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特許7276703アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-10
(45)【発行日】2023-05-18
(54)【発明の名称】アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法
(51)【国際特許分類】
   D06P 3/76 20060101AFI20230511BHJP
   D06P 3/74 20060101ALI20230511BHJP
   D06P 1/39 20060101ALI20230511BHJP
   D06P 1/41 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
D06P3/76 B
D06P3/74
D06P1/39
D06P1/41
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019028383
(22)【出願日】2019-02-20
(65)【公開番号】P2019143286
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2021-12-27
(31)【優先権主張番号】P 2018029592
(32)【優先日】2018-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004053
【氏名又は名称】日本エクスラン工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 友章
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-070421(JP,A)
【文献】特公昭48-017232(JP,B2)
【文献】特開2012-077431(JP,A)
【文献】国際公開第2011/010590(WO,A1)
【文献】特公昭48-028990(JP,B2)
【文献】特公昭49-004033(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06P 1/39,1/41,
3/74,3/76
D06M 11/63,13/338
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルホン酸基を有するアクリロニトリル系繊維および架橋アクリレート系繊維を含むアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法であって、酸およびカチオン染料が添加されたpH3.5未満の浴で染色する工程と、アニオン性基を有する染料が添加された浴で染色する工程とを個別に、又は、同時に施すことを特徴とするアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
【請求項2】
アニオン性基を有する染料で染色する工程をpH4.0未満で行うことを特徴とする請求項1に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
【請求項3】
アニオン性基を有する染料が酸性染料であることを特徴とする請求項1または2に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
【請求項4】
酸性染料が、ミリング酸性染料、ハーフミリング酸性染料および金属錯塩酸性染料からなる群から選択される1種以上であることを特徴とする請求項3に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
【請求項5】
酸が、有機酸であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
架橋アクリレート系繊維は、優れた吸湿発熱性に加え、消臭や抗菌といった様々な機能を有することから注目されている。かかる繊維の吸湿発熱特性を生かすため、嵩高く保温性に優れたアクリロニトリル系繊維との混合綿が検討されており、肌着や寝具等の繊維製品が製造・販売されている。
【0003】
しかしながら、アクリロニトリル系繊維および架橋アクリレート系繊維を含む繊維構造体(以下、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体という)を染色する場合、該繊維構造体中には、各繊維の染着座席となる官能基と、機能性を付与する官能基とが混在していることとなる。その結果、機能性を付与する官能基に染料が染着してしまい、本来の染着座席に染着する染料が減るため、所望の染色外観が得られないといった問題がある。また、ソーピングや洗濯などの塩基性条件下での処理を行うと、官能基のイオン交換が起こり、染料が脱着し、その結果、処理前後で繊維構造体の色相が変化してしまうといった問題もあり、繊維構造体を構成する繊維を同じ色相で染色することが難しく、染色外観が悪化することから、染色性が必要とされる分野への応用が制限されていた。
【0004】
