(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】ガス軟窒化処理部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20230512BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230512BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230512BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20230512BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20230512BHJP
【FI】
C23C8/26
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D1/76 M
(21)【出願番号】P 2022507086
(86)(22)【出願日】2020-03-11
(86)【国際出願番号】 JP2020010585
(87)【国際公開番号】W WO2021181570
(87)【国際公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-08-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】梅原 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019396(JP,A)
【文献】国際公開第2018/066666(WO,A1)
【文献】特表2014-520957(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00-8/80
C22C 38/00-38/60
C21D 1/06
C21D 1/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼芯部と、化合物層と、前記鋼芯部と前記化合物層との間に存在する窒素拡散層と、を備え、
前記鋼芯部の組成が、質量%で、
C:0.05%~0.60%、
Si:0.05%~1.50%、
Mn:0.20%~2.50%、
P:0.025%以下、
S:0.050%以下、
Cr:0.50%~2.50%、
V:0.05%~1.30%、
Al:0.050%以下、及び
N:0.0250%以下
を含有し、残部はFe及び不純物を含み、
前記鋼芯部の前記組成におけるC、Mn、Cr、V、Moの含有量が式(1)を満たし、
前記化合物層の厚さが3~20μmであり、
前記化合物層は、ε相を面積率で50%超含有し、残部がγ’相であり、
前記化合物層の表面から深さ3μmまでの領域において、空隙の面積比率が12%未満である
ことを特徴とするガス軟窒化処理部品。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50・・・式(1)
ただし、式(1)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項2】
前記鋼芯部の前記組成が、質量%で、
C:0.05%~0.60%、
Si:0.05%~1.50%、
Mn:0.20%~2.50%、
P:0.025%以下、
S:0.050%以下、
Cr:0.50%~2.50%、
V:0.05%~1.30%、
Al:0.050%以下、
N:0.0250%以下、
Mo:0~1.50%、
Cu:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
W:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
Nb:0~0.300%、
Ti:0~0.250%、
B:0~0.0100%、
Ca:0~0.010%、
Mg:0~0.010%、及び
REM:0~0.010%
を含有し、残部はFe及び不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のガス軟窒化処理部品。
【請求項3】
前記鋼芯部の前記組成において、
C:0.05%~0.35%
であることを特徴とする請求項1又は2に記載のガス軟窒化処理部品。
【請求項4】
前記化合物層における前記ε相が面積率で90%以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品。
【請求項5】
前記化合物層の厚さが6μm以上であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品の製造方法であって、
請求項1~3のいずれか一項に記載の鋼芯部の組成を有する鋼材を所定の形状に加工して素形鋼を得る工程と、
前記素形鋼にガス軟窒化処理を施す工程と、
を有し、
前記ガス軟窒化処理は、CO
2、CO、炭化水素ガスのうち少なくとも1種を含むガスを、式(2)で表す浸炭性ガス投入比率で2体積%以上10体積%未満含み、
残部はNH
3、H
2、N
2及び不純物ガスであるガス雰囲気中において、
温度550℃以上630℃以下で、1.0時間以上7.0時間以下保持して行い、
前記ガス雰囲気は、式(3)によって求められる窒化ポテンシャルK
Nが、前記ガス軟窒化処理を施す工程を通じて0.15以上0.40以下の範囲内であって、
前記窒化ポテンシャルK
Nの平均値K
Naveが0.18以上0.30未満であることを特徴とするガス軟窒化処理部品の製造方法。
浸炭性ガス投入比率(体積%)=CO
2、CO、炭化水素ガスの総投入流量(l/min)/雰囲気ガスの総投入流量(l/min)×100・・・式(2)
K
N=(NH
3分圧)/[(H
2分圧)
3/2](atm
-1/2)・・・式(3)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス軟窒化処理を施された鋼部品とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械などに使用される鋼部品には、表面の疲労強度が要求されるものがある。例えばトランスミッション中のCVTプーリやカムシャフトには、耐摩耗性や曲げ疲労強度が要求され、歯車には、面疲労強度や曲げ疲労強度などの疲労特性が要求される。これらの特性の改善には、表面硬度の向上が有効とされている。そのため、これらの鋼部品には、窒化および軟窒化処理の適用が進められている。窒化処理および軟窒化処理には、高い表面硬度が得られ、かつ熱処理ひずみが小さいという利点がある。
【0003】
窒化は、鋼の表面に窒素を侵入させる表面硬化熱処理であり、軟窒化は、鋼の表面に窒素と炭素を侵入させる表面硬化熱処理である。窒化および軟窒化に用いる媒体には、ガス、塩浴、プラズマなどがある。自動車のトランスミッション部品には、主に、生産性に優れるガス窒化およびガス軟窒化が適用されている。
【0004】
ガス窒化およびガス軟窒化によって生成される硬化層は、窒素拡散層(以下、拡散層と略す場合がある)と、拡散層よりも表面側に生成する厚さ数~数十μmの化合物層である。
【0005】
拡散層は、侵入窒素及び炭素による固溶強化機構、並びに窒化物の粒子分散強化機構により硬化された層である。拡散層の硬さおよび深さを向上することで、部品の曲げ疲労強度や面疲労強度が向上することが知られている。従来から、拡散層の硬さや深さの向上については多くの研究がなされてきた。
【0006】
