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特許7278094ドウまたはドウ加熱食品における分枝酵素の新規用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】ドウまたはドウ加熱食品における分枝酵素の新規用途
(51)【国際特許分類】
   A23G 3/34 20060101AFI20230512BHJP
   A21D 2/26 20060101ALI20230512BHJP
   A23L 35/00 20160101ALI20230512BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20230512BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
A23G3/34 105
A21D2/26
A23L35/00
C12N9/10
C12N15/54
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019027365
(22)【出願日】2019-02-19
(65)【公開番号】P2020130039
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000226415
【氏名又は名称】物産フードサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【弁理士】
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【氏名又は名称】小林 基子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【弁理士】
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】柏倉 雄一
(72)【発明者】
【氏名】安井 忍
(72)【発明者】
【氏名】劉 遠
(72)【発明者】
【氏名】栃尾 巧
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-132850(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0354157(US,A1)
【文献】特開2017-143747(JP,A)
【文献】特開2000-316581(JP,A)
【文献】特開2018-186811(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1676003(CN,A)
【文献】国際公開第2015/152099(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23G
A21D
A23L0
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/AGRICOLA(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分枝酵素を有効成分とする、加温加湿環境下で保存するドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性向上剤。
【請求項2】
分枝酵素を有効成分とする、膨化してなるドウ加熱食品のドウの機械耐性向上剤。
【請求項3】
さらに、ドウ加熱食品肌理改善するために用いられる、請求項1または請求項2に記載の剤。
【請求項4】
分枝酵素が、下記(a)または(b)のアミノ酸配列を有し、かつ分枝酵素活性を有するポリペプチドである、請求項1~3のいずれかに記載の剤;
(a)配列番号2と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、
(b)下記(ア)または(イ)の核酸配列によってコードされるアミノ酸配列、
(ア)配列番号1の核酸配列、
(イ)配列番号1に相補的な核酸配列と、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸配列
【請求項5】
