(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230512BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230512BHJP
C22C 18/00 20060101ALN20230512BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20230512BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20230512BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C22C18/00
C21D9/00 A
C21D1/18 C
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2021571269
(86)(22)【出願日】2021-01-15
(86)【国際出願番号】 JP2021001320
(87)【国際公開番号】W WO2021145442
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2022-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2020004884
(32)【優先日】2020-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
(72)【発明者】
【氏名】藤中 真吾
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-527457(JP,A)
【文献】国際公開第2015/092929(WO,A1)
【文献】特表2016-503456(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110257702(CN,A)
【文献】国際公開第2007/129676(WO,A1)
【文献】特開2011-224646(JP,A)
【文献】特許第7151871(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/00
C21D 1/18
C22C 18/00
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.06%以上、0.20%未満、
Si:0.010~1.00%、
Mn:0.80~2.00%、
P:0.100%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.010~0.500%、
N:0.010%以下、
Nb:0.020%を超え、0.10%以下、
Ti:0~0.10%、
V:0~0.10%、
Cr:0~0.50%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ni:0~0.50%、
REM:0~0.0100%、
Mg:0~0.010%、
Ca:0~0.0100%、
Co:0~2.0%、
残部:Fe及び不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
フェライト:5~50%、
マルテンサイト:50~95%であり、
前記マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域の割合が、30面積%以上であり、
ドイツ自動車工業会規格VDA238-100による最大曲げ角度α(deg)が90以上である、
ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001~0.10%、
V:0.001~0.100%、
Cr:0.010~0.50%、
Mo:0.010~1.000%、
B :0.0001~0.010%、
Ni:0.001~0.50%、
REM:0.001~0.010%、
Mg:0.001~0.010%、
Ca:0.001~0.010%および
Co:0.01~2.0%から選択される一種以上を含む、
請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
引張強さが、590MPa以上980MPa未満である、
請求項1または2に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項4】
ホットスタンプ成形後に350℃以上に加熱されていない、
請求項1から3までのいずれかに記載のホットスタンプ成形体。
【請求項5】
表層にめっき層を備える、
請求項1から4までのいずれかに記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の衝突安全基準の厳格化が進められており、自動車部材には、衝突性能の向上が求められている。衝突性能の向上には、衝撃を受けても変形せずに部材としての形状を維持するための変形抑制部材と、衝突のエネルギーを曲げ変形によって吸収するための衝撃吸収部材とがある。前者には、高い靭性を持った材料であることが求められる。これは、衝撃を受けても変形せずに部材としての形状を維持することが重要だからである。また、後者には、高い曲げ性を持った材料であることが求められる。これは、衝突のエネルギーを曲げ変形によって吸収することが重要だからである。近年では、センターピラーなどの部品において、これら機能を併せ持った部品が適用されている。具体的には、部品内のアッパー側に変形抑止性能を有する材料を用いて、乗員空間を安定的に確保し、ロワー側に衝撃吸収性能を有する材料を用いて、積極的に部品を変形させることとした、テーラードプロパティ部材が適用されている。
【0003】
特許文献1には、所定の化学組成を有し、平均結晶粒径が3μm以下の旧オーステナイトと、下部ベイナイト、マルテンサイト及び焼戻しマルテンサイトの少なくとも1種を、面積率で90%以上含むミクロ組織を有するホットスタンプ成形体に関する発明が記載されている。この発明によれば、旧オーステナイトの平均結晶粒径を3μm以下とし、さらにNb及びMoの1種又は2種を旧オーステナイト粒界に固溶させて粒界の脆化強度を上昇させることにより、従来よりも優れた衝撃吸収能が得られる。
【0004】
特許文献2には、所定の化学組成を有し、金属組織が、40%未満のベイナイト、5%未満のオーステナイト、5%未満のフェライトを含み、残部はマルテンサイトであり、マルテンサイトにオートテンパーされたマルテンサイトを含む、プレス焼入れ鋼部品に関する発明が記載されている。特許文献2には、熱間プレス後750~450℃間の冷却速度を40~360℃/s、450~250℃間の冷却速度を15~150℃/sに制御することでベイナイトとマルテンサイトの自己焼戻し(オートテンパー)の混合組織とすることができ、その結果、TSで950~1200MPaの強度と、VDA-238曲げ規格に従って求めた曲げ角度が75deg超の曲げ性が得られ、衝突吸収エネルギーを向上できるとしている。
【0005】
特許文献3には、所定の化学組成を有し、金属組織が、少なくとも75%の等軸フェライト、5%以上20%以下の量のマルテンサイト、10%以下の量のベイナイトからなる、鋼部品に関する発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2019-186931号公報
【文献】特表2018-527457号公報
【文献】特表2010-521584号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の発明は、熱間仕上圧延の条件やホットスタンプ加熱時の昇温速度を制御して、旧オーステナイトの平均結晶粒径を3μm以下に制御することとしているが、マルテンサイトのオートテンパーについて言及されていない。
【0008】
