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特許7278476フェライト系ステンレス鋼材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-11
(45)【発行日】2023-05-19
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230512BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20230512BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230512BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20230512BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/18
C21D9/46 R
C22C38/58
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022515343
(86)(22)【出願日】2021-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2021014920
(87)【国際公開番号】W WO2021210491
(87)【国際公開日】2021-10-21
【審査請求日】2022-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2020073048
(32)【優先日】2020-04-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】弘中 明
(72)【発明者】
【氏名】山本 大智
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-126808(JP,A)
【文献】特開2004-232074(JP,A)
【文献】特開2017-206725(JP,A)
【文献】特開2018-070921(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/18
C21D 9/46
C22C 38/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cu:1.0%以上15.0%以下、Cr:9.0%以上20.0%以下、C+N:0.10%以下、Mn:2.0%以下、Si:2.0%以下を含有し、
さらに、必要に応じて、Ti:0.5%以下、Nb:0.5%以下のうち1種または2種を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼材であって、
マトリクス中に500nm未満の粒径を有する第1のCuリッチ相が形成された母材と、
前記フェライト系ステンレス鋼材の表面に形成された、前記母材よりもCuが濃化したCu濃化表層部と、を備え
前記母材は、前記マトリクス中に500nm以上の粒径を有する第2のCuリッチ相が形成されている、フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
Cuに関する組成分析によって検出される、前記母材におけるCu強度の値に対する、前記Cu濃化表層部におけるCu強度のピーク値の比が1.5以上である、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
質量%で、Mo:3.0%以下、Ni:3.0%以下、Al:5.0%以下、V:2.0%以下、W:2.0%以下、Zr:1.0%以下、REM:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上をさらに含有する化学組成を有する、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
前記第1のCuリッチ相の粒径が5nm以上20nm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項5】
電気抵抗率が60μΩ・cm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項6】
表面接触抵抗値が45mΩ以下である、請求項1~のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法であって、
前記化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼の圧延材に対して、780℃以上830℃以下の温度で6時間以上加熱する焼鈍工程と、
前記焼鈍工程の後、少なくとも第1の酸洗工程を含む中間工程を施して得られた第1の中間材に対して、下記(1)式で定義されるA値が15.0以上20.0以下となる条件で時効処理を施すことにより前記マトリクス中に前記第1のCuリッチ相を形成する時効処理工程と、
前記時効処理工程によって得られた第2の中間材に対して、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する混合液を用いて、該混合液の液温を30℃以上60℃以下として酸洗処理を施す最終酸洗工程と、を含むフェライト系ステンレス鋼材の製造方法;
A=T(20+logt)×10-3 ・・・(1)
(ここで、
T:時効温度(K)
t:時効時間(h)
である)。
【請求項8】
前記第1の酸洗工程では、前記焼鈍工程により得られた第1の焼鈍材に対して、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する混合液を用いて、該混合液の液温を30℃以上60℃以下として酸洗処理を施す、請求項に記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
下記(2)式により算出されるΔHVが35HVよりも大きい、請求項またはに記載のフェライト系ステンレス鋼材の製造方法;
ΔHV=HV2-HV1 ・・・(2)
(ここで、
HV1:前記第1の中間材の硬さ
HV2:前記第2の中間材の硬さ
である)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、導電性部品(例えば電気接点部品)等にステンレス鋼材を適用するために、ステンレス鋼材の導電性を向上させる技術が各種提案されている。
【0003】
例えば、ステンレス鋼材の表面にNi若しくはNi合金からなる層を形成する(特許文献1)、または、ステンレス鋼材の表面を改質する(特許文献2)ことにより、ステンレス鋼材の表面接触抵抗を低減する技術が知られている。
【0004】