ドウを組成する材料に、請求項1~4のいずれかに記載の剤を混合する工程を有する、ドウの製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載の剤を含むドウを加熱する工程を有する、ドウ加熱食品の製造方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれかに記載の剤を含むドウを蒸す工程を有する、ドウ蒸製食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドウまたはドウ加熱食品における分枝酵素の新規用途に関する。詳細には、分枝酵素を有効成分とする、ドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性向上剤、ドウ加熱食品の肌理改善剤およびドウの機械耐性向上剤、ならびにこれらを用いるドウの製造方法、ドウ加熱食品の製造方法およびドウ蒸製食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドウ(dough)とは、穀物や豆などから得られる澱粉を主体とする食材に、水および必要に応じて他の材料(副材料)を配合してなる食品生地のうち、水分含有量が比較的少なく、流動性に乏しい固いものを指す。ドウは、焼く、蒸す、揚げる、茹でるなどの加熱調理を経て食用に供され、その具体例としては、パンやドーナツ、パイ、麺、春巻きなどの皮、饅頭の皮、団子、クッキーや煎餅などの焼き菓子の生地が挙げられる。これらのドウを加熱して製造される食品には上記のように幅広い製品群が存在し、その市場規模も大きく、食品産業上重要な地位を占めている。
【0003】
以下、本発明においては、その製造過程にドウを加熱する工程を含む食品をドウ加熱食品という。また、ドウ加熱食品のうち、ドウを加熱する方法が「蒸す」方法であるものをドウ蒸製食品という。
【0004】
ドウ蒸製食品の代表例としては、肉まん、あんまん、ピザまんといった中華まんや、酒饅頭、薯蕷(じょうよ)饅頭といった和菓子の饅頭類、蒸しパン、餃子やシュウマイなどの点心などが挙げられる。これらのうち、中華まんはスーパーマーケット等で冷凍食品やチルド製品として販売されるほか、コンビニエンスストアや売店等で加温販売する製品として広く展開されている。
【0005】
ここで、コンビニエンスストアや売店等における加温販売とは、加熱調理済みの中華まんを、消費者が購入後すぐに喫食できるよう、スチーマーと呼ばれる蒸し機に入れ、常時加温加湿された状態で販売する態様をいう。係る販売態様では、スチーマーで長時間保存された中華まんが多くの水分を吸収してしまい、その結果、皮が非常に柔らかくブヨブヨの状態となり食感が著しく低下することが問題となっている。また、この問題は、賞味期限の短縮や廃棄ロス発生の要因にもなっている。
【0006】
そこで、スチーマーで長時間保存しても品質が劣化しない中華まんが研究開発されている。例えば、特許文献1には、ιカラギーナンおよび有機酸モノグリセリドを含有する中華まん類が開示されており、当該中華まん類は、加温下で長時間保存された後も良好な食感を維持していることが記載されている。また、特許文献2には、サッカロミセス・セレビシエの特定株を使用する中華まんじゅう食品の製造方法が開示されており、当該方法で製造された中華まんじゅう食品は、長時間、再蒸しされた後も、表皮の褐変および固化が抑制されること、製品の比容積が増大し、柔らかな食感が持続することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-70256号公報
【文献】特許第4156187号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の中華まん類は、65~75℃で5時間保存後に、官能試験にて「ねちゃつき感」が比較的小さい旨の記載はあるものの、吸水量については検討されていないため、スチーマーで長時間保存後の食感維持効果が十分かどうかは不明である。特許文献2に記載の方法で製造された中華まんじゅう食品もまた、スチーマーでの保存後における吸水量や食感については一切検討されていない。すなわち、これら特許文献を鑑みても、加温加湿下での保存時に吸水を抑制し、良好な食感を維持しうるドウ蒸製食品を製造する技術は、十分に提供されている状況ではない。
【0009】
また、ドウ加熱食品の内層は通常、発酵や膨化の際に生じた多数の気泡の跡(すだち、気泡構造)を呈する。係る穴状の気泡跡の大きさや多寡、気泡を構成する膜の厚み、均一性といった態様を、内層の肌理(きめ、キメ)という。そして一般に、肌理が細かいとは、このすだちの穴の直径が小さく、穴の数が多く、穴を構成する膜が薄いことをいう。また、肌理の均一性が高いとは、多数のすだちの穴の直径のバラツキが小さく、比較的同程度の大きさで揃っていることをいう。
【0010】
ドウ加熱食品は、内層の肌理が粗く不均一な状態であると、外観が悪く、食感も柔らかさや口溶け感が欠けたものとなる。そこで、本発明者らは、ドウ加熱食品の内層の肌理を細かくし、あるいは均一性を高めることができれば、外観が良く、よりソフトで口当たりのよい食感のドウ加熱食品をつくることができ、商品価値の向上に寄与することができると考えた。この点、上記特許文献に記載のいずれの先行技術も、ドウ加熱食品の肌理を細かくし、あるいは均一性を高めるという課題を解決するものではない。
【0011】
