌 104: 2602-2607, 2015)であることを早期に発見することができる。
【0094】
筋肉量は、栄養状態の悪化に伴って、急速に低下することが知られている(Fouque D, et al.:A proposed nomenclature and diagnostic criteria for protein-energy wasting in acute and chronic kidney disease. Kidney Int 73:391-398, 2008)。そこで、本発明者らは、持続的に左足の虚血性壊死と黄色ブドウ球菌感染が持続したため、食欲が低下し、栄養状態が悪化していった糖尿病患者の標準化細胞内液量の推移を調べた。図6に示すように、この患者では、6月に左足の壊死病巣に黄色ブドウ球菌感染が合併し、それを起点に標準化細胞内液量が低下して行った。すなわち、患者の栄養状態の悪化と共に、標準化細胞内液量が減少していた。以上から、標準化細胞内液量を算出することによって、透析患者の筋肉量を評価可能であることが確認できた。
【0095】
なお、本実施例では、透析中に細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量cellEWを考慮して透析後の細胞外液量ecfVeを算出しているが、透析中に細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量cellEWは考慮しなくてもよい。透析中に細胞外区画50の外に移動した水量としては、透析によって体外に除去された除水量dialEWと、透析中に細胞外区画50から細胞内区画40に移動した水量cellEWがあるため、両者を考慮すると、より正確に透析後の細胞外液量ecfVeを算出できる。しかし、細胞内区画40に移動した水量cellEWは、透析により除去された除水量dialEWと比較してわずかであるため、細胞内区画40に移動した水量cellEWを0としても、透析後の細胞外液量ecfVeは略正確に算出される。したがって、細胞内区画40に移動した水量cellEWを0として、透析後の細胞外液量ecfVeを算出してもよい。この場合には、上記の数3で表す式に、細胞内区画40に移動した水量cellEWとして0を代入する。そうすれば、ステップS20において、算出部20は、数3で表す式に、患者情報記憶部14に記憶される透析前後の尿酸濃度acidCs、acidCeと、透析情報記憶部16に記憶される除水量dialEWと、ステップS18で算出された尿酸除去量acidEを代入することで、透析後の細胞外液量ecfVeを算出できる。
【0096】
また、本実施例では、透析後のヘマトクリット値に実測値を使用したが、実測の透析前のヘマトクリット値と患者体重と除水量から、透析後のヘマトクリット値を算出して、これを使用してもよい。透析後のヘマトクリット値は、理論的に導くこともできるし、実験的に求めることもできる。以下に、透析後ヘマトクリット値を算出する方法の一例として、透析前のヘマトクリット値を基に透析後のヘマトクリット値を実験的に算出する方法について説明する。30名の透析患者のデータを解析したところ、標準体重に対する透析前後の体重差の比率と透析前のヘマトクリット値に対する透析後のヘマトクリット値の比率との間には、以下の関係があることがわかった。なお、BWsは透析前の体重を示し、BWeは透析後の体重を示す。
【数44】
数44で表す式を書き換えると、透析前のヘマトクリット値、標準体重、透析前後の体重を基に透析後のヘマトクリット値を算出する式が得られる。
【数45】
上記の30名とは別の30名の透析患者において、数45を用いて算出した透析後のヘマトクリット値を実測の透析後のヘマトクリット値と比較したところ、図7に示すように、数45を用いて算出した透析後のヘマトクリット値と実測の透析後のヘマトクリット値とはほぼ一致した。したがって、上記の数45を用いることによって、透析前のヘマトクリット値、標準体重、透析前後の体重から、透析後のヘマトクリット値を算出できることが確認できた。
【0097】
また、本実施例では、除水量dialEWは、作業者が演算装置12に入力するように構成されているが、このような構成に限定されない。例えば、演算装置12は、透析前の患者の体重と透析後の患者の体重を入力可能に構成されており、除水量dialEWは、演算装置12が透析前後の患者の体重に基づいて算出してもよい。
【0098】
また、本実施例では、透析後の標準化細胞内液量nICVを用いて透析後の細胞外液量を補正しているが、このような構成に限定されない。ステップS20において算出した透析後の細胞外液量ecfVeを用いて、透析後の患者の体内に残された細胞外液量が適正であるか否かを評価することもできる。
【0099】
また、本実施例では、透析後の細胞外液量を算出しているが、透析後の細胞外液量と共に、透析前の細胞外液量を算出してもよい。透析前の細胞外液量を算出することによって、非透析時における過大な飲水により、透析前の体重が著しく増加する患者において、可能な飲水量の上限を決定することができる。
【0100】
また、本実施例では、透析後の標準化細胞内液量を算出し、これを用いて透析後の標準化細胞外液量を補正していたが、このような構成に限定されない。例えば、透析後の標準化細胞内液量の代わりに透析前の標準化細胞内液量を算出し、これを用いて透析後の標準化細胞外液量を補正してもよい。透析前の標準化細胞内液量は、透析療法による血清ナトリウム濃度の変化の影響を受けない。このため、透析後の標準化細胞内液量の代わりに透析前の標準化細胞内液量を用いても、透析後の標準化細胞外液量を精度よく補正することができる。
【0101】
また、本実施例では、透析前後の尿酸の収支に基づいて透析後の細胞外液量ecfVeを算出しているが、このような構成に限定されない。細胞膜42を通過不能であると共に毛細血管膜56を通過可能な物質を用いることができ、例えば、β2-ミクログロブリンの収支を基に透析後の細胞外液量ecfVeを算出してもよい。
【0102】
以上、本明細書に開示の技術の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7