特許文献2には、ステンレス鋼材の表面を改質することに関する技術について記載されている。具体的には、(i)ステンレス鋼材の不動態皮膜または最表層にCuを濃化させること、並びに、(ii)ステンレス鋼材の表面にCuを主体とする第2相を析出させて不動態皮膜の形成を部分的に阻害すること、が記載されている。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、フェライト相マトリクス中にCuリッチ相を時効析出させることにより、母材の電気抵抗を低減したステンレス鋼材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開2013-087329号公報
【文献】日本国特開2001-089865号公報
【文献】日本国特開2004-277807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、ステンレス鋼材の母材がオーステナイト系ステンレス鋼であること、および母材表面にNi含有層を形成することを要するため、製造コストを低減することが難しい。また、一般に、ステンレス鋼では、合金成分の含有量が多くなる(高合金となる)ほど、母材の電気抵抗が高くなる傾向にある。
【0008】
特許文献2に記載の技術においては、ステンレス鋼材の表面接触抵抗を低減することができる一方で、ステンレス鋼材における母材の電気抵抗を低減させることについて改善の余地がある。
【0009】
特許文献3に記載の技術においては、ステンレス鋼材における母材の電気抵抗を低減することができる一方で、ステンレス鋼材の表面接触抵抗を低減させることについて改善の余地がある。
【0010】
本発明の一態様は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、電気抵抗および表面接触抵抗の両方を低減したフェライト系ステンレス鋼材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼材は、1.0質量%以上15.0質量%以下のCuを含有するフェライト系ステンレス鋼材であって、マトリクス中に500nm未満の粒径を有する第1のCuリッチ相が形成された母材と、前記フェライト系ステンレス鋼材の表面に形成された、前記母材よりもCuが濃化したCu濃化表層部と、を備えている。
【0012】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼材の製造方法は、1.0質量%以上15.0質量%以下のCuを含有するフェライト系ステンレス鋼の成分組成を有する圧延材に対して、780℃以上830℃以下の温度で6時間以上加熱する焼鈍工程と、前記焼鈍工程の後、少なくとも第1の酸洗工程を含む中間工程を施して得られた第1の中間材に対して、下記(1)式で定義されるA値が15.0以上20.0以下となる条件で時効処理を施すことによりマトリクス中に500nm未満の粒径を有する第1のCuリッチ相を形成する時効処理工程と、前記時効処理工程によって得られた第2の中間材に対して、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する混合液を用いて、該混合液の液温を30℃以上60℃以下として酸洗処理を施す第2の酸洗工程と、を含む;
A=T(20+logt)×10-3 ・・・(1)
(ここで、
T:時効温度(K)
t:時効時間(h)
である)。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、電気抵抗および表面接触抵抗の両方を低減したフェライト系ステンレス鋼材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材について、模式的に示す断面図である。
図2】フェライト系ステンレス鋼材の表面近傍における深さ方向のCu強度の変化の一例について示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、本明細書において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0016】
(用語の定義)
「フェライト系ステンレス鋼材」は、鋼帯または鋼板等であってよく、鋼材の具体的な形状は限定されない。本実施形態では、フェライト系ステンレス鋼材の一例としてフェライト系ステンレス鋼帯について説明する。また、「鋼板」は「鋼帯」の一部分であると考えることができるので、「フェライト系ステンレス鋼板」との用語は、「フェライト系ステンレス鋼帯」を含む意味で用いる。
【0017】
また、「表面接触抵抗値」は、ステンレス鋼材の表面における接触電気抵抗を表す指標であり、一般に、ステンレス鋼材の表面接触抵抗値は高い値を示す。これは、ステンレス鋼材の表面には不働態皮膜が存在するためである。
【0018】
「電気抵抗率」は、ステンレス鋼材の鋼全体(すなわち母材)における電流の流れにくさを表す指標である。一般に、ステンレス鋼材は、高合金であることから比較的高い電気抵抗率を示す。
【0019】
「耐疵付き性」とは、ステンレス鋼材の表面における疵付きの生じ難さに関する性質である。ステンレス鋼材の表面が硬いほど、耐疵付き性が向上するといえる。
【0020】
「Cuリッチ相」とは、Cuを含むステンレス鋼の材料組織中に生成した、Cuを主体とする第2相のことであり、Cuを80原子%以上含む相である。
【0021】
(一般的な製法について)
始めに、一般的なステンレス鋼帯の製造工程の一例について概略的に説明する。一般的なステンレス鋼帯の製造工程は、一例では、製鋼工程、熱間圧延工程、焼鈍工程、酸洗工程、冷間圧延工程、焼鈍・酸洗工程、および仕上圧延工程をこの順に含む。従来の製造工程におけるこれらの各工程については、公知の内容であることから、以下に説明することを除いて詳細な説明を省略する。
【0022】
上記熱間圧延工程以降の各工程は、通常、巻かれたステンレス鋼帯により形成されたコイルを用いて行われる。つまり、コイルから引き出されたステンレス鋼帯に対して処理が連続的に施され、処理後のステンレス鋼帯がコイルとして再び巻き取られる。
【0023】
近年では、上記焼鈍工程において、低コスト化の観点からステンレス鋼帯を連続焼鈍することが多く、この場合、コイルから引き出されたステンレス鋼帯に対して焼鈍処理ラインにて連続的に焼鈍処理が施される。これに対し、上記コイルをそのまま加熱炉(例えばベル型焼鈍炉)内にて比較的長時間の焼鈍を施す方法もあり、このような方法はバッチ焼鈍(箱焼鈍またはベル焼鈍とも称される)と呼ばれる。
【0024】
焼鈍されたステンレス鋼帯に対して酸洗を施す際には、各種の方法を用いてステンレス鋼帯表面のスケールを酸洗する。例えば、酸洗に用いる酸洗液としては、硝酸とフッ化水素酸との混合液、硫酸を含む酸液、等が用いられる。また、焼鈍されたステンレス鋼帯に対して、例えば硝酸を用いて電解酸洗を施すこともある。
【0025】
(発明の知見の概要)
導電性部品等にステンレス鋼材を適用する場合、ステンレス鋼材は、表面接触抵抗を低減するとともに、母材の電気抵抗を低減することが求められる。
【0026】
また、導電性部品の一種である電気接点部品にステンレス鋼材を適用することが検討されている。例えば端子等の部品においては、他の回路との接続時に当該部品を接続器具に抜き差しする動作が行われる。これによって部品表面に疵付きが生じ得る。そのような表面の疵付きは、部品の安定性を低下させる。
