(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-10
(45)【発行日】2023-05-18
(54)【発明の名称】視覚認知機能評価システム
(51)【国際特許分類】
A61B 3/024 20060101AFI20230511BHJP
A61B 3/08 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
A61B3/024
A61B3/08
(21)【出願番号】P 2019062059
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2022-03-23
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第18回日本生活支援工学会大会 日本機械学会 福祉工学シンポジウム2018 第34回ライフサポート学会大会 平成30年9月6日 LIFE2018実行委員会、LIFE2018 講演論文集、平成30年9月6日 シーズ・ニーズマッチング交流会2018 平成31年1月9日~平成31年1月10日 平成31年2月13日~平成31年2月14日 第28回ライフサポート学会 フロンティア講演会 平成31年3月15日~平成31年3月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114524
【氏名又は名称】榎本 英俊
(72)【発明者】
【氏名】岩田 浩康
(72)【発明者】
【氏名】加藤 遼一
(72)【発明者】
【氏名】安田 和弘
【審査官】増渕 俊仁
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-79050(JP,A)
【文献】特開2011-212430(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0004412(US,A1)
【文献】藤村 誠 Makoto FUJIMURA,半側空間無視症状の評価支援システムの一検討 Study of Assessment Support System of Unilateral Spatial Neglect,電子情報通信学会技術研究報告 Vol.117 No.251 IEICE Technical Report,日本,一般社団法人電子情報通信学会 The Institute of Electronics,Information and Communication Engineers,第117巻
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00-3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
視空間認知障害を有する被検者が視空間内の物体を認知できない無視領域と、前記被検者が前記物体を認知可能な認知領域とを3次元的に把握し、前記被検者の無視症状を評価するための視覚認知機能評価システムであって、
前記被検者が立体視可能となるように、所定のオブジェクトを含む3次元のテスト画像を表示する表示装置と、当該表示装置に繋がって所定の処理を行う処理装置と、前記被検者による前記オブジェクトの認知可否に関する回答を前記処理装置に入力する入力装置とを備え、
前記処理装置は、前記表示装置での前記テスト画像の表示状態を制御する表示制御手段と、前記回答に基づき、前記被検者の目前の3次元空間内での前記無視領域を特定する無視領域特定手段とを備え、
前記表示制御手段では、前記被検者の立体視における前記オブジェクトの表示点の3次元位置が経時的に異なるように前記オブジェクトを前記表示装置に表示させ、
前記無視領域特定手段では、前記オブジェクトが認知不能と回答されたときの前記表示点の位置と、その隣で前記オブジェクトを認知可能と回答されたときの前記表示点の位置とに基づいて、前記認知領域と前記無視領域の境界部分の3次元位置情報を求めることを特徴とする視覚認知機能評価システム。
【請求項2】
前記表示制御手段では、前記被検者の目前の高さと前記被検者からの離間距離が同一の範囲において、前記認知不能との回答が得られるまで、前記オブジェクトを前記被検者の目前中央位置から側方位置に向かって次第に移動させることを特徴とする請求項1記載の視覚認知機能評価システム。
【請求項3】
前記表示制御手段では、前記高さと前記離間距離が同一の範囲において、最初に前記中央位置の前記表示点に前記オブジェクトを表示させ、その際に前記認知不能と回答された場合に、前記認知可能との回答が得られるまで、前記オブジェクトを前記被検者の右方に移動させることを特徴とする請求項2記載の視覚認知機能評価システム。
