(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-12
(45)【発行日】2023-05-22
(54)【発明の名称】pH応答性のタンパク質分解プローブ
(51)【国際特許分類】
C07K 19/00 20060101AFI20230515BHJP
C12N 15/62 20060101ALI20230515BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20230515BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230515BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20230515BHJP
【FI】
C07K19/00 ZNA
C12N15/62 Z
C07K14/435
C12N15/12
G01N21/78 C
(21)【出願番号】P 2021140323
(22)【出願日】2021-08-30
(62)【分割の表示】P 2017524881の分割
【原出願日】2016-06-17
【審査請求日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2015124261
(32)【優先日】2015-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 敦史
(72)【発明者】
【氏名】片山 博幸
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/084950(WO,A1)
【文献】国際公開第03/033693(WO,A1)
【文献】Assay and drug development technologies,2014年,Vol. 12, No. 3,p. 176-189
【文献】Chemistry & Biology,2011年,Vol.18,p.1042-1052
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 14/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リソソームまたは液胞の内部において酵素分解を受ける蛍光タンパク質からなるアクセプタ、および配列番号1によって表されるアミノ酸配列と98%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有しているドナーを含んでおり、
上記ドナーは、配列番号1の2位を先頭として数える表記方法にしたがったときの、Y63およびG64を有して
おり、
上記ドナーは、配列番号1によって表されるアミノ酸配列のドナーと実質的に同等、または当該ドナー以上の、酸性プロテアーゼに対する分解耐性、蛍光強度および蛍光強度の安定性を有している、一分子FRETプローブ。
【請求項2】
リソソームまたは液胞の内部において酵素分解を受ける蛍光タンパク質からなるアクセプタ、および配列番号1によって表されるアミノ酸配列と98%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有しているドナーを含んでおり、
上記ドナーは、配列番号1の2位を先頭として数える表記方法にしたがったときの、Y63およびG64を有して
おり、
上記ドナーは、配列番号1の2位を先頭として数える表記方法にしたがったときの、S58、S60、A82、S184、E199、C210およびA217を有している、一分子FRETプローブ。
【請求項3】
上記蛍光タンパク質はオワンクラゲ由来黄色蛍光タンパク質である、請求項1
または2に記載の一分子FRETプローブ。
【請求項4】
上記蛍光タンパク質は、YFP、EYFP、Ypet、Topaz、Citrine、mCitrine、mEYFP、Venus、mVenusおよびTagYFPからなる群から選択される、請求項1~
3のいずれか1項に記載の一分子FRETプローブ。
【請求項5】
ミトコンドリア局在化配列をさらに含んでいる、請求項1~
4のいずれか1項に記載の一分子FRETプローブ。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか1項に記載の一分子FRETプローブをコードしている、ポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項
6に記載のポリヌクレオチドを含んでいる、キット。
【請求項8】
請求項1~
5のいずれか1項に記載の一分子FRETプローブを含んでいる細胞からの蛍光シグナルを検出することを包含している、オートファジーの活性を定量化する方法。
【請求項9】
上記細胞が固定されている、請求項
8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オートファジーを定量化するための、蛍光タンパク質を有するプローブに関する。
【背景技術】
【0002】
オートファジーは、真核細胞に普遍的にみられる細胞の種々の構成要素を分解する過程を指す。オートファジーは、生じる過程の機序に基づいて、主にマクロファジー、ミクロオートファジーおよびシャペロン介在性オートファジーに分類される。いずれの機序であっても、当該構成要素は、最終的にリソソームまたは液胞に取り込まれて、リソソームまたは液胞の内部にある分解酵素によって分解を受ける。タンパク質などの生体分子の他に、ミトコンドリアおよび小胞体などの細胞内小器官が、オートファジーによって分解される。ミトコンドリアが分解されるオートファジーは、マイトファジーとも呼ばれる。
【0003】
オートファジーは、例えば栄養成分の欠乏によって誘導される。よって、細胞質における構成要素の分解物を再利用することによって細胞に栄養成分を補給することが、オートファジーの主要な役割であるとこれまで考えられてきた。しかし、近年の研究によって、オートファジーの、種々の生命現象への関与が明らかになってきた。種々の生命現象としては、タンパク質もしくは細胞内小器官の品質管理、細菌感染、抗原提示、細胞死、癌化および胚発生が挙げられる。これらの他にも、オートファジーは、細胞内に蓄積し、凝集する異常タンパク質の分解および除去への関与も示唆されている。さらに、オートファジーは、当該異常タンパク質の蓄積を原因とする細胞死によって発症すると考えられている神経変性疾患(例えば、ハンチントン病またはアルツハイマー病)への関与も示唆されている(Deretic, V. and Klionsky, D. J., Scientific American, Vol. 298, p. 74-81, 2008)。このため、これらの生命現象の機序の解明およびオートファジーに関連する疾患の治療法の開発を目的として、オートファジーの活性を定量化するための精度の高い簡便な方法の開発に対する必要性は大きい。
【0004】
従来、オートファジーは、電子顕微鏡による細胞の観察、放射性同位元素による標識タンパク質の分解の検出、またはオートファジーの生起によって特異的に活性化する改変型酵素の活性の測定といった手法を用いて測定されている。しかし、これらの手法は、オートファジーに対して十分に特異的ではないか、または操作の煩雑さのために熟練を要し、かつ所要時間も長かった。
【0005】
マクロオートファジーでは、最初に細胞質の一部が隔離膜と呼ばれる膜に取り囲まれることによって、直径約1μmのオートファゴソームと呼ばれる小胞が形成される。続いて、オートファゴソームがリソソームと融合することによって、取り込まれた細胞質の構成要素が分解される。これまでに報告されているオートファジーに関与するタンパク質として、LC3のようにオートファゴソームの形成に関与し、その膜に局在するタンパク質が知られている。この知見に基づいて、当該タンパク質および蛍光タンパク質の融合タンパク質を細胞に発現させ、当該融合タンパク質の小胞状構造への集積、またはリソソームにおける分解による蛍光強度の減少を観察することによって、オートファジーの測定が行われている(Mizushima, N., Int. J. Biochem. Cell Biol., Vol. 36, p. 2491-2502, 2004およびShvets, E. et al., Autophagy, Vol. 4, p.621-628, 2008)。
【0006】
しかし、オートファゴソームの形成は、マクロオートファジーにのみ認められる現象である。したがって、この方法では、ミクロオートファジーおよびシャペロン介在性オートファジーを検出できない。ミクロオートファジーおよびシャペロン介在性オートファジーでは、オートファゴソームのような輸送用の小胞が形成されずに、細胞質の構成要素が直接的にリソソームに取り込まれると言われている。しかし、ミクロオートファジーおよびシャペロン介在性オートファジーの研究は、マクロオートファジーほど進んでおらず、当該研究において有効な測定法が存在していない。したがって、細胞内に生じているすべての分類のオートファジーの活性を総計として知ることができない。
【0007】
一方、細胞質が中性(約pH7)であるのに対して、オートファジーによって細胞質の構成要素が分解されるリソソームまたは液胞の内部が、酸性(約pH4)であることを利用する、オートファジーの活性を測定する方法がある。当該方法では、分解酵素に耐性を有している蛍光プローブの、リソソームまたは液胞への移行にともなうpHの変化に依存した蛍光特性の変化に基づいて、オートファジーの活性を検出する。すべての分類のオートファジーにおいて、細胞質の構成要素は、最終的にリソソームまたは液胞に取り込まれるため、上記方法によれば、オートファジーの活性を総計として知り得る。
【0008】
上記方法の例として、Rosado et al(非特許文献1)に記載の方法が挙げられる。非特許文献1では、DsRed.T3およびsuper ecliptic pHluorinを、リンカーのペプチドを介して連結させたプローブを使用している。DsRed.T3は、環境のpHの変化に依存せずにほぼ一定の強度において、赤色(587nm)の蛍光を発する蛍光タンパク質である。super ecliptic pHluorinは、pHが酸性に向かうと蛍光強度の低下を示す緑色(508nm)の蛍光を発する蛍光タンパク質である。非特許文献1では、上記プローブを細胞質に発現させた後に、当該プローブが他の細胞質の構成要素とともにリソソームに取り込まれたときのpHの変化を、2色の蛍光強度のレシオの変化として、計測することによってオートファジーの活性を測定している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Rosado, C. J. et al., Autophagy, Vol. 4, p. 205-213, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
