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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-10
(45)【発行日】2023-05-18
(54)【発明の名称】ガス拡散層及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20230511BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20230511BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20230511BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20230511BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/86 B
H01M4/88 K
H01M4/96 B
H01M4/96 M
H01M8/10 101
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021036185
(22)【出願日】2021-03-08
(65)【公開番号】P2022136530
(43)【公開日】2022-09-21
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】吉宗 航
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悟
(72)【発明者】
【氏名】山口 聡
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-050186(JP,A)
【文献】特開2019-121423(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86- 4/98
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えたガス拡散層。
(1)前記ガス拡散層は、
ガス拡散層基材と、
前記ガス拡散層基材の一方の表面に形成されたマイクロポーラス層と
を備え、
前記マイクロポーラス層は、
前記一方の表面に形成された第1層と、
前記第1層の表面にさらに形成された第2~第n層(n≧2)と
の多層膜からなる。
(2)第k層(1≦k≦n)は、第k導電性粒子の表面が第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を含み、
前記第k複合粒子(1≦k≦n-1)は、次の式(1)の関係を満たす。
k>dk+1 …(1)
但し、
kは、前記第k複合粒子の平均粒径、
k+1は、第(k+1)層に含まれる第(k+1)複合粒子の平均粒径。
(3)前記第k層(1≦k≦n-1)は、前記第(k+1)層に含まれる前記第(k+1)複合粒子を含まず、
前記第(k+1)層は、前記第k層に含まれる前記第k複合粒子を含まない。
【請求項2】
前記第1層に含まれる第1複合粒子は、
第1導電性粒子の平均粒径が500nm以上7μm以下であり、
第1疎水性樹脂の含有量が10mass%以上30mass%以下である
請求項1に記載のガス拡散層。
【請求項3】
前記第1層に含まれる第1導電性粒子は、黒鉛粒子である請求項1又は2に記載のガス拡散層。
【請求項4】
前記第n層に含まれる第n複合粒子は、
第n導電性粒子の平均粒径が10nm以上500nm以下であり、
第n疎水性樹脂の含有量が10mass%以上40mass%以下である
請求項1から3までのいずれか1項に記載のガス拡散層。
【請求項5】
前記第n層に含まれる第n導電性粒子は、カーボンブラックである請求項1から4までのいずれか1項に記載のガス拡散層。
【請求項6】
次の式(2)で表される性能維持率が65%以上である請求項1から5までのいずれか1項に記載のガス拡散層。
性能維持率=100×I1/I2 …(2)
但し、
1は、前記ガス拡散層をカソード側に用いた固体高分子形燃料電池において、前記カソード側及びアノード側の相対湿度がそれぞれ160%RHである時の限界電流密度、
2は、前記ガス拡散層をカソード側に用いた固体高分子形燃料電池において、前記カソード側及び前記アノード側の相対湿度がそれぞれ80%RHである時の限界電流密度。
【請求項7】
第k導電性粒子(1≦k≦n、n≧2)と第k疎水性樹脂からなる第k樹脂粒子とを複合化処理することにより、前記第k導電性粒子の表面が前記第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を得る工程を合計n回繰り返す第1工程と、
ドライ塗工法を用いてガス拡散層基材の一方の表面に第1複合粒子を塗工し、第1層前駆体を形成する第2工程と、
前記ドライ塗工法を用いて第k層前駆体(1≦k≦n-1)の表面に前記第(k+1)複合粒子を塗工し、第(k+1)層前駆体を形成する工程をさらに(n-1)回繰り返すことにより、前記ガス拡散層基材の表面に第1~第n層前駆体が形成された積層体を得る第3工程と、
前記積層体をプレスし、請求項1から6までのいずれか1項に記載のガス拡散層を得る第4工程と
を備えたガス拡散層の製造方法。
【請求項8】
プレスされた前記積層体を熱処理する第5工程をさらに備えた請求項7に記載のガス拡散層の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス拡散層及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、ガス拡散層基材の表面に細孔径の異なる複数の層の積層体からなるマイクロポーラス層が形成されたガス拡散層、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を備えている。触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置される。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えたセパレータが配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及びセパレータからなる単セルが複数個積層された構造(スタック構造)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池を用いて発電を行う場合、触媒層内に水が滞留することがある。触媒層内に多量の水が滞留すると、触媒層への反応ガスの供給が阻害され、発電性能が低下する。これに対し、触媒層の外側にガス拡散層を配置する場合において、ガス拡散層の触媒層側の表面にマイクロポーラス層(MPL)(「撥水層」ともいう)を形成すると、触媒層内に滞留している過剰の水が排出されやすくなる。その際、マイクロポーラス層の微構造は、ガス拡散層の排水能に影響を与える。そのため、マイクロポーラス層、あるいは、これを備えたガス拡散層に関し、従来から種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、