【請求項4】
前記表示制御手段では、前記高さと前記離間距離の異なる前記表示点で前記オブジェクトをランダムに表示させることを特徴とする請求項2記載の視覚認知機能評価システム。
【請求項5】
前記無視領域特定手段では、前記被検者の目前の高さと前記被検者からの離間距離が同一の範囲において、前記認知不能と回答された前記表示点の位置と、その隣で前記認知可能と回答された前記表示点の位置との間を前記無視領域の境界点とすることを特徴とする請求項1記載の視覚認知機能評価システム。
【請求項6】
前記無視領域から、前記視空間内における認知状態を定量評価するための指標値を算出する無視症状評価手段を更に備え、
前記無視症状評価手段では、前記指標値として、前記視空間内に存在する物体を認知可能な角度範囲を表す認知角、予め設定された健常者の前記認知角から前記被検者の認知角を減算した無視角度、前記視空間内の所定平面における前記無視領域の面積、及び/又は、前記無視領域の体積が求められることを特徴とする請求項1記載の視覚認知機能評価システム。
【請求項7】
前記無視領域から、前記視空間における認知状態を定量評価するための指標値を算出する無視症状評価手段を更に備え、
前記無視症状評価手段では、前記指標値として、前記被検者の認知機能に関する指標となる認知比と、前記被検者の運動機能に関する指標となる探索比とが求められ、
前記認知比は、前記被検者の頭部を固定した頭部固定時において、前記視空間内に存在する物体を認知可能な角度範囲を表す認知角についての前記健常者に対する前記被検者の比であり、
前記探索比は、前記被検者の頭部を動作可能な頭部非固定時において、前記頭部固定時の前記認知角から、前記健常者と同等の認知範囲を確保するために前記被検者に要求される回旋角度となる要求探索角と、前記頭部固定時と前記頭部非固定時におけるそれぞれの前記認知角の角度差となる運動認知角との比であることを特徴とする請求項1記載の視覚認知機能評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、視覚認知機能評価システムに係り、更に詳しくは、半側空間無視患者等の視空間認知障害を有する被検者が目前に存在する物体を認知できない無視領域について、3次元の立体空間での定量的な評価を可能にする視覚認知機能評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
脳血管障害に起因する高次脳機能障害の一つとして、脳の病巣の反対側に存在する刺激を無視する半側空間無視と呼ばれる視空間認知障害がある。例えば、右脳損傷による半側空間無視の患者は、自身の視空間のうち左側の空間に存在する対象を無視してしまい、ドアを通り抜けるときにドアの左側にぶつかり、印刷物の左側を読むことができず、食事のときに左側のおかずに気が付かない等の支障が生じる。この半側空間無視の症状としては、患者の近傍における近位空間での無視(近位空間無視)と、同遠方における遠位空間での無視(遠位空間無視)と、これら各空間双方における無視とが存在すると言われている。
【0003】
半側空間無視患者に対しては、視野を拡張させるための様々なリハビリテーションがなされることになるが、当該リハビリテーションにおいては、各患者の無視状態を把握する必要がある。そのため、従来から、半側空間無視の状態把握のための検査として、行動性無視検査(BIT)と呼ばれる検査が採用されている。BITでは、様々な線図が描かれたテスト用紙を被検者の目前に置き、被検者が視覚を通じて認知できる部分を回答して貰うことで、被検者における半側空間無視の状態が評価される。しかしながら、BITは、紙面を用いた机上テストであり、被検者との間の一定距離における平面的且つ限定的な近位空間無視の評価しかできず、遠位空間を含めた立体空間全体における無視評価を行うことができない。従って、BITによる検査では、被検者の目前の視空間において認知不能となる無視領域が、どの範囲で生じているのかが不明瞭となる。このため、患者に対するリハビリテーションを感覚的に行わざるを得ず、無視領域を減少させるためのリハビリテーションを効果的に行うことができない。また、神経心理学等の医学的知見によれば、近位空間と遠位空間では脳中枢の責任領域が異なることから、近位空間と遠位空間それぞれに特化した無視評価が必要になる。
【0004】
