(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-15
(45)【発行日】2023-05-23
(54)【発明の名称】ダイカスト用プランジャ潤滑剤及びその塗布方法
(51)【国際特許分類】
C10M 173/00 20060101AFI20230516BHJP
C10M 159/04 20060101ALN20230516BHJP
C10M 127/00 20060101ALN20230516BHJP
C10M 129/70 20060101ALN20230516BHJP
C10M 129/40 20060101ALN20230516BHJP
C10M 129/44 20060101ALN20230516BHJP
C10M 125/26 20060101ALN20230516BHJP
C10M 125/24 20060101ALN20230516BHJP
C10N 10/02 20060101ALN20230516BHJP
C10N 40/24 20060101ALN20230516BHJP
【FI】
C10M173/00
C10M159/04
C10M127/00
C10M129/70
C10M129/40
C10M129/44
C10M125/26
C10M125/24
C10N10:02
C10N40:24 A
(21)【出願番号】P 2020155358
(22)【出願日】2020-09-16
【審査請求日】2022-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】390002152
【氏名又は名称】日本クエーカー・ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】石田 宗一郎
(72)【発明者】
【氏名】田端 英二
(72)【発明者】
【氏名】古川 雄一
(72)【発明者】
【氏名】本行 克己
(72)【発明者】
【氏名】池田 俊和
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/144457(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/185876(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/057385(WO,A1)
【文献】特開平10-008085(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱物油、合成炭化水素、又は脂肪酸エステルから選ばれる1または2以上の化合物である成分(a)と、
高級脂肪酸のアルカリ金属塩又は脂肪族ヒドロキシ酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である成分(b)と、
脱水縮合可能なオキソ酸又はポリオキソ酸のアルカリ金属塩である成分(c)と、
水と、
を含むダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項2】
前記成分(c)は、ケイ酸のアルカリ金属塩である、
請求項1に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項3】
前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、
前記成分(b)の配合量が潤滑剤全量に対して3~15%であり、
前記ケイ酸のアルカリ金属塩の配合量が潤滑剤全量に対して3~25%である、
請求項2に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項4】
前記成分(c)は、ホウ酸のアルカリ金属塩である、
請求項1に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項5】
前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、
前記成分(b)の配合量は、潤滑剤全量に対して3~15%であり、
前記ホウ酸のアルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%である、
請求項4に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項6】
前記成分(c)は、リン酸のアルカリ金属塩である、
請求項1に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項7】
