(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】レトロネーザル香気の分析方法又は評価方法並びにそれに用いる装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/00 20060101AFI20230512BHJP
G01N 33/497 20060101ALI20230512BHJP
G01N 33/02 20060101ALI20230512BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230512BHJP
【FI】
G01N33/00 C
G01N33/497 Z
G01N33/02
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2019147270
(22)【出願日】2019-08-09
【審査請求日】2022-02-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000201733
【氏名又は名称】曽田香料株式会社
(72)【発明者】
【氏名】西川 卓
(72)【発明者】
【氏名】高垣 仁志
(72)【発明者】
【氏名】安永 元樹
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-521479(JP,A)
【文献】特表2017-525504(JP,A)
【文献】伊藤友彦,レトロネーザルアロマ研究の進展,香料,No.275,日本,2017年09月,P233-237
【文献】小竹佐知子,香気研究におけるレトロネーザルアロマと咀嚼特性,香料,No.254,日本,2012年06月,P21-30
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00 -33/46
G01N 27/60 -27/92
G01N 33/48 -33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レトロネーザル香気を模擬的に再現して分析又は評価する方法に使用する人工的に構成した咽喉モデルであって、咽喉内部を模した管部、内部温度を一定に保つための保温部、試料の導入口である試料導入部、試料を管部の内壁に促すワイパーを付属した回転部、試料の排出口である試料排出部、嚥下後の呼吸を再現する吸気導入部、吸気排出部、呼気導入部、呼気排出部を備えた装置。
【請求項2】
管部の内壁とワイパーを付属した回転部のワイパー間の距離が0より大きく2.5mm以下である請求項1に記載の装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の装置を用い、レトロネーザル香気を模擬的に再現して分析又は評価する方法において、装置内部で回転するワイパーにより咽喉内部に相当する管部内壁に飲食品を付着させることで流動性飲食物を嚥下した後を再現し、次いで咽喉モデル中の通気を二方向に設定して交互に通気し、その一方の気流に含まれる香気成分を分析又は評価に供する方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法において、通気量を咽喉モデル管部の内部水平断面に対する線速度として50~200cm/minとする前記方法。
【請求項5】
請求項3に記載の方法で得られる香気成分を、質量分析計を用いて成分量の継時的変化を推定するレトロネーザル香気の分析方法又は評価方法。
【請求項6】
質量分析計が飛行時間型質量分析計である請求項5に記載の方法。
【請求項7】
特定のイオンピークを継時的に追跡することによって、香気成分量の変化を推定する、請求項5~6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒトが流動性飲食物を嚥下した後のレトロネーザル香気を分析又は評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レトロネーザル香気はヒトが飲食する際の咽喉から鼻に抜ける香気であり、フレーバーリリース研究において重要な要素の1つである。レトロネーザル香気の捕集及び分析には、実際にヒトを被験者とする方法とシミュレーターを被験者代わりに使用する方法の2種類が一般的である。前者では個人差はもちろん、同じ被験者でも体調や環境による違いが大きく、再現性が得られづらいことが問題点である。後者ではオペレーターや環境による違いは解消できるが、呼吸や口腔粘膜での吸収による香気の減衰等、完全にヒトの動きを再現するには課題が多い。