【0027】
そのため、電気接点部品用のステンレス鋼材としては、電気抵抗および表面接触抵抗の両方が低減されているとともに、耐疵付き性が向上していることが求められる。また、電気接点部品用のステンレス鋼材としては、製造コストが嵩まないようにすることについても要求される。
【0028】
本発明者らは、比較的安価なフェライト系ステンレス鋼材において、電気接点部品等に好適に適用できるフェライト系ステンレス鋼材について鋭意検討した。その結果、以下の知見を得て本願発明を想到した。
【0029】
すなわち、Cuを含むフェライト系ステンレス鋼の成分組成を有する鋼材に対して、長時間のバッチ焼鈍を施すことにより、母材中に粒径の比較的大きいCuリッチ相を多量に析出させることができる。そして、バッチ焼鈍後に中間処理が施されて得られた中間材(第1の中間材)に対して、時効処理を施すことにより、母材中にCuリッチ相をさらに析出させる。この時効処理における条件を規定することにより、上記バッチ焼鈍により生じたCuリッチ相(第2のCuリッチ相)よりも粒径が小さく微細な微細Cuリッチ相(第1のCuリッチ相)を母材中に析出させることができる。
【0030】
そして、フェライト系ステンレス鋼材の製造工程において含まれ得る複数の酸洗処理のうち、少なくとも、上記時効処理後の酸洗処理の条件を規定する。これにより、時効処理後の酸洗処理において、以下の現象を生じさせる。すなわち、時効処理後の中間材(第2の中間材)の表面から溶出して酸洗液中に含まれるCuイオンが、酸洗処理中の中間材(フェライト系ステンレス鋼材)の表面に再付着する。ここで、上記バッチ焼鈍および時効処理が施されていることにより、上記中間材の母材にはCuリッチ相および微細Cuリッチ相が含まれている。そのため、上記中間材の表面近傍に存在するCuリッチ相および微細Cuリッチ相が溶解することにより、酸洗液中に溶出するCuイオンの濃度を高めることができる。その結果、フェライト系ステンレス鋼材の表面およびその近傍にCuが濃化した部分を適切に形成することができる。本明細書において、Cuが濃化した部分が形成されたフェライト系ステンレス鋼材の表面およびその近傍を、Cu濃化表層部と称する。このCu濃化表層部には、酸洗液中のCuイオンが析出して形成されたCu付着層、Cuリッチ相、および微細Cuリッチ相が含まれている。これにより、表面接触抵抗を低減することができる。
【0031】
なお、微細Cuリッチ相は、Cuリッチ相と同様に、Cuを含むステンレス鋼の材料組織中に生成した、Cuを主体とする相のことであり、Cuを80原子%以上含む相である。
【0032】
これらの効果により、表面の硬さを向上させつつ、電気抵抗および表面接触抵抗の両方が低減されたフェライト系ステンレス鋼材を実現した。また、本発明の一態様におけるフェライト系ステンレス鋼材は、Cu濃化表層部に微細Cuリッチ相が含まれることにより表面硬さが向上しており、耐疵付き性についても改善している。このようなフェライト系ステンレス鋼材を用いることによれば、安定した導電性を有する電気接点部品を製造することができる。
【0033】
<フェライト系ステンレス鋼材>
本発明の一実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材について、図1を参照して以下に説明する。図1は、本発明の一実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材について、模式的に示す断面図である。
【0034】
図1に示すように、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼材1は、マトリクス25中に、500nm未満の粒径を有する微細Cuリッチ相(第1のCuリッチ相)21と、500nm以上の粒径を有するCuリッチ相(第2のCuリッチ相)22とが形成されている。また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼材1は、マトリクス25よりもCuが濃化したCu濃化表層部10が母材20の表面およびその近傍に形成されている。マトリクス25は、母材20における主相(母相)であって、実質的にフェライト単相組織である。母材20における母相がフェライト単相組織であるとは、母材20の金属組織においてCuリッチ相以外の部分(素地)が実質的にフェライト相からなる組織を意味する。「実質的に」とは、概ね3体積%以下の範囲でその他の相(例えば析出物や介在物)の混在が許容されることを意味する。
【0035】
また、Cu濃化表層部10は、不動態皮膜11と、Cu付着層13と、マトリクス25の表層部分であるマトリクス表層25Aと、を含む。フェライト系ステンレス鋼材1は、マトリクス表層25A中に微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22が形成されている。これらの各部について詳しくは後述する。
【0036】
なお、図1において、Cu濃化表層部10および母材20の組織構造を模式的に示しているが、Cu濃化表層部10および母材20に含まれる各部の形状、大きさ、および位置は、図示のために仮に設定しており、発明を限定するものではない。
【0037】
(成分組成)
フェライト系ステンレス鋼材1は、Cu:1.0質量%以上15.0質量%以下を含有する。フェライト系ステンレス鋼材1は、フェライト系ステンレス鋼の組成を基本として、Cuを含有する組成である。すなわち、フェライト系ステンレス鋼材1は、Ni含有量が1.0質量%以下である。
【0038】
Cuはフェライト系ステンレス鋼材1の導電性向上のために添加する。Cuの含有量が1.0質量%未満では後述の処理によって導電性を向上させることが十分にできない。一方、Cu含有量が多過ぎると熱間加工性および耐食性が低下し得ることから、Cu含有量は15.0質量%以下に制限される。なお、鋼板を製造する場合など、熱間加工性劣化によるコスト増が顕著になる場合には1.0質量%以上8.0質量%以下の範囲でCuを含有させることが望ましい。また、フェライト系ステンレス鋼材1は、Cuを比較的多く含む(例えばCuを5質量%より多く含む)ことによって、表面接触抵抗値および電気抵抗率の両方をより一層低減し易くすることができる。そして、Cuを比較的多く含むことにより、微細Cuリッチ相21の密度を比較的高くすることができ、その結果、表面硬さを向上させ易くすることもできる。
【0039】
Crは鋼の耐食性を改善するために必須の元素であり、フェライト系ステンレス鋼材1は、Cr:9.0質量%以上20.0質量%以下を含有することが好ましい。Crを過剰に添加すると導電性の低下、製造性の劣化が生じ得ることから、Cr含有量は20.0質量%以下に制限される。
【0040】
フェライト系ステンレス鋼材1は、熱間加工性および電気抵抗の両方のバランスを鑑みて、Cu:1.5質量%以上5.0%質量%以下、Cr:11.0%質量%以上13.5質量%以下を含有することが好ましい。