この点に関して、例えば特許文献1の[0033]段落には、まずアクリロニトリル系繊維をカチオン染料で染色した後に、架橋アクリレート系繊維を反応染料で染色する染色方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-70421号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら特許文献1において開示されている染色処方をアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体に用いた場合、カチオン染料でアクリロニトリル系繊維を染色する際に、架橋アクリレート系繊維中のカルボキシル基とカチオン染料がイオン結合してしまうため、アクリロニトリル系繊維に染着するカチオン染料が減少してしまい、目標色に染色することができない。また、このイオン結合は結合力が弱いため、ソーピング処理などpHの変化を伴う処理により、カルボキシル基から染料が容易に遊離してしまう。その結果、繊維構造体中の架橋アクリレート系繊維の色相が、ソーピング処理の前後で変化してしまうため、該繊維構造体中のアクリロニトリル系繊維との色差が明確になり、染色外観が悪化するといった問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、繊維構造体を構成する繊維を同色で染色することを可能とし、良好な染色外観とすることのできるアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の目的を達成するために鋭意検討を進めた結果、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体を、アニオン性基を有する染料で染色する工程、および、特定のpH条件下、カチオン染料で染色する工程で染色することにより、実用上、満足しうるレベルで、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体を染色できることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
本発明の上記目的は、下記の手段により達成される。
(1)スルホン酸基を有するアクリロニトリル系繊維および架橋アクリレート系繊維を含むアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法であって、酸およびカチオン染料が添加されたpH3.5未満の浴で染色する工程と、アニオン性基を有する染料が添加された浴で染色する工程とを個別に、または、同時に施すことを特徴とするアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
(2)アニオン性基を有する染料で染色する工程をpH4.0未満で行うことを特徴とする(1)に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
(3)アニオン性基を有する染料が酸性染料であることを特徴とする(1)または(2)に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
(4)酸性染料が、ミリング酸性染料、ハーフミリング酸性染料および金属錯塩酸性染料からなる群から選択される1種以上であることを特徴とする(3)に記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。
(5)酸が、有機酸であることを特徴とする(1)~(4)のいずれかに記載のアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の染色方法。

【発明の効果】
【0010】
本発明の染色方法を用いることで、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体を構成するアクリロニトリル系繊維及び架橋アクリレート系繊維を同等の色相で染色することを可能とし、良好な染色外観を得ることができるため、衣料用途などの外観が重要視される用途においても、好適に利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明の染色方法において染色対象となるアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体は、アクリロニトリル系繊維と架橋アクリレート系繊維とを含むものであれば良い。また、繊維構造体としては特に限定はないが糸、ヤーン(ラップヤーンも含む)、フィラメント、織物、編物、不織布、紙状物、シート状物、積層体、綿状物(球状や塊状のものを含む)等が挙げられる。
【0012】
まず、本発明に採用するアクリロニトリル系繊維について説明する。本発明に採用するアクリロニトリル系繊維は、アクリロニトリルを好ましくは40重量%以上、より好ましくは50重量%以上、更に好ましくは80重量%以上含有するアクリロニトリル系重合体により形成された繊維であることが望ましい。該アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルと、カチオン染料の染着座席となりうるアニオン性基を有する単量体との共重合体である。
【0013】
