IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-オーステナイト系ステンレス鋼材 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230512BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230512BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20230512BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20230512BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20230512BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230512BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D6/00 102A
C21D9/08 E
C21D8/02 D
C21D8/06 B
C21D8/10 D
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019136667
(22)【出願日】2019-07-25
(65)【公開番号】P2021021093
(43)【公開日】2021-02-18
【審査請求日】2022-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小薄 孝裕
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 悠平
(72)【発明者】
【氏名】青田 翔伍
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-5506(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043565(WO,A1)
【文献】特開平2-247330(JP,A)
【文献】特開昭50-67215(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109642291(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 6/00
C21D 9/08
C22C 8/00 - 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:8.00~18.00%、
Mo:0.10~5.00%、
Cu:2.00超~4.00%、
N:0.06~0.25%、
Nb:0.2~1.0%、
B:0.0010~0.0100%、
Ti:0~0.50%、
Ta:0~0.50%、
V:0~1.00%、
Zr:0~0.10%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~1.00%、
W:0~5.00%、
sol.Al:0~0.100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.100%、
Sn:0~0.010%、
As:0~0.010%、
Zn:0~0.010%、
Pb:0~0.010%、
Sb:0~0.010%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
抽出残渣法により得られた残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、前記残渣中のCr含有量が質量%で0.245%以下である、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
0≦B+0.21Mo-1.9C≦0.220 (1)
8.8≦Ni+0.05Cu-0.1×(Mo)2≦13.2 (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、前記化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、第1群~第4群のいずれかの群に属する少なくとも1元素又は2元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
第1群:
Ti:0.01~0.50%、
Ta:0.01~0.50%、
V:0.01~1.00%、
Zr:0.01~0.10%、及び、
Hf:0.01~0.10%、
第2群:
Co:0.01~1.00%、及び
W:0.01~5.00%、
第3群:
sol.Al:0.001~0.100%、
第4群:
Ca:0.001~0.0200%、
Mg:0.001~0.0200%、及び、
希土類元素:0.001~0.100%。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
10%蓚酸溶液でのエッチングを実施した500μm×500μmの3視野において、結晶粒界の総長さL10と、結晶粒界上でCr炭化物が生成しているCr炭化物粒界被覆領域の総長さL20とを求めたとき、式(3)で定義されるCr炭化物粒界被覆率RACrが10%以下である、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
Cr炭化物粒界被覆率RACr=Cr炭化物粒界被覆領域の総長さL20/結晶粒界の総長さL10×100 (3)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼材に関し、さらに詳しくは、オーステナイト系ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製プラントや石油化学プラント等の化学プラント設備に用いられる鋼材は、高温強度が求められる。これらの化学プラント設備用途の鋼材として、オーステナイト系ステンレス鋼材が用いられている。
【0003】
化学プラント設備は複数の装置を含む。化学プラント設備の各装置はたとえば、減圧蒸留装置、直接脱硫装置、接触改質装置等である。これらの装置は、加熱炉管、反応塔、槽、熱交換器、配管等を含む。これらの装置は、鋼材を溶接して形成された溶接構造物である。
【0004】
各装置の操業時の平均温度は異なる。以下、操業時の平均温度を「平均操業温度」という。たとえば、減圧蒸留装置は、400~450℃の温度で操業される。直接脱硫装置は、400~450℃で操業される。接触改質装置では、420~600℃で操業される。したがって、これらの装置の加熱炉管、反応塔、槽、熱交換器、配管等に使用される鋼材では、装置の操業時において、400~600℃程度の平均操業温度で長時間保持される。一方、接触改質装置等に代表される一部の化学プラント設備の装置には、600超~750℃の平均操業温度で稼働し、最高設計温度が815℃となる装置もある。
【0005】
600超~750℃の平均操業温度で稼働する装置では、高いクリープ強度が求められる。また、600超~750℃の平均操業温度で稼働する装置では、稼働中に鋼材の破断を抑制するために、高いクリープ延性も求められる。
【0006】
国際公開第2018/043565号(特許文献1)では、高温域で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼のクリープ強度及びクリープ延性の改善について開示されている。この文献に開示されているオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.10~1.00%、Mn:0.20~2.00%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:16.0~25.0%、Ni:10.0~30.0%、Mo:0.1~5.0%、Nb:0.20~1.00%、N:0.050~0.300%、sol.Al:0.0005~0.100%、B:0.0010~0.0080%、Cu:0~5.0%、W:0~5.0%、Co:0~1.0%、V:0~1.00%、Ta:0~0.2%、Hf:0~0.20%、Ca:0~0.010%、Mg:0~0.010%、及び、希土類元素:0~0.10%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たす化学組成を有する。ここで、式(1)は次のとおりである。B+0.004-0.9C+0.017Mo2≧0。特許文献1では、Cu含有量を高めることによりクリープ強度が高まるものの、クリープ延性が低下する点が開示されている。
【0007】
ところで、化学プラント設備を新規に建設したり、化学プラント設備を補修する場合、化学プラント設備内の装置に使用される鋼材は、化学プラントが所在する現地にて、溶接される。最近の溶接施工では、溶接のパス数を低減するために、入熱量を大きくした大入熱溶接が採用される場合が多い。
【0008】
オーステナイト系ステンレス鋼材が溶接された場合、溶接熱影響部(以下、HAZともいう)にてCr炭化物に起因した鋭敏化が生じることが知られている。鋭敏化が生じた場合、粒界において固溶Crが欠乏する。粒界近傍での固溶Crの欠乏は、粒界腐食や応力腐食割れが発生する可能性を高める。
【0009】
オーステナイト系ステンレス鋼材のHAZでの鋭敏化の抑制を目的として、安定化オーステナイト系ステンレス鋼材が開発されている。安定化オーステナイト系ステンレス鋼材は、Nb又はTiを含有する。NbやTiはCrよりもCとの親和性が高い。そのため、安定化オーステナイト系ステンレス鋼材では、Nb及びTiにより炭化物を生成し、Cr炭化物の生成を抑制する。これにより、溶接時の鋭敏化を抑制する。
【0010】
しかしながら、安定化オーステナイト系ステンレス鋼材では、大入熱溶接を実施した場合にナイフラインアタックが生じる可能性がある。ナイフラインアタックとは、次の現象を意味する。大入熱溶接を実施する場合、安定化オーステナイト系ステンレス鋼材の溶接部分の温度が融点近くまで上がる。具体的には、溶接部分の温度が1200℃程度まで上がる。このとき、鋼材中でCを固定していたNb炭化物及びTi炭化物が溶融する。溶接時の凝固段階(冷却段階)において、Nb及びTiは再びCと結合しようとする。しかしながら、溶接時の凝固段階での溶接部分の冷却速度は速い。そのため、凝固段階において、Nb及びTiがCと結合しきれないまま、Cr炭化物が生成温度域である800~500℃まで温度が下がる。この場合、Nb及びTiがCと結合できずにCrがCと結合して、Cr炭化物が生成する。その結果、溶接金属と母材との境界部分で鋭い割れが発生する場合がある。この現象がナイフラインアタックという。ナイフラインアタックは、鋭敏化の一種である。したがって、大入熱溶接を実施した場合においても、鋭敏化の発生を抑制できることが望まれている。
【0011】
さらに、平均操業温度が600超~750℃となる装置で使用される鋼材の場合、装置の操業期間中においても、鋭敏化が抑制できる方が好ましい。650℃の温度域で1000時間保持した後であっても、鋭敏化を抑制できる方が好ましい。
【0012】
また、600超~750℃の平均操業温度で稼働する装置では、長時間使用した鋼材において、溶接残留応力が緩和する。この溶接残留応力の緩和過程において、クリープ歪が粒界に集中することにより、割れが発生する場合がある。このような割れを「応力緩和割れ」と称する。したがって、600超~750℃の平均操業温度で長期間使用される鋼材では、応力緩和割れを抑制できることも望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】国際公開第2018/043565号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献1に提案されたオーステナイト系ステンレス鋼は、優れたクリープ強度及びクリープ延性を示す。しかしながら、特許文献1では、耐鋭敏化特性及び耐応力緩和割れ性に関する検討がされていない。
【0015】