(a)平均粒径が60nm未満のカーボン粒子と、平均粒径が60nm以上120nm未満のカーボン粒子と、平均粒径が120nm以上のカーボン粒子とを略均等量となるように配合し、これらのカーボン粒子とポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂とを溶媒に分散させてマイクロポーラス層用インクを調合し、
(b)マイクロポーラス層用インクを拡散層基材表面に塗工し、乾燥・焼成する
ことにより得られるガス拡散層が開示されている。
【0005】
同文献には、
(A)微粒径でかつ平均粒径が均一なカーボン粒子を用いてマイクロポーラス層を形成すると、ミクロ構造が極めて緻密になるために排水性が悪化する点、及び、
(B)粒径の異なる3種類のカーボン粒子を使用し、かつ、各カーボン粒子の配合割合を略均等量とすると、カーボン粒子間に多様な気孔が形成されるために、マイクロポーラス層の排水性が向上する点
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、
(a)比表面積が5m2/g以上50m2/g以下の低比表面積のカーボン粒子と、比表面積が50m2/g超100m2/g以下の高比表面積カーボン粒子と、撥水性樹脂とを溶媒に分散させてマイクロポーラス層形成用ペースト組成物とし、
(b)該ペースト組成物を導電性多孔質基材の表面に塗布し、乾燥・焼成する
ことにより得られるガス拡散層が開示されている。
同文献には、低比表面積のカーボン粒子と高比表面積のカーボン粒子を併用したペースト組成物を用いると、導電性及びガス透過性に優れたマイクロポーラス層が得られる点が記載されている。
【0007】
特許文献3には、
(a)ストラクチャ構造が発達し、かつ、比表面積が大きい第1カーボンブラック(例えば、アセチレンブラック)と、ストラクチャ構造が発達しておらず、かつ、比表面積が小さい第2カーボンブラック(例えば、サーマルブラック)と、撥水性樹脂とを含むマイクロポーラス層形成用ペーストを作製し、
(b)該ペースト組成物を導電性多孔質基材の表面に塗布し、乾燥・焼成する
ことにより得られるガス拡散層が開示されている。
同文献には、ストラクチャ構造の発達の程度及び比表面積の異なる2種類のカーボンブラックを併用すると、マイクロポーラス層形成時の収縮応力を緩和でき、マイクロポーラス層におけるクラックの発生を抑制できる点が記載されている。
【0008】
特許文献4には、
(a)一次粒子径40nmのカーボンブラックと、バインダ(ポリテトラフルオロエチレン)とを含む第1MPL形成用インクを調製し、
(b)平均平面径15μmの鱗片状黒鉛と、一次粒子径40nmのアセチレンブラックと、バインダ(ポリテトラフルオロエチレン)とを含む第2MPL形成用インクを調製し、
(c)GDL基材上に、第1MPL形成用インクを塗布し、乾燥させ、
(d)その上に第2MPL形成用のインクを塗布し、乾燥・焼成する
ことにより得られるガス拡散層が開示されている。
同文献には、このような方法により、導電性とガス透過性に優れたガス拡散層が得られる点が記載されている。
【0009】
特許文献5には、
(a)フッ素樹脂及びカーボンブラックを含む第1のペーストを調製し、これをカーボンクロス上に塗布し、乾燥させることにより第1の層を形成し、
(b)フッ素樹脂及びカーボンブラックを含み、かつ、密度が第1のペーストの2倍である第2のペーストを調製し、これを第1の層の上に塗布し、乾燥させることにより第2の層を形成し、
(c)第2の層の上にさらに第1のペーストを塗布し、乾燥させることにより第3の層を形成する
ことにより得られる撥水層が開示されている。
【0010】
同文献には、
(A)このような方法により、撥水性を有する第1の層と撥水性を有する第3の層との間に、撥水性を有しかつ緻密な第2層(補強層)が形成された撥水層が得られる点、及び
(B)撥水層の中間に補強層を形成すると、ガス拡散層からの突起物による電解質層の損傷を防止できる点
が記載されている。
【0011】
さらに、特許文献6には、
(a)カーボンブラックと、カーボンブラックに対して35重量%のポリテトラフルオロエチレンを含む第1マイクロポーラス層用ペーストを調製し、これをカーボンクロスに塗布して乾燥させ、
(b)カーボンブラックと、カーボンブラックに対して50重量%のポリテトラフルオロエチレンを含む第2マイクロポーラス層用ペーストを調製し、これを第1マイクロポーラス層ペーストを塗布したカーボンクロスの上に塗布し、乾燥させ、
(c)ホットプレスにより圧着させる
ことにより得られるガス拡散層が開示されている。
【0012】
同文献には、
(A)このような方法により、カーボンクロスの上に、空隙率の大きな第1マイクロポーラス層及び空隙率の小さな第2マイクロポーラス層が形成された拡散層が得られる点、
(B)反応層(触媒層)に接する側に空隙率の小さい第2マイクロポーラス層を形成することによって、電解質膜の乾燥を防ぐことができる点、及び、
(C)カーボンクロス側に空隙率の大きな第1マイクロポーラス層を形成することによって、高出力時におけるフラッディングが抑制される点
が記載されている。
【0013】
マイクロポーラス層の細孔構造を制御するために、導電性粒子(主として、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、黒鉛)を複数種類使用する技術が数多く報告されている。これらの従来技術では、複数の導電性粒子は不規則に分布しているため、期待するほどの性能向上は得られていない。
近年、微構造の異なる複数のマイクロポーラス層を積層させる技術についての報告が散見される。しかし、いずれも、スラリープロセスによる多層塗工を用いているため、高コストになり非現実的である。また、スラリープロセスであるため、導電性粒子と疎水性樹脂の複合化が不十分であり、性能向上の余地が残されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2011-175891号公報
