(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】振動解析装置および異常診断システム
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20230512BHJP
F16C 41/00 20060101ALI20230512BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20230512BHJP
【FI】
G01M13/045
F16C41/00
G01H17/00 A
(21)【出願番号】P 2019041665
(22)【出願日】2019-03-07
【審査請求日】2021-09-14
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 宗
(72)【発明者】
【氏名】高橋 亨
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-103788(JP,A)
【文献】特開2017-227492(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00-17/00
G01M 13/00-99/00
F16C 41/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定時刻と振幅との複数の組合せを含む第1振動データが保存される記憶部と、
前記第1振動データから生成された第2振動データを解析する第1制御部とを備え、
前記第1制御部は、
前記第1振動データの振幅の標準偏差を含む統計値から第1しきい値を算出するとともに、前記第1振動データの振幅の中央絶対偏差を含む統計値から前記第1しきい値よりも小さい第2しきい値を算出し、
前記第1振動データの測定時間帯において、前記第1振動データの振幅が継続して前記第2しきい値以上であり、かつ前記第1振動データの振幅が前記第1しきい値以上となる時刻を含む少なくとも1つの特定時間帯を特定し、
前記第1振動データにおいて、前記少なくとも1つの特定時間帯における振幅が当該振幅よりも小さい特定振幅に置き換えられた前記第2振動データを生成する、振動解析装置。
【請求項2】
前記少なくとも1つの特定時間帯の各々について、前記第1振動データの振幅は、当該特定時間帯の開始時刻および終了時刻において前記第2しきい値に達しており、前記開始時刻と前記終了時刻との間の時刻において前記第2しきい値よりも大きい、請求項1に記載の振動解析装置。
【請求項3】
前記特定振幅は、0である、請求項1または2に記載の振動解析装置。
【請求項4】
測定時刻と振幅との複数の組合せを含む第1振動データが保存される記憶部と、
前記第1振動データから生成された第2振動データを解析する第1制御部とを備え、
前記第1制御部は、
前記第1振動データの統計値から、第1しきい値および前記第1しきい値よりも小さい第2しきい値を算出し、
前記第1振動データの測定時間帯において、前記第1振動データの振幅が継続して前記第2しきい値以上であり、かつ前記第1振動データの振幅が前記第1しきい値以上となる時刻を含む少なくとも1つの特定時間帯を特定し、
前記第1振動データにおいて、前記少なくとも1つの特定時間帯における振幅が当該振幅よりも小さい特定振幅に置き換えられた前記第2振動データを生成し、
前記特定振幅は、前記少なくとも1つの特定時間帯の各々に含まれる測定時刻に対応する正規化された振幅に、前記第1振動データの振幅の絶対値の平均値が乗じられた振幅である、振動解析装置。
【請求項5】
測定時刻と振幅との複数の組合せを含む第1振動データが保存される記憶部と、
前記第1振動データから生成された第2振動データを解析する第1制御部とを備え、
前記第1制御部は、
前記第1振動データの統計値から、第1しきい値および前記第1しきい値よりも小さい第2しきい値を算出し、
前記第1振動データの測定時間帯において、前記第1振動データの振幅が継続して前記第2しきい値以上であり、かつ前記第1振動データの振幅が前記第1しきい値以上となる時刻を含む少なくとも1つの特定時間帯を特定し、
前記第1振動データにおいて、前記少なくとも1つの特定時間帯における振幅が当該振幅よりも小さい特定振幅に置き換えられた前記第2振動データを生成し、
前記第1しきい値は、前記第1振動データの標準偏差の定数倍であり、
前記第2しきい値は、前記第1振動データの中央絶対偏差の定数倍である、振動解析装置。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか1項に記載の振動解析装置と、