本開示の目的は、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度での使用においても、高いクリープ強度及びクリープ延性を有し、かつ、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度で長時間使用した後であっても、優れた耐鋭敏化特性及び優れた耐応力緩和割れ性を有する、オーステナイト系ステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示によるオーステナイト系ステンレス鋼材は、
化学組成が、質量%で
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:8.00~18.00%、
Mo:0.10~5.00%、
Cu:2.00超~4.00%、
N:0.06~0.25%、
Nb:0.2~1.0%、
B:0.0010~0.0100%、
Ti:0~0.50%、
Ta:0~0.50%、
V:0~1.00%、
Zr:0~0.10%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~1.00%、
W:0~5.00%、
sol.Al:0~0.100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.100%、
Sn:0~0.010%、
As:0~0.010%、
Zn:0~0.010%、
Pb:0~0.010%、
Sb:0~0.010%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
抽出残渣法により得られた残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、前記残渣中のCr含有量が質量%で0.245%以下である。
0≦B+0.21Mo-1.9C≦0.220 (1)
8.8≦Ni+0.05Cu-0.1×(Mo)2≦13.2 (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、前記化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【発明の効果】
【0017】
本開示のオーステナイト系ステンレス鋼材は、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度での使用においても、高いクリープ強度及びクリープ延性を有し、かつ、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度で長時間使用した後であっても、優れた耐鋭敏化特性及び優れた耐応力緩和割れ性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、エッチング後の観察面の視野画像の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度での使用においても、高いクリープ強度及びクリープ延性を有し、かつ、大入熱溶接後に600超~750℃の平均操業温度で長時間使用した後であっても、優れた耐鋭敏化特性及び優れた耐応力緩和割れ性を有するオーステナイト系ステンレス鋼材について、検討を行った。
【0020】
本発明者らは初めに、鋼材の化学組成について検討を行った。耐鋭敏化特性を高めるためには、粒界でのCr欠乏領域の生成を抑制するため、鋼材中にCr炭化物が生成するのを抑制する必要がある。Cr炭化物の生成を抑制するには、C含有量を低減し、かつ、鋼材中のCがCrと結合するのを抑制するため、鋼材にNbを含有して鋼材中のCをNbCとして結合させることが有効である。
【0021】
さらに、600超~750℃の平均操業温度においてクリープ強度を高めるには、Cuを2.00超~4.00%含有することが有効である。しかしながら、Cuを2.00超~4.00%含有した場合、600超~750℃の平均操業温度では、Cuが粒内に析出して、結晶粒内を析出強化する。そのため、相対的に結晶粒界の強度が低下する。その結果、600超~750℃の平均操業温度において応力緩和割れが発生しやすくなる。そこで、Cuを2.00超~4.00%含有した場合であっても、応力緩和割れを抑制するために、Bを0.0010~0.0100%含有する。この場合、600超~750℃の平均操業温度においてBが粒界に偏析して、粒界の強度が高まる。その結果、粒内強度と粒界強度との強度差が低減して、耐応力緩和割れ性を高めることができる。
【0022】
以上の事項を考慮して、本発明者は鋼材の化学組成を検討した。その結果、化学組成が、質量%で、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Cr:15.00~25.00%、Ni:8.00~18.00%、Mo:0.10~5.00%、Cu:2.00超~4.00%、N:0.060~0.250%、Nb:0.2~1.0%、B:0.0010~0.0100%、Ti:0~0.50%、Ta:0~0.50%、V:0~1.00%、Zr:0~0.10%、Hf:0~0.10%、Co:0~1.00%、W:0~5.00%、sol.Al:0~0.100%、Ca:0~0.0200%、Mg:0~0.0200%、希土類元素:0~0.100%、Sn:0~0.010%、As:0~0.010%、Zn:0~0.010%、Pb:0~0.010%、Sb:0~0.010%、及び、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼材であれば、クリープ強度を高めつつ、耐鋭敏化特性及び耐応力緩和割れ性を高めることができると考えた。
【0023】
しかしながら、600超~750℃の平均操業温度での鋼材使用において、Bの含有は、粒界でのCr炭化物の生成を促進することが判明した。Cr炭化物の粒界での生成量が多くなれば、鋭敏化が生じやすくなる。Bはさらに、大入熱溶接時の凝固中において、過剰に偏析して、凝固割れを引き起こす可能性があることも判明した。そこで、本発明者らは、高いクリープ強度を維持し、耐応力緩和割れ性を高めつつ、耐鋭敏化特性及び耐凝固割れ性も高める方法について検討を行った。その結果、上述の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材において、さらに、式(1)を満たせば、高いクリープ延性を維持し、耐応力緩和割れ性を高めつつ、耐鋭敏化特性及び耐凝固割れ性も高めることができることを見出した。
0≦B+0.21Mo-1.9C≦0.220 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0024】
F1=B+0.21Mo-1.9Cと定義する。F1は、有効B量を意味する。有効B量F1は、Cu含有量が2.00%を超える化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材における、耐応力緩和割れ性と、耐鋭敏化特性と、耐凝固割れ性との指標である。有効B量F1が0~0.220であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、耐応力緩和割れ性の向上と、耐鋭敏化特性の向上と、耐凝固割れ性の向上とを同時に満たすことができる。
【0025】
本発明者らのさらなる検討の結果、Mo含有量が高すぎる場合、オーステナイトが安定化せず、耐応力緩和割れ性が低下することが判明した。オーステナイトを安定化させるためには、Ni含有量を高めればよい。しかしながら、Niは高価な元素であり、極力含有量を減らす方が好ましい。そこで、オーステナイトを安定化して、耐応力緩和割れ性を高める方法を検討した。その結果、上述の式(1)を満たす化学組成において、さらに、式(2)を満たせば、過剰なNiを含有することなく、オーステナイトを安定化できることが判明した。
8.8≦Ni+0.05Cu-0.1×(Mo)2≦13.2 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0026】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、Ni含有量をなるべく抑えて、製造コストを抑える。CuはNiと同じくオーステナイトフォーマーであって、オーステナイトを安定化する。そのため、CuはNiを代替することができる。一方で、Moはフェライトフォーマーであって、オーステナイトを不安定にする。そこで、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、高価なNi含有量を抑制しつつ、オーステナイトを安定化するために、式(2)を満たす。
【0027】
上述のとおり、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、Cu含有量を2.00超~4.00%とすることにより、600超~750℃の平均操業温度において、高いクリープ強度が得られる。しかしながら、特許文献1にも記載のとおり、Cu含有量を高めれば、クリープ延性が低下する。
【0028】
そこで、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材ではさらに、鋼材中にCrNb窒化物を分散させる。この場合、CrNb窒化物のピンニング効果により、結晶粒界の総面積が増大する。結晶粒界の増大はクリープ延性を高める。さらに、結晶粒界の総面積が増大すれば、大入熱溶接した後に600超~750℃の平均操業温度で長時間保持した場合であっても、粒界のうちCr炭化物が生成している(Cr炭化物が粒界に被覆している)割合が顕著に低減する。以下、粒界のうちCr炭化物が被覆している部分の割合を、「Cr炭化物粒界被覆率」という。Cr炭化物粒界被覆率を低減できれば、耐鋭敏化特性が高まる。
【0029】
CrNb窒化物は非常に微細であるため、走査型電子顕微鏡等で個数密度を定量的に測定することは現時点での測定技術では困難である。しかしながら、鋼材に対して抽出残渣法を実施して得られた残渣の化学組成を分析すれば、鋼材中の析出物を予想することができる。本発明者らが検討した結果、上述の式(1)及び式(2)を満たす化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼材において、抽出残渣法により得られた残渣において、Nb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下であれば、600超~750℃の平均操業温度において、高いクリープ強度だけでなく、高いクリープ延性も得られ、かつ、優れた耐鋭敏化特性、優れた耐応力緩和割れ性、及び、優れた耐凝固割れ性が得られることがわかった。
【0030】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、次の構成を有する。
【0031】
[1]のオーステナイト系ステンレス鋼材は、
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:8.00~18.00%、
Mo:0.10~5.00%、
Cu:2.00超~4.00%、
N:0.06~0.25%、
Nb:0.2~1.0%、
B:0.0010~0.0100%、
Ti:0~0.50%、
Ta:0~0.50%、
V:0~1.00%、
Zr:0~0.10%、
Hf:0~0.10%、
Co:0~1.00%、
W:0~5.00%、
sol.Al:0~0.100%、
Ca:0~0.0200%、
Mg:0~0.0200%、
希土類元素:0~0.100%、
Sn:0~0.010%、
As:0~0.010%、
Zn:0~0.010%、
Pb:0~0.010%、
Sb:0~0.010%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たし、
抽出残渣法により得られた残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、前記残渣中のCr含有量が質量%で0.245%以下である。
0≦B+0.21Mo-1.9C≦0.220 (1)
8.8≦Ni+0.05Cu-0.1×(Mo)2≦13.2 (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、前記化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0032】