また、ドウ加熱食品を機械を用いて製造すると、ドウが傷む場合がある。この傷みは分割や成型の工程を機械で扱った場合に多く起こる。傷んだドウは加熱工程で膨らみが不良となり、そのドウ加熱食品は、体積不足で食感も柔らかさに欠けたものとなる。そこで、本発明者らは、ドウの機械耐性を高めることができれば、商品価値の向上のほか、手動から機械化への移行や機械の稼働速度の上昇等が可能となり、生産費の低減ないし生産性の向上に寄与することができると考えた。この点、上記特許文献に記載のいずれの先行技術も、ドウの機械耐性の向上という課題を解決するものではない。
【0012】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、ドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性を向上できる剤、ドウ加熱食品の肌理を改善できる剤、およびドウの機械耐性を向上できる剤、ならびにこれを用いるドウの製造方法および食品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、分枝酵素をドウの材料に添加することにより、ドウ蒸製食品を加温加湿状況で保存した際に通常起こる吸水や軟化を抑制できること、ドウ加熱食品の内層の肌理を細かくし、均一性を高められること、ドウの製造工程を機械で行った場合に通常起こるドウの傷みあるいはそれに起因する膨らみの不良を抑制できることを見出した。そこで、これらの知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0014】
(1)本発明に係るドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性向上剤は、分枝酵素を有効成分とする。
【0015】
(2)本発明に係るドウ加熱食品の肌理改善剤は、分枝酵素を有効成分とする。
【0016】
(3)本発明に係るドウの機械耐性向上剤は、分枝酵素を有効成分とする。
【0017】
(4)本発明に係る剤において、分枝酵素は、下記(a)または(b)のアミノ酸配列を有し、かつ分枝酵素活性を有するポリペプチドとすることができる;
(a)配列番号2と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、
(b)下記(ア)~(ウ)のいずれかの核酸配列によってコードされるアミノ酸配列、
(ア)配列番号1の核酸配列、
(イ)配列番号1に相補的な核酸配列、
(ウ)(ア)または(イ)と、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸配列。
【0018】
(5)本発明に係るドウの製造方法は、ドウを組成する材料に、本発明に係る剤を混合する工程を有する。
【0019】
(6)本発明に係るドウ加熱食品の製造方法は、本発明に係る剤を含むドウを加熱する工程を有する。
【0020】
(7)本発明に係るドウ蒸製食品の製造方法は、本発明に係る剤を含むドウを蒸す工程を有する。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性向上剤、これを用いるドウの製造方法またはドウ蒸製食品の製造方法によれば、ドウ蒸製食品を加温加湿環境下で保存した際に通常起こる吸水や軟化を抑制することができる。よって、製品を加温加湿された状態で販売するにあたっても製品本来の良好な食感を長く保つことができ、これにより、当該製品の商品価値の向上や賞味期限の延長、廃棄ロスの低減に寄与することができる。
【0022】
本発明に係るドウ加熱食品の肌理改善剤、これを用いるドウの製造方法またはドウ加熱食品の製造方法によれば、ドウ加熱食品の内層の肌理を細かくし、あるいは均一性を高めることができる。よって、ドウあるいはこれを用いる食品の製造にあたり、商品価値の向上に寄与することができる。
【0023】
本発明に係るドウの機械耐性向上剤、これを用いるドウの製造方法またはドウ加熱食品の製造方法によれば、ドウの製造工程を機械で行った場合に通常起こるドウの傷みあるいはそれに起因する膨らみの不良を抑制することができる。よって、商品価値の向上、あるいは手動から機械化への移行や機械の稼働速度の上昇等により、生産費の低減や生産性の向上に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】分枝酵素を添加しない中華まん(試料1)および分枝酵素を添加した中華まん(試料2)について、蒸し器での保存前後のクラムを圧縮した際の最大荷重を示す棒グラフである。
図2】分枝酵素を添加しない中華まん(試料1)および分枝酵素を添加した中華まん(試料2)の内層の電子顕微鏡による観察画像である。
図3】分枝酵素を添加しない中華まん(試料1)および分枝酵素を添加した中華まん(試料2)の体積を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明に係るドウ蒸製食品の加温加湿下での保存耐性向上剤、ドウ加熱食品の肌理改善剤、およびドウの機械耐性向上剤(以下、まとめて「本発明の剤」という場合がある。)は、いずれも、分枝酵素を有効成分とする。また、本発明に係るドウの製造方法は、ドウを組成する材料に、本発明の剤を混合する工程を有する。また、本発明に係るドウ加熱食品の製造方法は、本発明の剤を含むドウを加熱する工程を有する。また、本発明に係るドウ蒸製食品の製造方法は、本発明の剤を含むドウを蒸す工程を有する。
