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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-12
(45)【発行日】2023-05-22
(54)【発明の名称】薄膜型減光フィルタ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/28 20060101AFI20230515BHJP
【FI】
G02B5/28
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023510375
(86)(22)【出願日】2022-06-21
(86)【国際出願番号】 JP2022024675
【審査請求日】2023-02-13
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597073645
【氏名又は名称】ナルックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105393
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 直哉
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 正律
【審査官】中山 佳美
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-188415(JP,A)
【文献】国際公開第2013/024531(WO,A1)
【文献】特開2010-191471(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/20-5/28
G02B 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一または複数の酸化鉄層及び一または複数の、該一または複数の酸化鉄層よりも低い屈折率を有する低屈折率層を含む多層膜を備えた薄膜型減光フィルタであって、該多層膜において各酸化鉄層及び各低屈折率層は交互に積層され、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さく、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上である薄膜型減光フィルタ。
【請求項2】
700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上である請求項1に記載の薄膜型減光フィルタ。
【請求項3】
該酸化鉄層の厚さの合計値は500ナノメータよりも小さい請求項1に記載の薄膜型減光フィルタ。
【請求項4】
該多層膜がプラスチック基板上に備わる請求項1に記載の薄膜型減光フィルタ。
【請求項5】
一または複数の酸化鉄層及び一または複数の、該一または複数の酸化鉄層よりも低い屈折率を有する低屈折率層を含む多層膜を備えた薄膜型減光フィルタの製造方法であって、基板上に鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さい酸化鉄層及び低屈折率層を交互に積層するステップを含み、該多層膜は、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上となるように形成され、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比及び酸化鉄層の厚さの合計値によって該多層膜の光線の吸収を調節する薄膜型減光フィルタの製造方法。
【請求項6】
700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上となるように該多層膜を形成する請求項5に記載の薄膜型減光フィルタの製造方法。
【請求項7】
該多層膜を真空蒸着法またはスパッタリングによって形成する請求項5に記載の薄膜型減光フィルタの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、700-2000ナノメータの波長範囲の光用の薄膜型減光フィルタ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
700-2000ナノメータの波長範囲の光用の減光フィルタとしてカーボンブラックやチタン系顔料などの減衰剤を添加した樹脂を使用するものが知られている。しかし、減衰剤を添加した樹脂を製造するには樹脂材料と減衰剤との混錬のための設備が必要であり、また製造プロセスにおいて減衰剤を添加した樹脂の減衰率を調整するのは容易ではない。また、樹脂の表面の反射による迷光を防止するために反射防止コートが必要である。このように減衰剤を添加した樹脂を使用する減光フィルタを製造するには特殊な設備が必要であり、調整の手間がかかるので製造コストも高くなる。
【0003】
他方、近赤外用の薄膜型減光フィルタも開発されている(たとえば、特許文献1)。しかし、特許文献1に記載のものを含む従来の近赤外用の薄膜型減光フィルタは、光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できるものではない。さらに、光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できる近赤外用の薄膜型減光フィルタを安定的に製造することのできる製造方法は開発されていない。
【0004】