実際には非特許文献1のRosellaを用いて精度の良いオートファジー活性を測定することは困難であった。Rosellaには、以下のようないくつかの課題があった。
一つには、非特許文献1では酵母でのオートファジーを観察しているが、酵母の液胞はおよそpH5.5~6.0とそれほど強い酸性の状態ではない点が挙げられる。しかし、哺乳動物細胞のリソソームはpH4.0~5.0と、酵母に比べて酸性が強い環境となっている。Rosellaを構成する2つの蛍光タンパク質は、ともに酸性条件および酸性プロテアーゼに弱い性質を有している。そのため、これらは哺乳動物細胞に即した条件下では不可逆的に消光してしまうか、または分解されてしまうという課題があった。また、哺乳動物細胞におけるオートファジーの検出において、2つの蛍光タンパク質部分の細胞内のフォールディング速度または退色による消光特性などのpHに依存しない蛍光特性の差異によって、レシオの値が実験条件で変化する可能性が挙げられる。加えて、レシオの変化がsuper ecliptic pHluorinの蛍光強度の変化のみに依存しているため、レシオ変化の振幅が小さいことも課題であった。
【0011】
一方、本発明者らが以前に開発したオートファジーの測定方法で利用するKeimaは、酸性環境においても強い性質を有している。しかし、Keimaの蛍光シグナルはpHに応じて可逆的に変化する。この特徴から、例えば、生細胞を固定標本にした場合などにオートファジー検出に問題が起こる。生細胞を固定標本にすると、周辺環境の変化によって細胞中のpHも変化する。このpH変化にともなって、keimaの蛍光シグナルが生細胞の状態から変化し、正しくオートファジーを測定できないという課題があった。
【0012】
以上のことから、オートファジーの活性の精度の高い定量化には、哺乳動物細胞のリソソームまたは液胞の内部におけるpHの環境下においても安定した蛍光シグナルを発する性質と、周辺環境の変化によるpH変化が起こってもオートファジーを示す蛍光シグナルが影響されない性質とを有する優れたツールが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、pH応答性の蛍光タンパク質のプローブを設計するにあたり、蛍光タンパク質の酸性条件下のプロテアーゼ感受性の差を利用することに着目した。非特許文献1に記載のプローブのように蛍光タンパク質における発色団のpH感受性の差ではなく、プロテアーゼ感受性の差を利用をすれば、生細胞および固定細胞のどちらでも高い感度においてオートファジーを検出できるという着想を得た。当該着想に基づき、酸性条件下のプロテアーゼ感受性の差の大きい蛍光タンパク質を組み合せたFRETプローブによって上述の課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の特徴を備えている。
【0014】
(1)リソソームまたは液胞において酵素分解を受ける蛍光タンパク質からなるアクセプタ、および配列番号1によって表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有しているドナーを含んでいる、一分子FRETプローブ。
(2)上記蛍光タンパク質はオワンクラゲ由来黄色蛍光タンパク質である、(1)に記載の一分子FRETプローブ。
(3)上記蛍光タンパク質は、YFP、EYFP、Ypet、Topaz、Citrine、mCitrine、mEYFP、Venus、mVenusおよびTagYFPからなる群から選択される、(1)または(2)に記載の一分子FRETプローブ。
(4)ミトコンドリア局在化配列をさらに含んでいる、(1)~(3)のいずれか1つに記載の一分子FRETプローブ。
(5)(1)~(4)のいずれか1つに記載の一分子FRETプローブをコードしている、ポリヌクレオチド。
(6)(5)に記載のポリヌクレオチドを含んでいる、キット。
(7)(1)~(3)のいずれか1つに記載の一分子FRETプローブを含んでいる細胞からの蛍光シグナルを検出することを包含している、オートファジーの活性を定量化する方法。
(8)上記細胞が固定されている、(7)に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、オートファジーの活性の定量化において、リソソームまたは液胞の内部におけるpHの変動に影響を受けずに、精度の高い分析を可能にする優れた性質を示すツールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】大腸菌(18℃)および哺乳類細胞(MEF細胞、37℃)において発現させた蛍光タンパク質の蛍光強度を比較した結果を示す図である。
【
図2】本発明に係るドナー候補物の酸性条件における耐性を、従来の蛍光タンパク質と比較した結果を示す図である。
【
図3】本発明に係るドナー候補物の酸性条件における耐性を、従来の蛍光タンパク質とウエスタンブロットおよび蛍光測定によって比較した他の結果を示す図である。
【
図4】AFFPとmcherryを繋げたコンストラクトを作製し、AFFPまたはmCherryの細胞内でのドット数を比較して、両者の分解耐性を評価した結果を示す図である。
【
図5】オートファジープローブSRAIの構成を上段に模式的に示し、
図2における蛍光測定前の処理をSRAIに施した後に、SRAIの蛍光強度を測定した結果を、中段および下段に示す図である。
【
図6】
図5に示すプローブを用いて、培養細胞におけるオートファジーの活性化を定量化した結果を示す図である。
【
図7】
図5に示すプローブを用いて、培養細胞におけるオートファジーの活性化を細胞固定後において定量化した結果を示す図である。
【
図8】
図5に示すプローブを用いて、24時間の飢餓状態を経たマウスの肝臓におけるオートファジーの活性化を定量化した結果を示す図である。
【
図9】ミトコンドリア局在化配列を含んでいる従来のプローブおよび本発明の実施例に係るプローブの構成を模式的に示す図である。
【
図10】
図9に示すプローブを用いて、ミトコンドリアへの局在化を確認した結果を示す図である。
【
図11】
図9に示すプローブを用いて、マイトファジーを検出した結果を示す図である。
【
図12】Rosadoらが報告したプローブ(Rosella)の性能を評価した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔一分子FRETプローブ(pH応答性のタンパク質分解プローブ)〕
本発明の一分子FRETプローブは、リソソームまたは液胞において酵素分解を受ける蛍光タンパク質からなるアクセプタ、および配列番号1によって表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有しているドナーを含んでいる。
【0018】
上記アクセプタおよびドナーは、単独のタンパク質として存在するときに、互いに異なる蛍光を発する蛍光タンパク質である。単独のタンパク質として存在する上記アクセプタは、励起状態にあるときに第1の波長の蛍光を発する。単独のタンパク質として存在する上記ドナーは、励起状態にあるときに第2の波長の蛍光を発する。ここで、第1の波長は、緑色の波長範囲にある第2の波長より長い。
【0019】
よって、上記一分子FRETプローブは、細胞質に存在するとき(中性のpH条件において)、上記ドナーおよびアクセプタはいずれも蛍光を発し得る。ただし、励起状態の上記ドナーから上記アクセプタにエネルギーが供与されるので、上記一分子FRETプローブは、主に第1の波長の蛍光を発し、第2の波長の蛍光を微弱に発する。このときの上記一分子FRETプローブからの、主に第1の波長の蛍光からなるシグナル(ネガティブシグナルと呼ぶ)は、オートファジーに関連しない。
【0020】
一方、上記一分子FRETプローブは、細胞質からリソソームまたは液胞の内部に移動すると(酸性のpH条件において)、上記ドナー以外の部分(アクセプタを含んでいる)の分解の結果として、上記ドナーを残した構造へと不可逆的に変化する。後述する通り、本発明に係る上記ドナーとして、酸性プロテアーゼに対する分解耐性を示す蛍光タンパク質が、特に選択されているからである。よって、リソソームまたは液胞の内部から発せられる蛍光は、上記ドナーのみが当該内部に存在するので、第2の波長の蛍光のみである。第2の波長の蛍光のみからなるこのシグナル(ポジティブシグナルと呼ぶ)は、オートファジーを示している。
【0021】
以上の通り、本発明に係る一分子FRETプローブ(またはその一部)は、pH依存的に、ネガティブシグナルまたはポジティブシグナルを発する。ただし、当該一分子FRETプローブにおけるシグナル変化は不可逆的であり、その機序は、2つの蛍光タンパク質発色団のpH感受性の差異を利用する従来の機序と明らかに異なる。従来の機序では、分子全体における2つの発色団からの蛍光発光を混色させた蛍光特性が、pH変化に依存して可逆的に変化する。一方、本発明に係る一分子FRETプローブは、分子全体が維持されている(中性条件)ときにネガティブシグナルを発し、酸性条件においてアクセプタが分解されて(低pHに感応して)ポジティブシグナルを発する。いったん分解されたアクセプタは再生されないので、周囲環境のpHが上昇して酸性から中性になっても、上記ドナーはポジティブシグナルを発し続ける。つまり、本発明に係る一分子FRETプローブは、pH低下(中性→酸性)にのみ感応して不可逆的にシグナル変化を生じ、pH上昇には不感応である。これに対して、従来の機序に基づくプローブは、pH変化(中性←→酸性)に感応して可逆的にシグナル変化を生じる。
【0022】
以上のことから、リソソームまたは液胞において上記アクセプタの分解後に残存する上記ドナーは、周囲環境が酸性以外に変化しても、ポジティブシグナルのみを発し、ネガティブシグナルを発しない。よって、本発明に係る一分子FRETプローブを使用すれば、例えば細胞死が起こってから時間が経過することによってpHが酸性から中性に上昇しても、オートファジーを示すポジティブシグナルの総計は、変化せずに検出され得る。
【0023】