【0026】
「加温加湿下での保存耐性」とは、ドウ蒸製食品を加温加湿した環境下で保存した際に通常起こる吸水や軟化が生じにくいこと、あるいは生じたとしてもその程度が小さいことをいう。すなわち、この保存耐性が高い場合は、加温加湿下で保存した際に当該ドウ蒸製食品が吸収する水分量が小さく、あるいは軟化の程度が小さく、その結果、良好な食感を維持している時間が長くなるといえる。
【0027】
ここで、「ドウ蒸製食品を加温加湿下で保存する」という場合の温度は、外気温あるいは室温を超える温度になるよう加温していればよく、特に限定されないが、具体的には、ドウ蒸製食品を保存する容器内の温度として、常温以上100℃未満、50~100℃未満、60~100℃未満、60~90℃以下を例示することができる。また、この場合の湿度は、ドウ蒸製食品を保存する容器内を加湿していればよく、特に限定されないが、具体的には、90~100%を例示することができる。
【0028】
本発明において、ドウ加熱食品の「肌理を改善する」とは、ドウ加熱食品の内層の肌理を細かくすること、および/または、肌理の均一性を高めることをいう。
【0029】
本発明において、「ドウの機械耐性」とは、分割や成型等のドウ加熱食品の製造工程を機械を用いて行った場合に、通常生じるドウの傷み乃至当該傷みに起因する膨らみの不良が生じにくいこと、あるいは生じたとしてもその程度が小さいことをいう。
【0030】
分枝酵素(ブランチングエンザイム、EC2.4.1.18)は澱粉やグリコーゲンなどのグルコース構成多糖に作用する転移酵素(6-α-グルカノトランスフェラーゼ)である。本酵素はα-1,4結合を切断し、α-1,6結合で別の場所に転移する反応を触媒する。本明細書において、分枝酵素は、単に「酵素」という場合がある。
【0031】
本発明において分枝酵素活性は、Takata et al.,Applied and Environmental Microbiology(1994),p.3097(assayA)に記載の方法の改良版に従い確認することができる。具体的には、まず、50μLの酵素溶液と50μLの基質溶液(0.1M Tris緩衝液に0.1%の濃度となるようIII型アミロースを溶解したもの)とを混合し、60℃で30分間インキュベートする。続いて、2mLのヨウ素試薬を混合し、室温で15分間インキュベートして、アミロース-ヨウ素複合体を形成させる。ヨウ素試薬は、0.5mLの1N HClと0.5mLの保存液(0.26gのIおよび2.6gのKIを10mLの水に溶解したもの)とを混合した後、130mLとなるよう水で希釈したものである。その後、660nmにおける吸光度(A660)を測定する。対照試料は酵素溶液を水で置換したものを用いる。分枝酵素活性は、供試試料と対照試料との間のA660の差異として測定する。1ユニット(U)の分枝酵素活性は、60℃、pH7.0で1分当たり1%ずつA660を低下させ得る酵素量として定義される。
【0032】
分枝酵素は、60℃~120℃、好ましくは60℃~100℃、より好ましくは60℃~80℃、よりさらに好ましくは60℃~70℃の範囲に至適温度を有する。また、6~8の範囲内に至適pH(相対的活性70%以上)を有するものが好ましい。
【0033】
分枝酵素は、市販の食品用分枝酵素製剤を用いることができ、そのような市販品としては、例えば、「ブランチザイム(Branchzyme)」(ノボザイムズ)、「デナチームBBR LIGHT」(ナガセケムテックス)、グライコトランスフェラーゼ「アマノ」L(天野エンザイム)などを挙げることができる。
【0034】
また、分枝酵素は、植物や微生物等の天然に存在する生物から定法に従って抽出・精製したものを用いてもよい。分枝酵素を有する生物としては、例えば、ロドサームス・オバメンシス(Rhodothermus obamensis)、ロドサームス・マリヌス(Rhodothermus marinus)、アルスロバクタ・グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、ストレプトコッカス・ミチス(Streptococcus mitis)、サルモネラ・タイフィムリウム(Salmonella typhimurium)、藻類シアニジウム・カルダリウム(Cyanidium caldarium)、大腸菌、バチルス・カルドリチクス(Bacillus caldolyticus)、ゲオバチルス・ステアロサーモフィルス(Geobacillus stearothermophilus)、シネココッカス(Synechococcus)などを挙げることができる。
【0035】