軌道に沿って移動する対象物に固定される振動測定装置と、
前記軌道に向かってトリガ信号を送信する送信装置とを備え、
前記振動測定装置は、
前記対象物の振動データを測定する振動センサと、
前記トリガ信号を受ける受信部と、
前記受信部が前記トリガ信号を受けた測定開始時刻以降に測定された前記対象物の振動データを保存する第2制御部とを含む、異常診断システム。
【請求項7】
前記トリガ信号は、赤外光である、請求項
6に記載の異常診断システム。
【請求項8】
前記トリガ信号は、電波である、請求項
6に記載の異常診断システム。
【請求項9】
前記記憶部は、前記振動測定装置および前記振動解析装置に対して着脱可能に構成されている、請求項
6~
8のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【請求項10】
前記振動測定装置は、前記測定開始時刻以降に測定された前記対象物の振動データを前記振動解析装置に無線送信する通信部をさらに含む、請求項
6~
8のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【請求項11】
前記対象物は、鉄道車両の車軸を回転可能に支持する車軸軸受であり、
前記車軸軸受は、前記車軸の外周面に沿って回転するように構成された複数の転動体を含み、
前記振動解析装置は、前記鉄道車両の移動速度および前記鉄道車両の車輪の直径を用いて前記車軸の回転周波数を算出し、前記第2振動データの周波数分析を行ない、前記回転周波数および前記車軸軸受の諸元を用いて算出された前記複数の転動体の通過周波数および前記複数の転動体の自転周波数を用いて、前記車軸軸受の損傷の有無、および損傷部位の判定を行なう、請求項
6~
10のいずれか1項に記載の異常診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動解析装置および異常診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、振動データの解析を行う振動解析装置および異常診断システムが知られている。たとえば、特開2017-181255号公報(特許文献1)には、レールに沿って移動する鉄道車両の車軸軸受の振動データを解析する振動測定システムが開示されている。当該振動測定システムにおいては、車軸軸受の異常とは無関係の振動(外乱振動)が発生しにくい場所において振動データが測定されるように、鉄道車両に固定された振動測定ユニットに赤外光のトリガ信号が送信される。当該振動測定システムによれば、外乱振動が発生し易いレールの継ぎ目および分岐点(ポイント)を避けて振動データが測定されるため、車軸軸受の異常診断の精度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
特許文献1に開示された振動測定システムにおいては、振動データの測定前にレールの継ぎ目および分岐点の位置を特定する必要があるため、振動データの測定作業の効率が低下し得る。
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、異常診断の精度の低下を抑制しながら、振動データの測定作業を効率化することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る振動解析装置は、記憶部と、第1制御部とを備える。記憶部には、測定時刻と振幅との複数の組合せを含む第1振動データが保存される。第1制御部は、第1振動データから生成された第2振動データを解析する。第1制御部は、第1振動データの統計値から、第1しきい値および第1しきい値よりも小さい第2しきい値を算出する。第1制御部は、第1振動データの測定時間帯において、第1振動データの振幅が継続して第2しきい値以上であり、かつ第1振動データの振幅が第1しきい値以上となる時刻を含む少なくとも1つの特定時間帯を特定する。第1制御部は、第1振動データにおいて、少なくとも1つの特定時間帯における振幅が当該振幅よりも小さい特定振幅に置き換えられた第2振動データを生成する。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る振動解析装置によれば、第1振動データにおいて、少なくとも1つの特定時間帯における振幅が当該振幅よりも小さい特定振幅に置き換えられるため、異常診断の精度の低下を抑制しながら、振動データの測定作業を効率化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施の形態1に係る振動測定装置が鉄道車両に固定されている様子を示す図である。