ところで、特許文献1には、半側空間無視等の視空間認知障害の程度や内容を検査する視覚認知検査システムが開示されている。このシステムでは、被検者に立体像を提示し、当該立体像の位置を入力することで、健常者による結果と対比し、被検者の障害の程度が検出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1のシステムでは、被検者が立体像の存在を認知することが前提であって、当該認知時における立体像と被検者の両眼の中心との距離を求め、当該距離に応じて患者の障害の程度を判定するものであり、無視領域を立体的に特定するものではない。従って、前記特許文献1のシステムにおいても、被検者の視空間において、無視領域がどの程度の空間範囲に存在しているか等の空間無視状況について具体的に把握することができず、当該状況把握に応じた効果的なリハビリテーションを行うことができない。
【0007】
本発明は、このような不都合に着目して案出されたものであり、その目的は、被検者の視空間内における無視領域を3次元的に定量把握することができる視覚認知機能評価システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するため、本発明は、主として、視空間認知障害を有する被検者が視空間内の物体を認知できない無視領域と、前記被検者が前記物体を認知可能な認知領域とを3次元的に把握し、前記被検者の無視症状を評価するための視覚認知機能評価システムであって、前記被検者が立体視可能となるように、所定のオブジェクトを含む3次元のテスト画像を表示する表示装置と、当該表示装置に繋がって所定の処理を行う処理装置と、前記被検者による前記オブジェクトの認知可否に関する回答を前記処理装置に入力する入力装置とを備え、前記処理装置は、前記表示装置での前記テスト画像の表示状態を制御する表示制御手段と、前記回答に基づき、前記被検者の目前の3次元空間内での前記無視領域を特定する無視領域特定手段とを備え、前記表示制御手段では、前記被検者の立体視における前記オブジェクトの表示点の3次元位置が経時的に異なるように前記オブジェクトを前記表示装置に表示させ、前記無視領域特定手段では、前記オブジェクトが認知不能と回答されたときの前記表示点の位置と、その隣で前記オブジェクトを認知可能と回答されたときの前記表示点の位置とに基づいて、前記認知領域と前記無視領域の境界部分の3次元位置情報を求める、という構成を採っている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、無視領域特定手段により、認知領域と無視領域の境界部分の3次元位置が特定されるため、被検者の視空間内における無視領域の存在を3次元的に定量把握することができる。従って、近位空間無視や遠位空間無視等に対応したリハビリテーションのように、視空間内における無視空間の存在状況によって異なるリハビリテーションを効果的に被検者に施すことが可能となる。また、無視領域の範囲の3次元位置をデータ化することができ、リハビリテーション前後での無視領域の存在状況を対比することで、リハビリテーション後の治療効果を定量的に把握可能となる。更に、無視領域を3次元的にビジュアル化することが可能となり、被検者である患者やリハビリテーションを担当する療法士等に、患者の無視空間を分かり易く提示することが可能となる。更に、無視領域の位置情報が自動的に特定されるため、他の治療支援システムへのデータの受け渡しも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態に係る視覚認知機能評価システムの構成を表すブロック図である。
【
図2】(A)~(C)は、オブジェクトの経時的な表示変化を説明するためのテスト画像を表す図である。
【
図3】(A)は、空間座標を表す概念図であり、(B)は、(A)と別の角度から見た空間座標を表す概念図である。
【
図5】(A)は、平面座標の左側領域での無視領域の境界点の設定を説明するための図であり、(B)は、平面座標の右側領域での無視領域の境界点の設定を説明するための図である。
【
図6】(A)~(C)は、同一の被検者に対する3箇所の平面座標での無視領域の表示例を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0012】
図1には、本実施形態に係る視覚認知機能評価システムの構成を表すブロック図が示されている。この図において、前記視覚認知機能評価システム10は、被検者の視空間認知障害の状態を定量的に評価するためのシステムであって、本実施形態では、半側空間無視症状を有する患者に対して、視空間内で物体を認知できる認知領域と認知できない無視領域とを3次元的に把握可能にするシステムとなっている。
【0013】
この視覚認知機能評価システム10は、被検者となる患者若しくは当該患者に付き添う療法士等の入力者が各種情報をシステム内に入力するための入力装置11と、所定のオブジェクトを含む3次元のテスト画像を被検者に立体的に提示可能な表示装置12と、表示装置12に繋がって所定の処理を行う処理装置13とを備えている。