したがって、光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できる近赤外用の薄膜型減光フィルタ、及び光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できる近赤外用の薄膜型減光フィルタを安定的に製造することのできる製造方法に対するニーズがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-352612号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できる近赤外用の薄膜型減光フィルタ、及び光学特性及び耐環境性の観点から十分に満足できる近赤外用の薄膜型減光フィルタを安定的に製造することのできる製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様の薄膜型減光フィルタは、一または複数の酸化鉄層及び一または複数の、該一または複数の酸化鉄層よりも低い屈折率を有する低屈折率層を含む多層膜を備えている。該多層膜において各酸化鉄層及び各低屈折率層は交互に積層され、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さく、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上である。
【0008】
本態様の薄膜型減光フィルタは、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さく、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上である多層膜を備えることによって、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して高い精度の透過率及び高い耐環境性を実現することができる。
【0009】
本発明の第1の態様の第1の実施形態の薄膜型減光フィルタにおいては、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上である。
【0010】
本実施形態の薄膜型減光フィルタは、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上である多層膜を備えることによって、10-90%の範囲の任意の透過率を実現することができる。
【0011】
本発明の第1の態様の第2の実施形態の薄膜型減光フィルタにおいては、該酸化鉄層の厚さの合計値は500ナノメータよりも小さい。
【0012】
本発明の第1の態様の第3の実施形態の薄膜型減光フィルタにおいては、該多層膜がプラスチック基板上に備わる。
【0013】
本発明の第2の態様の薄膜型減光フィルタの製造方法は、一または複数の酸化鉄層及び一または複数の、該一または複数の酸化鉄層よりも低い屈折率を有する低屈折率層を含む多層膜を備えた薄膜型減光フィルタの製造方法であって、基板上に鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さい酸化鉄層及び低屈折率層を交互に積層するステップを含み、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比及び酸化鉄層の厚さの合計値によって該多層膜の光線の吸収を調節する。
【0014】
本態様の薄膜型減光フィルタの製造方法は、基板上に鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さい酸化鉄層及び低屈折率層を交互に積層するステップを含むことによって、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して高い精度の透過率及び高い耐環境性を備えた薄膜型減光フィルタを製造することができる。また、本態様の薄膜型減光フィルタの製造方法は、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比及び酸化鉄層の厚さの合計値によって該多層膜の光線の吸収を調節するので、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して高い精度の10-90%の範囲の任意の透過率を備えた薄膜型減光フィルタを容易に製造することができる。
【0015】
本発明の第2の態様の第1の実施形態の薄膜型減光フィルタの製造方法においては、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上となるように該多層膜を形成する。
【0016】
本実施形態の薄膜型減光フィルタの製造方法においては、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1~1となるように該多層膜を形成するので、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して高い精度の透過率を備えた、適切な層数の多層膜からなる薄膜型減光フィルタを容易に製造することができる。
【0017】
本発明の第2の態様の第2の実施形態の薄膜型減光フィルタの製造方法においては、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上となるように該多層膜を形成する。
【0018】
本実施形態の薄膜型減光フィルタの製造方法においては、、700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して複数の酸化鉄層の消衰係数の最大値と最小値との差が0.1以上となるように該多層膜を形成するので、10-90%の範囲の任意の透過率を備えた薄膜型減光フィルタを容易に製造することができる。
