(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C23C 2/12 20060101AFI20230512BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20230512BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20230512BHJP
C22C 30/06 20060101ALI20230512BHJP
C23C 2/28 20060101ALI20230512BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230512BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
C23C2/12
B21D22/20 H
C22C18/04
C22C30/06
C23C2/28
C22C38/00 301T
C22C38/00 301W
C22C38/58
(21)【出願番号】P 2022502740
(86)(22)【出願日】2020-02-27
(86)【国際出願番号】 JP2020008162
(87)【国際公開番号】W WO2021171517
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-08-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】真木 純
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-112010(JP,A)
【文献】特開2017-057502(JP,A)
【文献】国際公開第2019/180852(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/131171(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/139620(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 2/00- 2/40
B21D 22/00-26/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備えたホットスタンプ成形体であって、
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:15.00~55.00%、
Mg:4.50~12.00%、
Si:0.05~3.00%、
Ca:0.05~3.00%、
Fe:20.00~65.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層が、前記鋼母材との界面に位置するFe及びAlを含有する界面層と、前記界面層の上に位置する主層とを備え、
前記主層が、面積率で、10.0~90.0%のMg-Zn含有相、5.0~30.0%未満のFe-Al含有相、及び2.0~25.0%のAl-Si含有酸化物相を含み、
前記Mg-Zn含有相が、MgZn相、Mg
2Zn
3相、及びMgZn
2相からなる群より選択される少なくとも1種を含み、
前記Fe-Al含有相が、FeAl相、及びFe-Al-Zn相の少なくとも1種を含む、ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:25.00~35.00%、及び
Mg:6.00~10.00%を含む、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記Mg-Zn含有相がMgZn相を含み、前記主層中のMgZn相の面積率が30.0%以上である、請求項1又は2に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項4】
前記Mg-Zn含有相がMgZn相とMg
2Zn
3相を含み、前記主層中のMgZn相とMg
2Zn
3相の合計の面積率が40.0~85.0%である、請求項1~3のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項5】
前記Fe-Al含有相がFeAl相を含み、前記主層中のFeAl相の面積率が5.0~20.0%である、請求項1~4のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼板のような成形が困難な材料をプレス成形する技術として、ホットスタンプ(熱間プレス)が知られている。ホットスタンプは、成形に供される材料を加熱してから成形する熱間成形技術である。この技術では、材料を加熱してから成形するため、成形時には鋼材が軟質で良好な成形性を有する。したがって、高強度の鋼材であっても複雑な形状に精度よく成形することが可能であり、また、プレス金型によって成形と同時に焼入れを行うため、成形後の鋼材は十分な強度を有することが知られている。
【0003】
特許文献1では、鋼板表面に、Al:20~95質量%、Ca+Mg:0.01~10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板が記載されている。また、特許文献1では、このようなめっき鋼板は、上記Al-Zn系合金めっき層の表面にCaやMgの酸化物が形成されるため、熱間プレス時に金型にめっきが凝着するのを防止できることが記載されている。
【0004】
Al-Zn系合金めっきに関連して、特許文献2では、めっき層中に、質量%で、Al:2~75%、及び、Fe:2~75%を含有し、残部が、2%以上のZn及び不可避的不純物であることを特徴とする合金めっき鋼材が記載されている。また、特許文献2では、耐食性向上の観点から、めっき層中の成分として、さらに、Mg:0.02~10%、Ca:0.01~2%、Si:0.02~3%等を含有させることが有効であると教示されている。
【0005】
また、Al-Zn系合金めっきに関連して、特許文献3では、鋼材と、前記鋼材の表面に配されたZn-Al-Mg合金層を含むめっき層とを有するめっき鋼材であって、前記Zn-Al-Mg合金層がZn相を有し、かつ前記Zn相中にMg-Sn金属間化合物相を含有し、前記めっき層が、質量%で、Zn:65.0%超、Al:5.0%超~25.0%未満、Mg:3.0%超~12.5%未満、Ca:0%~3.00%、Si:0%~2.5%未満等を含むめっき鋼材が記載されている。
【0006】
同様に、特許文献4では、鋼材と、前記鋼材の表面に配され、Zn-Al-Mg合金層を含むめっき層とを有するめっき鋼材であって、前記Zn-Al-Mg合金層の断面において、MgZn2相の面積分率が45~75%、MgZn2相およびAl相の合計の面積分率が70%以上、かつZn-Al-MgZn2三元共晶組織の面積分率が0~5%であり、前記めっき層が、質量%で、Zn:44.90%超~79.90%未満、Al:15%超~35%未満、Mg:5%超~20%未満、Ca:0.1%~3.0%未満、Si:0%~1.0%等を含むめっき鋼材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-112010号公報
【文献】特開2009-120948号公報
【文献】国際公開第2018/139619号
【文献】国際公開第2018/139620号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
例えば、Zn系めっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、Znが溶融した状態で加工されるため、溶融したZnが鋼中に侵入して鋼材内部に割れを生じることがある。このような現象は液体金属脆化(LME)と呼ばれ、当該LMEに起因して鋼材の疲労特性が低下することが知られている。
【0009】
一方で、めっき層中の成分としてAlを含有するめっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、例えば、当該ホットスタンプ成形における加熱の際に発生した水素が鋼材中に侵入して水素脆化割れを引き起こす場合があることが知られている。
【0010】
しかしながら、ホットスタンプ成形において使用される従来のAl-Zn系めっき鋼材では、LME及び水素脆化割れを抑制するという観点からは必ずしも十分な検討がなされていない。その結果として、このようなめっき鋼材から得られるホットスタンプ成形体においては、耐LME性及び耐水素侵入性に関して依然として改善の余地があった。
【0011】
また、特許文献2においてめっき層への添加が教示されるSi等の元素は、非常に酸化されやすく、特にその含有量が多くなると、鋼材表面に酸化物を形成して化成処理皮膜の付着を阻害する場合があることが知られている。このような場合には、めっき鋼材の塗装後耐食性の低下を引き起こすことがある。
【0012】
そこで、本発明は、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらには化成処理性にも優れたホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成する本発明は下記のとおりである。
(1)鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備えたホットスタンプ成形体であって、
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:15.00~55.00%、
Mg:4.50~12.00%、
Si:0.05~3.00%、
Ca:0.05~3.00%、