ここで、「残渣中のNb含有量」とは、オーステナイト系ステンレス鋼材中に介在物として存在するNbの質量の割合(質量%)を意味する。つまり、本明細書でいう「残渣中のNb含有量」は、残渣の質量に対する、残渣中のNbの質量の割合ではない。同様に、「残渣中のCr含有量」とは、オーステナイト系ステンレス鋼材中に介在物として存在するCrの質量の割合(質量%)を意味する。
【0033】
[2]のオーステナイト系ステンレス鋼材は、
[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、第1群~第4群のいずれかの群に属する少なくとも1元素又は2元素以上を含有する。
第1群:
Ti:0.01~0.50%、
Ta:0.01~0.50%、
V:0.01~1.00%、
Zr:0.01~0.10%、及び、
Hf:0.01~0.10%、
第2群:
Co:0.01~1.00%、及び
W:0.01~5.00%、
第3群:
sol.Al:0.001~0.100%、
第4群:
Ca:0.001~0.0200%、
Mg:0.001~0.0200%、及び、
希土類元素:0.001~0.100%。
【0034】
[3]のオーステナイト系ステンレス鋼材は、
[1]又は[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
10%蓚酸溶液でのエッチングを実施した500μm×500μmの3視野において、結晶粒界の総長さL10と、結晶粒界上でCr炭化物が生成しているCr炭化物粒界被覆領域の総長さL20とを求めたとき、式(3)で定義されるCr炭化物粒界被覆率RACrが10%以下である。
Cr炭化物粒界被覆率RACr=Cr炭化物粒界被覆領域の総長さL20/結晶両迂回の総長さL10×100 (3)
【0035】
以下、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0036】
[化学組成について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0037】
C:0.030%以下
炭素(C)は不可避に含有される。つまり、C含有量は0%超である。Cは、粒界にM236型のCr炭化物を生成する。この場合、鋼材の耐鋭敏化特性が低下する。C含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cr炭化物が生成して鋼材の耐鋭敏化特性が顕著に低下する。したがって、C含有量は0.030%以下である。C含有量の好ましい上限は0.026%であり、さらに好ましくは0.024%であり、さらに好ましくは0.022%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.018%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、C含有量の過剰な低減は製造コストを高くする。したがって、工業生産上、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0038】
Si:1.00%以下
シリコン(Si)は不可避に含有される。つまり、Si含有量は0%超である。Siは、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Siはさらに、600超~750℃の平均操業温度での鋼材を使用する場合において、鋼材の耐酸化性及び耐水蒸気酸化性を高める。Siが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Si含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、溶接割れ感受性を顕著に高める。さらに、600超~750℃での平均操業温度での長時間使用により、鋼材中にσ相を生成する。σ相は、鋼材の靱性を低下する。したがって、Si含有量は1.00%以下である。Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.18%である。Si含有量の好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0039】
Mn:2.00%以下
マンガン(Mn)は不可避に含有される。つまり、Mn含有量は0%超である。Mnは、鋼材中のSと結合してMnSを形成し、鋼材の熱間加工性を高める。Mnはさらに、溶接時において鋼材の溶接部を脱酸する。Mnが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mn含有量が2.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、600超~750℃での平均操業温度での使用時において、シグマ相(σ相)が生成しやすくなる。σ相は、平均操業温度での使用時における鋼材の靱性及び延性を低下する。したがって、Mn含有量は2.00%以下である。Mn含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.60%である。Mn含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.10%であり、さらに好ましくは0.95%である。
【0040】
P:0.040%以下
燐(P)は不可避に含有される。つまり、P含有量は0%超である。Pは、大入熱溶接時において、鋼材の粒界に偏析する。その結果、鋼材の耐鋭敏化特性が低下する。Pはさらに、溶接時において、鋼材の耐凝固割れ性を高める。P含有量が0.040%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐鋭敏化特性が低下し、耐凝固割れ性が高まる。したがって、P含有量は0.040%以下である。P含有量の好ましい上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は、鋼材の製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0041】
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不可避に含有される。つまり、S含有量は0%超である。Sは、高温環境下での鋼材使用中において、粒界に偏析する。その結果、鋼材の耐鋭敏化特性が低下する。Sはさらに、溶接時において、鋼材の耐凝固割れ性を高める。S含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐鋭敏化特性が低下し、耐凝固割れ性が高まる。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、鋼材の製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。
【0042】
Cr:15.00~25.00%
クロム(Cr)は、600超~750℃の平均操業温度での鋼材使用時において、鋼材の耐酸化性及び耐食性を高める。Cr含有量が15.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が25.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、600超~750℃の平均操業温度での鋼材中のオーステナイトの安定性が低下する。この場合、鋼材のクリープ強度が低下する。したがって、Cr含有量は15.00~25.00%である。Cr含有量の好ましい下限は16.00%であり、さらに好ましくは16.20%であり、さらに好ましくは16.40%である。Cr含有量の好ましい上限は24.00%であり、さらに好ましくは23.00%であり、さらに好ましくは22.00%であり、さらに好ましくは21.00%であり、さらに好ましくは20.00%であり、さらに好ましくは、19.00%である。
【0043】
Ni:8.00~18.00%
ニッケル(Ni)はオーステナイトを安定化して、600超~750℃での平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。Ni含有量が8.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ni含有量が18.00%を超えれば、上記効果が飽和し、さらに、製造コストが高くなる。したがって、Ni含有量は8.00~18.00%である。Ni含有量の好ましい下限は、8.50%であり、さらに好ましくは9.00%であり、さらに好ましくは9.50%であり、さらに好ましくは9.80%であり、さらに好ましくは10.00%である。Ni含有量の好ましい上限は16.00%であり、さらに好ましくは14.00%であり、さらに好ましくは13.50%である。
【0044】
Mo:0.10~5.00%
モリブデン(Mo)は、600超~750℃の平均操業温度での鋼材の使用中において、粒界でのM236型のCr炭化物が生成及び成長するのを抑制する。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材のように、Cu含有量が2.00%超である場合、Cu析出により粒内の強度が高くなる。この場合、粒界にCr炭化物が形成されれば、応力緩和割れが生じやすくなる。Moはさらに、固溶強化元素として、600超~750℃の平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。Mo含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が5.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、結晶粒内において、LAVES相等の金属間化合物の生成を顕著に促進する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が顕著に低下する。したがって、Mo含有量は0.10~5.00%である。Mo含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.27%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.60%である。Mo含有量の好ましい上限は4.00%であり、さらに好ましくは3.00%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.00%である。
【0045】
Cu:2.00超~4.00%
銅(Cu)は、600超~750℃の平均操業温度での鋼材の使用中において、粒内にCu相として析出して、析出強化により鋼材のクリープ強度を高める。Cu含有量が2.00%以下である場合、上記効果が十分に得られない。一方、Cu含有量が4.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cu相が過剰に析出する。この場合、600超~750℃での平均操業温度において、クリープ延性が低下し、さらに、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Cu含有量は2.00超~4.00%である。Cu含有量の好ましい下限は2.20%であり、さらに好ましくは2.40%であり、さらに好ましくは2.60%であり、さらに好ましくは2.80%である。Cu含有量の好ましい上限は3.80%であり、さらに好ましくは3.60%であり、さらに好ましくは3.40%である。
【0046】
N:0.06~0.25%