さらに、本発明に係る一分子FRETプローブを使用すれば、ネガティブシグナルおよびポジティブシグナルを構成する蛍光の主たる成分が異なる。より詳細には、中性条件下のネガティブシグナルにおいて支配的な第1の波長の蛍光成分は、酸性条件において消失する。一方で、ネガティブシグナルにおいて微弱な第2の波長の蛍光成分は、酸性条件下のポジティブシグナルにおいて唯一の蛍光成分へと劇的に変化する。したがって、本発明に係る一分子FRETプローブを使用すれば、第2の波長の蛍光成分の実質的な有無に基づいて、オートファジーの活性を容易に定量化し得る。
【0024】
以上のことから、上記一分子FRETプローブを導入した後に固定した細胞において、オートファジーの活性を極めて正確に定量化し得る。上記一分子FRETプローブは、生細胞を扱う煩雑さをなくすとともに、分析の精度を向上させ得るという極めて優れた性質を有している。
【0025】
(オートファジー)
オートファジー(自食作用とも称される)は、細胞が自らのタンパク質、細胞内小器官(例えば、ミトコンドリアまたは小胞体)などの構成要素を分解する過程である。オートファジーは、生じる過程の機序に基づいて、主にマクロファジー、ミクロオートファジーまたはシャペロン介在性オートファジーに分類される。
【0026】
本明細書に使用されるとき、「オートファジーの活性」は、細胞内のクリアランス(浄化)能を指す。オートファジーの活性が高いことは、生細胞におけるクリアランスが十分に機能していることを意味する。オートファジーが正常に進行していることは、細胞の恒常性が維持されていることを意味する。
【0027】
マクロオートファジーでは、ストレス(例えば、栄養成分の飢餓状態、タンパク質の過剰産生、または異常タンパク質の蓄積)を細胞が受けると、当該ストレスに関連するタンパク質、または細胞内小器官およびリン脂質が集積されることによって、オートファゴソームが形成される。ここで、動物細胞では、オートファゴソームおよび細胞内リソソームの膜融合によって、オートリソソームが形成される。一方、酵母または植物細胞では、オートファゴソームおよび液胞が膜融合する。以上の結果として、リソソームまたは液胞の内部に存在するタンパク質分解酵素によって、上記構成要素の分解が行われる。上記構成要素の、以上の一連の分解過程をマクロオートファジーと呼ぶ。
【0028】
ミクロオートファジーは、構成要素(例えば、過剰産生タンパク質または異常タンパク質)を、上述の膜融合を介することなく、リソソームまたは液胞の内部に直接的に取り込こんだ後に分解する過程である。
【0029】
シャペロン介在性オートファジーは、リソソームまたは液胞の内部への取り込みにおいて、構成要素(例えば、過剰産生タンパク質または異常タンパク質)との、シャペロンによる結合を介している過程である。
【0030】
いずれの機序であっても、当該構成要素は、最終的にリソソームまたは液胞に取り込まれて、リソソームまたは液胞の内部にある分解酵素によって分解を受ける。タンパク質などの生体分子の他に、ミトコンドリアおよび小胞体などの細胞内小器官が、オートファジーによって分解される。ミトコンドリアが分解されるオートファジーは、マイトファジーとも呼ばれる。オートファジーは非常に多岐にわたる生命現象への関与について示唆されている。よって、オートファジーの活性の定量化を容易かつ簡便にすることは、種々の生命現象の解明に極めて大きな可能性を有している。
【0031】
続いて、上記一分子FRETプローブの構成要素の詳細について以下に説明する。
【0032】
(ドナー)
上記ドナーは、酸性プロテアーゼに対する高い分解耐性、高い蛍光強度および酸性条件における蛍光強度の安定性を有している。酸性条件においてポジティブシグナルを発するために、上記ドナーには、酸性プロテアーゼに対する高い分解耐性を有していることが必須に求められる。そして、ネガティブシグナルに対するポジティブシグナルのレシオ値を極大化するために、上記ドナーには、高い蛍光強度および酸性条件における蛍光強度の安定性が求められる。このような本発明に係るドナーの詳細について以下に説明する。
【0033】
上記ドナーは、配列番号1によって表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性のアミノ酸配列を有している。この構成によれば、上記ドナーから発せられる上記第2の蛍光は、高い蛍光強度を有しており、かつ酸性条件において強度の低下を生じない。上記ドナーは、好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上の配列同一性のアミノ酸配列を、配列番号1によって表されるアミノ酸配列に対して有している。
【0034】
上記ドナーを配列同一性以外の観点から説明すると、上記ドナーのアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列に対して11以下のアミノ酸残基の置換、付加、欠失および/または挿入を有していると言い換え得る。したがって、上記ドナーのアミノ酸配列は、配列番号1のアミノ酸配列に対して、好ましくは10以下、より好ましくは8以下、より一層好ましくは数個(5~6個、好ましくは2~3個)以下のアミノ酸の置換、付加、欠失および/または挿入を有している。上記ドナーが有しているアミノ酸配列の詳細を以下に説明する。
【0035】
上記ドナーは、例えば、実施例に記載のような配列番号1によって表されるアミノ酸配列を有している。しかし、上述の通り、上記ドナーのアミノ酸配列は、ある程度の幅を有して変更を許容する。例えば、上記ドナーのアミノ酸配列は、配列番号1によって表されるアミノ酸配列のドナーと実質的に同等、または当該ドナー以上の、酸性プロテアーゼに対する分解耐性、蛍光強度および蛍光強度の安定性を有しているという条件を満たす限り、変更され得る。
【0036】
本明細書におけるアミノ酸置換は、アミノ酸の保存的置換または非保存的置換であり得る。アミノ酸の保存的置換は、物理的または化学的な性質(例えば、電気的性質、構造的性質、疎水性および極性)に基づいて実施され得る。当該性質を共有しているアミノ酸の集団としては、疎水性アミノ酸、極性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸、および芳香族アミノ酸が挙げられる。疎水性アミノ酸の例は、グリシン、イソロイシン、ロイシン、アラニン、メチオニンおよびプロリンである。極性アミノ酸の例は、アスパラギン、グルタミン、スレオニン、セリン、チロシンおよびシステインである。酸性アミノ酸の例は、アスパラギン酸およびグルタミン酸である。塩基性アミノ酸の例は、アルギニン、リジンおよびヒスチジンである。芳香族アミノ酸の例は、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンおよびヒスチジンである。
【0037】
上記ドナーのアミノ酸配列においてアミノ酸の変更を避けることが好ましい部分としては、配列番号1の2位を先頭として数える表記方法にしたがったときの、Q62、Y63、G64、S58、S60、A82、D142、V173、E182、S184、E199、C210およびA217が挙げられる。
【0038】
したがって、上記ドナーのアミノ酸配列は、Q62、Y63、G64、S58、S60、A82、D142、V173、E182、S184、E199、C210およびA217の1つ以上、好ましくは3つ以上、より好ましくは5つ以上を有しているか、上記アミノ酸位置に該当するアミノ酸の変更は、保存的置換である。
【0039】
上記ドナーは、励起光の照射を受けて450~510nmのピーク波長を有している緑色蛍光を発する。当該ピーク波長は、後述するアクセプタの有しているピーク波長に合わせてこの範囲内において適宜変更され得る。
【0040】
上述の通り、上記ドナーは、生細胞のリソソームまたは液胞において分解耐性が高い。より詳細には、上記ドナーは、酸性条件(pH3~6、好ましくはpH4~6)において、リソソームまたは液胞に存在する酸性プロテアーゼに対する分解耐性を有している。
【0041】
なお、上記ドナーは、FRETプローブにおけるドナーである。すなわち、上記ドナーは、後述するアクセプタと近接しているときに、当該ドナーが励起光の照射を受けることによって得たエネルギーを当該アクセプタに供与する蛍光タンパク質である。さらに、上記ドナーからエネルギーの供与を受けた上記アクセプタは蛍光を発する。よって、上記ドナーが励起光の照射を受けることによって発する蛍光の波長は、上記アクセプタが当該ドナーからエネルギーの供与を受けることによって発する蛍光の波長より短い。
【0042】
(アクセプタ)
上記アクセプタは、上述の通り、リソソームまたは液胞において酵素分解を受ける蛍光タンパク質である。したがって、当該アクセプタは、リソソームまたは液胞の内部における酵素分解を、上記ドナーと比べて、より受けやすい蛍光タンパク質とも呼ばれ得る。上記一分子FRETプローブがリソソームまたは液胞の内部に輸送されると、当該アクセプタは酵素分解される。酵素分解の後に一分子FRETプローブのうち残っているのは、上記ドナーである。したがって、上記一分子FRETプローブがリソソームまたは液胞の内部に輸送されると、上記アクセプタに基づく第1の波長の蛍光は消失する。この結果として、上記ドナーの励起にともなう第2の波長の蛍光のみが、当該ドナーから発せられる。このような機序にしたがって、上記一分子FRETプローブは上述の作用を発揮する。
【0043】
上記ドナーが発する蛍光によって上記アクセプタが励起されるので、上記アクセプタの励起波長は、上記ドナーの蛍光波長と少なくとも一部が重複している。アクセプタの励起波長は、pH4~9において、好ましくは430nm以上、530nm以下、より好ましくは450nm以上、510nm以下の範囲内である。また、アクセプタの励起ピーク波長は、好ましくは440nm以上、520nm以下、より好ましくは450nm以上、510nm以下の範囲内である。
【0044】
上記アクセプタは、上記ドナーの蛍光ピーク波長より少なくとも長い波長の蛍光ピーク波長を有している。上記アクセプタおよび上記ドナーの間における蛍光ピーク波長の差は、pH4~9において、好ましくは20nm以上、より好ましくは30nm以上、さらに好ましくは40nm以上である。当該差が大きいほど、一分子FRETプローブ(アクセプタの分解前)が発する蛍光シグナルと、残存プローブ(アクセプタの分解後)が発する蛍光シグナルとの区別がより容易となる。
【0045】
上記アクセプタとして、オワンクラゲ由来の蛍光タンパク質であって、黄色蛍光、橙色蛍光または赤色蛍光を発する蛍光タンパク質が好ましい。より好ましくは、オワンクラゲ由来の黄色蛍光タンパク質である。
