(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】溶接部の破断限界線の算出方法、溶接部の破断限界線の算出プログラム、及び、溶接部の破断限界線算出装置
(51)【国際特許分類】
G01N 3/00 20060101AFI20230517BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20230517BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20230517BHJP
【FI】
G01N3/00 Q
G06F30/20
G06F30/23
(21)【出願番号】P 2019187642
(22)【出願日】2019-10-11
【審査請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】上田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】富士本 博紀
(72)【発明者】
【氏名】中山 英介
(72)【発明者】
【氏名】今村 高志
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-062206(JP,A)
【文献】特開2005-326401(JP,A)
【文献】上田秀樹 他,応力三軸度を考慮したスポット溶接破断予測技術の研究(第1報),自動車技術会論文集,日本,自動車技術会,2013年03月,Vol.44/No.2,p.727-732,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsaeronbun/44/2/44_20134247/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/00- 3/62
G06F 30/00-30/398
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク溶接部の破断限界線を算出する方法であって、
スポット溶接部の破断限界線、及び、溶接ワイヤの種類が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出する破断限界線導出過程と、
前記スポット溶接部の破断限界線の係数、及び、複数の前記アーク溶接部の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、前記溶接ワイヤの引張強さと前記破断限界変換率との関係を定式化する破断限界変換率算出過程と、
評価対象となるアーク溶接部に用いる溶接ワイヤの引張強さから前記定式化した式より破断限界変換率を計算し、計算した当該破断限界変換率及び前記スポット溶接部の破断限界線の前記係数から、前記評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する破断限界線算出過程と、を有する溶接部の破断限界線算出方法。
【請求項2】
前記破断限界線導出過程では、さらに冷却速度が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出し、
前記破断限界変換率算出過程では、さらに、基準とする冷却速度における前記破断限界線の係数、及び、前記基準とする冷却速度とは異なる前記冷却速度における複数の前記破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、冷却速度と当該破断限界変換率との関係を定式化し、
前記破断限界線算出過程では、さらに、前記評価対象となるアーク溶接部における冷却速度から前記定式化した式により破断限界変換率を計算し、当該破断限界変換率及び前記基準とする冷却速度における前記破断限界線の前記係数から、前記評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する、請求項1に記載の溶接部の破断限界線算出方法。
【請求項3】
アーク溶接部の破断限界線を算出するプログラムであって、
スポット溶接部の破断限界線、及び、溶接ワイヤの種類が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出する破断限界線導出ステップと、
前記スポット溶接部の破断限界線の係数、及び、複数の前記アーク溶接部の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、前記溶接ワイヤの引張強さと前記破断限界変換率との関係を定式化する破断限界変換率算出ステップと、
