(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】鋼板及びめっき鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230512BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230512BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
(21)【出願番号】P 2021565434
(86)(22)【出願日】2020-12-01
(86)【国際出願番号】 JP2020044619
(87)【国際公開番号】W WO2021124864
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2019229403
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】吉田 充
(72)【発明者】
【氏名】林 宏太郎
(72)【発明者】
【氏名】首藤 洋志
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/099206(WO,A1)
【文献】特開2007-270197(JP,A)
【文献】特開2007-070648(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.20%、
Si:0.005~2.00%、
Mn:0.50~4.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
sol.Al:0.001~1.00%、
Ti:0.15~0.40%、
N:0.0010~0.0100%、
Nb:0~0.100%、
V:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~2.00%、
B:0~0.0020%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
Bi:0~0.0200%
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織が、面積分率で、フェライトを90%以上、残留オーステナイトを3%未満含有し、前記残留オーステナイトを除く平均結晶粒径が10.0μm以下であり、前記残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が0.3以上であり、Mn濃度の標準偏差が0.60質量%以下であり、
引張強度が980MPa以上である
ことを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001~0.100%、
V:0.005~1.00%、
Mo:0.001~1.00%、
Cu:0.02~1.00%、
Ni:0.02~1.00%、
Cr:0.02~2.00%、
B:0.0001~0.0020%、
Ca:0.0002~0.0100%、
Mg:0.0002~0.0100%、
REM:0.0002~0.0100%、および、
Bi:0.0001~0.0200%
からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鋼板の表面に、めっき層が形成されていることを特徴とするめっき鋼板。
【請求項4】
前記めっき層が、溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項3に記載のめっき鋼板。
【請求項5】
前記溶融亜鉛めっき層が、合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項4に記載のめっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板及びめっき鋼板に関する。より詳しくは、本発明は、自動車用、家電用、機械構造用、建築用などの用途に用いられる素材として好適な、高強度でかつ伸びと曲げ加工性に優れる鋼板及びめっき鋼板に関する。
本願は、2019年12月19日に、日本に出願された特願2019-229403号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、多くの分野において炭酸ガス排出量削減に取り組んでいる。自動車メーカーにおいても低燃費化を目的とした車体軽量化の技術開発が盛んに行われている。しかし、乗員安全確保のために耐衝突特性の向上にも重点が置かれるため、車体軽量化は容易ではない。そこで、車体軽量化と耐衝突特性とを両立させるべく、高強度鋼板を用いて部材を薄肉化することが検討されている。このため、高い強度と優れた成形性とを兼備する鋼板が強く望まれる。具体的には、自動車の内板部材、構造部材、足廻り部材等に用いられる鋼板では、曲げ加工が多用されるため、高強度でかつ伸びと曲げ加工性を求められることが多い。
【0003】
優れた伸びを得られる鋼板として、軟質なフェライト相と硬質なマルテンサイト相との複合組織で構成されるDual Phase鋼板(以下DP鋼)が知られている(例えば、特許文献1)。DP鋼板は伸びに優れる一方で、著しく硬度の異なるフェライト相とマルテンサイト相との界面からボイドが発生して割れが生じる場合があるので、曲げ加工性に劣る場合があった。
【0004】
特許文献2には、スラブが凝固してから1300℃までの温度域の冷却速度を10~300℃/分とし、仕上げ圧延後は500℃以上700℃以下で巻き取ることにより得られる、鋼組織がフェライト単相からなり、引張強度が1180MPa以上である高強度熱延鋼板が提案されており、特許文献2には該高強度熱延鋼板により曲げ加工性が改善されると開示されている。しかしながら、特許文献2に記載の熱延鋼板は、スラブをフェライト相が生成し始める900℃未満に冷却することなく再加熱し、熱間圧延に供されているため、凝固時に形成された偏析が十分に軽減されておらず、曲げ加工性が安定しない場合があるという課題があった。
【0005】
特許文献3には、連続鋳造後5時間以内に熱間圧延を完了させることにより溶解度を超えるTiをγ中に固溶させ、550℃以上700℃以下の巻取り中にフェライト変態と共に微細なTiCを析出させることにより、フェライト面積分率が80%以上で980MPa以上の引張強度を有する鋼板を製造する方法及び該鋼板が提案されている。しかしながら、特許文献3においても粗大なTiCの析出を抑制するために、連続鋳造から熱間仕上げ圧延完了までをオーステナイト域で行うため、Mn偏析による曲げ加工性の低下が生じる場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開平6-128688号公報
