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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-15
(45)【発行日】2023-05-23
(54)【発明の名称】アルミニウム合金線、および電線
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20230516BHJP
   H01B 5/08 20060101ALI20230516BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20230516BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20230516BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230516BHJP
【FI】
C22C21/00 A
H01B5/08
H01B5/02 A
C22F1/04 E
C22F1/00 602
C22F1/00 625
C22F1/00 627
C22F1/00 630A
C22F1/00 650A
C22F1/00 661A
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 693A
C22F1/00 693B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020096839
(22)【出願日】2020-06-03
(65)【公開番号】P2021188106
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2022-12-15
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591174368
【氏名又は名称】富山住友電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187643
【弁理士】
【氏名又は名称】白鳥 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】中川 博之
(72)【発明者】
【氏名】岩山 功
(72)【発明者】
【氏名】赤祖父 保広
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅人
(72)【発明者】
【氏名】南 貴之
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-054110(JP,A)
【文献】特開平07-207392(JP,A)
【文献】特開平11-209856(JP,A)
【文献】特開2005-203127(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
C22F 1/04- 1/057
H01B 5/02- 5/04
H01B 5/08- 5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.00質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金線であり、
前記合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上であるアルミニウム合金線。
【請求項2】
導電率は、60%IACS以上である請求項1に記載のアルミニウム合金線。
【請求項3】
さらにSrを0.002質量%以上0.05質量%以下含有する請求項1または請求項2に記載のアルミニウム合金線。
【請求項4】
Zrの含有量は、0.32質量%以下である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線。
【請求項5】
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.00質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線。
【請求項6】
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.00質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線。
【請求項7】
前記鋼心部は、アルミ覆インバ線を含み、
引張荷重は、電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406に規定される最小引張荷重以上である請求項に記載の電線。
【請求項8】
前記鋼心部は、亜鉛めっきインバ線を含み、
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1405に規定される最小引張荷重以上である請求項に記載の電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム合金線、アルミニウム合金および電線に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金線は、導電用材料として、電線などに用いられている。例えば、特許文献1では、アルミニウムに、ZrやFeなどの合金元素を添加した、アルミニウム合金線が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭60-145364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の目的は、アルミニウム合金線の耐熱性を大幅に向上できる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金線であり、
前記合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上であるアルミニウム合金線が提供される。
【0006】
本開示の他の態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金であり、
前記合金に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上であるアルミニウム合金が提供される。
【0007】
本開示のさらに他の態様によれば、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線が提供される。
【0008】
本開示のさらに他の態様によれば、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、アルミニウム合金線の耐熱性を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る電線100の軸方向と直交する断面図である。