【文献】特開2018-129254号公報
【文献】特開2019-040791号公報
【文献】特許第5924530号公報
【文献】特開2009-004102号公報
【文献】特開2008-277093号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、高い排水性を備えた新規なガス拡散層及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、製造エネルギー、製造コスト、及び/又は、CO2排出量の少ない新規なガス拡散層及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために本発明に係るガス拡散層は、以下の構成を備えている。
(1)前記ガス拡散層は、
ガス拡散層基材と、
前記ガス拡散層基材の一方の表面に形成されたマイクロポーラス層と
を備え、
前記マイクロポーラス層は、
前記一方の表面に形成された第1層と、
前記第1層の表面にさらに形成された第2~第n層(n≧2)と
の多層膜からなる。
(2)前記第k層(1≦k≦n)は、第k導電性粒子の表面が第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を含み、
前記第k複合粒子(1≦k≦n-1)は、次の式(1)の関係を満たす。
k>dk+1 …(1)
但し、
kは、前記第k複合粒子の平均粒径、
k+1は、第(k+1)層に含まれる第(k+1)複合粒子の平均粒径。
【0017】
本発明に係るガス拡散層の製造方法は、
第k導電性粒子(1≦k≦n、n≧2)と第k疎水性樹脂からなる第k樹脂粒子とを複合化処理することにより、前記第k導電性粒子の表面が前記第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を得る工程を合計n回繰り返す第1工程と、
ドライ塗工法を用いてガス拡散層基材の一方の表面に第1複合粒子を塗工し、第1層前駆体を形成する第2工程と、
前記ドライ塗工法を用いて第k層前駆体(1≦k≦n-1)の表面に前記第(k+1)複合粒子を塗工し、第(k+1)層前駆体を形成する工程をさらに(n-1)回繰り返すことにより、前記ガス拡散層基材の表面に第1~第n層前駆体が形成された積層体を得る第3工程と、
前記積層体をプレスし、本発明に係るガス拡散層を得る第4工程と
を備えている。
本発明に係るガス拡散層の製造方法は、プレスされた前記積層体を熱処理する第5工程をさらに備えていても良い。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るガス拡散層において、ガス拡散層基材側の第1層は平均粒径の大きな第1複合粒子からなり、触媒層側の第n層は平均粒径の小さな第n複合粒子からなる。すなわち、本発明に係るガス拡散層は、ガス拡散層基材の表面からマイクロポーラス層の表面に向かって、細孔径が段階的に小さくなっている。そのため、本発明に係るガス拡散層は、高い排水性を示す。また、これを燃料電池に適用すると、毛細管現象を最大限に活用することができ、フラッディングを抑制することができる。
さらに、本発明に係るガス拡散層は、溶媒を用いることなくマイクロポーラス層を形成することができるので、スラリープロセスにおいて必須であった乾燥工程が不要となる。その結果、製造エネルギー、製造コスト、及びCO2排出量の削減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】複合粒子のPTFE比率と電子抵抗との関係を示す図である。
図2】複合粒子の断面模式図である。
図3】No.16の複合粒子の電子顕微鏡像である。
図4】ペーストを乾燥させた粉体(比較例5)の電子顕微鏡像である。
図5】実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層付きガス拡散層の断面の光学顕微鏡写真である。
【0020】
図6】実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層付きガス拡散層のマイクロポーラス層のナノCT断面スライス像である。
図7】実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層の断面模式図である。
図8】実施例1及び比較例1~5で得られた燃料電池の性能維持率である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. ガス拡散層]
本発明に係るガス拡散層は、
ガス拡散層基材と、
前記ガス拡散層基材の一方の表面に形成されたマイクロポーラス層と
を備えている。
【0022】
[1.1. ガス拡散層基材]
ガス拡散層基材は、燃料電池のガス拡散層の主構成要素であり、高い導電性と高いガス拡散性が求められる。ガス拡散層基材の材料は、目的とする導電性及びガス拡散性を有する限りにおいて、特に限定されない。ガス拡散層基材としては、例えば、
(a)カーボンペーパー、カーボンクロス、ガラス状カーボン等のカーボン多孔質体、
(b)金属メッシュ、発泡金属等の金属多孔体
などがある。ガス拡散層基材は、予め表面に撥水処理が施されているものでも良い。
【0023】
[1.2. マイクロポーラス層]
[1.2.1. 層数]
ガス拡散層基材のMEA側の表面(すなわち、ガス拡散層基材と触媒層との界面)には、マイクロポーラス層が形成される。マイクロポーラス層は、触媒層との間で電子の授受を行うことが可能な高い導電性と、触媒層で生成した過剰の水をガス拡散層基材側に排出することが可能な高い撥水性とを備えている必要がある。従来のガス拡散層において、マイクロポーラス層は、通常、単層である。
【0024】
これに対し、本発明においてマイクロポーラス層は、
ガス拡散層基材の一方の表面(MEA側の表面)に形成された第1層と、
第1層の表面にさらに形成された第2~第n層(n≧2)と
の多層膜からなる。
さらに、第1~第n層は、それぞれ、後述する条件を満たしている。この点が従来とは異なる。
【0025】
マイクロポーラス層の積層数nは、2以上であれば良い。一般に、nが大きくなるほど、マイクロポーラス層内の構造制御の自由度が増大する。
但し、nが大きくなりすぎると、マイクロポーラス層全体の厚さが過度に厚くなり、導電性及び/又はガス透過性が低下する場合がある。従って、nは、6以下が好ましい。nは、好ましくは、5以下、さらに好ましくは、4以下である。