化合物層は主に、Fe2N~Fe3N(ε相)とFe4N(γ’相)の鉄窒化物で構成されており、母相に比べて硬さが極めて高い。そのため、化合物層は耐摩耗性の向上に有効である。ε相は、γ’相に比べCの固溶範囲が大きく、成長速度も大きい。このことから、浸炭性ガスを混合させる軟窒化では、ε相主体の化合物層が形成されやすい。そのため軟窒化は、窒化に比べて短時間で、さらに部品の鋼種を問わず、厚い化合物層を得ることができる。そのため軟窒化は、部品の耐摩耗性を向上させる目的で古くから利用されてきた。
【0007】
化合物層と、耐摩耗性および疲労強度との関係についての従来知見として、以下が挙げられる。
【0008】
特許文献1には、ε単相の化合物層の厚さが8~30μm、ビッカース硬さが680HV以上であり、化合物層中の空隙の体積率が10%未満であることを特徴とする窒化または軟窒化部品が開示されている。
【0009】
また、特許文献2には、窒化後における化合物層厚さが1~5μmであり、且つ、窒化後の面粗度がRz1.6以下であり、化合物層はγ’相またはγ’相とε相の混相であり、空隙比率が5%以下であることを特徴とする回転圧縮機用ベーンが開示されている。
特許文献3には、目的とする特性に応じて、鋼の成分、特にC、Mn、Cr、V、Moの含有量を調整し、窒化ポテンシャル制御下で窒化部品を作製することが開示されている。
特許文献4には、面疲労強度に加え回転曲げ疲労強度に優れた部品であって、所定の化学組成を有する鋼材を素材とし、鋼材の表面に形成された、鉄、窒素及び炭素を含有する厚さ3μm以上20μm未満の化合物層を有し、表面から5μmの深さまでの範囲の化合物層における相構造がγ’相を面積率で50%以上含有し、表面から3μmの深さまでの範囲において空隙面積率が1%未満であり、化合物層表面の圧縮残留応力が500MPa以上であることを特徴とする窒化処理部品が開示されている。
特許文献5には、低合金鋼を550~620℃に加熱し、処理時間Aを1.5~10時間とするガス軟窒化処理を行うに際し、窒化ポテンシャルKnXが0.10~1.00、平均値KnXaveが0.20~0.55であり、処理時間をX時間とする高Kn値処理の後、窒化ポテンシャルKnYが0.01~0.20の範囲内であり、平均値KnYaveが0.02~0.15であり、処理時間をY時間とする低Kn値処理を行い、前記平均値KnXaveと、前記平均値KnYaveと、前記処理時間Aと、前記高Kn値処理及び前記低Kn値処理の処理時間X及びYとから、軟窒化処理の窒化ポテンシャルの平均値Knaveが0.05~0.20であることを特徴とする低合金鋼のガス軟窒化処理方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2016/153009号
【文献】日本国特開2005-16386号公報
【文献】国際公開第2019/098340号
【文献】国際公開第2018/066666号
【文献】日本国特開2015-175009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1の窒化部品または軟窒化部品では、化合物層の最表面から最下面(化合物層と拡散層の界面)中の空隙比率を抑制している。しかし実際には、空隙は鋼の表面~約3μmまでの領域に集中することが多い。この領域において空隙が多いと、良好な曲げ疲労強度が得られない。本発明者らが特許文献3の窒化処理部品を評価したところ、化合物層の空孔は部品の表層領域に集中的に生じており、この表層領域における空孔の体積率は40%を超えていた。そのため、表面~3μmにおける空隙比率を抑制するための鋼の成分、及び窒化制御方法に関し、特許文献1の技術には改善の余地がある。
【0012】
特許文献2の窒化部品では、化合物層が最小1μmと非常に薄く、ε相よりも低硬度のγ’相を主体とした相構造である。そのため、特許文献2の技術によれば、良好な耐摩耗性が得られない可能性がある。
【0013】
特許文献3及び特許文献4の窒化部品では、化合物層の組織が、硬度が低いγ’相を主体とするものとされている。特許文献5に記載の技術では、化合物層の生成を抑制することを課題とし、このために窒化ポテンシャルを通常より低い値としている。そのため、特許文献3~5の窒化部品は、耐摩耗性に関して改善の余地があると考えられる。
【0014】
本発明の目的は、良好な耐摩耗性に加え、回転曲げ疲労強度にも優れた部品及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係るガス軟窒化処理部品は、鋼芯部と、化合物層と、前記鋼芯部と前記化合物層との間に存在する窒素拡散層と、を備え、前記鋼芯部の組成が、質量%で、C:0.05%~0.60%、Si:0.05%~1.50%、Mn:0.20%~2.50%、P:0.025%以下、S:0.050%以下、Cr:0.50%~2.50%、V:0.05%~1.30%、Al:0.050%以下、及びN:0.0250%以下を含有し、残部はFe及び不純物を含み、前記鋼芯部の前記組成におけるC、Mn、Cr、V、Moの含有量が式1を満たし、前記化合物層の厚さが3~20μmであり、前記化合物層は、ε相を面積率で50%超含有し、残部がγ’相であり、前記化合物層の表面から深さ3μmまでの領域において、空隙の面積比率が12%未満である。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50・・・式1
ただし、式1中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
(2)上記(1)に記載のガス軟窒化処理部品では、前記鋼芯部の前記組成が、質量%で、C:0.05%~0.60%、Si:0.05%~1.50%、Mn:0.20%~2.50%、P:0.025%以下、S:0.050%以下、Cr:0.50%~2.50%、V:0.05%~1.30%、Al:0.050%以下、N:0.0250%以下、Mo:0~1.50%、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、W:0~0.50%、Co:0~0.50%、Nb:0~0.300%、Ti:0~0.250%、B:0~0.0100%、Ca:0~0.010%、Mg:0~0.010%、及びREM:0~0.010%を含有し、残部はFe及び不純物からなってもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載のガス軟窒化処理部品では、前記鋼芯部の前記組成において、C:0.05%~0.35%であってもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品前記化合物層における前記ε相が面積率で90%以下であってもよい。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品では、前記化合物層の厚さが6μm以上であってもよい。
(6)本発明の別の態様に係るガス軟窒化処理部品の製造方法は、上記(1)~(5)のいずれか一項に記載のガス軟窒化処理部品の製造方法であって、上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の鋼芯部の組成を有する鋼材を所定の形状に加工して素形鋼を得る工程と、前記素形鋼にガス軟窒化処理を施す工程と、を有し、前記ガス軟窒化処理は、CO2、CO、炭化水素ガスのうち少なくとも1種を含むガスを、式2で表す浸炭性ガス投入比率で2体積%以上10体積%未満含み、残部はNH3、H2、N2及び不純物ガスであるガス雰囲気中において、温度550℃以上630℃以下で、1時間以上7時間以下保持して行い、前記ガス雰囲気は、式3によって求められる窒化ポテンシャルKNが、前記ガス軟窒化処理を施す工程を通じて0.15以上0.40以下の範囲内であって、前記窒化ポテンシャルKNの平均値KNaveが0.18以上0.30未満である。