【文献】日本国特開2014-194053号公報
【文献】日本国特開2014-208876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、高強度であり、且つ、伸びおよび曲げ加工性に優れた鋼板及びめっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋼板の化学組成及び製造条件の最適化により、鋼板の金属組織とMn偏析を制御することで、高強度であり、且つ、伸び及び曲げ加工性に優れた鋼板及びめっき鋼板を製造できることを知見した。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下の通りである。
【0010】
[1]本発明の一態様に係る鋼板は、化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.20%、
Si:0.005~2.00%、
Mn:0.50~4.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0100%以下、
sol.Al:0.001~1.00%、
Ti:0.15~0.40%、
N:0.0010~0.0100%、
Nb:0~0.100%、
V:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Cr:0~2.00%、
B:0~0.0020%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
Bi:0~0.0200%
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織が、面積分率で、フェライトを90%以上、残留オーステナイトを3%未満含有し、前記残留オーステナイトを除く平均結晶粒径が10.0μm以下であり、前記残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が0.3以上であり、Mn濃度の標準偏差が0.60質量%以下であり、
引張強度が980MPa以上である。
[2][1]に記載の鋼板では、前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001~0.100%、
V:0.005~1.00%、
Mo:0.001~1.00%、
Cu:0.02~1.00%、
Ni:0.02~1.00%、
Cr:0.02~2.00%、
B:0.0001~0.0020%、
Ca:0.0002~0.0100%、
Mg:0.0002~0.0100%、
REM:0.0002~0.0100%、および、
Bi:0.0001~0.0200%
からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
【0011】
[3]本発明の別の一態様に係るめっき鋼板は、[1]又は[2]に記載の鋼板の表面に、めっき層が形成されている。
[4][3]に記載のめっき鋼板では、前記めっき層が溶融亜鉛めっき層であってもよい。
[5][4]に記載のめっき鋼板では、前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る上記一態様によれば、高強度であり、且つ伸び及び曲げ加工性に優れた鋼板及びめっき鋼板を提供することができる。本発明に係る鋼板またはめっき鋼板を自動車の内板部材、構造部材、足廻り部材等の部品の素材として使用すれば、部品形状に加工することが容易であり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態に係る鋼板及びめっき鋼板について以下に詳しく説明する。まず、本実施形態に係る鋼板の化学組成について説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
以下に記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」または「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。以下の説明において、鋼の化学組成に関する%はいずれも質量%である。
【0014】
<鋼の化学組成>
(C:0.05~0.20%)
Cは、Ti等と結合して炭化物を生成させることで鋼の引張強度を高める。C含有量が0.05%未満では980MPa以上の引張強度が得難くなる。したがって、C含有量は0.05%以上とする。C含有量は、好ましくは0.07%以上、0.08%以上、又は0.10%以上とする。一方、C含有量が0.20%超では、粗大な炭化物が形成されて鋼板の曲げ加工性が低下する。また溶接性が顕著に劣化する。したがって、C含有量は0.20%以下とする。C含有量は、好ましくは0.15%以下又は0.14%以下、より好ましくは0.13%以下である。
【0015】
(Si:0.005~2.00%)
Siは、固溶強化および焼入性を高めることによって鋼の引張強度を高める作用を有する。また、Siは、セメンタイトの析出を抑制する作用も有する。Si含有量が0.005%未満では、上記作用を発揮させることが困難となる。したがって、Si含有量は0.005%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.01%以上、0.03%以上、又は0.10%以上である。一方、Si含有量が2.00%超では、熱間圧延工程における表面酸化により、鋼板の表面性状が著しく劣化する。したがって、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.60%以下又は1.50%以下、より好ましくは1.30%以下である。
【0016】
(Mn:0.50~4.00%)
Mnは、固溶強化および焼入性を高めることによって鋼の引張強度を高める作用を有する。Mn含有量が0.50%未満ではフェライト変態が過度に促進されてしまい、高温でフェライト変態と共にTi等の炭化物が粗大に析出してしまい、980MPa以上の鋼板の引張強度が得難くなる。したがって、Mn含有量は0.50%以上とする。Mn含有量は、好ましくは0.70%以上又は0.80%以上であり、より好ましくは1.00%以上である。一方、Mn含有量が4.00%超では、高濃度のMn偏析が生成してMn濃度の標準偏差が大きくなって曲げ加工性が低下する。したがって、Mn含有量は4.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.70%以下、より好ましくは3.50%以下、より一層好ましくは3.30%以下又は3.00%以下である。