評価対象となるアーク溶接部に用いる溶接ワイヤの引張強さから前記定式化した式より破断限界変換率を計算し、計算した当該破断限界変換率及び前記スポット溶接部の破断限界線の前記係数から、前記評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する破断限界線算出ステップと、を有する溶接部の破断限界線算出プログラム。
【請求項4】
前記破断限界線導出ステップでは、さらに冷却速度が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出し、
前記破断限界変換率算出ステップでは、さらに、基準とする冷却速度における前記破断限界線の係数、及び、前記基準とする冷却速度とは異なる前記冷却速度における複数の前記破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、冷却速度と当該破断限界変換率との関係を定式化し、
前記破断限界線算出ステップでは、さらに、前記評価対象となるアーク溶接部における冷却速度から前記定式化した式により破断限界変換率を計算し、当該破断限界変換率及び前記基準とする冷却速度における前記破断限界線の前記係数から、前記評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する、請求項3に記載の溶接部の破断限界線算出プログラム。
【請求項5】
アーク溶接部の破断限界線を算出する装置であって、
請求項3又は4に記載の溶接部の破断限界線算出プログラムが記憶された記憶手段と、
前記プログラムに基づいて演算を行う演算手段と、
前記演算手段により演算された結果を表示する表示手段と、を備え、
前記演算手段は、前記請求項3又は4に記載のステップにより演算が行われる、溶接部の破断限界線算出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接接手の強度評価を有限要素法解析(Finite Element Method解析。以下において「FEM解析」と記載することがある。)でシミュレーションする際の溶接部の破断限界線の算出に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部材の接合方法として、スポット溶接が困難な閉断面部位やシャシー部材においてはアーク溶接が用いられている。一方、自動車部材の強度評価にはFEM解析が多用されており、アーク溶接により接合された部分についても強度評価にFEM解析を使用することが望まれる。ただし、その際には、解析精度の向上のために溶接部の破断限界線を精緻に設定することが重要である。
【0003】
溶接部の破断限界線を精緻に設定する技術として非特許文献1には、自動車用鋼板を対象にしたスポット溶接部の破断予測方法に関する技術が開示されている。この技術を応用すればアーク溶接部の強度評価においても溶接部の変形抵抗曲線と破断基準を求めることができる。しかしながら、この技術では溶接部から試験片を採取すること、さらにはここから試験部が0.3mmの超小型試験片を加工して引張試験により破断絞りを採取し、本試験を模擬したFEM解析を実施する必要があるため、多くの手介入作業を必要とする。
【0004】
また、特許文献1には、事前に導出したスポット溶接部の破断限界線から冷却速度をパラメータにしてレーザ溶接部の破断限界線を推定する方法が開示されている。しかしながらこの方法では、アーク溶接部特有の溶接ワイヤの影響を考慮しておらず、溶接ワイヤと鋼板が混在したアーク溶接部の破断限界線を適正に求めることができない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】上田秀樹、他3名、「応力三軸度を考慮したスポット溶接部破断予測技術の研究(第1報)」、自動車技術会論文集、Vol.44、No.2、p727(2013)
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、破断限界線が未測定であるアーク溶接による溶接部の破断限界線を容易に算出することができる溶接部の破断限界線の算出方法を提供することを課題とする。また、そのための算出プログラム、及び、溶接部の破断限界線算出装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