浸炭性ガス投入比率(体積%)=CO2、CO、炭化水素ガスの総投入流量(l/min)/雰囲気ガスの総投入流量(l/min)×100・・・式2
KN=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2](atm-1/2)・・・式3
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐摩耗性に加え回転曲げ疲労強度に優れた軟窒化処理部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の表面の拡大図である。
【
図2】本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の製造方法を説明するフローチャートである。
【
図3】ローラピッティング試験用小ローラの形状を示す図である。なお、図中の寸法の単位は「mm」である。
【
図4】ローラピッティング試験用大ローラの形状を示す図である。なお、図中の寸法の単位は「mm」である。
【
図5】回転曲げ疲労試験用円柱試験片の形状を示す図である。なお、図中の寸法の単位は「mm」である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、軟窒化によって鋼材の表面に形成される化合物層の形態に着目し、化合物層の形態と疲労強度との関係を調査した。
【0019】
その結果、成分を調整した鋼材を、一定の雰囲気下で窒化ポテンシャル制御しながら軟窒化することにより、化合物層の表面側に生成される空隙を抑制可能であることを知見した。さらに、化合物層の厚さを一定の範囲とし、化合物層の硬さを一定値以上とすることにより、優れた耐摩耗性、及び回転曲げ疲労強度を有する軟窒化部品を作製できることを見出した。
【0020】
以上の知見により得られた、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品について詳しく説明する。本実施形態に係るガス軟窒化処理部品1(以下、単に「部品」と記載する場合がある)は、
図1に示されるように、鋼芯部11(以下、単に「鋼」と記載する場合がある)と、化合物層12と、鋼芯部11と化合物層12との間に存在する窒素拡散層13(以下、単に「拡散層」と記載する場合がある)とを備える。
[鋼の組成]
以下、鋼の組成について説明する。以下に述べる各成分元素の含有量は、特に断りがない限り、鋼の組成に関するものである。化合物層及び拡散層の組成は、以下に説明される範囲内に限定されない。また、鋼における各成分元素の含有量及び部品表面における元素の濃度の「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
【0021】
[C:0.05~0.60%]
Cは、ε相の形成を安定化させる。そのため、Cは、窒化後の化合物層の厚さおよびε相の体積比率を高め、部品の耐摩耗性を高めるのに有効な元素である。この他、Cは、部品の芯部硬さを確保するために必要な元素である。これらの効果を得るため、Cは0.05%以上が必要である。一方、Cの含有量が0.60%を超えると、素材となる棒鋼及び線材等の熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎる。そのため、素材の切削加工性が大きく低下する。C含有量を0.08%以上、0.10%以上、又は0.15%以上としてもよい。C含有量を0.55%以下、0.50%以下、0.40%以下、又は0.35%以下としてもよい。
【0022】
[Si:0.05~1.50%]
Siは、固溶強化によって、芯部硬さを高める元素である。また、Siは高温による軟化抵抗を高めるため、部品が接触摩擦環境下で高温となる際に耐摩耗性を高める。これらの効果を発揮させるために、Siは0.05%以上が必要である。一方、Siの含有量が1.50%を超えると、素材となる棒鋼及び線材等の熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎる。そのため、素材の切削加工性が大きく低下する。Si含有量を0.08%以上、0.10%以上、又は0.20%以上としてもよい。Si含有量を1.30%以下、1.10%以下、又は1.00%以下としてもよい。
【0023】
[Mn:0.20~2.50%]
Mnは、軟窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な軟窒化物(Mn3N2)を形成し、耐摩耗性や曲げ疲労強度を高める元素である。またMnは、固溶強化によって、芯部硬さを高める。これらの効果を得るために、Mnは0.20%以上が必要である。一方、Mnの含有量が2.50%を超えると、耐摩耗性や曲げ疲労強度を高める効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼及び線材等の熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎる。そのため、素材の切削加工性が大きく低下する。Mn含有量を0.40%以上、0.60%以上、又は1.00%以上としてもよい。Mn含有量を2.30%以下、2.00%以下、又は1.80%以下としてもよい。
【0024】
[P:0.025%以下]
Pは不純物であって、粒界偏析して部品を脆化させる。そのため、P含有量は少ない方が好ましい。Pの含有量が0.025%を超えると、耐摩耗性や曲げ疲労強度が低下する場合がある。耐摩耗性や曲げ疲労強度の低下を防止するためのP含有量の好ましい上限は0.018%、0.015%、又は0.010%である。Pの含有量は0%でもよいが、精錬の経済性を考慮し、P含有量を0.001%以上、0.005%以上、又は0.008%以上としてもよい。
【0025】
[S:0.050%以下]
Sは、Mnと結合してMnSを形成し、切削加工性を向上させる元素である。しかし、Sの含有量が0.050%を超えると、粗大なMnSを生成しやすくなり、耐摩耗性や曲げ疲労強度が大きく低下する。耐摩耗性や曲げ疲労強度の低下を防止するためのS含有量の好ましい上限は0.030%、0.025%、又は0.020%である。Sの含有量は0%でもよいが、精錬の経済性を考慮し、S含有量を0.001%以上、0.002%%以上、又は0.005%以上としてもよい。
【0026】
[Cr:0.50~2.50%]
Crは、軟窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な軟窒化物(CrN)を形成し、耐摩耗性や曲げ疲労強度を高める元素である。これらの効果を得るため、Crは0.50%以上が必要である。一方、Crの含有量が2.50%を超えると、耐摩耗性や曲げ疲労強度を向上させる効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼及び線材の熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎる。そのため、素材の切削加工性が著しく低下する。Cr含有量を0.70%以上、0.80%以上、又は1.00%以上としてもよい。Cr含有量を2.20%以下、2.00%以下、又は1.80%以下としてもよい。
【0027】
[V:0.05~1.30%]