【0003】
また、PTR-MSやSIFT-MS、MS NOSE(株式会社ニチレイ商標登録出願)をはじめとするリアルタイム質量分析計を用いた、レトロネーザル香気の時系列的な分析研究も行われている。しかしながら、非特許文献1ではヒトを被験者とするヒト呼気分析において、相対標準偏差の平均値が同一被験者で10%超、被験者が変わると80%を超えると報告されている。一方で特許文献1にはヒトを被験者といたときの試験の制御困難性や個人差による結果のブレを解消するために、シミュレーター(人工咽喉)を用いて、食品を嚥下後に吐き出される呼気中の香気成分を分析する方法が提案されており、さらに非特許文献2ではシミュレーターを使用して嚥下後のレトロネーザル香気の経時変化についても検討されている。しかしながら、このシミュレーターを用いた分析では、実際のヒトの呼気を分析した時と香気成分の挙動が充分に再現されないという問題があった。
【0004】
これらの問題点を解決すべく、飲食品と唾液の混合物が咽頭部を通過し、その混合物を飲み込んだ後に香気が喉から鼻に抜ける状態を再現できるレトロネーザル香気再現装置が開発された(特許文献2)。当該装置は、装置内にヒトなどの動物の体温程に保たれた試料を薄膜状に流下し、装置下部から装置上部への気体流入、装置上部から装置下部への気体流入を一定条件で繰り返す、つまり呼気だけでなく、吸気も考慮しヒトの呼吸サイクルを再現することで、ヒトの食品摂取後の香気成分の挙動をより忠実に再現することが可能である。当該装置により、被験者による個人差や体調、環境による違いが解決でき、オペレーターに依存することなく再現性の高い、ヒトの食品摂取後における香気持続性の分析及び評価が可能となった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2007-521479号公報
【文献】特願2018-138684号
【非特許文献】
【0006】
【文献】「A New Approach to Estimate the In-mouth Release Characteristics of Odorants in Chewing Gum」、Food Science Technology Research、2008年、14巻、3号、269-276頁
【文献】「New Device To Simulate Swallowing and in Vivo Aroma Release in the Throat from Liquid and Semiliquid Food Systems」、journal of Agricultural and Food Chemistry、2004年、52号、6564-6571頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2の方法(以下、従来法と記載する)では、供された試料は液だまりに溜まった後、均一に開けられたスリットから均一に流されるが、粘度の高い試料を供すると試料が均一にスリットを通過できず、結果、試料を装置内に十分に拡散することができないため、評価の再現性を得られなかった。よって、本発明の課題は従来法に粘度の高い試料を供することを可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)レトロネーザル香気を模擬的に再現して分析又は評価する方法に使用する人工的に構成した咽喉モデルであって、咽喉内部を模した管部、内部温度を一定に保つための保温部、試料の導入口である試料導入部、試料を管部の内壁に促すワイパーを付属した回転部、試料の排出口である試料排出部、嚥下後の呼吸を再現する吸気導入部、吸気排出部、呼気導入部、呼気排出部を備えた装置。
(2)管部の内壁とワイパーを付属した回転部のワイパー間の距離が0より大きく2.5mm以下である(1)に記載の装置。
