(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-12
(45)【発行日】2023-05-22
(54)【発明の名称】観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01V 1/30 20060101AFI20230515BHJP
G01V 1/00 20060101ALI20230515BHJP
【FI】
G01V1/30
G01V1/00 D
(21)【出願番号】P 2020156473
(22)【出願日】2020-09-17
【審査請求日】2022-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100116207
【氏名又は名称】青木 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100096426
【氏名又は名称】川合 誠
(72)【発明者】
【氏名】森脇 美沙
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直泰
(72)【発明者】
【氏名】山本 俊六
(72)【発明者】
【氏名】野田 俊太
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-038010(JP,A)
【文献】特開2000-266859(JP,A)
【文献】特開2011-033448(JP,A)
【文献】特開2019-109065(JP,A)
【文献】特開平11-231064(JP,A)
【文献】特開昭57-014775(JP,A)
【文献】[Online]大規模地震発生時における首都圏鉄道の運転再開のあり方に関する協議会報告書,2012年03月31日,https://www.mlit.go.jp/common/000208774.pdf,2023年3月22日検索
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01V1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の地震計の各々の周囲に、各地震計の設置点から所定距離の位置に境界を持つ領域を設定し、
該領域の範囲内においては各地震計の観測値を地震動の値として採用し、
前記領域の範囲外においては地震動推定を行うシステムによって得られた推定値を地震動の値として採用する、
観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法であって、
前記所定距離は、地震動取扱誤差の統計量と前記システムによって得られた地震動推定誤差の統計量との大小関係が入れ替わる離隔距離の値であることを特徴とする観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄道においては、地震発生時の列車運転規制や施設点検などの実施判断を行うため、沿線には概ね一定間隔で地震計が設置され、各地震計の受け持ち区間が設定されている。しかし、従来(現行)の鉄道では、地震計の観測値を用いて、受け持ち区間全域の地震動の大きさを一律として扱うので、受け持ち区間内の場所よっては、実際の地震動と大きな差異が生じることがある。
【0003】
図1は従来(現行)の地震発生時の列車運転規制の考え方を説明する図である。
【0004】
図1に示されるように、従来(現行)の地震発生時の列車運転規制では、各地震計の受け持ち区間が設定され、地震計の観測値を用いて、各受け持ち区間内の揺れの大きさを一律として扱うようになっている。例えば、徐行や点検などの列車運転規制の基準値をわずかでも超過する揺れが地震計によって観測された場合、当該地震計の受け持ち区間全域に列車運転規制が発令される。そのため、隣接する地震計の間で実際の揺れが基準値に達していない区間にも列車運転規制が発令され、当該区間も点検等の対象区間となるので、点検等を実施してから列車の運転を再開するまでに長時間を要してしまう。
【0005】
現在、日本では、気象庁の緊急地震速報や防災科学技術研究所(防災科研)のK-NET観測データなどの情報が地震の発生直後に公開されている。このような情報に基づいて、沿線の地震計間の揺れを把握すると、従来(現行)と比較して適正な列車運転規制の発令が可能となるので、地震後の早期運転再開に資すると考えられる。
【0006】
また、本願の出願人は、地震後の迅速な列車運転再開を支援する情報の提供を目的として、地震動分布の推定情報の配信システムである鉄道地震被害推定情報配信システム(Damage Information System for Earthquake on Railway :DISER)を開発した(例えば、非特許文献1参照。)。現時点のDISERでは、K-NET観測データを用い、地盤の非線形性を含む増幅特性を考慮した上で、500〔m〕メッシュ毎に、空間補間に地震動の面的分布を求めている。さらに、沿線の地震動を抽出するとともに、構造物被害ランクの推定を行い、これらの情報を即時的に鉄道事業者に配信するようになっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】岩田他、「鉄道地震被害推定情報配信システム(DISER)を利用して素早く運転を再開する」、RRR,Vol.77, No.2, pp.12-15, 2020.2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記従来(現行)の地震時列車運転規制手法では、場合によっては地震後の運転再開までに時間が掛かっている。