【0019】
本発明の第2の態様の第3の実施形態の薄膜型減光フィルタの製造方法においては、該多層膜を真空蒸着法またはスパッタリングによって形成する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】薄膜型減光フィルタの構成部材を示す図である。
図2】本発明の薄膜型減光フィルタの製造方法を説明するための流れ図である。
図3図2のステップS1010を説明するための流れ図である。
図4】可視光及び近赤外の波長範囲のA―D層の屈折率(n)を示す図である。
図5】可視光及び近赤外の波長範囲のA―D層の消衰係数(k)を示す図である。
図6】環境試験前後のA層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
図7】環境試験前後のB層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
図8】環境試験前後のC層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
図9】実施例1の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率及び反射率を示す図である。
図10】実施例2の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率及び反射率を示す図である。
図11】環境試験前後の実施例1の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は、薄膜型減光フィルタの構成部材を示す図である。薄膜型減光フィルタは基板S上に形成された多層膜である。多層膜は、基板S上に、図においてLで表した相対的に低屈折率の材料の層と、図においてHで表した相対的に高屈折率の材料の層とを交互に積層して形成される。相対的に低屈折率の材料の層及び相対的に高屈折率の材料の層をそれぞれL層及びH層とも呼称する。複数のL層の材料は互いに異なるものであってもよく、複数のH層の材料は互いに異なるものであってもよい。
【0022】
図2は、本発明の薄膜型減光フィルタの製造方法を説明するための流れ図である。
【0023】
図2のステップS1010において、目標の透過率及び反射率を有する薄膜型減光フィルタを実現するように基板及び多層膜を設計する。
【0024】
図3は、図2のステップS1010を説明するための流れ図である。
【0025】
図3のステップS2010において、基板Sの材料、それぞれのL層及びH層の材料、L層及びH層の配置及び数及び厚さを仮に定める。
【0026】
図3のステップS2020において、膜設計ソフトを使用するシミュレーションによって基板及び多層膜の透過率、反射率などの光学特性を求める。
【0027】
図3のステップS2030において、基板及び多層膜の透過率、反射率などの光学特性は満足できるものであるか判断する。満足できるものであれば処理を終了する。満足できるものでなければステップS2010に戻り、基板Sの材料、それぞれのL層及びH層の材料、L層及びH層の配置及び数及び厚さのいずれかを変更する。
【0028】
図2のステップS1020において、基板S上に多層膜を形成する。多層膜は真空蒸着法、スパッタリングなどによって形成する。
【0029】
図2のステップS1030において、測定によって基板及び多層膜の透過率、反射率などの光学特性を求める。
【0030】
図3のステップS1040において、基板及び多層膜の透過率、反射率などの光学特性は満足できるものであるか判断する。満足できるものであればステップS1050に進む。満足できるものでなければステップS1070に進む。
【0031】
図2のステップS1050において、環境試験を実施する。
【0032】
図2のステップS1060において、環境試験の結果は満足できるものであるか判断する。満足できるものであれば処理を終了する。満足できるものでなければステップS1010に戻り、透過率、反射率などの光学特性よりも耐環境性を重視して基板及び多層膜を再設計する。
【0033】
図2のステップS1070において、多層膜の各層の厚さが設計値に一致するように製造条件を変更し、ステップS1020に戻る。
【0034】
ここで多層膜のH層について説明する。減光フィルタの所望の透過率を実現するためにH層の消衰係数が重要である。消衰係数の観点からH層の材料としては金属または金属酸化物が使用される。
【0035】
表1は、H層の材料として使用される代表的な金属膜及び金属酸化物膜の、消衰係数を含む特性を示す表である。
【表1】
【0036】
表1において、nは屈折率を表し、kは消衰係数を表す。表に示す数値は、1000ナノメータの波長の光に対するものである。
【0037】
減光フィルタの所望の透過率を得るには、図2のステップS1020において多層膜の各層の厚さを設計値にしたがって高い精度で制御する必要がある。表1によると吸収率が50%となるニッケル層及び酸化チタン層の厚さはそれぞれ10ナノメータ及び100ナノメータである。したがって、層の厚さによって吸収率を変化させ透過率を制御する際に、酸化チタン層の方がニッケル層よりも層の厚さに対する吸収率の感度が小さいので高い精度を実現できる。一般的に、金属層は消衰係数が大きすぎるので高い透過率の精度を実現するには金属層よりも金属酸化物層を使用するのが有利である。
【0038】
従来、NDフィルタなどの薄膜型減光フィルタのH層の材料として酸化チタン層がよく使用されている。酸化チタン層は上述のように近赤外領域の波長の光に対して製造上の観点から適切な消衰係数を有するが、光学特性の経時変化が大きい。