【
図3】実施の形態1に係る異常診断システムにおいて、送信装置がレールに向かってトリガ信号を送信している様子を示す図である。
【
図4】実施の形態1に係る異常診断システムの機能構成を説明するための機能ブロック図である。
【
図5】振動データを用いた一般的な異常診断方法の流れを示すフローチャートである。
【
図6】
図4の振動測定装置の制御部によって行われる処理を説明するためのフローチャートである。
【
図7】
図4の送信装置の制御部において行われる処理の流れを示すためのフローチャートである。
【
図8】
図4の異常診断システムにおいて、振動測定装置による振動測定が開始されるタイミングを説明するための図である。
【
図9】車軸軸受の損傷に関連する振動成分を含むとともに外乱振動を含まない振動データのタイムチャートである。
【
図10】
図9の振動データのFFTスペクトルである。
【
図11】
図9の振動データのエンベロープスペクトルである。
【
図12】
図9の振動データに外乱振動を重ね合わせた振動データのタイムチャートである。
【
図14】
図12の振動データのエンベロープスペクトルである。
【
図15】実施の形態1に係る異常診断方法の流れを示すフローチャートである。
【
図16】
図15の外乱振動の低減処理の具体的な処理を説明するためのフローチャートである。
【
図17】
図16のエンベロープ処理によって生成された振動データを示すタイムチャートである。
【
図18】
図16の平滑化処理によって生成された振動データを示すタイムチャートである。
【
図19】記憶部に保存されている振動データのタイムチャートと、当該振動データから外乱振動が抑制された振動データのタイムチャートとを併せて示す図である。
【
図20】
図19(c)に示される振動データのFFTスペクトルである。
【
図21】
図19(c)に示される振動データのエンベロープスペクトルである。
【
図22】実施の形態1の変形例に係る異常診断システムの機能構成を説明するための機能ブロック図である。
【
図23】実施の形態2に係る振動解析装置の記憶部に保存されている振動データのタイムチャートと、当該振動データにおいて外乱振動が抑制された振動データのタイムチャートとを併せて示す図である。
【
図24】
図23(b)に示される振動データのFFTスペクトルである。
【
図25】
図23(b)に示される振動データのエンベロープスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0010】
[実施の形態1]
図1は、実施の形態1に係る振動測定装置20が鉄道車両10に固定されている様子を示す図である。台車15は、2つの車軸13を含む。軸箱11は、車軸13に取り付けられる車軸軸受(対象物)を支持する。車軸13の軸方向の両端部に車輪12がそれぞれ取り付けられている。車輪12が車軸軸受により回転自在に支持されることにより、鉄道車両10は平行に敷設された2本のレール40(軌道)に沿って移動することができる。
【0011】
振動測定装置20は、軸箱11にボルト14によって締結されている。ボルト14としては、たとえば六角ボルトを用いることができる。振動測定装置20は、軸箱11に固定されていることにより、軸箱11が支持する車軸軸受の振動を測定することができるとともに、振動測定装置20と軸箱11との接触面において車軸軸受110の異常とは無関係に発生する接触共振を軽減することができる。振動測定装置20は、トリガ信号を受信することにより振動測定を開始する。
【0012】
図2は、
図1の車軸軸受110の断面図を示す図である。
図2に示されるように、車軸軸受110は、内輪112と、外輪114と、保持器116と、複数の転動体118とを含む。車軸軸受110は、たとえば、自動調芯ころ軸受、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、および玉軸受などを含む。車軸軸受110は、単列のものでも複列のものでもよい。
【0013】
内輪112は、車軸13にはめ込まれて固定され、車軸13と一体となって矢印Drの方向に回転する回転輪である。外輪114は、内輪112の外周側に配置されている静止輪である。
【0014】
保持器116には、複数の転動体118を保持するための複数のポケットが等間隔に設けられている。保持器116は、複数の転動体118を保持した状態で内輪112の外周面と外輪114の内周面との間に配置される。内輪112の回転に伴って複数の転動体118が外輪114の内周面(軌道面)に沿って回転すると、保持器116は複数の転動体118とともに内輪112の外周面と外輪114の内周面との間を回転する。