【0017】
(Ti:0.15~0.40%)
Tiは、Cと結合して炭化物を形成し、微細析出により鋼板の引張強度を高める。また、Tiは、Ti窒化物によりオーステナイト粒の粗大化を抑制して金属組織を微細化する作用を有する。Ti含有量が0.15%未満では980MPa以上の引張強度が得難くなる。したがって、Ti含有量は0.15%以上とする。Ti含有量は、好ましくは、0.17%以上であり、より好ましくは0.19%以上、最も好ましくは0.21%以上である。一方、Tiを過剰に含有させると、粗大な窒化物や炭化物が生成されることにより伸びや曲げ加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0.40%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.38%以下、0.35%以下、又は0.30%以下である。
【0018】
(sol.Al:0.001~1.00%)
Alは、製鋼段階で脱酸により鋼を清浄化(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制)し、かつフェライト変態を促進する作用を有する。sol.Al含有量が0.001%未満では、上記作用を発揮させることが困難となる。したがって、sol.Al含有量は0.001%以上とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.02%以上又は0.03%以上である。一方、sol.Al含有量を1.00%超としても、上記作用による効果が飽和するとともに、精錬コストの上昇を引き起こす。したがって、sol.Al含有量は1.00%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下又は0.10%以下である。なお、sol.Alは酸可溶性Alを意味する。
【0019】
(N:0.0010~0.0100%)
Nは、Ti窒化物を形成してスラブ再加熱時及び熱間圧延中のオーステナイトの粗大化を抑制して、金属組織を微細化する作用を有する。N含有量が0.0010%未満では上記作用を発揮させることが困難となる。したがって、N含有量は0.0010%以上とする。N含有量は、好ましくは0.0015%以上、より好ましくは0.0020%以上又は0.0030%以上である。一方、N含有量が0.0100%超では、粗大なTi窒化物を形成して、鋼板の伸びフランジ性を劣化させる。したがって、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0060%以下、0.0050%以下、又は0.0045%以下である。
【0020】
(P:0.100%以下)
Pは、不純物として鋼中に含有される元素であり、鋼板の曲げ加工性を低下させる作用を有する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.060%以下、より好ましくは0.040%以下、より一層好ましくは0.020%以下である。Pは原料から不純物として混入するが、その下限を特に制限する必要はなく、曲げ加工性を確保する観点からはPの含有量はより低い方が好ましい。ただし、P含有量を過剰に低減すると、製造コストが増加する。製造コストの観点からは、P含有量は好ましくは0.001%以上又は0.003%以上、より好ましくは0.005%以上である。
【0021】
(S:0.0100%以下)
Sは、不純物として含有される元素であり、鋼板の曲げ加工性を低下させる作用を有する。そのため、S含有量は0.0100%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0080%以下、より好ましくは0.0060%以下、より一層好ましくは0.0030%以下である。Sは原料から不純物として混入するが、その下限を特に制限する必要はなく、曲げ加工性を確保する観点からはSの含有量はより低い方が好ましい。ただし、S含有量を過剰に低減すると、製造コストが増加する。製造コストの観点からは、S含有量は好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.0005%以上、より一層好ましくは、0.0010%以上である。
【0022】
本実施形態に係る鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物からなる。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
本実施形態に係る鋼板は、Feの一部に代え、以下の任意元素を含有してもよい。任意元素を含有させなくても本実施形態に係る鋼板はその課題を解決することができるので、任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。
【0023】
(Nb:0~0.100%)
Nbは任意元素である。Nbは、鋼板の結晶粒径の粗大化を抑制するとともに、フェライト粒径を微細化し、NbCの析出強化により鋼板の引張強度を高める効果を有する。これらの効果を得るには、Nb含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.005%以上又は0.010%以上である。一方、Nb含有量が0.100%を超えると、上記効果が飽和するとともに、仕上げ圧延時の圧延荷重の増加を引き起こす場合がある。そのため、Nbを含有する場合、Nb含有量は、0.100%以下とする。Nb含有量は、好ましくは、0.070%以下又は0.060%以下、より好ましくは0.030%以下である。
【0024】
(V:0~1.00%)
Vは任意元素である。Vは、鋼中に固溶して鋼板の引張強度を高めるとともに、炭化物や窒化物、炭窒化物等として鋼中に析出し、析出強化によっても鋼板の引張強度を向上させる効果を有する。これらの効果を得るには、V含有量を0.005%以上とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは、0.01%以上又は0.05%以上である。一方、V含有量が1.00%を超えると炭化物が粗大化しやすく曲げ加工性の低下を引き起こす場合がある。そのため、Vを含有する場合、V含有量は、1.00%以下とする。V含有量は、より好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下又は0.30%以下である。
