IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人慶應義塾の特許一覧

<>
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図1A
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図1B
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図1C
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図1D
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図2
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図3
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図4
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図5
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図6
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図7
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図8
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図9
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図10
  • 特許-移植片対宿主病の治療剤又は予防剤 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-15
(45)【発行日】2023-05-23
(54)【発明の名称】移植片対宿主病の治療剤又は予防剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/5377 20060101AFI20230516BHJP
   A61P 27/04 20060101ALI20230516BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20230516BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20230516BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230516BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20230516BHJP
【FI】
A61K31/5377
A61P27/04
A61P29/00
A61P37/06
A61P43/00 105
A61P27/02
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019004730
(22)【出願日】2019-01-15
(65)【公開番号】P2020111548
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-11-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼刊行物名 角膜カンファランス2018(第42回日本角膜学会総会/第34回日本角膜移植学会) プログラム・抄録集 第60頁 日本角膜学会、日本角膜移植学会発行 頒布日:平成30年1月18日 ▲2▼集会名、開催場所 角膜カンファランス2018(第42回日本角膜学会総会/第34回日本角膜移植学会) 第1会場 一般公演10 グランドプリンスホテル広島 開催日:平成30年2月17日 ▲3▼刊行物名 日本眼科学会雑誌 第122巻 第6号 第482~483頁、 公益財団法人日本眼科学会発行 公開日(発行日):平成30年6月10日 ▲4▼刊行物名 角膜カンファランス2018(第42回日本角膜学会総会/第34回日本角膜移植学会) 学会記録集 大塚製薬株式会社発行 頒布日:平成30年7月3日(作成日 平成30年6月)
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】小川 葉子
(72)【発明者】
【氏名】坪田 一男
(72)【発明者】
【氏名】清水 映輔
(72)【発明者】
【氏名】山根 みお
【審査官】松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】Frontiers in Immunology,2016年,Vol. 7, Article 73,p. 1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/5377
A61P 43/00
A61P 37/06
A61P 27/04
A61P 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
老化細胞除去剤を有効成分として含有する、眼における移植片対宿主病の治療剤又は予防剤であって、
前記老化細胞除去剤が、下記式(I)で表されるABT-263である、前記治療剤又は予防剤。
【化1】
【請求項2】
前記移植片対宿主病は、骨髄移植後の移植片対宿主病である、請求項に記載の治療剤又は予防剤。
【請求項3】
前記移植片対宿主病が、ドライアイである、請求項1又は2に記載の治療剤又は予防剤。
【請求項4】