【0015】
車軸軸受110の内部には、金属である構成要素(たとえば内輪112、外輪114、保持器116、および転動体118)の周囲に油膜を形成して、金属同士の接触を抑制するために、グリースGrcが封入されている。
【0016】
実施の形態1および後に説明する実施の形態2においては、上記で説明した振動測定装置20に加えて、振動測定装置20にトリガ信号を出射する送信装置、および振動測定装置20によって測定された振動データを解析する振動解析装置を含む異常診断システムによって、車軸軸受110の異常診断を行う。
【0017】
図3は、実施の形態1に係る異常診断システム100において、送信装置30がレール40に向かってトリガ信号Trgを送信している様子を示す図である。
図4は、実施の形態1に係る異常診断システム100の機能構成を説明するための機能ブロック図である。
図4に示されるように、異常診断システム100は、振動測定装置20と、トリガ信号Trgを送信する送信装置30と、振動解析装置400とを備える。振動解析装置400は、たとえば振動解析ソフトウェアがインストールされたPC(Personal Computer)を含む。
【0018】
送信装置30は、トリガ信号Trgを送信する。振動測定装置20は、送信装置30から送信されたトリガ信号Trgを受信する。トリガ信号Trgとしては、たとえば赤外光あるいは電波(300万メガヘルツ(3テラヘルツ)以下の周波数の電磁波)を用いることができる。
【0019】
トリガ信号Trgとして赤外光を用いる場合、送信装置30から振動測定装置20への通信は、赤外線通信を用いて行うことができる。送信装置30が出射する赤外光の波長は、たとえば870nm~1000nmである。赤外線通信のフォーマットは、たとえばNEC(登録商標)フォーマット、家製協(一般財団法人家電製品協会、AEHA(Association for Electric Home Appliances))フォーマット、あるいはSONY(登録商標)フォーマットを挙げることができる。送信装置30においては、所定の周波数(たとえば30kHzから50kHz)のキャリア周波数で赤外光の強度をON・OFFしながら赤外光を出射する。このように出射する赤外光をキャリア周波数で変調することにより、赤外光の出射に必要な電力を抑制しながらノイズのレベルよりも大きい強度の赤外光を出射することができる。
【0020】
振動測定装置20は、制御部210(第2制御部)と、受信部220と、振動センサ230と、記憶部240と、電源部250とを備える。トリガ信号Trgが赤外光である場合、受信部220は、赤外線センサを含む。
【0021】
制御部210は、受信部220がトリガ信号Trgを受信した場合、振動センサ230からの振動データを記憶部240に保存する。制御部210は、CPU(Central Processing Unit)のようなコンピュータおよび揮発性メモリを含む。振動センサ230は、たとえば加速度センサを含む。振動センサ230は、サンプリングタイム(測定時刻)と振幅(たとえば加速度)との複数の組合せとして振動データを測定する。
【0022】
記憶部240は、たとえばSDカードあるいはUSB(Universal Serial Bus)メモリのような、振動測定装置20および振動解析装置400に対して着脱可能な不揮発性メモリ300を含む。記憶部240に保存されたデータは、不揮発性メモリ300によって取り出すことができる。記憶部240には、制御部210に読み出されて実行されるOS(Operating System)、各種アプリケーションのプログラム(たとえば赤外光をトリガ信号Trgとする振動測定制御プログラム)、および当該プログラムによって使用される各種データが保存される。記憶部240は、たとえば、不揮発性の半導体メモリであるフラッシュメモリ、または記憶装置であるHDD(Hard Disk Drive)を含んでもよい。記憶部240に保存されたデータは、有線接続によって振動解析装置400に転送されてもよい。
【0023】
電源部250は、不図示の電池の電力を制御部210、受信部220、振動センサ230、および記憶部240のような負荷に供給する。
【0024】
振動解析装置400は、制御部410(第1制御部)と、記憶部420と、入力部430と、表示部440とを含む。制御部410は、記憶部420に保存されている振動データ(第1振動データ)を用いて車軸軸受110の異常診断を行う。制御部410は、入力部430に対するユーザに入力に応じて、振動解析装置400の各部を制御する。入力部430は、たとえばキーボード、マウス、あるいはタッチパネルを含む。制御部410は、表示部440に各種アプリケーションのウィンドウおよび実行結果を表示する。