【0025】
(Mo:0~1.00%)
Moは任意元素である。Moは、鋼の焼入れ性を高めるとともに、炭化物や炭窒化物を形成して鋼板を高強度化させる効果を有する。これらの効果を得るには、Mo含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは、0.005%以上又は0.010%以上である。一方、Mo含有量が1.00%を超えると、スラブの割れ感受性が高まる場合がある。そのため、Moを含有する場合、Moの含有量は、1.00%以下とする。Mo含有量は、より好ましくは0.80%以下、さらに好ましくは0.60%以下又は0.30%以下である。
【0026】
(Cu:0~1.00%)
Cuは任意元素である。Cuは、鋼の靭性を改善する効果および引張強度を高める効果を有する。これらの効果を得るには、Cu含有量を0.02%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは、0.04%以上又は0.08%以上である。一方、Cuを過剰に含有させると鋼板の溶接性が低下する場合がある。そのため、Cuを含有する場合、Cu含有量は、1.00%以下とする。Cu含有量は、より好ましくは、0.50%以下、より一層好ましくは0.30%以下又は0.10%以下である。
【0027】
(Ni:0~1.00%)
Niは任意元素である。Niは、鋼の靭性を改善する効果および引張強度を高める効果を有する。これらの効果を得るには、Ni含有量を0.02%以上とすることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは、0.10%以上又は0.15%以上である。一方、Niを過剰に含有させると合金コストが嵩み、また、鋼板の溶接熱影響部の靭性が劣化する場合がある。そのため、Niを含有する場合、Ni含有量は1.00%以下とする。Ni含有量は、より好ましくは、0.50%以下、より一層好ましくは0.30%以下又は0.10%以下である。
【0028】
(Cr:0~2.00%)
Crは任意元素である。Crは、鋼の焼入れ性を高めるとともに、炭化物や炭窒化物を形成して鋼板を高強度化させる効果を有する。この効果を得るには、Cr含有量を0.02%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは、0.05%以上又は0.10%以上である。一方、Crを過剰に含有させると、化成処理性が劣化する。そのため、Crを含有する場合、Cr含有量は、2.00%以下とする。Cr含有量は、より好ましくは1.50%以下、より一層好ましくは1.00%以下、特に好ましくは0.50%以下である。
【0029】
(B:0~0.0020%)
Bは任意元素である。Bは、粒界強化や固溶強化により鋼板の引張強度を高める作用を有する。この効果を得るには、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0002%以上又は0.0005%以上である。一方、0.0020%を超えてBを含有させても上記効果が飽和するとともに、合金コストが増加する。そのため、Bを含有する場合、B含有量は、0.0020%以下とする。B含有量は、より好ましくは0.0015%以下、より一層好ましくは0.0013%以下又は0.0010%以下である。
【0030】
(Ca:0~0.0100%)
Caは任意元素である。Caは溶鋼中に微細な酸化物を多数分散させ、鋼板の金属組織を微細化させる効果を有する。また、Caは、溶鋼中のSを球状のCaSとして固定して、MnSなどの延伸介在物の生成を抑制することにより、鋼板の伸びフランジ性を向上させる効果を有する。これらの効果を得るには、Ca含有量を0.0002%以上とすることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは、0.0005%以上又は0.0010%以上である。一方、Ca含有量が0.0100%を超えると、鋼中のCaOの量が増加し、鋼板の靭性に悪影響を与える場合がある。そのため、Caを含有する場合、Ca含有量は0.0100%以下とする。Ca含有量は、より好ましくは、0.0050%以下、より一層好ましくは、0.0030%以下又は0.0020%以下である。
【0031】
(Mg:0~0.0100%)
Mgは任意元素である。MgはCaと同様に溶鋼中に酸化物や硫化物を形成して、粗大なMnSの形成を抑制し、微細な酸化物を多数分散させ、鋼板の金属組織を微細化する効果を有する。これらの効果を得るには、Mg含有量を0.0002%以上とすることが好ましい。Mg含有量は、より好ましくは、0.0005%以上又は0.0010%以上である。一方、Mg含有量が0.0100%を超えると、鋼中の酸化物が増加し、鋼板の靭性に悪影響を与える。そのため、Mgを含有する場合、Mg含有量は、0.0100%以下とする。Mg含有量は、より好ましくは、0.0050%以下、より一層好ましくは、0.0030%以下又は0.0025%以下である。
【0032】
(REM:0~0.0100%)
REMは任意元素である。REMもCaと同様に、溶鋼中に酸化物や硫化物を形成して、粗大なMnSの形成を抑制し、微細な酸化物を多数分散させ、鋼板の金属組織を微細化する効果を有する。これらの効果を得る場合、REM含有量を0.0002%以上とすることが好ましい。REM含有量は、より好ましくは、0.0005%以上又は0.0010%以上である。一方、REM含有量が0.0100%を超えると鋼中の酸化物が増加し、鋼板の靭性に悪影響を与える場合がある。そのため、REMを含有する場合、REM含有量は、0.0100%以下とすることが好ましい。REM含有量は、より好ましくは、0.0050%以下、より一層好ましくは、0.0030%以下又は0.0020%以下である。
ここで、REM(希土類)とは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指す。なお、本実施形態では、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。
【0033】
(Bi:0~0.0200%)
