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  • 特許-耐摩耗厚鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】耐摩耗厚鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230512BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230512BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20230512BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C38/58
C21D8/02 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019024487
(22)【出願日】2019-02-14
(65)【公開番号】P2020132913
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-10-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉村 仁秀
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 政昭
(72)【発明者】
【氏名】星野 学
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-508184(JP,A)
【文献】特開2018-162477(JP,A)
【文献】特表2015-503023(JP,A)
【文献】特表2019-527771(JP,A)
【文献】国際公開第2015/182596(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼組成が質量%で、
C:0.050~0.200%、
Mn:7.0~13.0%、
Si:1.00%以下、
P:0.0200%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0080%以下を含有し、
さらに、
Cu:0~2.0%、
Ni:0~1.0%、
Cr:0~1.0%、
Mo:0~3.00%、
W:0~3.00%、
Nb:0~0.100%、
V:0~0.100%、
Ti:0~0.100%
B:0~0.0040%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.1000%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
面積%で、α’マルテンサイトを50面積%~97面積%含み、εマルテンサイトおよびオーステナイトの少なくとも一方を含むとともに、これらの和の面積率が3%~50%であり、残部がパーライト及びフェライトからなるとともに、これらの和の面積率が10%以下であり、かつ、前記α’マルテンサイトの面積率が最大であり、前記α’マルテンサイトの旧オーステナイトのアスペクト比が3以上である金属組織を有する耐摩耗厚鋼板。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Cu:0.05~2.0%、
Cr:0.05~1.0%
の1種または2種を含有する請求項1に記載の耐摩耗厚鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Ni:0.05~1.0%、
Mo:0.05~3.00%、
W:0.05~3.00%、
Nb:0.005~0.100%、
V:0.005~0.100%、
Ti:0.005~0.100%
B:0.0003~0.0040%
の1種または2種以上を含有する請求項1または2に記載の耐摩耗厚鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%で、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
REM:0.0005~0.1000%
の1種または2種以上を含有する請求項1~3のいずれか1項に記載の耐摩耗厚鋼板
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗厚鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板の耐摩耗性を向上させるためには、鋼板の硬さを高くすることが有効である。従来の耐摩耗性を付与した厚鋼板は、炭素を含有する鋼を焼入れし、金属組織をマルテンサイトにすることで硬さを確保している。しかし、一般にマルテンサイトは、大変に硬いため、マルテンサイトを主体組織とする鋼は曲げ加工性や靭性が劣る。