(3)(1)又は(2)に記載の装置を用い、レトロネーザル香気を模擬的に再現して分析又は評価する方法において、装置内部で回転するワイパーにより咽喉内部に相当する管部内壁に飲食品を付着させることで流動性飲食物を嚥下した後を再現し、次いで咽喉モデル中の通気を二方向に設定して交互に通気し、その一方の気流に含まれる香気成分を分析又は評価に供する方法。
(4)(3)に記載の方法において、通気量を咽喉モデル管部の内部水平断面に対する線速度として50~200cm/minとする前記方法。
(5)(3)に記載の方法で得られる香気成分を、質量分析計を用いて成分量の継時的変化を推定するレトロネーザル香気の分析方法又は評価方法。
(6)質量分析計が飛行時間型質量分析計である(5)に記載の方法。
(7)特定のイオンピークを継時的に追跡することによって、香気成分量の変化を推定する、(5)~(6)に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本装置を利用することにより、比較的粘度の高い試料についても、被験者による個人差や体調、環境による違いが解決でき、オペレーターに依存することなく再現性の高い、ヒトの食品摂取後における香気持続性の分析及び評価が可能である。また、ヒトによる試験では安全性の面で不安のある試料、例えば高アルコール濃度、高濃度のモデル試料、有害性の懸念のある試料などでも安全に分析・評価することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の装置である咽喉モデルの一例である。
【
図2】本発明の咽喉モデルにおいて、装置内に設けるワイパーを付属した回転部の一例を示した図である。
【
図3】本発明の咽喉モデルにおいて、装置内に設けるワイパーの一例を示した図である。
【
図5】従来法の咽頭モデルにおいて、管部上端周囲に液だまりを設け、さらに管部上端に切欠き部を設けた装置の管部上端付近を示した図である。
【
図6】本発明の咽喉モデルを用いたレトロネーザル香気の再現試験の結果を示したグラフ、従来法を用いたレトロネーザル香気の再現試験の結果を示したグラフ、ヒトによるレトロネーザル香気の試験結果を示したグラフを比較したものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、飲食品を飲み込んだ後に感じる香気をモデル系で再現し、分析又は評価するための装置、および当該装置を使用した分析方法又は評価方法に関するものである。
【0012】
本発明の装置は、人工的に構成した咽喉モデルであって、必須の構成として咽喉内部を模した管部1、管部1の内部温度を一定に保つための保温部2、試料の導入口である試料導入部3、試料を管部1の内壁に促す棒状体(本発明においては、ワイパーと表記する)を付属した回転部4、試料排出部(試料排出部兼吸気排出部5)、吸気導入部6、吸気排出部(試料排出部兼吸気排出部5)、呼気導入部7、呼気排出部8を有し、飲食品の嚥下後に呼吸によって呼気とともに主に咽喉の内部から放出される香気を模擬的に再現する。
【0013】
管部1は咽喉内部を模した部位であるが、ヒトの咽喉内部の形状を再現する必要はなく、試験毎の試料流下状態の再現性や洗浄性、内壁面各部位に対する流通気体の速度などの観点から少なくとも内壁が直円柱形状の中空構造体である方が好ましい。管部1を直円柱形状とする場合、その長さと内部水平断面積の大きさは任意とすることができるが、分析・評価するために必要な成分量が管部1内壁に付着するに足る面積を有していることが望ましく、模擬的な吸気、呼気の1サイクルで円筒内部の気体全量が換気される通気量と気流速度を勘案して調整されることが好ましい。簡便に使用できる装置の大きさとして具体的な例としては、管部水平断面積が8~10cm2、管部1内面面積が170~190cm2のものが例示できる。管部1の材質は成分吸着の少ないものが好ましく、具体的にはガラス、金属が挙げられ、通液状態を視認ができることからガラス製であることが最も好ましい。管部1の外周には内部温度を一定に保つため保温部2が設けられるが、内部を観察しやすく温度調整が容易であることから、管部1外周にジャケットを設けて温度調整された流体、好ましくは温水を流通させることが好ましい。
【0014】
試料導入部3は、咽喉モデルの上部に設置される。試料導入部3の開口部内径は、高粘度の試料をスムーズに導入できるよう広めに調整するのが好ましく、具体的な例として内径6mm以上のものが例示できる。なお、試料導入部3には切替え弁を設置してもよい。