【0026】
[1.2.2. 複合粒子]
従来のマイクロポーラス層は、スラリープロセスで作製され、マイクロポーラス層は、導電性粒子と疎水性樹脂粒子との混合物からなる。
これに対し、本発明において、マイクロポーラス層は、第1~第n層からなる多層膜であり、各第k層(1≦k≦n)は、それぞれ、第k導電性粒子の表面が第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を含む。さらに、第k層に含まれる第k複合粒子(1≦k≦n-1)は、それぞれ、次の式(1)の関係を満たしている。この点が従来とは異なる。
【0027】
k>dk+1 …(1)
但し、
kは、前記第k複合粒子の平均粒径、
k+1は、第(k+1)層に含まれる第(k+1)複合粒子の平均粒径。
【0028】
ここで、「(第k複合粒子の)平均粒径」とは、レーザー回折散乱法により測定される体積頻度の累積が50%になるときの粒径(メディアン径D50)をいう。
式(1)は、マイクロポーラス層に含まれる複合粒子の平均粒径がガス拡散層基材側からMEA側に向かって段階的に小さくなることを意味する。
【0029】
k+1に対するdkの比(=dk/dk+1)は、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、dk/dk+1比が小さくなりすぎると、マイクロポーラス層の排水性能が不十分となる。従って、dk/dk+1比は、1.0超である必要がある。dk/dk+1比は、好ましくは、1.5以上、さらに好ましくは、3.0以上である。
一方、dk/dk+1比が大きくなりすぎると、第k層と第(k+1)層とが剥離しやすくなる場合がある。従って、dk/dk+1比は、700以下が好ましい。dk/dk+1比は、さらに好ましくは、350以下、さらに好ましくは、200以下である。
【0030】
[1.3. 第1層]
第1層は、ガス拡散層基材の最表面に形成される層であって、第1複合粒子により構成される。第1複合粒子は、第1導電性粒子の表面が第1疎水性樹脂で被覆された粒子からなる。さらに、第1複合粒子は、第1~第n複合粒子の中で最大の平均粒径を持つ。そのため、第1層の内部には、相対的に大きな空隙がある。
【0031】
[1.3.1. 第1導電性粒子]
[A. 材料]
第1導電性粒子は、第1層に導電性を付与するためのものである。第1導電性粒子の材料は、所定の平均粒径を有する粒子を製造可能なものである限りにおいて、特に限定されない。第1導電性粒子の材料としては、例えば、黒鉛、金属微粒子などがある。
これらの中でも、第1導電性粒子は、黒鉛粒子が好ましい。黒鉛粒子は、導電性が高く、かつ、平均粒径の大きな粒子から平均粒径の小さな粒子に至るまで比較的容易かつ安価に製造することができるので、第1導電性粒子の材料として好適である。
【0032】
[B. 平均粒径]
第1導電性粒子の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、第1導電性粒子の平均粒径が小さくなりすぎると、ガス拡散抵抗が増大する。従って、第1導電性粒子の平均粒径は、500nm以上が好ましい。平均粒径は、好ましくは、750nm以上、さらに好ましくは、1000nm以上である。
一方、第1導電性粒子の平均粒径が大きくなりすぎると、排水性が低下する場合がある。従って、第1導電性粒子の平均粒径は、7μm以下が好ましい。平均粒径は、好ましくは、5μm以下、さらに好ましくは、3μm以下である。
【0033】
[1.3.2. 第1疎水性樹脂]
[A. 材料]
第1疎水性樹脂は、第1層に撥水性を付与するためのものである。第1層内において、第1疎水性樹脂は微粒子の状態で存在しているのではなく、第1導電性粒子の表面を被覆するように存在している。
第1疎水性樹脂の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。第1疎水性樹脂の材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などがある。第1疎水性樹脂には、これらのいずれか1種を用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0034】
[B. 含有量]
「第1疎水性樹脂の含有量」とは、第1複合粒子の総質量に占める第1疎水性樹脂の質量の割合をいう。
第1疎水性樹脂の含有量が少なくなりすぎると、第1層の排水性能が不十分となる。従って、第1疎水性樹脂の含有量は、10mass%以上が好ましい。含有量は、好ましくは、15mass%以上、さらに好ましくは、20mass%以上である。
一方、第1疎水性樹脂の含有量が過剰になると、第1導電性粒子の表面の大半が第1疎水性樹脂でコートされた状態となるために、第1層の導電性が低下する。従って、第1疎水性樹脂の含有量は、30mass%以下が好ましい。含有量は、好ましくは、27.5mass%以下、さらに好ましくは、25mass%以下である。
【0035】
[1.4. 第n層]
第n層は、マイクロポーラス層の最表面に形成される層であって、第n複合粒子により構成される。第n複合粒子は、第n導電性粒子の表面が第n疎水性樹脂で被覆された粒子からなる。さらに、第n複合粒子は、第1~第n複合粒子の中で最小の平均粒径を持つ。そのため、第n層の内部には、相対的に小さな空隙がある。
【0036】
[1.4.1. 第n導電性粒子]
[A. 材料]
第n導電性粒子は、第n層に導電性を付与するためのものである。第n導電性粒子の材料は、所定の平均粒径を有する粒子を製造可能なものである限りにおいて、特に限定されない。第n導電性粒子の材料としては、例えば、カーボンブラック、VGCF(登録商標)、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーンなどがある。
これらの中でも、第n導電性粒子は、カーボンブラックが好ましい。これは、平均粒径の大きな微粒子から小さな微粒子に至るまで比較的容易に製造することができるためである。
【0037】
[B. 平均粒径]
第n導電性粒子の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、第n導電性粒子の平均粒径が小さくなりすぎると、ガス拡散抵抗が増大する。従って、第n導電性粒子の平均粒径は、10nm以上が好ましい。平均粒径は、好ましくは、20nm以上、さらに好ましくは、30nm以上である。