【0003】
耐摩耗鋼板の曲げ加工性を向上させる方法として、特許文献1では、表面から板厚方向に1mmの位置での金属組織を、ベイナイトと島状マルテンサイト、あるいはさらにマルテンサイトからなる混合組織とする耐摩耗鋼板が提案されている。特許文献1では、熱間圧延を施した後、鋼板表面における平均冷却速度を制御して、表面から板厚方向に1mmの位置での硬さを調整している。
【0004】
また、特許文献2では、質量%で、0.60%以上のC(炭素)を含有し、表面硬さをブリネル硬さで360HBW/3000以下とし、金属組織をパーライトの単相組織とした耐摩耗鋼板が提案されている。特許文献2では、熱間圧延、800℃から500℃までの温度域を、0.5℃/s以下の平均冷却速度で冷却し、パーライトの単相組織としている。
【0005】
一方、耐摩耗性と延性、靭性が良好な材料としては、ハッドフィールド鋼が知られている。ハッドフィールド鋼は、質量%で、0.9~1.4%の炭素と10~15%のマンガンを含有する、金属組織がオーステナイト単相の鋼である。ハッドフィールド鋼は、変形中に加工誘起マルテンサイト変態が生じて、激しい衝撃を受けた表面の硬さのみが高くなり、耐摩耗性が向上する。ハッドフィールド鋼は、衝撃を受けていない中心部などでは、オーステナイトを維持するため延性や靭性に優れるものの、一般的な耐摩耗鋼や構造用鋼として適用するには限界がある。また、ハッドフィールド鋼は、加工硬化が大きいため、機械加工性が極めて悪く、鋳物として製造され生産性が低い。
【0006】
これに対し、特許文献3では、質量%で、Mn:5~15%を含み、C量およびMn量が、16≦33.5C+Mn≦30を満足し、主体組織をマルテンサイトとし、オーステナイトを含む耐摩耗鋼が提案されている。特許文献4は、偏析を利用して、合金元素が濃縮した偏析帯にオーステナイトを形成させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-79477号公報
【文献】特開2016-79478号公報
【文献】特表2016-508184号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2では、表層の硬さの低下、すなわち耐摩耗性を劣化させて曲げ加工性を向上させているため、耐摩耗性と曲げ加工性を両立しているとは言い難い。また、特許文献3では、マルテンサイトの粒界脆化を引き起こすMnを含有しており、靭性や曲げ性の劣化が懸念される。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑み、熱間圧延を行って製造する曲げ加工性に優れた高靱性耐摩耗厚鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
Mnを含有する鋼の耐摩耗性と曲げ加工性との両方を確保するには、α’マルテンサイトを主組織とし、第二相として、オーステナイトやεマルテンサイトを確保し、加工誘起変態を利用することが必要である。低コストでこれを実現するにはMnの含有量を適正に制御する必要がある。一方、Mnの過剰な含有は、マルテンサイトの粒界脆化を引き起こすため、靭性や曲げ性を大幅に劣化させる。
【0011】
本発明者らは、上記の観点で耐摩耗性を担保しつつ、曲げ加工性と靭性とを向上させるために鋭意研究を重ねた結果、Mnを7.0~13.0%含有する鋼に制御圧延を施し、旧オーステナイトが扁平した形状を呈する金属組織とすることにより、粒界脆化を抑止できるという知見を得た。そして、第二相のオーステナイトやεマルテンサイトの加工誘起変態を積極的に発現させることにより、従来よりも優れた曲げ加工性を有する低温用耐摩耗厚鋼板が得られることを見出した。ここで、α’マルテンサイトは体心立方構造(bcc構造)、εマルテンサイトは稠密六方構造(hcp構造)である。
【0012】
本発明は、以上に示した知見に基づき、更に検討を加えてなされたものであって、以下の耐摩耗厚鋼板を提供するものである。
【0013】
(1)
鋼組成が質量%で、
C:0.050~0.200%、
Mn:7.0~13.0%、
Si:1.00%以下、
P:0.0200%以下、
S:0.0050%以下、
Al:0.100%以下、
N:0.0080%以下を含有し、
さらに、
Cu:0~2.0%、
Ni:0~1.0%、
Cr:0~1.0%、
Mo:0~3.00%、
W:0~3.00%、
Nb:0~0.100%、
V:0~0.100%、
Ti:0~0.100%
B:0~0.0040%、