【0041】
Cr,Cu以外の合金元素については、質量%でC+N:0.10%以下,Mn:2.0%以下,Si:2.0%以下とし、必要に応じてTi:0.5%以下,Nb:0.5%以下のうち1種または2種を含有させ、残部をFeおよび不可避的不純物とすることができる。その他、質量%で、Mo:3.0%以下,Ni:3.0%以下,Al:5.0%以下,V:2.0%以下,W:2.0%以下,Zr:1.0%以下,REM:0.1%以下の範囲でこれらの元素を必要に応じて1種または2種以上含有させてもよい。
【0042】
Ti:0.5%以下,Nb:0.5%以下の1種または2種を含有させる場合、下記(2)式を満たすようにすることが望ましい;
7(C+N)≦Ti+Nb≦7(C+N)+0.3・・・(2)。
【0043】
(Cuリッチ相・微細Cuリッチ相)
微細Cuリッチ相21は、後述の時効析出処理によって、マトリクス25中に分散して析出した時効析出物である。微細Cuリッチ相21の粒径は、0より大きく500nm未満である。前記粒径の下限値は特に限定されず、透過型電子顕微鏡を用いて観察できる程度の粒径であればよい。微細Cuリッチ相21の粒径は、好ましくは、5nm以上20nm以下である。微細Cuリッチ相21の個々の粒子の粒径は、当該粒子の最大径によって表される。個々の極微粒子の粒径を定量的に測定することは難しいが、透過型電子顕微鏡を用いて観察することにより、マトリクス25中に分散して存在する異種相の粒径が500nm未満の範囲内にあるか否かを判別することは十分可能である。また、微細Cuリッチ相21の粒径が5nm以上20nm以下の範囲内にあるか否かを判別することもできる。
【0044】
Cuリッチ相22は、後述のバッチ焼鈍処理によって、マトリクス25中に分散して析出した析出物である。Cuリッチ相22の粒径は、500nm以上であり、好ましくは、1500nm以上である。
【0045】
本発明の一態様におけるフェライト系ステンレス鋼材は、マトリクス25中に少なくとも微細Cuリッチ相21を含む。これにより、母材20の電気抵抗率を低減することができる。本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1では、マトリクス25中に微細Cuリッチ相21とCuリッチ相22とが共存した組織構造を有しており、母材20の電気抵抗率をより一層効果的に低減することができる。特に、粒径5nm以上20nm以下の微細Cuリッチ相21と粒径1500nm以上のCuリッチ相22とをフェライト相であるマトリクス25中に共存分散させることにより、導電性向上効果が大きくなる。
【0046】
この理由については明らかでは無いが、例えば、母材20中において、微細Cuリッチ相21とCuリッチ相22との互いの距離が短くなることにより、電気伝導パスが形成されることが考えられる。
【0047】
ここで、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22は、粒度分布を有するようにマトリクス25中に形成される。微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22について、個々の微粒子(析出相)の粒径(粒子の最大径)を測定し、粒度分布を何らかの指標によって定量的に表すことは難しい。一方で、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22について、平均粒径および粒度分布がどのような範囲内にあるかを表すことは可能である。個々の微粒子の粒径は、例えば透過型電子顕微鏡観察により測定できる。
【0048】
そこで、本明細書では、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22について、粒径の範囲を下記規則R1かつ規則R2のように規定している。
規則R1:測定した微粒子の平均粒径が含まれる範囲である。
規則R2:測定した微粒子のうちの大多数(80%)の微粒子の粒径が属する範囲である。
【0049】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1では、Cuリッチ相22の粒径は、500nm以上2500nm以下であってよく、500nm以上2000nm以下であってよく、500nm以上1500nm以下であってもよい。
【0050】
上述の規則R1およびR2に基づき、以下のことが言える。すなわち、フェライト系ステンレス鋼材1は、例えば、粒径が500nm以上2500nm以下と規定されたCuリッチ相22を含む場合、マトリクス25中に、500nm以上2000nm未満の粒径の微粒子(Cuリッチ相22)も形成されている。
【0051】
Cuリッチ相22を有するフェライト系ステンレス鋼材1について、例えば、特許文献3に記載の通電部品用高Cr鋼材と対比して説明すれば以下のとおりである。
【0052】
特許文献3に記載の通電部品用高Cr鋼材は、粒径が2000nm以上の、時効処理前に未固溶のまま残存していたCuリッチ相(以下、説明の便宜上、残存Cuリッチ相RCPと称する)を含む。残存Cuリッチ相RCPは、時効処理によってマトリクス25中に生成する「時効析出物」とは異なる相である。
【0053】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1に含まれるCuリッチ相22は、後述のバッチ焼鈍処理によってマトリクス25中に分散して析出した析出物であり、残存Cuリッチ相RCPとは異なる。本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1は、特許文献3に記載の通電部品用高Cr鋼材に比べて、粒径が小さいとともに数の多いCuリッチ相22が、マトリクス25中に分散して存在できる。
【0054】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1は、特許文献3に記載の通電部品用高Cr鋼材に比べて、母材の電気抵抗率を低くできる。これは、フェライト系ステンレス鋼材1では、Cuリッチ相(微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22)同士の間の距離を比較的短くでき、その結果、電気抵抗率改善に有効な電気伝導パスが効果的に形成されるためと考えられる。
【0055】
(Cu濃化表層部)
図1に示すように、フェライト系ステンレス鋼材1の表面には、マトリクス25よりもCuが濃化したCu濃化表層部10が形成されている。Cu濃化表層部10は、後述のバッチ焼鈍処理および時効処理によって、母材20中に少なくともCuリッチ相22を含む状態とした後、後述の酸洗処理(混酸を用いた酸洗処理)を行うことにより形成される。以下、本明細書において、Cu濃化表層部10を形成するような酸洗処理をCu付着酸洗処理と称する。このCu付着酸洗処理は、フェライト系ステンレス鋼材1の製造工程において、少なくとも最終的な酸洗処理として行われる。Cu付着酸洗処理は、バッチ焼鈍後、最終的な酸洗処理までの間の中間工程においても行われることが好ましい。この理由については後述する。