Fe:20.00~65.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層が、前記鋼母材との界面に位置するFe及びAlを含有する界面層と、前記界面層の上に位置する主層とを備え、
前記主層が、面積率で、10.0~90.0%のMg-Zn含有相、5.0~30.0%未満のFe-Al含有相、及び2.0~25.0%のAl-Si含有酸化物相を含み、
前記Mg-Zn含有相が、MgZn相、Mg2Zn3相、及びMgZn2相からなる群より選択される少なくとも1種を含み、
前記Fe-Al含有相が、FeAl相、及びFe-Al-Zn相の少なくとも1種を含む、ホットスタンプ成形体。
(2)前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:25.00~35.00%、及び
Mg:6.00~10.00%を含む、上記(1)に記載のホットスタンプ成形体。
(3)前記Mg-Zn含有相がMgZn相を含み、前記主層中のMgZn相の面積率が30.0%以上である、上記(1)又は(2)に記載のホットスタンプ成形体。
(4)前記Mg-Zn含有相がMgZn相とMg2Zn3相を含み、前記主層中のMgZn相とMg2Zn3相の合計の面積率が40.0~85.0%である、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
(5)前記Fe-Al含有相がFeAl相を含み、前記主層中のFeAl相の面積率が5.0~20.0%である、上記(1)~(4)のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらには化成処理性にも優れたホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】従来のAl-Zn-Mg系めっき層を含むホットスタンプ成形体におけるめっき層断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示す。
【
図2】本発明に係るホットスタンプ成形体におけるめっき層断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示す。
【
図3】本発明に係るホットスタンプ成形体のホットスタンプ成形前のめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示す。
【
図4】めっき層を冷却する際の冷却速度変更点と針状Al-Zn-Si-Ca相の形成との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<ホットスタンプ成形体>
本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体は、鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成されためっき層とを備え、前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:15.00~55.00%、
Mg:4.50~12.00%、
Si:0.05~3.00%、
Ca:0.05~3.00%、
Fe:20.00~65.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、及び
残部:Zn及び不純物であり、
前記めっき層が、前記鋼母材との界面に位置するFe及びAlを含有する界面層と、前記界面層の上に位置する主層とを備え、
前記主層が、面積率で、10.0~90.0%のMg-Zn含有相、5.0~30.0%未満のFe-Al含有相、及び2.0~25.0%のAl-Si含有酸化物相を含み、
前記Mg-Zn含有相が、MgZn相、Mg2Zn3相、及びMgZn2相からなる群より選択される少なくとも1種を含み、
前記Fe-Al含有相が、FeAl相、及びFe-Al-Zn相の少なくとも1種を含むことを特徴としている。
【0017】
例えば、従来のZn系めっき鋼材やAl-Zn系めっき鋼材をホットスタンプ成形において使用すると、一般的には、当該めっき鋼材はホットスタンプ成形において約900℃又はそれよりも高い温度に加熱される。Znは沸点が約907℃であって比較的低いため、このような高温下ではめっき層中のZnが蒸発又は溶融して当該めっき層中に部分的に高濃度のZn液相が生じ、この液体Znが鋼中の結晶粒界に侵入することで液体金属脆化(LME)割れを引き起こす場合がある。
【0018】
一方で、Znを含まない従来のAlめっき鋼材では、Znに起因するLME割れは生じないものの、ホットスタンプ成形における加熱の際に大気中の水蒸気がめっき層中のAlによって還元されて水素が発生することがある。その結果として、発生した水素が鋼材中に侵入して水素脆化割れを引き起こす場合がある。また、Al-Zn系めっき鋼材においても、Znは上記のとおり沸点が比較的低いため、900℃又はそれよりも高い高温下でのホットスタンプ成形の際にその一部が蒸発し、大気中の水蒸気と反応して水素を発生させることがある。このような場合には、AlだけでなくZnにも起因した鋼材中への水素侵入により水素脆化割れが生じる虞がある。加えて、耐食性向上の観点から、Zn系めっき鋼材又はAl-Zn系めっき鋼材に添加されるMg等の元素についても、高温下でのホットスタンプ成形における加熱の際にその一部が蒸発し、Znの場合と同様に水素を発生させて水素脆化割れを引き起こすことがある。
【0019】
そこで、本発明者らは、Al-Zn-Mg系めっき層を含むホットスタンプ成形体の耐LME性及び耐水素侵入性について検討した。その結果、本発明者らは、所定の化学組成を有するAl-Zn-Mg系めっき層であって、ホットスタンプ成形後に当該めっき層中にMg-Zn含有相を所定量含有するホットスタンプ成形体においては、ホットスタンプ成形での加熱に起因するLME及び鋼材への水素侵入の発生を顕著に低減又は抑制することができることを見出した。加えて、本発明者らは、めっき層中に含まれるFe-Al含有相の量を所定の範囲内に制限することで、ホットスタンプ成形体の耐水素侵入性がさらに改善されることを見出した。さらに、本発明者らは、上記のMg-Zn含有相及びFe-Al含有相を有するめっき層を調製する際にめっき層中に生成したAl-Si含有酸化物相、特には塊状のAl-Si含有酸化物相により、ホットスタンプ成形体の化成処理性が顕著に向上することを見出した。以下、図面を参照してより詳しく説明する。
【0020】
図1は、従来のAl-Zn-Mg系めっき層を含むホットスタンプ成形体におけるめっき層断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示している。
図1を参照すると、めっき層1は、Zn及びMgを含有する厚い酸化物層2を含んでいることがわかる。当該酸化物層2は、ホットスタンプ成形における約900℃又はそれよりも高い温度での加熱により蒸発したZn及びMgの少なくとも一部が酸化物としてめっき層の表面に堆積したものと考えられる。一方、めっき層1の下には拡散層3が位置し、当該拡散層3は鋼母材4の一部を構成している。拡散層3は、ホットスタンプ成形における加熱によってめっき層中のAl成分が鋼母材4に拡散して固溶体を形成したものである。
【0021】
図1に示されるような従来のAl-Zn-Mg系めっき層を含むホットスタンプ成形体では、ホットスタンプ成形における加熱中にZn及びMgが蒸発し、それらが大気中の水蒸気と反応して水素を発生させることで、LME及び鋼材中への水素侵入が生じてしまう。加えて、例えば、Mgの蒸発によってめっき層1中のZn濃度が相対的に上昇する場合などにも、LME割れを引き起こす虞がある。
【0022】
図2は、本発明に係るホットスタンプ成形体におけるめっき層断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示している。
図2を参照すると、めっき層1は、鋼母材4との界面、より具体的には鋼母材4の一部を構成する拡散層3との界面に位置するFe及びAlを含有する界面層5と、当該界面層5の上に位置する主層6とを備えている。界面層5は、通常のホットスタンプ成形において鋼母材との界面に形成され、主としてFe及びAlを含有する金属間化合物から構成されるものである。当該界面層5とその下に位置する拡散層3は、例えばホットスタンプ成形における比較的長い加熱処理に起因して互いの層の金属元素が相互に拡散するため、化学組成においてほとんど差がない。したがって、本発明においては、界面層5と拡散層3を特に区別せずに、両者を含めてFe-Al層7として表現する場合がある。
【0023】
また、主層6は、
図1の場合とは対照的に、MgZn相、Mg
2Zn
3相、及びMgZn
2相からなる群より選択される少なくとも1種を含むMg-Zn含有相8と、FeAl相9aを含むFe-Al含有相9とを含有していることがわかる。
図2には示していないが、Fe-Al含有相9は、FeAl相9aに加えて、比較的少量のFe-Al-Zn相を含む場合がある。とりわけ、
図2に示す主層6は、マトリックス相であるMg-Zn含有相8中に島状のFe-Al含有相9(島状のFeAl相9a及び島状のFe-Al-Zn相)が存在、特には分散して存在している構造(海島構造)を有していることがわかる。本発明に係るホットスタンプ成形体においては、
図2に示されるようなMg-Zn含有相8をめっき層1の主層6中に比較的多く含有させることで、LMEの発生及び鋼材中への水素侵入を顕著に低減又は抑制することができる。加えて、主層6中に含まれるFe-Al含有相の量を所定の範囲内に制御することで、ホットスタンプ成形体の耐水素侵入性をさらに改善することが可能となる。