前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、
前記成分(b)の配合量は、潤滑剤全量に対して3~15%であり、
前記リン酸のアルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%である、
請求項6に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のダイカスト用プランジャ潤滑剤を、ダイカスト鋳造装置において溶湯を金型内に射出するプランジャが摺動するスリーブの内面に、スプレーによって塗布する、ダイカスト用プランジャ潤滑剤の塗布方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイカスト用プランジャ潤滑剤及びその塗布方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム等の金属材料のダイカストにおいては、プランジャがスリーブを摺動することによって、ダイカスト型内に溶湯が射出される。そして、プランジャとスリーブとの摺動面でのスリーブの摩耗を低減するとともにプランジャの射出速度を安定化させるため、プランジャとスリーブとの間(特にスリーブの内壁)に潤滑剤が供給される。ここで、スリーブ内に油性の潤滑剤を供給した後に溶湯をスリーブ内に注ぐと、油性潤滑剤が高温に晒され、油成分が燃焼するおそれがある。
【0003】
特許文献1は、燃焼を抑えたダイカスト用水溶性プランジャ潤滑剤を開示している。特許文献1にかかる潤滑剤は、鉱物油、合成炭化水素、油脂、脂肪酸エステルから選ばれる1または2以上の化合物である成分(a)と、高級脂肪酸のアルカリ金属塩または脂肪族ヒドロキシ酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である成分(b)と、合成スルホン酸のアルカリ金属塩または石油スルホン酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である成分(c)と、微粒子シリカと、水とを含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1にかかる潤滑剤は、水を含むこと、及び高級脂肪酸アルカリ金属塩を用いていることによって、燃焼性を抑えている。しかしながら、特許文献1にかかる潤滑剤は、燃焼抑制性について、未だ改善の余地がある。例えば、特許文献1にかかる潤滑剤は、水が蒸発してしまうとその効果が薄くなってしまう。言い換えると、特許文献1にかかる潤滑剤は、水が蒸発すると、燃焼を抑制することが難しくなるおそれがあった。したがって、特許文献1にかかる潤滑剤は、適切に燃焼を抑制することができないおそれがあった。
【0006】
本発明は、適切に燃焼を抑制することが可能なダイカスト用プランジャ潤滑剤及びその塗布方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明にかかるダイカスト用プランジャ潤滑剤は、鉱物油、合成炭化水素、又は脂肪酸エステルから選ばれる1または2以上の化合物である成分(a)と、高級脂肪酸のアルカリ金属塩又は脂肪族ヒドロキシ酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である成分(b)と、脱水縮合可能なオキソ酸又はポリオキソ酸のアルカリ金属塩である成分(c)と、水と、を含む。
【0008】
本発明は、上記のように構成されていることによって、脱水縮合可能なオキソ酸又はポリオキソ酸のアルカリ金属塩の作用によって、潤滑剤の燃焼を抑制することが可能となる。
【0009】
また、好ましくは、前記成分(c)は、ケイ酸のアルカリ金属塩である。さらに好ましくは、前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、前記成分(b)の配合量が潤滑剤全量に対して3~15%であり、前記ケイ酸のアルカリ金属塩の配合量が潤滑剤全量に対して3~25%である。
これにより、潤滑剤の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0010】
また、好ましくは、前記成分(c)は、ホウ酸のアルカリ金属塩である。さらに好ましくは、前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、前記成分(b)の配合量は、潤滑剤全量に対して3~15%であり、前記ホウ酸のアルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%である。