図2図2は、本開示の一実施形態に係る電線100の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図3図3は、本開示の一実施形態に係る時効工程S240のプロセスの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
<発明者の得た知見>
まず、発明者等が得た知見について説明する。
【0012】
近年の大容量送電の普及に伴い、電線におけるアルミニウム合金線としては、より高い耐熱性を有することが求められてきた。そのようなアルミニウム合金線としては、例えば、超耐熱アルミニウム合金線が例示される。
【0013】
超耐熱アルミニウム合金線のような、ZrおよびSiを含むアルミニウム合金線では、熱処理時に微細なAlZrを均一に析出させることで耐熱性を向上させている。Siの添加は、AlZrの析出を促進させる効果がある。
【0014】
したがって、従来は、微細なAlZrを多数析出させるために、一定量以上のZrおよびSiを添加することが一般的であった。
【0015】
しかしながら、過剰なSiの添加は、耐熱性向上に効果のないAl-Zr-Si系析出物を増加させ、微細なAlZr析出物の割合を下げるため、耐熱性を低下させてしまう傾向があった。
【0016】
本発明者等は、上述のような事象に対して鋭意研究を行った。その結果、微量のSiを添加し、2段階の時効処理を行うことによって、従来のアルミニウム合金線と比較して、耐熱性を大幅に向上できることを見出した。
【0017】
本開示は、発明者等が見出した上記知見に基づくものである。
【0018】
<本開示の実施態様>
次に、本開示の実施態様を列記して説明する。
【0019】
[1]本開示の一態様に係るアルミニウム合金線は、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金線であり、
前記合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上である。
この構成によれば、アルミニウム中の微細なAlZr析出物の割合を増やし、耐熱性を向上させることができる。
【0020】
[2]上記[1]に記載のアルミニウム合金線において、
導電率は、60%IACS以上である。
この構成によれば、AlZr析出物を増やすことで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0021】
[3]上記[1]または[2]に記載のアルミニウム合金線において、
さらにSrを0.002質量%以上0.05質量%以下含有する。
この構成によれば、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。
【0022】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線において、
Zrの含有量は、0.32質量%以下である。
この構成によれば、溶湯温度の上昇を抑制し、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。
【0023】
[5]本開示の他の態様に係るアルミニウム合金は、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金であり、
前記合金に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上である。
この構成によれば、アルミニウム中の微細なAlZr析出物の割合を増やし、耐熱性を向上させることができる。
【0024】
[6]本開示のさらに他の態様に係る電線は、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である。
この構成によれば、アルミニウム中の微細なAlZr析出物の割合を増やし、耐熱性を向上させることができる。
【0025】
[7]本開示のさらに他の態様に係る電線は、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である。
この構成によれば、アルミニウム中の微細なAlZr析出物の割合を増やし、耐熱性を向上させることができる。
【0026】
[8]上記[7]に記載の電線において、
前記鋼心部は、アルミ覆インバ線を含み、
引張荷重は、電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406に規定される最小引張荷重以上である。
この構成によれば、従来の長径間電線と比較して、引張荷重を同等以上としつつ、耐熱性を向上させることができる。
【0027】
[9]上記[7]に記載の電線において、
前記鋼心部は、亜鉛めっきインバ線を含み、
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1405に規定される最小引張荷重以上である。
この構成によれば、従来の長径間電線と比較して、引張荷重を同等以上としつつ、耐熱性を向上させることができる。
【0028】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示の一実施形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0029】
<本開示の第1実施形態>
(1)アルミニウム合金線
まず、本実施形態のアルミニウム合金線について説明する。
【0030】
本実施形態のアルミニウム合金線は、例えば、Zrと、Feと、Siと、Tiと、を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなっている。
【0031】
Zrは、アルミニウム中に微細なAlZrとして主に析出し、アルミニウム合金線の強度および耐熱性を向上させる合金元素である。アルミニウム中に微細なAlZrを多数析出させることで、アルミニウム合金組織の転位の伝播を抑制し、塑性変形し難くなるため、強度を向上させることができる。また、アルミニウム合金中に分散した微細なAlZr析出物は、高温環境においても転位の障害物として存在するため、アルミニウム合金組織を安定化させ、耐熱性を向上させることができる。
【0032】
なお、本明細書において、「析出」とは、「液相から固相が生じる現象」と、「固相から固相が生じる現象」とを含むものとする。
【0033】
Zrの含有量は、例えば、0.20質量%以上0.35質量%以下である。Zrの含有量が0.20質量%未満では、AlZrの析出量が少なく、強度および耐熱性を向上させ難くなる。これに対し、Zrの含有量を0.20質量%以上とすることで、充分な量のAlZrが析出するので、強度および耐熱性を向上させることができる。一方で、Zrの含有量が0.35質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するZrが増え、導電率が低下する。これに対し、Zrの含有量を0.35質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0034】