【0024】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、本発明に係るホットスタンプ成形体においては、製造方法に関連して後で詳しく説明するとおり、ホットスタンプ成形における加熱の初期に、めっき層の表面組織中に存在する針状Al-Zn-Si-Ca相から溶け出したCaが大気中の酸素により優先的に酸化され、めっき層の最表面に緻密なCa系酸化皮膜を形成するものと考えられる。言い換えれば、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織中に存在する針状Al-Zn-Si-Ca相が、ホットスタンプ成形における加熱の初期にCa系酸化皮膜を形成するためのCa供給源として機能し、次いで供給されたCaの酸化によって得られたCa系酸化皮膜、より具体的にはCa及びMg含有酸化皮膜がバリア層として機能するものと考えられる。
【0025】
このようなバリア層の機能により、めっき層中のZn及びMgの外部への蒸発、それに関連するLMEの発生、並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制することができるものと考えられる。その結果として、ホットスタンプ成形後に最終的に得られる成形体では、
図1の場合とは異なり、Zn及びMgがめっき層1中で厚い酸化物層2を形成することなく、Mg-Zn含有相8として比較的多い量すなわち主層6中に面積率で10.0~90.0%の量で存在することができるものと考えられる。
【0026】
また、Fe-Al含有相9に含まれるFeAl相9aは、
図2に示されるように、主層6と界面層5との界面付近に比較的多く存在するのに対し、Fe-Al-Zn相(図示せず)は主層6の表面付近に比較的多く存在する。しかしながら、主層6中のFe-Al含有相9の含有量が多くなると、当然ながら、Fe-Al-Zn相だけでなく、FeAl相9aも含めたFe-Al含有相9全体として主層6の表面付近に存在する量が多くなる。このような場合には、ホットスタンプ成形における加熱の際に大気中の水蒸気が主層6の表面付近に存在するFe-Al含有相9中のAlによって還元されて水素が発生する。その結果として、発生した水素が鋼材中に侵入して水素脆化割れを引き起こす場合がある。本発明に係るホットスタンプ成形体においては、主層6中のFe-Al含有相9を所定の範囲内、すなわち面積率で30.0%未満の範囲内に制限することにより、当該Fe-Al含有相9に起因して発生する水素の量を低減することができると考えられる。その結果として、単にめっき層中のMg-Zn含有相の量を制御した場合と比較して、さらにホットスタンプ成形体の耐水素侵入性を改善することが可能になると考えられる。
【0027】
さらに、本発明のホットスタンプ成形体では、主層6は、上記のMg-Zn含有相8及びFe-Al含有相9以外に、
図2に示すように、Al-Si含有酸化物相10、特には塊状のAl-Si含有酸化物相10を含む。一般的に、りん酸亜鉛処理等の化成処理においては、めっき鋼材の表面付近にAlが存在すると、処理液中に溶出したアルミニウムイオンによってめっき層表面へのりん酸亜鉛析出反応が阻害される場合がある。何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、本発明のホットスタンプ成形体においては、主層中にAl-Si含有酸化物相を形成して、すなわち金属Alを酸化物の形態で主層中に含めることで、めっき層の主層の表面付近に存在するAlの量を低減することができ、その結果として、ホットスタンプ成形体の化成処理性を改善することができるものと考えられる。
【0028】
加えて、主層中にAl-Si含有酸化物相を形成することで当該主層の表面付近に存在するAlの量が低減されることから、表面付近のAlに起因して発生する水素の量も低減することができると考えられる。その結果として、本発明によれば、主層中に含まれるFe-Al含有相の量を所定の範囲内に制限すること、さらにはAl-Si含有酸化物相を主層中に含めることで、ホットスタンプ成形体の耐水素侵入性を顕著に改善することが可能になると考えられる。
【0029】
以下、本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体について詳しく説明する。以下の説明において、各成分の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。
【0030】
[鋼母材]
本発明の実施形態に係る鋼母材は、任意の厚さ及び組成を有する材料であってよく、特に限定されないが、例えば、ホットスタンプを適用するのに好適な厚さ及び組成を有する材料であることが好ましい。このような鋼母材としては公知であり、例えば、0.3~2.3mmの厚さを有し、かつ、質量%で、C:0.05~0.40%、Si:0.50%以下、Mn:0.50~2.50%、P:0.03%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.10%以下、N:0.010%以下、残部:Fe及び不純物である鋼板(例えば、冷間圧延鋼板)などを挙げることができる。以下、本発明において適用することが好ましい上記鋼母材に含まれる各成分について詳しく説明する。
【0031】
[C:0.05~0.40%]
炭素(C)は、ホットスタンプ成形体の強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、C含有量が多すぎると、ホットスタンプ成形体の靭性が低下する場合がある。したがって、C含有量は0.05~0.40%とする。C含有量は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.13%以上である。C含有量は、好ましくは0.35%以下である。
【0032】
[Si:0~0.50%]
シリコン(Si)は、鋼を脱酸するのに有効な元素である。しかしながら、Si含有量が多すぎると、ホットスタンプの加熱の際に鋼中のSiが拡散して鋼材表面に酸化物を形成し、その結果、りん酸塩処理の効率が低下する場合がある。また、Siは鋼のAc3点を上昇させる元素である。このため、ホットスタンプの加熱温度はAc3点以上とする必要があるため、Si量が過剰になると鋼のホットスタンプの加熱温度は高くならざるを得ない。つまり、Si量が多い鋼はホットスタンプ時により高温に加熱され、その結果、めっき層中のZn等の蒸発が避けられなくなる。このような事態を避けるため、Si含有量は0.50%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20以下%である。Si含有量は0%であってもよいが、脱酸等の効果を得るためには、Si含有量の下限値は、所望の脱酸レベルによって変化するものの、一般的には0.05%である。
【0033】
[Mn:0.50~2.50%]
マンガン(Mn)は焼入れ性を高め、ホットスタンプ成形体の強度を高める。一方、Mnを過剰に含有させても、その効果は飽和する。したがって、Mn含有量は0.50~2.50%とする。Mn含有量は、好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは0.70%以上である。Mn含有量は、好ましくは2.40%以下であり、より好ましくは2.30%以下である。
【0034】
[P:0.03%以下]
りん(P)は、鋼中に含まれる不純物である。Pは結晶粒界に偏析して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。したがって、P含有量は0.03%以下とする。P含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.02%以下とすることが好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、P含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Pの含有は必須ではないため、P含有量の下限は0%である。
【0035】
[S:0.010%以下]
硫黄(S)は、鋼中に含まれる不純物である。Sは硫化物を形成して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。したがって、S含有量は0.010%以下とする。S含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、S含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Sの含有は必須ではないため、S含有量の下限は0%である。
【0036】
[sol.Al:0~0.10%]
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸に有効である。しかしながら、Alの過剰な含有は、鋼材のAc3点を上昇させ、よってホットスタンプの加熱温度が高くなり、めっき層中のZn等の蒸発が避けられなくなる。したがって、Al含有量は0.10%以下とし、好ましくは0.05%以下である。Al含有量は0%であってもよいが、脱酸等の効果を得るために、Al含有量は0.01%以上であってよい。本明細書において、Al含有量は、いわゆる酸可溶Alの含有量(sol.Al)を意味する。
【0037】
[N:0.010%以下]
窒素(N)は、鋼中に不可避的に含まれる不純物である。Nは窒化物を形成して鋼の靭性を低下させる。Nは、鋼中にボロン(B)がさらに含有される場合、Bと結合することで固溶B量を減少させ、焼入れ性を低下させる。したがって、N含有量は0.010%以下とする。N含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。しかしながら、N含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、N含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。Nの含有は必須ではないため、N含有量の下限は0%である。