これにより、潤滑剤の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0011】
また、好ましくは、前記成分(c)は、リン酸のアルカリ金属塩である。さらに好ましくは、前記成分(a)の配合量は、潤滑剤全量に対して5~25%であり、前記成分(b)の配合量は、潤滑剤全量に対して3~15%であり、前記リン酸のアルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%である。
これにより、潤滑剤の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0012】
また、好ましくは、ダイカスト用プランジャ潤滑剤の塗布方法は、ダイカスト用プランジャ潤滑剤を、ダイカスト鋳造装置において溶湯を金型内に射出するプランジャが摺動するスリーブの内面に、スプレーによって塗布する。
これにより、スリーブに塗布された潤滑剤の燃焼をさらに抑制することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、適切に燃焼を抑制することが可能なダイカスト用プランジャ潤滑剤及びその塗布方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施の形態にかかるダイカスト鋳造装置1を示す図である。
【
図2】本実施の形態にかかるダイカスト鋳造装置1を示す図である。
【
図3】本実施の形態にかかるダイカスト鋳造装置1を示す図である。
【
図4】本実施の形態にかかるダイカスト用プランジャ潤滑剤の成分を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。但し、本発明が以下の実施の形態に限定されるわけではない。また、説明を明確にするため、以下の記載及び図面は、適宜、簡略化されている。
【0016】
(ダイカスト鋳造装置)
図1~
図3は、本実施の形態にかかるダイカスト鋳造装置1を示す図である。ダイカスト鋳造装置1は、金型10、スリーブ14、及びプランジャ15を有する。金型10は、溶湯を加圧凝固することにより鋳物を形成するためのものである。金型10は、例えば、ダイカスト法に用いる金型10である。ダイカスト法で使用する金型10は、鋳造した鋳物を取り出せるように、例えば、複数の部品から構成されている。金型10は、例えば、移動型金型10a及び固定側金型10bを含んでいる。金型10は、所定の鋼材から構成されている。例えば、金型10は、熱間金型用合金工具鋼(SKD61基材)を含んでいる。SKD61基材は、合金工具鋼の一種で、炭素工具鋼にタングステン、モリブデン、クロム、バナジウム等が添加されている。なお、金型10は、移動型金型10a及び固定側金型10bを含んでいるものに限らない。また、金型10の材料は、SKD61基材に限らない。
【0017】
金型10は、キャビティ11を有している。キャビティ11は、金型10の内部に形成された空洞部分であり、溶湯20が充填される部分である。キャビティ11は、例えば、移動型金型10aと固定側金型10bとが型締めされたときに、金型10の内部に形成される。金型10におけるキャビティ11に接する面をキャビティ面12という。キャビティ11は、金型10のキャビティ面12で囲まれている。よって、金型10のキャビティ面12で囲まれたキャビティ11に溶湯20が充填される。
【0018】
スリーブ14は、金型10に接続されている。スリーブ14は円筒状をしている。スリーブ14の一端は、金型10のキャビティ11に通じる開口に接続されている。スリーブ14の他端にはプランジャ15が挿入されている。スリーブ14の一部に溶湯の供給口14aが設けられている。ピン18は、鋳物を取り出すためのものである。
【0019】
プランジャ15は、スリーブ14を摺動して、溶湯20を金型10の内部(キャビティ11)に射出する。プランジャ15は、プランジャチップ15aとプランジャロッド15bとを有する。プランジャチップ15aは、スリーブ14内の溶湯20に直接接触する円柱状の部材である。プランジャチップ15aは、棒状部材であるプランジャロッド15bを介して、プランジャ15を駆動するプランジャ駆動源(図示せず)に連結されている。プランジャ駆動源の駆動により、プランジャチップ15aは、スリーブ14の内面14bを摺動して、溶湯20をキャビティ11に押し出す。
【0020】