前記移植片対宿主病が、炎症と病的線維化を伴うものである請求項1~のいずれか一項に記載の治療剤又は予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植片対宿主病の治療剤又は予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
造血幹細胞移植は、造血幹細胞の異常に起因する血液悪性疾患に対して、他者の健康な造血幹細胞を移植して、白血病を根治させる治療法として行われている。他方、近年、ドナーから提供された骨髄細胞、末梢血又は臍帯血の移植片が、免疫応答によってレシピエントの標的臓器を攻撃することによって発症する移植片対宿主病(graft-versus-host disease:以下、GVHDと称することもある)が問題となっている。
【0003】
これまでにヒト慢性GVHDに酷似した病態を示すマウスモデルを用いて、新鮮ドナー骨髄間葉系幹細胞には免疫原性があり、GVHDの外分泌腺、粘膜に生着し疾病の発症に関与することが報告されている(非特許文献1)。また、骨髄移植された造血幹細胞は移植後にテロメアの短縮が生じ、幹細胞老化を来すことが報告されている(非特許文献2)。間葉系幹細胞も同様に幹細胞老化を生じるとの報告もある(非特許文献3)。
【0004】
また、GVHDモデルマウスの発症初期涙腺に老化マクロファージの浸潤が認められることが知られている(非特許文献4)。また、GVHD涙腺および他の標的臓器の免疫性線維化には局所組織レニンアンギオテンシン系システム(RAS)が関与し、その阻害剤で病態が軽減することが示されている(非特許文献5)。RASは老化の進展に係るミトコンドリアの機能不全を惹起するとされ、GVHDの病態に加齢性変化の側面が関与していることが示唆されている。さらに、老化にかかわる小胞体ストレスが慢性GVHD標的各臓器で過剰に亢進していることが見出され、小胞体ストレス抑制剤フェニル酪酸の投与により炎症と線維化が標的臓器で抑制されることが報告されている(非特許文献6)。これらの報告はGVHDの病態に加齢性変化が関与していることを示唆している。
【0005】
造血幹細胞移植後は放射線照射等、過度のストレスや免疫機能低下により老化細胞が蓄積する(非特許文献7)。
近年、老化細胞が液性因子を持続的に放出し、隣接している細胞の活性化を促して慢性炎症を導く機構が、老化関連分泌形質(Senescence associated secretory phenotype;SASP)として報告されている(非特許文献8、9)。そして、老化細胞が黄斑変性のような加齢性疾患の病態形成に積極的に関わることが報告されている(非特許文献10)。
【0006】
慢性GVHDに対する治療薬としては、免疫抑制剤が知られているが、免疫抑制剤は部分的な効果があるものの、難治症例が多く存在する。
【0007】
GVHDの治療剤としては、例えば、眼表面の治療としてレバミピドやジクアホソルが知られており、レバミピドとジクアホソルとを併用することで、GVHDの症状の一つであるドライアイを改善することが開示されている。しかしながら、上記レバミピドやジクアホソルは、軽度、中度のGVHDの患者の治療には用いることができるものの、重度のGVHDの患者の治療には用いることができない。
また、全身的には、シクロスポリンやタクロリムスのような免疫抑制剤およびステロイドによる治療が行われている。しかし、上記の薬剤による治療の効果は未だ不十分であり、GVHDに対する有効な治療薬が存在しないのが実情である。
【0008】
老化細胞除去剤の一つである、ABT-263は、アポトーシスBcl-2ファミリーを標的とする薬剤であり、マウス体内で老化した造血幹細胞を除去することにより、老化した造血幹細胞を正常化し、活性化することが報告されている(非特許文献11)が、GVHDに効果があることについては知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Ogawa Y, et al. eLife, 2016 Jan 26;5:e09394. doi: 10.7554/eLife.09394.
【文献】Seligman SJ, Lancet,1998 Apr 25;351(9111):1287-8.
【文献】Sethe S, Aging Res Rev, 2006 Feb;5(1):91-116. Epub 2005 Nov 28.
【文献】Kawai M, Ogawa Y, et al. Sci Rep, 2013;3:2455. doi: 10.1038/srep02455.
【文献】Yaguchi S, Ogawa Y, et al. PLoS One, 2013 Jun 6;8(6):e64724. doi: 10.1371/journal.pone.0064724. Print 2013.
【文献】Mukai S, Ogawa Y, et al. Sci Rep 2017, Royal Society Open Science, 2018 Oct 17;5(10):181067. doi: 10.1098/rsos.181067. eCollection 2018 Oct.
【文献】Munoz-Espin D, Nat Rev Mol Cell Biol, 2014 Jul;15(7):482-96. doi: 10.1038/nrm3823.
【文献】Rodier F, J Cell Biol. 2011 Feb 21;192(4):547-56. doi: 10.1083/jcb.201009094. Epub 2011 Feb 14.
【文献】Ohtani N, Nature 2013 Jul 4;499(7456):97-101. doi: 10.1038/nature12347. Epub 2013 Jun 26.
【文献】Apte RS, Cell Metab. 2013 Apr 2;17(4):549-61. doi: 10.1016/j.cmet.2013.03.009.