【0039】
発明者は薄膜型減光フィルタのH層の材料として酸化鉄を使用することとした。その理由は、酸化鉄は真空蒸着法によって成膜することができ、特に四酸化三鉄(Fe3O4)は可視光から近赤外の波長域の光に対する高い吸収率を有する数少ない金属酸化物であり、また光学特性の経時変化を小さくすることも期待できるからである。酸化鉄層を成膜する際には、蒸着材料として市販の四酸化三鉄の粉末を使用して真空蒸着法を実施する。
【0040】
表2は、真空蒸着法の作業条件の一例を示す表である。
【表2】
【0041】
sccmは大気圧及び25℃の状態での毎分の流量(立方センチメータ)を示す。
発明者は、真空蒸着作業中の酸素ガス流量のわずかな変化によって酸化鉄の成分が変化し、その結果酸化鉄層の光学特性が大きく変化するという新たな知見を得た。
【0042】
表3は、FeOxで表される酸化鉄層の光学特性を示す表である。
【表3】
【0043】
表3のA―D層はガラス基板上に形成されたFeOxからなる単層膜である。A層は、雰囲気ガスとしての酸素を導入せずに成膜した酸化鉄層である。B層は、表2に示す酸素ガス流量で成膜した酸化鉄層である。C層は、B層の場合よりも多い酸素ガス流量で成膜した酸化鉄層である。D層は、十分に多い酸素ガス流量で成膜した酸化鉄層である。A―D層のxの値はそれぞれ1.29、1.35、1.47及び1.5である。なお、xの値は、重量変化で膜厚制御を行う成膜装置の水晶振動子を使用して以下の手順で求めた。最初に、水晶振動子上に形成されたFeOx膜、すなわちA―D層のそれぞれを空気中で加熱し完全に酸化しFe2O3膜とした。つぎに、完全酸化前後の膜の重量変化から酸素原子の増加数を求めた。さらに、完全酸化後のFe2O3膜の重量から鉄原子の数を求めた。最後に、鉄原子の数及び酸素原子の増加数からxを推定した。
【0044】
表3において、nは屈折率を表し、kは消衰係数を表す。表に示す数値は、1000ナノメータの波長の光に対するものである。n及びkの求め方は以下のとおりである。1000ナノメータの波長の光に対してガラス基板上に形成されたA―D層の反射率及び透過率を測定する。透過率は単層膜が形成されたガラス基板の透過光量比及びガラス基板のみの透過光量比から求める。市販の膜設計ソフト(たとえばEssential Macleod, Optilayerなど)を使用して、透過率、反射率、入射角、S/P偏光の三組以上の測定データからn、k及び膜厚(層の厚さ)の数値を一意的に定めることができる。
【0045】
吸収率は出射光量Iと入射光量I0との比であり以下の式によって定める。
【数1】
ここでdは膜厚の光路長を表し、λは光の波長を表す。
【0046】
図4は可視光及び近赤外の波長範囲のA―D層の屈折率(n)を示す図である。図4の横軸は波長を示し、図4の縦軸は屈折率を示す。波長の単位はナノメータである。
【0047】
図5は可視光及び近赤外の波長範囲のA―D層の消衰係数(k)を示す図である。図5の横軸は波長を示し、図5の縦軸は消衰係数を示す。波長の単位はナノメータである。
【0048】
表3及び図5によると、D層の消衰係数はA―C層の消衰係数と比較して大幅に小さい。その理由は以下のとおりである。A―C層の消衰係数が比較的高いのはA―C層が二価の鉄原子及び三価の鉄原子の両方を含むためである。A―C層においては二価の鉄原子及び三価の鉄原子間で電子遷移が起こり、この電子遷移は許容遷移であり光の吸収が大きいのでA―C層は比較的大きい消衰係数を有する。他方、D層は二価の鉄原子を含まないのでD層においては三酸化二鉄(Fe2O3)の三価の鉄原子内のd-d遷移しか起こらず、この電子遷移は禁制遷移であり光の吸収は小さいのでD層の消衰係数は大幅に小さい。このように酸化鉄層のxの値によって該酸化鉄層の消衰係数の値が大幅に変わることに留意すべきである。
【0049】
他に留意すべき点は、D層の700ナノメータ以上の波長領域の光に対する消衰係数は、可視光に対する消衰係数よりも大幅に小さい点である。
【0050】
さらに他に留意すべき点は、C層のxとD層のxとの差はごくわずかであるが、C層がわずかな量の三価の鉄原子を含むことによってC層の消衰係数はD層と比較して大幅に増加している点である。
【0051】
表3によると50%の吸収率を得るためのD層の厚さはA―C層の厚さの5-11倍である。したがって、A―C層の場合と比較してD層の成膜時間は大きくなり生産効率が低下する。また、厚さが大きくなると環境変化による膜応力の増加によるクラックの発生など耐環境性が低下する。したがって、吸収率の観点からD層はH層として好ましくない。表3及び図5の消衰係数の値を比較すると、吸収率の観点からH層として好ましいのはA―C層である。また、A層及びB層の消衰係数はC層の消衰係数よりもかなり大きいので、吸収率の観点からは多くの用途にはA層及びB層がC層よりも好ましい。
【0052】
図6は、環境試験前後のA層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
【0053】
図7は、環境試験前後のB層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
【0054】
図8は、環境試験前後のC層の近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
【0055】
図6-8の横軸は波長を示し、図6-8の縦軸は透過率を示す。波長の単位はナノメータであり、透過率の単位はパーセントである。環境試験は、基板上に形成されたA―C層を60℃、相対湿度90%の環境に72時間保持して実施した。