【0046】
本明細書において、「オワンクラゲ由来黄色蛍光タンパク質」とは、Aequorea victoriaから単離された蛍光タンパク質であるGFP(Green Fluorescent Protein)を遺伝子改変して作製された蛍光タンパク質、またはAequorea macrodactylaから単離された蛍光タンパク質であるTagGFPを遺伝子改変して作製された蛍光タンパク質、を指す。「GFPを遺伝子改変して作製された蛍光タンパク質」とは、例えばYFP、EYFP、Ypet、Topaz、Citrine、mCitrine、mEYFP、VenusおよびmVenusが挙げられるがこれらに限定されず、これら蛍光タンパク質のアミノ酸の一部を改変(欠失、置換、挿入、および/または付加)した改変型の蛍光タンパク質であって黄色蛍光の特性を維持した蛍光タンパク質を含む。「TagGFPを遺伝子改変して作製された蛍光タンパク質」とは、例えばTagYFPが挙げられるがこれに限定されず、TagYFPのアミノ酸の一部を改変(欠失、置換、挿入、および/または付加)した改変型の蛍光タンパク質であって黄色蛍光の特性を維持した蛍光タンパク質を含む。「アミノ酸の一部を改変(欠失、置換、挿入、および/または付加)した改変型の蛍光タンパク質」としては、好ましくは改変前の蛍光タンパク質と90%以上の相同性、より好ましくは95%以上の配列同一性を維持した蛍光タンパク質が挙げられる。
【0047】
また、上記アクセプタは、必ずしもオワンクラゲ由来の蛍光タンパク質でなくてもよい。この場合、上記アクセプタは、変異導入などによりリソソームまたは液胞の内部において、不可逆的に消光するか、または酵素分解される蛍光タンパク質であることが好ましい。
【0048】
(リンカー)
本発明に係る一分子FRETプローブは、必要に応じてリンカーを含み得る。リンカーは、1つ以上のアミノ酸残基からなり、上記アクセプタとドナーとを結合するペプチド配列である。リンカーの長さは好ましくは、2アミノ酸残基~100アミノ酸残基、より好ましくは2アミノ酸残基~50アミノ酸残基の範囲内である。
【0049】
リンカーの役割の1つは、リンカーなしの場合(アクセプタとドナーとが直接的に融合されている場合)と比較して、FRETの効果が増大するようにアクセプタとドナーとを位置付けることである。したがって、リンカーは、低い細胞毒性を有しているか、または実質的に無毒性であり、アクセプタおよびドナーの発光特性にあまり影響しないか、または実質的に影響しないことが好ましい。このようなリンカーに該当する限り、リンカーのアミノ酸配列は特に限定されない。
【0050】
(オートファジーについて分析される対象)
上記一分子FRETプローブは、リソソームまたは液胞の内部において分解を受ける任意の生体分子を含み得る。当該生体分子は、オートファジーの活性化に関与すると知られているか、もしくは予想されている分子、またはこれまでにオートファジーの活性化との関与について示唆されていない分子であり得る。当該生体分子は、タンパク質であり得ることが好ましい。後述する通り、ポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを含んでいるキットを用いて、オートファジーの活性化を測定し得るからである。
【0051】
(ミトコンドリア局在化配列)
上記一分子FRETプローブは、ミトコンドリア局在化配列をさらに含み得る。ミトコンドリア局在化配列を含んでいるプローブは、細胞内全体における一様な局在ではなく、ミトコンドリア内に主に集積する。したがって、当該プローブを使用すると、リソソームまたは液胞によるミトコンドリアの特異的な分解を定量化可能である。
【0052】
ミトコンドリア局在化配列の例としては、CoxVIII配列が挙げられる。これらの配列は、1種を1つ以上、1種を2つ以上の繰り返し、2種以上を1つ以上ずつ、または2種以上を、繰り返しを含む3つ以上において上記一分子FRETプローブに導入され得る。
【0053】
(他の配列)
ミトコンドリア局在化配列に代えて、上記一分子FRETプローブは、他の局在化配列またはシグナル配列を含み得る。他の局在化配列またはシグナル配列の例としては、液胞局在化配列、核移行シグナル配列、ならびにリソソーム、液胞および核以外の細胞内器官への移行シグナル配列が挙げられる。これらの配列を上記一分子FRETプローブに導入すれば、例えば、核の特異的なオートファジーを定量化することによって、有核細胞の無核細胞への成熟の定量化などが可能になる。
【0054】
リソソーム局在化配列の例としては、カテプシンDが挙げられる。核移行シグナル配列の例としては、c-myc由来NLSが挙げられる。他の細胞内器官の例としては、ペルオキシソーム移行SKLモチーフ等が挙げられる。
【0055】
上述した種々の局在化配列およびシグナル配列と組み合わせて、上記一分子FRETプローブは、種々の配列を含み得る。一例としては、ミトコンドリア局在配列に加えて、細胞質に残る非局在化プローブを除去するためのデグロン配列としてCL1配列およびPEST配列が挙げられる。
【0056】
〔ポリヌクレオチド〕
本発明に係るポリヌクレオチドは、上記一分子FRETプローブをコードしている。したがって、当該ポリヌクレオチドを、種々のオートファジーについて分析する細胞に導入することによって、上記一分子FRETプローブは、細胞内に発現させられ得る。
【0057】
本発明に係るポリヌクレオチドは、RNA(例えばmRNA)の形態、またはDNAの形態(例えばcDNA)において存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。本発明に係るポリヌクレオチドは、例えば、ORF(オープンリーディングフレーム)の配列のみを含んでいるポリヌクレオチドであり得、非翻訳領域(UTR)の配列をさらに含んでいるポリヌクレオチドであり得る。
【0058】
また、本発明に係るポリヌクレオチドは、Hisタグ、HAタグ、Mycタグ、またはFlagタグ等のタグ配列をコードするポリヌクレオチドが、上述のポリヌクレオチドに対して必要に応じて付加されている。本発明に係るポリヌクレオチドは、上記リンカーをコードするポリヌクレオチドが、上述のポリヌクレオチドに対して必要に応じて付加されている。
【0059】
本発明に係るポリヌクレオチドは、例えば、上記ドナー、上記アクセプタ、および必要に応じて用いられる上記リンカーもしくはタグ配列等の各構成要素のポリペプチドをコードする複数のポリヌクレオチドを直鎖状に連結することによって、生成され得る。複数のポリヌクレオチドの連結は、例えば、遺伝子工学的な手法、または核酸合成法を用いて実施され得る。
【0060】
一実施形態において、本発明に係るポリヌクレオチドは、配列番号2にそのアミノ酸配列が示されているFRETプローブをコードしている、配列番号3にその塩基配列が示されているポリヌクレオチドである。
【0061】
本発明に係るポリヌクレオチドは、例えば、以下の手順にしたがって当該ポリヌクレオチドがコードしている融合タンパク質を細胞内に発現させ得る。発現ベクター等に上記ポリヌクレオチドをサブクローニングすることによって、一分子FRETプローブである融合タンパク質を発現させるための発現コンストラクトを作製する。続いて、当該発現コンストラクトを細胞内に導入することによって、上記ポリヌクレオチドがコードする融合タンパク質を細胞内に発現させる。
【0062】
〔ベクターおよび発現コンストラクト〕
(発現コンストラクト)
本発明は、本発明に係る一分子FRETプローブを産生するために使用される発現コンストラクトを提供する。「発現コンストラクト」は、発現宿主内において機能的な発現制御領域、および当該発現制御領域に対して作動可能に連結されているポリヌクレオチドを含んでいる発現単位を指す。発現コンストラクトの一例は、上記発現制御領域および上記ポリヌクレオチドを遺伝子工学的に連結した核酸構築物である。「作動可能に連結」は、ポリヌクレオチドの発現が発現制御配列によって制御されている状態を指す。発現コンストラクトは発現ベクターの形態であり得、発現ベクターは、宿主細胞において一分子FRETプローブを組換え発現させるためのベクターであるか、または一分子FRETプローブのインビトロ生成に用いるベクターであり得る。
【0063】
発現ベクターにおいて、本発明に係るポリヌクレオチドには、例えば、プロモータ配列などの、転写に必要な要素(上述の「発現制御領域」に相当)が、作動可能に連結されている。プロモータ配列は宿主細胞において転写活性を示すDNA配列である。使用されるプロモータ配列の種類は、宿主細胞の種類および本発明に係る一分子FRETプローブを利用する目的に応じて適宜選択され得る。
【0064】
宿主細胞内において機能的なプロモータ配列としては、バチルス・ステアロテルモフィルス・マルトジェニック・アミラーゼ遺伝子(Bacillus stearothermophilus maltogenicamylase gene)、バチルス・リケニホルミスαアミラーゼ遺伝子(Bacillus licheniformis alpha-amylase gene)、バチルス・アミロリケファチエンス・BANアミラーゼ遺伝子(Bacillus amyloliquefaciens BAN amylase gene)、バチルス・サブチリス・アルカリプロテアーゼ遺伝子(Bacillus Subtilis alkaline protease gene)もしくはバチルス・プミルス・キシロシダーゼ遺伝子(Bacillus pumilus xylosldase gene)のプロモータ;ファージ・ラムダのPRプロモータまたはPLプロモータ;大腸菌の、lacプロモータ、trpプロモータ、tacプロモータ;ポリヘドリンプロモータ、P10プロモータ、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパクプロモータ、バキュロウイルス即時型初期遺伝子1プロモータ、バキュロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモータ、酵母解糖系遺伝子由来のプロモータ、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモータ、TPI1プロモータ、ADH2-4cプロモータ、ADH3プロモータ、tpiAプロモータ、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモータ、SV40プロモータ、MT-1(メタロチオネイン遺伝子)プロモータ、サイトメガロプロモータまたはアデノウイルス2主後期プロモータなどが挙げられる。