分枝酵素を天然に存在する生物から調製する方法は、例えば、分枝酵素を生産する微生物を培養する工程(培養工程)、培養液から微生物菌体を分離する工程(菌体分離工程)、および微生物菌体から分枝酵素を抽出・精製する工程(抽出精製工程)を含む。培養工程では、当該微生物が利用し得る栄養源を含む培地で当該微生物を培養する。培地の形態は、分枝酵素の生産を促進する限り、液体状であっても固体状であってもよいが、培地調製が容易で、高い菌濃度にまで培養が可能であるという点から液体培地が好ましい。栄養源としては、例えば、炭素源、窒素源および無機塩類が挙げられる。炭素源としては、例えば、グルコース、グリセリン、デキストリン、スターチ、糖蜜、および動植物油が挙げられる。窒素源としては、例えば、大豆粉、コーンスチープリカー、綿実かす、肉エキス、ペプトン、酵母エキス、硫酸アンモニウム、硝酸ソーダ、および尿素が挙げられる。無機塩類としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、マンガン、鉄、コバルト、亜鉛、およびリン酸が挙げられる。培養法は、静置培養でも振盪培養または通気攪拌培養でもよいが、空気および栄養源を効率的に菌体に供給することができるという点から、通気攪拌培養が好ましい。培養温度は、例えば、25℃~70℃、好ましくは30℃~60℃を挙げることができる。培地のpHは、pH5~pH8を挙げることができる。培養時間は、例えば、1日間~7日間であり、分枝酵素の菌体内蓄積量が最高になったときに培養を停止する。菌体分離工程は、例えば、遠心分離、ろ過、減圧蒸留によって行うことができる。抽出精製工程における抽出方法は、例えば、凍結融解、高圧ホモジナイザー処理、ビーズ処理といった物理的方法、細胞膜に損傷を与えるような薬剤での処理、浸透圧を急激に変化させる方法、アルカリ処理、酵素処理といった化学的方法を挙げることができる。抽出精製工程における精製方法は、例えば、排除分子量5000または排除分子量10000のろ過膜を用いた限外ろ過、硫安またはエタノールを用いた分画、クロマトグラフィーによる精製などの公知の手段を目的の分枝酵素の精製度に応じて適宜組み合わせて用いることができる。分枝酵素は、分枝酵素を含む溶液をそのまま液体状で使用してもよく、真空乾燥または凍結乾燥して得られた粉末状の酵素として使用してもよい。
【0036】
本発明において好適に用いられる分枝酵素として、下記(a)または(b)のアミノ酸配列を有するポリペプチド(以下、「本ポリペプチド」という場合がある。)を例示することができる;
(a)配列番号2と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、
(b)下記(ア)~(ウ)のいずれかの核酸配列によってコードされるアミノ酸配列、
(ア)配列番号1の核酸配列、
(イ)配列番号1に相補的な核酸配列(配列番号3)、
(ウ)(ア)または(イ)と、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸配列。
【0037】
ここで、配列番号2は、特許第4732591号公報に記載の配列番号2のアミノ酸配列に、配列番号1は、同公報に記載の配列番号1の核酸配列に、それぞれ等しい。配列番号2は、ロドサームス・オバメンシスの株JCM 9785の分枝酵素(以下、「JCM9785分枝酵素」という場合がある。)のアミノ酸配列である。また、配列番号1は、配列番号2のアミノ酸配列をコードする核酸配列である。また、配列番号3は、配列番号1に相補的な核酸配列である。すなわち、本ポリペプチドは、アミノ酸配列および酵素活性の点でJCM9785分枝酵素と同一または高い類似性を有する分枝酵素を意味する。
【0038】
本ポリペプチドは、ロドサームス・オバメンシスの株JCM 9785(理化学研究所微生物系統保存施設)から上述の方法により抽出・生成して得ることができる。また、上述の(a)または(b)のアミノ酸配列情報に基づいて、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)などの化学合成法に従って化学合成することができる他、各種の市販のペプチド合成機を利用して化学合成することもできる。
【0039】
また、本ポリペプチドは、遺伝子組換え技術によって得ることもできる。この方法では、本ポリペプチドを好適な発現系にて発現させればよい。すなわち、(ア)~(ウ)の核酸配列を、適当なベクターに挿入して組換えベクターを得た後、その組換えベクターを適当な宿主に導入して形質転換体を得る。そして、得られた形質転換体を培養して本ポリペプチドを発現させることにより得ることができる。ここで、(ア)~(ウ)の核酸配列は、その配列情報に基づいて、市販されている種々のDNA合成機を用いて合成することができるほか、JCM9785分枝酵素をコードするDNAを鋳型として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うことにより得ることができる。また、係る形質転換体として、特許第4732591号公報(段落[0207]など)に記載の大腸菌のクローン(NMO049443、寄託番号DSM12607)を用いることもできる。