Ca:0~0.0050%、
Mg:0~0.0050%、
REM:0~0.1000%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
面積%で、α’マルテンサイトを50%~97%含み、εマルテンサイトおよびオーステナイトの少なくとも一方を含むとともに、これらの和の面積率が3%~50%であり、残部がパーライト及びフェライトからなるとともに、これらの和の面積率が10%以下であり、かつ、前記α’マルテンサイトの面積率が最大であり、前記α’マルテンサイトの旧オーステナイトのアスペクト比が3以上である金属組織を有する耐摩耗厚鋼板。
【0014】
(2)
さらに、質量%で、
Cu:0.05~2.0%、
Cr:0.05~1.0%
の1種または2種を含有する上記(1)に記載の耐摩耗厚鋼板。
【0015】
(3)
さらに、質量%で、
Ni:0.05~1.0%、
Mo:0.05~3.00%、
W:0.05~3.00%、
Nb:0.005~0.100%、
V:0.005~0.100%、
Ti:0.005~0.100%、
B:0.0003~0.0040%
の1種または2種以上を含有する上記(1)または(2)に記載の耐摩耗厚鋼板。
【0016】
(4)
さらに、質量%で、
Ca:0.0005~0.0050%、
Mg:0.0005~0.0050%、
REM:0.0005~0.1000%
の1種または2種以上を含有する上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の耐摩耗厚鋼板。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、表面ブリネル硬さが360以上であり、表面ブリネル硬さが360以上であり、曲げ加工性に優れた高靱性の耐摩耗厚鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】Tr~Ar3での圧下量が40%未満と40%以上のブリネル硬さと限界曲げ半径との関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の耐摩耗厚鋼板の実施の形態について、詳細に説明する。
【0021】
なお、本実施形態において「厚鋼板」とは、板厚が3mm以上であって、熱間圧延によって製造された圧延鋼板のことである。まず、本実施形態の耐摩耗厚鋼板に含まれる各成分の限定理由について説明する。なお、本明細書において、元素の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り、「質量%」を意味するものである。
【0022】
[C:0.050~0.200%]
Cは、α’マルテンサイトの硬さを増加させ、耐摩耗性を向上させるために含有する。十分な耐摩耗性を得るためには、Cは、0.050%以上の含有が必要である。C量は、好ましくは0.060%以上であり、より好ましくは0.070%以上である。一方、C量が0.200%を超えると過剰に硬くなるため、靭性や曲げ加工性が劣化する。よって、C量を0.200%以下とする。C量は、好ましくは0.190%以下であり、より好ましくは0.180%以下である。
【0023】
[Mn:7.0~13.0%]
Mnは、オーステナイトやεマルテンサイトを確保し、靭性や曲げ加工性を向上させるために含有する。十分な靭性や曲げ加工性を得るには、Mnは、7.0%以上の含有が必要である。また、Mn量が7.0%未満では、εマルテンサイトが析出しない。Mn量は、好ましくは7.5%以上であり、より好ましくは8.0%以上である。一方、Mn量が13.0%を超えると、オーステナイトやεマルテンサイトが過剰量となり硬さが低下する。よって、Mn量を13.0%以下とする。Mn量は、好ましくは12.0%以下であり、より好ましくは11.5%以下であり、さらに好ましくは11.0%以下である。
【0024】
[Si:0~1.00%]
Siは、通常、脱酸のために含有される。本実施形態の高靭性耐摩耗厚鋼板では、Mnを多量に含有し、Mnの脱酸効果があるため、Siは必ずしも必要ではなく、下限は0%でもよい。Siを脱酸に使用する場合、十分な効果を得るためには0.01%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.02%以上とする。また、Siは、α’マルテンサイトの粒界脆化を助長する元素であり、Si量が1.00%を超えると靭性や曲げ加工性を劣化させる。よって、Si量を1.00%以下とする。Si量の好ましい範囲は0.80%以下であり、より好ましい範囲は0.60%以下である。
【0025】
[P:0.0200%以下]