【0065】
発現ベクターにおいて、本発明に係るポリヌクレオチドは、必要に応じて、適切なターミネータ(例えば、ポリアデニレーションシグナル、哺乳動物の成長ホルモンターミネータ、TPI1ターミネータまたはADH3ターミネータ)に対して機能的に結合され得る。適切なターミネータの種類は、宿主細胞の種類に応じて適宜選択され得る。
【0066】
発現ベクターは、転写エンハンサ配列、または翻訳エンハンサ配列などのエレメントをさらに有し得る。発現ベクターは、当該発現ベクターの宿主細胞内における複製を可能にするDNA配列をさらに有し得る。宿主細胞が哺乳動物細胞の場合、当該DNA配列としては、SV40複製起点などが挙げられる。
【0067】
(ベクター)
本発明に係るポリヌクレオチドは、適当なベクターに挿入して使用され得る。ベクターの種類は、(1)プラスミドのような自律的に複製するベクター、または(2)宿主細胞に導入されると宿主細胞のゲノムに組み込まれ、宿主細胞の染色体と共に複製されるベクターである。なお、単にベクターという場合、当該用語は、上述の発現ベクターのみならず、例えばクローニング用ベクター等も包含している。
【0068】
ベクターは選択マーカーをさらに有し得る。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシンまたはハイグロマイシンのような薬剤に対する、薬剤耐性遺伝子を挙げられる。選択マーカーを用いれば、本発明に係るポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらに、宿主細胞において実際に発現しているか否かなどを確認することができる。
【0069】
〔キット〕
また、本発明は、本発明に係るポリヌクレオチドを含んでいるキットを提供する。このキットは、本発明に係るポリヌクレオチドに加え、当該ポリヌクレオチドを挿入するためのベクター、およびベクターを用いて形質転換するための宿主細胞等から選択される少なくとも1つをさらに含み得る。また、本発明に係るキットにおいて、本発明に係るポリヌクレオチドは、当該ポリヌクレオチドが挿入されているベクター、または当該ポリヌクレオチドを含んでいる形質転換体として含まれ得る。
【0070】
このキットは、本発明に係る一分子FRETプローブを利用するためのキットである。例えば、オートファジーの活性を測定するためのキット、オートファジーの活性に影響する化合物をスクリーニングするためのキットであり得る。したがって、このキットは、オートファジーの活性の測定もしくは当該活性に影響する化合物のスクリーニングに用いる試薬、またはコントロール用の化合物等を含み得る。本発明に係るキットは、後述する種々の方法の手順について説明されているキットの使用説明書(方法の手順が掲載されているウェブサイトを参照する形式であり得る)を含み得る。キットの使用説明書は、例えば、紙媒体、またはコンピュータによって読み取り可能な記録媒体であり得る。
【0071】
〔形質転換体の生成〕
細胞へのベクターの導入(すなわち、形質転換)は、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポーレーション法などの手法によって実施され得る。
【0072】
細胞を培養することによって発現された組換えタンパク質は、細胞内または細胞外液(シグナルペプチド使用の場合)から、例えば、細胞壁破壊、硫酸アンモニウム、エタノール沈殿、酸抽出、アニオンまたはカチオン交換クロマトグラフィー、疎水相互作用クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、HPLCなどの方法により回収および/または精製することができる。
【0073】
本発明では、細胞のオートファジー(その活性または生起)を測定(定量化)するために、上記一分子FRETプローブ、またはそれをコードするDNAを含むベクターを使用する。ここで使用する細胞は、特に真核細胞(真菌細胞(酵母、糸状菌、担子菌など)、植物細胞、および動物細胞(昆虫細胞、哺乳類細胞など))であるため、ベクターは、それらの細胞に適するベクター(プラスミド、ファージ、コスミド、ウイルス)を使用する。
【0074】
酵母に適するベクターの例としては、pG-1、YEp13、YCp50、pGBT9、pGAD424、pACT2(Clontech)などが挙げられる。植物細胞に適するベクターの例には、pBIベクター、T-DNAベクターなどが挙げられる。動物細胞に適するベクターの例には、pRc/RSV、pEF6/Myc-His、pRc/CMV(Invitrogen等)、ウシパピローマウイルスプラスミドpBPV(アマシャム・ファルマシアバイオテク)、EBウイルスプラスミドpCEP4(Invitrogen)、バキュロウイルス等の昆虫ウイルスなどが挙げられる。
【0075】
上記細胞へのベクターの導入(すなわち、形質転換またはトランスフェクション)は、当該分野において公知の方法にしたがって実施され得る。当該方法としては、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、リポフェクション法、エレクトロポーレーション法、マイクロインジェクション法、リポソーム法、アグロバクテリウム法、遺伝子銃、ウイルス感染法、スフェロプラスト法およびプロトプラスト法が挙げられる。
【0076】
代替的に、上記一分子FRETプローブを細胞内に直接的に導入する場合、膜透過性ペプチドと結合させるか、またはリポソームに封入して、当該プローブを細胞に導入することができる。
【0077】
〔一分子FRETプローブの利用〕
(オートファジーを定量化する方法)
上記一分子FRETプローブを用いて、オートファジーの活性を定量化する方法は、細胞からの蛍光シグナルを検出することを包含している。上述の通り、上記一分子FRETプローブを用いれば、検出される蛍光シグナルに基づいて、容易かつ簡便に細胞におけるオートファジーの活性化を定量化し得る。当該方法の詳細を、具体例を用いて以下に説明する。なお、本項目の説明は、項目(オートファジーについて分析される対象)に記載の対象が上記一分子FRETプローブに含まれている実施形態に対応している。
【0078】
上記細胞は、任意の形態において試料に存在し得る。任意の形態は、例えば、培養されている生細胞、固定化された死細胞、組織内に存在する生細胞もしくは固定化された死細胞、または個体に存在する生細胞もしくは固定化された死細胞である。上述の通り、上記方法によれば、プローブの導入後に細胞死が起こっても、オートファジーの活性を示すシグナルが減衰しないので、細胞の生死を問わずにオートファジーの活性を定量化し得る。
【0079】
本発明の「一分子FRETプローブ」を用いた定量化方法の対象である生物材料の種類は特に限定されないが、当該生物材料としては、植物由来の材料又は動物由来の材料が好ましく、魚類、両生類、爬虫類、鳥類又は哺乳類(哺乳動物)等の動物由来の材料がより好ましく、哺乳動物由来の材料が特に好ましい。また、哺乳動物の種類は特に限定されないが、哺乳動物の例としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、霊長類(ヒトを除く)等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物(ペット);ウシ、ウマ等の家畜;ヒトが挙げられる。
【0080】
また、生物材料は、個体そのものであり得(生きているヒト個体を除く)、多細胞生物の個体から採取した器官組織、または細胞であり得る。後述する通り、「生物材料用透明化試薬」と組み合わせることによって生物材料を透明化し得るので、生物材料が、多細胞動物由来の組織もしくは器官(例えば、脳全体またはその一部)、またはヒトを除く多細胞動物の個体(例えば胚等)であってもオートファジーの活性化を定量化し得る。
【0081】
上記生物材料は、上述の通り、顕微鏡観察用に固定処理された材料、または固定されていない材料であり得る。なお、固定された材料を用いる場合には、固定化処理後に、例えば20(w/v)%ショ糖-PBS溶液に、充分に(例えば、24時間以上)浸漬する処理を行うことが好ましい。さらに、当該材料をOCT compundに包埋して液体窒素によって凍結後、PBS中で解凍し、4(w/v)%PFA-PBS液で再度固定する処理を行うことが好ましい。
【0082】
上記方法において、上記ドナーを励起する特定の波長を有している励起光を、上記試料に照射する。当該励起光の波長は、400~440nmである。
【0083】
上記方法は、オートファジーの活性化を定量化することを目的とする。したがって、当該方法では、上記ドナーおよびアクセプタから発せられた蛍光のそれぞれの強度を決定する必要がある。上記ドナーおよびアクセプタからの発せられた蛍光のそれぞれを、蛍光顕微鏡を用いて検出し、蛍光強度を数値化する。当該強度は、検出された蛍光シグナルの強度を、検出された励起光の強度によって割った値として表される。さらに、ドナーの蛍光強度を表す値を、アクセプタの蛍光強度を表す値によって割った値を、オートファジーの活性化の程度とみなす。この程度を、蛍光画像の視野全体において取得する。
【0084】
(マイトファジーを定量化する方法)
マイトファジーを定量化する方法は、ミトコンドリア局在化配列を含んでいる一分子FRETプローブを利用する点、およびミトコンドリアのみを観察の対象としている点において、項目(オートファジーを定量化する方法)と異なる。よって、本項目における記載されるべき事項は、「オートファジー」を「マイトファジー」に、「(オートファジーについて分析される対象)」を「ミトコンドリア局在化配列」に置き換えた(オートファジーを定量化する方法)の記載と同一である。よって、(オートファジーを定量化する方法)を引用することによって、詳述を省略する。
【0085】
〔透明化処理法との組合せ〕
上記一分子FRETプローブを含んでいる試料は、透明化処理に供され得る。試料を透明化処理することによって、試料の深部観察を実施可能である。透明化処理としては、例えば、国際公開公報WO2011/111876A1(米国出願番号13/583,548)、国際公開公報WO2012/147965A1(米国出願番号14/113,639)、または国際公開公報WO2012/161143A1(米国出願番号14/118,150)に記載のような、尿素および尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも1種の化合物、好ましくは尿素を有効成分として含んでいる溶液(以下、単に生物材料用透明化試薬と呼ぶ)を用いて、試料を透明化処理することが挙げられる。生物材料用透明化試薬は、水溶液であることが好ましい。