図2に示すように、溶湯20は、円筒状をしたスリーブ14内に、供給口14aから供給され、プランジャ15でキャビティ11内に押し出される。溶湯20は、スリーブ14内を通り、キャビティ11に送り込まれる。
【0021】
図3は、スリーブ14の内面14bの拡大図である。
図3に示すように、スリーブ14の内面14bには、ダイカスト用プランジャ潤滑剤である潤滑剤50が塗布されている。潤滑剤50は、プランジャ15(プランジャチップ15a)とスリーブ14(内面14b)との間の摩擦を低減するために用いられる。以下、詳述する。
【0022】
(ダイカスト用プランジャ潤滑剤)
ダイカスト用プランジャ潤滑剤(潤滑剤50)は、主に潤滑成分として機能する成分(a)と、主に界面活性剤として機能する成分(b)と、脱水縮合可能なオキソ酸又はポリオキソ酸のアルカリ金属塩である成分(c)と、水とを含む。後述するように、成分(a)は、鉱物油、合成炭化水素、又は脂肪酸エステルから選ばれる1または2以上の化合物である。後述するように、成分(b)は、高級脂肪酸のアルカリ金属塩又は脂肪族ヒドロキシ酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である。後述するように、脱水縮合可能なオキソ酸又はポリオキソ酸のアルカリ金属塩(以下、単に「オキソ酸のアルカリ金属塩」又は「オキソ酸塩」と称する)は、例えば、二価以上のオキソ酸のアルカリ金属塩であってもよい。また、オキソ酸のアルカリ金属塩は、例えば、ケイ酸のアルカリ金属塩、ホウ酸のアルカリ金属塩、又はリン酸のアルカリ金属塩であってもよい。オキソ酸のアルカリ金属塩を構成するアルカリ金属の例は、ナトリウム、リチウム、カリウム等であり、好ましくはナトリウム、カリウムである。
【0023】
本実施形態のように、潤滑剤50に上述したオキソ酸のアルカリ金属塩(成分(c))を添加することによって、潤滑剤50の燃焼を抑制することができる。すなわち、後述するように、オキソ酸のアルカリ金属塩の作用によって、潤滑剤50の燃焼を抑制することができる。例えば、オキソ酸のアルカリ金属塩が熱源(溶湯20等)からの入熱によって脱水縮合反応を起こして無機オリゴマー膜または無機ポリマー膜(不燃膜)と水とが生成され、無機オリゴマー膜または無機ポリマー膜による窒息作用と水による冷却作用によって、潤滑剤50の燃焼を抑制することができる。また、後述するように、潤滑剤50に含まれる水が蒸発した後であっても、オキソ酸のアルカリ金属塩の潮解反応によって、潤滑剤50の燃焼を抑制することができる。
【0024】
図4は、本実施の形態にかかるダイカスト用プランジャ潤滑剤(潤滑剤50)の成分を例示する図である。
図4の例では、成分(c)がケイ酸アルカリ金属塩である、つまり、潤滑剤50は、成分(a)、成分(b)、ケイ酸アルカリ金属塩(成分(c))、及び水を含む。
【0025】
成分(a)は、上述したように、鉱物油、合成炭化水素、又は脂肪酸エステルから選ばれる1または2以上の化合物である。成分(a)の作用は、プランジャ15(プランジャチップ15a)とスリーブ14との間の摩擦を低減することである。成分(a)は、これにより、高速での溶湯20の射出を可能にする。
【0026】
また、成分(a)の配合量は、潤滑剤50の全量に対して5~25%(重量%)であることが好ましい。成分(a)の配合量が上限25%を超えると、潤滑剤50を、分離を起こさない均一な製品にすることが困難となることが、実験で明らかとなった。また、成分(a)の配合量が下限5%を下回ると、十分な潤滑性を得ることが困難となることが、実験で明らかとなった。
【0027】
なお、成分(a)を構成する鉱物油の例は、マシン油、タービン油、スピンドル油、プロセスオイル油等である。成分(a)を構成する合成炭化水素の例は、ポリアルファオレフィンである。成分(a)を構成する脂肪酸エステルの例は、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、バクセン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸等の脂肪酸と、1価または多価アルコールを反応させて生成したエステルである。1価または多価アルコールの例は、2-エチルヘキサノール、イソデカノール、トリデカノールなどの炭素数1~18までの1価アルコール、またはトリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ネオペンチルグリコール、ジペンタエリスリトール等である。
【0028】