【0025】
記憶部420には、振動測定装置20によって測定された振動データが保存された不揮発性メモリ300が装着される。記憶部420には、制御部410に読み出されて実行されるOS(Operating System)、各種アプリケーションのプログラム(たとえば振動解析プログラム)、および当該プログラムによって使用される各種データが保存される。記憶部420は、たとえば、不揮発性の半導体メモリであるフラッシュメモリ、または記憶装置であるHDD(Hard Disk Drive)を含んでもよい。
【0026】
図5は、振動データを用いた一般的な異常診断方法の流れを示すフローチャートである。以下ではステップを単にSと記載する。
図5に示されるように、S1において振動データが測定される。続いてS2において、振動データの周波数解析が行われる。最後にS3において周波数解析のピーク値が所定のしきい値を超えているか否かを判定することにより車軸軸受110の異常診断が行われる。
【0027】
図6は、
図4の振動測定装置20の制御部210によって行われる処理を説明するためのフローチャートである。
図6に示されるように、制御部210は、S101において初期化処理を行い、処理をS102に進める。初期化処理においては、たとえば制御部210に含まれるCPUおよび揮発性メモリなどの初期化が行われる。制御部210は、S102においてトリガ信号Trgを受信したか否かを判定する。トリガ信号Trgを受信した場合(S102においてYES)、S103において振動センサ230によって測定された振動データを記憶部240に保存し、処理をS102に戻す。
【0028】
トリガ信号Trgを受信していない場合(S102においてNO)、処理をS104に進める。制御部210は、S104においてユーザによって測定終了操作が行われたか否かを判定する。測定終了操作としては、たとえばスイッチ操作である。測定終了操作が行われていない場合(S104においてNO)、制御部210は処理をS102に戻す。測定終了操作が行われた場合(S104においてYES)、制御部210は処理を終了する。
【0029】
図7は、
図4の送信装置30の制御部において行われる処理の流れを示すためのフローチャートである。
図7に示されるように、送信装置30の制御部はS111において初期化処理を行い、処理をS112に進める。送信装置30の制御部はS112においてトリガ信号Trgを送信し、処理をS113に進める。送信装置30の制御部はS113においてユーザによって送信終了操作が行われたか否かを判定する。送信終了操作は、たとえばスイッチ操作である。ユーザによって送信終了操作が行われていない場合(S113においてNO)、処理をS112に戻す。ユーザによって送信終了操作が行われた場合(S113においてYES)、送信装置30の制御部は処理を終了する。
【0030】
図8は、
図4の異常診断システム100において、振動測定装置20による振動測定が開始されるタイミングを説明するための図である。
図8において、矢印M1は、鉄道車両10の進行方向を示す。
【0031】
図8に示されるように、レール40は、継ぎ目G1、および継ぎ目G2を有する。送信装置30は、レール40に沿って継ぎ目G1から進行方向M1の反対方向に離間して配置されている。送信装置30は、レール40上の特定点P1に向かってトリガ信号Trgを送信する。継ぎ目G2は、レール40に沿って継ぎ目G1から進行方向M1に離間して形成されている。
【0032】
図8(a)に示される鉄道車両10は、進行方向M1の方向に進む。
図8(b)において、先頭の振動測定装置20がトリガ信号Trgを受信し、振動測定を開始する。鉄道車両10の移動に伴い、後続する振動測定装置20が、順次トリガ信号Trgを受信して振動測定を開始する。
【0033】
図8に示されるように、レール40は、継ぎ目あるいは分岐点を有するのが通常である。鉄道車両10がレール40の継ぎ目あるいは分岐点を通過する場合、レール40の継ぎ目あるいは分岐点には段差があるため、レール40の平坦な部分を通過している場合よりも、振幅の大きい振動波形(衝撃波形)が発生することが多い。当該衝撃波形は、車軸軸受110の異常とは無関係の外乱振動である。
【0034】
図9は、車軸軸受110の損傷に関連する振動成分を含むとともに外乱振動を含まない振動データのタイムチャートである。
図10は、
図9の振動データに対してFFT(Fast Fourier Transform)を行うことによって得られたFFTスペクトルである。
図11は、