また、Zrの含有量を、0.34質量%以下としてもよい。Zrの含有量が増えると、溶湯温度が上昇し、割れなどの欠陥が発生しやすくなる傾向がある。これに対し、Zrの含有量を0.34質量%以下とすることで、溶湯温度の上昇を抑制し、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。Zrの含有量は、0.32質量%以下とするのがより好ましい。Zrの含有量を0.32%以下とすることで、溶湯温度の上昇をさらに抑制し、割れなどの欠陥の発生をさらに抑制することができる。
【0035】
Feは、アルミニウム中に主に析出し、アルミニウム合金線の強度を向上させる合金元素である。
【0036】
Feの含有量は、例えば、0.05質量%以上0.20質量%以下である。Feの含有量が0.05質量%未満では、Feの析出量が少なく、強度を向上させ難くなる。これに対し、Feの含有量を0.05質量%以上とすることで、充分な量のFeが析出するので、強度を向上させることができる。一方で、Feの含有量が0.20質量%を超えると、アルミニウム中に析出するFeが過剰となり、導電率が低下する。これに対し、Feの含有量を0.20質量%以下とすることで、アルミニウム中に析出するFeを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0037】
Siは、アルミニウム中に主に固溶し、時効処理工程において、AlZrの析出を促進させる作用を呈す合金元素である。
【0038】
上述したように、微細なAlZr析出物は、アルミニウム合金組織を安定化させ、耐熱性を向上させることができる。したがって、従来は、微細なAlZrを析出させ、耐熱性を向上させるために、一定量以上のSiを含有させることが一般的であった。
【0039】
しかしながら、Siの含有量が増えると、耐熱性向上に効果のないAl-Zr-Si系析出物を増加させ、微細なAlZr析出物の割合が下がるため、耐熱性が低下する傾向があった。一方、Siの含有量が少ない場合には、AlZrの析出を促進させる作用が生じ難かった。
【0040】
ここで、発明者等はSiについて着目し、鋭意検討の結果、Siの微量添加および後述の製法によって耐熱性を効率よく向上できることを見出した。
【0041】
微量のSiを添加し、さらに、後述する2段階の時効処理を行うことで、Si含有量が少なくても、AlZrの析出を促進させる作用を得ることができる。一方で、微量のSiを添加し、さらに、後述する2段階の時効処理を行うことで、Al-Zr-Si系析出物ができ難くなり、微細なAlZr析出物の割合を増やすことができる。これらの結果、耐熱性を効率よく向上させることができる。
【0042】
Siの含有量は、例えば、0.01質量%以上0.05質量%以下、好ましくは0.03質量%未満である。Siの含有量が0.01質量%未満では、AlZrの析出を促進させる作用が生じ難くなる。これに対し、Siの含有量を0.01質量%以上とし、後述する2段階の時効処理を行うことで、AlZrの析出を促進させ、耐熱性を向上させることができる。一方で、Siの含有量が0.05質量%を超えると、耐熱性向上に効果のないAl-Zr-Si系析出物を増加させ、微細なAlZr析出物の割合が下がるため、耐熱性が低下する。これに対し、Siの含有量を0.05質量%以下とし、後述する2段階の時効処理を行うことで、Al-Zr-Si系析出物ができ難くなるため、微細なAlZr析出物の割合が増え、耐熱性を向上させることができる。さらに、Siの含有量を0.03質量%未満とし、後述する2段階の時効処理を行うことで、微細なAlZr析出物の割合がさらに増え、耐熱性をさらに向上させることができる。
【0043】
Tiは、一部がアルミニウム中にTi化合物として析出し、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制する作用を呈す合金元素である。
【0044】
Tiの含有量は、例えば、0.002質量%以上0.02質量%以下である。Tiの含有量が0.005質量%未満では、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる効果が生じ難くなる。これに対し、Tiの含有量を0.005質量%以上とすることで、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。一方で、Tiの含有量が0.02質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するTiが増え、導電率が低下する。これに対し、Tiの含有量を0.02質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するTiを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0045】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線は、例えば、意図的に添加されたScなどの他の元素を含まない。例えば、Scの含有量は、0.005質量%未満である。
【0046】
本実施形態のアルミニウム合金線は、以下のような特性を有している。
【0047】
本実施形態のアルミニウム合金線の耐熱性は、280℃で所定時間の加熱試験を行った後の引張強さβの、加熱試験前の引張強さαに対する比率(β/α)×100%で評価される。
【0048】
本実施形態のアルミニウム合金線では、微量のSiを添加し、さらに、後述する2段階の時効処理を行うことで、耐熱性評価の加熱試験時間を従来評価方法と同等の加熱試験時間(1時間)としたときに、耐熱性を従来の超耐熱アルミニウム合金線の耐熱性と同等以上とすることができるだけでなく、耐熱性評価の加熱試験時間を従来評価方法の加熱試験時間よりも長くしたとしても、所定の耐熱性を維持させることができる。すなわち、本実施形態のアルミニウム合金線は、従来の超耐熱アルミニウム合金線と比較して、より長時間の高温環境においても好適に用いることができる。
【0049】
具体的には、本実施形態のアルミニウム合金線の耐熱性は、例えば、1時間の加熱試験後で94%以上であり、3時間の加熱試験後で94%以上であり、5時間の加熱試験後で93%以上である。
【0050】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線の耐熱性の上限は、特に限定されないが、例えば、1時間の加熱試験後で99%であり、3時間の加熱試験後で99%であり、5時間の加熱試験後で99%であることが例示される。
【0051】