Vは、軟窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な軟窒化物(VN)を形成し、耐摩耗性や曲げ疲労強度を高める元素である。これらの効果を得るため、Vは0.05%以上が必要である。一方、Vの含有量が1.30%を超えると、耐摩耗性や曲げ疲労強度を向上させる効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼及び線材の熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎる。そのため、素材の切削加工性が著しく低下する。V含有量を0.10%以上、0.20%以上、又は0.40%以上としてもよい。V含有量を1.10%以下、1.00%以下、又は0.80%以下としてもよい。
[Al:0.050%以下]
Alは本実施形態に係る部品において必須ではない。一方、Alは、脱酸元素である。また、AlはNと結合してAlNを形成し、オーステナイト粒のピンニング作用により、軟窒化処理前の鋼材の組織を微細化し、軟窒化処理部品の機械的特性のばらつきを低減する効果を持つ。この効果を得るためには、Alは0.005%以上が必要である。一方で、Alは硬質な酸化物系介在物を形成しやすい。Alの含有量が0.050%を超えると、曲げ疲労強度の低下が著しくなり、他の要件を満たしていても所望の曲げ疲労強度が得られなくなる。曲げ疲労強度の低下を防止するためのAl含有量の好ましい上限は0.040%、0.030%、又は0.020%である。Alの含有量は0%でもよいが、上述の効果を得るために、Al含有量を0.001%以上、0.002%以上、又は0.005%以上としてもよい。
【0028】
[N:0.0250%以下]
Nは本実施形態に係る部品において必須ではなく、N含有量が0%であってもよい。一方、Nは、Mn、Cr、Al、Vと結合してMn3N2、CrN、AlN、VNを形成する。これら窒化物形成元素の中でも、窒化物形成傾向の高いAl、Vは、オーステナイト粒のピンニング作用により、軟窒化処理前の鋼材の組織を微細化し、軟窒化処理部品の機械的特性のばらつきを低減する効果を持つ。上述の効果を得る観点から、Nの含有量を0.0030%以上、0.0035%以上、又は0.0040%以上としてもよい。一方で、Nの含有量が0.0250%を超えると、粗大なAlNやVNが形成されやすくなるため、上記の効果は得難くなる。N含有量を0.0220%以下、0.0200%以下、又は0.0100%以下としてもよい。
【0029】
本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の鋼芯部の化学成分は、上記の元素を含有し、残部はFe及び不純物を含む。不純物とは、原材料に含まれる成分、あるいは製造の過程で混入する成分等であって、本実施形態に係る部品の特性を損なわない成分のことをいう。不純物とは、例えば、0.0040%以下のO(酸素)等である。
【0030】
ただし、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品において、その課題を解決するために主に貢献する箇所は化合物層である。化合物層が後述するものとされる限り、鋼芯部が上述の成分以外の成分を含有することは妨げられない。鋼芯部がさらに含有しうる成分として、以下の元素を例示することができる。ただし、以下に例示される元素を含むことなく、本実施形態に係る部品はその課題を解決することができる。従って、以下に例示される元素の含有量の下限値は0%である。
【0031】
[Mo:0~1.50%]
Moは、化合物層中のε相を安定化させる。また、Moは化合物層や拡散層中に微細な窒化物(Mo2N)を形成し、硬さを高める。そのため、Moは耐摩耗性や曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。これらの効果を確実に得るため、Moは0.01%以上の含有が好ましい。一方、Moの含有量が1.50%以下とすると、素材となる棒鋼及び線材の熱間鍛造後の硬さを抑制し、素材の切削加工性を担保できるので好ましい。Mo含有量のさらに好ましい下限は0.05%、又は0.10%である。Moのさらに好ましい上限は1.20%未満、1.10%、又は1.00%である。
【0032】
[Cu:0~1.00%]
Cuは、固溶強化元素として部品の芯部硬さならびに窒素拡散層の硬さを向上させる。Cuの固溶強化の作用を確実に発揮させるためには、0.01%以上の含有が好ましい。一方、Cuの含有量を1.00%以下とすると、素材となる棒鋼及び線材の熱間鍛造後の硬さを抑制し、素材の切削加工性を担保できるので好ましい。また、Cuの含有量を1.00%以下とすると、素材の熱間延性を向上させ、熱間圧延時、及び熱間鍛造時の表面傷発生を一層抑制することができるので好ましい。Cu含有量を0.05%以上、0.10%以上、又は0.20%以上としてもよい。含有量を0.90%以下、0.80%以下、又は0.60%以下としてもよい。
【0033】
[Ni:0~1.00%]
Niは、固溶強化により芯部硬さ及び表面硬さを向上させる。Niの固溶強化の作用を確実に発揮させるためには、0.01%以上の含有が好ましい。一方、Niの含有量を1.00%以下とすると、棒鋼及び線材の熱間鍛造後の硬さを抑制し、素材の切削加工性を一層向上させることができるので好ましい。Ni含有量を0.05%以上、0.10%以上、又は0.20%以上としてもよい。Ni含有量を0.90%未満、0.80%以下、又は0.70%以下としてもよい。
【0034】
[W:0~0.50%]
Wは、固溶強化や炭化物(WCやW2C)の析出により芯部硬さおよび表面硬さを向上させる。Wの作用を確実に発揮させるためには、0.01%以上のWの含有が好ましい。一方、Wの含有量を0.50%以下とすると、棒鋼および線材の熱間鍛造後の硬さを抑制し、切削加工性を担保できるので好ましい。W含有量を0.05%以上、0.10%以上、又は0.20%以上としてもよい。W含有量を0.40%以下、0.35%以下、又は0.30%以下としてもよい。
【0035】
[Co:0~0.50%]
Coは、固溶強化により芯部硬さ及び表面硬さを向上させる。また、Coの作用を確実に発揮させるためには、0.01%以上のCoの含有が好ましい。一方、Coの含有量を0.50%以下とすると、棒鋼および線材の熱間鍛造後の硬さを抑制し、切削加工性を担保できるので好ましい。Co含有量を0.05%以上、0.10%以上、又は0.20%以上としてもよい。Co含有量を0.40%以下、0.35%以下、又は0.30%以下としてもよい。
【0036】
[Nb:0~0.300%]
Nbは、窒化時に鋼の表層に侵入したNや、母相のCと結合し、微細な窒化物や炭窒化物を形成する。これにより、Nbは表面硬さや芯部硬さを向上させる。この効果を確実に発揮させるためには、0.010%以上のNbの含有が好ましい。一方、Nbの含有量を0.300%以下とすることにより、粗大な窒化物、炭窒化物の生成を抑制することができるので、好ましい。Nb含有量を0.015%以上、0.020%以上、又は0.050%以上としてもよい。Nb含有量を0.250%未満、0.200%以下、又は0.180%以下としてもよい。
【0037】
[Ti:0~0.250%]
Tiは、窒化時に鋼の表層に侵入したNや、母相のCと結合し、微細な窒化物や炭窒化物を形成する。これにより、Tiは表面硬さや芯部硬さを向上させる。この効果を確実に発揮させるためには、0.005%以上のTiの含有が好ましい。一方、Tiの含有量を0.250%以下とすることにより、粗大な窒化物、炭窒化物の生成を抑制することができるので、好ましい。Ti含有量を0.007%以上、0.010%以上、又は0.020%以上としてもよい。Ti含有量を0.200%以下、0.150%以下、又は0.100%以下としてもよい。
【0038】
[B:0~0.0100%]