アーク溶接の場合、同じ鋼板を対象としていても、溶接ワイヤの材質によりアーク溶接による溶接部(「アーク溶接部」と記載することがある。)の硬さは異なる。一方、スポット溶接による溶接部(「スポット溶接部」と記載することがある。)の硬さは、保持冷却時間の影響はあるものの溶接条件が一定であれば鋼板の材質で決定される。
ここで、アーク溶接部の破断限界線及びスポット溶接部の破断限界線は、いずれも引張強さや降伏応力に関係するため、硬さと同じ傾向を示すことは共通である。
そこで、発明者は、スポット溶接部の破断限界線は鋼板固有のものと考えてよく、これを基準として溶接ワイヤの強度を関連づければ、アーク溶接部の破断限界線を算出できると考えた。より具体的に鋭意検討し、予め、超小型試験片の引張試験技術で導出したスポット溶接部の破断限界線と、アーク溶接部の破断限界線から溶接ワイヤ強度と破断限界変換率の関係を定式化し、その式の係数を用いて、任意の溶接ワイヤ強度からそれに対応したアーク溶接部の破断限界線を算出することができることを見出した。
【0009】
また、これに加えて、溶接ワイヤと鋼板の溶融部からなるアーク溶接部が冷却する際の冷却速度を関連づければ、冷却速度に関連づけられたアーク溶接部の破断限界線も算出できると考え、さらに、アーク溶接部の冷却速度と破断限界変換率の関係を定式化し、その式を用いて、任意の溶接ワイヤ強度と冷却速度からそれに対応した破断限界線を算出することを得た。
【0010】
本発明は、このような知見に基づいて完成させた。以下、本発明について説明する。
【0011】
本発明の1つの態様は、アーク溶接部の破断限界線を算出する方法であって、スポット溶接部の破断限界線、及び、溶接ワイヤの種類が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出する破断限界線導出過程と、スポット溶接部の破断限界線の係数、及び、複数のアーク溶接部の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、溶接ワイヤの引張強さと破断限界変換率との関係を定式化する破断限界変換率算出過程と、評価対象となるアーク溶接部に用いる溶接ワイヤの引張強さから定式化した式より破断限界変換率を計算し、計算した破断限界変換率及びスポット溶接部の破断限界線の係数から、評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する破断限界線算出過程と、を有する溶接部の破断限界線算出方法である。
【0012】
上記溶接部の破断限界線の算出方法において、破断限界線導出過程では、さらに冷却速度が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出し、破断限界変換率算出過程では、さらに、基準とする冷却速度における破断限界線の係数、及び、基準とする冷却速度とは異なる冷却速度における複数の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、冷却速度と破断限界変換率との関係を定式化し、破断限界線算出過程では、さらに、評価対象となるアーク溶接部における冷却速度から定式化した式により破断限界変換率を計算し、当該破断限界変換率及び基準とする冷却速度における破断限界線の係数から、評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出することもできる。
【0013】
本発明の他の態様は、アーク溶接部の破断限界線を算出するプログラムであって、スポット溶接部の破断限界線、及び、溶接ワイヤの種類が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出する破断限界線導出ステップと、スポット溶接部の破断限界線の係数、及び、複数のアーク溶接部の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、溶接ワイヤの引張強さと破断限界変換率との関係を定式化する破断限界変換率算出ステップと、評価対象となるアーク溶接部に用いる溶接ワイヤの引張強さから前記定式化した式より破断限界変換率を計算し、計算した当該破断限界変換率及びスポット溶接部の破断限界線の係数から、評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出する破断限界線算出ステップと、を有する溶接部の破断限界線算出プログラムである。
【0014】