Biは、任意元素である。Biは、凝固組織を微細化して、鋼板の成形性を向上させる効果を有する。この効果を得るには、Bi含有量は、0.0001%以上とすることが好ましい。Bi含有量は、より好ましくは0.0005%以上又は0.0010%以上である。一方、Bi含有量が0.0200%を超えると、上記効果が飽和するとともに合金コストが増加する。そのため、Biを含有する場合、Bi含有量は0.0200%以下とする。より好ましくは0.0100%以下であり、より一層好ましくは0.0070%以下又は0.0030%以下である。
【0034】
次に、鋼板の金属組織について説明する。本実施形態に係る鋼板は、表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織が、面積分率で、フェライトを90%以上、残留オーステナイトを3%未満含有し、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径が10.0μm以下であり、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が0.3以上であり、Mn濃度の標準偏差が0.60質量%以下である。ここで、鋼板の表面から板厚の1/4の深さ位置における金属組織を規定する理由は、この位置における金属組織が、鋼板の代表的な金属組織であるためである。
なお、フェライトと残留オーステナイト以外の金属組織としては、セメンタイト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトが許容される。
【0035】
(フェライトの面積分率:90%以上)
フェライト相は、良好な伸び及び曲げ加工性を得るために必要である。フェライトの面積分率が90%未満ではフェライト以外の硬質相(セメンタイト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイト等)との相界面から早期にき裂が発生したり、硬質相が早期に破壊したりすることにより、伸びや曲げ加工性が低下する。したがって、フェライトの面積分率は90%以上とする。フェライトの面積分率は好ましくは95%以上又は98%以上であり、100%(すなわち、フェライトの単相)であってもよい。
【0036】
(残留オーステナイトの面積分率:3%未満)
フェライト以外の硬質相のうち残留オーステナイトは、加工により非常に硬質なマルテンサイトに変態することで、鋼板の曲げ加工性を著しく劣化させる。そのため、残留オーステナイトの面積分率は3%未満とする。残留オーステナイトの面積分率は好ましくは2%以下、より好ましくは1%以下であり、0%であっても構わない。
【0037】
(残留オーステナイトを除く平均結晶粒径:10.0μm以下)
残留オーステナイトを除く平均結晶粒径が大きい(つまり、結晶粒が粗大である)と曲げ加工性が低下するため、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径は10.0μm以下とする。残留オーステナイトを除く平均結晶粒径は好ましくは9.0μm以下、8.5μm以下、又は8.0μm以下である。残留オーステナイトを除く平均結晶粒径は小さいほど好ましいので下限は特に限定されない。しかしながら、通常の熱間圧延では、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径が1.0μmを下回るような細粒化は技術的に困難であるため、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径は1.0μm以上、2.0μm以上、又は4.0μm以上としてもよい。
なお、本実施形態において「(残留オーステナイトを除く)平均結晶粒径」とは、結晶構造がbccのもの、すなわちフェライト、ベイナイト、マルテンサイト及びパーライトにおいて結晶方位差15°以上の粒界で囲まれ、かつ円相当直径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義した結晶粒径の平均値を意味し、残留オーステナイトの結晶粒径は平均結晶粒径に含めない。
【0038】
(残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比:0.3以上)
本実施形態では、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が0.3以上である。アスペクト比とは結晶粒の短軸の長さを長軸の長さで除した値であり、0から1.0の値を取る。残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が小さいほど結晶粒が扁平であり、1.0に近いほど等軸粒であることを表す。残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が0.3未満では扁平な結晶粒が多く、材質の異方性が大きくなり曲げ加工性が低下する。そのため、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比は0.3以上とする。残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比は0.4以上、0.5以上、又は0.55以上であってもよい。結晶粒が等軸に近づくほど異方性が小さくなり、加工性に優れるため、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比は1.0に近いほど良い。一方、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比は0.9以下、0.8以下、又は0.6以下であってもよい。
【0039】
本実施形態において、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比、及び金属組織の面積分率は、圧延方向及び板厚方向に平行な鋼板断面の、鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織を、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡とEBSD検出器とで構成されたEBSD解析装置を用いて、走査電子顕微鏡(SEM)観察とEBSD(Electron Back Scattering Diffraction:電子線後方散乱回折法)解析により求める。鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置かつ板幅方向中心位置を中心とする圧延方向に200μm、板厚方向に100μmの領域を0.2μm間隔でfccとbccとを区別して結晶方位情報を得る。EBSD解析装置の付属ソフトウェア(AMETEK社製「OIM Analysis(登録商標)」)を用いて、結晶方位差が15°以上である結晶粒界を特定する。bccの平均結晶粒径は、結晶方位差15°以上である結晶粒界で囲まれ、円相当直径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義して、下記(1)式を用いた方法により求める。ただし、下記(1)式中、Dは残留オーステナイトを除く平均結晶粒径、Nは残留オーステナイトを除く平均結晶粒径の評価領域に含まれる結晶粒の数、Aiはi番目(i=1、2、・・、N)の結晶粒の面積、diはi番目の結晶粒の円相当直径を示す。