【文献】Chang J, et al. Nat Med 2016 Jan;22(1):78-83. doi: 10.1038/nm.4010. Epub 2015 Dec 14.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、GVHDの患者の治療に用いることができる新規なGVHDの治療剤又は予防剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の態様を含む。
[1]老化細胞除去剤を有効成分として含有する、移植片対宿主病の治療剤又は予防剤。
[2]前記老化細胞除去剤が、下記式(I)で表されるABT-263である、[1]に記載の治療剤又は予防剤。
【0012】
【化1】
【0013】
[3]前記移植片対宿主病は、骨髄移植後の移植片対宿主病である、[1]又は[2]に記載の治療剤又は予防剤。
[4]前記移植片対宿主病が、眼における移植片宿主病である、[1]~[3]のいずれか一項に記載の治療剤又は予防剤。
[5]前記移植片対宿主病が、ドライアイである、[4]に記載の治療剤又は予防剤。
[6]前記移植片対宿主病が、炎症と病的線維化を伴うものである[1]~[5]のいずれか一項に記載の治療剤又は予防剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、GVHDの患者の治療又は予防に用いることができる新規なGVHDの治療剤又は予防剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】慢性GVHD(以下、cGVHDとも称する)マウスとコントロールマウスにおける全身のイメージングを示した図である。
図1B】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの涙腺におけるヘマトキシン・エオジン染色(HE staining)とマロニー染色(Mallory staining)の画像を示した図である。
図1C】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの涙腺を電子顕微鏡で観察した画像を示した図である。
図1D】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの血清中でのIL-6の骨髄移植後の濃度を示したグラフである。
図2】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの涙腺のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片での、DNA損傷マーカーであるγ-H2Axと53BP1、及び老化関連マーカーであるp16の各陽性細胞の免疫染色の画像と、各陽性細胞の数を示したグラフである。
図3】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの涙腺のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片での、マクロファージマーカーであるCD68、SASP主要因子であるIL-6、CXCL1、CXCL9の各陽性細胞の免疫染色の画像と、各陽性細胞の数を示したグラフである。
図4】cGVHDモデルマウスの涙腺のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片での、老化関連マーカーであるp16、細胞増殖マーカーであるKi-67、マクロファージのマーカーであるCD68の各陽性細胞の免疫染色の画像である。
図5】cGVHDモデルマウスとコントロールマウスの涙腺のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片での、線維化マーカーであるHSP47陽性細胞の免疫染色の画像と、各陽性細胞の数を示したグラフである。
図6】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの眼の外観とフルオレセイン染色の画像と、各マウスでの骨髄移植4週後の涙液量を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
図7】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの涙腺の免疫染色での観察像と、単位面積当たりの線維化面積を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
図8】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの涙腺の電子顕微鏡写真と、単位面積当たりの炎症性細胞(inflammatory cell)数を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
図9】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの涙腺のp16遺伝子と、CXCL9遺伝子の発現を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