上記溶接部の破断限界線算出プログラムにおいて、破断限界線導出ステップでは、さらに冷却速度が異なる条件による複数のアーク溶接部の破断限界線を導出し、破断限界変換率算出ステップでは、さらに、基準とする冷却速度における破断限界線の係数、及び、基準とする冷却速度とは異なる冷却速度における複数の破断限界線の係数を用いて、複数の破断限界変換率を計算し、冷却速度と当該破断限界変換率との関係を定式化し、破断限界線算出ステップでは、さらに、評価対象となるアーク溶接部における冷却速度から定式化した式により破断限界変換率を計算し、当該破断限界変換率及び基準とする冷却速度における破断限界線の係数から、評価対象となるアーク溶接部の破断限界線を算出するように構成してもよい。
【0015】
本発明の他の態様は、アーク溶接部の破断限界線を算出する装置であって、上記の溶接部の破断限界線算出プログラムが記憶された記憶手段と、プログラムに基づいて演算を行う演算手段と、演算手段により演算された結果を表示する表示手段と、を備え、演算手段は、上記溶接部の破断限界線算出プログラムのステップにより演算が行われる、溶接部の破断限界線算出装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明では破断限界変換率を溶接ワイヤの引張強さに関連づけて算出するため、破断限界線が未測定であるアーク溶接部の破断限界線を算出する場合であっても、溶接ワイヤの引張強さを特定し、スポット溶接部の破断限界線が導出されていれば破断限界変換率を用いてアーク溶接部の破断限界線を容易に算出することができる。
すなわち、本発明によれば、アーク溶接部の破断限界線が未測定である溶接部材に対しても、引張試験を行わずにアーク溶接部の破断限界線を精度良く算出できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】溶接部の破断限界線算出方法S10の流れを示す図である。
【
図2】溶接ワイヤ強度と破断限界変換率との関係を表した図である。
【
図3】溶接部の破断限界線算出方法S20の流れを示す図である。
【
図4】冷却速度と破断限界変換率との関係を表した図である。
【
図5】溶接部の破断限界線算出装置10の構成を説明する図である。
【
図6】(a)は引張試験モデル20の外観、(b)はその溶接部近傍を拡大して表した図である。
【
図7】(a)は解析結果、(b)は試験結果を表す図である。
【
図8】解析結果及び試験結果の最大荷重を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[溶接部の破断限界線算出方法10]
本発明の1つの形態にかかる溶接部の破断限界線算出方法10の流れを
図1に示す。
図1からわかるように、破断限界線算出方法S10は破断限界線導出過程S11と、破断限界変換率算出過程S12と、破断限界線算出過程S13とを備えている。
【0019】
<破断限界線導出過程S11>
破断限界線導出過程S11では、超小型試験片の引張試験技術を用いてスポット溶接部及びアーク溶接部のそれぞれ個別の破断限界線を導出する。この時、鋼板の材質は同じものを用い、スポット溶接部は1つのケースで良いが、アーク溶接部は溶接ワイヤを変えた2つ以上のケースの個別の破断限界線の導出が必要である。
ここで、超小型試験片の引張試験技術を用いて破断限界線を導出する方法は、例えば非特許文献1に記載された方法を用いることができる。すなわち、溶接部、HAZ(熱影響部)、及び、母材の各部位から超小型試験片(試験部の幅が0.3mm)をワイヤカット放電加工等により採取し、静的引張試験を行うものである。
超小型試験片の引張試験を模擬したFEM解析結果の試験部断面積が破断試験片での実測値に達したときの最大相当塑性ひずみを、その試験片の局所的な破断ひずみと定義できる。同様に、破断限界の応力三軸度も定義できる。このプロセスを溶接部分、HAZ部分、および、母材部分毎に行うことで、各部位での破断ひずみと破断限界の応力三軸度を導出することが可能である。
【0020】
そして、式(1)のように、破断ひずみと応力三軸度の関係を累乗関数で近似することにより、破断限界線を構築することができる。ここで、εCRは破断限界ひずみ、σtriaxは応力三軸度を表し、A、及び、Bは係数である。
εCR=A+σtriax^B (1)
【0021】
破断限界線導出過程S11では、当該式(1)により、少なくとも1つのスポット溶接部における式(1)による破断限界線、及び、少なくとも2つのアーク溶接部における式(1)によるそれぞれ個別の破断限界線を得ることができる。すなわち、スポット溶接部については係数A、BをAs、Bsとし、アーク溶接の溶接部についてはAawi、Bawiとしたとき、スポット溶接部の破断限界線式(2)、アーク溶接部の個別の破断限界線式(3)を得る。