窒素(N)はマトリクス(母相)に固溶してオーステナイトを安定化する。Nはさらに、鋼材中にCrNb窒化物を生成する。CrNb窒化物は、ピンニング効果により結晶粒界の総面積を増大する。そのため、600超~750℃の平均操業温度で長時間操業した場合であっても、Cr炭化物粒界被覆率を低く抑えることができる。その結果、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。結晶粒界の総面積の増大はさらに、クリープ延性を高める。CrNb窒化物はさらに、析出強化により、600超~750℃の平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。N含有量が0.06%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.25%を超えれば、結晶粒界にCr窒化物(Cr2N)が生成する。この場合、鋼材中の固溶Cr量が低減してしまい、その結果、600超~750℃の平均操業温度での長期間操業した場合、鋼材の耐鋭敏化特性が低下する。したがって、N含有量は0.06~0.25%である。N含有量の好ましい下限は0.07%であり、さらに好ましくは0.08%である。N含有量の好ましい上限は0.20%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.14%である。
【0047】
Nb:0.2~1.0%
ニオブ(Nb)は、Nとともに、オーステナイト結晶粒内にCrNb窒化物を生成する。CrNb窒化物は、ピンニング効果により結晶粒界の総面積を増大する。そのため、600超~750℃の平均操業温度で長時間操業した場合であっても、Cr炭化物粒界被覆率を低く抑えることができる。その結果、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。CrNb窒化物はさらに、析出強化により、600超~750℃の平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。Nbはさらに、Cと結合してMX型のNb炭化物を生成する。Nb炭化物を生成してCを固定することにより、鋼材中の固溶C量が低減する。これにより、600超~750℃の平均操業温度での鋼材の使用中において、粒界でのCr炭化物の析出が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。結晶粒界の総面積の増大はさらに、クリープ延性を高める。Nb炭化物はさらに、析出強化により、600超~750℃の平均操業温度での鋼材クリープ強度を高める。Nb含有量が0.2%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が1.0%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、CrNb窒化物及びNb炭化物が過剰に生成する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Nb含有量は0.2~1.0%である。Nb含有量の好ましい下限は0.3%である。Nb含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.6%であり、さらに好ましくは0.5%である。
【0048】
B:0.0010~0.0100%
ボロン(B)は、600超~750℃平均操業温度での鋼材の使用中において、粒界に偏析し、粒界強度を高める。そのため、鋼材の耐応力緩和割れ性を高める。B含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粒界でのCr炭化物の生成を促進する。この場合、鋼材の耐鋭敏化特性が低下する。したがって、B含有量は0.0010~0.0100%である。B含有量の好ましい下限は0.0012%であり、さらに好ましくは0.0014%であり、さらに好ましくは0.0016%であり、さらに好ましくは0.0018%であり、さらに好ましくは0.0020%である。B含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0049】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、オーステナイト系ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0050】
不純物のうち、Sn、As、Zn、Pb及びSbの含有量はそれぞれ、次のとおりである。
Sn:0~0.010%、
As:0~0.010%、
Zn:0~0.010%、
Pb:0~0.010%、
Sb:0~0.010%、
すず(Sn)、ヒ素(As)、亜鉛(Zn)、鉛(Pb)及びアンチモン(Sb)はいずれも、不純物である。Sn含有量は0%であってもよい。同様に、As含有量は0%であってもよい。Zn含有量は0%であってもよい。Pb含有量は0%であってもよい。Sb含有量は0%であってもよい。含有される場合、これらの元素はいずれも、粒界に偏析して粒界の融点を下げたり、粒界の結合力を低下したりする。Sn含有量が0.010%を超える場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。同様に、As含有量が0.010%を超える場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。Zn含有量が0.010%を超える場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。Pb含有量が0.010%を超える場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。Sb含有量が0.010%を超える場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。したがって、Sn含有量は0~0.010%である。As含有量は0~0.010%である。Zn含有量は0~0.010%である。Pb含有量は0~0.010%である。Sb含有量は0~0.010%である。
【0051】
[任意元素について]
[第1群任意元素]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti、Ta、V、Zr及びHfからなる群から選択される1元素又は2元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、Cと結合して炭化物を生成し、固溶Cを低減することにより、鋼材の耐鋭敏化特性をさらに高める。
【0052】
Ti:0~0.50%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、Tiは、鋼材中のCと結合して炭化物を生成する。これにより、Cr炭化物の生成が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が結晶粒内に過剰に析出する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.50%である。Ti含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Ti含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0053】
Ta:0~0.50%
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ta含有量は0%であってもよい。含有される場合、Taは、Cと結合して炭化物を生成する。これにより、Cr炭化物の生成が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。Taが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ta含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が結晶粒内に過剰に析出する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Ta含有量は0~0.50%である。Ta含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ta含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0054】
V:0~1.00%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、Vは、Cと結合して炭化物を生成する。これにより、Cr炭化物の生成が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が結晶粒内に過剰に析出する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、V含有量は0~1.00%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは、0.04%であり、さらに好ましくは0.06%である。V含有量の好ましい上限は0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0055】
Zr:0~0.10%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは、Cと結合して炭化物を生成する。これにより、Cr炭化物の生成が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が0.10%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が結晶粒内に過剰に析出する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.10%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Zr含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.06である。
【0056】
Hf:0~0.10%
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Hf含有量は0%であってもよい。含有される場合、Hfは、Cと結合して炭化物を生成する。これにより、Cr炭化物の生成が抑制され、鋼材の耐鋭敏化特性が高まる。Hfが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Hf含有量が0.10%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が結晶粒内に過剰に析出する。この場合、結晶粒内の強度が過剰に高くなり、結晶粒内と結晶粒界との強度差が大きくなる。そのため、粒界面で応力集中が発生し、耐応力緩和割れ性が低下する。したがって、Hf含有量は0~0.10%である。Hf含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Hf含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.06%である。
【0057】
[第2群任意元素]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Co及びWからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、600超~750℃の平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。
【0058】
Co:0~1.00%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coはオーステナイトを安定化して、600超~750℃の平均操業温度での鋼材のクリープ強度を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、原料コストが高まる。したがって、Co含有量は0~1.00%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.10%である。Co含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0059】
W:0~5.00%