【0009】
ここでは、前記従来(現行)の地震時列車運転規制手法の問題点を解決して、地震計による地震動の観測値と、地震動推定を行うシステムによる地震動の推定値とを併用することによって、信頼性の高い地震動分布を得ることができる観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そのために、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法においては、複数の地震計の各々の設置点から所定距離以内の領域においては各地震計の観測値を地震動の値として採用し、前記領域の範囲外においては地震動推定を行うシステムによって得られた推定値を地震動の値として採用する、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法であって、前記所定距離は、地震動取扱誤差の統計量と前記システムによって得られた地震動推定誤差の統計量との大小関係が入れ替わる離隔距離の値である。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、信頼性の高い地震動分布を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】従来(現行)の地震発生時の列車運転規制の考え方を説明する図である。
【
図2】本実施の形態における観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法の概要を示す図である。
【
図3】本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価方法を説明する図である。
【
図4】本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価及び一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差の評価の対象となる地震を示す表である。
【
図5】本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価結果を示す図である。
【
図6】本実施の形態における一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差の評価方法を説明する図である。
【
図7】本実施の形態における一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
図2は本実施の形態における観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法の概要を示す図である。なお、図において、(a)は線路と地震計との位置関係を示す模式平面図、(b)は観測値と推定値との採用方法を示すグラフである。
【0016】
本実施の形態においては、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法を提供し、これにより、信頼性の高い地震動分布の情報を得ることができるようにする。なお、本実施の形態において、地震動分布の情報は、全国におけるあらゆる種類の構造物や設備の維持管理や運用にとって有用なものであり、例えば、各種の建築物の維持管理、電線、ガス管、水道管等の社会資本設備の維持管理、トンネル、高架橋等の道路施設の維持管理等に利用し得るものであって、適用される分野、種類、地域等を限定するものではないが、ここでは、説明の都合上、鉄道における列車の運転規制や施設の点検などに適用される場合について説明するものとする。また、ここでは地震動指標として計測震度を用いて説明するが、最大加速度、最大速度、SI値など、他のあらゆる地震動指標に対しても適用することができるものである。さらに、ここでは誤差を評価するための統計量としてRMS(Root Mean Square、二乗平均平方根)を用いているが、分散や標準偏差など、他の統計量を用いても計測することができるものである。なお、ここでは誤差の評価を行うのに、防災科研が運用するK-NET及びKiK-netの地震観測網のデータを用いたが、必ずしもこれらの地震観測網を用いる必要はない。
【0017】
図2(a)において、11は鉄道の線路であり、12A及び12Bはそれぞれ地震計A及び地震計Bである。なお、地震計A及び地震計Bを統合的に説明する場合には、地震計12として説明する。「背景技術」の項において説明したように、鉄道においては、線路11の沿線に複数の地震計12が一定間隔で設置されている。なお、必ずしもすべての地震計12が線路11に近接した位置に設置されているものではなく、地震計12Bのように線路11から離れた位置に設置されているものもある。
【0018】