【0086】
「生物材料用透明化試薬」は、必要に応じてさらにソルビトールを含んでいてもよい。ソルビトールを使用する場合、その含有量は特に限定されないが、15(w/v)%以上で50(w/v)%以下の範囲内であることが好ましく、18(w/v)%以上で48(w/v)%以下の範囲内であることがより好ましい。ソルビトールを使用する場合は、特願2015-008928号の記載内容も参照することができる。
【0087】
なお、国際公開公報WO2011/111876A1、国際公開公報WO2012/147965A1、国際公開公報WO2012/161143A1、および特願2015-008928号に記載された内容は全て、参照によって、本明細書の一部として組み込まれる。
【実施例】
【0088】
以下の実施例を参照して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例の記載によってその範囲を限定されない。
【0089】
〔実施例1:酸性条件下において蛍光を発するドナー用タンパク質〕
(ドナー候補物の作製)
ドナー候補物を作製する材料として、イシサンゴに属するアザミサンゴから単離された、緑色の蛍光を発する蛍光タンパク質であるAzamiGreenの単量体化改変体mAG(Karasawa et al., (2003) J Biol Chem. 278, 34167-34171)を選択した。mAGに、以下の手順にしたがって変異を導入することによって、ドナー候補物を作製した。
【0090】
まず、既報のプロトコル(Sawano, A. et al., (2000) Nucleic Acids Research 28, e78)にしたがって、mAGに変異S142DおよびF173V/D182Eを導入した。導入には、pRSETB(Humanized mAG1/pRSETB)におけるHumanized mAG1のcDNAを出発物質として用いた。オリゴヌクレオチド特異的変異誘発法によって変異S142DおよびF173V/D182Eを有する変異型mAG(humanized mAG407、以下、単にmAG407と呼ぶ)をコードするポリヌクレオチドを得た。上述と同様にして、mAG407に対してオリゴヌクレオチド特異的変異誘発法を行い、変異T58SおよびV60S/T82A/R184S/K199E/Y210C/Y217Aをさらに有する改変型mAGをコードするポリヌクレオチドを得て、Humanized Acid Fast Fluorescent Protein(以下、単にAFFP(配列番号1)と呼ぶ)と命名した。以上の通りに得られたこれらのポリヌクレオチドを、哺乳類細胞発現および蛍光強度比較のために、pcDNA3およびHAtag-pcDNA3にそれぞれサブクローニングした。
【0091】
(ドナー候補物の性質決定)
作製したドナー候補物が、本発明に係るドナーに求められる性質を満たしているか否かについて、以下のように確認した。
【0092】
<蛍光強度>
AFFPおよびmAG407を、大腸菌(18℃)および哺乳類細胞(Mouse embryonic fibloblast(MEF)細胞)(37℃)に発現させて、蛍光強度を比較した。大腸菌において発現させたAFFPおよびmAG407の蛍光強度の比較は、既報(Katayama, H, et al., (2008) Cell Struct. Funct. 33, 1-12)にしたがって行った。精製組換えタンパク質の濃度を合わせて、pH7.0のバッファーにおいて各蛍光タンパク質の蛍光強度を測定した。上述のKatayama, H, et al.,にしたがう、大腸菌発現させたタンパク質に対する試験を表すとき、以下では単に「大腸菌試験」と記載する。
【0093】
哺乳類細胞における蛍光強度の比較を次のように行った。HA-tag-AFFP/pcDNA3およびHA-tag-mAG407/pcDNA3のプラスミドDNAを、Lipofectamine(登録商標) 2000を用いてMEF細胞に導入した。導入の1日後に、細胞を回収して細胞溶解液を調製し、蛍光強度およびタンパク質の発現量を測定した。タンパク質の発現量は、抗HA抗体(ラットモノクローナル抗体、clone 3F10、Roche)を用いたウエスタンブロットで測定した。蛍光強度の比較は、測定された蛍光強度の実測値をタンパク質の発現量で補正して行った。上述のように、MEF細胞において発現させたタンパク質に対する試験を表すとき、以下では単に「MEF細胞試験」と記載する。
【0094】
大腸菌試験およびMEF細胞試験の両方において、蛍光強度の測定において、AFFPを、励起ピーク波長(406nm)の励起光によって励起させ、mAG407を、励起ピーク波長(407nm)の励起光によって励起させた。また、大腸菌試験およびMEF細胞試験の両方において、蛍光強度の数値化およびプロットにおいて、AFFPの発した蛍光の強度を1に設定した。
【0095】
以上の結果を
図1に示す。
図1の上段は、大腸菌から精製した組換えタンパク質の結果を表し、中段は、MEF細胞に発現させた蛍光タンパク質の結果を表し、下段は、それぞれの結果を数値化した比較結果を示す。
図1から明らかなように、AFFPは、mAG407より、大腸菌試験において2.5倍、MEF細胞試験において約14倍も高い蛍光強度を示した。したがって、AFFPは、高い蛍光強度という点において、本発明に係るドナーとして好適であることが分かった。
【0096】
<pH変化に対する蛍光強度の安定性の確認>
次に、酸性条件下におけるAFFPの蛍光強度の安定性を調べるために、AFFPが中性~酸性において示す蛍光強度を測定した。AFFPの比較対象として、緑色蛍光タンパク質(EGFPおよびSapphire)、黄色蛍光タンパク質(Ypet)、ならびに赤色蛍光タンパク質(mCherryおよびTag-RFP)から適宜選択して使用した。
【0097】
EGFPおよびmCherryを比較対象として大腸菌試験を実施して、AFFPにおける蛍光強度の変化のpH依存性を調べた。当該大腸菌試験では、得られた精製組換えタンパク質からの蛍光強度を、pH4.0~8.0の範囲において0.5ずつ変化させた9点のpH条件において測定した。各蛍光タンパク質の各pH条件における蛍光強度をプロットした。なお、プロットでは、各蛍光タンパク質の最大蛍光強度を1に設定し、それ以外のpH条件における蛍光強度を1に対する相対値としてプロットした。
【0098】
EGFP、Sapphire、Ypet、mCherryおよびTag-RFPを比較対象として大腸菌試験を実施して、AFFPの蛍光強度の変化のpH依存性を調べた。当該大腸菌試験では、pH7.0および4.0の場合の蛍光強度を測定した。そして、各蛍光タンパク質の2つのpH条件における蛍光強度を比較した。なお、pH7.0における各タンパク質からの蛍光強度を1に設定した。
【0099】
上述の2つの蛍光強度の測定において、各タンパク質の励起波長/蛍光波長は以下の通りである。AFFP:410nm/498nm、EGFP:490nm/507nm、Ypet:500nm/530nm、Sapphire:400nm/510nm、mCherry:580nm/610nm、TagRFP:550nm/584nm。
【0100】
以上の2つの試験の結果を
図2に示す。
図2において、上段は2つの比較対象を用いた大腸菌試験の結果を表し、下段は5つの比較対象を用いた大腸菌試験の結果を表す。
図2の上段から明らかな通り、AFFPは、EGFPおよびmCherryと異なり、pH4.0~8.0においてほぼ一定の蛍光強度を有している。
図2の下段から明らかな通り、AFFPは、比較対象にYpet、SapphireおよびTagRFPをさらに加えても、pHの変化に影響を受けない蛍光強度を有していることが分かった。つまり、AFFPは、pHの変化に依存しない蛍光強度を有している点において、本発明に係るドナーとしての適性を有していた。
【0101】
<酸性プロテアーゼによる分解に対する抵抗性の確認>
3つの反応バッファー(pH7.0/ペプシンなし、pH4.0/ペプシンなし、pH4.0/0.05%のペプシン)において、精製組換えタンパク質をインキュベートする処理を含む大腸菌試験を行った。上記反応バッファーは、25mMのHEPESバッファー(pH7.0)または酢酸バッファー(pH4.0)に、119mMのNaCl、2.5mMのKCl、2mMのCaCl2、および2mMのMgCl2、30mMのグルコースとなるよう調製されたものである。上記反応バッファーに精製した各タンパク質を加えた混合物を、2時間にわたって37℃においてインキュベートした。当該混合物を2つに分けて、それぞれを蛍光強度測定およびウエスタンブロットに供した。蛍光強度の測定は、pH7.0のバッファーによって上記混合物を200倍に希釈してpHを調製した後に行った。ウエスタンブロットによるタンパク質の検出には、以下の抗体を使用した。AFFP:ウサギ抗Azami-Green抗体(MBL、PM052M);ならびにEGFPおよびYpet:ウサギ抗GFP抗体(CST、#2555)。
【0102】
以上の結果を
図3に示す。
図3の上段は、異なる条件にさらした3つのタンパク質をウエスタンブロットによって検出した結果を表し、
図3の下段は、異なる条件にさらした3つのタンパク質の蛍光強度を測定した結果を表す。
図3の上段に示す通り、従来の蛍光タンパク質は酸性プロテアーゼによって分解を受けるが、AFFPは分解を受けない。
図3の下段に示す通り、この点は明白であり、かつ酸性条件における蛍光強度の安定性も改めて確認された。したがって、AFFPは、酸性プロテアーゼによる分解に対する強い抵抗性を示すことが分かった。
【0103】
(AFFP-link-mCherryを用いた、2つの蛍光タンパク質の分解耐性の評価)
図2に示す通り、従来の蛍光タンパク質のうちでは、mCherryが酸性条件における蛍光強度が高かった。そこで、AFFPおよびmCherryのいずれが酸性プロテアーゼによる分解に対してより高い耐性を示すかを以下のように評価した。
【0104】
酸性環境およびリソソームプロテアーゼに抵抗性のある蛍光タンパク質は、オートファジーによってリソソーム内腔に蓄積し、高輝度の構造体(ドットと呼ぶ)を形成する。AFFPとmCherryとの間においてこのドット形成能を比較した。同一条件、同一細胞においてAFFPおよびmCherryのドット形成能を比較するために、mCherry-linker-AFFPを作製した。当該融合タンパク質を用いることで、mCherryとAFFPの発現量に差が生じずに同一細胞内において、同一条件のもとに評価が可能となる。