特許文献2の発明は、オートテンパーされたマルテンサイトの表面割合を5%以上とすることが記載されているものの、その測定は、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡で断面を検査し、既知の方法により画像解析することが記載されているだけであり、明確にされていない。また、特許文献2の発明は、所望の強度を得るために、フェライト量を5%未満にすることが記載されている。一方、特許文献3の発明は、フェライト量を75%以上にすることにより、フェライトマトリックス内にアイランド形態のマルテンサイトを存在させることにより、延性の低減なしに引張強さを向上させることとされている。しかし、その延性の程度は、高々23.5%にとどまる。
【0009】
本発明は、従来技術の課題を解決するためになされたものであり、引張強さTSが590MPa以上980MPa未満であり、かつ、優れた延性と、優れた衝突エネルギーの吸収性能を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来、ホットスタンプ成形体の延性および衝突エネルギーの吸収性能の向上には、割れが発生するまで(つまり、曲げ角度が最大となるまで)に得られる吸収エネルギーが重要であると考えられてきた。しかし、本発明者らの検討により、ホットスタンプ成形体の衝突エネルギーの吸収性能をさらに向上させるためには、曲げ性の向上に加えて、亀裂伝播抵抗を高めることが重要であることが判明した。
【0011】
そして、延性を高めるためには、ミクロ組織が面積率で5~50%のフェライトとすることが重要であり、さらに、亀裂伝播抵抗を高めるためには、ホットスタンプ成形体の金属組織中のマルテンサイトのうち、オートテンパーされたマルテンサイト結晶粒の割合(以下、「オートテンパー量」ともいう)を従来以上に高めることが重要であることが判明した。
【0012】
ここで、オートテンパーは、マルテンサイト変態が完了した結晶粒から順に焼戻されていく現象であるため、低い温度で変態したマルテンサイト結晶粒は焼戻されにくくなる。また、低い温度で生成したマルテンサイトは硬質で脆いため、十分に焼戻すことにより機械的特性の向上代が大きくなる。
【0013】
オートテンパー量を従来以上に高めるためには、マルテンサイト変態開始温度(Ms)とマルテンサイト変態が80%完了する温度(M80)の差(Ms-M80)を小さくすることが重要であることが判明した。Ms-M80を小さくするためには、ホットスタンプ時にブランクに付与される面圧を通常よりも高く保つことが重要である。その厳密な理由は不明ではあるが、ホットスタンプ時の面圧を所定の範囲とすることにより、オーステナイトの安定度が下がり、マルテンサイト変態が早期に進行しやすくなると推測される。このため、通常よりも高い面圧を与えれば、マルテンサイトの大部分が比較的高い温度で変態することとなり、オートテンパー量も増加する。このように面圧を加えることによって、先行技術よりもオートテンパーされた結晶粒の割合を高めることが可能となり、衝突吸収エネルギーを向上させることができた。なお、通常、ホットスタンプにおいては、鋼材が加熱され、軟化した状態で成形が行われる。このため、高荷重で成形を行うことは製造コストを上昇させるので、従来、極力低い面圧で成形が行われていた。本発明者らは、このような技術常識に反して、上記の新たな知見を見出した。
【0014】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、下記のホットスタンプ成形体を要旨とする。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.06%以上、0.20%未満、
Si:0.010~1.00%、
Mn:0.80~2.00%、
P:0.100%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.010~0.500%、
N:0.010%以下、
Nb:0.020%を超え、0.10%以下、
Ti:0~0.10%、
V:0~0.10%、
Cr:0~0.50%、
Mo:0~1.00%、
B:0~0.0100%、
Ni:0~0.50%、
REM:0~0.0100%、
Mg:0~0.010%、
Ca:0~0.0100%、
Co:0~2.0%、
残部:Fe及び不純物であり、
ミクロ組織が、面積率で、
フェライト:5~50%、
マルテンサイト:50~95%であり、
前記マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域の割合が、30面積%以上であり、
ドイツ自動車工業会規格VDA238-100による最大曲げ角度α(deg)が90以上である、
ホットスタンプ成形体。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.001~0.10%、
V:0.001~0.100%、
Cr:0.010~0.50%、
Mo:0.010~1.000%、
B :0.0001~0.010%、
Ni:0.001~0.50%、
REM:0.001~0.010%、
Mg:0.001~0.010%、
Ca:0.001~0.010%および
Co:0.01~2.0%から選択される一種以上を含む、
上記(1)のホットスタンプ成形体。
(3)引張強さが、590MPa以上980MPa未満である、
上記(1)または(2)のホットスタンプ成形体。
(4)ホットスタンプ成形後に350℃以上に加熱されていない、
上記(1)~(3)のいずれかのホットスタンプ成形体。
(5)表層にめっき層を備える、
上記(1)~(4)のいずれかのホットスタンプ成形体。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、TS:590MPa以上980MPa未満の強度と、破断伸び(全伸び)25%以上の優れた延性と、ドイツ自動車工業会規格VDA238‐100(2017年4月版)に基づいて求めた最大曲げ角度(以下、単に「最大曲げ角度」ともいう。)αが90(deg)以上の優れた曲げ性と、優れた亀裂伝播抵抗を兼備するホットスタンプ成形体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、オートテンパーされた結晶粒とオートテンパーされていない結晶粒が混在した試験片のGAIQ値の分布(ヒストグラム)を示す。
【
図2】
図2は、実施例の試験No.9のホットスタンプ成形体について、GAIQ値35000と45000を境界値として3値化して作成したGAIQマップを示す。
【
図3】
図3には、衝撃力-変位曲線の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態に係るホットスタンプ成形体およびその製造方法について詳細に説明する。
【0018】
<ホットスタンプ成形体の化学組成>
まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する鋼板の化学組成の限定理由について説明する。以下、化学組成についての%は全て質量%を意味する。
【0019】
「C:0.06%以上、0.20%未満」
Cは、ホットスタンプ成形体において590MPa以上980MPa未満の引張強さを得るために重要な元素である。C含有量が0.06%未満では、マルテンサイトが軟質であり、十分な引張強さを確保することが困難であるため、C含有量は、0.06%以上とする。一方、C含有量が0.20%以上ではオートテンパーが進まないため、マルテンサイトが硬質となり、ホットスタンプ成形体の曲げ性が低下するので、C含有量は、0.20%未満とする。C含有量は、好ましい下限は0.07%、0.08%又は0.09%であり、好ましい上限は0.17%、0.15%、0.13%又は0.11%である。
【0020】
「Si:0.010~1.00%」