【0015】
ワイパーを付属した回転部4は、試料導入部3から導入される試料を強制的に管部1の内壁に促す目的で設置される部位であり、モーター4a、当該モーターの回転軸4bと連動するワイパーホルダー4c及びワイパー4dで構成され、管部1の内部に設置される。モーターは回転数を調整できるものが好ましい。ワイパーホルダー4cはモーターの回転軸4bに接続する。ワイパーホルダー4cのワイパー4dをセットするホルダー部分4eの本数は、ワイパー4dの本数に合わせればよいが、複数本備える場合、回転時にぶれが生じないよう、ホルダー4e同士を円盤4fなどで2箇所以上固定するのが好ましい。ワイパーホルダー4cの材質は、高速回転による負荷で歪みが生じにくいよう、耐久性のある材質を用いるのがよく、金属製が好ましい。ワイパー4dはワイパーホルダー4cのホルダー部分4eに、ネジ留めや、あらかじめホルダー部分4eに備えた凸部とワイパー4dに備えたスリットを噛み合わせるなどの任意の方法で設置される。ワイパー4dの本数は試料をより均一かつ効率的に内壁に促せるよう複数本設置するのが好ましく、具体的な例として3本設置したものが挙げられる。ワイパー4dの材質は洗浄して何度も使用でき、洗浄後に香気が残らない材質であれば何でもよく、例えば、樹脂製のものや金属製のものが挙げられる。ワイパー4dの長さは管部1の鉛直方向の長さと試料導入部3の位置に合わせて調整すればよい。ワイパー4dの太さはワイパー4dの本数に合わせて、回転時にワイパー4dが管部1の内壁に接触しないよう調整すればよいが、ワイパー4dの表面から管部1の内壁までの距離は接触しない範囲で短い方がよく、2.5mm以下が好ましい。ワイパー4dは、表面に回転方向に対して斜め下向きの溝を複数備えたものが好ましい。溝を入れることで試料の流れをより一定化させ、かつ均一にすることができる。また、ワイパー4dは、管部1の内壁に面した部分を内壁に沿った曲面に合わせて湾曲させるのが好ましい。
【0016】
試料排出部は、咽喉モデルの管部1よりも下部に設置される。試料排出部は内径が充分な試料排出速度が得られるように設定されるが、管部1の下部に試料が滞留しない程度の排出速度が要求される。なお、試料排出部は後述の吸気排出部と兼用とし、試料排出部兼吸気排出部5としてもよい。
【0017】
吸気導入部6は、咽喉モデルの管部1よりも上部に切替え弁を介して設置される。吸気排出部は、咽喉モデルの管部1よりも下部に切替え弁を介して設置される。なお、前述の試料排出部と兼用し、試料排出部兼吸気排出部5としてもよく、その場合は、切替え弁は不要である。呼気導入部7は、咽喉モデルの管部1よりも下部に切替え弁を介して設置される。呼気排出部8は、管部1よりも上部に設置され、切替え弁を介して分析・評価に供される気体の採取手段もしくは分析機器に接続される。吸気導入部6と呼気排出部8は切替え弁を介して一体化してもよくその場合は、切替え弁によって吸気導入部6から管部1への流路と管部1から呼気排出部8への流路が切替えられるように構成される。同様に、吸気排出部を試料排出部兼用としない場合、呼気導入部7と吸気排出部は切替え弁を介して一体化してもよく、その場合は、切替え弁によって呼気導入部7から管部1への流路と管部1から吸気排出部への流路が切替えられるように構成される。これらの切替え弁又は開閉弁は手動で切り替えるものでもよく、電磁弁などで呼気の導入と排出、吸気の導入と排出を同時に行うよう交互に切替えるように自動化することもできる。
【0018】
本発明の分析、評価方法は、飲食後の咽喉内壁に付着残留する成分から呼気に伴って揮発する成分を、人工的に構成した咽喉モデルを使用して模擬的に再現し、呼気に含まれる揮発性成分を一旦捕集し、もしくはそのまま分析機器に導入して分析する。得られた分析結果を基に揮発性成分の咽喉内での残留性、嚥下後の香気の持続性を評価する。
【0019】
本発明の方法は、前記の装置を用いて呼吸を模した気流によって装置管部1の内壁に残留した香気成分の揮散状況の変化を観察することを主たる特徴とする。このときの呼気に相当する気流に含まれる香気成分を比較評価する。評価する方法としては、官能評価と分析機器による評価のいずれも可能である。試験の繰り返し数や嗅覚疲労などの影響を考慮すると分析機器による評価が好ましいが、分析機器による評価と官能評価の双方を同条件で行って官能上の特徴と成分変化を比較するのが嚥下後のレトロネーザル香気の特徴を把握するためにはより好ましい。