一方、第n導電性粒子の平均粒径が大きくなりすぎると、第n層の排水性能が不十分となる。従って、第n導電性粒子の平均粒径は、500nm以下が好ましい。平均粒径は、好ましくは、400nm以下、さらに好ましくは、300nm以下である。
【0038】
[1.4.2. 第n疎水性樹脂]
[A. 材料]
第n疎水性樹脂は、第n層に撥水性を付与するためのものである。第n層内において、第n疎水性樹脂は微粒子の状態で存在しているのではなく、第n導電性粒子の表面を被覆するように存在している。第n疎水性樹脂の材料の詳細については、第1疎水性樹脂と同様であるので、説明を省略する。
【0039】
[B. 含有量]
「第n疎水性樹脂の含有量」とは、第n複合粒子の総質量に占める第n疎水性樹脂の質量の割合をいう。
第n疎水性樹脂の含有量が少なくなりすぎると、第n層の排水性能が不十分となる。従って、第n疎水性樹脂の含有量は、10mass%以上が好ましい。含有量は、好ましくは、15mass%以上、さらに好ましくは、20mass%以上である。
一方、第n疎水性樹脂の含有量が過剰になると、第n導電性粒子の表面の大半が第n疎水性樹脂でコートされた状態となるために、第n層の導電性が低下する。従って、第n疎水性樹脂の含有量は、40mass%以下が好ましい。含有量は、好ましくは、30mass%以下、さらに好ましくは、25mass%以下である。
なお、第n導電性粒子は、第1導電性粒子に比べて平均粒径が小さい。そのため、第n疎水性樹脂の含有量が相対的に多い場合であっても、第n層の導電性は第1層に比べて低下しにくい。
【0040】
[1.5. 第k層(2≦k≦n-1、n≧3)]
n≧3である場合、第1層と第n層との間に、さらに合計(n-2)個の第k層(2≦k≦n-1、n≧3)が形成される。第k層は、第k複合粒子により構成される。第k複合粒子は、第k導電性粒子の表面が第k疎水性樹脂で被覆された粒子からなる。さらに、第k複合粒子は、第1複合粒子と第n複合粒子の中間の平均粒径を持つ。そのため、第k層の内部には、中程度の大きさの空隙がある。
第k層に関するその他の点については、第1層及び/又は第n層と同様であるので、説明を省略する。
【0041】
[1.6. 各層の構造]
スラリープロセスを用いて、複数の層を積層する場合、1層目のスラリーを塗布し乾燥させた後、2層目のスラリーを塗布し乾燥させる。この時、2層目のスラリーの一部が1層目の塗膜に浸透する。その結果、1層目の塗膜には、2層目のスラリーに含まれる微粒子が混在した領域が形成される。微粒子の混在領域が形成されると、界面近傍における毛管圧の分布が乱れ、マイクロポーラス層の排水性能が低下する。
【0042】
これに対し、本発明に係るマイクロポーラス層は、後述するように、ドライプロセスを用いて第1~第n層の積層が行われる。そのため、本発明に係るガス拡散層において、
(a)前記第k層(1≦k≦n-1)は、前記第(k+1)層に含まれる前記第(k+1)複合粒子を含まず、
(b)前記第(k+1)層は、前記第k層に含まれる前記第k複合粒子を含まない
という特徴がある。
【0043】
[1.7. 特性]
[1.7.1. 性能維持率]
「性能維持率」とは、次の式(2)で表される値をいう。
性能維持率=100×I1/I2 …(2)
但し、
1は、前記ガス拡散層をカソード側に用いた固体高分子形燃料電池において、前記カソード側及びアノード側の相対湿度がそれぞれ160%RHである時の限界電流密度、
2は、前記ガス拡散層をカソード側に用いた固体高分子形燃料電池において、前記カソード側及び前記アノード側の相対湿度がそれぞれ80%RHである時の限界電流密度。
【0044】
本発明に係るガス拡散層は、導電性が高く、かつ、排水性能も高い。そのため、これを固体高分子形燃料電池のカソード側のガス拡散層として用いると、高い性能維持率を示す。ガス拡散層の構造を最適すると、性能維持率は、65%以上となる。ガス拡散層の構造をさらに最適化すると、性能維持率は、70%以上、あるいは、75%以上となる。
【0045】
[1.7.2. 限界電流密度]
「限界電流密度@80%RH」とは、本発明に係るガス拡散層をカソード側に用いた固体高分子形燃料電池において、カソード側及びアノード側の相対湿度がそれぞれ80%RHである時の限界電流密度をいう。
本発明に係るガス拡散層は、導電性が高く、かつ、排水性能も高い。そのため、これを固体高分子形燃料電池のカソード側のガス拡散層として用いると、高い限界電流密度を示す。ガス拡散層の構造を最適すると、限界電流密度@80%RHは、2.50A/cm2以上となる。ガス拡散層の構造をさらに最適化すると、限界電流密度@80%RHは、2.60A/cm2以上、あるいは、2.70A/cm2以上となる。
【0046】
[2. ガス拡散層の製造方法]
本発明に係るガス拡散層の製造方法は、
第k導電性粒子(1≦k≦n、n≧2)と第k疎水性樹脂からなる第k樹脂粒子とを複合化処理することにより、前記第k導電性粒子の表面が前記第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を得る工程を合計n回繰り返す第1工程と、
ドライ塗工法を用いてガス拡散層基材の一方の表面に第1複合粒子を塗工し、第1層前駆体を形成する第2工程と、
前記ドライ塗工法を用いて第k層前駆体(1≦k≦n-1)の表面に前記第(k+1)複合粒子を塗工し、第(k+1)層前駆体を形成する工程をさらに(n-1)回繰り返すことにより、前記ガス拡散層基材の表面に第1~第n層前駆体が形成された積層体を得る第3工程と、
前記積層体をプレスし、本発明に係るガス拡散層を得る第4工程と
を備えている。
本発明に係るガス拡散層の製造方法は、プレスされた前記積層体を熱処理する第5工程をさらに備えていても良い。
【0047】
[2.1. 第1工程]
まず、第k導電性粒子(1≦k≦n、n≧2)と第k疎水性樹脂からなる第k樹脂粒子とを複合化処理することにより、前記第k導電性粒子の表面が前記第k疎水性樹脂でコートされた第k複合粒子を得る。このような工程を合計n回繰り返し、平均粒径の異なる第1複合粒子~第n複合粒子を得る(第1工程)。
【0048】
複合化処理の方法は、第k複合粒子を製造可能な方法である限りにおいて、特に限定されない。複合化処理の方法としては、例えば、メカノケミカル処理がある。
ここで、「メカノケミカル処理」とは、複数の固体物質に対して摩擦、圧縮等の機械的エネルギーを加えることにより、固体物質間で結晶化反応、固溶反応、相転移反応などの化学反応を生じさせる処理をいう。
【0049】