Siは、焼戻し軟化抵抗を有しており、ホットスタンプ焼入れ時のオートテンパーによる強度低下を抑える作用がある。Si含有量が0.010%未満では上記効果が得られず引張強さが得られない場合や、曲げ性が劣化する場合があるため、Si含有量は0.010%以上とする。1.00%超のSiを含有する場合、Ac3点が上昇し、ホットスタンプ加熱時にオーステナイト単相とならない場合があり、ホットスタンプ成形体のミクロ組織が不均質な組織となるために曲げ性が劣化する。そのため、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量の好ましい下限は、0.02%、0.10%、0.20%又は0.30%であり、好ましい上限は、0.90%、0.80%、0.70%又は0.60%である。
【0021】
「Mn:0.80~2.00%」
Mnは、鋼の焼入れ性を高め、安定的に590MPa以上の引張強さを確保するために有用な元素である。Mn含有量が0.80%未満では、焼入れ性が不足し、ホットスタンプ成形体において、590MPa以上の引張強さを確保することが困難である。そのため、Mn含有量は0.80%以上とする。一方、Mn含有量を2.00%超とすると、ミクロ偏析が助長され、組織が不均質となるために破壊が生じやすくなり、ホットスタンプ成形体の曲げ性が低下するので、2.00%を上限とする。Mn含有量の好ましい下限は0.90%、1.00%、1.15%又は1.30%であり、好ましい上限は、1.90%、1.80%又は1.60%である。
【0022】
「P:0.100%以下」
Pは、粒界に偏析し、粒界の強度を低下させる元素である。P含有量が0.100%を超えると、粒界の強度が著しく低下して、ホットスタンプ成形体の靱性や曲げ性が低下する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量の上限は、好ましくは0.050%、0.030%、0.020%又は0.015%である。P含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Pコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、P含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0023】
「S:0.010%以下」
Sは、鋼中に介在物を形成する元素である。S含有量が0.010%を超えると、鋼中に曲げ割れ起点となる多量の介在物が生成し、ホットスタンプ成形体の曲げ性が低下する。そのため、S含有量は0.010%以下とする。S含有量の上限は、好ましくは0.0060%、0.0040%又は0.0030%である。S含有量の下限は特に限定しないが、0.00015%未満に低減すると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、S含有量は0.00015%以上としてもよい。
【0024】
「Al:0.010~0.500%」
Alは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。Al含有量が0.010%未満では、脱酸が十分に行われないため、Al含有量は0.010%以上とする。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%、0.020%又は0.030%である。一方、Al含有量が0.500%を超えると、鋼中に曲げ割れ起点となる粗大な酸化物が生成し、ホットスタンプ成形体の曲げ性が低下する。そのため、Al含有量は0.500%以下とする。Al含有量の好ましい上限は、0.400%、0.300%、0.100%又は0.080%である。
【0025】
「N:0.010%以下」
Nは、不純物元素であり、鋼中に曲げ割れ起点となる窒化物を形成してホットスタンプ成形体の曲げ性を劣化させる元素である。N含有量が0.010%を超えると、鋼中に粗大な窒化物が生成して、ホットスタンプ成形体の曲げ性が著しく低下する。そのため、N含有量は0.010%以下とする。N含有量の上限は、好ましくは0.0075%、0.0060%又は0.0050%である。N含有量の下限は特に限定しないが、0.0001%未満に低減すると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に好ましくない。実操業上、N含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0026】
「Nb:0.020%を超え、0.10%以下」
Nbは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させるとともに炭窒化物を形成することにより旧オーステナイト粒の細粒化に寄与し、曲げ性を向上させる元素である。上記効果を発揮させるために、Nb含有量は0.020%を超えることとする。Nb含有量は、より好ましくは0.025%、0.030%、0.035%又は0.040%である。一方、0.10%を超えてNbを含有させると、鋼中に粗大なNb炭化物が形成しホットスタンプ成形体の曲げ性が低下する場合があるため、Nb含有量は0.10%以下とする。Nb含有量は、より好ましくは0.080%、0.070%又は0.060%である。
【0027】
「Ti:0~0.10%」
Tiは、炭窒化物を形成することにより固溶窒素を消費させ、BNの形成を抑制することによって、焼入れ性確保に必要な固溶B量を確保するため、必要に応じて含有させてもよい。Ti含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上とするのが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.002%以上である。一方、0.10%を超えて含有させると、曲げ割れ起点となる粗大なTiNが生成するため、曲げ性が劣化する。Ti含有量は0.10%以下とするのが好ましい。Ti含有量の上限は、より好ましくは0.08%、0.05%又は0.03%である。
【0028】
「V:0~0.10%」
Vは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させる元素である。また、Vは炭窒化物を形成することにより旧オーステナイト粒の細粒化に寄与し曲げ性を向上させる元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。V含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、V含有量は0.001%以上とするのが好ましい。好ましくは、V含有量は0.005%以上である。0.100%を超えると、オーステナイト結晶粒の微細化が過度に進み、焼入れ性が低下し、フェライトが形成する場合があるため、ホットスタンプ成形体の曲げ性が低下する。そのため、V含有量は0.100%以下とする。V含有量の上限は、好ましくは0.08%、0.05%又は0.02%である。
【0029】
「Cr:0~0.50%」
Crは、焼入れ性を高め、曲げ性を劣化させるフェライトの形成を抑制する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。Cr含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、0.010%以上含有させるのが好ましい。より好ましい下限は、0.02%である。しかし、Crは、Ms点を低温化させるため、ホットスタンプ成形時の冷却過程においてオートテンパーを抑制させる元素である。Cr含有量は0.50%以下とするのが好ましい。Cr含有量の上限は、より好ましくは0.40%、0.20%、0.10%、0.05%又は0.02%である。
【0030】
「Mo:0~1.00%」
Moは、固溶強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させるとともに、鋼の焼入れ性を高め、曲げ性を劣化させるフェライトの形成を抑制する元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。Mo含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、0.010%以上含有させるのが好ましい。Mo含有量の好ましい下限は0.015%である。一方、1.000%を超えて含有させても上記効果は飽和するばかりか、合金コストの上昇を招くため、Mo含有量は1.000%以下とする。Mo含有量の上限は、より好ましくは0.80%、0.40%0.10%、0.06%又は0.03%である。