タングステン(W)は、600超~750℃の平均操業温度での鋼材の使用中において、固溶強化により、鋼材のクリープ強度を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながらW含有量が5.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、オーステナイトの安定性が低下して靱性が低下する。したがって、W含有量は0~5.00%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.40%である。W含有量の好ましい上限は4.00%であり、さらに好ましくは3.00%であり、さらに好ましくは2.50%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは1.50%である。
【0060】
[第3群任意元素]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Alを含有してもよい。Alは製鋼工程において、鋼を脱酸する。
【0061】
sol.Al:0~0.100%
アルミニウム(Al)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、sol.Al含有量は0%であってもよい。含有される場合、Alは製鋼工程において、鋼を脱酸する。Alが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、sol.Al含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の加工性及び延性が低下する。したがって、sol.Al含有量は0~0.100%である。sol.Al含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.060%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.035%である。本実施形態においてsol.Al含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0062】
[第4群任意元素]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg及び希土類元素(REM)からなる群から選択される1元素又は2元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の熱間加工性を高める。
【0063】
Ca:0~0.0200%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、鋼材の熱間加工性を高める。Caはさらに、Sを固定して、Sの粒界偏析を抑制する。これにより、溶接時のHAZの脆化割れを低減する。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.0200%を超えれば、鋼材の清浄性が低下し、鋼材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0200%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0064】
Mg:0~0.0200%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、鋼材の熱間加工性を高める。Mgはさらに、Sを固定して、Sの粒界偏析を抑制する。これにより、溶接時のHAZの脆化割れを低減する。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0200%を超えれば、鋼材の清浄性が低下し、鋼材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0200%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0065】
希土類元素:0~0.100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、母材の熱間加工性及びクリープ延性を高める。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、母材の熱間加工性及びクリープ延性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。REM含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0066】
本明細書におけるREMは、Sc、Y、及び、ランタノイド(原子番号57番のLa~71番のLu)の少なくとも1元素又は2元素以上を含有し、REM含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0067】
[式(1)について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、式(1)を満たす。
0≦B+0.21Mo-1.9C≦0.220 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0068】
F1=B+0.21Mo-1.9Cと定義する。F1は、有効B量を意味する。有効B量F1は、Cu含有量が2.00%を超える化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材における、耐応力緩和割れ性と、耐鋭敏化特性と、耐凝固割れ性との指標である。Cuを2.00%超含有した場合、600超~750℃の平均操業温度での鋼材の使用中において、Cu析出により粒内が強化される。しかしながら、粒内強化に伴い、相対的に粒界の強度が低下する。その結果、耐応力緩和割れ性が低下する。
【0069】
そこで、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、Bを含有することにより、Bを粒界に偏析させて粒界を強化する。粒内強度に対する粒界強度の相対的な差が低減し、耐応力緩和割れ性が高まる。しかしながら、Bの含有は、粒界でのCr炭化物の生成を促進する。Cr炭化物の粒界での生成量が多くなれば、耐鋭敏化特性が低下する。Bはさらに、大入熱溶接時の凝固中において、過剰に偏析して、凝固割れを引き起こす。一方、Moは上述のとおり、Cr炭化物のMサイトのCrと置換して、Cr炭化物の生成及び成長を遅らせる。したがって、本実施形態では、有効B量F1を適切な範囲とすることにより、応力緩和割れ感受性を低下させ、耐鋭敏化特性を高め、耐凝固割れ性を高める。
【0070】
有効B量が0未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、耐応力緩和割れ性と、耐鋭敏化特性の向上と、耐凝固割れ性の向上とを同時に満たすことができない。さらに、クリープ延性が低下する。一方、F1が0.220を超えれば、耐凝固割れが低下する。
【0071】
F1が0~0.220であれば、B含有量と、Mo含有量とC含有量とが適切な関係を満たす。その結果、耐応力緩和割れ性を高めつつ、耐鋭敏化特性及び耐凝固割れ性を高めることができる。F1の好ましい下限は0.010であり、さらに好ましくは0.020であり、さらに好ましくは0.025である。F1の好ましい上限は0.210であり、さらに好ましくは0.200であり、さらに好ましくは0.190であり、さらに好ましくは0.180である。F1は、得られた数値の小数第四位を四捨五入して得られた値(つまり、F1は小数第三位)とする。
【0072】
[式(2)について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、式(2)を満たす。
8.8≦Ni+0.05Cu-0.1×(Mo)2≦13.2 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、前記化学組成中の対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0073】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、Ni含有量をなるべく抑えて、製造コストを抑える。CuはNiと同じくオーステナイトフォーマーであって、オーステナイトを安定化する。そのため、CuはNiを代替することができる。一方で、Moはフェライトフォーマーであって、オーステナイトを不安定にする。そこで、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、高価なNi含有量を抑制しつつ、オーステナイトを安定化するために、式(2)を満たす。
【0074】
F2=Ni+0.05Cu-0.1(Mo)2と定義する。F2は、オーステナイト安定化の指標である。F2が8.8以下であれば、Ni及びCu含有量に対して、Mo含有量が多すぎる。この場合、オーステナイトの安定性が低下する。そのため、クリープ強度及びクリープ延性が低下する。一方、F2が13.2を超えれば、オーステナイトが過剰
に安定しており、Niが過剰に含有されていることを意味する。
【0075】
F2が8.8~13.2である場合、Mo含有量に対してNi含有量及びCu含有量が適切であり、オーステナイトが安定化する。さらに、Niが過剰に含有されておらず、製造コストを抑えることができる。したがってF2は8.8~13.2である。F2の好ましい下限は9.0であり、さらに好ましくは9.2であり、さらに好ましくは9.4であり、さらに好ましくは9.6である。F2の好ましい上限は13.0であり、さらに好ましくは12.8であり、さらに好ましくは12.6である。F2は、得られた数値の小数第二位を四捨五入して得られた値(つまり、F2は小数第一位)とする。
【0076】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成分析方法]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成は、周知の成分分析法により求めることができる。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、直径5mmのドリルを用いて、肉厚中央位置にて穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、直径5mmのドリルを用いて、板幅中央位置かつ板厚中央位置にて穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、直径5mmのドリルを用いてR/2位置にて穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。ここで、R/2位置とは、棒鋼の長手方向に垂直な断面における、半径Rの中央位置を意味する。
【0077】
採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-OES(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法により求める。具体的には、上記溶液を酸素気流中で高周波加熱により燃焼して、発生した二酸化炭素、二酸化硫黄を検出して、C含有量及びS含有量を求める。以上の分析法により、オーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成を求めることができる。
【0078】
[オーステナイト系ステンレス鋼材中の析出物(残渣)について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、さらに、抽出残渣法により得られた残渣において、Nb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下である。
【0079】
抽出残渣法により抽出された残渣において、Nb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下である場合、オーステナイト系ステンレス鋼材中の析出物において、CrNb窒化物が占める割合(体積率)が多くなり、析出物において、Cr炭化物、Cr2Nの量(体積率)はCrNb窒化物の量(体積率)に対して極めて少ないことを意味する。
【0080】