第k導電性粒子及び第k樹脂粒子の混合物に対してメカノケミカル処理を行うと、両者がファンデルワールス力より強い力で結合している第k複合粒子が得られる。メカノケミカル処理の方法としては、種々の方法が知られている。本発明において、メカノケミカル処理の方法は、特に限定されるものではなく、いずれの方法を用いても良い。
【0050】
[2.2. 第2工程]
次に、ドライ塗工法を用いてガス拡散層基材の一方の表面に第1複合粒子を塗工し、第1層前駆体を形成する(第2工程)。
ここで、「ドライ塗工法」とは、溶剤を含まない乾式塗料を用いて塗膜を形成する方法をいう。本発明において、ドライ塗工法の種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の方法を用いることができる。ドライ塗工法としては、例えば、静電スクリーン印刷法、静電スプレー法、流動浸漬法などがある。
【0051】
例えば、ドライ塗工法として静電スクリーン印刷法を用いる場合、第1層の形成は、具体的には以下のようにして行う。すなわち、まず、ガス拡散層基材の上方に所定の間隔を隔ててスクリーンを配置する。次いで、ガス拡散層基材とスクリーンとの間に電界を印加した状態でスクリーン上に第1複合粒子を乗せ、スキージなどの押圧部材を用いて第1複合粒子をスクリーンに擦り込む。その結果、スクリーンを通過した第1複合粒子は、電界により加速され、反対電荷に帯電しているガス拡散層基材に衝突し、ガス拡散層基材の表面に付着する。この場合、静電スクリーン印刷の条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0052】
[2.3. 第3工程]
次に、ドライ塗工法を用いて第k層前駆体(1≦k≦n-1)の表面に第(k+1)複合粒子を塗工し、第(k+1)層前駆体を形成する工程をさらに(n-1)回繰り返す(第3工程)。これにより、ガス拡散層基材の表面に第1~第n層前駆体が形成された積層体を得ることができる。
ドライ塗工の方法及び条件は、第2工程と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。ドライ塗工法に関するその他の点については、第2工程と同様であるので、説明を省略する。
【0053】
[2.4. 第4工程]
次に、得られた積層体をプレスする(第4工程)。これにより、本発明に係るガス拡散層が得られる。
【0054】
[2.4.1. プレス圧力]
プレス圧力は、マイクロポーラス層の特性に影響を与える。プレス圧力が小さくなりすぎると、基材とマイクロポーラス層の密着性が低く、容易に剥がれてしまう。従って、プレス圧力は、0.1kgf/cm2(9.8×10-3MPa)以上が好ましい。プレス圧力は、好ましくは、0.5kgf/cm2(4.9×10-2MPa)以上、さらに好ましくは、1.0kgf/cm2(9.8×10-2MPa)以上である。
一方、プレス圧力が大きくなりすぎると、ガス拡散層材が塑性変形又は座屈を起こす。従って、プレス圧力は、ガス拡散層基材の塑性崩壊荷重未満が好ましい。プレス圧力は、好ましくは、塑性崩壊荷重の80%以下、さらに好ましくは、60%以下である。
【0055】
[2.4.2. プレス温度]
一般に、プレス温度が高くなるほど、マイクロポーラス層の密着性が向上する。このような効果を得るためには、プレス温度は、室温以上が好ましい。プレス温度は、好ましくは、300℃以上、さらに好ましくは、360℃以上である。
一方、プレス温度が高すぎると、疎水性樹脂が分解するおそれがある。従って、プレス温度は、400℃以下が好ましい。プレス温度は、好ましくは、390℃以下、さらに好ましくは、380℃以下である。
【0056】
[2.5. 第5工程]
次に、必要に応じて、プレスされた前記積層体を熱処理する(第5工程)。第5工程は、省略することもできるが、プレス後にさらに熱処理を行うと、マイクロポーラス層の密着性をさらに向上させることができる。
【0057】
焼成温度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な温度を選択することができる。一般に、焼成温度が低すぎると、十分な効果が得られない。従って、焼成温度は、300℃以上が好ましい。焼成温度は、好ましくは、330℃以上、さらに好ましくは、360℃以上である。
一方、焼成温度が高すぎると、疎水性樹脂が分解するおそれがある。従って、焼成温度は、400℃以下が好ましい。焼成温度は、好ましくは、390℃以下、さらに好ましくは、380℃以下である。
焼成時間は、焼成温度に応じて最適な時間を選択する。一般に、焼成温度が高くなるほど、短時間で密着性を向上させることができる。
【0058】
[3. 作用]
燃料電池用のガス拡散層は、一般に、撥水処理を施したカーボンペーパー等からなるガス拡散層基材の表面に、導電性粉末と疎水性樹脂とを含むマイクロポーラス層形成用ペーストを塗布することにより製造されている。マイクロポーラス層は、毛細管現象によって、発電により生成した液水を系外へと排出する役割を担う。毛管圧F[Pa]は、次の式(3)で表される。
【0059】
F=2γcosθ/r …(3)
但し、
γ[N/m]は、表面張力、
θ[°]は、接触角、
r[m]は、細孔の半径。
【0060】
細孔表面が疎水性樹脂で被覆されている場合、細孔表面と液水との接触角θは90°以上となる。そのため、液水は、小さな細孔から大きな細孔に向かって流れやすい。マイクロポーラス層の細孔は、ガス拡散層基材の細孔より小さいため、液水はマイクロポーラス層からガス拡散層基材へと流れ、さらには流路へと排出される。これにより、液水が滞留することによる燃料電池性能の低下を抑制することができる。以上のように、ガス拡散層の排水性能を向上するためには、マイクロポーラス層及びガス拡散層基材の細孔径を適切な値に設定することが重要である。
【0061】
一方、マイクロポーラス層の排水性を向上させるために、粒径の異なる導電性粒子を配合する方法や、積層方向に粒径の異なる導電性粒子を配置する方法が提案されている。しかし、従来の方法は、いずれも、スラリープロセスを用いているため、高コストになり非現実的である。また、スラリープロセスであるため、導電性粒子と疎水性樹脂の複合化が不十分であり、性能向上の余地が残されている。
【0062】
これに対し、導電性粒子と疎水性樹脂とを複合化処理(例えば、メカノケミカル処理)すると、導電性粒子の表面が疎水性樹脂でコートされた複合粒子が得られる。この時、導電性粒子の平均粒径を変えると、平均粒径の異なる複数の複合粒子が得られる。