【0031】
「B:0~0.0100%」
Bは、粒界に偏析して鋼の焼入れ性を高める元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。B含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、0.0001%以上含有させるのが好ましい。B含有量は、好ましくは0.0005%以上である。一方、Bは0.0100%を超えて含有させると、曲げ割れ起点となる粗大なBNが形成し、曲げ性が劣化する。よって、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量の上限は、より好ましくは0.0075%、0.0040%、0.0020%0.0015%、0.0010%又は0.0003%である。
【0032】
「Ni:0~0.50%」
Niは、オーステナイトに固溶し、鋼の焼入れ性を高め、安定的に590MPa以上の強度を確保するのに有用な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。Ni含有量の下限は0%である。上記効果を得るためには、Ni含有量を0.001%以上とするのが好ましい。一方、0.50%を超えて含有させても上記効果は飽和するとともに合金コストの上昇を招くため、Ni含有量は0.50%以下とすることが好ましい。Ni含有量の好ましい下限は、0.01%であり、好ましい上限は、0.40%、0.20%、0.10%0.07%又は0.03%である。
【0033】
「REM:0~0.0100%」
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり曲げ性を向上させるため、必要に応じて含有してもよい。REM含有量の下限は0%である。しかし、REM含有量が0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するだけで、コストの上昇を招くため、REM含有量は0.010%以下とすることが好ましい。REM含有量の好ましい下限は、0.0002%であり、より好ましい下限は、0.0005%である。また、REMの好ましい上限は、0.0080%、0.0050%、0.0030%又は0.0020%である。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指す。本実施形態では、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。
【0034】
「Mg:0~0.010%」
Mgは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり、曲げ性を向上させるため、必要に応じて含有してもよい。Mg含有量の下限は0%である。しかし、0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するだけでコストの上昇を招くため、Mg含有量は0.010%以下とすることが好ましい。Mg含有量の好ましい下限は、0.0001%であり、より好ましい下限は、0.0005%である。また、Mgの好ましい上限は、0.008%、0.005%又は0.003%である。
【0035】
「Ca:0~0.010%」
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素であり、曲げ性を向上させるため、必要に応じて含有してもよい。Ca含有量の下限は0%である。しかし、Ca含有量が0.010%を超えて含有させても上記効果は飽和するだけで、コストの上昇を招くため、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。Ca含有量の好ましい下限は、0.001%であり、より好ましい下限は、0.005%である。また、Caの好ましい上限は、0.0080%0.0050%、0.0030%又は0.0020%である。
【0036】
「Co:0~2.0%」
Coは、Ms点を上昇させる作用を有する元素であり、曲げ性を向上させる元素であるので、必要に応じて含有してもよい。Co含有量の下限は0%である。
上記効果を発揮させるために、Co含有量は0.01%以上とするのが好ましい。より好ましくは0.02%以上である。一方、Co含有量が2.0%を超えると鋼の焼入れ性が低下し、590MPa以上の強度を確保することが困難となるため、Co含有量は2.0%以下が好ましい。Co含有量の上限は、より好ましくは1.5%、0.8%、0.3%又は0.1%である。
【0037】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから不可避的に混入した元素、および/または、製鋼過程で不可避的に混入した元素であって、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0038】
<ホットスタンプ成形体のミクロ組織>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体のミクロ組織について説明する。
【0039】
「マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域の割合が、30面積%以上」
本発明の最大の特徴は、ホットスタンプ成形時の冷却過程において、ミクロ組織をマルテンサイトへ変態させ、その後、比較的転位密度が高いマルテンサイト結晶粒をオートテンパーして、転位密度が比較的低い結晶粒として曲げ性を向上することにある。よって、オートテンパーされたマルテンサイト結晶粒の割合を定量化することが重要である。そこで、本発明者らは、その測定方法について検討し、オートテンパーされたマルテンサイト結晶粒の割合を求める方法について鋭意検討を行った結果、下記の方法を確立した。
【0040】
まず電子後方散乱回折法により試験片の金属組織を測定し、得られた測定データの内、bcc構造を持つ金属組織について、Grain Average Image Quality(GAIQ)パラメータで解析する。
【0041】
図1には、オートテンパーされた結晶粒とオートテンパーされていない結晶粒が混在した試験片のGAIQ値の分布(ヒストグラム)を示す。GAIQ値は、高い程、転位密度が低く、低い程、転位密度が高いため、結晶粒の転位密度を反映することができるパラメータである。そして、
図1に示すように、この試験片におけるヒストグラムは、最も高いピークと二番目に高いピークの2つのピークから構成されることが分かる(GAIQが34500付近と37500付近)。すなわち、GAIQ値のヒストグラムを見れば、オートテンパーによって転位密度が低くなった結晶粒と、オートテンパーされておらず、転位密度が高いままの結晶粒とを分離することが可能である。試験片におけるヒストグラムが2つのピークから構成される傾向は、様々な材料においても確認された。このことから、本発明が対象とする機械的強度および金属組織を有するホットスタンプ成形体の場合、GAIQ値が35000以上45000未満となる領域をオートテンパーされたマルテンサイト結晶粒に該当することとした。
【0042】
なお、GAIQ値が45000以上では、金属組織学的な調査により主にフェライトで構成されていることを確認している。また、同様な調査により、ベイナイト(上部ベイナイトおよび下部ベイナイト)のGAIQ値は35000以上45000未満であることを確認している。
【0043】
図2には、GAIQ値35000および45000を境界値として3値化して作成したGAIQマップを示す。