固溶Bは、Pの粒界偏析を抑制し、靭性を向上させる効果を持つ。また、Nと結合して析出するBNは、切削性を向上させる。これらの作用を確実に得るため、Bは0.0005%(5ppm)以上とすることが好ましい。一方、Bの含有量を0.0100%以下とすることにより、多量なBNの偏析を抑制し、鋼材の割れを抑制することができるので、好ましい。B含有量を0.0008%以上、0.0010%以上、又は0.0020%以上としてもよい。含有量を0.0080%以下、0.0070%以下、又は0.0060%以下としてもよい。
【0039】
[Ca:0~0.010%]
Caは、MnSを微細化して面疲労強度を向上させる働きがある。Caの作用を確実に発揮させるためには、0.001%以上のCaの含有が好ましい。一方、Caの含有量を0.010%以下とすることで、経済性を損なうことなくCaの作用を効果的に発揮できる。Ca含有量を0.002%以上、0.003%以上、又は0.004%以上としてもよい。Ca含有量を0.009%以下、0.008%以下、又は0.007%以下としてもよい。
【0040】
[Mg:0~0.010%]
Mgは、MnSを微細化して面疲労強度を向上させる働きがある。Mgの作用を確実に発揮させるためには、0.001%以上のMgの含有が好ましい。一方、Mgの含有量を0.010%以下とすることで、経済性を損なうことなくMgの作用を効果的に発揮できる。Mg含有量を0.002%以上、0.003%以上、又は0.004%以上としてもよい。Mg含有量を0.009%以下、0.008%以下、又は0.007%以下としてもよい。
【0041】
[REM:0~0.010%]
「REM」との用語は、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、REMの含有量とは、これらの17元素の合計含有量を意味する。ランタノイドをREMとして用いる場合、工業的には、REMはミッシュメタルの形で添加される。
【0042】
REMは、MnSを微細化して面疲労強度を向上させる働きがある。REMの作用を確実に発揮させるためには、0.001%以上のREMの含有が好ましい。一方、REMの含有量を0.010%以下とすることで、経済性を損なうことなくREMの作用を効果的に発揮できる。REM含有量を0.002%以上、0.003%以上、又は0.004%以上としてもよい。REM含有量を0.009%以下、0.008%以下、又は0.007%以下としてもよい。
【0043】
[0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50]
本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の鋼芯部の成分は、さらに、C、Mn、Cr、V、Moの含有量(質量%)が以下の式(1)を満たす。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50・・・式(1)
ただし、式(1)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0044】
C、Mn、Cr、VおよびMoは、化合物層の厚さに影響を及ぼす元素である。C及びMoにはε相を安定化させ、厚さを高める効果がある。一方Mn、CrおよびVには、化合物層を薄くする効果がある。そのため、これらの元素の含有量を一定の範囲に制御することで、化合物層の厚さを安定して制御でき、耐摩耗性および曲げ疲労強度を向上させることができる。
【0045】
これらの効果を得るため、式(1)中の{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値は0.00以上であるとよい。一方、{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値が0.50を超えると、化合物層が薄くなり、所望の面疲労強度及び曲げ疲労強度が得られないことがある。{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値の好ましい下限は0.03%、0.05%、又は0.10%である。{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値の好ましい上限は0.45%、0.40%、又は0.30%である。
【0046】
鋼芯部の化学成分の測定箇所は、部品の表面から5.0mm以上深い箇所とする。これは、以下の理由による。
窒化処理により窒素が侵入した窒素拡散層と、窒素の侵入が及ばなかった鋼芯部との境界を厳密に特定することは困難である。本実施の形態にかかる窒化条件であれば、表面から5.0mm以上深い位置では窒化処理による窒素の侵入の影響がほとんどない。このため、部品の表面から5.0mm以上深い箇所において化学組成を測定することにより、窒化による化学成分への影響を受けることなく、鋼芯部の化学成分を測定することができる。
【0047】
次に、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の化合物層について説明する。
【0048】
本実施形態に係るガス軟窒化処理部品は、鋼材(Steel Material)を素形鋼(Rough Shaped Steel)に加工したうえで、所定の条件下で軟窒化処理を行うことによって製造される。上述されたように、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品1は、鋼芯部(Core Steel)11と、鋼芯部11の上に形成された窒素拡散層(Nitrogen Diffusion Layer)13と、窒素拡散層13の上に形成された化合物層(Compound Layer)12とを備える。すなわち、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品1は、表面に化合物層12があり、化合物層12の内側に窒素拡散層13があり、窒素拡散層13の内側に鋼芯部11がある構造を有する。
【0049】
化合物層は、窒化処理により素形鋼に侵入した窒素原子と、素形鋼に含まれる鉄原子とが結合して形成した鉄窒化物を、主成分として含む層である。化合物層は、主として鉄窒化物により構成されるが、鉄及び窒素のほかに、外気から混入する酸素、および、素形鋼に含有されている各元素(すなわち、鋼芯部に含有される各元素)も化合物層に含まれる。一般に、化合物層に含まれる元素の90%以上(質量%)は窒素および鉄である。化合物層に含まれる鉄窒化物は、主にFe2~3N(ε相)、又はFe4N(γ’相)である。
【0050】
[化合物層の厚さ:3μm以上20μm以下]
化合物層の厚さは、ガス軟窒化処理部品の耐摩耗性や曲げ強度に影響する。化合物層12は、拡散層13に比べて変形能が小さい。そのため、化合物層が厚すぎると、化合物層が曲げによる破壊起点となりやすい。また、化合物層が薄すぎると、化合物層のない表面が部品の一部に存在する場合があり、耐摩耗性や曲げ強度が低下する。本実施形態に係るガス軟窒化処理部品においては、耐摩耗性や曲げ強度の観点から、化合物層の厚さは3μm以上20μm以下とする。化合物層厚さを5μm以上、6μm以上、又は8μm以上としてもよい。化合物層厚さを15μm以下、14μm以下、又は12μm以下としてもよい。
【0051】
化合物層の厚さは、走査型電子顕微鏡(Scannnig Electron Microscope:SEM)の二次電子像によって測定することができる。ガス軟窒化処理した部品の表面に垂直な断面を、研磨し、3%ナイタール溶液で20~30秒間エッチングを行う。化合物層12は、部品1の表層に、凹凸の無い未腐食の層として観察され、拡散層13は、腐食された層として化合物層の直下に観察される。4000倍で撮影した組織写真10視野(1視野当たりの面積:6.6×102μm2)における化合物層12を特定する。そして、それぞれの写真において、水平方向に10μm毎に3点で、化合物層12の厚さを測定する。前記10視野は、互いに重複しないようにされる。そして、測定された30点における化合物層12の厚さの平均値を、ガス軟窒化処理部品の化合物層の厚さ(μm)と定義する。