【0040】
なお、アミノ酸配列の同一性は、常法に従って確認することができ、例えば、FASTA(http://www.genome.JP/tools/fasta/)、Basic local alignment search tool(BLAST;http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)、Position-Specific Iterated BLAST(PSI-BLAST;http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)などのプログラムを用いて確認することができる。なお、「同一性」とは一致性を指し、「identity」と交換可能に用いられる。
【0042】
本発明において、分枝酵素は、ドウを組成する材料に混合して用いる。分枝酵素を添加するタイミングとしては、ドウを組成する各種材料を混合する段階を例示することができる。分枝酵素の添加量は特に制限されるものではないが、例えば、小麦粉1kg当たり25~125000U、125~25000U、あるいは250~2500Uを例示することができる。
【0043】
なお、本発明において、ドウを組成する主たる材料としては、水および穀粉などの澱粉を主体とする食材(小麦粉、米粉、大麦粉、ライ麦粉、トウモロコシ粉、ジャガイモ粉、テフ粉、ひえ粉、きな粉、大豆粉、ヒヨコ豆粉、エンドウ豆粉、緑豆粉、そば粉、アマランサス粉、片栗粉、くず粉、タピオカ粉、栗粉、どんぐり粉など)を挙げることができる。また、ドウには、上記以外に任意の副材料を配合することができ、そのような副材料としては、例えば、イーストや油脂、甘味料や食塩などの調味料、乳製品、卵、グルテン、各種の食品添加物、生地改良剤、膨張剤などを挙げることができる。
【0044】
ドウ加熱食品は、上述したように、その製造過程にドウを加熱する工程を含む食品をいう。本発明において、ドウ加熱食品を製造する際の加熱方法は特に限定されず、例えば、焼く(焼成)、蒸す(蒸製)、揚げる(油調)、茹でるなどの任意の方法でドウを加熱することができる。
【0045】
ドウ蒸製食品は、上述したように、ドウ加熱食品のうち、ドウを加熱する方法が「蒸す」方法であるものをいう。すなわち、ドウ蒸製食品は、その製造過程にドウを蒸す工程を含む食品である。本発明において、ドウ蒸製食品は、中華まんや和菓子の饅頭類のように具材や餡を内部に入れて包んだものでもよく、蒸しパンやマントウのように内部に何も入れないものでもよい。なお、「蒸す」とは、水を沸騰させて出た水蒸気の熱で材料を加熱することをいう。
【0046】
以下、本発明について、各実施例に基づいて説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。なお、本実施例において、分枝酵素は配列番号2と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドを用いた。
【実施例
【0047】
<実施例1>分枝酵素の効果検証:加温加湿下での保存後の吸水量
(1)中華まんの製造
表1に示す配合にて、試料1および試料2の中華まんを製造し、冷凍保管した。具体的な手順を下記の[1]~[8]に示す。なお、本実施例では主としてドウを加熱してなる部分(皮の部分)を評価することを目的としたため、具材を内包しない中華まんを製造した。
【表1】
【0048】
《中華まんの製造手順》
[1]混捏:表1に示す材料をミキサー(愛工舎製作所)に入れ、低速で3分、その後中速で5分、混捏することによりドウを作製した。
[2]成型:手動にて、ドウを30g/個に分割して丸く成型した。
[3]発酵:成型したドウを40℃、湿度70%で60分置くことにより発酵させた。
[4]ラックタイム:発酵後のドウを室温で10分置いて表面を乾燥させた。
[5]蒸製:蒸し器にて100℃で20分蒸気加熱し、中華まんを作製した。
[6]冷却:加熱後の中華まんを室温で15分置くことにより冷却した。
[7]急速冷凍:-40℃の急速凍結機に60分入れておくことにより急速冷凍した。
[8]冷凍保管:-20℃の冷凍庫にて冷凍保管した。
【0049】
(2)吸水量の評価
試料1および試料2の中華まんを室温に30分置くことにより解凍した後、重量を測定し、これを「蒸し保存前重量」とした。続いて、80℃~90℃、湿度100%の蒸し器に入れた状態で6時間保存した。その後、重量を測定し、これを「蒸し保存後重量」とした。下記の式1および式2により吸水量および吸水率を算出した。その結果を表2に示す。表2において、各数値は、各試料における中華まん5個の平均値である。
式1:吸水量(g)=蒸し保存後重量(g)-蒸し保存前重量(g)