図10】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの涙腺のマクロファージマーカーCD68、DNA損傷マーカー53BP1、老化関連マーカーp16、p21の各陽性細胞の免疫染色の画像と、各陽性細胞の単位面積当たりの数を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
図11】老化細胞除去剤ABT-263投与マウスとコントロールマウスの涙腺のSASP主要因子であるCXCL9陽性細胞の免疫染色の画像と、単位面積当たりのCXCL9陽性細胞の数を示したグラフである。図中、Vehicleはコントロールマウスの結果を示し、ABT-263はABT-263投与マウスの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[老化細胞除去剤]
本発明において、老化細胞除去剤としては、老化細胞を特異的に除去できる物質であれば特に制限はなく、例えば、老化細胞特異的に細胞死を誘導する物質等が挙げられる。具体的な老化細胞除去剤としては、例えば、ABT-263、FOXO4-DRI、Pipelongumine、A1331852、A1155436、Fisetin、ダサチニブとケルセチンの併用剤等が挙げられるが、ABT-263が好ましい。ABT-263は下記(I)式で表される化合物である。これらの老化細胞除去剤は、単独で用いても、組み合わせて用いてもよい。
【0017】
【化2】
【0018】
老化細胞除去剤が、老化細胞を除去できることについては、例えば、老化マーカーp16、p53、p21、DNA損傷マーカーBP53、SASP関連分子であるIL-6、CXCL9等のマーカーの発現が減少すること、osteopontin陽性細胞および前記マーカーとの二重陽性となるCD68陽性老化マクロファージ、老化マーカーCD153陽性T細胞が減少すること等により確認することができる。
【0019】
老化細胞はDNA損傷、老化関連マーカーの発現、細胞増殖の不可逆的停止、SASP関連分子の発現の上昇等により特定することができる。DNA損傷は、DNA損傷マーカーγ-H2Ax、53BP1等の発現により確認することができる。老化関連マーカーとしては、p16、p21等が挙げられる。細胞増殖の不可逆的停止は、細胞増殖マーカーKi-67等の発現により確認することができる。SASP関連分子としては、インフラマゾーム因子Caspase-1、SASP誘導上流因子IL-1β、IL-8、SASP主要因子CXCL1、IL-6、CXCL9等が挙げられる。
【0020】
(GVHD)
本発明におけるGVHDの種類は、特に限定されず、例えば、その症状が眼、口腔、肝臓、消化管、皮膚、肺等の外分泌腺を備える器官において発現するものが挙げられる。また、本発明におけるGVHDは、炎症や病的線維化を伴っているものが挙げられる。
これらのうち、本発明の治療剤又は予防剤は、眼におけるGVHDに用いることが好ましい。
【0021】
眼におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、ドライアイ、乾性結膜炎、角膜損傷等、ドライアイに伴う結膜線維化が挙げられる。これらのうち、特に治療又は予防効果に優れることから、治療又は予防対象である眼におけるGVHDの疾患は、ドライアイであることが好ましい。
【0022】
口腔におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、口腔乾燥症、皮膚硬化による開口障害等が挙げられる。
【0023】
肝臓におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、急性肝炎、肝硬変等が挙げられる。
【0024】
消化管におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、下痢、食欲不振、嘔吐、上部消化管狭窄や拘束等が挙げられる。
【0025】
皮膚におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、皮膚乾燥症、強皮症等が挙げられる。
【0026】
肺におけるGVHDとしては、特に限定されないが、例えば、間質性肺炎、閉塞性肺炎等が挙げられる。
【0027】
GVHDの原因となる移植される臓器としては、特に限定されず、例えば、骨髄、血液(輸血)等が挙げられる。GVHDは、特に、骨髄移植後に、骨髄由来の造血幹細胞が、GVHDの原因である線維芽細胞に分化して、血中を経由して、外分泌腺の組織に浸潤する可能性が指摘されている。しかしながら、本発明の治療剤又は予防剤は、線維芽細胞浸潤の抑制効果に優れることから、このような骨髄移植後のGVHDに対して、特に優れた治療又は予防効果を発揮する。このことから、本発明の治療剤又は予防剤の対象のGVHDは、骨髄移植後のGVHDであることが好ましい。
【0028】
GVHDは、慢性GVHDであってもよく、急性GVHDであってもよい。なお、通常、慢性GVHDとは、移植後、一定期間経過後に発症するGVHDのことを指し、例えば、古典的な分類では移植後、100日以降に発症するGVHDを指す。急性GVHDとは、移植後、一定期間内(慢性GVHDが発症するまでの期間より短い期間内)に発症するGVHDを指し、例えば、移植後、古典的には100日以内に発症するGVHDを指す。現在の分類では時期による分類はなされておらず急性、慢性に典型的で特徴的所見により両者の区別がなされている。本発明のGVHDの治療剤又は予防剤は、特に、慢性GVHDに好適に用いることができる。その理由は、線維化抑制に有効であるためであると推測される。