【0052】
[化合物層中のε相の面積率:50%超]
化合物層の構成相は、ガス軟窒化処理部品の耐摩耗性や曲げ強度に影響する。ε相はhcp構造であり、fcc構造であるγ’相に比べ変形能が小さい。一方で、ε相はγ’相に比べ、NおよびCの固溶範囲が広く、高硬度である。ε相の面積率が低いと、化合物層の硬さが小さくなりやすく、耐摩耗性が低下することがある。本実施形態に係るガス軟窒化処理部品においては、化合物層中のε相の面積率は50%超とする。ε相の面積比率の好ましい範囲は70%超、75%以上、又は80%以上である。ε相の面積比率が100%であってもよい。ε相の面積比率の上限値は特に限定されないが、例えば回転疲労曲げ強度を一層高める観点から、ε相の面積比率を95%以下、92%以下、90%以下、又は88%以下としてもよい。
ε相の面積率は100%であってもよく、従って残部が存在しなくともよい。化合物層の残部が存在する場合、残部は主にγ’相から構成される。なお、ε相及びγ’相のいずれにも当てはまらない特異相が含まれる場合がある。しかし、ε相が面積率で50%超であり、且つε相及びγ’相の面積率の合計値が95%超である化合物層は、ε相を面積率で50%超含有し、残部がγ’相である化合物層であるとみなす。
【0053】
ε相の面積率は、組織写真を画像処理することにより求める。具体的には、後方散乱電子回折法(Electron BackScatter Diffraction:EBSD)により、4000倍で撮影した、窒化処理部品の表面に垂直な断面の組織写真10枚に対して、化合物層中のγ’相、ε相を判別する。そして、化合物層中に占めるε相の面積比率を、組織写真を画像処理して2値化することにより求める。そして、測定された10視野のε相の面積比率の平均値を、ε相の面積率(%)と定義する。
【0054】
[化合物層の表面から3μmの深さの範囲における空隙の面積比率:12%未満]
化合物層の表面から3μmの深さの範囲に空隙が存在すると応力集中が生じ、耐摩耗性が低下したり、曲げ疲労における破壊の起点となる。そのため、化合物層の表面から3μmの深さの範囲における空隙の面積比率(空隙面積率)は12%未満とする必要がある。
【0055】
空隙面積率は、SEMによって測定することができる。まず、窒化処理部品をNiめっきする。次いで、Niめっきされた窒化処理部品を、その表面に垂直に切断し、この断面を研磨する。Niめっきは、研磨の際に化合物層が変形することを防止するために、研磨の前に設けられる。そして、研磨された断面において、最表面から3μmまでの深さと最表面に沿った長さ30μmとの積からなる長方形の領域(面積90μm2)の二次電子像を撮影する。上記領域の二次電子像における黒色部位を、空隙とみなすことができる。なお、二次電子像において、部品の最表面に凹凸が含まれる場合がある。この場合は、最表面の積分平均を最表面とみなす。
そして、各二次電子像の写真に占める空隙の総面積の比(空隙面積率、単位は%)を、画像処理アプリケーションにより求める。そして、測定された10視野での空隙面積率の平均値を、部品の空隙面積率(%)と定義する。化合物層の厚さが3μm未満の場合においても、同様に表面から3μm深さまでを測定対象とする。前記10視野は、互いに重複しないようにされる。測定する空隙の大きさは、面積換算による円相当径で0.3μm以上のものを対象とする。即ち、空隙面積率の測定にあたり、円相当径で0.3μm未満の空隙は無視される。なお、通常、空隙の円相当径は最大で1μm程度である。
【0056】
空隙面積率は好ましくは11%未満、10%未満、9%未満、7%未満、又は3%未満であり、0%であってもよい。空隙面積率の下限値は特に限定されないが、例えば空隙面積率を0%以上、1%以上、2%以上、又は4%以上としてもよい。
【0057】
[化合物層の硬さ:好ましくは740HV以上]
化合物層の硬さが高くなると、部品の耐摩耗性や回転曲げ疲労強度が向上する。化合物層の硬さは、ε相の面積率を高めたり、CrNやVNなどの窒化物を化合物層中に析出させたり、置換型元素を化合物層に固溶させることで高めることができる。その一方で窒化温度によっても変化する。本実施形態に係るガス軟窒化処理部品は、化合物層の硬さを740HV以上とすることにより、優れた耐摩耗性、回転曲げ疲労強度を有するものとなるので好ましい。化合物層の硬さは、一層好ましくは770HV以上である。化合物層の構成を上述のように制御することにより、化合物層の硬さを740HV以上とすることができる。
【0058】
次に、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の製造方法の一例を説明する。
【0059】
図2に示されるように、本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の製造方法では、まず上述された鋼芯部の成分を有する鋼材を、熱間鍛造などの加工によって所定の形状とし、必要に応じて切削加工や研削加工を施して、素形鋼を得る。そして、素形鋼にガス軟窒化処理を施して、ガス軟窒化処理部品を得る。
【0060】
[ガス軟窒化処理]
ガス軟窒化処理は、NH3、H2、N2に加え、鋼の表面にCを侵入させる目的でCO2、CO、もしくはCH4やC3H8などの炭化水素ガスを合計で99体積%以上含むガス雰囲気中で窒化ポテンシャルを制御した条件で施される。なお、残部はO2などの不純物ガスを含んでもよい。好ましくは、NH3、H2、N2、CO2、CO、CH4、C3H8が合計で99.5体積%以上であるとよい。なお、Cを侵入させる目的で加えられる気体(CO2、CO、もしくはCH4やC3H8などの炭化水素ガス)を、以降では浸炭性ガスと表記する。
【0061】
[処理温度:550~630℃]
ガス軟窒化処理の温度は、主に、窒素の拡散速度と相関があり、表面硬さ及び硬化層深さに影響を及ぼす。処理温度が低すぎれば、窒素の拡散速度が小さく、化合物層の厚さや硬化層深さが小さくなる。一方、軟窒化処理温度が高すぎると化合物層表面側から空隙が生成されやすくなる他、化合物層の硬さが低下する。加えて、処理温度がAC1点を超えれば、フェライト相(α相)よりも窒素の拡散速度が小さいオーステナイト相(γ相)が化合物層と拡散層との界面から生成され、硬化層深さが浅くなる。したがって、本実施形態における軟窒化処理温度はフェライト温度域周囲の550~630℃である。この場合、化合物層の硬さが低くなるのを抑制でき、かつ、硬化層深さが浅くなるのを抑制できる。
【0062】
[ガス窒化処理全体の処理時間(保持時間)]
ガス軟窒化処理全体の時間、つまり、軟窒化処理の開始から終了までの時間(保持時間)は、化合物層の形成及び分解、及び窒素の拡散浸透と相関があり、表面硬さ及び硬化層深さに影響を及ぼす。処理時間が短すぎると化合物層の厚さや、硬化層深さが小さくなる。一方、処理時間が長すぎれば、化合物層表面の空隙面積率が増加し、曲げ疲労強度が低下する。処理時間が長すぎればさらに、製造コストが高くなる。したがって、ガス軟窒化処理の処理時間(保持時間)は1.0時間以上7.0時間以下であるとよい。保持時間の下限は、好ましくは1.5時間、さらに好ましくは2.0時間にするとよい。
【0063】
[ガス軟窒化処理における浸炭性ガスの投入比率]
本発明におけるガス軟窒化処理では、CO2、CO、若しくはCH4やC3H8などの炭化水素ガスのうち、少なくとも1種を含む単独もしくは混合ガスを、式(2)で示す浸炭性ガス投入比率(体積%)で管理する。