【0038】
本発明に係る実施形態において使用するのに好適な鋼母材の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、上記の鋼母材は、任意に、B:0~0.005%、Ti:0~0.10%、Cr:0~0.50%、Mo:0~0.50%、Nb:0~0.10%、及びNi:0~1.00%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの元素について詳しく説明する。なお、これらの各元素の含有は必須ではなく、各元素の含有量の下限は0%である。
【0039】
[B:0~0.005%]
ボロン(B)は、鋼の焼入れ性を高め、ホットスタンプ後の鋼材の強度を高めるので、鋼母材に含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させても、その効果は飽和する。したがって、B含有量は0~0.005%とする。B含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0040】
[Ti:0~0.10%]
チタン(Ti)は、窒素(N)と結合して窒化物を形成し、BN形成による焼入れ性の低下を抑制することができる。また、Tiは、ピン止め効果により、ホットスタンプの加熱時にオーステナイト粒径を微細化し、鋼材の靱性等を高めることができる。しかしながら、Tiを過剰に含有させても、上記効果は飽和し、しかも、Ti窒化物が過剰に析出すると、鋼の靭性が低下する場合がある。したがって、Ti含有量は0~0.10%とする。Ti含有量は0.01%以上であってもよい。
【0041】
[Cr:0~0.50%]
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高めて、ホットスタンプ成形体の強度を高めるのに有効である。しかしながら、Cr含有量が過剰であり、ホットスタンプの加熱時に溶解し難いCr炭化物が多量に形成すると、鋼のオーステナイト化が進行し難くなり、逆に焼入れ性が低下する。したがって、Cr含有量は0~0.50%とする。Cr含有量は0.10%以上であってもよい。
【0042】
[Mo:0~0.50%]
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を高める。しかしながら、Moを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。したがって、Mo含有量は0~0.50%とする。Mo含有量は0.05%以上であってもよい。
【0043】
[Nb:0~0.10%]
ニオブ(Nb)は、炭化物を形成して、ホットスタンプ時に結晶粒を微細化し、鋼の靭性を高める元素である。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、上記効果は飽和し、さらに焼入れ性を低下させる。したがって、Nb含有量は0~0.10%とする。Nb含有量は0.02%以上であってもよい。
【0044】
[Ni:0~1.00%]
ニッケル(Ni)は、ホットスタンプの加熱時に、溶融Znに起因した脆化を抑制することができる元素である。しかしながら、Niを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。したがって、Ni含有量は0~1.00%とする。Ni含有量は0.10%以上であってもよい。
【0045】
本発明の実施形態に係る鋼母材において、上記成分以外の残部はFe及び不純物からなる。鋼母材における不純物とは、本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、当該ホットスタンプ成形体に対して意図的に添加した成分でないものを意味する。
【0046】
[めっき層]
本発明の実施形態によれば、上記鋼母材の表面にめっき層が形成され、例えば、鋼母材が鋼板の場合には当該鋼板の少なくとも片面すなわち当該鋼板の片面又は両面にめっき層が形成される。めっき層は、鋼母材との界面に位置するFe及びAlを含有する界面層と、当該界面層の上に位置する主層とを備え、めっき層全体として下記の平均組成を有する。
【0047】
[Al:15.00~55.00%]
Alは、ホットスタンプ成形における加熱の際にZn及びMgの蒸発を抑制するのに必須の元素である。上で説明したとおり、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相が存在することで、ホットスタンプ成形における加熱の初期に当該針状Al-Zn-Si-Ca相から溶け出したCaが大気中の酸素により優先的に酸化され、めっき層の最表面に緻密なCa系酸化皮膜、より具体的にはCa及びMg含有酸化皮膜を形成するものと考えられる。このようなCa系酸化皮膜はZn及びMgの蒸発を抑制するためのバリア層として機能するものと考えられる。当該バリア層の機能を発現させるためには、ホットスタンプ成形後のめっき層中のAl含有量は15.00%以上とする必要があり、好ましくは20.00%以上又は25.00%以上である。一方で、Al含有量が55.00%を超えると、ホットスタンプ成形前のめっき層においてAl4Ca等の金属間化合物が優先的に生成し、針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で形成させることが困難となる。したがって、Al含有量は55.00%以下とし、好ましくは45.00%以下又は35.00%以下である。
【0048】
[Mg:4.50~12.00%]
Mgは、めっき層の耐食性を向上させ、塗膜膨れ等を改善するのに有効な元素である。また、Mgは、ホットスタンプ成形における加熱時に液相Zn-Mgを形成し、LME割れを抑制する効果も有する。Mg含有量が低いと、LMEが発生する可能性が増大する。耐食性の向上及びLMEの抑制の観点から、Mg含有量は4.50%以上とし、好ましくは5.00%以上、5.50%以上、又は6.00%以上である。一方、Mg含有量が高すぎると、過度な犠牲防食作用により、塗膜膨れ及び流れ錆の発生が急激に大きくなる傾向がある。したがって、Mg含有量は12.00%以下とし、好ましくは10.00%以下である。
【0049】
[Si:0.05~3.00%]
Siは、ホットスタンプ成形における加熱の際にZn及びMgの蒸発を抑制するのに必須の元素である。上で説明したとおり、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相を存在させることで、ホットスタンプ成形における加熱の際にZn及びMgの蒸発を抑制するためのCa系酸化皮膜からなるバリア層を形成することができる。当該バリア層の機能を発現させるためには、ホットスタンプ成形後のめっき層中のSi含有量は0.05%以上とする必要があり、好ましくは0.10%以上又は0.40%以上である。一方で、Si含有量が過剰な場合には、ホットスタンプ成形前のめっき層において鋼母材とめっき層の界面にMg2Si相が形成して耐食性が大きく悪化する。また、Si含有量が過剰な場合には、ホットスタンプ成形前のめっき層においてこのMg2Si相が優先的に形成され、針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で形成させることが困難となる。したがって、Si含有量は3.00%以下とし、好ましくは1.60%以下、より好ましくは1.00%以下である。
【0050】
[Ca:0.05~3.00%]
Caは、ホットスタンプ成形における加熱の際にZn及びMgの蒸発を抑制するのに必須の元素である。上で説明したとおり、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相を存在させることで、ホットスタンプ成形における加熱の際にZn及びMgの蒸発を抑制するためのCa系酸化皮膜からなるバリア層を形成することができる。当該バリア層の機能を発現させるためには、ホットスタンプ成形後のめっき層中のCa含有量は0.05%以上とする必要があり、好ましくは0.40%以上である。一方で、Ca含有量が過剰な場合には、ホットスタンプ成形前のめっき層においてAl4Ca等の金属間化合物が優先的に生成し、針状Al-Zn-Si-Ca相を十分な量で形成させることが困難となる。したがって、Ca含有量は3.00%以下とし、好ましくは2.00%以下、より好ましくは1.50%以下である。
【0051】
[Fe:20.00~65.00%]
ホットスタンプ成形時にめっき鋼材を加熱すると、鋼母材からのFeがめっき層中に拡散するため、当該めっき層には必然的にFeが含有される。Feはめっき層中のAlと結合して、鋼母材との界面に主としてFe及びAlを含有する金属間化合物から構成される界面層を形成し、さらに当該界面層の上に位置する主層中にFe-Al含有相を形成する。Fe含有量が低いと、Fe-Al含有相の量が減少するため、主層の構造が崩れやすくなる。より具体的には、Fe含有量が低いと、Zn及びMg含有量が相対的に増加するため、ホットスタンプ成形における加熱の際にこれらの元素が蒸発しやすくなり、その結果として水素侵入が生じやすくなる。したがって、Fe含有量は20.00%以上とし、好ましくは25.00%以上である。一方で、Fe含有量は65.00%以下とし、55.00%以下又は50.00%以下であってもよい。
【0052】