【0029】
本発明の治療剤又は予防剤は、軽度、中度、又は重度のいずれのGVHDにも適用可能であるが、特に、重度のGVHDの治療又は予防に好適に用いることができる。その理由は、重症例のドライアイでは線維化が著明であるからである。なお、重度のGVHDとは、通常、涙液分泌の細胞源となる涙腺上皮細胞、角結膜ムチンの分泌上皮細胞、マイボーム腺上皮細胞が重度の障害された眼GVHDのことを指す。
【0030】
[GVHDの治療又は予防効果の評価]
GVHDの治療又は予防効果は、GVHDモデル動物を用いて評価することができる。GVHDモデル動物の作製方法は公知であり、Sci Rep, 2013;3:2455.doi: 10.1038/srep02455.等に記載の方法により作製することができる。例えば、マウスのGVHDモデル動物を作製する場合、雄のB10.D2(H-2d)マウスの骨髄を、雌のBALB/c(H-2d)マウスに移植することにより、作製することができる。
GVHDの治療又は予防効果は、例えば、前記GVHDモデルマウスを用い、骨髄移植後、被験薬を投与した群が、被験薬非投与群と比較して、GVHDの病態が抑制されたかを確認することにより評価することができる。
GVHDの病態の抑制は、例えば、GVHDモデルマウスの涙腺におけるリンパ球等の炎症細胞の浸潤の抑制、コラーゲン線維が占める面積の単位面積当たりの減少、炎症マーカーとしてのinterleukin(IL)-1、IL-6、IL-17、NF-kB、線維化の指標としての一型コラーゲン、三型コラーゲン、conective tissue growth factor、Heat shock protein 47の遺伝子発現の減少、血清中のIL-6、IL-17の減少等により評価することができる。
【0031】
また、GVHDの治療又は予防効果は、各種組織において老化関連分子の発現が抑制されたかを確認することによっても評価することができる。
例えば、p16、p21、p53、BP53、IL-6、CXCL9、osteopontinの蛋白質発現または遺伝子発現が抑制されたかを、標的臓器組織について免疫組織染色および定量PCRを用いて確認することにより評価することできる。
【0032】
[医薬組成物]
上述したGVHDの治療剤又は予防剤は、それ自体を投与してもよいし、薬学的に許容される担体と混合した医薬組成物として製剤化したものを投与してもよい。
【0033】
医薬組成物は、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等の経口的に使用される剤型に製剤化されていてもよく、例えば注射剤、軟膏、貼付剤等の非経口的に使用される剤型に製剤化されていてもよい。
【0034】
薬学的に許容される担体としては、例えば、滅菌水、生理食塩水等の溶媒;ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤;コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸等の膨化剤等が挙げられる。
【0035】
医薬組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノールの安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤;界面活性剤;乳化剤等が挙げられる。
【0036】
医薬組成物は、上記の担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0037】
医薬組成物が注射剤である場合、注射剤用の溶媒としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等の補助薬を含む等張液が挙げられる。注射剤用の溶媒は、エタノール等のアルコール;プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のポリアルコール;ポリソルベート80(商標)、HCO-50等の非イオン性界面活性剤等を含有していてもよい。
【0038】
GVHDの治療剤又は予防剤の患者への投与は、特に限定はされず、目的とする、症状が発現する器官に応じて適宜選択することができるが、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等のほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、または経口的に当業者に公知の方法により行いうる。また、目的とする、症状が発現する器官が眼である場合、結膜下注射、点眼により投与してもよい。
【0039】
GVHDの治療剤又は予防剤の投与量は、症状により差異はあるが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり、例えば0.1~100mg、例えば1~50mg、例えば1~20mg等が挙げられる。
【0040】
非経口的に投与する場合は、その1回の投与量は投与対象、対象臓器、症状、投与方法によっても異なるが、例えば注射剤の形では成人(体重60kgとして)においては、1日あたり、例えば0.01~30mg、例えば0.1~20mg、例えば0.1~10mg程度を静脈注射又は局所注射により投与することが挙げられる。
【実施例
【0041】