浸炭性ガス投入比率(体積%)=CO2、CO、及び炭化水素ガスの総投入流量(l/min)/雰囲気ガスの総投入流量(l/min)×100・・・式(2)
【0064】
浸炭性ガス投入比率が2体積%未満だと、均一なε相が形成されず、耐摩耗性が下がることがある。一方、浸炭性ガス投入比率が10体積%以上だと、相対的にNH3、H2などの窒化反応ガスの分圧が低くなることで、化合物層の生成速度が小さくなり、化合物層が薄くなったり、化合物層厚さのバラつきが大きくなることで耐摩耗性や曲げ疲労強度が低下する。したがって本実施形態に係る製造方法における浸炭性ガスの投入比率は、2体積%以上10体積%未満とする。浸炭性ガスの投入比率を3体積%以上又は4体積%以上としてもよい。浸炭性ガスの投入比率を9体積%以下、又は8体積%未満としてもよい。
【0065】
[ガス軟窒化処理における窒化ポテンシャル]
本実施形態に係るガス軟窒化処理部品の製造方法では、窒化ポテンシャルを制御する。上述した素形鋼を以下の条件で軟窒化することにより、厚さ3~20μmの化合物層を有し、上記化合物層の表面から深さ3μmまでの領域において空隙の面積比率が12%未満のガス軟窒化処理部品を得ることができる。
【0066】
ガス軟窒化処理の窒化ポテンシャルKNは下記式(3)で定義される。
KN=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2](atm-1/2) ・・・ 式(
3)
また、窒化ポテンシャルKNの平均値KNaveは、ガス軟窒化処理の開始から終了まで10分毎に記録された上記窒化ポテンシャルKNの平均値である。上記式の通り、NH3およびH2の分圧は、単位(atm)での値を用いる。
【0067】
ガス軟窒化処理の雰囲気のNH3及びH2の分圧は、ガスの流量を調整することにより制御することができる。
【0068】
本発明者らの検討の結果、ガス軟窒化処理の窒化ポテンシャルは、化合物層の厚さ、空隙面積率に影響する。式(3)によって求められる窒化ポテンシャルKNを、ガス軟窒化処理工程を通じて0.15以上0.40以下の範囲内に維持し、ガス軟窒化処理工程中の窒化ポテンシャルKNの平均値KNaveを0.18以上0.30未満とすることが、最適な窒化ポテンシャルであることを見出した。
【0069】
このような条件で、本発明における成分系の鋼を軟窒化することにより、安定的に厚さ3~20μmの化合物層を有し、表面から深さ3μmまでの領域において空隙の面積比率が12%未満の化合物層を有するガス軟窒化処理部品とすることができる。
【実施例】
【0070】
表1に示す化学成分を有する鋼a~abを、50kg真空溶解炉で溶解して溶鋼を製造し、前記溶鋼を鋳造してインゴットを製造した。なお、表2-1及び表2-2中のa~tは、本発明で規定する化学成分を有する鋼である。一方、鋼u~abは、少なくとも1元素以上、本発明で規定する化学成分から外れた比較例の鋼である。尚、表1において、「X」は、“-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo”の値を示す。また、下線は本発明の範囲外の組成であることを示し、空欄は合金元素を意図的に添加しないことを示す。また、表1に示す鋼a~abの組成のうち、表1に示す成分以外の成分(残部)は、Fe及び不純物である。なお、全ての鋼において、Oが不純物として約10ppm含まれていた。
【0071】
【0072】
前記鋼a~abのそれぞれのインゴットを熱間鍛造して直径40mmの丸棒とした。続いて、各丸棒を焼鈍した後、切削加工を施し、
図3に示す耐摩耗性を評価するためのローラピッティング試験用の小ローラ、
図4に示す大ローラを作製した。さらに、
図5に示す回転曲げ疲労強度を評価するための円柱試験片を作製した。
【0073】
採取された試験片に対して、次の条件でガス軟窒化処理を実施した。試験片をガス軟窒化炉に装入し、炉内にNH3、H2、N2、CO2の各ガスを導入して、表2-1及び表2-2に示す条件で軟窒化処理を実施した。なお、CO2ガスの投入比率が一定となるよう、NH3、H2、N2ガスの総投入流量およびCO2ガスの投入流量は処理中に変化させないようにした。軟窒化処理後の試験片に対して、80℃の油を用いて油冷を実施した。
【0074】
雰囲気中のH2分圧は、ガス軟窒化炉体に直接装着した熱伝導式H2センサを用いて測定した。標準ガスと測定ガスとの熱伝導度の違いをガス濃度に換算して測定した。H2分圧は、ガス軟窒化処理の間、継続して測定した。
【0075】
また、NH3分圧は、炉外に取り付けたガラス管式NH3分析計を用いて、10分毎に測定した。
【0076】
窒化ポテンシャルKNが目標値に収束するように、NH3流量、H2流量及びN2流量を調整した。10分毎に窒化ポテンシャルKNを記録し、処理中の最小値、最大値および平均値を導出した。
【0077】
【0078】
【0079】
[化合物層厚さ及び空隙面積率の測定]
ガス軟窒化処理後の小ローラの、長手方向に垂直な方向の断面を鏡面研磨し、エッチングした。走査型電子顕微鏡(Scannnig Electron Microscope:SEM)、日本電子社製;JSM-7100F)を用いてエッチングされた断面を観察し、化合物層厚さの測定及び化合物層表層の空隙の有無の確認を行った。エッチングは、3%ナイタール溶液で20~30秒間行った。
【0080】
化合物層は、鋼の表層に存在する未腐食の層として確認可能である。4000倍で撮影した組織写真10視野(1視野面積:横30μm×縦22μm=6.6×102μm2)から化合物層を観察し、それぞれ10μm毎に3点の化合物層の厚さを測定した。そして、測定された30点の平均値を、化合物層厚さ(μm)と定義した。
【0081】
また、同じ組織写真から、最表面から3μm深さの範囲の面積90μm2中に占める空隙の総面積の比(空隙面積率、単位は%)を、画像処理アプリケーション(日本電子社製;AnalysisStation)により求めた。そして、測定された10視野の平均値を、空隙面積率(%)と定義した。化合物層が3μm未満の場合においても、同様に表面から3μm深さまでを測定対象とした。
【0082】
[化合物層の硬さ]
化合物層の硬さは、ナノインデンテーション装置(Hysitron社製;TI950)により、次の方法で測定した。化合物層の厚さ方向中央近傍位置において、圧子を押込み荷重10mNにてランダムに50点押し込むことによって、得られた荷重-変位曲線からビッカース硬さHVを測定した。圧子は三角錐(バーコビッチ)形状であり、硬さ導出はISO14577-1に準拠し、ナノインデンテーション硬さHITからビッカース硬さHVへの換算を、次式により行った。
【0083】
HV=0.0924×HIT(MPa)
測定した50点の平均値を、化合物層の硬さ(HV)と定義した。
【0084】
[耐摩耗性評価試験]
耐摩耗性は、ローラピッティング試験機(小松設備社製;RP102)により、次の方法で評価した。ローラピッティング試験用小ローラを、熱処理ひずみを除く目的で掴み部の仕上げ加工を行った後、それぞれローラピッティング試験片に供した。仕上げ加工後の形状を
図3に示す。
【0085】
ローラピッティング試験は、上記のローラピッティング試験用小ローラと
図4に示す形状のローラピッティング試験用大ローラの組み合わせで、表4に示す条件で行った。
【0086】
なお、