めっき層の化学組成は上記のとおりである。さらに、めっき層は、任意に、Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%、Sr:0~0.50%、Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、及びMn:0~1.00%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。特に限定されないが、めっき層を構成する上記基本成分の作用及び機能を十分に発揮させる観点から、これらの元素の合計含有量は5.00%以下とすることが好ましく、2.00%以下とすることがより好ましい。以下、これらの元素について詳しく説明する。
【0053】
[Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%]
Sb、Pb、Cu、Sn及びTiは、主層において存在するMg-Zn含有相中に含まれ得るが、所定の含有量の範囲内であれば、ホットスタンプ成形体としての性能に悪影響は及ぼさない。しかしながら、各元素の含有量が過剰な場合には、ホットスタンプにおける加熱の際に、これらの元素の酸化物が析出し、ホットスタンプ成形体の表面性状を悪化させ、りん酸塩化成処理が不良となって塗装後耐食性が悪化する。さらに、Pb及びSnの含有量が過剰になると、耐LME性が低下する傾向がある。したがって、Sb及びPbの含有量は0.50%以下、好ましくは0.20%以下であり、Cu、Sn及びTiの含有量は1.00%以下、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.50%以下である。一方で、各元素の含有量は0.01%以上であってもよい。なお、これらの元素の含有は必須でなく、各元素の含有量の下限は0%である。
【0054】
[Sr:0~0.50%]
Srは、めっき層の製造時にめっき浴中に含めることで当該めっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制することができる。また、Srは、ホットスタンプの加熱時に大気酸化を抑制する傾向があるため、ホットスタンプ後の成形体における色変化を抑制することができる。これらの効果は少量でも発揮されるため、Sr含有量は0.01%以上であってもよい。一方、Sr含有量が過剰な場合には、塗膜膨れ及び流れ錆の発生が大きくなり、耐食性が悪化する傾向がある。したがって、Sr含有量は0.50%以下とし、好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.10%以下である。
【0055】
[Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Mn:0~1.00%]
Cr、Ni及びMnは、めっき層と鋼母材との界面付近に濃化し、めっき層表面のスパングルを消失させるなどの効果を有する。このような効果を得るためには、Cr、Ni及びMnの含有量はそれぞれ0.01%以上とすることが好ましい。一方で、これらの元素は界面層に含まれるか又は主層に存在するFe-Al含有相中に含まれ得る。しかしながら、これらの元素の含有量が過剰な場合には、塗膜膨れ及び流れ錆の発生が大きくなり、耐食性が悪化する傾向がある。したがって、Cr、Ni及びMnの含有量はそれぞれ1.00%以下とし、好ましくは0.50%以下、より好ましくは0.10%以下である。
【0056】
[残部:Zn及び不純物]
めっき層において上記成分以外の残部はZn及び不純物からなる。Znは、防錆の観点からめっき層において必須の成分である。Znは、めっき層の主層中で主としてMg-Zn含有相として存在し、耐食性の向上に大きく寄与する。Zn含有量が3.00%未満であると、十分な耐食性を維持できない場合がある。したがって、Zn含有量は3.00%以上であることが好ましい。Zn含有量の下限は10.00%、15.00%又は20.00%としてもよい。一方で、Zn含有量が高すぎると、ホットスタンプ成形における加熱の際にZnが蒸発しやすくなり、その結果としてLME及び水素侵入が生じやすくなる。したがって、Zn含有量は50.00%以下であることが好ましい。Zn含有量の上限は45.00%、40.00%又は35.00%としてもよい。さらに、ZnはAlと置換することが可能であるため、少量のZnはFe-Al含有相中のFeと固溶体を形成し得る。また、めっき層における不純物とは、めっき層を製造する際に、原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、めっき層に対して意図的に添加した成分ではないものを意味する。めっき層においては、不純物として、上で説明した元素以外の元素が、本発明の効果を妨げない範囲内で微量に含まれていてもよい。
【0057】
めっき層の化学組成は、鋼母材の腐食を抑制するインヒビターを加えた酸溶液にめっき層を溶解し、得られた溶液をICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光法によって測定することにより決定される。この場合、測定される化学組成は、主層と界面層の合計の平均組成である。
【0058】
めっき層の厚さは、例えば3~50μmであってよい。また、鋼母材が鋼板の場合には、めっき層は、当該鋼板の両面に設けられてもよく又は片面のみに設けられてもよい。めっき層の付着量は、特に限定されないが、例えば、片面当たり10~170g/m2であってよい。その下限を20又は30g/m2としてもよく、その上限を150又は130g/m2としてもよい。本発明において、めっき層の付着量は、地鉄の腐食を抑制するインヒビターを加えた酸溶液にめっき層を溶解し、酸洗前後の重量変化から決定される。
【0059】
[界面層]
界面層は、Fe及びAlを含有する層であり、より具体的にはホットスタンプ成形における加熱の際に鋼母材からのFeがめっき層中に拡散して当該めっき層中のAlと結合した層であり、主としてFe及びAlを含有する金属間化合物から構成される。
【0060】
[主層]
主層は、面積率で、10.0~90.0%のMg-Zn含有相、5.0~30.0%未満のFe-Al含有相、及び2.0~25.0%のAl-Si含有酸化物相を含む。主層は、ホットスタンプ時のスケール発生を抑制する効果を有し、かつホットスタンプ成形体の耐食性にも寄与する。主層は、Mg-Zn含有相とFe-Al含有相が混在した構造を有し、一般的には、
図2に示されるように、マトリックス相であるMg-Zn含有相8中に比較的少ない量の島状のFe-Al含有相9が存在している構造(海島構造)を有する。また、
図2を参照すると、島状のFe-Al含有相9に加えて、比較的少ない量のAl-Si含有酸化物相10、特には塊状のAl-Si含有酸化物相10がMg-Zn含有相8中に存在している。
【0061】
[Mg-Zn含有相]
本発明に係る実施形態では、ホットスタンプ成形後のめっき層において、Zn及びMgがMg-Zn含有相として主層中に面積率で10.0~90.0%の量で存在するよう構成することで、ホットスタンプ時の加熱に起因するLME及び鋼材への水素侵入の発生を顕著に低減又は抑制することができる。Mg-Zn含有相の面積率が10.0%未満であると、このような効果を十分に得ることはできない。したがって、Mg-Zn含有相の面積率は10.0%以上とし、好ましくは15.0%以上、より好ましくは25.0%以上である。一方で、Mg-Zn含有相の面積率は90.0%以下とし、例えば85.0%以下、80.0%以下又は75.0%以下であってもよい。
【0062】
Mg-Zn含有相は、MgZn相、Mg2Zn3相、及びMgZn2相からなる群より選択される少なくとも1種を含む。ここで、MgZn相、Mg2Zn3相、及びMgZn2相は金属間化合物であることから、各相のMgとZnの原子比はほぼ一定と考えられるものの、実際にはAlやFeなどが部分的に固溶する場合があるため幾分変動する。したがって、本発明においては、Mg及びZn含有量の合計が90.0%以上の化学組成を有する相のうち、Mg/Znの原子比が0.90~1.10である相をMgZn相、Mg/Znの原子比が0.58~0.74である相をMg2Zn3相、Mg/Znの原子比が0.43~0.57である相をMgZn2相と定義する。とりわけ、Mg-Zn含有相がMgZn相及び/又はMg2Zn3相を含む場合には、ホットスタンプ時のLMEを抑制することが可能である。このような効果を確実に得るためには、Mg-Zn含有相はMg含有量が多いMgZn相を含むことが好ましく、主層中のMgZn相の面積率は5.0%以上であることが好ましく、10.0%以上であることがより好ましく、30.0%以上又は40.0%以上であってもよい。また、Mg-Zn含有相はMgZn相とMg2Zn3相を含むことが好ましく、主層中のMgZn相とMg2Zn3相の合計の面積率は10.0%以上又は25.0%以上であることが好ましく、40.0%以上又は50.0%以上であってもよい。一方で85.0%以下、80.0%以下、75.0%以下又は70.0%以下であってもよい。
【0063】
[Fe-Al含有相]
上記のとおり、主層は、面積率で、5.0~30.0%未満のFe-Al含有相を含む。Fe-Al含有相は、Mg-Zn含有相中を腐食が進行していく際の障害物となるため、Fe-Al含有相が存在することで耐食性を向上させることができる。より詳しく説明すると、Fe-Al含有相(Fe-Al-Zn相及びFeAl相)は主層中で層状組織としてではなく島状組織として存在しているため、耐食性向上効果を有するMg-Zn含有相を腐食が進行する場合に、腐食はこれらの島状のFe-Al含有相を避けるように虫食い状に進行していくことになる。その結果として、Mg-Zn含有相の腐食の進行を遅らせることができるものと考えられる。
【0064】