【0014】
前記入力装置11には、表示装置12から被検者に提示されるテスト画像内のオブジェクトについて、被検者が視覚を通じて認知できたか否かの回答を含む各種情報が入力され、当該入力された情報は、処理装置13に送信されるようになっている。なお、入力装置11としては、各種情報の入力及び送信が可能である限りにおいて、ボタン、ペダル、キーボード、タッチパネル、マウス等、入力者の身体操作により情報を入力可能な各種入力機器や、被検者等の視線の動きをカメラで追跡し当該動きに応じて情報を入力する視線入力装置等を含む種々の入力デバイスの採用が可能である。ここで、視線入力装置を用いた場合には、入力者の手動による情報入力が不要となり、システムを起動するだけで認知領域の検出が可能となる。
【0015】
前記表示装置12は、被検者の頭部に装着されるヘッドマウントディスプレイからなり、処理装置13から送られるテスト画像を被検者の目前で立体視可能に提示する公知の構造のものが用いられる。なお、表示装置12としては、テスト画像を被検者に3次元的に提示できる限りにおいて、他の機器類を採用することもできる。
【0016】
前記処理装置13は、CPU等の演算処理装置及びメモリやハードディスク等の記憶装置等からなるコンピュータからなり、当該コンピュータを以下の各手段として機能させるためのプログラムがインストールされている。
【0017】
この処理装置13は、予め記憶されたテスト画像を表示装置12に送信し、且つ、表示装置12でのテスト画像の表示状態を制御する表示制御手段15と、入力装置11で入力された回答に基づいて、被検者の目前における3次元空間内で被検者が物体を認知できない無視領域を特定する無視領域特定手段16と、無視領域特定手段16で特定された無視領域から被検者の無視症状を評価する無視症状評価手段17と、無視領域特定手段16及び無視症状評価手段17で得られたデータを外部の装置、機器及び/又はシステムに出力する出力手段18と、を含んで構成されている。
【0018】
前記表示制御手段15では、予め設定された没入型の3次元の仮想現実空間(以下、「VR空間」と称する)を一人称視点から被検者が視認可能となるように、
図2に例示されるようなテスト画像20が表示装置12に送信される。このテスト画像20は、特に限定するものではないが、所定の背景画像21と、当該背景画像21に重畳され、背景画像21内を移動する球状のオブジェクト22とからなる。
【0019】
前記オブジェクト22は、同図(A)~(C)に示されるように、表示装置12を通じて被検者が立体視するときの3次元位置が、背景画像21に対して経時的にランダムに変化するように被検者に提示される。また、このオブジェクト22は、後述する提示ルールに基づいて、VR空間内で予め設定された複数の表示点のうちの何れか1箇所の位置でランダムに表示され、当該位置に表示されたオブジェクト22に対する認知可否の回答がなされた後で、他の異なる位置の表示点で表示されるようになっている。なお、オブジェクト22は、被検者の正確な無視領域評価を行う上で阻害要因となる視覚誘導を起こさないように、出現順序をランダムとしている。
【0020】
本実施形態においては、VR空間内に設定された3次元の空間座標S(
図3参照)内に予め設定された表示点の何れかでオブジェクト22が表示される。ここでの空間座標Sは、被検者が表示装置12を装着した際に、その体幹中心における眼球位置を原点Oとする座標系であり、当該原点OからVR空間内の奥行方向に向かって異なる傾斜角度で配置された平面座標Fからなる。この平面座標Fは、特に限定されるものではないが、被検者の目線高さを基準にして、-4度、0度、4度の傾斜角をなす3段階の高さに設定される。
【0021】
前記各平面座標Fは、
図4に示されるように、原点Oからの離間距離と、原点Oを中心とした回転角度とを成分とする極座標系からなる。ここで、表示点Pは、同図において、所定の回転角度毎に原点Oから奥行方向に放射状に延びる複数の角度直線Lと、相互に異なる所定離間距離毎に、当該離間距離を半径として原点O回りに同心円状に配置された距離円Cとの交点に設定される。角度直線Lは、身体の中央から真正面に向かってに延びる正中位線L
0を挟んで左右両側の領域に所定の回転角度(偏角)毎に左右対称に配置されている。図示例では、角度直線Lが、間隔18度毎に1本ずつ、プラスマイナス90度の偏角まで設けられている。また、距離円Cは、一定間隔毎に1本ずつ設けられており、距離(半径)の異なる7種類が設定されている。つまり、表示点Pは、一定間隔となる原点Oからの複数の離間距離において、一定間隔の複数の偏角毎にそれぞれ1箇所設定される。