【0040】
【0041】
15°以上の結晶方位差を有する結晶粒界は主に、フェライト粒界、マルテンサイト及びベイナイトのブロック境界である。JIS G 0552:2013に準じたフェライト粒径の測定方法では、結晶方位差が15°未満のフェライト粒についても粒径が算定されてしまう場合があり、さらに、マルテンサイトやベイナイトのブロックは算定されない。したがって、本実施形態における残留オーステナイトを除く平均結晶粒径は、上述のようにEBSD解析により求めた値を採用する。同時に、各々の結晶粒の長軸の長さ及び短軸の長さも求められるため、本方法を採用することにより、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比も求められる。
【0042】
フェライトの面積分率は、次のような方法で測定する。ここで、結晶方位差が5°以上の結晶粒界で囲まれ、かつ円相当直径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義する。その結晶粒内の、OIM Analysisに装備されているGrain Average Misorientation解析により求められる値(GAM値)が0.6°以下である結晶粒の面積分率を算出する。このような方法により、フェライトの面積分率を得る。フェライトの面積分率を求める際に結晶方位差5°以上の境界を結晶粒界と定義する理由は、同一の旧オーステナイト粒から近いバリアントで生成した異なる金属組織が区別出来ない場合があるためである。
【0043】
残留オーステナイトの面積分率は、EBSD解析によりfccと判別された金属組織の面積分率を算出することで得る。
【0044】
(Mn濃度の標準偏差:0.60質量%以下)
本実施形態に係る鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置におけるMn濃度の標準偏差は0.60質量%以下である。これにより、Mn偏析に伴う局所的な引張強度のバラツキが低減されて、良好な曲げ加工性を安定して得ることができる。Mn濃度の標準偏差は0.58質量%以下、0.55質量%以下、又は0.52質量%以下であってもよい。Mn濃度の標準偏差の値は小さいほど望ましいが、製造プロセスの制約より、実質的な下限は0.10質量%である。Mn濃度の標準偏差は0.12質量%以上、0.15質量%以上、又は0.20質量%以上であってもよい。
【0045】
Mn濃度の標準偏差は、鋼板のL断面を鏡面研磨した後に、鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置を電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)で測定することにより得られる。測定条件は加速電圧を15kVとし、倍率を5000倍として試料圧延方向に20μm及び試料板厚方向に20μmの範囲の分布像を測定する。より具体的には、測定間隔を0.1μmとし、40000か所以上のMn濃度を測定する。次いで、全測定点から得られたMn濃度に基づいて標準偏差を算出することで、Mn濃度の標準偏差を得る。
【0046】
<機械特性>
(引張強度:980MPa以上)
本実施形態に係る鋼板は、金属組織およびMn偏析の制御により、高強度であり、且つ優れた伸びと曲げ加工性を有する。しかし、鋼板の引張強度が小さいと、車体軽量化や剛性向上などの効果が小さい。そのため、本実施形態に係る鋼板の引張強度(TS)は980MPa以上とする。引張強度は好ましくは1080MPa以上、1130MPa以上、又は1180MPa以上である。上限は特に規定しないが、引張強度が高くなるに伴いプレス成型が困難となるため、引張強度は1800MPa以下としてもよい。
【0047】
(伸びと引張強度のバランス)
本実施形態に係る鋼板は高強度であり、かつ、優れた伸びを有する。そのため、本実施形態に係る鋼板は伸びと引張強度とのバランスに優れており、該バランスの指標となるTS×Elが15000MPa・%以上であることが好ましく、16000MPa・%以上、又は17000MPa・%以上であることがより好ましい。
【0048】
鋼板の引張強度と伸びは、JIS Z 2241:2011に規定された5号試験片を用いて、引張強度と破断全伸び(El)により評価する。
【0049】
<製造方法>
本実施形態に係る鋼板の製造条件の限定理由を説明する。
本発明者らは、本実施形態に係る鋼板が、以下のような加熱工程、熱間圧延工程、冷却工程及び巻取工程を含む製造方法によって得られることを確認している。
【0050】
[加熱工程]
まず、上述した化学組成を有するスラブまたは鋼片を加熱する。熱間圧延に供するスラブは、連続鋳造や鋳造・分塊圧延により得たものでよいが、それらに熱間加工または冷間加工を加えたものであってもよい。
【0051】
(加熱時の700~850℃の温度域の滞留時間:900秒以上)
熱間圧延に供するスラブまたは鋼片を加熱するときは、700℃~850℃の温度域に900秒以上滞留させる。700℃~850℃の温度域で生じるオーステナイト変態において、Mnがフェライトとオーステナイトとの間で分配され、その変態時間を長くすることによって、Mnがフェライト領域内を拡散することができる。これにより、スラブに偏在するMnミクロ偏析を解消し、Mn濃度の標準偏差を著しく減ずることができる。
【0052】
(加熱温度:1280℃以上かつSRT(℃)以上)