式2:吸水率(%)=(吸水量(g)÷蒸し保存後重量(g))×100
【表2】
【0050】
表2に示すように、吸水量は、試料1では3.20gであったのに対して、試料2では1.40gであった。また、吸水率は、試料1では10.46%であったのに対して、試料2では4.60%であった。すなわち、分枝酵素を添加しない場合よりも分枝酵素を添加した場合の方が、中華まんの皮が吸収した水分量が顕著に小さかった。この結果から、分枝酵素は、ドウ蒸製食品を加温加湿状況で保存する際の吸水を抑制できることが明らかになった。
【0051】
<実施例2>分枝酵素の効果検証:加温加湿下での保存による軟化
実施例1(1)に記載の方法により中華まんを製造し、冷凍保管した。続いて、中華まんを室温に30分置いて解凍した後、内層から、3cm×3cm×2.5cm角の直方体を切り出した。クリープメータ(山電)の直径5cm円柱型のプランジャーを用いて、直方体を圧縮速度1mm/秒で60体積%圧縮変形するまで圧縮し、その時の最大荷重を測定した。また、80℃~90℃、湿度100%の蒸し器に入れた状態で6時間保存した後、同様にして直方体を切り出し、最大荷重を測定した。その結果を図1に示す。図1において、棒グラフ上部の数値は、各試料における中華まん5個の平均値である。
【0052】
図1に示すように、試料1では、蒸し器での保存前(蒸し保存前)の最大荷重が11.38Nであり、保存後(蒸し保存後)の最大荷重が8.78Nであった。これに対して、試料2では、蒸し保存前の最大荷重が10.44Nで、蒸し保存後の最大荷重は9.74Nであった。すなわち、試料1よりも試料2の方が、蒸し保存後の最大荷重が顕著に大きく、また、保存前後の最大荷重の変化量も少なかった。この結果から、分枝酵素を添加しない場合よりも分枝酵素を添加した場合の方が、加温加湿状況での長時間の保存によるドウ蒸製食品の皮の軟化を抑制できることが明らかになった。すなわち、分枝酵素は、ドウ蒸製食品を加温加湿下で保存する際の食感維持に有効であることが明らかになった。
【0053】
<実施例3>分枝酵素の効果検証:内層の肌理
実施例1(1)に記載の方法により中華まんを製造し、冷凍保管した。ただし、[2]の成型工程は、ドウの量を60g/個とし、手動に代えて包あん機(CN600、レオン自動機)を用いて行った。続いて、凍結状態の中華まんを10mm厚さにスライスして断片とし、凍結乾燥機(FD-1000、EYELA社)を用いて一晩凍結乾燥させた。その後、断片の表面をマグネトロン方式イオンコーター(MSP-1S、真空デバイス社)で金蒸着し、走査型電子顕微鏡(VHX-D510、KEYENCE社製)を用いて、観察倍率30倍または50倍にて観察した。観察画像を図2に示す。
【0054】
図2に示すように、試料2の内層は、試料1と比較して、すだち(気泡構造)の各穴の直径が小さく、穴の数が多く、穴を構成する膜が薄かった。また、試料2の方が、試料1と比較して穴の大きさのバラツキが小さく、比較的同じ大きさの穴で揃っていた。すなわち、分枝酵素を添加しない場合よりも分枝酵素を添加した場合の方が、内層の肌理が細かく、均一であった。この結果から、分枝酵素は、ドウ加熱食品の内層の肌理を細かくし、均一性を高めることが明らかになった。
【0055】
<実施例4>分枝酵素の効果検証:機械耐性
実施例1(1)に記載の方法により中華まんを製造し、冷凍保管した。ただし、[2]の成型工程はドウの量を60g/個とし、手動に代えて包あん機(CN600、レオン自動機)を用いて行った。包あん機のアジテーター(回転ノズル)の回転速度は、最も大きい高速6とした。なお、アジテーターの回転速度が大きいほど、ドウへの負荷は大きい。続いて、中華まんを25℃に1時間置いて解凍した後、体積および重量を測定し、1g当たりの体積(比容積)を算出した。その結果を表3に示す。また、体積の棒グラフを図3に示す。表3および図3において、各数値は、試料1では中華まん15個、試料2では中華まん22個の平均値である。
【表3】
【0056】
表3に示すように、重量は、試料1では50.9g、試料2では50.2gで、両者は同等であった。その一方で、表3および図3に示すように、体積は、試料1では180.6cmであったのに対して、試料2では194.8cmであり、試料2の方が顕著に大きかった。また、比容積は、試料1では3.22cm/gであったのに対して、試料2では3.88cm/gであった。すなわち、両者の重量は同等であるにもかかわらず、分枝酵素を添加しない場合よりも分枝酵素を添加した場合の方が体積が大きかったことから、機械負荷によるドウの傷みに起因する膨らみの不良が、分枝酵素により低減されたことが明らかになった。この結果から、分枝酵素は、ドウ加熱食品において、ドウの機械耐性を向上させることが明らかになった。
図1
図2
図3
【配列表】
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