εCRs=As+σtriax^Bs (2)
εCRawi=Aawi+σtriax^Bawi (3)
ここで例えば溶接ワイヤの種類が3種類であれば、iが1~3をとり、個別の破断限界線は、εCRaw1~εCRaw3の3つとなる。
【0022】
<破断限界変換率算出過程S12>
破断限界変換率算出過程S12では、破断限界線導出過程S11で得たスポット溶接部の破断限界線の係数As、Bsとアーク溶接部の個別の破断限界線の係数Aawi、Bawiから式(4)、式(5)を用いて個別の破断限界変換率RAawi、RBawiを計算する。
RAawi=Aawi/As (4)
RBawi=Bawi/Bs (5)
【0023】
上記のように、アーク溶接部については複数ケースで個別に破断限界線を導出しているので、各ケースのそれぞれに対して個別の破断限界変換率RAawi及びRBawiが求まる。そこで、これらケースごとによる個別の破断限界変換率RAawi及びRBawiにおいてiがケースを意味する。すなわち、例えば溶接ワイヤが3種類(3ケース)の場合、iが1~3をとり、個別の破断限界変換率はそれぞれRAaw1~RAaw3、RBaw1~RBaw3と表すことができる。
【0024】
複数の個別の破断限界変換率R
Aawi、R
Bawiのそれぞれについて、横軸に溶接ワイヤ強度(引張強さ)を取って、縦軸に破断限界変換率をとって整理すると、
図2のようなグラフを得ることができる。そしてワイヤ強度と複数のR
Aawiから直線近似により破断限界変換率R
Aawの関係式である式(6)を得る。また、ワイヤ強度と複数のR
Bawiから直線近似により破断限界変換率R
Bawの関係式である式(7)を得る。これらの直線近似は表計算ソフトで求めることができる。
R
Aaw=-s
A・T
S+t
A (6)
R
Baw=s
B・T
S+t
B (7)
ここで、破断限界変換率R
Aaw、破断限界変換率R
Bawは溶接ワイヤ強度に関連づけられた破断限界変換率であることを意味する。また、T
Sは溶接ワイヤ引張強さ(溶接ワイヤ強度)である。また、s
A、s
Bは近似式の傾き、t
A、t
Bは近似式におけるいわゆるy切片である。通常、これらは1E-9以上の値をとる。
【0025】
このように、破断限界変換率算出過程S12により、破断限界線導出過程S11で得たスポット溶接部、及び、アーク溶接部の破断限界線から、溶接ワイヤ強度に関連づけられた破断限界変換率を得ることができる。
【0026】
<破断限界線算出過程S13>
破断限界線算出過程S13では、評価対象となるアーク溶接部に使用した(使用する)溶接ワイヤの引張強さTSを上記の式(6)、式(7)に代入して破断限界変換率RAaw、RBawを計算する。
ここで、式(4)、式(5)に基づく下記式(8)、式(9)に対して、得られた破断限界変換率RAaw、RBawを代入することで、評価対象のアーク溶接部の破断限界線を表す累乗関数の近似式である式(1)の係数A、Bを係数Aaw、Bawとして得る。
Aaw=As・RAaw (8)
Baw=Bs・RBaw (9)
そして式(1)のAにAaw、BにBawを代入することにより当該アーク溶接部の破断限界線を得ることができる。すなわち、次の式(10)である
εCRaw=As・RAaw+σtriax^(Bs・RBaw) (10)
式(10)からわかるように、既知のスポット溶接部の破断限界線の係数As、Bsから、溶接ワイヤ強度に関連づけられたアーク溶接部の破断限界変換率RAaw、RBawを用いることで、任意のアーク溶接部の破断限界線を得ることができる。
【0027】
[溶接部の破断限界線算出方法S20]
図3には他の形態の溶接部の破断限界線算出方法S20の流れを示した。破断限界線算出方法S20では、さらに冷却速度を考慮した溶接部の破断限界線を算出することが可能である。破断限界線算出方法S20は、破断限界線導出過程S21、破断限界変換率算出過程S22、及び、破断限界線算出過程S23を有している。
【0028】
<破断限界線導出過程S21>
破断限界線導出過程S21では、上記破断限界線導出過程S11に倣って、超小型試験片の引張試験技術を用いてスポット溶接部、並びに、溶接ワイヤを変え(基準溶接ワイヤ、及び、これとは異なる溶接ワイヤ)、及び、冷却速度が共通(「基準冷却速度」とする。)として得た複数のアーク溶接部の個別の破断限界線を導出する。