次に実験例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0042】
[実験例1]
cGVHDモデルマウスモデルを用いて、慢性移植片宿主病(cGVHD)免疫反応がSASPに関係するかを以下のようにして確認した。
cGVHDモデルマウス作成のために、同種異系の造血幹細胞移植を7-9週齢、雄のB10/D2マウスをドナーに雌のBALB/cマウスをレシピエントに行なった。本移植はMHCが一致し、minor histocompatibility antigen(MiHC)ミスマッチの造血幹細胞移植である。コントロールとして、非cGVHDモデルも作成し、こちらは同種同系の造血幹細胞移植を行なった(ドナーもレシピエントもBALB/cマウス)。移植方法として、レシピエントは7Gyの放射線照射を行なったのちに、1×10の骨髄細胞と2×10の脾臓細胞とを0.1mLのRPMI溶液に溶解し、合計0.2mLを経尾静脈的に投与した。これら移植はSPF(specific pathogen free)環境で行われ、実験動物は全て滅菌済みの水と餌を同様に与えられた。cGVHDモデルマウスと非cGVHDモデルマウスはそれぞれ、移植後3、4、8週後に解析を行った。
【0043】
cGVHDモデルマウス(同種異系の造血幹細胞移植)はABT-263投与群とコントロール溶液[10%エタノール、30%ポリエチレン994グリコール400(HR2-603、Hampton Research社製)、60%Phosal50PG995(H.Holstein社製)]投与群の2群に分けた。ABT-263は50mg/kgの濃度に調整し、造血幹細胞移植の10日後より7日間続けて経口的に投与し、移植後28日目に解析を行った。
【0044】
活性化食細胞のミエロペルオキシダーゼ活性すなわち、生体内のマクロファージ検出のため、electron multiplying CCD camera (浜松フォトニクス社製)を用いた生体内イメージングを行った。マウスは、経腹腔内注射的に200 mg/kgのXenoLight Rediject Inflammation Probe (パーキンエルマー社製)をphoton recording開始10分前に投与して暗室内でイメージングを行った。なお、イメージングは、骨髄移植後の35日後に行った。
【0045】
次に、GVHDモデルマウスの涙腺の組織の切片を、ホルマリン4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィンワックスで包埋した。このパラフィン包埋組織の切片を、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE staining)及びマロリー染色(Mallory staining)により染色した。ヘマトキシリン・エオジン染色、マロリー染色を受ける涙腺の切片を、顕微鏡により観察した。染色パターンは標識化の強度及び区分に従って半定量的に等級分けされた。
【0046】
具体的には、顕微鏡としてNikon Coolscope II(ニコン社製)を用い、各切片について200Xの倍率で4つ以上のランダムに選択したフィールドをキャプチャーし、コンピュータ化されたイメージ分析システムであるImage J[NIH(National Institutes of Health)製]に取り込んだ。なお、染色による観察は、骨髄移植後の28日後に採取した組織から組織切片を作成し、マロリー染色をした組織像を解析することにより行った。
【0047】
その結果、GVHDモデルマウスではコントロールマウスと比較して、マウスの標的臓器に相当する部位に炎症細胞が浸潤していた(図1A)。また、ヒトGVHD涙腺に酷似した炎症細胞浸潤と高度の線維化が形成されていた(図1B)。電子顕微鏡では間質に浸潤するマクロファージと活性化線維芽細胞の相互作用像が認められた(図1C)。なお、図1B中、「Du」は導管、「I」は炎症細胞、「F」は線維化をそれぞれ示し、図1C中、「Ac」は腺房、「mt」はミトコンドリア、「Mac」はマクロファージ、「f」は線維芽細胞をそれぞれ示す。
【0048】
それに対し、コントロールマウスでは活性化に乏しい所見の線維芽細胞が認められた(図1C)。また、老化関連分泌形質(SASP)の主要分子であるIL-6はcGVHDモデルマウスにおいて、経時的にコントロールマウスと比較して血清中で有意に上昇していることが確認された(図1D)。これらの所見はヒトGVHDをよく反映している。
【0049】
[実験例2]
老化細胞はDNA損傷、老化関連マーカーの発現、細胞増殖の不可逆的停止、SASP主要因子の発現の上昇が特徴であるとされる。そこで、cGVHDモデルマウスとコントロールマウスそれぞれの涙腺のホルマリン固定パラフィン包埋組織切片を、一次抗体として、DNA損傷マーカーであるγ-H2Ax(Cell Signaling Technology社製)、53BP1(Santa Cruz Biotechnology社製)、老化関連マーカーp16(Santa Cruz Biotechnology社製)、細胞増殖マーカーKi-67(Abcam社製)、SASP主要因子CXCL1(Abcam社製)、IL-6(Abcam社製)、CXCL9(Abcam社製)、マクロファージマーカーCD68(Bio-Rad Laboratories社製)、線維化マーカーHSP47(Stressgen Biotechnologies社製)をそれぞれ用いて免疫染色を行った。