本実施形態のアルミニウム合金線の導電率は、例えば、60%IACS以上であり、従来の超耐熱アルミニウム合金線の導電率(電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406参照。)と比較して、同水準以上である。なお、導電率の単位「%IACS」とは、国際標準軟銅(International Annealed Copper Standard)の導電率を100%としたときの導電率の比率である。
【0052】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線の導電率の上限は、特に限定されないが、例えば、65%IACSであることが例示される。
【0053】
本実施形態のアルミニウム合金線の引張強さは、例えば、150MPa以上であり、従来の超耐熱アルミニウム合金線の引張強さ(電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406参照。)と比較して、同水準以上である。
【0054】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線の引張強さの上限は、特に限定されないが、例えば、300MPaであることが例示される。
【0055】
(2)電線
次に、本実施形態の電線について説明する。
【0056】
本実施形態の電線100について、図1を用いて説明する。図1は、本実施形態の電線100の軸方向と直交する断面図である。
【0057】
本実施形態の電線100は、鋼心部110と、撚線部120とを有している。鋼心部110は、電線100の中心に設けられている。鋼心部110は、架線時に電線100の張力を負担するテンションメンバとして機能する。撚線部120は、鋼心部110の外周を覆うように設けられている。撚線部120は、送電時に主に電流を流す導体部分して機能する。
【0058】
鋼心部110は、複数の心線130が撚り合わされて設けられている。鋼心部110は、例えば、第1鋼心層111と、第2鋼心層112とを有している。第1鋼心層111は、例えば、電線100の中心に設けられ1本の心線130により構成される。第2鋼心層112は、例えば、第1鋼心層111の外周を覆うように6本の心線130が撚り合わされて設けられている。
【0059】
鋼心部110のそれぞれの心線130は、中心に設けられている鋼線部131と、鋼線部131の外周を被覆するように設けられている被覆部132とを有している。このような心線130としては、例えば、アルミ覆鋼線、亜鉛めっき鋼線、アルミ覆インバ線または亜鉛めっきインバ線を用いることができる。
【0060】
撚線部120は、本実施形態のアルミニウム合金線140が複数撚り合わされて設けられている。撚線部120は、例えば、第1撚線層121と、第2撚線層122とを有している。第1撚線層121は、例えば、鋼心部110の外周を覆うように12本のアルミニウム合金線140が撚り合わされて設けられている。第2撚線層122は、例えば、第1撚線層121の外周を覆うように18本のアルミニウム合金線140が撚り合わされて設けられている。
【0061】
本実施形態の電線100の引張荷重は、心線130にアルミ覆インバ線を用いた場合、電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406に規定される最小引張荷重以上となっている。なお、JEC-3406に規定される、心線にアルミ覆インバ線を用いた場合の、アルミニウム合金線の断面積の和ごとの最小引張荷重は、以下の通りである。
160mm:58.7kN
240mm:84.9kN
330mm:93.4kN
410mm:118.6kN
610mm:159.3kN
本実施形態の電線100の引張荷重は、心線130にアルミ覆インバ線を用いた場合、アルミニウム合金線140の断面積の和が、JEC-3406に規定される断面積の和の±5mmの範囲内で、当該JEC-3406に規定される最小引張荷重以上である。
【0062】
また、本実施形態の電線100の引張荷重は、心線130に亜鉛めっきインバ線を用いた場合、日本電線工業会規格JCS-1405に規定される最小引張荷重以上となっている。なお、JCS-1405に規定される、心線に亜鉛めっきインバ線を用いた場合の、アルミニウム合金線の断面積の和ごとの最小引張荷重は、以下の通りである。
120mm:48.0kN
160mm:60.3kN
240mm:89.9kN
330mm:98.1kN
410mm:124.6kN
610mm:166.5kN
810mm:171.3kN
1160mm:256.4kN
1520mm:335.0kN
本実施形態の電線100の引張荷重は、心線130に亜鉛めっきインバ線を用いた場合、アルミニウム合金線140の断面積の和が、JCS-1405に規定される断面積の和の±5mmの範囲内で、当該JCS-1405に規定される最小引張荷重以上である。
【0063】
(3)アルミニウム合金線および電線の製造方法
次に、本実施形態のアルミニウム合金線140および電線100の製造方法について説明する。
【0064】
図2は、本実施形態の電線100の製造方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態の電線100の製造方法は、例えば、アルミニウム合金線製造工程S200と、鋼心部形成工程S260と、撚線部形成工程S270とを有する。アルミニウム合金線製造工程S200は、例えば、溶解工程S210と、連続鋳造圧延工程S220と、第1伸線工程S230と、時効工程S240と、第2伸線工程S250とを有する。時効工程S240は、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを有する。
【0065】
(S200:アルミニウム合金線製造工程)
まず、以下のようにして、本実施形態のアルミニウム合金線140を作製する。
【0066】
(S210:溶解工程)
アルミニウム地金を溶融炉にて溶融し、Zrと、Feと、Siと、Tiとを、それぞれ所定の含有量になるように調整して、溶融アルミニウムとしてのアルミニウム溶湯を得る。本工程のアルミニウム溶湯は、例えば、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる。なお、本工程のアルミニウム溶湯には、意図的にScなどの他の元素を添加しない。
【0067】
本工程のアルミニウム溶湯の温度は、例えば、Zrが充分に固溶する温度で、かつ熱管理が容易な温度から適宜選択される。
【0068】
(S220:連続鋳造圧延工程)
アルミニウム溶湯を得たら、アルミニウム溶湯を用い、例えば、プロペルチ式連続鋳造圧延機により、鋳造と、熱間圧延とを、連続で行い、アルミニウム合金荒引き線を得る。
【0069】
(S230:第1伸線工程)
アルミニウム合金荒引き線を得たら、アルミニウム合金荒引き線を、所定の径に冷間伸線加工し、アルミニウム合金伸線を得る。冷間伸線加工の加工条件としては、以下が例示される。
伸線中のアルミ線の温度:10℃以上200℃以下
伸線速度:20m/min以上600m/min以下