図2に示すGAIQマップによれば、簡便にオートテンパーによって転位密度が低くなった結晶粒を可視化することができ、また、「マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域」をオートテンパーされたマルテンサイト結晶粒が存在する領域とし、その割合(面積率)を算出することができる。なお、本発明においては、マルテンサイトの面積に対するオートテンパーされたマルテンサイト結晶粒が存在する領域の面積の割合を算出する。
【0044】
そして、本発明においては、マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域の割合が30面積%以上であれば、マルテンサイト中にオートテンパーされたマルテンサイト結晶粒を十分に増やすことができるので、ホットスタンプ成形体の曲げ性を向上させることができる。なお、この割合は、40面積%以上であることが好ましい。一方、この割合の上限には、特に制約はないが、オートテンパーされた領域が多すぎると、590MPa以上の強度を確保できない場合があるという問題があるので、マルテンサイト中のGAIQ値が35000以上45000未満である領域の割合の上限は、95面積%とするのが好ましく、より好ましくは90面積%である。
【0045】
本発明のホットスタンプ成形体のミクロ組織は、面積率で、5~50%のフェライトと、50~95%のマルテンサイトとする。特に、ミクロ組織は、面積率で、60%以上のマルテンサイトを含むことが好ましく、70%以上のマルテンサイトを含むことがより好ましい。つまり、マルテンサイトおよびフェライトの面積率の合計の下限は、65%である。その下限は、75%、85%又は90%であることが好ましく、95%、98%又は100%であることがより好ましい。ミクロ組織中のフェライトおよびマルテンサイト以外の組織については特に制約はないが、上部ベイナイト、下部ベイナイト、残留オーステナイトなどが挙げられる。また、鉄炭化物などが含まれていてもよい。マルテンサイトおよびフェライト以外の残部組織の上限は、面積率で、35%であり、25%、15%、又は10%であることが好ましく、5%、2%又は0%であることがより好ましい。残部組織は、例えば、上部ベイナイト、下部ベイナイト、残留オーステナイトおよび鉄炭化物から選択される一種以上の組織であると定義できる。各組織の面積率は、以下の方法により測定することができる。
【0046】
(マルテンサイトの面積率およびGAIQ値の測定方法について)
(マルテンサイトの特定方法)
ホットスタンプ成形体の端面から十分に離れた位置(典型的には、50mm以上離れた位置)から、板厚断面が観察できるようにサンプルを採取する。この板厚断面を観察面とする。サンプルの観察面を鏡面研磨した後、走査型電子顕微鏡での撮影位置を特定するため、サンプルの板厚t/4位置を中心とした領域(ただし、表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域に限る。)について、マイクロビッカース硬度計を用い、圧痕荷重100gfで圧痕を10か所打つ。次に、試料表面をアセチルアセトン系電解液に浸漬し、電解エッチングを行う。これにより、組織中に含まれる鉄系炭化物の形態を鮮明化させるとともに、結晶粒界のコントラストを明瞭にすることができる。
【0047】
次に、2次電子検出器を装備した電解放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用い、事前に圧痕を打った10か所のそれぞれの視野(ただし、視野面積は0.0001mm2以上とする。)について、5000倍の撮影倍率で2次電子像を撮影する。上記方法により得た撮影写真において、フェライトと硬質相(マルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイト)を識別する。
【0048】
次に、マルテンサイトと上部ベイナイト、下部ベイナイトを区別するため、同視野について10000倍の撮影倍率で2次電子像を撮影する。上部ベイナイト、下部ベイナイトおよびマルテンサイトはラス状の結晶粒内の鉄炭化物の有無および鉄炭化物の伸長方向により区別することができる。残留オーステナイトは充分にエッチングされないため、後述の方法で残留オーステナイトの量を測定する。上部ベイナイトはラス状結晶粒の集合からなる組織であり、ラス間に炭化物の析出を伴う。下部ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトもラス状結晶粒の集合からなる組織であるが、ラス内部に炭化物を含む組織である。下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとは炭化物の伸長方向より区別する。下部ベイナイトの炭化物は単一のバリアントを有し、一つのブロック内に存在する炭化物の角度差は5°以内であり、実質的に単一の方向を有する。一方、焼戻しマルテンサイトの炭化物は複数のバリアントを有し、一つのブロック内に存在する炭化物は複数の方向に伸長している。これらの差異より、下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとを区別する。
【0049】
(残留オーステナイトの面積率の測定方法)
上記撮影写真を得た観察領域と同じ領域について、残留オーステナイトの面積率を測定する。観察面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して再研磨した後、鏡面研磨を行う。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、観察面の表層に導入されたひずみを除去する。観察面について、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定を行い、結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kv、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、fcc構造である残留オーステナイトの面積率を算出することで、残留オーステナイトの面積率を得る。
【0050】
以上により、硬質相において、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび残留オーステナイトを識別できるので、硬質相の面積率から、上部ベイナイト、下部ベイナイトおよび残留オーステナイトの面積率を除して、全マルテンサイトの面積率を求めることができる。
【0051】
(GAIQ値の測定方法)
事前に圧痕を打った10か所のそれぞれの視野(ただし、視野面積は0.0001mm2以上とする。)について、上記のEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて、Grain Average Misorientation Image Qualityマップ(GAIQマップ)を得る。得られたGAIQマップにおいて、GAIQ値の解析対象を、bcc構造を持つ金属組織(フェライト、マルテンサイト、ベイナイト)に限定したうえで、GAIQ値が35000以上45000未満である領域を特定する。つまり、GAIQ値の解析対象には、bcc構造以外の他の組織、例えば、fcc構造を有する残留オーステナイトなどは含まれない。前記のとおり、ベイナイトのGAIQ値は35000以上45000未満であり、フェライトのGAIQ値は45000以上である。このため、次に、上記の2次電子像(撮影倍率:10000倍)で特定されたベイナイトを「Highlight」機能を用いて除去することによって、GAIQ値が35000以上45000未満のマルテンサイトの面積率を導出する。
【0052】