成分(b)は、上述したように、高級脂肪酸のアルカリ金属塩又は脂肪族ヒドロキシ酸のアルカリ金属塩から選ばれる1または2以上の化合物である。なお、潤滑剤成分として水に可溶であれば、高級脂肪酸、脂肪族ヒドロキシ酸、アルカリ金属の種類は特に限定されない。成分(b)は、成分(a)(油)を水中に分散させるという作用を有する。これにより、液(潤滑剤50)の粘度を水の粘度に近くし、作業性を良くすることができる。また、成分(b)は、プランジャ15(プランジャチップ15a)とスリーブ14との間の摩擦を低減するという作用を有する。これにより、高速での溶湯20の射出を可能にする。
【0029】
また、成分(b)の配合量は、潤滑剤50の全量に対して3~15%(重量%)であることが好ましい。成分(b)の配合量が上限15%を超えると、成分(b)の水への溶解が困難となることが、実験で明らかとなった。また、成分(b)の配合量が下限3%を下回ると、界面活性作用が低下して成分(a)を溶解させることが困難となることが、実験で明らかとなった。
【0030】
ケイ酸アルカリ金属塩は、周囲の熱源(溶湯20及びスリーブ14等)からの入熱によって脱水縮合反応を起こして潤滑剤50の表面に不燃膜(シリケート膜)を生成するという作用を有する。これにより、潤滑剤50の液表面を窒息(酸欠)させ、潤滑剤50の燃焼を抑制することができる。また、ケイ酸アルカリ金属塩は、周囲の熱源(溶湯20及びスリーブ14等)からの入熱によって脱水縮合反応を起こして水を生成するという作用を有する。これにより、生成された水によって系(スリーブ14及びプランジャ15等)を冷却し、燃焼を抑制することができる。なお、このような作用及び効果は、他のオキソ酸のアルカリ金属塩でも、同様に有する。
【0031】
また、ケイ酸アルカリ金属塩は、乾燥後に潮解反応によって溶解するという作用を有する。潮解反応とは、微細結晶が大気中の水蒸気を取り込んで溶解していく現象である。これにより、潤滑剤50は、水が蒸発したとしても潮解反応により水分を多く含むことができるので、水が蒸発して残渣となった潤滑剤50の湯こぼれ等による燃焼を抑制することができる。したがって、ケイ酸アルカリ金属塩を含む潤滑剤50は、水が蒸発しても、燃焼を抑制することができる。言い換えると、ケイ酸アルカリ金属塩を含む潤滑剤50は、燃焼抑制性を向上させることが可能となる。なお、このような作用及び効果は、他のオキソ酸のアルカリ金属塩でも、同様に有する。
【0032】
なお、ケイ酸アルカリ金属塩の脱水縮合反応を以下に示す。
【化1】
【0033】
また、ケイ酸アルカリ金属塩の潮解反応を以下に示す。
【化2】
【0034】
また、ケイ酸アルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して3~25%であることが好ましい。ケイ酸アルカリ金属塩の配合量が上限25%を超えると、水と成分(a)とが分離するため、潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することが困難となることが、実験で明らかとなった。さらに、ケイ酸アルカリ金属塩の配合量が上限20%を超えると、十分な潤滑性を得ることが困難となることが、実験で明らかとなった。また、ケイ酸アルカリ金属塩の配合量が下限3%を下回ると、十分な燃焼抑制性(難燃性)を得ることが困難となることが、実験で明らかとなった。このように、ケイ酸アルカリ金属塩の配合量を上述した範囲とすることで、潤滑剤50の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0035】
潤滑剤50のうち、上述した成分(a)、成分(b)及び成分(c)の残部が水である。水の配合量は、潤滑剤全量から潤滑剤中の固形分濃度を除いた部分により表わされる。例えば、水の配合量は、潤滑剤全量に対して45~70%であることが好ましい。
【0036】
水は、液の連続層を形成するという作用を有する。これにより、潤滑剤50の粘度を下げ、作業性を良くすることができる。また、水は、連続層にケイ酸塩(ケイ酸アルカリ金属塩)を溶解させ、蒸発時に油滴表面にケイ酸塩を析出させるという作用を有する。これにより、油滴表面に不燃膜を集中させ、燃焼抑制効率を向上させることができる。また、水は、潤滑剤50をスリーブ14に塗布する際にスリーブ14内を水蒸気で充満させるという作用を有する。これにより、スリーブ14内の酸素濃度を下げ、燃焼を抑えることができる。
【0037】