【0056】
Cu濃化表層部10について、図2を用いて説明する。図2は、フェライト系ステンレス鋼材1の表面に対してグロー放電発光表面分析を行うことにより検出された、深さ方向におけるCu強度の変化の一例について示すグラフである。具体的には、幅50mm×長さ50mmの試験片を用いてグロー放電発光表面分析法(GDS)にて、フェライト系ステンレス鋼材1の表面から深さ方向におけるCuの分布状態を測定した。ここで、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22が形成されているマトリクス表層25AのCu濃度は、母材20のCu濃度と同様であるといえる。そのため、母材20のCu濃度(図2において母材強度として示す)として、例えば、フェライト系ステンレス鋼材1の表面から深さ40nm~50nmの部分における平均値を採用した。
【0057】
図2に示すように、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼材1は、組成分析をしたときに表面およびその近傍部分におけるCu濃度のピーク強度(表層強度)Iが母材20におけるCu濃度の強度(母材強度)I0よりも明らかに大きくなる。このような表層部を、Cu濃化表層部10と称する。Cu濃化表層部10は、Cu濃度が濃化した部分、すなわちCu濃度の表層強度Iが得られる部分であるCu付着層13を有する。Cu付着層13は、フェライト系ステンレス鋼材1の表面から深さ約10nmまでの領域に形成されている。表層強度Iは、Cu濃化表層部10のCu濃度を示すグラフにおける、ピークの強度を意味する。図2に示す例では、表層強度Iは、約0.6である。
【0058】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1は、母材20におけるCu濃度の強度I0に対する、Cu濃化表層部10(より詳細にはCu付着層13)における表層強度Iの比(表層Cu強度比)が1.5以上であり、例えば、1.6以上2.5以下である。フェライト系ステンレス鋼材1は、表面接触抵抗値の安定性の観点から、表層Cu強度比が1.7以上であることが好ましい。また、フェライト系ステンレス鋼材1は、表層Cu強度比が2.0以下であることが好ましい。表層Cu強度比が2.0を超えると、フェライト系ステンレス鋼材1の耐食性が低下する可能性があるためである。フェライト系ステンレス鋼材1は、表層Cu強度比が1.5以上2.0以下であってよく、1.7以上2.0以下であることが好ましい。
【0059】
Cu濃化表層部10の詳細な構造については明らかでは無いが、上記のように表層Cu強度比が1.5以上であることから、Cu付着層13と、不動態皮膜11と、マトリクス表層25Aと、を含む構造を有していると考えられる。マトリクス表層25Aは、マトリクス25の最表面の近傍の部分(例えば最表面から数μmの深さまでの部分)であって、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22を含む(図1を参照)。マトリクス表層25Aは、マトリクス25の一部である。
【0060】
Cu濃化表層部10は、上記Cu付着酸洗処理において酸洗液中に溶出したCuイオンが母材20の表面に付着(再付着)することにより形成されるCu付着層13を含む。Cu付着層13は、Cuを80原子%以上含む相であって、酸化または水酸化されたCuを含んでいてもよい。Cu付着層13は、例えば厚さが2nm~20nmである。また、Cu付着層13は、Cuイオンが母材20の表面に付着することにより、空間的に疎な状態(例えばポーラスな状態)にて形成される。そのため、Cu付着層13は、大気とマトリクス表層25Aとを互いに連通する連通孔を有するように形成される。この連通孔は、少なくとも酸素が、大気中からマトリクス表層25Aまで移動することを可能とする形状である。
【0061】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1のCu濃化表層部10は、大気中にてCu付着層13よりも下層(内部側)に形成された不動態皮膜11を有する。
【0062】
不動態皮膜11は、(i)ポーラスなCu付着層13(具体的には上記連通孔)を通じてマトリクス表層25Aに接触した酸素と、(ii)マトリクス表層25Aに含まれるCr等と、の反応により、Cu付着層13とマトリクス表層25Aとの界面の少なくとも一部に形成される。ポーラスなCu付着層13は、不規則な形状のセル(気孔)を含み、部分的にセル内の空間が連通したオープンセル形状であり得る。
【0063】
より詳しくは、上記Cu付着酸洗処理において、当該処理前に存在していた不動態皮膜は破壊され、マトリクス25(またはマトリクス表層25A)の表面にはCu付着層13が生成される。上記Cu付着酸洗処理の後、大気中において、ポーラスな状態のCu付着層13を通じて酸素が供給されることにより、マトリクス表層25AとCu付着層13との界面の少なくとも一部に不動態皮膜11が形成される。
【0064】
また、Cu濃化表層部10におけるマトリクス表層25Aは、微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22を含む。
【0065】
図1に示すように、Cu濃化表層部10は、マトリクス25の表面(すなわちCu付着層13とマトリクス表層25Aとの界面)に微細Cuリッチ相21またはCuリッチ相22が存在する領域には、不動態皮膜11が形成されていなくてもよい。これは、当該領域においてCrの存在量が不足し、不動態皮膜11が形成し難くなるためである。この場合、Cu付着層13と、微細Cuリッチ相21またはCuリッチ相22とが接していてもよく、これにより導電性の比較的高い良導電領域(電気伝導パス)が形成されていてもよい。
【0066】
また、Cu濃化表層部10は、ポーラスなCu付着層13を介した酸素の供給が不十分な領域においては、Cu付着層13とマトリクス表層25Aとが互いに接しており導電性の比較的高い良導電領域が形成されていてもよい。
【0067】
Cu濃化表層部10は、表面にCu付着層13およびマトリクス表層25Aを含み、Cu付着層13とマトリクス表層25Aとの界面の少なくとも一部に不動態皮膜11を含む。Cu濃化表層部10は、Cu付着層13と、微細Cuリッチ相21またはCuリッチ相22とが互いに接することによって比較的導電性の高い電気伝導パスが形成されている。これにより、フェライト系ステンレス鋼材1は、一般的なフェライト系ステンレス鋼材よりも、表面接触抵抗を低減することができる。
【0068】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1は、製造過程において上記Cu付着酸洗処理の前に研磨処理が行われない。そのため、フェライト系ステンレス鋼材1は、マトリクス25またはマトリクス表層25Aの表面に研磨目を有していない。結果的に、フェライト系ステンレス鋼材1は、表面に研磨目を有していない。フェライト系ステンレス鋼材1は、表面粗さ(算術平均粗さRa)が、例えば、0.5μm以下であってよく、0.01μm以上0.5μm以下であってよい。