すなわち、まず、二次電子像で特定したベイナイトの画像を記録する。次にEBSDで同一視野のGAIQマップを作成し、GAIQ値の解析対象を、bcc構造を持つ金属組織(フェライト、マルテンサイト、ベイナイト)に限定したうえで、GAIQ35000以上45000未満に該当する硬質組織を抽出する。この時点で、GAIQ45000以上のフェライト、GAIQ35000未満のマルテンサイトと残留オーステナイトが除外され、GAIQ35000以上45000未満のマルテンサイトとベイナイトが抽出される。さらに、これら組織に対して、OIM Analysis のHighlight機能を用いて所定のGAIQ値を有するマルテンサイトを特定する。Highlight機能とは、作成したマップから指定する結晶粒のデータを抽出し、表示する機能である。具体的には、二次電子像とGAIQマップを重ね合わせて、二次電子像でベイナイトと判定した領域をHighlight機能により除外する。上記手順により、残った硬質組織がGAIQ35000以上45000未満のマルテンサイトとして特定される。
【0053】
本発明のホットスタンプ成形体は、表面にめっき層を備えていてもよい。ホットスタンプ工程におけるスケール生成の抑制やホットスタンプ成形部材の耐食性向上等のためである。
【0054】
溶融金属めっきとしては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、さらには溶融アルミニウム-亜鉛めっき等である。溶融金属めっき層が硬質であると、ホットスタンプ成形時にクラックが生じてホットスタンプ成形部材の耐食性が劣化するおそれがある。このため、溶融金属めっきは、めっき層が軟質な溶融亜鉛めっきや合金化溶融亜鉛めっきであることが好ましい。
【0055】
溶融金属めっきが溶融亜鉛めっきや合金化溶融亜鉛めっきである場合、鋼板の表面に施すめっきの付着量は、片面当たり3~800g/m2であることが好ましい。めっき付着量が片面あたり3g/m2未満であると、耐食性の向上効果を確実に得ることが難しい。一方、めっき付着量が片面当たり800g/m2を超えると、溶接時にブローホール等の欠陥を生じ易くなる。耐食性の向上とコスト上昇の抑制との観点から、めっき付着量は10~200g/m2であることがより好ましい。
【0056】
特に、ホットスタンプ成形前のめっき被膜の蒸発を抑制して熱間プレス成形部材の耐食性を向上させるためには、めっきが合金化溶融亜鉛めっきであることが好ましい。合金化溶融亜鉛めっきの合金化度としては、めっき被膜中のFe含有量が3%以上25%以下であることが好ましい。めっき被膜中のFe含有量が3%未満であると、ホットスタンプ成形時のめっき被膜の蒸発を十分に抑制できず、一方、めっき被膜中のFe含有量が25%超であると、ホットスタンプ成形部材のパウダリング性が劣化する。
【0057】
めっき被膜の蒸発抑制ならびにパウダリング性の確保の観点から、めっき被膜中のFe含有量は7~18%であることがさらに好ましい。なお、亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層の表面にさらに有機系あるいは無機系の被膜を施してもよい。
【0058】
<ホットスタンプ成形体の引張強さなど>
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の引張強さTSは590MPa以上980MPa未満とする。必要に応じて、その下限を610MPa、640MPa、680MPa又は720MPaとしてもよく、その上限を960MPa、920MPa、880MPa又は840MPaとしてもよい。本実施形態に係るホットスタンプ成形体の最大曲げ角度α(deg)は90以上とする。必要に応じて、95以上、98以上、101以上又は105以上としてよい。その上限を特に規定する必要はないが、180以下、150以下、130以下又は120以下としてもよい。本実施形態に係るホットスタンプ成形体の厚さは、特に限定する必要はないが、0.3~6.0mm程度としてもよい。必要に応じて、その下限を0.4mm、0.6mm、0.8mm、1.0mm又は1.2mmとしてもよく、その条件を5.0mm、4.5mm、4.0mmm3.6mm、3.2mm、2.8mmとしてもよい。
【0059】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の好ましい製造方法について説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ成形体に適用されるホットスタンプ用鋼板の製造方法について説明する。
【0060】
(ホットスタンプ用鋼板の製造方法)
上記の化学組成を有するスラブを用意し、例えば、下記の製造方法によりホットスタンプ用鋼板を製造する。
【0061】
「加熱工程」
熱間圧延に供するスラブは、常法で製造したスラブであればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造したスラブであればよい。前述の化学組成を有する鋼材を熱間圧延に供し、熱間圧延工程で1200℃以上に加熱し、該温度で20分以上の均熱処理を行う。加熱温度が1200℃未満となる場合や均熱保持が20分未満となる場合には、Ti等の粗大介在物の再溶解が進まず、破壊起点として残存するため、曲げ性が劣化する場合がある。好ましくは加熱温度1250℃以上、均熱保持時間25分以上である。加熱温度の好ましい上限は1350℃であり、均熱保持時間の好ましい上限は120分である。
【0062】
「仕上げ圧延工程」
次に、Ar3点以上の温度域において仕上げ圧延を行うことが好ましい。Ar3点未満の温度で仕上げ圧延を終了すると、二相域圧延となることから圧延での板形状が劣化する場合がある。このため、仕上げ圧延温度はAr3点以上とするのが好ましく、より好ましくはAr3+30℃以上である。仕上げ圧延温度の好ましい上限は、1050℃である。Ar3点は下記式(1)により表される。(1)式中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
Ar3点(℃)=850+10×(C+N)×Mn+350×Nb+250×Ti+40×B+10×Cr+100×Mo ・・・式(1)
【0063】
「巻取り工程」
上記仕上げ圧延した鋼板を750℃以下でコイルに巻き取る。巻取り温度が750℃を超えるとスケールが多量に生成し、次工程の酸洗工程でのスケール除去が困難となることから巻取り温度は750℃以下とする。好ましくは600℃以下である。巻取り温度の好ましい下限は、350℃である。
【0064】
上記の熱延鋼板については、必要に応じて軟質化を目的とした再加熱処理を実施してもよい。また、冷間圧延、連続焼鈍、連続溶融亜鉛めっき工程に供してもよい。
【0065】
冷間圧延は通常の圧下率、例えば30~90%で行う冷間圧延でよい。
【0066】
冷間圧延板の表面にめっき層を設ける場合には、ホットスタンプ工程におけるスケール生成の抑制やホットスタンプ成形部材の耐食性向上等の目的に応じて、公知の各種の溶融金属めっきや電気めっきなどを施してもよい。
【0067】
(ホットスタンプ成形体の製造方法)
上記のようにして得られたホットスタンプ用鋼板を用いて、例えば、下記の製造法によりホットスタンプ成形体を製造する。
【0068】
「加熱工程」
ホットスタンプ工程においては平均加熱速度150℃/s以下で加熱する。平均加熱速度が150℃/sを超えた場合は炭化物の再溶解が進まずに局所的にオーステナイト中の炭素濃度が不均一となり、オートテンパー量にばらつきを生じることから不均質な組織となり、曲げ性が劣化する場合がある。好ましくは100℃/s以下で加熱する。加熱速度の下限は特に限定しないが、生産性の観点より好ましくは1℃/s以上、より好ましくは2℃/s以上である。加熱温度は、Ac3点以上とし、該温度域で10~300秒保持した後、熱間成形する。加熱温度がAc3点未満の場合、2相域加熱となり、フェライトの析出が生じるため不均質組織となるのに加え炭化物再溶解が進まないために曲げ性が劣化するという問題がある。このため、加熱温度の下限をAc3点以上とする。好ましくはAc3+20℃である。加熱温度の上限は特に限定しないが、温度が高いほど加熱コストが上昇するため、生産コストの観点より加熱温度の上限をAc3点+100℃以下とする。好ましくは、Ac3点+80℃以下である。Ac3点は下記式(2)により表される。(2)式中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