上述するアクリロニトリル系重合体に用いるアニオン性基を有する単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なものであれば特に限定されないが、例えばスルホン酸基を有する単量体、カルボキシル基を有する単量体等が挙げられる。スルホン酸基を有する単量体としては、メタリルスルホン酸、p-スチレンスルホン酸等の単量体およびその塩が挙げられ、また、カルボキシル基を有する単量体としては、(メタ)アクリル酸、イタコン酸等単量体およびその塩が挙げられる。また、その他の単量体としては、スチレン、酢酸ビニル、(メタ)アクリル酸エステル等の単量体が挙げられる。
【0014】
本発明に採用するアクリロニトリル系繊維において、上述するアニオン性基を有する単量体として、スルホン酸基を有する単量体を用いた場合、繊維重量に対して0.03mmol/g以上のスルホン酸基を有するものであることが好ましい。スルホン酸基が、0.03mmol/g以上であれば、実用上、満足しうる染色性が得られやすく、より好ましくは0.05mmol/g以上、更に好ましくは0.06mmol/g以上である。
【0015】
本発明に採用するアクリロニトリル系繊維は、上述したアクリロニトリル系重合体を用いて紡糸原液を作製し、従来公知の製造方法によって紡糸することで得ることができる。
【0016】
次に、本発明に採用する架橋アクリレート系繊維について説明する。本発明に採用する架橋アクリレート系繊維は、上述したようなアクリロニトリル系繊維に、架橋処理を施し、さらに酸または塩基性化合物による加水分解処理を施すことにより得ることが可能である。
【0017】
該架橋アクリレート系繊維の製造方法の一例としては、上述したようなアクリロニトリル系繊維に、1分子中に2個以上の窒素原子を有する窒素含有化合物を含有する水溶液による架橋導入処理、およびアルカリ性金属塩化合物を含有する水溶液による加水分解処理を施すことによって得る方法が挙げられる。なお、窒素含有化合物を架橋剤として用いた場合には、繊維内部に架橋が形成されたことによる窒素含有量の増加が起こる。架橋導入処理の手段としては特に限定されるものではないが、この処理による窒素含有量の増加を、好ましくは0.1~10重量%、より好ましくは1~10重量%に調整し得る手段が望ましい。
【0018】
ここで、上述する架橋アクリレート系繊維の製造に利用可能な、1分子中に2個以上の窒素原子を有する窒素含有化合物としては、2個以上の1級アミノ基を有するアミノ化合物やヒドラジン系化合物が好ましい。2個以上の1級アミノ基を有するアミノ化合物としては、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、などのジアミン化合物、ジエチレンとリアミン、3、3’-イミノビス(プロピルアミン)、N-メチル-3、3’-イミノビス(プロピルアミン)などのトリアミン系化合物、トリエチレンテトラミン、N、N’-ビス(3-アミノプロピル)-1、3-プロピレンジアミン、N、N’-ビス(3-アミノプロピル)-1、4-ブチレンジアミンなどのテトラミン系化合物、ポリビニルアミン、ポリアリルアミンなどで2個以上の1級アミノ基を有するポリアミン系化合物が例示される。また、ヒドラジン系化合物としては、水加ヒドラジン、硫酸ヒドラジン、塩酸ヒドラジン、臭素酸ヒドラジン、ヒドラジンカーボネートなどが例示される。なお、1分子中の窒素原子の数の上限は特に制限されないが、12個以下であることが好ましく、さらに好ましくは6個以下であり、特に好ましくは4個以下である。1分子中の窒素原子の数が上記上限を超えると架橋剤分子が大きくなり、繊維内に架橋を導入しにくくなる場合がある。なお、窒素含有量を0.1~10重量%に調整しうる手段としては、例えば、上記窒素含有化合物としてヒドラジン系化合物を用いる場合には、ヒドラジン系化合物の濃度0.1~20重量%の水溶液中、温度50~150℃で、2~10時間処理する手段が工業的に好ましい。
【0019】
架橋処理を施された繊維は、その後、加水分解処理が施される。その際に用いる酸または塩基性化合物としては、特に限定されるものではなく、硝酸、硫酸、塩酸等の酸性水溶液、あるいは、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アンモニア等の塩基性水溶液を用いることができる。また、その際の処理条件としては所望の物性等を考慮して、処理薬剤の濃度、反応温度、反応時間を適宜設定すればよいが、好ましくは0.5~10重量%、さらに好ましくは1~5重量%の処理薬剤水溶液中、温度80~150℃で2~10時間処理する手段が工業的、繊維物性的にも好ましい。
【0020】
上述してきた方法により、架橋アクリレート系繊維を製造することができるが、架橋、加水分解処理は、それぞれの処理薬剤を混合した水溶液を用いて、一括して同時処理することも可能である。その際には、上記範囲内において、低濃度の架橋剤、アルカリ性金属塩化合物を用いた緩い条件で処理を行う。次いで、その後の酸処理を、上記範囲内において、高温の厳しい条件で行うことが好ましい。このようにすることで、架橋アクリレート系繊維の表層部の狭い領域には、架橋構造およびカルボシキル基を有し、中心部には、比較的硬いアクリロニトリル系重合体が温存されている芯鞘構造となり、繊維物性を高めることができる。また、鞘部をアニオン性基を有する染料で染色するだけでなく、芯部をカチオン染料で染色できるため、発色性および染色堅牢度に優れたものとすることができる。
【0021】