図9の振動データに対してエンベロープ処理を行った後、FFT(Fast Fourier Transform)を行うことによって得られたエンベロープスペクトルである。
【0035】
図9に示される振動データは、7Hzの変調を受けた400Hzの正弦波に、車軸軸受110の損傷から発生した振動としてシミュレートされた25Hzの衝撃波形が重ね合わされた振動データである。
図9に示されるように、0.04(=1/25)秒の周期で、加速度A1を超える衝撃波形が発生している。
図11に示されるように、振動データに外乱振動が含まれない場合、変調成分である7Hz、車軸軸受110の損傷周波数の成分である25Hz、および損傷周波数の高調波成分である50Hz,75Hzに生じているピークを検出可能である。
【0036】
図12は、
図9の振動データに外乱振動を重ね合わせた振動データのタイムチャートである。
図13は、
図12の振動データのFFTスペクトルである。
図14は、
図12の振動データのエンベロープスペクトルである。
【0037】
図12に示されるように、時間帯t1~t2、時間帯t3~t4、および時間帯t5~t6に外乱振動が発生している。
図12および
図9を比較すると、外乱振動の最大振幅(130m/s
2程度)との比較において、軸受損傷から発生した振動の最大振幅(3m/s
2程度)は無視できる程度に小さい。
図13および
図10を比較すると、外乱振動の影響により、両者に示される周波数帯のほぼ全域において、
図13に示されるピークの方が、
図10に示されるピークよりも大きい。外乱振動に起因するピークに軸受損傷に起因するピークが埋もれてしまうため、
図14においては
図11に現れていたような各ピークを確認することが困難である。
【0038】
そのため、車軸軸受110の振動データを測定する場合、外乱振動が発生し易いレールの継ぎ目および分岐点を避けて振動データが測定されるように、振動測定装置20にトリガ信号Trgが送信されることが望ましい。しかし、継ぎ目および分岐点を避けて振動データを測定するためには、振動データの測定前にレール40の継ぎ目および分岐点の位置を特定する必要がある。その結果、振動データの測定作業の効率が低下し得る。
【0039】
そこで、異常診断システム100においては、
図15に示されるように、測定された振動データに含まれる外乱振動を低減する処理(S20)を行う。異常診断システム100によれば、振動データの測定前にレール40の継ぎ目および分岐点の位置を特定する必要がないため、異常診断の精度の低下を抑制しながら、振動データの測定作業を効率化することができる。
【0040】
図16は、
図15の外乱振動の低減処理(S20)の具体的な処理を説明するためのフローチャートである。
図16に示される処理は、
図4の振動解析装置400の制御部410によって行われる。
図16に示される処理は、振動解析ソフトウェアのメインルーチン(不図示)から呼び出される。
図15の外乱振動の低減処理(S20)の説明においては、
図16を主に参照しながら、適宜、
図17~
図21を参照する。
【0041】
図16に示されるように、制御部410は、S201において、記憶部420に保存されている振動データに対してエンベロープ処理を行って、
図17(a)に示されるような振動データを生成し、処理をS202に進める。制御部410は、S202において、S201で生成された振動データに対して平滑化処理を行って当該振動データから高周波成分を除き、
図17(b)に示されるようなデータを生成して、処理をS203に進める。
【0042】
制御部410は、S203において、外乱振動が発生している時間帯を検出するための2つのしきい値Th1(第1しきい値)およびしきい値Th2(第2しきい値)を、S202において生成された振動データの統計値から算出し、処理をS204に進める。しきい値Th2は、しきい値Th1よりも小さい。しきい値Th1,Th2は、0より大きい。たとえば、しきい値Th1は、当該振動データの振幅の標準偏差の3倍である。たとえば、しきい値Th2は、当該振動データの振幅の中央絶対偏差(各振幅から全振幅の中央値を引いた値の絶対値の中央値)の3倍である。
【0043】
制御部410は、S204において、外乱振動を含む時間帯を特定し、処理をS205に進める。
図18を用いて、S204において行われる処理を具体的に説明する。
図18は、
図16の平滑化処理(S202)によって生成された振動データを示すタイムチャートである。
図18(b)は、振幅が0~3までの
図18(a)の部分を拡大した図である。
【0044】