Ac3点(℃)=910-203×C0.5+66×Si-25×Mn+700×P-11×Cr+109×Al+400×Ti-15.2×Ni+104×V+31.5×Mo ・・・式(2)
【0069】
「成形工程」
成形工程は、650~800℃の温度域で、ホットスタンプ用鋼板に下記式(3)に示される条件を満足する面圧P(MPa)が付与されるように行う。面圧Pは、ホットスタンプ用鋼板に付与される単位面積当たりの加圧力であり、加圧力/ホットスタンプ用鋼板の面積から求められる。
-0.65Ms+400≦P≦200・・・式(3)
ただし、上記式(3)中のMsは、下記式(4)によって求めることができる。
Ms=539-423(%C)-30(%Mn)-12(%Cr)-17(%Ni)-7.5(%Mo)・・・式(4)
【0070】
ここで、オーステナイト域まで加熱されたホットスタンプ用鋼板に十分に高い面圧を付与することによりせん断変形を与えると、オーステナイト粒界に応力集中が生じて、マルテンサイト変態が進行しやすくなる。その結果、マルテンサイト変態が80%完了する温度(M80)を上昇することができ、結果として、差(Ms-M80)を小さくすることが可能となる。そして、このような条件で成形を行えば、マルテンサイト変態が進行しやすく、マルテンサイト結晶粒がオートテンパーされる温度が高くなるので、ホットスタンプ成形体のオートテンパーされたマルテンサイト結晶粒の割合を多くすることが可能となる。
【0071】
よって、ホットスタンプ用鋼板に「-0.65Ms+400」以上の面圧Pを付与する必要がある。一方、面圧Pは、プレス機の設備能力との関係で、200MPaが実質的な上限となる。
【0072】
Ms点は、上昇すれば、マルテンサイト変態が開始する温度が高くなり、それに伴ってオートテンパーされるマルテンサイト結晶粒も増加する。このため、Ms点は、250℃以上であることが好ましく、290℃以上であることがより好ましい。Ms点の上限は、オートテンパーの過剰な促進に伴う炭化物粗大化によって曲げ性が劣化することを抑制するという理由から、550℃とするのが好ましい。Ms点の上限は、500℃とするのがより好ましい。
【0073】
なお、熱間プレスには比較的小型のプレス装置が用いられてきた。これは、加熱装置から抽出された加熱された鋼板を、高温の状態のままで、加圧力が非常に大きい大型のプレス装置に装入し、プレス加工を行うことは容易ではないこと、大型のプレス装置による加工を前提とすると製造コストが非常に大きくなること、そもそも、オーステナイト域まで加熱されたホットスタンプ用鋼板は変形しやすいため、大型のプレス装置を使用する必要がないことなどの理由による。このため、従来の熱間プレス加工時の面圧は非常に小さく、前記式(3)の範囲の下限未満の面圧となる。
【0074】
「冷却工程」
ホットスタンプ成形後から250℃までの温度域の冷却速度(平均冷却速度)は、20℃/s以上、500℃/s以下とすることが好ましい。ホットスタンプ成形後から250℃までの冷却速度を20℃/s以上、500℃/s以下に制御することにより、ホットスタンプ成形体のミクロ組織をマルテンサイト(焼戻しマルテンサイト)とすることが可能となる。冷却速度が20℃/s未満の場合、焼きが入らずミクロ組織中にフェライト等の軟質相が形成し、ホットスタンプ成形体の590MPaの引張強さを下回る場合がある。このため、冷却速度を20℃/s以上とするのがよい。好ましくは30℃/s以上である。一方、冷却速度が500℃/s超となる場合、マルテンサイトのオートテンパーが進まず、曲げ性が劣化する場合がある。このため、冷却速度を500℃/s以下とする。好ましくは、300℃/s以下である。
【0075】
一方、250℃以下の温度域の冷却速度は、オートテンパーされたマルテンサイト結晶粒の割合を高めるために、極力低下することが重要である。すなわち、250℃から100℃までの温度域を平均冷却速度1℃/s以上、50℃/s以下で冷却する。
【0076】
上記ホットスタンプ成形後に強度調整を目的として、100℃~350℃の温度域で焼戻しを行ってもよい。ホットスタンプ成形体の引張強さを高めるためには、ホットスタンプ成形後に、350℃以上に加熱しないことが好ましい。必要に応じて、ホットスタンプ成形後の加熱温度を、300℃以下、250℃以下又は200℃以下としてもよい。また、ホットスタンプ成形体の変形能向上を目的として、ホットスタンプ成形後に成形体の一部に軟化領域を有してもよい。ここでいう軟化領域とは、例えば、成形体の一部を(例えばフランジ部など)部分的に焼戻し、成形体の一部に軟化領域を設ける等を意味する。また、成形加工時には、十分に高い面圧を付与したとしても、その形状によっては部分的に上記式(3)左辺値を下回る部位が生じる。このような部位も軟化領域という。
【0077】
なお、本発明は、結晶粒の転位密度が低いほど、GAIQ値が高い値になることを利用して、オートテンパーによって転位密度が低くなった結晶粒と、オートテンパーされておらず、転位密度が高いままの結晶粒とを分離することとしている。しかし、マルテンサイト結晶粒の転位密度は焼戻しの実施により小さくなる。例えば、ホットスタンプ成形時の面圧が低く、得られたホットスタンプ成形体の結晶粒がオートテンパーされていない場合でも、その後に、焼戻しを実施する場合がある。その焼戻し温度が比較的低温(200℃程度)の場合、GAIQ値は35000未満となるが、比較的高温(350℃以上)の場合、ホットスタンプ成形体の引張強さTSが低下したり、GAIQ値が35000以上45000未満になることがある。このような比較的高温で焼き戻しされた成形体と、本願のオートテンパーされた成形体とのミクロ組織上の差異はなく、その違いを見出すことは出来なかった。しかし、このように高温の焼戻しが実施されたホットスタンプ成形体は、機械的特性、特に曲げ性が劣化し、本発明で要求される性能、具体的には、最大曲げ角度α(deg)が90以上という性能を有しないことを見出した。
【実施例】
【0078】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0079】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造によって得た鋼片を、1200℃で30分保持した後、仕上温度が970℃の条件で熱間圧延し、得られた熱延鋼帯を550℃で巻き取った。この熱延鋼帯を、総圧下率が50%の条件で冷間圧延し、厚さ1.6mmのホットスタンプ用鋼板を得た。一部のホットスタンプ用鋼板には溶融亜鉛めっきを施して、ホットスタンプ用めっき鋼板を得た。各ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ用めっき鋼板(以下、「ホットスタンプ用鋼板」と総称する。)について、表2に示す条件でホットスタンプ成形を実施して、ホットスタンプ成形体を得た。一部のホットスタンプ成形体には焼鈍を行った。
【0080】
ホットスタンプ成形体について、上述の測定方法によりミクロ組織の測定を行った。また、ホットスタンプ成形体の機械特性を測定した。その結果を、表3に示す。また、
図2には、発明鋼である試験No.9について、GAIQ値35000および45000を境界値として3値化して作成したGAIQマップを示す。ホットスタンプ成形体の機械特性は、以下の方法により測定し、評価した。
【0081】
「引張強さ及び延性」
ホットスタンプ成形体の引張強さおよび延性は、ホットスタンプ成形体の任意の位置からJIS Z 2201:2011に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って、引張強さTS(MPa)と全伸びT.EL(%)を測定した。
【0082】
「曲げ性」
曲げ性は、ドイツ自動車工業会規格VDA238‐100(2017年4月版)に基づいて以下の測定条件で評価を行った。本発明では曲げ試験で得られる最大荷重時の変位をVDA基準で角度に変換し、最大曲げ角度αを求めた。αが90(deg)以上を曲げ試験の合格と判断した。
(測定条件)
試験片寸法:60mm(圧延方向)×60mm(圧延直角方向)
曲げ稜線:曲げ稜線が圧延直角方向になるようにポンチで押し込み