Fe-Al含有相は、Fe-Al-Zn相及びFeAl相の少なくとも1種を含む。本発明において、Fe-Al含有相はFe、Al及びZnの合計が90.0%以上の化学組成を有するものをいい、このような化学組成を有するFe-Al含有相のうち、Zn含有量が1.0%以上である相をFe-Al-Zn相、Zn含有量が1.0%未満である相をFeAl相と定義する。何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、Fe-Al-Zn相及びFeAl相は、めっき層と鋼母材の界面において鋼母材からめっき層中へ層状に成長するのではなく、ホットスタンプ成形における加熱の際に溶融状態にあるめっき層中で球状に核生成し、それが島状に成長するものと考えられる。
【0065】
後で詳しく説明するとおり、ホットスタンプ成形前のめっき鋼材の製造条件を適切に制御することで、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相を分散して存在させることができる。その結果として、ホットスタンプ成形における加熱時のZn及びMgの蒸発を抑制することができる。Zn及びMgの蒸発を抑制することで、溶融状態にある主層内部で核生成が起こり、Fe-Al含有相が島状に成長するものと考えられる。上記のとおり、Fe-Al含有相、特にはFe-Al-Zn相及びFeAl相は島状の形状を有し、特に限定されないが、アスペクト比が5.0を超えることはほとんどない。一般的には、Fe-Al含有相は、アスペクト比が5.0以下、例えば4.0以下又は3.0以下の島状形状を有する。アスペクト比の下限は、特に規定しないが、例えば1.0以上、1.2以上又は1.5以上であってもよい。本発明において、アスペクト比とは、Fe-Al含有相(Fe-Al-Zn相及びFeAl相)の最も長い径(長径)とそれに直交する当該Fe-Al含有相の径のうち最も長い径(短径)との比を言うものである。
【0066】
上で説明したとおり、Fe-Al含有相に含まれるFeAl相は、
図2に示されるように、めっき層とFe-Al層との界面付近に比較的多く存在するのに対し、Fe-Al-Zn相はめっき層の表面付近に比較的多く存在する。しかしながら、めっき層中のFe-Al含有相の含有量が多くなると、当然ながら、Fe-Al-Zn相だけでなく、FeAl相も含めたFe-Al含有相全体としてめっき層の表面付近に存在する量が多くなる。このような場合には、ホットスタンプ成形における加熱の際に大気中の水蒸気が当該Fe-Al含有相中のAlによって還元されて水素が発生する。そこで、本発明に係る実施形態では、主層中のFe-Al含有相を面積率で30.0%未満の範囲内に制限することにより、当該Fe-Al含有相に起因して発生する水素の量を低減することができる。その結果として、単に主層中のMg-Zn含有相の量を制御した場合と比較して、さらにホットスタンプ成形体の耐水素侵入性を改善することが可能になる。
【0067】
また、ホットスタンプ成形における加熱処理を適切に調整することで、主層中のFe-Al-Zn相及びFeAl相の含有量を制御することが可能である。本発明に係る実施形態では、主層中のFe-Al-Zn相の面積率は、好ましくは5.0%以下、より好ましくは3.0%以下、最も好ましくは2.0%以下であり、0%であってもよい。また、本発明に係る実施形態では、主層中のFeAl相の面積率は、例えば5.0%以上、6.0%以上又は8.0%以上であってもよく、30.0%未満、20.0%以下又は15.0%以下であってもよい。
【0068】
[Al-Si含有酸化物相]
上記のとおり、主層は、面積率で、2.0~25.0%のAl-Si含有酸化物相を含む。主層中にAl-Si含有酸化物相を形成して、すなわち金属Alを酸化物の形態で主層中に含めることで、めっき層の主層の表面付近に存在するAlの量を低減することができ、その結果として、ホットスタンプ成形体の化成処理性を改善することができる。さらに、主層の表面付近に存在するAlの量を低減することで、表面付近のAlに起因して発生する水素の量も低減することができる。その結果として、ホットスタンプ成形体の耐水素侵入性をさらに改善することが可能となる。これらの効果を得るためには、Al-Si含有酸化物相の面積率は2.0%以上とする必要があり、好ましくは3.0%以上、より好ましくは4.0%以上である。
【0069】
一方で、Al-Si含有酸化物相の面積率は25.0%を超えると、主層中のAl成分の減少に伴い、ホットスタンプ成形体の耐食性が低下する場合がある。したがって、Al-Si含有酸化物相の面積率は25.0%以下とし、例えば20.0%以下又は15.0%以下であってもよい。また、Al-Si含有酸化物相は、例えば、1.0μm以上、2.0μm以上又は3.0μm以上であり、かつ15.0μm以下、12.0μm以下又は10.0μm以下の粒径を有する。本発明において、Al-Si含有酸化物相の粒径とは、走査型電子顕微鏡(SEM)観察像及び後方散乱電子回折像解析(EBSPまたはEBSD)を用いた画像解析により求めた円相当径を言うものである。
【0070】
[他の金属間化合物]
主層は、Mg-Zn含有相、Fe-Al含有相、及びAl-Si含有酸化物相に含まれるもの以外に、他の金属間化合物を含有していてもよい。当該他の金属間化合物としては、特に限定されないが、例えば、めっき層に含まれるSi及びCa等の元素を含有する金属間化合物、具体的にはMg2Si及びAl4Caなどが挙げられる。しかしながら、主層中の当該他の金属間化合物の面積率が大きくなりすぎると、上記のMg-Zn含有相、Fe-Al含有相及び/又はAl-Si含有酸化物相を十分に確保することができない場合がある。したがって、他の金属間化合物の面積率、例えばMg2Si及びAl4Caの面積率は、合計で10.0%以下であることが好ましく、5.0%以下であることがより好ましい。
【0071】
[酸化物層]
めっき層の表面には、めっき成分の酸化によって酸化物層が形成される場合がある。このような酸化物層は、ホットスタンプ後の成形体の化成処理性及び電着塗装性を低下させる虞がある。したがって、酸化物層の厚さは、薄いことが好ましく、例えば1.0μm以下であることが好ましい。ホットスタンプ成形の際にZn及びMgの蒸発が生じた場合には、1.0μmを超える厚いMg-Zn含有酸化物層が形成される。
【0072】
[Fe-Al層]
本発明に係る実施形態では、
図2に示されるように、主層6の下にはFe-Al層7が形成されることがある。当該Fe-Al層は、主としてFe及びAlを含有するものである。より具体的には、Fe-Al層は、上で説明した界面層と、当該界面層の下に位置する拡散層との間で、例えばホットスタンプ成形における比較的高い温度での加熱処理に起因して互いの層の金属元素がさらに拡散して形成されたものと考えられる。Fe-Al層が厚くなりすぎると、めっき層、特には主層中のAl成分が少なくなり好ましくない。したがって、Fe-Al層の厚さは、一般的には25.0μm以下、好ましくは20.0μm以下、より好ましくは15.0μm以下、最も好ましくは10.0μm以下である。
【0073】
めっき層、Fe-Al層及び酸化物層の厚さは、ホットスタンプ成形体から試験片を切り出し加工し、樹脂等に埋め込んだ後、断面研磨し、SEM観察画像を測定することにより決定される。また、SEMの反射電子像において観察を実施すれば、金属成分によって観察時のコントラストが異なることから、各層を識別し、各層の厚さを確認することが可能である。異なる3以上の視野において、同様の観察を行い、これらの平均を求めることにより、めっき層、Fe-Al層及び酸化物層の厚さが決定される。
【0074】
本発明において、主層における各相の面積率は、以下のようにして決定される。まず、作製した試料を25mm×15mmの大きさに切断し、めっき層の任意の断面を1500倍の倍率で撮影した走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)とSEM-EDSマッピング像から、主層における各相の面積率をコンピューター画像処理により測定し、任意の5視野以上(ただし、各視野の測定面積は400μmm2以上とする)におけるこれらの測定値の平均がMgZn相、Mg2Zn3相、MgZn2相、FeAl相、Fe-Al-Zn相、Al-Si含有酸化物相、及び他の金属間化合物の面積率として決定される。また、Mg-Zn含有相の面積率は、MgZn相、Mg2Zn3相及びMgZn2相の合計の面積率として決定され、同様に、Fe-Al含有相の面積率は、FeAl相及びFe-Al-Zn相の合計の面積率として決定される。
【0075】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該ホットスタンプ成形体を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0076】
上記製造方法は、鋼母材を形成する工程、前記鋼母材にめっき層を形成する工程、及びめっき層が形成された鋼母材をホットスタンプ(熱間プレス)成形する工程を含む。以下、各工程について詳しく説明する。
【0077】
[鋼母材の形成工程]
鋼母材の形成工程では、例えば、まず、鋼母材について上で説明したのと同じ化学組成を有する溶鋼を製造し、製造した溶鋼を用いて鋳造法によりスラブを製造する。あるいはまた、製造した溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。次いで、スラブ又はインゴットを熱間圧延して鋼母材(熱間圧延鋼板)を製造する。必要に応じて、熱間圧延鋼板を酸洗し、次いで当該熱間圧延鋼板を冷間圧延し、得られた冷間圧延鋼板を鋼母材として用いてもよい。
【0078】
[めっき層の形成工程]
次に、めっき層の形成工程において、鋼母材の少なくとも片面、好ましくは両面に、所定の化学組成を有するめっき層を形成する。
【0079】
より具体的には、まず、上記の鋼母材をN2-H2混合ガス雰囲気中で所定の温度及び時間、例えば750~850℃の温度で加熱還元処理した後、窒素雰囲気等の不活性雰囲気下でめっき浴温付近まで冷却する。次いで、鋼母材を所定の化学組成を有するめっき浴に0.1~60秒間浸漬した後、これを引き上げ、ガスワイピング法により直ちにN2ガス又は空気を吹き付けることでめっき層の付着量を所定の範囲内に調整する。