なお、残渣中のNb含有量が0.052%未満である場合、鋼材中にCrNb窒化物が十分に析出していないことを意味する。この場合、大入熱溶接後の600℃超~750℃の平均操業温度で長時間保持した場合、十分な耐鋭敏化特性が得られない。
【0081】
一方、残渣中のCr含有量が0.245%を超える場合、600超~750℃の平均操業温度で使用する前の鋼材中に既にCr炭化物が過剰に生成していることを意味する。この場合も、大入熱溶接後の600超~750℃の平均操業温度で長時間保持した場合、十分な耐鋭敏化特性が得られない。
【0082】
残渣中のNb含有量の好ましい下限は0.055%であり、さらに好ましくは0.057%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.065%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0083】
残渣中のCr含有量の好ましい上限は0.240%であり、さらに好ましくは0.230%であり、さらに好ましくは0.220%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.180%である。残渣中のCr含有量の下限は特に限定されないが、好ましい下限は0.020%である。
【0084】
残渣中のNb含有量及びCr含有量は次の方法で測定できる。オーステナイト系ステンレス鋼材から、試験片を採取する。試験片の長手方向に垂直な断面は、円形であっても矩形であってもよい。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、試験片の長手方向に垂直な断面の中心が肉厚中央位置となり、試験片の長手方向が鋼管の長手方向となるように、試験片を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、試験片の長手方向に垂直な断面の中心が板厚中央位置となり、試験片の長手方向が鋼板の長手方向となるように、試験片を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、試験片の長手方向に垂直な断面の中心が棒鋼のR/2位置となり、試験片の長手方向が棒鋼の長手方向となるように、試験片を採取する。
【0085】
採取した試験片の表面を、予備の電解研磨にて50μm程度研磨して新生面を得る。電解研磨した試験片を、電解液(10%アセチルアセトン+1%テトラアンモニウム+メタノール)で電解する。電解後の電解液を0.2μmのフィルターを通して残渣を捕捉する。得られた残渣を酸分解し、ICP(誘導結合プラズマ)発光分析にて、残渣中のNbの質量と、Crの質量とを求める。さらに、本電解前の試験片の質量と、本電解後の試験片の質量を測定する。そして、本電解前の試験片の質量から本電解後の試験片の質量を差し引いた値を、本電解された母材質量と定義する。残渣中のNb質量を本電解された母材質量で除して、残渣中のNb含有量(質量%)を求める。また、残渣中のCr質量を本電解された母材質量で除して、残渣中のCr質量(質量%)を求める。つまり、次の式に基づいて、残渣中のNb含有量(質量%)、及び、残渣中のCr含有量(質量%)を求める。
残渣中のNb含有量=残渣中のNb質量/母材質量×100
残渣中のCr含有量=残渣中のCr質量/母材質量×100
【0086】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材のCr炭化物粒界被覆率について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす。さらに、残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下である。この場合、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材に対して、10%蓚酸溶液を用いてエッチングを実施して、500μm×500μmの3視野において、結晶粒界の総長さL10と、結晶粒界上でCr炭化物が生成しているCr炭化物粒界被覆領域の総長さL20とを求める。この場合、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、式(3)で定義されるCr炭化物粒界被覆率RACrが10%未満である。
Cr炭化物粒界被覆率RACr=Cr炭化物粒界被覆領域の総長さL20/結晶粒界の総長さL10×100 (3)
【0087】
10%蓚酸溶液を用いたエッチングは次の方法で実施する。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材からサンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、肉厚中央位置を含むサンプルを採取する。サンプルの観察面は、鋼管の長手方向に対して垂直な断面とし、観察面の中央位置が肉厚中央位置に相当するように、サンプルを作製する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、板幅中央位置かつ板厚中央位置を含むサンプルを採取する。サンプルの観察面は、鋼板の長手方向(圧延方向)に対して垂直な断面とし、観察面の中央位置が、板厚中央位置に相当するように、サンプルを作製する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、R/2位置を含むサンプルを採取する。サンプルの観察面は、棒鋼の長手方向に対して垂直な断面とし、観察面の中央位置が、R/2位置に相当するように、サンプルを作製する。
【0088】
作製したサンプルの観察面に対して、エッチングを実施する。試験溶液として、10%蓚酸溶液を調整する。サンプルの観察面を陽極として、20~50℃の10%蓚酸試験溶液中に浸漬する。エッチング面積1cm2当たりの電流を1Aに調整して90秒エッチングする。エッチング後、サンプルを試験溶液から取り出す。サンプルを流水で洗浄し、乾燥する。乾燥後、光学顕微鏡を用いて、200倍の倍率で、エッチングされた観察面の任意の3視野(500μm×500μm)を観察する。
【0089】
図1は、エッチング後の観察面の視野画像の模式図である。図1を参照して、視野画像において、結晶粒界10はエッチングにより溝状に観察される。さらに、Cr炭化物が粒界上に生成した領域20は、結晶粒界10の溝よりも幅の広い溝として観察される。結晶粒界10よりも幅の広い溝の領域、つまり、Cr炭化物が粒界上に生成した領域20を「Cr炭化物粒界被覆領域」20と称する。各視野において、結晶粒界10の総長さL10と、Cr炭化物粒界被覆領域20の総長さL20とを測定する。各視野において、式(3)により、Cr炭化物粒界被覆率RACrを求める。
Cr炭化物粒界被覆率RACr=Cr炭化物粒界被覆領域の総長さL20/結晶粒界の総長さL10×100 (3)
【0090】
3つの視野のCr炭化物粒界被覆率RACrの平均を、オーステナイト系ステンレス鋼材のCr炭化物粒界被覆率RACrと定義する。
【0091】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、10%蓚酸溶液を用いてエッチングを実施して、500μm×500μmの3視野において結晶粒界の総長さL10と結晶粒界上でCr炭化物が生成しているCr炭化物粒界被覆領域の総長さL20とを求めた場合、式(2)で定義されるCr炭化物粒界被覆率RACrが10%未満である。そのため、大入熱溶接後に400~700℃の平均操業温度で長期間使用した場合であっても、優れた耐鋭敏化特性を維持できる。
【0092】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の形状]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の形状は特に限定されない。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよい。また、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、鍛造品であってもよいし、鋳造品であってもよい。
【0093】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の用途について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、600超~750℃の平均操業温度で使用される装置用途に適する。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材はさらに、大入熱溶接が実施された後、600超~750℃の平均操業温度で長期間使用される装置用途に適する。600超~750℃の平均の操業温度であり、一時的に操業温度が750℃を超える場合があっても、平均の操業温度が600超~750℃であれば、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の使用に適する。これらの装置の最高到達温度は750℃よりも高くてもよい。このような装置はたとえば、石油精製や石油化学に代表される化学プラント設備の装置である。これらの装置はたとえば、加熱炉管、槽、配管等を備える。
【0094】
なお、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、化学プラント設備以外の他の設備にも当然に使用可能である。化学プラント設備以外の他の設備はたとえば、化学プラント設備と同様に600超~750℃程度の平均操業温度での使用が想定される、火力発電ボイラ設備(たとえばボイラチューブ等)等である。
【0095】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法]
以下、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法を説明する。以降に説明するオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の一例である。したがって、上述の構成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の好ましい一例である。
【0096】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、素材を準備する工程(準備工程)と、素材に対して熱間加工を実施して中間鋼材を製造する工程(熱間加工工程)と、必要に応じて、熱間加工工程後の中間鋼材に対して酸洗処理を実施した後冷間加工を実施する工程(冷間加工工程)と、冷間加工工程後の中間鋼材に対して、CrNb窒化物を析出させる工程(CrNb窒化物生成処理工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0097】
[準備工程]
準備工程では、上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は第三者から供給されてもよいし、製造してもよい。素材はインゴットであってもよいし、スラブ、ブルーム、ビレットであってもよい。素材を製造する場合、次の方法により、素材を製造する。上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを製造する。製造された溶鋼を用いて、連続鋳造法によりスラブ、ブルーム、ビレット(円柱素材)を製造してもよい。製造されたインゴット、スラブ、ブルームに対して熱間加工を実施して、ビレットを製造してもよい。たとえば、インゴットに対して熱間鍛造を実施して、円柱状のビレットを製造し、このビレットを素材(円柱素材)としてもよい。この場合、熱間鍛造開始直前の素材の温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。熱間鍛造後の素材の冷却方法は特に限定されない。
【0098】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備工程において準備された素材に対して熱間加工を実施して、中間鋼材を製造する。中間鋼材はたとえば鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよい。