上述のようにして得られた加水分解処理後の繊維は、例えば、上述する塩基性水溶液で加水分解処理した場合であれば、カルボキシル基(-COO)の対イオンが金属イオンである金属塩型のカルボキシル基を有しているが、酸処理を施すことにより対イオンが水素イオンであるH型カルボキシル基に変換することもできる。この際に使用される酸は特に限定されるものではなく、硝酸、硫酸、塩酸等の鉱酸の水溶液、有機酸等を使用できる。
【0022】
上述した架橋、加水分解処理により、架橋アクリレート系繊維内に生成するカルボキシル基量としては、最終的な繊維に求められる性能を勘案して設定すればよい。例えば、吸湿性を持たせるには、金属塩型カルボキシル基量を好ましくは1~10mmol/g、より好ましくは3~10mmol/g、さらに好ましくは3~8mmol/gとすることで良好な結果が得られやすくなる。金属塩型カルボキシル基の量が1mmol/g未満の場合には、充分な吸湿性が得られないことがあり、また10mmol/gを超える場合には、実用上満足し得る繊維物性が得られないことがある。カルボシキル基量を上述した範囲内とするためには、加水分解処理に使用する薬剤の濃度や温度、処理時間を適宜変更することで容易に制御可能である。
【0023】
なお、本発明で採用する架橋アクリレート系繊維は本発明の染色方法で染色できる限り、上述した架橋導入処理、加水分解処理、酸処理以外の処理を施したものであっても構わない。
【0024】
このようにして得られた架橋アクリレート系繊維には、例えば、架橋剤としてヒドラジン系化合物を用いた場合には、架橋導入処理の際に、一部架橋せずにアミノ基が形成される部分があり、この部分のアミノ基が染着座席となり、アニオン性基を有する染料での染色が可能になると考えられる。
【0025】
次に、本発明の染色方法について説明する。本発明の染色方法はpH3.5未満の条件でカチオン染料により染色する工程、およびアニオン性基を有する染料で染色する工程を含むことを特徴とするものである。
【0026】
本発明において、採用し得るカチオン染料としては、特に限定は無く、従来公知のカチオン染料を採用することができる。かかるカチオン染料を用いて、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体を染色する際には、繊維構造体を投入する前の、カチオン染料と酸が添加された状態の浴のpHが3.5未満であることが必須であり、好ましくは3.4以下である。また、pHの下限としては、作業時の安全性や装置の腐食等の観点から2.5以上であることが実用的である。pHが3.5未満であれば、架橋アクリレート系繊維中のカルボキシル基が浴中で解離せずに存在できるため、カチオン染料が架橋アクリレート系繊維に染着する可能性が低くなり、カチオン染料でアクリロニトリル系繊維を所望の色に染色することが可能となる。逆に、染色浴のpHが3.5以上であると、架橋アクリレート系繊維中に存在するカルボキシル基が解離し、負の電荷を帯びた状態となりやすくなるため、これが染着座席として機能し、正の電荷を帯びたカチオン染料が染着してしまう。その結果、アクリロニトリル系繊維に染着するカチオン染料が減少し、所望の色相に染色できなかったり、複数の染料を混合している場合には、特定の染料のみがカルボキシル基と反応し、アクリロニトリル系繊維を混合した染料で均一に染色することが難しくなったりする。また、カルボキシル基に染料が染着した場合、例えばソーピング処理や洗濯等の塩基性条件下での処理では、カルボキシル基から染料が離脱してしまうため、浴が汚染されたり、洗濯時には同浴中の他の衣類が汚染されたりする恐れがある。また、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体の色相が洗濯の前後で変化する恐れがあるため、外観が重要となる衣料用途などへの展開が難しくなる。
【0027】
次に、本発明において、採用し得るアニオン性基を有する染料としては、架橋アクリレート系繊維中のアミノ基に染着し得るものであれば特に限定はないが、酸性染料やビニルスルホン系の反応染料が挙げられる。また、酸性染料としては、ハーフミリング酸性染料、ミリング酸性染料、金属錯塩酸性染料等が挙げられる。
【0028】
上述する酸性染料の中でも、ミリング酸性染料および金属錯塩酸性染料が、良好な染色性を得られるという点から好ましく、特に染料分子内にクロムやコバルト等の遷移金属原子を含有する金属錯塩酸性染料は、高い堅牢度が得られる点から好ましい。該金属錯塩酸性染料としては、水溶性の染料であることが好ましく、遷移金属と染料の比率が、1:1型、1:2型のものが挙げられる。その中でも、1:2型の金属錯塩酸性染料が濃色で染色した際の染色性に優れることから好適に利用することができる。
【0029】
上述してきたアニオン性基を有する染料を用いてアクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体を染色する際には、アニオン性基を有する染料と酸が添加された状態の浴のpHが4.0未満であることが好ましく、3.7以下であることがより好ましく、3.5以下であることが更に好ましい。染色浴のpHが4.0以上である場合、例えば、架橋剤として上述するヒドラジン系化合物を用いた架橋アクリレート系繊維であれば、該繊維中のアミノ基のカチオン化が不十分となり、染着座席が減少するため、染色性が悪くなる恐れがある。
【0030】