Pは、一般に不純物として含有され、靭性や曲げ加工性を低下させる。特に、P量が0.0200%を超えると顕著に靭性や曲げ加工性が劣化するため、P量を0.0200%以下とする。P量の好ましい範囲は0.0180%以下であり、より好ましい範囲は0.0160%以下である。P量は、できる限り低減することが望ましく、下限は0%でもよいが、過度なP量の低減は精錬コストの高騰を招くため、P量を0.0001%以上とすることができる。
【0026】
[S:0.0050%以下]
Sは、不純物であり、鋼中では硫化物として存在し、靭性や曲げ加工性を劣化させる。特に、S量が0.0050%を超えると顕著に靭性や曲げ加工性が劣化するため、S量を0.0050%以下とする。S量の好ましい範囲は0.0045%以下であり、より好ましい範囲は0.0040%以下である。S量は、できる限り低減することが望ましく、下限は0%でもよい。過度なS量の低減は精錬コストの高騰を招くため、S量を0.0001%以上とすることができる。
【0027】
[Al:0~0.100%]
Alは、通常、脱酸のために含有される。本実施形態の高靭性耐摩耗厚鋼板では、Mnを多量に含有し、Mnの脱酸効果があるため、Alは必ずしも必要ではなく、下限は0%でもよい。脱酸の効果を得るために、Al量は0.005%以上が好ましく、より好ましくは0.010%以上、さらに好ましくは0.020%以上とする。Al量が0.100%を超えると、粗大なAlの介在物として析出し、靭性や曲げ加工性を低下させる。よって、Al量を0.100%以下とする。Al量の好ましい範囲は0.095%以下であり、より好ましい範囲は0.090%以下である。
【0028】
[N:0.0080%以下]
Nは、不純物であり、靭性を劣化させる。特に、N量が0.0080%を超えると顕著に靭性が劣化する。よって、N量を0.0080%以下とする。N量の好ましい範囲は0.0070%以下であり、より好ましい範囲は0.0060%以下である。N量の下限は0%でもよいが、過度なN量の低減は精錬コストの高騰を招くため、N量を0.0001%以上とすることができる。N量は0.0010%以上であってもよく、0.0020%以上であってもよい。
【0029】
以上が、本実施形態の高靭性耐摩耗厚鋼板の基本となる化学組成であり、残部は鉄(Fe)、及び、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる不純物である。本実施形態では、さらに、次のような元素を必要に応じて含有させることができる。
【0030】
Cu、Crは、目的に応じて、これらの1種または2種が含有されていてもよい。なお、これらの元素は必ずしも必須ではないことから、含有量の下限を0%とする。
【0031】
[Cu:2.0%以下]
Cuは、α’マルテンサイトの硬さを向上させるために含有してもよい。Cuは、微量でも効果があるため、特定の下限値は規定しない。Cu量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。ただし、Cu量が2.0%を超えると、粗大なCuの析出物として靭性や曲げ加工性を低下させる。よって、Cu量を2.0%以下とする。Cu量の好ましい範囲は1.9%以下であり、より好ましい範囲は1.8%以下である。
【0032】
[Cr:1.0%以下]
Crは、α’マルテンサイトの硬さを向上させるために含有してもよい。Crは、微量でも効果があるため、特定の下限値は規定しない。Cr量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。ただし、Cr量が1.0%を超えると、粗大なCr炭化物が析出し靭性や曲げ加工性を低下させる。よって、Cr量を1.0%以下とする。Cr量の好ましい範囲は0.9%以下であり、より好ましい範囲は0.8%以下である。
【0033】
Ni、Mo、W、Nb、V、Ti、Bは、目的に応じて、これらの1種または2種以上が含有されていてもよい。なお、これらの元素は必ずしも必須ではないことから、含有量の下限を0%とする。
【0034】
[Ni:1.0%以下]
Niは、α’マルテンサイトの靭性を向上させるために含有してもよい。Niは、微量でも効果があるため、特定の下限値は規定しない。Ni量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。ただし、Niは高価な元素であり、Ni量が1.0%を超えると合金コストが高騰する。よって、Ni量を1.0%以下とする。Ni量の好ましい範囲は0.9%以下であり、より好ましい範囲は0.8%以下である。
【0035】
[Mo:3.00%以下、W:3.00%以下]