図18(a)に示されるように、制御部410は、振動データの振幅がしきい値Th1以上となる時間帯t11~t12、時間帯t13~t14、および時間帯t15~t16を特定する。時刻t11~t16の各々における振幅は、しきい値Th1に達している。
【0045】
図18(b)に示されるように、制御部410は、振動データの振幅が継続してしきい値Th2以上であり、かつ振動データの振幅がしきい値Th1以上となる時刻を含む時間帯t21~t22(特定時間帯)、時間帯t23~t24(特定時間帯)、および時間帯t25~t26(特定時間帯)の各々を、外乱振動を含む時間帯として特定する。時刻t21~t26の各々における振幅は、しきい値Th2に達している。時間帯t21~t22は、時間帯t11~t12を含む。時間帯t23~t24は、時間帯t13~t14を含む。時間帯t25~t26は、時間帯t15~t16を含む。
【0046】
制御部410は、S205において、記憶部420に保存されている振動データにおいて、時間帯t21~t22、t23~t24、およびt25~t26における振幅が0(特定振幅)に置き換えられた振動データ(第2振動データ)を生成し、処理をメインルーチンに返す。すなわち、制御部410は、時間帯t21~t22、t23~t24、およびt25~t26の各々における振動データに対してマスク処理を行う。なお、特定振幅の絶対値は、しきい値Th2より小さければ0でなくてもよい。
【0047】
図19は、記憶部420に保存されている振動データのタイムチャートと、当該振動データから外乱振動が抑制された振動データのタイムチャートとを併せて示す図である。
図19(a)は、外乱振動を含む振動データのタイムチャートである。
図19(a)の振動データは、
図12に示される振動データとほぼ同様の振動データである。
図19(b)は、
図19(a)の振動データから外乱振動が除かれた振動データのタイムチャートである。
図19(c)は、加速度が-5~5(m/s
2)の
図19(b)の部分が拡大された図である。
【0048】
図20は、
図19(c)に示される振動データのFFTスペクトルである。
図20と
図13とを比較すると、両者に示される周波数帯のほぼ全域において、
図20に示されるピークの方が、
図13に示されるピークよりも低減されている。特に、1000~6000Hzの周波数帯におけるピークの低減が顕著である。
【0049】
図21は、
図19(c)に示される振動データのエンベロープスペクトルである。
図21に示されるように、外乱振動が除かれた振動データにおいては、外乱振動が含まれていない振動データ(
図11参照)と同様に、変調成分である7Hz、車軸軸受110の損傷周波数の成分である25Hz、および損傷周波数の高調波成分である50Hz,75Hzの各々に生じているピークを検出可能である。
【0050】
振動解析装置400は、鉄道車両10の移動速度および車輪12の直径を用いて車軸13の回転周波数Fr(Hz)を算出する。振動解析装置400は、以下の式(1)~(3)に基づいて、内輪112に対する転動体118の通過周波数Fi、外輪114に対する転動体118の通過周波数Fo、および転動体118の自転周波数Fbを算出する。
【0051】
Fi=(Fr/2)×(1+(d/D)×cosα)×z …(1)
Fo=(Fr/2)×(1-(d/D)×cosα)×z …(2)
Fb=(Fr/2)×(D/d)(1-(d/D)2×cos2α) …(3)
式(1)~(3)においては、車軸軸受110の諸元として、転動体118の直径d(mm)、ピッチ円直径D(mm)、接触角度α、および転動体数zが用いられる。また、第n次(nは自然数)の各周波数は、それぞれn×Fi,n×Fo,n×Fbと表すことができる。
【0052】
振動解析装置400は、外乱振動が抑制された振動データを用いて車軸軸受110の異常診断を行う。具体的には、振動解析装置400は、回転周波数Fr、通過周波数Fi、通過周波数Fo、および自転周波数Fbを用いて、車軸軸受110の損傷の有無、および損傷部位の判定を行う。
【0053】
異常診断システム100においては、振動測定装置20および振動解析装置400に対して着脱可能な不揮発性メモリ300を介して、振動測定装置20に測定された振動データを振動解析装置400に移動させる場合について説明した。振動測定装置20に測定された振動データは、無線通信を介して振動解析装置400に送信してもよい。
【0054】
図22は、実施の形態1の変形例に係る異常診断システム100Aの機能構成を説明するための機能ブロック図である。異常診断システム100Aの構成は、
図4の振動解析装置400および振動測定装置20が、振動解析装置400Aおよび振動測定装置20Aにそれぞれ置き換えられた構成である。振動解析装置400Aは、