なお、上述したカチオン染料およびアニオン性基を有する染料の吸着処理においては、必要に応じて更に染料溶解剤、金属封鎖剤、分散剤、促染剤、緩染剤、均染剤などの汎用の染色助剤を併用することも可能である。また、pHを調整する酸としては、特に限定されるものではないが、酢酸、蟻酸、乳酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸等の有機酸、硝酸、硫酸、塩酸等の鉱酸の水溶液が挙げられる。その中でも、酸性度の強さや染色機の腐食の観点から有機酸の使用が好ましい。処理温度については特に限定されないが、60℃以上であれば染料の吸着速度も速く、工業的に好適である。
【0031】
本発明の染色方法において用いる染料の濃度としては、特に限定はなく、所望の色相となるように適宜調整すればよい。また、染色時の浴比としては、染色が可能な限り特に限定はないが、好ましくは、1:5~1:100であり、より好ましくは1:10~1:60である。浴比が小さすぎると、均一に染色することが難しくなる可能性がある。また、大きすぎると、必然的に廃棄する液量が多くなるため、工業的に好ましくない。
【0032】
本発明の染色方法は、上述した条件でのカチオン染料による染色工程およびアニオン性基を有する染料による染色工程を含むものであれば良く、染色の順序や方法などは特に限定されない。すなわち、カチオン染料による染色とアニオン性基を有する染料による染色をそれぞれ別浴で行う二浴染色も可能であるし、それぞれの染色を同時に行う一浴染色も可能である。また一浴で、カチオン染料による染色とアニオン性基を有する染料による染色を別々に順次行う、一浴二段染色を行うことも可能である。なお、前述の二浴染色および一浴二段染色時の、染色順序としては、先にカチオン染料による染色を行ってもよいし、アニオン性基を有する染料による染色の後にカチオン染料による染色を行ってもよい。これらの染色方法の中でも、一浴染色はコストの面から好ましく、一浴二段染色または二浴染色は、より良好な染色性が得られる点から好ましい。また、処理条件としては、染色温度90℃~120℃として、染色時間30分~120分で処理を行うことが好ましい。
【0033】
なお、一浴染色の場合、染料のタイプによってはカチオン染料とアニオン性基を有する染料が浴中で会合して沈殿を生成する場合がある。そのような場合には、染色液中に沈殿防止剤を添加するか、あるいは分散タイプのカチオン染料を用いるのが好ましい。
【0034】
上記処理を経て染色された被染色物は、水洗、ソーピング、また必要により湿潤染色堅牢度向上のためのフィックス処理や風合い向上のための仕上げ剤処理等を施し製品となる。これらの製品は、アクリロニトリル系繊維と架橋アクリレート系繊維とを含むものであり、他素材を併用して構成されたものであってもよい。併用しうる他素材としては、染色に悪影響を及ぼすものでなければ特に限定されず、綿、麻、絹、羊毛、カシミヤなどの天然繊維、レーヨン、キュプラ、リヨセル、再生蛋白繊維などの再生繊維、酢酸セルロース繊維、プロミックスなどの半合成繊維、ナイロン、アラミド、ポリエステル、アクリロニトリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリウレタンなどの合成繊維等が用いられ、さらにはガラス繊維、炭素繊維、アルミナ繊維などの無機繊維等も用途によっては採用し得る。また、併用される他素材は繊維に限らず、樹脂や粒子等の素材であってもよい。
【0035】
染色対象が上述する他素材を併用して構成された繊維製品である場合においては、本発明の染色方法と他素材の染色に適した方法をそれぞれ別に施すことによって染色を行うことができる。
【0036】
例えば、他素材としてポリエステルを併用している場合には、分散染料を用いて加圧染色を行うなど、常法のポリエステル染色方法を施して、繊維製品中のポリエステルを染色し、その後、本発明の染色方法を施して、繊維製品中のアクリロニトリル系繊維および架橋アクリレート系繊維を染色し、ソーピング、フィックス処理を行うといった方法を採用することができる。
【0037】
このように、本発明の染色方法においては、特別な染色設備は不要であり、被染色物に応じた汎用の染色設備を使用することが可能である。このことは、工業的に見て有用な点である。
【0038】
以上に述べてきたとおり本発明の染色方法では、アクリロニトリル/架橋アクリレート系含有繊維構造体に、pH3.5未満でのカチオン染料による染色、および、アニオン性基を有する染料による染色を施すことで、実用上満足しうる、優れた染色外観を得ることができる。そのため、これまで困難であった、染色性の必要となる衣料用途への展開もしやすくなるため、その意義は極めて重要である。
【実施例
【0039】
以下実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の部および百分率は、断りのない限り重量基準で示す。
【0040】
(1)染色性評価
染色した布帛の色相を、色彩色差計CR-300(MINOLTA社製)を用いて、L、a、b値を測定し、後述するアクリロニトリル系繊維のみからなる染色布帛A(参考例1)を基準としたときの色差を下記式により算出した。
色差={(試料のL-基準のL+(試料のa-基準のa+(試料のb-基準のb0.5

また、下記の評価基準による視感での評価を行った。
○ : 同等の色相で、実用上問題とならない
△ : 色相が少し異なるため、実用上問題となる可能性がある