【0056】
図6-8を比較すると、A層の環境試験前後の透過率の変化はB層及びC層の場合と比較して大きい。このように耐環境性の観点からは、A層よりもB層及びC層の方が好ましい。
【0057】
上述のように酸化鉄FeOxは二価の鉄原子及び三価の鉄原子の両方を含みうる。FeOは二価鉄のみからなり、Fe2O3は三価鉄のみからなる。一般的に、FeOxのxが大きく二価鉄が少ないほど(Fe2O3に近づくほど)耐環境性は増加する。その理由は二価鉄が少ないために見かけの光学的変化が小さくなるためと、酸化速度が抑制されているためである。
【0058】
したがって、消衰係数(吸収率)及び耐環境性の観点からH層として好ましい酸化鉄(FeOx)層のxの範囲は以下のとおりである。
【数2】
酸化鉄(FeOx)層のxがB層及びC層のように式(1)を満たす場合に該酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上である。
【0059】
式(1)において、耐環境性を考慮してxを4/3よりも大きくしてもよい。
【0060】
なお、図2のステップS1010において多層膜を設計する際に、たとえば、B層のような相対的に消衰係数の高いH層とC層のような相対的に消衰係数の低いH層とを組み合わせて使用することにより設計の自由度が向上し、薄膜型減光フィルタの広い範囲の透過率を実現しやすくなる。
【0061】
本発明の実施例を以下において説明する。
【0062】
表4は、本発明の実施例1及び2の薄膜型減光フィルタの構成部材を示す表である。実施例1及び2の薄膜型減光フィルタはプラスチック基板上に形成された多層膜である。多層膜は、L層とH層とを交互に積層して形成される。プラスチック基板の材料はポリエーテルイミドであり、波長850ナノメータの光に対する屈折率は1.64である。実施例1の多層膜は7層であり、第1層から第7層はそれぞれL層、H層、L層、H層、L層、H層、L層である。ここで、第1層は基板に隣接する層であり、第7層は最も外側の層である。第1層のL層の材料は酸化アルミニウム(Al)であり、その他のL層の材料は二酸化ケイ素(SiO)である。H層は、先に説明したB層である。実施例1の多層膜のH層の厚さの合計値は147ナノメータである。実施例2の多層膜は9層であり、第1層から第9層はそれぞれL層、H層、L層、H層、L層、H層、L層、H層、L層である。ここで、第1層は基板に隣接する層であり、第9層は最も外側の層である。第1層のL層の材料は酸化アルミニウム(Al)であり、その他のL層の材料は二酸化ケイ素(SiO)である。H層は、先に説明したB層である。実施例2の多層膜のH層の厚さの合計値は258ナノメータである。
【表4】
【0063】
実施例1の薄膜型減光フィルタの透過率の目標値は850ナノメータの波長の光に対して50パーセントであり、実施例2の薄膜型減光フィルタの透過率の目標値は850ナノメータの波長の光に対して28パーセントである。
【0064】
図9は、実施例1の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率及び反射率を示す図である。図9の横軸は波長を示し、図9の縦軸は透過率(左側の目盛)及び反射率(右側の目盛)を示す。波長の単位はナノメータであり、透過率及び反射率の単位はパーセントである。図9によると、実施例1の薄膜型減光フィルタの透過率は850ナノメータの波長の光に対して51パーセントであり、反射率は850ナノメータの波長の光に対して約0.5パーセントである。
【0065】
図10は、実施例2の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率及び反射率を示す図である。図9の横軸は波長を示し、図9の縦軸は透過率(左側の目盛)及び反射率(右側の目盛)を示す。波長の単位はナノメータであり、透過率及び反射率の単位はパーセントである。図10によると、実施例2の薄膜型減光フィルタの透過率は850ナノメータの波長の光に対して27パーセントであり、反射率は850ナノメータの波長の光に対して約0.2パーセントである。
【0066】
図11は、環境試験前後の実施例1の薄膜型減光フィルタの近赤外の波長範囲の光に対する透過率を示す図である。
【0067】
図11の横軸は波長を示し、図11の縦軸は透過率を示す。波長の単位はナノメータであり、透過率の単位はパーセントである。環境試験は、基板上に形成された実施例1の薄膜型減光フィルタを温度121℃、圧力0.21メガパスカル(MPa)、飽和水蒸気下の環境に時間保持して実施した。酸化鉄層の酸化の進行により透過率が増加するが、透過率の増加は3パーセント以内であり許容範囲内である。
【0068】
上記の実施例において、L層の材料は酸化アルミニウム(Al)及び二酸化ケイ素(SiO)であるが、L層の材料はフッ化マグネシウム(MgF)、フッ化カルシウム(CaF)、二酸化ケイ素/酸化アルミニウム(SiO/Al)混合物などであってもよい。
【要約】
薄膜型減光フィルタは、一または複数の酸化鉄層及び一または複数の、該一または複数の酸化鉄層よりも低い屈折率を有する低屈折率層を含む多層膜を備えている。該多層膜において各酸化鉄層及び各低屈折率層は交互に積層され、各酸化鉄層の鉄原子の数に対する酸素原子数の比が4/3以上で3/2よりも小さく、各酸化鉄層の消衰係数は700-2000ナノメータの波長範囲のいずれかの波長の光に対して0.1以上である。
図1
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図8
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図11