【0020】
本発明の方法は、
図1の装置を使用した例を示すと、まず試料導入部3に流動性のある試料を投入する。投入された試料は、管部1の内部で回転するワイパーを付属した回転部4に到達し、高速で回転するワイパーにより管部1の内壁に促され、管部内壁に沿って流下する。ワイパーを付属した回転部4の回転数は導入する試料の粘度や形状に応じて適宜調整してよい。流下が終わった時点で、気流を操作して管部1に呼気導入部7から呼気、吸気導入部6から吸気を交互に導入する。呼気と吸気は流通方向が対向するように設置されており、管部1での気流は呼吸時のように交互に逆方向に流れることになる。このときの呼気にあたる気流の一部または全部を捕集、もしくは装置に直接導入して測定するか、官能評価により呼吸毎の香気変化を評価する。
【0021】
本発明に導入される試料は、流動性を有するものであって、本発明に用いる装置に導入した後に、管部1の内部で回転するワイパーを付属した回転部4により管部1の内壁に均一に付着し、付着後に流下するものが通常用いられる。本発明においては、ワイパーを付属した回転部4により強制的に試料を拡散するため、比較的粘度の高い試料を導入することができ、具体的にはヨーグルト、ゼリー状飲料、カレー、シチュー、スープ、介護食などが挙げられる。ゼリー状飲料などの半固形物については、あらかじめ試料を潰して、実際の喫食時の形状に近い状態にして装置に導入するのが望ましい。なお、上記の「管部1の内壁に均一に付着する」とは、管部1の内壁に万遍なく試料が付着すればよく、例えば、試料自体が均一な形状でないものについては、管部1の内壁に付着後に均一な薄膜状とし流下させる必要性は無い。
【0022】
本発明において、特に大きな影響は認められないものの、試料には嚥下時の状況により近くする目的で人工唾液を加えてもよい。人工唾液の組成は従来使用されてきた公知のものでよい。具体的には例えば、アミラーゼ、無機塩、ムチンを含有する水溶液が挙げられる。前記組成のアミラーゼは、α-アミラーゼを使用し、塩はNaHCO3、K2HPO4、NaCl、KCl、CaCl2・2H2O、ムチンはブタ胃由来のものがより具体的に挙げられる。
【0023】
装置内に模擬的な呼気、吸気として流通させる気体は特に限定されないが、反応性がなく、有機化合物を含まないものが好ましい。また、本発明の装置を用いて官能評価を行う場合は有害性が充分に低い組成のもので、かつ無臭なものを使用することが好ましい。模擬的な呼気と吸気は単一の組成でなくともよく、呼気と吸気で組成が異なる混合気体とすることもできる。これら気体として具体的には空気や窒素が通常使用される。また、呼気と吸気は乾燥気体であっても湿度を調整した気体でもよく、さらには呼気と吸気で湿度を変えたものであってもよい。
【0024】
吸気及び呼気の導入量は咽喉モデル管部1の水平断面に対する線速度で管理される。前記線速度としては50~200cm/minの範囲で一定であることが好ましい。呼気と吸気の交換頻度は、動物の呼吸に近い頻度が好ましいが、1呼吸毎の捕集量または分析装置によるデータの精度も勘案して決定される。具体的な切替え頻度は例えば呼気、吸気にそれぞれ1~5秒程度が提案される。呼気に含まれる香気成分を捕集する場合は、同一条件での試験を繰り返し同一回目の呼気を複数回捕集して機器分析等に供してもよい。
【0025】
また、詳細な成分分析を必要としない場合には、例えばPTR-TOFMSに呼気を連続供給してデータを採取してもよい。このとき、特定成分の特徴フラグメントを追跡することで該成分の継時的な量的変化を観察することができる。
【実施例】
【0026】
図1の装置を用いて飲食品嚥下後の呼吸時のレトロネーザル香気の変化を再現し、このときの呼気をPTR-TOFMSに導入して呼吸回数毎のデータを比較することで、飲食品嚥下後のレトロネーザル香気の変化の特徴を評価した。
【0027】
(実施例)