その結果を図2~5に示す。図2~5に示すように、GVHD涙腺ではコントロールマウスと比較して、DNA損傷マーカーγ-H2Ax、53BP1、老化関連マーカーp16、細胞増殖マーカーKi-67、SASP主要因子CXCL1、IL-6、CXCL9の発現の上昇が認められた。
炎症細胞の指標としてマクロファージマーカーCD68、線維化マーカーHSP47の発現上昇がコントロールマウスと比較してGVHD涙腺に認められた。
以上の所見はGVHD標的臓器である涙腺において、老化関連分子の発現が上昇しており、SASP主要因子の一つをマクロファージが産生していることを示唆している。
【0050】
[実験例3]
同種骨髄移植レシピエントマウスを2群に分け、1群には老化細胞除去剤であるABT-263(Navioclax社製)を投与し、もう1群には、コントロール溶液のみを投与した。ABT-263は骨髄移植(以下、BMTと略記する)後10日から16日の7日間、一日一回経口投与した。2群の間で体重に相違はなかった。
【0051】
cGVHDにおける涙腺の機能を評価するため、涙液量を測定した。涙液量の測定は、フェノールレッド糸を、15秒間、下眼瞼縁に一時的に配置し、糸の端から湿る糸の長さを測定することにより行った。涙液量は、それぞれのマウスの両眼において測定し、それぞれの平均値を測定値とした。
【0052】
その結果、ABT-263投与マウスでは、BMT4週間後、コントロールマウスと比較して、涙液分泌が有意に増加した(図6右図)。
【0053】
次に、移植後4週時にレシピエントマウスの眼表面に、0.5% fluorescein sodium solution (Fluorescite、Novartis Pharma社製)を1μl、無麻酔でマウス結膜嚢に添加した。マウスの眼表面はコバルトブルーライトを搭載した顕微鏡(SZ61、オリンパス社製)にて観察した。その結果を、図6左図に示す。コントロールマウスと比較して、ABT-263投与マウスは、眼瞼炎とびまん性角膜上皮炎が少なかった。
【0054】
また、図7左図に示すように、cGVHDの涙腺と皮膚では炎症細胞浸潤のような病的変化が、ABT-263投与マウスではコントロールマウスと比較して少なかった。単位面積当たりの涙腺組織切片での線維化面積は、図7右図に示すように、ABT-263投与マウスでは、コントロールマウスと比較して、有意に少なかった。
【0055】
透過型電子顕微鏡像は、図8に示すように、ABT-263投与マウスの涙腺では、炎症細胞浸潤とコラーゲン線維束が間質において減少している所見(図中の矢印部分)を示し、腺房上皮のミトコンドリアは、コントロールマウスでは破壊されている(図中の星印部分)のに対して、構造を保っていた。この結果から、老化細胞除去剤であるABT-263がcGVHDの涙腺において病的抑制に効果的であることが示唆された。
【0056】
[実験例4]
眼窩外涙腺の全RNAをmiRNeasy mini kit(Qiagen社製)を用いてプロトコールに従って抽出した。相補的DNAはReverTra Ace qPCR RT Kit(FSQ-101、東洋紡社製)を用いて合成された。StepOnePlus system(Thermo Fisher Scientific社製)を用いてリアルタイムqPCRを行った。housekeeping gene GAPDHを内因性コントロールとして使用しサンプルのmRNAの発現を検討した。
その結果、ABT-263投与マウスの涙腺において、Cdkn2a(p16)遺伝子とCxcl9遺伝子の発現が、コントロールマウスと比較して、有意に抑制されていた(図9)。
【0057】
また、図10に示すように、単位面積当たりの涙腺間質における、DNA損傷マーカーである53BP1、老化関連マーカーであるp16、p21、マクロファージマーカーであるCD68の各陽性細胞の数が、ABT-263投与マウスでは、コントロールマウスと比較して、有意に減少していた。これらの結果は、老化細胞除去剤による老化細胞の除去が、cGVHDの涙腺の病態を抑制することを示唆している。
【0058】
また、GVHD涙腺の血管内腔におけるCXCL9陽性部位が、ABT-263投与マウスでは、コントロールマウスと比較して、有意に抑制されていた(図11左図)。これは、CXCL9が、マクロファージやT細胞をcGVHDの病変部位に引き寄せているためと思われる。
さらに、イメージJ解析ソフトを使用した解析した涙腺の単位面積当たりの血管内腔におけるCXCL9の面積は、ABT-263投与マウスでは、コントロールマウスと比較して、有意に減少していた(図11右図)。
以上のことから、老化マクロファージがIL-6とCXCL9を産生し、CXCL9が隣接するT細胞を標的臓器の微小環境に呼び寄せ、IL-6とCXCL9がそれぞれ、又は協調して、様々なストレスにより障害された病的線維芽細胞の増殖を促すと考えられる。老化細胞除去剤は、前記老化マクロファージおよび老化T細胞を除去することにより、病的線維芽細胞を除去し、GVHDの病態を抑制すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、GVHDの患者の治療又は予防に用いることができる新規な移植片対宿主病の治療剤又は予防剤を提供することができる。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11