【0105】
まず、終止コドンを含んでいないmCherryのBamHI/SacI断片、(GGGGS)3リンカーのSacI/XhoI断片およびAFFPのXhoI/EcoRI断片を、pcDNA3のBamHI/EcoRI断片とライゲーションすることによって、mCherry-linker-AFFP/pcDNA3を作製した。MEF細胞を35mmφのガラスボトムディッシュに播き、5%ウシ胎児血清を含んでいるDMEM培地において一晩培養した。mCherry-linker-AFFP/pcDNA3プラスミドDNAを、Lipofectamine(登録商標) 2000(Gibco、BRL)を用いてMEF細胞に導入した。導入から24時間後、培地をHBSSに置換して37℃において4時間培養し、オートファジーを誘導した後にFV1000(Olympus)を用いて画像を取得した。リソソーム内腔は酸性(pH4~5)であり、これによる蛍光強度低下の影響を排除するため、50mMのNH4Cl処理によってリソソーム内腔を中性化した後の画像も取得した。得られた画像をFV10-ASW(Olympus)を用いて解析し、各蛍光タンパク質における「ドットの蛍光輝度/細胞質の蛍光輝度」をドット形成能の指標として比較した。
【0106】
比較の結果を
図4に示す。
図4の上段は、得られた4つの画像を示しており、下段は、ドット形成能を数値化した結果を示している。
図4に示す通り、AFFPは、酸性および中性において、ドット形成能に大きな差異を示さない。一方で、mCherryは、中性化すると新たなドットが出現するが、AFFPより低いドット形成能しか示さない。したがって、AFFPは、従来の蛍光タンパク質より、酸性プロテアーゼによる分解に対して高い耐性を有していることが分かった。
【0107】
これまでの試験の結果として、AFFPは、高い蛍光強度、pHに依存しない安定した蛍光強度、および酸性プロテアーゼによる分解に対する強い抵抗性のいずれにおいても、本発明に係るドナーとして極めて高い適性を示すことが分かった。したがって、AFFPを、本発明に係る一分子FRETプローブにおけるドナーに採用した。
【0108】
〔実施例2:基本骨格の一分子FRETプローブ〕
(オートファジープローブ“Signal Retaining Autophagy Indicator”(SRAI)の作製)
AFFPの特性を利用して、酸性条件下でのプロテアーゼ感受性の差の大きい2つの蛍光タンパク質を組み合せたFRETプローブのSRAI(Signal Retaining Autophagy Indicator)を、以下のように設計した。SRAIの模式的な構成を
図5の上段に示す。
【0109】
AFFPとFRETペアのYFPとを組み合わせ、より高感度および定量的にオートファジーを検出して可視化するプローブを作製した。配置順、YFPの種類、およびリンカー部分を検討したところ、Ypet-(GGGGS)3リンカー-AFFPの順に連結したプローブ(Ypet-Linker-AFFP(SRAI;配列番号2))が、蛍光強度などにおいて優れていた。検討に用いた大腸菌発現用ベクター(SRAI/pRSETB)は、YpetのBamHI/SacI断片と、(GGGGS)3リンカーのSacI/XhoI断片と、AFFPのXhoI/EcoRI断片と、pRSETBのBamHI/EcoRI断片とをライゲーションして作製した。
【0110】
<酸性プロテアーゼによる分解に対する抵抗性の確認>の項目における蛍光強度測定と同じ手順を、SRAI/pRSETBを用いて行った。蛍光強度測定は、SRAIにおけるAFFPの部分に対する410nmの励起光を照射すること、およびYpetの部分に対する500nmの励起光を照射することによって実施した。
【0111】
この結果を
図5に示す。
図5の中段は、3つの条件におけるAFFPを励起した結果を示し、下段は、3つの条件におけるYpetを励起した結果を示す。
図5の中段に示す通り、410nmの励起光を照射した場合、SRAIは、AFFP、およびAFFPからエネルギーの供与を受けたYpetの両方からの蛍光に基づく2つのピークを、中性において示した。SRAIは、酸性においてYpetからの蛍光のピークが小さくなった。ペプシン添加の酸性において、SRAIは、AFFPからの蛍光に基づく単一のピークのみを示した。
【0112】
一方で、
図5の下段に示す通り、500nmの励起光を照射した場合、SRAIは中性において単一の強いピークを示し、SRAIは酸性において単一の弱いピークを示した。そして、ペプシン添加の酸性において、SRAIは蛍光を発しなかった。
図3に示す通り、Ypetが分解されたためである。
【0113】
以上のように、SRAIは、オートファジーの活性化を定量化するための非常に優れたプローブであると分かった。SRAIが優れたプローブであることが確認できたため、SRAIをコードするポリヌクレオチド(配列番号3)を哺乳類細胞発現用ベクター(pcDNA3)にサブクローニングして、SRAI/pcDNA3を得た。
【0114】
(SRAIを用いた哺乳類細胞におけるオートファジーの検出)
SRAI/pcDNA3をMEF細胞に導入することによってSRAIを発現させ、オートファジーの観察に適しているかを評価した。比較対照としてmCherry-EGFPを用いた。mCherry-EGFPが、既報(Elsa-Noah N'Diaye, et al., (2009) EMBO reports 10, 173-179)に示されているアミノ酸配列と同等になるように、終止コドンを含んでいないmCherryのBamHI/HindIII断片と、N末端にリンカー(SGLRSAGPGTSLYKKAGFPVAT)をコードするcDNAを付加したEGFPのHindIII/EcoRI断片と、pcDNA3のBamHI/EcoRI断片とをライゲーションすることによって、mCherry-EGFP/pcDNA3を作製した。Lipofectamine(登録商標) 2000を用いてSRAI/pcDNA3またはmCherry-EGFP/pcDNA3をMEF細胞に導入した。1日後、培地を5%ウシ胎児血清を含んでいるDMEM培地(栄養培地)からHBSSに置換して37℃において2時間培養し、オートファジーを誘導した。対照群を栄養培地のまま培養した。
【0115】
イメージングにおいて、カメラとしてCool SNAP HQ2(Photometrics)、対物レンズとしてUplanFl 40x oil N.A.1.30(Olympus)、フィルターキューブとしてU-MCFPHQ(AFFP用)、U-MYFPHQ(Ypet用)、U-MRFPHQ(mCherry用)およびU-MGFPHQ(EGFP用)を使用した(各キューブはOlympus製)。画像の取得および解析を、MetaMorph(Universal Imaging Corporation)を用いて行った。SRAIのレシオ画像をAFFP/Ypet、mCherry-EGFPのレシオ画像をmCherry/EGFPに基づいて、0~1の範囲のIMD表示において生成した。
【0116】
その結果を
図6に示す。
図6は、SRAIおよびmCherry-EGFPによって、培養細胞におけるオートファジーの活性化を定量化した結果を示す。
図6のスケールバーは20μmである。
図6に示すように、オートファジーによるリソソーム移行、Ypetの分解の結果として、AFFPからの蛍光に基づく、輝点(ドット)およびレシオ画像における赤点が観察された。一方で、mCherry-EGFPを発現している細胞には、輝点および赤点はほとんど観察されなかった。したがって、SRAIはオートファジーの活性化を良好に定量化し得ることが分かった。
【0117】
(固定後の哺乳類細胞におけるオートファジーの検出)
続いて、固定後の細胞においても、SRAIがオートファジーを検出できるかを調べた。SRAIのみを観察した点、および生細胞の観察後に、固定した同視野の細胞をふたたび観察した点を除いて、上述のオートファジーの検出と同じ操作を行った。4%PFAを含むPBSで生細胞を室温において15分固定し、HBSSを用いて5分×3回の洗浄し、2度目の観察に固定細胞を供した。
【0118】
図7は、SRAIを用いて培養細胞におけるオートファジーの活性化を細胞固定後に定量化した結果を示す。
図7のスケールバーは20μmである。
図7に示すように、固定の前後において画像にほとんど変化が認められなかった。したがって、SRAIを用いれば、細胞固定後にも、生細胞と同様にオートファジーのシグナルを検出することができた。
【0119】
(SRAIを用いた動物個体内におけるオートファジーの検出)
次に、SRAIが、動物個体内におけるオートファジーを検出可能であるかを調べた。1mg/mlのSRAI/pcDNA3とTransIT(登録商標)-QR Hydrodynamic Delivery Solution(Mirus Bio LLC)とを1:209の比率に混合した溶液を、マウスの体重のグラム数の1/10±0.1mL量において7週齢のオスのC57BL6Jマウスに尾静脈注射した。注射の24時間後から、食餌有り(control)または水のみ(starvation)の条件において、マウスを24時間飼育した。それから、マウスの体重のグラム数の1/100ml量におけるソムノペンチルによってマウスを麻酔した後、4%PFAを含むPBSを用いて灌流固定した。このマウスの肝臓から薄切切片を作製し、イメージングに供した。イメージングを、対物レンズにUplanApo 20x N.A.0.70を用いた点を除いて、細胞のイメージングと同様に実施した。細胞の場合と同様に画像の取得および解析を行った。レシオ画像を、0~0.4の範囲におけるIMD表示によって生成した。
【0120】
図8は、SRAIを用いて24時間の飢餓状態を経たマウスの肝臓におけるオートファジーの活性化を定量化した結果を示す。
図8のスケールバーは50μmである。
図8に示すように、AFFPからの蛍光に基づく、輝点(ドット)およびレシオ画像における赤点は、controlと比べてstarvationにおいて、顕著に増加していた。したがって、SRAIを用いれば、動物個体におけるオートファジーのシグナルを検出することができた。
【0121】
〔実施例3:マイトファジー検出用の一分子FRETプローブ〕
(マイトファジー検出用のミトコンドリア局在型SRAIコンストラクトの作製)