【0080】
めっき層の付着量は、片面当たり10~170g/m2とすることが好ましい。本工程では、めっき付着の補助として、Niプレめっき、Snプレめっき等のプレめっきを施すことも可能である。しかしながら、これらのプレめっきは、合金化反応に変化を及ぼすため、プレめっきの付着量は、片面当たり2.0g/m2以下とすることが好ましい。
【0081】
最後に、めっき層が付着された鋼母材を冷却することによりめっき層が鋼母材の片面又は両面に形成される。本方法においては、この冷却の際にめっき層の表面組織中に、Al、Zn、Si及びCaを主成分とする金属間化合物である針状Al-Zn-Si-Ca相を形成することが重要である。
図3は、本発明に係るホットスタンプ成形体のホットスタンプ成形前のめっき層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)の反射電子像(BSE像)を示している。
図3を参照すると、めっき層の表面組織の中に、α相11(
図3中のデンドライト組織)及びα/τ共晶相12以外に、針状Al-Zn-Si-Ca相13が比較的大きな量で存在していることがわかる。α相は、Al及びZnを主成分とする組織であり、一方で、τ相は、Mg、Zn及びAlを主成分とする組織である。
【0082】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、
図3に示される針状Al-Zn-Si-Ca相13は、ホットスタンプ成形における加熱の初期に、Ca系酸化皮膜を形成するためのCa供給源として機能するものと考えられる。より具体的には、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相13が存在することで、ホットスタンプ成形における加熱の初期に当該針状Al-Zn-Si-Ca相13から溶け出したCaが大気中の酸素により優先的に酸化され、めっき層の最表面に緻密なCa系酸化皮膜、より具体的にはCa及びMg含有酸化皮膜を形成するものと考えられる。このようなCa系酸化皮膜はZn及びMgの蒸発を抑制するためのバリア層として機能するものと考えられる。とりわけ、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相13が所定の量、より具体的には面積率で2.0%以上あることで、このようなバリア層としての機能が有効に発揮される。したがって、ホットスタンプ時におけるめっき層中のZn及びMgの外部への蒸発並びに外部からの水素の侵入を低減又は抑制することができると考えられる。
【0083】
本方法では、液相状態にあるめっき層が凝固する際の冷却条件を適切に制御すること、より具体的にはめっき層が付着された鋼母材を2段階で冷却することが、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量において当該めっき層の表面組織中に形成させる上で極めて重要である。より詳しく説明すると、冷却速度の具体的な値はめっき層の化学組成等に応じて変化し得るが、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量において確実に形成させるためには、めっき層が付着された鋼母材を、まず14℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上の平均冷却速度で浴温(一般的には500~700℃)から450℃まで冷却し、次いで5.5℃/秒以下、好ましくは5℃/秒以下の平均冷却速度で450℃から350℃まで冷却することが有効である。このような冷却条件、すなわち急冷と緩冷の2段階冷却とすることにより、最初の急冷時に過飽和な状態を作り出して針状Al-Zn-Si-Ca相の核が生成しやすい状態にして当該核を多く生成させ、次の緩冷時にその核をゆっくりと成長させることで、めっき層の表面組織中に面積率で2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相が形成され、特には分散して形成される。その結果として、ホットスタンプにおける900℃以上の加熱温度の場合でさえ、Zn及びMgの蒸発を抑制することが可能となり、LME及び鋼材への水素侵入を顕著に低減又は抑制することができる。一方、上記の2段階冷却を行わない場合には、めっき層の表面組織中に針状Al-Zn-Si-Ca相を形成できないか又は十分な量で形成できないために、ホットスタンプ成形における加熱の際にめっき層中のZn及びMgの多くが蒸発してしまう。蒸発したZn及びMgの一部は酸化物として鋼母材上に堆積し、一般的には1.0μm超、例えば2.0μm以上又は3.0μm以上の厚いMg-Zn含有酸化物層が形成される。その結果、得られるホットスタンプ成形体の耐LME性及び耐水素侵入性が大きく低下してしまう。この場合には、得られるホットスタンプ成形体においてAl-Si含有酸化物相を形成させることができず、その結果として所望の化成処理性を達成することもできなくなる。また、針状Al-Zn-Si-Ca相は生成したものの、その生成量が必ずしも十分でない場合には、Mg-Zn含有相やFe-Al含有相について所望の面積率を達成できない場合がある。
【0084】
急冷と緩冷の冷却速度変更点が約450℃よりも高くなると、針状Al-Zn-Si-Ca相の核が十分に生成しない場合があり、一方で、冷却変更点が約450℃よりも低くなると、生成した核を十分に成長させることができない場合がある。いずれの場合も、針状Al-Zn-Si-Ca相を所定の量、より具体的には面積率で2.0%以上の量においてめっき層の表面組織中に存在させることが困難となる。したがって、冷却速度変更点は、後述するように425~475℃の範囲から選択する必要があり、確実に2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成するためには、上記のとおり450℃とすることが好ましい。
【0085】
[ホットスタンプ(熱間プレス)成形工程]
最後に、ホットスタンプ(熱間プレス)成形工程において、めっき層を備えた鋼母材がホットプレスされる。本工程は、めっき層を備えた鋼母材を加熱炉に装入し、1000℃に到達後、所定の保持時間にわたり保持し、次いでホットプレスすることにより実施される。上記保持時間は、1000℃に到達後の1000℃以上1300℃以下での保持時間を意味する。当該保持時間の具体的な値は保持温度及びめっき層の化学組成等に応じて変化し得るが、一般的には1分以上であり、上で説明したMg-Zn含有相、Fe-Al含有相、及びAl-Si含有酸化物相を含む主層を備えためっき層を有する本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体を確実に得るためには、1.5分以上2分以下又は3分以下である。
【実施例】
【0086】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0087】
[例A]
以下の実施例では、本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体を種々の条件下で製造し、それらの特性について調べた。
【0088】
まず、質量%で、C含有量が0.20%、Si含有量が0.20%、Mn含有量が1.30%、P含有量が0.01%、S含有量が0.005%、sol.Al含有量が0.02%、N含有量が0.002%、B含有量が0.002%、Ti含有量が0.02%、Cr含有量が0.20%、並びに残部がFe及び不純物である溶鋼を用いて連続鋳造法によりスラブを製造した。次いで、当該スラブを熱間圧延して熱間圧延鋼板を製造し、当該熱間圧延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して1.4mmの板厚を有する冷間圧延鋼板(鋼母材)を製造した。
【0089】
次に、製造した鋼母材を100mm×200mmに切断し、次いでレスカ社製バッチ式溶融めっき装置を用いて当該鋼母材にめっきを施した。より具体的には、まず、製造した鋼母材を酸素濃度20ppm以下の炉内においてN2-5%H2混合ガス雰囲気中800℃で加熱還元処理した後、N2下でめっき浴温+20℃まで冷却した。次いで、鋼母材を所定の化学組成を有するめっき浴に約3秒間浸漬した後、これを引上速度20~200mm/秒で引き上げ、N2ガスワイピングによりめっき層の付着量を表1に示す値に調整した。次に、めっき層を付着した鋼母材を表1に示す条件下で2段階冷却することにより、鋼母材の両面にめっき層が形成されためっき鋼材を得た。なお、板温は鋼母材の中心部にスポット溶接した熱電対を用いて測定した。
【0090】
次に、得られためっき鋼材にホットスタンプを適用した。具体的には、ホットスタンプは、めっき鋼材を加熱炉に装入し、次いで900℃に加熱又は1000℃以上の温度に加熱して所定の時間保持した後、水冷ジャケットを備えた金型で熱間プレスすることにより実施した。ホットスタンプ(HS)の際の加熱処理条件は、以下の条件X~Zのうちのいずれかを選択した。金型による焼入れは、マルテンサイト変態開始点(410℃)程度まで50℃/秒以上の冷却速度となるように制御した。
X:1000℃で2分間保持
Y:1250℃で1分間保持
Z:900℃で1分間保持
【0091】
【0092】
【0093】