なお、上述したように、オキソ酸のアルカリ金属塩(成分(c))は、ホウ酸アルカリ金属塩又はリン酸アルカリ金属塩であってもよい。ホウ酸アルカリ金属塩又はリン酸アルカリ金属塩の場合でも、成分(a)及び成分(b)の配合量の範囲は、上述した
図4に示したものと同じである。
【0038】
ホウ酸アルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%であることが好ましい。ケイ酸アルカリ金属塩の配合量が上限30%を超えると、潤滑に必要な量の成分(a)を溶解させることが困難となることが、実験で明らかとなった。また、ホウ酸アルカリ金属塩の配合量が下限0.5%を下回ると、十分な燃焼抑制性(難燃性)を得ることが困難となることが、実験で明らかとなった。このように、ホウ酸アルカリ金属塩の配合量を上述した範囲とすることで、潤滑剤50の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0039】
また、リン酸アルカリ金属塩の配合量は、潤滑剤全量に対して0.5~30%であることが好ましい。ケイ酸アルカリ金属塩の配合量が上限30%を超えると、潤滑に必要な量の成分(a)を溶解させることが困難となることが、実験で明らかとなった。また、リン酸アルカリ金属塩の配合量が下限0.5%を下回ると、十分な燃焼抑制性(難燃性)を得ることが困難となることが、実験で明らかとなった。このように、リン酸アルカリ金属塩の配合量を上述した範囲とすることで、潤滑剤50の難燃性と潤滑に必要な量の成分(a)を適切に配合することとを実現することが可能となる。
【0040】
なお、上述した各成分の配合量の潤滑剤50を原液として使用することも可能である。また、経済面や運送方法を考慮して、予め固形分を多く含有させたものを潤滑剤の安定性を損なわない範囲で作製しておき、使用前に上述した範囲内でこれを希釈して使用してもよい。あるいは、上述した範囲の潤滑剤50を水によって希釈して使用することも可能である。
【0041】
なお、水中の油(成分(a))の粒径について、水と油の分離を抑えつつ、水の蒸発時の残渣の燃焼抑制性を高くするには、油の粒径を100ナノメートル以下にする必要がある。この実現は、水、油(成分(a))及び界面活性剤(成分(b))の量の調整と一般的な攪拌とによって可能であり、特殊な攪拌法は必要としない。なお、この状態では、一般的なエマルションとは異なり、液(潤滑剤50)は白濁せず透明な状態となる。
1.なお、潤滑剤50のpH調整のため、脂肪酸、脂肪族二塩基酸、ヒドロキシ脂肪酸を使用することができる。
2.なお、潤滑剤50の油粒径調整のため、非イオン界面活性剤、水溶性アミンを使用することができる。
【0042】
(実験内容)
発明者らは、上述したケイ酸アルカリ金属塩(以下、「ケイ酸塩」と称することがある)を含んだ潤滑剤が実機(ダイカスト鋳造装置1のプランジャ15及びスリーブ14)に対して使用可能であるかの検証を行った。まず、潤滑剤をスリーブ14に塗布する際の方式について、滴下方式とスプレー方式とを比較した。その結果、潤滑性能については、スプレー方式の方が潤滑剤をスリーブ14の全体に付与できるので、潤滑性が良好となった。一方、滴下方式では潤滑剤は燃焼しなかったものの、実機に対してスプレー方式で潤滑剤を供給したところ、注湯時に着火したことがあった。そこで、以下に示す実験1~3を行った。
【0043】
<実験1>
塗布条件と注湯時に発生する火柱高さとの関係を調査した。実機のスリーブ14に潤滑剤を様々な条件で塗布した後、溶湯20を注湯したときに発生した火柱の高さを映像によって計測した。潤滑剤の塗布は、スリーブ14の供給口14aの直下へ、スプレーで2条件、滴下で1条件の計3条件で行った。スプレーによる塗布時のエア圧は0.2MPa及び0.3MPaの2条件、滴下による塗布時の液圧は0.15MPaの1条件、潤滑剤の塗布量は6gとした。注湯する溶湯20は、660℃のアルミニウム溶湯12kgとした。
【0044】
<実験2>
スプレー条件及び潤滑剤組成の、給湯時の着火性への影響を調査した。実機のスリーブ14を模擬したブロックに、ケイ酸塩の配合量(ケイ酸塩量)を変更した潤滑剤をスプレーで塗布した後、ブロックに注湯して、着火の有無を調べた。ケイ酸塩量は、実験1で使用した潤滑剤のケイ酸塩量を基準として、1倍、1.5倍、2倍の3条件とした。スプレーのエア圧は、0.2MPa及び0.3MPaの2条件、滴下の液圧は0.15MPaの1条件、潤滑剤の塗布量は0.7gとした。注湯する溶湯20については、アルミニウム溶湯100gを650℃と700℃の2条件で注湯した。
【0045】
<実験3>