これに加え、破断限界線導出過程S21では、基準溶接ワイヤを用いて冷却速度が基準冷却速度とは異なる2ケース以上の個別の破断限界線を導出する。冷却速度が異なる破断限界線も溶接ワイヤが異なる破断限界線と同様に式(11)のように破断ひずみ(εCRc)と応力三軸度(σtriax)の関係を冷却速度ごとに個別に累乗関数で近似して個別の破断限界線を得る。
εCRaci=Aaci+σtriax^Baci (11)
ここでAaci、Baciは冷却速度による破断限界線の係数である。例えば冷却速度の種類が3種類であれば、iが1~3をとり、個別の破断限界線は、εCRac1~εCRac3の3つとなる。
【0029】
従って本形態では、破断限界線導出過程S21では、式(2)で表されるスポット溶接部の破断限界線、式(3)で表される異なる溶接ワイヤごとのアーク溶接部の複数の個別の破断限界線、及び、式(11)で表される、異なる冷却速度ごとのアーク溶接部の複数の個別の破断限界線を得る。
εCRs=As+σtriax^Bs (2)
εCRawi=Aawi+σtriax^Bawi (3)
εCRaci=Aaci+σtriax^Baci (11)
【0030】
<破断限界変換率算出過程S22>
破断限界変換率算出過程S22では、初めに破断限界変換率算出過程S11に倣って、式(6)、式(7)を得る。すなわち、溶接ワイヤ強度に関連づけられたアーク溶接部における破断限界変換率RAaw、破断限界変換率RBawを得る。
RAaw=-sA・TS+tA (6)
RBaw=sB・TS+tB (7)
【0031】
さらに、破断限界変換率算出過程S22では、次のようにしてアーク溶接部における冷却速度に関連づけられた破断限界変化率RAac、及び、破断限界変化率RBacを得る。
上記破断限界線導出過程S21で導出した溶接ワイヤを変更した条件による複数の個別の破断限界線(式(3))のうち、基準溶接ワイヤ、及び、基準冷却速度による破断限界線の係数Aawi及びBawiをそれぞれ基準係数Aa_base、基準係数Ba_baseとする。
そして、冷却速度を変更して式(11)で得られた個別の破断限界線の係数Aaci、係数Baciにより、式(12)、式(13)で冷却速度の異なるケースごとに複数の個別の破断限界変換率RAaci、個別の破断限界変換率RBaciを得る。
RAaci=Aaci/Aa_base (12)
RBaci=Baci/Ba_base (13)
ここで例えば冷却速度が3種類であれば、iが1~3をとり、個別の破断限界変換率はRAac1~RAac3、RBac1~RBac3となる。
【0032】
次に、複数の個別の破断限界変換率R
Aaci、R
Baciのそれぞれについて、横軸に冷却速度を取って、縦軸に破断限界変換率をとって整理すると、
図4のようなグラフを得ることができる。そして冷却速度と複数のR
Aaciから近似線により破断限界変換率R
Aacの関係式である式(14)を得る。また、冷却速度と複数のR
Baciから近似線により破断限界変換率R
Bacの関係式である式(15)を得る。これらの近似式は表計算ソフトで求めることができる。これが冷却速度に関連づけられた破断限界変化率R
Aac、及び、破断限界変化率R
Bacとなる。
R
Aac=-u
A・ln(C
r)+v
A (14)
R
Bac=u
B・ln(C
r)-v
B (15)
ここで、C
rはアーク溶接部の冷却速度、u
A、v
A、u
B、v
Bはパラメータであり、0.001以上である。なお、「冷却速度」とは溶接プロセスにおけるアーク溶接部の冷却速度であり、一般には、800℃から500℃までの冷却時の秒あたりの温度差分(℃/s)で表すことが多い。また、冷却時の温度は放射温度計などによる測定で求めることができる。
【0033】
<破断限界線算出過程S23>
破断限界線算出過程S23では、破断限界線算出過程S13に倣って、溶接ワイヤに基づくアーク溶接部の破断限界線(式(10))を得る。
εCRaw=As・RAaw+σtriax^(Bs・RBaw) (10)
【0034】
これに加えて、破断限界線算出過程S23では、評価対象となるアーク溶接部に適用した(適用する)冷却速度Crを上記の式(14)、式(15)に代入して破断限界変換率RAac、RBacを計算する。
そして、式(12)、式(13)に倣った下記式(16)、式(17)に対して、得られた破断限界変換率RAac、RBacを代入することで、評価対象のアーク溶接部の破断限界線を表す累乗関数の近似式である式(1)の係数A、Bを係数Aac、Bacとして得る。
Aac=Aa_base・RAac (16)
Bac=Ba_base・RBac (17)
そして式(1)のAにAac、BにBacを代入することにより当該アーク溶接部の破断限界線を得ることができる。すなわち、次の式(18)である。