1ダイスあたりの減面率:15%以上30%以下
ダイス角度:10度以上26度以下
【0070】
(S240:時効工程)
アルミニウム合金伸線を得たら、アルミニウム合金伸線に対して熱処理を行い、アルミニウム中にAlZrを析出させる。
【0071】
図3に、本実施形態の時効工程S240のプロセスの一例を示す。本実施形態の時効工程S240では、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを、他の工程を介さずに連続的に行う。第1時効工程S241では、第1伸線工程S230で得たアルミニウム合金伸線に対して、第1温度Tで第1熱処理時間tの熱処理を行う。第2時効工程S242では、第1時効工程S241後のアルミニウム合金伸線に対して、第2温度Tで第2熱処理時間tの熱処理を行う。なお、図3のRTは常温を示している。
【0072】
第1時効工程S241では、Zrが析出を開始するよりも前に、Siを均一に分散させる。これにより、Siの含有量が少なくても、AlZr析出核の生成を充分に促進することが可能となる。その後、冷間加工などが行われると、生成したAlZr析出核が分断されて熱的に不安定になり、失われてしまう可能性がある。これに対し、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを、他の工程を介さずに連続的に行うことによって、生成したAlZr析出核が分断されることなく、熱的に安定な状態で残存しやすい。これにより、生成したAlZr析出核を第2時効工程S242にて成長させ、微細なAlZrを多数析出させることができる。
【0073】
(S241:第1時効工程)
第1時効工程S241では、アルミニウム中にSiを均一に分散させることによって、AlZr析出核を多数生成させる。アルミニウム中にAlZr析出核を多数生成させ、後述する第2時効工程S242で微細なAlZr析出物を多数成長させることで、耐熱性を向上させることができる。
【0074】
第1温度Tは、例えば、300℃以上400℃以下とするのが好ましい。第1温度Tが300℃未満では、AlZr析出核が生成し難くなる。これに対し、第1温度Tを300℃以上とすることで、AlZr析出核を多数生成させることができる。一方で、第1温度Tが400℃を超えると、AlZrが粗大に析出して、耐熱性が低下する可能性がある。また、Al-Zr-Si系析出物が多く生成し、耐熱性が低下する可能性がある。これに対し、第1温度Tを400℃以下とすることで、AlZrが粗大に析出することを抑制することができる。また、Al-Zr-Si系析出物の生成を抑制することができる。
【0075】
第1時効工程S241では、第1熱処理時間tの間、温度を第1温度Tで一定に保持する。ここでいう「第1温度Tで一定に保持する」とは、300℃以上400℃以下の範囲内を満たす所定温度で完全に一定に保持することだけでなく、上述の範囲内を満たす所定温度の±25℃以内で保持することを含む。
【0076】
第1熱処理時間tは、例えば、1時間以上6時間以下とするのが好ましい。第1熱処理時間tが1時間未満では、充分な個数のAlZr析出核が生成しない。これに対し、第1熱処理時間tを1時間以上とすることで、充分な個数のAlZr析出核を生成させることができる。一方で、第1熱処理時間tが6時間を超えると、AlZr析出核の生成は飽和するので、生産性に劣る。これに対し、第1熱処理時間tを6時間以下とすることで、生産性を向上させることができる。
【0077】
(S242:第2時効工程)
第2時効工程S242では、アルミニウム中に微細なAlZr析出物を、上述のAlZr析出核から成長させる。AlZr析出物を微細化して均一に分散させることで、強度および耐熱性を向上させることができる。
【0078】
第2温度Tは、第1温度Tよりも高い温度とするのが好ましい。第2温度Tは、例えば、350℃以上450℃以下とするのが好ましい。第2温度Tが350℃未満では、AlZr析出物が、AlZr析出核から成長するのが遅くなる。これに対し、第2温度Tを350℃以上とすることで、AlZr析出物を、AlZr析出核から速やかに成長させることができる。一方で、第2温度Tが450℃を超えると、AlZrが粗大に析出して、耐熱性が低下する可能性がある。これに対し、第2温度Tを450℃以下とすることで、AlZrが粗大に析出することを抑制することができる。
【0079】
第2時効工程S242では、第2熱処理時間tの間、温度を第2温度Tで一定に保持する。ここでいう「第2温度Tで一定に保持する」とは、350℃以上450℃以下の範囲内を満たす所定温度で完全に一定に保持することだけでなく、上述の範囲内を満たす所定温度の±25℃以内で保持することを含む。
【0080】
第2熱処理時間tは、第1熱処理時間tより長い時間とするのが好ましい。第2熱処理時間tは、例えば、10時間以上60時間以下とするのが好ましい。第2熱処理時間tが10時間未満では、充分な個数のAlZr析出物が、AlZr析出核から成長しない。これに対し、第2熱処理時間tを10時間以上とすることで、充分な個数のAlZr析出物を、AlZr析出核から成長させることができる。一方で、第2熱処理時間tが60時間を超えると、AlZr析出物が粗大に析出して、耐熱性が低下する可能性がある。また、Al-Zr-Si系析出物が多く生成し、耐熱性が低下する可能性がある。これに対し、第2熱処理時間tを60時間以下とすることで、AlZrが粗大に析出することを抑制することができる。また、Al-Zr-Si系析出物の生成を抑制することができる。
【0081】
また、常温から第1温度Tへの昇温速度vは、第1温度Tから第2温度Tへの昇温速度vよりも遅くするのが好ましい。これにより、Zrが析出を開始する温度に到達するまでの時間を延ばし、その間にSiを均一に分散させておくことができる。
【0082】
昇温速度vは、例えば、15℃/hr以上40℃/hr以下とするのが好ましい。昇温速度vが15℃/hr未満では、第1温度Tに到達するまでに必要以上の長時間を要すことになり、生産性に劣る。これに対し、昇温速度vを15℃/hr以上とすることで、生産性を向上できる。一方、昇温速度vが40℃/hrを超えると、Siを均一に分散させるよりも前に、Zrが析出を開始する温度に到達してしまい、AlZr析出核の生成が充分に促進され難くなる。これに対し、昇温速度vを40℃/hr以下とすることで、Zrが析出を開始する温度に到達するまでに、Siを均一に分散させることができる。これにより、Siの含有量が少なくても、AlZr析出核の生成を充分に促進することが可能となる。
【0083】
(S250:第2伸線工程)
第2時効工程S242後のアルミニウム合金伸線を、所定の径に冷間伸線加工し、本実施形態のアルミニウム合金線140を得る。冷間伸線加工の加工条件としては、以下が例示される。
伸線中のアルミ線の温度:10℃以上200℃以下
伸線速度:20m/min以上800m/min以下
1ダイスあたりの減面率:15%以上30%以下
ダイス角度:10度以上26度以下
【0084】