【0022】
なお、前記空間座標Sとしては、前述の構成に限定されるものではなく、平面座標Fの構成や配置態様を変え、或いは、球面の極座標等、他の構成の座標系を採用することもできる。
【0023】
そこで、前記オブジェクト22は、VR空間内における所定の1箇所の表示点Pに表示される。そして、当該表示点P上のオブジェクト22を被検者が認知したか否かが入力装置11に入力され、その後、他の位置における1箇所の表示点Pにオブジェクト22に表示される。オブジェクト22の表示順は、各平面座標F上における表示点P間において、次の提示ルールに従う限りその他はランダムとされ、各平面座標Fについて、原点Oからの全ての離間距離毎に、被検者の身体中央から横方向にどこまでの角度範囲で被検者がオブジェクト22を認知可能かが検出されるまでオブジェクト22の表示が継続される。
【0024】
前記提示ルールとしては、例えば、先ず、最初に、各平面座標Fにおける正中位線L0における何れかの表示点Pにおいて、オブジェクト22がランダムに表示される。そして、各平面座標F内での正中位線L0上の各表示点Pそれぞれについて、入力装置11を通じて認知可能と回答された場合に、次のようにオブジェクト22を移動表示させる。つまり、平面座標F内での同一の離間距離において、被検者の左側となる左隣に存在する表示点Pにオブジェクト22を表示させる。この場合の当該同一の離間距離におけるオブジェクト22の表示は、認知不能と回答されるまで左側に1箇所ずつ表示点Pをシフトしながら行われる。
【0025】
一方、各平面座標F内での正中位線L0上の各表示点Pそれぞれについて、最初に認知不能と回答された場合には、平面座標F内での同一の離間距離において、被検者の右側となる右隣に存在する表示点Pにオブジェクト22を表示させる。この場合の当該同一の離間距離におけるオブジェクト22の表示は、認知可能と回答されるまで右側に1箇所ずつ表示点Pをシフトしながら行われる。
【0026】
以上の提示ルールは、半側空間無視の性質上、身体中心線を基準に左側の空間を無視することが多いため、オブジェクト22の初期出現位置を偏角0度とし、各離間距離における回答に応じて次の出現位置を無視側(左側)、或いは、非無視側(右側)に移動するアルゴリズムとなっている。これにより、体力が著しく低下している脳卒中患者等の被検者についても、無視領域を効率良く特定することができ、当該特定のための前述の測定時間の短縮化を図ることができる。
【0027】
前記無視領域特定手段16では、平面座標F毎に特定される各高さhと、各平面座標Fそれぞれの各離間距離rにおいて、オブジェクト22が最後に表示された表示点Pの3次元位置情報から、認知領域と無視領域の境界部分の3次元位置情報を求めるようになっている。すなわち、
図5に示されるように、同一の平面座標Fにおいて、オブジェクト22が最後に表示された表示点Pと、同一の離間距離rにおけるその前に表示された隣の表示点Pとの中間の角度に存在する点が、当該離間距離rにおける認知可否の境界点B
Pとされる。つまり、
図5(A)に示されるように、平面座標Fの左側領域の境界点B
Pは、同一の離間距離rにおいて、最初に認知不能と回答された表示点P(同図中黒丸)と、その前にその隣で認知可能と回答された表示点P(同図中白丸)との間の位置に決定される。一方、同図(B)に示されるように、平面座標Fの右側領域の境界点B
Pは、同一の離間距離rにおいて、最初に認知可能と回答された表示点P(同図中白丸)と、その前にその隣で認知不能と回答された表示点P(同図中黒丸)との間の位置に決定される。
【0028】
この境界点B
Pは、VR空間内の各高さh、各離間距離rにおいて、それぞれ1箇所ずつ特定され、各平面座標Fにおいて、
図5中上下に隣り合う各境界点B
Pを結んだ点が認知領域と無視領域の境界線B
Lとなる。更に、各平面座標Fで特定された境界線B
Lを含む面が、認知領域となる認知空間と無視領域となる無視空間の境界面とされる。この結果、3次元空間内における無視領域の位置範囲が特定され、当該位置範囲に基づく各種データが出力手段18から出力可能となる。この出力データに基づいて、例えば、図示しないリハビリテーション機器やシステム等に、無視空間の位置データの提供等が可能になる。また、
図6(A)~(C)に示されるように、他の表示装置を利用し、同一被検者における3箇所の座標平面F毎の無視領域(同図中黒塗部分)のグラフィック表示や、
図3に示されるように、無視空間(同図中濃色部分)について、プロジェクションマッピング等による表示が可能になる。