実施例及び比較例において得られたホットスタンプ成形体におけるめっき層の化学組成及び組織、並びにめっき鋼材をホットスタンプ成形した場合の各特性は下記の方法により調べた。結果を表1及び2に示す。表1及び2中、比較例31及び32は、それぞれホットスタンプ用めっき鋼材として従来使用されている合金化溶融亜鉛めっき(Zn-11%Fe)鋼板及び溶融アルミめっき(Al-10%Si)鋼板に関するものであり、これらの鋼板をホットスタンプ成形した場合の結果を示している。なお、比較例31及び32に係るめっき層の化学組成及び組織は、本発明に係るめっき層の化学組成及び組織とは異なることが明らかであるため、これらのめっき層の化学組成及び組織に関する分析は省略した。また、比較例31及び32は市販品の評価を行ったものにすぎず、それゆえこれらの鋼板の製造方法の詳細は不明である。また、表2には示していないが、Fe-Al含有相(Fe-Al-Zn相及びFeAl相)は島状の形状を有し、各Fe-Al含有相においてアスペクト比は5.0以下であった。
【0094】
[めっき層の化学組成]
めっき層の化学組成は、鋼母材の腐食を抑制するインヒビターを加えた酸溶液にめっき層を溶解し、得られた溶液をICP発光分光法によって測定することにより決定した。
【0095】
[Fe-Al層及び酸化物層の厚さ]
Fe-Al層及び酸化物層の厚さは、ホットスタンプ成形体から試験片を切り出し加工し、樹脂等に埋め込んだ後、断面研磨し、SEM観察画像を測定し、異なる3視野におけるこれらの測定値の平均をFe-Al層及び酸化物層の厚さとして決定した。
【0096】
[主層における各相の面積率及び組成]
主層における各相の面積率は、以下のようにして決定した。まず、作製した試料を25mm×15mmの大きさに切断し、めっき層の任意の断面を1500倍の倍率で撮影したSEMのBSE像とSEM-EDSマッピング像から、主層における各相の面積率をコンピューター画像処理により測定し、任意の5視野におけるこれらの測定値の平均をMgZn相、Mg2Zn3相、MgZn2相、FeAl相、Fe-Al-Zn相、及びAl-Si含有酸化物相の面積率として決定した。また、Mg-Zn含有相の面積率は、MgZn相、Mg2Zn3相及びMgZn2相の合計の面積率として決定し、同様に、Fe-Al含有相の面積率は、FeAl相及びFe-Al-Zn相の合計の面積率として決定した。
【0097】
[Al-Si含有酸化物相の粒径]
めっき層の任意の断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、当該観察面をSEMにより観察し、次いで画像処理により、各粒状Al-Si含有酸化物相の円相当径を算出してそれらの平均値を求め、Al-Si含有酸化物相の粒径として決定した。
【0098】
[耐LME性]
耐LME性は、ホットスタンプ成形前のめっき鋼材の試料を熱間V曲げ試験することにより評価した。具体的には、ホットスタンプ成形前のめっき鋼材の試料170mm×30mmを加熱炉で加熱し、試料の温度が900℃に達した時点で炉から取り出し、精密プレス機を用いてV曲げ試験を実施した。V曲げの金型形状は、V曲げ角度90°並びにR=1、2、3、4、5及び10mmであり、耐LME性を次のように評点付けした。AAA、AA、A及びBの評価を合格とした。
AAA:Rが1mmでもLME割れを生じなかった
AA:Rが1mmでLME割れを生じたが、Rが2mmではLME割れを生じなかった
A:Rが2mmでLME割れを生じたが、Rが3mmではLME割れを生じなかった
B:Rが3mmでLME割れを生じたが、Rが4mmではLME割れを生じなかった
C:Rが4mmでLME割れを生じたが、Rが5mmではLME割れを生じなかった
D:Rが5mmでLME割れを生じたが、Rが10mmではLME割れをなかった
【0099】
[化成処理性]
ホットスタンプ成形体の化成処理性の評価は、次のようにして行った。まず、ホットスタンプ成形体の試料50mm×100mmを、りん酸亜鉛処理(SD5350システム:日本ペイント・インダストリアルコーディング社製規格)に従い実施し、次いで化成処理結晶の被覆率をSEM観察により測定し、次のように評点付けした。A及びBの評価を合格とした。
A:被覆率が95%以上
B:被覆率が90%以上95%未満
C:被覆率が85%以上90%未満
D:被覆率が85%未満
【0100】
[耐水素侵入性]
ホットスタンプ成形体の耐水素侵入性は、次のようにして行った。まず、ホットスタンプ成形体の試料を液体窒素中に保管し、昇温脱離法によりホットスタンプ成形体に侵入した水素の濃度を求めた。具体的には、試料をガスクロマトグラフィを備えた加熱炉中で加熱し、250℃までに試料から放出された水素量を測定した。測定した水素量を試料の質量で除することにより水素侵入量を求め、次のように評点付けした。AAA、AA、A及びBの評価を合格とした。
AAA:水素侵入量が0.1ppm以下
AA:水素侵入量が0.1超~0.2ppm
A:水素侵入量が0.2超~0.3ppm
B:水素侵入量が0.3超~0.5ppm
C:水素侵入量が0.5超~0.7ppm
D:水素侵入量が0.7ppm以上
【0101】
表1及び2を参照すると、比較例1では、めっき層中のSi及びCa含有量が少ないか又は存在しないために、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織に針状Al-Zn-Si-Ca相が形成せず、ホットスタンプ成形における加熱の際にCa系酸化皮膜からなるバリア層が形成しなかったと考えられる。その結果として、上記加熱の際にめっき層中のZn及びMgが蒸発して1.0μmを超える厚いMg-Zn含有酸化物層が生成し、主層中にMg-Zn含有相が形成せず、耐LME性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。比較例2及び5では、同様にめっき層中のAl、Si及びCa含有量が少ないか又は存在しないために、ホットスタンプ成形における加熱の際にバリア層が形成せず、耐LME性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。比較例4では、めっき層中のMg含有量が多く、ホットスタンプ時のMgの蒸発に起因して水素侵入が生じた。比較例15~18では、めっき層の冷却が所定の2段階冷却条件を満足しなかったために、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織に針状Al-Zn-Si-Ca相が形成せず、ホットスタンプ成形における加熱の際にめっき層中のZn及びMgが蒸発し、結果として耐LME性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。比較例19では、めっき層中のSi含有量が高すぎたために、ホットスタンプ成形前のめっき層においてMg2Si相(表2中の他の金属間化合物)が優先的に形成され、針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。比較例20及び30では、めっき層中のCa含有量又はAl含有量が高すぎたために、ホットスタンプ成形前のめっき層においてAl4Ca等の金属間化合物(表2中の他の金属間化合物)が優先的に形成され、針状Al-Zn-Si-Ca相が十分に形成せず、結果として耐LME性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。また、上記のすべての比較例において、Al-Si含有酸化物相が形成しなかったために化成処理性の評価が不良であった。従来の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた比較例31では、耐水素侵入性は優れていたものの、耐LME性及び化成処理性の評価が不良であった。従来の溶融アルミめっき鋼板を用いた比較例32では、耐LME性は優れていたものの、化成処理性及び耐水素侵入性の評価が不良であった。
【0102】
これとは対照的に、本発明に係る全ての実施例において、めっき層の化学組成、並びにめっき層に含まれる相及びそれらの面積率を適切に制御することにより、耐LME性及び耐水素侵入性が改善され、さらには化成処理性にも優れたホットスタンプ成形体を得ることができた。なお、ホットスタンプ成形前のめっき層表面のSEMのBSE像(及び必要に応じてSEM-EDSマッピング像)から、全ての実施例において、ホットスタンプ成形前のめっき層の表面組織には、針状Al-Zn-Si-Ca相が面積率で2.0%以上存在していた。
【0103】
[例B]
本例では、めっき層の2段階冷却における急冷と緩冷の間の冷却速度変更点について検討した。まず、実施例13などに類似のめっき層を形成するためのめっき浴(浴温600℃)を用い、さらに冷却速度変更点を375℃、400℃、425℃、450℃、475℃及び500℃に変更し、第1段階の平均冷却速度を15℃/秒そして第2段階の平均冷却速度を5℃/秒としたこと以外は例Aの場合と同様にして、鋼母材の両面にめっき層が形成されためっき鋼材を得た。得られためっき鋼材におけるめっき層の表面組織における針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を調べた。その結果を
図4に示す。
【0104】
図4を参照すると、冷却速度変更点が400℃の場合には、針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率が1.9%であり、2.0%以上を確保できなかったものの、冷却速度変更点が425℃、450℃及び475℃の場合に、2.0%以上の針状Al-Zn-Si-Ca相を形成することができ、とりわけ冷却速度変更点が450℃の場合に、最も高い針状Al-Zn-Si-Ca相の面積率を達成することができた。
【符号の説明】
【0105】
1 めっき層
2 酸化物層
3 拡散層
4 鋼母材
5 界面層
6 主層
7 Fe-Al層
8 Mg-Zn含有相
9 Fe-Al含有相
9a FeAl相
10 Al-Si含有酸化物相
11 α相
12 α/τ共晶相
13 針状Al-Zn-Si-Ca相