εCRac=Aa_base・RAac+σtriax^(Ba_base・RBac) (18)
【0035】
式(18)からわかるように既知のアーク溶接の係数Aa_base、Ba_baseから、冷却速度に関連づけられた破断限界変換率RAac、RBacを用いることで、任意のアーク溶接の破断限界線を得ることができる。
【0036】
以上の破断限界線算出方法S20によれば、アーク溶接部について、溶接ワイヤの種類に加え、アーク溶接部の冷却速度も考慮することが可能となる。
【0037】
[破断限界線算出装置10]
図5は、上記したアーク溶接部の破断限界線算出方法S10に沿って具体的に演算を行う1つの形態にかかる溶接部の破断限界線算出装置10の構成を概念的に表した図である。溶接部の破断限界線算出装置10は、入力手段11、演算装置12、及び表示手段18を有している。そして演算装置12は、演算手段13、RAM14、記憶手段15、受信手段16、及び出力手段17を備えている。また、入力手段11にはキーボード11a、マウス11b、及び記憶媒体の1つとして機能する外部記憶装置11cが含まれている。
【0038】
演算手段13は、いわゆるCPU(中央演算子)により構成されており、上記した各構成部材に接続され、これらを制御することができる手段である。また、記憶媒体として機能する記憶手段15等に記憶された各種プログラム15aを実行し、これに基づいて上記した溶接部の破断限界線算出方法S10の各処理のためのデータ生成やデータベースからのデータの選択をする手段として演算をおこなうのも演算手段13である。
【0039】
RAM14は、演算手段13の作業領域や一時的なデータの記憶手段として機能する構成部材である。RAM14は、SRAM、DRAM、フラッシュメモリ等で構成することができ、公知のRAMと同様である。
【0040】
記憶手段15は、各種演算の根拠となるプログラムやデータが保存される記憶媒体として機能する部材である。また記憶手段15には、プログラムの実行により得られた中間、最終の各種結果を保存することができてもよい。より具体的には記憶手段15には、プログラムが記憶(保存)されている。またその他情報も併せて保存されていてもよい。
【0041】
ここで、保存されているプログラムには、上記した溶接部の破断限界線算出方法S10の各処理を演算する根拠となるプログラムが含まれる。すなわち、プログラムは、
図1に示した溶接部の破断限界線算出方法S10の各過程に対応するように、破断限界線導出ステップ、破断限界変換率算出ステップ、及び、破断限界線算出ステップを含んでいる。このプログラムの具体的な演算内容は上記した溶接部の破断限界線算出方法S10で説明した通りである。
【0042】
より具体的には、破断限界線導出ステップでは、超小型試験片の引張試験の試験結果を取り込んで、式(2)、式(3)を算出する。
破断限界変換率算出ステップでは、得られた式(2)、式(3)に基づいて式(4)~式(7)を算出する。このとき、プログラムとして破断限界線算出装置10に組み込まれている表計算ソフトウエアが用いられてもよい。ここで使われる溶接ワイヤの引張試験の引張強さは、実験結果を取り込む形でもよいし、予め得られて記憶手段15に保存してある溶接ワイヤの種類ごとの引張強さデータベースを適用する形でもよい。
破断限界線算出ステップでは破断限界変換率算出ステップで得られた変換率を用いて式(8)~式(10)を得て任意のアーク溶接部の破断限界線を算出することができる。
【0043】
受信手段16は、外部からの情報を演算装置12に適切に取り入れるための機能を有する構成部材であり、入力手段11が接続される。いわゆる入力ポート、入力コネクタ等もこれに含まれる。
【0044】
出力手段17は、得られた結果のうち外部に出力すべき情報を適切に外部に出力する機能を有する構成部材であり、モニター等の表示手段18や各種装置がここに接続される。いわゆる出力ポート、出力コネクタ等もこれに含まれる。
【0045】
入力装置11には、例えばキーボード11a、マウス11b、外部記憶装置11c等が含まれる。キーボード11a、マウス11bは公知のものを用いることができ、説明は省略する。
外部記憶装置11cは、公知の外部接続可能な記憶手段であり、記憶媒体としても機能する。ここには特に限定されることなく、必要とされる各種プログラム、データを記憶させておくことができる。例えば上記した記憶手段15と同様のプログラム、データがここに記憶されていても良い。