次に、ドライ塗工法(例えば、静電スクリーン印刷法)を用いてガス拡散層基材の表面に複合粒子を塗工すると、ガス拡散層基材の表面にマイクロポーラス層の前駆体を形成することができる。この時、複合粒子の平均粒径が段階的に小さくなるように、平均粒径の異なる複合粒子を用いてドライ塗工を複数回繰り返すと、細孔径が段階的に小さくなっている複数の層の積層体が得られる。最後に、得られた積層体をプレス及び熱処理すると、本発明に係るガス拡散層が得られる。
【0063】
このようにして得られたガス拡散層において、ガス拡散層基材側の第1層は平均粒径の大きな第1複合粒子からなり、触媒層側の第n層は平均粒径の小さな第n複合粒子からなる。すなわち、本発明に係るガス拡散層は、ガス拡散層基材の表面からマイクロポーラス層の表面に向かって、細孔径が段階的に小さくなっている。そのため、本発明に係るガス拡散層は、高い排水性を示す。また、これを燃料電池に適用すると、毛細管現象を最大限に活用することができ、フラッディングを抑制することができる。
さらに、本発明に係るガス拡散層は、溶媒を用いることなくマイクロポーラス層を形成することができるので、スラリープロセスにおいて必須であった乾燥工程が不要となる。その結果、製造エネルギー、製造コスト、及びCO2排出量の削減が可能となる。
【実施例
【0064】
(実施例1、比較例1~5)
[1. 試料の作製]
[1.1. 複合粒子の作製]
カーボン粒子には、
(a)HS-100(デンカ(株)製、平均粒径:0.04μm)、
(b)KS4(Timcal社製、平均粒径:4.7μm)、
(c)SG-BH8(伊藤黒鉛工業(株)製、平均粒径:8.7μm)、又は、
(d)OMAC-R1.2Z/SS(大阪ガスケミカル(株)製、平均粒径:12.4μm)
を用いた。
PTFE粒子には、KTL-500F((株)喜多村製、平均粒径:0.5μm)を用いた。
【0065】
カーボン粒子とPTFE粒子とを所定の比率で混合し、複合化処理することで、複合粒子を得た。PTFE粒子の比率は、0、10、20、30、又は40mass%とした。複合化処理には、粉体複合化装置(MPミキサー)を用いた。複合化処理は、回転数:10,000rpm、処理時間:30minの条件下で行った。表1に、各種複合粒子の組成を示す。
【0066】
【表1】
【0067】
[1.2. ガス拡散層の作製]
[1.2.1. 実施例1]
静電スクリーン印刷機(ベルク工業有限会社製、TS-1)を用いて、ガス拡散層を作製した。ガス拡散層基材には、カーボンペーパー(SGLカーボン社製、SIGRACET(登録商標)SGL29BA)を用いた。
カーボンペーパーの表面に複合粒子No.7をスクリーン印刷し、第1層前駆体を形成した。次いで、第1層前駆体の表面に複合粒子No.3をスクリーン印刷し、第2層前駆体を形成した。得られた積層体を平板プレス装置を用いて、室温において1MPaで圧密化した。さらに、プレスした積層体を360℃で30分間焼成し、ガス拡散層を得た。
【0068】
[1.2.2. 比較例1]
複合粒子No.3と複合粒子No.7とを体積比で1:1となるように混合した。カーボンペーパーの表面に混合された複合粒子をスクリーン印刷し、前駆体層を形成した。以下、実施例1と同様にして、圧密化及び焼成を行った。
【0069】
[1.2.3. 比較例2、3]
カーボンペーパーの表面に複合粒子No.3(比較例2)又は複合粒子No.7(比較例3)のみをスクリーン印刷し、前駆体層を形成した。以下、実施例1と同様にして、圧密化及び焼成を行った。
【0070】
[1.2.4. 比較例4]
市販のマイクロポーラス層付きガス拡散層(SGLカーボン社製、SIGRACET(登録商標)SGL29BA)をそのまま用いた。
【0071】
[1.2.5. 比較例5]
カーボン粒子(KS4)とPTFEディスパージョンとを質量比で8:2の割合で水に分散させ、第1層用ペーストを作製した。ペースト中の固形分濃度は、20mass%とした。また、カーボン粒子(HS-100)とPTFEディスパージョンとを質量比で8:2の割合で水に分散させ、第2層用ペーストを作製した。ペースト中の固形分濃度は、20mass%とした。さらに、ガス拡散層基材には、カーボンペーパー(SGLカーボン社製、SIGRACET(登録商標)SGL29BA)を用いた。
【0072】
カーボンペーパーの表面に、第1層用ペーストを塗布し、乾燥させることにより、第1層前駆体を形成した。次いで、第1層前駆体の表面に、第2層用ペーストを塗布し、乾燥させることにより、第2層前駆体を形成した。以下、実施例1と同様にして、圧密化及び焼成を行った。
【0073】
[2. 試験方法]
[2.1. 複合粒子の評価]
[2.1.1. 複合粒子の電子抵抗]
静電スクリーン印刷機を用いて、複合粒子をカーボンペーパー(SGLカーボン社製、29AA)にスクリーン印刷した。次いで、塗膜付きカーボンペーパーを平板プレス装置を用いて室温において1MPaで圧密化し、厚さ30μmの圧粉体を作製した。得られた圧粉体に対し、膜直方向の電子抵抗を2端子法により評価した。この時、カーボンペーパーと圧粉体の電子抵抗は直列抵抗とみなし、測定値からカーボンペーパーの電子抵抗値を差し引くことで圧粉体の電子抵抗を算出した。
【0074】
[2.1.2. 電子顕微鏡による複合粒子の観察]
得られた複合粒子を電子顕微鏡で観察した。また、カーボン粒子としてHS-100を使用したペースト(比較例5)をスプレードライ法で乾燥させた。得られた乾燥粉体を電子顕微鏡で観察した。
【0075】
[2.2. ガス拡散層の評価]
[2.2.1. 光学顕微鏡によるガス拡散層断面の観察]
短冊状に切り出したガス拡散層を樹脂埋めし、機械研磨した。研磨面を光学顕微鏡で観察した。
【0076】
[2.2.2. X線ナノCTによる構造評価]
複合粒子を用いて作製したマイクロポーラス層付きガス拡散層を回転させながら、X線を照射して、断層面のX線吸収係数の分布を測定した。その後、得られたX線吸収係数から、マイクロポーラス層付きガス拡散層の2次元構成画像を得た。
【0077】
[2.3. 発電性能評価]
ナフィオン(登録商標)膜の両面に、Pt触媒を含む触媒層が接合された膜電極接合体(MEA)を用意した。複合粒子を用いて作製したマイクロポーラス層付きガス拡散層をMEAの空気極側に配置した。また、市販のマイクロポーラス層付きガス拡散層をMEAの水素極側に配置した。さらに、ガス拡散層の外側にストレート型溝流路を備えたセパレータを配置し、燃料電池を得た。得られた燃料電池の発電性能を評価した。