(S260:鋼心部形成工程)
アルミニウム合金線140を得たら、心線130を用い、鋼心部110を形成する。心線130としては、例えば、アルミ覆鋼線、亜鉛めっき鋼線、アルミ覆インバ線または亜鉛めっきインバ線を用いることができる。送出機によって、第1鋼心層111となる1本の心線130を送り出しながら、撚り線機によって第1鋼心層111の外周を覆うように6本の心線130を撚り合わせることにより、第2鋼心層112を形成する。
【0085】
(S270:撚線部形成工程)
鋼心部110を形成したら、アルミニウム合金線140を用い、撚線部120を形成する。まず、撚り線機によって鋼心部110の外周を覆うように12本のアルミニウム合金線140を撚り合わせることにより、第1撚線層121を形成する。次に、撚り線機によって第1撚線層121の外周を覆うように18本のアルミニウム合金線140を撚り合わせることにより、第2撚線層122を形成する。
【0086】
以上により、本実施形態の電線100が製造される。
【0087】
(4)本実施形態に係る効果
本実施形態によれば、以下に示す1つまたは複数の効果を奏する。
【0088】
(a)本実施形態のアルミニウム合金線の耐熱性は、例えば、1時間の加熱試験後で94%以上であり、3時間の加熱試験後で94%以上であり、5時間の加熱試験後で93%以上である。微量のSiを添加し、上述の2段階時効を行うことで、Siの含有量が少なくても、AlZrの析出を促進させることができる。一方で、微量のSiを添加し、上述の2段階時効を行うことによって、Al-Zr-Si系析出物の生成を抑制し、微細なAlZr析出物の割合を増加させることができる。これらの結果、微細なAlZr析出物が、アルミニウム合金組織を安定化させ、耐熱性を向上させることが可能となる。
【0089】
従来のアルミニウム合金線は、耐熱性を向上させるために、ZrおよびSiを添加した場合、耐熱性向上に効果のある微細なAlZr析出物だけではなく、耐熱性向上に効果がないAl-Zr-Si系析出物が生成されてしまっていた。Siは、時効前のアルミニウム中において偏析していることがある。偏析したSiの一部はAlZrの析出促進の効果がないため、Si添加量に見合ったAlZrの析出促進効果が得られ難くい。したがって、偏析による無効分を補うために、従来のアルミニウム合金線では一定量以上のSiを添加していた。Siの添加量が多いほど、Al-Zr-Si系析出物は多く生成される。また、Siは、Zrに比べてアルミニウム中の拡散速度が速いので、1段階の時効工程では、Al-Zr-Si系析出物の生成は抑制され難い。Al-Zr-Si系析出物の生成によって、耐熱性向上に効果のあるAlZrの析出に利用できるZr量は低減されてしまう。つまり、Al-Zr-Si系析出物の生成は、間接的な結果として、長時間の高温環境において、合金を軟化させる傾向がある。
【0090】
これに対し、本発明者等の鋭意検討により、微量のSiを添加し、上述の2段階時効を行うことによって、Al-Zr-Si系析出物の生成を抑制し、長時間の高温環境にも耐えうるアルミニウム合金線が実現された。本実施形態のアルミニウム合金線は、従来の超耐熱アルミニウム合金線と比較して、より長時間の高温環境においても好適に用いることができる。
【0091】
(b)本実施形態のアルミニウム合金線の導電率は、例えば、60%IACS以上であり、従来の超耐熱アルミニウム合金線の導電率と比較して、同水準以上となっている。微量のSiを添加し、上述の2段階時効を行うことによって、微細なAlZrを多数析出させることができる。その結果、アルミニウム中に固溶するZrが低減し、導電率を向上させることが可能となる。
【0092】
(c)本実施形態のアルミニウム合金線の引張強さは、例えば、150MPa以上であり、従来の超耐熱アルミニウム合金線の引張強さと比較して、同水準以上となっている。微量のSiを添加し、上述の2段階時効を行うことによって、微細なAlZrを多数析出させることができる。その結果、微細なAlZr析出物が、アルミニウム合金組織の転位の伝播を抑制し、強度を向上させることが可能となる。
【0093】
(d)本実施形態の電線の引張荷重は、従来の超耐熱アルミニウム合金より線系電線の引張荷重と比較して、同水準以上となっている。本実施形態の電線の撚線部には、高い耐熱性と、水準以上の導電率と、水準以上の引張強さとを備えた、本実施形態のアルミニウム合金線が用いられている。その結果、本実施形態の電線は、従来の電線と比較して、導電率および引張荷重を同等以上としつつ、耐熱性を向上させることが可能となる。このような電線は、例えば、発電所からの送電線のような、大電流容量が求められる用途に好適に用いることができる。
【0094】
(e)本実施形態における時効工程は、第1時効工程と、第2時効工程とを有している。第1時効工程時に、比較的低温で熱処理を行うことで、Siの含有量が少なくても、効率よくAlZr析出核の生成を促進することができる。すなわち、AlZrの析出現象を遅滞させることなく、耐熱性向上に効果のないAl-Zr-Si系析出物の生成原因となるSiの添加量を低減することができる。その後、冷間加工などが行われることなく連続的に第2時効工程を行うので、生成したAlZr析出核が分断されることなく、熱的に安定な状態で残存しやすい。これにより、生成したAlZr析出核を第2時効工程にて成長させ、微細なAlZrを多数析出させることができる。その結果、比較的短時間の熱処理であっても、強度および耐熱性を向上させることが可能となる。
【0095】
(f)本実施形態における時効工程では、常温から第1温度Tへの昇温速度vは、第1温度Tから第2温度Tへの昇温速度vよりも遅くするのが好ましい。これにより、Zrが析出を開始する温度に到達するまでの時間を延ばし、その間にSiを均一に分散させておくことができる。その結果、Siの含有量が少なくても、AlZr析出核の生成を充分に促進することが可能となる。
【0096】
<本開示の第1実施形態の変形例>
上述の第1実施形態において、アルミニウム合金線中に、さらにSrを含有させてもよい。Srは、アルミニウム中に主に析出し、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる作用を呈する合金元素である。
【0097】
Srの含有量は、例えば、0.002質量%以上0.05質量%以下である。Srの含有量が0.002質量%未満では、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる効果が生じ難くなる。これに対し、Srの含有量を0.002質量%以上とすることで、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。一方で、Srの含有量が0.05質量%を超えると、結晶粒を微細化させる効果は飽和し、含有量に対する効果は得られ難くなる。これに対し、Srの含有量を0.05質量%以下とすることで、アルミニウム中に不純物として存在するSrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0098】