Mo、Wは、α’マルテンサイトの粒界脆化を抑制し靭性や曲げ加工性を向上させるために含有してもよい。靭性や曲げ加工性を向上させるためには、Mo、Wのそれぞれの量は、0.05%以上であり、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.15%以上である。一方、Mo、Wのいずれかの量が3.00%を超えると、粗大な炭化物として析出し、破壊の起点として靭性や曲げ加工性を劣化させる。よって、Mo、Wのそれぞれの量を3.00%以下とする。Mo、Wのそれぞれの量は、好ましくは2.90%以下であり、より好ましくは2.80%以下である。
【0036】
[Nb:0.100%以下、V:0.100%以下、Ti:0.100%以下]
Nb、V、Tiは、鋼中で炭窒化物などの析出物を作り、スラブの再加熱時のオーステナイト粒の粗大化を抑制することで靭性を向上させる効果がある。これらの元素を靭性向上のために含有してもよい。これらの元素は微量でも効果があるため、特定の下限値は規定しない。Nb、V、Tiのそれぞれの量は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。しかし、これらの元素のいずれかの量を、0.100%を超えて含有すると、粗大な炭窒化物が析出し靭性や曲げ加工性を低下させる。よって、これらの元素のそれぞれの量を0.100%以下とする。これらの元素の好ましい範囲はそれぞれ0.090%以下であり、より好ましい範囲は0.080%以下である。
【0037】
[B:0.0040%以下]
Bは、α’マルテンサイトの粒界脆化を抑制し、靭性や曲げ加工性を向上させるために含有してもよい。より優れた靭性や曲げ加工性を得るためには、Bは、0.0003%以上の含有が好ましい。さらに優れた靭性や曲げ加工性が必要な場合には、Bは、0.0005%以上の含有が好ましい。一方、B量が0.0040%を超えると、粗大な窒化物として析出し、破壊の起点として靭性や曲げ加工性を劣化させる。よって、B量を0.0040%以下とする。
【0038】
Ca、Mg、REMは、目的に応じて、これらの1種または2種以上が含有されていてもよい。なお、これらの元素は必ずしも必須ではないことから、含有量の下限を0%とする。
【0039】
[Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、REM:0.1000%以下]
Ca、Mg、REMは、いずれもSと結合し圧延方向に長く伸びるMnSの形成を抑制して、硫化物が球状となるように形態制御し、靭性や曲げ加工性を向上させる効果がある。これらの元素を靭性や曲げ加工性の向上のために含有してもよい。これらの元素は微量でも効果があるため、特定の下限値は規定しない。これらの元素のそれぞれの量は、好ましくは0.0005%以上である。しかし、Ca、Mgのいずれかの量が0.0050%を超える、もしくはREMの量が0.1000%を超えると、いずれも粗大な介在物が増加し靭性や曲げ加工性を低下させる。よって、Ca、Mgの量をそれぞれ0.0050%以下、REMの量を0.1000%以下とする。Ca、Mgのそれぞれの量の好ましい範囲は0.0040%以下であり、より好ましい範囲は0.0030%以下である。REMの量の好ましい範囲は0.0900%以下であり、より好ましい範囲は0.0800%以下である。なお「REM」との用語は、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記「REMの含有量」とは、これらの17元素の合計含有量を意味する。
【0040】
次に、本実施形態の耐摩耗厚鋼板の金属組織について説明する。なお、本明細書において、面積率に関する「%」は、特に断りがない限り、「面積%」を意味するものである。
【0041】
[α’マルテンサイトの面積率:50%~97%]
α’マルテンサイトは、硬さと耐摩耗性を向上させるために必要である。十分な硬さと耐摩耗性を得るためには、α’マルテンサイトの面積率は50%以上であり、好ましくは55%以上であり、より好ましくは60%以上である。一方、硬さが高すぎると靭性や曲げ加工性が劣化する。よって、α’マルテンサイトの面積率を97%以下とする。α’マルテンサイトの面積率は好ましくは96%以下であり、より好ましくは95%以下である。α’マルテンサイトの面積率は電子線後方散乱回折法(Electron Backscatter Diffraction、EBSD)によって算出されるbcc相の面積率から、光学顕微鏡によって測定されるパーライト、フェライトの合計の面積率を差し引いて求める。パーライト、フェライトは、光学顕微鏡によって、ラス状の組織であるα’マルテンサイトと判別することができる。
【0042】
[εマルテンサイトとオーステナイトの和の面積率:3%~50%]