図1の咽喉モデルの呼気排出部8にリアルタイム質量分析計であるPTR-TOFMS(IONICON社製)を接続し、保温部2に温水を流通して装置内部を37℃に保ち、モーターを稼働してワイパーを回転させ、PTR-TOFMSの測定を開始した。試料導入部3のコックを開け、市販のヨーグルトと表1に記載の組成で調製した人工唾液を5:1の質量比で混合した試料20gを試料導入部3から投入し、試料投入後、試料導入部3のコックを閉めた。投入した試料は回転するワイパーに到達すると拡散され管部1の内壁に付着し、付着後は薄膜状に流下した。管部1の内壁を流下した試料が試料排出部兼吸気排出部5から留出したのを確認した後、呼気導入部7から流速1,000ml/minの窒素を通気し、ヒトの呼気を再現した。5秒後、吸気導入部6から同じ流速の窒素を通気し、ヒトの吸気を再現した。この一連のヒトの呼気と吸気を再現するコック開閉操作を10回以上繰り返すことでヒトの呼吸サイクルを再現し、模擬的なレトロネーザル香気をPTR-TOFMSに送り込んだ。PTR-TOFMSによるリアルタイム分析における成分量の経時変化は、アセトアルデヒドのプロトン化イオン(m/z=45)の値を追跡することとした。
【0028】
【0029】
PTR-TOFMSの測定条件は以下の通りとした。
測定モード :ファンネルオンモード
サンプリング流量:300mL/min
データ取得 :1,000ms
【0030】
(比較例1)
図4及び
図5で示した従来法の咽頭モデルの保温部10に温水を流通して装置内部を37℃に保った後、実施例と同じヨーグルトと人工唾液を5:1の質量比で混合した試料を装置の試料導入部11から投入し、管部上端の切り欠け下部まで満たした。さらに試料20gを5秒間かけて装置内に追加投入した。試料の追加投入により、試料が切り欠け下部から越流して管部9の内壁を流下した(ここで試料は薄膜状にならず、数cm程度の筋状に流れ落ちた)。直ちに試料導入部11を閉栓して流速1,000ml/minの窒素を装置下部から装置上部へ5秒間、装置上部から装置下部へ5秒間交互に通気させることを繰り返して人の呼吸サイクルを再現した。装置上部の呼気排出部16に接続したリアルタイム質量分析計であるPTR-TOFMSでリアルタイム分析を行った。成分量の計時変化はアセトアルデヒドのプロトン化イオン(m/z=45)の値を追跡することとした。
【0031】
(比較例2)
実施例と同じヨーグルト20gを飲み込んだ後、呼気と吸気を各5秒ずつの鼻呼吸を繰り返した。PTR-TOFMSに接続した鼻腔内呼気サンプラーを用いて、ヒト呼気のリアルタイム分析を行った。分析条件は上記の
図1の装置を使用したときと同じ条件とし、同様に成分量の経時変化はアセトアルデヒドのプロトン化イオン(m/z=45)の値を追跡することとした。
【0032】
実施例(本発明)、比較例1(従来法)、比較例2(ヒトによる試験)で得られた結果を
図6に示した。比較例1では、呼気と吸気のタイミングが読み取りづらくピークの形状も安定しなかったが、本発明を用いた実施例では、一定の間隔で呼気と吸気が判別でき、時間と共にアセトアルデヒドの濃度が減衰している状態が分かり、ピーク形状が比較例2のヒト呼気と近似した。また、1息目を100%として2息目の成分量が減少した割合を減衰率としたところ、実施例では2息目が53.9%、比較例2では2息目が53.7%となり、減衰率についても、本発明を用いた実施例においては比較例2のヒト呼気と近似した。このことから、本発明の咽喉モデルを使用した評価方法は、従来法と異なり比較的高い粘度の試料についても、実際に被験者が飲食品を嚥下した後のレトロネーザル香気の変化をよく再現することが可能であることを確認した。さらに、本発明の咽喉モデルを使用した試験を複数回繰り返し、試験毎の再現性を確認できた。
【符号の説明】
【0033】
1 管部
2 保温部
3 試料導入部
4 ワイパーを付属した回転部
4a モーター
4b モーターの回転軸
4c ワイパーホルダー
4d ワイパー
4e ワイパーホルダーのホルダー部分
4f ワイパーホルダーのホルダー部分同士を固定する円盤
5 試料排出部兼吸気排出部
6 吸気導入部
7 呼気導入部
8 呼気排出部(兼分析機器接続部)
9 従来法の管部
10 従来法の保温部
11 従来法の試料導入部
12 従来法の液だまり
13 従来法の試料排出部兼吸気排出部
14 従来法の吸気導入部
15 従来法の呼気導入部
16 従来法の呼気排出部(兼分析機器接続部)
17 従来法の管部上端に設けた切り欠き部