【0029】
前記無視症状評価手段17では、無視領域特定手段16で特定された無視領域内の位置データにより、被検者の視空間における認知状態を定量評価するための指標値を算出するようになっている。
【0030】
前記指標値としては、特に限定されるものではないが、人間の視覚が作用する視空間内に存在する物体を認知可能な角度範囲を表す認知角、予め設定された健常者の認知角から被検者の認知角を減算した無視角度、各平面座標Fにおける無視領域の面積、及び/又は、各平面座標Fにおける無視領域を含む無視空間の体積等が挙げられる。
【0031】
前記認知角や前記無視角度は、各平面座標Fの各境界点B
Pそれぞれについて求められる。また、健常者の認知角(視野角)は、120度として予め記憶されている。ここで、認知角は、前述した半側空間無視の性質上、被検者の左側空間の認知度が低下することから、右側空間からの認知範囲を表すように次のように定義される。すなわち、
図7に示されるように、認知角θは、平面座標F内での健常者の認知範囲(同図中網掛部分)における右側の境界線、すなわち、健常者の認知角を120度としたときに平面座標Fにおける横軸から30度回転した直線と、原点Oと境界点B
Pを結ぶ直線との間でなす角度とされる。
【0032】
また、前記指標値としては、健常者と対比した被検者の認知機能に関する指標となる認知比と、健常者と対比した被検者の運動機能に関する指標となる探索比とが、各平面座標Fにおける境界点BP毎に求められる。
【0033】
前記認知比は、被検者の頭部を固定した条件で前述の手順による境界点BPの測定を行った頭部固定時において、各オブジェクト22の認知可否の回答結果により求められた各境界点BPの座標から算出される値であり、健常者の認知角(120度)に対する被検者の認知角θの比となる。
【0034】
前記探索比は、被検者の頭部を動作可能とする条件で前述の手順による境界点BPの測定を行った頭部非固定時において、各オブジェクト22の認知可否の回答結果によって求められた各境界点BPの座標をも用いて算出される値である。この探索比は、後述するように、認知の程度に応じて被検者に要求される探索運動能力を表す要求探索性に対応した要求探索角と、被検者の実際の探索運動能力を表す探索性に対応した運動認知角との比となる。
【0035】
ここで、前記要求探索角は、健常者と同等の認知範囲を確保するように、すなわち、頭部の正面側から左右両側までの180度の角度範囲内での空間認知を可能にするために、頭部固定時に認知角θとなる被検者の認知機能下において、回旋運動に係る回旋角度が何度必要かを表す。例えば、健常者が必要となる回旋角度は、前述したように認知角が120度とされることから、左右各30度となる。従って、頭部固定時における高さh、離間距離rにおける認知角をθhrとしたときに、要求探索角g(θhr)は、次式で表される。
g(θhr)=150-θhr
【0036】
また、運動認知角は、前述の頭部固定時と頭部非固定時において、各高さh及び各離間距離rでそれぞれ求められた各認知角の角度差φhrであり、高さh、離間距離rにおける探索比は、φhr/g(θhr)で求められる。
【0037】
このように、認知比及び探索比を求めることにより、患者の認知機能と運動機能のどちらに欠陥があるのかを容易に推定することが可能となる。すなわち、患者の認知機能の程度により、当該患者に必要となる運動機能が異なり、必要となる要求探索角が異なる。このため、単純な患者の動きの検証のみでは、認知領域をどれだけカバーできているかが不明であるが、認知比及び探索比を使って評価することにより、認知機能と運動機能のどちらを強化すれば良いかが明確になり、当該強化ポイントに特化した効果的なリハビリテーションが可能となる。
【0038】
なお、認知比及び探索比については、各高さh及び/又は離間距離r毎に、それらの値を乗じ、或いは、全ての値を乗じること等によって、認知比及び探索比を総合した指標値を算出する等、無視評価全般に関するスコアリングも可能となる。
【0039】
また、前記実施形態では、視覚認知機能評価システム10を半側空間無視患者の視覚認知評価用として用いたが、本発明はこれに限らず、他の同様の認知障害を有する患者に対する視覚認知評価に用いることも可能である。
【0040】
その他、本発明における装置各部の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0041】
10 視覚認知機能評価システム
11 入力装置
12 表示装置
13 処理装置
15 表示制御手段
16 無視領域特定手段
17 無視症状評価手段
20 テスト画像
22 オブジェクト
P 表示点
Bp 境界点