「背景技術」の項において、
図1を参照しつつ説明したように、従来(現行)の鉄道では、各地震計12の受け持ち区間が設定され、地震計12の観測値を用いて、受け持ち区間全域の地震動の大きさを一律として扱うので、受け持ち区間内の場所よっては、実際の地震動と差異が生じることがある。すなわち、
図1に示されるように、地震計Aの受け持ち区間では一律に地震計Aの計測値で揺れたものとして取り扱い、地震計Bの受け持ち区間では一律に地震計Bの計測値で揺れたものとして取り扱うので、実際の揺れとの間に誤差が生じてしまう。このような誤差、すなわち、一定区間を1つの地震計12の観測値で代表させることに起因する地震動の誤差を「地震動取扱誤差」と称する。
【0019】
このように、地震動取扱誤差が生じることに起因して、
図1に示される例では、実際の揺れが列車運転規制値以上の区間のみならず、地震計Bの受け持ち区間全域に対して列車運転規制が発令されるので、列車運転規制を解除するための点検等が必要な区間が広くなり、列車運転規制の解除までに時間が掛かることとなる。
【0020】
もっとも、
図1に示されるように、地震動分布の推定方法による地震動の推定値であるDISERで推定した揺れの値と、実際の揺れとの間に誤差が生じてしまう。このような誤差、すなわち、DISERのようなシステムによって得られた地震動の推定値の誤差を「地震動推定誤差」と称する。
【0021】
そして、
図1からも分かるように、地震動取扱誤差と地震動推定誤差とのいずれが大きいかを一概に判別することはできない。
【0022】
そこで、本実施の形態においては、
図2(a)に示されるように、各地震計12の周囲に、地震計12の設置点から所定距離の位置に境界を持つ領域13を描き、該領域13の範囲内においては地震計12の観測値を地震動の値として採用し、前記領域13の範囲外においては地震動推定を行うシステムによって得られた推定値を地震動の値として採用することとする。すなわち、本実施の形態における観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法においては、地震計12の設置点から所定距離の位置に境界を持つ領域13の範囲内においては観測値を地震の揺れの値として採用し、前記領域13の範囲外においては推定値を地震の揺れの値として採用する。なお、前記領域13を「観測値採用領域」と称する。
【0023】
これにより、本実施の形態において採用される地震の揺れの値は、
図2(b)における曲線で示されるようになり、全体としての地震動分布の信頼性が向上する。すなわち、前記地震の揺れは、領域13の範囲内では、当該領域13に対応する地震計12の観測値である一定値で示され、領域13の範囲外ではDISERのようなシステムによって得られた地震動の推定値の曲線で示され、線路11の全体において、信頼性の高い地震動分布の情報を得ることができる。
【0024】
次に、前記地震動推定誤差の評価について説明する。
【0025】
図3は本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価方法を説明する図、
図4は本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価及び一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差の評価の対象となる地震を示す表、
図5は本実施の形態におけるシステムによって得られた地震動推定誤差の評価結果を示す図である。
【0026】
地震動の推定値を得るためのシステムは、いかなるシステムであってもよいが、ここでは、説明の都合上、面的地震動推定を行うシステムであるDISERを採用した場合について説明する。
【0027】
DISERによって得られる地震動の値は、空間補間によって推定された情報であり、地震動推定誤差を含んでいる。そこで、本実施の形態においては、
図3に示されるように、K-NET観測データであるK-NET観測値Y
i (iは、正の整数である。)に基づき、空間補間(逆距離加重法)によってKiK-net位置における地震動Y(DISERによるKiK-netの位置の推定値)を推定し、推定された地震動Yの値を前記KiK-net位置におけるKiK-net観測値Y’と比較して、DISERによって得られる地震動推定誤差を把握する。なお、r
i は、K-NET観測値Y
i を得た地点とKiK-net位置との距離である。
【0028】
また、KiK-netは、防災科研が運用する地震観測網の1つであるが、K-NETとは異なるものである。そして、KiK-netでは、日本全国の約700箇所において地中及び地表の両方に地震計が設置されている。前記KiK-net観測値Y’は、KiK-net位置の地表に設置された地震計の観測値である。
【0029】
図4は、実際に発生した6つの地震の情報を示す表である。これら6つの地震を地震動推定誤差の評価の対象として整理した結果が、
図5に示されている。KiK-netの観測計測震度、すなわち、KiK-net観測値Y’と、DISERによるKiK-netの位置の推定計測震度、すなわち、DISERによるKiK-net位置における推定された地震動の値Yとの差のRMS(「DISERの誤差RMS」と称する。)は、0.56である。