<本開示の他の実施形態>
以上、本開示の実施形態について具体的に説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0099】
上述の実施形態では、電線の鋼心部が、例えば、2層の鋼心層を有する場合について説明したが、鋼心部は、1層の鋼心層、または3層以上の鋼心層を有していてもよい。
【0100】
また、上述の実施形態では、電線の撚線部が、例えば、2層の撚線層を有する場合について説明したが、撚線部は、1層の撚線層、または3層以上の撚線層を有していてもよい。
【0101】
また、上述の実施形態では、電線が、鋼心部と、撚線部とを有する場合について説明したが、電線が、鋼心部を有さず、撚線部のみを有していてもよい。この場合、電線の軽量化が可能となる。
【0102】
また、上述の実施形態では、アルミニウム合金線製造工程の後に、鋼心部形成工程を行う場合について説明したが、鋼心部形成工程の後に、アルミニウム合金線製造工程を行ってもよい。
【0103】
また、上述の実施形態では、アルミニウム合金線製造工程が、第1伸線工程と、第2伸線工程とを有する場合について説明したが、アルミニウム合金線製造工程が、第1伸線工程または第2伸線工程のうち、いずれか一方を有していなくてもよい。
【実施例
【0104】
次に、本開示に係る実施例を説明する。これらの実施例は本開示の一例であって、本開示はこれらの実施例により限定されない。
【0105】
(1)アルミニウム合金線の作製
以下の条件で、アルミニウム合金線の試料1を作製した。
【0106】
アルミニウム地金を溶融炉にて溶融し、Zrを0.32質量%、Feを0.16質量%、Siを0.005質量%、Tiを0.01質量%含有するように、それぞれの合金元素濃度を調整して、溶融アルミニウムとしてのアルミニウム溶湯を得た。溶融時の温度は、800℃とした。
【0107】
上述のアルミニウム溶湯を、プロペルチ式連続鋳造圧延機により、鋳造と、熱間圧延とを、連続で行い、直径11.7mmのアルミニウム合金荒引き線を得た。
【0108】
上述のアルミニウム合金荒引き線を、冷間伸線加工し、直径7.2mmのアルミニウム合金伸線を得た。
【0109】
上述のアルミニウム合金伸線に対して、第1時効工程として、室温から350℃まで15時間で昇温させ、350℃で2時間の熱処理を行った。次いで、第2時効工程として、350℃から400℃まで2時間で昇温させ、400℃で30時間の熱処理を行った。
【0110】
上述の第2時効工程後のアルミニウム合金伸線を、冷間伸線加工し、直径3.3mmのアルミニウム合金線(試料1)を得た。伸線中のアルミ線の温度は150℃以下、伸線速度は650m/min、1ダイスあたりの減面率は20%以上30%以下、ダイス角度は24度とした。
【0111】
試料2は、Siの含有量を0.01質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0112】
試料3は、Siの含有量を0.03質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0113】
試料4は、Siの含有量を0.05質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0114】
試料5は、Siの含有量を0.1質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0115】
試料6は、さらにSrを0.005質量%含有するように調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0116】
試料7は、Zrの含有量を0.10質量%に調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0117】
試料8は、Zrの含有量を0.20質量%に調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0118】
試料9は、Zrの含有量を0.35質量%に調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0119】
試料10は、Zrの含有量を0.40質量%に調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0120】
試料11は、第1時効工程として、室温から400℃まで10時間で昇温させ、400℃で30時間の熱処理を行い、第2時効工程を行わなかった点以外は、試料3と同様に作製した。
【0121】
(2)評価
(1)で作製した試料1~試料11に対して、以下の評価を行った。
【0122】
(導電率)
JIS C3002に準拠して導電率を測定した。
【0123】
(引張強さ)
JIS C3002に準拠して引張強さを測定した。
【0124】
(耐熱性)
試料1~試料11に対して、280℃で所定時間の加熱試験を行った後の引張強さβの、加熱試験前の引張強さαに対する比率(β/α)×100%で耐熱性を評価した。加熱試験時間は、1時間、3時間、5時間の3通りとした。
【0125】
(割れ評価)
試料1~試料11に対して、室温で、長手方向にひずみ速度20%/minで圧縮していき、目視で外周部に1つ目の傷が確認できたときの圧縮率Kを割れ評価の指標とした。この手法により、圧縮時に微小な傷が広がるため、通常目視不可能な微小な傷も探知できた。圧縮率Kが大きいほど、良好な表面品質を有しており、断線リスクが低い合金線であると言える。
【0126】
(3)結果
(1)で作製した試料1~試料11に対して、(2)の評価を行った結果を、表1に示す。
【0127】
【表1】
【0128】
Siの含有量を0.005質量%とした試料1は、1時間後および3時間後の耐熱性が94%未満であった。5時間後の耐熱性は93%未満であった。
【0129】
これに対し、Siの含有量を0.01質量%とした試料2と、Siの含有量を0.03質量%とした試料3と、Siの含有量を0.05質量%とした試料4とは、1時間後および3時間後の耐熱性がそれぞれ94%以上であった。5時間後の耐熱性はそれぞれ93%以上であった。
【0130】
また、Siの含有量を0.1質量%とした試料5は、1時間後の耐熱性は94%以上であったが、3時間後の耐熱性は94%未満であった。5時間後の耐熱性は93%未満であった。
【0131】
以上から、Siの含有量を0.01質量%以上0.05質量%以下にすることで、耐熱性が向上できたことを確認した。
【0132】
また、Srの含有量を0.005質量%とした試料6は、Srを含有していない試料3と比較して、割れ評価の圧縮率が高かった。これにより、Srを含有させることで、割れの発生を抑制できたことを確認した。
【0133】