潤滑剤を放置した際の吸湿性及び着火性の調査を行った。潤滑剤を恒温槽にて乾燥させた後、潤滑剤を恒温槽から取り出した直後(0h)と、外部環境に放置してから1h、3h、9h後とに、潤滑剤の重量計測及び潤滑剤に対する注湯を行い、そのときの重量変化及び着火の有無を調べた。潤滑剤の使用量は乾燥前の重量で6gとし、潤滑剤を150℃の恒温槽で16h乾燥させた。外部環境は、通気性の良い工場内で気温38℃、湿度40%であった。
【0046】
(実験結果)
<実験1>
図5は、実験1に関する実験結果を示す図である。
図5は、エア圧と火柱の高さとの関係を示すグラフである。なお、滴下で塗布した条件を、便宜上、エア圧0MPaで塗布したものとした。
図5に示すように、エア圧が上昇してミスト径が小さくなるほど、火柱が高くなる結果となった。このように、潤滑剤の燃焼性は、塗布条件にも影響されることが分かった。つまり、潤滑剤の塗布方法として、潤滑剤50をスリーブ14の内面にスプレーによって塗布することで、スリーブ14に塗布された潤滑剤の燃焼をさらに抑制することができる。
【0047】
なお、液滴の微細化によって燃焼が激しくなった理由として、下記の2つの理由が考えられる。
1つ目の理由は、微細化により液滴の比表面積が増え、酸化反応が促進されたことである。液滴の比表面積(面積/体積)は、液滴の代表径に反比例する。そのため、液滴が微細化すると、液滴の表面を介した入熱及び酸素供給が激しくなり、各液滴の酸化反応が激しくなると考えられる。
【0048】
2つ目の理由は、液滴の総表面積が増えたため、シリケート膜の被覆率が下がり、燃焼を抑制できなくなったことである。一定量の液(潤滑剤)に対して液滴の表面積の計は液滴の代表径に反比例する。塗布した潤滑剤に含まれるケイ酸塩量は限られているため、液滴を微細化するとシリケート膜で液滴を十分に覆い切れなくなり、燃焼の抑制が不十分になったと考えられる。
【0049】
<実験2>
図6は、実験2に関する実験結果を示す図である。なお、ケイ酸塩量が1倍の潤滑剤は全ての条件で着火し、ケイ酸塩量が2倍の潤滑剤は全ての条件で着火しなかった。
図6は、ケイ酸塩量が1.5倍の潤滑剤の場合の各条件における着火の有無を示す。
【0050】
ケイ酸塩量が1.5倍の潤滑剤では、最も着火し易い条件である、エア圧が0.3MPaであり溶湯温度が700℃の場合のみで着火した。この結果より、潤滑剤におけるケイ酸塩量を増やすことで潤滑剤が着火し難くなることを確認できた。一方、実際に潤滑剤を用いる場合は、潤滑剤の難燃性能については、潤滑剤の成分による液単体の能力として評価するだけでなく、使用環境も含めて評価することがより好ましいと考えられる。
【0051】
<実験3>
図7は、実験3に関する実験結果を示す図である。なお、乾燥によって減少した重量は潤滑剤に含まれる水分量とほぼ同等となり、潤滑剤の水分は十分に除去できたと考えられる。
図7は、恒温槽で乾燥された潤滑剤を恒温槽から取り出してからの時間と、そのときの重量の乾燥終了直後の重量に対する比との関係を示すグラフである。
【0052】
図7では、1h後から9h後までの間では潤滑剤の重量が線形に変化しているように見られる。しかしながら、乾燥終了直後の重量とこの近似直線の切片とは大きく異なっている。このことから、乾燥終了直後においては、吸湿速度及び吸湿限界が異なる二種の反応が起きていると考えられ、潮解とは別にシラノール基による吸湿作用も働いていると推定される。
【0053】
ケイ酸アルカリ金属塩のシラノール基による吸湿反応を以下に示す。
【化3】
【0054】
なお、乾燥終了直後では溶湯による着火がみられたが、1h以上吸湿させた場合は着火が確認されなかった。つまり、潤滑剤がスリーブ外に飛散しても、大気中の水分により1h以内に速やかに燃え難い状態になると考えられる。このように、潤滑剤にケイ酸塩(オキソ酸塩)を添加することで潤滑剤が潮解性を有することは、難燃性の向上に有効であることが分かった。
【0055】
(変形例)
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、上述した実施形態では、オキソ酸のアルカリ金属塩としてケイ酸のアルカリ金属塩、ホウ酸のアルカリ金属塩又はリン酸のアルカリ金属塩が考えられるとしたが、これ以外のオキソ酸塩であってもよい。
【符号の説明】
【0056】
1・・・ダイカスト鋳造装置、10・・・金型、10a・・・移動型金型、10b・・・固定側金型、11・・・キャビティ、14・・・スリーブ、14a・・・供給口、14b・・・内面、15・・・プランジャ、15a・・・プランジャチップ、15b・・・プランジャロッド、20・・・溶湯、50・・・潤滑剤、