燃料電池の相対湿度を80%RH、120%RH、又は160%RHとし、燃料極に純水素、空気極に空気をそれぞれ加湿器を経由して供給し、発電性能を評価した。純水素の流量は500mL/minとし、空気の流量は2000mL/minとした。
【0078】
[3. 結果]
[3.1. 複合粒子の評価]
[3.1.1. 複合粒子の電子抵抗]
図1に、複合粒子のPTFE比率と電子抵抗との関係を示す。マイクロポーラス層の電子抵抗は、7mΩcm2以下が好ましい。一般的なペースト塗工マイクロポーラス層の電子抵抗は、通常、5mΩcm2以下である。
【0079】
粒径の小さいHS-100(平均粒径:0.04μm)を用いた複合粒子No.1~5の場合、PTFE比率によらず、電子抵抗は5mΩcm2以下となった。KS4(平均粒径:4.7μm)を用いた複合粒子No.6~9の場合、PTFE比率が30mass%以下である時に電子抵抗は7mΩcm2以下となった。
一方、粒径の大きいSG-BH8(平均粒径:8.7μm)を用いた複合粒子No.10~13、及び、OMAC-R1.2Z/SS(平均粒径:12.4μm)を用いた複合粒子No.14~19の場合、わずかなPTFE比率(10mass%以下)であっても、電子抵抗は7mΩcm2を超えた。
【0080】
図2に、複合粒子の断面模式図を示す。導電性粒子として、比表面積の小さい黒鉛粒子を用いた場合、黒鉛粒子の周りにPTFEがコートされる。そのため、比表面積に対してPTFE量が過剰になると、黒鉛粒子全体がPTFEでコートされるため、電子抵抗が高くなると考えられる。一方、導電性粒子として、比表面積の大きいカーボンブラックを用いた場合、PTFE比率が高くても粒子全体がPTFEでコートされにくくなるので、電子抵抗が低く保たれると考えられる。
【0081】
排水性を向上させるためには、疎水性樹脂が必要である。疎水性樹脂の比率は、好ましくは、10mass%以上、さらに好ましくは、20mass%以上である。よって、電子抵抗の条件と疎水性樹脂の比率の条件を両立させるためには、平均粒径が7μm以下の導電性粒子(例えば、HS-100やKS4)を使用するのが好ましい。
【0082】
[3.1.2. 電子顕微鏡による複合粒子の観察]
図3に、No.16の複合粒子の電子顕微鏡像を示す。図3より、カーボン粒子の表面がPTFEでコートされていることが分かる。
図4に、ペーストを乾燥させた粉体(比較例5)の電子顕微鏡像を示す。図4より、ペーストを乾燥させた場合、複合粒子は得られず、カーボン粒子とPTFE粒子が均一に混ざった粒子が得られていることが分かる。
【0083】
[3.2. ガス拡散層の評価]
[3.2.1. 光学顕微鏡によるガス拡散層断面の観察]
図5に、実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層付きガス拡散層の断面の光学顕微鏡写真を示す。比較例1~3の場合、マイクロポーラス層は、いずれも単層であり、層内にコントラストの相違は認められなかった。
一方、実施例1の場合、第1層と第2層の界面の形状は直線ではなく、起伏の多い形状であった。しかし、第1層と第2層とは、明瞭なコントラストの違いが認められた。
【0084】
[3.2.2. X線ナノCTによる構造評価]
図6に、実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層付きガス拡散層のマイクロポーラス層のナノCT断面スライス像を示す。なお、図6の各試料のナノCT測定領域は、それぞれ、図5の四角で囲った領域である。
実施例1の場合、第1層と第2層の界面は明瞭であり、複合粒子No.7(黒鉛粒子から作製した複合粒子)で作製した第1層への複合粒子No.3(カーボンブラックから作製した複合粒子)の混入、及び、複合粒子No.3で作製した第2層への複合粒子No.7の混入は、いずれも認められなかった。
【0085】
比較例1は、複合粒子No.7と複合粒子No.3の混合粉末を用いて作製したマイクロポーラス層であり、粗大な黒鉛粒子由来の複合粒子No.7と、微細なカーボンブラック由来の複合粒子No.3が無秩序に混在していた。
さらに、スラリー塗工法を用いて作製した比較例5の場合、図示はしないが、スラリーの浸透により明瞭な界面を有する多層膜は得られなかった。
【0086】
図7に、実施例1、及び比較例1~3で得られたマイクロポーラス層の断面模式図を示す。比較例1のマイクロポーラス層は、平均粒径の大きい複合粒子と、平均粒径の小さい複合粒子の混合粉末からなるため、大きな空隙と小さな空隙がランダムに分布している構造を備えている。比較例2のマイクロポーラス層は、平均粒径の小さい複合粒子のみからなるため、小さな空隙が均一に分布している構造を備えている。さらに、比較例3のマイクロポーラス層は、平均粒径の大きな複合粒子のみからなるため、大きな空隙が均一に分布している構造を備えている。
【0087】
これに対し、実施例1のマイクロポーラス層は、平均粒径の大きな複合粒子のみからなる第1層と、平均粒径の小さな複合粒子のみからなる第2層の2層構造からなる。そのため、実施例1のマイクロポーラス層は、基材側には相対的に大きな空隙が均一に分散しており、かつ、表面側(MEA側)には相対的に小さな空隙が均一に分散している構造を備えている。
【0088】
[3.3. 発電性能評価]
表2に、実施例1及び比較例1~5で得られた燃料電池の発電性能評価結果を示す。相対湿度80%RHの条件下では、比較例5を除き、いずれも高い出力性能を有していた。一方、セル温度が露点以下の条件下(すなわち、相対湿度が100%RH以上の条件下)では、実施例1及び比較例1~5のいずれも出力低下が起こった。
【0089】
【表2】
【0090】
図8に、実施例1及び比較例1~5で得られたガス拡散層の性能維持率を示す。性能維持率は、実施例1が最も高く、過加湿による出力低下が起こりにくい構造であることが分かった。これは、マイクロポーラス層が細孔構造に傾斜がある多層膜構造を有しているために、毛管圧が高くなり、ガス拡散層内部の液水が流路に排出されやすくなったためである。一方、ペースト塗工法で多層膜構造を形成した比較例5は、性能維持率は比較的高いが、限界電流密度は低い。これは、ペースト塗工法では、ドライ塗工法のように粒子の積層配置を正確に制御できないためと考えられる。
【0091】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明に係るガス拡散層は、車載動力源、定置型発電器などに用いられる燃料電池のカソード側ガス拡散層として使用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8