外部記憶装置11cとしては、公知の装置を用いることができる。これには例えばCD-ROM及びCD-ROMドライブ、DVD及びDVDドライブ、ハードディスク、各種メモリ等を挙げることができる。
【0046】
また、その他、ネットワークや通信により受信手段16を介して演算装置に情報が提供されてもよい。同様にネットワークや通信により出力手段17を介して外部の機器に情報を送信することができてもよい。
【0047】
このような溶接部の破断限界線算出装置10によれば、上記説明したアーク溶接による溶接部の破断限界線算出方法S10を効率的に精度よく行なうことが可能となる。このような溶接部の破断限界線算出装置10としては例えばコンピュータを用いることができる。
また、溶接部の破断限界線算出方法S20についても同様である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により、溶接部の破断限界線算出方法について、より詳しく説明する。本実施例は溶接部の破断限界線算出方法S10に基づく。
【0049】
<破断限界線の算出>
評価対象の鋼板は980MPa級とし、破断限界線導出過程S11について式(2)により、スポット溶接部の破断限界線(εCRs)を得た。次に、アーク溶接部については、溶接ワイヤを490MPa級、590MPa級、780MPa級の3種類を用いて式(3)よりそれぞれアーク溶接部から3つ(i=3)の個別の破断限界線(εCRaw1~εCRaw3)を求めた。
【0050】
破断限界変換率算出過程S12では、式(4)、式(5)から、490MPa級、590MPa級、780MPaの溶接ワイヤにそれぞれについて個別の破断限界変換率RAawi、RBawiを計算した。すなわち、490MPa級の溶接ワイヤ条件について個別の破断限界変換率RAaw1、RBaw1、590MPa級の溶接ワイヤ条件について個別の破断限界変換率RAaw2、RBaw2、780MPa級の溶接ワイヤ条件について個別の破断限界変換率RAaw3、RBaw3を算出した。
【0051】
次に表計算ソフトを用いて近似式(6)、近似式(7)の係数を、sA=0.0014、tA=2.622、sB=5e-9、tB=0.5265と求めた。すなわち、次の式を得た。
RAaw=-0.0014・TS+2.622
RBaw=5e-9・TS+0.5265
【0052】
破断限界線算出過程13では、980MPa級の溶接ワイヤを用いたアーク溶接部の破断限界線を算出した。そのため、まず、近似式(6)、近似式(7)に溶接ワイヤの引張強さTS=980を代入し、破断限界変換率RAaw、RBawを計算した。
次に、式(8)、式(9)より980MPa級の溶接ワイヤを用いたアーク溶接部の破断限界線の係数Aaw、Bawを算出し、これを式(10)に代入し、破断限界線を得た。
εCRaw=2.89+σtriax^-0.78
【0053】
<検証>
アーク溶接継手の引張試験FEM解析モデルに対して、上記で求めたアーク溶接部の破断限界線(ε
CRaw=2.89+σ
triax^-0.78)を適用し精度を検証した。
図6には重ねすみ肉溶接継手の引張試験解析モデル20を表した。
図6(a)はモデル全体、
図6(b)はアーク溶接部21の近傍を表している。このアーク溶接部21に、上記求めた破断限界線(ε
CRaw=2.89+σ
triax^-0.78)を設定した。
【0054】
引張試験解析モデル20は板幅方向1/2の対称形でモデル化をしたものである。熱影響部22、母材部23にも既存の破断限界線を設定、モデル全体にはヤング率206GPa、ポアソン比0.3、各部位(アーク溶接部21、熱影響部22、母材部23)にはそれらに対応する破断限界線を設定し、鋼板の片側端部24を完全拘束、もう片方の端部25に引張負荷を付与した。
【0055】
図7に解析結果(a)と同条件の引張試験結果(b)の破断部位を示した。本解析では破断限界線に到達した要素を削除して破断による剛性低下を再現しており、解析結果は試験結果と破断部位が一致した。
図8には解析結果と同条件の引張試験結果の最大荷重を示した。解析結果は試験結果と良好に対応しており、本発明によれば、アーク溶接部の破断限界線が未測定の溶接ワイヤについても、超小型試験片の引張試験技術を省略して、破断限界線を精度よく算出できることが分かった。
【符号の説明】
【0056】
10 溶接部の破断限界線算出装置
11 入力手段
12 演算装置
18 表示手段
20 引張試験解析モデル
21 溶接部
22 熱影響部
23 母材部
S10、S20 溶接部の破断限界線算出方法
S11、S21 破断限界線導出過程
S12、S22 破断限界変換率算出方法
S13、S23 破断限界線算出過程