図4の振動解析装置400の構成に通信部450が加えられているとともに、制御部410が制御部411(第1制御部)に置き換えられた構成である。振動測定装置20Aは、
図4の振動測定装置20の構成に通信部260が加えられているとともに、制御部210が制御部211(第2制御部)に置き換えられた構成である。これら以外は同様であるため、説明を繰り返さない。
【0055】
図22に示されるように、制御部211は、通信部260を制御して記憶部240に保存された振動データを無線通信によって振動解析装置400Aに送信する。制御部411は、通信部450によって受信された振動データを記憶部420に保存する。
【0056】
以上、実施の形態1および変形例に係る振動測定装置および異常診断システムによれば、異常診断の精度の低下を抑制しながら、振動データの測定作業を効率化することができる。
【0057】
[実施の形態2]
実施の形態1においては、外乱振動を含む時間帯の振動データの振幅を抑制する処理として、当該時間帯の振幅が0に置き換えられる場合について説明した。実施の形態2においては、当該時間帯の振幅を振動データの振幅の平均値程度に低減する場合について説明する。
【0058】
実施の形態1においては、外乱振動が生じている時間帯の振幅が全て0とされる。そのため、外乱振動の低減処理により、周波数解析に必要な、当該時間帯に含まれる振幅の情報まで失われる可能性がある。一方、実施の形態2においては、当該振幅の情報が外乱振動の低減処理によっても完全には失われない。実施の形態2によれば、外乱振動の低減処理における周波数解析に必要な情報の喪失を低減することができるため、異常診断の精度を実施の形態1よりも向上させることができる。
【0059】
実施の形態2における特定振幅は、正規化された外乱振動の振幅に、外乱振動を含む振動データの振幅の絶対値の平均値が乗じられた振幅である。特定振幅以外は実施の形態1と同様であるため、説明を繰り返さない。
【0060】
図23は、記憶部420に保存されている振動データのタイムチャートと、当該振動データにおいて外乱振動が抑制された振動データのタイムチャートとを併せて示す図である。
図23(a)は、
図19(a)と同様である。
図23(b)は、
図23(a)の振動データにおいて外乱振動が低減された振動データのタイムチャートである。
図23(b)における加速度Avは、
図23(a)の振動データの振幅(加速度)の平均値である。
【0061】
実施の形態2に係る振動解析装置の制御部は、
図16のS205において、
図23(a)の時間帯t21~t22、t23~t24、およびt25~t26の各々に含まれる測定時刻に対応する振幅を正規化する。制御部は、正規化された外乱振動の各振幅に平均値Avを乗じて、
図23(b)に示される振動データを生成する。
【0062】
図24は、
図23(b)に示される振動データのFFTスペクトルである。
図24と
図20とを比較すると、実施の形態2においては低減された外乱振動が残存するものの、両者にはほぼ同様のピークが現われている。
【0063】
図25は、
図23(b)に示される振動データのエンベロープスペクトルである。
図25と
図21とを比較すると、変調成分である7Hzに生じているピークに関して、
図25のピークの方が
図21のピークよりも明確である。車軸軸受110の損傷周波数の成分である25Hz、および損傷周波数の高調波成分である50Hz,75Hzの各々に生じているピークに関しては、両者はほぼ同等である。
【0064】
以上、実施の形態2に係る振動測定装置および異常診断システムによれば、異常診断の精度の低下を抑制しながら、振動データの測定作業を効率化することができる。また、実施の形態2に係る振動測定装置および異常診断システムによれば、実施の形態1に係る振動測定装置および異常診断システムよりも、異常診断の精度を向上させることができる。
【0065】
今回開示された各実施の形態は、矛盾しない範囲で適宜組み合わされて実施されることも予定されている。今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0066】
10 鉄道車両、11 軸箱、12 車輪、13 車軸、14 ボルト、15 台車、20,20A 振動測定装置、30 送信装置、100,100A 異常診断システム
110 車軸軸受、112 内輪、114 外輪、116 保持器、118 転動体、210,211,410,411 制御部、220 受信部、230 振動センサ、240,420 記憶部、250 電源部、260,450 通信部、300 不揮発性メモリ、400,400A 振動解析装置、430 入力部、440 表示部。