【0069】
(導電性)
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼材1は、電気抵抗率が60μΩ・cm以下に低減されているとともに、表面接触抵抗値が45mΩ以下に低減されている。フェライト系ステンレス鋼材1は、好ましくは、電気抵抗率が60μΩ・cm以下に低減されているとともに、表面接触抵抗値が30mΩ以下に低減されている。
【0070】
フェライト系ステンレス鋼材1は、電気抵抗率が50μΩ・cm以下であってよく、40μΩ・cm以下であってもよい。フェライト系ステンレス鋼材1は、表面接触抵抗値が20mΩ以下であってよく、10mΩ以下であってもよい。フェライト系ステンレス鋼材1は、電気抵抗率が50μΩ・cm以下に低減されているとともに表面接触抵抗値が20mΩ以下であってよく、または、電気抵抗率が50μΩ・cm以下に低減されているとともに表面接触抵抗値が10mΩ以下であってもよい。
【0071】
なお、電気抵抗率および表面接触抵抗値は、後述の実施例に記載の方法を用いて測定されてよい。
【0072】
<製造方法>
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法の一例について、以下に説明する。
【0073】
(前処理工程)
前処理工程では、先ず、真空溶解炉を用いて、本発明の範囲内となるように組成を調整した鋼を溶製する。この鋼を鋳造して鋼塊を製造する。
【0074】
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程では、上記前処理工程後の鋼塊を熱間圧延することにより、熱延鋼帯を製造する。熱間圧延工程における温度は一般的な範囲内であってよく、例えば800℃~1250℃程度であってよい。熱間圧延工程では、1150℃~1250℃の温度および30分~120分の時間で、熱延鋼帯を製造してもよい。これにより、熱延鋼帯の材料組織中にCuを溶解させ易くすることができる。熱間圧延工程では、成分組成のCr含有量が例えば9.0質量%以上16.5質量%以下の場合、1100℃~1180℃の温度および30分~120分の時間で、熱延鋼帯を製造してもよい。
【0075】
(第1の焼鈍工程)
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法は、フェライト系ステンレス鋼の成分組成を有する上記熱延鋼帯に対して、例えばバッチ型焼鈍炉(ベル型焼鈍炉)を用いて、焼鈍(バッチ焼鈍)を行う焼鈍工程を含む。この焼鈍工程を第1の焼鈍工程(バッチ焼鈍工程)と称する。第1の焼鈍工程における加熱温度は780℃以上830℃以下であり、加熱時間は6時間以上である。第1の焼鈍工程では、上記熱延鋼帯は、上記加熱時間の間、上記加熱温度にて保持される。第1の焼鈍工程では、大気雰囲気、またはNとHとの混合雰囲気、の何れの雰囲気で焼鈍が施されてもよい。
【0076】
上記熱延鋼帯に対して上記第1の焼鈍工程を施すことにより、マトリクス25中に多量のCuリッチ相22を析出させることができる。上記第1の焼鈍工程では、加熱温度を780℃以上とすることにより、上記熱延鋼帯を軟質化する。
【0077】
また、上記第1の焼鈍工程では、上記熱延鋼帯のマトリクス25に相変態(α相→γ相)が生じないように、加熱温度を830℃以下とする。上記熱延鋼帯のマトリクス25は、その鋼組成によっては、オーステナイト相に変態する温度領域(いわゆる状態図におけるγループ)を有することがある。マトリクス25がオーステナイト相に変態すると、マトリクス25中にCuリッチ相22が析出しない。
【0078】
そのため、第1の焼鈍工程における加熱温度の範囲は、780℃以上830℃以下という比較的狭い範囲として規定される。
【0079】
そして、第1の焼鈍工程では、後述の時効処理工程と同様に下記(1)式で定義されるA値を用いて規定される条件にて、上記熱延鋼帯に対してバッチ焼鈍を行ってもよい。
A=T(20+logt)×10-3 ・・・(1)
ここで、Tは第1の焼鈍工程における加熱温度(K)であり、tは第1の焼鈍工程における加熱時間(h)である。
【0080】
第1の焼鈍工程は、加熱温度の範囲が780℃以上830℃以下であり、かつ、後述の時効処理工程よりも大きいA値となる条件で行われてよく、例えば、A値が20.0を超えて24.0以下となる条件(加熱温度および加熱時間)にて行われてよい。A値が20.0以下となる条件にて第1の焼鈍工程を行う場合、十分な大きさのCuリッチ相22が生成せず、母材の導電性を十分に向上させ難い。一方、A値が24.0を超える条件にて第1の焼鈍工程を行う場合、Cuリッチ相22が粗大になりすぎ、Cuリッチ相22の分布が疎となる。この場合、(i)電気導電パスの形成が不十分になり得るとともに、(ii)粗大なCuリッチ相22が破壊起点となるため十分な加工性が得られない。
【0081】
(中間工程)
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1の製造方法では、上記第1の焼鈍工程の後、少なくとも第1の酸洗工程を含む中間工程を施す。
【0082】
上記第1の焼鈍工程により得られた焼鈍鋼帯(第1の焼鈍材)に対して、第1の酸洗工程によって酸洗処理を施す。この第1の酸洗工程では、焼鈍鋼帯の脱スケール処理が行われる。
【0083】
なお、上記第1の酸洗工程において、後述する最終酸洗工程と同様の条件にて混酸を用いてCu付着酸洗処理を行うことが好ましい。具体的には、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する酸洗液(混酸)を用いるとともに、当該酸洗液の液温を30℃以上60℃以下として、上記焼鈍鋼帯に対して酸洗処理を行うことが好ましい。
【0084】
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1の製造方法では、上記第1の酸洗工程において、後述する最終酸洗工程と同様の条件にてCu付着酸洗処理を行う場合について説明する。
【0085】
上記第1の酸洗工程において上記Cu付着酸洗処理が行われることにより、上記焼鈍鋼帯の表面において脱スケールが生じるとともに、マトリクス25の一部(Cuリッチ相22を含む)が溶解し、酸洗液中にCuイオンが溶出する。上記第1の酸洗工程において、酸洗液中に含まれるCuイオンは上記焼鈍鋼帯の表面に再付着する。これにより、上記焼鈍鋼帯は、表面にCu付着層が形成される。以下では、フェライト系ステンレス鋼材1の製造工程の途中において被処理材の表面に形成されるCu付着層を、フェライト系ステンレス鋼材1におけるCu付着層13と区別するために中間Cu付着層と称する。この中間Cu付着層は、Cu付着層13と同様の組成であってもよい。中間Cu付着層に含まれるCuの合計量は、Cu付着層13に含まれるCuの合計量よりも比較的少ない。
【0086】