熱間圧延に供するスラブまたは鋼片の加熱温度は、1280℃以上かつ下記式(2)により表される温度SRT(℃)以上とする。1280℃未満では加熱時のMn拡散によるMn濃度の標準偏差低減が不十分となる場合が有る。SRT(℃)未満ではTi炭窒化物の溶体化が不十分となり、いずれの場合も鋼板の引張強度や曲げ加工性が低下する。したがって、熱間圧延に供するスラブまたは鋼片の温度は1280℃以上かつSRT(℃)以上とする。ここで、「スラブまたは鋼片の温度が1280℃以上かつSRT(℃)以上」とは、1280℃とSRT(℃)との高い方の温度よりも、スラブまたは鋼片の温度の方が高いことを意味する。
一方、加熱温度が1400℃超では、厚いスケールが生成して歩留まりが低下したり、加熱炉に著しい損傷を与えたりする場合があるため、1400℃以下が好ましい。
SRT(℃)=1630+90×ln([C]×[Ti])…(2)
但し、上記式(2)中の[元素記号]は、各元素の質量%での含有量を示す。
【0053】
[熱間圧延工程]
本実施形態に係る鋼板の製造方法は、加熱工程後のスラブまたは鋼片に、複数の圧延スタンドを用いて多パス熱間圧延を施して熱延鋼板とする熱間圧延工程を有する。熱間圧延工程は、粗圧延と、粗圧延に続いて行われる仕上げ圧延とに分けられる。
多パス熱間圧延はレバースミルまたはタンデムミルを用いて行うことができるが、工業的生産性の観点からは、少なくとも最終の数段はタンデムミルを用いることが好ましい。
【0054】
(粗圧延開始から仕上げ圧延完了までの時間:600秒以下)
粗圧延によりTi等の炭窒化物の析出が促進されて析出し始めるが、仕上げ圧延完了までの時間が長すぎると、粗大な炭窒化物が多量に析出する一方、高強度化に寄与する仕上げ圧延後に析出する微細な炭窒化物が減少して、鋼板の引張強度が著しく減少すると共に、曲げ加工性が低下する。したがって、粗圧延開始(つまり、加熱工程終了後)から仕上げ圧延完了までの時間は600秒以内とする。粗圧延開始から仕上げ圧延完了までの時間は、好ましくは500秒以内、より好ましくは400秒以内である。
【0055】
(850~1100℃の温度域の合計圧下率:90%以上)
850~1100℃の温度域の合計圧下率を90%以上とする熱間圧延を行うことにより、主に再結晶オーステナイトの微細化が図られるとともに、未再結晶オーステナイト内へのひずみエネルギーの蓄積が促進され、オーステナイトの再結晶が促進されるとともにMnの原子拡散が促進され、Mn濃度の標準偏差を小さくすることができる。したがって、850~1100℃の温度域の合計圧下率を90%以上とする。
なお、850~1100℃の温度域の合計圧下率とは、この温度域の圧延における最初のパス前の入口板厚をt0とし、この温度域の圧延における最終パス後の出口板厚をt1としたとき、(t0-t1)/t0×100(%)で表すことができる。
【0056】
(仕上げ圧延完了温度FT(℃):TR(℃)以上1080℃以下)
FT(℃)が下記式(3)で表されるTR(℃)未満では、仕上げ圧延後の冷却前において著しく扁平なオーステナイトが形成されて、最終製品の鋼板において、圧延方向に伸長した金属組織となって、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比が小さくなると共に塑性異方性が大きくなり、鋼板の伸びや曲げ加工性が低下する。したがって、FT(℃)はTR(℃)以上とする。
一方、FT(℃)が1080℃を超えると、熱間圧延により細粒化したオーステナイト粒が粗大化して、鋼板の曲げ加工性が低下する。したがって、FT(℃)は1080℃以下とする。FT(℃)は好ましくは1060℃以下である。
なお、仕上げ圧延中の温度は、鋼材の表面温度を指し、放射温度計等により測定することができる。
TR(℃)=805+385×[Ti]+584×[Nb] (3)
但し、上記式(3)中の[元素記号]は、各元素の質量%での含有量を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0057】
[冷却工程]
本実施形態に係る鋼板の製造方法は、熱間圧延工程の次の工程として、30℃/秒以上の平均冷却速度で500~700℃の温度域まで熱延鋼板を水で冷却する(水冷する)冷却工程を有する。また、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、冷却工程を熱間圧延工程終了後3.0秒以内に開始する。
【0058】
(仕上げ圧延完了後、水冷開始するまでの時間:3.0秒以内)
仕上げ圧延完了後(つまり、熱間圧延工程終了後)、水冷開始までの時間が3.0秒超では、細粒化したオーステナイト結晶粒の成長や、Ti等の炭窒化物の粗大析出により、引張強度や曲げ加工性が低下する。したがって、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、仕上げ圧延完了後3.0秒以内に水冷を開始する。好ましくは、仕上げ圧延完了後2.0秒以内、より好ましくは1.5秒以内に水冷を開始する。
【0059】
(平均冷却速度:30℃/秒以上)
平均冷却速度とは、熱間圧延完了後、水冷開始(冷却設備への鋼板の導入時)から巻取直前の水冷終了(冷却設備から鋼板の導出時)までの温度降下量を、水冷開始から終了までの所要時間で除した値である。この平均冷却速度が30℃/秒未満では高温域でフェライト変態すると共にフェライト粒内にTi等の粗大な炭窒化物が析出して引張強度が著しく低下する。また、一部または全部の結晶粒が粗大になり曲げ加工性が低下する場合がある。したがって、平均冷却速度は30℃/秒以上とする。平均冷却速度は好ましくは40℃/秒以上、より好ましくは50℃/秒以上である。平均冷却速度の上限は特に限定する必要はないが、設備コストの観点から300℃/秒以下であることが好ましい。
なお、後述する巻取工程の巻取温度との関係から、冷却工程では500~700℃の温度域まで熱延鋼板を冷却する。
【0060】
[巻取工程]
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、500~700℃の温度域で冷却工程後の熱延鋼板を巻き取る巻取工程を有する。
【0061】
(巻取温度:500℃以上700℃以下)
熱延鋼板を冷却工程で700℃以下に冷却した後は、500℃以上700℃以下で巻き取る。巻取温度が500℃未満ではフェライト変態が不足して、金属組織においてフェライトの面積分率を90%以上とすることが困難になると共に、フェライト粒内にTi等の微細な炭窒化物の析出が不十分となり、所望の引張強度が得難くなり、伸びも低下する。一方、巻取温度が700℃超の場合はTi等の炭窒化物が粗大に成長してしまい、所望の引張強度が得難くなる。
【0062】