εマルテンサイトおよびオーステナイトの少なくとも一方を含み、これらの和の面積率は3%~50%とする。εマルテンサイトとオーステナイトは、靭性と曲げ加工性を向上させるために必要である。十分な靭性と曲げ加工性を得るためには、εマルテンサイトとオーステナイトの和の面積率を3%以上とし、好ましくは4%以上とし、より好ましくは5%以上とする。一方、εマルテンサイトとオーステナイトが多すぎると硬さの低下を招く。よって、εマルテンサイトとオーステナイトの和の面積率を50%以下とし、好ましくは45%以下とし、より好ましくは40%以下とする。εマルテンサイト、オーステナイトの面積率はEBSDを用いて、hcp相とfcc相の面積率の合計として測定する。なお、εマルテンサイトおよびオーステナイトの少なくとも一方を含み、これらの和の面積率が3%~50%であれば、εマルテンサイトとオーステナイトとの比率については特に制限はない。本実施形態の耐摩耗厚鋼板の金属組織は、εマルテンサイトのみが存在していてもよく、オーステナイトのみが存在していてもよく、εマルテンサイトとオーステナイトが存在していてもよい。εマルテンサイトのみが存在する場合にも、その面積率は3%~50%であり、オーステナイトのみが存在する場合にも、その面積率は3%~50%であり、εマルテンサイトとオーステナイトが存在する場合にも、これらの和の面積率は3%~50%である。
【0043】
本実施形態の耐摩耗厚鋼板の金属組織は、硬さと耐摩耗性を向上させるためにα’マルテンサイトの面積率を最大とする。ただし、仮にα’マルテンサイトの面積率が50%であり、εマルテンサイトおよびオーステナイトの少なくとも一方の面積率が50%であったとしても、α’マルテンサイトの面積率は最大とみなしてよい。α’マルテンサイト、εマルテンサイト、オーステナイト以外の組織は、パーライトおよびフェライトであるが、いずれも耐摩耗性を劣化させる。このため、パーライトおよびフェライトをできる限り低減することが好ましく、例えば、パーライトおよびフェライトの和の面積率を10%以下とすることが好ましい。パーライト、フェライトはEBSDではbcc相に含まれるため、光学顕微鏡によって測定する。
【0044】
[旧オーステナイトのアスペクト比:3以上]
熱間加工により旧オーステナイトのアスペクト比を3以上とすることで粒界破壊の感受性を大幅に低下させ、靭性と曲げ加工性を向上させることができる。旧オーステナイトのアスペクト比を好ましくは3.5以上とし、より好ましくは4以上とする。アスペクト比が増大するとともに靭性と曲げ加工性が向上するため、特に上限は設けない。旧オーステナイトは、EBSDにより結晶方位解析を行い、bcc相のうち、20°~45°の角度差で囲まれた粒を旧オーステナイトとし、長径を短径で割って求めた平均値をアスペクト比とする。
【0045】
次に、本実施形態の耐摩耗鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態の製造方法では、粒界脆化を抑制するため、特に圧延方法が重要である。
まず、上記の組成を有する溶鋼を連続鋳造などの公知の鋳造方法で、所定寸法の鋼片とすることが望ましい。
鋳造後はそのまま熱間圧延を行ってもよいが、スラブを室温まで冷却し、Ac3以上の温度に再加熱して、熱間圧延を行う。本実施形態の耐摩耗鋼板はMn含有量が多いため、降温時にフェライトを生じるAr3(℃)が低下しており、製造設備の負荷等を考慮して、熱間圧延の終了温度をAr3(℃)以上とする。好ましくは熱間圧延の終了温度を700℃以上、より好ましくは750℃以上とする。
Ac3は、昇温時に鋼の組織がオーステナイト単相になる温度である。Ac3は、得られた鋼片から試験片を採取し、加熱時の熱膨張挙動から求めることができる。下記式(1)で求められるTr以下、下記式(2)で求められるAr3以上の温度範囲内における圧下率を40%以上とし、終了温度をAr3(℃)以上とする熱間圧延を行った後、室温まで冷却する。冷却は、空冷でも加速冷却でもよい。
Trは再結晶温度であり、Tr以下の温度で40%以上の圧下を加えることにより、オーステナイトを扁平化させる。上述したように熱間圧延の終了温度をAr3以上としていることから、Tr以下、Ar3以上の温度範囲の圧下率は、Trでの板厚と熱間圧延後の板厚との差をTrでの板厚で割って求めた板厚変化率であり、百分率で表す。
熱間圧延によって扁平化したオーステナイトの形状は、冷却中に生成したα’マルテンサイトの旧オーステナイトの形状とほぼ同じである。したがって、上記の熱間圧延後、冷却中にα’マルテンサイトとεマルテンサイトが生成し、化学組成によっては、一部、オーステナイトが残存し、α’マルテンサイトの旧オーステナイトのアスペクト比が3以上である金属組織を得ることができる。図1に示したように、熱間圧延において、Tr以下、Ar3以上の圧下量を40%以上とした鋼は、ブリネル硬さが上昇しても、限界曲げ半径が小さく、曲げ加工性が良好であることが分かる。