上記中間工程は、上記第1の酸洗工程に次いで、冷間圧延工程を含んでいてもよい。上記中間工程において冷間圧延工程を含む場合、上記第1の酸洗工程によって脱スケールされた上記焼鈍鋼帯に対して、例えば圧下率50~80%にて冷間圧延を施すことにより冷延鋼帯とする。上記焼鈍鋼帯を薄板化することによって、電気接点部品等に適用されるフェライト系ステンレス鋼材1を好適に製造できる。
【0087】
上記中間工程は、上記冷間圧延工程に次いで、上記冷延鋼帯に対して焼鈍処理および酸洗処理を行う第2の焼鈍工程および第2の酸洗工程を含んでいてもよい。
【0088】
上記第2の焼鈍工程は、連続焼鈍であってよく、処理時間は、例えば数十秒~数分程度であってよい。第2の焼鈍工程における均熱温度は800℃程度であってよい。上記第2の焼鈍工程は、上記冷延鋼帯を軟化させるために行われる。上記第2の焼鈍工程にて加熱後の鋼帯を空冷することにより第2の焼鈍鋼帯を形成する。
【0089】
上記第2の焼鈍工程では、後述の時効処理工程のために、マトリクス25に過飽和Cuを確保することが好ましい。そのため、上記第2の焼鈍工程を下記の温度条件にて行うことにより、上記第1の焼鈍工程で析出したCuリッチ相22を少し溶解させてよく、この場合、Cuリッチ相22の粒径が少し小さくなる。
【0090】
上記第2の焼鈍工程は、780℃以上の温度にて行なわれてよい。これは、材料の軟化に十分な温度を確保するためである。一方で、上記第2の焼鈍工程は、850℃以下の温度にて行う。これは、850℃を超えると、Cuリッチ相22の再固溶が激しくなるためである。
【0091】
また、上記第2の焼鈍工程は、850℃以下かつAc1点未満の温度にて行われる。Ac1点は、下記式を用いて算出できる。
Ac1=750.8-26.6C+17.6Si-11.6Mn-22.9Cu-23Ni+24.1Cr+22.5Mo-39.7V-5.7Ti+232.4Nb-169.4Al-894.7B
ここで、上記元素記号には、成分組成における質量%が代入される。
【0092】
また、上記第2の焼鈍工程では、上記冷延鋼帯を所望の温度および時間にて加熱した後、急速冷却する。これにより、加熱後の冷却過程においてマトリクス25中にCuが再析出する可能性を低減できる。その結果、過飽和Cuが確保されたマトリクス25を有する上記第2の焼鈍鋼帯を得ることができる。
【0093】
次いで、第2の焼鈍工程後の上記第2の焼鈍鋼帯に対して、第2の酸洗工程を施す。上記第2の酸洗工程によって、上記第2の焼鈍鋼帯の脱スケール処理が行われる。この第2の酸洗工程においても、後述する最終酸洗工程と同様の条件にて上記Cu付着酸洗処理を行うことが好ましい。具体的には、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する酸洗液を用いるとともに、当該酸洗液の液温を30℃以上60℃以下として、上記第2の焼鈍鋼帯に対して酸洗処理を行うことが好ましい。
【0094】
上記第2の酸洗工程では、上記第2の焼鈍鋼帯の表面においてスケールが除去されるとともに、中間Cu付着層、不動態皮膜11、マトリクス25の一部(Cuリッチ相22を含む)が溶解する。ここで、上記第2の焼鈍鋼帯の表面において、中間Cu付着層およびマトリクス表層25Aの一部が溶解することにより、酸洗液中のCuイオンの濃度を高めることができる。
【0095】
これにより、上記第2の酸洗工程後の上記焼鈍鋼帯(中間工程後の中間製品の鋼帯)は、表層に中間Cu付着層が効果的に形成される。
【0096】
(時効処理工程)
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼材1の製造方法は、上記中間工程後の中間製品(第1の中間材)の鋼帯に対して時効処理を行う時効処理工程を含む。時効処理工程は、下記(1)式で定義されるA値が15.0以上20.0以下となる条件で行う。
A=T(20+logt)×10-3 ・・・(1)
ここで、Tは時効温度(K)であり、tは時効時間(h)である。
【0097】
上記のように時効処理工程を行うことにより、上記中間製品の鋼帯におけるマトリクス25中に微細Cuリッチ相21を分散して析出させることができる。
【0098】
上記時効処理工程において、時効時間tは、操業ラインでの処理を想定すると、0.016h以上(概算して略60sec以上)であることが好ましい。また、時効温度Tは、マトリクス25に相変態が生じないように(前述の第1の焼鈍工程における説明を参照)、830℃以下であることが好ましい。時効温度Tは、500℃以上830℃以下であってよく、500℃以上700℃以下であってもよい。
【0099】
また、本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1の製造方法では、下記(2)式により算出されるΔHVが35HVよりも大きい;
ΔHV=HV2-HV1 ・・・(2)
ここで、HV1は、時効処理工程の前における中間製品(第1の中間材)の硬さであり、HV2は、時効処理工程の後における中間製品(第2の中間材)の硬さである。
【0100】
フェライト系ステンレス鋼材1は、マトリクス25中に微細Cuリッチ相21を含むとともに、Cu濃化表層部10を有する。これにより、ΔHVが35HVよりも大きいように製造することができる。その結果、表面の硬度を高めることができる。したがって、耐疵付き性が向上する。また、フェライト系ステンレス鋼材1は、ΔHVが60HVよりも大きいことが好ましく、200HVよりも大きいことがより好ましい。
【0101】
(最終酸洗工程)
本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1の製造方法は、上記時効処理工程によって得られた中間製品(第2の中間材)に対して、最終的な酸洗処理を行う最終酸洗工程を含む。最終酸洗工程では、混酸を用いて酸洗処理(混酸処理)を行う。最終酸洗工程にて用いる酸洗液(混酸)は、(i)50g/L以上150g/L以下の硝酸と(ii)5g/L以上15g/L以下のフッ化水素酸とを含有する。当該酸洗液の液温は30℃以上60℃以下である。
【0102】
混酸処理では、溶解した酸化スケール中または母材中のCuイオンが他イオンに比べ優先的に表面へ析出(付着)する。そのため、表層にCuの濃縮が認められる。混酸処理におけるこのような効果により、表面接触抵抗値を低下させることが可能となる。一方で、硝酸電解では、常に電解処理で表面を溶解させている状態であることから、溶解したイオンの析出(付着)は認められない。
【0103】
上記最終酸洗工程によって、上述した第1の酸洗工程および第2の酸洗工程と同様に、処理材の表面にCu付着層13が形成される。その結果、Cu濃化表層部10を有するフェライト系ステンレス鋼材1を得ることができる。
【0104】
(有利な効果)
以上のように、本実施形態におけるフェライト系ステンレス鋼材1は、母材20中に微細Cuリッチ相21およびCuリッチ相22を含むことにより、母材20の電気抵抗が低減されている。そして、Cu濃化表層部10を備えることにより表面接触抵抗が低減されている。さらに、上述のように、表面の硬度を高めることができる。つまり、フェライト系ステンレス鋼材1は、電気抵抗および表面接触抵抗の両方が低減されているとともに、耐疵付き性が向上している。