本実施形態では、巻取工程後に鋼板表面にめっきを施すことで、めっき鋼板としてもよい。めっきを施す場合においても、本実施形態に係る鋼板の製造方法の条件を充足した上でめっきを施せば問題ない。めっきは電気めっきおよび溶融めっきのいずれでもよく、めっき種も特に制限はないが、一般的には亜鉛めっきと亜鉛合金めっきとを含む亜鉛系めっきである。めっき鋼板の例としては、電気亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛-ニッケル合金めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛-アルミニウム合金めっき鋼板などが例示される。めっき付着量は一般的な量でよい。めっきを施す前に、プレめっきとしてNi等を表面につけても良い。
本実施形態に係る鋼板を製造する際にはまた、形状矯正を目的として公知の調質圧延を適宜施してもよい。
【0063】
本実施形態に係る鋼板の板厚は特に限定するものではないが、板厚が厚すぎる場合は、鋼板表層と内部とで生成される金属組織が著しく異なるため、6.0mm以下が好ましい。一方、板厚が薄すぎると熱間圧延時の通板が困難となるため、一般的には鋼板の板厚は1.0mm以上が好ましい。より好ましくは、鋼板の板厚は1.2mm以上である。
【実施例】
【0064】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0065】
表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する板厚250mmの鋼素材を表2に示す条件で熱間圧延を施して、板厚を2.5~3.5mmの熱延鋼板とした。得られた熱延鋼板の一部は焼鈍温度700℃の溶融亜鉛めっき処理、さらには合金化処理を施し、材質評価に供した。なお、表1-1及び表1-2において、意図的に添加されていない元素の含有量に関しては、空欄とした。また、表1-1及び表1-2における発明範囲外の値、及び表2における好ましくない値には、下線を付した。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
得られた鋼板について、鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織の面積分率、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比およびMn濃度の標準偏差を求めた。
【0070】
鋼板表面から板厚の1/4深さ位置における金属組織の面積分率、残留オーステナイトを除く平均結晶粒径、残留オーステナイトを除く結晶粒の平均アスペクト比は、圧延方向及び板厚方向に平行な鋼板断面の、鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置かつ板幅方向中央位置における金属組織を、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡とEBSD検出器とで構成されたEBSD解析装置を用いて、走査電子顕微鏡(SEM)観察とEBSD(Electron Back Scattering Diffraction:電子線後方散乱回折法)解析により求めた。
鋼板の表面から板厚の1/4深さ位置かつ板幅方向中央位置を中心とする圧延方向に200μm、板厚方向に100μmの領域を0.2μm間隔でfccとbccとを区別して結晶方位情報を得た。EBSD解析装置の付属ソフトウェア(AMETEK社製「OIM Analysis(登録商標)」)を用いて、結晶方位差が15°以上である結晶粒界を特定した。bccの平均結晶粒径は、結晶方位差15°以上である結晶粒界で囲まれ、円相当直径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義して、下記(4)式を用いた方法により求めた。
ただし、下記(4)式中、Dは残留オーステナイトを除く平均結晶粒径、Nは残留オーステナイトを除く平均結晶粒径の評価領域に含まれる結晶粒の数、Aiはi番目(i=1、2、・・、N)の結晶粒の面積、diはi番目の結晶粒の円相当直径を示す。
【0071】
【0072】
フェライトの面積分率は、次のような方法で測定した。結晶方位差が5°以上の結晶粒界で囲まれ、かつ円相当直径で0.3μm以上の領域を結晶粒と定義した。その結晶粒内の、OIM Analysisに装備されているGrain Average Misorientation解析により求められる値(GAM値)が0.6°以下である結晶粒の面積分率を算出した。このような方法により、フェライトの面積分率を得た。
【0073】
残留オーステナイトの面積分率は、EBSD解析によりfccと判別された金属組織の面積分率を算出することで得た。
【0074】
Mn濃度の標準偏差は、鋼板の板幅方向中央位置が測定位置となるようにL断面を鏡面研磨した後に、鋼板の表面から板厚の1/4深さ且つ板幅方向中央位置を電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)で測定することにより得た。測定条件は加速電圧を15kVとし、倍率を5000倍として試料圧延方向に20μm及び試料板厚方向に20μmの範囲の分布像を測定した。より具体的には、測定間隔を0.1μmとし、40000か所以上のMn濃度を測定した。次いで、全測定点から得られたMn濃度に基づいて標準偏差を算出することで、Mn濃度の標準偏差を得た。
【0075】
得られた鋼板の機械特性を評価するため、引張強度TS(MPa)、破断全伸びEl(%)を、JIS Z 2241:2011に準拠して評価した。曲げ加工性は、曲げ半径を板厚の2倍とした90°V曲げ試験により評価した。
表3に金属組織、集合組織および機械特性の試験結果を示す。表3において、発明範囲外の値には下線を付した。なお、表3中のめっきの欄のGIは溶融亜鉛めっき層を示し、GAは合金化溶融亜鉛めっき層を示す。
【0076】
引張強度は、980MPa以上の場合を高強度であるとして合格とした。
伸びは、引張強度と破断伸びの積(TS×El)(MPa・%)が、15000MPa・%以上の場合を高強度であり伸びに優れるとして合格とした。曲げ加工性は、3回の試験を行い、全ての試験片で曲げ試験時に割れが発生しなかったものを合格(OK)とし、1つ以上の割れが発生したものを不合格(NG)とした。
【0077】
【0078】
表3に示したように、本発明の要件を具備する発明例ではTS、TS×El及び曲げ加工性の全てが合格であった。一方、本発明の要件を少なくとも一つ以上具備しない比較例では、TS、TS×El及び曲げ加工性のうちの少なくとも一つが不合格であった。