【0099】
中間鋼材が鋼管である場合、熱間加工工程では、次の加工を実施する。初めに、円柱素材を準備する。機械加工により、円柱素材の中心軸に沿った貫通孔を形成する。貫通孔が形成された円柱素材に対して、ユジーンセジュルネ法に代表される熱間押出を実施して、中間鋼材(鋼管)を製造する。熱間押出直前の素材の温度は特に限定されない。熱間押出直前の素材の温度はたとえば、1000~1300℃である。熱間押出法に代えて、熱間押抜き製管法を実施してもよい。
【0100】
熱間押出に代えて、マンネスマン法による穿孔圧延を実施して、鋼管を製造してもよい。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率は特に限定されないが、たとえば、20~80%である。熱間加工により鋼管を製造した場合、熱間加工が完了した直後の鋼管温度(仕上げ温度)は、900℃以上であるのが好ましい。
【0101】
中間鋼材が鋼板である場合、熱間加工工程はたとえば、一対のワークロールを備える1又は複数の圧延機を用いる。スラブ等の素材に対して圧延機を用いて熱間圧延を実施して、鋼板を製造する。熱間圧延前に素材を加熱する。加熱後の素材に対して熱間圧延を実施する。熱間圧延直前の素材の温度はたとえば、1000~1300℃である。熱間加工により鋼板を製造した場合、熱間加工が完了した直後の鋼板温度(仕上げ温度)は、900℃以上であるのが好ましい。
【0102】
中間鋼材が棒鋼である場合、熱間加工工程はたとえば、粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とを含む。粗圧延工程では、素材を熱間加工してビレットを製造する。粗圧延工程はたとえば、分塊圧延機を用いる。分塊圧延機により素材に対して分塊圧延を実施して、ビレットを製造する。分塊圧延機の下流に連続圧延機が設置されている場合、分塊圧延後のビレットに対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの小さいビレットを製造してもよい。連続圧延機では、たとえば、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。粗圧延工程では、ブルーム等の素材をビレットに製造する。粗圧延工程直前の素材温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。仕上げ圧延工程では、初めにビレットを加熱する。加熱後のビレットに対して、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、棒鋼を製造する。仕上げ圧延工程での加熱炉での加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。熱間加工により棒鋼を製造した場合、熱間加工が完了した直後の棒鋼温度(仕上げ温度)は、1000℃以上であるのが好ましい。
【0103】
[冷間加工工程]
冷間加工工程は必要に応じて実施する。つまり、冷間加工工程は実施しなくてもよい。実施する場合、中間鋼材に対して、酸洗処理を実施した後、冷間加工を実施する。中間鋼材が鋼管又は棒鋼である場合、冷間加工はたとえば、冷間抽伸である。中間鋼材が鋼板である場合、冷間加工はたとえば、冷間圧延である。冷間加工工程を実施することにより、CrNb窒化物生成処理工程前に、中間鋼材に歪を付与する。これにより、CrNb窒化物生成処理工程時において再結晶の発現及び整粒化を行うことができる。冷間加工工程における減面率は特に限定されないが、たとえば、10~90%である。
【0104】
[CrNb窒化物生成処理工程]
CrNb窒化物生成処理工程では、熱間加工工程後又は冷間加工工程後の中間鋼材に対して、CrNb窒化物生成処理を実施する。これにより、Cr炭化物及びCrNの生成を抑えつつ、CrNb窒化物を適量析出させる。その結果、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材から抽出残渣法により得られた残渣中のNb含有量を質量%で0.052%以上とし、Cr含有量を質量%で0.245%以下とすることができる。
【0105】
CrNb窒化物生成処理は、次の方法で実施する。炉内雰囲気が大気雰囲気である熱処理炉内に、中間鋼材を装入する。ここでいう大気雰囲気は、大気を構成する気体である窒素を体積で78%以上、酸素を体積で20%以上含有する雰囲気を意味する。大気雰囲気の炉内において、中間鋼材を昇温する。このとき、常温から1000℃の温度範囲での昇温速度HRを10℃/秒以下とする。
【0106】
昇温速度HR:10℃/秒以下
昇温速度HRは、鋼材温度が常温から1000℃になるまでの平均昇温速度(℃/秒)を意味する。CrNb窒化物は、化学成分によるものの約600~1200℃の温度範囲で生成する。そこで、600~1200℃の温度域での鋼材の滞在時間を長くして、CrNb窒化物の生成を促進する。具体的には、昇温速度HRを10℃/秒以下とする。
【0107】
常温から1000℃までの温度域での昇温速度HRが10℃/秒を超える場合、CrNb窒化物が十分に生成しない。そのため、Nb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下である残渣が得られない。つまり、適切なCrNb窒化物が生成されない。
【0108】
常温から1000℃までの温度域での昇温速度HRが10℃/秒以下である場合、CrNb窒化物が適切な量生成する。その結果、残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上、Cr含有量が質量%で0.245%以下となる。
【0109】
常温から1000℃までの温度域での昇温速度HRの好ましい上限は9℃/秒であり、さらに好ましくは8℃/秒である。常温から1000℃までの温度域での昇温速度HRの好ましい下限は2.5℃/秒であり、さらに好ましくは3.0℃/秒である。
【0110】
熱処理温度T:1000~1350℃
CrNb窒化物生成処理での熱処理温度Tが1000℃未満であれば、Cr炭化物やCrNが十分に固溶しない場合がある。この場合、鋼材中の固溶Crが低減し、耐鋭敏化特性が低下する。一方、熱処理温度Tが1350℃を超えれば、CrNb窒化物が固溶してしまい、粒界の総面積が返って低減する。この場合、耐鋭敏化特性が低下するだけでなく、クリープ延性も低下する。
【0111】
熱処理温度Tが1000~1350℃であれば、Cr炭化物及びCrNを十分に固溶できる。熱処理温度Tの好ましい下限は1010℃であり、さらに好ましくは1020℃であり、さらに好ましくは1030℃である。熱処理温度Tの好ましい上限は1300℃であり、さらに好ましくは1250℃である。
【0112】
保持時間t:2分以上
平均冷却速度CR:15℃/秒以上
熱処理温度Tでの保持時間tは特に限定されないが、保持時間tはたとえば、2分以上である。保持時間tの上限は特に限定されないが、たとえば、500分である。熱処理温度Tで保持時間t保持した後、少なくとも、鋼材温度が800~500℃の温度域での平均冷却速度CRを15℃/秒以上で冷却する。平均冷却速度CRが15℃/秒未満である場合、800~500℃の温度範囲を冷却している間に、鋼材中にM236型のCr炭化物が生成してしまう。この場合、残渣中のCr含有量が0.800%を超える。この場合、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐応力緩和割れ性及び耐鋭敏化特性が低下する。
【0113】
平均冷却速度CR2が15℃/秒以上であれば、800~500℃の温度範囲を冷却している間に、鋼材中にCr炭化物が過剰に生成するのを抑制できる。そのため、CrNb窒化物生成熱処理工程後のオーステナイト系ステンレス鋼材の残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上となり、Cr含有量が質量%で0.245%以下となる。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼材の耐鋭敏化特性が高めることができる。
【0114】
以上の工程により、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造できる。上述の製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の一例である。したがって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、上述の製造方法に限定されない。上述の式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有し、残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下であれば、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、上述の製造方法に限定されない。
【0115】
以上のとおり、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、化学組成中の各元素が上述の数値範囲内であって、Mo含有量及びW含有量が式(1)及び式(2)を満たす。さらに、残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下である。そのため、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、大入熱溶接後に、600超~750℃の平均操業温度で長期間使用した場合であっても、高いクリープ強度及び高いクリープ延性を示し、かつ、優れた耐鋭敏化特性、優れた耐応力緩和割れ性及び優れた耐凝固割れ性を有する。
【0116】
なお、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材を溶接して溶接継手とする場合、次の方法により溶接継手を製造する。
【0117】
母材として、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材を準備する。準備された母材に対して、開先を形成する。具体的には、母材の端部に、周知の加工方法により開先を形成する。開先形状は、V形状であってもよいし、U形状であってもよいし、X形状であってもよいし、V形状、U形状及びX形状以外の他の形状であってもよい。
【0118】
準備された母材に対して溶接を実施して、溶接継手を製造する。具体的には、開先が形成された2つの母材を準備する。準備された母材の開先同士を突き合わせる。そして、突き合わされた一対の開先部に対して、上述の溶接材料を用いて溶接を実施して、上述の化学組成を有する溶接金属を形成する。
【0119】
溶接方法は、溶接金属を1層形成してもよいし、多層盛り溶接であってもよい。溶接方法はたとえば、ティグ溶接(GTAW)、被覆アーク溶接(SMAW)、フラックス入りワイヤアーク溶接(FCAW)、ガスメタルアーク溶接(GMAW)、サブマージアーク溶接(SAW)である。以上の製造工程により、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材を用いた溶接継手を製造できる。
【実施例
【0120】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の製造]
表1の化学組成を有する母材用の溶鋼を製造した。
【0121】
【表1】
【0122】
表1中の空白は、対応する元素含有量が検出限界未満であったことを示す。検出限界未満である場合、その元素は含有されていなかったとみなした。
【0123】
溶鋼を用いて、外径120mm、30kgのインゴットを製造した。インゴットに対して熱間鍛造を実施して、厚さ30mmの素材とした。熱間鍛造前のインゴットの温度は1250℃であった。さらに、素材に対して熱間圧延を実施して、厚さ15mmの中間鋼材(鋼板)を製造した。熱間加工(熱間圧延)前の素材温度は、1250℃であった。熱間加工後の中間鋼材温度は900℃以上であった。
【0124】