× : 色相が大きく異なるため、実用上利用し難い

なお、色差の数値と人の感覚的な捉え方の対応関係については、素材や用途によって様々な基準が設けられているが、色差が3程度までは一般には同じ色だと思われるレベルとされている基準が多い。
【0041】
(2)アクリロニトリル系繊維の製造方法
アクリロニトリル(AN)88%、酢酸ビニル11.5%、メタリルスルホン酸ナトリウム0.5%からなるアクリロニトリル系重合体10部を48%ロダンソーダ水溶液90部に溶解した紡糸原液を、常法に従って紡糸、延伸(全延伸倍率:10倍)した後、乾球/湿球=120℃/60℃の雰囲気下で乾燥、湿熱処理してアクリロニトリル系繊維を得た。
【0042】
(3)架橋アクリレート系繊維の製造方法
上述のアクリロニトリル系繊維を原料繊維とし、該原料繊維に、水加ヒドラジン0.5重量%および水酸化ナトリウム1.4重量%を含有する水溶液中で、100℃×2時間、架橋導入処理および加水分解処理を同時に行い、8重量%硝酸水溶液で、120℃×3時間処理し、水洗した。得られた繊維を水に浸漬し、水酸化ナトリウムを添加してpH9に調整し、水洗、乾燥することにより架橋アクリレート系繊維を得た。
【0043】
(4)サンプル布帛の製造方法
上述の製造方法により得られたアクリロニトリル系繊維と架橋アクリレート系繊維を70:30の割合で混紡し、メートル番手1/52の紡績糸を作成し、該紡績糸を用いて編地を作製し、サンプル布帛とした。
【0044】
(参考例1)
上述するアクリロニトリル系繊維の製造方法によって得られたアクリロニトリル繊維を用い、メートル番手1/52の紡績糸を作成し、該紡績糸を用いて編地を作製しサンプル布帛とした。該サンプル布帛の重量に対して2.5%のカチオン染料Nichilon Black G 200%(日成化成社製)が入った浴に、酢酸を投入し、pHを3.3に調整した。続いて、該浴に、サンプル布帛を投入し、浴比を1:50、100℃で30分間浸漬してカチオン染料による染色を行い、さらに、ソーピング、水洗、乾燥を行うことで、染色布帛Aを得た。該染色布帛Aの染色性評価結果を表1に示す。
【0045】
(実施例1)
上述のサンプル布帛の製造方法によって得られたサンプル布帛中の架橋アクリレート系繊維重量に対して、2.5重量%の金属錯塩酸性染料Isolan Black 2S-LD(Dyster社製)が入った浴に、クエン酸を投入し、pH3.0に調整した。続いて、該浴にサンプル布帛を投入し、浴比を1:50、100℃で30分間浸漬して金属錯塩酸性染料によるサンプル布帛の染色を行った。次に、サンプル布帛中のアクリロニトリル系繊維重量に対して2.5%のカチオン染料Nichilon Black G 200%(日成化成社製)が入った浴に、酢酸を投入し、pHを3.0に調整した。続いて、該浴に、前述する金属錯塩酸性染料で染色したサンプル布帛を投入し、浴比を1:50、100℃で30分間浸漬してカチオン染料による染色を行い、さらに、ソーピング、水洗、乾燥を行うことで、染色布帛Bを得た。該染色布帛Bの染色性評価結果を表1に示す。
【0046】
(実施例2)
実施例1において、カチオン染料による染色時にクエン酸を投入してpHを2.6としたこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Cを得た。該染色布帛Cの染色性評価結果を表1に示す。
【0047】
(実施例3)
実施例1において、カチオン染料による染色時のpHを3.4としてこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Dを得た。該染色布帛Dの染色性評価結果を表1に示す。
【0048】
(実施例4)
実施例1において、カチオン染料での染色工程と、金属錯塩酸性染料での染色工程とを逆の順序で行ったこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Eを得た。該染色布帛Eの染色性評価結果を表1に示す。
【0049】
(比較例1)
実施例1において、カチオン染料による染色時のpHを3.5としたこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Fを得た。該染色布帛Fの染色性評価結果を表1に示す。
【0050】
(比較例2)
実施例1において、カチオン染料による染色時のpHを3.6としたこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Gを得た。該染色布帛Gの染色性評価結果を表1に示す。
【0051】
(比較例3)
実施例1において、カチオン染料による染色時のpHを3.7としたこと以外は同様に処理を行い、染色布帛Hを得た。該染色布帛Hの染色性評価結果を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
本発明の染色方法で得られた実施例1~4の染色布帛は色差が3以下であった。また、視感評価においても、アクリロニトリル系繊維のみで構成される編地対比で、同等の染色外観であり、実用上満足しうる結果が得られた。一方で、比較例1~3の染色方法により得られた染色布帛は、カチオン染色時のpH調整が不十分であったため、色差が3を超えており、また、視感評価においても染色布帛Aと比較して色相が異なっており、実用上満足できるものではなかった。