鋼帯を製造する場合は、熱間圧延後、水冷して250℃以下で巻き取る。水冷の冷却速度は5℃/s以上が好ましく、より好ましくは10℃/s以上とする。上限は、水冷装置の能力と板厚とで自ずと制限される。ここで、Ar3は、鋼の組織がオーステナイトとフェライトの二相域になる変態の開始温度である。
Ar3は、得られた鋼片から試験片を採取し、冷却時の熱膨張挙動から求めることができるが、簡便のため下記式(2)で求められる値を用いた。
Tr=(8+75×[Nb]+14×[Ti]+7×[Al]+[V])×100・・・(1)
Ar3=712-230×[C]+32×[Si]-20×[Mn]-18×[Ni]-40×[Cu]-15×[Cr]+17×[Mo]・・・(2)
上記式(1)、(2)において、[X]は質量%で表される元素Xの含有量であり、元素Xを含まない場合は0を代入する。
【実施例
【0046】
本発明の効果を詳細に確認するため、以下の実験を行った。なお、本実施例は、本発明の一実施例を示すものであり、本発明は以下の構成に限定されるものではない。
【0047】
表1に示す成分組成を有するスラブをAc3以上に加熱し、表2に示す圧延条件にて熱間圧延し、次いで、必要に応じて熱処理を施した後、表3に示す製品厚を有する厚鋼板を得た。再加熱温度はAc3以上とした。
得られた厚鋼板から採取した各試験片について、α’マルテンサイトの面積率、εマルテンサイト+オーステナイトの面積率、α’マルテンサイトの旧オーステナイトのアスペクト比、靭性、硬さ、耐摩耗性および曲げ試験を行った。その結果を表3に示す。
なお、各特性の具体的な評価方法は、以下の通りである。
【0048】
「α’マルテンサイトの面積率、εマルテンサイト+オーステナイトの面積率」
圧延板の表面を含む部位より、幅4mm(板幅方向)×長さ5mm(圧延方向)×厚さ10mm(板厚方向)の試料を切り出した。その試料について、圧延方向に平行な板厚断面を電解研磨し、表面から0.7mmの部位を中央とする約500μm×500μmの視野をEBSDにより結晶方位解析した。なお、EBSDによる結晶方位解析は、圧延方向に平行な板厚断面において1箇所のみ行った。α’マルテンサイトをbcc相、εマルテンサイトをhcp相、オーステナイトをfcc相として、各々の面積率を算出した。さらに、エッチングを施し、光学顕微鏡による観察を行い、bcc相に含まれるパーライト、フェライトの合計の面積率を差し引いてα’マルテンサイトの面積率を求めた。
【0049】
「旧オーステナイトのアスペクト比」
圧延板より、幅4mm×長さ5mm×厚さ10mmの試料を切り出した。その試料について、圧延の幅方向に垂直な面を電解研磨し、約500μm×500μmの視野をEBSDにより結晶方位解析した。bcc相のうち、20°~45°の角度差で囲まれた粒を旧オーステナイトとし、上記視野に含まれる旧オーステナイトについて長径から短径を割って求めた平均値をアスペクト比とした。
【0050】
「靭性」
鋼板の1/4厚位置から長さ方向に採取し、幅方向に亀裂が伝播するような方向にノッチを入れたJIS4号試験片により、-40℃での吸収エネルギー(vE-40℃(J))を評価し、-40℃のシャルピー吸収エネルギーが27J以上である場合を良好なものとした。
【0051】
「硬さ」
JIS Z 2243に従って、鋼板のZ方向断面について、鋼板表面から0.7mm位置まで研削して研磨を施し、ブリネル硬さHBW(10/3000)を測定した。ブリネル硬さは、耐摩耗鋼に要求される機械特性を確保する観点から、360以上である場合を良好なものと評価した。
【0052】
「耐摩耗性」
幅50mm×長さ50mm×厚さ5mmの試験片を水平方向に対して30°傾けて設置し、サイズが5号の珪砂を試験片の上150mmの高さまで装入し、さらに、珪砂の上10mm高さまで水を注入し、スクラッチング摩耗試験(周速度3.7m/s、50時間)を行った。摩耗減量を求め、普通鋼(SS400)を基準に相対比で評価した。普通鋼に対する摩耗減量(摩耗量比)は、0.40以下である場合を良好なものと評価した。
【0053】
「曲げ試験」
JIS Z 2248に従って、鋼板から、幅150mm×長さ450mm×全厚の試験片を、長手方向が圧延方向と平行になるように採取し、曲げ半径を2.0tとし、角度180℃まで押し曲げ割れ発生の有無を調べた。割れ発生のなかったものを合格、割れが発生したものを不合格とした。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
図1