【0105】
フェライト系ステンレス鋼材1は、以下のようにして形成されたCu付着層13を有している。すなわち、上述のように、中間工程にて混酸処理を行うことにより、第1の中間材の表面に中間Cu付着層を形成させる。そして、その後の時効処理工程にて、テンパーカラー(薄い酸化スケール)中に中間Cu付着層のCuを拡散させ、Cuリッチなテンパーカラーとする。その後、Cuリッチなテンパーカラーを最終酸洗工程にて溶解させる。これにより、最終酸洗工程にて、より多くのCuをマトリクス表層25Aの表面に付着させて、Cu付着層13を形成することができる。
【0106】
また、フェライト系ステンレス鋼材1は、フェライト系成分の鋼であることから、Ni含有量が低く、例えばNi含有量が1.0質量%以下である。そして、表面に特殊なコーティングを必要としない。そのため、製造コストが嵩まないようにすることができる。
【0107】
したがって、フェライト系ステンレス鋼材1は、例えば電気接点部品に適用した場合、電気抵抗および表面接触抵抗の両方が低減されていることから導電性に優れている。その上、耐疵付き性が向上していることから導電性が劣化する可能性を低減することができ、その結果、電気接点部品を安定的に使用することができる。よって、フェライト系ステンレス鋼材1は、電気接点部品として好適に用いることができる。
【0108】
〔附記事項〕
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上記説明において開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0109】
以下、本発明の一態様におけるフェライト系ステンレス鋼材の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されない。
【0110】
本実施例においては、表1に示す鋼種のフェライト系ステンレス鋼を真空溶解炉で溶製し、熱間圧延(1200℃、2時間)にて板厚3mmの熱延板とした。次いで、加熱炉中にて700~830℃で6時間加熱することによりバッチ焼鈍を行った。その後、酸洗し、冷間圧延により板厚1.0mmの冷延板とした。各冷延板について、800℃で1分間均熱して空冷する焼鈍を施した後、酸洗処理を施した。その後、350℃~900℃の種々の温度で時効処理を施し、混酸(成分組成は上述の実施形態を参照)を用いる酸洗処理または硝酸電解による酸洗処理を行った。時効処理条件を表2、3に示した。
【0111】
【表1】
【0112】
表1において数値の記載を省略しているが、鋼種C1~C10は、いずれもNi含有量が1.0質量%以下であった。表1の「区分」では、1.0質量%以上15.0質量%以下のCuを含む鋼種を「本発明対象鋼」と称し、Cuの含有量が1.0質量%未満の鋼種を「比較鋼」と称している。
【0113】
バッチ焼鈍後および時効処理後の鋼板について、透過型電子顕微鏡観察を行い、フェライト相マトリクスに分散しているCuリッチ相の粒径を調べた。時効処理後の鋼板については、バッチ焼鈍後と時効処理後に析出するCuリッチ相を区別するためバッチ焼鈍を施していない鋼板を別途製造し、その鋼板に時効処理を施し時効処理におけるCuリッチ相の粒径を観察した。
【0114】
また、時効処理後の鋼板について、表面接触抵抗値、電気抵抗率、および表層のCu濃度について試験を行った。表面接触抵抗値は、幅50mm×長さ50mmの試験片を用いて電気接点シミュレータにて測定した。表面接触抵抗値は、株式会社山崎精機研究所製の「電気接点シミュレーター」を用い、接触荷重100gfの測定条件にて測定した。電気抵抗率は、幅3mm×長さ100mmの試験片を用いて4端子法(JIS C 2525)にて測定した。幅50mm×長さ50mmの試験片を用いてGDSにて表層における表面からの深さ方向のCuの分布状態を測定した。求められたCu濃化表層部10におけるCu濃度のピーク値である表層強度Iを母材20のCu濃度の強度I0(フェライト系ステンレス鋼材1の表面から深さ40nm~50nmの部分における平均値)で除した数値を表層Cu強度比とした。
【0115】
また、時効処理前における鋼板の表面硬さ、および時効処理後における鋼板の表面硬さをそれぞれ測定し、それらの差を算出した。
【0116】
結果を表2、3に示す。表3には、次の特性(A)および(B)を有する鋼板を「本発明例」として列挙している。表2には、特性(A)または(B)のいずれか一方でも有さない鋼板を「比較例」として列挙している。
特性(A):表面接触抵抗値が45mΩ以下である。
特性(B):電気抵抗率が60μΩ・cm以下である。
【0117】
【表2】
【0118】
【表3】
【0119】
表2に示すように、仕上げ酸洗処理において硝酸電解を行った比較例No.2、4、7、10では、時効処理の有無に関わらず、表面接触抵抗値が高かった。比較例No.4では、微細Cuリッチ相21は形成されているものの、表面接触抵抗値が高かった。その理由としては、Cu濃化表層部10、特にCu付着層13が十分に形成されていないためだと考えられる。比較例No.4では、表層Cu強度比が1.1であり、基準となる1.5よりも小さいことから、Cu濃化表層部10が十分に形成されていないことが推測される。
【0120】
また、比較例No.1の結果から分かるように、Cu濃度の低い鋼種C1を用いる場合、上述の実施形態の製造方法を用いても、表面接触抵抗値および電気抵抗率を低減することができなかった。
【0121】
比較例No.3、5、6、8では、時効処理における条件が本発明の範囲外であり、母材の電気抵抗率が高かった。具体的には、比較例No.5では、時効処理における温度が高く時間が長かったことから、微細Cuリッチ相が溶解し、Cuが母材に固溶した。また、比較例No.3、6では、時効処理における温度が低く、微細Cuリッチ相の析出がほとんど生じなかった。そのため、比較例No.3、5、6は、母材の電気抵抗率が高かった。また、比較例No.8では時効処理は行われず、微細Cuリッチ相の析出がほとんど生じなかった。これらの結果、比較例No.3、5、6、8では、母材の電気抵抗率が60μΩ・cmよりも高く、表面硬度を示すΔHVについても35以下であった。
【0122】
比較例No.9では、バッチ焼鈍の温度が低いことにより、析出したCuリッチ相の粒径が小さい。そのため、時効処理において析出した微細Cuリッチ相の量が比較的少なかったと考えられる。その結果、母材の電気抵抗率が60μΩ・cmよりも高いとともに表面硬度を示すΔHVについても35以下であった。
【0123】
これに対して、表3に示すように、本発明の範囲内の条件にて製造した実施例No.11~29の鋼板は、表面接触抵抗値および電気抵抗率の両方が低減されたとともに、ΔHVが大きく耐疵付き性に優れていた。
【符号の説明】
【0124】
1 フェライト系ステンレス鋼材
10 Cu濃化表層部
20 母材
21 微細Cuリッチ相
22 Cuリッチ相
25 マトリクス
図1
図2