【0030】
次に、前記地震動取扱誤差の評価について説明する。
【0031】
図6は本実施の形態における一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差の評価方法を説明する図、
図7は本実施の形態における一定区間を1つの地震計の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差を示す図である。
【0032】
ここでは、一定区間を1つの地震計12の観測値で代表させることに起因する地震動取扱誤差を把握するために、同一の地震に対する2点間の揺れの差を、K-NET観測点及びKiK-net観測点での観測値を用いて検証する。具体的には、
図6に示されるように、K-NET観測点の受け持ち区間内の地震動は、一律にK-NET観測値であるものとする。そして、該K-NET観測値を前記受け持ち区間内にあるKiK-net観測点での観測値と比較することにより、K-NET観測点とKiK-net観測点との離隔距離と、K-NET観測点の地震動とKiK-net観測点の地震動との差分、との関係を把握する。
【0033】
図4に示される6つの地震を評価の対象として整理した結果が
図7に示されている。
図7に示される結果は、離隔距離を2〔km〕毎に分割して、K-NETの観測計測震度とKiK-netの観測計測震度との差のRMS(「現行の地震時列車運転規制における誤差RMS」と称する。)を算出したものであって、
図7において実線で示されるように、離隔距離が30〔km〕の位置での現行の地震時列車運転規制における誤差RMSは、0.8程度である。また、離隔距離が長くなるほど、現行の地震時列車運転規制における誤差RMSが大きくなることが分かる。
【0034】
また、
図7においては、DISERの誤差RMSが点線で示されている。そして、該点線で示されるDISERの誤差RMSと、実線で示される現行の地震時列車運転規制における誤差RMSとを比較すると、離隔距離が2〔km〕以下の範囲では、現行の地震時列車運転規制における誤差RMSの方が小さいことが分かる。このことから、地震計12からの離隔距離が2〔km〕以下である場合、現行の地震時列車運転規制における誤差RMSの方がDISERの誤差RMSより小さいので、DISERによって得られる推定値よりも地震計12の観測地を用いる方が信頼性が高い、と言える。
【0035】
以上説明した地震動推定誤差の評価及び地震動取扱誤差の評価の結果から、地震計12からの離隔距離が2〔km〕以下の範囲では、地震発生時の列車運転規制に地震計12の観測値を採用した方が、DISERによって得られる推定値を採用するよりも信頼性が高いことが分かる。なお、個別の地震観測点や地域の特性によって、地震動推定誤差の統計量と地震動取扱誤差の統計量との大小関係が入れ替わる所定の離隔距離は異なる可能性もあり、必ずしも全観測点に対し一律の所定距離を設定する必要はない。
【0036】
このように、離隔距離を一定間隔(例えば、2〔km〕。)で区切り、地震動取扱誤差の統計量を算出した。
【0037】
その結果、離隔距離が短いほど地震動取扱誤差の統計量が小さくなり、離隔距離が長いほど地震動取扱誤差の統計量が大きくなる、という傾向が確認された。
【0038】
一方、任意の地点の観測誤差と、面的地震動推定による当該地点の推定値との差である地震動推定誤差の統計量を算出した。
【0039】
そして、地震動取扱誤差の統計量と地震動推定誤差の統計量とを比較した結果、所定の離隔距離でそれら統計量の大小関係が入れ替わることが明らかとなった。
【0040】
そこで、本実施の形態においては、前記統計量の大小関係が入れ替わる離隔距離を、前記領域13の、地震計の設置点から領域境界までの所定距離として採用することとする。
【0041】
このように、本実施の形態において、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法は、複数の地震計12の各々の周囲に、各地震計12の設置点から所定距離の位置に境界を持つ領域13を設定し、領域13の範囲内においては各地震計12の観測値を地震動の値として採用し、領域13の範囲外においては地震動推定を行うシステムによって得られた推定値を地震動の値として採用する。これにより、信頼性の高い地震動分布を得ることができる。
【0042】
また、所定距離は、地震動取扱誤差の統計量と、システムによって得られた地震動推定誤差の統計量との大小関係が入れ替わる離隔距離の値である。さらに、システムは面的地震動推定を行う。さらに、システムはDISERである。
【0043】
なお、本明細書の開示は、好適で例示的な実施の形態に関する特徴を述べたものである。ここに添付された特許請求の範囲内及びその趣旨内における種々の他の実施の形態、修正及び変形は、当業者であれば、本明細書の開示を総覧することにより、当然に考え付くことである。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本開示は、観測値及び推定値を併用した地震動分布の推定方法に適用することができる。
【符号の説明】
【0045】
12 地震計
12A 地震計A
12B 地震計B
13 領域