また、Zrの含有量を0.32質量%とした試料3と、Zrの含有量を0.20質量%とした試料8とは、Zrの含有量を0.35質量%とした試料9と比較して、割れ評価の圧縮率が高かった。これにより、Zrの含有量を0.32質量%以下とすることで、割れの発生を抑制できたことを確認した。
【0134】
また、Zrの含有量を0.40質量%とした試料10は、導電率が60%IACS未満であった。これに対し、Zrの含有量を0.20質量%とした試料8と、Zrの含有量を0.32質量%とした試料3と、Zrの含有量を0.35質量%とした試料9とは、導電率が60%IACS以上であった。これにより、Zrの含有量を0.35質量%以下とすることで、導電率が向上できたことを確認した。
【0135】
また、時効処理を1段階とした試料11は、1時間後の耐熱性は94.3%であったが、3時間後の耐熱性は91.4%と大きく低下した。5時間後の耐熱性は89.6%とさらに低下した。
【0136】
これに対し、時効処理を2段階とした試料3は、1時間後の耐熱性は96.7%、3時間後の耐熱性は96.3%、5時間後の耐熱性は95.5%であり、長時間の加熱試験後でも高い耐熱性を保っていた。
【0137】
以上より、2段階の時効処理を行うことによって、耐熱性が向上できたことを確認した。特に、長時間の高温環境において、耐熱性を大きく向上できたことを確認した。
【0138】
また、試料2~4、6、8、9のすべてで、引張強さは150MPa以上であった。すなわち、本実施例に係るアルミニウム合金線の引張強さは、従来の超耐熱アルミニウム合金線の引張強さと比較して、同水準以上となっていることを確認した。
【0139】
<本開示の好ましい態様>
以下、本開示の好ましい態様を付記する。
【0140】
(付記1)
本開示の一態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金線であり、
前記合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上であるアルミニウム合金線が提供される。
【0141】
(付記2)
付記1に記載のアルミニウム合金線であって、
導電率は、60%IACS以上である。
【0142】
(付記3)
付記1または付記2に記載のアルミニウム合金線であって、
さらにSrを0.002質量%以上0.05質量%以下含有する。
【0143】
(付記4)
付記1から付記3のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線であって、
Zrの含有量は、0.34質量%以下である。
【0144】
(付記5)
付記1から付記4のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線であって、
Zrの含有量は、0.32質量%以下である。
【0145】
(付記6)
付記1から付記5のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線であって、
引張強さは、150MPa以上である。
【0146】
(付記7)
本開示の他の態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる合金であり、
前記合金に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の引張強さは、前記加熱試験前の引張強さの94%以上であるアルミニウム合金が提供される。
【0147】
(付記8)
本開示の他の態様によれば、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線が提供される。
【0148】
(付記9)
本開示のさらに他の態様によれば、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線に対して、280℃で3時間の加熱試験を行った後の前記アルミニウム合金線の引張強さは、前記加熱試験前の前記アルミニウム合金線の引張強さの94%以上である電線が提供される。
【0149】
(付記10)
付記9に記載の電線であって、
前記鋼心部は、アルミ覆インバ線を含み、
引張荷重は、電気学会電気規格調査会標準規格JEC-3406に規定される最小引張荷重以上である。
【0150】
(付記11)
付記9に記載の電線であって、
前記鋼心部は、亜鉛めっきインバ線を含み、
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1405に規定される最小引張荷重以上である。
【0151】
(付記12)
付記9に記載の電線であって、
前記鋼心部は、アルミ覆鋼線、亜鉛めっき鋼線、アルミ覆インバ線または亜鉛めっきインバ線のうち少なくともいずれかを含む。
【0152】
(付記13)
本開示のさらに他の態様によれば、
アルミニウム地金を溶解して、Zrを0.20質量%以上0.35質量%以下、Feを0.05質量%以上0.20質量%以下、Siを0.01質量%以上0.05質量%以下、Tiを0.002質量%以上0.02質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる溶融アルミニウムを得る溶解工程と、
前記溶融アルミニウムを、連続鋳造した後、引き続き連続圧延してアルミニウム合金荒引き線を得る連続鋳造圧延工程と、
前記アルミニウム合金荒引き線を、所定の径に冷間伸線してアルミニウム合金伸線を得る第1伸線工程と、
前記アルミニウム合金伸線に対して熱処理を行う時効工程と、
前記時効工程後の前記アルミニウム合金伸線を、所定の径に冷間伸線してアルミニウム合金線を得る第2伸線工程と、
を有し、
前記時効工程は、
前記アルミニウム合金伸線に対して、第1温度で熱処理を行う第1時効工程と、
前記第1時効工程後の前記アルミニウム合金伸線に対して、前記第1温度よりも高い第2温度で熱処理を行う第2時効工程と、
を有し、
前記第1時効工程と、前記第2時効工程とを、他の工程を介さずに連続的に行うアルミニウム合金線の製造方法が提供される。
【0153】
(付記14)
付記13に記載のアルミニウム合金線の製造方法であって、
前記第2時効工程では、前記第1時効工程の熱処理時間よりも長い時間の熱処理を行う。
【0154】
(付記15)
付記13または付記14に記載のアルミニウム合金線の製造方法であって、
前記第1時効工程の開始前の温度から前記第1温度に昇温させる際の昇温速度を、前記第1温度から前記第2温度に昇温させる際の昇温速度よりも遅くする。
【符号の説明】
【0155】
100 電線
110 鋼心部
111 第1鋼心層
112 第2鋼心層
120 撚線部
121 第1撚線層
122 第2撚線層
130 心線
131 鋼線部
132 被覆部
140 アルミニウム合金線
S200 アルミニウム合金線製造工程
S210 溶解工程
S220 連続鋳造圧延工程
S230 第1伸線工程
S240 時効工程
S241 第1時効工程
S242 第2時効工程
S250 第2伸線工程
S260 鋼心部形成工程
S270 撚線部形成工程
図1
図2
図3