熱間圧延後の中間鋼材に対して、CrNb窒化物生成処理を実施した。CrNb窒化物生成処理での熱処理温度T(℃)は表2に示すとおりであった。なお、CrNb窒化物生成処理における熱処理温度Tでの保持時間tは30分であった。保持時間t経過後の中間鋼材を常温(20±15℃)まで水冷した。このとき、800~500℃までの平均冷却速度CRは表2に示すとおりであった。以上の工程により、オーステナイト系ステンレス鋼材を製造した。
【0125】
[Cr炭化物粒界被覆率測定試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向中央位置において、長手方向に垂直に切断した。切断面に対して、10%蓚酸溶液を準備した。上述の切断面を観察面とした。観察面を陽極として、20~50℃の10%蓚酸試験溶液中に浸漬した。エッチング面積1cm2当たりの電流を1Aに調整して、90秒エッチングした。エッチング後、試験片を試験溶液から取り出した。試験片を流水で洗浄し、乾燥した。
【0126】
乾燥後の観察面のうち、光学顕微鏡を用いて、200倍にて、任意の3視野を選択した。各視野の面積は500μm×500μmであった。図1に示すように、視野において、結晶粒界10はエッチングにより溝状に観察された。さらに、Cr炭化物粒界被覆領域20は、結晶粒界10の溝よりも幅の広い溝として観察された。各視野において、結晶粒界10の総長さL10と、Cr炭化物粒界被覆領域20の総長さL20とを測定した。そして、各視野において、式(3)により、Cr炭化物粒界被覆率RACrを求めた。
Cr炭化物粒界被覆率RACr=Cr炭化物粒界被覆領域の総長さL20/結晶粒界の総長さL10×100 (3)
【0127】
本実施例では、Cr炭化物粒界被覆率RACrが10%以下である場合、合格と判断した。(表2中で「E」(Excellent))。一方、Cr炭化物粒界被覆率RACrが10%を超える場合、不合格と判断した(表2中で「B」(Bad))。
【0128】
[大入熱溶接模擬試験片の作製]
製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材を用いて、次の方法により、大入熱溶接を模擬した大入熱溶接模擬試験片を作製した。
【0129】
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材の板幅中央位置かつ板厚中央位置を含む、角状試験片を採取した。角状試験片の長手方向は、オーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向に平行であった。角状試験片の長さは100mmであった。角状試験片の長手方向に垂直な断面(横断面)は、10mm×10mmの矩形であった。角状試験片の横断面の中央位置は、オーステナイト系ステンレス鋼材の板幅中央位置かつ板厚中央位置にほぼ一致した。
【0130】
高周波熱サイクル装置を用いて、角状試験片に対して次の熱履歴を付与した。角状試験片を大気中において、常温から70℃/秒で1400℃まで昇温した。さらに1400℃で10秒保持した。その後、角状試験片を20℃/秒の冷却速度で常温まで冷却した。以上の熱履歴を角状試験片に付与することにより、大入熱溶接模擬試験片を作製した。
【0131】
[クリープ強度及びクリープ延性評価試験(クリープ破断試験)]
上述の大入熱溶接模擬試験片を加工して、JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験片を作製した。クリープ破断試験片の軸方向に垂直な断面は円形であり、クリープ破断試験片の外径は6mmであり、平行部は30mmであった。
【0132】
作製されたクリープ破断試験片を用いて、JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験を実施した。具体的には、クリープ破断試験片を650℃で加熱した後、クリープ破断試験を実施した。試験応力は45MPaとし、クリープ破断時間(時間)及び、クリープ破断絞り(%)を求めた。
【0133】
クリープ強度に関して、クリープ破断時間が3000時間以上の場合、600℃超の高温環境において、鋼材のクリープ強度が優れると判断した(表2中の「クリープ強度」欄で「E」(Excellent)で表記)。クリープ破断時間が3000時間未満の場合、600℃超の高温環境において、鋼材のクリープ強度が低いと判断した(表2中の「クリープ強度」欄で「B」(Bad)で表記)。
【0134】
クリープ延性に関して、クリープ破断絞りが20.0%以上の場合、600℃超の高温環境での鋼材のクリープ延性に優れると判断した(表2中の「クリープ延性」欄で「E」(Excellent)で表記)。クリープ破断絞りが20.0%未満の場合、600℃超の高温環境での母材のクリープ延性が低いと判断した(表2中の「クリープ延性」欄で「B」(Bad)で表記)
【0135】
[応力緩和割れ感受性評価試験(SR割れ評価試験)]
大入熱溶接模擬試験片を用いて、ASTM E328-02に準拠した応力緩和試験を実施した。大入熱溶接模擬試験片から、SR割れ評価試験用の試験片を作製した。試験片は、長さ80mm、GL=30mmのつば付きクリープ試験片とした。たわみ変位負荷用試験ジグを用いて、試験片に対して、初期の冷間歪を10%付与した。冷間歪が付与された試験片が取り付けられた試験ジグを加熱炉に装入して、650℃で1000時間保持した。1000時間経過後の試験片が破断している場合、応力割れ感受性が高いと判断した(表2中の「SR割れ試験」欄で「B」と表記)。また、1000時間経過後の試験片が破断していない場合、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、試験片の長手方向に垂直な断面のミクロ組織観察を実施した。このとき、倍率を2000倍とした。ミクロ組織観察の結果、粒界に割れが発生している場合、又は、クリープボイドが発生している場合、応力割れ感受性が高いと判断した(表2中の「SR割れ試験」欄で「B」で表記)。一方、SEMによるミクロ組織観察において、粒界での割れの発生を確認できず、かつ、クリープボイドの発生も確認できない場合、応力割れ感受性が低いと判断した(表2の「SR割れ試験」欄で「E」と表記)。
【0136】
[再活性化率測定試験]
再活性化率測定試験を実施する前に、大入熱溶接模擬試験片に対して、次に示す長時間鋭敏化処理を実施した。大入熱溶接模擬試験片を熱処理炉に装入した。熱処理炉において、大入熱溶接模擬試験片を大気中、大気圧にて、550℃で10000時間保持(鋭敏化処理)した。10000時間経過後の大入熱溶接模擬試験片を熱処理炉から抽出して、放冷した。
【0137】
長時間鋭敏化処理後の大入熱溶接模擬試験片を用いて、ASTM G108-94に規定の電気化学的活性化特性試験(Electrochemical Potentiokinetic Reactivation test:以下、EPR試験という)を実施した。具体的には、大入熱溶接模擬試験片を電極として、温度30℃、容量200cm3の0.5mol硫酸+0.01molチオシアン酸カリウム溶液に浸漬した。次に、大入熱溶接模擬試験片に対して、分極速度100mV/分の直線分極で、自然電位から300mVまで貴方向に走査した。飽和甘こう電極基準で300mVに到達後、直ちに元の自然電位まで卑方向に走査した。貴方向(往路)への電圧印加時に流れた電流を測定した。そして、卑方向(復路)への電圧印加時に流れた電流を測定した。得られた電流値に基づいて、再活性化率(%)を次のとおり定義した。
再活性化率=(復路の最大アノード電流/往路の最大アノード電流)×100
【0138】
再活性化率が低いほど、鋭敏化度(Degree Of Sensitization:DOS)が低く、耐鋭敏化特性が高い。本実施例では、再活性化率が10%以下である場合、合格と判断した。(表2中で「E」と表記)。一方、再活性化率が10%を超える場合、不合格と判断した(表2中で「B」と表記)。
【0139】
[耐凝固割れ性評価試験]
大入熱溶接模擬試験片を用いず、各試験番号の鋼材(鋼板)を用いて、耐凝固割れ性評価試験を次の方法で実施した。各試験番号の2枚の鋼板の長手方向に延びる側面に開先面を有した。開先面は、開先角度は30°であり、ルート厚さが1mmのV開先面であった。
【0140】
拘束板を準備した。拘束板は、厚さ25mm、幅200mm、長さ200mmであり、JIS G 3106(2008)に記載の「SM400C」に相当する化学組成を有した。拘束板上に、2枚の鋼板を配置した。このとき2枚の鋼板の開先面を互いに突き合わせた。2枚の鋼板を配置した後、被覆アーク溶接棒を用いて、2枚の鋼板の四周を拘束溶接した。被覆アーク溶接棒は、JIS Z 3224(2010)に規定の「ENiCrMo-3」に相当する化学組成を有した。鋼板の四周を拘束溶接した後、多層溶接を実施した。具体的には、ノーフィラーのTIG溶接により、入熱量を10kJ/cmとして溶接して初層を形成した。その後、「ENiCrMo-3」に相当する化学組成を有する被覆アーク溶接棒を用いて、入熱量を20kJ/cmとして多層溶接を実施した。
【0141】
多層溶接後、溶接部を含む試験片を10個採取した。そして、各試験片のHAZが確認可能な断面を鏡面研磨した後、混酸でエッチングした。エッチングされた観察面のうち、HAZが確認可能な1視野において、割れの発生の有無を、400倍の光学顕微鏡を用いて観察した。10個の試験片のうち、1個でも割れが認められた場合、耐凝固割れ性が低いと判断した(表2中の「耐凝固割れ性」欄で「B」と表記)。一方、10個全てにおいて、割れが確認されなかった場合、耐凝固割れ性が高いと判断した(表2中の「耐凝固割れ性」欄で「E」と表記)。なお、耐凝固割れ性評価試験で凝固割れが確認された試験番号の鋼材に対しては、他の評価試験を実施しなかった。
【0142】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。表2中の「-」は、評価試験を実施していないことを示す。
【表2】
【0143】
表1及び表2を参照して、試験番号A1~A16では、化学組成中の各元素含有量が適切であり、かつ、F1が式(1)を満たし、F2が式(2)を満たした。さらに、残渣中のNb含有量が質量%で0.052%以上であり、Cr含有量が質量%で0.245%以下であった。そのため、Cr炭化物粒界被覆率RACrが10%以下であった。その結果、高いクリープ強度、高いクリープ延性が得られ、かつ、耐応力緩和割れ性が高く、再活性化率測定試験において、再活性化率が10%以下であった。
【0144】
一方、試験番号B1では、F1が式(1)の下限未満であった。そのため、耐応力緩和割れ性と、耐鋭敏化特性の向上と、耐凝固割れ性の向上とを同時に満たすことができなかった。さらに、クリープ延性が低かった。
【0145】
一方、試験番号B2では、C含有量が高かった。そのため、再活性化率測定試験において、再活性化率が10%を超えた。
【0146】
試験番号B3及びB4では、F1が式(1)の上限を超えた。そのため、耐凝固割れ性が低かった。
【0147】
試験番号B5では、F2が式(2)の下限未満であった。クリープ延性が低下した。オーステナイトの安定性が低下してシグマ相が析出した結果、クリープ延性が低下したと考えられる。
【0148】
試験番号B6では、F2が式(2)の上限を超えた。そのため、高いクリープ強度、高いクリープ延性が得られ、かつ、耐応力緩和割れ性が高く、再活性化率測定試験において、再活性化率が10%以下であった。さらに、Cr炭化物粒界被覆率RACrが10%以下であった。しかしながら、鋼材の化学組成中のNi含有量が高かった。
【0149】
試験番号B7では、CrNb窒化物生成処理での昇温速度HRが速すぎた。そのため、残渣中のNb含有量が低すぎ、CrNb窒化物の生成が不足していることが予想された。その結果、再活性化率測定試験において、再活性化率が10%を超えた。さらに、クリープ延性が低かった。
【0150】
試験番号B8では、平均冷却速度CRが遅かった。そのため、残渣中のCr含有量が高すぎた。そのため、耐応力緩和割れ性が低かった。さらに、再活性化率測定試験において、再活性化率が10%を超えた。さらに、Cr炭化物粒界被覆率が10%を超えた。
【0151】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1