次に、マイトファジー(ミトコンドリアのオートファジー)を検出するため、ミトコンドリア局在性を向上させたプローブを発現するコンストラクトを設計した。当該プローブとして、ミトコンドリア局在化シグナル配列がSRAIに付加された形態を想定した。
【0122】
Katayama, H, et al., (2011) Chem. & Biol. 18, 1042-1052と同様の実験系を本実施例において採用するために、以下の材料を準備した。ヒトcoxVIIIシグナルペプチド配列(MSVLTPLLLRGLTGSARRLPVPRAKIHSLPPEG)を2回繰り返した配列(2xCoxVIII signal seq)がSRAIのN末端側に配置されているプローブをコードするポリヌクレオチド;誘導型哺乳類細胞発現用ベクター(pMCSTRE3);および発現誘導剤doxycycline(sigma)。なお、上記実験系では、コンストラクトを細胞に導入し、発現誘導剤によってタンパク質を発現誘導し、その後に発現誘導剤を培地から除去し、局在化を確実にする。
【0123】
2xCoxVIII signal seqのKpnI/BamHI断片、SRAIのBamHI/NheI断片とpMCSTRE3GのKpnI/NheI断片とをライゲーションし、ミトコンドリア局在型SRAIコンストラクト(mt-SRAI/pMCSTRE3G)を得た。また、SRAI断片の代わりにmKeimaのBamHI/NheI断片を用いて、mt-mKeima/pMCSTRE3Gを作製して、局在化の比較対照として用いた。下記(1)または(2)の組合せのプラスミドDNAを、Lipofectamine(登録商標) 2000を用いてMEF細胞に導入した。
(1)5μgずつのmt-SRAI/pMCSTRE3GおよびTet-On調節ベクター(pEF1α-Tet3G(Takara))、
(2)5μgずつのmt-mKeima/pMCSTRE3GおよびTet-On調節ベクター。
導入から6時間後に、1μg/mLのdoxycyclineを含む栄養培地に置換した。24時間後に発現誘導を停止させ、doxycyclineなしの栄養培地に培地を置き換えて細胞質に残存するプローブの局在化を促してから、18時間後にイメージングに供した。しかし、mt-SRAIは、mt-mKeimaに比べて低いミトコンドリア局在効率を示した(図示せず)。これは、mt-SRAIの分子量が大きいために生じたと考えられた。細胞質に残存するプローブはマイトファジーの正確な検出を妨げるため、より良好な局在を示すプローブを発現するコンストラクトの構成を検討した。
【0124】
ユビキチン-プロテアソーム系は、デグロン配列を認識して細胞質における特異的なタンパク質分解を行っている。mt-SRAIにこのデグロン配列を付加することによって、細胞質に残存する画分を分解させて、より良好なミトコンドリア局在の達成を目指した。ミトコンドリアマトリクス内にはユビキチン-プロテアソーム系は存在しない。よって、所望の通りに局在を果たしたプローブは分解から免れるので、デグロン配列の使用は、蛍光強度低下などの悪影響を生じない。適度な分解誘導能を有しているデグロン配列を検討するために、以下の配列が付加されたmt-SRAIを発現するコンストラクトを作製した。CL1配列(ACKNWFSSLSHFVIHL)、マウスオルニチンデカルボキシラーゼ421番目からC末端までのアミノ酸配列(PEST配列:PRSRPMWQLMKQIQSHGFPPEVEEQDDGTLPMSCAQESGMDRHPAACASARINV)およびこれらの組合せ。ここまでにおいて説明したコンストラクトが発現するプローブの模式的な構成を
図9に示す。
【0125】
図9に示す、デグロン配列を含むプローブを発現するコンストラクトを以下のように作製した。終止コドンを含まないmt-SRAIのKpnI/NheI断片と、pMCSTRE3GのKpnI/BamHI断片と、CL1のXbaI/BamHI断片とをライゲーションして、mt-SRAI-CL1/pMCSTRE3Gを作製した。mt-SRAI-PEST/pMCSTRE3G、mt-SRAI-CL1CL1/pMCSTRE3G、またはmt-SRAI-CL1PEST/pMCSTRE3Gの作製には、CL1のXbaI/BamHI断片に代えて、PESTのXbaI/BamHI断片、CL1CL1のXbaI/BamHI断片、またはCL1PESTのXbaI/BamHI断片を使用した。
【0126】
0.5μgずつの上記コンストラクトのいずれかのプラスミドDNAと、pEF1α-Tet3Gとを、Lipofectamine(登録商標)2000を用いてMEF細胞に導入した。導入から6時間後に、1μg/mLのdoxycyclineを含む栄養培地に置換し、その24時間後に細胞をイメージングに供した。局在効率をより厳密に評価するため、発現誘導の停止を行わなかった。イメージングを、哺乳類細胞におけるオートファジーの検出と同じ条件において実施した。画像の取得および解析を、MetaMorphを用いて行い、「核内蛍光強度(細胞質と同等の蛍光強度。ミトコンドリアがないのでその蛍光の混入がない)/ミトコンドリア部分の蛍光強度」を局在効率の指標として評価した。
【0127】
その結果を
図10に示す。
図10は、
図9に示すプローブを用いて、ミトコンドリアへの局在化を確認した結果を示す。
図10のスケールバーは20μmである。
図10の各パネルの下に示されている数値は、「核内蛍光強度/ミトコンドリア部分の蛍光強度」であり、小さいほどミトコンドリアへの局在効率が高いことを示す。
図10から明らかなように、mt-SRAI-CL1PESTが、ミトコンドリアへの局在効率が最も高かったので、以降の試験にこれを使用した。mt-SRAI-CL1PESTの局在効率は、デグロン配列を付加する前と比べて、mt-mKeimaと同等のレベルまで改善された。以下において、mt-SRAI-CL1PESTを単にmt-SRAI’と記載する。
【0128】
(mt-SRAI’を用いた哺乳類細胞におけるマイトファジーの検出)
mt-SRAI’を発現するコンストラクトをMEF細胞に導入して、マイトファジーの可視化および検出を試みた。0.5μgずつのmt-SRAI/pMCSTRE3G、pEF1α-Tet3Gおよびマイトファジーに必要な因子であるmCherry-Parkin/pcDNA3を、Lipofectamine(登録商標) 2000を用いてMEF細胞に導入した。導入から6時間後に1μg/mlのdoxycyclineを含む栄養培地に置換した。24時間後に、発現誘導を停止させ、doxycyclineなしの栄養培地に置換して細胞質に残存するプローブの局在化および分解を促した。18時間後に、30μMのCarbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone(CCCP)を用いてマイトファジーを誘導し、さらに18時間後に細胞をイメージングに供した。さらに、細胞内酸性環境が中性化してもシグナルが消失しないことを示すため、50mMのNH4Clを加えて画像を再取得した。イメージング、ならびに画像の取得および解析には、固定後の哺乳類細胞におけるオートファジーの検出と同じ条件を適用した。レシオ画像を、0~0.4の範囲におけるIMD表示によって生成した。
【0129】
結果を
図11に示す。
図11は、
図9に示すプローブを用いて、マイトファジーを検出した結果を示す。
図11におけるスケールバーは20μmである。
図11に示すように、CCCPによるマイトファジーの誘導によって、CCCPの添加前と比べて、レシオ画像において赤点の顕著な増加が観察された。また、NH
4Clによるリソソーム内腔中性化後もそのシグナルは消失しなかった。以上のことから、本発明の一分子FRETプローブを用いれば、適切な配列をSRAIに付与することによって、種々のオートファジーの活性化を定量化し得ることが分かった。
【0130】
〔比較例:Rosellaの酸性条件、酸性プロテアーゼへの抵抗性評価と哺乳類細胞におけるオートファジーの検出〕
Rosadoらが報告したプローブ(Rosella)が、SRAIと比較してオートファジーの測定に適しているかを検討した。Rosellaのコンストラクトを大腸菌にて発現し、精製した組換え蛍光タンパク質を用い、既報(Katayama, H,他(2008) Cell Struct. Funct. 33, 1-12)にならい、pH7.0、pH4.0(0.05%ペプシンあり、なし)の反応バッファー中、37℃で2時間インキュベートし、蛍光測定に供した。蛍光測定の際は、各サンプルをpH7.0のバッファーで200倍希釈してpHをあわせてから測定を行った。反応バッファーは、25mM HEPESバッファー(pH7.0)または酢酸バッファー(pH4.0)に119mM NaCl、2.5mM KCl、2mM CaCl
2、2mM MgCl
2、30mM Glucoseとなるよう調製されたものである。大腸菌試験を実施した結果、酸性条件(pH4.0)、酸性プロテアーゼ処理により、Rosellaの構成成分のDsRed.T3、SEPともに蛍光強度が低下していた(
図12のグラフを参照)。
【0131】
また、MEF細胞にRosellaを導入し、オートファジーの可視化、検出を試みた。Lipofectamine(登録商標) 2000を用いてRosella/pcDNA3をMEF細胞に導入し、一日後、5%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(栄養培地)からHBSSに培地を置換して37℃で2時間培養し、オートファジーを誘導した。対照群は栄養培地のまま培養した。イメージングには、カメラにCool SNAP HQ2(Photometrics)、対物レンズにUplanFl 40x oil N.A.1.30(Olympus)、フィルターキューブにU-MRFPHQ(DsRed.T3)及びU-MGFPHQ(SEP)を使用した(キューブは全てOlympus)。画像の取得、解析はMetaMorph(Universal Imaging Corporation)で行い、レシオ画像をDsRed.T3/SE P、IMD表示の範囲は0-1で作製した(
図12におけるスケールバーは20μm)。
【0132】
図12における画像部分に示す通り、SRAIで観察されたオートファジーによる高レシオの構造体は、Rosellaではほとんど観察されなかった。
【0133】
本発明は、上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明は、種々の生命現象の探索、インビトロにおける有用な細胞の開発、およびオートファジー関連疾患の処置など、研究、細胞工学および医療の分野に利用することができる。
【配列表】