試験方法:ロール支持、ポンチ押し込み
ロール径:φ30mm
ポンチ形状:先端R=0.4mm
ロール間距離:2.0× 板厚(mm)+0.5mm
押し込み速度:20mm/min
試験機:SHIMADZU AUTOGRAPH 20kN
【0083】
「亀裂伝播抵抗」
亀裂伝播抵抗は、次の方法で評価した。ホットスタンプ後の鋼板(ホットスタンプ成形体)から、板厚が1.2mm、長さ55mm、幅10mmのシャルピー試験片を採取した。試験片の長手を圧延方向とし、圧延方向と垂直な方向に長さ2mmのVノッチを加工した。作製した試験片を3枚重ねてビスで固定し、計装化衝撃試験に供した。計装化衝撃試験は室温で行い、試験開始から終了までの時間と衝撃力とを測定した。計装化衝撃試験の試験速度と計測した時間との積から変位を算出した。シャルピー試験片の破面の長さが8mmであるため、変位が8mm以上の領域で観測された衝撃力の平均値をバックグラウンドとした。全測定点の衝撃力からバックグラウンドを差し引いた後、衝撃力-変位曲線を作成した。
【0084】
図3には、衝撃力-変位曲線の模式図を示す。得られた衝撃力-変位曲線について、変位が0mmから8mmまでの曲線下の面積を算出し、得られた値を全衝撃エネルギーとした。次に、衝撃力-変位曲線の急激な低下が開始する衝撃力(
図3中の亀裂発生時)を探し、対応する変位(亀裂発生時変位)を求めた。変位0mmから亀裂発生時変位までの曲線下の面積を算出して、亀裂発生エネルギーとした。全吸収エネルギーから亀裂発生エネルギーを差し引いた値を亀裂伝播エネルギーとした。全衝撃エネルギーに対する亀裂伝播エネルギーの割合を亀裂の伝播抵抗の指標とした。この全衝撃エネルギーに対する亀裂伝播エネルギーの割合が10%以上である場合を亀裂の伝播抵抗に優れるとして合格(○)と判定し、10%未満である場合を不合格(×)と判定した。
【0085】
「評価方法」
引張強さが590MPa以上980MPa未満であり、全伸びT.EL(%)が25%以上であり、かつ、曲げ性試験および亀裂伝播抵抗が合格となった場合を、強度、延性、曲げ性および亀裂伝播抵抗に優れると判断した。上記4つの性能のうち、何れか一つでも満足しない場合は、強度、延性、曲げ性および亀裂伝播抵抗に劣ると判断した。
【0086】
【0087】
【0088】
【0089】
表1~3に示すように、本発明で規定される条件を満足する例は、いずれも機械的特性に優れていた。本発明で規定される条件を満足しない例は、いずれも機械的特性に劣っていた。
【0090】
試験No.1は、C含有量の下限を下回ったために、マルテンサイトが軟質となり、590MPa以上の引張強さが得られなかった。試験No.5は、C含有量の上限を上回ったために、オートテンパー量が低くなり、980MPa以上の引張強さを示し、また曲げ性および亀裂伝播抵抗が劣化していた。試験No.6は、Si含有量の下限を下回ったために、焼戻し軟化抵抗が得られず、590MPa以上の引張強さが得られなかった。試験No.10は、Si含有量の上限を上回ったために、ホットスタンプ加熱時にオーステナイト単相とならず、フェライトが過剰に生成した結果、マルテンサイトのGAIQ35000以上45000未満の面積率が30%未満となり、十分なオートテンパー量を確保できなかった。試験No.11は、Mn含有量の下限を下回ったために、焼入れ性が劣化し、フェライトが過剰に生成した。その結果、十分なオートテンパー量を確保できず、亀裂伝播抵抗が劣化していた。
【0091】
試験No.15は、Mn含有量の上限を上回ったために、ミクロ偏析によって亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.16は、P含有量の上限を上回ったために、粒界偏析によって粒界強度が低下し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.17は、S含有量の上限を上回ったために、多量の介在物が生成し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.18は、Al含有量の下限を下回ったために、鋼中にブローホールが発生し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.19は、Al含有量の上限を上回ったために、粗大なAl酸化物が生成し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.20は、N含有量の上限を上回ったために、粗大な窒化物が生成し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.21は、Nb含有量の下限を下回ったために、旧オーステナイト粒組織が粗大となり焼入れ性が増大し、フェライトがほとんど生成せず、伸びが低下した。
【0092】
試験No.22は、Nb含有量の上限を上回ったために、フェライトが過剰に生成し、十分なオートテンパー量を確保できず、亀裂伝播抵抗が劣化していた。試験No.33は、ホットスタンプ加熱温度が低すぎたためにオーステナイト単相化が十分に進まず、フェライトが過剰に生成し、亀裂伝播抵抗が劣化していた。試験No.34は、面圧の下限を下回ったため、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が低下した。試験No.35は、プレス能力を超えた負荷となり、成形できず、ミクロ組織および機械的特性の評価ができなかった。試験No.36は、成形~250℃の冷却速度が下限を下回ったために、焼きが入らず590MPa以上の引張強さが得られなかった。
【0093】
試験No.37は、成形~250℃の冷却速度が上限を上回ったために、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.38は、250~100℃の冷却速度が上限を上回ったために、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.39は、ホットスタンプ加熱温度が低すぎたためにオーステナイト単相化が十分に進まず、フェライトが過剰に生成した結果、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.40は、面圧の下限を下回ったため、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.41は、プレス能力を超えた負荷となり、成形できず、ミクロ組織および機械的特性の評価ができなかった。試験No.42は、成形~250℃の冷却速度が下限を下回ったために、焼きが入らず590MPa以上の引張強さが得られなかった。
【0094】
試験No.43は、成形~250℃の冷却速度が上限を上回ったために、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.44は、250~100℃の冷却速度が上限を上回ったために、オートテンパー量が不足し、亀裂伝播抵抗が劣化した。試験No.45および46は、ホットスタンプ成形後の高温焼き戻しによってGAIQ35000以上45000未満が面積率30%以上の条件を満足する。しかし、これらの例では、面圧の下限を下回り、オートテンパー量が不足しており、また、炭化物が粗大化して曲げ割れ起点となり、亀裂伝播を促進し、曲げ性が劣化した。試験No.47は、面圧の下限を下回り、ホットスタンプ成形後に焼戻しを実施したものの、オートテンパー量が不足し、曲げ性が劣化した。
【0095】
また、
図2に示すように、発明鋼である試験No.9では、オートテンパーされたマルテンサイト結晶粒、すなわち転位密度が低い領域が、オートテンパーされていない結晶粒に比べて多いことが分かる(面積率65%)。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明によれば、TS:590MPa以上980MPa未満の強度と、破断伸び(全伸び):25%以上の優れた延性と、α:90deg以上の優れた曲げ性と、優れた亀裂伝播抵抗を兼備するホットスタンプ成形体が得られる。