図3、4における寸法の単位は「mm」である。上記ローラピッティング試験用大ローラは、JIS G 4053(2016)のSCM420規格を満たす鋼を用いて、一般的な製造工程、つまり「焼きならし→試験片加工→ガス浸炭炉による共析浸炭→低温焼戻し→研磨」の工程によって作製した後、表面に微細な凹凸を付与する目的で、粒子径が0.8mmの鋼球を用いて投射圧0.2MPaのショットピーニング処理を行ったものであり、表面から0.05mmの位置、すなわち、深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さHVは740~760で、また、ビッカース硬さHvが550以上の深さは、0.8~1.0mmの範囲にあった。
【0087】
表3に、耐摩耗性の評価を行った試験条件を示す。試験は繰返し数5×106回で終了し、試験後の小ローラの摩耗深さを測定した。表面粗さ形状測定機(東京精密社製;SURFCOM FLEX)により、試験後の小ローラの摩耗部を主軸方向に沿って走査して、断面形状プロファイルを取得し、取得された断面形状プロファイルの最大深さ(摩耗部)と最小深さ(非摩耗部)との差分を、最大摩耗深さとして計測した。同一の試験片(小ローラ)において、5か所の測定位置において最大摩耗深さを測定して平均することにより、摩耗深さの値を算出した。本発明部品においては、摩耗深さが10μm以下であることを目標とした。
【0088】
【0089】
[回転曲げ疲労強度評価試験]
ガス軟窒化処理に供した円柱試験片に対し、JIS Z 2274(1978)に準拠した小野式回転曲げ疲労試験を実施した。回転数は3000rpm、試験打ち切り回数は、一般的な鋼の疲労限を示す1×107回とし、回転曲げ疲労試験片において、破断が生じずに1×107回に達した最大応力を回転曲げ疲労試験片の疲労限とした。
【0090】
本発明部品においては、疲労限における最大応力が500MPa以上であることを目標にした。
【0091】
[試験結果]
結果を表2-1及び表2-2に示す。試験番号1~26は、鋼の成分及びガス軟窒化処理の条件が本発明の範囲内であり、化合物層厚さが3μm以上20μm以下、化合物層空隙面積率が12%未満となった。その結果、摩耗深さが10μm未満、回転曲げ疲労強度が500MPa以上と良好な結果が得られた。
【0092】
試験番号27~45は、鋼の成分、およびガス軟窒化処理の条件の一部が本発明の範囲外であり、化合物層の厚さ、ε相の面積率、空隙面積率のうちいずれか、もしくは複数の特性が、本発明における目標値に届かなかった。その結果、耐摩耗性もしくは回転曲げ疲労強度が本発明の目標を満たさなかった。
試験番号27は、製造時にガス軟窒化処理温度が高すぎた比較例である。これにより、試験番号27では空隙面積率が過剰となり、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号28は、製造時にガス軟窒化処理温度が低すぎた比較例である。これにより、試験番号28では化合物層の厚さが不足し、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号29は、製造時にガス軟窒化処理時間が長すぎた比較例である。これにより、試験番号29では化合物層の厚さが過剰となり、且つ空隙面積率が過剰となり、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号30は、製造時にガス軟窒化処理時間が短すぎた比較例である。これにより、試験番号30では化合物層の厚さが不足し、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号31は、製造時に窒化ポテンシャルKNが高くなりすぎた比較例である。これにより、試験番号31では空隙面積率が過剰となり、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号32は、製造時に窒化ポテンシャルKNが低くなりすぎた比較例である。これにより、試験番号32では化合物層の厚さが不足し、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号33は、製造時にガス軟窒化処理時間が長すぎた比較例である。これにより、試験番号33では化合物層の厚さが過剰となり、且つ空隙面積率が過剰となり、耐摩耗性が不足した。
試験番号34は、製造時に平均窒化ポテンシャルKNaveが低すぎた比較例である。これにより、試験番号34では化合物層の厚さが不足し、且つε面積率が不足し、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号35は、製造時に浸炭性ガス投入比率が高すぎた比較例である。これにより、試験番号35では化合物層の厚さが不足し、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
試験番号36は、製造時に浸炭性ガス投入比率が低すぎた(すなわち軟窒化でなく窒化処理がなされた)比較例である。これにより、試験番号36ではε面積率が不足し、耐摩耗性が不足した。
製造番号37(鋼u)は、鋼芯部の化学成分において、-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Moが高すぎた比較例である。これにより、試験番号37では化合物層の厚さが不足し、耐摩耗性と回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号38(鋼v)は、鋼芯部の化学成分において、-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Moが低すぎた比較例である。これにより、試験番号38では化合物層の厚さが過剰となり、回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号39(鋼w)は、鋼芯部のC量が低すぎた比較例である。これにより、試験番号39では耐摩耗性が不足した。
製造番号40(鋼x)は、鋼芯部のMn量が低すぎた比較例である。これにより、試験番号40では耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号41(鋼y)は、鋼芯部のCr量が低すぎた比較例である。これにより、試験番号41では耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号42(鋼z)は、鋼芯部のV量が低すぎた比較例である。これにより、試験番号42では耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号43(鋼aa)は、鋼芯部のP量が高すぎた比較例である。これにより、試験番号43では耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号44(鋼ab)は、鋼芯部のS量が高すぎた比較例である。これにより、試験番号44では耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
製造番号45は、製造時に窒化ポテンシャルKN及び平均窒化ポテンシャルKNaveが高すぎた比較例である。これにより、試験番号45では化合物層の厚さが過剰となり、且つ空隙面積率が過剰となり、耐摩耗性及び回転曲げ疲労強度が不足した。
【0093】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示にすぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明によれば、耐摩耗性に加え回転曲げ疲労強度に優れた軟窒化処理部品とその製造方法を提供することができ、特に耐摩耗性及び曲げ疲労強度に優れる連続可変トランスミッション(CVT)、カムシャフト部品等を提供することができる。
【符号の説明】
【0095】
1 ガス軟窒化処理部品(部品)
11 鋼芯部(鋼)
12 化合物層
13 窒素拡散層(拡散層)